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NASAが日本のアヒルのおもちゃで北極だったかの海流を調べるという話をどこかで書いたが、
先日、TVを見てたら、
見つけたという報告がまだ、1件も入ってこないとのこと。

でも、見つけた人には礼金がでる。
それを狙って、報告する人があろう!!

と、思ってニュースを聞いていたら、
その懸賞金?お礼?
日本円で9000円ほど・・。

NASAに連絡入れて、手続きうけて、
あ~ちゃら、こ~ちゃら、やっていたら、その手続きのほうが、面倒?

おまけに、最初の一匹だけにしか、懸賞金が出ないとのこと。
9000円でも貰い得と手続きを踏んでも、最初の人に成るかどうかもわからない。

そりゃ、みつけても、報告してくれる人でないよ。

で、なんで、こんな安い値段なのか
というと、高いものにしたら、偽物を作られる。
なぜ、最初の一匹だけなのかということも、同じ理屈のようで、
大量に見つけました。
と、にせものを100個?でももってこられたら、90万円。
元々、何匹投下したか忘れたけど、なんか、すごく安易?ずさん?じゃないのかね?

偽物が簡単にできる構造?
此処にも問題がある。
ICチップを体内?に埋め込むとか?
そのチップで確認とるとか?

だめ?
今の技術だとそのチップのコピーくらいすぐできるか?

パスワードいれての確認照合のチップツールをいれるとか?

なんか、今、この不景気の最中、
最初の一匹にしかでないあひるの玩具
気にとめる人がおるかいな?
とも、思う。

なんか、NASAの考え方、変だよね。

そ~~なのか?(新渡戸稲造)

風呂上り、ちらりとTVを見た。

新渡戸稲造・・を取り上げていた。

何気なく見ていて・・・。



アメリカ、西洋諸国には、キリストへの信仰があるが

日本人の信仰とは、なんだろうか?



日本人の根源・・はなんだろうと、

いろいろ、調べていったんだろう。



その結果、武士道・・。



う~~~む。



やっぱり、それは、ちょっと、違う。

と、思う。



いや、武士道でも、良いんだ。



ただ、捉え方が違う。



この間から、しつこく、言ってるけど・・。



日本人は天を意識してきた民族だということ。



武士道の考え方の基本も、此処にある。



天に恥じない生き様。



この根源にのっとって、武士道のあり方、

大和魂ってのが、

意識化、されていったんだと思う。



前々から言うが、

感覚は文字や言葉にしにくい。

だが、また、大江健三郎だ。



ラーニングをミーイングに変える。



ミーイングは簡単に言えば、意味。



ラーニングは学び。



自分が知ったことを、きちんと意識化して、いく。



これが、ミーイング。



意義付け。価値付け。

その最たるところが、教典とか?

葉隠れだったかな?武士道心得。

そういうものになるだろう。



だけど、それは、観念という氷山が顔を出した部分をミーイングしただけであって、

ラーニングさせた元々。



こうあらねば成らぬと、学ばせたもの(ラーニング)がなんだったか?







こういう対象があってこそのラーニングなのだと、思う。



だから、憂生は、武士道が違うといってるんじゃない。



これも、ミーイングの一つだと思う。



*此処まで。*

自殺者の7割が精神科受診。副作用か?

自殺者の7割が精神科受診。副作用か?

と、いうニュースの見出しが目に飛び込んできた。

中は読んでないが、まあ、精神科医のほうは、こういう書かれ方をしちゃ、

身も蓋もあったもんじゃないと思う。

精神科というのは、まだまだ歴史が浅い。

一昔前なら、とにかく、鉄格子のはまった病室にいれておく。

もっと、ひどい場合は祈祷師をよんで拝んでもらう。

と、まあ、その時代がすぎても、

「ちょっと、病院にいってくるよ。」

「どこに?」

「精神科」

なんて、口に出すことも出来なかった。

それくらいタブー視されていたわけだから、

「精神病」にもいろいろあるとわかってくるのにも、

重度のものしか、診察にこない状態で

精神科のほうだって、

精神病の実態や細分化、分析だってまだまだ足りてないと思う。

何でもかんでも鬱病だとおもっていたら、

躁鬱病だったりして、詳しいことは医者じゃないからわからないが

鬱病の薬を飲ませたらいっそう症状が重くなるとか、

見た目だけで?判断できないのが、「精神」なわけだ。

例えば躁鬱病の人を診断するとしても、

極端な言い方になるけど

躁鬱病の躁の状態の時には

病院に来ない。

物事に対して積極的な方向に動く。

自分に自信があるなど、わりと明るめ?なテンションになるから、

病院などにいくなんて、考え付かない。

むしろ、欝状態にはいったときのほうが、

「このままじゃ、自分は死んでしまう。なんとかしなきゃ」

みたいに考えられる、暗さ?がある。

欝だと診断をされてもしかたがないわけで、

鬱病の薬を処方されて、なおいっそう酷くなる。

と、まあ、それくらい診断がつかなかったり、

複合的なものがひそんでいてもわからないのが精神病で、

ましてや、複合するものがあっても、その病名さえわからないくらい

まだまだ、未知な部分が多い。

その中でどんな症状がでるか、

どんな薬がきくか

まだまだ、特定できないのもいたし方が無い。

薬の副作用という言い方も

上の場合のように

欝状態で、きて、欝の薬では治らないとわかったあとで、

他の医院にかわって、発見されたという経緯もある。

そこを考えると、本人も家族も

「状況がよくなってるか?」

と、いうことをきちんと把握して欲しいとも思う。

もちろん、やみくもに、薬にたよるというのも

かんがえものだという部分もある。

故に今はセラピストや心療内科というものができてきているわけで、

精神病になるのも、心の鬱積という原因があると考えるようになってきている。

簡単に言えば

「悩みや苦しみ」があるから「精神」がダメージをうけて、病気になる。

ダメージをうけた精神により脳内から「やる気」をおこさすドーパミン(だっけ?)を生成しなくなったり

少ない量しか生成しなくなったりする。

これを補充するとともに、

ダメージを与え続けている「心の傷や悩みや苦しみ」をとりのぞいていかなければ

一生、薬をのみつづけなきゃならなくなる。

薬というが、憂生は薬というのは、一種の毒だと思う。

インフルエンザなどの注射でかんがえても、判るが薄い毒だし

痛み止めも感覚を麻痺させているわけだし、

なによりも、

身体に症状がでるということで

心の病気状態であるという信号を送っているわけだと思う。

この信号をなんとかとめてしまったって、

本来の心の病気が改善していかない限り

やはり薬は一種毒であると考える。

チックなども心の不安を緩和する代償行為とかんがえられているが

チックの症状だけなおしても、

「心の不安」がとりのぞけない状態では、

薬に依存することになる。

こんなことを考えると

自殺者の7割が精神科受診。副作用か?

なんて、無責任な発言の見出しでなく、

自殺者の7割が精神科受診。何故?

とか、

自殺者の7割が精神科受診。心療内科の不足?

まあ記者じゃないから、なんともいえないけど、

確かに副作用というものはあるとおもうし、

常用により、効果がうすくなるために

量をふやしたりとか?

いろんなこともあると思うけど、

薬だけのせいじゃない。と、思う。

右からだけ治したら左に傾く

心部分をもっと重視した取り組みが必要だと思うし

この部分の発言は実際、何人かの精神病者と

精神科医とのかかわりから思うことで

心部分の治癒ということで、改善することが多いのは事実。

ただ、今度は

心部分をみて、回復しきっていないなとか、

ここが原因だとか、掴み取る事が非常に難しい。

長くなったので次のスレッドにかえて、

ただ、今度は

心部分をみて、回復しきっていないなとか、

ここが原因だとか、掴み取る事が非常に難しい。

という事について考えてみたい。

中国茶と死刑囚

昼飯をくいながら、TVをみていた。

中国茶の作法というか・・・。

それをみながら、頭の中によぎるのは、

この間の中国での日本人の死刑執行のことだった。

むろん、そのことに反対とかそんな意見ではない。

が、そこにたどり着くまで少し中国茶の作法?から

ひっかかることを書いてみたいと思う。

ひとつの作法としてあるのが、湯飲み茶碗に

茶をどくどく流し込むというもの。

茶は湯飲みをこぼれおちていく。

なんともはや。

日本人には理解できない感覚といってよいだろうか。

ベストのものを手にいれるために余分なものを廃棄するという映像は

逆に急須からだしたその時をベストに考えていく日本人の性分を見せ付けてくれる。

無駄を省くという感覚や

物を粗末にしないという感覚。

一滴の水に映えを求める美的感覚というか、

一種武士道に通じるものを感じてしまうの憂生だけか。

技術という部分でも、刀鍛冶を思い出す、一瞬の迷いがなまくらを作る。

一期一会に似た感覚は、武術そのものにも、通じる。

一歩間違えれば、自分が切られる。

こういうはりつめた感覚が日本の茶にはあると思わされる。


多くがこの感覚に裏打ちされている。

一歩間違えれば切腹。

だらだらとこぼれおちる中国茶をみていて、

一発で茶のベストをひきだせない感覚が国民性なのかと思ったとき、

先の死刑囚の話があたまによぎった。

そのニュースを聞いた時もかきつけようと思ったことだが

これも以前に似たことを書いていたので躊躇していた。

茶の話をもじるわけではないが

二番煎じに過ぎなくなると。

ところが、この中国茶の作法をみていて、

自分の中でちかりとくるものが在る。

話を進めよう。


死刑囚の罪はおおざっぱにいえば麻薬の販売ってことで、

日本では死刑にはならない。

なぜ、中国では死刑になるか。

簡単な答えで皆様もわかっているだろう。

アヘン戦争を考えていただければ。

麻薬は国を滅ぼす。

麻薬に手を出していく国民感情については以前に書いているのでここも省く。

テロにしろ、日本で言えばサリン事件にしろ、

多くの人間を殺傷するが(申し訳ない言い方であるが)

国民の基盤である「国」が滅ぶことは無い。

ところが、麻薬で国が滅ぶ。瓦解する。

これを経験している中国は麻薬を販売するという行為について、

死刑を断行する。

これは、もっともな感情だと思う。

国が崩壊したことがない日本人には判らない感情かもしれないが、

そこを判って、中国に乗り込んでつかまったのか

判らず乗り込んだのか判らないが、いずれにしろ、中国の歴史、

民族の歴史を軽視した行為だったことは間違いが無い。

しかるに、先に少し触れた麻薬に手を出す国民感情という部分で

前回は民族の歴史、というものから見解を述べたが

今回はこのお茶からも思うところがある。

およそ形骸は書いたので見えていると思うが

ベストなものを一発でつかみとれない。

一期一会的感覚が少ない。

一歩間違ったら己の死であり、

武士は誇りと国を思う。

私の生き方が上の名前にかかわり

悪行を行えば切腹とあいなる。

中国茶の作法にその精神性が見つけられなかった。

刹那を求める至上主義が

お茶の作法のなかにまでしみとおっている気がした

しかし、中国

沖縄は古来から中国のものだ。


と、いうなにかしら、むちゃくちゃを言い出しているのだけど。


まあ、実際、史実などだしていけば、


いくらでも、なんとでも、いえるわけで・・・。


これが、過去そうだったから、などという

言い方はもう、とんでもないとおもうのですね。


仮に100歩(じゃ、たらないが)ゆずって、

過去、中国の固有の領土だったとして


これをたとえれば、


昔、あれは、わしの女房だったから、返せ。


と、いってるようなもの。


もう、元の女房は新しい生活をはじめて、

生活の基盤を別のところにきずいているわけで、

ちゃんと、新しいだんなと子供もいる。


そこに、昔、わしの女房だったからかえせ。


そりゃあ、あ~~た、無茶をとびこして、

頭、ぱ~~ちくりんになったかとしか思えない。


そんなことより、馬鹿ほど多くいる女房(土地)を

なんとかするしかないでしょうに。


それだけ、女房がいて、なんでまた、こんな狭い日本から

土地をひっぱっていこうとするのか。


くそよくのかわがつっぱりすぎもいいとこだろう。


自分の土地をまともな状態にできないような風だから

また、よその土地に手をのばす。


いや~~~~~。


別段、人間関係の話をしてるわけじゃないけど


こういう人間の「思い」の具象化じゃないのかねえとおもってしまうわけさ。


そういうエネルギーが中国に憑依してるんじゃねえの?


ま、そういうことおもってしまったんで、

まあ、憂生ちんも、やっぱ、自分の土地(思い)を

せっせと耕すことをせねばのお。



類友

橋下氏に自分の考えを投影しながら、


その中にでてくる思いをみつめなおしている。


なによりも、今回、注目させられたことは、


いい加減にのさりと考えるのはやめてもいいんじゃないか?


と、いう部分だった。


現実に起きたこと。


それが、くるしいあまりに


自分に悪いところがあるから、そういうことになったんだ。


それは、のさりだった。


と、いうかんがえといっていいか。


もちろん、自分におきることは、因果応報。いわゆる、自業自得といっていいか。


が、これを、業ととるのもどうかと思う。


で、すなおに、怒りにふれてみた。


およそ、自分がわるかったという業部分をはきだしてみてというか。


その怒りは

「一個の人間になんということをしてくれるんだ」


と、いうものだった。


が、


その怒りにやっときがついたとき、


そのうらで、二つのことを思った。


ひとつは、その怒りより、受けた事実にうちのめされていて

自分回復の状態になっていたということ。


これでは、怒りもわいてこない。


もうひとつは、

「一個の人間になんということをしてくれるんだ」

と、いうのが、又、自分自身の姿であったということ。


結局、なにかのせいにしてとか、

業なんだから、因果応報なんだからと

本当の感情をある意味おさえつけていた。


なにが、かえってきていたかといえば、

「一個の人間になんということをしてくれるんだ」という

いわば、天の怒りの部分である。


それをしらせるためにいろいろなことがおきてきたのが、

なぜかわからずにいる。


それは、単純に

「一個の人間になんということをしてくれるんだ」

というじぶんだったときがつけばそれでいいのかもしれない。


そこの感情を率直にうけとれない状況にいた。


負荷として、かかってきているのは、

自分の思いであり、

思いのなかに、真実があるといって、過言でない。


が、その真実をみとめるのが、つらい。


辛いから、アメリカ張りの論理の飛躍をおこなう。


その論理に正当性があるようにおもえて

そのパラドックスの世界ににげこむ。


これでは、真実がみえてくるわけがない。



そして、真実にきがついたとき、

以前にもきがついているのだが

それは、事実として認識しただけであり

多くのパラドックスの中の仮定論理のようなものになっていたと思う。



そして、気がついたとき、

不思議と何の怒りも悲しみもなく、

自分がつまらないとか、だめだとかでなく、


「一個の人間になんということをしてくれるんだ」という自分をみとめることができていた。


そして、その逆をおもうわけだ。


「一個の人間を大事にするということは、本来どうあるべきだろう」と。



憂生個人としては、

橋下氏の思いを類推してみるなかで、

アメリカへの思いを抽出してきたけど、


これが、また、答えであると思う。


橋下発言のことから・・

友人が、空から、

竜の落とし子のような、雲がおちてくるような・・・


そんな空をみていたそうです。


しばらくして、

アメリカで、たつまきが、ありました。


地震雲じゃないけど、

たつまき雲かああ?と、おもってしまいましたwww.


まあ、憂生の中で、橋下さんは、

アメリカを救おうとしたんじゃないのかなあって、

思いがあるのです。


どこかで、公平を欠いた意見をだしてくるアメリカに

彼なりの正義心でものをいったのは、

やっぱり、日本のことを思ってのことでしょう。


日本を責めた目でみてくれるな。


確かに日本がしたことは、

皇国日本にあるまじき行為である。


そう考えたとき、憂生は、

天皇陛下だったら、どう思われるんだろう。と、おもったのです。


とても、かんがえつかないので、

家族という小さな国でかんがえてみます。


自分の息子がとんでもないことをしでかした。

父親はどうするでしょう?

まず、相手の方にいって、

土下座してでも、お詫びをするでしょう。


そして、息子をつれて、

誠心誠意、わびて、少しでも相手の心をときほぐそうとするでしょう。

なによりも、悲しいのは

しでかしたことでなく、相手の方に深い傷をおわせたことでしょう。

そして、心の傷が、いえてくれたら、そればかりだとおもうのです。


悪いことをしでかすような息子にそだててしまったのは、

自分の不徳である。

きっと、息子のこともせめず、息子にまで、わびているのじゃないでしょうか。


そういう父親に、おまえの息子はろくでもないことをした。

相手の傷を考えろ。


と、どんなにか、憔悴している父親を見たとき、

近所の橋下さんは、

父親を責めているよその町内の親父さんが

そこの息子もとんでもないことをしでかしてるのをしっていて

うちの町内の親父さんを責めるのはおかしいでしょう?

責めるのなら、同じように

親父さん、自分をせめなきゃいけないでしょう?

人のふりみて、わがふりなおせでしょう?


まあ、ちがうかもしれないけど、

そういう思いだったんじゃないのかなあって。

結局、

「自分のしでかしたことは自分にかえってくる」

みたいなもんで、

今、ものすごく、示顕化に加速がかかっているようなきがします。


自分を省みるべきところじゃないですかと、

橋下さんは、苦言を呈したわけです。


その意見をききいれたら、

他の町内の親父さんはそれで、よくなっていく。

公平な目で物をみれるようになっていったのに、

そんなものは、まちがってると、やってしまったわけです。


結局、こういう言い方は、

まちがいかもしれませんが、

「自分のしでかしたことは自分にかえってくる」

竜巻がおきる、マイナスエネルギーをこさえてしまったんじゃないのかなあって。


あくまでも、日本的、感覚かもしれないし、

こじつけ論になるかもしれないけど


どうしても、どうにもならなくなる、

原子力発電についても、

あの大地震がおおきな変革をあたえてくれたわけです。


そんなふうに、

なにかの「思い」「意識」をかえさせる自然の驚異というのは、

あるとおもうのです。


竜巻が橋下氏のいうところに因果関係があるかどうかはわかりませんが、

それでも、やはり、「公平」「安全」な思いというものが、

どうあるべきかを考え直す機会をあたえてくれていると思うのです。


橋下氏が、ああいう発言をした余波を見る限り、

「アメリカに護ってもらっているのに、アメリカの機嫌をそこねたら、日本が困る」

と、いう思いがあって、

いいたいことをいえなくなってしまってる気持ちもあると思います。


こういう意味合いで

橋下氏へのかざあたりがつよくなってしまうのもやむをえない。

あるいは、そういう人たちへの「不安感」を助長させてしまったという部分で

確かに橋下氏の発言は、大きな波紋を生んだと思います。


が、憂生からみて、あくまでも、憂生個人の考えですが、

橋下氏は、アメリカのことが好きです。

好きだから、そんな、ずるい物言いをしてくれるな。


だったと思いたいのです。


さすが、アメリカとおもわせてくれ。


そういう気持ちだったのだと思うのです。


で、なければ、あんなことをわざわざいってしまったら

自分がどうなるかわからないわけです。


それでも、いわずにおけない。


そういう一本気な橋下氏であるのではないかという

見方もなりたつのではないのでしょうか?



そこまでか

元、慰安婦女史、橋下氏に会うのを、拒否。


まあ、正直な思いです。


当初に書いたように、

橋下氏はわかっていない人にむけて、発言している。


これに、女史が、

橋下氏はわかっていないとおもうなら

まっこうから、対面すべきでしょう。


精神的傷がうんぬんというのも、

もうしわけないけど、

弱い心根だと思います。


自分に賛成してくれる人

判ってくれる人に

話をして、自分のような女性がでてこないように。

こういうのは、実に簡単なわけです。


誰がいっても、つうじるでしょう。


橋下氏がわかっていないというのなら

どうわかってないか、

知ることで、他のわかっていない人の

思いもかえていけるのではないのかとおもう。


精神改革を望んでいるという

詭弁でしかなかったかとおもう。


結局、破れたハートを売り物にして・・


と、いう段階だったのかと残念におもう。


とりとめなく

従軍慰安婦になってしまった方が

「やはり、日本をうらんでしまいます」

って、そういう風におっしゃるんだけど・・。

それは、軽々しく言える言葉じゃないけど

「しかたがない」というか・・・。

ただ、この心についていえば、

空に架かる橋にも、こめられたものであるのだけど・・。

いつか、憂生が、この物語のアトラス語録の中ですこし、ふれたけど・・。

「見た目の悲惨さに踊らない」

と、いうのは、見た当人の自分に対しての言葉なんだとおもう。

従軍慰安婦にさせられてかわいそうだったという不幸・悲惨さに

(心を)おどらされてしまう。

あまりにも対極すぎた物言いだけど、

彼女がもし従軍慰安婦になっていなかったら、

もしかして、はやいうちになくなっていたかもしれない。

従軍慰安婦になるという過酷な運命が、

生きる道につながっていたのかもしれない。

ただ、生きているということのありがたさにきがつけないから

生きのびていかれた方法をうらむけど、

それでも、生きてきた必死に生きてきた自分を誇りにおもってほしいと思う。

いつかもかいたけど

「悲惨にみえる今の状況だって、実はそれでも助けられているんだ。

助けられていなかったらどうなっていたかは、なってみなきゃわからない。

人間の頭でかんがえつくことなんか、たかがしれている」

うらみをもっちゃいけないといういみではない。

ただ、うらみをもっていきていたら、

やっぱり、心は苦しい。

だけど、そのうらみを、よい風にむける原動力にしていけたとき、

うらみあってこそともいえる。

自分をいじめず、人をうらまず

悪いものをにくまず、よわいものをさげすまず

なかなかしにくい心のうちに

それでも、かれでも、なんでも

あなたがいきていてこれてよかった。

ご苦労なさったのですね。

身の不運を嘆くのは、自分。

せめて、自分でいたわってやれぬものかとおもう。

運がないというのを不運だというのなら、

幸運をつくるのも自分でしかない。

それも、思い方いかんにかかっているのだろう。

トリプルアクセルって?

昨夜、真央ちゃんの優勝をネットニュースで確認して、やった、やった、と

喜んでおりました。

キム・ヨナのSPでの点数が悪かったおかげというのもありますが、

なんとなく、ひっかかるところがあるので、あちこちから、ニュース投稿記事を集めてきました。

真央ギネス申請決定!五輪で3回転半3度成功
サンケイスポーツ
2010年3月28日(日)08:00
 悔し涙とともに手にした五輪の銀メダルに、「世界一」の称号をつける。バンクーバー五輪の夢舞台で高難度ジャンプに挑んだ真央の奮闘が、ギネスブックに申請されることが27日、わかった。

 同五輪のSPで1度、フリーで2度、計3度のトリプルアクセルを世界で初めて成功させた女子選手として、所属事務所が日本スケート連盟を通じギネスブックに申請。現在手続きの確認をしており、今春にはロンドンに本社を置く「ギネス・ワールド・レコード社」に申請書類を提出するという。


 「記録達成が証明されること」などの条件を満たしていることから承認は確実で、早ければ9月に発行されるギネスブックに記載される見通し。実現すれば、日本フィギュア界では89年世界選手権(パリ)で初めてトリプルアクセルを成功させた伊藤みどり、02年のジュニアGPファイナルで初めて4回転ジャンプを成功させた安藤美姫(トヨタ自動車)に次ぐ3例目となる。

伊藤みどりさんつ~~のは、すごかったんだなと思いつつ、安藤美紀って、4回転成功させてたんだと、感心したり、しながら、

ふと、思うのは、これだけの偉業(SPで1度、フリーで2度、計3度のトリプルアクセルを世界で初めて成功させた)を、こなしながら、何ゆえ、キム・ヨナのほうの得点が高いんだろう?

ってことで・・・。それが判るのが、次のニュース。

真央に追い風!最高難度ジャンプの価値見直しも
スポーツニッポン2010年3月3日(水)06:00
 ルールも浅田に味方しそうだ。関係者によると、国際スケート連盟(ISU)は、今回の五輪の結果を受けて採点規則を改正する可能性があるという。男子で4回転を回避したライサチェク(米国)、女子でトリプルアクセルを計3度も成功させた浅田を押さえてキム・ヨナが金メダルを獲得したことで、最高難度のジャンプ成功の価値を見直す動きが出ているという。

 22日にトリノで開幕する世界選手権で早速話し合われる予定で、早ければ来季から新規則が導入される。詳細は不明だが、4回転と、女子のトリプルアクセルの基礎点アップや、出来栄え評価(GOE)や演技点に反映させる方法が予想される。

 最高難度のジャンプの評価の低さは、以前から指摘されていた問題だった。五輪期間中に男子銀メダルのプルシェンコ(ロシア)が指摘したように、最高難度のジャンプを跳ぶ技術がない選手が優勝できる採点規則は、ジャンプ技術の進化を止めるという理論だ。

 フィギュアの歴史では画期的ともいえる女子のトリプルアクセル3度成功が、バンクーバー五輪では金メダルに結び付かなかった。多くの人が見る五輪で、採点の分かりにくさを露呈したという指摘もある。五輪終了後というタイミングもあり、ISUも規則改正を見直す可能性が高く、ソチ五輪へ動きだした浅田にとっては大きな追い風になりそうだ。

なるほど。ジャンプの評価の低さって言うのがあったんですか・・・。

高橋君が4回転・4回転といっていたので、かなり、高得点がでるものだと思っていたのです。

こういう技術的部分というのは、本来点数で表せるものじゃないなって思うのですが

スケートをやってる本人同士がみたら、わかる部分があるなと思いますね。

キム・ヨナの表現力とかは、確かにすごいなって思いますが

技術力というか、天性のものってのを、キム・ヨナから見たとき

あるいは、たどり着けない頂上なのではないだろうか?

トリプル・アクセルを平気で決めてくるスケーターがどんどん増えてきた時に

キム・ヨナの表現力だけでは、カバーしきれない何かがあると見極めてしまった部分が

引退声明にもつながったのかもしれない。

ましてや、採点基準が変われば・・・。

例えば、採点基準が変わったのちに、

もう一度、キム・ヨナと真央ちゃんのバンクーバー演技を採点しおなおしたら

どうなるだろう?

ところで、トリプルアクセルっていうけど、実態は?

以下、↓から引っ張ってきました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311157243

トリプルアクセルは3回転「半」ジャンプです。

他のジャンプは後ろ向きから飛ぶのに対して、
アクセルジャンプは前向きから飛び、後ろ向きで着地なので、半回転多く飛ばなければならないのです。

たかが半回転、のように思えますが、これが全然違います。
かなり難しい技です。
4回転ジャンプは出来てもトリプルアクセルが出来ない(苦手な)選手もいますので。


①アクセル→唯一前向きでするジャンプ
②サルコウ→左足で滑って左足で踏み切るジャンプ
③ループ→右足で滑って右足で踏み切るジャンプ
④トゥループ→右足で滑って左足で踏み切るジャンプ
⑤フリップ→左足で滑って右足で踏み切るジャンプ(右体重)
⑥ルッツ→左足で滑って右足で踏み切るジャンプ(左体重)

ジャンプの着地はすべて後ろ向きに着地するので、3アクセルは3.5回転となり難易度が高くなります。

つまるところ、難易度と採点がかみ合ってなかった?

で、ついでに、他の場所も覗いて見てきたら・・・。


テレビでフィギュア世界選手権やってますが。。。

カメラさんか編集さんか知らないけど、下手くそ過ぎませんか?
せっかくの見せ場なのに足元だったり、変なアップだったり、楽しみにしてたのに酷いです(><

そうそう、昨日の真央ちゃんの分にしろ、他の人の分にしろ、足元ばかりアップにしてしまって

憂生も何度TVに向かって文句いったでしょ。

そこを足だけにして、ど~~~~~すんね~~ん。へたくそ~~。

すると


同感ですね。

もっとも、私はそれよりも「編集」に悪意を感じますが。

インターネットで観た海外の映像との違いにびっくりです。
浅田真央選手の演技前に起こった「ま~お!ま~お!」の真央コールが、音量をしぼられ、ほとんどわかりません。
スタンディングで拍手喝采を送られていた場面では、しらけた雰囲気になっていたキムヨナ選手の時の観客席の映像が使われていました。

浅田選手の点数の低さに対するブーイングも消されていましたので、この分では、ヨナ選手の演技の後の冷ややかな場面では、真央選手に向けられた歓声でも使われるのかしらと呆れているところです。

思った。思った。未来ちゃんへ日本人とアメリカ人ともどもに声援に日米ともに国旗を振るというのに、いまいち、真央ちゃん登場がもりあがってないように聞こえ

スタンディングオべレーション?まで、あってこそ、逆に未来ちゃんが、

「あの憧れの浅田真央をぬいて、トップ」の未来ちゃんの感激がつたわるってものでしょう。

真央ちゃんの点数も当然、ブーイング有ってしかるべきで、憂生も「え?」と思いました。

70こすか、越せないかの瀬戸際かな?とは、思いましたが・・・。

一方で、未来ちゃん。日本人であるという事もあると思いますが

憧れの選手がキム・ヨナじゃないってことも味噌ですね。

未来ちゃん自身が表現力がかなり叙情的で、タイプとして、キム・ヨナタイプじゃないのかね?

そして、自分に足りない部分?を多くこなす、真央ちゃんに憧れる。

キム・ヨナ自身も気がついているだろう、「不足部分」を

未来ちゃんが暗黙のうちに指摘している。



最近はどうも、起承転結、ままならない。分かりにくくてゴメンヨ!!

昨日のTVニュースを見ながら、
おふくろがぽそりと呟いた。

「あっちの偉いさん?は簡単に離婚しよる・・」
なんじゃ?
ニュースはイギリスのチャールズ皇太子のことだったが、彼女との仲がトラぶっているという部分で連想が働き
ダイアナはもとより、
あちらこちらの偉いさんの離婚劇を思い浮かべたらしい。

まあ、こちとら、丁度、お登勢を書き終えたところだったので
多少、引っかかる所はある。

「こっちの偉いさん/天皇を言う/は、過去、歴史を手繰ってみても、離婚なぞしては居るまい/多分・・・」
「そうだと思う。向こうの偉いさんは個人主義というか・・・簡単に考えているというか・・・」

何気ないお袋の言葉であったが
まさに・・・その通りとしか言いようが無い。

日本。特に天皇・・。
民を思い、日々平穏に暮らす民の姿に胸をなでおろす。
万葉集にあったっけ?
ふもとを眺めてみれば、白い煙が各家々から
湧き上がってきている。
とか、いう意味の歌。
日々、無事に過ごせて、今日もいつものように
竈から食事の仕度をする煙が立ちあがる。
ソレを見て、良かったという。

たいした御心としか言いようが無いのであるが、
かくのごとく、人を思う天皇の血?は
己の存在を持ってして
己一人のものとは思わない遺伝子を形成し
人々の心の支え。
あるべき姿としての・・お手本・倫理そのものに成り代わってきている。

天皇として生きるは
恐らく、無私であるにちがいないと、想像する。

人としてあるべき姿。
だけでなく、人民の心のよりどころという
値をもつと、
あちらの偉いサマのように
簡単に離婚など出来ない。

「いやになった」
などと、心のよりどころたる天皇が
さっさと離婚してしまう?
嫌になったら、辛かったら、はい、止め!!なんて?
そんな簡単な気持ちで結婚したのか?

そんな曖昧な覚悟や生き方の人間に人民が心を
ゆだねられるだろうか?
ああ、ああいう風に生きねばならないと
心の支えにするだろうか?

逆を言えば、天皇として生きるも
天皇家に嫁し越すも
凛とした生き方を実践して行くしかないという事になる。

と、なると、
結婚ひとつとて、
一生添い遂げると考えて
よほどに覚悟に覚悟を決める。

簡単に離婚するのは、
簡単に結婚するからだといいたくなるのであるが
もっと、大きなあちらの偉いさんとの違いは
『人を思う気持ち』
と、いう事であろう。
人をおもえばこそ、自分がどうあるべきか。
これを統制しきっているのが
わが国の天皇の意識であろう。

あちらの偉いさんは
『自分を大切にする』が先で
人を思うがその存在の土台になっているとは
思えない。

コンナ事をぶつぶつと考えたのも、
お登勢の中、徳治の台詞が憂生をもう一度
うがっているせいだろう。

長くなったので
最期に徳治の台詞を添付して終ります。

「情けは人のためならず・・っていうだろ?
人に情けをかけておけば、
いずれ、それが、自分に返ってくるってな。
人を思う気持ちが深ければ、深いほど、
深い情けが返ってくる・・。
自分の幸せはその情けが帰って来た姿だ。
自分の幸せの大きさは、自分の思いの深さだと思うんだ。
深く暖かい思いを持てば持つほど
幸せも大きく暖かいものになる。
俺は・・・先に幸せってものを手に入れたいって思ってたけど、
自分さえ情け深い人間になれれば
幸せってのはあとから、勝手についてくるもんだ。』

ながくなったので、途中で締めくくった。

すこし・・・。

思うことを書いてみる。

たとえば

「イラク・人質事件」

憂生は殆どTVを見ない人である。

こんな憂生にも

当然事件のことは耳にはいってくる。

ちょっと、TVをちらりとみたりすると、

ひっきりなしの報道が飛び込んでくる。

今回、この事件がおきたしょっぱなに

同僚から

「どうかんがえる?」

と、たずねられた。

細かい経緯は知らない。

また、知らないからいえる。

自分が覚悟していったのではないか?

これは例えていえば

山登りが好きで冬山が危険と承知の上で

かつ、周りの人を説得し、同意をえて、

決行したのに、似ている。

その挙句、遭難した。

当然、周りは見殺しには出来ない。

救助の手を差し伸べる。

周りの労力はいかなるものであろう。

己の好き勝手で(山登りが好きな人ご免。)

成ってしまった結果でも

すておきにはできない。

多くの人員が投入され、

たとえばヘリコプターも飛ぶ。

これを考えただけでも

莫大な労力と金が動く。

助けられた人は、この金をはらうわけではなかろう?

労力への返しができはすまい?

出来ることといえば、

生還を喜び、迷惑をかけたことを

詫びるしかない。

いずれにせよ。

迷惑をかけたことを本人が自覚しなければ成らない。

また、かわいそう。

助けてやってくれと周りの人間も

心をうごかされたことであるが、

本人が覚悟の上でいったもの。

その覚悟のうえで、あらば、

むしろ、すておいてもいいともいえる。

だが、政府も立場上そうはできぬ。

救出に向かう。

この資金 はどこからでている?

国民の税金 。

そう、あなたが苦労して働いた金。

貴方の財布 から金をぬきとってゆかれるのだ。

こう言う逆説から考えても

国民に向かい、頭をさげるしかないのだ。

かわいそうと言う前に、

覚悟していったんだろう?

それでも政府の面目の為にも

救出せざるを余儀なくさせた。

覚悟のうえだからこそ、

1個人の覚悟のせいで、

国を動かさすほどの大きな迷惑をかけてしまったことを詫びるしかない。

これくらいの常識と

家族への説得と

自分の覚悟を持っているのだと、

憂生は思っていた。

だから、なお、憂生はTVは見なかった。

報道は家族をうつす。

家族の心配はとうぜんである。

誰もが情をうつす。

こちらの感情がうごかされると、

物事の本質がごまかされる。

むろん、

憂生は財布の口を閉じる気など無い。

だが、これも、当然。

ルールがある。

恩義を感じてくれと言うのではない。

構造の中に居る1個人であること。

そして、己の分材をわきまえること。

自分の好き勝手を追従していたに過ぎない。

「良いこと」をしているつもりでいるのだろうが、

これも「させていただいている」と言う謙虚な気持ちではなさそうである。

「不幸な人を救ってやることをしているんだ。

こんな、自分を日本がほっておいたら、ゆるさんぞ」

こんな気分さえ感じる。

「させていただいてる」

この気持ちがあれば、

自分の分際も見える。

助けていただいた自分

迷惑をかけてしまった自分を振り返り、詫びれる。

微力ながら少しでも役にたたせていただこう。

なら、判る。

結末の態度をつたえきくと、

ボランティアしてやってるんだ。

救ってやってるんだ。と、みえる。

根本の精神から、筋が違う。

どうやら、覚悟もなかったようではないか?

ますます、懐の痛みを感じさせる。

行動的にも

精神的にも

かなり、大きな迷惑をかけている。

だが、こんなこと、

わからない奴に言ってもわからん。

憂生の見方はどこか、違う。

色々な、物事、一つ一つに

見方はある。

これをいちいち語らないのは、

憂生の見方が、世間一般の感情論とは、ちがうところにありすぎるせい。

感情に論理を照らし合わせることは不可能に近い。

じっさい、憂生もこうはいっても、家族の泪にはなかされた。

自分のなかでさえ理論でわりきれないものがあるのだから、

これを外に出すことは

人々の精神に感情に迷惑をかけるといえる。

だから、憂生は何も言わなかった。

そして、事件がおきた当初から

憂生は上に書いたような思いがあった。

まだまだ、黙するしかないことが多すぎる。

こう言う情報をいただいたので、掲載。

at 2004 05/10 19:04 編集

掲示板のなかであったので、多くの人の目にふれないと思うのでここに掲載。

sinya さんより。

はじめまして

憂生さん

まずインターネット に自身の考えを述べるときは、

それなりに周到に調べて発言しないと痛い目に遭ったりしますよ。

「私はよく知らないけどこうじゃないか」とか、

「こうではないだろう?」というようなことです。

例えば、「ながくなったので、途中で締めくくった。」at 2004 05/09 02:編集

gt;多くの人員が投入され、たとえばヘリコプターも飛ぶ。

gt;これを考えただけでも莫大な労力と金が動く。

gt;助けられた人は、この金をはらうわけではなかろう?

gt;労力への返しができはすまい?

助けられた人はこの金を払わなければなりません。労力へは金を返し更に

gt;生還を喜び、迷惑をかけたことを詫びるしかない。

この態度ももちろん礼儀として必要ですね。

参考までに

「解放された3人への請求額、66万円也!」のニュース です。http://www.sanspo.com/shakai/iraq/2004/sha2004042101.html

★冬山遭難と同レベル

 費用負担をめぐり福田官房長官は「冬山遭難の費用は遭難者側で負担する」と指摘したが、3人で約216万円なら冬山遭難と同レベル。2月に福井・石川県 境で遭難・救助された関西学院大ワンダーフォーゲル部は、対策本部を設置した福井県勝山市に約200万円を支払った。内訳は人件費や食料費、臨時ヘリポート代、除雪費など。市職員の残業代など約320万円やヘリ運行費用は請求されなかった。

で、憂生の返信も書いておきます。

[2] 知ってます。

あの部分で、払わなければならないと、

かいてしまうと、話の筋立てが狂います。

ですので、憂生は知らないけど、と、言う

パターン で話を続けました。

このあたりの、創作上の技法は、

物事の事実を云々していることでは有りません。

あくまでも憂生という人間の「考え方。感想。想い」を

受け止めていただきたく思います。

まあ、簡単に言うと、

金を払うんだというと、

違う受け止め方と

問題の拡大。

金を払わなければ成らない。

が、それですんだと思ってはいけない。

生還の喜び云々を持たねば、と、書くと

これは、ある意味で遭難された人の考え方がたらないと、

相手を?侮辱することにも

つながります。

そして、二次的にドンドン、話がぞれてゆきます。

言葉をだしてゆくと、

こう言う風な読み取り間違いが起こります。

いいかえれば、

だからこそ、黙することが多くなる。

ま、こう言うことです。

たぶん、心配なさらなくても、

常識のある人なら、金を払うことは知っております。

と、いうより、そこが論点の主題ではありません。

が、良く、わからないと書いているのに

「はらわなくて、いいんだ」

と、認識される方がいらしてはたいへんですな。

と、いうことで、貴方が下さった事実情報を

かかげさせていただきました。

了承を得ずに掲載したことについては、

お詫びします。

また、ご意見ください。

いや、本当に。


浅間山が噴火・・・。

何年か前に鬼押し出しを訪れた事がアル。

ところどころに待避所があって。

なんだろ?

って、おもった。

噴火が起きたときに火山岩?が巻き上げられる

これの一時退避なんだ?

浅間山から、蓼科にぬけたか?

その逆だったか、覚えてないけど、

昼食を食べた軽井沢の食堂で

水筒 にお茶 をいれてもらったけど、

いざ飲んだら、ただの白湯しか入ってなかった。

今回の浅間の噴火も

こんなくらいの笑い話で終わってくれればいいけど。

北海道も有珠岳の噴火で

大観望が寂れてしまってた。

こういう寂しいことになってほしくないなあ。

静まれ。浅間よ。

キム・ヨナとトリプルアクセル

キム・ヨナははたして、この先どうするのか?

この疑問の答えがちらりと見えた気がした。

7位に転落したキム・ヨナへの国内報道の見出しをきく限り

キム・ヨナは引退するだろうと思ってしまう。


先日もちらりと書いてみたが

(その中で引退声明をしたがごときニュアンスでの表現をお詫びします)

大きなネックはキム・ヨナがトリプルアクセルを飛ぶことは無理だということ。

断定しきっちゃいけないが、キム・ヨナの腰の病気を考えると

完治したというものの・・・。爆弾を抱えているようなものだろう。

この状況でトリプルアクセルを要求される滑走は

キム・ヨナにとっては、綱渡り以上におちる公算が高いものだと思う。

問題は「爆弾」のことだけではない。

あと4年の間、トリプルアクセルを飛べるようにならなきゃいけない。

同じように、真央もますます磨きをかけていく。

スタートラインからして、違うのに、

あと4年の間に真央を超えるトリプルアクセルをものにできるか?

おまけに、トリプルアクセルの採点基準も上がって来る。

いやがおうでも、トリプルアクセルをものにするしかないキム・ヨナが

引き比べるものはなんだろう?

腰の爆弾への不安?

勝てないかもしれないのに、4年を費やすということ?

悪いことに金メダルを取ってしまっている。

これ以上、上がない状況で、負けるとどんなことになるか?

7位へのひややかな報道をみても、

キム・ヨナがあと4年をオリンピックのために・・。

あるいは、トリプルアクセルのために費やすとは思えない。

まだしも、キム・ヨナの個性である部分を伸ばしていこうというというのなら

キム・ヨナも考える余地があるかもしれない。

おそらく、超えることの出来ない水準をめざせは

言い換えれば、浅田ヨナになれといわれているようなものだ。

キム・ヨナであり続けられるならまだしも・・・。

コーチのトリプル・・の言葉に唖然とした風のキム・ヨナ

というニュースを読んでさもありなんとも思う。

そして、一つの事件の裏側を聞いたとき、なおさら、キム・ヨナは

今期で引退したほうが良いのではないかと思わされた。

「日本人選手が邪魔をしたせいで転倒した」というキム・ヨナ発言のことからだった。

憂生のオーナーは韓国のほうにも何度か仕事に行ってるし

他のことでも、いろいろ、付き合いがあるわけで、現場事情に詳しい。

すべての韓国人がそうだとはいわないが、

「ミスは人のせい」

これが、モットーのようなものだという。

日本人にはわかりにくいことだが、やはり、他民族が入り混じる土地で

己を護るために繰り返し身についた知恵なのだという。

自分のミスをみとめたら、同胞からさえ蹴落とされ、バッシングされる。

当時のキム・ヨナもまだまだ、いつなんどき蹴落とされるか、判らない位置にいた。

自分のせいじゃないんだ。日本人が邪魔をしたんだと矛先を変えなければ

自分が落とされる。実に冷ややかな判断を下される。

そうまでして、自分を護らなきゃならないことのない島国で安泰の日本人から見たら

キム・ヨナの発言は理解できないだろう。

だが、現地を見る限り、こんな生ぬるい状態ではない・・とか・・。

2000年以上の歴史、土地柄が作った環境的感情をそう簡単にはかえることはできないのだろう。

ミスをおかした人間がどんなに冷たく扱われるか。あるいは、どんなに冷たく扱ってきたか。

わが身の保身のためにあいつのせい。を、やってきたじぶんだからこそ、隙あらば蹴落とされるのは必須と判っている。


だからこそ、今、この頂上で引退すべきだろう。

浅田ヨナをめざせの如くいわれた時点で

キム・ヨナとして成り立たない自分を感じたんじゃないのだろうか?

オリンピックでの大差を思っても

キム・ヨナ流をもっとのばせば、たとえトリプルアクセルの点数が10点加算で真央ちゃんが二度とんだとしても20点。

それでも勝るキム・ヨナの点数を考えれば

「おまえもトリプルを跳べ」・・は、哀しい言葉だったかもしれない。

だが、頂上に居続けていたとて、いつでも冷ややか、が待っていると知っている

キム・ヨナは多くは語らない。

多くは語らなかったが

どこで、聞いた言葉だろう?

「私は嫌われているから・・」

その言葉はいつなんどき足をひっぱるかわからない人間への警戒心ばかりじゃない。

キム・ヨナを認めてもらえない自分への言い聞かせでもあったのだろう。


できうれば、そういう言葉をいわずにすむ世界に住まうことが出来ればいいなとおもう。




奥不快かあ?  奥深い話にしたかった・・・・。

今朝のニュース でも、振り込め詐欺の被害を
報道していた。

先日は医者の妻に、
「ご主人が医療ミスで・・・」
と、いうパターン をきき、
二つの感慨を持ったところである。

ひとつは、
「500万をいっぺんに払えるところがすごい」
もうひとつは
「じつは、こんな風に医療ミスをもみけす
体質が医療 世界にはある?」

と、いうことだった。

そして、初歩?のオレ・オレ・詐欺。
でも、憂生のおふくろだったら、
ひっかからないだろうな。

「事故をおこして、示談金が要る」
「そんな金ない」
ない袖はふれない。
「このままじゃ、逮捕ですよ」
「あ、そうしてください。罪は罪。きっちり、刑務所で罪を清算すべきでしょう」
示談なんてのは、ひとつのごまかしで、それも、金持ち?の特権といえる?
「むこうがそうしてくれというんですよ」
「あ~~~。法律的なことはよくわかんない。
保険屋に相談してください」
無知というのも、時に強い味方になる。

かくして、本当に事故でもおこしたら、憂生はしっかり刑務所暮らしってことになると・・。
ひとつ、腹をくくっておく。

で、今日のニュースに戻る。

「ご主人が/息子が/痴漢行為を・・・」
と、いわれて、口座に金を振り込んだ。

う~~~む。
うちの主人が/息子が/そんなことするわけないでしょう。
と、いいきれない妻/母が悪いのか?

「絶対そんなことしない」
と、いいきってもらえない男が悪いのか?

なんだか、詐欺以前のもっと根深いものを
露呈させる事件だったと思うから、
まちがっても、
こういう手口にだまされちゃあいけない。

夫/息子を大手を振って信じることができない妻/母
妻/母からも信用されない夫/息子

信頼度と人間性を
はかりにかけられてしまう。


真央がヨナ元コーチのオーサーにオファー

真央がヨナ元コーチのオーサーにオファー

と、いう文字がとびこんできてしまって、

あちこち、ニュースを見て回っていた。


キム・ヨナ サイドで考えれば、横から掠め取るみたいな行動にみえるかもしれない。

とは、いうものの、この先をどうするかというキム・ヨナ自身の明快な回答がでていない。

オーサー氏も契約がきれているわけだし、いいかえれば、宙ぶらりんの状態にされている。

と、まあ、簡単にかいてしまっているが、

キム・ヨナ(韓国側)もなにかしら、このニュースにばたついているようすがあるし、

逆に真央(日本側)も、喧々囂々・・・あ~のこ~のと記事へ私感をかいているようだ。

まあ、そこに憂生の私感をつけたして書いてみたってしかたがないので、ここに書くのだけど。

オーサー氏の経歴を考えても、ジャンプへの指導など、オーサー氏が確かに適役であろうと思われる。

なにも、キム・ヨナの元コーチに・・という、一種「負けた感覚」で捉えてる人たちがいるようだが、むしろ、憂生は逆だと思っている。

前回の記事で、すこしかいているので、詳しいことは省くが

オーサー氏はキム・ヨナにトリプル・アクセルを指導したがっている観がある。

この時点ですでに、(そういう言い方は嫌いだが)オーサー氏自ら、キム・ヨナの負けを認めていると、いうことになってしまうのではないのだろうか。

キム・ヨナに対してオーサー氏の感情はキム・ヨナの望む道を選んで欲しいというものだと思う。

これは、オーサー氏の人としての感情だと思う。

だが、「トリプル・アクセルを跳ぼう」という言葉を、オリンピック終了まもなしに

キム・ヨナに望むオーサー氏の思いは、

オーサー氏が選手だったということからのコーチ感情が出ている気がしてならない。

キム・ヨナにトリプル・アクセルを飛ばさせたい。

この言葉の裏に、オーサー氏の選手であった自分の思いがかさなっている気がする。


これを思ったとき、跳べるかどうか判らないキム・ヨナをこの先4年間指導して、

4年後にどこまで成長するか。ましてや、煮え切らない態度のままであるわけだし・・。

それよりも、噂では4回転ジャンプにも・・という浅田真央の選手根性というか、

成長していきたい。そのためにも自分にとって必要な人だと

キム・ヨナの元コーチであっても、ある意味プライド?を捨て去って教えを請うという

このフィギュアによせる真摯な思いが

選手であったオーサー氏の心にどういう決断を導くか。

トリプル・アクセルが跳べるということも、オーサー氏の水準のなかにはいっていることではないかとおもうと

選手を育てるというときに、

凡人は単純に考えてしまう。

育てる「はりあい」のある「技と心」を持っている選手を指導するほうが楽しいだろう。

キム・ヨナの返答次第というが、

オーサー氏そのほかの進退もちゅうぶらりにさせてしまってるキム・ヨナの姿勢にこの先の

不安をかんじないといったら、嘘になるんじゃないだろうか?

一歩でも精進していきたいと願う浅田真央と・・・。


キム・ヨナからも再契約の話があったとして、

どちらを選ぶにしろ、

オーサー氏は、悔いのない選択をして欲しいと思う。





真央ちゃん。グローバルだよ。

どうやら、憂生も付和雷同の一派であったようで/笑

真央、オーサー氏へのコーチ要請・否定という報道が入ってきていた。

韓国側の不安報道でしかなかったらしいが、

言い方をかえれば、キム・ヨナがもし、次期オリンピックをめざすならば・・・。

頼みの綱のオーサー氏をかすめとってしまったら、

それで、勝っても真央ちゃんもすっきりしないだろうし、

キム・ヨナを窮地にたたせててしまっては、やっぱ、だめだよなあ。

なんてことを考えながら、ニュースを読んでいた憂生は

真央ちゃんの科白に打ち抜かれた。


『そんな日本と韓国の仲が悪くなるようなことはしない』と答えた。

だよな~~~~。

まだ19歳。されど、19歳。

日本の代表だってことをよくわかってる。

腰パン選手のこともぶつぶつ、いったことがある。

日本人はああなのか?って世界中からなめられるぞ。

1個人のつもりで行動してちゃいけないだろうに。

日本への評価ってことも考えろよ。

ってなことを。

憂生は正直、感動してる。

真央ちゃんはやっぱ、世界に出てるだけの事はある。

個人のことより、日本ってことをしっかりわかってる。

明治維新の竜馬他じゃないけど、世界をみた人間が、

いっそう、日本の情勢ってものを考える、その視線がグローバルになる。

たった19歳。されど19歳。

世界をみすえ、日本を見据え、

世界の中の自分をよくわかってるんだ。

オーサーをコーチーに頼んだら負けを認める?

自分の技術を高めたい?

そ~~~んなちっぽけな視線じゃない。


簡単な言葉でいってるけど、

『そんな日本と韓国の仲が悪くなるようなことはしない』

まるで、竜馬のようだ。

「おんしら~~。なかようすりゃよかろうに~~」




名言

昨日は事業所の車の車検だった。



オーナー、器用な奴だから、

ユーザー車検。



で、車検行って来る。と、報告・・・



「来る?」



あ~~。めんどうだな・・・。



断る。



「来て下さい」



むむ・・。



憂生 もひとりで、用事しにいくのは、

好きじゃない。



用事はいいけど、その道中が嫌なんだ。



行っても、することない。



と、いっても、事務所にいても、することない。



気持ちはわかる。



「低姿勢できましたか・・・」



ちっと、オーナー人間丸くなったというか

人の動かし方、判ってきたというか・・・/苦笑



で、同道。



車検の手続きしてる間、そこらへんの週刊誌を読む。



ほ~~~?



山口百恵の次男が、俳優?



男の子ふたりなのかな?



女性がきついと、男の子うまれやすい・・とか、



山口百恵、芯がしっかりした感じで

自分を通した人・・・。

男の子、産むだけの強さ・・あるな・・。



ま、週刊誌読みながら

いろんなことが自分の片一方で流れていく・・。



そんな中、

およ?



島田伸介・・ん?字、この伸介?



ユッキーナを励ました?



ふむふむ・・。



で、本文、読みはじめた。



落ち込んだユッキーナに伸介のメール。



このせりふは

分かりやすくて、確信ついてた・・。



「俺とおまえは、不良やけど、

けして、不良品ちゃうんど・・・・」


軋み

結局、韓国の不安報道って、ことなんだろうけど、

なぜ、そういう「噂」がながれたのかってことを考えている。

キム・ヨナは現在、会社設立でもめているような?

ちょっと、やばいんじゃないか?

って、引き抜きをやってるらしい・・。

この先々を考えた時、今の頂点で経営基盤をしっかりつくっておけば、

次期オリンピックで敗退したとしても、キム・ヨナの生活基盤は確保できてる。

ここが、しっかり固まれば、オリンピックに行っても良いって思えるんじゃないのかな?

と、見ていたんだ。

だから、回答をさきのばしにして、一方で会社設立を急いだような?ふうにも、みうけられるのが、引き抜き問題で、どうも会社側は同じ系列の会社に移籍するなどの場合は、18ヶ月ののちという会社規定をもっているらしく、そこらへんで、もめているらしいのだが、なにをそんなにあせって、ことを起こしてるのかと思う。

18ヶ月待てばいいじゃないか。

と、思うんだけど・・・。


その「ひきぬき問題」から、目をそらせるためか?

あるいは、やましいやり方をしていると、人のことも悪く見えてくるという心理か?

因果応報感覚?

そうやって、ひきぬきをするようなまねをしてるとキム・ヨナもひきぬきをされるぞ。

と、でも、いう誰か、すこし上?の人間の言葉が波紋を呼んで、

こんなことになったのか?


真央ちゃんの言葉を思うとこんなことをしのごのかんがえてみること

自体がもうしわけないんだけど、

韓国の生活基盤を考えると、すこしでもはやく会社を設立させて、

フィギュアをやめても、充分に暮らしていける土台は欲しいだろうと思う。

脚光をあびているうちは、それなりの収入がある。

今回も、キム・ヨナの収入もかなりのものがあるようだが、

来期の契約もかなりの金額を提示されながら、キム・ヨナは断ったという。

フィギュアをやっているうちはいいけれど、やめたら、それで、おわり。

プロに転向しても、いつまでも今のような金額がはいってくるわけもないだろうし、

年齢的にもいつまでもおどっていられるものでもなかろう。

こういう背景があるから、韓国の選手が会社を設立するケースが多いような報道をされていた。

日本の生活水準というものを考えた時、やはり、恵まれているといえるだろう。

そこそこにくっていけるし、言い方が悪いが親戚に成功者がでたら、

助けてくれとあてにして、寄って来る親戚が多く居る。

なんてこともない。

それほど、生活水準が違うのだと思う。

キム・ヨナがおそらくでしかないが、生活基盤を括弧たるものにしたいという思いは、

ある程度裕福に暮らせてる日本人には理解できない部分だと思う。

同じ19歳でありながら、先行きを心配しなくてはならないキム・ヨナは

ビックになった今こそ、基盤をかためていきたいだろう。

複雑な気持ちで

ニュースの出所が韓国の不安要因だった。を思う。

キム・ヨナが回答をさきのばしにしていることへの不安が不安を生んだと思う。

その回答を先延ばしにしているキム・ヨナの不安はほかでもない

韓国自国の体制部分にあるようなきがして、

一個の女の子がそれにのまれ、もがいている軋みにみえて・・・。




はあ?

キム・ヨナ選手が歌手デビュー!意外にウマい

ってな、ニュースをみかけたんだけど・・・。

これは、どういう意味なんだろう?

フィギュア引退って、ニュースあったっけ?

ないよねえ~~~~??

コメント欄をみていても、そのことには、触れていない。


なんだろうな?

ど~も、フィギュアをどうするかは、ひきのばし?

地盤がかたまるほうにいきそうな雰囲気だな。

フィギュアをやってるより儲かるのかな?

歌手生命のほうが長いだろうし、俳優とか、こう言う方向にもいけるし・・。

このあたりの手ごたえで、フィギュアをどうするか、決めるのかな?

地盤が固まってしまえば、

逆にアイドルがオリンピックにもでる。

ってことになるから、人気沸騰だろう。

そうすれば、出る?

なにかしら、時期オリンピックで真央ちゃんに敗退をきしても

大丈夫なような、地盤つくりを作っているようにも見える。

お国柄の違いといえど、なにか、

あの国で、名声を維持していこうとするのは、

大変なことだと思う。

そこまで、計算して物事をやってるか、どうかは、わからないけれど

な~~んか、根性がねじまっがるようなバックグラウンドがある。

そんな背景にのみこまれないように、画策しなきゃならないのなら、

悲しいものがある。

純粋にスケートだけにうちこめないいろいろなバックグラウンド。

真央ちゃん・・・。

日本に生まれてよかったよね・・・。


くさい飯くってこいや。

ロマンポラスキーだっけ?



20?年前以上の猥褻罪を云々されてたの。



まあ、憂生は、はっきり言うと、10年以上、くさい飯くってこいや。

って、思う。



罪は罪、きっちし、清算しろってな。



確かに世の中、もっと、ひどいこと、やっていながら、

上手にぬけていってるやつもいる。



だが、それは、それ。



潔くない。



これが、まず、気分が悪いのに、

まわりが、ちゃ~ちゃ~言い出す。



彼は芸術家だ。



はじまったぜ。



この前もどっかにかいたよな。

C・モルガンの人間のしるしの中にも書かれていたように、

芸術的なピアノを弾くドイツ人は魂も崇高だ。

ーばかやろ、魂が崇高なら、戦争に参加しない。ー



人を殺すくらいなら、殺しに行かないで済む、

怪我でもして、銃をもてない身体になるかもな。

敵であっても、兵士であっても

ピアノの腕が芸術だったら、彼の魂も崇高という

この、考え方はよく分からない。



どういう土台なのかと考えさせられる。



だが、今回も同じだ。



彼は芸術家だ。



芸術家だったら、13歳の子供に淫猥なことをして

よその国に逃げて、

芸術やっていって、その芸術が評価される?



日本人にゃ、いっさい、分からない考え方だ。



今日も、横綱がガッツポーズとったって、

喧々囂々だったけど、

それも、同じ。



日本人の感覚。



一種、葉隠れの考え方に近い。



負けた相手の事さえ、思い量る日本の相撲の感覚からして、



一人の女性の人生をねじまげて、

罪を問われりゃ、逃げ出して・・・。



芸術続けたいも、

ガッツポーズとるも、

相手の事も

自分の尊厳も

まるきりなし。



一種、倫理観がない人間に

武士道精神で、もんくいっても、はじまらない。



文句言う価値さえないか・・・。



結局、潔くない。



結局、恥を知らない。



大和魂なるものが、世の中見ると、

わからんことばかりだろうな。


むかピー

本来ニュースを取り沙汰にして、しのごのほざきまわるのは、嫌いなのだが、


鞆のことをかいたついでに、


ついでは・・・失礼だな。

ちょっと、思ったことを書くことにした。

のりピーの覚せい剤事件。

芸能人じゃなかったら、ここまで、おおげさに扱われなかったと思う反面。

だからこそ、かな?


とも、思う。




堂々の報道のおかげで、覚せい剤におぼれたら、こんな結果になってしまうという

いい、見せしめになるだろうな・・・。


警察の威信もあっただろう。

異常行動があらわれていたというのりピーをつかまえないのも、警察側の節穴を指摘されはてには、芸能界との癒着まで疑われかねない。


はてには、個人情報にあたる部分まですっぱぬかれし、雇用側もかばいきれなくなり解雇。


いろいろ、当然の措置ともいえるし、覚せい剤に手を伸ばす背景の弱さも


訓示部分にはなるだろう。


だが、釈然としない思いがわきあがる。


今頃・・・。




覚せい剤を売った奴らは、高笑いしてるんだろう・・。

「ばかだね・・こいつ。もっちと、上手にやれよ」


「ま、どうせ、シャブ漬・・逮捕は目に見えてたし・・


いただくものだけいただいて・・」


「次・・のターゲットは、***の筋から流して・・」


のりピーが廃人になろうが、どうでもよい。


のりピーが麻薬ショックでしんでもいい。


そうなったら、




のりピーが他の誰かにかわるだけ・・・。

そんな奴らに食い物にされ・・なにもかもなくし・・・。


精神・・すべて・・。


その部分だけ考えると、被害者でしかない。


確かに麻薬に手をだす人間が悪い。


でも、それは、同じ立場側の人間が言えることだろう。加害者たる売人を取り締まりきれなかった警察側。管轄が違うというかもしれないが、


覚せい剤撲滅ができなかったせいで、被害者がでてる。


いわば、警察側も加害者の一端にはいる。


もちろん、そんな考えがおかしいのは、わかってる。

ただ、のりピーを逮捕する警察側の思いに


そういう、思いがあるか、どうかということ。


自分たちの力量不足で(と、いっても撲滅は至難の業だろうが)


こういう被害者をだしてるんだという思いがあるか。

あるだろう。


と、思いたい。

なぜなら、日本の国柄がそうだから。


アヘン戦争までおこすことになった中国の無残をかんがえても、


日本は同胞意識が強い。同じ日本人が困るのに、苦しむのに、見てみぬふりはしない。

なのに、日本人の魂を売り渡した奴らが、平気で同胞を食い物にする。

のりピーをみながら、憎むべき筋、撲滅すべき筋が違うと思ってしまう。

覚せい剤をじゃない。


覚せい剤を売る側。




日本人の魂を悪魔に売り渡して、恥じない外道。

今頃、高笑いしてるかと思うと報道のあり方に疑問を感じる。

のりピーを映す以前にもっと、やるべきことがあろう?


けっ←春日風


ここも同じ穴の狢かあ?


やましくないのかねえ?

なんか、うさんくさい・・・。



例の実名出版。



憂生自体は実名公表は避けるべきだという意見をもっているけれど、



これも、本人の了承次第ではないかと考えられる部分がある。



通常の出版社が「実名公表」に対してどこまで考えてるか、

これも、闇の中であるが・・・。



出版社が出版に踏み切るには、

「やはり、本人の了承があった」

と、とりたい。



そして、なによりも、当の本人からの「起訴」なのだろうか?



周りの弁護団の「芝居」そんな気がどこかでしている。



その起訴でいくらの金がはいるんだろう?



そこまで、おもわされたのは、

橋下知事への起訴。



自分たち弁護士の名誉を傷つけ、信用を著しく損ねた?



きちんとした「仕事」をこなしていけば、

信用をなくすのは、橋下知事のほうだろう?



どうも、なんくせつけて

「金」にしようとしている。と、おもってしまう。



そこから、ますます、

実名出版も同じ理屈で「金」にしている。



と、みえてしまう。



弁護士がよってたかって、

「少年」を食い物にしてるんじゃないか?



実名出版の是非よりも、

むしろ、

本当にあの弁護士で大丈夫なんだろうか?



きっちし、灰色におわすことやるような事態をみていると、

橋下知事がいいたかったことがみえてくる。



実名出版とて、

なぜ、弁護側がきちんと関与していないんだ?



一人の人間が出版されるまでに至る物事について、

だされるまで、気がつきませんでした。

ってことじゃないか。

慎重をきすなら、生原稿からきっちり見せてもらって

とか、いう「管理責任」がどこにあった?



わざと出させて、あとから、難癖をつけてる。



この体勢がおかしいと思う。

だから、あれもこれも、信じられない状況で

むしろ、橋下知事(はっきり、なにをいったかはしらないが)が指摘したことが事実に思える。



名誉を傷つけられもしてないし、信用もなくしちゃいない。



もともと、ありもしない名誉

ありもしない信用。



事実をのべられて、ますます信用がなくなるような、

やりかたを実際やってるじゃないか?



実名出版という大きな揺れに驚かされて

なぜ、そこまで、みすごすことになったか

その部分をうまくめくらましされちゃいないかい?



あくまでも、憂生がうけた感で

事実はいっさい闇の中だけど・・・。



きっちし、仕事こなしてから、物を言え。

アメリカナイズされた今の世の中、なんくせが通るところが恐ろしい。



ついでに書いておく。

アメリカナイズ:

たとえば、塗り薬を買って、塗り薬とかいてあるのに、

それをあろうことか、

飲んでしまって

「飲んではいけないと書いてなかった」と勝訴する。

この風潮は輸出品の解説・説明書きのおおきなネックにもなって、

なんどき、賠償金を払わされるかわからなくなって、

いまやこういう当たり前のことでも、書く。



これと同じ理屈。

きちんと店員に「飲んでもかまわないものなのか」とか、

たずねあわせなかったことは一切、問われない。



弁護士さんたち、この部分の「やましさ」にふたをして

「なんくせ」つけてる。



申し訳ないけど、憂生にはそうみえる。



だから、ものすごく、気分が悪い。


ガキのやる事・・・ため息

オバマ大統領、叩かれる・・。



なんじゃ?

と、思ってニュースを聞いていたら

どうも、天皇皇后両陛下に謁見・・(あ、これもオバマ叩きな表現?)したときに

深く頭を下げた「おじぎ」をしたことへの



バッシングだった。



まあ、日本国民としての感情で言えば

この世界のどこに

2000年も続く家系がどこにあるか?

だな。



海賊のなりあがり。

フロンティアの主長。

民族の興亡の末。



由緒正しき血統と歴史。



ここに着目すれば、当然、世界をしる人間ほどおのずと頭がさがって当然だわい!!



と、オバマ大統領の見識眼と礼儀にあつさ。

いわば、実るほど頭をたれる稲穂かな、にみえるその姿に

オバマ大統領の真価をみた気がしていたのだが・・・・。



どうやら、アメリカ本国のバッシング?ブーイングは

「ぺこぺこするな」

という、卑屈に見える。

弱者のする事だという、意見のようだ。



どうも、アメリカは精神が薄い国だ。



見た目で見えることしか判断できない。

マナーなるものもさっぱり、判って居ない。

アメリカにとってのモラルやマナーという言葉はいったい、なになのか?

ようはおきまりのヒーローや強者に対しての礼節で、

相変わらずアメリカ自国こそが強者・ヒーローであるという

神話をよりどころにしているのか?

そんなものは、ツインタワーとトモに消失していたと思っていたので

もう一度、考え直す。




「卑屈」

こりゃあ・・・・・・。

やっぱり、アメリカががんとして抱える病巣からの膿だな。



つまり、ひとつには、黒人大統領への

ASWPだっけ?

由緒正しきアングロサクソンのホワイトというエリート意識。

この部分がひとつにいつまでも

黒人差別をもたらす温床。



おそらく、どうしても、黒人が・・・という

観念からぬけだせないのだろう。



だから、アメリカのヒーロー神話からでなく

むしろ、

「見ろ、やっぱり黒人のする事だ。

奴隷の血がぺこぺこ頭をさげさすんだ。

奴隷がぺこぺこするから、

アメリカを弱者にしてしまう」

と、いう、黒人への侮蔑を感じてしまう。



わが国の大統を

「信じてやれず」

「良くみてやれず」

いわば、内輪もめのぼろさを見せしめることになるとも知らず、

良くぞ、ブーイングだけをとりあげて、

国民としてのモラルもマナーもないとならば、

それなり、あちこちで、オバマ大統領が

「信」の厚い「国王」や「天皇」に敬いの気持ちの末

頭を下げるのは当然の成り行きだろう?




すると、オバマ大統領に頭をさげさせてしまう大本は

アメリカ国民でしかないのかもしれない。



こんなことはわずかな部分で

元々、オバマ大統領の真価の部分であると思うが

アメリカ本国も、もうちょっと、世界の中の一員であるオバマ大統領の位置を把握しなきゃいけない。



アメリカ。アメリカ。のごてを言うばかりが能でないだろうに・・。


やな世の中だね。

なさけない・・と、言うと個人攻撃になるのかな。



昼のニュースだった・・・。



1700マンの貯金通帳の入った鞄を交番に届けたけど

謝礼がもらえなかった。



で、15%の謝礼を払えと

拾った人が告訴した?



はあ?




憂生 がまず、思ったこと。



落とした時点で

銀行に連絡してロックかけたら、

その通帳は破棄されたも同然。



つまり、たたの手帳。



そして、通帳だけでは、お金を引き出せないのだから、

これも、単なる手帳。



で、アナウンサーの横で解説者。



額面が1700マンになっていても、

ちゃんと記帳したら、0円のものかもしれない。



それもいえる。



だけど、なんといっても、現金ではないということ。



見方を変えれば

「財布」・・

中身の無い財布をひろったのとおなじじゃないか?



落としたほうにすれば、

もう、ほったらかしにしてくれて、

銀行に連絡入れて

紛失扱いにしたほうが、よほど、被害が無い。



あたら、拾われたばかりに250マンよこせといわれる?



おとしっぱなしのほうがよほど、被害が無いじゃんか。



まあ、まともに礼もしなかったらしいけど、

それもおかしいけど、

そんな人間相手にいこじになって

礼を要求するその根性・・



金もつと

えらくなると

怒らすと

人間の本性判るっていうけど、



仮に250まんを勝訴して・・



目先の得より

見えないところでなくした「徳」は、

もう、2度と帰って来ないし、

500マンつんでもとりもどせない。



欲に目がくらんで、

恥を恥ともわからない。



まあ、そんなの、この人ばかりじゃないよな。



変な商法でご婦人ご老人、だますのに

平気で外で

「いらっしゃい」なんて、呼んでる。



親が見たら泣くだろうな。



いつだったか、

ボランティアと称して寄付あつめにきてた、おねいちゃんがいたけど・・。



それでも、思ったよな。



自分でアルバイトでもしてその金寄付してやれよって。

人の懐、あてにすんなって。



人の懐・・あてにする。

それさえ、おかしいってことが、

判らない世の中になっちまったのかね?



逆に



もっともらしいこといわれりゃ、

そうかなって、安易に寄付する。

その金持ち気分味わうのやめろ、つ~~の。



昔の人はいいこといったよな。



ぼろは着てても心は錦。



金持ち気分っていう狼の皮かぶって

金を出す価値基準を見失うのが

心が貧乏とおりこして、盲目。



地獄の沙汰も金次第っていうくらい

金は凄い力もってる・・?

それならば、なおさら、人の懐あてにするよな人間に

安く渡す必要はない。



この基準を間違えて

やれ、けちだとか貧乏臭いとか

相手が気の毒だとか



とにかく、見た目に振り回されず

しっかり、活きた金つかえ!!



で、あほちんたん。



死に金250マンうけとったら、

それはそれなりの

つけがまわってくる。



なさけないね。



そして、1700マン通帳のもちぬし。



なんか、事情あるんだろうけど

騒動おこした自分の勉強代と思って

いくらか、相手に渡して

自分に楔うっておくべきだろうな。



って、こんなくだらんこと

ながなが書いてる自分も



やな自分~~~~ちゃ!!


鞆とイワンの会

この間から、鞆・・・なんだけど。



相変わらず、県側は上告・・。



この海上道路の話しは26年前からのことだと・・・/笑う



26年もあったら、山側にトンネルひとつぶち抜くこともできたろうに。



どうしても、海上道路にこだわる。



どんな癒着があるのか、教えて欲しくなる。



ところが、広島県は情報公開率、最下位だと。



確かに、鞆にいって、海上道路計画があるのを

反対側のモデル写真で知った。



むごいよ。



大灯台のすぐうしろが、道路になって、うしろの海なんか、全然見えない。




鞆の住民が便利になるように?



だったら、もっと、早くトンネルでも掘ったらよかったんじゃない?



他の不便なところの施置に影響がでる。




他の不便なところ、先になんとかしてやりゃいいじゃん?



で、おまけ。



県知事、任期切れる。



癒着で先に金貰う約束してるのかにゃ?



とにかく、任期中になんとかしなきゃ、あぶく銭がはいってこないのかにゃ?



痛くも無い腹なのか、

痛い腹なのか、しらないけど、

つつきたくなる、異常な行動。



福山市長もこの前書いた。



竜馬伝を同じ福山市内で撮影してるのに

それ、鞆にとってもいい宣伝効果じゃないか?

竜馬が隠れていた鞆

いろは丸が沈んだ鞆。



竜馬の足跡。



踏みにじるまねして、

竜馬伝の監督、

なんもイワンの会?



福山市長も癒着仲間かにゃ?



広島県知事も

福山市長も



民衆つ~~やつを

敵にまわす覚悟で

ぼろだし

ごねおし。



うしろに何の癒着があるのかにゃ?



リコール恐れない任期きれる県知事の意見に合わせて

福山市長・・・

リコール招くか?



広島市にオリンピック招致?



福山市長・・リコールに招致でいそがしいんよ。



おまけに、県知事立候補者、



このあたりのこと、いわないよな。



私は鞆守ります。



とかさ~~~~。



それ、本心は県知事2号?



うかつにいえない?



ここもイワンの会?



あ~~~~~。



憂生 もこんなこと何度もぐずぐずイワンでおきたい。


鞆と大久保利通と福山市長

鞆の動向を見守っているだけで、

終えようとおもっていたのに、



次から次へと、

まさに憤りを感じる、ニュースが入ってくる。



先ほど挙げた、ニュースは云々は

まさに、腹立ちと悲しみが入り混じった思いで、

表題に鞆の文字を入れたほうが

鞆を気にしてくれる人の目に留まるだろうと思いながら、

憤怒のほうが先に立った。



久方ぶりに・・・。



興奮気味で、よみなおしたら、

市長のことか、

嘆願書のことか、

ちょっと、読み間違えられる表現に気がついて、



市長の文字をつけたしたとともに、

タイトルに鞆と竜馬を付け加え

更新した。



もうひとつ、気になるのは、

憂生が、竜馬のフアンだから、憤っている

と、言うマニアチックな意見だと、観られたくないという事。



今回、尊敬する人に竜馬を上げているが

この理由は

「ちっさなことにこだわらず、

仲良くすりゃ、いいじゃないか」

と、いう子供のような無垢さで生き抜いた竜馬ということにあるが



本当にすごいと思っているのは

幼馴染である西郷隆盛と袂をわけた

大久保利通なんだ。



西郷の不満分子をいさめる為の

朝鮮出兵論とか、

この西郷の言い分も

西郷の気持ちも重々承知していた大久保が

日本のために、

「私」を捨てた。



あるいは、冷徹、そう見えるかもしれない。



だが、本当に大事なことは、

「日本」だった大久保。



どんなに、西郷の西南の役を、無念に思い、

どんなに、西郷を惜しんだか。



その気持ちをねじ伏せても、

「公」たろうと思った大久保。



その大久保に程遠い、福山市長が

竜馬を潰そうとする。

鞆を潰そうとする。



憂生は、尊敬する人の欄を

大久保利通と、書くべきか?



そうしたら、

憂生が憤る意味合いがもっと

深くなるな。


報道よ!対処を言ぅだけ

とうとう、認可申請を出した。



海の上に道路を架ける。



他にも方法が有るのに・・・。



利害関係もあるが・・・。



だが、問題はニュースの伝え方だ。



反対側は歴史的景観を損ねる。



鞆のことは、ポニョでしかしらない。



そんな人が多いだろう。



歴史的景観といわれて

ピンとくるか?



近いところで

坂本竜馬



隠れ部屋も有る。

いろは丸も沖合いに沈んでる。



もっと、古いのは

神后皇后。

鞆の沼名前神社に航海安全を祈願し

オオワダツミを祀った。



探せば、まだ、あるだろうが、



こんな古代史に近い年代と

明治維新という年代。



この関わり。



皇后が見た鞆の海。

竜馬が見た鞆の海。



こういう歴史的景観だとなぜ、説明しない?



簡単だよな。



そこまで、はっきり説明したら

全国的規模の反対運動が起きる。



おまえの、ニュースの説明のせいで・・・。

って、TV局は反対側に加担したと言われるだろう。



どこまでも、利害関係。



報道のあり方・・・。ね。



事実を捻じ曲げては居ないだろうが

馬車馬の如き

視野でしか、物が言えないか。



くされちょる。


鞆と竜馬を、なめとるんか!!

鞆、海上道路封鎖。



埋め立てに対して、判決がでたというのに、



まだ、県側は控訴を考えている。



ニュースの中の市長の台詞。



「鞆の町の活性化のため」



どこが、活性化に勤めている?



朝鮮使節をむかえいれた対潮桜の石垣は

素人目にも、崩壊に進む一方。



対潮桜も随分、ガタがきてる。



此処から望む仙酔島の綺麗な事。



それらさえ、まともな対策をせず、



竜馬の資料館も民族資料館も民間にまかせっきりで、



どこが、



活性化?



なにもせず、竜馬がみた町並みをつぶす?・・・・。



ここで、ニュース画面のうしろにあるポスターに気がついた。



今、福山のみろくの里で竜馬伝の撮影が行われている。



そのポスターを何枚もつらねた前で



竜馬の見た町並みをつぶす。



そう、言うか?



そう、言えるか?



告訴、上訴を取り下げてくれと、嘆願しにいった反対派は

全国13万人からの署名を集めていた。



「鞆の住民の活性化のため・・・」



市長の言葉に



反対派の代表は答える。



「私はその鞆に住む人間です。その私たちの反対意見を聞こうともしないことに

憤りを感じます」



そして、



「この町並みを保存した上での、鞆の活性化を望みます」



そう、何度も、憂生も言っている。



海上道路にしなきゃならない理由が無い。

山側に道路を作ればよい。



そして、なんだ?



いろは丸引き上げも無視。



ポニョも無視。



あげく、同じ、福山市で竜馬を追う映画を作っているというのに

その「竜馬」がいた場所を

竜馬の足跡をつぶす。



ああん?



福山市長は竜馬伝も無視するつもりでしかないぞ。



ここまでの、イベントが起きているというのに、

「活性化」の手段がいくらでもあるというのに。



もうすこし、手を入れれば、

世界遺産にだって

登録できる鞆であるというのに、



手を入れず、

いっさい、合切、無視して、



何もかもを敵に廻す気か?



市長、裏でいったい、どういう、契約をかわしたか、しらないが、



嘆願書13万人。



これが、どれだけの数字か。



その嘆願書、これを読んでくれてるあんたのところに着たか?

書いてくれって、来たか?



おそらく、来てないほうが多いだろ?



そして、どう?



もしも、嘆願書へのサインの依頼があったら、

あなた、どうする?



ん。



ありがとう。



書くよ。そう、聞こえた気がする。



だったら、13万人なんてのは氷山の一角だ。



福山市長・・・。



くさったな。

目がみえてないな。



だけどな。

憂生、なによりも、悔しいのは

竜馬の・・

ポスター貼り付けて

その目の前で

活性化なんていう

大嘘でくるんで、



竜馬の存在を無視することだ。


鞆、海上道路差し止め

なんとか、鞆の海上道路建設は撤回されたが、



県側はまだ、諦めていない。



なんで?



どうも、この県側の体制に癒着を感じる。



まず、この前にあげたふたつのこと。



海上道路にしなくても、他のルートを確保できる。



観光地としておしだしていくに、

市側がバックアップを行っていない。



歴史民族博物館、小さなものであるが、

絶好のビューポイントに建てながら

祝祭日は休館。



竜馬の隠れ部屋も民間が一生懸命

展示している。



同じく、呉の大和ミュージアム。

どれだけの、観光成果があがったか?



精一杯、観光地として

アピールし、

観光地としての生活が成り立っていくように

バックアップせず、



単純に海上道路をつける。



この後ろ側はなんだ?



原爆ドームが世界遺産で、

核なき世界を全世界にアピールする広島県知事が、

鞆の歴史的価値を潰す方向に動くのは、いったい、何故だ?



世界に訴えられる原爆ドームは大事に保護するが、

日本人の、日本の、歴史は無視か?



馬鹿な態度とってると

家庭内虐待の見本さながら、

県内虐待の平衡感覚のない知事として、

判断基準をあたえてるようなもの。



おまえの、核廃絶宣言がうすっぺらになるということを

わかってやってるのか?



らちかんぞ!!


今日のニュースからだった。



気持ちは複雑である。



どう、複雑か?



下手に感慨を書けぬからである。



ニュースは広島県の福山市「鞆」のこと。



鞆の名前が一躍有名になったのは竜馬のいろは丸の残骸を引き上げたことに始まる。



続いて、

最近、宮崎駿夫の「崖の上のポニョ」のモデル地が鞆であったと言われている。



ニュースは、この前から取り沙汰になっている「海のうえに道路を架ける」ことについてだった。



まず、正直な思いを言おう。



海の上に道路をかけなくても、山側を迂回する道路をもっと、整備すればいいじゃないか。



と、いう思いだ。



だが、昨今の不況などいろいろ、重なり

あるいは、漁業権を放棄せざるを得ない住民の思いがあろう?



言い方は悪いが道路が通れば、漁業権を放棄せざるをえなくなり、

生活の保障を得られることになる。

かつかつの生活をしているよりも、このさい。

漁業権を放棄する見返りで生活基盤を立て直すこともできるのかもしれない。



だと、したら、道路賛成派は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている人がいるということだ。



やみくもに、反対意見をとなえるわけにはいかない。



だが、高台にたって、鞆をみおろす。



大灯台がある。



竜馬もみた灯台かもしれない。

沖合いには、いろは丸が沈んでいる。

この高台から、竜馬も鞆を見渡したかもしれない。

竜馬展示館には、竜馬が忍んでいた隠し部屋の展示もある。

まちがいなく、鞆に竜馬の足跡がある。



そして、竜馬がみつめたであろう、風景がある。



通常なら、こんな、史跡?の風景を変えようという魂胆が沸くはずがない。



そういう史跡であるなら、むしろ、逆にそれを、売り物にして、

観光客を集め、史跡の保存と町の繁栄に寄与するように勤めるのが普通だろう。



ところが、市側は、道路を通す勢いだ。



なぜ?



鞆への道もそれほどには、整備されていない。



それが、理由?



だとしたら、おかしい。



ポニョで知れ渡ったせいもある、憂生のところにきてくれたひとは、

「鞆」にいってみたいという。

たいして、遠い距離ではないので、連れて行く。



鞆の繁栄を象徴するものに、豪華な雛人形と言うものが在る。

これを見せてやろうと、鞆の民族博物館?のようなところにつれていった。



ひとつには、繁栄を伴った鞆という存在が竜馬の寄港地になりえたということや、

古くは、じんぐう皇后(変換できん!!)が寄航している。

歴史的資料としても、鞆の繁栄を物語るにたりる、雛人形をこの目で見てみたいとも思った。



ところが・・・。



祝祭日は博物館(ちいさいものだが)は閉じられている。



おい?



お役所仕事の典型ではあると思った。



だが、道路を海の上に架けるという前に、

鞆を守り、知ってもらおうとする



その体制がどこにある!!



こんなことひとつを、まともに開館出来ず、小手先の整備をする、裏側はなんだ?



いろいろ、尽力をつくし、やむを得ず、海上道路の設置ならわかる。



鞆をまもるため、

竜馬がみた、

あるいは、じんぐう皇后がみた鞆を守るための

その努力がどこにある?



単純に素人?は疑う。



なにか、癒着があるんじゃないか?



だから、逆に人が来る祝祭日に博物館をあけず、いかにも、寂れる方向に関与している。



ぎゃくに、いっそう、人が来たら、困るがごとくのやりくち。



そして、海上道路。



ポニョさえ味方につけたかとおもうに、それさえ、利用しない。



そこしか、道路が通せないないなら、わかる。



山を迂回し鞆の町にはいる道路がある。



実際、憂生もその道を通ってみた。

確かにいきなり、鞆の街中に入る。

だが、山側をきりくずし、ふもとに道路を通せばよい。



なぜ、その案がでない?



むかむか、しながら、

二度目に鞆にいったことを思い出している。

ポニョ以降だったから、ひょっとして、祝祭日でもあけてるかもしれない。

そんなかすかな期待をうらぎられないために、

どうせ、開いてないと思いながら小山の上の博物館を覗いた。



案の定。開いてなかった。



いいさ。

と、

海に面する鞆ビューにたった。

眼下。

鞆の町並みと海が見える。

大灯台も見える。



竜馬。



おまえもここから、この風景をみたか?



竜馬



今、おまえの胸の中・・・・


真央ちゃんの想いを・・・

どこまでが事実か、判らないのは、前回のことがあるから、なおさらなんだけど、

日本の報道陣がキム・ヨナの練習風景を特撮した・・・?

なんて、ニュースがはいってきた。

前回の真央ちゃんが、オーサーにコーチを頼んだらしいという根も葉もない

いや、キム・ヨナ、サイドの不安感という根があったかもしれないが・・・。

このニュースの時には、憂生も付和雷同組だったが、

とうの真央ちゃんのコメントに頭がさがったものだ。

真央ちゃん。グローバルだよ。

で、今回、この報道がまたしても、キム・ヨナ、サイドの不安感から生じたデマゴーグかもしれないが、

もしも、事実であるのなら、

真央ちゃんの、それも、19歳。成人していない彼女がいかに社会的見地に立っているかという事を思い出して欲しい。

まるで、龍馬の如く、

「仲よくすりゃあいいでしょうに・・」

真央ちゃんは、そのとき

「日本と韓国が仲悪くなるようなことをしませんよ」

って、その一言だった。

この真央ちゃんの思いを汲んでいるのなら、そのニュースはデマゴーグであるべきだと想う。





鳩山心中と呼んでいる

鳩山氏の決断を憂生は見事と思う。

実際、まわりの人間がそっぽむいて、しまうという

あの状態の中で、よく奮闘してきたとおもうし、

憂生の仕事の関連からいっても、ひきしめ政策の余波はきつかったが、

思い切った断行をおこなっていたところは、評価できると思う。

それをまわりが、もりたてない。

なさけないというか、

城だって堀や生け垣がくずれりゃ、たっていられないのは、事実。

これをして、不徳の至りとするが、また、潔い。

そして、なによりも、小沢氏を抱き込んでの退陣であるから、

見事な鳩山心中をやってのけた。

憂生はあるいは、鳩山氏の本来の使命はここにあったのではないかと見ている。


そして、一掃することにより、城の基盤をたてなおすまでもなく、

すでに鳩山氏が躍進し変革していったものがある。


多くの人がブーイングしているようだが、

良いことは良いこと。

悪いことは悪いこと。で、きちんと評価すべきだろう。


それをいつまでも、いかに悪いかを、こねくりまわし、

あれも、これも、悪いという見方に固執する。

これって、もりあげてやろう。と、いう気がない内陣とおなじじゃなかろうか?


自分自身がやってるわけでもないことをはたが批判するのは容易なことだ。

こんな考え方は、仕事をやっていてもおなじだろう?

頼りない上司がわるいんだろうか?

補佐、サポートできなかった部下にだって、問題はある。

そこを自分に省みず、しのごのつつきまわしていたって

どうにもならない。


あげく、いびりの如くおいかけまわして、ぐちゃぐちゃいってる自分を省みない。


よほど、発散する場所がないか、

ひとのせいばかりにするを得意とするか、


いい大人がなさけないもんだとおもう。

批判しまくってる鳩山氏の爪のあかでものんだらどうだと思う。

自分の不徳をちょいと、省みてみろ。


ま、憂生は、鳩山心中、あっぱれ!!

そう思っている。


朝青龍のことから、なんだけどね・・・。

この前から、むかピーでいっちょ書こうとおもいながら、

移行作業におわれていたんだけど、

なんか、まだ、大丈夫?

もう、どうでもいい話題になってきつつあるかな?

朝青龍のことから、なんだけどね・・・。

以前にも、郷にいれば郷に従え・・みたいなところも含めて

「日本人の誇り」みたいなところをくっちゃべったおぼえがあるんで、

もう、いいやっておもってたら、

また、「馬鹿」をやって・・・。

まあ、それも、「日本人の誇りを認識」できない外国人だから、しかたがないなって、

見過ごしておいたんだけど・・・/笑

問題がおきた。

モンゴルのほうが「日本人は朝青龍をバッシングしている」と、怒り狂ってる。

とか・・・。

でも、問題はモンゴルでなく、報道陣の考え方。

だいたいにおいて、朝青龍のもともとの行動から「甘え」に立脚した

自尊心のないものであるのに、

日本人の考え方、道義からのものの見方が昨今うすれてしまって、

モンゴル側にたった報道をすれば、いっそう、日本人の道義がおざなりになる。

そこらへんを考えた上での報道をすべきじゃないか?

日本人の感覚を理解されたし。みたいな内容でモンゴル側の受け止め方を報道するなら、いざしらず・・・。

まあ、そんなことをぶつぶつ、書こうかとまよっているうちに、

日がすぎて・・・。

ネットをとびまわっていると、

「はあ?」

って、意見があげられていることにきがついて、

こりゃ、やっぱし、書かなきゃいけないなって、思ってしまったんだな。

報道のせいか、どうか、しらないが・・・。

認識のしかたが随分ちがうもので、

「朝青龍の行動は無邪気なこどものようなもの。

それを糾弾するのは、おとなげない」

とかああああああああ~~~~。

憂生は古い人間なんだろうけどね。

休養のため里帰りしていて、サッカーしてあそんでました。

これさ、クラブやってきた人間なら理屈でなく判るよね?

野球部に在籍していて、調子わるいんで、休みます。

って、やって、近くの公園でサッカーしていた・・・。

そんな部員をみたら、どう思うか?

まあ、ありえない話だけど、イチローが調子悪くなって

サッカーしていました・・・。

ありえない話だと思うのはなんでだろう?

誠心誠意というのか、一途というのか、イチローはそんな人で

生き方自体もスポーツマン根性だろうって、思うわけだよね。

で、青朝龍のいいわけが、PSTDで・・・。

だったと思う。

PSTDで、異常行動をおこしたというのなら、

周りが「それはしかたがないね」はまだしも判る。

でも、本人はそうじゃないだろう。

相撲界の名誉を貶める行為をするかもしれないということがかんがえられるので、

自ら引退します。くらいの考えがあるのが本来で、

もともと、横綱というものも、「横綱としての力量がなかったら引退して」いくわけで、

この力量という物の中には、勝ち負けというすもうとりとしての実力の問題だけじゃなくて

人格とか行動とかも付随してくる。

実際、政治問題で、不祥事をおこしたときだって、辞任していくわけで、

政治家という大きな括弧の中は政治手腕だけじゃないわけで、

それと同じ理屈で、

政治家には、辞めろみたいに、糾弾するだろうに、

朝青龍には、「無邪気」かい?

こういうものの見方を平気で言えるってところに

なおさら、ネットは怖いって思うね。

論点の基本が著しく個人感情のうえ、甘い把握でものをいって、

さも、一理あるように書くものだから、

「そうだよな。朝青龍・・は無邪気なだけで、それを擁護してやらないほうがわるい」みたいな考え方をまにうける。(かもしれない)

報道のありかたも問題ありだけど、

うわっつらの論議を繰り出されて、それに付和雷同するのでなく、

自分本来が持つ「日本人」いや、それ以前の「道義」のありかたを

自分にといなおしていかなきゃ、

「(正)義」というものが、

見た目のかわいそう、に、飲み込まれてしまう。

問題は朝青龍への同情でなく、

「曲がった方向性」が自分にないかどうか、考えることではないかい?

そして、もっと、考えてしまえば、

モンゴルのほうも、朝青龍によって、

モンゴル人への評価をおとされかねないってこと。

こんな甘い考え方の人間が多くいるのがモンゴルだから、

バッシングされたとひがんだ自己弁護をするのかい?って・・・。

そこまで、考えたら、自国の名誉さえ考えない朝青龍をして、

無邪気だからしかたがないというのなら、

ますます、日本人の「(正)義」のなさを自己弁護する主張にしかみえない。

そんなことを考えていたら、

オリンピックだ。

服装云々を指摘され、「うるせえなあ」だったかなあ。

あんた個人のファッションはどうでもいいけど、

日本人の「態度」として、世界にくりだしていってしまうわけだよな。

どうせ、外国人の朝青龍、自国の評価を貶める行為もこっちのしったこっちゃないって

思わぬでもないけど、

日本人・・・世界の舞台に繰り出すにあたって、

今回、こっちのほうが問題だよね。

ジャマイカ風にアレンジした「お毛毛」して、

日本人ってジャマイカに憧れてるんだねえ。って、

どっかの下にくっついたファッションやってるほうが、

オリジナリティ欠如の没個性に見えるのは、憂生だけだろか?

そういう人間に「(正)義」や、自国への配慮を求める自体が

すでに、子供じみた無邪気な憂生かい?


こんなこと、そのほかの

朝青龍以前、のりピー事件にしろ、鞆の報道にしろ、みるにつけ、

なにかしら、報道はもっと、奥の部分を示唆しなきゃって、思うよ。

そこらへんがわからない人間をどんどん生産するのが、報道かい?




必要性

静観派でいようとおもっていたが、


橋下氏の発言、あっぱれである。


被害妄想のような、女性陣のものの、考え方に


あきれかえっていてもしかたがない。


よく、親父がいってたもんだ。


「聞いても、わからん奴には、言うてもわからん」


だが、それは、ことなかれ主義だといっていい。


真理だといってもいい。



だが、


判るやつには、いう必要がない。


判らない奴にこそ、いう必要がある。



真理などいくらあっても

必要の前では、ふきとんでいく。



日本人ののさりという考え方も

どこかで、なんでも、

「自分が足らないから起きる試練」だ、などとかんがえるのは

もうやめにしろ。


なぜなら、必要という意味合いまで、くらましてしまうから。


橋下氏の意見をだめだというのなら、


米軍兵にしろ、日本人にしろ、

そこらで、暴行やりまくりでかまわないということじゃないか?


性というエネルギーのすごさが、性にしかあらわれないという場合があることを知るまい。


性は心が生きるは、憂生の持論だが、


この生きようというエネルギーのすさまじさを認めたうえで、野放しにせず、

きちんと対価をはらう、いわゆるギブ&テイク形で昇華させることになんの問題があろう。


原爆のうしろに、

非人道的なものがあるとわかりながら、

憎しみは憎しみしかうまないとわかっている人々が


平和的な解決を求めることに異論を唱える。


それは、

原爆をおとされてもなお、

憎しみという業をもたなかった日本人のすばらしさがわからなくなったからだろう。


この先、いくらでも、エネルギーの集積はある。


それが、どこかで、一瞬に爆発していく。


それが、見えている人と見えていない人の違いでしかない。


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