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国乱れて・・洗われる・・・

2011/05/02 2:19:38

地震以降、いろいろなことに、愕然としてしまっていたと思う。

地震当初から、

「ひとつにまとまる」

と、いうことを、意識するとともに、

人心不安ということを一番危惧した。

その当初は、リポーターの配慮不足なインタビューなどが一番、きになったのであるが

すこし、おちつきだしたら、

管首相をひきずりおろそうという、動きが見えはじめている。

これに、一番、愕然としたといってよい。

今の日本の状況で、上をひきずりおろそうなどという考えをだしてくるなどという

配慮の無さを平気で露呈する。

CMなどで、「ひとつになろう日本」といっているのは、絵空事か?

と、思う。

官房長官がひとこと、適切だった。

「今、だれが、どうするか、ではなく、何をどうするか・だ」

政治という神輿の上にのっているのは、正直、誰でもよい。

この本尊を、上手にかついで、もりたてていく、担ぎ手が「ひとつにまとまらなきゃいけない」

船頭多くて、船、山に登る。

どころの騒ぎではない。

神輿の本尊をひきずりおろすことのほうが、先になっている。

これじゃあ、祭りにならない。

やっと、神輿がうごきだせても、あっちにいく、こっちにいく、と、

担ぎ手の方向性もばらばらであり、

すきあらば、本尊をひきずりおとそうという、かつぎようで、

「本尊が本尊になるか?」

担ぎ手自体が、大切に、力こめて、担ぐからこそ、

本尊・・神輿も、「ありがたいものになっていく」

この単純な仕組みがわからず、こきおろしをする野党その他、大勢が

今、政権交代しようと、選挙をおこして、

はたして、日本国民が信用するか?

管首相への、ブレイン、あるいは、シンクタンクとしての

協力体制をいかにつくり、

今の日本の政治状況への不信を払拭することにつとめてこそ、

本当に、安心できる状況になった時に、

選挙を行った時に、

「あの状況で、本当に日本のことを考えてくれた政治家」として、票を得られるものだと思う。

誰がではなく、何をすべきか。

一番、わかっていない政治家の罵詈、こきおろしに洗脳されて、

人心不安に共振させられているのも気がつかない人がふえてきている気がする。

今、この時期に、反旗を翻し、

「ひとつになろう日本」を、絵空事にしてしまう。

こういう政治家を、今、よく、みておこうと思う。

きたるべき、選挙のときに、

今、「何をすべきか」という路線をしっかり歩んだ政治家と

くそ文句ばかり、たれて、人心を撹乱していった政治家と、

これを、しっかり、チョイスする。

国乱れて、君臣現るというが、

逆も言える。

国乱れて、賊臣顕れる。

あほげた批判ばかりをまにうけず、

しっかりと「担ぎ手」になっているか、どうか。

ここを、みてほしいと痛切に思う。

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事故の終息への協力

2011年03月20日

友人へのメール3

アメリカからの廃炉での協力をするという申し出を断ったど~のこ~のということを
いってるのをきいた。

ほんとに馬鹿だと想う。

アメリカが目論んでることは、自国の原発建築のことだとおもう。

今、日本の状況をさっさと解決できたら、
「ほら、あの状態の事故もさっさと処理できるでしょ」
と、いう建設促進の切り札になるわけだ。

こういう裏もあるとおもうし、
アメリカの一番悪いところは
自国の論理を行動しようとするところ。

日本に対して行うことは、事故の終息への協力であって、
この先どうするかの、指図がましい態度じゃない。

実際、今、この先廃炉にするかどうかをまたも記者が問うていたけど、
ここも、問題多し。
日本の現状が原子力以外の発電方法でまかなえるか?

廃炉になってしまったら、間違いなく、計画停電がずっと続くんじゃないのかな?

できれば、復帰させたい。と、いうのが本音じゃないだろうか?

経済状態のことを考えたら、より安全な体制をつくりなおして、
発電し続けるべきだと想う。

結果的に廃炉になってしまうのはしかたがないとしても
駄目にさせるためだけにがんばっているんじゃないと想う。

存亡の危機に立たすのは、

2011年03月20日

友人へのメール2

いろいろと、規制が多すぎて、身動きがとれなくなっているところがある上に、
報道陣がいらんことをいいすぎると想う。

作業員が被爆するかもしれないということで、
「犠牲にするのか」
という言い方をしていたけれど、
これもものの言い方が筋違いだと想う。

まずは、自分もそれで、助かっているわけ。
そんな言葉をかけられたら、作業員の家族がどんな思いをするか。
*あんただって、たすけられてるわけじゃないか?
恩にきせるわけじゃないけど、
「ありがとう・がんばってください。感謝します」*
でしかないだろう。
そして、政府にどうぞ、作業員が被爆されないように
充分に配慮してやってください。お願いします。
と、頼むしかない。

自分のせいもあって、政府をなじることで、
加害者?になる痛みをのがれようとするのかどうか判らないが
あまりにも、作業に当たっている人やその家族への配慮のない言葉でしかない。

そこに気がつかない人間がまた政府のあげあしを取る真似をする。

このあたりの
精神的披瀝に気がついていく示唆をあたえられる人間がいないというか。
物事の表面しかわかってない人間に、
考え方を説明するのが困難な時代になっていて、
個人の自由や主張にも限度がある。

国がなくなったら、どうなるか。
存亡の危機に立たすのは、実はそういう個人主張の人間の存在にあるということなどなにもわかっていないと思う

「人心不安」をおこさせないことなのだ。

2011年03月20日

友人へのメール4

アメリカからの原発支援を協力ってのを断ったのはえらいと感じた。

この言葉だけでも救われる気がする。

政府が断ってしまったとか?
身内からのバッシングに
世界側からのバッシング。

まわりが、ぎゃあぎゃあ言うのを放置して、
「騒ぎすぎ」といえるのは凄いことだと思う。

それくらい冷静に対処するという事と、
実際、「なんとかできる」という目算があるのだとも思える。

被災地の人でさえ、
「がんばってほしい」と、いのる気持ちでいるというのに、
なんともないとこの人間がなんで、
わが身可愛いでパニックを起こす。

今一番大事なのは
「人心不安」をおこさせないことなのだ。

だから、アメリカに対して断ったのでも、
アメリカ側の裏根性を批判してでも
「断ったこと」が正しいという情報をながせると良いのだと思う。

国がおかしくなった時に
煽動する人間
それに乗せられる人間
暴れる人間
悲観する人間

このあたりの人間をどうするかが、一番大事なんだと思う。

今は誰でも情報を流せる時代になっているだけに、
常日ごろから、折につけて物を言っておかなきゃいけないなとは思う。

いろいろの積み重ねで、
イザという時にあの人のいう事を信じても大丈夫だ。も、でてくると思う。

まあ、どちらにしても、
この地震・津波・事故によって、もっといろんなことに対処していくべき道筋が出来ていくんだと思う。

もっと、大きな地震がきていなくて良かったともいえる。

この教訓をいろいろなところにいかして、
たとえば、6~7階だての公共施設を要所要所にたてておくとか。
防災用品のストックとか。

日本はいつでも、「こうなっちゃあいけないよ」という
見本を提示させられる
たたき台みたいなところは持っている。

自からも強靭にやりなおし、かつ、外国は無被害で、改善点をおしえてもらえるわけで、
日本が世界の中心になるというのは、
こういう厳しい面もあるんだと少しわかってきた気がする。

お互い、日本人にうまれてよかったなあ。

他の国にうまれてたら、パニックおこして、どうなっていたやら。

ある人へのコメント


3/16
憂生

憂生は敦賀原発での放射能もれのときに、近くにいた人間です。
そのニュースがあとになってしらされたわけですが、今回、すみやかに情報がながされています。その分、逆をいえば、いらぬ不安をあおるというマイナス面がでてきているのも、事実です。
今回の福島原発と民家がどのくらい近くにあるものなのか、よくわかりませんが、美浜原発など、半島の先にありますが、民家から300mもないか?と想うような近くにあり、この半島の裏に敦賀原発、もうすこし離れたところに大飯原発。まさかのことがあったら、「死」を覚悟しなければならないところにすんでいました。
原爆を落された日本が、原子力に頼らざるをえない電力事情をかんがみても、今、考え直さなければいけないのは、原発に頼ることのよしあしでなく、なにもかもが、電化になっている生活という事ではないかと想います。
社会事情もありますが、母乳で子供をそだてられない状況もかんがさせられます。
ガスがあっても、米の炊き方ひとつ判らない。
暖房もクーラーやファンヒーターという電気を使わなければどうにもならない状況で、電気に頼る生活の弱さを思い知らされている昨今です。
また、原発にたいし今、現場で一生懸命対処している人間の存在を考えますと、原発を設置したど~のこ~のを言ってしまうと、これ、虚しいですよね。現場作業に当たっている人はむろん、その家族にすれば、政府が悪い・・そんなことをいってる場合じゃない。
なんとか、東北をそして、ひいては、日本を救わなきゃいけない。
命かけて事に当たっている人。その家族。
その気持ちを考えて、今、どこが悪いのは、あとまわしにしてください。そんなもののために命をかけるはめになっているのかと、悲しい思いをもたせてほしくない。
憂生からのお願いです。
追加です。総理が視察にいったことについての、
考え方については、そういう側面があると想います。ですが、それを公開の場で発言するということは考え物です。朝6時には出発して視察をおえたという状況を考えても、ヘリコプターからではありますが、総理自らが動いてくれているという安心感という目にみえない作用もあるかもしれません。側面的な物事の判断で、人心の不安を煽るそのほうに問題があります。
物語をかいていて、何度も繰り返した言葉は
国がつぶれるのは、内側からだという事です。
総理がどうであろうが、それを今、批判してしまうと、国自体が、もろくなります。
民主党批判という個人的見解の方が大事なのかともみえる公務員の国への考え方を今、露呈させることが、いかに危険な行動か、どれだけ、人心を不安におもわすか、この危機的状況において、ひとつにまとまることの出来ない国が
この先々、真の復興を不安に思わせ、
外国からもそこをたたかれた時、AKIRAさんの一言が株価にだって影響する。と、いうことも考えられるわけです。
今、チェーンメールやデマゴーグ、PDSTを配慮しない報道のあり方など、いろいろ、問題点を抱えている中、知らなかった人や考えていなかった人にまで不安材料を与える発言は公務員であるのなら、日本を想うというのなら、男なら損をとれというのなら、ぐっとこらえていくべきことでしょう。
精神的不安がまきおこすことがどんな結果になるか、リアルで体験している憂生には、今のAKIRAさんの発言が軽率に思えます。

金だけの支援でなく、心への支援にもご配慮ください。
貴方の立場は国家公務員であるだけに、そこら辺の青二才が物を言っているのとは訳が違う。

今はとにかく、不安材料を与えず、応援の気持ちで、一つにまとまって欲しいものだと想います。
そういうカバーリングをしてこそ、「男」ではないですか?

Re:憂生様

>憂生さん

私も、現地で頑張っていらっしゃる方々のために、政府批判などはする積もりはまったくありません。
無能な政府の同じ過ちが起きないように祈るばかりです。

今はしかし、この地震での被災者の方や、救助活動をされている自衛隊、警察、消防の方の無事を祈ることが先決ですね。
ありがとうございます。
Re:憂生様

>憂生さん

お言葉、大事に受け取らせていただきます。

公務員として、言葉には気を付けていこうと思います。

ですが、ひとつだけ言わせてください。
公務員が物を言えぬのが今までの日本でした。
そのため民主党のちぐはぐな政策が日本に大きなロスを与えている感も否めません。

災害が落ち着くまでは、でも、おっしゃるとおりぐっと堪えます。

本当にありがとうございます。

3/21
憂生1

政府を無能にさせるのも、させないのも、周りの人間の持ち上げ方、示唆、いかんではありませんか?
歴史は繰り返すではありませんが、過去、天皇を傀儡あるいは、まつりあげて、軍部の横行があったわけですが、今の世の中は、先にかかれたように、一公務員の発言がゆるされるようになっているというのなら、
政府を無能にしているのは、他ならぬ自分であるという思いをもってくださらねば。と、思いますよ。
自分の讒言や関与に手をつくしきっている。
か、どうかを、考えたとき、手放しで無能だといえるかどうか。
自分がどういう風にできるかを考えたとき、
相手を無能よばわりしかできないは、妙な気がしますね。
讒言ひとつでも、おくったわけですか?
無能だから、言っても無駄だと、投げたおもいであるのなら、真の政治改革はありえないのではないのでしょうか?
人のふりみて、わがふり、治せという言葉もあります。
無能としかみないその体制に又も、不安をおぼえるのではありませんか?
良い方向にいくためにはどうすればいいかをかんがえるのが、第一で、
ふりかえってみなきゃいけない色んな部分をかんがえなおさず、無能よばわりは、実に簡単でしょう。
今回も入閣をことわったという某氏がおりますが、自民党も阪神の震災のときには、野党に頭をさげて・・ということをやっているわけです。
その頭を下げた相手が無能だったわけですか?
過去自分たちも孤立無援にちかい状況の辛さをあじわっているのなら、今こそ手をさしのべることもできない。人の状況もなにもかも判っている人間が手をさしのべないのも、政府が無能だからですか?
無能を無能にするもしないも、周りのもっていき方にも寄ると思います。
無能扱いすることで、AKIRAさんの株があがりますか?
市民と一緒になって怒ってるだけなら、一緒でしょう。

AKIRAさんの勤めるところにいって、なにか、頼んで、「民主党応援してるんですよ」といったら、AKIRAさんの個人感情をぶつけられそうですよ/笑
市民の不安感情は、政府にだけでなく、
政府を守り立てようとしないように見える公務員に対してもあるんだということ。

この仕組みに気がついてください。
人心を不安にさせるというのは、
私感情をだしすぎるということなのです。

今の政府が無能だろうが、なんだろうが、
「がんばってもらうしかないんですよ」
国民のこの感情を逆なでにすることをいいなさんなと思いますよ。

因みに憂生は前回の選挙では、自民党にいれました。
が、結果は今の通り。
なったら、それに従い、その状態で一歩でも良いようになるように、協力する。
クラスの委員を選んでもそうでしょう?
なった人に協力していく。
子供でもできる事が何で、出来んのかと思います。
あげくに、俺のほうがよかったのにと、相手をこきおろす私怨におもわれるだけ。
AKIRAさんよ。
もうちょっと、ふとか、腹にならんと。

Re:憂生

>憂生さん
ありがとうございます。

>「民主党応援してるんですよ」といったら、AKIRAさんの個人感情をぶつけられそうですよ/笑

いえいえ、そんなことはまったくしませんよ。
現に先の衆院選の時だってそういう方いらっしゃいましたから(笑

色んな方がいらっしゃいますよ。
宗教の方や憲法9条を守る会などという人や。

私は職場では粛々と淡々と応対をしております。対応に差をつけるようなことはしておりません。

お言葉のとおり、選挙で選んだ人をこきおろすのは間違いです。
しかし、マニフェストには書かないことは率先して行う、書いたことはしない、ではそれもまた間違いです。

私は職務の上ではどんなくだらない指示だってこなします。
それこそ勤め人は泥水飲んででも耐えるものという考えで。

※ちなみにこのブログは、ミンス批判ばかりのブログではないです(汗

今後とも宜しくお願いします。

3/22
憂生1

きつい言い方をしていますが、
言葉にきをつけなければいけないということをいいたいのと、
今の現状、人心を不安にさせる発言、表現をひかえてほしいということです。
AKIRAさんが、気がついていることは、国民のだれしもがきがついていることなのです。
その鬱憤をだすということは、これは、アジテーションになるでしょう。
個人的には、家族や友人には本音をいいますが、今この状況で、それを公開の場でいうことを控えて欲しいということです。
先にもかきましたが、とにかく、今は、首相のもと、一致団結した思いになっていてくださるということが、国民を安心させる一つだと思うわけです。
政府側の人間である人が重箱の隅をつつくようなまねをしちゃいけないのが、今、じゃないでしょうか?
AKIRAさんの家族という単位で考えたとき、
父親がこうしていこうとがんばってるときに、
家族がああいったじゃないか。こうできないじゃないか。あの態度はなんだ。と、身内がこきおろす真似をしていたら、誰がおとうさんのいうことを信じますか?

憂生がいいたいことは、じつに些細な心理です。
憂生じたい、親父の暴言のことで、なんどとなく、暴言をはかれた人間に対し、頭をさげてわびてきた人間です。
公務員という立場は国民からみたら、身内の立場なのです。
その立場の人間が他の場面でもありましたよね?
レンホーが云々。
憂生は消費者という立場を考えたとき、家計をあずかるのが、女性であるところにおいて、彼女の起用は正解で、群集心理でスーパーのものがなくなっているのをみて、こころもち、涙をうかべる姿はアッパレだと思いましたよ。
被災地のことを考えたら、もしくは、消費者がこんな不安になってることに、涙ぐむ。
この姿を見て、ストックしちゃいけないと「女性側」は改めてかんがえさせられたんじゃないでしょうか?
どうして、AKIRAさんは、良い風にみつめて、
そこをプッシュして、群集心理に歯止めをかける一言を自分もはっしていこうとなさらないのか?と、おもってしまうわけです。
あれが、きにいらない。と、坊主、にくけりゃみたいに悪い風に悪い風にとるようにみえて、
そのあたりへの不安をかんじるわけです。
問題にしているのは、AKIRAさんに「人心を安心させる言動」があるかどうかなわけです。
これが、最初から申し上げている通りのことで、
公約違反をしているなど、みんなわかっていることなのですから、たとえばAKIRAさんがそれにたいして、解決案を提示してみた。なら、わかります。

一番大事なのは「人心を安心させること」


2011年03月20日

友人へのメール5

だが、今、日本が混乱している中、まずは、総理をたてて、ひとつにまとまることが必要で、
今回、前官房長官だったけ?
あの人に閣僚入りしてくれというのに、断る。
この非常時、政党がど~のこ~のなんか、度外視して、
日本を救うためにと総理自ら頭をさげているのに、断るということをやる。

自民党堕ちたな。

だが、それさえ、あとになったら、民主党内部の人脈不足を露呈させたとか?
たたかれるんだろう。

上が日本のためにとまとまることができない状態で
庶民に不安が置き、デマゴーグがとびかうのもいたしかたないというしかないのか?

なさけない。

なにかしら、こういう見当違いを騒ぎ立てる人間に煽られる人間を示唆していかないと
いけないんじゃないか?
と、想う昨今である。

昨日のことを、ちょいと、かきとめて、メールをおくったのだが、

早速に、管内閣をバッシングしはじめている。

昨年、もう少し前には、

どこそこの派閥だとかいう垣根をのりこえて、協力し合うという

龍馬の生き方に共感を覚えた人はいっぱい居ただろう。

憂慮の状態において、

国を助けたいと、見栄やプライドなどという私心をとっくにほうりすてて、

頭をさげる管首相の気持ちをくめない奴に、

どうせまともなことはできないから、

まあ、まかりまちがって正義の味方面ででてきてくれないほうが正解だと思う。

マスコミもこの期におよんでの政党攻撃などしている場合じゃない。

首相の思いを信じて、一つにまとまろうとすること。

人心を不安においこまないこと。

今、いやな言い方だが、被災地だけのことをやっていけば良いという状況じゃない。

日本全体の経済動向や、今後の政治活動などなど・・問題はいっぱいある。

そのあたりにたいして、今、管内閣がとどこおるわけにはいかない。

問題は個人?という政党の問題じゃない。

一致団結して

「なかよくすりゃあ、よかろうに」

一致団結していけばのりこえられるものはある。

内閣をどうするかは、なにもかも解決してからでかまわない。

今、この状況で、選挙なんかやってられないし、相次ぐ、政権交代や

首相退任になったら、日本へのあsらゆる部分への余波ははかりしれない。

さる、占い師が、

「いがいと、管さん、長くやりますよ」と、預言していたことを思い出す。

今は、とにかく、頭のすげかえなどかんがえるのでなく、

その頭をすげかえなくてすむようにしてやらなきゃ、いけない。

報道陣は自分の首をしめるまねをしているとも気がつかずに居るが

何度もいうが、

一番大事なのは

「人心を安心させること」

精神性・・

2011/05/10 16:14:34

地震直後、インタビューアが、被災直後の中学生の女の子に尋ねていた。

今になっては、何をたずねたか、はっきり、おぼえていないが、

憤りを感じたことだけは、はっきり、おぼえている。

どこかに、この鬱憤を書いた覚えがある。

地震直後、気が動転していることは、当然のことで、

この後、女の子が動転から静まった時にくるだろう物事を考えていた。

心因性外傷、いわゆる、PSTDである。

このことを考慮した時、

インタビューアが、かける言葉は

「助かってよかった。貴方がいきていてくれてよかった」

の、一言しかない。

と、怒りまくった覚えがある。

ある程度平常な状態になった時に、PSTDが発症してくる。

この傷に耐えられる言葉があるとしたら、

「貴方がいきていてくれてよかった」

と、いう自分の命を喜んでくれる人の存在である。と、思う。

だからこそ、地震がどうだったか?などというぼけた質問をなげかけるような、インタビューアの、その場限りの報道精神に、

いい大人がそんな配慮のない言葉しかなげかけられないことに、

ただただ、情けなさを感じた。

早いうちから、PSTDへの対処もさけばれ、それなりの措置も行われたと思うが、

いのいちばんにかけつけた、インタビューアが、悪くとれば、

対岸の火事、物見遊山、スクープ根性でしか、対処できない。

報道陣は、もっと、深い、精神的な物事までの配慮をしなきゃいけないという当たり前の事ができなくなっていて、また、その事実にきがつかずに、TVをみている人もいる。

これは、水面下でエア被災をうける一因であると思う。

疑似体験的要素がかなり大きい映像をみながら、いいかえれば、自分もまた、インタビューされているというのも、同じ、疑似体験になる。

そのときに、自分もまた、

「貴方がいきていて良かった」と、いってもらえない自分であるところまで、疑似体験してしまう。

「自分より、物事が大事」という精神的外傷まで、一緒に疑似体験しているのだと思う。

このあたりのいわば、洗脳というか、暗示というか、そういう深層のなかに実は自分も傷をつくるのだということに、きがつかぬまま、映像やインタビューを聞き続けると、どこかで、

自分の精神がひずみだす。

と、いうことを、理解していないまま、TVを見続けた人だろう、プチ欝になっているらしい。

良識と慈愛と当たり前の感情、かけるべき言葉をもつ大人がいないのか?

と、なさけなく思っていた。

ところが、先日、皇后陛下がその言葉をかけていらした。

「よくぞ、助かってくださいましたね」

と、そういう言葉だったと思う。

おそらく、なにも喜べる状況でないだろう。

そのときに、赤の他人が自分の命を尊んでくれる。

生きていて良かった。

助かってよかった。

と、心底、思えるだろう。

天皇は国民の父母のようなものだという言葉を聴くが、

実際、わが子が同じ目にあっていたら、

親は、それしかないだろう。

「生きていてくれて、良かった」

「助かってくれてよかった」

こんな単純で真実な思いが、即座に、心底からでてくるという事を思う。

常日ごろから、親身になっているからに他ならない。

精神性というものを

氏素性という言葉に置き換えては、申し訳ないが、

インタビューアの氏素性を考えてみても、わかる。

氏・素性というのは、「その人の根本精神」だろう。

下賎の民という言い方は、おかしいかもしれないが、

精神・感情・考えに

悲しいことであるが

位の違いがある。

それが、いざとなったときに、でてくる。

とにかく・・

被災のさまをみていると、御幣のある言い方だが、
見ている側が気分的にまいる。

当の被災者はもっとつらかろうと思い
せめても、そんな気持ちをうけとめることで、
共有できないかと、思う。

平原綾香のジュピターが新潟地震のときに
多くの人の心を励ましたという。

その歌詞の中に
「痛みにふれさせて」
と、いうのがある。

わずかであるが、
この気持ちに近いものが有る。

何もすることができず、
呆然とテレビをみて、
わずかながら、疑似体験といおうか、
すこしでも、同じ思い・・目にあっておくしか、
できることをみつけられなかったが、

この状況は、おそらく皆同じで、
気分的に沈んだ状態があちこちで、
でてきていると思う。

軽いPDSTの入り口状態なのだと思う。

高校野球の現地の球児たちも、こんな状態で行って良いのか?という。

でも、だからこそ行ってほしい。


物を書くことは、むしろ、この現実から、目をそむけ
架空の世界で遊ぶように思え、
手が止まっている人も多く居るのではないかと思う。

実際、憂生もエッセイ?日記もどきはかいているが、
あの日から、物語の続きに着手できていない。

だが、今、必要なのは

頑張る姿でみんなを応援したいという。

これじゃあないかと思い始めている。

「私たちのことで、二次的精神被害がでてたのか」
などとおもわせちゃあいけない。

うまくきりわけて、題材的にはチョイスは必要だと思うが
自分のできることを頑張る姿で
みんなを応援したいといおう。

TUNAMI

確定申告の時期がちかづいてくると、

毎度のごとく、指を折る。

もう、3年たったかと思う。

あの日、確定申告を終えて、帰宅途中、橋の上で

どうしても、信号にひっかかるせいもあって

妙に河口にむけて土地がきりひろがってるせいもあって

おおきくあいた、架橋の窓のごとき、空をみてた。

ちょっと前に地震雲のような雲が何本か重なっていたのを思い出して

「どっかで地震があるのかな?大きそうだな。・・・・もう、おきてたりして・・」

そんなことおもっていたっけ。

そして、帰宅してテレビつけて・・・

最初に飛び込んできた映像。

テロップに国内最大級のと出ているのに

どこの国の地震だ?津波!!

アジアっぽいな・・・

って、まさか、自国だとおもいもしていないから、

どこかのよその国のその国内での最大級の地震・・

と、そういうふうにおもいこんでいようとしたのだろう。

いろいろ、そのときの雑感はここのカテゴリーの中にまとめてしまったけど

しばらく、物語をかくことができなかった。

プチPDSTというと、大げさすぎるが、

お気楽に・・・個人趣味に没頭するなんて気持ちになれなかった。

もともと、停滞気味だった、物書きだから、いっそう、かけなくなったのだけど、

それでも、仕事はしてた。

妙な言い方だけど・・・・。

クレーム処理の品物をおくりかえす話があって、

ちょうど、その日付だった。

東京方面への荷物がまともに到着しない状態で

返金も遅れるという、そんな事務処理のメールが残っている。

地震前に福島の人から依頼されていた修理業務もあった。

3月の10日に、明日、機材を送ります。

それっきりのメールになってしまった。

そんなことを2012年の同じころにおもいかえしていた。

やっぱり、2013年も

『橋の上で・・・』・・そう思いかえしていた。

あれから3年。

放射能もれの不安と懸念を払拭して

2020年の東京オリンピック招致をかちとって

安部さんにかわって

とうとう消費税があがることになってしまって・・・。

だのに、まだまだ、被災地は復興しきれてない。

あいつぐ、悲惨な事件に目をうばわれ、

どこか、遠い昔のことになってしまったような

復興ののろしを利用するやつらがあらわれるし・・。

アンチテーゼな見方だけど、

もう普通のように悪徳なやつらの歯牙にかけられてしまうという。

あれから、3年。

みんなで支援しなきゃとおもったはずのおもいまでもが

ゆがみ、おせんされていく。

その加速度に拍車をかけていくのは、

異常な事件の多発だろう。

なにか、日本人らしさがおおきくずれこんでしまったきがする。

徳とか、情とか、礼節とか・・・。

非常時の礼節に感動した人が

個人の礼節を忘れ、個人感情を爆発させる。

自分を律しきれず、事件を起こす。

なによりも残念なのは

被災地の方だろう。

あんな目にあって、それでも、のりこえてきたのに

あなたたちは、個人感情ひとつ、のりこえることができないのか・・・と。

情報有難うございます。

FC2内小説を発表してらっしゃる方は大丈夫なのだとおもっておりますが、
この状況で、作品の発表を手控えてる方がいらっしゃると思います。
何人かの方が、福島県郡山市のこと、仙台の情報をくださり
とりあえず、ほっとしておりますし、
感想欄に名前を挙げてくださった方、
ご無事で何よりです。

東京に方の知人、文京区あたりの方二人も、なんとか、帰りついたと
連絡が当日に連絡がありました。
新潟の新津のほうに親戚がおり、こちらは、おふくろが連絡をいれ、確認をしています。
ので、新潟県加茂市のほうの知人も、大丈夫だとは思っています。

宅急便も地震当地、周辺、神奈川、東京への荷物の集荷も断わるという状況におちいっていて、物資ひとつも送る事がかなわず、ただただ、画面をみつめるしかない状況で居ます。

一方で、原発ですが、憂生のふるさとには、
敦賀原発、美浜原発、大飯原発とあり、
敦賀原発が放射能もれをおこしたその日、原発の見える近くの丘のうえにいたということがあり、放射能もれを随分あとで、しらされたことがあり・・。
これを思うと、早急に情報を流したうえに、
人心を安心させる口調でポイントをきちんと話す官房長官のいうとおり、
おちついて、対処してくだされるだろうと、思えます。

とりまとめをしてくれる人間の存在がいかにささえになるかとおもいながら、
メディアが情報優先で不安をおある、報道のしかたをしないでほしいと思っています。
なによりも、怖いのは、人心不安によるパニックだと思います。
地震がおちついたあとに、PDSTの発症などもありえ、おちついたとなっても、
地震の心的被害はあとあと、でてくることもあり、
ご友人、ご親戚などなど、のちのちまでの温かい励ましをお願いします。

はからずも、神戸地震を題材に作品をかいたことがありますが、
あの時も、オーナーが地震直後に神戸にはいり、余震のなか、くずれおちそうなビルのなかにはいり、パソコンデーターなどを回収するということがあり、そのときの町の惨状もききおよんでいました。

今回の地震は地震の震度も大きく、津波による被害は想像に絶するものがあり、被災者はもとより、日本中のみなさんが、心を痛めていらっしゃることを思うと、なにかしらできることはないかと思っています。

援助・募金

被災地は壊滅的な打撃をうけ、現状、無事である一般市民は手も足もでない状況で、救助を見守るしかない状況になっています。
今、多くのサイト(プロバイダーなど)が募金窓口を設置し始めています。
長引く不況で、自社製品を援助したくても、できない企業も多く、
支援物資を購入するしかない状態があります。

今後の復興を考えると、かなり長期間にわたっての支援が必要になると想います。

最寄のネット・携帯プロバイダー・地方銀行・コンビニなどなど、多くの中継地点があると思います。

が、現状の不況、および、確定申告後の税金、この先の車税などの税金
季節的に入学や進学など、今、一番金がない状況であると想います。

それでも、100円10円のつみかさねが、大きな援助資金になりかわっていきます。

手続き方法の無い方など、最寄のコンビニで、つり銭の一部を
募金箱にいれてくださることをせつに、お願いします。

憂生のほうも、わずかですが、
もよりの銀行のほうから、振込みを考えています。

そして、先々を考えると、今、無理をして大きな金をだす(だせる人はお願いします)よりも、何度かにわけて、無理ない額をだすのも一手だと想います。

復興への道のりは厳しいものがあると、おもいますので、
長期間の援助が、必要だと想います。

お金を・・

東北地方はマイコン関連のチップをつくる工場も多く、
日立だったかな?
大きな企業もあり、
この先々に、経済方向に大打撃がくるのは、
目にみえており、
すでに、日本の株価もおちていて、
只でさえ、経済効果がおちていく状態で、
現状の日本の借金を考えても
被災者、被災地を復興させるということは、
なみたいていのものでないと想います。

現状の被災者にたいしての救援も県によっては、
物でなく金にしてくれという要請も入ってきています。

現状、被災地にはいることもできず、物資を配る人員も
配る手段も確保できない状況で、
ちまちまと、毛布3枚とか、おくられても、
いっそう、収集がつかない状況になっているわけです。

企業のほうから、まとめて、送ってもらうという手配をすれば
優先的に空輸してもらえたり、派遣される自衛隊に一緒にもってきてもらうとか?
比較的、配りやすい状態で、まとまった数をもってこれるというのがあります。

企業によっては、率先して、援助・協力をもうしでてくださっているところがありますが、まだまだ、足りていない。
この先の経済を考えると、簡単に無償でだすことはむつかしいのだと想います。

こうなった時に、結局、金にたよるしかないわけで、
今、あちこちで、いろんな団体が募金を行い始めています。

簡単なところでは、
ブログのポイントを寄付するというのを押し出し始めているところもあります。
換金できる額でないものなので、放置になっている方もいらっしゃると想います。
まだまだ、この先、いろいろな方法で寄付ができるという体制が出来てくると思いますが、少しでも寄付をしていくなど、考慮ください。
政府だけでは背負いきれない莫大な損失と
復興はもちろんのこと、
住居の確保、医療体制、以後のPDSTなどへの治療・・
どれもこれも、金が要ることばかりです。

単純な計算ですが1億人が一人1000円寄付すれば
1000億円が集まるわけです。

もよりの場所でみかけましたら、協力をお願いします。

原発のこと

すこし、話がずれますが、
憂生はいま、広島県内にすんでいます。

この広島県内に住むようになったのは、不思議な因縁をかんじています。
カメラを8歳くらいのときから、はじめて、
なによりも、衝撃をうけたのが、ユージン・スミスの「ミナマタ」でした。

そのことから、社会的なものに、目をむけるようになり、
15歳の時に広島をこの目でみておかなきゃいけないと、
夏休みのバイトの金で、広島にむかったのですが、
途中台風がきて、断念したのです。

(別の物語では、フィクションであるため、登場人物のことを配慮して、岡山に来たとかいていますが)
後年、広島に住むことになりましたが、
先にもかいたように、福井が憂生のふるさとです。
そこでの、原発の様子には、驚く事が多くあります。

人家が少ないというものの、美浜原発は人家の目の前に原発がたっています。
温度を二次的に下げるために海水をつかうのか?
原発の場所には温かい海水にひかれ、くらげが大量に集まってくる。
原電の仕事をすると、稼ぎがすごい。
地元への援助金が大きく、パソコンがまだ、まともに無い頃に、
中学校にパソコンルームが整備される。
電気使用料金が安く、使用していないと、逆に金が返ってくる。

通常、地震がおきない場所を選んで、原発をたてる。
とも、きいていたので、福井は地盤・岩盤がしっかりしているのだろうと思っていましたが、半島をはさんで、美浜と敦賀の原発は近いところにあり、
もしものことがあったときは、誘発されてしまうのではないか?
と、不安をもちながら、PR館内にはいって、いろいろ、しっていくと、
まず、そんなに簡単に、重大な事故はおきないことがわかりました。

そして、広島にきて、原子力の使い方の違いの恐怖をまざまざとしることになりました。
現在でも、被爆2(、3世、いまや、4世もいて)後遺症を持つ人もいますが、ちゃんと、長生きをしている人も居ます。

この原爆をおとされた日本が、あえて、原発を造ったという事実を考えたとき、絶対、大事故になるようなことは無い。防ぐと、信じています。

いま、あるいは、放射能漏れ、被爆の危険がありえることを二の次にして、
技術陣が命をかけて、対処に当たっている。

外国のほうで、かなり、不安を煽る内容の報道のしかたをされていますが、
どうぞ、その情報に不安をもたず、
命をかけてことにあたっている技術陣を信じ
祈ってください。

思いの世界という憂生のスピリチュアルの話になりますが、
これが、奇跡をうむことさえ、ざらにあることです。

思いのエネルギーを・・・。
送ってください。

備え

随分前であったが、日本はいずれ、
大変な時期を迎えるようになる。
と、おしえられていた。

その時に
最低限3日。できれば、1週間以上。
家族が食いつなげる保存食料と水を用意しておけ。
と。

水は常日頃からポリタンクにいれて、水道水でも
おかしくなるので、一月くらいで入れ替える。
カートリッジのガスボンベ。
レトルト食品。乾パンなどなど・・。

おしえられて、しばらくは、レトルト食品なども保存期間が過ぎると
それをたべて、新しく買う。
などとやっていた。

地震などで、停電がおきると、電気器具が役にたたないことをよくわかっているので、ストーブなどは、昔ながらの石油ストーブにしている。
それがあれば、鍋で米をたくこともできる。
ガス台も同じで、何度いわれても、オール電化にふみきれない。

昔ながらの乾電池式のラジオも小さいながら持っている。
携帯とて、電気がなければ、いずれ、充電がきれてしまう。
充電電池をいくつも用意しておくわけにも行かない所がある。
乾電池式のラジオはけっこう、持つ。
もう一つ、手でハンドルを回して畜電してというタイプもあった。

また、生活スタイルが変わり、仕事などにでるため、乳児を最初から粉ミルクで育てざるをえない人がふえている。
憂生は、友人の子育てに対しても意見した事があるが、
事情が赦すなら、きりつめた生活をしながら、乳児が乳離れするまでは、母乳で育てよ。と、進言していた。
今回の地震の援助物資の中にも、粉ミルクが入っているのを知ったときも、
この思いがわいた。

孤立した状態でも、母乳がでれば乳児にひもじい思いをさせずにすむだろう。
自給自足。地産地消。などといわれているが、すでに、なにかあっても、乳児を育てられるという生活基盤・スタイルがなくなり。もらい乳などということさえ、出来なくなっている。

今回、公衆電話の無料という対応をおこなったNTTであるが、
その公衆電話がどこにある?
と、いう状況になっている。

便利だ。代替品がある。と、簡単に強力な基盤をなくし去っている。
電話は停電でも通じる。
いまの電話は電気部分を利用しているが、電話機の後ろに電話機機能と直結できるソケットがついている。
携帯があるからかまわないと電話回線を持たない人も多くなっているのではないだろうか?

もちろん、今回のように、ライフラインが分断される。電話線が断線し役にたたない状況もありえる。

なにかしら生活スタイルがかわってしまって、電気がないと暮らせない生活。代替品がないとくらせない生活(母乳など・・)の弱さが露呈された気がする。

まだまだ、細かなところで、こういうところはある。
水洗トイレもそうだろう。汲み取り式という形でなくても、便層と直結したパターンにして簡易水洗(コップい一杯の水でよい)にするとか、
雨水をためておけるシステムとかもない。

トイレの水をただ、「流す」ためだけに使う使用法に疑問を感じ
屋外にドラム缶などを高い台に設置して、雨水をためて、トイレの流水に利用することはできないかと考えたのも、節水もあったが、断水したときのことが頭によぎったからだった。

せめてもの想定内のもしもの時を計算にいれ、ライフスタイルを考え直していかなければならない時期にはいっているのではないだろうか?

友人に対し、結婚するのなら、できうれば、子供が乳離れするまでの間仕事をせずとも生活できるだけのたくわえをしておけと話した事がある。
仕事の変わりはあるし、仕事からみても、貴女のかわりはいくらでもいるが、
乳児にとって母親の替わりはいない。母乳でそだてられるという精神面もさることながら、今回のような「もしも」のときをまのあたりにすると、まざまざと想わされる。

情報の出し方について・・

最初の部分で、なにが、一番大事かといったら、
情報に踊らされないことだ書いた。

どうも、不安情報、(石油コンビナート火災であるが・・)を流している人がいるようで、情報機関を簡単に利用できる今であるため、二次災害やパニックをおこすことを考えたら、根拠の無い物事を伝達しない。
だけでなく、きちんと、対処するように動いているということをしんじてもらう情報を流して欲しいと想う。

一番怖いのは、「不安感」であるということ。

実際、生き延びてきた人たちは、今の状況で、精神的にすれすれの状況になっている。
憂生自体も物事の解決(この場合は避難していくこと)に当たっている時は
恐ろしいほどの精神力で、自分を保つことができたが、
安定したとたん、いわゆるPDSTににたものを、発症した。
ただでさえ、地震の恐怖から、なんとか、精神的な均衡をすれすれで得ていることをおもうと、
ここにおいうちをかけるように、デマゴーグをながすと、集団パニックや、集団ヒステリーという音叉現象がおきる。
辛い思いをしている人々の心を撹乱し、いためつけるなどという愚かな情報を流さないでほしい。

官防長官を信じて行動していく。

これは、名医が小麦粉をのませても、病気が治るというのと同じなのだ。
憂生は、電話も携帯も利用せず、パソコンメールだけの使用にとどめているため、本人からの連絡がはいらないと安否の確認ができないのだが、
ただでさえ、電話回線が使用不可能になっていたり、携帯が繋がらないという状況においうちをかけまいと想っている。

ましてや、無事かどうかがわかっても、その場所にいける状況ではない。
元気なら、いずれ、メールが帰ってくる。
それは、随分先のことになるかもしれない。

今、無事かどうかがわかっても、どうすることもできないのだから、
電話や携帯の利用はやめた。

電話回線などを使わないという、こんな形での協力しかできないが

冷たい言い方だが、今、本当に必要な人のために、利用ができる状況の確保、回線パンクをさけなければいけないと想っている。

そして、いずれ、此処で、無事でしたの報告ができる時を待っている。

情報の出し方について・・


最初の部分で、なにが、一番大事かといったら、
情報に踊らされないことだ書いた。

どうも、不安情報、(石油コンビナート火災であるが・・)を流している人がいるようで、情報機関を簡単に利用できる今であるため、二次災害やパニックをおこすことを考えたら、根拠の無い物事を伝達しない。
だけでなく、きちんと、対処するように動いているということをしんじてもらう情報を流して欲しいと想う。

一番怖いのは、「不安感」であるということ。

実際、生き延びてきた人たちは、今の状況で、精神的にすれすれの状況になっている。
憂生自体も物事の解決(この場合は避難していくこと)に当たっている時は
恐ろしいほどの精神力で、自分を保つことができたが、
安定したとたん、いわゆるPDSTににたものを、発症した。
ただでさえ、地震の恐怖から、なんとか、精神的な均衡をすれすれで得ていることをおもうと、
ここにおいうちをかけるように、デマゴーグをながすと、集団パニックや、集団ヒステリーという音叉現象がおきる。
辛い思いをしている人々の心を撹乱し、いためつけるなどという愚かな情報を流さないでほしい。

官防長官を信じて行動していく。

これは、名医が小麦粉をのませても、病気が治るというのと同じなのだ。
憂生は、電話も携帯も利用せず、パソコンメールだけの使用にとどめているため、本人からの連絡がはいらないと安否の確認ができないのだが、
ただでさえ、電話回線が使用不可能になっていたり、携帯が繋がらないという状況においうちをかけまいと想っている。

ましてや、無事かどうかがわかっても、その場所にいける状況ではない。
元気なら、いずれ、メールが帰ってくる。
それは、随分先のことになるかもしれない。

今、無事かどうかがわかっても、どうすることもできないのだから、
電話や携帯の利用はやめた。

電話回線などを使わないという、こんな形での協力しかできないが

冷たい言い方だが、今、本当に必要な人のために、利用ができる状況の確保、回線パンクをさけなければいけないと想っている。

そして、いずれ、此処で、無事でしたの報告ができる時を待っている。

報道について・・友人へのメールから

人心不安を煽る報道が先になっているのが、不安ですね。
携帯によっては、ワンセグなどがあったりするのだから、
そちらを利用して、被災地に連絡をいれる方法を指示するとか、
メールを開局してしらせるようにするとか、できるんじゃないかとおもうのですが・・。

被災地の人も報道を観ているということも考慮した対応があまりにも薄い。

放射能の数値のことでも、
1100~1200は、レントゲンを3回とったほどの数値との事。

そして、放射能被爆も、被爆というほどのものでなく、
汚染?くらいのものなのに、
被爆といわれると、パニックを起こす。

ましてや、どれくらいの数値か、
どれくらいの汚染状況かはっきり確認できていない状況で、
「被爆した」を先に流す。

これが、また、外国のほうでも取り沙汰にされたら
経済状態に打撃を与えるし、
ある国では、日本にいったら、被爆するから、渡航禁止だとか?

まともに判ってないニュースを流すとその余波が大きい。

想定内のことであり、
そこを覆す、あるいは、不安を与える報道は良くない。

命をかけて、修繕にあたっている人間がいるわけだし、
日本の対処の仕方を、バックアップしていく報道ならわかるけど・・。

今後のことを考えても、
原子力利用は必然なわけだから、
あの状況におちいっても、修復していくというものを
造りたいのが、電力会社なわけだし、
今後の日本の経済や技術問題などについても、
いやでも、修復していかなきゃならないわけで、
未来のこともかんがえたら、
今の事実ばかり(それも、事実確認がはっきりしてない状況で)報道すればよいと
言うものじゃない。

報道陣が平気で撮影にはいっているのだって、
おかしいだろうと想う。
無事な人を次々とって、名前を流していくとか、
行方不明の人の情報を掴むとか、
なにを物見遊山で報道しているんだって、想う。

ヘリで映す事ができるなら、物資の一つでも投下できるんじゃないのか?
と、想ってしまうよ。

報道のあり方は、のりピー事件、鞆のこと、
どうも、問題をかかえこみつつ、
是正できてなかったことが、今に至って、
露呈している部分がある。

派閥主義を包み隠す風呂敷の大きさ

2011年03月21日

派閥主義を包み隠す風呂敷の大きさ

自分の党にこだわっているのは、実は野党側でしかない。

この大変な時期、

党自体が云といわないのなら、

離党してでも、手伝いにいけばいいじゃないか。

官房長官だって、まともに睡眠だってとれてない。

政治のほうだってうごかさなきゃいけない。

自衛隊だって、交代要員が必要だろうと思ってみていたが、

今の状況、内閣人員がへとへとになっているんじゃないか。

そこを考えたって、個人的に、請われて

なんで、男気だせんのかねえ。

それをまた、管内閣の批判材料にする馬鹿が居る。

そりゃあ、はっきりいって、

男気ないことの上手なカムフラージュにきこえる。

替われるものなら替わって、

補佐できるなら補佐してやりたいと

国民は思っている。

その白羽の矢をねじまげた解釈をして、

今、どれだけ大変な状況か、把握していない。

ようは下種のかんぐりにみえる。

とにかく、この非常事態が終息するまでで、いいじゃないか。

けつの穴がちいさいのは、

国民のためという思いがぬけおちてしまったせいだろう。

色眼鏡で物をいい、

国民感情を逆なでにしている場合じゃないだろう。

国乱れて君臣現るといいう。

どうやら、あるいは、国は乱れていないと

こういう

大風呂敷で、男気のない、大儀をもたない人間をつつみかくすばかりで、

さぞや、さぞや、大きな風呂敷過ぎて

またもや、この筋違いの見解を信じる「付和雷同」と「被洗脳者」がでてくるのかと思う。

少し・・

 

2011/04/03 2:55:10

まあ、いろいろな人がいるもんだと思うのであるが、

地震当日から、物語をかいて、投稿している人がたくさんいらっしゃって、

正直なところ、その神経に、呆れてしまったというのもあるし、

一方で、図太い神経であることが、うらやましくも見えた。

あれから、20日が過ぎ、西日本のほうまでもが、意気消沈してしまうのも、

実は考え物で、みんなそれなりに商売があるわけで、

たとえば、飲み屋やパチンコ屋とか?

客は被災地のことを考えると、そんなことしてられない。

って、気分になるだろう。

だが、それでも、そんな気分になれないところでも、その店のものにすれば、

生活がかかっていて、必要じゃないから。そんな金があるなら、被災地の義捐金にまわそうなんてばかりになってしまうと、これはこれで、活性化につながらず、ぎりぎりのところで、やっているところなどは、へたをすれば、店をたたむしかないってほどにおちこんでいる部分もあるのではないかと思う。

ここのところが、むつかしい部分だが、なにもかも、セーブして、義捐金にまわすということをやってしまうと、西日本側が、活性化して、日本経済をもりたてるということがむつかしくなるという部分もある。

外食産業なども、かなり、おちこんでしまったんじゃないか?

とも思う。

実際、おにぎりひとつを4人でわけあい、とか。

おかずもなく、握り飯だ一日1個とか、こういう状況を思うと

外食なぞしてちゃ申し訳ないって、心理もはたらいただろう。

食い物商売は食いはずれがないというものの、

本当に必要な外食と、贅沢な楽しみとしての外食との違いによっても、

暗雲をわけたところがあろう。

まだまだ、いつものように、贅沢な部類の楽しみというものに気がうごかないし、

TVで、贅沢な店で食事をしている場面をみるだけでも、被災地の事が頭をかすめる。

被災したわけでもない人間ではあるが、

やはり、精神的なショックというものをうけていると思う。

本当に復興が見えてきたときには、このあるともいえない憂生の心因性外傷も癒えるのだろうと思う。

書いてこそ。

エア被災なる、言葉をきかされていたが、

実際のこの状況は、そうだといって、よいかもしれない。

なにかしら、やること、なすこと、気が沈む。

物語を書くという、憂生本来の作業さえ、

どこかで、絵空事のような、軽い生き様に思え、

自己追従という「私事」でしかない空虚に没頭する「幸せな人間」になれずにいた。

では、なにか、やっていたか?

と、いわれると、これといったことは何もせず、ただ、ただ、ショックをうけていたのだと思う。

被災の状況は元より、

被災された方のことを思うと、

平穏無事でいる自分が、ある種のショックなど、受けているわけが無いはずだし、

仮にうけていると、判ったとしても、

現地の人たちのことを考えると、

現実、自分の身におきたことでないことに、ショックを受けているなどと、

認められる自分でもなかった、と、思う。

ショックという言い方は、かなり、曖昧な言い方であり、

御幣があるが、

ショックをうけるからこそ、何らかの手助けをしたいと義捐金を贈るということにもなる。

なんのショックもうけなかったら、

義捐金ひとつとて、送ろうという、気持ちにならないのではないか?という

非常に逆説的な言い方になるが、

みんな、何らかの形で、ショックをうけているのは、同じなのだと思う。

だから、ショックをうけているという言い方は、なにも、被害的心理でない。

ただ、このショックに対するリバウンドが、各々、違う気がする。

先にかいたように、義捐金を贈るなど、

なんらか、自分のできることをしていく。という、パターンになる人が多いし、

怒りの矛先をどこかにむけていくという、パターンもあるだろう。

原因は地震であるわけだけど、この「起きてしまったこと」に対して、怒りのむけようがないわけで、それらに対する対処のしかたに対して、代償のように、文句をいうパターンもあったと思う。

報道陣にしろ、まともに協力していかず文句ばかりいってる政治家にしろ、

想定できない事象にたいして、不首尾な対応をしている部分へ「怒り」の矛先をむけてしまう。

どういうのだろう。

原因は地震であるが、そこにいくら、怒りをむけてみても、どうにもならない。

いわば、不条理を無理やり、抱き込まされて、うのみにしろという状況になり、

いっても、せんないことでしかないから、怒りの矛先をかえて、不条理をうけとめていくしかない。

なにか、この状況の、精神的ストレスというのだろうか?

これを大声で叫び挙げる人間をみていると、

先にもかいたが、

「誰がでなく、何をどうするか」であるわけで、

こんな初歩的な考えを口にしなきゃいけない、と、いう裏側にある、精神的未熟さをもつ政治家の存在。

こんな幼稚な考え方しかできない人間が政治家でございと、物をやっているのかといういいしれぬ、二次的ショック。

おそらくでしかないが、地震へのショックでなく、

地震へのショックからでてくる「対処の仕方」の、お粗末さに・・・。

日本の政治をになう人間たちの「対処の仕方」のレベルの低さに、愕然としてしまっているのかもしれない。

政に関る人間がああか?

今、誹謗のさなか、「私は辞めない」という管首相の思いを思う。

この状況を見捨てるなどということを考えるほうがおかしいわけだけど、

男気をだして、もっと、管首相をもりたてて、

日本を一つにする、「要」にしなきゃいけないと、なぜ、かんがえられないのだろう。

なぜ、おいつめるやりかたをしなきゃいけないんだろう?

今、そんなことが必要だろうか?

終息してから、いくらでも、いえば、すむことを、

今、もう時期だろうと、勝手な言い分をつくってしまってるけど、

それは、違う。

今、本当に復興にむけていくために、ころころ、首相が替わってもらっちゃあ、困る。

今、辞めちゃあ日本が本当に困る。

世界中から、首相自ら見捨てるような「国」でしかないのかとくだされ、日本の威信がおちる。

辞めれるものなら辞めたい。そう思ってもしかたがないかもしれない状況の中、

「辞めない」そう言いきってくれるだけでも、その言葉ひとつが、世界にむけて、

日本を思う心として、響いていくということが、あるということをなぜ、わかってやれないのだろう?

たよりなくても、ふがいなくても、

一家の主をないがしろにしないのが日本だろう?

内助の功という言葉があるのが日本だろう?

主のふがいなさを凶弾する前に、内助の功に徹しているか?

被災地のおばあさんが、

「政府さまが助けてくれる」と、手をあわせていた姿を思う。

被災地の本当に困っている人にとって、頼るものは、政府なんだ。

その政府がひとつにまとまらず、内輪もめをしている状況か?

たよりなかろうが、ふがいなかろうが、

主が頼りという一家であることを忘れているんじゃないか?

頼りにする人間の困窮をかえりみているのか?

日本人の精神が変わってしまったのは、

こういう「主をたてる」「内助の功」というのを忘れてしまったせいかもしれない。

先輩が先輩らしく、できようが、できまいが、先輩は先輩としてたてる。

とか・・・。

こういう「筋目」がどこかにいってしまって、

同じラインで物をいうのが当たり前になりすぎているんじゃないんだろうか?

まず、「内助の功」なるものをやっているかどうか、ここを、自分に問う。

それをやらないから、

偉そうに、糾弾する馬鹿をやれる。

自分を問わない。

こんなご都合のよい、「科白」をまともにきいていたら、

こちらの精神状態まで、歪んでしまう。

まあ、そんなわけで、ネットから、しばらく離れていたんだとおもう。

ご都合のよい科白をそのまま、まにうけて、

アッサリ、洗脳される人をみていると、こっちの精神も落ち込む。

ここまで、ネットやメデイアに侵されてしまう人がいるのかと、

ネットそのものが、たちの悪い誹謗中傷掲示板のようなアジテーションの場になってしまっている気がして、

いっぽうで、そんなこと、どうでもよいとばかりに

暇つぶしにネットをサーフする人もいるようにみうけられ、

憂生自身が、物語をかくのも、お気楽サーファでしかないのかと自身に懐疑的になってもいた。

まだ、「物語」をかいていいのか、と、いう疑問にまどいながらも、ぽつぽつ、かいていける自分を取り戻していきたいとも思う。

書いてこそ。

その気持ちはなくしちゃいない。

なんとも、情けないテーマであろうと想う。

【ワシントン時事】東日本大震災の被害や福島第1原発事故が連日、トップニュースで伝えられている米国で、被災者の忍耐強さと秩序立った様子に驚きと称賛の声が上がっている。「なぜ日本では略奪が起きないのか」―。米メディアは相次いで、議論のテーマに取り上げている。

なんとも、情けないテーマであろうと想う。

今、原発でも、命をかけて処理にあたっているというのに・・。
寒さのなか、おにぎり、ひとつを4人でわけあってたべているというのに。
必死で救援している人がいて、
なにもかもなくして越境していった人は、何が必要ですかとたずねられたら、
被災地の人にまわしてあげてください。
と、そういうのに。

何故、略奪が起きないか。

それは、簡単に言えば、多民族国家じゃないからだろう。
いざとなったら、国家がたすけてくれるかどうか、わからない
人種の坩堝のような国では、民族が民族に虐げられていた歴史がある。

日本は人が人を想う。

その一番の根本が「上にたつ人間がすでにそうであるということだろう」

歴史の中で、天皇が
山の上から、里をみてみると、白い湯気や煙が上がっている。
と、いう歌を詠んでいる。

人々が平穏無事にすごしている。良かった。
それを喜ぶ。

「思いをかける」というのが、当たり前の国なのだ。
昭和天皇もマッカーサーに、
「私はどうなってもいい。国民をたすけてほしい」
そう言ったそうだ。
そして、戦後、天皇の御行が始まった。
みんなをはげますために、
復興していく姿をみちどけるために

天皇が、父のような思いをすべてのひとにかけていく。

こういうこと生き方をされた人が、日本人の心、モラル、生き様の倣いになっている。
私のことはどうなっても良い。日本の国民を助けて欲しい。

皇紀2670年だったか・・。

天皇という血筋が今に続くにはそれなりのわけがある。

「私」をなくして「人」を想う。

これが、日本人の「血」のなかに溶け込んでいる。

大和魂なのだ。

国民の父なる存在の無い国。
略奪の歴史をくりかえした国には、
わかるはずがない。

なげかわしい

言っちゃあいけないことだと想う。

だが、報道陣のあの言葉。

被爆で健康を害させる。対処に当たってる人を犠牲にするのか。

その言葉、対岸の火事も良いところじゃないか。

その人たちが頑張ってくれるから
なんとかなってくれるんじゃないのか。

言った報道陣。
あんたもそれでたすかっているんじゃないのか?

じゃあ、危ないからそのまま、放置しましょう。
と、なったら、東北一帯、すべての人がどうなってしまうんだ?

日本自体がどうなってしまうか・・。

危険なことをしてもらってる。
それで助けられている。
という気持ちになれないのかと想う。

対処人員の家族がきいたら、どう想う。

犠牲にするのかとといつめるために
やっているんじゃない。

日本を、みんなを。
それだけしかない。

助けてもらってる。ありがたい。そう思ってくれるならまだしも、
助かっていることさえ、判っているとは思えない、そんな言葉をなげかけて・・。

うちの主人は、命かけてやっているのに、
犠牲にされたという言い方をされなきゃならないんですか?

そう思うんじゃないか?

できるものなら、いかないでくれ。と、
家族はみんなそう想っているだろう。

それでも、国がたいへんなことになるのに。
技術をもつ人間がことにあたっていくしかないじゃないか。

なんとかしなきゃ。

きっと、そんな思いでいったんだと想う。

報道陣の高みの見物の物言いは
自分も助けられている一人だということを
判っている一言ではない。

人員交代しながら、必死の作業をくりかえしている。

感謝こそすれ、
犠牲者扱いの物言いをできるかどうか。

こんな人間がいるから、小手先の理論で馬鹿をいいだして、
自分の状況をわきまえず、人のせいにして、
物言うのが当たり前の感覚を植えつけてしまうんだ。

俗にいう地震雲らしきものをみていた。

さすがに、この状況において、お気楽に物書きをする気持ちになれずにいる。

2週間以上前だったと想うが、
俗にいう地震雲らしきものをみていた。

それも、数本以上並ぶというもので、あまりの数の多さに
逆にこれは、地震雲ではないのだろうと想っていた。

そして、当日3/11
昼から申告会場にむかい、夕方、5時頃になって、かえってきた。
その時も空をみあげた。
地震雲はなかった。
毎日みあげてるわけじゃないので、すでにみのがしていて、
どこかで、地震がおきていたりして・・・。
などと、ろくでもない考えをおこしていた。

家に入って、しばらくは、申告書などをながめ、
TVをつけたのは、6時近かった。

流れ込んできた映像は津波の映像だったか・・。

最初はアジアのどこかで、起きたことだと想っていた。

日本の風景によくにている・・・
だが、画面の上に

国内観測史上最大級8.8マグニチュード

そして、その被害の広さ。


頭の中に映画のシーンが、一瞬でてきた。


そして、非常に申し訳ない言い方だが、
首都でなかったことは良かった。


高層ビルに地下鉄に空港に・・政治経済が破綻し
指令本部さえままならぬ状況になっただろう。

中枢地域への被災でなかったことに胸をなでおろし、
一刻もはやい救済措置の発動を願った。

そして、ただ、ただ、テレビ画面を見つめ続けることになった。

報道の様子をみつめるにつけ、
憤りににたものを感じ始める。

中学生くらいの女の子にインタビューをする。

「どうだったか」

現場にはいった記者がかける言葉は、
「助かってよかった。生きていてくれてよかった」
だけだと想う。

今の状況は、精神的にはりつめた状況でしかない。
PSTDの発症は今は、内部に深く閉じ込められている可能性がある。

その発症の時があることを考えたとき
「貴方が助かってよかった」との言葉が
一番大きな「治癒」になってくる。

あるいは、その言葉に支えられて
PSTDの発症が防がれるかもしれない。

報道することばかり考えて、
相手かまわず、先々のことを考えない。
手当たり次第。

ある程度の大人だったら、逆に話をすることが、
良い場合もありえる。

早速にPSTDに備え、精神科医が派遣されているというのに、
報道陣がそのあたりをふまえた行動をとれない。


ささいな、ものの言い方だと想うかもしれないが
「ごらんください。あそこです」
と、中継場所をさししめす。

まるで、催し物の中継のように
スクープをとったというものの言い方。

今、はからずも
カメラマンを主題にした物語をかいていた。

悲惨な状況をカメラに収める事ができるか。

と、いうことを「命題」にしているのだが、
この物語の書き途中で、
今回の報道の仕方、映像を伝えるだけでは、
成り立たない(心の仕組み)というものを考えさせられている。

報道のあり方というところで、
のりピー事件についても
鞆の架橋問題についても
いろいろ、ぶつくさ思ったこともあり、
「楔」のように、ひっかかっていたところを、
今回、具体的に「問題」がみえてきたように想う。

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