FC2ブログ

記事一覧

出雲大社の御祭神

現在の出雲大社の御祭神はもちろん大国主大神さまですが、その昔、スサノオ尊とされていた時代がありました。 出雲大社の荒垣入口の銅鳥居は長州の大名毛利家が寛文六年(1666年)に寄進したものですが、そこに刻まれた銘を見ると 「一を日神といい、二を月神といい、三を素戔嗚というなり、日神とは地神五代の祖天照太神これなり、月神とは月読尊これなり、素戔嗚尊は雲陽の大社の神なり」 と書かれていて、この時代はスサノオ...

続きを読む

映画談義「ま、いっぺん、いってみたかった。」  から・・

ずいぶん、前に書いたものですが、今回の地震のことでも、恩恵を受け取った事すら知らないと、似たパターンのものを感じます。別件で、カテゴリをつくって、ぶつぶつ、書いていますが、PDSTに配慮しない報道陣のあり方や、見た目だけの問題にとらわれ、「ひとつにまとまる」ということを棚上げしてしまう自己主張など、どこかで、たとえば靖国神社参拝への反対意見などに教唆される洗脳状況ににています。パールハーバーにしろ、ア...

続きを読む

卑弥呼と航海術を考え合わせる

卑弥呼について、九州説や畿内説があるわけですが、憂生はこの元の文献をみますと、この二つの説とも、曲解のうえになりたっていると思うわけです。簡単に言えば、九州説は陸路一月だったか、海路一月を一日の間違い。畿内説は方向が南で東だ・・とか・・・。で、元の文献を考えると、場所的にはもっと、九州のはるか南の方ということになり、海路計算の一日をどう計算したかわからないことですが、近くても、沖縄とか?インド沖?...

続きを読む

カッパドキア

この前から、カッパドキアという言葉が浮かぶ。カッパドキア自体が地名か何かだという事だけは知っているが、どこにあるか、なにか、はっきりわからないので調べてきた。ここに書かれていたことで、気になったのは古代核戦争についての記述だ。失敬して、ほかのところから、記事をいただいてきたが、憂生も人類が誕生して、いいところ、1万年恐竜が居たの、ど~のこ~のをたしたって、3億年がいいとこだろう。地球の年齢が50億...

続きを読む

仏教伝来はどこからか?

教伝来が遣隋使や遣唐使以前にあっただろうことは当然のことだが、いかにも、日本に仏教をもたらしたのは、唐や隋などの方からだという。だが、憂生はどうも、この説に賛同できない。と、いうのも、キリストがエジプトにいた?と、いう話からなおさら、そうおもうようになった。前述したが、ショーペンハウエルによれば、キリストの思想?教え?は非常に仏教に酷似しているという。キリストが仏教を知る事ができたのだろうか?と、...

続きを読む

九頭竜と石神

この前、やまたのおろちは九頭竜ではないかということで、紛々の推測をかかげたわけで、平行に並んだ九頭竜なら八又のおろちになるというところであるが、越の国からやまたのおろちがくる。という記述を発見し、やまたのおろち=九頭竜であると、きめつめたのである。問題の九頭竜であるが、これも、九竜省や九紋竜史進の名前などから中国的であると思う。と、いうことで、話を一端、おえたわけである。ところが、まだ、考えること...

続きを読む

かごめの唄について・・。

その昔・・ひとくだり、もがいた覚えがあるが・・・。かごめというのは、加護芽・・でもあろうかと思う。籠の網目模様は一説に封印・・・塞ぎの印綬のもようであるという。つまり、表面的には、祟り神?などの存在を捕縛し封印するための道具が籠であったと思われる。だから、昔・・例えば、罪人は籠の中に閉じ込められた。本人を縛ってもその呪詛の念を封じ込められないのでこの罪人を宙にうかして、地面を歩かせると・・地面がそ...

続きを読む

足羽を考察

この前から、ひとつの「名前」が気になっている。「足羽山」である。継体天皇関連の石棺がある、福井の足羽山である。足羽・・・足に羽・・というとギリシャ神話のヘルメスだったかな?ゴルゴン(メデューサ)を退治するときに、アルテミス(だったかな?)から空飛ぶ靴を渡される。この靴を履いたら、まさに足に羽がはえたがごとく空を飛べる。ひょっとして、靴のデザインにも羽が付いていて、遠くから見たら、足に羽がはえている...

続きを読む

饒・・ニギハヤヒのニギであるが、このニギは、活発な様をあらわすと考えられる。日本・・・の日より、速く、行動するというのは、ヤマト朝廷より、はやく、ヤマトの土地におりたったというをあらわすか?あるいは、にぎ・・和、にぎみたまとかいうように、和をいみするなら、国譲りの仲介?補佐役として、抜擢されてもおかしくない。事代主の名前があとからつけられたように、ニギハヤヒもその名前をあとからつけれたものとするな...

続きを読む

ニギハヤヒを天孫降臨の元祖としているのが「物部氏」の史伝なのである。

最近まで、古代史にのめっていた。きっかけは、単純。憂生は輪廻転生を信じていた。だから、自分というものの元が、いったいなんなのだろうとかんがえさせられたせいである。単純に考えると答えなぞ、みいだせるわけがない。ところが、ひとつの示唆があった。ひとつは、自分を月読だといった事がある。月読は神話においての登場人物であるが、憂生は日に対峙する者。影で万物を支える「思い」を計り知れる人間になりたいと思って例...

続きを読む

ニギハヤヒのことからの思い・・。

どうも、彼は天孫降臨とは別の次元?で地上界におりたってきたらしい。物部氏の祖神ということで、物部氏の神話になるのであろうが・・・。単純に九州地方。淡路島。竹生島。富士山。大台ケ原?など、天孫降臨の場所が分布するのは、その地方地方に豪族なる民族がその場所を制圧していたということになろう。ところが、ある文献によると、高天原とは、違うところから降りてくる神がいるらしい。どうやら、これが、ニギハヤヒで、あ...

続きを読む

オオクニヌシとニギハヤヒが

さて、また、別の見解。オオクニヌシとニギハヤヒが同一人物であったという説や兄弟で有ったという説もある。そのなかで、スサノオの5代あとが、オオクニヌシだという説もある。と、なると・・・・。先の見解をなぞらえてしまうと、実はスサノオ=大物主となる。ふ~む?ニギハヤヒは天岩舟にのって、光臨したとも言われている。三輪山神のご神体のひとつに大きい岩があり、これが、天岩舟ともいわれているのだが・・。神話的にい...

続きを読む

ヤマトの名前は、ニギハヤヒによって作られた。

ヤマトの名前は、ニギハヤヒによって作られた。と、いう説がある。また、すでに天孫降臨なるものがあったか?ナガスネヒコは「すでにこの地には天神のニギハヤヒが降り、わが妹を娶り、日嗣皇子をお生みになり、この地をヤマトと名付けている。私はニギハヤヒに仕えている」言われた神武は「それならば、天神の証拠を見せろ」と、いうことになる。そこで、ナガスネヒコは天羽羽矢と歩靫を差出すと、神武が納得したという。そして、...

続きを読む

ニギハヤヒはアラハバキ文明に関与?

ところがである。宇は宇宙の宇で述べたと思うが(うろおぼえ/あはは)ウガヤ王朝は九州、日向と考えている。と、なると、ニギハヤヒ《ウガヤ王朝?》のヤマトの国が近畿と見なす見解がずれてしまう。そこで、出てくるのがやはり、福井県の宇波西神社。ここにウガヤ王朝の一派が流れ着く。あるいは、ニギハヤヒその人かもしれない。そして、敦賀、気比神社の地にて、誓約をしてから、奈良の隕石事件を盾にして近畿に踊りこんだ。そ...

続きを読む

継体天王排出の地「福井」

ちら読みの冊子なので、あやふやな記憶であるが、継体天皇の記事がでていた。憂生は、この継体天王の石棺がある、福井、足羽山ちかく?に住んでいたことがある。そういう意味で馴染み深い名前なのであるが・・・。突然の北陸からの天皇排出。不思議な気がする。記事は越の国に、それそうとうの文明?が発達していたというものであったが、このあたりに、継体天王が、代を継いだ謎が隠されているのだろう。形は前王朝の息女との婚姻...

続きを読む

屋根の様相は確か、国津神(地方豪族)のものと記憶する

近所に八幡神社がある。氏神であるのだけど・・・。祭ってる神・氏神を確認していないのだが、不思議な気がする。まず、はじめに鳥居がある。石段を上っていくと。寺によくある、阿吽像。が、山門を守護している。そして、さらに上ると神社に行き着く。神輿もあり、神輿には、八幡大菩薩の使いといわれる鳩が描かれている。屋根の様相は確か、国津神(地方豪族)のものと記憶する。はて?鳥居があって、神社様式であって、菩薩?憂...

続きを読む

皇神道

え~と、確か天皇家には、すめらぎ神道(皇神道)があったはずだなと、思い返していた。伊勢神宮にダビデの星がある、と、いう、まことしやかな、流説や、イスラエル民族の流出・・・が、彷徨えるユダヤ人として、日本にも、流れ着いている。とか・・・・。だが、伊勢神宮が建てられた頃は、すでに、陰陽道が、入ってきているだろう。単純に五ボウ(変換文字見当たらない・・・)星でしかないと、考えるべきじゃないかって。ところ...

続きを読む

スサノオとアマテラス ウケイ(誓約)をたて

スサノオとアマテラスで心の潔白を証明するということで、ウケイ(誓約)をたて、それぞれの持ち物から、5男神3女神を出だすのであるが、このうけい(うけひ)に、別の字をあてることがある。宇気比である。宇はウガヤフキアエズのところでも書いたが宇宙の宇・・と捉える。八宇一絃という、日本軍が持ち出した観念を見れば、宇の意味も大きい。一種、宇という∞の存在を神として、それが、お互いの「気」を比べあった。まさにア...

続きを読む

素盞嗚神社から

http://www.genbu.net/data/bingo/susano_title.htmより、転写。社伝によると、天武天皇の御宇(672~686)の創祀。醍醐天皇の御宇(897~930)に再興されたという。当地は、江ノ熊・江隈・疫隈などとも呼ばれていた地で、当社は、「備後国風土記」にある「疫隈國社」である。蘇民将来伝説の発祥の地であり、全国祇園社のもと。北海にいた武塔神が、南海の神の娘のもとへ通う時、日暮れてしまい、当地で宿を求めた。当...

続きを読む

スサノオと海の民族と・・茅

友人へのメールをかいていて、そのなかで、ふと、おもった。まず、とりとめないメールを添付。蘇民将来の茅(ちがや)をおもわすな・・・。かや⇒茅ちがや⇒茅並べたけどおんなじ字だよね?鞆の沼名前神社が祇園社の発祥のようで、元々、スサノオがそこら辺に立ち寄った時の話がもとで・・・。蘇民将来の兄は金持ちで武塔神(スサノオ)はコタン将来のところに宿をかりにいったのだが、コタン将来はことわった。蘇民将来は貧乏だった...

続きを読む

八幡神社。やはた(やわた)と、呼ぶか

八幡神社。これをはちまんと呼ぶか、やはた(やわた)と、呼ぶかで、ちょっと、意味が違ってくる。八幡の八は「多く」の意味と解していくとはたが多い。はたと、いえばやはり、秦氏だろう。で、ここで、八幡神が出てくる。秦氏が祭る神に八幡神が有る。出雲系でもなく大和系でもない秦氏の氏神といっていいかもしれない。そこで、八幡菩薩のなぞが解ける気がする。帰化人とも介せられる、物部氏の意見が取り入られず、仏教擁護が確...

続きを読む

竹内文書から・・・

北辰星霊験記では神道の根源神クニノトコタチ尊が神名の上で宇宙の根源神で実体であるブラフマンと習合し・・・(2chのスレから、拝借)皇祖皇太神宮に着目したのは、尖山がピラミッドであるという竹内文書が皇祖皇太神宮に伝わった古文書であるからだ。もうひとつは、国常立命の関連。国常立命は妙見信仰にもつながっていくようだが、本来を言えば北極星。根源神である、国常立命が北極星になったのは、その名前からも明らかな...

続きを読む

沼名前神社と祇園社

以前沼名前神社にスサノオが合祀されたことについて、誰がいつごろ合祀したのか、わからない。もしかすると、元々、スサノオが祭られていたのかもしれない。神功皇后により、おおわだつみに祀り変えられただけかもしれない。何故なら、おおわだつみなら、天津神の様相であるべきだろうに、沼名前神社は国津神の様相である。こんな内容の事を書いた。ところが、地元の郷土研究家である方の自負出版本を読んでいたら、かなり、はっき...

続きを読む

集落の発生が地方豪族の基になるか?

最も古い定住集落が発見されているのが九州南部で、およそ11000年前に季節的な定住が始まり、10000年ほど前に通年の定住も開始されたと推測されている。歴史を齧ってみる1のほうで、九州、日向にウガヤフキアエズ王朝があったのではないか?と、いう荒唐無稽を呈したわけだけど、現天皇歴は2670年と記録されてもいる。その2670年以前に豪族あるいは、部族の存在があることは、古事記・日本書紀でもうかがえることである。...

続きを読む

スサノオとの共通項はなんだろう

千木さがしに没頭したあげく、別の視覚での解釈をみつけた喜び気分に浸りすぎてすっかり、とぼけていた。もちろん、まだまだ、千木についても、かんがえていかなきゃならないんだけど・・・。ま、今日は別のこと・・。やはり、スサノオの年代は古い。そう思わされることがいくつかあって、大和朝廷は、どうしてもスサノオの足跡をけすことができず、臣下的位置におくために、スサノオを弟にしたてとしかおもえないところがあるわけ...

続きを読む

羅馬

羅馬。どうも気になって仕方が無い。意味を表せる同じ発音のものをチョイスしたとするなら、やはり、降伏の条件としての鏡を舳先に掲げ馬を連ねて船に乗せてきた。そこで、この時代に馬がどれほど貴重であったかを調べてみた。ところが魏志倭人伝によると、倭の国には、「馬」が居ないのである。じっさい、古墳から掘り出される馬の埴輪も4~5世紀のもの。魏志倭人伝が伝えるとおり、大国主命の頃には馬はまだまだ、珍しかった。...

続きを読む

かがみ(羅馬)

羅馬を調べてみました。ローマを羅馬という日本語表記にしたのが明治時代。羅馬(かがみ)船とは、全然関係ないのですが、美穂崎の諸手船神事が国譲りをそのまま伝承しているようで、船の舳などに、権威の象徴である刀や鏡や勾玉(神器のように、代を譲るときに与える)を掲げ降伏の印とするらしく、かがみ船とは、あるいは、「鏡」を掲げた船のことか?スクナヒコというのだから、少数民族だったのだろう。大国主命は、多くの国を...

続きを読む

ピラミッドと太陰暦。

この間から気になっている事が在る。ピラミッドと太陰暦。ピラミッドは当然、太陽暦だと思う。ラーという太陽神への崇拝もあり、太陽との密接な結びつきを感じる。だが、大前提である、ピラミッドは太陽暦の所産であるという考えからはたして、なりたつかどうかも疑わしい。太陰暦は月の満ち欠けなどから、稲作の時期や汐の満ち引きを知ることが出来る。だが、エジプトにおいて、稲作や汐の満ち引きはあまり関係ないなら、太陽暦で...

続きを読む

法隆寺の焼失の時期が特定

法隆寺の焼失の時期が特定されたという番組をみていた。今までは、前法隆寺が焼けたあとに、今の法隆寺が建立されたとなっていたが、焼失痕跡がみつかり、今の法隆寺を立て替えたのちに、古い法隆寺が焼失したという。この焼失年代が特定できることにより、ひとつの疑問が消えた。薬師如来だったかな?大人10人くらいでやっと運び出せる仏像に焼け跡ひとつない。ほかにも、いくつかの仏像がとても、火事場から簡単に引きずり出せ...

続きを読む

太陰暦とスサノオと・・考え中

簡単にいうと、日本への仏教ルートはインドが先だったか、中国かさきだったか・・ってなことを考えていて・・・。キリストをさかのぼる3世紀。すでにスリランカの大規模な仏教集団があり、3000人以上の修行僧をエジプトに送り出していた。ってのがあり・・・。これを逆に考えると日本にピラミッド信仰、つまり、太陽暦がはいってきたと考えられるわけで・・。代表的なところで言えば富山の尖山。え~~と、岩手だったっけ?環...

続きを読む

蘇民将来・・の茅とは、なんぞや?

  萱葉は冬に枯れるが、温暖地では残ることもある。この時期、葉は先端から赤く染まるのが見られる。ごく人間の身近に生育する草である。地下にしっかりした匍匐茎を伸ばすので、やっかいな雑草である。他方、さまざまな利用も行われた。そのため古くから親しまれ、古名はチ(茅)であり、花穂はチバナまたはツバナとも呼ばれ、古事記や万葉集にもその名が出る。この植物はサトウキビとも近縁で、植物体に糖分を蓄える性質が...

続きを読む

オオバコとストロンチウム

この記事も一年以上まえに書いた?ものだったと思う。原爆という歴史の傷跡は、まだまだ、身近にある。憂生の知人も何人かその後遺症(被爆2世・被爆3世)がでている。こんな中、スピリチュアル記事のほうで、「家の庭には、その家人の病気に効く草が生える」と、いうことを書いたと思う。そのときにそういえば、広島の原爆後30年は草もはえないといわれた、その土地にいちはやく、芽をだしたのが、「おおばこ」であると聞いた。...

続きを読む

スクナヒコとキリスト

ポリネシア白い海神ワケアが渡来してきた白い神で、それが、キリストであるという。そのワケアが日本に渡来した。そこが「わかやま」で、ワケアに因んだ。そこで、記紀を調べた記事の作者はワケアにあたる神を見つける。それが、スクナヒコであるという。古事記によればスクナヒコは「天之羅馬船」に乗って日本海から渡来した海神であるという。古事記では、「天之羅馬船」は(あまのかがみぶね)と読むが羅馬はかがみと読むより、...

続きを読む

キリストがエジプトに滞在していたと?

おもしろい記事を見つけた。イエス・キリストの教えは仏陀の教義に類似しているという。キリストが、仏陀の教えを吸収したという考えはなんと、ショーペンハウェルが最初に唱えたという。それは、なんの確証もないのだが、教えを比較して、哲学者であるショーペンハウェルだからこそ、見えてきたものであろう。ところが、キリストがエジプトに逃れたとされる12歳からの18年間にエジプトに仏教徒が居た。あるいは、教えが残って...

続きを読む

空に架かる橋へのコメントから・・

最近になって、マッカーサーと天皇だっけ?なんらかの本がだされて、その中でマッカーサーは日本を占領国にせよ(天皇も処刑せよとか・・)と本国から指令をうけていた。と、いう話があったと思う。だが、実際問題、現場仕事は現場のものじゃないとわからないというのと同じで、天皇を処刑に課した日には、どういうことになるか、一番わかっていたのが、マッカーサーであったと思う。かといって、そのまま、天皇を日本の国主にして...

続きを読む

神話の話である。

火の神を生んだいざなみがその火に焼かれ死んでしまうのであるが、夫であるいざなぎが妻をむかえに冥府にいくのであるが・・・・。ギリシャ神話にも似た話があるが・・・。多分、日本のこの神話においても、地上にでるまでは、うしろをふりむくな・・・などといわれたのではないかと思う。現世?にもどれば元どおりの姿を現すのであろう。現世・・・の名前どおり。ところが、いざなぎはいざなみがちゃんと後からついてきてくれてい...

続きを読む

神代文字というものがある。

日本のひらカナ一文字一文字に何らかの意味が込められているという事であるので、神代文字で表されるもののうち、ひらがなであらわされているものの、本来の意味を一文字一文字から、さぐってみるとおもしろいものがあるかもしれない。例えばすは清めるの意味がある。さは佐・・人の左の意味でつまり、人間の神的部分。煎じ詰めれば魂・・といっていいかもしれない。こう考えると次にある文献から、せは、背。つまり、自分の後ろ側...

続きを読む

日本

歴史の中で一番大きな出来事は戦争だったと思う。が、古代の戦争や外国の戦争については、知りえる部分が少ない。だが、一方で、近代における第二次世界大戦をどこまで、知っているかというと、異国の戦争より、しりえていない部分が多い。例えば、靖国神社参拝などを、反対するという考え方があるが、これらも、英霊たちの恩恵というものが、どういうことであるかを知らないからだろうと思う。日本は外国と違い、特殊な国で、「天...

続きを読む

天、天は濁りを教える

なにをたいそうに古代文字の発音なぞとわけのわからんことをかいて、自分でもまたも結論をみうしなって/笑って、しまったのだが、なぜこんなことを考えたかというといくつか、ルートがある。ひとつは、文字の中に含まれる(意)これは、「す」」が清めの意味があるとか、こういう言霊にあたる・・・、文字霊といっていいか。そして、50音の中の2番目にくる言葉(父音と位)参照いろはにほへと・・(これは、常用されていた文字...

続きを読む

あおによし・・・

多くの書きかけをほったらかしにしたままでありながら、今、ひとつ、書いてみたいと思うものの萌芽が見えてき始めている。題材は・・・聖徳太子・・から・・・。聖徳太子の境遇・・?と、いうのは、実はかなり、悲惨であったと、いう情報がはいっていた。太子の死についても、暗殺説はむろんのことであるが、この境遇という背景が太子にノイローゼ?を、発症させ、その死が狂乱の果てであったともうかがえる。こういう情報を得たと...

続きを読む

特に坂本竜馬が好きです。

あれや、これや、時代物がかった読み物をかいていますが、本来は明治維新。特に坂本竜馬が好きです。竜馬を好きなのは、その考え方といっていいかな。竜馬は実に単純で純心だと思います。薩長連合を提示するにしても、普通なら、そんな事ができるわけがないと、思っても、実行にうつせない。ところが、「仲よくすりゃ、いいじゃないか」できない事じゃない。大政奉還にしろ、同じ。あの状況のなか、そんな考えをもちだしていけば、...

続きを読む

人間西郷と武人西郷の・・・

久しく、本をよんでないのだが、まあ、何かにつけ、思うのは司馬遼太郎である。彼の人物の解剖はいかにも、そうであったろうと、思わせるものが多いが、これも、現場にむかうという彼の新聞記者としての性癖が功を奏しているのだろう。時代も良かった。彼の作品で秀作と思うものは、/個人的に/明治維新頃を題材にしたものが多い。人物が肉迫してくる。何の本だったか、題名さえ忘れたが彼の執筆裏話のようなものを読んだ。彼は現...

続きを読む

さんか族とうみか族

いつだったか、さんか族とうみか族の話を書いた覚えがある。その時に縄紋民族と弥生民族ともいえるのではないか・・・。ってな、話があったんだけど・・・、。さんか・・・山家族とでも、かくのかな?彼らは山での生活を基板にしたというから、まあ、いえば、狩猟民族ってことになる。この狩猟民族っていえば、例えばマタギ・・?炭焼き?と、いう風にその血が伝承?されていったということになるか?海家族というのは、どうしても...

続きを読む

乾燥耳といっても、豚耳のことじゃないよ!!

お邪魔しました  ネチョッ 笑このコメントでなんか、湿ったイメージをうけたんですよ。そしたら、耳の事をおもいだしました。耳のタイプには乾燥 耳と湿潤耳があるようです。憂生は湿潤タイプ。友人がお土産 にみみかきをくれたことがあったのですが・・。昔から不思議に思ってたんだけど、耳掻きの反対側にはよく、ふわふわの綿毛がついてますよね?「これ、一体、何のためについているんだろう?」だって、憂生がそれをつかっ...

続きを読む

卑弥呼以前から続く巫

語の中に自分というものが投影されるものであるが、ある意味・・・。なまっちょろい自分がそこかしこに顔を覗かせていると気がつく昨今であるが、いろいろ、ほじくりまわしてみると、憂生の中でこうありたい自分というものや、こうあってはいけない自分というものを、ペトリ皿にのせて、培養していたと思える。その実験?結果なるものは、言語にあらわすに、あまりにも、不遜。幸せであると、いうことは、まず、他人の幸せを祈れる...

続きを読む

皆既日食は怪奇日食?

先日の皆既日食から、面白い記事を眼にした。皆既日食の過去暦をたぐっていくと、卑弥呼の時代に皆既日食が起きているというのである。卑弥呼は突然、政権交代を起こす。一説に病死ともいわれているが、皆既日食とかかわりがあるのではないかと思えてくる。巫女的存在であった、卑弥呼の代において、皆既日食が起こる。エジプトにしろ、他の国にしろ、太陽、あるいは、太陽神を崇拝する国は少ない。太陽神、イコール天照大御神と考...

続きを読む

新たに、法隆寺建立

太子の威光と信奉をあてに、民の心をつかむために新たに法隆寺が立てられたというが、どうも、いまひとつ、ぴんとこない。むしろ、魏呉蜀(字がわからん・・・)の時代。外圧に対しての建立では無いかと思える。仏教を擁護する形をとったのも、ひとつには、外圧に対しての政策。単純に魏呉蜀、あるいは、唐が攻めてきたときに仏教を擁護しているという事は、同胞意識がわく。キリスト教を宣教したのは、宣教師だが、相手側の宗教を...

続きを読む

日本丸(メモ程度で停滞中)

いつだったかの新聞でとりあげられていたのが、渡辺篤。「自分が龍馬を殺した」と懺告したとか、しないとか(記憶が定かでなくなってしまった)そのときに、渡辺側からの感慨を想定して、メモに残したものである。そこから、龍馬の話をかきおこそうかと思っていたら、龍馬伝がはじまってしまって・・。時代物は好きではあるが、史実から書き起こそうと思うと、かなりの下調べが必要になってくるため、たいてい、頓挫する/笑・・・...

続きを読む

あおによし(執筆中・・うんにゃ・・停滞中)

*天という概念を考えにいれないと、歴史はわかりにくいと、いうことを考えさせられたのが、出雲大社からであるが、このあたりのことは、「天という概念」にまとめた?ので、省く。スサノオをしらべて行くうちに、もうひとつ思わされたのが、「和」という精神だった。大国主命=スサノオという説も多くあるので、ごちゃくたになってしまうが、同時に、国譲りのときの大国主命にも、「和」の精神がある。この「和」の精神がでてくる...

続きを読む

山鉾巡行17日・・・・ この足跡の日付を見ながら思い出している。 この日は、弘法さんの祭り・・のため、憂生は自宅の商売の手伝いをしなければならず、山鉾巡行にどうしてもいけなかった。 夏休みのバイトがおわると、必ず、京都に足をむけたが、それも、お盆のかきいれどきが、おえてからだった。 だから、大文字もみたことがない。 かつ、京都の人の独特のいいまわしをきかされることになる。 「昨日。大文字はんどしたんえ」 ...

続きを読む

カレンダー

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近の記事

作品集(アルバム仕立て)

カテゴリー

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
6239位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2594位
アクセスランキングを見る>>

ブログ村

訪問者様

ページランキング

ブログパーツ

IP検索

全記事表示リンク