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記事一覧

祭りがおわった。

やっと、お祭りもおわり、ほっと一息の今日になりました。憂生の地区では、一端、廃れかかっていたものを有志の人たちで、復興しなおしたという経緯があるためか、細かい行事や作法が省かれている様子です。他の地区にいきますと、みこしの露払い、ミサキ?になるのか、天狗だったか、翁?だったかの面を被った、古の装束の人が神輿の前を歩き、先導していくようすです。天狗は、さるたひこであるともいわれ、確かに彼の役目は先導...

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みほのひめ。

美穂神社の主祭神は、美穂津姫と事代主であるが、この由緒は、?と思う。三保の松原の先端の岬は美穂崎であったように記憶する。また、美穂津姫にあやかっての地名であるというのであるが、由緒によれば、美穂津姫は大国主命の后であり、事代主とは、夫婦ではない。また、越の国において、父。母の素性を考えれば、美穂津姫が、天津神になろう。ところが、越の国の伝承によれば、出雲にいってない。あるいは、いったが、途中で帰っ...

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二箇所の同名★耳川

先日日向のみみ浜(名前どわすれ)で、神武天皇が熊襲征伐にむかうときにそこで、船をつくらせ、そこから、船出をしたというTVをみていたのですが、福井、若狭地方に日向(ひるが)という地名があり、その近くに宇波西神社というのがあるのです。この地名は宇(宇宙の宇・・神?)が西からの波に乗ってやってきたという意味合いの神社名ですが、ここにまつられているのが、ウガヤフキアエズなのです。ウガヤフキアエズは神武天皇の...

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宇は宇宙の宇★ウガヤフキアエズ

なんか、どこかのSFの題名だったかな?宇というのは、あってありあまる、無限の存在を意味するのだろうとおもう。また、無限というのは、言い換えれば限りなくゼロ(無)に近い。無から有が生じ有は無に帰す。と、するならば、宇宙の宇は一種広大なエネルギー体といえる。な~~~にをややこしいことをいってるかというとだな。ひとつ、気になることがあったのだ。と、いうのも、ウガヤフキアエズ朝のことを考えていたのだアル。ウ...

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ウガヤ王朝が九州にあったと見なすに

ウガヤ王朝が九州にあったと見なすに、もう一つの材料がある。最近脚光をあびた鞆。こう書いてもぴんとこないかもしれない。宮崎駿夫のポニョのモデル地といえば、わかるだろうか?この鞆に沼名前神社というのがある。祭神はおおわだつみとスサノオになっていたが、建築様式の一部が国津神のものになっていた。が、紋は菊花。つまり、地方の国津神を祭っていた社にヤマト朝廷の誰かが祭神を祭り変えたと考えられる。で、由緒を読ん...

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ウガヤフキアエズ朝が72代・・・

あちこちの文書を眺め回していくとウガヤフキアエズ朝が72代ほどつづいたという啓示をうけているものに出会う。神話の世界などとうてい類推およびつかないのであるが、神託や啓示からでありながら、まったく反対の啓示、神託を受けている事があるかと思えば、先にあげたウガヤフキアエズ朝が72代(73代)という同じ神託を受けているものもある。日本人の元はヘブライの民だというものもいれば、日本こそ、地球人類の祖である...

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ウガヤフキアエズ王朝の「王の舞」?

ちょっと前に、ウガヤフキアエズの?を書いた。 そのときに王朝であった証?として 「王の舞」というものが残っていると書いたのだが・・・。時を経ると物事の意味合いが違ってしまうものだと思った。と、いうのが、 この王の舞というのは、いわば、「喧嘩」なのである。 憂生の記憶もあいまいになっているので、確か・・という言い方しかできないのだが 舞を舞う王をこかしに行くのだが、百姓側、つまり山側の人間がこかしに行く...

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なんとなく

もう一つの神宮レイラインをよませて頂きながら、 憂生はもうひとつのことを考えていた。もう一つの神宮レイラインは、気比神宮と宇佐神宮を結ぶラインの話であったが。憂生が気になったのはむしろ、 伊勢神宮と気比神宮を結ぶライン。 地理上の問題は憂生には判らないが この伊勢=気比のラインに並ぶような 不思議なラインがある。若狭のお水送り=奈良のお水取り 逆だったかな?もう一つの神宮レイラインは、どちらかというと ...

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やまたのおろち・・・である。

最近はちこっと、神話にこっている。で、ま、荒唐無稽の話・・ままに・・・。やまたのおろち・・・である。八つの又・・。やまた・・・だけでは、それが、たとえば、首でなくても、尾でも、かまわない。と、こうなる。ところが、このやまたは・・・。頭・・が八つあるということで、頭がやっつあれば、当然・・首も八つある。又というのであるから、この又は首を意味すると思う。例えば、頭なら九頭竜尾なら、九尾狐。のように、八...

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あいもかわらず、荒唐無稽

宇賀や吹き会えずいや、うがやふきあえずとうって、変換かけたら、上の字になってしまったんだけど、なにかしら、最近はこういう変換が的をえてるきがしてならない。思いとかくときに、奇妙に「重い」と変換がかかるときがある。通常、重いというのは、ほとんど使わないから、よく、使う思いのほうが、優先語句になるはずなのだが・・。さては、この思い方は「重い」のだなと、苦笑するしかない。いいだせば、思い方の方の字も、最...

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継体天皇・・1

聖徳太子とすさのおと大国主命とにぎはやひあたりを、重点的に調べている?うちに継体天皇に行き当たってしまった。聖徳太子の不雑な家系?や推古天皇の摂政になったあたりのいきさつをしらべていくうちに、継体天皇の血筋として、いろいろな天皇が浮上してくる。だが、継体天皇は養子であったという入り婿説と、三輪王朝(イリ王朝)との転換期として、浮上してきた天皇という説と様相がずいぶん違った解釈にであった。まず、継体...

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継体天皇・・2

そも最初に越の国の卓越した技術。と、いう評価がきになった。継体天皇がそういう技術を開発したわけでなく、もともとから、越の国あたり・・・日本海側に高等技術が発達していた。その技術は渡来人により伝承されたのではないかという考え方から、すさのおの高麗人説?韃靼人など、いわゆる、アジアの大陸側からの日本への渡来がもとになってきているのではないか?と・・・・、考えたのだが?これが、あっさり、覆された。覆して...

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皇紀2670年

地元の八幡神社には、宮司が居ない。と、いうことで、別の場所の宮司が兼任すると言う妙な事態になっているのであるが、常日頃・・・・・。いや、祭りのときだけお世話になってるのもなんだから、祭りの踊り保存会のいっぱで、宮司の本拠地?に大払いにいってきたのであるが・・・・。そのときに神社暦という小冊子をいただいてきた。家に帰り、表紙をみると、二つの神社の名前が書いてある。ひとつは、八幡神社。もうひとつは、出...

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月読とスサノオとアマテラスの配置分配。

ニギハヤヒについて、いろいろな解釈があるんだけど、どうも、正体を?くらました二人の人物に着目してしまう。一人は月読尊この存在については、多く語られていない。そして、もう一人がニギハヤヒ。なにかしら、ニニギの尊と混同しそうな名前である。が、これも、記述が薄い。そして、もう一つ、王朝としてのウガヤフキアエズ。王朝分裂とも捉えられる月読とスサノオとアマテラスの配置分配。日本のなかに、月読王朝(勢力)アマ...

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独立不羈 (どくりつふき)

独立不羈 (どくりつふき)とは、他からの束縛を全く受けないこと。他から制御されることなく、みずからの考えで事を行うこと。「不羈」は、自由奔放で束縛しえないこと。または才知が人並はずれてすぐれていて、常規では律しきれないこと。ユカタン半島のユカタンが、「おまえはなにをいってるのか、さっぱりわからない」と、いう意味だったらしいが、カザフスタンというのが、独立不羈 (どくりつふき)の部族・国家とあったので、...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)

***一方、神谷川の水神?がきになっていたので、初期の水神を覚書に貼り付けておく。 淤迦美(おかみの)神、龍神で谷間の水を掌る神。日河比売(ひかはひめ)、氷川神社に祭られる水神。深淵之水夜礼花(ふかぶちのみづやれはなの)神、水神。水神ということで、気にかかるのが沼奈宣破比売である。音だけをいうと、(ぬながわひめ)鞆の沼名前神社が(ぬなくま)という音であることを考えると当て字に沼河姫とかかれることがあ...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・2

沼奈宣破比売(ぬながわひめ)が、憂生のかじっていることにすべてに関与してくるということであるが、どうも、こういう事を巧くまとめる才能がないので、実にたどたどしくなるという言い訳を先にしておく。以前、歴史を齧ってみる(その1)の中で美穂崎神社を取り上げた。千木の様子も天津神・国津神の併合で、おそらく他に類をみない、形式で、ここに祀られるみほすすみ(御穂須々美)が、天津神としてまつられているのか、はた...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・3

さて、その美穂須々美であるが、これはいったい、いかなる系譜をもつのか?高志の国にいた神。意支都久辰為(おきつくしい)の命その子供のへ(人偏に卑)都久辰為(へきつくしい)の命その娘沼奈宣破比売(ぬながわひめ)を娶って、うまれたのが、美穂須々美。この姫神が座したゆえに、そこを美穂の郷という・・・。おっと?高志?これは越の国であろう?そして、誰と結婚して美穂須々美をうんだのだ?八千矛・・・と、結婚したと...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・4

http://www5.ocn.ne.jp/~suhama24/hahagami1/hiun/hiunindex.htmから、記事を一部いただいてきております。諏訪神社の神主さんだと思います。大国主命と奴奈川姫命の間に我が社の御祭神建御名方命がお生まれになり、豊かな暮らしがつづいていたがそこへ、大国主の父が亡くなったという知らせが長男八重事代主命より届いた。命は心配する高志の酋長たちにこの国は息子建御名方命に任せるので後見を頼み、出雲へ帰ることになった。帰...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・5

http://homepage2.nifty.com/oyashirazu-oumi/himenosonogo/hime.htmlより転載。『古事記』の中で沼河比売については八千矛神、即ち大国主命が高志の国(越)の沼河比売に求婚する場面から登場してきます。八千矛神と沼河比売のやりとり(神語)は「奴奈川姫の結婚」のページで詳しく紹介しましたが妻問いの翌日、目出度く結婚され美穂須須美命と建御名方神がお生まれになる。しかし、古事記ではなぜか、美穂須須美命のことは触れ...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・6

http://www5.ocn.ne.jp/~suhama24/hahagami1/nuna1index.HTMより、転載翡翠により人心を集める姫昔昔(古代)越後の国奴奈川郷という所に翡翠という宝玉を持ち超能力、呪術によって農耕狩猟などの収穫を予想したり、病気の平癒や人心迷いの時に決断を与え、人心を掌握している巫女がいた。これが、後の諏訪明神の母となる奴奈川姫であるという。彼女は近くの川から拾われる硬玉を加工し宝石を作る玉造集団の長で、祭祀をも司りこの...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・7

http://www5.ocn.ne.jp/~suhama24/hahagami1/nuna1index.HTMに、近くの古代の鉄製錬跡たたらの遺跡という写真が掲載されているのをみつけ、憂生はまた、荒唐無稽の発想になる。大国主命が製鉄をもちこんだようにかかれているが、実が逆じゃなかったのだろうか?越の国においては、良質の燃料がある。コークスとか・・・。(継体天皇が献上したという燃える水や燃える石をかんがえても)この燃料を有効利用したたたら製鉄の技術をも...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・8

http://homepage2.nifty.com/oyashirazu-oumi/himenosonogo/ketudan.htmlより、転載大国主命(別名:八千矛神)は国造りの過程で奴奈川姫と結婚し、出雲国と高志国は固く結ばれ奴奈川の郷は平穏な日々が続いた。しかし、大国主命の国があまりにも繁栄している様子を眺めた天照大御神は葦原の中つ国(日本の国)は自分の御子が治めるべき地であると宣言。理不尽な国譲りに最後まで反抗したのが奴奈川姫の御子「建御名方命」であった...

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沼奈宣破比売(ぬながわひめ)・・終

沼奈宣破比売(ぬながわひめ)が越の国に戻った時期。これを考えるとき、美穂神社が国譲りの場面で重要な位置にあったこと。建御名方命が国譲りに頑迷に反対し大暴れして、諏訪に蟄居させられる結果になったことを重ねあわす。と、思い浮かぶのは建御名方命が越の国の奴奈川あたりをおさめていたわけだから、この建御名方命が越の国を留守にして、美穂の郷に来たことになる。当然といってはおかしいが、沼奈宣破比売(ぬながわひめ...

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釣り人のほうが、詳しいか?

夕方、TVを見てた。北海道、標津の鮭をベッキーがとりにいってたような・・?その時、アナウンサーが網でひいた鮭をタモですくいあげて・・・。と、いう言い方をしていた。で、あちこち検索。タモという言い方が通じる地方・・。もしくは、タモの定義。憂生のふるさとでは、小さい半径5cmのものから、半系20cmくらいのものから、地引網のようなものまで、タモとよんでいた覚えが有る。ところが、タモでなく、たま といい、...

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茗荷とスサノオ

以前、茅のくだりで、スサノオが海の民(部族?)の協力を得て、瀬戸内海近辺を平定した。そのスサノオの帰路にあたり、海の民が、府中の峠まで、スサノオを送っていった。で、その海の民というのが、鞆近辺の人たちではないかいな?という、話と(このあたりの細かいところは、沼名前神社の祭神(スサノオ)が神宮皇后によって、おおわだつみにまつりかえられたんじゃないかという推論からで、この推論は以前にもかいたものがある...

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宇気比(誓約)

以前にも掲載していたのであるが・・・・・。もうすこし、まとめてみたくもある。北陸、敦賀に気比神宮というのがある。これは、宇、気比(うけい・誓約)ではないかと思っている。宇は宇宙などでもわかるように、広大な広がりである。また、若狭地方に宇波西神社というのがある。この名前の由来宇が波にのって、西からやってきた、ことに由来する。宇は神(あるいは、尊い人)のことをさす。気比神宮にもやはり菊の紋がかかげられ...

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宇気比 ・宇波西神社の祭神

さてと、つづき・・・。にぎはやひ?と宇気比をおこなったかもしれないもうひとりの人物。これが、さきほどのスレッドででてきた、宇波西神社に祭られている神。うがやふきあえず・・・。え?と、おもわれるかもしれない。思うよな。憂生もこじつけすぎだとは思ってる。この、うがやふきあえずが、この神社で、西から波にのってやってきたという逸話をもっている。憂生は、古事記の中のうがやふきあえずは、ウガヤフキアエズ王朝を...

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千木から・・(千木・・1)

先日からメインブログをもとにもどし、記事を編集している間にいくつか、気になることがあった。歴史関連のお話。相変わらず、生齧りのままで、故障した年代測定装置を尺度にしてかんがえるものだから、荒唐無稽あるいは、でまかせ・でたらめ発想で、人様からの信用をなくすに役だつ記事しかかいていないんだけどね。アクセス解析をたぐっていくとまた、?って記事に遭遇するわけで、今日はそのお話。憂生が常々、歴史を齧ってみる...

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千木について・・・(千木・・2)

さて、続き。千木であるが、前述のところで、千木の形態によって、天津神か、国津神かという分類があるという話を書いた。この形態の発祥がいつごろからのものか、それが、よくわかってないので、元々、「長」のものが水平の千木であるのなら、あえて、伊勢神宮は水平の千木にしたと考えられる。天をうける格好というのは、いかにも、「長」の象徴に思うのである。巫(かんなぎ)としての特殊能力をもったものが、古代部族の実質の...

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千木のルーツ・・(千木・・3)

千木のルーツを調べていこうと思った。勝手に拝借しているので、非常にもうしわけないのだが、まず、以下の千木についての、考察にうなってしまったのである。★インドネシアで牛頭をそのまま取りつけているように本来、牛の頭を象ったものである★当然、牛・・・ときて、ぴんと来るものは、牛頭大王こと、スサノオのことである。スサノオのことについては、鞆の沼名前神社のことを書いたときに併せて、祇園社のことも、書いた。この...

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美保神社(千木・・4)

三穂津姫命(みほつひめのみこと)は大國主神の御后(おきさき)神で、高天原から稲穂を持ち降り耕作を導き給うた農業及び子孫繁栄の守り神。事代主神(ことしろぬしのかみ)は大國主神の第一の御子神(みこがみ)で、「ゑびすさま」すなわち漁業・商業を始め広く生業の守護神として敬仰され、美保神社も全国各地にあるゑびす社3385社の総本社として、ことに水産・海運に携わる人々から広く敬い親しまれてきた。 三穂津姫命(みほ...

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千木について・・・(千木・・5)

千木が、天津神・国津神をあらわすのではないかと思って、いろいろ、しらべていくうちに、ウィキなどから、男神・女神をあらわすという説が浮上してきて、いっそう、わけがわからなくなっていたのですが、今回、日御碕神社をみて、納得したことがあります。前回の記事で、国津神の様相を呈している方がアマテラスで、天津神の様相を呈しているほうが、スサノオだったわけです。通常の状態の逆に思えます。天津神といわれているスサ...

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パンフレットを掲載。(美保神社はかなり、重要・1)

...

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天津神と国津神 (美保神社はかなり、重要・2)

社殿は二つの屋根が並んで、建立されている。憂生が思うに、こういう建物は途中で建て替えをしても、基の形をそのまま、継承することだろう。と、いうことは、高天原系統の天津神と地方豪族系統である国津神が並んで祭られているという事に成る。天照大神達と国津神が同じように、祭られているということだけを考えると、出雲大社が有名であるが、これは、天照大神などが、オオクニヌシを見張るためというのが、通説で、実際、出雲...

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鳥居に三の紋を発見?(美保神社はかなり、重要・3)

伊予の河野氏の紋と、記憶している。距離的にかかわりがあるとは思えないが、海路を手繰りたくも成る。村上水軍という存在がでてくるだけの航海術や造船術があったともかんがえると、瀬戸内海から日本海まで抜けたかも?画像では、判別しにくいが、注連縄の下、六角形の銅版がみえる。その中に三の紋があった。これが、後で行く神社の舟神事の船にも発見される。このことからしても、三の紋は「舟」をこぐ者に関連があると思える。...

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高天原系列と、皇室は、別区立てか?(美保神社はかなり、重要・4)

神社由緒をよんでみると、ますます、憂生の頭がこんがらがる。まず、判断できることは、天津神として、まつられているのが、美穂津姫命。高天原の高皇産霊命の姫神とある。一方、事代主は神武から安寧までの三代の皇后を輩出するので、宮中八神に祭られているとあるが、こちらの位?は、オオクニヌシよろしく、国津神と、判断できる。はて?こうなってくると、大和朝廷が、掲げたが、ゆえ、?高天原族は天津神として扱われたという...

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ニギハヤヒ発見(美保神社はかなり、重要・5)

スサノオを祭る神社として、剣神社が福井県の嶺南、織田に有ったことを思い出した。随分、近い所にすんでいたことがあるというのに、ここには行ったことがなかったので、様相がわからないため、ホームページなどにとんでみたのが、きっかけだった。神社の様相から、天津神として祭られているか、国津神として、祭られているか・・、判るかもしれないと思ったのである。ところが、拝殿の様相が違い、判断材料が見当たらない。気比神...

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幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)であるならば・・(美保神社はかなり、重要・6)

いつも、不思議に想うのは、あちこちの神社にスサノオが祭られている事が多いということだ。確か、気比神宮にも、スサノオは祭られていたと記憶する。そして、此処も菊の紋をかざしている。ポニュで有名に成った鞆にある沼名前神社も菊の紋が入っていたと記憶するし、スサノオが祭られたのがいつごろか定かではないが、此処もやはりスサノオ。ちょっと、待った~~~~。憂生の頭の中、ごちゃごちゃじゃんか。出雲大社にいたっては...

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1.ことしろぬし(美保神社はかなり、重要・7)

今日は米子に行ってきた。灯台まで足を伸ばしたとき、妙なものに遭遇した。ことしろぬしを祭る鳥居。どうも、海からことしろぬしがあがってきたと・・・いうのだけど。それが、丁度5月5日に神事があるとのことで、灯台へくる途中みかけた神社に引き返した。どうも、神迎えは夜中とのことであきらめたのだが、妙なことが、やはりここにもあった。まず、灯台のうしろの鳥居には三の紋が掘り込まれている。神社の舟神事の舟にも、三...

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2.ことしろぬし(美保神社はかなり、重要・8)

神社のことを考える。いつか、沼名前神社のことをかいたが、この祭神がおおわだつみとスサノオでありながら、建物の様相は国津神のつくりになっていた。と。神功皇后が立ち寄ったときに、祭神を祭りかえたのだと、推測した。実際菊の紋がかざられていたし。ところが、三保崎神社はふたつの様相が抱き合わせに成っている。ことしろぬし/恵比寿/あるいは、スサノオ/を天津神とするのなら?国津神はだれであったのか?結局、正体を封...

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3.ことしろぬし(美保神社はかなり、重要・9)

この前、ちょっと、かいていた三保神社のコトシロヌシへの疑問ですが・・・。神社の形態をみると、天津神と国津神が合祀されている形をそのまま、表面化していると・・いうことで、はたして、コトシロヌシと三保崎姫(ミホススミ)が祭神としてまつられており、そのまま、しんじるとすれば、はたして、どちらが、国津神でどちらが、天津神か?あるいは、べつの祭神があり、ぬりかえられたか?などと、書いたことがあると思う。で、...

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天という概念  1

ここまで、大国主命の怨念をふさぎこんでおいて・・・。である。なぜ、天にも届く社を建立するか。***天という観念への理解がないと、歴史を理解しにくいと言うことを書いた。どこまで、それが当てはまるか?神話の元、発生から、すでに、そこに、「天」がある。人格化されたものが天御中主であろう。そして高御産巣日神・神御産日神があるが、この三神が高天原にあらわれる。これを追うように、うましあしかび・あめのとこたちが...

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天という概念  2

皆既日食は・・のスレッドの中で、皆既日食を上手に利用した巫・巫女が天照とされたのではないか?と、かいた。あるいは、神話を逆利用して、天照に神格化された。以後は大和朝廷の始祖である、天照の行いをますます神格化する。こういう構造だとして・・・。その、そも最初にやはり、「天」を意識しないと解かりにくいことがある。皆既日食を利用したぐらいで、神格化されたり、大和朝廷の始祖たりえるか?おそらく、まだまだ、わ...

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天という概念  3

歴史の中で不思議な事実はいっぱいある。その中でも、出雲大社である。近年の発掘により、天高くそびえるがごとく出雲大社が実在したと証明されているが・・。この、天高くそびえるがごとく出雲大社が、不思議なのである。出雲退社は大国主命の怨念を封じ込めるために立てられたと言う。死人の着物を左右にするかのような、左右を逆にした注連縄。拍手をうつに、4拍手。死んでいることを大国主命に知ら示すための死拍手であるとも...

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天という概念  4

誰の説だったろうか・・・。祟りの根本はいかに惨殺されたかではなく、いかに祀られなかったかであるという。それも、特に子々孫々からの祀りの無いがひどい。と、いう。霊的物事の捉え方の云々はこのさい、横に置く。だが、実際、霊能力者のなんちゃか番組をみていても、「ご先祖の墓に参ってね」「仏壇に、手を合わせて・ご先祖様を・・」なぞという言葉が出てくる。供養されていないと浮かばれない。と、いうのだが・・・。逆も...

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天という概念  5

大和朝廷側と大国主命のえにし。これは、いわずもがなであろう。スサノオの娘スセリ姫が大国主命の妻である。天照の弟がスサノオであるなら、大国主命は、義理の甥になってくる。この血のえにしから、当然、天照への「祟り」が開く。だから、恐れ、天つく社を作った。なにか・・・、それでも、いまいち、納得できない。入り婿にすぎないからこそ、惨殺できたのではないか?そんな相手の祟りを恐れ、天に見張らせる必要はない。もう...

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天という概念  6

歴史を紐解くに「天」という観念を尺にしないと見えてこないところがある。と、言うことで出雲大社を引っ張り出してきたんだけど。もちろん、なにもかもが、「天」という尺で割り切れるとは思っていない。ただ、考古学にしろ、民俗学にしろ、見えにくいのが、「心理」「意識」「観念」だと思う。たとえば西洋の童話?と日本の童話。西洋の童話は悪者をこてんぱてんにやっつけるし、それを「良し」とする。狼が出てくる有名な童話が...

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天という概念  7

スクナヒコが、稲作文化を持ち込んできたのではないか?って、文献?を読んでいた。これ、憂生のこの間の逆の理論だよな。ピラミッドのルーツが日本にあるとか、縄文以前の須恵器の存在などを考えてもスリランカに稲作が伝わり、スリランカを経由してエジプトへ、仏教やピラミッドが伝わった。のではないか?と・・・。だが、稲作やピラミッドの起源が日本にあったとしても、仏教が日本から伝わる?確かに九鬼文書だったか?キリス...

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天という概念  8

やっと、見つけた。スサノオがどういう位置に扱われているか。アマテラスの弟だったわけだから、これは、高天原一族として、扱われるのか?つまり天津神なのか?高天原族と袂を分かったのだから、天津神とみなさず、国津神(地方豪族)なのか?ところが、スサノオはどういう加減かあちこちで、祭られている。憂生の近くの秦氏の氏神と思われる八幡神社にもスサノオが祭られる。以前に書いた沼名前神社(鞆)なども、極端だ。元々は...

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