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小枝

小枝は、目が見えない。
七つの年に
母親の菊と一緒に
高熱を発しった後に
突然、
目が見えなくなった。

小枝の目が見えなくなったことより、
幸太に、
小枝に
もっと大きな不幸がおとずれていた。

小枝は視力をうしなったが、
幸太の女房
小枝の母親である菊は病の末に
短い生涯を閉じたのである。

幸太は炭焼きで
生計をたてていたから、
住まいも 炭焼き小屋の横に作っていた。

ここに菊を嫁に貰い、
翌年には、小枝をもうけた。
つづいて、生まれた子は
死産で、
これも、幸太をずいぶん、かなしませたが、
炭焼きのかせぎで、
何人もの子をまともにそだててもゆけないから、
小枝一人を
りっぱにそだてあげればいいと、
幸太は
次の子を作らないように
配慮したものである。

それはやはり、
菊のためにはよかったようで、
なにかにつけ、
菊はくたびれをだしやすく、
時に
腰骨に重い疼痛があるをうったえることがあった。

不幸が菊を飲み込み
悲しい余波を
小枝と幸太にあたえたが、
幸太は
残された小枝を見ながら、
人里はなれた山の中で
小枝を育ててゆく臍をかためていた。

娘をもつ、男親の嗅覚でもある。

人の来ない山の中で
娘をそだてることが、
小枝の人生に
汚辱をあたえずにすむと、
かぎとったのである。

目が見えなくなった当座の小枝はさすが、
身動き一つも出来ずにいた。
が、母親をなくし、
頼る父も炭焼きに出掛けてゆくしかない。
と、なると、
せめて、自分の手で
自分の出来る事をしてゆくしかなかった。

尿意をもよおせば、
やはり、厠にいきたいと
小枝はてさぐりで、
かまちにおりたち、
履物をさがし、
かまちを手でなぞりながら、
はうようにして、
外にでてゆく。

喉も渇けば水瓶の汲み置きの水を飲むに行くしかない。

目が見えたときには何でもなくつかんだ手柄杓さえ、
うまく、つかめず、
つかんだと思った時には
水瓶の位置がさだかでなくなる。

簡単に口を寄せた柄杓の桶を手で抱え込むようにして
水瓶の口をなで
水を汲んで飲み干す事が出来たときには
小枝の見えぬ両目からは
滂沱の雫がおちていた。

目が見えなくなったことより、
今更ながらに
母、菊の死が応えた。

「かあちゃんが、いたなら・・・」
目が見えなくなったって
菊さえいてくれれば。

いってもせんないことを
いっても、
誰一人、聞きとがめるものが居ない
家の中で
小枝は一人、泣いた。

泣いて、なきおえた小枝は、
目がみえていた時の
記憶がある。
それをたよりに
せめて、家の中だけくらい自由に動けるように
なろうと、決めていた。

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チサトの恋

編集長の見解と私の意見が食い違い、
説得と説明と疑問と反論。
その繰り返しで、へとへとになって帰ってきた。

実にささいな・・トリミングの差・・これで・・

ああ、まあ・・もういいや。

とにかく、私が一歩もゆずらず、印刷所にGOしたわけだ・・し・・

あれ?

私の部屋・・ブラインドが開いてる?

と、いうことは・・・・・。

また、あいつだ。

大急ぎで部屋の鍵・・・。

いや、待てよ・・・。

ドアノブをまわしてみる。

案の定・・・。

ドアに鍵もかけずに・・。

あがりこんで・・・。


あっ?あああああ・・・。

大事な事をおもいだした。

先週、上物のアウスレーゼをかいこんで・・

ヤバイ!!

玄関を開けた途端、
なに?この臭い。
どぶ川だって、こんな奇妙な臭いをさせてやしない・・。

犯人はあいつの・・この靴・・。

いやいや、こんなものにかまってるわけにはいかない・・。

部屋の中にはいってみると、あいつの姿がない。

「ちょっとお」
呼んで見たけど返事がない・・・?

え?

が~~~?

げ?

まさか・・。

今のは、いびき?

って・・・?

私はあわてて、ベッドルームにとびこんでいった・・。

きちゃない靴下がぬぎちらかされてて・・
なんか・・部屋にも異臭・・

え?

わ!!

わ・・・・・わたしのベッドに・・・

あいつがねてる~~~~~~~~~~~。

だのに、私も馬鹿だ。

きもちよくいびきをかいてる奴をおこすのも気の毒・・。

は~~~~。

くさ!!

あ!

ワイン・・・。

あわてて・・・キッチンにとんでいった私がみたものは、

ワインラックの中の空間。

げ?

それもまちがいなく、この間かったばかりの・・

涙がこぼれそう・・。

こうなったら、いじましさも手伝う。

奴はリビングのソファーで・・のんだに違いない。

まだ、残ってるだろう。

かすかな期待をもちながら、リビングのソファーのむこうの
ローテーブル・・・・。

あったよ・・。

空瓶が・・。

一人で一本そうなめにして、気分よく、
私のベッドにもぐりこんだ?

え?

上等じゃない・・・。

さっきのかわいらしい気使いなんかどっかにふっとんで、
ベッドルームにもどると、
きちゃない靴下の端をつまんで
奴の顔をはたいてやった。

「やめろよ・・あとでな・・ん・・」
なに?それ?
少々じゃおきないのは、わかってるけど、
今の科白、女?
おもしろいからたしかめてみた。
靴下でそっと奴の顔をなでまわす・・。

「俺・・・疲れてるんだ・・って」

はい?

さらに首筋・・あたりに靴下をすべらす・・。

「判ったよ・・ほら・・来いよ・・」
って、まだ、寝ぼけ半分で手をのばしてくる。

あんたの恋人もあんたに負けずおとらずくさいんだね。

そうつぶやいて、靴下を鼻のうえにのせてやった。

「チサト・・ほら・・」

げ?

なに?あたし?

あたしが、あんたの恋人?

あたしがくさい?

いや、くさいなんか、問題じゃない。

なんで、あたしの名前なんか呼ぶのよ・・。

かんべんしてよ~~~~~~。


「チサト・・ほら・・ここで・・しろよ」

へ?
なにを?

寝言に返事しちゃいけないってきくけど、このさい・・いいか・・。

「なにをするのよ」

「うんこ」

へ?

「うんこ?」

「はやくしないともらすぞ・・さっきから、おまえくさい・・」

ば・・・・ばかっ!!
くさいのはあんたの靴下のせい・・・。

なんの夢みてんのか・・。
キャラバンくんで、野営地に撮影しにいったゆめかな?
あそこは男ばっかりでトイレの囲いもなくって、
こまったもんね・・。

あたしは、奴をそのまま、ほったらかすことにして、
シャワーでもあびて・・・。
ソファーで寝るしかないか・・。

あいつをベッドからたたきだしたってくさくてねむれないし・・。

布団はクリーニングだな・・。

なんで、せめて、シャワーを先にあびてくんないかなあ・・・。

シャワーをあびて、冷蔵庫の中からビールをとりだして・・

はあ・・・・。

カマンベールの箱がない・・。

サラミソーセージも・・。

・・・。

ナッツ缶はソファーテーブル・・。

ないだろうな・・。多分。

しかたなく、ビールだけ・・。

くいっと一本あけて、着替えようとおもったら、
奴がおきてきた。

「うわ!!」
驚きたいのはこっちだ。

「うわ・・そんな恰好してても、色気ひとつねえ!!驚嘆すべき事実だ」

ご挨拶だねえ・・・。

「あんた・・頼むから、シャワーくらいあびてよ」

「うん・・今から行く・・」

はあ・・・って大きなため息をもらしてやった。
とたん、

「どうしたん?なんかあった?」

お見事。このずうずうしさととふてぶてしさ・・。
「別に」
「あ、そう?」
って、そのまま、シャワーあびにいってしまった。
心配する気さえないんだから・・と、
文句もでてこないのは、あてにしてないからだけど・・。

奴のことだ、また、弟ですって、管理人に鍵をあけさせたんだ。

いろいろ、カメラのことで、借りがあるから、
大目にみてるけど、ずうずうしいのも程がある。

でも、まあ、微妙なところではあるけど、姉さん気分にひたれるのは悪くはない。
それに奴の撮影技術もセンスも群ぬくものだし、
なによりも情熱がある。

正直言うと、そこだけは、手放しで尊敬している。

奴がシャワーをあびてる間にパジャマにきがえて、
もう一本ビールをあける。

頭の中で夕焼けのモスクと右端の子犬を連れた小さな女の子の
トリミングが浮かぶ。
編集長は小さすぎるから、カットしたほうが、いいという。
モスクの夕映えで充分すぎるほど冗舌だという。
点描になってしまうほどの女の子が、犬を連れて歩いてるのが味噌だというのに、引き下がらない。
生活のない風景は嫌いだ。と、いえば、
そんなものが理由になるか。って、いいかえされた。
ーモスク自体が生活の象徴であろう。
夕日という大自然の中、人間の作ったものにも平等に光をなげかけていく。
太陽信仰こそが、人類の歴史であり、今も変わらず、人々の営み、自然、人工物、すべてを包み込む。ー
だからこそ、犬を可愛がる余裕のある「ひととき・瞬間」を対比させたいんじゃないか。主張しすぎず、風景の中にとけこむ・・

あれ?
洗濯機の音?
げ?
あたしの・・・もの・・
乾燥までしていたはず・・。

あわてて、バスルームにはいっていったけど・・。

最悪・・・・。

奴は中も確かめず、こぎちゃないジャケットやパンツや・・なにもか、
つっこんだにちがいない。

「なんだ?覗きか」
バスタオルをまといつけていた奴があたしに言う科白がこれ。
あげく・・。
「お、遠慮なくみせてやろう。おまえ、男みたことないだろ」
馬鹿にした科白をはかれて、
「みあきてるわよ」
と、いいかえしてやったら、じゃあ、平気だな・・・って・・。
バスタオルをさ~~と、たくり上げだす。

まじ?
からかってるだけよね?
そこらへんがわからない奴だから、私は
バスタオルが奴の腰から消え去る前に
むきを変えようとした。

途端、
「あ?おまえ、本当は、こわいんだ?」
ば・・・ばかたれ!
あんたのものなんざ、怖いじゃなくて、きちゃない!!だけ。

「みたら、眼がくさる」
いいかえしてやったら、すこし、しゅんとした。

いやいや、こいつのことだ、だまされちゃいけない。

「そうかあ・・・。女の子はみんな・・うっとりするんだけどなあ・・」
それが、「シュン」の理由?
「あ、そっか、チサトはまだ、女じゃないんだな。やっぱし!!」
事実を言い当てられて、ひるみをみせちゃあ、そこにくらいつかれる。
「は?どれだけのもので、えらそういってんのよ。ぼうや!!」
とたんに奴はバスタオルをとりはらった。
「こ~~~~~んなの」
と、言ったあとの奴の馬鹿笑い。
「チサト、目ぇ、つむってちゃ見えないよ」
しっかり、未経験を暴露してしまったようなものだった。

ここは、女の武器で、反撃用意。
「そうよ・・あたしなんか・・・」
めそめそとうつむいて、しょぼしょぼと口の中で、つぶやいておく。

「あ・・・」
口ではえらそうを言ってるけど、こいつも実は女に慣れていない。
「あ・・チサト・・ごめん」
「いいの・・どうせ・・私・・魅力ない・・も・・の」
我ながら、迫真の演技。
「そ・・そんなこと・・ないよ・・。チサト、けっこう、いろっぽいし・・」
必死の慰めもどこか安っぽい。
「おっぱいなんか、小さいくせに、なんか、いろっぽいよ」
はい?
「やさ男みたいにみえるくらいなのに、変に色気あるし・・」
なぬ?
「後ろから、見たときなんか、ふるいつきたくなるし・・」
前からは見えんってかあ!!

むかっ腹たって、奴をなぐってやろうと我をわすれた。
うつむけた顔をあげると・・。

やられた!!

奴は最初から、きっちし、パンツはいてた。

まじ、おちょくられてる。

顔をあげて、パンツをみてる私ににたにた、笑いかけると

「残念でした~~~~~」

どうも、私の迫真の名演技もみやぶっていたようだ。

ん?

つ~~ことは、さっきの科白は、わざとか~~~~~~~!!

「チサト・・」
リビングに行ったあいつが呼ぶ。
「なによ」
「こっち来て、のまないか?」
は?あんた、まだ・・・・。
キチンのワインラックをながめる。
大丈夫、減ってない。
と、いうことは、また、取材旅行のお土産のウィスキーかなんか?

リビングにいくと、奴はリュックから、ウィスキー瓶をひっぱりだしてきていた。
お?
バルモア?

グラスをとりにいくと、早速、ストレートでいただく。
旨い物に弱いのはいいことかもしれない。

こいつの悪ふざけも、しっかり、水にながしてしまえる。

奴がまた、リュックの中をあさる。

だしてきたのが、ジャーキー。
自分のつまみもってるなら、ひとんちのものをあさる前にそっちをさきにくえ、と思いつつ、奴が袋の口をあけるのをおとなしく待ってるんだから
あたしもつくづく、犬の性分だと想う。
おあずけにおとなしく服従する犬のごとく、まちうける。

ジャーキーを齧りながら・・・ん?

なんだ、このジャーキー・・。

奴はまだ、リュックの中をあさっている。

「あ、今食ってるのがワニ。こっちが、カンガルーだな・・」

ん・・・。

目の前におかれたジャーキーの袋には、確かにカンガルーの絵がかいてある。

口をあけた袋では、ワニがちょんぎれていた。

はあ・・・。

「あんた、変わったものに目がないんだよね。忘れてた」
蝙蝠の木乃伊のブローチとか、渡された事があったっけ・・。
「あ?ああ・・。じゃなきゃ、チサトのとこにきやしないよ」
さらりといいのけたので、しばらく、気がつかなかった。

え?
変わったものに目がないから、チサトのところにくる・・。

つまり、私はげてもので、
こいつは、物好きか・・・。

ま、いいか・・・。そこそこにおいしいし・・。


ちびちび、飲みながら、今日のトリミングの話をする。

「まあな。チサトのいいたいことはわかるけどな・・。
どこに視点をおくかってのは、結局は記事によるからなあ・・」
「ん・・・」
「写真がメインなのか、記事がメインなのかって、とこの
配分もあるし、テーマにもよる・・」
「ん・・んん・・ん」
「商業カメラマンってのは、そこら辺の按分がわかった上で、自己主張するしかない。だから、俺だったら逆にもっと、女の子がいいアングルに入るまで待つ」
「う・・ん」
「女の子の服の色とか、連れてる犬とか、全体の配分をかんがえて、
テーマにそぐわなきゃあきらめて、別の方法を考える」
「別の方法って?」
「アンチテーゼだけどさ、太陽の恵みってのが、テーマだったら、
サングラスかけてる奴をうつしこむとかさ・・」
「あ?あはは・・・すごい発想だね」
「もちろん、主張しすぎないようにな・・」
「うん。うん。わかる・・」

こいつのすごさは、こういうところかもしれない。
主張しない主張ってことだ。

「だけどさ・・俺、最近、かんがえてるんだよな」
「は?あんたでも、考えることあるんだ」
せいぜい、おかえしにとおもったが、硬い口調できりかえされた。
「ああ。だから、まじめにきけよ」

ーは・・はいー
なぜだか、こいつは、まじめになると迫力がます。
近寄りがたいというか、
はりつめた男っぷりがでてきて、
とうてい、馬鹿いってる男と同じ人間に見えない。

「俺、何、撮ってるんだろうって、思いはじめてな」
え・・・・・・。
意味合いがつかめず、私は黙るしかなかった。

 

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ブロー・ザ・ウィンド 

其の一

悲しい事があるとレフィスはよくこのデッキに立った。
風が吹く。雨がどこかで降っているせい。
ちょうど、あの日もこんな天気。
一陣の風が吹いて途端に大雨。
親友だったティオが死んで、三年と二ヶ月も経った。
小さな頃から一緒にいて、二人で航海士になるのが夢だった。
今日は船の仲間の誕生日を祝った。
シャンペンを開けてコングラチレーション。
嬉しそうな彼の顔を見ていたら、たまらなくなった。
誕生日の少し前、ティオが死んだ。
十六歳。その年でティオは止まったまま。
この船で生まれた日を祝われることもなく、
彼を知る人もなく、ただ自分の心の中にだけ住んでいるティオ。

「おい、レフィス、何してんだ?そんな所で…まだ皆、中でやってるぞ?」
「あぁ、少し気分が悪くなっただけだから。
ほら、今日は天気悪くて…よく揺れるでしょ。気分が良くなったら行くね」
笑って見せた。
相手も少し笑って、すぐ、中に入っていった。
さっきより風が強くなっている。
短く切った髪だったが、それでも、うっとうしかった。
帰ることはありえないティオ…。
でも、生きてかなきゃね。
いつまでもティオの思い出に振られていちゃいけない。
「お前、勝気だからな。嫁の貰い手なかったら、俺が貰ってやるぞ。
糾し、俺にも嫁の来手がなかったら、だがな」
「あんたの事なんか頼まれたってお断りよ」
そう答えたけど、ティオだけが私を
お前…心の中に入り込む事を許された呼び方…
お前と、そう呼んだ。
今、心を閉ざし、あるいはテオの為かもしれない。
自分を「おまえ」と呼ばせる事を誰にも許していない。
『中に入ろうか、ティオ』
外とは違い、中は騒々しかった。
一人で突っ立っているのも妙だった。座れる場所を、と周りを見た。
テーブルの上にシャンペンとグラス。そっと、手に取って見た。
ラベルを見たら、それはテオの好きなシャンペン…。
「それ、好きなのか?」 
伏せてあるシャンペングラスを手に取るとレフィスに渡そうとする。
代わりにシャンペンをよこせと手で合図する。
「あ、ありがとう…」
グラスを親指、人差し指、中指、3本の指でつまむと
アランはシャンペンを取り上げるように受取った。
アランが良く冷えた薄い黄金色の液体をグラスに注いだ。
細かい泡がたち、それが軽くもりあがり、消えていくと
小さな飛沫がグラスの中で弾けてゆく。  
「イオス、二十歳。おめでとう」
小さく口の中でつぶやく。
「あんた、誕生日いつだっけ?」
「もうすぐ」
「で?」
「私もイオスと同じ」
「二十歳か。じゃあ、祝ってもらえるな」 
人生の節目になる年齢。
その年齢の者のお祝いは一人一人に、少し、盛大に祝ってくれる。
「俺も祝ってもらったよ。
次の年からはコック長が夕食の時にビールと1品、
余計に持ってきてくれて
『ハッピィ バスデー』って、あの顔で言うんだ」
「え?うそ」
無口でしかめ面。
でも料理の腕は一流。
こんなにおいしい物を人に食べさせようとする人だから、
外見とは違い、やさしい人だとは思っていた。
「ほんとさ!それに、皆の誕生日、良く覚えてて。
ラルフが船の中でパパになった時も
『せめてもな』って、子供の側にいけない、かみさんの側に行けない。
そんな淋しさを慰めるように『子供とかみさんを祝ってやれ』って
部屋にシャンペン届けてた」
「ふううん」
「だから、あんたのお祝いも、もう今から考えてるんじゃないか」
「…」
「だから、淋しい顔はよせよ」
「え?」
「そうやってあんたの事、思いをかけてくれる人がいるんだ。
何があったか知らないし、立ち入ったこと聞きたくもないけど、
少し気になった。
ゴメンな、気い悪くさせたかもな」
「あ、ううん。そんな事はない。ただ」
「ただ?」
「あ、なんでもない事よ」
レフィスがそう言うと、アランは自分で言った通り、
それ以上聞こうとはしなかった。
「さてと、私はそろそろ失礼するね。明日は早いし」
レフィスはグラスをテーブルに置く。
「おやすみ、と言いたい所だけど、部屋まで送ってやるよ」
「ぁ、いいよ。せっかくだもの…もう、少しイオスを祝ってあげてよ…
私のせいで、人数減らしちゃ悪いわ」
「ふん、そうか。じゃぁ、レフィスもいてやれよ。明日が早くてもさ?」
「御断り…少し酔ったくらいで
気安く名前呼ぶような男と一緒にいたくはないわ…じゃあ」
「ぁ、待てよ。あんた…そのまま、部屋に帰ったら
一人で泣いてしまうんじゃないかって、そんな気がして。
つい側にいてやれたらなって思って…
そしたら、あんたの事、レフィスと呼んじまってた…
あんたの言う通り気安い態度だったよ」
「…ごめん。もう行くよ、私」
「送らせろよ…そしたら
もう一回俺ここに戻って飲みなおすよ…それならいいだろ?」
「う…ん」
人、一人分アランとの間をあけてホールを出た。
部屋はホールから近かった。
すぐそこの階段を降りて、左。
部屋の前までくるとアランが手をふった…
「グッナイ…泣きゃしないよな…?」
少し、瞳をのぞきこむ様にかがんだ。
「泣かないわ…おやすみ…」
アランがレフイスの頬に掠めるように軽くキスをすると
「おやすみ…」
そう小さく言ってキャビンに戻った。
レフイスは頬に残ったアランの唇の跡を拭うように
頬をおさえていたが、頭を振るとそのまま部屋に入った。

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「空に架かる橋」

***プロト/「空に架かる橋」***


私がこの病院にきて、もう、3ヶ月が経つ。
ココに来た当初、ここは戦地から、程遠く、
前戦から、やむなく撤退してきた兵士の手当てがおもな勤務だった。

なのに、今、病院は戦地ととなりあわせになりつつある。
世界協定だけはまもられ、核兵器や細菌兵器などをつかわないかわりに、
文字通り、戦地は肉弾戦の修羅場とかし、
いつのまにか、破壊されてはいけないはずの
病院も砲弾を受け
建物の片側からは青空がくっきり見える有様になっている。

診察室の直ぐ隣の治療室・処置室までベッドが運び込まれ、
今はそこが病室になっている。
患者の多くは戦地から、離脱してきた兵士ばかりだけど、
みんな、傷病がいえたら、前戦に戻ることになる。
その中で源次郎さんという70過ぎたおじいさんだけが
一般市民ということになるんだけど、
源次郎さんは政府の勧告を無視して、
この地に住み続けた人なんだ。

でも、砲撃を受け源次郎さんの家屋は倒壊した。
迂回作戦で敵兵を襲撃するために
この地をとおった、1部隊によって、源次郎さんは
倒壊した建物の下でうめいている所をすくいだされ、
ここにつれてこられた。

部隊はここで、暫く休息すると
何人かの傷病兵をおいて、
戦地にむかっていった。
いくら、平和協定で病院への攻撃を禁止されていたって、
闘える状態の1部隊がここにいれば敵兵だって、
病院ごとふっ飛ばしたくなるだろう。

それを考慮して、部隊は水といくばくかの薬品を補給するに
限度と思われる15分を休息として、
ここにたちよると、
直ぐにでていってしまった。
そして、
残された兵士と源次郎さんの手当てが私達の仕事として追加された。
***空に架かる橋。/その2***

ココにいるスタッフは医師が2名と
あたし達看護士が3名。
ほんの3ヶ月前にココに派遣される事になったんだけど、
千秋だけは、志願してここにきた。
と、いうのも、外科担当である露木先生が
ココに来ることになったせい。

つまり、千秋ははためからみたら、俗にいうおっかけ・・・?
っていうことになるんだろうけど
あたしからみたら、非常に難解なおっかけということになるかな。

と、いうのも、
千秋は露木先生の「仁術」を崇拝しているのであって、
下衆な色や欲はない。
尊敬の一文字なのよという。
尊敬だけで、
うら若き乙女が戦地にちかい病院に
ついてこれるわけがない。
それはやっぱり恋愛だよと言うんだけど
千秋は
「崇高な師弟愛を侮辱する気?」
って、むきになって怒るばかりで、
やけに熱っぽい尊敬のまなざしを
露木先生に向けているだけで、
随分幸せそうだから、
あたしも不必要にくどい事もいいたくないし、
何も望まず傍に居るだけでいいっていう愛もあるのかもしれないって
半分うらやましく千秋を認めているってとこなんだ。

もう一人の同僚は明美っていう。
あたしとおなじで、
どこに居たってかまわないかな?
なんてのが、いつも心の底にあったから、
派遣看護士を募ったとき
明美もあたしも志願はしなかったけど、
断るりゆうもなく、
ほかの看護士達が
やれ、家族が子供がと戦地近くに
いけない理由をならべたてて、
抜擢を回避する事に努めていたのに、
私達は何の断る理由ももってなかった。

政府からその病院に要請された頭数だけは、
書類が選考されるだろう。
当然、戦地近くに赴く事を悪いとせぬ、私達が
選ばれてしまうだろうとよそくはしていたが、
やはり、そのとおりになった。
***空に架かる橋/その3****

明美の事を少し話そうと思う。
明美は・・・。
そうだね、千秋とちがって、目下恋愛道、驀進中ってとこだね。
相手?
それがあたしの一番、心にひっかかること。
明美の相手は
この病院の入院患者。
哲司って言う名前だけど、
哲司は連隊から、ココに搬送されてきた男なんだ。
怪我なんかじゃないんだ。
虫垂炎が腹膜炎を併発させて、
担架でかつぎこまれてきて、
けが人の手術ばかりだった露木先生に
「いやあ。平和な病気だ。ひさしぶりだなあ」
なんて、変な事を言わせちゃった人なんだ。

千秋がなんだか、嬉しそうだったのはきのせいかもしれないけど・・・。

その哲司と明美はいつのまにか、恋仲になっていたんだ。
でも、哲司は病がいえたら、また前戦基地に戻る人。
それは、ひょっとしたら、哲司との永遠の別れになるかもしれないって事。
明美はいっそ、ってわらったよ。
「いっそ、重い病になっていれば故郷にかえることができる」
明美の笑いが皮肉に悲しくて、あたしはそっと涙をふいたっけ。
そう、哲司が生きて故郷に戻れる可能性なんて、ほとんど無いってこと。
戦地にいかずにすむなら、病でしぬかもしれない。
健康な身体であれば、戦地にもどらなきゃいけない。
「明日も知れない恋ってあるんだよねえ」
明美はポケットを探ると
「でもね」
と、小さな丸い金具をみせてくれた。
「なによ?それ?」
あたしがたずねたら、明美のほほがバラ色に輝いたように見えた。
「婚約指輪かな?」
明美はおかしそうに笑った。
「なにいってんのよ?これが?」
まあるいリング状の金具の先にピンがついている。
病室のベッドの横のカーテンリングににてなくもない。
「これ・・・手榴弾のピンなの」
明美の種明かしにあたしは、えっと?たずねかえした。
「哲司はね、これで、命拾いしたんだって・・・。
哲司のお守りみたいなものなんだ」
「なるほどね」
哲司の命を救った手榴弾は何人の敵兵をふっ飛ばしたか、判らないけど、
哲司は自分のを救った手榴弾のピンをおまもりにしちゃったんだね。
そのお守りを
明美にあげるってことは、哲司のプロポーズってことなんだ。

「だけど・・」
あたしは、実に女の子らしい事を聞いたものだと思う。
「だけど、ペアリングじゃないんだよね」
同じ指輪を指にはめるってことはできないわけだ。
「ううん・・・」
明美は首をふって、はなしてくれた。
「哲司は手榴弾をもうひとつもってるの」
危ない実弾があるピンをぬけない、リング。
「それをぬいたら、また、いのちびろいして・・・
明美の所にかえってこようかなって・・・」
ペアリングができあがるさって、哲司はわらったけど、
それが、プロポーズだと、わかったんだっていった。
返事をしようとすまいと、
もう少ししたら、二人ははなればなれになる、
こんなピンリングで証をたてるよりさきに、
二人がお互いをむすびつけずにおけなかったことを
あたしも、
入院患者も皆しってることだった。

深夜の哲司のベッドでひめやかな吐息がもれる。
おしころして、愛を語れない二人に
きがつかぬふりをして、皆、二人の恋をみ守っていた。
こんな時代だもの。
こんな時だもの。
今しかないふたりだもの。
明日の別れが永遠のわかれになるかもしれない。

だから、皆・・・黙って二人を祈った。
今。
そのときが
二人がしあわせであることに・・。

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笑う女 

恵美子。
年齢は19になろうか。
うすらわらいをうかべるような、
口元と
焦点のあわない瞳は
精神障害者特有のものだろう。

俺達は
なにもできない
何の意志表示もしない恵美子の
笑いをうかべたような口元から、
恵美子を
笑子と呼んでいた。

****メインHPをつくって、そろそろ、
1年になる。

あれから、ふえたものといったら、
カフェ日記と、
空に・・と、
新之助シリーズ?くらいか。

白蛇抄とso2ほかを1年くらいの間に
書き上げた事を思うと
まったく、いまは、書いて無いといってよい状況になってる。

そして、
いま、書いているものも
其の頃の構想のものだ。

表現の仕方が違うし、
下書き程度にかいたものとは、
どこかちがってくるものがある。

今回もブログふたつの
連載物?を横において、
此処のHPに作品を
ぶっつけ、本番で書き始めた。

書いているというほどの量ではないが、
書きかけて、
迷った。

と、いうのが・・・。

今回、
精神薄弱児をモチーフにしてゆこうと思った。

其の裏に
ある身体障害者の話がある。

精神薄弱児、肢体不自由児への
性的虐待。

これは、時にたとえば、
施設の職員によっておこなわれることがあるという。

性的虐待という表現は
適切でないのかもしれないが、
例えば女の子の生理。

この世話もたいへんであるうえ、
仮にレイプなどということになって、
妊娠などしたら・・。

レイプでなく、
妊娠したとしても、彼女が子供を育てる能力は無い。

生理の世話を省く事といわば避妊のために
手術をする。

ひとむかし前のはなしであろうと、おもわれるが、
こんなことが実際にあったらしい。

たとえ、
生理という女性の機能の目的が達せられる事の無い状況の子であっても、
自分が女性であるということさえ、
ひょっとしたら、意識に無い子であっても、
そんなことをしちゃいけない。

と、女性職員が泣いてとめたという。

それで、その連想から、
女の子のほうからでなく、
女の子をレイプしてゆく側から、
話しを書いてみようかと思った。

だけど、
こりゃあ、
読む側にすれば、
むき出しにされた神経をつつきまわされるような嫌な気持ちになるだろうし・・。

ほかにも理由があるが、
書かぬほうが良いかもしれないと思ったりしている。

女の子を繰り返しレイプしてゆく、設定が
必要で、
こうなると、
繰り返す事が可能な人間といえば
職員という事になる。

これは、単なる設定で架空の話しといえど、
仮想といえども、
職員への侮辱に近いだろう。

それで、書き迷っているのである。*****

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踊り娘

剣の舞を踊るサーシャの足がおちてゆくそのポジションを
見つめ続けた男は
やがて、
イワノフの手をシッカリと、握り締めた。

***出番を控えている義姉であるターニャの元に
サーシャの事実をつたえにいくことは、つらいことでもある。
だが、
キエフの大物舞踏家が、サーシャを預からせてくれという。
姉妹でありながら、
ターニャはこんな、地方の劇場まがいの
酒場の舞台から、抜け出ることも出来ないにくらべ、
妹の舞踏の技術は
世界を相手にする国立舞踏団の花形スターの目に十分な可能性を
秘めている。

イワノフがターニャに妹サーシャのチャンスをつげるのを、
渋りたくなるもうひとつの要因がある。
ターニャは今、この劇場のソロマドンナである。
が、それは、
ある一定の境界の中においてである。
ある時間までは純粋に舞踏、レビューで、舞台をかざるのであるが、
ある時間を過ぎると、
性的な刺激を内包する出し物に変わる。
簡単に言えば、
乳房をさらして、踊ることもざらであり、
そのサービスの見返りに客席から祝儀をもらう。
もちろん、それだけではない。
多くの場合、この舞台を布石にして、
パトロンを探すということである。

踊りだけで、ソロマドンナの位置に君臨してゆくことは、皆無に等しい。

ターニャは両親をウクライナの列車事故でなくし、
妹と二人きりになったとき、
好きだった踊りで身を立ててゆくことの出来る
この劇場に勤めだした。
それから、3年後に高等学校を卒業したサーシャもここに
つとめだしたのである。

そして、ターニャはかなり、早いうちから
ソロマドンナの地位を得たのであるが、
昨年末くらいから
客の人気にかげりがではじめてきた。
それでも、ソロマドンナの位置にターニャを座らせておいたのも、
イワノフの個人感情のせいである。
「結婚してくれないか」
20歳以上年齢も違う。
ターニャが返事に戸惑うのもわかる。
「いそがなくていい」

と、いってはみたものの、
ターニャがこれ以上ソロマドンナを
張ってゆくことは困難になってきていた。
「どうするかね?アフタータイムにかわるか?」
つまり、舞台で胸をさらけだして踊るかときいている。

ターニャは
「え?」
と、声を上げた。

イワノフに、ターニャの驚きはなぜかわかる。
プロポーズした男が
なぜそんなことをターニャにきりだすのか?

***ぐっと息をのんで、イワノフをみたターニャの顔が思い出される。
プロポーズはプロポーズ。
ビジネスはビジネス。
割り切った考えを理解しろということが、土台むりであろうが、
イワノフの計算もある。
ターニャをおいつめてゆくことで、
イワノフとの生活がいかに安泰なものであるかを
しらせてゆこうと言うのである。
だが、残念なことに
ターニャをおいつめる者が自分であり、
救いの手を差し伸べるのも自分である。

海につきおとしておいて、
たすけてやろうかといっても、
自分で泳げるうちは
ターニャとて、イワノフにすがってきはすまい。

そして、サーシャのことから、ターニャはますます、おいつめられてゆくだろう。

舞踏家という夢を描くのはターニャとて、おなじであろうに、
ターニャのこの先は芸術とは、程遠い
色艶の世界しかない。

そこで、胸をさらけだして踊ることなど、させたくないのが、イワノフである。
だが、
いくら、イワノフがターニャをかばいたくとも、
出来ないことである。
踊り娘は他にもたくさんいる。
これ以上、イワノフのひいきで、ソロ・マドンナに据え置くことが、無理に
なってきているターニャの実力でしかない。

ターニャが踊りをつづけてゆくとしたら、
脱ぐしかないといって、過言でない。
身体を武器に踊りを担うしかないにくらべ、
サーシャは一流の舞踏家になれる素質を有している。

結婚を逃げ場にしてくれというわけではないが、
一人の女性の夢がついえてゆく。
そう思うとイワノフはターニャに平凡な結婚生活を送ってほしいと
考えたのである。
もちろん、二十歳も年齢が違うイワノフであるから、
ターニャの結婚相手に自分を考えることは、なかった。

だが、
ターニャに踊り娘としての限界、
ターニャの才能がそこまでのものでしかないことを
告げたとき、
イワノフは思わぬ告白をしていたのである。
「君がよければ、結婚してくれないか」
思わず口をついた言葉が先で
イワノフは、やっと自分のターニャへの気持ちを確信した。

心のそこのどこかで、
ターニャがサーシャでなかったことを喜びながら、
イワノフは
手短にサーシャをキエフの舞踏家に紹介したいきさつを話した。
ビデオに収めたサーシャの踊りが舞踏家の目に触れると、
幾日も経たないうちに
舞踏家自ら、ここに尋ねてきたのである。

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ぬながわひめ

オオナモチとぬながわひめ


やってきた男は・・。

自分を

おおなもち、だと名乗った。

多くの名を持つ男だという。

それは、また、多くの国をおさめている証である。

「出雲では、なんとよばれていることでしょう」

女、奴奈宣破姫の問いに男はにまりと笑ったように見えた。

「ここでの名前があればよろしいでしょう」

すなわち、この国もおおなもちが治めるということであり、

奴奈宣破姫、自らが統括する国の首長になるということは、

奴奈宣破姫に男との因を結べという意味になる。

身の丈、5尺2寸。
どちらかというと背は低い。
だが、盛り上がった肩と厚い胸板が男を屈強の士にみせていた。




日食を操るアマテラス

ーと、いうことは・・・ー

スサノオは、思ったとおりだったと思った。

あの日、アマテラスは、機を逃さなかっただけにすぎない。

日食を予測し、アマテラスは、祠にこもった。

まもなしに日食がはじまり、アマテラスが祠にこもったせいだと周りのものは、騒ぎ立てる。

ー確固たる、君臨と、人心の統治ー

あるいは、目くらましにすぎない。

ー本当の君臨は、民の生活に根をおろすー

とにかくは、人々の生活を豊かにしてやらねばならない。

たたら製鉄のため、良質の砂鉄を求め、スサノオは各地を平定していった。

更迭の見返りに、治水・製鉄技術・医術・鍛冶・・あらゆる技術が伝承され、

どこの部族も、スサノオの行為を侵略とは、受け止めていなかった。

むしろ、神のごとく、あがめ祀られた。

ーだが、ぬながわひめ・・・・・-

アマテラスのもちだした太陽神信仰は、脅威だった。

翡翠の霊力をよりどころに、人心を統治していた姫は、いずれ、アマテラスの脅威にのみこまれるだろう。


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白砂に落つ

白砂に落つ。・・・・・1

「とっつあん・・・」
張り付け台に掲げられた佐吉の目に
竹縄の向こうの義父の定次郎がみえた。

女房殺し、が、佐吉なら
大事な娘を殺された父親が定次郎だろう。

娘が犯した不義をおもわば、
佐吉の罪がかなしすぎる。

「おまえが、わるいんじゃねえ」
定次郎の横で泣き崩れる弥彦に
かける声がなんまいだぶと、かわり
手があわせられてゆく。

佐吉は女房殺しの罪で獄門張り付けになる。

お千香が、実の亭主に殺される訳がわからない。

その訳を呵責に耐えかねた弥彦にさっききかされるまで、
佐吉は、処刑の場所に行く事なぞ、考えもしなかった。

白砂に落つ。・・・・・2

八っつの年から
定次郎の所に預けられた弥彦の
指物師としての、腕はいま、見事に開花している。

定次郎の仕事場から、離れ今は一本立ちになった
弥彦であるが
お千香が佐吉と一緒になると
いいださなければ、

定次郎の跡目をついでもらいたいと、
思っていた男である。

だが、弥彦もお千香も幼い頃から、お互いを見慣れすぎたのか、
異性という目は無論、
夫婦になるという考え方さえなかったようである。

なかったようであるという、妙な言い方も、
わけがある。

少なくとも、
定次郎はそう思っていたし、
お千香もそう思っていた。
だが、
弥彦の胸の中には、お千香が居たのである。

弥彦にお千香への恋慕がなかったら、
佐吉が
お千香を殺す所まで、物事がすすまなかったかというと、
実に微妙なところである。

いろいろな要因が複雑に絡まっていた。

たとえば、
定次郎が弥彦の腕前を愛し、
その気性を愛していなければ、
お千香を追い詰める事もなかったといえる。

お前ら、夫婦にならないかと、
定次郎が言わなければ、
こんな事件がおきずにすんだのかもしれない。

何もかもが
弥彦の口から話しだされると
大きな衝撃を受けた事実よりも、

佐吉の最後を見届けなければならないと
定次郎は処刑場所に走り出したのである。

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懐の銭

いつまでも、のんだくれていたって、しょうがねえ。

そうは、おもうものの、

つい、酒に手が出る。

酒に手がでらりゃ、がんらい、気の小さい男だから、

なおさら、からいばりでつっぱしってしまう。

「つけがたまってんだよ」

女将のいやな小言も今日は平気でききながせる。

「なに、いってやがんでえ、ほらよ」

懐からさっきかせいだばかりのばくち銭をとりだすと、

女将になげわたす。

「ふ~~ん」

女将はしたり顔でうなづく。

「なんだよ・・」

「いやあ、別にさ。はらってもらえるんだから、文句はいえないんだけどさ・・」

「なんだよ・・」

言い含めたい事があるのは、女将の顔つきでわかる。

「あんたさ・・もう、そろそろ、まっとうに銭をかせがないと

たいへんなことになっちまうよ。

元々、いい腕してたんだもの、そのまま、ねむらしちゃあ

あんたがおしい。

それにさ、あんた、今、賭場で儲かってるみたいだけどさ・・」

男は指物師だった。

そう、指物師だったのは、ほんのちょっと、まえまでのことだ。

「いい腕なんてものは、ねえほうがいいんだよ」

「なに、いってんだよ。それで、所帯をもってこれたんじゃないか。

え?お里ちゃんだって、もう、そろそろ、嫁にだしてやんなきゃいけないんじゃないかい?」

「なんだよ・・さっきから、うるせえぞ。酒がまずくならあ」

「いいから、お聞きよ。あんたのとこにね、いい年頃の娘っこがいるから

修造があんたのさいの目を細工してるんだよ。

そこの・・ところ、わかってるのかい?」

馬鹿いうんじゃねえ。

ありゃあ、俺のつきだ・・。

考えてもみろ。

親方に俺の指物を横取りされて

え?いまじゃ、殿中ご用達じゃねえか。

それをのこのこ、そのまま、やってられるかって、

親方と縁をきったんだぜ。

え?親ともおもう親方にうらぎられちまっても

親方を一言もせめもせず、黙ってしりぞいてきたんだ。

だのに、親方はそこいら中に声をかけやがって

俺には指物の仕事もまわってこない。

なあ、なんにも、いい事がねえってのによ、

黙って、賭場銭をかしてくれて、

ゆっくり、あそんでいけってさ、

修造親分には、俺はなんもかもはなしてんだよ。

その親分がうちのお里がめあてだと?

いっそう、酒がまずくなると男は席をたった。

暖簾を潜り抜けた男の背中を

元通り垂れおちた暖簾越しにみおくって、

女将はちいさくため息をついた。

「女将、一本つけてくれないか」

ため息が幕切れの合図とばかりか、

待ちくたびれた初老の男が遠慮がちに声をかけた。

「ああ、すみませんね」

去っていった男ばかりが客じゃない。

あわてて、まかない場にはいり

徳利をあたためると先の男に酌をする。

「なんだい?今のは?」

男への焦燥が女将の顔に出ているということだ。

「いえ、ね。腕のいい指物をするんですよ。

なのに、・・・」

いつごろからだろうか、男は指物をやめ

賭場にかよいだし、酒におぼれだした。

「なにがあったか、

なにがきにいらなかったか、

文次郎親方の所をとびだしてしまって・・」

初老の男は軽く首をかしげた。

「文次郎親方?」

女将は素っ頓狂に首をひねった。

「おや、ごぞんじありませんかい?

殿様のおめにかなって、いまじゃ、殿中お召抱えの指物師。

殿様の調度をおらが家にもって、いまや、引っ張りだこ・・」

「ふぅん。そんな親方のところから、

飛び出しちまったってことなわけかい?」

「なにがあったか、しらないけど、

一本気なところがあるから、

よっぽど、腹にすえかねたか・・。

だけどねえ、子飼いのときから

親方にしこんでもらっての今の自分じゃありませんか?

何を言われても忍の一文字でしょうに・・」

男の意気地なさをなじってみせて口をへの字にまげる。

「そうだねえ。

女将の言う通りだと思うけど

そんな一本気な人間がとびだしちまうには、

よほどの仔細があったんだろうねえ」

男は手酌で杯をあおると、女将に杯をつきだした。

「まあ、ひとくち・・」

客手ずからの酌を杯にうけ、女将はくいと

一息でのみほした。

「ご返杯・・」

つぶやく声になりかける女将を男が宥めた。

「なに、女将がそんなに、気にかけるようないいところがあるなら

天の神様だってほっておきゃしないでしょう」

そうかもしれない。

だが、修造は本当にお里ちゃんに目をつけていないだろうか?

文次郎親方の所をとびだして、自暴自棄になるのは

男のかってだが、

それでお里ちゃんになにかあったあとじゃ、

天の神様もあったもんじゃない。

「まだ、なにか?」

男の言葉にまだ浮いてこない顔がきになり

男はかさねてたずねた。

「いえ、ああ・・・お里ちゃんという

年頃の娘がいるんですよ。気立てが良くて可愛い娘さんなんだけど。

これを修造親方がねらってるんじゃないかって、心配で・・

うちの店のつけなんか払わなくてもいいから、

早いうちに賭場通いをやめてくれりゃいいのに・・

そう思って意見すりゃ、さっさとにげだしちまって・・」

それで、いっそうため息が深くなる。

「転がりだしたらはやいっていうじゃありませんか・・

もう、遅いんだろうか。

目の前でお里ちゃんがうっぱらわれちまって

どうしょうもなくなってからしか、気がつけないんだろう・・か・・」

女将があわてて袂をまなじりにあてがった。

「女将が自分をせめちゃいけないよ」

男はしばし思案の顔をみせると腹をくくったようにみえた。

「女将、そのときは私のところにきなさい。

なんとでもして、金はようだてておげましょう。

だけど、今・・なんとかしてもどうせ焼け石に水。

そのときまで心を鬼にして黙ってみててやりなせえ」

男の提案がもしもの時にはお里ちゃんをたすけだしてやるといってると

わかると、ほっとした顔をみせた女将だったが

たちまち、その顔に猜疑が宿る。

「なんで、また、そんな気になんなするのかはたまた、どこのどなたさまか・・」

酒の席でも約束事などあてにならないとわかっていながら

女将はそれが本当であればよいとすがる思いももっていた。

「女将がなんで涙まで流す気になるのか?

それと同じといっちゃあおこがましいかもしれないが、そんなもんでしょう」

女将の猜疑もあたりまえのことでしかない。

「私はね、白銀町の大橋屋の隠居ですよ」

でてきた名前が大物過ぎて女将はふきだした。

語るに事欠いて、大橋屋はご愛嬌。

酒の席の冗語でございをあからさまにするだけ

男は悪い人間じゃなさそうだと思った。

「おや?しんじてもらえてないようですね」

女将の顔に浮かんだ笑いをみぬくにさといは

やはり大店を切り盛りした男の眼力ゆえだろうか。

「まあ、だまされたと思って、いよいよの時はうちにきてごらんなさい」

男がいうことも、女将にとっては、きやすめにはなる。

「そうですね。そんときは・・おねがいします」

生き馬の目をぬくこのご時世に

とおりすがりの不幸に金をだす馬鹿などいるわけがない。

この男もちょいと、人助け気分をあじわって、

隠居の寂しい身の上をなぐさめているのだろう。

女将はどうにもならない運命を

黙ってみすえるしかないんだといいきかせていた。

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壬生浪ふたり・俄狂言・「恋語り」

久方の休日であるというのに総司は、書庫の中である。
一冊の本を手に取ると其の場所に立ち尽くしたまま、
書かれた流暢な文字に目をおとしてゆく。
「沖田はん。お昼どすえ」
した働きのお勝が呼びに来た前で、
総司は本を書棚に戻すと大きな伸びをしながら
「もう・・・そんな刻限か」
と、笑った。
「お好きどすなあ」
朝に総司を見たきり、それきり部屋にいなくなった。
また、書庫の中にはいりはったと、お勝は見当をつけていた。
豪商の原田の家に厄介になってから
総司は原田の蔵書が事のほか気にいっている。
すごいなあ・・・と並びまくる本の前で
子供のように感嘆の声を上げ、
床にまで積み上げられた本をなでさすると、
やにわに座り込んだ片手にはもう本が握られていた。

「子供のように無邪気な人どすえ」
総司をそんな風に、言い表したお勝には、
「新撰組きっての使い手だ」
と、いう原田の言葉が今持って府におちない。
「あんお人が人をきりはる?」
原田は、黙って頷いて見せた。
子供のように、邪気のない笑顔を見せる沖田はんなのである。
腰に差してある刀が飾り物でないのはお勝だって判っている。
新撰組が通ると泣く子も黙ると
京の者が恐れおののいているのも知っている。
人を切ることなぞ朝飯前でなければ
新撰組になぞいられるわけもなかろう。
ましてや男はんが志を立ててこの都にやってきているのである。

だが、昼餉を告げにきたお勝の目の前にいる総司の笑顔はひどく可愛い。
「土方はんが、かわいがるわけどすな」
「土方さんになにか?」
お勝がふと漏らした独り言が総司の耳にとどいてしまったのである。
土方の身を案じるのか総司は、少しばかり不安そうな顔つきをしていた。
『こんなところまで、可愛いお人どすのに』
「いえ、なんでもおへん。
土方はんと一緒におりなはらんと、
沖田はんもつまらなそうやなって思いましたんどす」
「あ?そうですか?」
総司の土方への敬慕の情は強い。
「沖田はんは、あの怖そうな土方はんとも、
ように笑ろうて、お話してはりますなあ?」
総司は意外そうな顔をした。
「え?土方さんはこわくなんかないですよ」
生真面目で融通が利かない。
どちらかと言うと無口ではある。
が、恐ろしいほど細やかな心遣いを見せる男でもある。
「あ、でも、厳しい人だから・・・そう、見えるかな?」
「そうどすな」
お勝は頷いた。
きっとこの沖田はんの笑顔に、土方はんもつられてしまうのだろう。
明るくてくったくのない沖田はんの横顔を見詰めたお勝は
「はよう・・いきまひょ。お昼がのうなってしまいますえ」
沖田への用事をもう一度告げなおした。
「はい」
やはり無邪気な子供のようである。
お勝はクスリと笑いながらくどに急いだ。
商家の昼はすさまじいものがある。
このくどの中では上下の身分はない。
手のすいた者が先先と昼を平らげてゆく。
食べればすぐさま仕事に戻る。
と、なればいつも商いの要になる大番頭は
最後のめしにありつくことになるのである。
これではいけないと賄い方のお重は
きっちり、大番頭の分をよけておくのであるが、
くい盛りの丁稚はこの昼こそがたのしみである。
重いものを持つ仕事柄であれば、
原田は采こそ数はいうが、飯の御代わりにはこだわらない。
それこそ、丁稚が路の端で腹をすかして倒れこんでは、

豪商原田の沽券に関るという。
「たるほど、くわせてやれ」
腹がくちれば仕事に精もでるという。
原田の面子がきいてか、確かに丁稚はよく動く。だが、うっかりするとこの飯さえなくなる。
「だんなさまはふとっぱらだから」
お重はわらう。
朝三暮四でしかない。
が、確かにひもじい思いを抱えない丁稚は安心する事をしっている。
「あら?」
沖田はんを呼びに行ったお勝がかえってきていた。
「今きはります」
「あんひとは細すぎる。たんと、食べてもらわにゃあの」
国なまりがちっとも直らないお重であるが、お勝の意見も同じである。
「原田の家に来て肥えたといわせにゃあ」
どうやら、旦那の客人格には何か別のものを用意しているようであった。
「ほれえ」
鍋の中をみせる。
「まあ?」
鰻である。平賀源内が精がつくと請け負った鰻をどこで誂えたか。
「だんなさまも?」
「さっき。お部屋のほうにこっそり」
原田は叩きあがりの人間である。
今もくどの板敷きで丁稚ともども同じ飯を食うを習いにしている。
だから、やはり居候宜しく長居をする客人は
原田と同じに飯を食うことになる。
「では?」
沖田も皆の前でご馳走はづつなかろう?
「ほうどすな」
勝は得心するとやってきた沖田を振り替えった。
「沖田はん。居間にいきまひょ」
「はあ・・」
きょとんした沖田である。
「鰻おめし・・どすえ」
「あ」
みなの手前ここで食べられるわけがない。
みんなに申し訳ないというより先に
「やあ・・ご馳走だ」
素直に喜んだ後に
「もうしわけないですね」
と、こっそりつぶやいた。
お勝はためいきがでる。
ここしばらくやってくる沖田はお重の心をも魅了するようである。
だんな様に食べさせたいのが先でなく、
沖田に食べさせてやろうとするが先に立つ。
しいて言えばだんな様は時折胃の腑が痛むといわれるが、
名医である長案の薬を飲むとけろりとしている。
商いのくたびれからくる胃痛でしかない。
だんな様の元気なのは言うまでもないことで心を砕かされる事もない。
むしろ人なつっこい痩せた青年の身体がお重の気がかりになる。
不思議な人だと思うと、ふとお勝に溜息がでた。
こんな人だったらあんひとも許されるかもしれない
と、思ったからだ。

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宿根の星 幾たび 煌輝を知らんや

領国との均衡が崩れる。
君主の崩御を表ざたにするには時期が悪すぎた。
渤国の君主である量王の心そのまま、外海を境に眼前の渤国は微かな霧にけぶりその姿を現さない。

いま、天領の地でさえ渤国の間者が入り込んでいる。
御社の瑠墺でさえ、血生臭い匂いをかぎ、君主の元に参じてきていたが、間者の横行は目に余る。
一説に君主の崩御の裏にも間者の企てがあったともいう。
齢五十五。死に急ぐ年齢ではない。毒を盛られたともいう。急逝すぎたせいもあるが、瑠墺の天文敦煌の知識によれば、天運星の語る通りであり、君主の宿星も衰退を表していた。国が滅びる。この運命を読んだ瑠墺の胸中やいかばかりであったか?
君主の崩御の原因が病気であれ、暗殺であれ、どの形にせよ、亡国への軋みが始まる。
国が滅びると判っておりながら、この国に留まるか?小手先だけの崩御の揉み消しがどうなろう?亡国を少しばかり遅らせたところで、いずれは、渤国量王の腕(かいな)の中。
瑠墺の身の上もそうか?
瑠墺は重臣孝道の檄におじける小姓に近寄っていった。
「柩は宮中の中庭。えんじゅの木の根方に・・・」
孝道が瑠墺に気が付くと、瑠墺は軽く頭を下げた。
「聴こえたろう?とにかく内密に・・」
小姓はまだ乾かぬ頬のまま、孝道に礼をかえすと、君主の臥する部屋に歩みだした。
小姓が歩み去るを見届けると孝道は瑠墺をふりかえった。
「この時期にとんだ事になってしまった。量王はこの国を侵食するきでおる」
血気あふるる若き量王は、この三年の間に自国の領土を武力による圧政で増やしていた。
外海の向こうの大陸に、四つの国があったのはすでに三年前のことになっていた。
だが、血気だけで、武力だけで大国を統合し支配下におけるかというと疑問である。
隣国を乱し、崩壊させた挙句僅か三年で一国のものに統治する。
「手腕と人望・・・類まれな運気。天は量王に加担するしかなかったのでしょう」
暗にこの国の滅亡をにおわしてみるが孝道は気が付かぬ顔で瑠墺に頷く。
素知らぬ顔で相手の技量を認めるところを見ると、孝道の腹は決まっているのだろう。
死に場所を定めた男は抜けるように明るい。
「いずれにせよ。おめおめ引き下がっては、いずれ遇わす顔がない」
一矢も報いなからば、いずれ君主のおわすいそはらに登るさえかなうまいと、孝道は笑う。
「共に滅ぶか?」
瑠墺の問いは己の進退を量りかねてのことでもある。
「ほろばぬわ」
孝道は苦い顔をした。
「そうか・・」
国が滅ぶ前に孝道は死ぬつもりでいるとみえた。

「巨星・・落つ・・なれど・・」
瑠璃波の言葉が量王の腕の中で途切れると量王は先を尋ねる。
「いらぬ・・男がひとり・・」
「どう・・いらぬ?」
「私にはよめませぬ・・」
瑠璃波の思念でもよめぬ?
「わからぬからか?」
瑠璃波が要らぬ男とその存在を疎むのはなぜなのか?
「味方に引き入れたところで役に立たぬ。敵に廻したら・・」
又、瑠璃波の言葉が途切れるのは星の運気をよんでいるせいであろう。
「天下を取る男でもない。だが・・」
言い渋る瑠璃波の身体をよせつけると
「おまえは・・」
言葉を選んだ。「量王が四国を治める男になる」と瑠璃波は近寄ってきた。
瑠璃波は星を読む。この特殊な才能で量王を見極め、己の地位を確保した。
瑠璃波は策士であり、量王の女である。
愛情というものとは、程遠いが量王にはどちらの瑠璃波も必要であった。
「そやつが天下を取る男なら・・・わしをすてるか?」
瑠璃波はかすかに首を振って見せたが、結句、瑠璃波がここにいる理由はそれでしかない。
女のくせに、天下国家を掌握したいか?
男なら量王に取って代わる所であろうが女である瑠璃波は己の手の中に天下を掌握した男を捕らえてみせる。
その才能と女である事を武器に量王を手中に納めている。
「こやつは・・・」
また、黙る。
「よ・・めぬ・・」
読めぬから怖しいだけであろう?
深い海で泳ぐ人間が海の深さを意識したら泳げぬようになる。
「よんでみたとて・・なにもありはせぬ・・」
「そうであろうか?」
瑠璃波よりいくらか念が強い。それだけのことであろう?
「だが・・・。この不安はなんだという?」
量王にすがりつきだした瑠璃波はか弱い女になる。
量王の後ろで天下を政ろうかというほどの女が見せる、意外なか弱さが量王の心を曳き、瑠璃波を牛耳る男が生じる。
「喪に服されもせず・・帝は中庭に隠されるかな?」
「ご推察の通り・・・」
あとは小さな瑠璃波の喘ぎに変わり、量王の褥は文字通り夢中になる。

代を継ぐ皇子は父の棺の前をかたぐ。
柔らかな土をすくい棺にかける頃に、皇子の執着はきれてゆく。
「とにかくは、間者をこれ以上・・・」
やっと取るべき執政の一つを口に出すと瑠墺を自室に同道させた。
「どう・・おもう?」
唐突に尋ねられた意味を察しながら瑠墺は尋ね返した。
「なにがでしょうか?」
皇子が迷うのは当然量王の侵略のことである。
皇子は皇位も継がぬまま亡国の末代として流刑の民になる。
せめてもそれが量王の差し延べる救いである。
星も流離の色を見せているが、口に出す事は瑠墺には辛い。
「生きておれるのは・・・あと、どのくらいだろう?」
「そのお覚悟であるのならば」
瑠墺はやっと重たい口を開いた。
「それまで、無駄としりつつ間者を絶つのも、無益か?」
亡国の時は近い。無益に人の命を絶ち、争いを起こし、民を苦しめるなら、あっさりと量王に座を譲り、国を譲るか?
皇子の問いに瑠墺は答えなかった。
「父君の崩御が暗殺だと噂されている事をごぞんじですか?」
「な・・なんと?」
噂でしかないがこの噂に載る者が大きすぎる。皇子よりも臣民の信を得ている孝道が犬死と知っていながら量王への決起に動き出せば共に動き出す者が幾多といる。
「事実かどうかもわからないことではないか?」
暗殺の証拠は何もない。皇子も急逝とはおもってはいるが病だと考えていた。
「彼らは共に生きた父君と共に死ねる場所を探しているだけです」
だから、でまであるかどうかなぞは再考する必要はない。
むしろ、暗殺であるとしなければ死に急いでまで供をする理由がなくなる。
「ばかな・・・」
「父君と同じ時代を生き抜いた痛みを知る者の情に踊らされる人間が五万とでてきます」
「争いはさけられぬというか?」
争いではない。彼らにとってもっともらしい理由のある死に場所を作るためでしかない。
自らの墓穴を掘るために争いという形を取る。
「彼らを宥める大きな理由が作れますか?」
亡国を覚悟した君臣に国の存続のために決起をとどめよといって通じるわけがない。
「わしはじぶんがなさけない」
皇子の呟きをそのままに瑠墺は量王の諮りを口にしだした。
「国が崩れるのは外からでは有りません。量王は間者を放ち執政の弱い所を乱しただけにすぎない」
平和な世が長すぎた。覇気のだしようも忘れはて、安泰の世をのうのうと過ごした県政者は己の欲と進退の安定しか顧みなくなっていた。国の長が誰に成り代わろうと己の身柄さえ安泰であれば構わない。量王の進撃に県政者は君主を手の平を返すようにうちすてた。是が三国の滅亡だった。
だが、この国への進撃に量王が時期を待ったのは孝道のような君臣がいたからである。
ところが護るべき君主の衰退が見えた。君主の崩御により君臣の心は割れ始める。
早まった心が量王への決起をおこす。でなければ纏まらぬ心のままでは内乱がおきかねない。内乱を回避するため争いが起きる。統一されぬ心で行われるほどもろい事はない。
「量王の懐に星読みがおります。既に父君の崩御はよまれていることでありましょう」
皇子は顔を上げて瑠墺をみなおした。
「ならば、隠しても無駄ということではないか?」
「量王にかくしているのではありません」
崩御を公然のものとすれば決起が早まる。
瑠墺はもろい決起のままに犬死する孝道を思った。
そして、改めて君主の死が暗殺だったのかどうかを考え始めていた。
量王は君主の衰退を星読みにしらされたことだろう。
時期が来た事を知った量王は間者を放った。
だが、放っておいても死ぬ男をわざわざ暗殺させるだろうか?
必要なのは君臣の決起心でしかない。
暗殺の噂をながさせるか?
あるいは、勝手に間者が量王の企てを見越してうごいたか?
いずれにせよ間者ごとき者にさえ量王の心がしきわたっていることになる。
事実、間者の横行にはすさまじい覚悟がある。
死を覚悟し、間者である事にいっさい口割らぬ。
捉えた間者は渤国のものであるという確たる証拠もみせぬまま、牢獄の中で舌を噛み切る。
間者ごときが量王の使命に命をかける。
こんな男に統治された国と戦かってに勝てるわけがない。
量王は国を統治しているだけでない。人の心をも統治していた。

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お登勢

夜中にひいぃと切れ上がった女の声が聞こえた気がして
お芳は布団の上に起き上がった。
気のせいだったのだろうか?と、思うより先に
二つ向こうのお登勢の部屋あたりの襖が
やや、荒げにあわてて開け放たれ
廊下を忍び走る人の気配を感じた。
「え?」
お登勢に悪さをしようと、店の誰かが忍び込んだのかもしれない。
だが、お登勢は、八つの歳で此処に来たときから「おし」だったのだ。
と、なると、お芳がさっき目を覚まされた悲鳴はなんだったのだろう?
かすかな、疑問を感じながら
とにかく、お登勢の様子をみにいかなければ・・。
と、お芳は隣に寝ているはずの亭主の剛三朗をおこそうとした。
だが、
剛三郎は「寄り合いで遅くなる。お芳は先に寝ていなさい」
と、言ったとおり、まだ、帰ってきてはいなかった。
羽織を寝巻きの上にかぶると、お芳は手燭に火をつけ、
ゆっくりと、お登勢の部屋に歩んでいった。
お芳の胸の中は複雑である。
お登勢はおしである。
此処に来たそも、最初から
お登勢は口がきけなかった。
お登勢が口が利けなくなった訳をかんがえても、
お登勢の身の上におきたことが、
未遂である事をいのるのであるが、
なによりも、
お芳がわざわざ、お登勢の部屋を夫婦の寝間の横に
整えてやったことが
何の功も奏さない事に悄然としているのである。
お登勢は口が利けない分を其の目でおぎなおうとするのか、
随分気働きの出来る、利発な子供だった。
手先も器用なのをみてとると、
お芳は早いうちにお登勢に仕立物を教え込んだ。
思ったとおり、縫い物の腕は見る間に上達し
今ではこの呉服屋の大事な針子になっていた。
口がきけないのでは、
不便だろうとお芳は文字も教えた。
これも、飲み込みが早かった。
もちろん、お登勢にすれば自分の意志を伝える
唯一の手段であると、必死だったせいでしかないのだが。
気性は大人しい。
口が利けないことがお登勢に、
一歩引いて相手の様子を伺うくせをつけた。
ゆえに気働きにちょうじたのであるが、
お芳はお登勢の縫い物の腕も、
性分も聡さも、不幸な生い立ちもふくめて、
お登勢を可愛がっていた。
お登勢が年頃になると、
何よりも其の可憐な顔立ちに
お芳は不安をいだいた。
男衆をうたがうわけではないが、
口の利けないお登勢を
手籠めにすることなぞ、
簡単なことであろう。
そう考えた、
お芳はお登勢を自分の寝間にちかい、
二つ向こうの部屋にすまわせたのである。
それでも・・・。
なにかあったら、
お登勢は身寄りが無い。
ここで、赤子をうむしかなくなる。
店の中の醜態を隠せる事もなく、
風聞がひろがる。
これも、お芳が懸念したことである。
だが、お登勢の綺麗なこと。
手代の常吉が、お登勢に話しかけるとき
うっすらとほほをそめているのも、
丁稚の重吉が店先にでた、お登勢を
ちらりちらりと、
盗み見ているのも知っている。
そんな妙な態度をとるのは常吉や重吉ばかりではない。
こんなこともあったから、
お芳はいつか、お登勢の身の上に
なにかあるだろうと、
思ってもいた。
お登勢が此処に来る事になった境遇を思うと
それは、
お登勢にとって、
地獄のような試練であろう。
できれば、
ごく普通に所帯をもってほしいと願うのは、
とうぜんのことであるが、
お登勢は口がきけない。
いくら、綺麗でも、
いくら、気立てがよくても、
いくら、縫い物ができても、
いくら、賢くても、
口の利けない娘を
嫁に出してやる相手を
探す事はお芳にはできなかった。
だから・・・。
くるべきことがきてしまったのであり、
無事であろうが、なかろうが、
それを確認しに行く事は
くるべき時を迎えるしかなくなった
お登勢が始まった事をしることでしかなくなり、
寝間の横にお登勢の部屋をしつらえたことなど、
なんのまじないにもならないことだというのである。
そっと、お登勢の部屋の前にたち、
お芳はお登勢に声をかけた。
「お登勢・・・なにかあったのかえ?
はいるよ」
いいしなに、お芳はふすまをあける。
ろうそくの火の中にお登勢がうかぶ。
布団の上にすわりこみ、前あわせをかきいだき、
お登勢はお芳をみつめあげた。
どうやら、
お登勢は無事のようである。
お登勢はふるえながら、
お芳が部屋に入ってくるのを待った。
「お登勢?だれかがきたんだね?」
お登勢の首がうなづかれると同時に
お登勢の口から
「おかみさ・・・ん」
言葉がもれだしていた。
「おやあ?あんた・・・?」
お登勢が部屋に忍び込んだ男に抗うためには、
なによりも、
ふたつむこうの部屋のお芳に
異変を知らせる以外手立てがなかったのである。
「くちがきけるようになってるじゃないか?」
今度はお登勢はこくりとうなづいた。
今までのように
文字で説明する必要もなくなったお登勢であるが、
十年近く言葉を発さなかった口は
流暢な言葉を忘れているようであった。
「もっけのさいわいってとこかねえ」
お芳はわらってみせたが、
其の心の底に
お登勢が声を発する事が出来るようになった、
恐怖と、
声が出なくなった恐怖が
同じようなものであった事を思うのである。
お登勢をここにつれてきた清次郎は本来女衒であったが、
女衒の清次郎が
お登勢を此処につれてこなければならなかったわけを
語った。
そのお登勢の境遇が、お登勢の声をうばったのだ。
お登勢の声をうばった恐怖が
ふたたび、
お登勢の声を取り戻させるとは、
清次郎も思ってもみなかったであろう。
お芳はお登勢の無事を尋ねなおすと
十年近く前の
清次郎の話を思いなおしていたのである。

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