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葵のタイトルって・・・

 ひさしぶりに、小説もどきを書きたくなって、

葵・・をしあげたものの、

まあ、つじつまの合わないこと、この上なし。

だいたいにして、

なんで、タイトルが葵なのか・・・

ここが、実は今までのタイトル付けを考えると

作品の軸になっている。

第一印象というやつだな。

その印象を一言でいうと、葵ってことになる。

だからあああ、

なんで、第一印象が葵なのかってことになる。



そこで、逆に考えることになる。

葵といえば、

一番におもうのが、

葵のご紋

水戸黄門さまだろう。



そして、葵の花。



どちらも、存在感、はんぱね~~~~!!



君臨しているというイメージなのだけど

どちらも、柔らかく、情のある感じだな。



相手を思いながら、君臨している、そんな柔らかさがある。



ここかな?

主人公・・・相手を傀儡のようにあやつってると考えるけど

実際は、男性側が

崇拝するかのように、

主人公のいいなり?

わがままをうけいれると・・いう。

それは、ご威光にちかいような・・・

この紋所が目にはいらぬか~~~

って、とこで、

もう、理屈抜きで

「ははあ、私が悪うございました」と、なる。



なにか、にていないだろうか?



とんでもない彼女なのに

俺が悪かった・・・(みたいな?)

そう思わせてしまう「ご威光」がある。



その裏側には

ただの君臨でない

柔らかな思いやりのようなものが見え隠れする。



実に不思議なセンテンスを持った女性像である。



この部分が、うまく伝わらないと、

葵という印象も伝わらないだろう。



そして、存外、あほな女でもあると思う。

自分の心が見えない。

わからなくなる。

と、いう部分。



そして、必殺技

葵の紋がでてきて

初めて、気が付く。



水戸黄門で葵の紋がでてきたら、

決着がつくというのの

逆で

葵の紋が出てくる状態になってから

白黒をつけたのに気が付くという。



だいぶ、鈍い女性像であるとも思う。



それでも、一生懸命なのが、

見え隠れして

ドライな女性には考えられないとろくささであると思いながら

なにか、にくめないのも、

そのせいかと思う。



タイトル・・・葵

ま・・・いいか。

インスピレーション主義だから

あとから、こじつけて考えてもあてはまってるような

ちがうような・・・



ええ~~~い!

憂生がそう決めたのだからそれでいいのだ!!



憂生の紋所が目に入らぬか~~~状態だねwwww



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漫画だけど・・・


目下のところ、アイ・アム・ア・ヒーローのみ、よんでおりますが・・・


作者の何気ない「キャラクター設定」が、


非常に、的を得てる。と、思う。


そのキャラクター達が軽く、いとも簡単に「真理」を語る。


生き残りたいという思いがなにか、と、いえば


生き延びて、漫画をかきたい・・コロリ隊長・・・。


武器に使うストッキング・・新しいものじゃだめ。OLの生活感がしみついたもの。


なにか、変態チックな台詞のなかに、


無機質じゃない(命)のぬくもりを感じてしまうのも、漫画世界の中のゾンビのせいかもしれない。


荒れ果てた世界の中、コンビニから食料を調達して


お金をはらう必要さえなくなっているのに、主人がいないお店にお金をおいておく主人公。


この感覚が良い。


誰もみてないし、とがめないからと思いつつも、


自分の中の罪悪感をわびていく。


日本人らしいと思う。


他人の敷地にやむをえず、はいるとき、「ちょっと、はいりますね」などと声をかけたり


自分しかすんでいない家にかえってきて「ただいま」と声をかけたり


日本人というのは、


不思議なところがあるけど


そこをピンポイントでなく、さりげなく、かきこんでしまうところが


この漫画の小憎いところである。


生き延びたいという思いの中に


なにかをしたいからという目的あるいは、欲望をもっているという


単純な根本。


それは何でもいいだろう。


もう一度、ステーキをたべたい。でもいい。


少なくとも、死にたくないから生き延びたいなどというものより


明確でパワフルだ。

書き下ろし12編・白蛇抄17編(アルバム仕立て)

お登勢(書き下ろし)・邪宗の双神(白蛇抄)は2部にわけています。
ならびに土方さん本文では全身映っています。

書き下ろし
ぬながわひめ
踊り娘
壬生浪ふたり・俄狂言・「恋語り」
ぬながわひめ
「空に架かる橋」
宿根の星 幾たび 煌輝を知らんや
白砂に落つ
懐の銭
チサトの恋
笑う女 
ブロー・ザ・ウィンド 
小枝
お登勢・・1
お登勢・・2

白蛇抄
17話  銀狼

1話  蟷螂
2話 悪童丸
3話 白峰大神
4話 七日七夜
5話  波陀羅
6話 邪宗の双神 ・・1
6話 邪宗の双神 ・・2
7話   宿業
8話  井戸の柊次郎―壱
9話  井戸の柊次郎―弐
10話  法祥 回向せしむるかや
11話  沼の神  
12話  理周
13話  伊勢の姫君
14話 おんの子(鬼の子 )
15話  アマロ
16話  洞の祠
17話  銀狼

フォトアルバムー短編集ー

たたけば、ほこりがでてくる。
さがせば、でてくる、ブログwww
SO-NETに続き、でてきたのが、ココログwww
ここは、2005年に登録していたが、ココログは2006年だった。
記憶のあちこちを手繰り、ログイン成功www
ここは、ブログ人とほぼ同じ形式である。
ブログ人で、一番よくつかってたのは、フォトアルバム。
およそ10万文字のテキストがはいる。
久しぶりに、ココログのフォトアルバムに物語を収納した。
短編と書き下ろしと白蛇抄
これだけで、40編。
ここもサイドバーのフリースペースを利用して短編集などつくってみるが、
上記3つで40行プラスタイトルで44行をつかってしまうため、
サイドバーがうざくてしかたがないwww.
で、
ためしにアルバムをリンクしてみた。


サイドバーには下記のようにでるが・・クリックしていただくと11の画像がでてくる。
その11の画像にカーソルをあてていただくとタイトルが出る。
あとは、それぞれの画像をチョイスしていただいて、本文を読んでいただける。
ただ、文字が少しちいさかったかな?と思う。

短編集
  • 俺の胸の中の陽だまり (ー神戸にてー)





    俺の胸の中の陽だまり (ー神戸にてー)
    神戸にて・・・
    風薫る丘の麓で
    「いつか、見た夢・・デ・ジャブ」
    思案中
    柿食え!!馬鹿ね。我鳴る成。放流児
    ノンちゃんの犬
    パンパンとチョコレート
    蛙
    蛙-続編ー
    底・・・で

白蛇抄第17話ー銀狼ー を・・

執筆中)白蛇抄第17話ー銀狼ー の続きを着手したいとおもっているんですが・・。

この1週間、風邪が居座っておりまして・・・。

箱舟の書きようも元々だらけていたとおもうのですが、

さらに輪をかけた状態でおわらせてしまったので、

この状況での着手をひかえております。

ぽつぽつと白蛇抄を読んでくださる人がいて嬉しく思っていますが

第17話ー銀狼ーのベースになってくるのが白峰大神、邪宗の双神 ですので、

併せて読んでいただけると背景がみえてくるのではないかと思っております。

一方で、エクセルで領収書をつくっておりました。

通常、大きな会社相手だと、向こうさまが自社発行の自社形式の領収書を

手形と一緒に送付してきますし、銀行振り込みの場合は領収書はいらないというのが

一般的です。

今回、個人事業主からの発注で、領収書が欲しいといわれたものの、

市販されている、簡易なものしか、手元になかったので、

明細をかききれず、領収書をつくることに相成ったのですが・・・。

テンプレートをひっぱってきたら、ばかに大きくて

結局、過去に作って利用中の請求・納品書をベースにして、領収書を作り直していました。

また、封筒宛名、こちらの名前などは、コンパクトな家庭用プリンターを使用しないと

封筒印刷ができないので、そちらで印刷して

文書関係は事務用プリンターとケーブルを入れ替えて印刷するわけで、

正直、郵送物の関連事務が一番、面倒です。

できあがった、領収書に名目、金額などをかきそえ、

プリントアウトして、判と収入印紙。

封筒を印刷して切手を貼って近くのポストまでてくてく、歩いていったら

もう、昼になってました。

またも・・・話がぞれましたが・・・。

もうすこし、風邪がすっきりしましたら、続きを書いていきますので

しばらく、お待ちくださいませませ~~~~(こら!!待ってねえよ!なんて、口にだしていうんじゃないぞ!!)

続きを読む

風薫る丘の麓で・・

風薫る丘・・をどうもっていくか・・。さて・・・どうするか・・。
風薫る丘・・をどうもっていくか・・。

設定はきまっているんだけど、
細かい矛盾をつぶしていかなきゃならない。

しきつめるグランドの土が不足してる。

説明?したいことはあるんだけど、これは、かきあげてからじゃないとできない。

まったく、文字に移しかえるということはある意味、面倒な手順をふまなきゃいけない。

今日、すこし、書いた部分もそうだとおもう。

圭一が突然、気がついてもいいわけだ。

だけど、切欠が欲しかった。

看護師と二人で外にでていく姿で、なにか、閃く。

そのために、圭一が退屈をもてあまし、よく気がつく父親が病室にあらわれ、
すでに、TVはだめだと看護師にきかされているということを下にしく。

つまり、事前になにか話している、聞いている。
と、いうことが、透けてくる。

透けてくるから血液型のことも、なにか、はなしていると考え付く。

そのかんがえついたことから、連想的に疑問がほどけていく。

と、まあ、こういう風に、本文中では、細かく説明しないけど(わざとらしくなるから)みえにくいけど、憂生のなかでは、プロセスというか、ベースのスープというか・・。
こういうものがあるわけで、
この部分がときに、「リアル」さをかもし出すって時があるんではなかろうか?って想っている。

こういう回りくどいことをしなきゃならないのが、物語なんだと想う。

で、このまわりくどさのまわりようが、うまくつかめないと、停滞する。

あ、こ~りゃこりゃ♪


風薫る丘の麓で・・。に・・・風薫る丘の麓で・・
の、ラストを元の設定のまま、おわらせました。
この二人の心境をわずかに推し量る事が出来るのが、
「小夜」(小枝ではありません)かなと思って、
全然、結末が違うものではあるけれど、
片鱗ということで、
小夜をあげてみました。

性で自分を薄める沙夜をはじめにだしてきているので、
奔放な沙夜のシーンが続きますが、
その中にところどころで、顔をだす、虚無感と諦めているという悲しみを
読み取ってもらえると嬉しいです。
どうしても、シーンにふられがちなので、
若い・・・おさない?人や
興味本位でシーンを読む人も多く、
アダルトサイトにリンクされたり、さんざんな目にあっている作品なので、
挙げたくないとおもっていたのですが、
風薫る丘の麓で・・の
ラストのためにあげてみることにしました。


迷うと此処に来る・・ (風薫る・・に)幽霊か?

迷いでたぞ~~~

なんてことをいってるばやいじゃない。

風薫る・・のラストをどっちにするか、なやんでいる。

まあ、変哲ない物語をもう一段ひねりあげるのが、好きなので、

最後の最後まで、よんでみなきゃ、判らないとか、

ひねった科白があるなあとか?

こういうパターンにもっていきたいとおもうのであるが、

どうも、いまひとつ、決め手が浮かばない。

懐の銭をなんとか、かきおえることができたのも、

ひねった科白がでてきたから。

あれが、でてこなかったら、まだ、たらたら、かいていただろう。

「どっちみち、娘をてばなすことにはかわりがない」

この科白なんだけど、

どのみち同じでありながら、内容が天と地ほどちがう。

このせりふが、すべてをしめくくるハッピーエンドになるので、
あとは、もういい。
と、くくることができた。

まあ、いわば、こういうくくり方をするか、ストーリー構成で
「なるほど」(あ、憂生が自分で納得するという意味で、読んでくれた人には
なんだ、それ?かもしれない)と、想う形にするか。

伏線をいれる構成も好きなのだが、これは、憂生の場合は
閃きにまかせるので、閃かないと、そのまま続く。

まあ、考えて書くというパターンのほうが多くなる。

踊り娘なども、どちらかというとそういう考えるパターン。
白蛇抄の複雑な伏線は、のってたんだろうね。
考えるというより、どんどん閃きわいてきていた。

で、この閃きがうすくなってきたのが、昨今で、

考える事がおおくなったら、
な~~んか、迷うこともおおくなってしまった。



続きを読む

いつか見た夢に寄せて

いつか見た夢・・・で

いつか見た夢をあげてきました。

この話を読み返すと、ある女性をおもいだします。

彼女は、恋人の子供を身ごもっていたのですが、
恋人が事故でなくなり、(もうひとりの女性とは、ちがいます)
学生だったということもあり、子供をあきらめたそうです。

そのまま、恋人がいきていたら、子供を産む、つまり、結婚したのかどうか、
それも判らないことですが、
二人でどうするか、協議することなく、いやおうなく、生めない状態になってしまった彼女が選んだことは、許されないことではないはずなのに、
彼女は自分をせめていました。

他の作品を読んだ時にも、「産めるということはいいことだよ」と、いっていました。
作品を読むときに、その人々がもつバックグラウンドによって、
同じものをよんでも、違う受け止め方になってしまう物だと思います。

そのころ、彼女のバックグラウンドを知らず、この「いつか見た夢・・」をかいたのですが、随分してから、彼女は自分の話をしました。

うんであげれたらなあ。と、いったか、
うんであげたかったと、いったか、
今は覚えていませんが、子供を生み育てていくとき、パートナーという存在が
どれほど大事であるかということを、想わされました。

物語はそのパートナーがあらわれ、本当の、パートナーにかわっていくという
ハッピーエンドだと思いますが、
彼女の中では、悲しい物語だったかもしれません。

そして、憂生には、そのことをおもいだしてしまう物語になってしまいました。

いつか、見た夢・・・に

いつか見た夢・・は、いつも何故だろうと思う。

どこかのアダルトサイトにリンクされたり・・。

そんなところにリンクされるような表現はない。

(と、おもうんだけど・・)

会話形式がおもで、一種精神論みたいな?

作品の形だけをいえば、スタイルはなはだ悪し。

で、あるのに、アドレスをかえても、探して読みに来てくれる。

何故だろうと想っていたら、ここでも、同じ時期にあげた作品より
閲覧数(とは、かぎらないが・・)は多い。

タイトル?

まあ、どっちにしろ、見方を変える。

観を変える。

かんかえる。

かんがえる。

喜べる観方を考える。

と、いうのは、憂生のテーマのひとつでもあるわけで、
ダイレクトに憂生が作品の中にうつりこんで、

貴子女史の思いがいわば、憂生の思いのわけだし、
いいだせば、
ボーマンもそうだし、
思いをだに救わねばならぬ
なんつ~~白蛇抄・白河澄明も憂生の考え方を映し出している。

自分以上の自分を投影することは、多分、出来ないだろうと思いつつ、
自分の考え方を軸に書いてることは多い。

そんな中、書評の中で
生き様を問う真摯な眼。人に寄せる優しさ。
厳しさと優しさを両面もちあわせた視覚でものをかいてることを
評価していただき、ほっとしたところがある。

いつの時も、
「憂生の温かさに触れる」と作品を通して、憂生の体温をかんじとってもらえたが、
いつか見た夢・・も、ひょっとすると、そこか?

と、思いたい憂生が居る。

なんでだろ~~~♪

「いつか、見た夢・・/デ・ジャブ」は、ある日、突然、エロサイトからのターゲットになった。


ポストアドレスをかえても、カテゴリーから侵入してくる。


新しくカテゴリーアドレスをかえても、入ってくる。


だが?


何故?


内容的には、エロいことは、書いてない。


ただ、思うことがある。


不安な男心に勇気を与えてくれる。


それか?


世の中、強気な男はせいぜい、努力の化粧か・・。


本当は臆病で自信がもてず、自分の存在価値を

出会い系で確かめるしかない?


そんな奴らが、自分を取り戻して

やっていける・・気にさせる?



そんな物語だったのかな?


自分で読み直して・・・。


あるいは、そうかもしれない、と・・・・。


ん?


それとも、出だしか?


F1の話しかと思った?


ん?


そっちか?


でも・・・。


なんで?


そんな話しをエロサイトが繋ぐ?


ん?


そうか?


隠れジャンプ基地だ。


そこから、他の記事にとぶ・・・?


そんなまだるっこしいことするか?



やっぱ、わからないけど、不思議な現象がおきた物語だった。

しどろもどろ・・・・

待っていました~~~
貴子姉さんの話で
心の問題が解決してこそ
触れ合えるのかもしれないって想いました。
自信のない自分が隠していたような
欲望を表に出せるようがんばるわん♪

下の日記へのコメントの返信?をココに
かいてるんだけど・・・。

まあ、「いつか見た夢・・」(テーマ:短編集に収録)をココまで
書いてきて、思うことは
やっぱ、いつもの如く
考える
観・・変える。
喜べる見方にかえる?

と、いう基本路線は変わらないって
とこですね。

矢島君が水の底に潜ってしまって
底から水を通した
屈折した見方しかできなくなっていて・・・。

ちょっと、水から出て
見方を変えれば
受動的な卑屈さでなく、
むしろ、世界は自分中心に動いてるかのごとく
能動的なものでしかないことがわかるんだけど、

どうしても、自分から這い上がれない時ってのは有るもので、
多かれ、少なかれ
生きてる以上。何らかの危機はある。
その危機に直面した時
まるで、福音のごとき、誰かの支援を
うけることがあろう。

抜け出してしまえば、
簡単な価値転換。
見方を変えれなかったことが嘘のよう・・・。

さまざまな場面で
想い方
受け取り方
見方を
変えてゆく物語を書いてきたけど
/空に架かる橋もそうだと思っています/

きっと、この先もおなじものが
根底に流れてゆくと想います。

ps。
最近・・・
マトモな文章/いや、前から?/
かけなくなっていて・・・。
今も・・いけません

発掘作業?

いつか見た夢を・・ブログ人にかいていますが・・・
これは、実は既に今書いている場面までに
エンド科白を挿入しちゃったんですね。

一番奥に引っ込めておくものを先にだしちゃったら。。。
あはは・・・。
まさしくてづまりというか、
次の一手が出てこなくなって・・・
かといって、一度公開したものを違う書き方でかきなおしても、あとのまつりみたいなものがあるわけで・・・。

このまま、続けてゆくしかなくなった憂生は
沙織を飛び出させる設定をもって行くしかなくなって・・・。

さて・・・次の打開策。

貴子女史の投入。

しかし、実際問題ちょっと、
都合のいい展開です。

都合のいい展開ですが・・・・。

憂生の中を整理してみますと、
こういうタイプの女性も好んで書いているかなと思うのです。

永沢祐稀のアダルトの中に出てくる
姉のような存在が貴子女史を彷彿させなくもありませんが
実は・・・
この貴子女史のプロトタイプは
SO2の一作めのキープーユー1中の
チサト・・・なんですよ。/あるいは、白蛇抄の「伽羅」とも・・・・/

キープーユー・1中のチサトでは、
まだ、姉御肌の面倒見のいい部分が表立っていず、興味本位の好奇心から動くおせっかいやき。いや、むしろ、おせっかいをやくのは、自分の興味本位を満足させたい・・ミタイナ部分を強調させて終らせていますが
この時、チサトは
レオンとクロードの危機を予感していて、
あえて、あんな嫌味なものの言い方をしているのです。

そして、このチサトの性分を見極めさせるためにも・・・名誉挽回?のためにも?
未発表ながら・・・
レオンとクロードの窮地を救ってゆくチサト話と
チサト自身の恋・・エピソードを一つ持っています。
そのエピソードは、チサトのドライな性格をものともしない年下の青年に生活をかき乱され・・・いつしか、心までみだされて・・・姉御らしく・・年下タイプにほだされてゆく恋物語なんですが・・・。

カメラマンの青年の心理的行圧をとりのぞきたいと奮闘するチサトのぶっきらぼうな言い方の底の真実が
貴子女史の
「なんとかしてやりたい。
放っておけない。
一肌脱いでやる」
という部分と呼応していて、
憂生にはこういう性分の女性の遭遇は
都合がいい設定というより
多かれ、少なかれ
誰しもが経験する邂逅の一種でしかなく、

まさしく・・・
憂生にとっては
埋もれさせていたチサトを掘り起こす作業に近く

すなわち・・・
チサトとの邂逅って気分を味わっています。

あ?

完璧・・・

自分の世界話に成ってしまいました。
ごめんにゃ。

いつか見た夢・・・
どうなるか、判りませんがぽつぽつ、書いておりますので・・・どぞ、よろしく!!

コメント


待っていました~~~
貴子姉さんの話で
心の問題が解決してこそ
触れ合えるのかもしれないって想いました。
自信のない自分が隠していたような
欲望を表に出せるようがんばるわん


いつか、見た夢・・デ・ジャブ」  (5)

子供が生まれて半年・・・

俺達の間にまだ性生活は存在しなかった。


一つにそれは、

沙織の産塾が納まるのをまっていたせいだった。

もうひとつは、ひっきりなしの

授乳。

沙織の乳がほそいのか、

男の子の授乳能力が高いのか、

昼夜を問わず、乳を与える沙織の疲労を思い

俺は沙織、母子にベッドをゆずったまま、

簡単なソファーベッドを寝室に持ち込み

そこで、睡眠をとっていた。


夫婦の床が別になっていたせいで

接触しにくい距離を感じてもいた。


そして、何よりも、

俺は生まれた子供の顔に

隆介をみいだしてしまって、

沙織に触れる事にとまどったまま・・・、

時間がおざなりに過ぎていた。


そんなある日。

沙織が夜半に俺のソファーベッドに

もぐりこんできた。


沙織との初めてのランデブーをむかえるはずの

俺だったのに

俺はベッドに置き去りにされた子供の事を先に尋ねていた。


「直己・・いいのか?」

沙織は小さな声でなにか、答えた。

「なに?きこえないよ?」

沙織が答えを確かめた時

沙織の声がはっきりと大きく聞こえた。


「いつまで・・・私を避ける気なの?」

「え?」

まさか、そんなつもりはない。

と、答えた俺の事実は

図星をつかれた者の

あわてた弁解に過ぎなくなった。


授乳が・・、体の調子は・・・、くたびれているだろう・・・、

どの言葉をとってみても、

俺が沙織をもとめようとしない事実を

さらけ出す。


「あなたは、直己のそばであたしをだけない・・・のは・・

わかっているの・・・」

沙織が出した言葉は俺の本心そのものだった。


「だけど・・・もう隆介は居ないのよ。

隆介の亡霊におびえて

あなたは、あたしにふれることもできない。

私にはそう・・・見える」


ちがうと俺はいえなかった。

だけど、

俺はおびえていたわけじゃない。

俺は隆介が死んだことを盾に

隆介の恋人を横取りした罪悪感に

せめられていたといって良い。


隆介が直己を通して俺にその罪を

伺いなおしてくる。


隆介の目の前で

沙織を抱く錯覚にとらわれると

俺は・・・

いつのまにか、沙織を避けていた。


「あなたは・・・勘違いをしている」

ぽつりとつぶやいた沙織が

俺のソファーから抜け出すと


「このままじゃ・・。

私はいつまでも隆介のものでしかない。

私達は夫婦に成ることも出来ず

あなたは、隆介の代わりの自分に嘆くだけ。

そして、きっと、あなたは

隆介への呵責だけで、私と暮らすんだわ・・・。

そんな馬鹿なことはないわ・・」


俺は沙織の言葉が痛かった。

痛みに堪えかね

いってはならない言葉を沙織に切り替えした


「お前だって・・。

隆介の子供を生むために俺と一緒になったんだろ?

それ以上を望むのは、俺を馬鹿にしているよ。

死んだ男じゃしてやれないことを

してほしくなったからって、

俺を代替にしようとするお前こそ、

隆介の亡霊にとりつかれている・・・」


俺の頬がぴしゃりと音を立て

涙を一杯ためた沙織が薄暗い電灯の中に

くっきりと見えた。


「あなた・・・それ・・本気でいってるの?」


俺は逃げ場を失うと

沙織の詰問に答えず

「明日は早いんだ」

と、ソファーベッドにもぐりこみ

沙織に背を向けた。


俺達のいさかいに目を覚ました直己が

乳をくれと小さな催促の泣き声を上げると

沙織はベッドによじ登っていった。


次の日・・・。

事務所から帰ってきた俺を待っていたのは

誰も居なくなった部屋におかれた手紙だけだった。

ぬながわひめによせて

やっと、うごきはじめたかなあ。

と、おもったり。

どうも、すぴ系にいくと、こちらの変な部分がww

反応してしまって。

どうも、実感で動いてない。

と、いうのかなあ。

高次元とか、神様とかとつながるのも結構なことだとおもうのですが

根本は自分の思いなわけだし

基本は「人を思う」ということだし。

ここをかんがえていったら、

先にかいたような、厳しいとこもたなきゃならないとも思うし。

結局、本人が「実感」していくというかなあ。

ここをいくら、いってみたって、

「具体性」がないもの

推し量れないものごとでしかない。

自分で歩いて、自分で掴んでいく。

その人その人の持分で辛いこともあるだろうし

そんなに苦労しなくてすむひともあろう。

憂生自体の苦しいところも

自分で歩み、掴んでいくしかない。

まあ、もっと、いえば、

もう、人の段階じゃないなって、変な思いがしてる。

国といっていいかな。

そのてはじめというのが、

今回、かきたしていった部分。

上を思う心と、

上が下を思う心。

こういう構図が、どこにでもある。

先生と生徒。

親と子。

上司と部下。

政治と民衆。

上が上らしくないことが世の狂い。

下が下らしくないことが世の狂い。

すこし、ここにふれて。

縦の筋目というもの。

柱というもの。

考え直してみたいと思っている

またも、ミステイク

さてさて、


美穂に現れたにぎはやひと言う設定も

異論多しであろうと、思う。


ま、これは、実に残念であるのだが、

その記述がある、文献がなにであったかさえも、

書き留めていなかった。


三保崎のことしろぬしがよくつりをしていたといわれる

海にくだる崖の上に鳥居がある。


これに、河野氏の家紋があった。


妙なことである。


ただ、河野氏は伊予のものだったと思う。


伊予にはにぎはやひを祀る神社がある。


また、にぎたつの土地名も

ににぎ、に関連するものといわれているが


にぎが発つ


にぎはやひが出発したともとれなくない。



そして、羅馬船。

すくなひこがのってきたというものであるが

かがみ船と読む。


羅馬の文字の意味は馬を連ねてというような意味である。



この文字と音に着目すると


万葉集の漢字使いに話がとんでいくので、ちょっと、おいといて。


かがみなど、三種の神器など、を相手に渡すのは降伏の印である。


馬を連ねて乗せてきた船はへさきに降伏のしるしをかかげていた。



献上品として馬をつらね、敵意はないと鏡をかかげて

すくなひこは大国主命の元にやってきた。


このすくなひこがにぎはやひであるという話もあって

また、大物主。(海中から和魂。奇魂があらわれて・・という話が有名だと思う)

これが、にぎはやひであるといわれたり、

おまえの和魂と奇魂であるというのだから、大国主命=大物主だとか。



いずれにせよ、出雲建国に加担した人間(じゃないのかもしれんが/笑)は多い。


で、羅馬船が馬をのせてきたんだとするのなら

馬はどこからつれてこられたか。


う~~ん。足らん記憶力でかいてるからわすれてしまってるが

対馬とか、伊予の半島だったか、野生馬がいたらしい。


で、河野氏が馬をつれてくることが可能だったと思う。


この功績があったため、鳥居に紋を掲げられたと考える。


そして、美穂神社には諸手船神事だったかな。

国譲りのさまとおもわれる神事が残っている。


その文献に、にぎはやひの名前をみたのかもしれない。


すくなひこ、さながら、にぎはやひが河野氏のうしろだて、信奉?を得て、

馬をつらねてにぎたつの浜から出発した。


と、してもおかしくはない。


そして、天孫・・元、天孫?であったのなら

アマテラスと対等にしゃべれるだろう。


また、三保にかけつけるくらいであれば、

当然、アマテラスやそのあたりの事情、状況に

かなり深くかかわったのではないかとも思える。


こういう考えで、にぎはやひを出雲大社の謎解き役にもしたてあげたのだが


さて、このさき。


ぬながわまでいく。


こんな記述はどこにもない。


だが、物語上、ああいう風にかかわったなら、

いくだろう。


まあ、創作談義になってしまうが

人物の思いからかんがえても、それが自然だと思う。


では、史実からあまりにもはなれすぎた、

にぎはやひの行動をどうするか・・・。



ま、そこを都合よく、なんとかするための、たねは

すでに埋め込んでいる。


うめこんでいるのを、すでに気がついていらっしゃる人もいるとおもう。


いっそ、憂生もしゃべってしまいたいwww


でも、それこそねたばらし。


いや、たねばらし・・・。


にぎはやひが登場したのも、いささか、唐突であろうが


ラストで唐突でなくさせてしまいたいと思っている。


が、そんなことより、


バックグラウンドをしきつめてなかったのに

まずったと思った記述。


ー母と妻であるぬながわひめの顔がうかぶ。ー


の、一節。


あったことあるんか~~~~~い?


しりあいかよ~~~~~?


どうやって、顔みた~~~ん?


つっこまれたら、逃げ場がない。

先にばらしておく。


甘い設定、あるいは、バックグラウンド不足。


ごめんしてにゃ!!


どうすべえ

どうも、書くに迷うとぶつぶついうのが、憂生の迷い脱出法らしい。


と、いうか、整理法というべきか。


で、何にどうまよっているか。


アマテラスの死体八つ裂き(九裂きだが)事件。


だが、その前に八つ裂きというのは、

八つに裂くことなのか

八回裂くことなのか?


八つに裂くというのは、ケーキで例えれば

8個のケーキに切り分けることだが

八回ナイフをいれたらケーキは9つになる。



ま、これは、やまたのおろちでもひかかった。


手で考える。


横並びで考えると(ぱーの状態)

指は5本で指のまたは四つになる。

手をすぼめて、親指と小指のあいだもまたと考えると

指は5本でまたも五になる。


やまた(八又)のおろちの首が横並びに見えるとしたら

八又なら頭は九になる。

頭が九・・九頭・・・。

出典がさだかでなくなってるが、やまたのおろちは

越の国からやってくるというのがある。

越の国・・・継体天皇を輩出した福井には

九頭竜川という川がある。


ヤマタノオロチ=九頭竜?



ま、これ、まだどういう関連があるか、いわくがあるか、調べ中。


八つ裂きもまあいいや。

ついひかかってしまった。


で、その八つ裂きってので、

怨念ふさぎの前例がみあたらんわけだ。


帝都大戦で有名になった加藤清正だったっけ?

うろおぼえじゃ・・・。


耳塚とか、死体をばらばらにして怨念封じをやったとか。

逆に第二次世界大戦で「祈り」というか「呪」で

ヒットラーを呪い殺そうとした巫だったか、坊主だったかの集団祈祷。


密教もこういう力を使えるらしいし、(奥義というか、裏なのかもしれん)

思いのエネルギーのすさまじさというのは、お岩さんにしろ

昔から伝えられてるところなんだけど、


たたり?を封じ込めるというか、

もっと、原初的にたたりをおそれてという、前例がみあたらない。


それで、アマテラスの怨念ふさぎというのが、

うまく立件できないという。


加藤清正だしてくるわけにいかんし・・・



またもでたとこ勝負か・・・・。


で、ぶつぶつぶつぶつ・・・


どうのりきろうか・・・・

ぬながわひめのこと

(ぬながわひめ)の表記はいくつかある。

奴奈川(河)姫


沼奈宣破比売


この2つを良く見かける。


だが、文字の意味合いをかんがえると、

2つの複合体が本来ではないかとおもう。



奴奈宣破比売である。


沼が奴にかわっているのであるが、


奴は「ぬ」の音をあらわす代字である。


その「ぬ」は翡翠を指す。


奴の文字も女が又・・肩口から腕を伸ばしていると見ると

翡翠の玉に手をかざしているがごとくイメージがわきあがる。


奈は接続詞かな?


津と同じ意味合いだと思うが、

くわしく調べてないが、津はフランス語の男性名詞のようなものかもしれない。

奈はその段で女性名詞(接続詞)


宣は茅のことで、先の記事にあげた。


のたまう。選手宣誓の宣。宣託の宣。


破は、宣破とふたつくっつけて考えたほうがわかりやすい。


宣告でもわかるが、宣はあえて、言う。大事なことを告げる。

神からの伝言を言う。など、言う内容も誓いとか、神事だとか、

聖の部分にはいるだろう。


で、破る。

これは、見破るとかとおなじで、

宣破で、言い破る。


これらをつなげる。


翡翠を扱いて、物事を(時に未来を?)いい破る比売。



と、こう考えると

奴奈宣破比売のほうが妥当なきがする。

ぬながわひめによせて

いまさらのごとく、ぬながわひめに向かっている。

この物語?を書くときに、いや、かきながらであるが、

迷いこむ物事がある。


アマテラスとスサノオの高天原でのいざこざ。

アマテラスが岩戸隠れをおこなうわけであるが、

この物語はそれをなかったものとして考えている。


岩戸隠れはあったが、スサノオとのいざこざのせいではなく

政権掌握の布石として、アマテラス自身を神格化させるために

日食を利用したというものである。


ところが、どうしても、スサノオの横行に悲しんだ末の天の岩戸隠れが、あまりにも定説?になっているため、定説を覆して書いているのに、ついその定説にひっかけられてしまう。


書いてる本人がこうであるから、読んでくださった人も線引きがずれてしまうのではないかとおもう。

すびばせん。

本来、もっと、スサノオとアマテラスの確執?を書き込んだ上で書いていくべきだったのではないかとおもいます。

が、今回はできうる限り、タイトルでもある「ぬながわひめ」サイドの視線でかきたいとおもっていますので、スサノオとアマテラスの場面を割愛しています。


および、美穂と三保の両方を使用していて、判別付きにくくなっていると思います。

三保はあのあたりいったいの地名で

みほすすみ(美穂須々美)の名前から、つけられたものだそうです。

いかに民衆に敬愛されていたかわかります。

おそらく、母、と同じく翡翠を扱うことのできる巫女だったのでしょう。

母、ぬながわひめは、その土地にはいると美穂津姫ともよばれていたようですので、

こちらが三保の元かもしれません。

で、みほすすみなどが住んでいた場所については、

三保ではなく美穂としています。

ことしろぬしのいわくのある三保崎もあえて、美穂崎にしています。

うちまちがいでなく、わざとです(うちまちがえてるのもあるかも)


あと、にぎはやひが登場しますが、これも、さる文献に

国譲りのときににぎはやひが美穂神社(ことしろぬしのもとに)に、はせさんじたという菰術があるのをみつけたせいです。

アマテラスのはかりごとやおおなもちの真意をくみとらせる役者がたらなかったのが大きな要因ですが、

にぎはやひでなければ、アマテラスにこれまた抹殺されてしまうということで

にぎはやひの投入がおおきく扉をあけさせてくれることになりました。

多少、疑念?が残っているのがことしろぬしです。

彼はなぜころされなかったか?

逆を言えば、なぜスサノオとおおなもちを殺す必然があったかになりますが、

この語ことしろぬしの血筋から天皇を輩出していくことになります。

(だと、おもう・うろおぼえ)

なぜ、それが可能だったのかも、現時点の国ゆずりのことしろぬしから、いっさいうかがうことができません。

このあたりも物語にして手繰っていきたいと思っています。

また、次には

スサノオとアマテラスの確執から、出雲大社建立の真の理由までを書いてみたいと思っています。

SO2・・・に


同じく・・懐かしい同人レター!!

かれこれ、20冊(ぁ、言い忘れてました。文章の方です)書いてるのです。
けど、今委託してくれる人が少なくなって、色々考えた挙句お宅委託(委託してくださる人自身の挿絵&カバーで製本(手作りですが)した物を販売していただく)なんていうのを企画しだしていたのです。
ところが、本の回が進んで行くに連れて、いろんな
パターン で性を語り始めていったら、
「カップリングが決まったら他の人となんか駄目」とか、
「クロードが、♂♂と言う設定にしたら女性とどうこうなっちゃ駄目」とか、
要するに読者の希望通りの
ライター になれというような批評を同人暦の長い友人から頂いたのです。
「そうなのかな?自分の語りたいように書いちゃだめなのかよ?」
って、ひどく暗澹とした気分になっていたのです。そしたら、今月のfoの貴方の掲載分。
「にゃに?総受け(ってこれ、何でも受けちゃう?それとも、誰でも受けちゃう?)」
クロードって人気あるから、皆が手を出したくなっちゃう。そっちだよな?
なんて独り決めして
「いるじゃない。カップリングにとらわれず主人公の魅力を追従してる人」
でも、一応♂♂だけだろうけど・・・。

 
えと、最後に、憂生のほうのカップリングと、接触(ピンからキリまでの接触込み)の
お相手 を書いておきます。笑ってやって下さい。

基本カップル  レオクロ。アシュプリ。ディアレナ。セリーヌ クリス
ボーマンニーネ(これはカップルというより夫婦だな)

  接触パターン ステラ(オリキャラ)Vsクロード。
 ステラ Vsアシュトン。ステラVsボーマン。
 
レオン Vs新人君。
ボーマンVsアシュトン。ボーマンVsレオン。
ボーマンVsセリーヌ。ボーマンVsプリシス。
 ボーマンVsアシュレイ(オリキャラ)
 ちなみにボーマンの設定は両刀の浮気者。
でもすごいポリシーがあって、
いろんな性の問題を解決してゆく人です。
で、お相手がいっぱい。
最後に・・・ボーマンVsエトセトラ。

どちらが、受けるか・・

ブログのほうに、検索がきていたので、
ログを確かめる。

「ボーマン・受け」
だった。

SO2シリーズは実にこういう類の検索がよくくる。
カップリングも受け、攻めもそれぞれの嗜好があるのだろう、
まあ、それより以前にそういうシーンが無いとよまない奴には、
縁がないと、いうことで、アクセス禁止をしいたが、
これが、いっちょもきかない。
手を変え、品を変え・・。
パソコンがだめなら、アイポッド、それがだめなら、携帯。
それでもだめなら、友人のとこ、それもだめなら、プロバイダーを変える。

非常にご苦労様であり、涙ぐましい努力をしてくださるのだが、
わざわざ、一言たさなきゃいいものを・・。
キスくらいのかわいいものでも、これが、逆順。
きわどいログから始まって、かわいらしいのにかわるから・・
めんどうになって、パスワード保管庫にかたずけたわけだけど、

あいかわらずくる。

インデックスアドレスを始末してないせいなのだが・・。

ボーマン・・受け・・がヒットした部分をみてきた。

ボーマンがクロードのパンチを受け・・・だった。
で、もしかしたら、ボーマン受けの話があるかとさがしにきたのだろう。
残念!!
記事が無い!!

で、此処にも挙げてる、ボーマン・ボーマン5.6。

これが、唯一・・唯2(TWO)の公開作品であるが、
そこにきた。

さらに残念。

ボーマン、「受け」やらねえし/笑

いやいや、そういう問題じゃないんだけどね・・。

あほログ検索者として、公開しようかとおもったが、やめておくことにしたのは、
「どっちが受け」みたいなことを考えてみたくなったからだ。

二次創作にてカップリングをつくるということはよくあることで、
原作にはないカップリングだったり
原作のカップリングだったら、なにかしら特殊な成長をうながしたものになったりしている。

そういえば、先日の騒ぎの中で二次創作はかまわない、なんて、とぼけたことを言ってる人がいたが、これは、いわゆる、暗黙の了解というもので、
作者がだめだと言う場合は、立派な著作権侵害のうえ、やり方によっては
名誉毀損も加わる。
有名なところでは、「ピカチュー」のアダルト版をつくって、うったえられたってのがある。
作品が子供向けであったため、著しくイメージを壊すというのも加わったようである。

ユーチューブなどでも、本当にあったら怖いサザエさんだったかな?
それも、いまも健在なのかどうか、しらないが、このあたりも作者側(作者が亡くなってるため、作品管理側?)から、クレームがきてもおかしくない作品ではある。

SO2シリーズは、巷でかなりの二次創作がつくられ、憂生も七賢者だっけ?
これのエログロにちかいものを目撃した事がある。
ここまで、やっちゃあ、と、おもったものの、ゲームから漫画におこした、東まゆみ・・(かな?)は、アダルト漫画もてがけていたとかで、
このあたりからして、クレームをつけられない弱みをつくってしまったのかもしれない。


で、元に戻って、
どちらが、受けるか?
ということで話をしようと思ったんだけど
もうひとつ、思い出したので、改ページ。

ある同人の漫画を書くおばちゃまが、言っていたことだ。

「カップリングを決めたら、カップルは浮気?は許されない」
例えば、クロード×レオン。通称クロレオ。
クロードにしろ、レオンにしろ、ほかの人とキスしたりとか、
これは、絶対あってはいけない。
「どうしても書きたいなら、覚悟してかきなさい。
剃刀がおくられてきますよ」

あほ。

それは、書き方が拙いんじゃないか?
ほかの人に惹かれる思い、恋人と、その相手と、迷う気持ちとかあ?
こういうのが、書ききれてないから・・・と思ったが
相手のプライドにさわると思い、黙った。

幸い、憂生のところには、文句をいいにくるなんて人はいなかったが、
逆の現象がおきた。

そのカップリングだから読むというパターン。

多かったのは、アシュトンとプリシス。
なんとなく、どうなっちゃうんだろうという不安定要素をかかえてるので、
憂生もそこら辺をクリアしていく設定でかいたから、なおさら、固定カップルとして人気があったようである。

次にあったのが、
最初に書いたように、カップリングを捜す。
設定(どちらが受けかとか?)で捜すというパターンでくる。

クロード×チサトなんてのもあったが、これは未筆であるが、
オリジナルキャラクターの年下の戦場カメラマンとくっつけた(すまん)
クロード×アシュトンとか、ディアス×アシュトンなどは、まだ憂生も理解できる部分が無きにしも非ずだったが、
これが、逆になると、(アシュトン攻め)と、ありえないと思ってしまう憂生が居た。
まあ、そのことを思い出させてくれたのが
「ボーマン・受け」で・・・。
これも、憂生の中ではありえない。

そこで、思ったわけだ。

なにをもってして、「どちらがうけるか」を決定しているのか・・。
(逆も言えると思うが。
なにももってして「どちらがせめるか」を決定しているのか?)
これを考えたとき、どちらが「受けでも良い」パターンがあったことを
またも、おもいだしてしまったので、
改ページ。
憂生の作品に
蛮骨×蛇骨がある。

ちょっと、この作品は一端挙げながら削除してしまったものだ。
なぜかというと、鋼牙(だっけ?)も書いてください。
と、いうコメントに気持ちが萎えたせいである。

好意的にとるのなら、
蛮蛇でここまで掘り下げられるなら、鋼牙はどういう風に書くんだろう。
ぜひ、それも書いてみて欲しいです。

なのかもしれない。
だが、蛮蛇をスルーされた気分がひどかった。

だが、その気分をあじわってしまうわけがある。
それは、相方AKIRAの漫画。
憂生とは逆の
蛇骨×蛮骨だったが、とにかく、巧い。

憂生の作品も蛮骨が攻め、蛇やんが受けにまわるという
心理設定は充分にしいたつもりだった。
(読んでもらわないとわからないところだけど)
ところが、AKIRAの作品は逆の設定でありながら、
蛇やんが攻め、蛮ちゃんが受けになる心理設定が心理設定だけでないわけだ。
つまるところ、性格設定から成り立っている。
蛮骨がねだる蛇骨に「しゃ~~ねえなあ」と兄貴らしく?受けに回って
受け止めてやる(受け止めさせられるのではない)このあたりで、蛮骨の兄貴としての性格を構築させたものができあがっていて、言葉の表現も画の表現も秀逸でシリアスなものにしあげていた。

だから、それにあわせて、精一杯、シリアスにかいた。(AKIRAへの貢物だった)
だから、それを読んで、鋼牙かいてくださいといわれてしまったら、
正直こける。

AKIRAのものは、AKIRA独特のものをつくりだし、AKIRAの解釈で描いた世界観がよかった。
だが、憂生のものには、それがない。
と、いうことになる。

これ、いいですね。でなくて、
あっちの書いてください。

そういわれてしまう自分とAKIRAの世界。

と、いうことで自分の中の理由でしかないが・・。

デ、元のはなしにもどって、
ようは、納得させる「性格設定や心理設定」ができれば、
どっちが「受け」でも「攻め」でもかまわないわけだ。

だが、ぱっと見たとき、憂生の中で
アシュトンに攻めの性格は無理だとおもうものがあるんだろう。

チサトとクロードのカップリングについても同じだろう。
こいつらは、あわない。とおもってしまう。

だが、ここをひっくりかえして、
無理な性格のアシュトンが「攻め」にまわる設定とか?
チサトとクロードがひっつく設定とか、あわないなりにけんかしながらなんとかやっていくというパターンだってあろう。


こういう意味合いでいえば、
鋼牙とて、書けるかもしれない。
だが、君はしらなかったんだ。

憂生は鋼牙がなんであるかさえしらないってことを・・・。

SO2シリーズのこと

ボーマン・ボーマン4―ワンス・ワズ・ア・ツルーラブ―
を、SO2シリーズ内に掲載しはじめました。
このSO2シリーズは今、20編完成しているもので、
最初の4編。
キープ・ユーはSO2内のカップル成立篇にあたります。
異色・・いや・・・同色カップルである、レオンとクロードの結びつきから、
はじまり、ほぼ、全編(キープ・ユー4編)がレオンとクロードなのですが、
後にボーマンがレオン効果と称する不思議な「あてられ現象」にほかのカップルも成立していくというものです。

もちろん、憂生のことですから、内包心理と説教くささ?はたっぷりで、
レオンの名科白。
「性欲いっぱいのクロードはクロードじゃないっていうわけ?
汚くって、みっともないクロードだって、全部クロードじゃないか。
僕は、なにもかもうけとめたい」
この言葉に象徴される「許容」「包容」というものが、
レナの閉ざした心を開き、おちょこちょいのアシュトンに勇気をあたえていくわけです。
ところが・・・。

なんだか不安定な要素が別の部分からみえてきたので、
キープ・ユーの設定をくずさないように、
ボーマンを登場させ、不安定要素を解決していこう。

書き始めたところから、ボーマン・ボーマンがはじまったのですが、
この男・・・。
5,6を先行しましたが、「もつれごと」一見なんともなさそうにみえる「心の裏側にある不安定要素」をみぬくのにたけた男でして・・。

どうも、ボーマンだけでも、シリーズができあがる勢いだったのです。
SO2シリーズを食いすぎてしまうということと、キープ・ユー・からはずれてくるということで、
さらに、不安定要素部分については、イッツ・オンリー・ユアマインド(全6編)さらに安定篇に移行する、最後の不安定要素として、セクシュアル・モーメント(3編)にて、構成されたものです。
ところが、
これに、不埒な検索が入る。
確かにかなりきわどいことをかいていますが、
テーマとしては、「拘りや弱さの解決」みたいなところだったので、
レナとクロードのHシーン(このカップル設定はありませんが)とか、
キスシーンとか?
最初からそういう目的・・あるいは、そういうシーンがないとよめねえのなら、よんでくれるな。
というのと、当時熱狂的なSO2フアンがいて、憂生のシリーズをリンクして、
こちらからの訪問は禁止するという、なにか、悪いことでもしているような卑屈な態度で読まれる、扱われるってとこに腹をたててしまって、封鎖してしまったのです。

内容的にも、BLとノーマルカップリングと混在させてますが、
かなり、きわどい、あるいは技術的な?表現をしていますので、
この部分を目当てに
ハウツー物を探しにくる青い方(笑)や
そういうもろな検索。
(上手な女の***方)とか・・/爆笑問題
このあたりだけを読み取りたい不埒な検索に辟易したのと

以前にもかいたように、ほかの作品まで、汚染される。

あげく、アダルトサイトにリンクされ・・おにいちゃんにおねいちゃんが
こぞってやってくる。
迷惑メールが馬鹿ほどくる。

まあ、この作品も
性表現が嫌いという人間がよんで、
「ボーマンすきになりました」
「これは、エロ本じゃない」
「ボーマンは熱血教師みたい」
などなど、けっして、あおりを売り物にしている作品じゃないのに
誤解の上の
おまえにゃあ、八戒でもわたしてやろうかという訪問があとをたたず・・。

あ~~~。とくにソフトバンクの***さんとか~~~~^。^

そんな状況に嫌気がさしていたのですが、
物書き憂生。いかにリアルさを出せるかってところが勝負で
かいたものが、かほどにおっかけまわされるってことは、よろこぶべきことなんだろうと。

まあ、そんなんで、順番がかわっていますが、ぽつぽつ、様子をみながら出して見ようかと思います。

キープ・ユーに寄せて

SO2シリーズは今のところ20編あります。
15,6歳のころに作品もどきをかきはじめ、
18.19頃に性同一障害の主人公を描きました。
ひととおり、書き上げ、主人公が自分の人生を歩みだすという所で
おわったのですが、その続編を書こうとして、はたりと筆がとまりました。

全然、でてこないのです。

あたりまえかもしれません。同年代の人間のこの先の人生など、
仕事もしたことがない、世間も知らない苦労もしらない人間が
想像だけで描くには、あまりにも経験値がなさすぎたのです。

もう少し人生をわたってみなきゃ書けない(重さ・現実味・感情・・エトセトラ)を、つきつけられ、思い切って、断筆しました。

そんな憂生に書く気をおこさせてくれたのが、
同人先輩の祥子(彼女の魂が・・にて、登場)
彼女の魂が・・・でもふれていますので、詳しい話はおいておきますが、
キープ・ユー・一作めの手直しが元で、以後続きをかきはじめ、20作品まで数えることになったものです。

原作など全然知らず、ゲームの解説と1冊コミックをてにいれ、あとは勝手に
かきあげ、憂生さん、クロードの居るところは地球じゃあありません。
へ?
と、いう状態で、書いていったものです。

ボーマンを見つけてからは、むしろ、ボーマン視点で語れるものが多いときがつき、キープ・ユー・シリーズはカップル誕生編におわらせ、
キープ・ユーシリーズのエピソード・設定を土台にして、かくことになり・・
さらに、まだ、かきつくせないと、いうことで、つけたし、
そして、最近はボーマンの「解決力」を信じて、二つの作品、-ジンクスーとー時には乙女のようにーをくわえました。

この異常に甘々のカップルをかいていったことにより、
白蛇抄の執筆に結びつきました。

レオンの設定(キープ・ユーあたり)なども、時代物の子供とくらべたら、あまりにも、精神的に幼すぎて、書いてる自分が疑問を覚えるという状況になってもいました。

ただ、レオンに対して、特筆すべきところは
「受け止めたい」という思いをそのままにまっすぐ、持ち続けている。と、いう部分です。
性への恐れから、ディアスへ一歩ふみだすことができないでいる、レナをも変えていく「レオン効果」の原動力は
クロードのすべてを受け止めてみせる。という、信念に近いクロードへの愛であり、これをもってして、あまあまのいちゃいちゃりんもかきこめたと思いますので、どうぞ、気迫のこもったレオンの愛情(笑)にも着目してやってください。

SO2・・・に

性表現多しの物語ですが、

いろんな場面で「性を大切にしろよ」
と、いう作者の思いを入れ込んでいます。

自分でも、どこの場面か忘れてしまいましたが、
「アシュトンに対して、性を餌にして、つっているんじゃないか?」
と、いうボーマンの厳しい言葉があったと思います。

純粋に性で結ばれる。
と、いうことを、考える憂生自体が青くさい人間なのかもしれませんが、
多くの場面で、
凹んだ気持ち、欠けた気持ちでなく、大事なことにきがついて、
自覚していったうえで、パートナーと結ばれることが大切なんだ。
と、いうまじめな気持ち。
パートナーの価値を見直していく。
など、など・・・。

書いている作者、じつに涙もろい人間で、
自分でよみなおして、涙がおちるというという場面がいくつもあります。

バンダナを外す。男同士であるということを恥じる、隠す思いを
のりこえていく1シーンでも、おそらく、他のことと重なるのだと思いますが、自分の確執で身動きがとれなくなる。ここから一歩進んでいく。
とか、こういう自分の場面とかさなるのかもしれません。
何度か、書いたかもしれませんが、心を閉ざした人が自分のことを話し出していくようになり、憂生はそれを非常によろこんだわけですが、
こういうのも、乗り越えていく姿としても、良かったと想うわけです。
主人公たちをみていると、おなじように、良かったな。おまえら、のりこえたよな。と、架空の人間でありながら、ほろりときてしまう。
根が単純なんだとおもいますが、こういう感情移入をしてしまう人間が物語を読み直すと、自分でかいたものでありながら、ぽろぽろなけてくる。
お登勢なんか、最悪で・・・/笑

SO2をここにおいているけれど、どうでも、いいものではありません。
これにも、エロログ検索がきて、カップル+C。とか、性表現めあてかという
なんとも、情けない状況で、確かに性表現ありますが、多くの人から
「性をだいじにしろよというメッセージをうけとった」
「けっして、エロ小説なんかじゃない」
「読み終えると心が爽かになる。主人公たちに良かったねと想う」
などなど、感想やメールをいただいた作品だっただけに
エロログ検索をかけて、そこから読まれるというのが、つらかったところがありました。
かといって、封鎖しておいて、読まれるわけもなく、どうしても、
なんだ二次創作かとか、恋愛に入れてるけど官能小説に近いんじゃない?とか、エロログではいってこられると、他の作品までこの作品のように性にスポットをあてて、かいていると想われるとか、弊害はいろいろあるのですが、
それでも、アクセス解析が無い此処だから、逆にエロログ検索がわからないということもあり、おいてみようとおもいました。結果、10代カウントというあるいは、寂しい状況のものもありますが、エロログで着ているパターンもすくないような?そりゃ、性表現ありだと官能小説ばりによまれることもなく、
余り読まれてないことにほっとするという、へんな状況でいます。SO2は根強いフアンがいて、いまだに人気があり、熱狂的フアンにパーマリンクされたり、海賊リンクされたり(憂生の訪問はシャットアウトするという)ことも度重なり、憂生もますます、意固地になってしまったとこがあるのですが、今回、久しぶりに公開し、ぽつぽつ読んでくださる人がいて、ありがたく思っています。
この作品は基本的にはラフにかいていますので、肩のこらない、時に笑えて、ちょっと、かんがえさせられて、時にちょっと?Hで、時に深刻で・・
古い作品なので、ピンポイントがずれた甘甘カップルだったりしています。

楽しく、よんでいただけたら、良いかなと思い、こちらにだけ、公開しています。
があああ。
期待させるほどはおもしろくないだろうので、
逆の心理効果ですこし、底上げ。

あんまし、おもしろくないとです。つまらんほうに近いとです。
(因みに憂生は博多の人間ではありましぇん)

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ブロー・ザ・ウィンドに寄せて

読み直し


先日、ひさしぶりに、ブロー・ザ・ウィンドをよみなおしてみた。

いや~~~~~になるほど、

たどたどしい。

書き上げてしばらく(5年以上)は

書いてないことも補足してよんでしまう。

情緒でよんでしまうんな。

で、だいぶ、それがおさまってきてるだろうと思ってよみなおしたら、

ここ、おかしい。

そこ、変。

と、おもいながらよむんだけど、

まあ、心理追従好きな書き手なもんで、

自分で書いていて、なんだけど。

ひきこまれるん。

最初の頃に読んだ頃は、たいして、感動しなかったんな。

ちょっと、ほろりとくるかなあ?

くらい。

へたくそな書き方がちょうどいいんだろうな。

すらすら、よめたら、ぎゃくによみながしてしまうかもしれない。

つっかえ、つっかえ、よみおえたら、

なんか、ぽろぽろ、泣いてた自分だった。

どこが、と、いわれると、あちこちあって。

なにか、かきあげてから12年以上たってるとおもう。

その間、いろいろあったから。

心にしみてくるようになったんだろうな。

なくなったあめさんが、

この物語をよんで、心をひらいていってくれるきっかけになったのが

ああ、この場所だろうな。

このせりふだろうな。

って、思える。

一方でこのへたくそな文章を

よくよんでくれたっておもう。

直そうかとも、おもったんだけど、そのままにしておくことにした。

拙い奴が一生懸命かいたんだ。

それもまた、よし。

下準備?

まあ、せっかく書こうかなとおもったので、
「彼女の魂が・・」を物語に焼きなおしてみようと思います。

とは、いうものの、この話?
事件だな。

この事件がおきた・・・。
う~~~~ん。
この事件と遭遇する切欠になったのが、
一冊の憂生の作品。
「ブロー・ザ・ウィンド」なわけです。

この作品を読んだ多くの読者さまが自身の身の上におきた不思議な現象を憂生にしらせてくれたり、
物語にかかわる読者様の心情をつたえてくれたりしました。
物語の設定と同じ境遇、似た境遇の方が
亡くなった恋人、知人・・・に思いを寄せていくと、
幻想なのか、
事実なのか、
不思議な現象がおきたり、
心の均衡をくずし、不安定な精神の脱出口でしょうか、
精神が何らかの形でゆがみ、一番酷い状況では
境界異常(自分が誰かも認識できなくなる)という状況もありました。

一方で、この物語は
「生きている人を喜ばせる生き方をしていかなきゃ
生きてるとはいえない。生きろ」(死んだ人を思っていきてることは、貴女がゾンビなんだ)
「みんな、あなたが生きていることを喜んでいるんだ。
貴女が幸せになってほしいと思っているんだ」
その他多くのエールがこめられた作品でもあります。
今回、新たに書いていこうと思っている物語も
この「ブロー・ザ・ウィンド」をきっかけに
彼女が自分の背景を吐露したのです。

「号泣でした」
から、始まり、恋人を亡くしたこと。
そして、不思議な現象に翻弄されたか、意識喪失のまま、リストカットしたこと。
彼女の心の中に、恋人を亡くしたことによって、「生きていたくない」が
あり、そこに霊がもぶりついてきたのかもしれない。

そんなふうに思ったのが、最初でした。

新しく書く物語の中で、「ブロー・ザ・ウィンド」のことを、そんなに登場させるつもりはありませんが、
この中身がどんなものであるかは、
ブロー・ザ・ウィンド本編でなければ、語れないとも思い、
物語に先行して、ブロー・ザ・ウィンドを挙げておこうと思います。

挙げてきました。

ブロー・ザ・ウィンドを挙げてきました。

この作品は断筆から復帰しはじめたころに、
同人先輩とリレー小説でかきはじめたものでした。

この同人先輩が、「彼女の魂が・・」にもかかわってくるのですが、
そこはおいといて・・。

オルゴールの木箱の中に日記をしまうあたりで、憂生が、全般的なストーリーを思いつき、それを話したところ、『恋愛物は書けないな~』とのことで、以後は憂生が一人で、書き上げたものです。

今、改めてアップしてみると、
後に書評でいただいた『青さが残るものの・・』と言われた「青さ」の部分がよくみえます。

まず、表現しきれていない箇所を、~~~のようにという言葉で丸め込んでいるのが、一番目につきました。

挙げながら多少なおしてみたのですが、
ほかにもなおす部分が多すぎて
あ、こりゃ、おいつかん。
と、あきらめて、そのまま、あげました。

その「青い」部分が物語のイメージ、ムードを低いものにしてしまう可能性があることは、重々承知ですが、
今回も、読み手様の胸をおかりして、そのまま、あげることにしました。

元々が「彼女の魂が・・」のためなので、
あるいは、その頃の「青さ」で、とらえたものが、
一連の不思議な事件に遭遇させた理由であるかもしれません。

仮にいまならば、もっと、厳しい視線になって、
妙なものにつけこまれる?ことにならないのかもしれませんから、
このブロー・ザ・ウィンドの表現や感性の青さも
「彼女の魂が・・」の事件の、母体であったかもしれないと思えます。

****ばればれ?****

下のスレッドの中で、
主人公の女性が
アランに抱き寄せられると言う部分。

憂生もアランが急にそんなことをすることについて、
アランという男性に戸惑いがあることも、
女性の方にも
なに?!
と、いう思いがあって当然だろうと思った。
思ったがそういう方向から、
表現すると、
話が陳腐になると思った。

で、実際の本文・・・。

けれどアランは哀しい恋の相手を恋だと認めようともせずテイオにしがみついて生きてるレフイス自身をまず救い出したかった。

「なあ、アンタのテイオはこんなに温かくないだろ」

アランはレフイスを捉まえるとそっとだきよせた。

「あ!」

レフイスは小さく驚いた声を上げたけどアランの胸の中から逃げようとはしなかった。

「ん?」

アランはそうだろ?って尋ねた。

アランの言う事はレフイスの頬にじかに伝わって来る様だった。

アランがレフイスの顔をしっかり包むと更にアランの胸にピッタリと押さえる様に包みこんだ。

アランの体温の暖かさがひどく暖かくレフイスの耳にはアランの心臓の音がとくんとくんと聞こえて来ていた。

それは愛しい者を抱き寄せる事の出来たアランの生きてる喜びの声のようにも思えた。

安心しきって心ごと預ける事を許したくなるほどアランの心臓の音も体温も暖かった。

「あ、ありがとう・・・」

レフイスはアランの体をむこうに押し遣った。

******
そして、

******

「又、気をわるくさせてしまったのかな?」

アランがレフイスを覗き込んだ。

さっきまでアランの胸の中に擁く事を許してくれた少女は哀しい顔をしていた。

***こう表現することで、
少女がアランの突然の行動を受止めてしまわずに置けなかったことや、
それでも、やはり、受け入れがたい思いがあること。
を、表現して、
アランの中にも自分の行動が行き過ぎていることを自覚しているものもあることを
におわせたつもりでいたのであるが。

やはり、作者本人が
突然の行動をうまく、言いくるめたつもりでも、
書いた本人が疑念を抱いて策を労した部分である。

やっぱ、ばれちゃうんだねええええええ。
コメント
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よく考えてみたら、ブローは読んだことがありませんでした。
今、途中まで読みました。
憂生さんもこういう作品を書くんですねぇ。

アランが思わず抱きしめたくなる気持ちがよくわかります。
とても自然な行動ですね。
少女の受け入れられない思い、そういう思いがあると、確かに哀しい顔になります。
辛くなりますからね。
そういう気持ちのときに、さらに覗き込まれたら、私だったら拒絶して逃げちゃうでしょうね。(これは、経験からですけど)

ごめんなさい。続き読むことにします。。。

事実は小説よりも奇なり。  

ちょっと前に16歳の女の子と文通なるものをしていた。

こいつ、いろいろあって、詳しい事はとてもしんじられないってことなので、省くけど、

リスト・カットやらかしていたんだ。

こいつに憂生の「ブロー・ザ・ウィンド 」という、小説をよんでもらった。

返事は・・・。

事実は小説よりも奇なり。

こいつはその小説さながら、幼馴染でもある、恋人 をなくしていたんだ。

「号泣でした・・・」

その小説を読んで、彼女は泣いた。

また、ある日。

いろいろ神経的に参ったせいだろうね、彼女はもう、直ったはずの手首の傷が酷く痛んで眠れない夜があったそうだ。

ふと、ベッド の足元を見たら死んだ幼馴染がいて、彼女は思わずそばににじりよったそうだ。

すると、幼馴染は彼女の手首をそっと、にぎりしめたそうだ。

あんなに眠れなくさせた痛みが嘘のように引いて、とても安心して眠りにおちれたと、彼女は手紙 をよこした。

「もう、彼以外の人にだかれることはないだろう」

と、彼女はかきそえていた。

でも、あの小説の中のアランのようにきっと、お前の心を解きほぐし包み込んでしまう人間はこの世の中にきっと居るんだよと云うことだけはしんじてほしいと、

そして、あてどないつかめない空虚に心を飛ばしていけなくなるときがきて、そのときに素直に誰かの愛を求めてゆけるようになるときがくるのを、きっと、幼馴染こそが一番望んでいるんだって、そっと、いいたかった。

でも、それも、きっと、この小説がきっと彼女にはなしてくれてるだろう。

アランのような人が現れたらいいなって本気で思えるほど幼馴染の死を乗り越えられる日が来るのを祈っているだけしかない憂生でした。

読んでくれた・・貴方に・・・

ブロー・ザ・ウィンド

優しい表現と

「風」に吹かれるという意味合いをあちこちにしかけました。

何よりも大きな風がなんであるか、わかりますか?

運命を変える風。

人生にそよぎ続ける風。

そう

恋風 」です。

この話、書いた直ぐあとくらいに16歳の女の子によんでもらったことがある。

そしたら・・・。

この子主人公の女の子とよくにた状況でね。

幼馴染を亡くしたあとで、恋だったときがついて・・。

この本読んで、「号泣でした」って。

もう誰も愛さない。

そういってた。

でも、きっと、きっと。

アランのような人が現われますように。

HPにリンクするときも

憂生はそんな祈りを込めました。


続きを読む

俺の胸の中の陽だまり・神戸にて・・に寄せて

読んでくれてありがとう。

fukkatumaro さま。

俺の胸の中の陽だまり・読んだでごじゃるよぉ。

の、足跡コメント、ありがとうございます。

かれこれ、10年がたつあの神戸地震 に遭遇した
ある浮浪者が
もう一度、普通?の生活を取り戻してゆく。
そんな話を構想にもっていたのですが、
「俺の胸の中の陽だまり」は
その浮浪者が地震に遭遇するほんのちょっと前の出来事を書いてみたものです。

まだ、全部を物語に出来るか、どうか、わかりませんが、
いつかは、書いてみたいと思っております。

                憂生

俺の胸の・・・に寄せて

  • 投稿者:さらさら
  • 投稿日時:2009-10-24 22:04:12
  •  主人公の弱者の立場から来る、不安や葛藤がよく描かれていると思います。
     案外、本人の被害者妄想で、そこまで皆にひどく思われていないのではないかとか、警察だってそんなにひどい対応をしないのではないかなど、思わず主人公を応援したくなります。
  • 投稿者:ありがとう。
  • 投稿日時:2009-10-25 08:50:51
  • この話は、なんらかの理由(ここはまだ、内緒)で浮浪暮らしを始めた青年が仲間の人生・事情をしっていく、途中で神戸地震に遭遇して・・。
    仲間の死を看取ることになります。
    そして・・・。
    この地震でのいろいろが、青年を立ち直らせていく。

    その青年のある日の出来事なんですよ。

    まだ、ちょっとしか、書いてないのですが、
    構想ノートとして挙げてみますので、
    また、ご批評ください。

  • 評価者:エイチクン
  • 評価:4 ★★★★☆
  • テーマに共感できました。
    文章はこういうのが今、流行っているのかなあって思いました。
    「堕ちた人」っていうの、俺でもありますから、仲間ですね。
  • 評価日:2009-10-13 18:38:53

このお話、何だかすっごく好きです。(^_^)

念のため。
この男の年齢は定かでない。
女の子が
「おじちゃん」と、いっているが、
それは、女の子から見た感覚である。

5,6歳の子供がおじちゃん、おばちゃんという場合のあいての年齢は幅広い。

いくつなんでしょうね?

じつは、
この話は、神戸地震へつながるんだけどね。
仲間の境遇や、
浮浪者の女との性。
こんなものをかいたあとに、
男は占い師に声をかけられるんだ。

「あんた、ここにいるひとじゃないよ」
神戸をたちされといわれるんだけど・・・。
男は残る。

そこで、仲間の死を見取る事になる。

仲間のポケットには古ぼけた写真がある。
いつか、もう、嫁に行ったかなと見せられた娘の写真であるが・・・。

あいも変わらず性と生と死をとおして、
男が人生をつかみなおしてゆく所をかこうとおもったんだけど・・・。

いまひとつ、構想が湧かない。

あるいは、この設定を基本に
現実?のある男の逃避をこめてみようかとも
考えてもいる。

だが、
まだ、オフ・リミットだな・・・。

なーんか、感動(*'ー'*)ふふっ♪
どうして、そういう感じを上手に伝えてくれるんだろう!(だから作家なんじゃん)

短いなりに全部がいい!。。。(なにを私は言いたいのか。。。?)

またまた、、すいません!

このお話、何だかすっごく好きです。(^_^)
いいなぁ。時間的には短くて、舞台も公園で繰り広げられている。
でもとっても広く心にしみる!
さすがです!\(*^ ^*)/

 なんか・・いいなぁ~~
この季節にダブって・・見えて・・
年末って感じだなぁ・・って想いながら読んだよ。

素敵な、物語をありがとう。

うわあ!やっぱウイウイだ!!すんげえ物語だあ!!!
くっそおー。負けるもんかあ♪(^O^)/

あ。背景変わってましたね。どっかでも見たよな♪
僕も年明けから変えてみまーっす。



宿根の星・・に寄せて


身(み)の上話ではない・・・

宿根の星・・を読み返してみて、完璧に有馬のモデルは坂本竜馬だと思う。


仲良くすればいいじゃないですか。


竜馬にとって簡単な解決策。


大政奉還は、実に簡単な童心でしかない。


人を動かす男というのは、なにか、「魅」を持っている。


歴史の表面に出てくることの無い、人物の「魅」


この部分が解からないから、


歴史の多くの事件が見えない。


魅了する側も


魅了される側も


同じ「魅」の上に立つ。


その「魅」を知ってみたいものである。

宿根の星・・に寄せて

宿根の星・・・。

この物語も、1/2ほど書いて、随分長い事、ほうり出していました。

おそらく、御社の瑠墺が、渤国の星読みを読む・・。

このあたりで、2年?近く、ほったらかしに、しておいた・・・・・。

おかげで、細かいところを、ぽつぽつ、忘れて、

渤海だったか、渤国とかいたか・・・。

だけど、何故、続きがかけなかったか?

憂生側の「人生経験」?が足りなかったとしかいえない。

そして、ほったらかしに、しておいた2年近くの間に

憂生自身への問い直し・・・。

ひとつの結論?捉え方?を見出したときに

この物語の続きがあっさり出てきました。

それは、また、別の部分からも。

「占い」などに興味を覚え

占いヘの考え方や占い自体の考え方なども

憂生に影響を与えました。

運命は変えられない。

こんな言い方をよくしますが、

確かに、運命は変えられないことが多いと思います。

それは、何故か?

運命と言うものが勝手に定められたものだと考えられるのですが

本当は、本人の思い方エトセトラなどによって、

その運命に道筋をつけている、と、考えます。

つまり、たとえば、運命を変えようとしたら、

自分の性格とか考え方とか、「自分」を変えるしかないわけです。

ところが、自覚している「自分」でも、中々、変えることができないのに

自覚さえできない部分があるわけですから

自分を変えることは、ほぼ、できない。

ひいては、運命も変えられない。

結局、運命といえるような、出来事に遭遇して

「自分」に気が付くか、

「なんで、私がこんな目に?」

と、恨むのが、関の山。

ほんのちょっとの、「思い方」で、すでに、運命を変えてしまってる。

なにか、そんな事に着目したら

あっさり、この物語の続きが出てきました。

思案中・・に寄せて


愚痴です。  【思案中に・・】

先のページでは、まあ、冗談めかしてかきましたが、
あるふるい友人?が不倫をやっていて、
そのあたりのことは、
憂生は、
反対意見なわけです。

ずばりと意見しても効き目がなく
憂生自体がそういう考え方が嫌いだということを
日記でかけば、
「そういう目でみていたか」
と、いう被害者になってしまう。

どうにもならないわけで、
ほっておくしかないというか、
なるようになるしかないわけですが、
お互いの伴侶の存在を考えると
正直、聞かされたくない話であり、
どう思いきろうかという話なら、まだしもなわけですが・・。
認めてくれ。判ってくれという気持ちだったらしく、
まさか、このちゃらんぽらんの性格のせいでしょう、
憂生が反対意見とはおもわなかったのでしょうな。

まあ、物語では、
不倫を清算するという考え方を
ひとつ、提示してみたくもあり、
メッセージではないのですが、
自分の伴侶のことをかんがえなおしてほしいという思いかな・・。

こういうのを、
ちょっと、かいてみようかと・・。

まあ、ブログのほうが、彼女が読む可能性があり、
その裏話はさすがにブログにはかけないし・・。

ここに挙げない物語の話ばっかりして
もうしわけないのですが、
吐き出し口です。

つまらん愚痴を読ませてしまったと思います。
すみません。

吐き出し口・・・・(思案中に・・)

え~~。
ブログのほうで、本編を書いて、ここで、「ぶつぶつ」をかいてるわけですが、ちょっと、どう進めていくかにまよって、
一休みです。

占い師の一言がさししめした、言葉は、
ふたつあるわけで、
ひとつは、
「その思いに振られてしまってはいけない」
ということで、
この言葉をはねのけてしまう主人公が、
こじつけで、馬鹿にしてる。

と、いう言い方で占いを中断してしまうとこに
すでに、
「その思いに振られてしまう」彼女になることが、明白なのですが、

もうひとつ。

「よくてもわるくても、おどろいちゃいけない。時期がきたんだ」
という言葉を「彼女」にどう解釈させたか。
あるいは、彼女がどう「解釈」したか・・。

この部分に迷っている。

と、いいつつ、主人公の気持ちをおしはかる中で
あいつの思いはこんな風だったかな?
と、思う気持ちがあります。

「言ってはならないことをいわずにおけなかった、みじめさ」
と、いうものを推し量りながら、
物語のままに進めていますが、
この物語も
最終的にはハッピーエンドにしていきたいとは思っています。

なんらかの窪みや凹みに気がついていくということを
ハッピーエンドとよんで良いかどうかわかりませんが、
自分のくぼんだ状況に気がついていくということは、
かなり辛いことではあるものの、
だからこそ、幸せな生き方に気がつけるということもあり、
惨めになることができるのは、
大事なことだともいえます。

問題はどう観をかえるかということでしかないのですが、
主人公の価値観をひっくりかえす「考え方」は、占い師によって、
きっかけをあたえられ、
「彼女」によって、見せ付けられる。
という物事にしていこうと思っているのですが、
人の価値観を是正するほどの「彼女の思い方」を今、検討しなおしているわけですが、
すべてが頭の中に入っているため、
「もやもや」状態で検討物件として、つかみ所が無い。
朧を掴むために文字に移しかえる書き方をしている憂生ですから、
もやもやを頭の中でふりまわしていても
気分的に綿菓子の機械の中の綿飴は橋(だっけ?)にも棒にもかからん。

掴んだと思ったらじゅわととけていくような・・。
な、もんで、やっぱし書くしかないのだと思いなおし、
「ぶつぶつぶつ・・」の効果があったかと・・。

豪語、轟々、そりゃ、行け、GO!GO! 【思案中に・・】

思案中を書き途中ですが、(注*書き終えています)女性目線での「男への思い」を書きながら、

実際、ここから、何を抽出していこうとしているのかと

自分を考えています。



このところ、

科白の羅列という、書き方が酷くなって、

シナリオか?(古くなりましたが、欧米か?的イントネーション)と思うような・・・/笑



いろいろ、本人思うところがあるのですが・・・。



この先で、はっきりしてくるのが、

「いわなくても良いことを言う」私と

「実はいいたいことをこらえている」彼女との対比です。



そして、奇妙なことに

言いたいことを堪えてる、その「言いたい事」こそが、真実であり、

それを「私」に告げる「惨さ」に口を閉ざさざるを得ない。



言い換えれば

「口にだせることは、まだまだ、事実でしかない」

浅い段階なのかもしれません。



この部分を「彼」を使って、えがきだそうと思っているのですが

無茶に構成をねらずに書くもので、

だんだん、つじつまが合わなくなってくる部分がでてきて/爆笑



そのつじつまあわせと違和感をかんじさせないストーリー展開をつくろうと、

無い頭をひねってみています。



などと豪語して、なんじゃ?それ?

に、なってしまうことが・・・70%の確立で発生するという「嘘つき物書き」でもあることを承知願いたくおもいます。

思案中に・・・

思案中の中の考え方に
「護るものを護るとき、時に片側を残酷なほど傷つける覚悟をもたねばならない」
と、いう憂生の考え方があると思う。

ただし、残酷なほど、傷つけられた側は憂生である。

そこまでして、もう一方を護りたいと思うその思いを良しとした。
中途半端にあっちにふらふら、こっちにふらふらと
かわいそう、辛いという感情にまけることしかできない相手に
どっちつかずで、生きているのを、赦せるほど憂生は人間ができていない。

むしろ、こっちを傷つけてでも、もう一方を護りたいと思ってくれたことに感謝した。

こういう憂生の通り越しがあるので、
物語中の彼が、
本当に守るべき物事に気がついたとき、
あるいは、残酷に主人公と決別する姿は
得たものをきちんと掴みなおした姿として捉えている節がある。

こういう憂生のちょっと、変わった取り方を
物語の中で、当たり前としてだしてしまうので、
いろいろと、誤解?をあたえるだろうし、
こういう取り方をあてはめられない物事にも遭遇している。

両方を護ろうとして、「自分が堕ちる」という側面から、
どういう風に、すくいだしていこうか、と、考え、まだ、
ここから、ぬけきっていない。

事件でいえば、加害者も被害者も救い出す考え方だといって良い。

あたらしい生き方を掴むに、切り替える、環境ごとかえてしまうという
ことが、必要な時、
その変化はすさまじいエネルギーを産む。

それが、たとえば、地震だったりと、考えたとき

その残酷さに打ちひしがれている場合ではない。

あたらしい生き方を掴むチャンスであると、自分をたてなおしていくのに、
なにも、簡単に立ち直ってきたわけではない。

倒壊した建物を、亀裂をみるたび、もがいた。

もがきながら、やっと、
一番最初の言葉を言える自分ができてきた。

酒におぼれ、気休めの恋に酔った。

そして、やっと、そういえる自分になった。

と、いう裏側がある。

思案中・・・・に

だいぶ先のページでも「言わなくても良いことをいう」について、ぶつぶつ、いっていたと思いますが・・・・。

言わなくても良いことを言ってる、ことを、告げるという真実?を相手に告げるということほど、難しいことはないと思うわけです。

「言わなくても良いこと」をいうくらいですから、
その事を口にだすことが、どういう事になるか、わかっていない。

物語の中で
彼女を傷つけるために、「言わなくても良いこと」をいう主人公がいます。

このあたりをいう主人公は、はっきりいって、「夜叉」のような人間なわけですが、彼女はその真実を主人公につげることができません。
あまりにも真実だから。友人が「夜叉」になってしまったことを本人に気がついてもらう惨さ。反面、友人を「夜叉」にしてしまったのは、自分なのだと思うと、なおさら、言えない。

そんな主人公に「真実」をつきつけられる相手は「彼」しかいないわけです。

「自分がしでかしたことは自分に必ずかえってくる」という見方もあります。
そして、「真実」にきがつかないままの主人公でいいのだろうか?

そこで、「彼」を登場させたわけです。

圭子に流せといった「夜叉」の姿は
俺の子なら流せよという、「鬼の仕打ち」で帰ってきます。
彼との交渉をつきつけて圭子をみじめにさせてしまう姿も「夜叉」
これも、女房を嬲りものにする男などいないとつげることで、
主人公は嬲者にされていたことを圭子に晒してしまう哀れをやっていたわけで、圭子はその「真実」を友人に告げる惨さに口を閉ざす。

どういうことをしていたか、自分の姿をかえされなければきがつかない。

彼を「気がついていった人」というポイントにおいて、
自分の身勝手さがいかほどのものか、判ったから、
「気がつかない不幸な愛人」を「傷つけて」でも「いかにつまらないことをしているか」きがついてもらうためにも、「鬼のような仕打ち」をするしかなかった。
彼にはもう「圭子」という価値がいるけれど、愛人は、まだ価値にさえふりむかない。
それは、彼がいるせいでなく、「真実(夜叉)に気がつかない」せいであるのなら、この6年間の彼女の人生を狂わせた侘びは、「真実をつきつけて、目をさましてもらう」しかなかったわけであり、それをいえるのは「彼」しかいなかった。
圭子が本当に人を思う姿が「彼」にまでつたわり、彼を人の本性にたちもどらせることができたのも
「自分がしでかしたこと(良い悪いにかかわらず)が帰ってきた姿」であるのなら、
愛人(主人公)の結末も「自分がしでかしたこと(良い悪いにかかわらず)が帰ってきた姿」であり、
それぞれの結果をまねきいれたという点では同じだと思う。

思案中というタイトルは、最初からぽんとおいた。

でたぞ。またしても、野生の勘か?
に、しちゃ、なんじゃ、このタイトル・・。
非常に違和感をもちながら、最後まで、そのままで書いたわけだけど、

この物語をかきおえて、それでよかったと思えた。


この物語のラストは非常に歯切れが悪い。

主人公はそれで、大事なことにきがついていくのだろうか?

最後まで、みっともなく、もがき、
自信満々でやってきたことがくずれさり・・・。

ホテルに置き去りにされる。

自力で帰るしかないという(シャドウ)と

思案中というタイトル。

この先彼女は
「自力で帰る」⇒「自力で変える」
「この先の生き方をどう変えていくか」⇒「思案中」


つまり、気がついて、自分をかえていく方向にむく。

と、いうことを前提に敷いてるタイトルなのだ・・。

こういう意味では、ハッピーエンドの物語だと思うのだが、

あかんか?

懐の銭によせて


懐の銭もそろそろ、終になる。

時代ものは、言葉がむつかしいから、表現に困る事が多い。

現代用語じゃないか?と、迷うものもあるのだが、
全部が全部、時代物の言葉でやるわけにもいかないだろう。

新之助シリーズはコメディなので、この禁をやぶって、
ストレッチをしていたとか?
良いコンビじゃな~~~い。
とか、書く事が出来るんだけど。

一番、困ったのが、白蛇抄のなか、
シャクティとマントラだった。
やむを得ずそのまま、使った。

エネルギーなんて言葉は絶対ありえまいと、生命の根源力とか、
ザーメンなんつ~~言葉もありゃしない。
精にした。精液では、現代語だろうし、物体そのものをさすが、精だと、もっと、広意義になる。「精のつくたべもの」「精魂つきはてた・・」などといういみあいの精。樹木に宿る精霊などの根幹てきいみあいとしての精もあろし・・。

日本語だから、漢字だから、なんでもかまわないかというと、そうはいかない。
性欲?というのかな、これも、「ほたえ」という表現にかえ、
神が顕示をみせてくるその万象を、「あふりをあげる」
と、いうぐあいにかなり、知られていない言葉をつかうはめにおちいって、
辞書をひいても、ない場合があり、読者様が前後の文節で、
「まあ、こういういみだろう」と、おぼろげにつかんでくれればことたりることなので、そこらへんは、自分の本の読み方を基本に考えていると想う。

辞書をひいてまで調べるというタイプのひとは、書くときも

かなり、言葉を調べては、書き、しらべては書きとやるようである。

考えながら?書くタイプなのだろう。

憂生は思いついたことをとにかく、文字にうつしていかないと、
どこかにとんでいきそうで、とにかく、書いてしまうというタイプなので、
書いてる途中で、一文字だけの表現。語彙・類義語・などを調べに行く人をみていると、どういう記憶力をしているんだろうと感心してしまう。

おもいつくまま、かくものだから、同時多発的に各人物の心理がうかんできて、これをどういう風にかけば、順番がつながるのか?とか、瞬間的にきめなきゃならなくなる。

よくがでてきて、、こっちからの心理、あっちからの心理とかきつらねようとおもうと、これをくわけしなきゃならないわけで、誰の心理か?ってわかるようにしなきゃいけなくなって、

正直、整理関係はうまいほうじゃない。
授業のノートのまとめかたとか・・・。
書類の整理とか、伝票とか、資料とか・・。

そんなやつが、多次元視覚?でものをかくってパターンをやるもんだから、まあ、はっきしいって、よみにくいったらありゃしない!!

停滞中

懐の銭は原本?があるわけですが、
元の話のタイトルを失念したという大馬鹿ものでして・・。

今、とまってしまってるのは、結末をどっちにするかというところです。

もちろん、原本があるのですから、
その大筋を替えることはできないし、
その大筋が気に入っての、トライ作品なので、
元のままの結末ですが、

そこまでいく道を右にしようか、左にしようか。

これをきめかねて、今、とまっています。

原本もある意味、都合の良い設定なのですが、
「あるよな」
みたいなところで、都合の良い設定を感じさせません。

右のほうが、ある意味感動的な道なのですが、
感動的というのは、ともすると、
「あり?」みたいな疑問を抱かせ
いかにも、都合の良い設定にみえてしまうわけで、
ここにもっていくネタ仕込が薄かったと思うので
なおさら、とってつけた感を払拭できるかどうかが問題点。

左は「あるよな」という原本に近い設定だけど、
感動場面がいまいちか・・。
感動場面の説得力にかける。

どっちのルートのほうが、よいか、まだ、決定打をみつけられずに、ぷらぷらしてたら、・・・。

ちら・・・(時計をみる)
えらい時間やないか~~~~~~~~~~~~。

ねよ。

すんません。
つまらん話のせてしもうて・・。

懐の銭・・のことから・・

自分でいった科白におとおしされて、
此処での掲載を遂行することにしました。

「問題は書くことにどこまで誠であるかでしかない」
そして、前に進むためにも、新作にむかっていこうと。

あいかわらず、本調子でなくて、
書いていきたいものに、向かうことができないのですが、
それでも、まずは、これ以上、休筆中をふやさないためにも、
懐の銭を仕上げてしまおうと思っています。

今までのところ、
ありきたりな話ですが、
憂生がこの有名な人情話をえらんだのは、
実はこの先の展開をどう料理できるかということにありました。

そのために、ありきたりな部分に
この先の、展開のネタになる部分をしこんでいます。

展開部分での男の心理にこくをだす、
スープ(下地)をつくってきました。

と、えらそうにいえるだけの
仕上がりにできるかどうかが、
まさに
「書くことに誠である」べき実践だとおもっています。

うまくいくかどうかなど、考えずに
「熱のこもったものをかけ」
と、
いいきかせながら、かいています。

ですから、大変不遜ですが
うまくかけなくても、
それをよませてしまっても、
憂生はわびることをしないでおこうとおもっています。

懐の銭に寄せて・・

さてさて、いよいよ、懐の銭も場面転換をむかえたのですが・・・。

原作・原本のある話のやきなおしではありますが、
ここからが、むつかしい。

男がどう考えるか。
と、いうことを今までの話から
掘り起こしていかなければならないわけです。

ひとつ、考えてみては、
いや、これじゃ、矛盾する。
とか
こんな風に(どんな?)おもうだろうか?
とか、
手探り状態で、
話というかたちにまだ、なってきません。

過去、このパターンでたいてい、停滞しました。

この時にのりきる方法はふたつあります。

ひとつは、立ち居地の変換です。

男の思いからでなく、池の男や、ほかの人物からの視線で
語らせたり、ほかの人間だったら、どうするか?という
解決方法でのりきる。

もうひとつは、でるに任せるです。
御幣がありますが・・。
とにかく、ゴールがみえない状態ですから、

マラソン同様・・
あの電信柱まで・・とか、自分の見える範囲までをとにかく書く。
電信柱まできたら、視界がひらけたり、
次の目標がみえたり・・するかもしれません。

いわば、時間かせぎですが、ソノ間に気がつかなかった男の心理がみえてくるかもしれない。
多く、停滞のときは、こう言う風にして、のりこえてきたものです。

今、懐の銭以外に停滞したままの作品は7~8こあるとおもいます。
どうしても乗り気になれないときは、
マラソンで言えば走ることさえやめてるわけですから、いったん、リタイヤします。
作品に向かってる時はソノ方向しかみないということがあるので、
別の作品にトライしたり、リアルにもどったり・・。
こういうことをして、少しは人生経験?がつみかさなると、かけるときがあります。
宿根の星・・などはそのさいたるものです。
どうしてもかけなかったのが、占いなどに傾倒して、
その考え方を自分の中で自覚(意識認識)したことにより、出来が同化はべつにして・・・。
続きがでてきて、ラストにもちこめました。
正直、懐の銭もかききれるか自信はありませんが、
まずは、次の電信柱・・をめざしてみます。

懐の銭に・・

懐の銭を、書き始めて、実は2年近くたっているのではないかと思う。

正確にいうと、書くといい始めてだが・・。

有名な人情話で、落語のようなウィットがある。

細かい設定はわすれたが、銭をなくした男が身投げするのを止めた男がいた。
結局、銭はうけとり忘れておきっぱなしになっていて、届けられて判る。
おちょこちょいで、死ぬところだったわけである。

およそ、これだけの話だったが
隠居や女将と登場人物をふやし、
お里をもりこむことで、銭がみつかるだけでなく、
「どっちみち、娘をとられちまうんだな」
という、幸せな結末にもっていくことで、
3人が助かる。
と、いうおおがかりになってしまった。

ブログのほうでは、途中でぶちぶちをいれてる。
隠居の1両の銭に対してのエトセトラ。

これをして、またも自画自賛。
ここが、ネタ仕込みなのだと。

呼び銭というモチーフをつかいこなせるか、どうか、
モチーフ(小物)につかえるかどうか、
目鼻さえついていなかったが、
なんとなく、これだ。と、おもっていたところの、
野生の勘がひさしぶりにわいてきたことが、うれしかった。

過去、大言壮語して、曰く
『閃いたこと、ちかりとひかったものを
逃さず掴むことが、できるのが、物書き』

で、あったのに、ここ何年間か、さっぱり、閃かない。
いや、閃いているんだけど、逃す。
逃すもんだから、ぷちぷち、考えるほうが多くなる。

物書きにもなれない状態で、
それでも、とにかく、なにか、書く。

新作?のこと・・

どこかで、ぽつぽつ、かきはじめていたんですが、

あらためて、書き直し。

元々、山本周五郎の人情話が好きで、

性善説というのか、多くの物語も

「憂生さんの描く人物のおおくはけして、奥の部分がにごらない」

と、いわれたとおり、

基本的には、まじめな人間が多いです。

これも上にかいたように、

山本周五郎からの感化でしょうね。

感化というより、憂生自体がそういう考えなので

周五郎に感銘したというか、共感を得たというのか。

具体的に意識・自覚させられたというか。

この周五郎を師事した作家に

藤沢周平がいますが、文体や文章表現は正直、藤沢周平のほうが巧みです。

ですが、周五郎のもっとも中心軸というか、

人情部分が周平の場合、一種、概念って感じがする。

周五郎は周五郎のまなざしといっていいだろうか。

文字で言えば周五郎は「赦す」であり、

周平は「許す」。

この違いがどういうことかは、また、別の機会にしておいて、

今回、憂生の作品。

現存の題名どわすれの江戸人情話から、おこしてみようと思っています。

大まかな設定とストーリーがあるので、逆に憂生の得意な(でも、ないか?)

心理や感情みたいなところから、

捉えてみたいと思っています。

懐の銭を書きながら・・

懐の銭をのんびりとかいています。

あいかわらず、おおまかな構想だけを軸に本編はぶっつけ本番でかいていくわけですが、前回の創作談義でもふれたように、有名な人情話を憂生風にやきなおしてみているので、元の話をそのまま、同じようにかいちゃあ、焼き直しとはいえまいってのがあるわけです。

ですから、「男」を語る目線(女将)をすえていくことで、逆に、有名な人情話って、どのことだろうってわかりにくくさせることにちょっと、功を奏しているかな、と思えるわけです。

憂生のもともとの持論ですが、人間1億もいれば、にたような話、考えはもつもので、

その考えや話を文章にするかしないか、読み手の目にふれるかふれないか?

それだけのことで、二番煎じなんてものは無いっておもうわけです。

ところが、今回の話は完璧に二番煎じなわけです。

これを憂生風にもっていくということは、憂生だけにしかできないことなので、二番煎じだろうが、ぱくりだろうが、いっこうにおかまいなしなわけで、

まあ、たとえば、京極夏彦だったかの笑う伊右ヱ門だったかな・・。

元ネタは四谷怪談のお岩さんの話だったわけで、これを京極氏が京極氏風に焼きなおして書いている。

元があっての話の焼き直しはおおまかにふたつの手法が成功を収める。

ひとつは、「新解釈」とでもいおうか。

視覚をかえて書いてみる。設定を変えてみる。という、文字通り解釈の仕方をかえる。ということだろう。

もうひとつは、原本では、分析しきれなかった人物の感情を浮き彫りにしてみる。

と、いう、「解析」とでもいっておこうか。

もっぱら、憂生がめざしているのは、「解析」のほうになる。

過去、原作(輝の作品から)があって、新たな解釈という形をとって、かいたのが、

「底で・・」になるわけだけど、これも、もちろん、「解析」部分が基礎になっている。

原本があるというものを焼きなおす時に一番憂生がひかっかるところは、

「この行動の裏の思いはどうなんだろう」

って、ことになる。

懐の銭でいえば、「男のやけ」これを、まわりの目でかたらせることで、

男の裏がみえてくる。

与太者相手に酒を飲み始めた頃には

与太者にたかられているだけの男という外面だけでなく、

女房と、まともに口をきけなくなってしまっている男をレリーフにしてみたかった。

こういうささいな心理をちょこちょことさしはさんでいくことで、

原本にはない、男の存在感や女将の目線の音叉現象?で

男への感情移入効果を入れ込んでいると思う。

これは、もう憂生の野生の勘というか、天性(おい!)というか、

毎度のことながら、計算して書いているわけではない。

つまり、おおまかな構想があり、ストーリーは原本がもってる。と、いいつつ、

実際、テキストにむかいあうと、この「仔細な作業」がはじまるわけで、

「解析」をいれこむ作業が実にはかどらない。

いや、はかどっているんだけど、ストーリーという流れになかなか、のっていけない。

場面でいえば、もう、さっさと、修造が借金のかたに娘を云々というところにもっていってもいいわけだ。

ところが、それじゃあ、解析がなりたたなくなる。

おおそとをぐるりと回る。

この手法で、人物の性格が見えてくる。

男をいえば、なにかしら、「よいもの」があるからこそ、女将が男に親身になる。

女将の葛藤によっても、女将の性格が見えてくる。

こういう感情面からの肉付けというのが、じつに、地道といおうか、まわりくどいといおうか。

これが、憂生の文章への好悪を分けさせるものだろうと思う。

かくいう憂生もなかなか、話がすすまないので、

物語をかくのっては、ある意味、忍耐力が必要なのだと痛感させられる。

物語を支えるもの

あれや、これやの続き物をほっちゃらかしにして、

懐の銭をかきはじめております。

もともとの某有名人情話を憂生風にやきなおしてみることで、

スランプ?状態を打破しようというか・・・。

とにかく、なにか、かいていかなきゃいけない。

って、いうむりやり「書くぞ」路線に自分をひきもどそうって魂胆ではじめたわけですが・・。

時代調のものは、いままでにいくつか、かいていますが、

どうも、「女」が絡む。

あ~~。

野卑な意味じゃなくて、

「男」の不可解な行動を分析していくのに、「女」目線が必要な部分があるというべきかな。

壬生浪ふたりでも、小枝でも、宿根・・でも、お登勢でも、白砂に落つ、でも

「女」目線が「男」の行動をだきとめていく。

おそらく、今回の懐の銭も、「男目線」でかたってしまったら

「落伍者」としてだけの「男」の人生をとらえる形になってしまうだろう。

古い言葉に

「女は男を抱くだけのものをもっている」

って、言葉があるんだけど、

憂生自体物語をかいているとまさに

「女のキャパシティ」にささえられてかいていけると思わざるをえないのであ~~~~~~~る。

拘束(蛮×蛇)に寄せて

「拘束」のこと

犬夜叉の蛮蛇小説(小説というほどのものでない。ので、憂生はいっちょも、小説をかけていないのだが)
これは、相方が蛇蛮をかいていなかったら、書く事がなかったものだった。

ルーミックワールドにおいて、デビュー作品から、乱馬1/2、メゾン一刻までは所蔵している。

だが、犬夜叉は、もうしわけないが、読む気になれなかった。

その理由をうまく説明できない。

ところが、相方が蛇蛮にはまって、これを描きはじめた。

秀逸な表現。シリアスな部分での蛇骨の心理をかたどる独白はすくなからぬ恐れをいだかせた。
正直にいえば、むこうが、「絵」でよかったと思った。
あの才能で、文章を構築したら、こちとら、雲のむこうにふきとんでしまう。

その相方のために、「拘束」をかきおろした。

ところが、まともに読んでいない。
おぼろげには知っていたが、注目していないものは、細かな設定などわからない。
いきおい、相方が奥義書なるものをおくってきてくれた。

キャラクターの性格から、役柄を決めるに随分助けられたが、
すでに、おおかたしあがっていたような覚えがある。

後半部分で蛮骨の武器を大刀と想ってかきこんでいたのを、
奥義書をみて、大鉾としって、かきなおした。
楓とかごめをとりちがえた科白をかき、
犬夜叉はばあさん思いなんだと相方に指摘されるまで、わからないというほど、犬夜叉については、知らない。

多少は奥義書で勉強したが、「拘束」に扱えるキャラクターを捜すためだったから、あとの・・なんとか丸・・が犬夜叉の兄だとか・・?殺生丸?
など、さっぱり、頭に残っていない。多分、今回無用で、キャラクター解説さえよんでいないのだと想う。

憂生の裏側にこういう「無知」があると、思われなかったことは、自身をほめるべきかもしれないが、以前、ちょこっと、かいたが、鋼牙を書いてくださいというのも、じつのところ、憂生には、無理な相談?(してるわけじゃないけど)だった。
鋼牙がなにものかも判らない。
そして、元々をいえば、犬夜叉を読む気になれなかった。

このふたつがあったから、

鋼牙をしらべてまで、書く気になれない。
いや、他のものにたいしてもだが・・。

これをすなおに伝えたら、鋼牙のフアンは気分をわるくするだろう。
犬夜叉フアンもかもしれない。

そこで、犬夜叉を読む気になれなかった憂生の理由をしっかりつかみとらなきゃ、いけまいてとおもいはじめた。

確か、犬夜叉が始まった頃には、憂生は白蛇抄のおおかたを仕上げていたと想う。

ここに、半妖が登場する。

この物語は今、16話まで、かきおえているが、
陰陽師物である。

この物語の中の半妖は鬼と人の子であるが、人もそとつ国の婦女がもとで、
親子3代にわたる、因縁を絡めている。
まあ、いずれ、ここに発表させてもらおうとおもっているが、
かなり、壮大なドラマである。
作品によせての中だったかに、文芸社からの書評があるとおもうので、そのあたりの詳しいことははぶく。

自分でいうのもなんだが、この物語の半妖への掘り下げ方は
かなり、深い。

だから、だと想う。

こんな簡単なものじゃない。と、いう反発というか、
半妖という設定が抱える深淵を「読み物」「楽しい」という扱われ方になってしまうのが嫌だった。

これは、今、「本」や「小説家」が憂慮すべき物事である側面がある。

簡単にいうと、
「良作」とよべる作品より、「売れ筋」が重視される。

そして、この観念を前面に押し出す「コメント」に遭遇した。
この間のお騒がせ事件は憂生も注目していた。

その中でなんだったかな、
「人間に幅がなくても楽しまさす小説を書くことはできる」
とか、いう科白だ。

幅があろうが、なかろうが、どっちでも良いことだが、
「楽しまさす小説」という部分をよんで、
語るに落ちたなとおもったのは、憂生だけかもしれない。

いいかえれば、幅がない人間は心に響く・考えさせる・感銘をあたえる小説は書けないから、楽しませる一過性の作品を書く。

と、いうことを言下にしいてしまったと思えたからだ。

まあ、これは、難癖でしかないとおもうが、
「楽しければ良い」というか、
「売れ筋・受け」の良いものを書く。出版する。というパターンが続いているのがメディアだと想う。


犬夜叉までの作品は
純粋に「楽しめた」
ところが、犬夜叉には、そういう、よほど掘り下げた書き方をしないと
たんなる設定になるという軽さと、
「売れ筋」と今までパターンの「楽しめる」を混在させていったと想う。

ルーミックワールドにおいて、不評を呈したのが確か「人魚の涙」だったろうか?これも、まともによんでいない。
かなり、シリアス路線だったと噂にきいたが、まむこうから、シリアスにむかいあって、不評だったことが、犬夜叉へのシリアス部分と「楽しむ」部分との
混在をめざす結果をつれてきたのかもしれない。

もちろん、「楽しむ」という部分がお笑いをさすのではない。
ここら辺の説明もむつかしいところであるが、
「売れ筋」という言い方のほうが的をえているかもしれない。

高橋留美子のもつ独特の切れ味のあるウィット。
キャラクター設定におけるほぼ同意の性格。
おおきなところでは、
諸星あたるとメゾン一刻のなまえどわすれの下宿人。
優柔不断で優しくて、のりやすく、女の子にシャイ。

この下味はほぼどのメインの男性キャラクターにもつうじるのではないのだろうか。

そして、多少、向こうっ気の強い、女性キャラクター。

この組み合わせが、どうしても、物語をコミカルにしてしまう。

だからこそ、人気を呈したとも想う。

だが、犬夜叉において、内省を含む半妖の設定が薄くなってしまう。

この部分で、彼女の幅を露呈させた部分がある。

まさに
「幅のない人間は楽しまさす作品をかく」という範疇をぬけでないという私感を持ってしまったのだと想う。

もちろん、高橋留美子の才能は高く評価している。

犬夜叉がだめな作品だと言っているのでもない。

憂生が個人的に彼女のもつ個性が犬夜叉というストーリーのもつ内面を
制する質のものでなかったと想っている。

むろん、それをする必要があるかというと、ないだろう。
彼女は彼女の個性で犬夜叉をこなし、昇華したと想っている。

それはそれで、成功している。

ただ、憂生のなかで、

「売れ筋」に流されたように思えてしまうという事だと想う。

そして、こう言うことを想う憂生がわの思いがある。

壬生浪・ふたり・・に、後日、企画部長から、

「良作をこのまま、眠らせるのは惜しい。
特別推奨作品に推したい」
と、連絡がはいったことによる。

出版社側が抱える問題がそのまま、語られていた。

結局、売れ筋の作品。楽しめる作品が出版されやすい。
出版社側も「良作」であっても、売れ筋かどうかで判断せざるをえない。
と、いう現状をだかえている。


楽しめる作品。売れ筋の作品は
かんたんにいうと、一過性の作品が多い。
集客率こそ、大きいが、さらに次の作品に場所をとられる。


話題性がある作品をチョイスする。

このパターンの多くは
読者は読んで楽しい気分に浸れる。
と、いうことが、メインになり
心に残り、本棚に大事に所蔵し、オリにふれ、必要になるというものでなく、
これまた、あたらしいものから受けるものを求める飴玉のように、
次の飴玉に取って代わられるものになりやすい。

結局のところ、憂生の作品も
ある部分で売れ筋をもっていた。

良作といえる代物ではないが、
この「売れ筋」にまきこまれてしまうのが、
憂生は嫌だった。

良作をかけるとこまで、がんばれるかどうかは、
やはり、自分の幅をつくらなきゃ無理だろうと想う。

それは、売ることを目標にしていたら、
できない(憂生には)と、思えた。

結局、高橋留美子のように売れ筋のものを書くしかなくなってしまう。

もうひとつ、幅のあるものをかくと、不評になる。

書く以上は金をもらっているわけだから、売れる作品でなければならない。

自分というものの幅を意識せず書く事がかなわない。

の、なら、

おもうままに書いて、

それが、受けようが、受けまいが、

書きこなせることを目標にできるのなら、

作家になどなるまいと想った(あ、なれるか、なれないかは、別問題じゃけんね)

どうも、この思いが犬夜叉を読む気にさせなかったんだと想う。

なんども、書くがその作品がだめだとかいうわけじゃない。

***
と、こういうことなのかな?と想いつつ、おわりやす。

「拘束」のこと

まだ、一ヶ月たってないんだけど、最近一ヶ月のページ別ランキングを見る。


やはり・・・。


と、思う。


30のページ別の中にたった、一つ、アドレス形体が違うものが有る。


そう、個別記事アドレスでなく、テーマごと引っ張っている。


最初から読もうとしてくれたんだと思う。


何の記事か?


アメーバーはタイトルででないから、調べるしかない。


開いてみる。


やはり・・・。


どこにいっても、人気が有るというか

支持層が厚い。


そう、犬夜叉二次小説。


蛮骨×蛇骨・・シリアスBL・・・。


シリアスとつけなくてもよさそうなんだけど・・・。


別にHシーンをシリアスに書いてる意味じゃないし・・・。


でも、若年齢フアン層が、トライしている二次創作と比べたら

大人も読める。


つ~か。

いささか、表現が固い。


でも、どういうわけか、人気が有る。


もともとは、相方AKIRAの発行本にゲスト小説として、

書下ろしを頼まれたもの。


二日ほどでかきあげたか。


クレームが来た。


1つは、前に書いた。かごめと楓を間違った。犬夜叉は婆さん思いだなと言われ気がついた。

もう1つは御幣が有るが決まりすぎてる(格好よすぎる)だった。


AKIRAは憂生の設定とは逆で蛇骨×蛮骨。

なんだけど・・・。


はっきりいって、AKIRAの蛇骨のほうが、もっと、決まってるし、格好よいし

表現も秀逸だし、科白・・・など、・・・・どう表現してよいかわからない。

下手な褒め言葉じゃ、かすんでしまう。捉えきれない。


それに読みおとりしないものを書こうとした結果が

シリアスになった。


そして、これも不思議だったな。

最初にタイトルが決まった。

「拘束」


その意味は自分で読んで解かった。

拘束によせて

あきらの発行本にのせてあるだろう(いつ発行するのか?)

蛮骨×蛇骨の短編文章作品(おこがましくって、小説なんていえない)「拘束」を
ファイル リンクした。

まあ、早い話がBL物であるが・・。

またも、あいもかわらず七人隊さえ知らない憂生はあきらが送ってきてくれた(奥義書)をちらちら読みながらかいた。

奥義書なる物が届く前に書いてあった蛮骨の武器は憂生の考えでは刀だったので、蛮骨が砥石で研ぐ設定にしたんだけど・・・。

大きい鉾とわかってもそのままにした。

けど、なんかさ、どうやって研ぐんだよ?

と、わらえなくもない。

まあ、一番笑ったのはうろ覚えの名前でやっちまったことさ。

蛮骨の思考でなんだけど。

(犬(もちろん
犬夜叉 の事だよ)には護る者が在る。桔梗と云う存在。楓と云う存在)

と、やったものだから、あきらから

「犬夜叉はばあさん思いなんだと噴出した」

と、コメントがとどいて、やっと、

「かごめ」だったと、きがついた。

こんな奴が書いてみた作品だから、まあ、どうぞとは言えるしろものではない。

けど、ま、やっぱ、「どうぞ~~~

新之助シリーズに・・

新之助シリーズに・・

憂生の作品で非常に重いものを先に読んでくださった人は、
新之助シリーズなどの作品に不思議な思いをもつかもしれない。

性表現を面白がるというと御幣があるかもしれないが、
憂生自体、官能小説にもトライしてみて、
結果いえるのは、
どうしても、
「心にスポットをあててしまう」と、いう事だった。

性にまつろう、「心」をかいていく。

官能小説という性をよみものにする娯楽作品にトライしながら、
結局、人文にいれてもよいような、テーマが底にある。

そんななかで、
新之助シリーズはからりと笑えるパターンをめざした。

多少、えぐい表現もあるとおもう。

何も考えず、わらいころげることができる。

と、いうことが、ときに
元気をあたえてくれることもある。

笑える自分がいるんだとほっとすることもある。

そんなところをめざしたといったら、嘘になるけれど、

重い作品を書くいっぽうで、

からりと笑えることも重要だと想う憂生が居る。

教えてくださってありがとうございます。

早速お邪魔して『新之助シリーズ』読みました。
今まで読んだ祐さんのお話の中で一番好きです。
(まだ他のは読んでないですが)
もう
パソコン の前で大笑いしてしまいました(笑)
本があったら絶対買います、私!

これはかなり女性向けですね(笑)
恥ずかしながら私の専門(?)です・・・・・(^^;)

時代背景や言葉遣いが古くさいのが、また絶妙な味を出してますね。
時代物って苦手なんですが、すごく楽しく読めました。
新之助のファンになりそうです(笑)
やっぱり祐さん上手いです!
映画 のように情景や人物が目に浮かびました。
またリズム?テンポがいいんですよね。
最後のオチも素晴らしい(笑)

また他の作品も楽しみに読ませてもらいますね。
頑張ってください。

では。

(゜〇゜;)まじですかい?!

では。力を込めて愛の一発。

「やられた~~~♪」

そして。もう次も始まっちゃってるし!(^O^)/

(゜〇゜;)まじですかい?!(爆)楓あたりでも想像を絶した展開に(爆)目が丸くなりつつ、引き込まれていたんだけど・・・鶏ときて馬ときて・・・あんたが来たか~(爆)
わろた・・ww

 ぷぷぷ( ̄m ̄)ぶわはははは!
い・・・・いかん。腹がよじれてしまう・・
あ、ありがと・・・
新之助につづき・・大爆笑させていただきました。ぷぷぷ・・・。

「けすべ」を「すけべ」って読み間違えてしまいました・・・

(^▽^;)早速読んできてしまいまひた・・・(*/∇\*)
面白かったと言ってしまってよいのかしら!(*/∇\*)でも面白かった・・・大根おろしをゆがいたお肉に乗せておしょうゆかけて食べた今夜のおかず・・・タイムリーだった・・・(^▽^;)(爆)
しかし、このスレッド(後に消えちゃうのね;;)のタイトル、「けすべ」を「すけべ」って読み間違えてしまいました・・・すみませんm(__)mペコペコ

新之助シリーズ笑える

mahirururu Goのしん 読んだよ
新之助シリーズ笑える

ありがとう。

このシリーズもずいぶん前にかいたもので、
そうだなあ。
黒鉄ヒロシの漫画。
与の介だったかな?
あの人の艶漫画?
コレに触発されたところもあるかな?

ただ、漫画だとからっと笑える表現が
文字だとえぐくなりやすいので、
一部の人間にしか
公表してなかったのです。

で、前にも書いたかもしれないけど、
新之助は、
新作落語原作の公募のためにかんがえたのですが・・・・・。

殿という人間がでてきてから、
はちゃめちゃになってしまいました。

原作?はまだまだ、長短ありますが、
二十作品位はあるのですよ。

でも、こういう公開の場所で
かいてしまっていいものか?
まようような、えぐい表現もあるので、
ボツボツ、様子をみて、
かいてゆきたいとおもいます・・・。

が、
憂生の人間性/あるのかよ~~~/を地におとしそうでいけませんが・・・・。

でも、からりと笑う性を扱った新之助シリーズは、
ある面では、so2シリーズに相通じるウィット?があると思い込んでいる憂生でございまする~~~~。



コメント
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剛乃進は検索ででました。
ところが、新之助は出ません。
市川新之助とか・・・。固有特別名詞の大物がいるとだめなのかな?
投稿者:hakujya
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^^憂生。。。また検索してる 時間もてあましてるなぁって感じする^^
お仕事 復帰迄もう少し 体大事に養生してください
***・・・***・・・新之助シリーズは最近書いたものの仲間かと思ってました が、そうでしたか。20作品貯蔵。すごっ!
投稿者:mahirururu
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そうですね。ん~でも、SO2よりカラッとしてる気も・・・SO2登場人物達の様につまづいて悩んでカラを破る的な深刻さ(?)みたいなある意味重さがないせいかな。カラッとサラッと読めちゃえます
投稿者:mahirururu
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殿のキャラがかわいい そのくせ、気配を察知して素早く逃げるみたいな長けた面もあってさすが城の主、殿って身分の緊張感をつれてきたり・・・ のせてしまってもいいかと迷う様なえぐいという所、読んでみたくもあり恐くもあり(?)。。。 
投稿者:mahirururu
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じつは憂生はもう既に気がつかれてると思うけど。
豚です。
そう、あの、おだてりゃ、木にも登る豚です。
ですから、
その気にさせにゃいで~~~。
(やっぱ、猫か・・・)

投稿者:hakujya
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まあ、豚の性分が嵩じて
ちょくちょく、自分で自分を
おだてながら、書いてる部分もあります。
自慢気にああしたい、こうする。ああした。
と、ほざいてるのようにみえるのは、実は
豚の雄たけびなのでございまする~~~~。

本当は素豚狂な奴?

ひさかたぶりに・・・

新之助シリーズを書きたくなったので、
念のため?
新之助シリーズを1編ずつのスレッドに掲載しなおす。

話しの流れ?としては
一番下のスレッド、「新之助~~~」から始まるので
興味がある方はそちらから順に上がりながら読んでいただきたい。

本来は「笑う女」をかくべきなのであるが・・・
ちょっと、骨抜き・・

あ、ちゃう・・。

骨休め・・

あるいは、

息抜き・・・。

笑える話をかけると良いと思ってるが

気力があったら、
「恋敵」
「孟母三遷/仮題」
「瓜破/仮題」
の3作を掲げたいと思ってる。

■相変わらず・・・

 
たくさんブログがありますが、
どれがどれだか、わからなくならいのですか?
記憶力低下中の私には、
憂生を捜して、迷子になってしまいます。

ゆっくり骨抜きしてください。
ふにゃふにゃなスライム状態の憂生の
背中 から哀愁が・・・・........( _ _)σ イジイジ

■もっぱら・・
やっぱし、物書き同盟・憂生個人におります・・・。
寿限無にはいったのですが、
ココは文字数制限が2万文字・・
カテゴリーは100以上?

結局頓挫しそうです。
注*ココには結局、全部/永沢クンも含め/突っ込みました。

すくすくブログは無制限で
カテゴリーも100以上。

ココに今、白蛇抄を10くらいつっこみましたが・・。

今、
丁度
ホームページ の契約がきれかかっていて、どうしようか、迷っています。

すくすくブログが全編収納 できたらココに各作品とリンクして
無料ホームページ・・10mb/つまり、「琥珀」ですか・・・から、リンクでおわらせようかとも・・。

あとは、ブロック ブログも今のところ容量無制限。
文字が小さいのが難点・・・。

多くのブログは30MBとかで、
既に憂生の作品の容量にはたらないし・・・。

ブログ人がなんとか、50MBに増量してくれたので、今のところたもっていますが、
もう少しふえたら、アウトだね。

ドブログ、ドリコム。エキサイト。ライブドア。北国。信州。GOO。アメーバーにFC②にすくすく、ブロックにシーサー。
それから・・・。
楽天 。ヤフーのHPにブログ。
GOOのHPにOCN
カフェ ・・。
マイHPに付随してきたブログ・・。

で、同じ場所で祐稀と憂生と物書き同盟と・・。

いったい、いくつあるのか・・・。

アメーバーにも物書き同盟はある・・。

殆ど管理ふゆきとどきで・・・。

撤退すればいいんだけど、ぽつぽつ、よみにきてくれてるひとがいるので・・おいてある・・。

意味もなく、~~~なげ~~~はなし・・・。

■ほんとに
ほんとに長いお話でございますね。
気が遠くなるぐらいのブログ数・・・
そのエネルギーには圧倒されてしまいます。
一箇所におさめるのは、なかなか難しそうですね。
こんどは、あちらこちらでコメントさせていただきますので・・・。

IDはふたつ?/hakujyaと永沢さんと?/
他には持っていらっしゃらないのですか?

■え~と。

多くはhakujya
これに8739とか、
_2004とか、色々付く場合あり。
永沢君はhatubutai.
あと、monokakidoumei
   Monnjyunocie
   MITURUGIDOUJI
   WARAERUKANA
   YUUKI497
   SOUKOKU

ぐらいだったとおもう。

hakujyaについては、
サイトが変わると、問題なしの場合が多く
かつ、他に使ってる人が居ないようで
多く、使用。
ただ、同系列・・・例えばgooとOCNは、
既に使用されているとでた。
そりゃ、憂生本人じゃとおもいつつ、
_2004を付け足した。
ヤフーも同じ。
で、8739をつけたし、
goo はhakujya_hakujyaとかさねたものもある。

なにか、忘れているのもあるかもしれないが、あまり、変えると面倒なので、
無茶に変えてない。

机、叩いて読んでる自分がいたよ^^

読むだけ読んで・・書いたつもりでいたよ・・
(おバカな私・・・・(^^ゞ)

おもろかった~~~!!(*≧m≦*)
机、叩いて読んでる自分がいたよ^^
「殿」の行動には、おおいにウケタ~~!!
あまりにも突飛で・・すばやい行動で!
ん~~続きが読みたいような・・
そうでないような・・・
(怖いもの見たさ・・・(*≧m≦*)きゃはははは!)

いや、純粋に面白くて楽しんでしまったのだけど・・・w
そうオチが来るか!とどんでん返しでしたよ、ほんとに!

あんまし、繊細に黒の状態を
かきこむと、
本当、ポルノになりかねなくて。
でも、本当は
黒の状況をいかにも、
かなり濃い性交渉ゆえにとおもわせなきゃ、
この、どんでん返しは生きてこないと思うのですよね。
しばし、なやみました。
こういう、お話にあまりにもろな性表現は
読む人が
不快になるか、
おもしろ半分?にうけとめすぎてしまうか。
なやんだあげく、
やはりここまで、書いて①②と発表している上は、やはり、完結させねばと、
できるだけ、えぐくならないように。
できるだけ、もろな、描写をさけ。
あらすじをおうような、かきかたで、
さっと、流しました。

かなり省いた書き方になったのは、そのせいです。

やっぱ、こういうお話は
裏として、
こっそり、よむのがいいのかも。

公開はいきすぎだたかな・・。
と、おもわぬでも。
でも、それでも、このシリーズの続きを読みたいという人は憂生に連絡下さい。
メールかなにかで、おわたしします。

え?
いらねえ?

「殿」の登場編を書いてみます。

やっぱし、ちょっと、ひっかかってるので、
新之助シリーズを
書いてみます。

本当はこの前に
「新之助。落とし話」
と題して
落とし話/落語/じたてで、
「しじみ売りの少年」と
新之助をかきたかったのですが・・・。

うまく、構想がまとまらず、ちょと、先送りします。

で、もって、もう一人の
主人公といっても良い、
「殿」の登場編を書いてみます。

短い・・・・予定です。

はよ読みたい。ぷぷッ(* ̄m ̄*)

にゃは。(* ̄▽ ̄*)
結構、おもろい・・・・・(笑)

ねぇ・・・つづきは??
はよ読みたい。ぷぷッ(* ̄m ̄*)

ほんと落研のライブ見てる気分だわ♪

まさに・・・・
「新之助~~~~~~~」
っだな~~~~(*≧m≦*)
きゃはははは!

まとめて新之助、拝読しました!面白い!(笑)ほんと落研のライブ見てる気分だわ♪
テンポよくてどんどん読めちゃうし、話の進みが気持ちよくて・・・(^_^)
このあと、早く読みたい!w

笑ってしまうがな~~~!!

い・・・いかん・・・
笑ってしまうがな~~~!!
おもろいです~~~(爆)

すんげえ。おもしろかった~!!

そっかー。しおり、にも、アンケートにも使えるなー。
さすがはウイウイ!
(どっかでこそっとパクっちゃおっと♪)

数少ない男性読者?として
はりきって書かせてもらいまっする。

新ちゃん噺。

すんげえ。おもしろかった~!!
だって。菊哉って名前が出たときから、
もお、こらえきれんー!!

しかも。しかも。
細かい言葉のアヤへのこだわりなんてのを、
小馬鹿にしているように見えて、
でも。空から微笑ましく見ている感じ。あったかく~。

ともかく。わくわく。わくわく。
次の新ちゃんも楽しみだ~。

P.S. 不肖わたくしめも。
   なんとか競馬で一儲けし
   吉原へ参じたくなったのは言うまでもないですが、
   お馬さん達が、からっきし言うこと聞いてくれないんで
   大変困っています...。
   ...川崎競馬で堀之内。目標を切り替えるか♪(^O^)/

ウイッチのいろんな面が現れてるから。。!
あたしは読みたい!

なにを書いてもウイウイ・ファンなのだー!

ほんと・・・よみたいです(*'ー'*)ふふっ♪

新之助、終わったあとにアンケートここに答えるのもまぬけ?(^▽^;)
でも書かせてもらっちゃお♪
私は空~・・・結構好きではまったけど、あれはたしかにテーマが重たくて悲しかった。
だもんで、息抜きって感じの新之助~・・・は、正直違いに驚く人もあるだろうけど、私にはよかったです。
ちなみに次を読みたくなるのは共に同じでした♪
まだあるなら、合間合間でもいいから、こういったのも読んでみたいです(^_^)

どーだろ、たしかにギャップは大きいけどなぁ。

空に~ほど、早く続きが…というような切迫感はないけれど、やっぱり読みたいよ。
シリアスものとコメディと、どっちが連載向きなんだろうね、
なんてしょーもないこと考えてみたり。

 そうだなぁ~・・
とまどった。といえばウソになるかもしれない。
だけど・・・(ププッ!)なぜだろう・・
笑えるくらいおもしろい。

憂生の違う一面が見えて・・・。
わたしゃ続きが読みたいよ。

しかしだ!
嫌いな人もいると思うよ。
ココに書く・・書かない・・
それは、憂生の判断にまかせるよ。

 私は、憂生が何処に書いても・・多分・・読むと思うし・・・・・。
 憂生が書いたもんなら・・・・・・
すべて読みたい(*≧m≦*)。(わがままか?)              

 

どこまでよんだか、判らなくなる。
こういうときのためにも、このコメント欄を
活用してください。
メモ代わりに、「ここまで」と、いうコメントで、
宜しゅうございましょう。
どうでしょ?
え?
コメント自体が右欄→
に、でてなかったら、どうする?
あ、あはは。

逃げろ~~

読んでると元気出るよ、

笑った・・・どうしても笑ってしまふ・・・(^▽^;)
いいな~・・・読んでると元気出るよ、この物語・・・w

***ぎゃははは。菊さん、気の毒。*****

読みおわってはいたけれど・・・
感想文と言うか・・上手い表現できんし(x_x)

彼は結局 最初の相手が男性になった訳よね?
なんとも気真面目で・・真直ぐな男だろぅと思いつつ、おぃおぃ(笑)と思いながら最後まで読んだよ!
その後 女性は知ったのか?と余計な心配まで(爆)
でも『空に…』を書いた憂生が また全然違う楽しい作品・・・
以前リンクの笑えるかにょ?やったかな?
・・それを読んだ時もマジ笑いしたけどさ
(アレは実際におこったコトを日記に書いてリンクにマトメテタ訳だよね?)
やっぱ色んな経験があるからこそ書けるんだなぁ・・・って関心するよ

話かわって・・ぶっこチャンに聞いたけど・・カフェに顔出す時間減ったん?
作品作りに没頭中なん?
仕事もあるんやから無理だけはせんよぅちゃんと寝や~よ!
PC使えない今だから人に寝ろ!と言えるけど(爆)

いくつか、あきらからも、メールがきてたんだけど。
今日はここにのっけちゃおう。
またも、無断掲載。

***ぎゃははは。菊さん、気の毒。*****

あー笑った。

後日談欲しいな、補足で入れてよ憂生。
←だって剛とのやりとり聞きたいもん(笑)

新之助シリーズやっぱり好きだなぁ殿様編も扱ってよ♪

みゅーさんに同じく(^_^)
最後まで笑いのスピード感があって、笑って終わるエンディング♪
面白かった!\(*^ ^*)/

おつかれさま。^^

思いっきり
笑いました・・・。
久々に大笑いです。
ありがとう。m(_ _)m

どうする?どうするの?与一?!って

え?!ここで終わるのね?!(笑)
これがまた「味」になってるのかな?どうする?どうするの?与一?!って・・・あとは想像・・・.。゜+.(‘▽‘)。+.゜+・゜ポワァァァンみたいな?(^ー^* ) フフフフ

おーウイウイ殿。
見事な的当てシンクロ!(←この言葉もどっかでパクっと頂きっ...)
そして。例の素に戻るとこ。もんのすげえウイウイ~♪(^O^)/

 え??え?? もう終ったン??
尻切れトンボみたいよ~ん。
(けど・・えぐくなるならなぁ・・うむむ・・)
おもろいけどなぁ・・・・

殿のせりふでおわらせたほうがよかったかにゃ?
と、思う憂生であるが、
与一が説明不足だったので、
つけたしちゃいました。

題名にシンクロさせて、
おわらせました。

次はどうする?

まだまだ、あるけど、
だんだん、えぐくなるんだよにゃ~~~!!

白い朝に・・に寄せて

見せられる元は我にあるという・・・

白い朝に・・の中で女医が基に傷がある。という言い方をしたまま、その傷をはっきりと話そうとしなかった。

場面は以後、その傷を解明していく設定のつもりである。

ところが、憂生はこの先をかくのにためらっている。

ためらったまま、ある精神病の患者のブログを尋ねる。

そこでみかけたものは、相変わらず、治癒していないと思われる状態。

そのブログ管理者は自分が精神病であることを自覚していないと思われる。

ブログの中に架空の自分を構築しているという点では先に書いた境界異常の女性に似たものがある。だが、境界異常の女性が男性のふりをして、そこで、「男性」として、もてはやされる。この状態は危険だと思ったと書いた。これと同じ状態がそのブログ管理者にも起きていてブログに居る限り、ますます、架空の自分の居住性を高めてしまう。

こんなことも心配だったので、過去、自分の知人には事実を打ち明けた。

下手なリップサービスやもてはやし?は良くない。

どうしても、その架空の人間像の記事を賞賛したいなら、事実をわかっているうえで行ってもらいたい。知らぬうちに病状悪化?に加担していることになるのだから・・・。

そして、何人かがそのブログ管理者のもとから去った(表面上はリンクとかそのままにしているとは思う)逆にあえて、その状況をわきまえて、近寄って行った人間も居た。

わかったうえでの行動だから、それはそれでよいとも思える。

そして、最近、どういうんだろうか、カリスマっぽい人間や指導力?個性?こういうものがある人間にどうしてもよりついていく、たとえがうまくないが、たとえばドラえもんの中のジャイアンにくっついていく「スネオ」のような人間が居るのだと思った。

その人間をたぐっていくと、どういうわけか、精神疾病を患っている人間のところに寄り付いている。

その相手が自分が精神疾病を抱えていると自覚しブログでも告げている場合はまあ、良かろう。

ところが、告げてない人間のところにも現れ「スネオ」をやっている。(と、見える)

憂生は複雑な心境でそのコメントとIDを見ていた。

裏事情を告げるべきか、考えた。

考えながら別のことを思った。

その人間が精神疾病の人間によりついてしまう構造を。

憂生自身、幾人もの精神疾病を(程度はいろいろある)抱える人間と次々に遭遇して行った。

普通だったはずがどこかでおかしくなったり、気がつかずに居たら事実を知らされたり

結局、これらは自分のリアルにおいて、一人(もっとか・・)の人間の異常に対処する基礎を作ってくれることになった。なんとか、そういういくつもの遭遇のおかげで、一人の人間の異常に対処できたのだが・・・。

「スネオ」君は、こういう裏事情を内在しているだろうか?

「スネオ」君の言動を見ている限り、「スネオ」君自身も軽い錯乱?をもっているように見える。

類は友を呼ぶではないが、気がつかぬうちに呼び込まれているというか、近づいてしまうというか、そんな風に見えて、ブログ管理者の裏事情を説明する以前に「スネオ」君のほうにこそ、裏事情、それも本人が自覚していない・・・裏事情を持っているように見えてしまった。

たんに「スネオ」的性格がカリスマチックな人間に従属する?ような、一般現象なのか、判断はつかない。

だが、裏を返せばこういう自覚のなさそうな人間にちかづいてしまう、憂生にこそ「裏事情」があるとも考えられる。

またも、リアルにおいて、自覚のない人間に対処しなければいけない事態がちかづいているということか?

なんとなく・・・思い当たることがある。

こけた・・

ここじゃないんだけどね・・・。

おまけを言えば、2階のパソコン、そういう風になるってわかってたんだよな。

「白い朝に・・・」

続き、かいて・・。

いつもは、念のため、コピーするのに、せずに投稿・・。


きえちまった・・・・。


気持ちなえる・・・。


手詰まり打破できて、スゲ~~~納得できる説明できて・・

迷いの心理、丁寧に書いて・・・・。


ものすげ~~~~~、集中力で引き出してくるのに・・・。


おまけをいえば、それ、一発で書き下ろそうとするからこそ、出てくる集中力。


書き直しは、前の記憶をたぐるんだよな。

こう、書いたよな。

って・・・。


だから、ちょっと、微妙に偽者になってしまって・・・。


迫力ある文章って、よくいわれるけど、これは、そういう一発書きによる、集中力の賜物。

(で、ちょいちょい、誤字、文法と表現おかしい)

だから・・・・。

しばし・・・ぼ~ぜん。


で、ここで、愚痴る・・・・。


ぴょえ~~~~~~(大泣き)

中途半端?途中半端?

同じく、憂生を占うからの抜粋記事を追記にいれておいてから・・・。書き始めてる。

この話もどこか、白い朝に・・を思い起こさせる。

宿命を逆に使命にかえるか・・・。

宿命につぶされるか・・・。

宿命なるもののもたらすものの
マイナス材料の後ろにある、人を支えるという部分の話を聞いて、確かに憂生も、人を見捨てるような生き様こそ
最悪なものだと思う。

瞳子の事件をして、運命だったというのはどうかと思うが、

義治が瞳子とであったことこそ、運命だと思う。

多分、義治はこの先瞳子をすくいだしていくだろう/多分

出会いという運命は義治の行動、姿勢により、むしろ、出会うべくして出会った宿命にすら感じ

義治自体は瞳子を支えることに、使命なんてもんじゃないな。

自分の生き方そのものにしてしまってる。

運命だとか使命だとか、宿命だとか・・・こんなもので、自分を宥めてるうちは

どうにか、そこから逃げたがってるだけ・・みたいに聞こえる。

義治はそこのところをがっちりうけとめてまう。

泣き言やしり込みなどという悲壮感が一切無い。

なんちゅ~か。

女医が「あなたは強い人ですね」と、いったのは、こういう部分もあるなって、

思わされた。

(自分で書いたものですが・・・女医はこう思うだろうなという女医の感情にたってしまってるので、じゃあ、どういう風に強いか?って、理屈や説明になってくると、さっぱりで、かんがえなきゃならないわけで・・・)

あ、また、話しぞれる~~~。

物書きやってる人が、このあたりの手法どうしてるか、わからないけど、

憂生は基本的にはこの人物どうおもうかな、どう考えるかなってのをベースにしく。

だから、たぶん、これから出てくるとおもうけど/確定ではない。

教授がどういう風に思っているかというのは、憂生の中にはあるんだよね。

それがあるから、この時にはこういう行動をしたとしか書かないし、書いてる状態は「私」目線なわけだから、教授の思い、こうですよは、私目線のものからしかかけない。

教授のほうから、「こうだ」というものが出てくる設定になるか、どうかは分からないけど、

それでも、憂生なりに教授の思いはこうかな?ってそのベースは持ってる。

*話しぞらしちゃったので、ここで、おわる。いかにも、中途半端だべ?*

まあ、なんでこうも、憂生のポリシーが足元からくずれさっていくのかと、思いもするのであるが、今日、友人とばったり出会って話し込んだ。
友人はさる有名な宗教に属している人であるが、某宗教のように、否定的な見解は出さない。
もっぱら、こっちの言い分を聞くという人也で、何かあるたびに黙って話を聞いて、ぽつりと自分の意見を述べる。
話ついでに六星占いのことなども話した。
まあ、この間から書いてる「宿命」なるものについて、話したとき、友人は久しぶりに宗教からの話を口にのせた。

「宿命を悟って、それを使命にするんだ」と、いう。

なんでそうなのだ?
なんでこうなるのだ?

と、いう矛盾や焦燥感ばかり目について、あるいは、それが、自分の宿命なのであるとは、どうしても、容認できずにいた。

友人は簡単に説明をしてくれた。
宗派に集まる婦人のひとりであるが、
亭主が大酒のみで・・酒が入らなければ良い人なのだが、ひとたび酒が入ると人格がかわり・・・。

その婦人にとって、そういう亭主の女房になることが、宿命なのだという。
その宿命を使命にする。
そんな亭主だと、たとえ離婚して他の人と一緒になってもだめだろう。
その人の横暴など・・・。
支えているのは、婦人であり、婦人に見放されたら、その亭主の人生はどん底になるだろう。
と、こういう見解から、そういうだめ亭主をささえて、人生まっとうさせるのが、婦人の使命ということになってくる。

と、まあ、うまくいえないのだが、憂生には、非常にすとんと落ちたのである。

宿命を逆に使命にかえるか・・・。

宿命につぶされるか・・・。

宿命なるもののもたらすものの
マイナス材料の後ろにある、人を支えるという部分の話を聞いて、確かに憂生も、人を見捨てるような生き様こそ
最悪なものだと思う。

宗教自体は好きじゃないが、宗教の考え方には、先祖伝来のいき方の知恵が詰まっていると思う。

よく、憂生自身口にした、かんがえる。
観を変える。であるが、
見方を変えれば思い方が切り替わる。
もともと、思いの世界が現実になっていくという考え方をしている人間だから、
価値観をかえれば、難や苦しみは自分の価値を高める物事に変わってくる。

ここまでやられたら、へこたれるか?

憂生自身、ねをあげるのは、嫌いである。(よく、愚痴は言うが)
ここまでの人間でしかないと、自分をあきらめるのも嫌いである。

どうすれば、観変えれるか。

暗中模索しているうちに、手詰まりになる。

こんなとき、どんな方向でも、宗教でも、占いでも友人への相談でも良い。

なにかしら、見出したいと思う。

だから、宗教は嫌いであるが、先人の知恵を拝借するという観点にも立てる。

その人の分に応じて・・・。
乗り越えられない試練を神(天?宗教の唯物神)は、与えない。ともいう。
そう聞けば、ますます、乗り越えられるはずのものに、負けるわけには行かないとも思う。

こだわりも価値観も憂生のもので、この底はゆずりはしないが、それを他人に期待してもはじまりはしない。

何度も、本物になるのは自分でしかないと思う。

「わかってるじゃないか」
友人の言葉がよみがえる。

わかっていながら、ゴールは見えながら
いわば、答えの出ている数式のとき方が解からない。

心身ともに、ゴールにはいるのは、まだまだ、先になりそうだが、
なんらか、ひとつ、切り替わってきたような気がする。

「赦す」

白い朝に・・・の中で、非常に短く?表現したものを、考え直していた。

「赦せ」

と、いうことかな。

この話はむしろ、不思議な話に収めるべき話かもしれないんだけど。

憂生のリアルにおいて、不思議な事件は数多く、ある程度、不思議な話に書き出した。

でも、ひとつ・・・。

あえて、書かなかったことがある。いや、書けなかった。とも、いえる。

それは・・・どうしょうかな・・・。

そのままを書くわけにもいかない。

この際だから、白い朝に・・を利用してみようか。

*瞳子を襲った人間が複数であるとわかり、私は、いっそう、憎悪をわかせた。

いけないと自分をいましめているのに、私の感情は、誰かわからない犯人を呪いはじめる。

古い信仰にわら人形に相手の髪の毛などをいれて、あみこんで、のろいをかけるというものがあるが、私はそんな術などつかわなくても、人間の憎悪の感情はじっさいに形になって動くものだと思っていた。

だから、女の髪は憎悪もつなぐというように、別段、わら人形など使わなくても呪う感情が深ければ、感情ひとつで呪いなんてものはかかってしまうものだと思っていた。

だからこそ、形でなく思いをもってしまうこと自体が危険なことだと承知していた。

そんな私だったから、呪い殺してやる、死んでしまえ、と、いつのまにか、思っている自分にきがつき、いけない、そんなことをおもっちゃいけないと自分を元にもどすことにつとめ、

呪っちゃいけない。と、憎んじゃいけないと、自分にいいきかせて、そんな感情をふりきった。

ところが・・・。

ある日、教授が車にはねられてしまった。

私ははっとした。

そうだった。教授も犯人であるといえるんだ。

私は自分が思いのなかで犯人をのろってしまったことが、事故の原因に思え、いっそう、犯人をのろったら、教授までのろいころしかねないと、自分の感情のおそろしさを肝にめいじ、それ以後、いっさいそういう思いをもたないようにした。

ところが・・・。

瞳子をつれてクリニックにむかう途中だった。

私たちの目の前で人が車にはねられ、空中に舞い上がった。

その時だった。

「私、あのひと知ってる」と、瞳子がつぶやいた。

一瞬の事故に私はその人が男であることくらいしかわからなかったというのに、

瞳子は顔を見、知ってると言い出す。

私はもう一度、瞳子に尋ねた。

「近くの人?しりあい?」

だったら、家族に連絡してあげなきゃ、と、思った。

ところが、瞳子は「え?なんのこと」と、自分のいったことを覚えていなかった。

あ、人格が入れ替わったんだ。と、私は気がついた。

この時、私はもしやと思った。

知っているとつぶやいた瞳子はレイプされたときにうずめた人格の記憶をひきだしたか、

そのときの人格が浮上してきたもので、

つまり、知っているというのは、事故にあった男が「犯人」のひとりであることをいうのではないか?

と、そして、もし、そうなら、この事故は私が呪ったせいなのかもしれない。とも思った。

そして、三日後、また同じような事故が瞳子を乗せた私の車の前で起きた。

その時の瞳子はおそろしいものをみたとばかりに顔をふせていたが、

通り過ぎると、

「私に見せにきてるみたい」とつぶやいた。

それから、自宅に帰るとき、事件のあった神社のちかくまで来たとき、

やはり、また、事故を目撃することになった。

飛び出してきた自転車に気がつかず車が自転車ごと撥ね飛ばした。

そして、どの事故の犠牲者もにたような年頃の人間だった。

私は目の前の事故に、今度ばかりはさすがに車をとめ、介護に当たり救急車を要請した。

幸い、命に別状が無く、一瞬脳震盪を起こしたようだが意識が戻ってきていた。が、頭を打ったのだろう、血が流れていたので、動かないようにいうと、私は男から携帯電話を受け取り家族だと教えられた番号を私の携帯からうって連絡を入れた。

ところが・・・。

家族だといって、駆けつけた人は私の息子が事故で怪我をしたときいたのですが、

どこにいるのですか?とたずねる。

え?目の前でたおれているじゃないですか・・というと、

「この人私の息子じゃないですよ」と言い出してきた。

どうやら、家族だと教えられた番号が間違っていたようだった。

その後連絡をとりなおし、家族に連絡がつき、救急車も到着し、警察からの聴取をおえると、

私は車のなかに戻った。

その時だった。

「私、あのおじさんしってるわ」

事故にあった人間でなく、まちがって駆けつさせてしまった人間を知ってるという。

別人格が浮上してきている。

私は別人格がもぐりこまないように、問い返さず、黙って瞳子の次の言葉を待ってみた。

「あの人、私にいたずらしてきたの。こわかったわ。胸を触って、スカートの中にてをいれて・・

私、どうすればいいかと思ってたら人が来て・・」

瞳子が神社の参詣の途中のことだったのだろうか?

瞳子の言うことが本当なら、間違って呼び出された人間はレイプ犯人ではないが、痴漢行為を働いたということになる。

そして、さらに後日。近所の噂話(と、いうことにしておく)が私の耳に届いた。

「まあ・・・仲がよいっていうのかねえ。いつも、3人で一緒にいたんだよ。

その中の一人が事故にあっちゃったら、他の二人も事故にあっちゃてるんだよ。

そんなことまで、仲よく一緒に痛い目に会わなくていいのにねえ」

私はもう、その言葉を聴かなくても、おおかたの察しはついていた。

瞳子を嬲った人間すべてに、呪いがかかってしまっていたのだと。

痴漢程度ぐらいだった人間は肝をひやさせるくらいで、おわったようだが、

その3人は・・おそらく、間違いなく犯人だろう。

私はもう、それでよいとおもった。

自分が掛けてしまった呪いであっても、やはり、ちゃんと、天は見てる。

たとえ私がしらなくても、ちゃんと天が懲らしめるんだ。と、いうことをみせてくれた気がしたから。

人が人を裁かなくても、遅かれ早かれ、天が裁く。

だいたい、私ごときが、呪ったところで呪いがかなうはずが無いとも思うし、

わたしとしては、呪う気持ちをとめてつぶしてきている。

私がのろったせいなら、私も、人を呪った穴におちるだろう。

もしも、私が事故をおこしたら、そういうことだ。

レイプという犯行がそれくらいのばち?制裁ですむことなのか、どうかは私には解からないが

もしも、瞳子が死ぬようなことになっていたら、3にんとも命は無かったんじゃないだろうかと思えた。

この後彼らがどのように心をいれかえるか、それも、また、天が見ている。

彼らがしでかしたことは彼らのことでしかない。

私は天がちゃんとみているんだとわかってから、

ことりと憎しみが落ちた。

馬鹿なことをすれば、自分に帰ってくるとも知らず、犯行をおかした人間は

裁かれた罰をくらった後も

執行猶予の付いた状態だ。

これにこりず、馬鹿なことを繰り返せば・・どうなるか。

自分で自分の首をしめていることにきがつかないことほど哀れなことは無い。

私はそんなことよりも、自分が天に加勢されるような生き様をしなくちゃいけないと思った。

至誠通天。

がんばれば、治らないといわれた瞳子だって、天は掬い取ってくれる。

私はこんな経験を経た。思い、天に通ず。そのためにも、赦せる人間にならなくてはいけないと思った。

*******

まあ、ちょっと、脚色じみて、テーマがぼやけてしまった感はあるんだけど。

こんな風な考え方も「赦す」のなかにあったんだけど。ここまで書くと本編からぶれていきそうなので、簡単に「赦す」にしたんですよ。

振り返ってみる。

実際の場面。


ネット依存症になったある人間の存在が有る。


彼が依存症に陥った本当の原因は知らない。


だが、ネット世界にひとつの人格を構築させ、

彼はその世界に住んでいた。


いっさい、自分の現実を破棄し、

ネットの中で、ひとつのダンディズムを構築していた。


その彼と憂生の違いを述べた日記も有る。


簡単に言えば、彼は頼もしいやくざだ。

言い方が悪かったらごめん。


たとえばエロメールを送りつけられた人間が居るとする。


彼はその相談にのり、事件を解決する。


そのやり方は、エロメールを送りつけた人間を叩く。

こういう、やり方だ。(この日記もどこかに有る)


憂生は常々、思いを治さねば、見せてくる事象は変わらん。という。


だから、そこに響く忠告を与える一方で、

エロメールを送りつけられた人間のほうを重点的に叩く。


そういうものを、送られてくる隙。

それに自分で対処できない弱さ。


このあたりを矯正しなければ、

エロメールを送りつけられる原因が解決しない。


依存症の彼のヒーロー気取りの頼もしさとは

根本的に質が違う。



だから、彼も憂生を嫌っていただろう。

気になる存在でありながらね。


その「嫌い」も自分にないものへの「嫉妬」でしかない。

憂生は、てきとうに人気のあった人間だったから。


その彼が一つの事件を契機に近寄ってきた。

心を閉ざしていた女性の心が憂生のブロー・ザ・ウィンドをきっかけに

開いていった。

「生きてるって事は他の誰かを喜ばせること。

それが、出来ないで、死んだ人間のことを思って

悲しんでいるのはあんたも、死んでるのと同じ」

「あんたが生きてるって、それだけをみんな喜んでるんだよ」

そんなブローの中の科白が彼女の心を開いていった。

「思われてる」

ほんの些細な優しさにさえ、彼女は自分のありがたさをしり、

ぽろぽろ、涙を流してメールよこした。

「思ってくれて、ありがとう」

彼女は日記にそんな言葉をよく、書くようになった。

その彼女が倒れ、ご主人から

ブログの友人だけが、心の支えだったから、

メールとか、コメントをもらえませんか。

と、依頼が来た。

憂生は彼女の知人に、メールをだして

その由を知らせた。

中の一人が、大々的にブログ、トップに上げて

彼女のブログに多くのコメントが集まるようになった。


そして、彼女が意識を取り戻したと

ご主人からの知らせが入った。


当然、メールだけじゃ、間に合わないほどの人数に膨れ上がってたし

憂生も実数がわからない。


いきおい、こっちも仕方が無いと友人のまねをして、

トップにニュースを流した。


それを依存症の彼が読んだ。

おそらく、友人がトップにあげて、呼びかけていたから

その人が発起人?だと思っていたのだろう。


だが、一番のニュースが憂生から発せられて

彼は憂生が影で動いていた張本人?だと解かった。


それから、彼の態度が急変した。


そして、いろいろ、話す様になった。


そんなある日、彼が入院すると言う。


その頃の憂生は彼が依存症だということを

ひとつも知らなかった。


入院するというので、ブログに彼へのメッセージがあるなら

取り次ぐと、書いておいた。


そこに、別の友人がどうせなら、トップに出した方が良いよ。


憂生は、前のこともあったし、それはそうだなと思い、

トップに出した。


二日もしないうちにクレームが来た。


彼の友人の精神科医者と名乗る人間から。


トップを外してくれ。

ますます、ネット世界の自分に居心地良くなってしまう。

彼は数年前に発症し、ネットの中に別人格を構築している。


驚いた。

彼の理論など読んでいると、かなり、哲学とか・・

勉強している。

たんに憂生の知識レベルが低いから、そう見えただけかもしれないが、

その人間が・・・簡単に言えば、気が狂ってる。


一方で、恋人を亡くした人間が、自傷癖をもっていて、

その人間は自分でも、「俺は気違いだから」そういう言い方をしていた。


その人間の名誉のためにいっておくが、

断じて、気が狂ったりしてる人間じゃない。

恐ろしいほど繊細で聡明で優しい。


だから、自分がおかしいことを意識してる人間しか、知らなかった憂生は

自分を意識できずに、ごまかして、別人格をつくりあげてる人間が

ネットにいるとは、思っても見なかった。


そして、憂生の彼への忠告により、

彼は退院(精神病棟から)してきてからもおかしかった。

霊を信じるか?

とか、妙なことをみんなに尋ねたり・・。

精彩を欠いた状態のまま・・ブログの更新がとまった。


そして、ある人間からニュースが入った。

首を吊った。

さいわい、家族の発見が早くて、一命取りとめ

彼は

「死ぬのが怖い。俺は気が狂っていたんだ」

と、さめざめ泣いたと・・。

これで、彼は自覚をもち、本当に支えられる人間・家族の愛情で

回復にむかう。と、思った。


それでも、やはり、憂生が気になったのは、彼の友人の精神科の一言だった。


「本当に心配だから、私は彼の近くにいくし、会いに行く。貴方は動こうとしない」


その言葉がひっかかっていたんだろう。


自傷癖のある友人に相談をした。

前にも、一度、相談して、この人間は凄いと思ったことが有る。

それもあった。

「本当に助けられるのは、彼を愛する家族だ。

狂い暴れても、家族が身をはって、抱きしめたら

変わってくる。俺も友人にではあるが、そうやって、何度も抱きしめられて

今も、生きている。生きていられてる」

確かに友人も憂生は知ってる。

血だらけになる彼をとめ、支えてきてる。


結論だけを言うと、彼を支える人間はやはり家族だ。

吊った紐を外し、彼を蘇生させることができる家族以外ない。


「だけど、俺が本当に抱きしめられたい人間は

もう、この世にはいない」

自傷の原因がそこにあるのか、どうか知らない。

依存症の男の発症の原因が何か知らない。

だけど、

少なくとも、依存症の男には、男を抱きしめる家族が居る。


本当に愛するものじゃなきゃ、助けられない、そんな心の闇。


憂生は、別の友人ともそのあたりのことを話した。

「いつか、そのこと、貴方の文章にしなさい」

そう。言われた。


その後もいろいろなことが続いた。


そして、やっと、いろんな物事をひっくるめ

「本当に愛するものだけが、助けられる」

ひとつの物語を書き始めた。


それも、面白い物で、ずいぶん、以前にその構想を持っていた。

まるで、色んな事件を予知するかのように。


だが、書けなかった。


そして、今、書き始めて、書けるようになった自分を振り返る。


それは、あるいは、とても、悲しいことだ。と。

白砂に落つ・・に寄せて

白砂に落つ・・に寄せて

当時、笑う女と同時進行でこの物語をかいていたと思います。

子供ができないという設定は
拡大解釈していくと、けっこう、いくつかの物語で、使われています。

「笑う女」もそういう解釈がなりたちます。

「小枝」も本来ならば、子供など授かる立場ではありません。

「蛙」第1場も子供をうめないという意味合いで、似た部分があり、

白蛇抄「宿業」もこのモチーフを使っています。

もっと、拡大解釈すれば、
ニーネの愛情を独占したいボーマンもわざとではありますが、
子供ができない(つくらない)

ここに揚げた、ボーマン・ボーマン・5-ジンクスーの中のカップルも
子供ができなかった今までという部分があるかもしれませんし、

「空に架かる橋」も命を紡ぐ性にならないという意味合いでそうでしょう。

白蛇抄「井戸の柊次郎」の中にも、子供ができないことで、
疑心暗鬼にゆさぶられ、悲しい結末をむかえる男がでてきます。

白蛇抄の中にはまだ、主膳との間に子供が授からなかったかなえが登場します。

未筆ながら、命を紡ぐ性でないことに苦悩するボーマンとレオンという物語もあります。

さがせば、まだ、まだ、この設定にはいるモチーフがあるとおもいますが、
・・・・・。

我ながら、不思議な気がします。

何故、こういうモチーフを使うのだろうと。

佐吉の死の中に
他者の生への深い思いやりがある。

この佐吉に思いをわかってやれて、語ることの出来る人間を
設定することができて、この物語が仕上がったと思います。

この物語を読んでくれた人が

佐吉と呼ばず、川端と呼ばず、
「さん」をつけてコメントをくださったことがあるのですが、

上に書いた部分が伝わったのだと思えたのです。

物語の中の登場人物にこめた憂生の想いごと
掬いあげられ
「さん」の一言に
こめられた読者様の想いをありがたくおもいました。

 

これすごいねぇ

白砂・・・をね、まとめて拝見してきました!これすごいねぇ・・・何だか夢中で読んじゃったよ。誰も悪くないような、でもそれぞれが間違ってるような・・・子供 がかわいそうなような・・・
みんな幸せになりたいのにどうして歯車が狂うんだろう・・てね、切なくなった。
投稿者:reichon917

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うん。
子供に対する部分の感情もどうしようかとおもったんだけど、
先々になったら、この墓の人はどういうことか?とか?ききだすだろうから、
避けてとおらせようかなとおもったんだけど。

でも、まだ、小さいということと・・・。

やはり、間違いであったとはいえ、
弥彦がいたからこそ、
子供たちがこの世に存在するわけだし。

いなかったことを思えば
子供がいるということが
この物語の一番救いであり、
お千香のもっとも、望んだことだと思うので
あえて、不協和音をかもす面もあると、わかりつつだしてみました。

うまく、かききれなかったんだけど、
この物語ももう、1、2回くらいで終わると思います。

当初の設定において、
はっきり、物語の骨になった部分は
実はこれから書くことなのです。

その部分をかきたくて、書いているうちに
簡単じゃない部分にきがついて、
説明が旨く出来なくなってしまいました。


こういう、子だねがないと夫と妻の間に
子供が出来るという
話はすでに、
白蛇抄の「宿業」でもあつかったことがあるのですが、

この女房の不貞にきがついても、それでも女房をあいしてゆくという?男の考え方は/設定/
は、実は秋山
ジョージ の漫画。浮浪雲の中で見つけて気に入ったものだったのです。

憂生に言わせれば、ボーマンをしのぐ
飄々とした浮浪のだんななのですが、
この浮浪のだんなが「あちきの負けです」
と、いったのが、
上の設定の男なのです。

ちょっと、細かい設定はわすれたのですが、
男の女房が昔の男、それもやくざな男にだったか・・・。
よりをもどしたか、
おどされたか、コレもわすれたのですが、
関係が出来上がり、子供ができてしまうのですが、この事実を隠し通して子供を生んだかな?
それがひょんなことから男の女房の不貞が耳に入るのだが
男はなんてこともきにしないで、
すんじまったことです。
と、浮浪のだんな同様に心がひろい。

そして、浮浪のだんなのほうは、
『男の、子じゃないことをどうはなすか?
まあ、アレだけ、心がひろいなら、
わざわざ、事実をはなさなくても・・・それはそれでいいか」
みたいにかんがえたのかな?

すると、その浮浪のだんなの心をよみとったみたいに、男がそっと、耳打ちする。
「子供は天からのさずかりもの・・・・。
だんな。あっしにゃあ、子だねがねえんですよ」
女房の裏切りでなくて
子だねのない男へ、の天からの
贈り物 だって・・・。

この考え方は「小枝」にもつうじるところがあるし、
過去何度も書いてるけど、
少女パレアナ。

見方。とり方を変えて
考えて=観変えて
よい風にとってゆく。
喜んでゆく。

こういう姿勢が好きだし、本当に人を好きになれば、ある意味、自然にそう考えられるめんでもあろう。

また、いいだせば、イッツ・・・の中でも
セリーヌ の過去にこだわるクリスに対してのボーマンの訓示もあったけど・・・。

まあ、こんな風に好きだから自然に思いを切り替えてゆける。

こういうのが、すきなのはまちがいないね。


ん?


又、話が違うところに流れてしまった・・・・。

はや!!さっき上げたところ・・ぁ、今日はやすみかあああ?  

nikope 白砂、ふところの広い優しい所は、憂生たんに似てる

つい、作品の事がでてると、はりつけてしまう。
パブロフの犬化現象をおこしている、憂生ですが・・・・。

憂生の懐は広くも・・・優しくもありまっしえ~~ん。/力を込めて言う。太字にしたい/
はっきり、言います。
憂生の懐は
いつも、
pi~~~pi~~~いってまするるるる~~!!

え?
はっきり、言わなくても、知ってる?

コメント
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いろいろなこと
辛いことも含めて
自分の中に消化しようとして
あがくところは
ふところの広さに
つながるのではないかと
思うにこぺであります
ボキャブラリーが乏しくて
うまく書けないにゃ><

ごめんにゃ~(憂生たん風)
投稿者:nikope
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なるほろ。
確かに憂生はいろんな面で
頭で割り切ろうとするところがあって、
すっと、感情?でうけいれるという
部分が不足しているのですよ。
自分という人間がかなり、一辺倒な人間だとおもってまするるる~。

コレはいつかも髪の毛の話でかいたとおもいますが・・。
髪はその人の性格といっていいそうで・・・。
憂生の髪は
くせがあって、
やわらかいのですが、そのやわらかさと裏腹に
つかもうとすると、非常につかみにくく、
こしがなく、思うようにならない髪で
融通がきかないと言われたことがあります。

あたってる・・・・

まあ、そういう不器用さが逆に
どうやって物事を消化していったか?
見たいな部分で作品を書くことの土壌担ってるのかもしれません。
ある意味、よかった?

よくねええええええええ!!

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スペシャル 。サンクス。
nikope 白砂読んだ・・・哀しいくらい優しい人(;;

うん。
この間のコメントのおかげで
この部分も書くことをきめられたんだ。
ありがとう。

そして、
やっぱり、佐吉の本当のすごさみたいなものを
書かずにおわらなくてすんで、
よかったと思う。

にこぺさんのおかげです。

ありがとう。

物書き冥利に尽きます。

川端サンの憤り…ここにも佐吉サンの人柄が見える気がします。
そんなに長い/深い付き合いなハズもない、川端サンと佐吉サンなのに、ほんの短い、それも対等ではない付き合いでしかない川端サンが
救えなかったことをこれほどに感じてしまう存在なんだなって。
それくらい、お千香さんを失くしてしまった佐吉サンは・・・うまくいえないけど。
それだけに、余計に、ささやかに生きて行くことが出来なかった運命?が悲しいね。
誰もが、あまりに誰かを思いすぎたばかりに・・・って。



この
ちゅらら のコメントにも、
ちゅららの人柄がみえます。
憂生の描いた佐吉の人柄/直接、登場してない分、むつかしかったです/これをとても、大事に受け止めてくれたと思います。
佐吉の人柄を受け止めた川端同様。
だから、ちゅららは、
佐吉、川端とよびすてに書く事をしなかったのでしょう?

作中の人物に対して、そんな風に思ってもらえる・・・。
ありがとう。

物書き冥利に尽きます。

おわりました。

「白砂に落つ・・・24/終」更新

引っ張った割りにすっきりしない終わり方になってしまったかな?

ごめんにゃ・・・・・。
コメント
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憂生たん、お疲れ様にゃ
足跡に全部書けなかったので
こちらにコメントです
佐吉は、彼女の命も心も
全て抱きしめて死んでいったのかな・・・
と思ったです
それだけ深く愛していたし
それだけ強く、自分のものにしたかったのかな・・・。
投稿者:nikope
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続き)
川端さんやご住職が、そんな佐吉の気持ちを
推し量ってあげられて
佐吉の気持ちをわかってくれる人が
ひとりでも、ふたりでもいて
佐吉は不幸ではなかったな
と、思ったです
あ~、いつもボキャブラリー乏しくて
ごめんにゃ><
投稿者:nikope
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ありがと。
お登勢も気になりながら、こっちを先に仕上げてしまいました。
この、後に、何をいれようかにゃ?
って、実は決まってる?
でも、背景ごと変えたい内容なので、
しばし・・・。白砂の余韻を・・・おいときます。
投稿者:hakujya
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うんうん、読者の心にもしばし余韻を。
それから、最後にまたやっちゃってます…落津って。
投稿者:churara
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あきまへんな~~~~。
もうちょっと、してから、
メインブログとメインHPに
収納 しようとおもってるんだけど、
作業内容が濃さそうだ。

白砂に落つ・・に寄せて

拝読しました。「お登勢」をアスペクトモノローグ から探しているうちに先に目に止まったのでまだ、この作品は開けていなかったこともありこちらから。夫婦愛というもの、考えさせられました結婚 して○年経過しているのですが毎日の暮らしの中で相手の目をつぶりたい部分が目だっていく日々。住職の言葉・・・仲のよい夫婦は寄り添って歩いているだけで花が咲いたようであるとても素敵な言葉だと感じました。日々を重ねるから相手のよいパーツをより深く知ることが以後の生涯共に歩くと決した自分への信頼。相手に併せもつパーツをどれだけみつけられるか?は、自分への信頼のメーターでもあり。。暮らしていく相手を決めたことから、より身近に相手を知り自分を知るジグゾーパズルが始まっている完成までは終わりがない自分への信頼も。などと、うまくかけないけどそんなこと、感じながら読み終えました。

白蛇抄に・・・

あはは・・

約、3年放置していた「銀狼」の続きをぽつぽつ、書く気になっております。

この作品も実は、「湧き出てきたパターン」のもので、パソコンの打ち込みではまにあわず、ボールペンで、そこらの紙にかきつけたものです。
下書きとしては、仕上がっているのですが、実際、下書きを元に、清書?になってきますと、
5行が100行にかわってしまうという
書き込みがでてきます。
テキストにむかうと集中力が、アップしてきて、足りていない部分が見えてくるのだと思います。

下書き(およその構想)がありながら、ここ3年放置していたのは、他の作品・日記を書いていたというのもありますが、今までの白蛇抄と主旨がちがっているように思えたせいもあります。

なにかしら、スピリチュアルブームもあり、前世・因縁などという題材が、
「娯楽的読み物」として、受け止められるという危惧をもっていたのではないかと思います。

実際、他所で発表してみたとき、
「面白い。続きが読みたい」というコメントがはいったわけです。

多分、物書きの憂生としてならば、それはそれで、よろこばしい事だったと思いますが、丁度、相次いで、憂生のスピリチュアル部分の体験を元にした作品をたてつづけに書いていたあとだったので、
「娯楽作品」という受け止め方に愕然?としたと思います。

実際、前世の差配、と、いうことも、現実(スピ的に・・)考えさせられている部分であり、宿命という言い方もしていますが、この世に生まれる、前世と約束事?みたいなものも、実際にあると思えます。

そういう「事実」をふまえてみると、
例えば、なにかしら、自分にも「前世の差配」があるのではないか?と物語を読んで思う部分があるのでは?と、かすかな期待があったのだと思いますが、
このあたりのスピ的思考というのは、日記などなどからも、たぐってもらわないと、おそらく、理解不能なんだろうと思いなおし、日記ともどもとの集大成ブログを作り直したわけです。

で、ヤッパリ、以前からの構想や、書きかけのものを先にしあげようと・・。

ロビンの瞳をやっとこ、おわらせたわけですが、チサトの恋・・ひとつを、連載しているというのは、まが、もたない・・・う~~~~~~ん・・・
間という時間的要素でなく、気分というか・・。
チサトの恋パターンの思考だけをやっていると、気分がかわらず、続きを書くのに、妙な圧迫感がつきまとうのです。

チサトの恋・・だけのことを考えて、書く気、充満する・・そして、書く。
頭の中。気分。そればっかりにしきつめられたようで、どうも、いけません。

逆を言えば、この気分的構造が、6連立なんてことをやってのけさせる元なんだとおもいますし、今でこそ遅筆ですが、
書き始めた当初は、SO2と白蛇抄と、その他と、やっぱり、一日のうちに、切り替えてはかいていましたから、癖のようなものでしょう。

書くつもりの話しがぞれてしまったので、これで、終わります。

地が、じ~~さん(自画自賛)その2

昨夜おそく、銀狼の続きを少し、追加したのですが・・・・。

いや~~~~。

あっぱれ。

書いていることは、くどくどしく、要領をえないわけです。

自分でも、なにをまわりくどく書いているんだ。
と、もたついている部分を、書き直すべきか迷いながらも、いやいや、野生の勘に従うべきだ。と、自分を宥めている有様でした。

そして、今回、追加部分を書き終え、読み直しながら、続きを考えます。
主人公の動くまま、性格・状況に即した次の続きのぶぶんだけを考えるわけです。

そこで、あっぱれです。

雷神にどう説明するか黙考する、澄明。わざわざ、まわりくどく遠まわしな続きを入れたようにしか見えないわけですが・・。

どう説明させるかをかんがえていますと、「あ!」です。

元々、澄明の名前はとうみょう・・とうみょうとうみょうとうみょうと・・

・・・みょうと(夫婦)をあらわし、明の字も日を女房・月を夫として、明の字をあてはめているわけですし、白峰大神の段でも、夫婦陰陽師もよかろうというのもあり、その他いろいろありますが、この銀狼の中でも、土の毛は女子には毒だと庇う白銅により、「澄んだ明(夫婦)」の一端をにおわせています。
そして、雷神の登場の前でも、身を呈して澄明をかばう覚悟の白銅を描いていながら・・。
雷神としゃべりだすと、澄明の一人舞台になって行き始めていたと思うのです。

そこで、「あ!」なわけです。

此処で白銅を投入させろということだったのだ。
と、思ったわけです。

こう考えて、今回の続き(つなぎ)を読み直すと、まわりくどいわけでなく、白銅の登場理由(条件)を設定していたともみえます。
自然・・に動く以上に必然として、登場する。
これが、ひょっとすると、「迫力がある」といわれた由縁かもしれません。

今回のようなことが、憂生がよくいう「野生の勘」なわけで・・。
これは、自画自賛でしかありませんが、
もう、物書きの天性としか言いようが無いと思います。

自分でも不思議ですし、自分でも考え直して判るほど、無意識から沸いてきているようなのです。

いじわる?

白蛇抄をかいているとき、ときおり、まようのが、「前述の事件などのあらまし」をどうするかということ。

読んで下さった人でも、誰だったかいなと思う人物が別編にて、登場する。

たとえば、邪淫の果て(波陀羅に改題)のなか、最後の場面に変死体の解明に藤原永常がよばれる。

残るはほんの1ページにもみたないラストで、突然のように登場するのであるが、

この藤原永常は邪宗の双神において、邪淫の果てで拾いおいた重要なアイテムを澄明に託す。

そして、理周においても、手助けをしていくのであるが、このあたり、邪宗のほうでは、かなり重要なアイテムを手渡すので、本文立てにのせていったが、理周のときは、「邪宗の双神」を参照・・・と、かなり手抜きをした。

こういう部分は物語中に作者が出てしまい、物語の世界から素にもどらせるピコハン攻撃のようなもので、良くないなとは思う。

だが、物語が込み入ってくると、再登場が良く起きる。

そう、今回もまたしても、雷神の登場とあいなったわけだが、これも、まさか、邪宗の双神参照とは行くまい。

ひとつには、読者以前に「銀狼」への、「水面下の理解」をしく作業として、多少の説明が必要に成る。

で、なんとか、ぽろぽろ、こぼしながら、説明をおりこんでいるのだが・・・。

我ながら、なんちゅう、不親切なものかきだと思った。

書いてる時の前提がそうである。

すでに、白蛇抄、16抄・・特に6話まではよんでくれているものとして、書いている。

憂生にとって、オムニバスで有りながら、これらの物語は大河のようなもので、

時に支流をつくり、うねる、よどみ、滝になり・・・と色んな表情を見せるが

白蛇抄という名前の大河である以上、憂生は連載の続きを書くが如く、「読んでくれているもの」として、書き進んでいる。

だが、実際問題・・・。6話まででも、50万文字。

さらに7話から16話までもおなじくらいか・・・。

これをぬきにしても、6話までをよんでくれているものとするのも、勝手すぎる?

そんな事を思いながら、昨日の銀狼の続きを読み直していた。

おわびいいいいい~~?

まだ、続きがあるような妙な終り方で
いつか、見た夢・・おわらせました。
懸案だったアダルトのチャレンジ作品が/概要はかいてみましたが/没ってしまいました。
本編である輝の作品とゆうのチャレンジ作品を掲載しましたが、
その設定そのままをモチーフにしてみようとおもったのですが、
意識不明の恋人をよそに、
恋人のおさななじみの男性と性をかわすという
女性の心理は、ラフなチャレンジ文章だけでは、簡単にかけるものではないと
さきのばしにして、
同じほかの男に抱かれる女の心理が内包されているアマロ・白蛇抄を引っ張り出してきました。

アマロという女性は
悪童丸の父・光来童子の母になる女性ですが・・・。
イギリスの伯爵夫人がなぜ、ジパングまでたどり着き
光来童子をうみおとすことになるか・・・。

如月童子に拾い上げられるまでの
アマロの生涯?
経緯?
を、かいてみようとかきかけて、
ほったらかしに成っていた作品ですが、
一見、本編とはずれてゆく内容に
如月童子の元にたどり着くことが
果てし無く遠くにおもえ、
暫く休筆していました。

まあ、ココまでほっておくと、
外れたら外れたままでいいやと
主人公達のあゆむままに
かいていこうと、ひらきなおってしまえたので・・・。
また、書きはじめます。

あいもかわらず、ブログ人
hakujya
にて、
掲載しています。

コメント


気づいたらデジャブ終わってた・・^^;
もうちょっと時間できたら改めて読むよ。
投稿者:myukikoy ()
元々、短編だったもので、
もともとに、かいたものは、
AKIRAにわたしてしまった。
と、いうか、文章になってない状況のものを
あらがきで紹介したもので、
それらは、例えば「群青」だったり、
小夜だったり、踊り子だったり
お登勢だったり・・。
原案の分、楽にかいていたけど、
実際、本編になおしてゆこうとしたら・・・
なかなか・・・・。
もがいております。

は~~?しょれは、ないれしょ~~~。

おそらく、悪童丸の今の時点では、そこまで、丁寧に政勝とかのとのやりとりを、

かかなくてもよかろうに。

と、思われてしまうだろうと思う。

これが・・・、物書きの鋭い嗅覚で(あはは)あとになって、何気なく書いたことが、此処まで書いたことが

役にたつようになっている。

全部が全部とはいいませんが、妙にくどいと思われる部分など、とくに。

何か、敷きこんでいるなと思ってやってください。


憂生の物語の油断ならないところはこういう部分です。

読みはしょっても一見つうじそうな部分に、「種」を埋め込んでます。

性描写でもそこまで、書く必要がなかろうと思わせるだろうと思います。

なくても、通じる。と。


ところが、これが、あとあと・・・6章目とか・・。


そんなところで、「なるほど」と、思わすものが心の底に

はびこっています。もちろん、読んでくれた人が「あの場面」で「種」を植え付けられ

「根」がはびこってるとは、自覚しないと思います。


今、読み直しても相変わらずたどたどしい表現で、よみつらいと思いますが、

できうれば、はしょらず、読んでやってください。

ふと、思い出した。

アマロをかきはじめて、しばらく、
ジニーっていう女性の
性格のほうが、おもしろみがあるって・・。
主人公をくってしまうような、
ジニーの名前を打ち込むたびに
アラジンと魔法のランプ?
の、ランプの精、ジニーをおもいだして・・・
みょうに、かさなるような、
したたかさもなきにしもあらずだが、
当初、アマロを如月童子とめぐりあわせるより、
ジニーのほうが、適役みたいにおもえた。
だが、
かきすすんでゆくうちに、
やはり、ジニーみずから、選択の結論を
出してくれた。
ロァから、みれば、ジニーは俺がいなくてもどうしてでも生きてゆく女
アマロはロァの存在価値を作り出す。
つまり・・・。
ロァにすれば、
俺が護ってやりたくなる女。

この図式を平行移動させたら・・・。
いきだおれたジニーを如月童子がたすけようとする。
「鬼?そんなものにすくわれちゃあ、ジニー様もおしまいだね」
う~~~~、
これじゃ、たすけようがねえ!!
蓮っ葉な女であるジニーもいまひとつ・・・。
うまれそだちがかもしだすもの。
ヒトを頼らずいきてゆくのが、あたりまえのようにつっぱれる女と
公爵夫人だったアマロ。
あるいは、異国の地にたってさえ、
彼女をささえる僕?らしきものが、いるのが、
しぜんであるような、意識階級。
あるいは、海賊船のなかでさえ、
アマロには、ロァという僕がいたごとく・・・。
ささえ、たすけようとするものが、
あらわれえるのが、
アマロの品格。氏、育ち。
と、なりゃ、やっぱ、アマロに軍配があがる。

ほとんど、終盤までもってきておきながら、
書き進めなかった部分が
なぜか、急にほどけだす昨今です。

波?にのってるうちに、
波にのれるうちに?
サーファーやっておきます。

物語へのよもやま話

邪宗の双神をかきあげて、随分時が流れているが、
最近、波陀羅の心境を思っている。

八代神に
「生きていくことこそが、お前への罰。
生きて地獄を見る」
と、言われた思うが・・・。

実際の部分、わが子を失い
その身体に入り込み、
比佐乃と共にくらすわけである・・・。

息子の嫁・・を護るといえば、呈が良いが事実は比佐乃も、波陀羅の実の子供である。

兄妹の、近親相姦の果て、いろいろ、理由あって(詳しくは本文参照)息子を死においやるのも、近親相姦の因をつくったのも、波陀羅自身である。

そして、息子の身体に入り込み
兄妹の近親の果てをわが身で知ることになる。

八代神の言うように生き地獄であろうと思う。

何も知らず、一樹だと信じている比佐乃であるが、波陀羅にすれば一樹の身体を使って母子相姦ということになる。

そして、一樹を死なせた因も見せ付けられていく。

波陀羅の心境いかばかりや?

と、考えてみると
これも、一つの物語が書けそうに思う。

同じく、独鈷についても、書きかけ(わずかだが)が、ある。

同じ愛されたいという餓えを邪宗にて、満たそうとした独鈷へのスポット。

波陀羅もまた、哀れな飢えに翻弄された女鬼である。
(詳しくは、波陀羅を参照)

我田引水ではないが、
わが身をそしる行為にはしったものには、それなりの懲罰が降りてくる。
勧善懲悪というはどには、けっして、悪者ではないが・・・。
結局、命をかろんじていることには、
何のかわりがない。

憎しみは憎しみしか、生まない。

典型的な憎悪の縮図がうしろにあるだけに、哀れとしかいえない物語であるが、
それでも、どうにか、波陀羅を救いたがった澄明(とうみょう)の思いをなぞって、物語はなんとか、ハッピーエンド?におえた。

されど、いまもって、
八代神の言葉が気にかかる。

どうも・・感違い・・

時折訪問してくださるaoya3 さんであるが。
今日の足跡に、以下のメッセージがあった。
第2話 ・・・鋭い眼光に陰陽師の本質を見る 。
この間から安陪清明の事をかいているから、
当然・・清明のことと思えば、いいのであるが・・・。
これが、手前味噌というか
点前勝手というか・・・。

「おりゃ?読んでくれてたんだ?」

何を?

無論、憂生の中で、陰陽師と言えば
当然、白河澄明で、
と、なれば、当然、自著「白蛇抄」

思い込んだら事実を見極めきれない恋愛心理さながら、馬鹿だよね~~~~。

第2話。

おおうっ!!
悪童丸じゃな。

鋭い眼光に陰陽師の本質を見る 。

そうそう、この章で澄明の鉄槌の理とも言える
「因縁通り越す」が浮上してくる。
政勝の陰陽師風情という評価も最後には変わる。

う~~ん?

でも鋭い眼光という捉え方が出来る
表現は、入れ込んだ覚えが無い。

ん?

んんんん?

あはは!

清明ね。

憂生、ちゃいまんがな~~~~~。

コメント


くすくすくすw

きわめて・・・支離滅裂である。

にゃるほど!
などと思いながら、にこぺちゃんのコメントを読んでいました。
と、いうのも、実は昨日、「コメントに寄せて」を書きながら、もう一つのことを思っていたのです。
相変わらず舌たらずでうまく言えないんだけど・・・。
女を護る・・という言葉をだしながら、
この時・・・憂生は
本当に護るものは、自分の気持ち・・でしかないのだろうなって事でした。
にこぺちゃんの言うように、相手が嘘をついたり・・・。
裏切ったり・・・。
いろんな状況で相手を護ることから、逃げてしまうようになりますが・・・。
実は相手を護れなくなったのではなく、
自分の気持を護れなくなったという、言い方が正解なのではないか?と・・・。

元々に本心があり、
その本心を揺るがす諸事情にまけて、
本心を貫き通すことから、逃げてしまう・・。

人により・・
なにに揺るがされるか、
どこまで、許容してゆけるか、
本心と諸事情の天秤がどう傾くかで
結果は随分かわってゆくことだろうけど、
仮に、
依然として、本心があるのなら、
それを護っていけるとよいなと思う。

相手のせいでなく、
あくまでも、自分の姿勢として、
底にある心を見失わず
護る・・・。

実際の敵?は、自分自身でしかないのに、
相手のせいにして、
逃げてしまったりすることが多い中、
周汰のように、自分の本心を護るに徹せる男は
あるいは、
童心そのものでしかないのかも知れず、

童心が・・あるいは、
慈愛を極めさせるこもとでしかないのかもしれない。

童心・・・。

欲しい・・好き・・。

その心のまま・・
相手を疑わず・・・

草汰の存在はその童心の象徴かもしれない。

ただただ、
相手が・・しあわせであってほしい。
父ちゃがこわいさんになってほしくない・・。

この思い・・。

あるいは、これが、単純に
自分の気持のまま・・・。
自分の気持を護りたい・・。

それだけのことなのかもしれない・・・。

*第7話宿業からです*

つきにならびて・・・

どうも、べたの孵化をみつめすぎたせいか、
添付してくださった
写真 まで、
卵にみえていけません。

今回、日記にアップした「悪童丸」も、
月が物語りの「黒子」になってます。
主人公?の澄明の名前も実は月からの連想でもあります。

とうみょう。
燈明。
本当はこう書こうと思ったのです。
でも、それだけの意味ではないのです。
とうみょうとうみょうとうみょうとうみょうと・・

はい。
これはみょうと/夫婦につながって行くのです。
みょうと/めおと/夫婦/
夫婦は日と月がならびえて、
燈るもの。
燈明・・・。と、解します。

白蛇抄の中で一番解きたかった事は
みょうとの心とでもいいましょうか。

色んな物事・事象の起こる因は
夫婦というか、男と女の心の在り方からと思っています。

不思議な生き物を登場させて、
かたってきた、心の持ち方。
時に欲に流される心。
時に欲を押さえつけ、愛をねじ伏せた心。

夫婦。みょうとは燈明であれかし。

二人の心が並んで初めて「明」になる。

澄明に隠された月は日とならぶことによって、
本物になってゆく。

これが、たとえば、
「法祥・・・」の中の澄明と白銅です。

****好き勝手ほざいて、終わります****

思い出しちった!!

白峰大神をちょっと、あげましたが、

これを書いたときのことを思い出していました。

ラストの構想がいまひとつ、しっくり、こなくて

だいぶ、書いたものを破棄しました。

なにか、納得の行くラスト。

草薙の剣で、子蛇を殺す。

これは、陰陽師、白河澄明(とうみょう)の本意だろうか?

そんな、解決方法しかないのか?

その方法しかないとしても、

なにか、納得いく形がないか。

終盤にきて、今までの澄明のスタイルを根本から

覆すラストしか、思いつかず

三日ほど、筆が止まっていました。

このまま、終わるしかないか。

失敗作か。

約6万文字だったか?

これが、すべて、水泡に帰す。

三日すぎて、仕事中。

ふいに浮かんだ。

ああ、この手が有る。

単純なことだったのに、

なんで、思いつかなかったんだろうか。

そして、書き上げた。

で、文芸社の書評の中で中略で割愛してるのが

この白峰大神のこと。

作者が一番力を込めたのはこの章で、

とくに、と、本文がそのまま、入っていた。

これをそのまま、あらすじかわりにのせたら、

ネタばれになる。

そんなんで、中略で割愛したんだけど、

作者が一番力を込めてるとは、

正直思わなかった。

上にかいたように確かにラストでかなり、てこずった。

そして、引き合いにだされていた文章も

白銅が白峰大神の元へ行くひのえを見送るあたり。

なんで、そう見えたかな?

と、思う。

力を込める・・。

と、いわれても、本当にこの頃はどんどんわいてくるものをかきうつさなきゃ

間に合わない状態で

力説するとか?

そんな思い入れはひとつも無かった。

そして、言ってしまえば、憂生の好きな作品は

むしろ、七日七夜(白峰大神おわったら、これ、行きます)

理周あたりで、

作り方として、伏線の張り方が見事だといわれた悪童丸。

なんもいわれなかったけど、邪宗の双神。

あたりの構成は好きです。

だから、意外というか、

てめ~~、適当になんか、書いたな。

って、感じで・・・。

まあ、白蛇抄の根本は

「思いを救わねば、本当の救いにならない」

って、とこで、

これは、空に架かる橋と同じテーマともいえます。

こういう意味では、憂生の生き方はおおげさだけど、

この間、ちらりとかいた、

エロメールを送りつけられる側のあり方を叩く。

って、いう考え方に相通ずる物があります。

根本を解決しなきゃ、なにも

解決できない。

って、とこです。

まあ、そのほかにも、いろいろな考え方をさしはさんでいますが、

17話にでてきた、

「そこにかかわるという事は自分の因縁が綺麗になってないからだ」

と、いうその言葉も

9話めだったかで、一度出してきている物です。

陰陽師や霊能力者にありがちな、被り。

それは、被ったのではないということなのですが、

まあ、いずれ、また。

白峰大神に寄せて

物語の中で、白蛇神は「百夜の契り」を遂行するのですが、

この「百夜の契り」の理由はまだ、伏せています。


そして、物語の中で、

「百夜の契り」が必要な白蛇神は

「百夜の契り」を終えました。


では、話にならない。


そんなわけで、ところどころ、何かを匂わせて

何日かをピックアップする、表現がしばらく、続きます。


そして、悪童丸でそのまま、流した部分の裏も会話に挟み込みます。

白河澄明という陰陽師が,単純に物事を行っていない。

白河澄明の「優しさ」を、匂わせることによって、

「本当の救い」が出来る、こもとも後ろ側に敷いていきますので、

どうぞ、表現部分だけに・・着目なさらないように、お願いいたします。

ニャン!!

白蛇抄を初めて読んでくださった人は

憂生を


宗教関係者か、

それこそ、陰陽師そのものか、

はたまた、

仏教系統の大学でも、行っていたのではないかと

思われるようである。


残念ながら・・。


憂生の学歴は浅い。

で、ふたことめに、言うのが宗教は嫌いである。

宗教の考え方・・・。

う~~ん、この・・考え方というのは、

○○の考え方というように、

なににでも、変わりえるもので

ようは、宗教に属する気はいっさいないが、

○○の考え方がもらう。


という、けして、宗教に傾倒した人間ではない。


で、陰陽師か?


等といわれる、もとは、

妙に不思議なことをリアルに書く。

ことにあると思う。


これは、憂生の筆力だといいたいが、

そんな、筆力はねえ!!

↑いばるな?


なんどか、書いたが、

憂生には、不思議なセンスが有る。


テーマ、不思議な話と占をくっつけてしまって、

わかりにくくなったが

書ける範囲のことは、

そこに、書いている・・・。


そういう、憂生の不思議な体験があるから、

有る意味、白蛇抄は本当に近いことを書いてることになる。


で、どうしても、そこら辺から

いろいろ、考えたことを下に敷いて

白蛇抄をかいた。

ん・・。

書かされた、って、感じがするくらい、沸いてきたんだけど・・。



だから、

憂生は陰陽師でもなければ

仏教系の大学に行ったわけでもなく

宗教に属してるわけでもない。


だが、そうだと、思わせるのだとしたら、

それは、

それなりにかけていて

物語に憂生そのものをかぎろわせているということだろう?


そう、考えると

誤解であっても

うれしいニャン!!

ごめんにゃ!!

波陀羅・・終了しました。

白蛇抄で一番長いのが、第6話、邪宗の双神なのですが、


この冒頭1をまず、上げました。


白蛇抄はちょっと、複雑な作り方をしています。


この冒頭部分が第7話につながっていくのですが・・・。


第1話の蟷螂が2、悪童丸につながり

2、悪童丸の最後あたりのひのえの西方の荒ぶる神を・・・

が、3、白峰大神につながると同時に

悪童丸の中の根本の事件になる

かなえの恋を4、七日七夜で、書いたときに


悪童丸の祖父にあたる、如月童子を冒頭でちょっと、かきますが、

これが、15話アマロで、如月童子と出会うアマロのいきさつを書いてます。


4、七日七夜の中に出てくる邪鬼丸が5、波陀羅ではっきりしてきて、


4、七日七夜の中に出てくる邪宗が6邪宗の双神で明かされ


2、白峰大神のなかの、あるいは、6邪宗の双神で言われる

「黒龍ときのえ」「白峰大神の横恋慕」のもともとが、16話、洞の祠で・・・


と、いう具合に

どこか、ぬかすと、見えにくい物語です。


また、かなり長い物語なので、

作者も説明をすると、

よけい、こんがらがるので、

読んでもらったものとして、

書いていますので、

分かりにくい部分があるとおもいますが、

ご容赦ください。

アマロから・・

アマロをぽつぽつとかいているんだけど・・・・。

さ~~~~て。

困った。

ストーリーの分岐点に立ってしまった。

結果は変わらないんだけど

道筋が違う。

当初の設定では
乙女は海に身を投げる・・・事になる。

だが、今の設定。
リカルドの恣意をどうするか・・・。

ひとつは、ロァの助けがはいる。

ひとつは、アマロの裏切り。
(うらぎらざる得ない心理理由はかいてゆく)

この選択によって
当初の乙女は海に身を投げる・・が
成り立たなくなる。

が、問題は乙女の身投げの必要不必要ではない。

アマロが光来童子に救い上げられる時に
もらす焦燥。

悪魔のような自分
「鬼」にであうのも不思議じゃない。

つまり・・・。

ドッチをえらんでも、
「悪魔のような自分」のアマロを突きつけなくてはいけない。

と、此処までは判っている。

では、
どちらのほうが、
「悪魔のような自分」をかもし出すシチュエーションになりえるか・・・。

う~~む。

洞の祠から・・

突破口・・
ひらめいた部分部分をなに、大丈夫さと
寝ちまった昨日・・・。

今日・・・かいてみりゃ・・・。

ちゃう~~~~~~!!

なんで、こうも、勝手に話がすすむんや?

それも・・

あはは・・・

チョット、忘れてた大事な?難問を
前出しにしてくる・・・。

争いが解決しても
きのえに残った問題・・・

どうすべ~~~~!!

ってさあ・・・。

ひとつは、思いついている・・・
正しくは
二番煎じ・・・。

なれど・・・。

時代の流れ順でいくと、コッチが先だから
逆手にとって


に、してしまうことが出来る。

同じ設定でにげるか・・。

逃げ方次第だしな・・。

それとも、がんと真正面きって
黒龍にのりこえさせるか・・。

もうひとつ・・・。

藤汰の存在。

これをどこにもってくるか、

付け焼刃的いれかたはすかん。

どうするかな・・。

どうするかな・・・。

都合のいい設定をしける存在が陰陽師
柳廠・・・。

さて、どう使うか・・・

青龍の青陵殿。
むろん・・・柳廠は青龍を祭る。

そして、その布石が確か白峰大神のなかにて、
青龍を護る白銅として・・。

かすかににおわせている。

白洞は藤汰の生まれ変わり・・転生の果て。

この四角形を繋ぐつもりであったが、
なにせ・・話が大きすぎて?
藤汰の事が些細になり・・かきにくい。
あえて、かくまでのエピソードも無い。

番外編にてふれるか・・・。

この。。現状。。。
この遅筆状況で?

笑い話はよせよ。

おっと、もとい、夢物語かい?

それとも・・・ほら吹き太郎かあああああ~~。

冒頭の1行がファイルの分類名になっている。

☆悪童丸の父。光来童子。其の父の如月童子が、外つ国の女と出会って光来童子をもうけるのであるが、

今回この外つ国の女がジパングにたどり着く事になった経緯やら、鬼に出会っても驚かなくなる彼女の精神構造が構築される事件を書いてゆこうと思っている。

海賊ロァの虜囚になったアマロが彼と過ごした幾日?幾月?で見聞きした事件。

新しい観点や常識はどれもこれも彼女をいためつけてゆく。

だが、アマロは憂生のほかの主人公同様、生きてゆく事を選びとってゆく。

生き延びたアマロが如月童子と出会う。

「海賊に、人殺し。そして、デモン?」ここまで生き延びれば悪魔と出会ってもおかしくない。

悲痛な老婆の声。乙女は海に身を投げた。海賊は物欲しさで略奪のついでに人の命も奪う。

アマロは其の犠牲の上でいきてきた。

自分こそが悪魔でしかない。こんな自分がデモンに出会う?

目の前の現実の存在であるデモンに恐怖さえ覚えず、こみ上げてくるのは笑いだけしかない。

・・・なんて、調子をめざすために。

題名はまだ付いてない。

冒頭の1行がファイル の分類名になっている。

『伊吹山には鬼が居る』この出だしから、何でリバプール行きの船に乗るケジントン公爵夫人の話になるのかと笑えてくる。

アマロという女性は

まだ、続きがあるような妙な終り方で
いつか、見た夢・・おわらせました。
懸案だったアダルトのチャレンジ作品が/概要はかいてみましたが/没ってしまいました。
本編である輝の作品とゆうのチャレンジ作品を掲載しましたが、
その設定そのままをモチーフにしてみようとおもったのですが、
意識不明の
恋人 をよそに、
恋人のおさななじみの男性と性をかわすという
女性の心理は、ラフなチャレンジ文章だけでは、簡単にかけるものではないと
さきのばしにして、
同じほかの男に抱かれる女の心理が内包されているアマロ・白蛇抄を引っ張り出してきました。

アマロという女性は
悪童丸の父・光来童子の母になる女性ですが・・・。
イギリスの伯爵夫人がなぜ、ジパングまでたどり着き
光来童子をうみおとすことになるか・・・。

如月童子に拾い上げられるまでの
アマロの生涯?
経緯?
を、かいてみようとかきかけて、
ほったらかしに成っていた作品ですが、
一見、本編とはずれてゆく内容に
如月童子の元にたどり着くことが
果てし無く遠くにおもえ、
暫く休筆していました。

まあ、ココまでほっておくと、
外れたら外れたままでいいやと
主人公達のあゆむままに
かいていこうと、ひらきなおってしまえたので・・・。
また、書きはじめます。

物語の中の・・・

白蛇抄の最初は蟷螂という題名ですが、その名の通り、蟷螂の化身の話です。

ですが、これは、実は14章くらいまでかきあげたあとに、書いたもので、

本当は鬼の話、悪童丸から書いていったのです。

悪童丸の話の中で、蟷螂のことが必要になり、これがないと、おかしいなということで、

たしました。

物語全般はオムニバス形式の長編なのですが、

いろいろな妙な存在が登場します。

ちょっと、覚えてるところから、書いてみます。

蟷螂の化身。鬼。黒龍神。白蛇神。山童。河童。楠の精霊。榛の木の精霊。

邪宗の双神(ちょっと、正体伏せます)妖狐。犬神。木乃伊。幽霊。

いづな。沼の神。山の主。水の精霊。雷神。八代神(閻魔とも)。鬼女(人を食らうという意味で)

鳳凰(陰陽師白河澄明の守護)式神。火の玉。慈母観音。宿根神

言葉だけで言えば、まだ、あります。

「はてには、百足の神までいるという」

という具合に、物語の外枠に・・。

かなり長い物語なので、このペースであげていくと、年を越すかもしれません。

死んだ人間が会いに来る的話は、ほかにも、かいていて、

これは、まだあげていないBL?とブロー・ザ・ウィンドがあります。

どうも、本人が不思議な人間なので、そういう発想が出てくるのだと思います。

悪童丸に・・・

  • 投稿者:白艸藤則
  • 投稿日時:2009-10-16 21:09:51
  • 一気に読ませていただきました(この飽きっぽい私がですよ!)。
    正直ビックリしました、こんなクオリティの作品がFC2で読めるなんて思ってなかったです。
    滲み出る知性、流れるような文体、なにより内容が濃くてすごく面白かったです、もっと読みたいです!次回作楽しみにしています!

  • 投稿者:憂生
  • 投稿日時:2009-10-16 22:34:09
  • 有難うございます。
    白蛇抄・悪童丸の前の話が、蟷螂です。
    下のほうに、挙げています。
    白蛇抄はちょっと、複雑なつくりをしています。
    蟷螂は布石の役がおおいので、読み飛ばしても
    わかりにくくないのですが、
    第6話が1~5の集大成みたいなものなので、
    できうれば、6話までに、蟷螂もざっとでよいので、目をとおしていただけると嬉しいです。
    で、それでは、早速、第3話、白峰大神あげてきます。
    これは、ちょっと、性描写おおいのですが、心理追従含めるものなので、
    その部分もあわせてお読みいただけると嬉しいです。

白蛇抄のこと・・・から

自分が書いたものが自分への「天啓」になるってことは、

白蛇抄などで、おもったことだけど、

物語の中で、

「憎むな。堕ちるぞ」って、雅の言葉。

「理由がわかって、発した言葉は「理」にならない」

と、いう、「かのと」「黒龍」の言葉。

「因縁があるから、物事によせつけられる」

誰の科白だったか?

まあ、壮大な物語のすべてが憂生への天啓であったと

いまさらながらに思う。

白蛇抄は・・。

憂生のライフワークにちかいものにしたいと思っているんだけど
この題名について、
けっこう、異論がある。

一つには
同名映画・小柳ルミ子主演の白蛇抄がだぶる。
また、中国の伝説?
白蛇伝?ともイメージがだぶる。

主人公は陰陽師であるが、
複雑な因縁を持ち
因縁が現世において事を引き起こしてゆく。

魂を二つに裂かれたきのえの生まれ変わりが
持つ因縁は
ズバリ、そのもの。

ひとつのものになりたい。

ゆえに
こういう事象と深く関わる事になる。

物語の多くはこの思いが成就しがたい環境が設定される。

悪童丸では姉弟の恋。
悪童丸の父・光来童子とかなえの話では
人間と鬼

蟷螂では蟷螂の化身と政勝

波陀羅においても
ひとつになりきれなかった男女を描いた。

邪宗・・も
元ひとつの榛の木の精霊が
雷神に魂を裂かれふたつにわかれた所が因。
元ひとつになりたいと願う思いが澄明とのかかわりを生む。

白峰大神も
井戸の柊二郎も

多かれ、少なかれ
邪にしろ聖にしろ
ひとつになりたいという思いが底に敷き詰められ巻き返し繰り返し・・・

今、書いている
アマロと洞の祠はこの白蛇抄の起点になる物語とも言える。

アマロはいずれジパングにたどり着き
光来童子の父親、如月童子に救われ
光来童子を生む。

一方、
洞の祠。
澄明の9代前の前世がきのえということになる。
つまり、きのえの魂が二つに裂かれ
変転、生まれ代わりを繰り返し
白蛇抄において
かのととひのえという双生にうまれおち、
かなり・・・長い白蛇抄と言う物語がはじまるわけであるが

この物語を生み出した原因?が
実は白蛇神・白峰大神で・・・。

つまり、この神がいなければ
この物語がうまれでてこないという重要なポイント存在で・・・。

この神の思いもまた
愛するものとひとつになりたいという
せつないものでしかない。

だが、物語がすすんでゆくうちに
ひとつになることが出来ない白峰大神とあいなる。

この男神の悲しみを癒す方法はないものかと
かきすすんでいったものが
あるいは
法祥・回向せしむるかや
などであるが、

こうかんがえると
この物語の基は白蛇神・・になってくる。

ゆえに
白蛇抄なのである。

今、狡猾になるさえいとわず
なりふり構わずきのえを手中におさめようとした白蛇神の思いを
どう掬いとれるか、考えている。

わがままの子供のように身勝手な願望を
叶えようと必死になる。
この姿でも、
その気持ち、せつないよなと
共感を得てもらえる書き方をするに
どうすればいいかと考えている。

思いいれひとつ。
言葉にするは難しい。

だけど・・・。

そのタイトル。

白蛇抄が一番・・・説明になっていると
憂生は思いたい。

夢一夜もそうだといったけれど・・・。

小枝で、紅をあつかってみたが、
七日七夜においても、
すこしだけ、
紅を扱ってみている。

紅・・・すなわち
焦がれる想い
それは、また、
「女心」の象徴である。

*****「七日七夜」より。抜粋。****

今までそれを知らずにおったのが可笑しくて、かなえがふと笑いながら

「じき十六になりますに・・・」

と、答えた。

「十六?本当か?」

「本当です」

「に、しては子供 じゃ。紅もつけず。男の様に野を駆け回っておるのを見ると、そうじゃな十二というぐらいかの」

「光来童子は・・・紅を挿した女子の方が好き・・なのですか?」

じいいとを見上げるかなえの目の中にある光に光来童子は気がついた。
その光はかなえを見る光来童子の瞳の中にもあるものだった。

「あ、いや、そういうわけでない」

かなえの手を掴むと、光来童子はかなえを引寄せた。

その胸の中に飛び込む様に入ってくるかなえをしっかり擁くと、その頬に己の頬を摺り寄せた。

「かなえが、紅をさしたら・・もっと綺麗だろう・・・」

影が重なる様に二人の唇が重なると、かなえが帰る刻限までの長い間を二人は、ずうっと擁きあっていた。

やがて夕闇が迫りくる頃を告げる、巣に帰るからすの鳴き声にかなえを促がすとかなえが森を抜けるまで童子はその姿を見送った。

かなえの姿が小さくなって見えなくなってしまうと童子はどっと地面を蹴った。

大台ケ原の居室まで一飛びで帰りくると、もう夕焼けに空が赤くなってしまっていた。

「明日も晴れる」

が、童子の心の内は晴れる事は無い。

微かな後悔を押し退けて果てない喜びが胸の高鳴りを一層高くしているのにである。
御互いの気持ちが繋がると二人の間の垣根を取り払いたくなる。

光来童子の中に芽吹いたものを欲望と呼ぶにはあまりに切ないものがある。

「いかぬ。かなえは人間じゃに。これ以上は決して、ならぬ」

*****
七日七夜。
悪童丸の父親。
光来童子と、かなえの恋。

やっぱ、憂生はこのあたりの
話が好きです。

講釈たれるべ。

白蛇抄第8話~第10話を続けてあげました。

井戸の柊次郎の怨亡がきっかけで、八十姫の怨霊にまで、托鉢の僧、法祥は関わってしまうことになります。

法祥には、八十姫に関わる「因縁」があります。

この「因縁」という原因を納所していこうというところに、法祥の迷いがあります。

法祥と、共に入水自殺をはかり、池の底に沈んだままの伊予の幽霊を回向することができるか、どうか?

八十姫の餌食にされ木乃伊で目覚めた男、兵馬をどうするか?

と、まあ・・・。

複雑に絡んだエピソードのそもそもの、きっかけは、井戸の・・・から、はじまっていき、

存念を晴らすという観念はまた、悪童丸の抄にて、海老名が、つぶやきます。

ー存分にかなえさまの存念、晴らしたまえー

思いを救わねば、本当には、救われない。という、観念から始まった白蛇抄の理念は、この3編にも共通していると思います。

ふくろうの話し。

作品「法祥・回向せしめるかや」

のラスト辺りでもこの生き物の話しを扱った。



ふくろうである。



作品に挿入したことと重複する内容もあるが、

憂生はこの話がすきなので、

ここにも掲げる事にした。



ふくろうの鳴き声はどこかもの寂しげにきこえるのであるが、

案に相違して、

あの鳴き声は幸せな愛の賛歌なのである。



と、いうのが、

「ほほう」

と、聞こえる

ふくろうの声は

実は

「ほほ」と、雄ふくろうがないたとき

間髪いれず

雌ふくろうが

「うぅ」と合いの手?

まさしく夫唱婦随の愛のて?をいれることで、

「ほほう」の一声にきこえるのである。



この話しを聞いたた時に憂生は感涙ものであった。



人間さまでもこうまで見事に

唱和することが

出来ないものである。



これを、ふくろうがごとき分際が

必死に生きることを謳歌しているのである。



ほほ・・うぅ。



昨今
お土産 やサンでも意匠をこらした、ふくろうのアイテムがうられている。

憂生はただ、単に

ふくろうの福の字の語呂合わせの縁起のよさでしかないと、思い、

いい売り物にされてしまっているのを

人間さまの商魂のたくましさよと

笑ってみすごしていたのであるが、

「ほほう」の話をきいてから、

確かにふくろうは福ろうだと思うようになった。



家の中の飾りだなにも、いくつかふくろうアイテムが転がっている。



「ほほう」

の福にあやかりたいものであると、

ふと、神頼みならぬ、

ふくろう頼みをしてしまった憂生であるが・・・。



他力本願では

それこそ、

「ふくろう叩き」にされちまうかな?



ふむ。

自力本願かなうべく・・・。

がんばんべええ。

記事・・保存のため・・・

不思議に思ったのは、このブログのタイトル「護剣童子」なのではないだろうか?
まず、どう読むか?
「みつるぎどうじ」と、読みます。
三本の剣を持つ事になった
悪童丸の大人名として、
かんがえたものです。

三剣童子。
こうも、書こうかともおもったのですが、
大人名を名乗る事になる
悪童丸は
自分を護る剣を自分こそが護ってゆく。
これが、
大人ということになるのです・・・。

さて、それでは、
だいたい、三つの剣をどうやって持つのだ?
と、いう事になってきます。

この剣とは、
『子を護る母の峻厳さ』を意味します。

悪童丸の身辺には
かなえという産みの母。
伽羅という育ての母。
そして、妻である勢。
その勢もまた、「母」になっています。

この三本の剣に支えられ生き越してきた
悪童丸が
今度は
「剣を護る」側に立つ
大人になってゆくのだと、

陰陽師・白河澄明から、その名をつけられるのです。

一説に
ペンは剣よりも強し。

意味合いは違いますが
物書きの端くれは
剣が正義であるように、
筆を進めるのも
つとめであるかと、

この護剣童子の名前をつかうことにしました。

ペンは剣よりも強し。
されど、
その剣を正剣にしてこそ、
ペンは剣よりも強し。

こういう事をいっておこう。

そして、
たいそうに論説をぶるほどでもない
ブログに変化してゆくのは、すでにみえてもいるのである。

できうれば・・・・・

白蛇抄、井戸の・・・壱は、いったん、完結し、

いかにも、オムニバス長編の名前の通りなのですが、

続く、弐は、10話、法祥、回向せしむるかや

に、はいっていくための、導入部になって行きます。


隠した部分があるため、順番が後先になる、妙なつくりなのですが、


井戸の・・壱は、まあ、読み流しても、

どんじょ、弐は、ひととおり、読んでやってください。


この白蛇抄という物語は

わざと?

初めから、読まないと、いまいち、分かりにくい。


と、いう作り方をしています。



今回でも、悪童丸のように・・と、一言で

すませたたとえがありますが

悪童丸のよう・・・。

それは、裏側では、命と、止むに止まれぬ思いと

因縁と・・・という、複雑な部分があって、


此処からだけ読むと、

婦女子に悪さをしかけた悪童丸としか、見えないと思います。


その悪童丸の人を恋いうる思いがどこからかと

解そうと思うと、七日七夜を読んでもらわないと・・・。


まあ、一つの事象の裏側に他の物語があり、

澄明をいいだせば、また・・他の物語となってきますので、


できれば、最初から読んで欲しいと思います。


見えない部分が・・・多すぎますので・・・。

整理現象・・おおう!・・自然が呼んでいる

マズ、整理物件 の捕獲。

「あはは」

憂生は情景描写が苦手なんで、
もっぱら、心理描写でにげているんですが・・・。
今日は、久方ぶりに
「理周」をよみなおしていて・・・。

↓に自分で感激/あほ?
してしまったので、
此処に揚げます。

憂生にしては、
何とか、情景描写が
綺麗にまとまってるんじゃねえか?

うはっ、自画自賛?
単なる思い込み?
この程度が憂生の精一杯。
レベルが見えてしまいますが
憂生には、巧くかけてるように思えます。

「理周より・・・」

理周は余呉にいる。
小さな浮御堂が余呉湖の端にたたずんでいる。
山は四方をかこみ、
大きな湖の北に位置する余呉湖をつつみかくしている。
琵琶の湖にくらぶれば、水溜りほどに小さな余呉湖を知るものは少ない。
清閑と水をたたえている湖は山の藍翠を映しこんで、漣さえ立てない。
時折、通り過ぎる一迅の風が湖面に銀色の皴をつくり、
なだらかなみどりを深くのみこむと、
静まり返った水面は一層藍が濃くなった。

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で、これに早速メールがきました・・・。

「では、恒例のイチャモンをつけたい、と思います。

 理周にあげてた風景描写、自画自賛の・・・
 
 気にいりません、「時折通り過ぎる一迅の風」の部分。
 どこが!?と仰いましょうが私としてはこれだけでは風が短すぎない?
 此処は艶をいれてもいいのじゃない・・・
 等と思っております。
 前後に釣り合わないような気がするの。
 もっとね書けるはず・・・
 と、思ってしまうのです。」

この人は憂生の作品に対して
憂生の作品は読めるものである。
卒論で谷崎潤一郎をとった私がいうんだから・・・。
と、過去に合格?点をつけてくれているという事を
含んでおいて下さい。

で、もちろん、
我らが・・・あん?ま、いいかああ。
我らが憂生がそのまま、引き下がるわけが無いのである。

で、憂生の返信。

「すまない。

情景描写・・・つうより、
余呉はそういう湖・・・。

憂生の目の中にうつったままを
かいているから

事実?描写・・かな・・・。

余呉の湖。

尼がかのひとに
ひっそり身を沈めていきてゆきたいと
言われたその地の湖・・・。

その湖が・・・
あまりにも叙情的でありすぎたら、

風景がうざい。

おそらく、
憂生は切り取ってあの部分を揚げた時点で
皆にはつかめないだろうと思った。

尼の人生の中にふいた一陣の風。
そして、
尼の心の中・・・。
緑を深く映す尼・・・
時折波立つ・・心。

結局・・・
これは、情景描写じゃないンダな/笑

尼・・・を
馨せている・・・・。

だから、憂生は自分の中で巧いとおもったんだろうな・・・・。      憂生 」

で、彼女からは謝罪?
読み取り不足でしたと返事がかえってきていたんだけど。

ここで、憂生個人的に
再度、整理現象だ。

清閑と水をたたえている湖は山の藍翠を映しこんで、漣さえ立てない。
**清閑と水をたたえている・・・は無論
尼が心の底に深い想いを抱きながら、
心静かに、かの人だけを思い暮らし・・
ってことになろう。

山の藍翠は..かの人のこと、
かの人への思慕。

それを心の湖に映し

尼の心はかのひとへの思いだけに
満たされ・・
表面上・・・漣さえ立てない。

時折通り過ぎる風。一迅の風。
これは尼の心に物狂おしくわいてくる
かの人への恋慕。
あるいは、寂しさ。

わずかに湖面/尼の心・・・/・・に銀色の波立ちをつくると
再び
かの人への思い/なだらかな翠/を胸に深くうずめると
/このうずめるは埋め火の意/
尼の心は静けさを取り戻し
心の水面には
かの人への藍/愛が濃くなっていった。

と、まあ・・・なんだ、此処までのバックグラウンドを
解説したら、
なんも、おもしろくないわけだけど・・・。

憂生の中では
物語の色あいがあって、
その部分とマッチしている?
コラボ?している。
と、自分では意識せずに
文章を眺めて
巧いと想ったわけだけど

今回の彼女のクレームにより
憂生の中で
ナゼ巧いと想ったかと言う部分が明確に
意識される事になった。

で、自分でも・・・
さらに・・・、
なるほどなあと、想うに足して
やっぱし、
憂生は情景描写・・
もとい、
写生文?というべきかな?

写生文、下手くそです。

情が重なるという意味合いで
情景描写に成ってしまう。

つまるところ、心理描写の一端でした。

で、もちろん、短文として
ソコだけ、独立して
読み直してみたら
彼女の言う通りだと思います。

そっけない。
深みが無い。

そうおもいます。

一部分だけ・・抽出するなんて事をやった憂生が
おろかでしたね。

整理現象・・・おわり。

けつふかず、
後ろ足で砂をかけて・・・/猫じゃああ/
帰るべ!!

ん?
砂、ちゃんと、掛かってるか?って?

ふんなもん
しらんにゃ!!

*追記*

*この後にも、この記事に対しての、クレームが着ました。

それは、憂生が自分で書くといやらしいと思って

「一応、読めるもの」と、いう表現に変えたのですが、

そんな事言ってないし、

一応なんてものじゃないよ。

と、。

彼女の嗜好にあったのでしょう。

絶賛してくれていたのが本当です。*

ぞれぞれ~~~~

白蛇抄第7話、宿業のヒントになったのは、

秋山ジョージの「浮浪雲」の1話でした。


浮浪のだんなも舌を捲く、腹の太い男。


これが、女房の不貞のはてに、

出来た子供のことを

「あっしは、子だねがねえんですよ」

って・・。

打ち明けて・・・。

こんな男に、ちゃんと、天の神様は

子供を授けてくださった。


なんて、台詞を言う。


まあ、こういうセンテンスをいただいて、

自分流に素材として使うということはよくあるというか、


ソレがひとつの、トリガー、あるいは、

起爆剤になって物語をこさえちゃうってのは、あります。


空に架かる橋の萌芽は随分、昔にあったものなのですが、

この芽をのばしてみようと、思わせてくれたのが

最終兵器・彼女  の、番外編でした。


小枝も、白土三平のカムイ外伝の中のエピソード。

気が狂った娘が男を求め狂う。

で、父親であるマタギだったか、

炭焼きのそま人だったか、忘れたけど

男のなぶりものにされるくらいならと・・・。


まあ、そういう設定はどちらかというと、

笑う女のほうに近いのですが、


その父親が娘の不幸に苦しむところ(めしいであるという設定)を浮き彫りにして

かつ、性を求める小枝の心も、

人の心として

すなおに、きれいに、扱って

かつ、父娘が、結果的に救われるという。


白土三平とは、逆の方向の話しを書きたい。

と、ずっと考えていたものです。


壬生浪ふたりは、友人の志水が

総司狂で、

一本、こっそり、恋仲の二人をのがしてやるという

そんな話しを書いていたのですが、

これが、16、17才の頃かな?


憂生の設定でなら、どういう解釈をもってくるか?

って、感じで、

書いてみたものです。


もちろん、盗作でなく、二番煎じとも違います。


元の文章もどういうものだったか、覚えてないくらいで、

おぼろげに、こういう話だったかなという程度のものです。


まあ、なんにせよ。


そういうトリガーの存在があったというか。


どこかで、

絶対、

なにか、あるはずなのですが

全部、全部、分からないのだと思います。


何処かの批評サイトの事も、書いたことがありますが

批評の言葉に

二番煎じとか

パクリとか

ベタモノとか、


こういう批評のしかたは、批評する人間のレベル、低いと思ってます。


人間ですから、似たようなこと、考える。


そんなことをいったら、源氏物語とか、

自分の解釈で書く作家いますよね。


これも、二番煎じで、パクリで、ベタモノです。


なのに、何故そういわれないのか?


前者は何故そういわれるのか。


結局、題材とかストーリーとかじゃなくて、

表現などの文章技術がいまいち、魅力が無い。


そのあたりを、もっと、具体的に

ここじゃ、こうだよ。(あ?具体的じゃないっすね?)

と、的を得た批評をするのなら、

いいんだけど、


ありきたりにみせてしまう原因を付いてやらず、

ありきたりだと批評する。


そんな批評する、おまえのほうがありきたりの

ベタモノ発言だと、よそ様のところなれど、

一言いってやろうかと思ったけど

見えてない者同士の雑魚けんかにまざるあほもないと、

スルー~~~~。


まあ、実際、批評をするという事は

難しいものです。


自分側が

確固たる尺度?洞察力?をもってないと

まともな批評なんかできない。


だから、憂生は、批評するの嫌いなんですよ。


いかに自分に尺度や洞察力がないかを見せる事になるから。


で、カッコたる尺度というのが、なにかというと、

理由をちゃんと相手に伝えて、納得してもらえるものの見方が出来るかという事です。


自分がはっきり分かってないと

相手にも伝えられない。


だから、批評サイトの人間が

ベタモノ・・とか、こういう表現しか出来ない。


だから、なぜ、ベタモノにみえるかの説明ができてこそ

批評だろう?


その説明をできない批評家の中に自分をさらけだしておいて、

なにか、得るところあるんだろうかね?


はてには、感情でしか、物、言わないし、


批評は自分の披瀝でしかないって、

よく言うけど

まさにそれでね。


そこまでしか、説明できない把握で

物言うな。


って、そういう感情おこしますから、


また、憂生も自分を考えます。


批評するに、

「ここだよ」

って、自分か感じた部分を

どうにか、説明しようって。


もちろん、あくまでも、自分の感じた事でしかないけど


こういう風・・を説明しきれないで。モノいうまいと・・・。


ところで、話し、なんで、こんなにずれちゃうんだろね?

ファンタジー?

白蛇抄は陰陽師物なのですが、仏教的(密教的?)な側面を持っています。
因縁からの解脱ということでなく、
「因縁納所」という中でも、「因縁を通り越す」という解脱の奥儀?が底にしかれることになります。

この考え方を底に敷いた部分で、これが、たんなる「読み物」でなくなってしまった部分があり、スピリチュアルな生き方、求道精神に相通じるものがあり、強烈なカルマをリアルにもつ人の指標になったぶぶんもあります。

その物語をファンタジージャンルにいれたのは、第1回新潮社ファンタジー大賞を受賞した酒見賢一氏の「流れる雲のように」(だったと想う)に、よります。

この物語はまだ、ファンタジー小説の概論が日本の文壇のなかに定着していない時期、ファンタジー小説を根付かせていこうという試行のために、新潮所が繰り広げた公募に第1席で入賞したものだったと思います。

古本屋でみつけて、読んでみたところが、すでに、アニメーションで映画化されていたものでした。

同じものだと思わず、本を読んだわけですが
この内容はハリーポッターや指輪物語などから、感じる
ファンタジーイコール《魔法使い?》というものとは、随分かけはなれたものでした。

第一回ファンタジー小説受賞作品ということわりをよんでいなければ、
中国の後宮小説(大奥みたいなもの)で、史実か?あるいは、ダヴィンチコードのように史実への解釈か?と想うようなものでした。

ファンタジーの定義というものが、かくも、柔軟なものであると受賞作品が証明しているようにおもえました。

白蛇抄も架空ということでは、「幻想小説」の範疇に入ると思いますが、
内容は、書評にありますように、たんなる冒険小説でもなく、恋愛小説でもなく、壮大なスケールのドラマであり、その壮大さを構築するのが、人物の葛藤や心理などなどだということで、密度の濃い物語に仕上がっていると思っています。

その物語をして、「壮大なドラマ」であるといえるなら、
酒見賢一の作品をして、これもまた、当然、中国史実をバックにしいた「壮大なドラマ」だといえると思います。

こういうことがあり、憂生はこの作品をファンタジージャンルに数えています。

う~~んとね・・

非常にきにかかるのが、白蛇抄1,2,3,4です。

この物語の複雑な構成がはっきり、わかるのが、第6話です。

この第6話こそ、真髄になる部分なので、
1,2,3,4,5をきちんと、読んでいただきたいという思いが
痛切に在ります。

オムニバスですから、どこを読んでも、完結した物語にしたてていますが、
第6話における登場人物の一言や行動のなかに、1~5までの中での
経緯がある故という「深さ?」が入ってくると思えるのです。

この白蛇抄は今、16話までしあがっていて、総文字数100万文字を超えたと思います。

因縁を通り越すなどという考え方から、のちには、
因縁が因縁を呼ぶ。
因縁にかかわることイコール自分の因縁がきれいになっていない。

などなど・・。
おしすすめていく理念を、徐々にさしはさんでいくこともしていますので、
できるならば、順番に読んでいってもらいたいと思っています。
(1~6まで。あとは、作者自身、物語番号をまちがえてしまって、
入れ替わってたり・・・確か伊勢の姫君を11にしていたと思うのに、かわっていたと思います。)

白峰大神・・・に

陰陽師物を書き始めた頃から、とにかく、陰陽師関連の物語や映画などなど、いっさい、見なかった。
まったくの独自の解釈で、書いていきたかったせいもあるが、
へたに他の人のものを読んだら、自分が萎縮すると思った。

こうあるべきなのだとか、本当の姿をみたら、そっちの設定に及ばないから、それをまねてしまう。

これがおそろしくて、夢枕獏の作品(一冊だけだけど)を随分あとから読んで、避けてよかった思った。

夢枕獏の作品は確か「呪」ということを基調にしていた。
名前があるが、名前をつけるから、名前が本人をあらわす。
安部晴明は自分の名前を違うもので、つたえ、魔物の呪から逃れた。という話だったと思うが、そのアイディアが良かった。
逸話として残っているものなのだろうから、考え方というべきだろう。

さて、白蛇抄、第3話をあげてきて・・。

この話のつくりは、本当に申し訳ないけれど第1話から順番によんでもらわないと、醍醐味(えらそにいいます)が深くならない。
蟷螂の話とその解決の時にかのとがみせた態度。
それが、また、白峰大神でも裏面を見せていきます。
今回、鼎の業を被ったひのえの来世を救う話が第7話になりますし、
草薙の剣などが出てくるわけですが、これも、湖に落ちた経緯も
第16話・・。
白峰大神との因縁を知った澄明の苦しみが第11?話・沼の神
悪童丸を反対側から書いたのが「鬼の子」
主膳の妻、かなえが鬼と結ばれた経緯。次にあげる第4話「七日七夜」

悪童丸をひろいあげ育てていく女鬼伽羅の登場。
伽羅の情夫、にもてあそばれた波陀羅が邪宗の双神の使途に使われていく。
邪宗の双神が主膳の嫡男、一穂をねらう。政勝を狙う。
白蛇神に黒龍に八代神に宿根神・・その他もろもろの登場人物&登場物の怪・・とても簡単に説明できない入り組んだ構造になっています。

あ、それから、今回の作品はかなり、性表現多かったと思います。
会話中にも「何故、悪童丸の舌をしゃいた」というくだりがあり、ここでも、澄明のはからいことであったことをあかしていったり、いかに白峰がひのえをおとしこもうか、奮闘努力したか、(あはは)
蛇の性になっていれば、ほたえも無理なかりましょう。
と、あとであかしていく裏づけ・・(表づけ?)のためとか・・
かなり書き込み、似たようなシーンにどう変化をつけていくか・・。
がんばった(すぎた?)結果ですので、どうぞ、エロ本と誤解なきようお願いいたします。

第6話にて一応の集大成ののち、「因縁を解決するように見える陰陽師にこそかかわる因縁がある」と、いうことで、多くの話が二つに分かたれたものが一つになろうとする話であり、それこそが、ひのえとかのと(つまり。きのえ)の因縁であるということになります。

理周・・・に

理周は、好きな作品です。

これを書いたあと、父親(離婚)とはなればなれになって暮らしている方からコメントがありました。

父親のように思ってくれる人と一緒になりたい。

そんな言葉でした。

理周を深淵の淵から、ひっぱりあげる不知火もまた、
文中で
「父にならねばならぬかの」
と、いう言葉を発します。

父のように思ってくれる人として、書ききれたかどうかは、
わかりませんが、
男として対峙すまいと不知火も必死で節のところへにげこんだおかげで、
理周の深淵を深く理解したとも思えます。

節の登場はいかにも、とってつけた部分があるのですが、
物語の重要支点的存在になったと思いますし、
最後の最後まで縁結びのてこにかきこめて、
良い、ポイントゲッターになっていると思っています。

あ~~。解説ぞなもし・・

宿業の中で、白峰・・が、え~~~、ごちゃごちゃ、いいますが・・。


これは、白蛇抄第3話、白峰大神を、読んでもらわないと、ぴんと来ないかもしれません。


で、この話は、ひのえが、餓鬼に落ちた鼎を同化の術により、

鼎を元の姿に戻し、思念のみならず、業まで肩代わりしてしまうという第3話に挿入された

エピソードを

第6話、邪宗の双神の冒頭にて、

白峰大神が、ひのえが受けた業をどうにか、できぬものか?


と、問いただした事にあります。


生まれ変わったひのえに、業が開くと

鼎と同じように、陵辱の果てに、気が狂うことになります。


それを何とかしてやりたい。

業?あるいは、因縁になってしまった業をとおりこさせる最善の方法。


白峰がえらんだのは、佐奈であり、

八代神と徒党を組み、

白銅の生まれ変わりを、子だねの無い男に仕立てると共に


妖怪の類の陵辱で狂わぬかわり、

人からの陵辱により、子を孕む。


それは、また、白峰とひのえの通り越しともいえるわけで、


複雑に、あちこちで、因縁の繰り返しがおきながら、


この物語の定法としている

「因縁、喜んで通り越す」


この部分をそれでも、朋世がかわゆいという周汰

子種の無い男にそれでも、こんな、かわゆいものをさずけてもらえた、と、


それが、喜び通り越したといえることではないかいな?


と、

そういうことで、

この物語は

白峰大神のひのえへの、情愛の規定にして、

白銅(周汰)がひのえを託すにたりる人間だからこそ、

できる、因縁からの解脱。

宿業の納消。


と、まあ、やはり、白蛇抄から、離れてない話しで


けして、突然、白峰が

都合よく出てきたわけではありません。


そんなわけなので、

場合によっては、蟷螂あたりから、読んでもらわないと

みえにくい話しがあるかもしれません。

コメントに寄せて・・・

かわいそうにゃ!!
って、コメントいただいて・・・。

・・・・。

そ~~・・ですね。
ひのえのために平気で沙奈を犠牲にする・・。
この身勝手な白峰大神の性格?
は、当初からのもので・・・/笑
傍若無人・・というか・・・。
傍若無人・・無神・・というか・・。
悲惨な部分もあるけれど、
何かを護るために
何かを犠牲にしてでも、護る。
と、いう姿勢は、白銅自体が唱えている物事で、
今回の中でも、周汰が陸に対して
残酷なほどの冷淡さをみせて、
朋世を護る姿を見せている。

この冷淡さで陸を切り離し
寄せ付けず、
朋世を護ると決めた周汰が
一番むごいと思われる朋世の裏切りに対してまでも、護りの姿勢を崩さなかった。
と、いうこの反率を考えてみた時、

朋世を初手から守りきれなかった
佐奈という男は、
ある意味、自業自得の結末を迎えたと考えられる。

簡単に言ってしまえば、
「女を護る」
この「本気」ってものに、
どこまで、真剣に挑んでゆけるか。

あまったるい考えや、
たかが、女ひとり・・・。
こういう軽い思いなぞ、うけつけない。

しっぺ返しは、必ずある。

思いが深ければ深いほど
浅い者には、太刀打ちできない。

なまはんかな、感情にゆすぶられてばかりいると、
結局、例えば、白峰大神・・などに、
つかわれる、捨てごまにされる。

自分を埒ないものにあつかわせたのは、ほかならぬ自分でしかない。

思いひとつ・・・。

深めていけなかった・・・佐奈は・・・
確かに・・可愛そうな男だと言えるのかもしれない。

コメント


なにかの本(漫画だったかも)で、
「その女の人が本当に好きで、護りたいならば
その人のついた嘘までも全部抱きしめて
その人の好きな男の人さえも
護ってやる(護ってやれ?だっけ)」
そんな台詞があった
憂生たんの「コメントに寄せて」を読んで
今日は、その台詞を思い出しました

読み応えあり~~~っ!

白蛇抄、ゆうべ読み終わってんけど・・・

ほんまネットでアップしてるだけって
なんとまぁ~もったいないって思ったぁ~。
でも。ある意味ほんまに好きな人が集まって読むわけやから
憂生はそれで納得言うか~満足なんかな?

最初読んでるときは、魔物退治の
陰陽師 の話しなんかな・・って思いながら読んでた。
そういうの結構好きやしっ(笑)
でもそれだけやなかったぁ~・・・
読み進んで行くうちに
ミモザ ほんま鳥肌もんやったよ!話しのスケールのでかさっw
あ~、ここに繋がるんやぁ~って思うのがめっちゃおもしろくて、どんどん読めたっ。
「カルマ」を強烈に感じさせられるこんな
ストーリー を考えた憂生に脱帽っw
必ずと言っていいほど出てきた性描写も、読み終えた後って
なんて言うのんかぁ~・・・必然の結果やなって思えるし。
(普段、官能小説とか読まんしーっ!爆)
たぶん、昼休みにお登勢を読んでる時に感じた細かい心理描写のせいやと思うっw

いろいろ思うことがあって・・・
今日友達に渡してあげるつもりっw この白蛇抄。

ありがとう、憂生の作品に出会えてミモザは収穫ありっ♪(笑)


*********************************

ありがと。
どこかにも、書いたけど、
公募とか、審査には出したんだ。
審査の反応はよくて
担当者が大慌てで/たぶん・・/
上部に持っていったんだ。

でも、結局、コッチが金がないってのが、
ネック。
企画出版なんて/只で出せる/のは、
まず、ありえない話しで、
向こうが言うに、発売して当初の1週間で
⑩万部以上売り上げられる作品。
無名の作家?が
500部ほど出版して
ちょろっと、新聞広告に乗って
⑩万部を叩き出せれるわけが無い。
有名な人気作家で、大々的に広告が載ってさえ
出来るかドウカ・・・。
つまり、企画出版何ていうのは、あって無きもの。
で、じゃあ、公募ならどうだろうと思って
送ってみた。
上位に入賞すれば只で出版できるから。
/金に拘らなくてもと、言うかもしれないけど、
自費出版でも普通の厚みの本で
三十万くらいはかかる。
白蛇抄を全部出したら400~500万?
だせるわけないじゃん?

で、公募の結果。
最終選考まで。
出版奨励作品認定証?が来たよ/大笑い

結局、もうけたいっていうのが、
主旨の出版社だから。
しかたがないんだけど、
実は既に新潮社/おいおい!/に送ってみたものなんだ。
あそこは規格が厳しくて文字数オーバーしているだけで

読みもせずぽい!になると後でしったんだけど・・・。
その新潮社の応募企画文字数が原稿用紙400枚。
ココに700枚おくったんだから・・・
アウツだよな。

で、新潮社は当然レベルが高いし・・・。
いわば、早稲田大学・・・。

じゃあ、3流大学なら、どうかな?
受かるかな?

結果・・・。
先の状態。

デ、色々、考えたよ。

出版社の担当者さんからも、
直接連絡がはいってきたりもしてたし・・・。

そんなときに
『作家になりたいのですか?」
って、たずねられた。

自分の中を覗いて見たとき、
『作品を読んでもらいたい」
だけで、
作家になりたいわけじゃない自分を見つけたんだ。

で、
じゃあ、読んでもらうにどうしようかって、
ところで、出版って方法をかんがえついただけで、
読んでもらうなら、ネットという方法もあるわけだし・・・。

そして、
ネットにあげると決めた時に
逆に
入賞すらしない作品をよんでもらおうとする事にダイブ、迷った。

そして、
入賞できるコトでなく
入賞できるような実力をもつことが
命題であって、
入賞する、出版するは結果論でしかないってね。


まあ、そういう風に審査や公募を受けてみて
自分の作品のレベル?を自覚したと言っていいかな。

ただ、一応、大抵の作品が
担当者からかなり優遇?してもらえて、
割引で出版できる期間がすぎているけど
権利をおさえておきましたから・・。
とか・・。

でも、もう、入賞すらしない作品を
金の力で/金があったとして/
無理やり出版してもなあ。
って、思うようになっていたんだ。

ステータスを得るだけ?
中身が伴わないのに
高級
ブランド で、外見だけ取り繕う?

ソンナ風に思えて・・・。

そして、
あたら、金をかけてみたところで
読んでもらえるにつながるだろうか?

めぐり合う
チャンス さえ作れば
読んでくれるだろう?

そのほうが本当じゃないか?

そして、その結果は
読んでくれた人が見せてくれるだろう?

だから、
「読み応えあり~~~っ!」
この評価は審査なんてものくらいの
ものじゃない。
憂生にとって本番への判定。
出版と同じ。
だから、本当、ありがとう。

笑う女に寄せて

笑う女をチョット、書いてまた、思案中。

と、いうのも、まだ、決定打がないせい。
そのまえに、「俺」の笑子への煽情心理・・・。
行為をつらねてかこうと思っている。
そして、あいかわらず、あっさりと幕を引く。
と、簡単にいっているのだが・・・。
4行目と5行目の間・・・。
此処が問題なんだ。
およそ、固まってきているんだが・・・。
4行目の部分がいかにも唐突で、
挙句「俺」への覗き行為?ってことになるわけで・・・。
この物語は・・・・、
あるいは、連載形式が裏目に出ているかもしれないと
思いなおしている。
一気に読んでしまったら、
すんなりと入り込んでくる部分が
1章ゆえにひどく、あからさまで破廉恥で
憂生が躊躇してしまっているんだ。

「笑う女」のことなんだけど・・・。

「笑う女」のことなんだけど・・・。
書いているうちに
人物が勝手にあるきだすというか、
訴えてくるというか。

今日、ちょっと、書き足していたら、
今までの構想だけじゃ、
消化しきれない感情?考え方を
提示してきた。

もともとの設定は
障害者 へのレイプ。
ところがいい気になって
欲望を処理しまくってた犯人?は
笑子に性を覚えこませてしまったことで、
逆にしっぺがえしにあう。
もちろん、
このしっぺ返しは当然、笑子の悪意でも故意でもない。
そして、笑子はあいも変わらず「笑った顔」のまま・・・。

具体的じゃないので
判りにくいがこういう程度の設定だったのだが、書いているうちに雪だるま式にというか、
金平糖の芯にどんどん、砂糖がついてくるというか。

ひとつには、gooのほうで少し話を聞かせていただいた重度障害者の方のニュースソースにもよる。
憂生の設定はもともとが古いものだったが、
フルすぎたというべきか。

なににしろ、今、性の倫理感が昔とは、違う。
このあたりが、憂生の中でどうしても、おいつけない感覚だと思いしらされた気がする。

あかん。何、言ってるのか、わからんようになった。

まあ、まだまだ、模索中の「笑う女」なので、
どうなってゆくか、
判らないんだけど・・・・。

コメント
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にこぺも書いてる登場人物が
勝手に動いちゃってびっくりすることあったよ~^^(マンカだけどね)
笑う女も興味深く、楽しみに待ってるね♪
投稿者:nikope --------------------------------------------------------------------------------

大きく大きくなった金平糖も形はむしろ綺麗に整うし♪
どう育ってゆくのか楽しみに待ってますね♪
投稿者:reichon917 --------------------------------------------------------------------------------

頭で考える筋書きってのは、
やっぱし、矛盾をはらみますな。
でも、実際文字にのせてゆくと、
この矛盾をどうにかしなきゃならなくなるからこそ、かいてゆけるって面もあるのかも・・。
変?

笑子には大切な相手でしかないんだよな。

有る意味・・・
笑子にとって・・・
些細な楽しみを維持できる
かなりマイナス位置でだけど・・・、
笑子にとっては、
ハッピーエンド にしあげてみたかったけど・・・、

はたして・・・
読む側の感覚はどうなんだろう?

大抵、寄せられてくるコメントは
「俺」に対する批判だったけど
笑子には大切な相手でしかないんだよな。

またも、暗澹とした、
救いきれないような
割り切れないような
読後感をのこしただけだったかもしれない。

近い内にまた、1スレッドに編集しなおしてみます。
あまりにも年月?を空けすぎて書いたので
自分でも焦点がぼけてたり
文体が急におかしくなったりしてると思ってます。

おそらく、一本に繋いだら
カナリ、説明ふそくのところがあるんだけど、
連載?の間の実際の時間が
読む人の中でながれていて、
わざわざ、説明しなくても・・・

で、どうなっちまったんだという部分を
説明するだけでよくなってしまうきがする。
影での待機期間の中で読む側の何かが醗酵?してしまいすぎるような・・・。

あまりにもまをおくと、よくないなって、
思いなおしているんですよ。

過熟になりすぎて・・・。

意識上で問い直される問題  

笑う女を書きにいってくると、大々的に宣言して・・・。


さて、どう、持って行こうかと25をよみなおしていた。


いま、ひとつ、決定打がでてこないまま、


ちょっと、あぐねていたのが、昨日。


で、今日になって、TVニュース。


知的障害者への性的暴行・・・?


だったかな。


詳しくは見ていない。


笑う女の設定は精神薄弱児への


性的暴行・・・ではあるが、


コレを暴行として扱っていない。


主人公?笑子自身に、性への希求があったと設定している。


こうなると、問題はややこしい。


レイプは告訴によって傷害事件として扱われる。


現場にハンカチ1枚敷いただけで、レイプされた側に


行為を受け入れる意志があったとして


暴行であるという事が立証されにくくなると言う話が


まことしやかに伝えられているが・・・。


笑子の場合・・。


精神薄弱児であり


ハンカチ1枚を敷いてくれという意志/性への希求/があったと


立証できるかどうか。


本人に告訴、被害意識が無い場合に置いて


暴行の罪は無い。


と、いう確約も、笑子の場合


本人に性を求めるように仕組んだという


なんという罪になるか判らないが・・・?


罪が成立するだろう。


と、なると、この暴行は


本人の意識の問題でなく


暴行した側の意識上で問い直される問題になる。


今、水面下で笑子への暴行が繰り返されれ


笑子は性を歓喜として、受け止めている。

ニュースの場合、

本人の意識によって

告発という形で「罪」を問われているが

笑子の場合、

暴行する側にしか、「罪」の意識は存在しない。

1人の女性に対して

性を与える行為自体は何の罪も無い。

笑子も性を望んでいる。

暴行を繰り返す側の中にも

色々な煩悶がある。

だが、笑子・・・自身は

玩具にされているという事実さえ意識できない。

このままで、よいわけが無いが・・。

かといって、

笑子自身は男たちに罪を感じては居ない。

男たちの意識の中に笑子に対して

一種異形な愛情があるのも事実だ。

この事実を思うと

どういう結末にもっていってやればいいか・・。

迷うものが在る。

その矢先にTVニュース。

性を求める気持ちが本人にない場合を

憂生の設定と引き比べてみてもしかたがないが、

笑う女の中で

「職員による暴行」と、設定しては申し訳ないと

断りを入れたに関わらず、

現実は・・・こう。

せめても、笑う女の中の「俺」のように、

その職員にも

大きな葛藤があったと思いたい。

・・・・・。語弊があるが・・・。


と、言うようなことで、

今一度、笑う女の設定をみなおしている。

笑う女に寄せて・・・

  • 投稿者:嶺上開花
  • 投稿日時:2009-10-24 14:14:23
  • 憂生さま、こんにちわ~★

    初めて読ませて頂きましたよ~!この話、おもしろかったです。
    始まりから、ぐっと『興味』が沸きました~。
    題材も、心描写も…おもしろかったです。
    憂生さまは介護職の経験があるのですか?私は未経験なので
    非常に楽しく読ませて頂きました。

    ではでは~♪

  • 投稿者:ありがとう。
  • 投稿日時:2009-10-25 08:40:36
  • この作品、いつものハッピーエンドじゃなくて、
    ある意味、怖い話しに仕上げてしまいました。

    調理の関係で介護系統の病院と精神科の病院に勤務したことがあります。

    介護部分と精神部分両方足した話しになったのは、そのせいかも・・。

  • 投稿者:嶺上開花
  • 投稿日時:2009-10-25 20:46:38
  • それがイイと思いましたよ~、私。

    私はついつい甘いのでどうしてもハッピーな方に話を持っていく
    傾向があるので…でもそんな甘さを斬り捨てるような厳しさがないと
    おもしろい話は仕上がらないですもんね。。精進します(笑)

    ではでは今日も頑張るとしま~す★

  • 投稿者:憂生
  • 投稿日時:2009-10-26 01:14:13
  • 普通は、続編作って、なんとか?すこしは?ハッピーエンドにするんですよ。
    蛙、なんかもそれだけ、読むと、どうしようもない暗澹とした気分あじわう。
    なんか、どうしようもないなって・・・。

    それで・・・続編つくったんですけど・・・。
    あ、これ以上、しゃべっちゃ、ネタばれ・・・。

    コメありがと・・。

    寝る~~~~る♪おやすみ・・。

笑子と小枝は裏表みたいなものだって。

笑う女のタイトルを考えた時に
二重・・・三重の意味をこめた。

本名・・恵美子
の、特徴?である、笑った顔の笑子と
えみこの名前と同じ音の笑子を使う。

そして、
この笑子は最後までヤッパリ笑う女のままで。。。
笑子はなんにもかわっていない・・・。

だけど、
笑子を取り巻くものの接し方?で
笑子の笑が異質なものになってくる。

笑子が笑ったままであることで
知らずのうちにしっぺ返しをしてしまう。

最後の部分は初めから設定していたことだったんだけど
そこまで、もってゆくために、
紆余曲折?にもがきました。

笑う女というタイトルは
笑子が童女のままであることも含めていますが
「俺」にとって
笑う女・・・は・・有る意味物凄く怖い意味になってきます。

いつだったかレイに少しコメントしたけど
笑子と小枝は裏表みたいなものだって。

どちらの女性も
性を求めてゆく・・・その根本は変わらない気がします。

だけど、
性が生につながらない部分で
生と性の主従が逆転して
笑子にいたっては生まない体になることの方が幸せであり
小枝は逆に命を紡いでゆくことが幸せになる。

自分でも、なにを思って
コンナ話をかいたのか、よく判らないのですが
やっぱ、根本は
性はとっても慎重に扱わなきゃなんないものなんだよって
そんなところかもしれません。

憂生の作品は、性に触れる物事が多いのですが
こういう特殊な状況をかいて・・
う~~ん。
待てよ。
他の作品も結構特殊な状況下の性・・・多いな。

ま、いいや。

特殊な状況に置いて
主人公達が何を思うか・・・。

そこらへんが、掘り下げてゆきたい部分かもしれません。

う~~ん。

ところで、次。。。
どれいこうか・・・。

ちょっと、重たかったから・・・
新之助シリーズで気分を変えてみようか・・・
どうしょうかな・・・。

なるほど・・
こんな終わり方だったんだ・・

実は、どんな風に終わるのか
憂生がどんな感じで〆るのか、不安になった時期もあったけど

面白かったかも・・
ちょっと、予想外で・・・

笑子は、本当に笑って人生を過ごすんだろうなぁってぼんやり考えてしまったよ。

笑う女によせて・・

この話をかきながら、職員が暴行するという設定に迷っていた。
車椅子にのった河原さんは、こういう事がある。
と、いうことをはなしてくれた。
一方で、障害者が性への希求をもったときに、
当時でいえば、ソープにいくことはおろか、
そういう希求をもつことにさえ、蔑視があった。

ところが、この話をかいている途中だったと想う。
車椅子にのった方が
「今は、セックスボランティアがありますからね。
私もちょくちょく、お世話になっています」
と、コメントを残してくださった。

一方で、障害のある子供をもつ親も、この物語をよんでいた。

子供が男の子か、女の子で、受け止め方はちがうかもしれない。

男の子であれば、性的希求をもつころに、その希求をかなえることもしらず、
性をしらず、一生をおえさせてよいのだろうか?
かといって、通常、結婚に結びつかない状況であり、
ただの欲望の昇華をおしえてしまうことも惨いことかもしれない。

車椅子のかたも河原さんも、身体的には障害があっても、
精神的には障害(ちょっと、問題のある表現だと想う)はない。
むしろ、より優れた知能と知識を持っている。

この物語は、主人公を女の子にしたけれど、
男の子とて、性への希求をもつだろう。

そのときに職員が暴行とみなされることをしたとして、
はたして、
「希求をかなえてやりたい」というものがひとつもないといえるだろうか?

確かにレイプでしかない場合もあるとは想う。

職員側の問題として、考える部分はあるが、
セックスボランティアを利用するという言葉のとおり、
希求がないとはいいきれない。

軽々しく書けることではないし、ここに書いたことなど、考えで物をいおうとしていることにすぎない。

「性への欲望」が良識ある人間の地位も名誉もうばうほど
「理性」をなくさせるものであるならば、
その「性」のエネルギーのすさまじさを想う。

そのエネルギーの噴出がないとはいいきれない。

箱舟によせて・・

一区切り・・・

まあ、ほかでもない。

執筆中(この表現はたいそうで、きらいなんだけど・・・)箱舟の設定を見直している。

当初は本当の掌編くらいの短い物を考えていた。

丁度の今アップしている部分が結末で、

姿を消した彼女が自分の中にいる。

と、まあ、実に先がみえてるありきたりな設定で、

ひさしぶりにSFをかるく、かきおろそうと思っていた。

で、あるのに、もうひとひねりしたくなってきて、

結末を変えた。

いよいよ、どんでん返しへのネタ仕込みから、

場面転換にもっていこうとしていたのだが・・・・・・・。

う~~~む。

元々、心理追従型の物書きなわけで、

こういう場面に立たされたら

どういう観がや思いや判断をするだろうか?

と、いう登場人物の分析みたいなものから

物語をすすめていくわけで、

当初、ラフスケッチくらいの気分でかいていた「箱舟」だったので、

二重底の結末にむけていく路線を引っ張り出すだけの単調な作業に終始していたと思う。

ところが、こちら側の書き方のせいもある。

単純な娯楽?読み物?として終わらせる章のかきかたができなかった。

これで、もともとの結末をもってくるというのも、いかにも、あっけない。

そして、まあ、このあたりも憂生の得意のテーマになるかもしれない。

「思い通りいかない状況の中、どう考え方を変えるか」

別の言い方をすると

「観を変える」という部分で、彼女の立場は通常に考えても

地球人類、まだ(笑)誰一人、たたされていない局面であるわけで、

この心理・考え方をもっと突付いてもいいんじゃないか?

って、想いがしてきたわけだ。

もちろん、一種、のっとられる?

と、いう意味合いにおいては

憂生自体のシックスセンスからの

憑依的体験から類推できるというメリットをもっているわけだし

逆に、精神病的に考えれば、別の人格が浮上する人間や

心内にアニマを育成している人間もみてきているわけで、

そういう自分の原初体験みたいな物が過敏に反応するせいで、

通常設定のどんでん返しでおわらすことができない自分がいると考えられる。

こうなってくると、

物語という物が「読み物」でおわれない・・・妙な言い方だが

憂生という物書きだから書く物語という

「自分の中で生じる果実」というのだろうか・・・。

どうも、この部分での収穫をめざしてみたくなって、

もちろん、設定はそのままでいこうと考えているが

「私」の葛藤を中心に

なるように、展開させていこうかな?とも考えている。

当初の設定と違うことになってしまったら、

別くだてで、もともとの設定の読み物をかいてみようかとも思っている。

どうなるか、わからないが、

おそらく、二つの物語が仕上がったとして、

その差みたいなものが歴然とするのではないかと思うし

憂生のいうところの

「読み物」だけで終わるラフスケッチがどういうものか、

具体的に見えることになるかもしれないし

もともとの設定で終焉できるかもしれないし・・・。

まあ、いつもどおり、主人公の動くままに動かしながら

「私」をかきとめていこうかと思っている。

さてさて・・

さて、困ったぞ。

箱舟の設定をいつもどおりの成り行き任せにかえていったら、

とんでもないことになってしまった。

けっこう、物語をかいてる間に「ぶつくさ」いうのが憂生の常套手段で、

これが、でるほうが、むしろ、「乗っている」ってとこなんだけど/笑

実際、今回、SF仕立てで話をすすめてきたわけで、

ラフスケッチのつもりで、書き下ろすだけだったはず。

単純でありきたりな話にしようと思っていたのに、

なんで、またも、こういう風に心理追従にかまけてしまうのか。

まあ、そこが書いていく中で面白いといえば面白いんだけど、

実のところ、この先の設定がない。

無論、このまともな設定がないところからひねりだしては

あるいは、湧き出して?

物語をかきつづけてきた憂生なので、ある意味、いつもどおりの

「おい?どうするよ?」

って、状態でしかない。

こういう状態になれたことについて、なにかしら「嬉」になってる憂生がいる。

こりゃあ、やっぱ、天王星人特有のものかな?

仮想状態においてさえも、なにかしらの揉め事は解決したがる/笑

とは、いうものの、他の作品もほったらかしで、

なにかしら、「書かなきゃ」って、脅迫観念だけ背中にしょいこむ状態になっていて・・・。

なんとか、スランプ?打破みたいな、

気分の高揚/乗り気・・を図るもののうまくいかず、

無理やり「箱舟」をかいていたんだけど

構想のままを書くという写生文書はやはり苦痛だったんだろうね。

でも、まあ、おかげで、踏破してやるって気分になる「主人公勝手にジョギング」に

突入してくれて、なんとか・・・いけそうな気がする~~~~♪

あ、それと、ここのコメント欄封鎖しましたので、サイドバーに掲示板リンクしてます。

なにかしら、伝言がございましたら、そちらの方にお願いします。

アホエロスパムの親父がどこまでもおっかけてきてくれるので、

いろいろ、考えてます。

よっぽど、腹立つほどこけにしてやったヤツかな?

思い当たるスパム業者?さまは数多く、

哀れなことで、生計をたてるしかない人間はくずだと思う憂生の本心が

ちらりほらりずばりとヒットして、腐れたプライドが膿まくってるんだろうな。

ここじゃ、だめだから、あっちだ、ほい!!

てなもんで、おっかけてきてくれてるんですけどね・・・。

核心にふれて、自分をみつめなおすこともできず

突いた憂生がにくたらしいってとこなんでしょね・・・。

人間、いろいろ、あるけどさ・・・・。

人様恨むもけっこうだけどさ、

自分大事で人様恨むは、虫けら以下だってね。

そういう風に、ずばりいえちゃう憂生のエトセトラ・・・

判るわけもないだろうけど、もうちょっと、生き様かえろやなあ・・・。

って、そう思う次第・・・。

そんな人生で終わるのかい?

ってね・・・。

憂生みたいなのをおいかけまわすだけの、しょうもない人生ちゅうのに、

満足するしかないのかねえ?

ってさあああああああ。

そんなこと、思っちまうんだけどさ・・・・。

箱舟に寄せて・・・

箱舟も放置していたことをおもいだした。

長いこと、放置していたせいもあり、
続きになにをかくつもりだったか、
ぼやけているので、改めて、考え直すことにする。

が、この作品もスランプ(乗ってないという意味合い)状態の時にかきはじめ、まわりからも、「なんちゅう、ぐちゃぐちゃの文章じゃ」ときっちし指摘されたものでした。

当初の予定はどんでん返しのありきたりの設定しか、かんがえていませんでした。

作品をあげた作者に同じことがおきる。

第2部あたりの設定をみじかくして、
1部に1~2ページ、つけたして、現実の作家に寄生生物がはいりこんでいる。
と、いうオカルトチックなSFでおわらせようとおもっていました。

ところが、スピリチュアルの方向に系統していた時期があり、
まさに「人間の、意識をあやつっていく」とも、考えられる事態を目にすることになったわけです。

今、宇宙人が地球人類を助けるために、コンタクトしてくる。
と、いうことが、多く、語られ、
宗教界の大物である某氏までもが、宇宙人が降臨?したとかで、
いくつかのニュースが流れているわけですが、

地球人類の意識、モラル、精神性の向上がないと地球人類はアセンションを迎えた時に壊滅する。
これを防ぐために、協力したい。

と、多くの人間が「なんとか星人」と交信しているわけですが、
じつは、この箱舟を書いている時に
それを感じたわけです。

彼女の魂が・・。
でも、書きましたが、憂生はなんとなく判るタイプで、
それも、確証がすぐにでてくるとは、限らないし
そこに頼ってしまうと、「ふとわかる」なのか、「自分で考えたこと」なのか、わからなくなってしまったり、もっと、大きなものが働くのか、
「そうなりかけたが、そうならずにすんだ」と言う場合もあり、
自分でかんじたものを証明する手立てはありませんが
「なんとか星人」だけでなく、ほかの星人の存在をかんじることがありました。
ですが、
憂生は幽玄師にもかきましたが、

「自分で無いものにコントロールされるのもいや」であり、
たとえ、神であろうが、
憑依?されることには、かわりがないという考えを持っています。

この考えを基本にしてみますと
「なんとか星人」も結局は憑依に過ぎないと思えたうえに

箱舟をかきすすめていくうちに

奇麗事、あるいは、不安感や恐怖感をはしごにして寄生するエレメントタイプの宇宙人でしかないと思えてきたのです。
良くならないとアセンションの時に壊滅するよ。
と、いう恐怖をあたえ、
結局、アバターのように(はっきり、しりませんが)
新しい居住地を求める。
エレメントタイプであれば、当然、人間(地球人)のエレメント部分や精神などなどに寄生するわけでしょう。
じつは、箱舟のようにこういう「地球を救いたい。協力したい」などという隠れ蓑をつくって、地球人類に寄生しているのではないか?したいのではないか?
こんなことを思ったので、箱舟の続きが出来てきたわけです

憂生に寄せて

勝手に掲載させてもらいました。1

はじめまして、憂生さん♪

あまりにもスケールの大きい話に思わずメールさせて頂きます!
まずは、どうでもいいことなんですが(笑)
新着日記を何気に上から記事を順番に見ていた時のこと。
hakujyaさんのところをクリックした時に見た話は
キープ・ユーの⑩あたりだったと思います。
なんて間の悪い・・・(笑)
私てっきり官能小説だと思い「しかも男同志かいっ!」
途中で読むのを止めた覚えがあります。
それから数日後白蛇抄って文字が目に止まり
また訪ねたところ「あ、この人あの官能小説の人だった!」←ごめんなさいっ!
それは七日七夜の11。
「あ・・・これはなんか違うみたい。」悲しい恋物語?なんて思って読み出すと
話が見えてこないことに気づき最初から読みたくなったんです。

それにしても数日前にチラッと目にしたあの外国人の名前の話は・・・?
もしかして官能小説じゃなかったのかな?
なんでそう思ったのかは忘れましたが、とりあえずさかのぼって最初から読み出す私・・・
この日時間の許す限り読む!読む!読む!(笑)

ボーマン・ボーマン!一気に読みました。
エロい話でも何でもなく(っと、私はそう取りました)
登場人物の思いがすごく細かく丁寧に描かれているお話は
読み終えた後、気持ちが暖かくなるものがあったんです。
ボーマンが好きになっていました(笑)

それから白蛇抄にいきました!「憂生’s 白蛇」はお気に入りにして。(笑)
陰陽師 や神々が登場するなんて、現実から離れている話でも(そこがまた結構好きっ!笑)
どんどん引き込まれて読んでいるうちに悲しい恋物語なんかじゃないことに気づいていきます。
正直なところ驚きました。こういうものを書く人がカフェ に居たなんて。
もう深夜まで読みました。
憂生さんは・・・何か宗教に携わっている方なんだろうな・・・って。ってか陰陽師???(笑)
読み終えた後思いました。
そうでなければ因縁のこととか「ひのえ」を筆頭に登場人物の思いをあんなに描くことは出来ないんじゃないかと。

・…とりあえず、話のスケールの大きさに圧倒させられ
同時に凹みました(笑)←これは私個人的な受け止め方なんで理由は省きますね?

とにかく驚きと感動を伝えたかったので!
掲示板に書き込みしようかとも思いましたが、憂生さんが見ているのかどうか?(笑)
これから短編も読ませて頂きますね。
私に考えさせてくれる時期を与えてくれた話に出会えたことに感謝。

これから憂生さんのファンです(o^-^o)ノ
お気に入りから新作が出るのを心待ちにしておりますっ♪
「官能小説の人!」と誤解したことを、お許し下さいませ。(←言わなきゃわかんないって!あははっ・・・)



勝手に掲載させてもらいました。2

すっごく嬉しかったです♪

ファンレターのつもりだったので
ご丁寧に返信をいただけるなんて
思っていませんでした(笑)
ほんとうにありがとう。

何かに秀でている人はやっぱり違いますね?
白蛇抄のところだけ読んで
メールしたので、愚問でしたね?ごめんなさい。
その後他のところも拝見させてもらいましたが、納得しました。(笑)
憂生さんの?画像ですね?あれは・・・
私イメージ画像とばかり思ってたんで・・・だって、あんな作品を書く人が、こんなに
若い人 ?なんて(もっと言えばボーマンと白蛇抄の作者が同一人物???)
思いもしなかったんです。
ど~も、私は思い込みと偏見が多いですねっ?すみませんでした。(笑)

ゆうべは空に架かる橋までを読みました。
蛙もブロー・ザ・ウィンドウも涙が出ました。
空に架かる橋は・・・視点をかえれば
女であることが素晴らしく感じるんですが・・・
やはり正直なところ、そんな経験がないため虚しくなりました。

恵まれた環境で育った30代です。
戦争も知らないし・・・もちろん飢えも・・・。
でも今も昔も根本的なところは同じですね。
究極のところでは、
男と女 しかいない・・・「愛」なのかなって・・・。

うまく伝えることが出来ませんが
改めて「
生きる 」っていうこと、考えさせてくれます。

ではではっ・・・ありがとうございました。


あ、返信は気にしないで下さいね?

また勝手に覗かせていただきますので(笑)

勝手に掲載させてもらいました。3

憂生ぃいいいいいいいいいいっ!!

 

 ↑↑↑↑

 ほっといてね?(笑)またひとり勝手に盛上がってるからっ!

あのねぇ~、ひょんな足跡からそこへお伺いしてみたら
小説を連載している方だったので
とりあえず読むのは大好きだし、憂生の最初の
出会い のような偏見を持たない為にも(笑)
この前までず~っと目を通させてもらってたのね?

でもでもでもーっ!!(T▽T))))
我慢して読んでたって言ってもおかしくないほど
ど~も惹かれないのっ!(笑)ってか、もう全然おもしろくないっ!
言っちゃったぁ~~~~~っ!ヾ(≧▽≦)ノ

やっぱり憂生のがいい~~~っ
絶対、憂生のがいい~~~っ
↑ちょっと興奮してるからっ!(爆)

何が足りないって、私的にはやっぱり心の描写。
なんで憂生の作品がどんどん読めるのかと言うと
極端な言い方するとね、自分が「いや、そうじゃない。」って思っても
すんごい丁寧で細かい登場人物の心の描写・・・てか、もう憂生の思いが
こう、なんていうの?すごくわかりやすくかみくだく様に
たたみかけるように、読んでる私の心に響いてくるの。
だから「そういう思いだって、あるんだろうなぁ」って思えてしまうの。
そこが憂生のすごいところだと思ぅうううううううううっ!!まじで。

憂生の作品はまだ全部読んでないけど
空に架かる橋や、ボーマンなんかそうだよぉ~!
苦手なテーマなのにどんどん引き込まれて読んじゃうのはそういうことだよぉ~~~!

今、お登勢読んで「きた、きたぁ~~~っ!」って
ひとり勝手に感動してるの!(ノ_<。)

やっぱ憂生はすごいよぉ~~~~っ!!

ごめんね?一方的な感動をまた伝えたくてっ!(笑)

もちろんいつものように無視してくれていいからっ!(笑)
でもね、私が自己満足の想いを綴るためにきた
カフェ
憂生の作品に出逢えたことはいちばんの収穫だよぉ~っ!!

ありがとうっ!!




蛙・蛙ー続編ーに寄せて

にゃ~~~ん!!  

久方ぶりに読み返してみた。

純文学というまでの
文体ではないけど、
いま、ふりかえると、
それなりにかけてるなと思う。/あほ?

それなりにかけてるというのは、
うまくかけてるという意味合いでなく、
もう一度こういう語調でかけるかな?
と、考えたから。

書いているときというのは、
なんとか、作品のムードをこわすまいと、
そればかりをかんがえて、
言葉を選ぶ。

所々、崩れてると思うところも
説明不足のところも
設定の甘さもみえてるんだけど、
この見えた状態で/少し成長した?と考えて/も、はじめからかきなおしたら、
こんな語調で書く自信がない。

そのときの精一杯の集中で書いてるのだと思う。
で、その精一杯でぽこぽこ、粗がある。

限界といえるかもしれない。

むろん、推敲というものが必要なことはわかっているし、推敲によりかなり、かわってくるだろう。
ただ、
一投入魂と考えたときの憂生の「もの想い」である。

蛙-続編-に寄せて

  • 投稿者:カツオシ D
  • 投稿日時:2009-11-13 10:25:58
  •  この続編があることで、読み手もまた救われたような気がします。
     (だいたい、あそこで終わられると尾を引きます(^^;) )
     Ryoukoを守り、同時に主人公を守った紳士(おじ様)との出会いは幸福な事でした。
     もし、この紳士と出会わなかったら……・。
     あの蛙に向けた主人公すら気がつかない怒りは、Ryoukoに向けられ、破滅的な結末で終わっていたように思います。
     新しい命の誕生は、経済的にも少しゆとりが出来た現状とも合わせ、この2人に明るい未来を予感させます。
     まあ、蛙は気の毒でしたが、読後感も本当によかったです。

  • 投稿者:憂生
  • 投稿日時:2009-11-13 19:36:40
  • 偶然の出会い。これは、場合によっては作者の苦しい逃げ設定という見方もあると思います。
    が、憂生 自身、まさに邂逅としか言いようのない出会いで、救われた・・みたいな事がありますから、ありえる事だと思いますし、
    あるいは、「僕」を思う彼女へ、運命の女神が
    中年紳士との出会いをプレゼントしたのかもしれません。
    憂生 は「巡り合わせ」は、
    出会いの「目」の「繰り合わせ」だなって思うんですよ。
    不思議な出会いのようで、実は知らないうちに
    「目」をくりあわせてる。
    うまく、目を繰り合わせてもらえる自分になってきてるのかもしれません。
    このように、憂生 の作品を温かい目で読んでくださるカツオシ D 様に
    めぐり合えた。
    この事実からして・・。

    有難うございました。

「蛙」という作品 

こいつの評価がむつかしくてね。

文芸社さんは「狂気にも見える少年の本質を読み取れないと理解されがたい作品になりやすい」と、いった。

まあ、実際他に読んでくれている人の評価は

「重い作品」だと言うのが多い。

だが、憂生がこの作品の中に込めているものは、実はのっぴきならないほどのryoukoの優しさと、それに支えられている少年の悲しいほどの弱さ。ryoukoをほとんど、無感情な少女にひょうげんしているけど、本質的には少年の狂気をとおして、切ないほどの優しさをひょうげんしてみたかった。

蛙・・へのほざき・・・。

蛙・・は、15,6才の頃に描いた物を
書き直したものである。
その書き上げた時にすでに?
蛙の続編をおもいたっていた。
だが、安易でご都合の良い設定が
鼻につき、続編を書くことが出来なかった。
Ryoukoを何とか救いたい。
それだけの思いだったから、
紳士が都合の良く救済主になるのが、
あまりにも、陳腐でお手軽すぎて・・・。

だが、時を経て・・・。

見方がかわるというか・・・。
立ち居地がかわった。

本当に救いだすのはRyoukoでなく、
少年のほうだと分かったとき、
Ryoukoを救うことで、
少年を救えるときがついた。

と、なれば、

紳士がそこまで、若者の岐路選択に手を貸す
情けもあって、然るべき事に思えてきた。

Ryoukoが潰したくなかった「少年」

少年が潰した「蛙」は
すなわち・・みじめにつぶされてゆくしかない卑小な自分の象徴。

生贄というもおかしいか?

雛という具象が語るような・・
厄災を受ける代わりが、あるいは、
蛙だったかもしれない。

本来なら、蛙が自分の姿。

Ryoukoが救いきった少年は・・・
Ryoukoに愛されるだけの資質をもつ。

それを優しさというは、おかしいかもしれないが、
Ryoukoがすべてを傾けるにたる存在であるという一理にて、少年の人格としたい。

表現が難しくてとても読み辛い作品だった。

表現が難しくてとても読み辛い作品だった。
内容は悪くないものの、憂生氏の自己評価で書かれている主人公らの感情が非常に伝わり難く感じた。
というよりも全く共感できず、私の中ではただの悲しいだけのお話というだけで終わってしまった。
折角一人称で書かれているのだから、説明的な文よりも「僕」の心境を表現する文を主として書けば読み易い作品に仕上げられると思う。

それから、背景設定である戦後の日本という雰囲気が殆ど伝わって来ない為、主人公達は「何故そんなことをするのか?」という疑問が浮かんでしまった。
Ryoukoと「僕」が出会う為の設定として無理に世界を作っているように感じた。


感想を有難う御座います。
名前を書いていただけなかったのが残念でした。
まあ、後のほかの作品もこれと似たり寄ったりの駄作でございますから・・。
コレ以後、お目汚しをなさらないように
おきをつけください。

名無しさまがステキな作品と作者様にめぐり合えることを
お祈りしております。      憂生拝
*****************
で、まあ、いつもおもうのだけど、
こういう感想をかいてくる人は
まず、自分が誰かをあからさまにしない。

で、憂生の持論をいうと、
いつか、日記にもかいたけど、
本当の批評とは、
自分の作品でうならせることでしかできない。
と、おもっている。
コレはソノ人間も良くわかっているのだとおもう。
人のことをしのごのいう前に
お宅の作品どうですか?
こういわれたときに出せるものがないのかとおもうほど
自分の名前を出さない。

だから、まず、この感想を下さった人は
自分に振り向けるべきことを
憂生にいってみているきがしてならないんだ。

憂生が他の人の作品に感想を入れない一つの理由に自分の許容力。幅の狭さがある。
うっかり、感想をいれると、
憂生はここまでしか読み取れない人間なのだと
自分のそこの浅さを暴露する事になる。
つまり、感想というのは、
誰かにもかいたけど、
自分を披瀝するものなんだ。

同じ作品に違う見方がある。
多く・・・。
蛙を例にあげれば、
何処までよみとるか・・・。
という、ソノ読み手のバックグラウンド。
一言で言うと
苦労している。

苦労している人間は
作品中の一言に共感する部分が濃い。
この思いせつなかろうな・・とか・・・。
自分の中のことと
重なる部分が多い。

憂生のつたなさを云々するより、
自分の中に響く経験・・・がある。

多くの場合・・・そうであったから、
憂生はこの感想を下さった人を表面上の技法だけに拘る苦労知らずの人間ではないかとおもってしまう。

そんな風だから、感想を書くとき
ソノ人間のバック
グランド や幅や苦労、、、などなどが知らずのうちにでてしまっているとおもうんだ。

だから、憂生は逆に感想を書くのは怖い。

もちろん、なにもおもわないかというと、
そうではない。
ただ、
多くのネット物書きさんの作品は
刹那主義というか、
いわゆる人情の機微みたいなものが不足していて、いわゆるどたばた劇?のおもしろさだけを
追従しているようで、読む気になれなくて、途中放棄することが多い。

つまり、
憂生という人間は
どちらかというと、
古いタイプということになる。

人間感情を好む時代遅れの自分を暴露するだけである。

また、描いている己のつたなさをあげていえば、作品中の設定の甘さなどをカバーし補足して読んでくれる苦労人の読み手様にめぐまれているといっていい。

そして、憂生は自分の範疇に合わない作品なら
いっそう感想など書かない。
これ以後、ソノ作者の作品はよまなければいいということだから・・・。
自分の好みやあって欲しい姿を作者に求めるなら、いっそのこと、憂生は自分で書く。

**********************コメント*********

素直じゃねえええええ?
あははは~~。
そんな完成した作品を書けるなら
プロになってら~~。
こ~~んなところで、高望みせず
もっと、おもしろい作家さんとこに
いきにゃさい。
と、むくれておきますかにょ。で。↓が憂生のそやつへの、返信。
感想を有難う御座います。
名前を書いていただけなかったのが残念でした。
まあ、後のほかの作品もこれと似たり寄ったりの駄作でございますから・・。
コレ以後、お目汚しをなさらないように
おきをつけください。

名無しさまがステキな作品と作者様にめぐり合えることを
お祈りしております。




へぇ~そうなんだぁ・・・私は「僕」が蛙をそこまでぐちゃぐちゃにしなくても~!って
思ったけど(笑)あとの描写は微妙に理解できるけどなぁ・・・。
だって文面中にも何度か書かれていたと思うけど
僕とRyoukoは「僕等」で一つの存在になってるふたりだから・・・
はい、↓に続く~~~!コメント文字制限うざいね!(笑)



時代の背景が今だったらRyoukoの気持ちを第一に考えるだろうし
自分の彼女を他の男に売ったりなんかさせない手段がいくらでもあるわけだけど・・・
強調していることはやっぱ「僕等」「ふたりでひとつ」って感覚。
それを感じさせる描写はこれでもかってくらい描かれてたと思うんだけどなぁ~。私は。僕の苦悩もね。
貧しすぎるけど甘えがない・・・二人には。


まるっきり余裕もない二人はお互いの立場に置き換えても
それを選ぶことは十分あり得るんじゃないかと・・・。
究極なところを生きたことがない人間には理解しにくい話ではあるけれど
・・・っておまえは究極を知ってるのか?って突っ込みはなしね?(笑)
そこを「それも解るわ・・・」って納得させる描き方を憂生は十分してると思うんだけどなぁ~。


あっ!でも私は憂生の感性ベタぼれ人間だから、どうしても憂生寄りになっちゃうことも
確かかもっ!!(爆)いろんな受け止め方があるのね~~~。おもしろかったぁ~。
ほんでコメントするのにコピペする賢さを覚えましたっ!(爆)


つまるところ、その人の感受性っていうのかな。
カフェ で一番最初に蛙をよんでくれた人間は
「僕は少年は優しいとおもった」
って、いったんだ。
物凄く鋭い人間だとおもった。こんな風にあっさりと読み取った人間ははじめてだったし、つまるところ、これは、彼自身なんだよな。
少年がやさしい。
きっと、「そやつ」なら、ますます不可解になるんだろうな・・・。







また呼ばれてる気が・・・

ま。
感想文の書き方、書かなさ方?も、十人十色。

僕は「ぐうの音」も出ませんでしたよ。
初めて「蛙」を読んだときも。

ぜんぶ憂生のおかげです。
「煙草」を書く気が湧きおこり、
さらに創作活動を続ける気になったのは。

ね。師範代♪


え?「蛙」の感想になっとら~~~ん!!って。

感想も感謝も、自分の作品で、示すもの。

ね。師範代♪



お気に入りにいれちった

万人に受け入れられる作品なんて無いよねぇ?どんな不朽の名作っつわれてる作品だって好き嫌いあるし~・・・。
憂生の蛙、好き って人がいれば、わからん!なんて言う人がいる・・・。
どっちのためでもなく、揺るぎない憂生の世界を書いてくださいまし・・・。(って揺らいだことなかったよねd(-_☆) グッ!!)=^-^=うふっ♪



色々、おさわがせして、すみません。
今回の件を振り返って?
まだ、とどまってるけど・・・。
やっぱ、
まひるちゃんの姿勢ってのが、いつも、
憂生にもどってくるんだよね。
デ、その話をあげてゆく。まひるちゃんがくれたコメントをまず、ここにあげる。

でも、その昔、小枝のような娘がいたのかもしれないと思うと、この場面ではなんともいえない哀れな気持ちになった 健常者が失恋をしても紅のことなど忘れてしまうこともある それに加えて目が見えない 母恋しい時期に母をも失って。。。小枝を見て自分の幸せを強く感じた
投稿者:mahirururu
----------------------------------------
物語を読むときに本当に必要な心というのは、こういうことだと思います。
作中の人物に同情するのは、簡単なことだけど、/ま、ただし、コレは表現方法にもよるかもしれませんが、憂生の拙い文章からここまで、思ってくださることは、むしろ、驚異です!!/
その気持ちから一歩はなれて自分を振り返って、自分のありがたさに感謝する。
物語というものは本来、こうあるべきものだと痛切に思います。
こういう取り方をされていただけると物語が読む人の中で血肉になってゆくと思うのです。
そして、これは、本当に作品と自分を向かい合わせてくれた結論ということですから、
その真髄に触れることが出来たあなたの読解力と自分の生き様に向かい合う真摯さにただ、敬服の一念です。

********で、蛙の感想にもどるんだけど、
これは、まずしょっぱなの「名無し」で全てがかたられているのだが・・・。
次の行。
****憂生氏の自己評価で書かれている主人公らの感情が*****
物語って、作者の自己評価で主人公の感情をかくものじゃないんですか?
その自己評価が
グローバル であるか、
ナルシズムであるか・・・
だけで、基本的には
「作者の自己評価で主人公の感情をかくもの」
いわば、ソレが個性であり、
持ち味になるか、くさみになるか・・・。
って、ことですから、
こういう説明文を想定するところに
既に
なにか、ぬけきっていないというか・・・。

あきら/知恵がいつか、
プロの書き手は居るけど
プロの読み手は居ない。
って、名台詞をはいたけど、
まあ、出版社の審査員という特別なプロを除き
本当の意味での
読み手のプロ意識?は、
例えば今回のまひるちゃんのように
物語の中に自分が入ってゆくばかりでなく、
逆に自分の中に物語をいれこんで、
自分を見つめてゆく。

こういうところだとおもうんだ。

いつかも大江健三郎からの、
ミーイングとラーニング
ってことで日記に書いたことがあるけど、
学習 /っていうのも大げさだけど/したことを
そのまま・・・。つまり、物語を読むってことかな?
だけでなくミーイング・・・意義づけ。価値づけ・・する。

こういう姿勢ってのが、プロ?の読み手意識ってこと・・かも。

あん・・・。
しかし、自分で書いていて
憂生はやっぱ、自信過剰であるよ。

裏を返せば
憂生は自分の作品について
読み手様がミーイングすることが出来るだけのものを
こめていると思っているってことになる/

だからして、
レイちょんへの返信になるわけだが・・・。
ゆえにゆるがないというか・・・。
この自信過剰が崩れたときが怖ええええええ~~

ねえさん。埒、あかんぜよ!!

アメーバーブログで
こういうコメントをいたいた。

しかし、憂生さんのお書きになるキ
ャラはいずれも独特の、一番奥の部分が決して濁らない
、そういう魅力がありますね。学ぶべき部分が多く、参
考にさせていただきたいと思います。

下に掲げるコメントを
批判?するわけではないが・・・。

この前にも書いた
「人への感想のつもりであっても、感想には、自分が映し出される」
と、いう事を思わされた。

--------------------------------------------------------------------------------
蛙に対して。

読ませていただきました。
話はすこしそれますが、
女は常に望まない
妊娠 の危機にさらされている。
どんな時代であれ男のエゴはエゴ。
戦争直後じゃなくても成り立つ話かもしれませんね。
男性の視点で書かれているのが新鮮でした。

小枝は私も読ませていただきました。
母の目として生を受けた
子ども の視点から見れば、また違ったものが見えてくるかもしれませんね。もっとも。子をなすという行為の背後には常に将来への期待がひそんでいないと言い切れないという点では、誰もが同じなのでありましょう。

*****憂生の読み取り間違いなのかもしれないが*****
上のスレッドの言葉を借りて言えば

一番奥の部分が濁った人だなと
思わされました。

まず、
戦争直後じゃなくても成り立つ話かもしれませんね。
と、いう見解。
じゃあ、どの時代ならなりたつのかとは、かいてはないのですが、
では、現代ならどうだろう?
こう考えて見ます。

堕胎しなければならない理由は
貧困から・・。
まず、コレが成り立たない。
どうしょうもない状況。
が、成り立たない。

すると、堕胎を選ぶ理由が
物凄く、希薄なものになる。

本当は産ませてやりたい。

コレが真実。

現代におきかえたら・・・。
この真実が何処に行く?

「まだ、うみたくないし」
「俺まだ、遊びたい」
こうなってゆくきもしないでもない。

他の状況で成り立つと考えるのは、
「どんな時代であれ男のエゴはエゴ。」
と、とらえるせいだろう。

レイじゃないが、
赦す・・・。
赦さざるを得ない状況。

簡単に堕胎を押し付ける。
こんな話を
どうしょうもなくて・・・。
と、いう設定にした憂生の底がわからない人だと思ったり。

もっと、はなしてみようかとおもったんだけど・・・。

物語の表面しか読み取れない人間の
その理由が
上の二つのコメントにもろにでていて、
おそらく・・・。
物語の設定や構想などの技法にこだわり
純な気持ちで物語りに入って行けないんだと思う。

一番奥の部分が決して濁らない。

このコメントをくれた人は
上の人のコメントを読んだわけでもなんでもない。

主人公はこう思う面もあったはずだろう。
とか、
作中人物を疑うその心は
だれでもあるだろうが、/あ、ない?ごめん/
コレをあえて、出すというところに
この人が作品にはいれてないと
わかるのだけど・・・。
逆にその疑いにより
入り込みができないほどに、
ピュアじゃない・・・。

結局、憂生の
この人に対して結論。

「人間・・・すれたら、いかんぜよ」

「蛙」読みました。

憂生さん、こんばんは。
「蛙」読みました。
私、これ好きです。
主人公の”愛”とか”優しさ”を感じてしまいます。

なんて言っていいかわからないんだけど、
やってることは残酷なんだけど、
主人公の内面の裏返しなんじゃないかと思うんですね。
自分を責めているとしか思えなかった。
Ryoukoが何も言わずに従っているのもわかる気がする。
幸せなのよ、きっと。

どうしようもない男女の関係?
私は嫌だけど(^^;)すごくよくわかります。
だから、すごく切なかったですね・・・・。

・・・って、合ってますか?
私はそう感じたんですが・・・( ̄▽ ̄;

甘い言葉を使わずに愛を表現するってすごいと思うんですよね。
その方が逆に伝わるってこともあるんだなって、
すごく
勉強 になりました。

ヨイショするわけじゃないけど、やっぱり憂生さんの文章は好きですね。
強烈に来る文章が好きなんですよね。
今まで読んだ作品の根底には、やはり同じものが流れてる気がします。

また他の作品も楽しみに読ませていただきます。
でも・・・あはは・・・時代物はどうもとっつきにくくて・・・・( ̄▽ ̄;
スミマセン、馬鹿なんです・・・(汗)


それでは、また。

メールを勝手に拝借する事を許したまえ。

んで、やっと全部読み終えたよ。遅くなってスマン。

読んでみて・・・・・・酸欠←まぢで。

苦しくて切ないながらも潤っている内容に自分まで苦しくなった。

俺がここまで苦しくなるなんて、まず無い。

正直・・・人の文章に何かを感じたって事があまりないんでね。

実は今も酸欠状態のままコレ打ってる。笑。

最後の最後まで苦しかった。最後の一言までも苦しかった。

少し経ってからメールをしようと思ったけど

今の状態のまま返事をしなきゃ何かが違ってしまうと思ったんだ。

途中で変わらずに居てくれてよかった。

素直なままでいてくれてよかった・・・。       


*苦しかった理由そのものを書かなかったような・・・。

『悲しすぎる程の彼の気持ち・・・きっとあのまま終ってもソコにあったであろう彼の素直さ・・・。』

それが変わらないで居てくれてよかったって書きたかったんや。  


*ありがとう。
最後は走り気味と言うより、俺的にはあの感覚好きやで。

15~16歳の時にあれに近いものを練ってたんや?

はぁ~、凄いわぁ~。イヤ、ほんまに。

誰が関係しても、どんな時期に立っても、

『植え付けられる感触』ってのを感じさせられたんは久々や・・・何とも言いようがない。

俺の酸欠は憂生のせいやからなー!(爆)

その後に暫く動悸がひどかってん。

心臓バクバクやったし。

今じゃ「なんやったんやろ?」みたいなw。

送ってくれたのも、ゆっくりやけど読ませてもらうわ。
いつもありがとうな。感謝。         


■慕いたる君だから・・・

君の鋭さと繊細さと
そして、何よりも斬新過ぎる表現
『植え付けられる感触』
この表現。
やはり、君への、敬服と敬愛の念はいまだにやまぬ

空に架かる橋に・・

なかなか・・・

さてさてさて・・・と、いいながら、ちっとも、続きをかかず、
あいもも変わらず、「ぶつぶつぶつ」を更新させています。

非情なる一本打ち打法により、変換が間に合わず、
平仮名の多い憂生ですが・・・。

この怪我の時もいろいろ、思いましたね。

後年、空に架かる橋を書いたときにその時の思いがベースになっています。

「千切れた手首にも、意志がある」

この部分です。

実際、憂生も怪我の時に、似たことを思いました。

たいした怪我にみえなかったのですが、
もう一度、怪我を見つめた時、
「ああ。もう、元にはもどらない」
と、想った時に意識が遠のきました。

憂生本人、そんな怪我でどうのこうのという人間ではないと想っていましたので、自分でも不思議でしたが、
意識が戻ってきた時、覗き込む人々の姿で
「ああ、夢じゃないんだ。現実なんだ」と思いました。

ほんの数mmの欠損ですが、
喪失感というんでしょうか?

これは、むしろ、憂生が気がついてないだけで、
肉体の中にも感情があるのでは?

なくし去ったものへの思いが、
大きすぎて、憂生の意識ごと「嘘だ」と残った部分が叫んだのでは?

まあ、こんな事もあり、キーボードを打っていても判りますが、
手には記憶があります。

肉体にもこんな記憶があるように、感情も意志もある。


などということを想った事があったので、そのまま、物語におりこみました。

空に・・に寄せて

毎回楽しみにしてます。    (なんて、他人行儀な・・・すまんの~^^)

じつはね・・初めの頃ん??趣向変えたか??って思ったんだ

戦争もの書くって聞いたときからドロドロ・ゲロゲロ・ネチョネチョかと・・・・

(?ん?  憂生になにしてほしかったんだ??わしは・・・) んで、少し・・様子みっかなぁ~ってね。

日記読んで・・やっぱり?っと思ったよ。 

(あきらさんはすごいね^^やっぱり憂生のことよ~~~く、ご存知。)

連載って結構難しいと思うんだ、その時々の感想とかに流されてしまったり・・・・ 

(でも、憂生よく頑張ってるよ)

憂生は、憂生が考えてることを文章にしないと読み手は見抜くよ・・

最後まで、しっかり見守ってるから(楽しみにしてるから)
頑張れ

ノリまくってるときに、書き飛ばして書きまくれ~~~~!! (体調壊さん程度にな)

手ごわかったよ。

手ごわかったよ。あ、まだ、ING
「空に・・」のおわりにちかづく。
この一月、毎日のように
かいていたから、
とうぜん、おわりはやってくるし、
完結しない物語は
物語になりえないと思っているから、
完結させなきゃ、

まあ、いわば、
画龍点睛を欠く。

だるまの目なし。

百里の道の半ばを
九十九里とする。
/あと、一里がねえええ!!/

そんなたとえは、ま、いいや。

ちゅうわけで、
やっぱ、もう少しで、おわらすんだけどね。

なんか、あっけないねえ。
ちゅうか。

存在がぽんときれてしまうような。

なんだろうね。
どっか、淋しいきもちがする。

いろいろ、期待通りに?
主人公が動かず、
とんでもない心理解析に手間くって、
あげく、その心理を旨く説明できない。

たく、書き手の手から飛び出しすぎ。
まったく、おいつけず、
当初の予想通り、
自分の表現の限界をひしひし、みせつけられ、
ある意味、敗北です。
惨敗です。

それも、気分よく。

ちっとでも、
断片を、
断面を
捕まえる事が出来ただけ良しとしている、
憂生であります。

1:憂生

ふにゃにゃ~~ん/ちょと、ナーバス?
しかし。
いつもながら、
情景描写がへたで、
概、
心理的視覚からの描写で
話をすすめている。

こんな憂生だから、
人様の文章をよむと、
まあ、
なんだな。

うん。我ながら
旨くごまかしてる。
って、おもってね。

渦にもいわれたんだけど。
写実がまったくできなくて、
心理をいきなり出してくるやりかたって、
人体標本みたいに、
中身がボロリと、目にとびこんできて、
ある意味怖い。

5w1hじゃないけど、
やっぱり、いつ、だれが、どこで、何を、なぜ、どうした。
と、順序だてていく、
落ち着いた文章構成に安心するというばあいもある。

結局、
憂生風をふかせて、
いつのまにか、
そこにまきこんでしまってるけど、
じっさい、説明不足な部分を
読んでる人の想像の中に預けている事が多い。

なんで、あたしが、露木先生の机でたべたか。
佐々木先生の机の方に
OA機器があったから。
そこに兵士がいたから。

こういう情景説明を省く。
省いてもよめるのは、
主人公が何故、そっちをえらんだかということを、ふさぎこむ表現をするからだろう。
「あたしはここでたべた」
という、状況確定のうえの心理的説明が「なぜ?」をおさえこんでしまう。

こういう、パターンであちこち、
我侭な文章を書いている。

で、丁寧に説明してゆく人の文章を
よむと、
どうも、自分が、ぺらくていけない。

でも、まあ、
開き直っちまってる部分が多い昨今である。

2:憂生

ありり?  やっぱ、おかしいやな。
その57。

的確な言葉がみつからず、
「はじかみ」
と、いう言葉をいれた。

これは、棒しょうがの別名でもある。

う~む。

意味合い的には
「はじらう」と「はにかむ」を
ブレンドしちまったものであるが、
勝手な造語である。

が、しかし、
やっぱ、棒しょうがと読める。

すみません。

語彙がすくないくせに、
類語辞典もひかず、
その場その場の丁場でかいてます。

3:憂生

もうすこし・・・だよ。
う~む。
やはり、終わりが近づいてくると、
かきしぶる自分が居る。

ま、なんだ。

この物語も
毎度おなじみの
「あっけない幕締め」になっちまうな。

今の時点。
なんで、そんなに、簡単に物語がおわるんだろう?
って、
思われるかもしれない。

ああ。
いっとくけど、
リックがふったような、
大型兵器、ミサイル。
核。細菌兵器などで
終結させようなんて、
思ってない。

端から。

ただ、物語の特性上、矛盾をつぶすために
引っ張り出してきている話だけだから、
こんなものは
使わない。

自国の領土をそこまで、
壊滅させるわけにはいかない。

チェスの駒のように
兵士が動き、
動いた兵士の中の心の断面。

物語の戦争の中で
誰にも知られる事なく
想いだけが
花を咲かせ、
実をつける事もないのだろうか・・・。

寂しく死に行くだろう男と
其れを見つめ続けた女。

レイ。
君はいつか、尋ねたね?
「「あたし」は、この話をどこで回想しているんだろう?」

その答えがもう直ぐ
文字になるよ。

4:憂生

またも、ありり?
「空に・・」の編集をかけていた。
たんび、題名とその**と、字がはいるので、
コレを12文字として、およそかけること
60として、まあ。800文字か。

その61までの
文字総数が5万780文字になっていたから、
文章自体は
5万文字?

ええ?

なんか、おかしいなあ。

5万文字といえば白峰大神に近い文字数。
あんなにはかいてないべや?

かぞえまちがいか・・。

確かめてみよう。

ちゅうことで、その9までの文字数をみたら、
約8000文字。

やっぱ、60までなら、5万いっていてもおかしくない。

なんか、すごく、短編だとおもいこんでいたけど、中篇くらいになってしまってたんだ?
ありゃあ~~~!!

ふむむ

ふむむ
リンクナンバー一の(憂生’sチュートリアル)に
「空に架かる橋」をいくつかずつ、くくって、、編集?してます。

当初、30くらいでおわるとおもってたのですが、
人物の心理説明?/に、なってねえが/
に章がひつようになってしまった。

おそらく、その60くらいで、おわるのではないかとおもってるんだけど・・。

いつも、いつも、
ひっぱるだけ、ひっぱって、
すみません。

もう、しばらく、おつきあいくださいませ。

1:憂生

ありがとう。

ブログのカウンター数値。

それが、

また、憂生をひっぱってゆく。

2:憂生

内分け・・・。
「空に・・・」を、書き始めて
一月がたったろうか。

ある時から、アップニュースを流すのを
やめた。

この物語はかなり、「重い」ものです。
実際問題、自分の人生や、身近な人間の命。

読むのに辛い。
読んだら辛かろう。

こういうものをいっぱい、含んでます。

何人かの人が、メールをくれました。

もちろん、それは、
人の命を題材にするような作品を書くなということではありません。

あまりにも、辛い現実がある。

それをおして、
読んでくれる痛み。
何かを掴み取ろうとしてくれる気持。

コレをかんがえると、
憂生は
「読んでくれ」と、足跡に残して行くことが、
出来なくなりました。

逆に
辛いことにむきあわせてしまう。

だから、
読んでくれとはいえません。

むしろ、
読まないほうがいい。

こういうべきかもしれません。

やっぱし時代物のほうがいいな

やっぱし時代物のほうがいいなあああ。
ジレンマ。

うまく、かけない。

そうじゃないのに、

こうじゃないのに。

でも、いい。

最後まで書ききる。

それしかない。

テーマがぼやける。

登場人物が意外な重みをみせ、

勝手に動く。

仕方が無い。

それが憂生のやり方。

だから、人物が生きてくる。/と、思ってる。

テーマ優先より

人物の自然?な動きを追従する。

いいさ。

なにか、見えてくるはず。

しかし、「あたし」
おまえ、ちょいと、クールビューティすぎねえかあ?

ちょっと、勝手なおねがい。

あのさ・・・
「空に架かる橋」
そろそろ、終わりに近づいている。

おそらく、もう十回?

その章、その章、で、
なに?
え?
と、いうものをしこんで、
次がきになるという
お得意?のひっかけ戦法でここまで、
もってきたけれど、

「空に架かる橋」
コレが最終的には何文字の作品になるか、
判らないけど、

最後までかきあげたあとに、
もう一度最初から
最後まで読める場所を
作るから・・・。

一度、
全編通して読んで欲しい。

あちこち、
矛盾している設定もある。

問題をなげかけておいて、
ほっときっぱなしの所もある。

それでも、
この作品が完結したあかつきには、
最初から最後までとおして、
読んでみて欲しいと思う。

書き手のわがままとおもいつつ・・・。

ちらりと思う。

いつだったか、
一気によみたくて、
最終回を手に入れるまで、
ずっと、封を切らなかった漫画。

「雷火」

そんな気持・・・。

思い出して、
ちょっと、勝手なおねがい。

1:憂生

蒼刻・・・・。思いをはせる人に・・・。
又も、直前にネタをしこみ、
それが不自然でないように
いろいろ、装飾を施してきた。

これから、
あと、3,4回で「空に・・」を終わらす予定でいる。
まだ、かいてないから、あくまでも予定で、
書き足りてない部分、
書かなければ成らない部分が
具体的にみえたら、
もうすこし、長引くかもしれない。

だけど、
予定では、
あっけなく、物語は終わる。

ひょっとすると、
一番・・

ああ。

言うまい。

語るのは「あたし」であるべきだね・・・。

ぶつぶつぶつ・・・

「空に・・・」への停滞が始まると、
ココに書き付けている気がする。

いや、気がするなんてもんじゃなくて、事実そのものだな。

つうことで、ちょっと、かく。

今、同時進行というパターンの
難しさにまよってるんだな。

佐々木先生のこともかきたい。

そのいっぽうで千秋は佐々木先生の
居る場所にいけば、
当然、そこに、露木先生が居ない事にきがつく。

明美の死をはっきり千秋がしるのは、佐々木先生と兵士の会話からでよいとして・・。

それを知ったあとの千秋でいいか?

今、レイプ?の傷をうけ、
明美の死をおぼろげにつかみ、
・・・。

こんな状況。千秋は
露木先生にすがりつきたいだろう?

その気持を後回しにして佐々木先生の事を書くというのも、変な気もする。

同時進行にもって行こうにも、佐々木先生と兵士の会話もカナリ、重たいものを含ませる。

にゃああああ。

いま、頭の中が順序だたない。

やっぱ、でるにまかせるかああああ。

1:憂生

「空に・・・」のこと・・・。
昼には、読めない。
なんちゅう~コメントがありましたが、
今日は昼にはかけませんでした。

で。
今日は深夜にでも
書きます。

スミマセン。

2:憂生

にゃあああ。←意味不明。
ブログにカウンターをつけてみた。
他の記事にいっても、カウンターをうつので、訪問者数というより、
覗き?数といってよいだろうか?

が、しかし、この4日で500回をこした。
平均計算はできないことだけど、
初めからつけていたら、
もう、5000くらいいってたのかもしれない。
ブログに記事が更新されたか、覗きにいって、
あてがはずれたひともいよう。

クリック数イコール読んでもらった回数という事には繋がらないという事になる。

と、思うとやっぱし従来どおり、
更新ニュースをアップしたほうがいいか?

まあ、でも、憂生はコメントを読みに行くという楽しみもある。
/ただし、憂生はコメントはメール通信をうけているので、そちらで確認してから、ブログに入る。記事をよみなおしながら、コメントをよませてもらうんだけど。
こういう楽しみもあるので/憂生だけか?/
記事がアップされてなくても、いいかも?

こういう意味でも、コメントは
hakujyaというブログの
う~~ん。
エッセンス?
色んなファッション?
血肉?

ありがたいことである。

3:憂生

ごめんにゃ。ごめんにゃ。
「空に・・」
そろそろ、終わりにちかずいてゆく。
その45で、
病院関係者は
「あたし」一人を残す事になった。

この構想ノートにおいて、
いろいろな部分を伏せている。
たとえば、敵兵の数。
いま、何人のこっているんだろうか?
なぜ、あかさないか?

うははあああ。

単にきめかねているだけ。
もともと、1部隊が何人であるか、
設定してない。
むろん、もともとの人数がはじめから、
いたとはかぎらないのであるが、
元数がないから、
手榴弾爆発で十人以上?ころされたといっても、引き算が成り立たない。

まあ、14,5人が残ってると
おぼろげに思っている。

と、かくのごとく、
設定はかなり、いい加減である。

ごめんにゃ。

それってさ、白蛇抄にもあるんだよな。
設定矛盾もいっぱい。
長浜はむしろ、平野とか。
公家出身者が天守閣のある
城にすんでるかあああ?
ほかにもいろいろ。

う~~ん。

相変わらず、トラックバックが良くわからずに
ほうっておきっぱなしでいる。
このブログを私リストに追加する。って言うところもひらいてみるんだけど、やっぱし、いまひとつ、よく判らない。
本格的にブログ主体でうごいてないせいもあるんだけど、
カフェのように訪問者様がわからないという部分が
今ひとつ、ブログを主流にできない要因かもしれない。
そうおもうと、憂生もコメントなり、
トラックバックをのこさなきゃ、
あいての人もきたことさえわからないわけだよな。

う~~む。
しかし今は「空に・・・」を書くことに集中したいとおもってしまうんだよな。
このブログにむかうと・・。

あかん、チョち、カフェに戻ってこよう。

1:レガ

>やっぱし時代物のほうがいいなあああ

ぶつくさ言ってないでどんどん書いてくださいね♪ビシビシ!
(僕も誰かに相当せっつかれてるような気はしてますが(笑))

書き続けたおかげで見つかることってありますねー。まさに言霊。
僕のココロは栗毛の馬にめちゃくちゃ弱いということを自分で発見。
今までは全然意識したことがなかったんですけども。
自分で書いて読み直すってのも、やっぱ、オモシロイです~♪

そうそう「アタシ」。クールビューティーっぽくもありますけど、
なんかもっとカワイイ感じ?やっぱソーニャにだぶらせて?
僕の感覚では受け取ってましたよお♪

これからも色々と楽しみにしてまーす!と軽~くプレッシャー♪(^O^)/

2:憂生

「空に・・」がおわってないうちから、次のアップ物件をかんがえている。
「パンパンとチョコレート」/仮題にしようか。
姉川決戦で両親を失ったお登勢の話しにしようか。
しかし、連載にすると、逆に
つめて、書けないという短所も出てくる。
で、なければ、「空に・・」だって、とっくに終わってる。
一章をかいて、その余波が静まるのを待つ。
/自分のなかでも、読んでくれる人の中でも/おおまかに/
そろそろ、連載を始めて一月。
終わりがみえはじめながら、
なかなか、終わらない。

そうだなあ。
あと、リックのこと・・。
「あたし」という人間のスタイルをリックで
かたれたらいいとおもうんだけど。
もちろん、残った敵兵とのかかわり。
佐々木先生の考えを開いて見せてくれる
役もまだ、残ってる。

千秋の死を語り・・。

憂生の中に思う言葉がある。

味方?は、皆自分の意志で死を選んだ。
自分の生き方として
死を選んだ。

敵はただ、死を恐れ
生きている肉体を感受しようとする。

生きている人間は本当にいきているのだろうか?
死んだ人間は
逆にいきぬいた。と、いえようか?

生きている人間への哀歌。
惨めな程の生への執着。

死を生き抜いた人間は
救われているといえるかもしれない。

生きている人間/敵兵?は余りにも、悲しい。

誰がそれをせめることができよう?
たとえ、
自分の身体をキズつけられても、
そこには、
血を流す心がある。

だれが、
そのキズをおもってやれる?

メモ。

役に立つ?

それが・・こういうこと?

明美は
哲司を殺した男や
その仲間の
役に立つために生きるなんて事は
絶対したくなかったに決まってる。

だけど、明美は足を広げ、
その様子を他の男達に見せ付けて行く・・・

ぶつくさ。ぶつくさ。

朝に「空に・・」を一つあげてでていった。
時間は20分ほどしかなくて
どうしようかとおもったけど、
やってみようと思った。

結果いまひとつ、説明?不足になっている。

帰ってきてから、もう一つかいた。
途中で電話があった。
親戚筋の無事が確認できたとの
母者であった。
新潟の地図上では、
大丈夫だったので、
さもありなんを確認したといところであるが、
この間に書きかけていた話がどこかに消えてしまった。

ブログでの連載を決めたときから、
こんなことは起きると判っている事だし、
章も短く取っているから
書き直しは直ぐ出来るが、
いったん吐き出した言葉である。
もう、おなじものがかけない。
挙句、悪い事に
さっきの記憶をたどろうとする自分が居る。

書き直し。
思いを新たにしてみたものの、
やはり、最初に入れた部分が
入らなかった。

20のことなんだけど。
明美が外に出て行く事を
「あたし」が確認する事と、
千秋が戻ってくる事。
/つまり、露木先生の事への千秋の思いもかかねばなるまい/
そして、
銃口を向ける相手が居なくなった兵士が
やっと、くつろぎ出す?

この辺りも書きたかったんだけど、
こりゃあ、1章に突っ込みすぎ。

「あたし」だけに絞って、明美の悲しみは次の章にまわすことにした。
千秋のこともどうかこうか。
いま、まだ、しぼりきれてないが、
いつもの通り書き始めたら出るに任せるということになりそうである。

で、今日の試行でわかったのは、
一章は20~30分くらいで書いてるという事である。
/無論、途中でどう表現しようか、
まよわなかったらである。/

カフェの日記を移行

だいたい、毎日、ブログの「空に架かる橋」
は、続きを書き込んでいる。
コレに気が付いた方が、
憂生が足跡を付け始めると、
「かきこんだかな」
と、ブログを覗きに行ってくれているようである。
多分、
そういうパターンが多いと思うけど、
たまにかかないで、
カフェにログインするときもあるかもしれない。
そんときゃああ、ごめんよおおお!

ぶつくさ。ぶつくさ。
「空に・・・」
次の章を書くのに、迷っている。
どうするかにょおお。

大まかにいえば、
語り手をどちらにするかと言う事なんだけどね。

明美にするか・・。
「あたし」にするか・・・。

次の章以降、明美の登場は無くなる。/予定/

そう思うと、引き続き明美の立ち居地で
語りたいと思うんだけど・・。

上手く、語らないとそらぞらしくなるし・・・。
今回の章と様相が変わる場面で、
いわば、どんでん返し。
と、
種証。

種明かしを本人の口からするというのは、
いささか陳腐である。

う~~む。

またも、でるにまかせるかああああ?

すんません。

あかん。ようてもた。
15,16.つづけて、かきたかったのに、あかん~~~!!

1:憂生

15をかいた。
つづけて、かきたいとは、思う。
だけど、この章も先に走って行きたくない。

自分の命より・・・。
明美の命を思う源次郎さんの言葉を
次読みたいと、先に進ませたくない。

つくづく、
コレが連載の醍醐味だと思う。
短い一章の中で
思いがはじけ、15の中に拡散して行く。

書きたいのは山々。
書き手として当然の気持。

だけど、読み手に回った憂生が
自分の感情を見つめている。

書き上げた後もいつも、何度か読み直す。

あきらがいった。

プロの書き手はいるけれど、
プロの読み手はいない。
けだし、名言!!

この章にて読み手が受ける感覚・感情世界に
どっぷり浸りこんでもらう。

憂生という読者のためにも・・・。

ゆえにもう、暫し待たれよ。

2:憂生

ブログに連載中の「空に架かる橋」が
なんか、けっこう、じ~~んとくる。
ナンっ~~風に言ってもらえて、
非常にうれしいんですけどね。

いやあ、ところがこれから悲惨になってきますし、
相変わらずの性表現、ばしばし入る予定で、
なんか、
先を待ってくれているヒトを、
がっかりさせちゃうんじゃないかと思って・・・。

ちょと、躊躇してるんですよ。

あの・・。
憂生のことですから、
カナリ、もろな描写まじめに心がけようと思ってます。
このあたりで、
既にあかん。
と、思われるヒトは
下手に「先が気になる」になってしまう前に
のぞかないように・・。

って、もう、おそいかああああ?

3:憂生

有難う。
at カフェ日記から。

えと、ここに書くのもおかしいのですが、
ブログのほうにいつもいつも、コメントいただいているのに、
憂生はナンもお返しコメントしてません。

まあ、ええかっこをいえば、
次の構想ノートをあげてゆくことが、おかえしに値すると、かんがえてます。

ちゅうことで、
「その11」書きに行ってきます。

追記
この日記を読んでブログ/リンクナンバー30/
を覗いてみてくれる気になってくださった方へ。

「空に架かる橋」はカテゴリーの「書下ろし」をクリックしてくだされば、全部出てきます。
初めて読んでくださる人は
できれば
最初から読んでくださると嬉しいです。

ほんと、ごめんにゃ!

いやああああ~~~。
正直、参ってます。
ちゅうのがあ、コメント・・。
カナリ期待されてしまって!!
あの。
基本的にはそんな、たいそうな事を書くつもりじゃないんです。
あくまでも、最終兵器彼女。番外編に影響されただけで。
あの、もし、皆様・・。
ラストでなにかしら、救い?があるのでは?と、きたいされていらっしゃるなら・・。
はじめ、と、いってももう中間点すぎたかな?
ま、はじめにお断りしておきます。
この物語は救いようのない話です。

ただ、すこし、
「あたし」が皆をなだめてくれるかな?

みたいなとこです。

だから、ごめんにゃ~~~~~!!

なんとかなるさ~~~♪

なんとかなるさ~~~♪
「空に架かる橋」
本日、終了いたしました。
引き続き
構想ノート。
にて、うむむ・・・。
どっちにしようか・・・。
「お登勢」
「パンパンとチョコレート」
どちらかを、
連載してゆきます。

あん?

カテゴリーかえて、
ふたつ、いっぺんにいけ?

やって、出来ない事はない。

白蛇抄とSo2。
一緒に書き進めた事もある。

だけどにゃ、
それは、別々のところに
書いてたわけだよ。

ブログは縦にならんじまうだろ?

完璧に時代が交錯して、
時代物に
ハロー・ギブ・ミー・チョコレート!!
と、はいっちまいそうだよ!!
「お登勢」は10年来の暖め物。
「パンパンとチョコレート」は、
「蛙」の前の作品。
いわば、処女作。
瑞々しい感性がどこかにふきとんだ今だからこそ、どう、かきこなされるか?
自分でも再挑戦したい逸品/自分でいうか!!

ま、いいや。

気分次第!!
で、
責めないで!!

1:憂生

よろしく!
「空に架かる橋」は、
憂生にとって、
記念すべき連載物になりました。

何よりもダイレクトなコメントが
書いてゆく気持を
おしあげてくれました。

それでですね。

又も、/既にやってますが/
事後報告ですが
頂いたコメント/憂生のもありますが・・・/
コレを総集してチュートリアルに掲げました。

で、もって、
記念に作品集Ⅲの「空に架かる橋」の
「おまけ」?/題名考え中/として、
メインHPに掲げたいと思っております。

皆様のコメントを編集してみたら、
その文字数は
1万6千文字ありました。
もう、コレは、立派に「作品」と呼べるものではないかと思うのですよ。

ですから、また、かってながら、
了承なく、使わせていただきます。

近日中にメインHPにアップさせていただきます。/実はもう既に編集済み。後はリンクページを作るだけ・・・/
よろしく!!

ごめんじゃねぇよぉ・・・

レナ

あっ、でもごめん・・あれっ?変じゃん(爆)
ちゃう・ちゃう・・邪魔するで~のごめんやわ・・・

救いようのない話になるん?・・マジで?
んじゃ・・酸素準備しておかにゃマズイかなぁ・・・
マジで読んでる最中・・息忘れそうになるでぇ・・・
どんな終わりでも・・気に入った◎ たぶん皆様そーでしょう・・・

ってか・・お邪魔いたしました・・はぃ(逃げっ・・)

1:憂生

ありがと。
昨夜に14をしあげたかったんだけど、
あきらと連絡をとっていたりしたら、
タイムアップになってしまった。

朝にでもと、思ったんだけど、
30分でかきあげられるかどうかは、
ちょっと自信が無かった。

だいぶ始めのほうにでていて、忘れられてるだろうけど、
奴らにとって、敵兵とはいえないハズである、
源次郎さんのことを書かねばと思ってる。

たとえ、怪我人であっても、兵士であるなら、
多少なり、敵兵が抹殺したくなるのは判らないでもない。
でも、源次郎さんは民間人。
そして、老人である。

この人間の抹殺にだれもなにもいわないのはおかしかろう?
納得できないだろう?

そして、この老人をポイントにネタをしこまにゃならんかの?なんて、思ってる。

ネタ・ポイント・ロゴ。→「役に立つものは殺しはしない」

帰ってきたら、続きをかけるかなあああ?

今もまだ、語れない。

もう、5年たつか。

空に架かる橋を書いた頃に、こんな、自己感想を述べている。

「空に・・・」の構想は
既に1年以上前にできていた。

だけど、
コレを今形にしはじめてる、裏側で、
憂生の今までの作品を読んでくれた人の存在が
おおきい。

どの作品の中にも扱われている。
「性」
この性をときに主人公自らに
「性とは心が
生きる 」と、書く。
と、いわさしめている。

憂生の中でのテーマは
自分でもうまくいえない。

だけど、
今回
死というものを性の背景においてみたとき、
性が浮かび上がってくる。

心は自由である。

性をどうとらえてゆくか。

おそらく、
この話は
慰安婦問題・・・。
あるいは、
見た目の不幸に踊らない。

すくいようのないのは、
己の心の捉え方。

できうれば、
できうれば。

その思いはいつか、作品の中でひらいてゆく。

そして、別の場所でも

*****

これは、高橋しんの「最終兵器・彼女」って漫画の
番外編をよんで、
書きたくなって書いたものなんだ。

もう一つは日記にも上げてるけど、
「見た目の不幸に踊らない」
ってことかな・・。

従軍慰安婦問題があったけど、
たとえば・・。
女性がこういう風に生き抜くことも出来るんじゃないか?
ってね・・。

自分を悲惨にしてるのは
ほかならぬ自分でしかないかもしれない・・。

慰安婦にされた・・。
暴行された・・。
こんな風にばかり自分を惨めにしなくてもいい部分も有るんじゃないか?

こういう反発?から、たとえば、という感じで仕上げてみた。

*********

また、こうも書く。

********

「空に・・・」を、書きながら、
ある、話を思い出していました。
日本兵は死を恐れない。
人間魚雷。
飛行機 ごと敵に突っ込んで行く特攻兵。
白い軍服を着た日本兵の幽霊が出る。
とか、
死しても、なお、まだ、国を守ろうとする心。
大和魂。
日本の花は桜。
武士道をたとえる見事な散り際を
めでて、己の生き様に悔いは残さじ。
こんな、
日本人 を相手に本土決戦を挑んだら、

日本人は最後の一人まで、たたかいつづけ、日本人は滅んでしまっていただろう。
自国の兵士をこれ以上無駄に死なせたくない。
最後まで闘うことで起きてくる色んなリスク、弊害。
コレを防ぐためにも原爆投下が
必要だったという、見方も成り立つ。

だけど、それよりも驚く事は日本人の潔さだろう。
負けは負け。
成った事は受止めて行くしかない。
その受止め方が見事だ。

某国は過去の戦争などによる、
日本人の行動をいつまでも、恨んでいる。
と、しか、思えない
ニュース を聞く。

ならば、日本人はどうだ?
原爆を落とされた。
多くの人々が殺され、
今もその後遺症に苦しむ人も居る。

だけど、うらんでいるだろうか?
自分達の生き様。
敵をそこまで、追い詰めるほどの生き様。
その誇りがある。

戦争には負けたかもしれない。
だけど、日本の民族はけして、あなどれないとその魂に刻み付けた。
だからこそ、こんな小さな国でありながら占領国として、統治されなかった。
多くの戦争犯罪者が処刑されてゆくというのに、
天皇がいきていられたのもそう。
国を思う民を思った天皇がいた。
「私のことはどうなってもいい。
国民をたすけてほしい」
多くの独裁者がそうであったように
最後には自分の命乞いをするものだと思っていた天皇の口から出た言葉。
マッカーサーは
このとき初めて、
「とんでもない国と闘かっていたんだ」と、きがついたことだろう。

話がずれちまったけど、
原爆を落とされたことを
のさりとうけとめ、
「それでよかった」
と、してしまう日本人の感性?

コレが、「空に・・・」の下地に有ると思う。
たぶん、この話を外国人が読んだら、
「なぜ、彼女は報復しないのですか?」
と、おもうだろう。
「なぜ、敵を、同胞をころした、敵に温情をかけられるのですか?」
判らない。
と、言うかもしれない。

たぶん、
この物語は憂生が日本人だったから、
説明なしにかいてゆける感情が
暗黙に了承され、受け入れられているからだと思っている。     憂生

***********

逆からも・・・。

*********

☆まだ、うまく言えない…だったっけ?
前に憂生が日記に書いてた目先の悲惨さに~ってやつ。
その真意を掴み取りたい。
いつも真っ直ぐに心に突き刺さってくる憂生の言葉だけど、
この言葉の真意はつかめなかった。
ううん、過去形じゃなくて、今も、かな。

だからね。
この作品の根底に流れているはずの、憂生の思いを掴み取りたいんだ。

*********

歴然と従軍慰安婦の事実があったとしても、

個人の生き様として、考えた時点で

被害者意識でしか生きられない、

その生き方については、やはり、疑問を持ちます。

そういう視点に立った時、

従軍慰安婦が嘘であろうが、本当であろうが

そんな事の問題より、

もっと、深いものがあり、

それを、あえて、口にすることは

不幸な人間を、あるいは、侮辱するとしか、

取られない事でしょう。

おそらく、多くの人は

そこ、判ってらっしゃって、

本当の視覚を口に出さない。

そんな気がします。

プログはお気に入りに入れて拝見しています。

一回で開けるから便利です。

連載ふうだと次どうなるのかと楽しみですね。入り組んでいる時は過去にさかのぼって見られるからいいです。
日記とブログ交互に見ています。

先日小学校の学芸会で「もう一つに戦争」朗読劇をやっていました。子供達が疎開し、疎開先でのことを扱ったものでした。それを見ていたおばあさん達は、そだそだ・・・そいなごとあったなど目をぬぐいながら見ていました。孫の演ずることは体験したことだったので思いがよくわかったのでしょう。かたや若い母親たちは未経験でも子供達の演ずる劇をしっかりみて戦いだけの戦争ではない別の面の戦争のたいへんさを見ていたことでしょう。
ざわついていた体育館は、
シーン としました・・・

同様のことが読者にも当てはまると思います。ある程度経験ありでわかる人と未経験な人の感想は違うかもしれません。が、それなりに受け取るものがあるはず・・・・読んでいる時はそんなこと考えてはいないけど・・・読後感はあるよね。
生き残っている「あたし」がどうなっていくのか楽しみです。

近くに飛来している白鳥です。ホッと一息いれてね(^-^)         kumina


先日、
NHK で、地雷撤去のためのレーダー製作に携わっている男達の話を放送してました。
「空に・・」では、撤退を余儀なくされた兵士が地雷をしくという設定でしたが、そのときはそれしかないと思ってしたことでも、
少し平和になれば
無関係な人間がまきこまれてゆくことになるのですよね。

どうしようもない。
日本に原爆が落とされたのも、
別の考えで見れば、それで、日本の民族がいきのこれた、戦争終結に結びついたという事でしょう。
「空に・・・」を、書きながら、
ある、話を思い出していました。
日本兵は死を恐れない。
人間魚雷。
飛行機 ごと敵に突っ込んで行く特攻兵。
白い軍服を着た日本兵の幽霊が出る。
とか、
死しても、なお、まだ、国を守ろうとする心。
大和魂。
日本の花は桜。
武士道をたとえる見事な散り際を
めでて、己の生き様に悔いは残さじ。
こんな、
日本人 を相手に本土決戦を挑んだら、日本人は最後の一人まで、たたかいつづけ、日本人は滅んでしまっていただろう。
自国の兵士をこれ以上無駄に死なせたくない。
最後まで闘うことで起きてくる色んなリスク、弊害。
コレを防ぐためにも原爆投下が
必要だったという、見方も成り立つ。

だけど、それよりも驚く事は日本人の潔さだろう。
負けは負け。
成った事は受止めて行くしかない。
その受止め方が見事だ。

某国は過去の戦争などによる、
日本人の行動をいつまでも、恨んでいる。
と、しか、思えない
ニュース を聞く。

ならば、日本人はどうだ?
原爆を落とされた。
多くの人々が殺され、
今もその後遺症に苦しむ人も居る。

だけど、うらんでいるだろうか?
自分達の生き様。
敵をそこまで、追い詰めるほどの生き様。
その誇りがある。

戦争には負けたかもしれない。
だけど、日本の民族はけして、あなどれないとその魂に刻み付けた。
だからこそ、こんな小さな国でありながら占領国として、統治されなかった。
多くの戦争犯罪者が処刑されてゆくというのに、
天皇がいきていられたのもそう。
国を思う民を思った天皇がいた。
「私のことはどうなってもいい。
国民をたすけてほしい」
多くの独裁者がそうであったように
最後には自分の命乞いをするものだと思っていた天皇の口から出た言葉。
マッカーサーは
このとき初めて、
「とんでもない国と闘かっていたんだ」と、きがついたことだろう。

話がずれちまったけど、
原爆を落とされたことを
のさりとうけとめ、
「それでよかった」
と、してしまう日本人の感性?

コレが、「空に・・・」の下地に有ると思う。
たぶん、この話を外国人が読んだら、
「なぜ、彼女は報復しないのですか?」
と、おもうだろう。
「なぜ、敵を、同胞をころした、敵に温情をかけられるのですか?」
判らない。
と、言うかもしれない。

たぶん、
この物語は憂生が日本人だったから、
説明なしにかいてゆける感情が
暗黙に了承され、受け入れられているからだと思っている。     憂生




寒くなってきました。体調いかがですか。
天皇とマッカーサーの話、聞いたことあります。
ある物語を理解するには、時代背景や民族性を知らないとだめなものがあるようですが・・・・

やっぱりそこまでっつこむようになるのかなあ~

今はまだ、語れない。

「空に・・・」の構想は
既に1年以上前にできていた。

だけど、
コレを今形にしはじめてる、裏側で、
憂生の今までの作品を読んでくれた人の存在が
おおきい。

どの作品の中にも扱われている。
「性」
この性をときに主人公自らに
「性とは心が
生きる 」と、書く。
と、いわさしめている。

憂生の中でのテーマは
自分でもうまくいえない。

だけど、
今回
死というものを性の背景においてみたとき、
性が浮かび上がってくる。

心は自由である。

性をどうとらえてゆくか。

おそらく、
この話は
慰安婦問題・・・。
あるいは、
見た目の不幸に踊らない。

すくいようのないのは、
己の心の捉え方。

できうれば、
できうれば。

その思いはいつか、作品の中でひらいてゆく。

そこには、血を流す心がある。

「空に・・」がおわってないうちから、次のアップ物件 をかんがえている。
「パンパンと
チョコレート 」/仮題にしようか。
姉川決戦で両親を失ったお登勢の話しにしようか。
しかし、連載にすると、逆に
つめて、書けないという短所も出てくる。
で、なければ、「空に・・」だって、とっくに終わってる。
一章をかいて、その余波が静まるのを待つ。
/自分のなかでも、読んでくれる人の中でも/おおまかに/
そろそろ、連載を始めて一月。
終わりがみえはじめながら、
なかなか、終わらない。

そうだなあ。
あと、リックのこと・・。
「あたし」という人間の
スタイル をリックで
かたれたらいいとおもうんだけど。
もちろん、残った敵兵とのかかわり。
佐々木先生の考えを開いて見せてくれる
役もまだ、残ってる。

千秋の死を語り・・。

憂生の中に思う言葉がある。

味方?は、皆自分の意志で死を選んだ。
自分の生き方として
死を選んだ。

敵はただ、死を恐れ
生きている肉体を感受しようとする。

生きている人間は本当にいきているのだろうか?
死んだ人間は
逆にいきぬいた。と、いえようか?

生きている人間への哀歌。
惨めな程の生への執着。

死を生き抜いた人間は
救われているといえるかもしれない。

生きている人間/敵兵?は余りにも、悲しい。

誰がそれをせめることができよう?
たとえ、
自分の身体をキズつけられても、
そこには、
血を流す心がある。

だれが、
そのキズをおもってやれる?

ちょっと、陰気なはなしになったか・・・。

ごめんな。
mahirururuちゃん。
ここに返信を書くのにちょっと、はまっちゃってるかな?
まあ、こういう形で日記を活用?しだしてみたら、なんだか、また、日記にまいもどってきてしまってるんだけどさ。

mahirururuちゃんへの返信で
大江健三郎がでてきたので、
もうひとつ思い出したことを書くよ。

と、いうのが、それは、
「空に架かる橋」の設定の中にも
大江の影響?があるって事なんだよ。

「空に・・」
で、敵兵が患者たちを抹殺してゆく。
当初、この抹殺された患者の死体を
どうするか?
これにずいぶん悩んだ。

敵兵が地面に穴を掘って死体を埋める?
いやあ、
それなら、まず、患者に穴をほらせるだろう?
だけど、けが人とか、そんなものが
穴を掘ってるのもおかしくないか?

軍法会議にかけられるという設定もある。
すると、わざわざ、穴を掘って
穴の中に死体を埋めたということが
奇異になってくるのではないか?

なにか、納得?できる方法がないか?

この時に
医療 という設定にもたすけられていたんだけど、、
大江の確か・・「死者の奢り」がヒントになっていたと思う。

大江の話はホルマリン浴槽の中の
死体をどうこうする、
アルバイト 学生?の話だったと記憶する。

そう。
ホルマリン浴槽。

この存在が大江によって、憂生にインプットされていたんだ。

もし、地面に穴を掘ってゆくという設定だったら、露木先生が、自らにカリ注射をうって、
あなぼこの中におちてゆく?
それを一応、兵士は土をかぶせ、埋める。
千秋は先生をどうやって見つける?
また、あとで、爆発による死体?
これも、また、穴を掘る?
な~~んか?
もたついてくる設定だよな?

と、いうことで
「空に・・・」の中にも
大江健三郎がいるし、
佐々木先生がホルマリン浴槽の死体に思いをはせるあたり、
思いをもたない、物体でしかない死者が語りかけてくるものを拾う。
この部分も大江の作品の影響をうけているといっていい。

憂生が医療関係に従事していることが
ヒントになっていたのではないのである。

だが、そうはいっても、
時に職員
玄関 の横に作られた霊安室から、
線香のにおいが漂ってくることがある。

表玄関から入院してきた患者が
死を迎えると
一般患者や通院患者がたむろ?する
表玄関から見送られることがない。

ひっそりと、
死体搬入口のある小部屋に運び込まれ
家族のもとに送りかえらされる支度をととのえ、搬入口に車がやってくるのを待つだけである。

死者は語る。
そんな言葉が大江の作品の中にあったが、
死者が語るものは
死者に覆いつくされた、「死」だけであろう。

親父の死。
近所のじいさんの死。
死体に触れたことはこの2度くらいしかないが、
死者は死を語り、
家族は死を見守る。

こんな荘厳な思いを簡単にかけるものではないとわかっていながら、
ただ、憂生も死を見守った経験という
免罪符で「死」を表現することを自分に許したといえる。


コメント
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ん~、書くのがハマってるんじゃなくてどっちかっていうとまた作品読むのにハマってるかなぁ・・・といいつつ又お邪魔しちゃって汚しちゃってるんだけど。。。作ろうと思えば読む時間て作れちゃうみたぃ でも短編をちょこちょこだけどね。髪振り乱しての多忙にでくわしちゃうと短編ちょこっとも難しいけどなんとか今は読めそうです大江氏の影響が「空に…」にも出てる
エピソード …確かに穴掘る設定にすると先の話が変わってきちゃう感じ…って、なんか偉そうなレスになっちゃいましたが…やっぱりスコップで掘る音よりホルマリン室に響く浴槽をあける音とか投げ込まれる音の方が背筋が寒くなる様な緊迫感が漂ったかな。勿論、穴を掘るのもその後先、目的は怖いとか緊迫感はあるんだけど印象がかなり強かったです。
投稿者:mahirururu
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…そうだよね。死者が語る言葉ってないんだよね まひるも父を数年前に亡くしてるけど霊安室には声のない魂の抜けた冷たい身体だけだった 一人部屋ではなかったけど
ナース コールもきっと..うん、できない状況だったから暗い部屋一人きりで意識薄れていったんだよね、父。かけつけた時には機械だけが繋げてるだけで機械が家族の承認を得てはずされた 最後にどんな事思いどんな言葉を残したかったかなんて事もわかる筈もなく…でも、せめて小説の世界では非現実を現実化したくて死者の言葉を大江氏は表したのかもしれないね…
投稿者:mahirururu
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と、一気に暗くなりましたが気をとりなおして…今日は何読もうか迷った後、リンクを下から上がっていこうと「俺の胸の中の陽だまり」「イッツオンリーユアマインド」の①を
拝読。
財布 を巡る心の会話、自分だったらどうする?なんて思いながら、でも解答出ずに俺さんどうすんだ~?なんてやきもきしてたら見ず知らずの小さい女の子っていう陽だまり。暖かい エンディングに知っている限りのですが憂生らしさ感じました。思考錯誤は読んでる物だったから飛ばしてセクシャルモーメントへ進みアシュトンとデイアスの真剣なHな会話に男ってかわいいなぁなんて思ったり…エピローグのどんでん返しにあららなんて笑ったり。レナのキティ 、プリシウスのプシイなんて名前がついておしゃれなセンス。明るくて雰囲気軽く読めちゃえました次回は②へ。

ちょと、ネタばらし?

続きをかきたいんだけど、
あわてて書いてしまうと
読後の後味?
残り香?
が、スレッドの中に埋没してしまうきがして・・。

明美がどうしてたか?
露木先生と患者のこと。
この辺りをもう少し書かないと、
対比が生きてこない。

何の対比?だって・・?

ま、そこがほれ・・。
ネタちゅう奴だよ。

気が付いていらっしゃるかどうかわからないけど、
ネタはあちこちに仕掛けられているんだ。

例えば、
患者の死に方。
コレを考えたときに
銃殺はまずい。
どうすべい?
そう考えたときにフォルマリン浴槽のことを考え付いた。
それをその13で突然だしてきたら?
いかにも、とっつけたかんじがいなめないとおもって、
最初に佐々木先生のエピソードの部分にいれこんだ。

コレが憂生のネタ埋め込み事件?

1:憂生


そう。あたしはマドンナ/聖母?性母?。
死から命を救う医者よりも、
死さえ恐れない兵士を作る
存在を
彼らがゆるしておくはずがない。

リックの唇はあたしへのおきみやげ。

悲痛な叫び声を
皆にとどかせないために・・・。

             FIN

構想メモ、佐々木先生。

死は怖いものじゃない。
本当に怖いものは
「思い」を残す事だ。

私は今までこの職務において、
思いを残してきていた。
誰かの命を救う。
誰かの身体を回復させる。
生きて行くための身体の術を支えなおす事が
役に立つ事だと考えていた。

だが、
今、命が当たり前のように消滅され、
ホルマリン浴槽には
命無き物体が浮かぶ。

人はいつか死ぬ。
命はいつか途切れる。

ならば、いきていた意味はどこにいく。

思いを残さない生き方をするしかない。

身体の治療は、この世に生きていくための
延命法でしかない。

本当にいきぬくということは、
本当に死ぬという事は、
思いを残さない事だろう。

「ちょと、読むな。縁起のいい話しじゃないんだ。」

物語はもちろん実際のことではない。

人が人の死をまえに、
どんな感情をもつだろう。

親しかったものの死。

特殊な・・・物語のような、
戦時下ではどう?

死というものと対峙することの多い、
例えば医師。
看護士。

その感情ははかり知ることすらできない。

親父の身体が固まって
動かなくなっていた。

組内の主婦連/婦人会のおばちゃんは
親父に声を掛けてくれていた。

(父ちゃん。いまなあ、ずだ袋ぬうちゃるさかいなあ)
(父ちゃん。火葬場のおっちゃんは金属いれちゃあいけんというんやけどな、渡し銭はいれとくなあ。内緒やで。しっかりもっていくんやで)
(ああ、
眼鏡 も入れ歯もないと、むこうでこまるやろ。いれてやろさあ。もっていきやあ)

不思議な会話に慰められる。

親父が死んでいるから、こうなのだと思いながら、親父がたしかにそこに居る。

遅い時の子だった。
長生きしたといっていい、年齢にもなっていた。
はじめから、
物心ついたときから老人だった。

そのせいかもしれない。

悲しくて、悲しくて
仕方がないという気持ではなかった。

いつか、来る事だと思っていた。

親父の人生が・・・。
終わったんだとおもった。

どこかで、生きてた頃の親父のほうが
くるしかったろうとおもえてしまう。

庵主さんが読経をあげる。

執心をときはなたれよ。
私という僧侶の弟子にしてあげよう。
私は釈迦無二仏の弟子だから、
あなたも釈迦の弟子になる。
だから、一切の執心と縁をきっても大丈夫なのだよ。

そう諭す。
葬式 ということはこういうことなのだ。

親父の魂を諭し、導いて行く儀式。

やはり、ここでも、
親父は死んではいない。

存在していた。

いまもって、
憂生の中に親父は居る。

こんな奴だから、
ときに、悲しみの感情というものを、
置き去りにしたままに
物語をすすめてしまう。

ゴメンな。

メモ。

哲司の死に報いる
死に方を探している明美だったんだ。

そして、あたしは、
その死への引き金をひいてしまったんだ。

///
先生は最後の患者を治療したんだ。

////
打たれているのは心。
殺されているのは心。

/////
オレがそいつをうったんだ。
お前もうってやるさ・・・。

////

空に架かる橋に寄せて 

真摯なレスありがとう、何回も読み返しました!

そうよね、性に関する考え方とか感じ方もきっと私と全く違うはず・・。

他の人も・・・きっと、私のコメントごときで遠慮するほど、

憂生の作品を軽く読めないと思う、と思い至った・・・。黙ってられなくなるに違いない。

もしくは黙っていても心の中じゃあれこれ自分なりの色んなコメントが渦巻いちゃうに違いないんだから・・・。

「私もそんな目にあってみたい」って言った人の背景はわからないから、軽々しく言えないけど、

そういう人は空に架かる橋の、あの作品の真底の本質の・・・

そういった部分まで目が届かないのじゃないかな・・・

表面の性描写だけに目を奪われるとせっかくのもっと深いとこの

あれだけのテーマを見損なっちゃう気がする・・・。(もったいない
読み方

何となくさ、性の描写のことって、ちょっとタブーっぽい感覚があるというか・・・

恥ずかしくて読めないって思う人多いのかもしれないし、

好色な目で読もうと思えばいくらでも読めちゃう部分だし・・・

でも、そうじゃないんだよなぁって気付いた感じ。

空に架かる・・で。

空に・・・寄せて

ブログ毎日わくわくどきどきしながら拝読してます。

なるほど、こうつながってきたのか~

すごい、先が読めない展開、さすが!って今日も引き込まれてきましたよ~(^_^)

私はファンむき出しで、ほんと、えらそーな生意気なコメントを思うまま書いてしまっていたので・・・

私はもうほんと一人で作品に惚れ込んでしまってて、

その勢いでもって「憂生!いい!いいよ!毎日読んじゃってるんだよ!ファンなんだもん!」ってね、

アピールしてるみたいな・・・そういうやらしさがにじみ出てた気がして。

だもんで反省しちゃいました。他のたくさんのファンの人がコメント書くの躊躇するようなカキコしちゃあかんかったなぁ・・・ ちょっと悩みましたが、やはりいてもたってもいられずとりあえず、メールしました。

しかし、やはり好きであります。

性行為をしてる描写で、涙がにじんだなんてことは、正直はじめてだったのは事実で・・・

三人の女の三通りの生き方を通して

女という生き物がどういうものかを、三人の女の三通りの生き方を通して考えさせられました。
実際女をやってると、損なことが多いな~って思うこともしばしば。
それに実際女って自分も含めて、浅はかで愚かで。
でも結構男より強くてしぶとくて・・・。
それがこれを読んで、まあ、女もまんざら悪くないかな、みたいな気持ちになりました(笑)

この三人の中で私が共感できたのは明美です。
あの手榴弾でやるんだろうな、ってずっと思ってました(笑)
そしたらホントにやってくれて、うわ~~~、カッコイイ~~~!!って(笑)

「あたし」に関しては、理想かな・・・って思いました。
あんなふうに愛で全てを包み込めたら、どんなに幸せだろうって思います。
それは女の特権でもあるな・・・と。
でも、自分がそんな風になれるとしたら、その時はもうおばあちゃんだろうな。
そうなると誰も相手にしてくれないだろうな・・・なんてふと思いました(^^;)

生と死についても考えさせられました。
思いを残すことがないように生きたいですね。
今は時代がこんなだから、わりとやりたいこともやれるし言いたいことも言える。
でも逆に今の時代ならではの問題もあったりして。
性格や背景もあるし・・・。
後悔しないように生きてるつもりでも、やっぱり後悔することもあったりして。
戦争中ってこともあって、今を精一杯生きなきゃいけない時代背景だからこそ表現できる、凝縮された人生観だったと思います。

「あたし」は、誰の子かわからない
子供 を産んでしたたかに生き抜くのかと思ってたら、ああいう結末で・・・ああ、それであのタイトルなんだな・・・って納得しました。
でも、すごく良かったです。
こんなの書ける憂生さんはスゴイな~って思ってしまいました。




これは、高橋しんの「最終兵器・彼女」って漫画の
番外編をよんで、
書きたくなって書いたものなんだ。

もう一つは日記にも上げてるけど、
「見た目の不幸に踊らない」
ってことかな・・。

従軍慰安婦問題があったけど、
たとえば・・。
女性がこういう風に生き抜くことも出来るんじゃないか?
ってね・・。

自分を悲惨にしてるのは
ほかならぬ自分でしかないかもしれない・・。

慰安婦にされた・・。
暴行された・・。
こんな風にばかり自分を惨めにしなくてもいい部分も有るんじゃないか?

こういう反発?から、たとえば、という感じで仕上げてみた。

戦争・・というとざれた状況下の心理というのも好きで、
これは、大江健三郎の初期作品の影響・・。

戦争といっても、
その戦時下というのは、
この作品が初めてなんだけど、
戦後の少年・・をテーマに
15,6歳の頃に書いたものを
焼き直して書き上げたものが
「蛙」と「パンパンと
チョコレート
蛙は続編ですくわれるかな。

大抵の作品は
「生きる」って事に
スポット を当てている。

ボーマン・ボーマンの中でも
多く性を扱うが
コレも性は心が生きる・・・って部分をかげにしいているつもり・・・。

因みにボーマン・・はso2シリーズ。
キープユーから、ボーマン・ボーマン
そしてイッツ・・・そして、セクシュアルと言う順番なんだけど
まだ、直せてない。

こちらもきがむいたら、よろしく・・。

空に・・に寄せて

憂生のアスペクトなどに接するうちに漢字の成り立ち・・・というか、

漢字を分解して、意味を考える癖が軽くついてしまいました。

性は心が生きる・・・。。。

前回のミニメ(=ファンレター)はちと熱に浮かされたまま書いてしまい、

何だか鼻持ちならなかったですね~(>_<)

色んなファンがいて、色んな感想もらうにしても、

きっと戸惑ったり「( ̄~ ̄;) ウーン?」ってとこもたくさんあっただろうな、

とちと今、恥ずかしい・・・(。-_-。*)ゝ

感動とか感激を強く感じれば、何とかして言葉にしたくなるというか、

それを生み出したあなたに伝えたくなる、抑えようがなく。

だけどちっとも気が利いた言葉にならない、思いの通りに言葉にできない。

ヘ(´o`)ヘ とほほ・・・・という感じ。

辛抱強くいつもへたくそな言葉から色々くみ取ろうとしてくれてありがとう、です(^_^)

とりあえず、空に架かる橋はむっちゃはまってるので楽しみに拝見してます。

エキサイトブログを使ってる人、たくさんいるけど、

憂生みたいに使ってる人はまだ少ないよね、なんちゅーか、いい使い方だと思います(^_^)

空に架かる橋に寄せて 

性じゃなくて生・・・そうかも。

だから心を打つんだろう。

独りよがりのテーマだったり、あるいは自己満足のノリだったりの作品だと・・・きっと残らないだろうな。

わからないんだけど、うまく言えないんだけど、

心の琴線ってやつが誰にでもあってそれに触れるか触れないかって、その差だよ・・。

面白くて触れなかったら、それだけでおしまいなんだ・・・残らない、きっと。

いい小説は、繰り返し繰り返し、ページ戻って読み直したりしてじっくり読みたくなる。

読み終わったあと、中身覚えててもまたページを開きたくなったりね。

憂生のにはそれがあると思うんだ。

読み終わるのがもったいないんだよ。

ラストを早く知りたいのに、ラスト読んで終わってしまうのが惜しくて寂しくて仕方ないような・・・

それくらいはまりこむ感覚ってね、感銘しちゃった作品には、ある。

ねらって書いてもだめなんだ。

そういう作為的なもんじゃない。

だから憂生はすごいね。

どんなラストだって・・・あなたが生み出すラストだよ。

だから私は何度も読みたくなるだろう。

生意気なこと書いちゃったりしてるよね(-∀-;)ごめんね。

だけど、何だかむっちゃ私も素直にまじめに正直に書いてあなたに届けたくなったんだ

~これをファンレターと言わずして何という?(笑)

あまたのファンのために、頑張って!憂生!(*´σー`)

空に架かる橋に寄せて 

この世には本がたっくさんある。次々新しいものも出版されてくるし。

一生賭けても読み切れない。それが惜しい。。。

私が朽ちたあとも、絶対面白いものは出てくるはずなのだからと思うと。。。

同じように、この世に漢字いっぱいあるね。

知ってるつもりで知らないものも何てたくさんあるんだろう。

きっと生きてるうちに知らないままのものも、数え切れないほどあるんだろうと思うと、

やっぱり同じような口惜しさを感じてしまいます(笑) カフェ のプロって何でしょうね?(笑)

わからないなぁ、全ての人の足跡、日記、リンク・・・全部に目を通すなんて、

きっと管理者にもできないことだから。

それにどの人の日記やリンクに惹かれてはまるかってのはもうほんと人それぞれだろうし、

そのことをプロだとかなっちょらんみたいな言葉であれこれ言うのって・・・

それこそプロじゃないっつぅ気がしますねぇ~( ̄∇ ̄;) ハッハッハッ



渦夜ちゃんの「外人は・・・」の言葉、鋭いですねぇ、なるほど・・・!(笑)

石田衣良って作家の言葉で

「結局のところ、作品は出来不出来ではなく、読み手に届くか届かないか、だと思います」ってあった。

すごく心に残っている・・・。 空に架かる橋、頑張ってね!(`0´)ノ 



憂生、昨日は時間がとれなくてネットできなかったので、

今日やっとつないでブログ見てみたら! (ノ゜ο゜)ノ オオオオォォォォォォ-

むっちゃストーリー 進んでましたね!驚きました。・・・すごいところで続きになっていた・・・

その先読むのがこわいような、心待ちなような・・・楽しみなんです、結局は。

すごく難しいテーマを、もろだししないで読み手に感じ取らせることができるってところがすごいよ、

しろうとはテーマむき出しになってしまって、そうすると読む方もうんざりしたりあるから・・・。

私は本の評論家じゃないから、難しいところはよくわからない・・・

だからつまりは自分が「面白い(おもしろおかしいって意味じゃなくて、惹かれる、夢中になるって意味で)」と感じるかどうか、で評価しちゃう。

だから審査員全一致の大絶賛の、なにがしかの受賞作であっても、

私が読んだら全然面白くない~(>_<)ってものもあるし、

話題作 だって自分がつまらないかも~(>_<)って思った地点で、

私にとっては駄作って思えてならないわけだし・・・

とどのつまり、そういう力

(難しいこと抜きにして、読む人を夢中にする力)があるものがすぐれているんじゃないのかなぁ!

・・・という、どしろうとの感想であった・・・(;= =)トオイメ...

あまり言いたくないけどさ、むっちゃ売れ筋

話題のベストセラーの「世界の中心で愛をさけぶ」ってあったじゃない?

あれさ~・・・好みの問題なのかな~・

・・私全然泣けなかったし、感動しなかったし・・・つまらなかったのですよ~・・(;= =)トオイメ...

映画 も見たのね、映画は号泣しちゃったんだけど・・・

映画はまた制作者の腕もかなり入って別のものになってるわけだから・・・・

なんちゅーか・・・世の中で騒がれてる、売れてるから゜

+.(・∀・)゜+.゜イイ!!ってわけじゃ全然ないんだなぁって痛感したひとつの例っつぅか・・・・

あ、もし、憂生がセカチュー いいなぁって思ってたとしたらごめんなさいな事を書いちゃった!(・・;)

もしそうだったら許してね。

空に架かる橋に寄せて 

戦争というものの批判がテーマという感じはしなかったけど、

戦争を舞台(というかベース??)にした、

命や生きること死ぬことなどを痛切に訴えかけてきてるような気がしてました

<空に架かる橋 でもまだこの先、思わぬ展開があるというんだね?

少年兵は、単に敵にもそれぞれ人生や悲しみがある・・・ということを知らしめるための存在だけでなくて、

もっと大きな伏線になってるんだね?

わあ・・・もう全然先の展開がわからないな・・・すごく楽しみだ・・・。

ここまで盛り上がりを見せてみんなを釘付けにした章が「下地」だなんて・・・

この先どうなってゆくんだろう??目が離せないです。

書ける人はプロと言われたる人の作品でも、

アラというか・・作為的ないやらしさが見えてしまうことが私みたいに書けない人より敏感に多そうで、

たしかに読む気がしなくなってゆくかもしれないね(>_<)

私も大昔、むしょうに何か書きたい気になって手がけようとしたことがあったけれど・・・

どうしてもだめだったなぁ・・・その時に傾倒してる既成作家の影響が明らかに出てしまってさ~(爆)

そういう点から見ても憂生のオリジナリティある作風ってすごいよね。

あとさ、憂生って人そのものがむっちゃ個性的な存在じゃない?=^-^=うふっ♪

だから「憂生だからこそ書ける」って世界観とかあるだろうな~って思うな~

こういうのも才能の一つになっちゃうのかもしれない・・・。

ちょっとずれるかもしれないけど、ほら、医学部出た人だからこそ書ける医療現場の作品とか・・・

漫画だと手塚治虫のブラックジャック 的な感じの・・・。

医学部出た人だからこそ出てきた発想、生まれたキャラって気がしちゃう・・・そんな風な。

空に架かる橋に寄せて 

メールから横流しです/ゴメン

何で突然?って思われたかな?色々なことを思って書きたくなったので・・・(^_^)

まず、ブログの空に架かる・・・はむっちゃいいです。

もうお世辞とか、憂生だから、とか抜きでね、ほんとにいいので

ものすっごい評価しちゃってる私なんです。

私は活字中毒で、本が手元にないと不安で仕方ない人種で、

だからとにかく乱読するんだけど・・・。

すごく変なこと言うかもしれませんが、

たとえばマニアックな小説、同人誌的な小説ってありますよね?

それも読むと「これでプロじゃないの?!うそっ?!」ってね、

引き込まれるし、面白いものが多いです、驚きます。

でも正直言ってしまうと、私の中でいわゆる一般的に売られてる本の小説と、

そういうマニアックなものってどこがどうなのかわからないけど、

違うんですよ、読む時に頭の切り替えがある感覚で。。。

ほんとうまく言えないんだけど。

どっちがすぐれてるとかそういうレベルじゃなくて。

どっちも面白いし、大好きであっても、そういう切り替えみたいなのがあるんです。

私だけかもしれないけど・・・。

でもね、憂生の今回の空に架かる・・・はね、それがまったくなかったの。

切り替えが。

どうしてなのかわからない。

でもね、ほんと・・・憂生、すごい、こんなとこまで書ける人だったんだよなぁってね。

憂生って人を意識せず、小説だけが入ってくるの。

そしてね、読者である私が、

本をいつも読んでる時みたいに、続きが読みたくて仕方ないんだよね。

次のページ。次のページ。ってね。

うまく言えないけど、しろうとの読者、たまたまその本を手に取った読者を

泣かせたり、惹きつけてどうしても離さなかったりする力?

テーマがいい、描写がすごい、一人称が効いてる、とかね、色々あるとは思うけど・・

ぶっちゃけ正直、つまり「これ」でしょう?

「これ」=説明できない吸引力 読む人が面白い!と理屈抜きで感じること。

それがこれにははっきりとあって・・・。

だから憂生、すごいよ。

・・・このメールはファンレターです(笑)

小説読んですごく感動してます、ってうるうるした目で熱っぽく書かれた手合いのファンレター。

(だもんで長く書いちゃってごめんね)

カナリ、抜けきった。

「空に架かる橋」は、ネットにあげるに
ためらう性表現が出てくる。

もちろん、性表現はどの作品にも、
でてくる。

だけど、今回、戦争と言う背景を設定している。
この中で性を描くという事は
非常に誤解されやすい部分がある。

戦争を。
命を。
ナンだと思ってるんだと、
性表現が反感を買わせかねない。

それは、すべて、憂生の文章表現のつたなさのせいでしかない。

旨く表現できないなら・・。
うまく伝えられないなら、
むしろ、書かぬほうが良いかもしれない。

だけど、
憂生はやってみる。
自分のつたなさを見据えるだけになるかもしれない。
だけど、ココでとまったら、終わりだと思う。

自信もなく、書き迷う。
そんな憂生がつたないなりに書き進めて行こうとおもえるようになったのは、
いつものごとく、
あきらがいたからだ。

あきらの憂生への理解をココに上げる。

「「空に架かる橋」のねたばらし、有難うよ。
ちきしょ~~~ばらすなよ(爆)
戦争物を扱ってるからいい風に奇麗事にすまんだろうとは思ってるけどさ・・。
やっぱ、憂生、表現、自分で抑えてたんだ?!
納得したよ。
1~4あたりが、
「な~んか、リアリテイとか、迫ってくるようないつもの迫力な描写避けたいいまわしして、ぱっとせんな~~」と、
前回文句を言ってしまってゴメン(笑)
ー中略ー
えぐい
シーン だしても読みたいね。最後まで。
憂生の感受性そのままでいいと思うよ。
ネットだから控えめにしてるの?
・・・・」

あきらの言う通りだと思う。
ネットだから、
読んでくれる人の受止め方を
カナリ意識してかいていた。

コレがワードの中で
自分とだけ向き合って書いているものなら、
どう、受止められるかなんていうことは、
発表するかどうかの段階で考えることだろう。

作品が不十分な出来で在っても、
それを読んでくれる人の
受止め方にも
左右される。

一度歩き出した作品の評価。受止め方は
読み手に任せるしかない。

憂生は自分の不出来なる子供
外の世界に追い出してやるだけ。

この物語の後ろ側に

この物語の後ろ側に、天皇とマッカーサーのことがあったり、
アヘン戦争への思いがあったり、
ロバート・キャパへの疑問があったり・・。

憂生が追い求めているテーマがみえてきたという
一言がよせられた作品ではあるのですが、
此処のあたりで、意識していたのは、
慰安婦問題でした。

見た目の不幸に踊らされない。という言い方をしたことがあります。

妙なアンチテーゼですが、
暴行された、悲しかった、云々という感情は正常な感覚です。
ところが、現代、「性」を軽く扱い、場合によっては、
金にかえる。

この状態のほうが、異常なわけです。

そして、慰安婦にされたという部分を考えれば、
正常という意味合いでは、
よほど、幸せであり、
見た目は不幸かもしれないけど、
異常な状態での一見、楽しんで裕福?にみえる状態のなかにこそ、
不幸があるということを考えると、

見た目の不幸に安易に同情していないか?

現代の方が、憂うべき問題・意識にきがつかず見た目の不幸がないぶん、流されて本当の不幸にきがついていないのではないか?

と、いううまくいえないのですが、

そこらへんを意識していたと思います。

そして、見た目の不幸とて、実際、そういう精神的には正常でありながら、
やはり、悲しく、辛い。

これを「どういう風に、すれば」
その不幸な状況で、生き抜いていくか。

ひとつ、考え方をかえてみたら、
慰安婦とて、
生き抜ける思いをつかむことができるのではないか?

と、いうことで、

慰安婦にされたと被害者意識で
自分を不幸にせず、
あるいは、神?のごとき、慈愛でいきぬくことも
できるのではないか?

と、いうことで、
このテーマも昔からいっている、

「喜べる思い方」を捜していきる。
というところがあると思います。

いろいろなものをふくんでいるので、
限定したテーマはこれといってしまうと、違うとおもうのですが、
この物語をかいていくまでの憂生のうしろがわの考えや感覚が、
それなりにあって、
戦争問題や、天皇(古代から続く国民への父親のような愛情)や明治維新の志士たちへの思い・・などなど、複合的にからんでいます。
2004年10/2~11/14くらいの45日をついやし、ゆっくりと連載していったものです。
野戦病院でおきた三日間の出来事を45日という遅筆でかいていったのも
いろいろ理由がありました。
この物語には多くの感想がよせられ、その感想とともに、読み手とともに書き上げていった物語で、初の連載でもあり、表現など迷い迷い,書きこみ、いろいろな言葉で後押しされて,書いていったものであるぶん、自分だけの作品ではないと想っています。

ごにょごにょと   (SO2)

もう、10年以上まえになるか・・。

SO2というゲームの二次創作をかいたのは。

いわゆる、♂同士で、しょたものという設定は、

正直、

憂生には、よくわからないwww

ただ、この物語をかきおこしていった動機というのが、

クロード自体にだって、迷いや背徳心やいろんな葛藤があっただろうとおもったから。

そこを、ほりさげてみたいとおもった。

第1話において、

黙って聞いていたレナだったが、口を開いた時には怒り出していた。

「何が不毛の愛よ…笑わせないでよ。だいたい貴方は異常よ!異常のくせして、正常の振りをしようとするから無理がいくのよ!弟のように思おうだの、女の子として好きになっているのかもとか、異常さを認められないからって、正常な振りをしないでよ!ええ、そうよ。確かに貴方は神を裏切る冒涜者よ?貴方は地獄へ落ちるわ!」

レナは少し声を和らげた。

「私が神だったら男をどうしようと、年のいかない子を陵辱しようが、そんな事は、いいわ。何よりも許せないのは、レオン一人で地獄へ行かせようとしている事よ。そんな事までしといて。それに、だいたいあの子が女の子でも男の子でも、捕まえていたんじゃないの?チサトに貴方の何が判るって言うのよ、バカ!そんな言葉に惑わされて、貴方も馬鹿じゃないの?レオンも困った人を好きになったものね」

「その通りだ…」

「レオンはもう、貴方の事を受け止めていくわよ。ぶつけられない恋なんて、一人よがりもいいとこよ」

クロードがレナになにか言いかけた。が、黙った。

(レオン。君に受け止められたい。僕をぶつけたい)

確かにそう思う。黙っているクロードに

「堕ちるなら…二人で堕ちなさい…。レオンを置いて行ったら許さない」

そう言い放つとレナはディアスのいる方へかけていった。レナの胸にかすかな痛みが走った。

それは、最後まで残っていた恋のトゲが抜けた痛みだった。

[さよなら、クロード]

レナはそうつぶやいた。

ここが、ひとつのキーポイントになって、

レナの心もディアスの心も、きになっていった。

ディアスにいたっては、両親を同族にころされただったか?

(いや、まともに、原作をしらない)

心から人を信じれないというか、

離れていってしまう、いなくなってしまうという不安をだいていた青年だったとおもう。

なにか、心をがんじがらめにしているもの。

これをほどいていきたいとかきはじめた、結果

次々と

がんじがらめになっている心にいきあたってしまって、

20話という大量作品にしあがってしまった。

上に抜粋した

何よりも許せないのは、レオン一人で地獄へ行かせようとしている事よ。

堕ちるなら…二人で堕ちなさい…。

のレナの発言もまた、ひっくりかえせば、

聖人レナとしての発言であり、

結局、ここも、解決せねばなるまいと、なってきたり、

♂同士というカップリングにおいてだって、

おこりえるだろう、欲望なのか、愛なのか

みたいなところで、迷い込むレオンになるのも、

また、レナの聖人的見地による。

レオンというキャラクターを設定していくなかで、

ー両親にかまわれない孤独な天才博士(少年)-

つまるところ、

ー愛されたいーという思いをどこまで昇華させるか。

いわゆる、はい、結ばれました。

と、いう意味合いでなく

レオンにいたっては、

「僕はなにもかもうけとめたい。

優しいクロードも欲望だらけのクロードも。

優しいクロードならいるけど、

汚いクロードはいらない。

そんなのは、嘘だ。汚いクロードだってクロードじゃないか」

と、いうせりふをはく。

つまるところ、なにもかも、うけとめるというレオンに対して

クロードの中で

みっともないとか、人がみたらどうだろうとか。

外的判断を価値にしていたというかな。

そして、また、このレオンのなにもかもうけとめていくという姿にきがついたレナが、

自分が何をまもっていたか。

恐れという自分大事から、ぬけだせない自分だったということにきがついていく。

まあ、あやしいシーンもひとつの愛情の表現として

かいているため、こちらには、アップできずにいるが、

基本、ポイントをせまくしぼっているが、

白蛇抄の理念

「思いを救わねば、本当の救いにならない」というところは、

同じ毛色である。

底で・・に寄せて


ミステイク

一つ、設定ができあがっていた。
モチーフは同じだけど・・・
入院 するのは主人公・・・もしくは彼女の方で・・・。
ソレも軽症のケガ・・。

ベッド の上で抜き差しならぬ関係になって・・・。
男が繰り返す言葉。
「いいから・・・いっちゃえよ」
何度もしつこく繰り返して・・・。
恋人 への罪悪感から
彼女をときはなつ・・・。

そして・・・。

その後・・・。

恋人がそこに現れる。

ふたりは・・・
行為のあと・・・。
身づくろいを整え・・ていたけど、
甘い余韻を思い返し
口付けなど・・かわしていた・・・。

そこへ恋人の登場。

「それ、どういうことだよ」

恋人は彼女をなじり・・・
説明しようとする男の言葉を遮る。

「お前にきいてるんじゃない」

彼女の口からの説明を求める恋人。

男は彼女にいう。

「いいから・・・いっちゃえよ」

それは、サッキ彼女に何度も繰り返した吐息。

違う意味の同じ言葉であるのに、
彼女の意識は
サッキの感覚につつまれ・・・

異様な羞恥のさまを露呈する彼女が物語る事実に・・・・。

恋人はなにもかもをさっする。

男は彼女が今
どちらを選ぶか、突きつけられているとわかる。

どちらをえらぶか・・・。

まよう、彼女の心をもう一度ゆする。

「いいから・・・いっちゃえよ」
**************

てな、設定だったんすけど・・・。

本編と設定が違う部分があって
チャレンジにならないジャン?

恋人のケガ・・・意識不明という異常状態で
彼女が
他の男にだかれてしまう・・・。

この精神構造?
心理構造をほりだすのが、
チャレンジ部分かなと思って・・・。

再度、焼き直しです。


*で、出来上がったのが、テーマ:「底で・・」です*

底で・・のこと

底で・・という作品をFC2でも一度あげていたが、どうも、シーンがあるために、検索にかかりやすく、アホログ検索がやってくる。
この作品の背景は、複雑なものがある。

そこのところを知らずして、ログで検索して読んでもなあ。と、いう思いがする。

この作品を書くきっかけになったのは、ネッ友の作品による。
表現的には、18Rの範疇にはいるだろう。
その作品を別の人がいわゆる、二次創作をした。

二人の作品をみながら、憂生も三次作品?をかいてみようと想った。

最初に思いついたのは、言葉の意味合いの違いに着目したものだった。

恋人が事故で入院した彼女をめぐる別の男の攻防というところであるが、最初の設定は
ベッドシーンのそのままの科白を繰り返すというパターンで
恋人が二人の仲に疑念をいだき、詰問する。

別の男は彼女に
「いいから、言っちゃえよ」
ーいいから、逝っちゃえよー
と、シーンの最中の言葉をなげかける。

歴然と二人の時間を深層心理の中にうかびあがらせ、
かつ、恋人との決別をせまる。
と、いう一言で外と内に働きかける科白は、
設定としては、(憂生としては)秀逸な構図であった。

だが、ふと・・・。

憂生自身、恋人がいながら、ふらつくという生き方が嫌いな人間であり、大元である、いわゆる(結果をどうするかの違いでありながら)浮気という事象を肯定できる自分がいない。

で、あるのに、そのままの設定でかけば、自分が曲がる気分になる。

そして、なによりも大きな設定ミスといえる心理に疑問をかんじてもいた。

ー恋人が大変な時に、他の男とーと、いう女心が、憂生にとってはありえないわけだ。

そんな女心なるものを憂生なりに肯定?納得できる理由ができたら、
書くことにして、当初の設定を没にして、しばらく時をまった。

そして、書き上げたのが、底で・・であるが、ある種異様な作品にしあがったといってよい。

18Rの表現をもつものの、その内容に、問うことがあった。

実際、何人かの人が、自分の人生を考え直していたようである。

ー半身不随(もしくは、近い状態)の人との結婚ーに迷う人が、この作品を読んでいた。

憂生の日記の中にも、車椅子のある人の話がある。
この場合も車椅子の人が男性であるが、女性側の献身?により、
子供にもめぐまれているし、本人の心にも「愛が灯った」と想う。

もちろん、ブロー・ザ・ウィンド、さながら、
「想わぬ作品の余波」なのであるが、この作品により、自分の思いを見定めて行った人もいる。

だが、一方で、あほログ検索で18R表現を漁るかばちもいる。

FC2で挙げた時は真摯な意見・感想をいただいたが・・。

その感想でも、およびつかない「うしろ側」があった。


おそらく、憂生の迷いとおなじように、
ー恋人が大変な時に他の男と?-という設定、行動に納得できない。
主人公の深層心理はあかされていくので、理解できるものの、ふにおちない。と、言うものがあったのだと思う。

実際、憂生も此処の部分で、
どんな理由があるにせよ・・という思いはもっていた。
もっていながら、その設定をおしとおしたのは、三次創作、原本があるせいではなかった。


最初にその設定をもちだした原作者は、実際、恋人を事故で亡くしている。

理解や納得や設定ミスや疑問などということを、うけつけない「アル種の事実」があったわけだ。


その原作者としりあったのも、ブロー・ザ・ウィンドやその近辺の日記からだった。

今でも、覚えている。

ー憂生、おまえも死んだ人間としゃべれるのか?-

残念ながら、いろいろ不思議な事象の多い憂生であるが、死んだ人間と喋れない。死んだ人間の想いをキャッチしたことはある(彼の魂が・・を参照)が、本人は死んだとおもっていなかったようであるが・・・。


で、問題は喋る・喋らないではない。

おまえ「も」の「も」である。

このことから、原作者が事故で恋人を亡くした経緯があることをしった。

原作者は、当初不思議な行動をとった。

憂生の一日の食事を伝えよ。

と、いうものだった。

朝はコーヒー1杯~2杯で仕事にでかけていたから、
昼と夜の食事をつたえるだけだったが、奇妙だと想った。

だが、いろいろと、不思議?なことを体験している憂生は、
そういう事を「奇妙」ととってはいけないことをよくわかっていた。

自分自身も奇妙な行動をとってしまったこともあるが、これを、言うがままにしてくれた父親の姿で、「我、親父になにさせとんじゃ?」と、きがついたこともあり、そうでなくても、うけいれられることで、一種、憑き物?がおちるということもあり、その行動は2週間くらい続いたが、突然?消滅してしまった。原作者の興味がうせたのか?あきたのか?よくはわからないが・・。


そして、亡くなった恋人のことについては、
「おまえが、人として、幸せにいきていくことを望んでると想うよ」
と、つげたのだが、
この時にも、ひっかかることがあった。
憂生にその言葉をつげられて、墓に向かった彼女は
恋人から
「もう、おまえはここにきちゃいけない。自分の人生を生きろ」
と、つげられたというのである。


此処で、憂生はかすかに想った。

死んだ人間としゃべっているのでなく、彼女の中につくりだした「彼」でしかないのではないか?
と。

自分だけが生き残ってしまった痛みのようなものから、
彼女は自分をときはなつことができず、
「彼」という幽霊をつくりあげていたのかもしれない。

「自分の人生」を歩む罪悪感?のようなものを、彼を忘れてしまう罪悪感のようなものを説き伏せる事が出来ずにいたとき、ブロー・ザ・ウィンドを読み、憂生に奇妙な行動をとってみせ、それが、うけいれられたとき、彼女は憂生をしんじたのではないだろうか?

だから、憂生の言葉がそのまま、彼の言葉にすりかわっていったのかもしれない。

そうこうするうちに、
新しい人生をあゆみだそうと彼女はしていた。

ところが、まだまだ、ぬけきっていない状態だったのだろう。
新しい恋人に「気持ちが悪い」という罵詈雑言で、こっぴどくふられてしまったようで、彼女の変調がそこからはじまりだした。

憂生に対峙するときのように、亡くなった恋人とはなす?ことや、
へたをすると、憂生にたいしてのような、毎日に食事を教えろなどという奇妙な行動を新しい恋人にしめしたのかもしれない。

通常、普通に考えたら、
パラノイアじみたストーカー行為?奇妙なフェチとして映るだろう。

で、なければ、「気持ち悪い」という言葉はでてこないだろう。

しばらくの落ち込みのあと頃だったか、憂生は彼女に
「小説を書くこと」を薦めた。

客観視がなりたたなければかけないということもあるし、自分の迷いの答えをかきこむということも往々にしてある。

ぽつぽつ、彼女が日記に詩などかきはじめてるころに、またも、奇妙なことにきがついた。

ー憂生そっくりだー
ー憂生さんの別のネームですか?-

語調もにてきたし、ところどころの科白もおなじだった。

ー憂生には「さん」はいらないー
ー性別不明でやってるのは、ややこしい恋愛感情にまきこまれたくないからだ。ネットで恋愛する気はないー
などなど、パクリともみえる状態が続き
彼女はいつのまにか、
「男」にかわっていた。

その頃に、すでに彼女は発症していたのだと想う。

そして、彼女はその頃に原本にあたる話や
事故にかかわる話をかきはじめるようになっていった。

一方、憂生さんそっくり、が、逆に
彼女の沽券にかかわったのか?

あるいは、彼女独自にうちたてた「男性名詞」が
存在をおおきくしたのだろう。

ひさしぶりに彼女のブログを覗いておどろいた。

「兄貴、元気?」
兄貴とは、彼女のことである。

病がちで、傷あとをひきずるナイーブな若い男。

その『彼』を賛辞する訪問者。


ハムレットの如き苦悩する姿に心を痛める訪問者。

ーそれで、彼女の心が癒えるなら・・黙っているべきかもしれないー

とも想った。

だが、憂生には、彼女が「男」を演じる姿が
死んだ恋人を追従しているようにみえた。


やはり、自分だけが生き残ってしまったという悔いに押しつぶされている。
彼が生きていたら、こうじゃないか?という姿を演じることで
ともにいきようとしてしまっているんじゃないか?


それは、危険だと思えた。


まして、本当に苦悩する「彼女」である彼女は新しい恋人(別れたわけだが)こっぴどく、否定されている。

一方で、「男」である彼女は、まわりから、ちやほやされ、したわれ、かわいがられている。

おまけに「悔い」も解消するかもしれない。

このままでは、
彼女は「彼女」を否定し、「男」に人格をのっとられかねない。


憂生はふたつの行動にでた。

ちやほや組のリーダーに事実をうちあけ、これ以上、もちあげて「男」から、かえられなくなるようにしてくれるな。
と。

その憂生の言葉に、リーダー格の彼女は
「あの男の子はいいこだよ。息子みたいに想ってるんだ。女の子のわけないじゃないか。写真もみたんだよ」

かくのごとく、信じ込んだ人間に賛辞されれば、ますます、彼女は「男」の自分に居心地をよくして、「彼女である自分」を否定していくことだろう。


外側からの問題は何とかなるとしても、問題は「彼女」のほうだった。

その頃に、一つのテーマを提示した。

「男目線でかくことは充分にできているから、作家として女目線にも挑戦してみてはどうか」

埋ずめかくそうとしている「女」を意識していくことで、「彼女」を取り戻すきっかけになればよいと思ったが、
具体的な憂生の不安ははなさずにいた。

しばらくして、彼女は
「女の目線・気持ちでかけない。女を主人公にして、気持ちをかくことができない」

と、訴えてきていた。

もう、「自分をとりもどせなくなってしまったのかもしれない」
と、一抹の不安を感じた。
こんなことなら、墓で死んだ彼氏と喋ってるほうがよかったかもしれない。
すくなくとも、死んだ彼氏は、彼女の外側にいると意識されていたのだから・・・。

こんな後悔ににた念。
憂生の奇妙に人をうけいれてしまう部分。
あの時、もっと、彼女に憂生はかまわないが、
他の人間からは気味悪がられるかもしれないという事を
しっかり、伝えておけばよかったのかもしれない。
そうすれば、あんなにこっぴどく罵詈雑言をかけられ、
自分を否定するようにならなかったかもしれない。


そして、発作をおこすようになり、
彼女は「境界認識異常」になっていった。

わざと、男のふりをしているのでなく、やってしまう。
病状が進めば自分がだれかわからなくなってしまう・・・・。


彼女はある時から、姿をあらわさなくなった。

憂生に作品の保管を頼んでから・・・。


もう、それから、何年もたつけど・・。

いまだに、底で・・・の原本である作品を想う。


彼女の事実だったのか、彼女の希求だったのか。
死んだ彼氏以外の人の思いをうけとめてはいけないという枷がかかせたものだったのか・・。

憂生は心理学をやってるわけでもなんでもないので、実際のところはおよびつかないけれど、

それでも、時々、底で・・の設定がまた、彼女を苦しめたのかもしれないとも想う。

「自分の欲をあきらめる」
「思いひとつで、恋人をえらぶ」

底で・・の底から、こんな信念をかんじとっていたかもしれない。

この物語がまた、彼女をおいつめたのかもしれない。

底で・・をあげてきました。

以前にもと、いうより、一時期、ここに手持ちの作品すべてをあげた時期があるのですが。
そのときとは、すこし、違う感慨があります。
アダルト小説を手がけ始めていた時期でもあり、性表現への拘り?てれ?は
随分なくなっており、新之助の当初の頃は「しこしこしこ・・」(あははは)
なんて、表現にさえ素にもどってしまいました。
もっとも、たいていの作品になんらかの性表現があるのですが、物語の中のモチーフとして、必須のものであるという意味合いでは、アダルト感覚で表現していなかったわけです。
アダルト感覚として、表現するというのは、新之助の「しこしこ」が、初めてだったと思います。

そして、逆に真摯なテーマを掲げながら、性表現を入れるときに、生々しさを加味しなければならないという、真摯さと矛盾する、場合によっては真摯さを打ち消しかねない、そんな性表現をどうすればいいかと自分の筆力のなさにもがきながら、書いたのが「空に架かる橋」でした。
この作品の性表現をして、「涙がこぼれてくる」とのコメントをいただき、
性表現がありながら、真摯さを追従することができるとすこし、自信がもてるようになったのですが、

今度はこの作品でした。

内容的にはむつかしいテーマでした(憂生にとってですが)

そして、この作品は今までと違い、
真摯さや必須さに性表現を埋没、融合させることが出来なかったのです。

真摯さと矛盾する性表現を簡単なものにおきかえてしまったら、
洋人の心理や言葉に納得できなくなる。

あんなにあえいだのに・・という洋人の言葉さえ、
どこがじゃあ。に、なるだろうし、
俺セックスには自信があった。
と、いう部分も「事実」として、納得できないということにもなるし、
最後のふっきる作業であるからこそ、燃え尽きる倖を表現しなきゃいけないし、(で、先細りの表現にしましたが)
かといって、性表現ばかりが強調されては、テーマが食いつぶされるし

アダルト世界と人文世界が両立する。とけこまず、対峙するかのように反目しあいながら、同等の重みをもつ。

こういうパターンは憂生にとって、はじめてであり、正直、アダルト部分のほうが、濃い印象をあたえてしまったと思います。
この濃さをひっくりかえす倖の生き様。その倖に「指標」をえた洋人として、
物語をおえましたが、
うまく、ひっくりかえっているか、心地よく、目から鱗的心地よさでひっくりかえせているかどうかの自信はありません。

底で・・を自分でもよみかえしていて、
ふと、想うのはいきてりゃこそだなあってな感慨でして・・。

あいなかを説明しないとわかりませんな。


読み直して想ったことは

「抱きしめてくれるか、好きだとほほをそめてつたえてくれるか」
と、いうブロー・ザ・ウィンドのアランの科白でした。

ブローのヒロインの相手はもう、死んでしまっていたわけですから、
底での中の似た科白
「抱きしめてくれるか?セックスしてくれるか?」(だったかな?)
を、同じ線に並べられる内容ではないかもしれないけど、
似たものを感じたわけです。

ブローのヒロインと底で・・のヒロインが選んだ結末は
相手の生き死によって、随分、違って見えますが、
底で・・のヒロインは恋人が死んだとて、洋人を選ばなかったのではないかとも思えます。

こうなると、恋人とともに生きていくのは、やはりいきてりゃあこそ。と
想うわけです。

憂生の友人の何人かに恋人を亡くした人が居ます。

多くのひとが精神的障害(自傷癖とか・・)をかかえています。

このことを想うと、ふと、高橋留美子のメゾン一刻を思い出します。
響子さんは夫をなくし、子供もない未亡人だったわけですが・・。

漫画ですから、いっしょくたにするなとしかられそうですが、パートナーを失っても明るくいきています。
この違いはなんなのだろうと想うわけです。

結婚したか、しないかの違いに見えます。

もうひとりの友人も新婚20日で新妻を事故でなくしていましたが、

何年か後に再婚しました。

この違いはなんなのだろうと想うのです。

ひょっとして、結婚してなくなっていたら、残されたものは明るく(御幣がありますが)いきられるのでしょうか?

人生の節目とも言う結婚というゴール(即ちスタート地点ですが)にたどり着くことができたということは、逆を言えば、いずれ、「死が二人を分かつ」時にむけて歩みだすということでもあるでしょう。

この深層にある覚悟までいきつけるのが、結婚という事なのかもしれません。

新しい人生にふみだすことが、できないのは、
恋人の死が無念すぎるからだけ?

まるで、ミキサージュースのようだと思います。
なにもかもミックスした後に半分うしなっても、片一方はやっぱりミキサージュースで居られる。
恋人という段階は素材を入れたミキサーカップで、そこから、混ざり合うべき素材をとりあげられ、残された側はミキサーカップからでることができない。

素材がたりないけど、
選んだ素材はもう二度と手に入らない。
ミキサーのスイッチをいれるための結婚という釦もおせない。

悲しみを感じないように心を麻痺させて、狂っていった彼女。

感情を統制できなくなると、自分を傷つけ時に死のうとする彼。

頼むから、
お前たちの恋人がお前たちをひっぱっていってるんだと思わさせないでくれ。

底で・・に寄せて

  • 投稿者:嶺上開花 【作者】
  • 投稿日時:2009-10-30 20:52:28
  • 五度読み!必殺、五度読み!

    …素晴しい。おいしく頂きました。おかわり~。

    憂生は私んとこ遊びにきてくれたとき、『あの状況でHありえん』って
    言ってたでしょ?たしかにそれはそうだけど…私は女の気持ちは
    解るな~。この話で、ものすごい納得させられたし。

    ワカランのは”男のキモチ”だ(笑)…コラ~っ!

    そこがこの話の深い所だと思ったんだけど、もしかして私と同じ理由で
    倖は彼を『見限った』カタチになるのか、それともそのままの読みどおり
    で倖の中には初めから『なかった』のか…そこらへんが妄想所よ!

    倖は彼を『愛してた』んだから、前者ももしや有り得る?って考えたん
    だけど…あ、答え教えないでね★六度読みして考えるから~。
  • 投稿者:憂生
  • 投稿日時:2009-10-30 21:54:57
  • あ、・・・ん・・。

    これ、元があったから、
    この設定くずせなかったん。

    名前もそのままだったと思う。

    漢字に変えたけど、「サチ」
    ひろとを洋人

    で、たまたま、サチを幸とかえようとして、
    「倖」の字をあてはめて、
    あの理屈をいれて・・・。

    得意/自分で言うな・・。の
    小物、名前で象徴・・・。

    まさか・・の5度読み・・。

    光栄ですにゃ。

    元の輝のもの・・のせてみようか?
    YUUのものも

    あ、アドレスにすればよいか?

    で、当初はこういう矛盾?納得できない部分を自分でも
    気が付かず、考えたのが、

    事故を軽いものにして・・・。

    恋人じゃないほうの事故にかえて・・。
    お見舞いにいったサチと病院でH・・。

    そこにサチの恋人が来て、二人になんかあったのを、
    気が付く。

    で、サチに対してヒロトがいうんだけど・・。
    祐樹に・・ヒロトを選ぶって、はっきり、言えって。
    「サチ、言っちゃえ」

    って、このせりふに意味をかぶせる。

    二人のシーンの台詞がそれなわけ。
    その最中にサチがいわれた言葉。
    「サチ・・・いっちゃえ・・ほら」
    って、ヒロトが何度も囁いてるって、シーンを先に書いて置く。

    そして、祐樹の登場。
    「サチ・・言っちゃえ」

    「サチ・・いっちゃえ」
    に、重なる部分で・・・。


    と、いう設定もかんがえたんだけど、
    元々の設定の「恋人が事故」じゃなくなるので、没にした。
  • 投稿者:憂生
  • 投稿日時:2009-11-01 17:20:16
  • 作者本人の見解?みたいなものを書くのも余分だと思いつつ、
    リンシャンの
    「倖は彼を『見限った』カタチになるのか、それともそのままの読みどおり
    で倖の中には初めから『なかった』のか…そこらへんが妄想所よ!」
    への回答?は手控えているんだけど。
    それより、以前に、憂生 はこういう視点に気がついてなかったから、
    自分でも、考えてるんですよ。

    で、その回答はおいといて・・。

    倖の凄さっていうのかな。
    結局、二人の男を「活かす」存在になってるということ。
    恋人に対しては勿論だけど
    洋人の女性への「価値観」みたいなものを変えてしまう。
    と、言う面で・・・。

    こう考えると洋人は「価値観を貰った/高めた」
    と、いうことで、別の形で倖を盗んだのかもしれない。
    洋人から言えば「底」に「倖」をすまわせていくという部分では
    倖をなくしたわけではないのかも。

    などと、考えながらリンシャンの言う部分を憂生 も考え直している。

    こら。

    そんな、難しいところに着目するんでねええええ。

    ↑答えがでそうもないの、ばれてる?

自画自賛~~~~~るん♪

ひさしぶりに、底で・・を、読み直してみた。

いまひとつ、設定が甘いんだけど、相変わらず、読み進めさせる筆力はある。

内容にひきこまれて、設定の甘さや矛盾点がどっかに跳んでいってしまう。

倖の名前の由来をかたるくだりで、なにかしら、単純な男と女の話ではなさそうだと匂わせることも、憂生の得意の方法かもしれない。

ところが、二人の性描写にかわってしまい、なにかあるぞという「シャドウ」部分がいっぺんに消し飛んでしまう。

そして、倖の本心がかたられていく場面に成ってくると、逆にあれだけの描写をしたせいで、洋人の心理に肉薄した感情移入がだるまおとしのように、すこんと見事に空白をうみだし、すとんと倖の現実がおちて、元通りのだるまおとしが、出来上がる。

よくみれば、確かに一段、抜けている。

打ち抜かされたピースは、どこにいったか?

それは、題名に答えがある。

底に封印されたんだ。

そして、おもしろいのは、倖にもだるまおとしで、ピースがぬけたように、

洋人もまた、人生、恋愛というだるまおとしのピースがぽんとうちぬかれ、

洋人もまた、底に・・倖を封印することに成る。

底に封印することにより、お互いが本物の人生軸を掴み取ることになる。

なんか・・・。

この物語の重要テキストは「底」というログだと思える。

裏側・・

他の人の作品を2つあげた。

同じ設定でありながら、結末が違う。

憂生が(こうなったら、3次創作になるが、)書いたものは、輝がかいたほうの、結末に近い。

ひとつ、考えたのはここまで、重大な事故でなく、浮気相手?のほうが事故って、そのベッドで、・・。

で、恋人が二人を目撃して、「どっちをとるんだ」って、ことになり・・。

「いいから、いっちゃえよ」と、いう交渉中の言葉で、女の子の決断を促すという・・・

半分、おとし話的な構想を練った。

だが、設定が違うものになる。

そして、時々いうが、恋人や伴侶がいながら、ふらふらする人間が嫌いという憂生が在る。

つまり、設定段階から、憂生には、書けないモチーフだった。

だから、逆をいえば、憂生が書いてるアダルトの主人公はなんらかの形で(恋人がいない)状況である。

その主人公にまで、恋人や伴侶がいながら、ふらふらする人間は嫌いだというポリシーはあてはめられない。

なぜなら、それでは、孤独死しかねない。主人公不在の物語なんて、ありえない。

話を元にもどして・・・。

で、困った。

それが、限度かとひきさがるのも癪に障る。

そして、ふたりの物語をもう一度、読み直した。

妙な設定の落とし穴を見つけた。

恋人が事故をおこし大変なときに、他の男とHするか?

Hする気になるか?

残念ながら、なんともいえない。

書いてる当の本人が恋人の事故に遭遇している。

こころもとない思いがそういう癒しを望ませるのかもしれない。

あるいは、そういうものに、似た思いをもったことがあるのかもしれない。

だが、そこに着目したことで、

逆に、そんな時にHする気?になる設定を考えることになった。

それが、「底で・・」を書き上げさせた。

この「底で・・」という題名は書き出した当初からのタイトルだった。

自分でも、何故、こういうタイトルにするのか、わからないまま、

「底で・・」と、した。

書き上げて、自画自賛した。

内容じゃなくて、そのタイトルを。

いや、もっと、いえば、作家?の嗅覚を。

これを「心の底で」としなかったのもわかる。

性という深い穴の底で・・こういう思いがある。

底打ちというように、最後のという意味合いもある。

自分の心の底での倖への思いをかなえた「底で」の出来事

などなど、かなり、いろんな意味が含まれる。

そして、出来上がった作品は永沢祐稀名義にしようかとも思った。

だが、やはり、倖の思いが秀逸?だったから、

過去、小枝(小夜ではない)でも、性表現をおこなってるわけで、

って・・他でもいっぱいありますが・・。

それをかんがえてみても、

「底で・・」の性表現は必要性に裏打ちされてると思った。

読んでくださったと仮定して話すが、

もし、あの性表現がなかったら、

「壮絶な倖の決心」に重みがついてこない。

「私、セックス好きよ。それは洋人もよくわかってるじゃない」

の、言葉も重みにおもしを付け加える一言であるが、

「それ」がみえてこない。

そして、そのシーンについても、1度目はそれなりに詳しく?洋人側からの視線で

2度目は倖じたいをクローズアップさせて、能動的な倖を表現し

3度めは・・二人を。あっさり、言葉少なく、だんだん、表現を少なくしていった。

これが、官能小説だと、2度目3度目・・めがどんどんエスカレートした表現にならないと、

「つまらない」ものになる。

だが、「底で・・」は官能小説じゃないし、表現をすぼめていくことで、

倖の決断を納得させられる「グランド」が出来る。

ああまで、やっといて?

よく、そんなことがいえるな。

と、読み手が疑問?をもってしまう。

二人の関係が終息することを、におわすためにも、先細った表現にする。

憂生のなかでは、こういう計算式があった。

もちろん、それを考えて、書いていくんじゃない。

書きながら、瞬時に、おぼろげにつかむ。

文章の稚拙さはともかく、

憂生の中の物書き魂?根性が如実に反映されてる作品なので、(と、思ってる)

短編集に憂生の作品として、収納した。

底で・・・のこと・・・

底で・・・。

と、いう作品のなかには、多少の性描写がある。

アクセス解析をみると、その作品への訪問があった。

多少、疑りっぽくなってしまっているので/笑

また、その性表現で検索してきたか!!と、確かめ半分で

アクセスロゴを覗いてきた。

半身不随・セックス

それが、ロゴだった。

過去半身不随においての性というのかな?

ある人へのこちら側の心模様を日記に書いたことがあるから、

考えてみれば、こういうことについて、話すのははじめてじゃないわけだ。

底でも以前の日記もそうだけど、

半身不随というのは、男性側のシチュエーションになる。

この時、女性側はどういう思いをもつか。

検索されたロゴがヒットしたページには、多く、現実に半身不随になる(かもしれない?)

男性との、この先の生活について、考える内容のものがあった。

憂生は改めて、自分の作品

「底で・・・」を考えている。

倖という女性の生き様を(洋人をとおしてだけど)読んでもらって

願わくば、倖のように、

一人の男性を「価値」にした、いき方というものも、

検討しなおしていただけたら、と、そう思った。

もちろん、結果をどうこう、言うんじゃない。

検討しなおした結果で、あるのなら、どっちを

えらんでもよいと思う。

問題はこういう生き様もあるんだって、知った上で、生き方をえらばなかったら、

あとで、悔やむだろう。

こんな風に考えればよかったのにとか・・・。

なんで、こんな風な考え方に気がつけなかったんだろう。とか。

逆も言えるよね。

同情に引きずられてしまった。本当にこの人じゃなきゃって、

覚悟を確かめなかった結果、お互いが苦しんでしまうことになったとか・・・。

一種、ふるい、として、よんでもらえたのだろうかと、

すこし、なにかの役にたてたかなって、ほっとしている。

チサトの恋に寄せて・・

今頃に、なんですが・・・

チサトの恋のことを・・・

これは、SO2という

ゲームストーリーの二次創作の中に登場するキャラクターなのです。

ただ、もともとのキャラクターに忠実であったのか、

いささか、野次馬根性に染まったかんじでかかれていて、

憂生の手直し(書き起こしの手直し作品であるため、)においても

その章では、矯正wwwすることも、裏感情もかかず

その作品では、いやみたらしい言い方をのこして

それ以後、登場させていなかったのです。

が・・・・。

未筆ですが、このときのいやみたらしい台詞の裏を解き明かす物語をもっていまして、

それによるとwww

そうですね・・・

タイプとしては、「いつか見た夢・・デジャブ」にでてくる貴子女史とよく似たタイプで

よく似た台詞を恋人たちにいいました。

ーあんたたち、すでに、であったそのときから危険信号がでてたのよ

そこに気がついたとき、どう乗り切るか・・

今はその覚悟を本物にするか

乗り切れずにおわるかー

なんて具合に、貴子女史のように、いろいろみぬいて

二人をきにかけているがゆえに

わざと、いやみな台詞をいったわけです。

本編、だしてきてないのに、

わけわからないということになりますが・・・

いわゆる、BL物なので、保管してあります。ので、

興味のある方はKEEP ・YOU ーレオンにーで・・・。

で、話戻して、

貴子女史の場合は、自分の彼氏?をもつ場合

ぴっちし、自分のポリシーを崩さないと思えるので

なにも気にならなかったのですが

チサトにおいては、どこか鋭いくせにどこか抜けている

のが、見え隠れして

結局、キャラクター設定ではミーハーなタイプに分類されるところがあったわけです。

もともと、書き起こしを手直ししているときから

はい、好きです。はい、結ばれました。という

あまっちょろい設定に疑問をもっていたので、

主人公の迷いや倫理観やら?

本人も苦しんだり迷ったり、そして、この結論を選んだというのがないものは

他の人の書いた物語と置き換えても問題ない

つまり、憂生がわざわざ、書かなくても

他にもいっぱいあるでしょ?

と、いうことになるわけです。

そこで、迷いや苦悩をおりこんでいったわけです。

その物語にでてくるチサトが、またまた、ミーハーなタイプでは

物語自体がうすっぺらくなってしまうし

かといって、書き起こしの手直しのため

必要以上にチサトにかかわることが出来ずにいたわけです。

そして、自分の消化不良をなおすため

一本かきあげていたのですが・・破棄してしまい・・・。


あらためて、チサトだけにスポットをあてて


二次創作とは違う、トリガーとしてカメラマンのチサトと
どこか鋭いくせにどこか抜けていると感じた部分をもらってかいていったわけです。

やはり、

自分の想定したチサトは、

こりゃあ、しっかり思ってくれる男とくっつけてやらなきゃいけないと

思わされるのですが

カメラに情熱を燃やしているチサトが心を傾ける相手と

チサトを理解する相手となると、

これは、同種族wwwしかいない。

そして、どちらかというと、鈍い、あるいはうぬぼれないあるいは自信がない

そんなチサトに近寄ることが出来る男性というのが

簡単ではないと気がつくと

ずうずうしく部屋に上がりこんでしまえる男というのを

途中から登場させるより、

しょっぱなから、「想定内」にしてしまうということでのりきって、

そして、この鈍ちんのチサトの心をつかみとってしまうエピソードも

カメラマンらしくと考えた結果でした。

ぬながわひめによせて・・

まず、お詫びしなければならないと思う。

それも、2つwww

1つはさる人がいった言葉だ。

「え?アマテラスって、そんなにいやな奴だったの?」

お~~~~い。

あくまでも、つくり話である。

が・・・。

イメージを壊されたと思う人やら、

神さまとしての天照大神と混同する人もいるだろう。

そこのところは、いたしかたがないと思う。

過去、そんな大御所と一緒にしちゃいけないが、

吉川英二・・字が違うきがする・・

の宮元武蔵の中の佐々木小次郎と

えーーと、池波正太郎だったかな?

佐々木小次郎のほうにスポットをあてた作品と

キャラクターが違うと喧々轟々になったとかいうのをきいたことがある。

まあ、そういうふうに、固定観念をもってしまうというのは、

他でもあるらしく、

二次創作なぞやってると、

「一度カップリングが成立したら、他にはしってはだめ!!」

「浮気はだめ」

だ、そうで・・・このカップリング成立の掟をやぶるとかみそりの刃がおくられてくるなど

大変なことになると、被害者?掟破り者からきかされたことがあった。

が、どういうわけか、たんに熱狂的なフアンがいなかっただけだろうが

と、いうか、それだけも、読まれてなかったwwwせいだろう。

そういうものを戴いたことはない。

次に、謝ることは「にぎはやひ」という存在である。

文中にも軽くふれているが、国ゆずりの時ににぎはやひが美穂に駆けつけている。

と、いう資料を目にしている。

ここを、基本設定にしているため、

天孫降臨のときのにぎはやひと、考えると

何をむちゃくちゃ書いてるんだとおもわせてしまったかもしれない。

あと、ラストも迷った。

ぬながわ姫に対する英雄視といっちゃあ、御幣があるんだけど

「そんな思いをもってたのか」と、英雄像?のイメージがくずれたかもしれない。

憂生の勝手な心配でしかないんだけど、・・・。

ああ、まだあるな。

美穂にぬながわひめがすんでいたという話も嘘だという話やら

無理やり寝てるとこをつれていかれたという話やら

これまた、諸説紛々のようで、そこらへんの話も自ら進んでいったように書いているところで

もうしわけない気分もなきにしもあらず。

 

自分でも、なにをつきつめたいのか判らないまま

ああいう設定でつきすすんで

で、でたとこまかせというか

では、この場面ではどうおもうか、どう主人公はうごくかと

おいかけて、メモしているというか、実況中継?みたいな感じになってしまう。

いろいろ、異論ありだとおもうんだけど、

もうしわけない。

ほんと、最初の一言も

「え~~アマテラスって・・」というのも、

ああイメージ壊しちゃうんだっていうか、

本気で信じてしまう人もいるんだという事は気をつけないといけない部分だと思ったのです。

 

次、白蛇抄ー銀狼ーのかきかけを仕上げたいと思っています。

洞の祠  に寄せて

洞の祠・・が白蛇抄の起こりであり

蟷螂・悪童丸からかぞえれば

1000年昔の話となる。

 

このときの白峰大神のかけた願。

七日七夜・・七重八重くりかえし

九重ののち、きのえの魂を己のものにする。

と、いう

願である。

すさまじくきのえにほれ込んだものであるがwww

この願が成就するための存在9代めのきのえが

白河澄明ということになる。

双神のあらそいをさけるため、

きのえの親、勝元はきのえの魂をふたつにわけ

一方を黒龍、一方を白峰大神にわたすことで

この先の争いをしずめていた。

1000年あとまで、

2代、3代とうまれかわるきのえの二つの魂は

それぞれの神の差配におかれていく。

そして、9代の時

ひのえとかのとという双生にうまれおち

ひのえ(白河澄明)は

白峰大神の因縁をとおりながら、

因縁を通り越すという法できりぬけていく。

1000年前の起承転結の「起」が洞の祠(16話)であり

1000年後の起承転結の「結」が白峰大神(3話)ということになってくる。

また、余計事ではあるが

因縁通り越すという考え方については、「悪童丸」にてしき渡らせているつもりである。

一通り、白蛇抄が終わったところで、

邪宗の双神の中の雷神がきにかかり、

現在、第17話 -銀狼ーに着手している。

理周によせて・・・

白蛇抄第12話  ―理周 ―  は、深淵を覗き込むような気分がします。

この物語を読んでくださった方から、メールをいただいたことがあるのですが・・・

彼女の事情は・・・簡単にいってしまえば

親子2代にわたって、離婚という状態になっていました。

その彼女は

結婚相手に望んでいたことを話してくれました。

ー父親のような思いでー

自分を愛してほしい。と、いう

過去に対しても、この先現れるかもしれない再婚相手に対しても

そんな思いをもっている。

と・・・。

当の彼女は幼いころに両親が離婚していて

娘を想う、父親の思いに接することがほとんど無かったのだと思います。

憂生の知人の男性も、父親と死に別れていました。

彼はそんな自分のことを「かたわ」だといいました。

護ってくれる存在がいなくて、どうしても、強くならなければいけなかった。

どういう風につよくならなければいけなかったかというと

極端な言い方かもしれないけれど

「攻撃にまさる防御は無い」と、いう事だと思います。

へたに言い負かされる前に先手をうって、相手を攻撃してぐうの音もでないようにしておく。

と、いうことのようでした。

そして、心のどこかに、孤独をかかえこんだまますごしてきていたのです。

それは、理周の中ででてくる

「理周は父親が母親をどのようにいたわるかをしらない」

と、いう言葉にも置き換えられると思います。

弱さをさらけだしてもかばってくれる、ささえてくれる関係をみていないからこそ

弱さをさらけ出すことをおそれ、

いつも攻撃という名前の防御で自分を包んでいる。

それを「かたわ」だと、自分でいってるのだと思います。

そういう深淵を簡単にかきあらわすことはできないとおもいながらも

いつかどこかでかいたように

「思いを救わねば、本当の救いにはならない」ということもおもわさせられました。

理周の深淵を救いたいと想った憂生は

不知火という男を投入していきます。

そも最初から

「借りをつくったらかえさねばならない」という、「一人」でいきてきた理周をくずしていきます。

「男は欲でしか女をだかない」

うらがえせば、

「理周は欲をすすぐだけの女でしかない」

と、自分を投げ出し、

「愛されたい」という思いからめをそむけてきていたわけです。

その孤独をして不知火は

ー理周は毒だ。ふぐの毒だ-と、たとえます。

その孤独を何とかしてやろうと想うとその毒にやられてしまう。

 

弱さをさらけだしてもかばってくれる、ささえてくれる関係をみていないからこそ

弱さをさらけ出すことをおそれ、

いつも攻撃という名前の防御で自分を包んでいる。

と、違うところは

理周はその攻撃を自分に課したという事だと思います。

「理周は欲をすすぐだけの女でしかない」というのが、

その攻撃ということになります。

その攻撃に対して、不知火は

「自分をなげうつのをやめろ」

と、もいいますし

逆に自分を攻撃して貶めて諦めていることであっても

裏を返せば

それは、逆に「不知火」を馬鹿にして、攻撃していることになります。

「男は欲でしか女をだかない」=不知火もどうせ理周をそう扱う男という反面がでてくるわけです。

そういう理周の深淵のことごとくをうちやぶっていくのが、不知火です。

が・・・。

憂生はある自傷癖のある方から、教えられたことがあります。

「どんな精神病だって、愛してくれる人が抱きしめてくれたら治る」

彼は愛してくれる、愛する人を亡くしていました。だから

「俺は無理やけどな・・」

と、そうつけたしていました。

 

その言葉が頭にありました。

不知火という男が、ただの考え、陰陽師としての解決、方法論?であるのなら

理周の深淵は埋まることはない。

とことん、理周を愛していくことしかない。

そして、最初にかいた女性のこと。

ー父親のような思いでー

自分を愛してほしい。と、いう・・・

そして、不知火はそこもわかっていたのでしょう。

 

理周の心をときほぐすにはは

理周の防御をとりのぞき

理周の本心を理周にみせていくしかなかったのでしょう。

 

それができたのも、

不知火が理周を愛したからこそ。

考えや理屈やそんなものでは

ほどけなかったものを

ほどいていく「人の情」を、かいたつもりの物語です。

本編を読んでいただければ、

通じていくのではないかと思い、

あれやこれや、あとがき?はかきたくないとおもいつつ・・・

書いてしまった・・・

―法祥 回向せしむるかや ―に寄せて・・

この作品を読み直すとき

かなえがうかんでくる。

光来童子と一緒になれぬなら、かなえは死にます。

その言葉とおり、

思いひとつを胸にだいて、天守閣より舞い落ちる。

そして、法祥 回向せしむるかやのラストあたり。

******

―ほほう―
堂のやねにとまったか、ふくろうの声がやけに近い。
「法祥・・ほうほう、ほうと鳴け」
法祥は白峰の声をきいているのであろうか?
白峰は委細を構わずひとりでしゃべりはじめていた。
「しっておるか?ふくろうの鳴く声を・・」
法祥の回向経は止む事はない。
それでも、白峰は喋る。
「ふくろうは夫婦になると決めたら、
たとえ相手が死んでも、そいとげるそうな」
法祥の返事はない。回向経が低くこもるだけである。
「しっておるか?ほほうという一声は、一声ではない」
番になったふくろうの雄は「ほほ」と鳴く。
「ほほ」と鳴いた雄のあとに、
雌は間髪いれず「ほう」とこたえる。
これが人の耳には「ほほう」と一声にきこえるが、
事実は二羽のふくろうの重なりが
余りに間をいれないせいで、一声に聴こえるのである。
「雄がほほと鳴くとすぐさま雌がほうと応える」
―けちみゃくのいっさいをわれにあたうるとなりて、
ここにわれのけちみゃくをつぐとなる―
法祥の回向はつづく。
伊予は法祥の弟子になる。
つまりは、釈迦無二仏の弟子の縁を結ぶのである。
教えを知り、悟りを知り、極楽の在ることをしる。
―執心無縁。仏の心に在ならび、われをしりてや―
法祥の回向を止める気はない。
「夫婦はかくもありたいものであるがの」
ふとためいきがでそうである。
「片割れが先にしんでしまうとな」
ひのえの心は白峰にない。
かたわれをなくしたふくろうは、法祥だけでない。
「雄はもう、鳴かぬのだ」
―相空無縁。一切衆生しるところ、空即是色、色即是空、
これすなわち執心をときはなち―
「かたわれを失った雄はの、二度と鳴かぬ。
精一杯、胸の中でだけ、ほほ、ほほとさけぶという」
法祥の瞳から滂沱の雫がながれおちてゆく。
―虚空無縁。衆生無縁。紫檀居士。
御品(おんぴん)一切、無縁―
額づく法祥を見極めると白峰も深い呼吸をついた。
「わしも同じ、ほほ、ほほ、と鳴かせる想いは胸の中。
されど、どんなにくるしゅうても、
この思い、なくしとうはない」
手を合わせ、白峰に合掌する法祥であった。
「想うだけ。想うだけ。されど。この想いだになくしとうない」
へたりと頭を下げる法祥をしると、
白峰は姿をくらませていった。

*****

想いひとつを胸に、生きおおすも

想いひとつを胸に、死ぬにしろ

失った悲しみにうちのめされて、己を不幸にしているより

死をえらぶか、生を選ぶか形は違えど、

指標・めどうをもつということが、主体的に生きるということになるのだろう。

こういう物語は、わりに多いと想う。

考えてみれば ブロー・ザ・ウィンドウもそうだとおもう。

どちらかというと、

失った悲しみにうちのめされて、己を不幸にしている。と、いう不幸に焦点をあてているが

悲しみ・過去にふりまわされ、自分の主体性をなくしているという点ではにている。

アランは言う。

「生きてたって事を認めてやりたかったら
同じ様に死んだって事も認めなきゃ。
アンタの思ってるテイオってのはアンタが生み出したゾンビなんだよ」

憂生は想う。

そして、レフィスも自分をゾンビにしている。

*******

ないてるレフイスだったけどそれでもアランは言ってみたかった。
「なあ。アンタの人生は死んだ人間を思って
悲壮感に包まれて終っちゃいけないんだ。
其れじゃ、アンタもしんでるって事なんだぜ。
生きてるって事は誰かを幸せにしてやんなきゃなんないって事なんだ。
アンタも誰かを幸せにしてやんなきゃいけないのに、
テイオの事ばっか考えて、生きてる人間所か
テイオを自分も回りも全部不幸にしちまってるんだ」
「まわり?」
かすかに小首を上げてレフイスはアランに問い直した。
「アンタが生きてる事をよろこんでる、皆さ」
「・・・・」
「皆、アンタに幸せな女の子であってほしいんだ」
「・・・・・」
レフイスの瞳の中の哀しい色が少しだけ薄らいだような気がした。

******

ナゼ、このようなテーマを打ち出してくる憂生なのかはわからないが

ひとつだけ想う。

それは、ささいな怒りや腹立ちにとらわれてしまうことも、

己をゾンビ化させているのと、

50歩100歩なのではないかと・・・

―井戸の柊次郎― 壱・弐 に寄せて・・

――井戸の柊次郎― 壱・弐は 法祥 回向せしむるかや ― 白蛇抄第10話 の

いわば、根廻し編といってよいかと思う。

宿業でも、この根回しがある。

陸という「女」を物語中の語り部

裏事情をしる者として、登場させるために

佐奈の目撃した炭焼き小屋での情事でも、

相手の男は「陸」の名を呼ぶ。

この陸が唐突に登場してはいけないので

朋世のてて親をつかい「陸」のことを

さりげなく、知らせている。

「ぐずぐずしていると、陸に男をとられてしまう・・」と。

そこで、佐奈が目撃した情事の相手の読んだ名が陸であることが

印象付けられていく。

そして、お孝の胸のうちなどなどからも、陸の存在が普通に認識されはじめ

男漁りにいそがしいお陸が朋世の情事を目撃する部分にも、違和感がなくなる。

と、いうふうに、

うまい説明にはなってないが、

「根回し」をしておくということで、突然現れるという突拍子もない都合の良い設定をいれこまずにすませられ

物語の流れをスムーズにする。

井戸の柊次郎― 壱・弐  の物語で、根回しをしたのは

「被り」と「存念」というものへの認識といっていいと思う。

法祥 回向せしむるかや ― 白蛇抄第10話では、

その「存念」と「被り」が複雑にからみあっていく。

いや、すでに、伊予という幽霊の存念に差配されている法祥であり、

はるか、昔に滅びたはずの八十(やそ)姫の存念を「被った」ものもあらわれ

あらたに、被せようとする八十姫がうごきだす。

と、いうわけなので、井戸の柊次郎― 壱・弐 は、根回しをしいたといっても良い物語でもある。

宿業によせて・・

この物語を途中から、お読みになった人は、

いくつか、わからないことがあると思います。

まず、この物語をかきはじめたもともとは、

ー邪宗の双神ー   白蛇抄第6話 の中、

白峰大神と八代神の会話にあります。

*****

「しかし、気になる事が一つ、残ってしもうた」
「ん?なんじゃな」
八代神も実を喰らうのをふと止めて尋ね返した。
「鼎を助けた折の事じゃ」
ひのえが我気道に落ちた白銅の妹を救い出した事を言うのである。
「ああ。餓鬼に落ちたを救うた事か?」
「ああ・・・」
「わしも驚いたがの。お前なんでその時にひのえの心に気がつかなんだ?」
「?」
「あれは、白銅にしてやれるひのえの精一杯の尽しであったに」
「あ、ああ。そうであったのか」
鼎を助けたい一心もあったろうが
その底に白銅の悲しみを除けてやりたいという思いがあったのである。
鼎への思いと白胴への思いと二重に重なった心が、
慈母観音をも動かせたのであろう。
渋い顔をしていた慈母観音もひのえを読んだのちに
ふと、顔がほころんだのを白峰が見ている。
「が、無茶をする。お前がおらなんだら慈母も動いたかどうか、判らんに」
と、八代神は言う。
「いや。動いたであろう」
白峰には判る事である。
「で、気になる事というは、やはりひのえかの?」
「うむ。あれはその事で魂に業を受けておろう?」
「ああ、、山童がの」
酷いほどの山童の陵辱をひのえが一身に替わり、引き受けたのである。
「・・・・うむ」
ひのえが鼎の業を浚えたとなれば、その業はひのえの中に滞っている。
「そうか。そうなると、来世に業が出るの」
「何とかならぬか?」
八代神は首を傾げた。
「無理だの。魂に刻まれてしまう業はわしでも退けられぬ」
「やはり・・・そうか」
「ま、ただ」
「なんだ?」
「陵辱の憂き目は変えられぬが、相手を変える事は出来るの」
「相手?」
「それを河童にしても鬼にしても、いずれにせよ、陵辱はまぬがれん」
「物の怪でのうても良いのだろう?」
「それが陵辱ならの・・・が、」
「何だ?」
「人ならば性が馴染む。陵辱の果てに子を宿すやもしれぬ」
「鼎の様に初潮の前でなら?」
「餓鬼に落ちたら誰が救う?」
「う・・・」
付かれた疑問に白峰も言葉を無くしていた。
「まあ、よう考えて見よう。
ひのえの来世が生まれくるにまだまだあるわ。
ひのえもまだ、生きておるに」
「そうじゃの」
白峰が黙り込んでしまうと八代神は立ち上がった。

*****

白峰がひのえを思えば、

来世の業をなんとかしたい。と、おもう。

その思いを掬い取ろうと、思ったのです。

受けた業の清算のためにおなじことをくりかえすのであれば

なんとか、「狂いはて、我気道におちてしまうことだけはさけてやれぬか」

そこで、白峰は佐奈という男を投入していくわけです。

受けた業というのは 第3話 白峰大神で、餓鬼におちた鼎の山童からの陵辱を肩代わりし

鼎を元の人間に戻してやったときに

鼎の業から記憶からすべてをひのえが引き受けるというものです。

同じように、陵辱をうけるとともに

添い遂げるべき人間より先に、他の存在に子供をはらまされるという

白峰からの因縁をもとおりこさせ、

かつ、

仔蛇の思い。・・親を思うという通り越しで、父親に真実をつきつけていく。

子が親を救う行動をおこす。

などなど、

白峰大神の章の因縁?をも、撤踏したうえで

これまた、

邪宗の双神で、八代神が破陀羅にいったように

「辛い因縁とおって、喜ばねば、また因縁をつくる(あるいはくりかえす)」

と、あるのですから、

白峰は

同じことの繰り返しでありながら

朋代がすんなり喜べるような、結果をもたらす

業の変転を図ったわけです。

 

大きなストーリーの中に仕組まれている「因縁・業からの解脱」なのですが、

このあたりにも、

着目して読んでいただけると幸いです。

どうすべえ(ぬながわひめ・・・)

どうも、書くに迷うとぶつぶついうのが、憂生の迷い脱出法らしい。


と、いうか、整理法というべきか。


で、何にどうまよっているか。


アマテラスの死体八つ裂き(九裂きだが)事件。


だが、その前に八つ裂きというのは、

八つに裂くことなのか

八回裂くことなのか?


八つに裂くというのは、ケーキで例えれば

8個のケーキに切り分けることだが

八回ナイフをいれたらケーキは9つになる。



ま、これは、やまたのおろちでもひかかった。


手で考える。


横並びで考えると(ぱーの状態)

指は5本で指のまたは四つになる。

手をすぼめて、親指と小指のあいだもまたと考えると

指は5本でまたも五になる。


やまた(八又)のおろちの首が横並びに見えるとしたら

八又なら頭は九になる。

頭が九・・九頭・・・。

出典がさだかでなくなってるが、やまたのおろちは

越の国からやってくるというのがある。

越の国・・・継体天皇を輩出した福井には

九頭竜川という川がある。


ヤマタノオロチ=九頭竜?



ま、これ、まだどういう関連があるか、いわくがあるか、調べ中。


八つ裂きもまあいいや。

ついひかかってしまった。


で、その八つ裂きってので、

怨念ふさぎの前例がみあたらんわけだ。


帝都大戦で有名になった加藤清正だったっけ?

うろおぼえじゃ・・・。


耳塚とか、死体をばらばらにして怨念封じをやったとか。

逆に第二次世界大戦で「祈り」というか「呪」で

ヒットラーを呪い殺そうとした巫だったか、坊主だったかの集団祈祷。


密教もこういう力を使えるらしいし、(奥義というか、裏なのかもしれん)

思いのエネルギーのすさまじさというのは、お岩さんにしろ

昔から伝えられてるところなんだけど、


たたり?を封じ込めるというか、

もっと、原初的にたたりをおそれてという、前例がみあたらない。


それで、アマテラスの怨念ふさぎというのが、

うまく立件できないという。


加藤清正だしてくるわけにいかんし・・・



またもでたとこ勝負か・・・・。


で、ぶつぶつぶつぶつ・・・


どうのりきろうか・・・・


小枝に寄せて

途中からです。

貧しい生活の日々、祖母と母親はどんな思いで久子を育て 久子はどう育っていったか 自活する決意をしてからどう生きていったか・・・など 感想を読んで 読んでみたいと思った本あったのね。
自らの姿を見世物にしながら 障害者に「自ら生きること」ができると訴え続けた人だそうです。
小枝の結末をいろいろ想像してます。

投稿者:kumina

そうですね。
憂生は河原さんのことを、おもいださされるのです。
河原さんは日本で最初の
車椅子 に乗った図書館司書で15の憂生に書けよといってくれたひとですが、
彼の活動は自分ひとりの生活を支えるだけの仕事の範疇にとどまらず、
あのべトちゃん。ドクちゃんに車椅子をおくろう会を発足したり、各地で講演をしたり、
そのかたわらに、
本も書いたりしています。

その本はやはり、車椅子にのった生活のことなぞも、かいているのですが、
何冊めかの本に
「ソープにいこう」みたいな、題目がありました。障害者の仲間かなにかに、なにをしたい?って、はなしで、
「一度ソープにいってみたい」って、はなしがでたそうです。
障害者の性がとざされやすく、
普通の男性なら、ソープランドにいくなんてことも、かんたんなことだけど、
障害者がそんなところにいきたいというだけで、
奇異な目でみられるだろうし、
仮にいったら、いったで、ソープ嬢がちゃんと、対応してくれるかどうか・・・。

障害者だって、性への欲求はあるんだよ。
あたりまえのことだけど、あえて、誰も言わなかったことを河原さんはおおらかに肯定してみせたのです。
逆に女性側の性も・・・。
そんな話の中に『笑う女」の題材があったのです。

性は人として、あたりまえで、普通の要求。
それさえ、隠避なものとしてしまう健常者もいるのに、
障害者だって恋をする。
障害者だって
セックス したい。
こう当たり前のことをあたりまえに、いってのけたのです。

そんな河原さんが
結婚 してその奥さんと離婚 する少し前、
河原さんは憂生に
「嫁はん。セックスしてくれんのや」
って、ものすごく寂しそうにつぶやいたことがあります。
河原さんの下半身は車椅子の中。
つまり、性交渉は、奥さんの能動姿勢にゆだねられていたわけでしょう。

けれど、つつましい女性すぎたのか、
奥さんとは、没交渉?
河原さんは男として、どんなにか、寂しかったことだろうと思います。

性なんて、あるいは、しょうもない欲望にしかすぎないかもしれないけど、
そんなしょうもない欲求をかなえてあげたいと、思ってもらえない「自分」
しょうもないほど、
そんなものをほしがる自分をさらけ出すことも、かなえられないことでみじめにさみしくなる姿もみせることもできず、
いくつも、年下の憂生にふと、ためいきをもらしたのでしょう。

そんな彼が離婚して、
十歳以上年下の奥さんをもらい、
まもなしに、こどもができました。

その
子供 の名前が「ほのか」
奥さんに愛され満たされ、充足された
河原さんの中にともったものを
『愛」とはよばず、
「ほのか」といってみせた。

河原さんのこの話のなかにも
憂生は小枝と文治をかんじます。

身勝手な欲望とわかっていながら、
小枝はそれをうけとめることで、
文治に『愛」をわたしてみせたのではないでしょうか?

形だけの貧乏でなく、
うけとめることができない思いの狭さもまた、貧乏だというとするなら、
小枝も河原さんも
なんと裕福な恋をなさったことでしょう。

****やっぱし、憂生はどうしても、性がらみの話になってしまいます****

うひゃああああ!!

公開交換日記の様相を呈してきて、
興深いですにゃ。

ボーマンはこの後にもいろいろ、
名言を吐きます。

一時期はボーマン語録をつくろうかと、思ったりも・・・。
*********

とりあえず捕獲?あとで、コメント編集します。
nikope お別れが近づいてるの?小枝(;; うるうる

mayumayu16 小枝の続き!やっと読めた~

今日は日本酒
しぼりたてという宣伝にひかれ、
買ったらうまい!
ちゅうことで、また、出直します。

****で直し***

mayumayu16 さん。
ブログのほうにも、コメント、ありがとう。

感情移入が出来る作品に仕上がっていてくれてるのだと、おふたりのコメントを読んで、ただひたすらに感謝です。

小枝という盲目の女性が生き抜いた証。
それは、
言いかえれば、強さです。

この先、小枝の強さが恋をどんな形で
成就させてゆくか。
一心不乱の心を
神さまが/山の神?/どうすくいとってくれるか?

悲しい結末でないように、うまく、表現できれば良いと思っています。

小枝の境遇ごと、掬い取る結末をうまく、かききれるか、自信はありませんが、
小枝が文治にであったことが、
ひとつの天啓であったのだと
思ってもらえるラストに持って行きたいと思っています。

ですが、なにせい、このへぼものかき。

うまく、書ききれなかったらごめんにゃ。

でも、ラストは絶対のハッピーエンドを
目指してます。

あなたが考えてくれるラストと一致するか、どうかは別として、
小枝の枝の先にはやはり、見事な恋の華が咲き
小枝に、よかったといってやれる物語にしてゆきたいと、目論んでいる憂生です。

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小枝、すすんでましたね!(^_^)
そうか・・・ハッピーエンド目指してるんだ♪ちょっと嬉しくなった・・(^_^)
しかし、今の段階ではほんと切ない。小枝っていじらしい。純真な心が一途に恋をするときっとこうなんだ・・・ってもうとっくに純真じゃなくなった自分が思わずぐっと来るっていうか。
これからも楽しみにしてます。
投稿者:reichon917

うん。
ただ、ハッピーエンドといっても、
どういうのかな・・。
もっと大きな意味でのハッピーエンドっていうのかなあ。

文治の気持ちもわからないでない。
って部分もうまく出し切ってないなとおもうけど、文治も苦しい。

小枝を良い風にしてあげることが出来ない自分にくるしい。
そのくせ、性を求めずにおけない自分。

文治が小枝といることもつらく、
小枝と別れることも辛い。

この均衡をくずしてゆくために、
狩の不漁を設定し、
にっちもさっちも、行かない現状に文治が
別れを決断するしかない。

文治の身勝手。
小枝に惹かれる気持ちと、
小枝のひたむきさ。
それゆえに文治がいっそう、追い詰められてゆく。

苦しい恋は性という一線を越えるほどに
なお、苦しくなるものかもしれない。

女は少女でなくなった痛みをのりこえ、
男は少女に性をおしえた痛みに泣く。

男には男のくるしさがあるということも
物語の設定の外にある
概念だとおぼしめされたし。

ハッピーエンドと聞いて、reichonさんと同じく嬉しくなりました(*^^*)
続き待ち遠しいデス♪
せつないと思う反面、文治を想う小枝がうらやましいと思ったりもします。
私もそんな風に強くなれたら…

中間報告。中間であるかどうかは、さだかでないが・・・

しばらく、「小枝」を、かきあぐねていた憂生です。

どう、かいてゆこうか。

こまったとおもったまま。

ところが、

と、いうほどではないが。

お得意の
立ち位置変換をはじめました。

小枝の心中から、描いていた物事を
文治の心中からの風景にかえることで、
物語がやっと、動き始めてゆきそうです。

おもいおこせば、
この手法?/ごまかしともいう/は、
「空に架かる橋」でも難所をのりこえさせた方法であり、
早い話し、憂生のくるしまぎれの所産でございます。

が、こういう手法を上手く使いこなせば、
登場人物の輪郭が立体的になり、
おくゆきを感じさせる表現法になりえるとおもうのですが、
場面/立ち位置/転換の唐突さが鼻につくと、
いかにも、とってつけたという興ざめをかんじさせる危険な手法でもあります。

なんとか、
自然な流れに乗っていることを願い、
くるしまぎれを察知させないでくれと
祈りつつ、
さきほど、また、続きをあげてきました。

もう何だかどきどきしちゃう展開・・

あちゃ!やっばぁ!!
ちゃんと読んでたのに、ついうっかり忘れてた~♪ヽ(´~`; ォィォィ 

んー。では、あ・え・て*(ニヤ)*、
苦し紛れの、得意の忍法。ヘ・リ・ク・ツ・流。
ちゃっちゃと、とってつけてっちゃいましょお♪

<本文>←→<コメント>

「文治さん・・あいたかった」←→お待たせー。レガちゃんです♪
したたりをあふれさせられていた。←→PCの方でも、漏れなくうっかり。

んー。完璧。本文記事内容へも上記のようにばっちり対応済~♪(^O^)/

ありゃ!レガッち、小枝のコメントは??
ふーーー!アタシも力が抜けちゃいましたぁ!

ヽ(´~`; ォィォィ でも次を読むドー!

さ・さ。
めんどくさがりの誰かさんに、ちゃーんと呼ばれたようなので
わざとらしくブログの携帯向けアドレスまでもURLに入れて参上~。

テキトー足跡コメントホスト王から
テキトートラックバック運ちゃんへと
着々と進化中。

お待たせー。レガちゃんです♪

そうそう。
「エピタフ」。邦題-墓碑銘-といやあ!!
やっぱキングクリムゾンだぜっ、宮殿だぜい~っ!!

と、ついうっかり思ってしまう。
そんなちょいとオールドなロックファンのあなたにも。

あるいは。
オレンジレンジの「花」ってやっぱうっとりしちゃうわー!!

と、ついうっかり夢中な。
実はちょいとオールドなあなた(おっとうっかり♪)にも。

老若男女を問わず、こそっとうっかりお勧め中ー♪
そんな、ただいまちょいと評判の無料カラオケブログが
今なら漏れなく、いつでもどこでも携帯からもOKだなんてー!

なんと!更に今なら!
PCの方でも、漏れなくうっかり。
こっちの方(↑←←)からでもOKだなんてーー!!

いやあ、まったく、うっかりしちゃってたなあ。
いい世の中になったもんですねえ。
ニンっ♪(^O^)/

にゃ?
そんなことができるんきゃ~~~~?
/わかってない/
こら、いっとくけど、憂生はいまだにトラックバックがよくわかんなくて、投げっぱなしの人間で、
おまけにやっと、ネット暦が1年。
他所のプロバイダーで、
サーバーを取得しても
そこが、ファイルマネージャー形式だったら、
ぜんぜんHPをつくれないという。
インフォシークの無料50mbサーバーはからす状態だぞ。
/じまんするな?/

どうも、結局、此処が一番あげやすくてさ、
小枝がおわったら、他の/お登勢とか・・・/
を移転させて、ここで書こうかと思ったりしてる。
で、例えば、お登勢とかがあったブログには
また、新しいものをいれようかと・・・。

そうなると、いずれ、此処も
いつまでも、始めの一歩を維持できないかもにゃ?

でもな、ふと、自分が突然死んじまうことを、かんがえちまうんだ、
契約したブログは金がはらえなくなったら、なくなっちまうけど、
無料のブログって、のこってゆくんじゃないのかな?
更新がないと駄目?

ときおりさ、カフェの中でも、
さまよえるHPなんて、あるんじゃないのかなあって、思うことあるんだよな。
持ち主は例えば既になくなってるのに、
訪問者があれば、
HPがひらかれているという。

実際、憂生の知ってる人は、
ぜんぜん更新しないままになってる。
いきてるんだろうかと、
ふと、思う。

憂生にとって、憂生がもし、居なくなっても作品が公開され続けている場所が
残っていると言う点ではめいんHPより
魅力ではあるんだ。

あん?
えんぎでもないって?

あはは・・・。

エピタフって、奴かにょ。

知ってるって(笑)。

だから、複数選択なんじゃん。
いや、押し付けないけど、
真意が伝わってない(らしい)のは気持ち悪い。
複数選択しても、ちゃんとカウントされるんじゃない?
何の根拠もないから責任ももてないけど(爆)。

あっ、ちなみに、ココと文殊は更新情報を自分のブログに表示させることに成功しましたの♪
なぜか憂生の更新情報だけが、表示される…

だからあ、ブログ人トップの
カテゴリー検索の初期頁にくいこみたいんだよにゃ。
いま、5ページ目くらいに構想ノートであがってるんじゃないかにゃ。
こんな、目論見さえもたなきゃ、
物語のタイトルごとに
カテゴリーを設定するんだけどさ。

gooのブログはアクセスランキングと
リンクランキングとか、
いろいろあって、そこには、まだまだ、くいこめないけど、そこから、読んでくれる人をひろげてゆける。
だけど、 ocnのブログは始めの一歩とかには、そういうランクインの権利を設定してないから、ブログのトップで紹介?を考えると、記事数で、くいこむしかないんだ。

実際、カフェのほうでも、
アクセスランキングから訪問してゆくというひともいて、
アクセスランキングは一種の案内所でもあるんだとおもって、
今回、また、ランクに入るようにした。

ま、作品はメインHPで、
集大成してるし、
本当に読んでくれる人はメインHPを
重視してくれてるから、
やっぱ、そこにあつめてゆくし・・・。

あ、でも、他のブログはカテゴリー別でやってゆくつもりでいるよ。

差し出がましいですけど。
カテゴリは複数選択できるにょ。
「構想ノート」と、作品名とをカテゴリにしたら頭だしの役に立つのでは?
まぁ、ほぼ毎日やってくるアタシには関係ないけど。

レイ~~~~~。
かくいう憂生もかきおわってから、
なんか、めずらしくどきどきしました~~~。
それもあって、続きを直ぐあげなかったのですが、
今回はこういうシーンをかくのに、
読んでくれることを意識すると、
かけなくなってしまって、
久しぶりに読む人を考えず、
自分の好きなようにまず、かいてみようと、
下書きをしました。
もう1回か、2回ぶんくらいが下書きにできてますが、
今日はここまでにしておきます。
小枝の余韻?をたのしんでくださいませ~~~~。

いや、小枝、終わってから感想書こうと思ったのだけど(。-_-。*)ゝポッもう何だかどきどきしちゃう展開・・・うぶな小枝が開花してゆく様子と、目が見えないから匂いとかで小枝が色々周囲の様子とか感じてる様が上手だなぁって・・・。
あ、私もブログ登録しました。まだ中身がないのですが・・・(^_^)

メインHPの作品は
残念ながら、しおり機能はありません。
おまけを言えば、
長い作品は文字数11万文字。
みっちり書いた単行本/例えば司馬さんのものなどでも改行があるので、1ページ800文字はない/
もし、いやでなければ、
ご自分のワードにコピーして、
頁設定をしなおして、読んで下さるといいかもしれません。
頁数をいれれば、なおいいでしょう。

因みに
もともと、縦書きで
B5の袋とじ。
確か40文字×23行。
フォントを9くらいにしてた覚えがあります。

こうしていただければ、:::が・・・・に戻るのですが/笑

カフェの中でも、憂生の作品をロムにおとし、
プリントアウトして
新幹線の中で読んだりしてくれてる人もいます。

憂生の作品については、
よんでくださるのなら、いつでも、自由に
コピーしてもっていってくださってかまいません。

但し、白蛇抄十四編をプリントアウトしますと、
用紙の大きさやフォント。文字数・行数にもよりますが、
1000枚ちかくいります。
投稿したときは、A4の2段で、900枚プリント
だったような、覚えがあります。

このような、ちょうしですので、
ワードにおさめて、
よんでもらったほうが、らくかもしれません。

丁寧な説明、ありがとうございます。
あなたのプロフィールページを開いて、題名からのインスピレーションで、最初にこの作品を読んでみました。
まだ、他のものは読んでいません。
子どもが小さいので、時間のある時に少しずつ読んでいます。blogのカレンダーはしおり代わりに便利です。HPの方も、読み終えたところまで簡単に戻れるといいですね。
新撰組は、坂本竜馬ファンとして、ちょっと苦手なのですが、時間をみて読んでみようと思ってます。

記事の殆どは
「構想ノート」と、いうカテゴリーに分類しているため、作品の頭だしの役にたちません。

前回も過去記事を繰るのが、むつかしいというご意見をいただいていたので、
説明をしておきます。
ここで、連載を終了したものは、まず、
10話くらいをひとまとめにして、左側のHP紹介の「憂生’sチュートリアル」にいったん、おさめます。
そののちに、メインHPに収納します。
「空に架かる橋」
「新之助」
「パンパンとチョコレート」
なども、メインHPに入っています。

よむのに、行きつ戻りつしながらよんでもらわなければならないので、
最新の記事の表示件数をオーバーする
10話づつを目安にチュートリアルに
うつしています。

それでも、ここで、過去記事を手繰りたいと
いう方のため
表示件数をかえましたので、
一番最初の記事まで、このスレッドのまま、
さがってゆくことができます。

よろしく。

読み返すためにカレンダーを設置していただけると幸いです。

ありゃ。。!こんなに進んでいらしたのね!戻って読んできました ぺこ <(_ _)>

無垢な小枝が女に目覚めていく過程を、いじらしいことヽ(´~`; ォィォィ
女は女の本能に。。。(う?あいかわらず何言ってるかわかってもらえないと思うけど。。)
 まとめて続けて読むのもいいなあ!って思いました。。。ごめん ぺこ <(_ _)>

そしてそして(*/∇\*)このどきどきが高まる展開・・・

小枝・・・終わってからコメントしたかったのだけど、今年カキコできるの今日が最後だったので・・・(^▽^;)
ううん・・・はじめからどきどきしてました、目が見えない無垢な少女・・・外の空気(汚れも)知らぬ少女・・・どうなってゆくのかと。
そしてそして(*/∇\*)このどきどきが高まる展開・・・続きは来年までお預けなのですね~(´▽`)はぁぁ・
それまでの楽しみにしておきます・・・vv

小枝、進んでますね(*/∇\*)

小枝・・・・十六

はい、そこからジャンプって形でいいんです!ありがとうございます~m(__)mペコペコ
小枝、進んでますね(*/∇\*)
どきどきしながらもこの先、どうなってゆくのか楽しみ・・・小枝も女になって変わってゆくのだろうか・・・などなど。(^_^)

右側の憂生の作品というタイトル項目の中に
メインHPの目次をリンクしました。

メインHPは既にリンクしてあるので、
二重投稿?になるけど、
作品への直行便かな?
あ、でも、乗り継ぎがいるから、
バス亭というところか?

ま、また、未納の所にも、
ファイルをリンクしなければならないのですが・・・。

とりあえず。

此処からもどうぞ!!

カフェには、表示してありますが、
ここは、なんもしてなかったすね。
えっと、
何でも、かんでも、やっちゃってください。

って、いいながら、憂生もすでに、
勝手に皆様のブログ。HPなど、リンクしてます。

逮捕?

あ、harusakoをわすれてるんだよにゃ。

ん?

レイのブログ?

ありゃ、HPはつないでるけど・・・。

ん~~~~。

そちらのHPから、ブログにジャンプしてもらえるかにょ?

えぇっとえぇっと・・・ブログの方にこちらをリンクらせてくださいm(_ _)m
私のブログってURLどうやって出したらいいのかわからなくて・・・今のメインのHPのプロフィールから入れるんです(>_<)
とりあえず、リンクらせて頂いちゃったので、ご挨拶させて頂きましたm(__)mペコペコ

そうします。
新之介、別人の作品かと思いました。面白いですね。

カテゴリーに「空に・・」と、「新之助。」
ためしにいれてみたけど、やっぱり、
順番が逆になってしまうので、
ちょっと、難を感じる。
やっぱし、
メインHPに収録してあるものを読みにきてくださいませ。

リアルタイムで読むときはいいけど、読み直しは逆はやっぱ、不向きに思えます。

まだパソコンを使いこなせないので、しばらくは地道に行きつ戻りつしながら読んでいきます。

わかんねえええええ!!

何故じゃ?
今日・・・。
某投稿場所に/何箇所あるんじゃああ?/
いくつか・・・作品をあげてみた。
どういうわけか・・・。
お登勢の五十話までを最後にあげたんだけど・・・・。
小枝とか・・・ほかの作品には
入ってこず、
かと、思えば、もう一つ前に挙げた作品はさっと、読みにきてくれてるんだけど・・・。

お登勢がぽんぽんと読まれてる。
一応、此処は入っただけじゃカウントされず、
最後のスレッドまで全部開いて・・。
つまり全部読む・・・のに、49回次を読むをクリックしなきゃならないし、
読みもせず次々ひらいていったら、
カウントされない/時間を計ってるってとこかな?/
だから、結構、長い作品だけど
読んでくれてるってとこなんだけど・・・。

なんでじゃ?
お登勢って、名前・・・。
小枝より・・・惹く?


コメント
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お登勢の方が名前が知れてるからじゃないの~?
「さえ」って、なんか幸薄そうなイメージがあるんだけど・・・。
ってか・・・タイトル最初に見た時「こえだ」って読んだ私はバカよねっ?(^-^;)
あ・・・同名の方に暴言だわ・・・~~~へ(。><)ノごめんっ!
投稿者:trueletter
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確かに・・。
小枝で検索をかけると「森永小枝」さんばかりでたもんだ。お登勢も船山氏の作品がでるだろうけど・・。字を見てても、確かに勢とか、登るとか、力強さがある。
あ、お登勢と小枝・・検索してこよう~~。
投稿者:hakujya
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予想通り。小枝はない。
お登勢は船山さんの作品と混ざって
ぽちぽちと・・。
畏れおおいことである。。。。。

交換日記?ルン♪  

書き忘れたので戻ってみたら沢山レスがあってびっくりしてます。この物語で一番小枝にせつなさを感じたところ。。。幸太が贈った紅に喜ぶ小枝と、文治が去って魂の抜けたように沈む小枝の表現に紅が入った巾着を落とし ていても判らぬところのめりはり。それに声をかける幸太の涙。ここは。。。小枝が物語の中の人物で本当にいる人物でなくて救われた思い。
投稿者:mahirururu
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ありがとう。
憂生はこういう小道具に作中人物の思いを
象徴させる?凝縮させる?手法は好きです。
たとえば、ブローの中の日記とか、
リング
で、今回も紅を物語の彩りにつかってみたのですが、小道具ですから、些細な表現しかできませんでした。
でも、それを、こんなにも、よみとってくれて、ありがたくおもっています。

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でも、その昔、小枝のような娘がいたのかもしれないと思うと、この場面ではなんともいえない哀れな気持ちになった 健常者が
失恋 をしても紅のことなど忘れてしまうこともある それに加えて目が見えない 母恋しい時期に母をも失って。。。小枝を見て自分の幸せを強く感じた
投稿者:mahirururu
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物語を読むときに本当に必要な心というのは、こういうことだと思います。
作中の人物に同情するのは、簡単なことだけど、/ま、ただし、コレは表現方法にもよるかもしれませんが、憂生の拙い文章からここまで、思ってくださることは、むしろ、驚異です!!/
その気持ちから一歩はなれて自分を振り返って、自分のありがたさに感謝する。
物語というものは本来、こうあるべきものだと痛切に思います。
こういう取り方をされていただけると物語が読む人の中で血肉になってゆくと思うのです。
そして、これは、本当に作品と自分を向かい合わせてくれた結論ということですから、
その真髄に触れることが出来たあなたの読解力と自分の生き様に向かい合う真摯さにただ、敬服の一念です。

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目が見えて耳が聞こえて言葉が話せて歩くことも走ることも考えることもできる
父はもぅいないけど数年前まで元気でいてくれて母は、5年の
介護 を経た父が他界したら鬱傾向になってしまったけど最近は化粧品 なんかに興味を示して前向きになってきてるんだ 子も旦那も元気だしなんでもない普通がとても幸せと更に強く想う
投稿者:mahirururu
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何も無い。一見、平凡でありきたりなこと。
こんなことが一番幸せなんだということ。
よく、思います。
文章を書く立場として、たとえば自分に奇異な?タグイまれな不幸があれば、極端な話ベストセラーになれるようなものをかけるかもしれません。でも、憂生もごく平凡でどこまで、人の痛みがわかるか実に怪しい人間です。
でも、人の痛みがわからない自分というものをひっくり返してみたとき、それだけ幸せなんだと思います。
人の痛みがわかるほどの不幸を?味あわずにすんでいる自分を感謝する。
わからない自分であることが実はありがたいのだと思う憂生であります。
御幣があるかな?


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ここに載せるも一手。確かにそうかもしれない。でも、、、以前のようにちょっとだけ載せてたら(例えば、白蛇抄のトウロウだけとか)昨夜は全部読んでなかったかもしれない 全部載ってたから読んでしまったというのがあったかも。。。今日は読むぞ!意気込み気分ではここに載せてなくてもリンクページまで飛んで探してまででも読むけれど。。。

投稿者:mahirururu
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うん。ありがとう。
本当に拙いものしか、かけず
読む人の補足などなどに・・・支えられてる憂生なのだとひしひしと感じてる昨今です。
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でも全部載せるのはコピペが大変だろうし、、、あらすじを載せてみるのがいいかもしれないと思います
投稿者:mahirururu
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あは。
あらすじを書くのが実は一番苦手なんですよ。
投稿するたびにあらすじをかいたんですが、あらすじなんかじゃ、本文に書いてあることがうまく、つたえられなくて・・・。
それに
コピー はは簡単です。
始めの1行にマウスでコピーの指定をしたらあとはshiftキーを押しながらスレッドの最後まで右側のカーソル移動を利用してマウスの
ポイント を最後に行に動かしてゆき、コピーするだけです。
問題は、まえの時はここの日記は
何文字でも入ったけど
リニューアル 以降、
制限が入ったことです。
そのせいで、今回の小枝は
二つに分かれたのです。
コピーと切り取りで簡単に対処できるけど
二つに分けられるということが難?

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それで、、、また時間のあるときに次読みたいのが、ポーの一族とかの軍団。この軍団を読んだらあとは白蛇抄の後編(井戸の。。。)からのみと今の連載物で制覇です
投稿者:mahirururu
----------------------------------------
それまでには書きかけの白蛇抄15.16を
なんとか、したい・・・で・・す。
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そうそう なんでここに載ってたからって全部一気に読んでしまったかというと話の続きが気になった以外に、作品を読まずとも足跡なかずとも、憂生のページにきたらかかさず読むのがこのアスモノだからです。習慣でここは必ずあけて覗いてしまう
癖ですね・・・^^
投稿者:mahirururu (2005 3/3 19:4)
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有難う。
そう思ってもいたので、日記に書くことが見つけられず、小枝を上げといたのです。

結果的にはよかったかにゃ?

皆のそれぞれの胸の中で咲いている 

小枝は読むのに時間かかりそうでまだ後日読もうと思ってたんだけど昨夜中に読んじゃったょ ここのアスモノローグにのってたから前編読んだら後編読めずにいらんなくて最後まで読んじゃったってヤツです

投稿者:mahirururu (2005 3/3 16:0)
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憂生*
ここに張付けるのも一手ということですね。
ふむむ。

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初めて会った「またぎ」への性への許しがちょっと早くて戸惑ったものの、年頃の娘、性への興味や父親以外の男とはなんぞやみたいな未知の世界が気になるのは目がみえないだけに強かったのかもと。。。
投稿者:mahirururu
----------------------------------------
憂生*
そうなのですよ。
物語の設定上、ちょっと急がせたけど、不自然さがあることは、当然でした。
まして、父親が何度も戒めていたのだから、ことさら矛盾するところなんだけど、
コレを打ち破るために逆にいきなりの鋭い接触ということでにげました。
まひるちゃんのいうように、こういう、ん?という設定ミスとまでいかなくても、設定の甘さを読んでくれる人が主人公の立場で考えて
その気持ち、行動がわからないでもないと、受け止めてくれることが常々言っている
読者様に寄る補充補足で、
こういう意味で憂生の作品は書き手と読み手が一緒になって?
作り上げられているものなのだと思います。
だから、ありがとう。です。


----------------------------------------

ハンディをもった人ほど、弱そうな先入観があれど、実は丈夫な箇所ほど研ぎ澄まされていて精神的な強さを感じてはいたけど、小枝を読書の間、見守っていてやはり強さが感じられた。物語の終わりには小枝の心の可愛らしさに文治、戻ってくると思ったけど戻らなくて残念。
子ども という支えをよい意味で得ることはできたのが救い。

投稿者:mahirururu
----------------------------------------
憂生*
精神的な強さというのをたとえば巨木と葦でたとえるけど、
私は大木なんだと思ってる人の方が弱いのかもしれません。
小枝はそういう意味で自分のハンディにいじけないで、そのくせ、しっかりとわきまえていた。この葦のような自分であるという分をわきまえた気持ちが風に流されるのでなく沿っていく強さをもたせたのでしょう。
小枝にすれば、強さでもなんでもなくただ、自然にまかせた?
なんでしょうかね?
身を捨てて浮かぶ瀬もある。
こんなかんじかな?


----------------------------------------

でも、、、まひるは、小枝のところにいつか文治が訪れて小枝と小枝の産んだ子に会えると思ってる。ある程度は小枝の子が小枝の生活を面倒みてくれているはず。文治、母子へのいとしさにその地で共に暮らしていくと想像したい
投稿者:mahirururu (2005 3/3 16:10)
----------------------------------------
実はこういう設定も考えたのですよ。
でも、それをしたら小枝の「七年。この子を見てください。その後は1人でも生きてゆける」
その一縷の望みにかけた必死な思いが
うすめられてしまうし、
それゆえに幸太が気がついたこと/これが浮かぶ瀬?/も流されてしまうと思ったのです。

たぶん、この物語を読んでくれた皆、

何年か後にこの地を訪れた文治は
「5番街のマリー」の歌みたいに
その昔、愛した人の姿を尾根から、眺めるでしょう。そして、指折り数えれば文治の
子供 としか思えない童に手を引かれている小枝をみつけて、きっと、小枝の愛情の真実さにひれ伏すでしょう。

皆、きっと、そうなると想像してくれると思うのです。
そうなると願うってくれると思うのです。
こういう意味でこの物語の続きは
皆のそれぞれの胸の中で咲いていると思うのです。

あー。今日もまた。ついうっかり。

小枝

あー。今日もまた。ついうっかり。
たっくさんトラバ回りしてきちゃった~♪(^O^)/

***********目覚めるといやな気分にとらまえられている自分がいる。
文治は両手で顔をこすり上げ、
その「いやな気分」を追い払う。

だが・・・。
いやな気分・・・・。
それがどこから、わいてくるものなのか、
文治には、その答えは分かっている。

あのにゃ!! ちょと、解説。

今回小枝・・・二十四で、

つごもりの音がなくなるという意味の
事をかきました。

これは、ある話で
子供 はいくつまでだというに、
「つ」がつくまでが、こどものうちで、あとは、大人になってくる。???
って事を題材にしました。

十は別の
読み方 でつなしとよみます。
それは、ひとつ、ふたつ、と、かぞえていったときに、十には、「つ」がないからです。

と、言うことをしきこんで・・・・。
小枝はこの別離において、
「つ」がつく「子供」から、脱却して行くのだということを暗喩してみたのです。

でも、こりゃああ、ちょっと、解説しないと
わかんないなと、
ここにあげてみました。

ものかきの言葉遊びでした。

んにゃ!

*****
コメント。ありがとう。
nikope 純粋に人を想うことのできる小枝、幸せかもしれないね

そだね。
何かと、自分の不遇をかさにきて、
してもらえない。
と、ばかり不満を漏らすことがおおいってのは、ありがちなことだけど、
小枝は自分の状態をちゃんとわきまえたうえで、
心ひとつを傾けられる自分に幸せを見出しているといって、良いかもしれない。

なってきた物事をすなおによろこびとして、受け止められるかどうか。

コレは肢体の不自由というより
心の不自由という、所に由縁するきがする。

こうかんがえると、小枝は
誰よりも、何よりも
自由な女性だったといえるかもしれない。

*****reichon917
置いてかれるより置いてく方が痛いかも、と今思い至った

文治の心理を旨く、追従できてなかったんだけど、
レイの言葉にほっとしたり・・。

****わけのわからん解説になっちった。
そういえば、
小枝・・・の中で未通女という言葉を
つかっております。

これは、処女という意味合いですが、
また、
ここで、さらにややこしくなりますが、
憂生はこの処女という言葉を
白蛇抄でも、つかっております。
が、これは、
syojyo.あるいは、otome.とは読んでもらっておりません。

「うぶめ」とよんでもらっております。
で、
未通女。
これをどう、よむか?

「むすめ」
でございまする。

このたび、
なにゆえに、
「うぶめ」のほうをつかわなかったといいますと、
小枝は、また、
幸太という男の「娘」であり、
幸太の「娘」のまま、
一生を終えるはずだったのです。

ですから、
未通女/むすめのままでいることが、
娘の一生だったわけで・・・。

でも、未通女でなくなっても、小枝はやはり「娘」でいきてゆくしかないわけで・・・。

そういう意味で
「むすめ」という音がうしろに奏でるもの/
それはなにか?と、おたずねあそばすな/
添えてみたかったのでござります。

*****ありがとにゃ~~~~。
nikope 小枝・・・そうきたか・・・難しい問題にゃ(;;

うん。
でも、これが、はじめからの設定。

小枝の強さの真髄を
ある、一言で
あらわしたくて、
ここまで、話をもってきたのです。

人に相談をして、
答えをもらったときに
どういう言葉?回答に一番納得するだろうか?

ああじゃないか?
こうじゃないか?
こう、考えたら?
ああ、考えたら?

こんなことより、
「私はこうしました。
自分の経験から、あなたにも、それができます」
と、いう経験からの
アドバイス ?じゃないだろうか?

小枝だからこそ、つかみ取れる
強い指標。
それは、小枝は、こうしました。と、いう実践。

小枝の実践が、なんであったか?

実に単純。既に書いてあることです。

そして、それをかきおえたら、
この物語も幕を閉じることになると思います。

もうしばし、お付き合いくださいませ。
もう、少しです。

相変わらず、あっけない巻く引きになります。

ごめんにゃ。

コメント・ありがとう。

やっぱり・・・なあ、 なんかほっとする最終回でしたね。七年という年数は なるほどと思いました。今の時代では難しいかもいれないけどね・・・私の時代は小学に入学前から何でもさせられていたから生活の術はそれなりにできたし 子守もしたし・・・(子供 好きは小さい時のせいかな)
だんだん親から子へ渡していく~伝えていくのね~♪
ご苦労様~
投稿者:kumina
-------------------------------------

憂生はどちらかというと、こういう系統の話が好きです。
この話は実は白土三平の漫画のワン
シーン から、思いついたものです。
ちょっと、立ち読みしたときのことです。
主人公のマタギ?の娘は狂っていたのです。
その狂った娘も『笑う女」の笑子さながらに
性をもとめ、山の中に迷い込んだ男や
山の湯で、男をあさらずにおけないという
悲しい狂いをみせていました。

そのシーンは確か欲に狂い娘を我が物にしようとした、男を父親のマタギがころしてしまうのですが・・・。
娘のほたえはおさまるわけがない。
男の
おもちゃ にされるしかない娘。
そして、性を求める狂い。
父親は娘のほたえを沈めるために
娘をだくのですが・・・。
こんなことは、もう、何度もくりかえされていることのようで、
だからこそ、
近親相姦?であることは、重々承知の上で、
男にもてあそばさせないためにも、
父親が・・・。

このシーンがずっと、頭にやきついていました。
そして、なにか、別の形で、
性を求める気持ち。
それをなだめてやろうという気持ちを
肯定できて、
かつ、主人公がすくわれてゆく?
そんな話をかきたいと思わされていたのです。

でも、
親から子へわたしてゆくものがはぐくまれない
あのワンシーンが、
いっそう、憂生の中では、重いポジションになって、存在し
うまくいえないけど、父親の気持ちが
痛いです。

小枝では、その父親の気持ちも救って、終われたと思います。

                   憂生

足跡コレクターになりつつ、あるのかも・・・。

reichon917 私、笑う女もすごいはまってるの、小枝もだけど!

***
今の設定をよんでいると、
そのまま、笑子と小枝は裏表のような、きがする。

うまくいえないんだけど、
って、
ネタばれになりそうなきがして・・。

まあ、簡単にいうと、
ふたりとも、性をもとめてゆくという面では
同じなんだけど、
笑子は性をもとめても、ある意味不幸。
小枝はぎゃくに性を求めてゆける自分であることが、幸せといえる。

二人とも、立場的には、性をもとめちゃいけないわけだろうけど、
片一方はみずからの意思で、性をつかんでゆこうとしたわけだけど、
方一方は、本能?にひきずられてゆくわけだ。

小枝という小さな枝があってこそ、
その先に恋という花がさくんだろうけど、
笑子は笑うしかない。
笑子が笑う・・・・。
その題名の意味の深さを
うまく、かきこなせてゆけるか・・・。

しょぼけたら・・・・ごめんよ~~~~!!

コメント
--------------------------------------------------------------------------------
裏表・・・なるほどなぁ!小枝はみずから、笑子はおのずと・・・。そういえば正反対で、だけどどこか根っこはつながってる!
難しいテーマなのにすっごいよぉ!
投稿者:reichon917 --------------------------------------------------------------------------------

どこかで、表現を押さえ気味になってしまってるぶん、
またも、迫力がなくなったとお叱りをうけそうなのですが、
いきなり、書いて、即公開という
パターン には、やっぱし、構えてしまいます。
こんな状況を打破するためには、
ワードに書くのがいいのでしょうが・・・。
まあ、それでも、
「憂生の性表現はうけいれやすい」
って、いってもらえてるので、
大丈夫か?
けして、あおりを目的にしているのではないのです。
当たり前に、ごく自然に?
性をあつかってみたいとおもっておりまする。

小枝。さえ。と、読んでやってください。

小枝。
さえ。
と、読んでやってください。

毎度のごとくの流し書きになると想うけど、
お登勢の
パターン にすこし、にかよっているものだけど、
もう少し積極的?に肯定してゆきます。
なにを?

コレをかきおえたら、
女房殺しの佐吉の話を書こうと想ったりしてます。

つもりですので、
途中で
新之助シリーズがはいったりするかも?

え?
げ?/憂生

ひゃっほー!

苦節34年。←こっちのちょい上の方で悲願達成~♪

うっ。・・・涙なしには見られない・・・物語。

それを瞳の中にも頂けているという事実。

そのことにも大感謝!!(^O^)//レガち

小枝・・・終わってからコメントしたかったのだけど、今年カキコできるの今日が最後だったので・・・(^▽^;)
ううん・・・はじめからどきどきしてました、目が見えない無垢な少女・・・外の空気(汚れも)知らぬ少女・・・どうなってゆくのかと。
そしてそして(*/∇\*)このどきどきが高まる展開・・・続きは来年までお預けなのですね~(´▽`)はぁぁ・
それまでの楽しみにしておきます・・・vv/レイ

書き終わったら教えてくらさい。
一気に読みたいから。
楽しみがひとつ増えてうれしいよ。

お~!あと49分で、2005年。
来年も・・・・がんばろーーーーね!/うづき

ありゃ。。!こんなに進んでいらしたのね!戻って読んできました ぺこ <(_ _)>

無垢な小枝が女に目覚めていく過程を、いじらしいことヽ(´~`; ォィォィ
女は女の本能に。。。(う?あいかわらず何言ってるかわかってもらえないと思うけど。。)
 まとめて続けて読むのもいいなあ!って思いました。。。ごめん ぺこ <(_ _)>/ぶっこ

丁寧な説明、ありがとうございます。
あなたのプロフィールページを開いて、題名からのインスピレーションで、最初にこの作品を読んでみました。
まだ、他のものは読んでいません。
子ども が小さいので、時間のある時に少しずつ読んでいます。blogのカレンダーはしおり代わりに便利です。HPの方も、読み終えたところまで簡単に戻れるといいですね。
新撰組は、坂本竜馬ファンとして、ちょっと苦手なのですが、時間をみて読んでみようと思ってます。/crescentmoon

メインHPの作品は
残念ながら、しおり機能はありません。
おまけを言えば、
長い作品は文字数11万文字。
みっちり書いた単行本/例えば司馬さんのものなどでも改行があるので、1ページ800文字はない/
もし、いやでなければ、
ご自分のワードに
コピー して、
頁設定をしなおして、読んで下さるといいかもしれません。
頁数をいれれば、なおいいでしょう。

因みに
もともと、縦書きで
B5の袋とじ。
確か40文字×23行。
フォント を9くらいにしてた覚えがあります。

こうしていただければ、:::が・・・・に戻るのですが/笑

カフェ の中でも、憂生の作品をロムにおとし、
プリントアウトして
新幹線の中で読んだりしてくれてる人もいます。

憂生の作品については、
よんでくださるのなら、いつでも、自由に
コピーしてもっていってくださってかまいません。

但し、白蛇抄十四編をプリントアウトしますと、
用紙の大きさやフォント。文字数・行数にもよりますが、
1000枚ちかくいります。
投稿したときは、A4の2段で、900枚プリント
だったような、覚えがあります。

このような、ちょうしですので、
ワードにおさめて、
よんでもらったほうが、らくかもしれません。/憂生

いや、小枝、終わってから感想書こうと思ったのだけど(。-_-。*)ゝポッもう何だかどきどきしちゃう展開・・・うぶな小枝が開花してゆく様子と、目が見えないから匂いとかで小枝が色々周囲の様子とか感じてる様が上手だなぁって・・・。
あ、私もブログ登録しました。まだ中身がないのですが・・・(^_^)/レイ

レイ~~~~~。
かくいう憂生もかきおわってから、
なんか、めずらしくどきどきしました~~~。
それもあって、続きを直ぐあげなかったのですが、
今回はこういう
シーン をかくのに、
読んでくれることを意識すると、
かけなくなってしまって、
久しぶりに読む人を考えず、
自分の好きなようにまず、かいてみようと、
下書きをしました。
もう1回か、2回ぶんくらいが下書きにできてますが、
今日はここまでにしておきます。
小枝の余韻?をたのしんでくださいませ~~~~。/憂生

すごくせつないo(;△;)o

小枝・・・二十三

やっとゆっくりCafeにくることができて、続き読むことができました♪
一八から一気に読ませていただきました。
私は女だからどうしても小枝側から見てしまうけど、すごくせつないo(;△;)o いつでもおいていってくれていいなんて…
あ~続きが気になります!!

*********「八たびになります」
と、即座に答えをかえしてくる、
小枝は文治との逢瀬を宝物をようにかぞえているのだろうとおもう。

読む人の幅にドンと甘えて

小枝・・・・おわり。

いつも、いつも、読んでくれてありがとう。
憂生の文章って、
歯抜けで丁寧に説明できてないのに、
いつも、皆、書かれている以上のものを
受け止めてくれます。
そして、思い返してみると、
やっぱり、これは、皆自分の人生を
しっかり歩んできているからなんだと思うのです。
自分の人生の中で辛い別れもあっただろうし、
人に言わずそっと、思いを送って見守ったこともあっただろうし、その逆もあっただろう・・・etc。
そんな一人一人の人生経験が
憂生の作品をより以上に受け止めさせてしまうんだろうな。
辛いことがあったからこそ人に優しくなれる。
こんな言葉があるけど、
作中の人物にさえ思いをはせてゆける。
作品の出来、不出来にしばらく、悩んでた憂生ですが、読む人の幅にドンと甘えて、今までどおり書かせてもらおうと思い直しています。

ありがとう。

小枝が子を産めるラストで嬉しかった^^
生を繋いでゆく生なのですね。

思わずその出産に立会いたくなるような…
私自身コレを読んだ時点で、小枝の『友達という房』になっていたのかもしれません♪

またまた、いい作品読ませてくれてありがとうございました^^

やっぱウイッチの作品って引き込まれるね。。!
小枝の母になるという、その力が湧き出てくるあたりなんて。。!
でもでも幸太の考えかたが素晴しいよ!
あんなふうに小枝を理解できるなんて、すごい信頼関係。。
すっかり感心してしまったのですー(o゚◇゚)ノあぃ

小枝終わってしまったんだね。
お疲れさま。もう、次に行ってる所が憂生らしいなぁ~~(≧▽≦)

 守られるものと守ってやるもの、守るべきもの、1つ1つが重なり合ってステキな物語になったね^^
小枝は「大切なもの」は何か。
って、その時にその瞬間ごとに教えてくれたように思うよ。

ありがとう。。。

ああ。そうか。こういうラストだったんだ。。。
何だかいいな。文治とは会えなくても子供が残る。営みはそういう「意味」があったんだ、きっと。
子供が目の代わりを・・・って言うの読んで、はっ!としたよ。
すごいなぁ、そうかぁ。小枝は一気に弱々しいめしいの少女から強い母になったんだね、守るものと未来を手に入れたんだなぁ・・・しみじみ。

終わってしまいましたか・・・。

うん、間違いなくハッピーエンドだ。
強いね、小枝は。
この強さ、母の強さというやつなのかなぁ。
子供を産んだことがある人、子供を育てたことがある人、育てている人はエライと、心の底から思うのです。
憧れて止まない強さだなぁ。

走り気味でおわらせてしまった。
文治と、ともに暮らせる幸せは
こなかったけど、
小枝という『女」の人生は
文治という男によって、
実をつけた。
ハッピーエンドだといってもいいでしょう?

そういえば、女性は結婚すると
女房という言い方もされます。
女の房が、いっぱいついている。
葡萄の実のように。

恋人という房。
女という房。友達という房。
母という房。
いろんな房・・・。

小枝は、妻という房をつけれなかったけれど、
ちゃんと、女房になっていますよね・・・?

ね?
そう、おもいませんか?

パチパチパチ~!!!
この世に生まれた、この作品を。
僕も読ませてもらえて、とても幸せです~♪(^O^)/

報われる恋にしあげたいとは・・

最後までコメントは控えようと思いつつ・・・みなさまのカキコに誘われて(*´σー`)エヘヘ
憂生はすごい、と思うのは、こちらにアップではないけど「笑う女」にしろ、この「小枝」にしろ、ここまで健常者でない立場のもの、あるいは状況?が心理まで、なんていうか、きちんと書けていること?
もうほんとに、すごいの一言、だから読み手もその世界にまじでひきずりこまれるんだなぁって。。。
これからも楽しみに読ませてもらうからね!

なんか冷静に考えちゃった(珍しく。。)
もしも、自分が目が見えなかったら??

恐怖と顔もわからない男の人??
うーーん!。。。
でもでも小枝は愛らしいo(*^▽^*)o~♪
アタシだったらギャーギャー騒ぎ立てるかも。。ヽ(´~`; ォィォィ

ありがとう。
あくまでも、自然に・・・。
そう感じ取ってもらいたいと、思うので
急展開にならないように
してゆこうとおもって、
いっそうのこと、
小枝の心理がひつようになってきて・・・。

不安と喜びと・・・。
イコールせつなさってとこだろうか。

報われる恋にしあげたいとおもってるのですが、
うまく、表現できるかどうか・・・。

うん・・・・。

この作品。
時代を感じさせないような・・・・・そんな作品だね。
今。この時代でも・・・・
きっと・・・って思わせるような^^

まだ、これからが楽しみ。
身体壊さぬよう・・・・頑張って!

うっ。・・・涙なしには見られない・・・物語。

小枝・・・・2

ひゃっほー!

苦節34年。←こっちのちょい上の方で悲願達成~♪

うっ。・・・涙なしには見られない・・・物語。

それを瞳の中にも頂けているという事実。

そのことにも大感謝!!(^O^)/

終わっちゃうの淋しいよ 

終わっちゃうの淋しいよ。。(T-T)今から読んできます
                   by・・・umigasuki

うん。
二十七をかきながら、ふと、
宮尾登美子の「蔵」を思い出していました。
新聞で連載されて、あとには、
TVドラマ にもなったと思います。

幸太の思いの中に
「大店の主人であったら・・・」
と、言うのがありましたっけ。
それが「蔵」の主人公をおもいださせました。
「蔵」の主人公も目が見えなくなったけど、
母親の妹/おば?の助けで、自分で縫い物ができるようになったり、小枝とおなじように、
/あ、ぎゃくか?むこうのが先だな/
自分のことは自分でしていくようになったのですが、
酒蔵の杜氏だったかな?
婿にもらったように覚えてますが・・。

こういう言い方をすると、なんですが、蔵の主人公はある意味恵まれていたといえるかもしれません。

小枝は「心」ひとつだけ。
それも、自分の心ひとつ。
それだけが、自分の自由で、
自分への賜り物だったかも。

こういう意味で、
あるいは、もっと、「激烈」で、
水面にはなにひとつ、波をたたせないくせに、
小枝の思いは「激烈」で・・・。

あ、思い出した。

蔵の主人公は確か「烈」だったように・・・。

ふむむ・・。

宮尾登美子がめしいの主人公に感じた思いも

また・・・「烈」であったのかな?

と、ふと、宮尾登美子という作家の底と共振する、憂生の底があるきがしてきた。

おお~~~!!
大作家と
セッション したような、気分になってきた~~~。

////と、話がどこかにながれてしまいました・・・。

ごめんにゃ~~~~~!!

***で、名前が「烈」じゃなかったら、
ボケ×2だにゃ~~~~****




コメント
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こんにちは 。今積雪10センチ雪かきします・・・
今思い出したことあってとり急ぎ・・・
小枝 拝見して
「大店の主人であったら・・・」に反応して
母親と父親の違いをふっと思ったんだけどね・・・
「中村久子の生涯」について紹介していた文章。久子は両手両足切断の障害者。両目失明の時もあったとか・・・
貧しい生活の日々、祖母と母親はどんな思いで久子を育て 久子はどう育っていったか 自活する決意をしてからどう生きていったか・・・など 感想を読んで 読んでみたいと思った本あったのね。
自らの姿を見世物にしながら 障害者に「自ら生きること」ができると訴え続けた人だそうです。
小枝の結末をいろいろ想像してます。

。・゜((T◇T゜)゜・。ありゃぁ~~~~~

こんな話しもあったんやねぇ~!

めっちゃ眠かってんけど、思わず読み切ってしまったやないのぉ~・・・( P o ̄)~

最後の展開はみもざも小枝のお父さんみたいに
「あっ!」って思ったぁ~!
良かったぁ~って思うんと、でもやっぱ不憫やし
とどのつまりは、「憂生しゃん、こういう設定で書かかんといてよぉーっ!頼むから!」
って、もってきようのない感情の矛先は作者へっ!みたいな・・・ヾ( ̄▽ ̄;) 

安心するんと同時に心配になるのは
その子もカタチは違っても小枝のような人生なんじゃ・・・
そう思ってしまうんは「白蛇抄」の影響やで?(笑)

おやすみぃ~~~えぇ話しやったぁw

あ、えぇ職場見つかるといいねっ!!

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邪宗の双神・・・
このあたりで、解きほぐしてると思うけど
因縁?を通り越すに、
喜んで通ることで、
変転?
納所がありえると、考えてみている。

小枝の
生き様 ?は
ずばり、喜びて通る、そのものだと思うから
同じことの繰り返しはない。

と、考えられまいか?

そこまで、考えると
この物語は
因縁納所まで、しのけた、
物凄いハッピーエンドの物語ということになるのかもしれない・・・

え?

こじつけすぎ?
//////////////////////////////////////>憂生しゃん・・・タイトル を変えてね?(爆)

w( ̄o ̄)w おぉ~っw そっかぁ・・・
そういうふうに捕らえるべきやねっ!
そしたらハッピーエンドやわっw
最後の最後を忘れてたっ(笑)

うまくかけないだろうけど・・・・  

nikope ***( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)ノ小枝読んでおやすみなり ***

ありがとう。
でも、この物語は報われることのない恋を
書いているので、
おやすみのナイトキャップには
ならないでしょう?

でも、
憂生は基本的にはアンハッピーは嫌いなので、
最後には
なにか、ほっとする結末にしてゆきたいと思ってます。

その「なにか、ほっとする」というのも、
いろいろの