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白蛇抄第17話ー銀狼ー

業火を背負うか。
揺らめいた影のうしろから、鬼火が立ちのぼる。
澄明は歩む暗影を見つめ続けた。
畳のへりから陽炎の如き沸き立ち集まる影がまたひとつの人型になると
やはり、先の暗影と同じ鬼火が立ち上り、まとわりつく。
「どこへ?」
澄明の声にわずかに耳をそばだてたようであるが、
立ち止まりもせず、ふりむきもせず、答えようともしない。

その夜はそんな怨亡が六体現れた。
まんじりともせず、夜が白むを待つと澄明はまず、怨亡が歩んでいった方角を眺めた。
透かしみた東の空は紫色の雲がたなびく、異変を叫ぶ烏が紫雲のなかで楔に見えた。

「烏・・」
雲が湧き上がるのは、森の木立の中からに見える。
澄明は眼を閉じた。
不穏な気配が流れ込んでくる。
それが、なんであるか、はっきりと掴み取るためだった。

澄明の瞳の裏に哀しい咆哮を上げる猩猩の姿が立ち上ってきた。
猩猩の群れは行き所をなくし、森の木々にすがり付いている。
食うものがなく、烏どもの巣をあさり、卵や雛はむろんのこと、成鳥まで捕食している。

「それで・・」
やむなく、ねぐらにおりたった烏たちは、夜明けともどもに、猩猩たちをおいたてようと、
攻撃を繰り返している。
いくら、おいたてても、猩猩は木々からたちさろうとしない。
雛を卵を同胞を食らわれた烏の怨恨がうずまき、空の気までかえ、紫雲を生じさせていた。

しかし、なぜ、猩猩たちも哀しい咆哮をくりかえしながら
烏たちの追撃に耐えながら、木々にとどまるのであろうか?

それが・・・、怨亡となにか、関連があるのか?
澄明は烏の怨恨と猩猩の悲情の念を取り払い、底にまだ、なにかあらわれるものがないか、
思念を飛ばしてみた。

『助けてください。どうぞ、一思いに・・』
猩猩でもない、烏でもないなにものかが、命を潰えたいと願っていた。
「おまえは・・なにものだ?なぜ、死にたがる?」
澄明の念に気がついたのか、死にたがるものが、静かになった。
澄明の存在をさぐり、量っている。
『人間・・か・・』
人間ではとうてい、願いをかなえる力はもてないとあきらめた思いがながれこむと、
苦しいうめき声だけが澄明の耳にとどまった。

なにものか、判らないが、かなりの妖力あるいは、法力、もしくは神通力をもつ存在であることと
人間でないことだけは、澄明にわかった。
「病か?怪我か?」
問いかける澄明にいくばくか心をひらいたのは、わが身を案じてくれる存在へ親近の情がわいたにすぎない。
だが、いいかえれば、役にもたたぬ存在でしかない人間の言葉に、刹那、心をほぐされるのは、
それだけ、なにものかが、瀕死の状態にあるといえる。
『死ぬに死ねない・・のだ』
「死ぬに死ねない?それはどういうことだ?」
『私は不死身・・の身体・・・なのだ』

不死身の身体を持つ存在とは、いかなるものであるか・・。
澄明は考えをめぐらしていた。

不死身の存在といえば、澄明には、白峰大神がすぐに、浮かぶ。

白峰大神同様、おそらく、なんらかの神・・。

澄明に浮かび上がった白峰大神の存在をーなにものかーが、逆に読み下していた。

「おまえになら、はなせそうだ。そのまま、東の山へ・・」

来いといいかけた声が沈んで、周りにいる誰かに指図を与えると

「今から、使いをよこす、そのものにあないされてくるがよい」

人間の足でここまで、来るはいとまがかかりすぎるというのだろうが、

使いなるものが、澄明をつれていくほうが、たやすいとなるのなら、

それだけの能力をもつ使いを下にしいているーなにものかーはいかなる存在であるのだろうか?

澄明が考え込んでいるその目の前に黒い塊がわーんと沸いた。

疾風のごとき速さで駆けてきたせいだとわかったのは、

黒い塊が微動だにせず澄明の前に座ったからだった。

「なるほど・・」

使いなるもの大きな黒い山犬だった。

山犬は澄明に背をむけ、背中におぶされと示す。

「おまえのあるじは、いったい、どうなっておる?」

澄明の問いかけに答えず、澄明がせなにつかまると山犬ははしりだした。

飛ぶがごとく、谷をこえ、岩をとび、みるまに、烏たちがとびさわぐ森のきわにおりたった。

山犬はおおきな岩のむこうに一礼をし、澄明の到着をしらせていた。

そこにーなにものかーがいるのは、間違いが無い。

澄明は大きな岩にむかって、歩んでいった。

「あっ」

澄明の眼に無残な死骸が見えた。

落石だったのだろう、大きな岩におしつぶされ、灰色の狼がひしゃげ、ひからびていた。

「生きている?」

見た目は確かに死骸だったが、灰色の狼は澄明に確かに語りかけた。

「この有様だ」

「いったい・・どうして?」

澄明よりも、高い法力をもっていると思える銀狼が落石にのまれるのが、不可思議に思える。

「山の主の意趣返しだ。避けられぬ」

「意趣返し?山の主を怒らせたのか?」

「ああ。遠い昔に・・。わたしが不死身になったのも、山の主の呪詛をかぶったからだ」

「いったい・・」

なにをしでかして、山の主を怒らせたのか、判らぬが、

銀狼を不死身にするという意趣返しをかぶせられるということが、

山の主の怒りの深さを物語っていた。

銀狼が生き永らえている事自体が山の主の怒りの表れでしかない。

一思いに銀狼の息の根をとめるでは、おさまらぬ怒りがあるといえる。

哀れに岩の下で生きながらえる銀狼であるが、それでも、周りを見渡せば、

そちこちの物陰に山犬達が潜んでいるのが判る。

どうやら、山犬の頭として、群れを引き連れていたらしい。

山の主の懐に住むものでしかない銀狼が、なにをしでかせたというのだろうか?

今、この銀狼を岩の下から救い出しても、山の主の呪詛を解かぬかぎり、

銀狼は呪縛から解放されない。

そのためにも、まずは銀狼がしでかした事を知るのが、早い。

山の主の怒りを解くにも、原因がわからぬでは、解くに解けない。

「おまえの白峰大神と同じことよ」

澄明の思いを掠め取った銀狼はしでかした事がなにであるか、澄明に告げた。

やはり、銀狼は澄明より、よほど、上の法力を持っている。

澄明が銀狼の思いひとつ、読み取ることが出来ないのに

銀狼は澄明の過去まで探り当てていた。

「それは・・どういうことだ?」

銀狼はくすりと笑ったように見えた。

「だから・・おまえには、話せるといった。今から、話すが・・おまえ、犬神をしっているか?」

銀狼がそこまで、澄明に語りかけたとき、物陰に身を潜めた山犬の隙を狙って、猩猩が木々から降り立ち始めた。

とたん、物陰から山犬が飛び出す。

猩猩が、銀狼になにかをしでかすのを防ぐかのごとく、すばやさである。

「猩猩もこの身をひきちぎりにくる。烏どもも、この眼をほじくろうとする。

奴らはみな山の主に操られている」

銀狼を守るために、山犬たちは猩猩を烏のねぐらに追い込んだのだ。

猩猩に食われまいと烏の攻撃の的は銀狼から猩猩にかわり

山犬が見張るのは猩猩だけでよくなった。

『そうか・・・それで・・・猩猩が、森から下りれなかったわけか・・・』

だが、いつまでも、猩猩を森に追いやっているわけには行かない。

まずは、この岩から銀狼を助け出し、安全な場所に身をうつすが、先決である。

「話はゆっくり、聴く。まずは、この岩から、お前の身体を出す。私の仲間をここに呼んでもらえまいか?」

澄明の言葉に銀狼は承諾をみせた。

「呼ぶのは、かまわぬが・・。山の主の呪詛を・・・」

言いかけた言葉が止まると、しばらく、澄明を読み下すようであった。

「なるほど」と銀狼が頷いたのは、澄明が榛の木に囚われた雷神を救った法を手繰ったせいである。

「おまえなら・・・山の主の呪詛をほどけるかもしれない」

銀狼がうなづくと、澄明は白銅はもとより、不知火、九十九に式神を飛ばした。

銀狼の指図で、3匹の大きな山犬が飛ぶがごとく走り去るのを見送ると

澄明は、銀狼に尋ねた。

「白峰大神とおなじとは、いかなることだろうか?」

銀狼は澄明の問いに先と同じ言葉を返してきた。

「犬神・・を、知っておるか?」

犬神は阿波、伊予、土佐あたりの山奥に生息する。

澄明はこの長浜において、犬神の実体を見たことは無かった。

だが、その犬神は多く人に憑き、狐狸の類の憑き物とは違い、

代々、その一族にかかっていく。

犬神に憑かれると多く、精神に錯乱をおこし、狂気を見せる。

だが、反面、犬神の力で、多くの富をえて、安泰に暮らせるという側面もある。

「犬神は、白峰のように懸想するのだ」

共に成れぬ相手でありながら、思いを寄せてしまう。

それが、憑依の元である。

思う相手の幸せを祈る気持ちは十分にある。

思う相手が、いずれ世帯をもつときも、犬神は一緒に成る相手の先々をみこす。

ここで、もしも、ろくな運命。思いをもっていなかったら、犬神は相手を蹴散らす。

突然の病気や怪我、心変わりなどで、婚儀を白紙に戻してしまう。

逆に、犬神のめがねにかなえば、すんなりと世帯をもつことができるのであるが、

このことは、もちろん、とうの本人は知らぬことで、

自分が犬神に懸想され、人生を差配されているとは、つゆひとつ気がつかないのである。

そして、幸せな結婚生活をおくりはじめても、犬神はじっと、思う相手をみまもっているのであるが・・・。

子供という血筋ができあがると、犬神の感情は一変する。

結婚相手の必要性が血の継承であるなら、子供が出来たときに結婚相手の役目が終わる。

この時から犬神の独占欲と嫉妬がたぎりだす。

必要のなくなった相手が思う人を独占する。

犬神の精神が沸騰し、犬神に憑かれたその相手に余波が生じる。

これが、犬神に憑かれた人間が見せる錯乱の仕組みである。

結局、この犬神の精神が平和を取り戻す「離縁」に成る以外、憑かれた側の助かる道は無い。

「わたしは山の主の娘に思いをよせた」

銀狼が言う「山の主の娘に思いをかけた」というその事実だけでは、山の主に呪詛をかけられる理由はつかめない。

澄明にとって、白峰大神は一千年前からの因縁といってよいが、銀狼が白峰大神と同じとは、そこまでの深い因縁をさすのか?あるいは、単に、異種婚を望んだということだけをさすのか?

「山の主というが、ただしくは、地の精霊の総括といってよい。この精霊が縁を結ぶことが出来るのが水の精霊である。陰陽師ならわかるだろう?火と水では打ち消しあってしまうが、土に水はしみこみ、また、逆に土が水の居場所を支える。山の主は土を頼る生き物のために、水を蓄え、植物を茂らせ、獣達に水を与える。それゆえに、山の主は水の精霊と共にいきこしていく。そして、代を継承する子孫をうみだしていくのだが、男が生まれればそれが土の精になり、女が生まれれば水の精になる。親である山の主と水の精霊がまだ、代を譲らない間、子供達は人間に姿をうつし、山野をかけめぐり暮らしている。その娘、たつ子と名づけられ、ときおり、母親が宿る山の泉で沐浴するのを幾度となく見かけるうちに心惹かれた」

銀狼の話はまだつづく。

「たつ子が、賤ヶ岳にすまう山の主に嫁いで、そして、その時になって、私は私が犬神であることにきがつかされた。

たつ子は賤ヶ岳の麓の湖にその身を潜め、一男一女を設けたのち、わたしのせいで、気がふれてしまったのだ。

狂ったたつ子は何度も、命をたとうした。

だが、精霊がそんなに簡単に、存在をなくすことができるわけがなく、たつ子は水の流れに身を任せ、琵琶の湖にたどりつくと、その身を石にかえた」

「なんと・・・」

琵琶の湖の沖に白く聳え立つ、通称、沖の白石というものがある。

それが、たつ子だと銀狼は言う。

「私は阿波の山中からたつ子を追って、ここまで、きたのだが、私の懸想と嫉妬がたつ子に移ってしまうとは、思っても居なかった。

それより、以前、自身が犬神であることにさえ気がついていなかったのだ。

だが、たつ子の狂気は私の嫉妬と、同時に起きる。

たつ子が狂いをみせはじめ、背子である山の主にうとまれるであろうと思うと、どこか、ほっとする自分が居る。

そう、気がついたとき、これは、私の呪詛か、生霊を飛ばしてしまっているのかと、自分を疑いだした。

そして、私の存在に気がついた山の主が、私をたつ子から引き離そうとしたときに私の中の犬神の血が湧き出した。

山の主の払いの念が私に向かってくるのが、読み取れる。

私は自分が伝え聞いていた犬神になってしまっていると、突然理解した。

山犬の一族の中から、犬神が出ずる。

その伝説がわが身をもって、真だと知ることに成った。

そして、私はそれでも、自分の懸想も嫉妬も抑えきることができず、たつ子にとりついているせいで、たつ子の錯乱がおきると認めようとしなかった。

そして、気がふれたたつ子は一瞬の正気のときに、わが身を石に変えようと決心したのに違いない。

犬神は代々、人につく。

たつ子は自分が死んだら、我が娘に犬神の障りが移ると考えたのだろう。

沖の白石に身を変えれば、私の懸想をつなぎとめておける。

さすれば、たつ子の一族は犬神憑きから、逃れられる。

たつ子の目論見どおり、私は、沖の白石が見渡せる、この山の上でたつ子が誰のものにも成らないことに平安を感じながら、沖の白石を見守る。

それが、唯一、私に赦され、残された恋情の昇華だと思っていた。

だが・・・、たつ子の夫も父親も娘も息子も・・私を赦すはずがない。

私はたつ子の姿を白石に変えてしまった自分の罪にもがくとき、いっそ、私が死ねば、たつ子は元のたつ子に戻れるのでは無いかと考えるようになった。

たつ子のためにも、死のう。

そう、決心して、私は琵琶の湖に身を投げてみた。

人間が使う毒を呑んでみたこともある。

だが、どうやっても、死ぬことが出来なかった。

それが、呪詛だと気がついたとき私はもっと、自分の罪にもがくことに成った。

私が死んでも、たつ子は元に戻れないのだ。

私が死んでたつ子が元に戻れるのなら、私を不死身の身体になぞ、するわけがない。

私は・・一人の女性をここまで、おいつめ・・・」

あとは、銀狼の涙にかすれた。

泪が銀狼のまなじりに小さなしずく溜りをつくったと見えたとたん、

乾いた灰色の体毛がしずくをすいこむ。

と・・・。

まなじり辺りの表皮が生気をとりもどし、灰色の毛が、水を得た緑のようにぴんと立ち上がった。銀狼がいう、不死身が、こういうことかと、澄明が解したとき、山犬の背から降り立つ白銅の姿が澄明の瞳に飛び込んできた。

白銅が一番最初にここに降り立つのも無理は無い。

朝から姿をくらました澄明の気配を追って、東の山に向かっていたからだ。

「白銅・・・この前から沸いてきている怨亡の正体が判ってきた」

「ふむ・・・」

式神の口伝から、澄明が灰色の狼の傍らにいることはわかっていたが、それがことが、怨亡に結びつくとは思っていなかった。

瓢箪から駒とはいわぬが、思わぬ糸口が見えたようだと得心する白銅に銀狼が訝しい声をかけた。

「怨亡が沸くというのか?」

声の主が式神が伝えてきた狼だろうとあたりをつけて、白銅は澄明と銀狼の傍らにぐいと足を進めた。

「あ?」

大きな岩の下に灰色の狼が押しつぶされ身動きが取れない、は、判っていた。

が、それが、木乃伊のごとき有様である。

「ふむ・・」

一目見ただけで、大きな呪詛が架かっていると感じ取られると同時に白銅の思念に沸いてくる思いがある。

「犬神か・・」

「知っておるか・・・」

銀狼いや、犬神みずからが白銅に問いただすと白銅から何を読み取ったか、銀狼の瞳からいっそう泪があふれた。

「ひのえ・・あ、いや・・澄明・・。この岩にかかっている呪詛は山の主のものだな・・。この呪詛を外さないと・・」

おそらく、犬神を岩の下からさえもすくいだせまいとそれだけは判る。

「どうやって?」

白銅に、わからない呪詛の解法を、澄明は掴み取っているように見える。

あるいは、それが、怨亡に関ることなのかもしれない。

「繕嬉がくるのを待ちましょう。不知火は関藤兵馬のときで、よくわかっているでしょう」

本物の木乃伊を成仏させた不知火であれば、見えてくるものがあろうと澄明は思う。

「ふむ・・・」

泪のしずくが見る見るうちに肉まで蘇生させている様は干物を水に戻すに似ている。このようりょうで、犬神を救い出せたら、泉に身を浸してやればよいのかもしれない。

まるで、棒鱈のようであると笑いがこみ上げてくるのを、こらえながら、白銅は犬神に声をかけた。

「もう・・悔やむことはあるまいて・・・なんとか、してやろうて・・」

白銅にかけられた言葉に犬神がぎょっとした。

「おまえ?私のことを読めるというか?」

「どうも・・。白峰大神のおかげで・・・」

添い遂げることが出来なかった悲しみ、護り切れなかった苦しみは、白峰大神も白銅も互いにくぐっているといってよい。

「立場が違うが似たもの同士のせいだろう。不思議とおまえの気持ちも伝わってくる」

おそらく、銀狼が白銅を読んだとき、澄明への必死な思いを知ったに違いない。

片割れを思う白銅の気持ちをみれば、銀狼はたつ子の背子である山の主の思いを見せ付けられる。目の前の白銅のように、我が妹背を思う山の主の思い。それさえ、たつ子から奪い取った。山の主を苦しめ、たつ子を苦しめた己でしかない。それであるのに、悔やむなという。なんとかしてやるという・・。この男なら・・出来るかもしれない。根拠ひとつとてないのに、犬神は不思議な安心感に包まれていた。
次にやってきたのが、九十九繕稀だった。

山犬の背からおりたつと、澄明、白銅の傍にゆっくりとやってきた。

みすぼらしい銀狼の死体と見まがうその姿を一目みると、「なるほど」とうなったまま、瞳をとじた。

どうやら、繕稀は銀狼のなにかをよみ取るようだった。

「無駄だろう」

銀狼には人間ごときが犬神を読み下す力があるとは思えない。

だが、澄明も白銅もじっと、待っていた。

繕稀は天空界まで、よみとる。もちろん、この場合、居並ぶ神々までよみくだしてしまい、その重圧に精神をくるわすばあいがあり、繕稀もそこは十分に承知している。

おそらく・・犬神の前世を読み下しているに違いない。

それならば、横に並ぶつながりが無く犬神だけの縦を掘ることになる。

「なるほど・・」

繕稀は同じ言葉を吐くと、ちらりと澄明をみた。

「やっかいだな・・」

「だと思います・・」

「こやつの前世から続く、深い因縁がある。犬神にうまれたも、山の主の娘にかかわったも、すべて、前世からの因縁だ。山の主の呪詛を解いたとて・・」

切った言葉が口の中に残るうちから、繕稀は澄明に念を飛ばしてきた。

『おまえ・・また、因縁からの解脱に関る・・何故、そのようなことに関るか?お前自身の因縁が綺麗になっていないということだろう?』

言い換えれば、澄明の因縁が清算されれば、銀狼の因縁も清算されるという事に成る。

「私ですか・・」

念を飛ばし会話を交わした二人のその思念が読めない。

塞ぎなど銀狼の前では役に立たなかった。

それが、今度は違う。

「おまえ、なにものなのだ・・・?」

たずねた言葉の後から先も銀狼が読み取れなかった事実をおもいだしていた。

「怨亡がわくといっておったな?」

それも判らなかった。

銀狼の問いに繕稀がまたも、瞳を閉じた。

怨亡の正体を見極めるようだった。

「あやつは・・は、なにをしている?」

あやつは、瞳を閉じた後にこの犬神のなにかを拾い出している。

そして、今又瞳を閉じて・・何を拾い取ろうとしているのか?

「繕稀は前世を読めます。先ほどは貴方の前世、今は、怨亡の前世を読んでいると思います」

澄明に説明されるといっそう、銀狼はあっけに取られる。

「なに?私の前世?怨亡にも、前世があるのか?いや、あるとして、読めるものなのか?いったい、私の何を読んだ?私の前世に何の関係があるという?」

矢継ぎ早にたずねてくるのは、銀狼自身の理解がおよばぬせいである。

銀狼も取り乱していると自分でもきがついた。

「おしえてもらえまいか・・」

およそ、人間と小ばかにしていた所作をあらためたと言外にふくませた口調は酷く丁寧に聞こえた。

銀狼の言葉をうけて、澄明はしばし、迷った。

繕嬉がどこまで、話すつもりなのか、どんな前世を読んだのか?

「繕嬉?」

たずねてみれば、繕嬉は腕をくんだまま、うすく笑うばかりだった。

おそらく、前世と今生の因果から話さなければ銀狼は因縁を理解できない。

「わかりました」

まず、前世と今生の仕組みを銀狼に解くのが、澄明の役目らしい。

元々繕嬉は無口な男だし、無愛想を絵に描いた人間過ぎた。

澄明の説明しだいで、、繕嬉がどこまで、読み取ったことを話すかもかわってこようとも思えた。

「前世が今生に影響を及ぼすことは、理解できますね?」

おもむろに銀狼の理解を量る。

「ああ。わかります」

肯定はしたものの、すこし疑問を感じている。それは、澄明が、その影響の内容に触れ無かったせいだろう。まずは、聞く、この体制に入っている事を確かめると、澄明は続けた。

「前世が今生に影響を及ぼす場合、大まかに、ふたつの形が現れます」

「ふたつ?」

どんな前世が銀狼のこの身に影響を与えているかと自身考えるより、まだ、複雑な仕組みがあるように思える。銀狼は澄明の言葉を待った。

「ひとつは、前世、そのままがあてはまる場合。

もう一つは、その逆。前世で自分がしでかした事が、返される場合。

たとえば、あなたが前世で誰かを殺したとする。前者の場合、またあなたは誰かを殺そうとする思いや境遇に追い込まれます。

後者の場合。

あなたが逆に殺される状態においつめられるようになります」

「それは・・つまり?」

今の銀狼の境遇は、はたして、どちらのせいなのだろうか?

恋する人を苦しめ、自身も呪詛を受ける。

同じことを前世でしていたということか?

それとも、逆にたつ子のような境遇が銀狼にあったか?

「かぶせられた悪いものをふりはらおうとするのが今生です。いずれの立場にしろ、あなたは、前世の行いを納所させられる思いを沸かされます。

その思いに、勝てるものは少ないと思います。

誰もが、前世から差配されます。

問題は、その差配のありようです」

銀狼の今生こそ、前世からの差配であるならば・・・

「私は・・・いったい何をしでかしたというのです?」




「なんだ?また、木乃伊か?」

突然の乾いた声はかんらと明るい。

不知火らしく、抜け目無く澄明たちのすぐ傍におりたつように、山犬に指図したのだろう。

「不知火・・あいかわらず、こうるさい男だな」

繕嬉のにくまれ口などものともせず、不知火は銀狼のそばににじりよった。

「ふ~~ん」

かすかに首をひねると、「あはは」と笑う。

「澄明、おまえではらちがあくまい。こやつ、白峰と同じにおいがするわ」

澄明が敗退を喫した相手は、あるいは、白峰大神ただ独りであるかもしれない。

その白峰大神と同じ匂い。

すなわち、恋する相手に「想いひとつ」だけで、つながっている。

「たしかに、やっかいです」

白峰が身を引いたとは形だけで、結局、今も天空から澄明を見張っていることだろう。

想いをあきらめ、昇華し、消失できない。

そこまで、澄明とて、変転させることは出来ない。

『それが、繕嬉のいう、因縁が清算されてないということだろうか』

繕嬉の謎賭けをどこかで、よみとったのか?

あるいは、繕嬉と同じ考えで、このたびの事件をみすかしたのか?

だが、そんなことよりも、まず、大岩の呪詛を解くのが先である。

その法をしくより先に、まず、繕嬉の見透かした前世をしったほうが、得策である。

「繕嬉、不知火がきたことだし・・先の銀狼の前世から、わかったことをはなしてくれまいか?」

「もとより」

と、応じるとちらりと不知火を見る。

「お前の言うとおり、執着が解かれないのも、前世からの差配でしかない。

こやつの前世での行いが、わざわざ、成らぬ恋をする犬神へ転生させ、山の主という叶わぬ相手に懸想させる元をつくっている」

黙って耳をそばだてる銀狼をしりめに、こやつ呼ばわりが出来るほど膳嬉はなにもかも読み取っているようだった。

「こやつの前世は いづな じゃった」

「いづな?あの、いづなですか?」

「そうじゃ」

と、繕嬉はもう一度、うすく笑った。

「おまえは、どうも、次から次から、糸をたぐる女子じゃの」

「え?」

繕嬉のいう意味がわからない。

もちろん、繕嬉ひとり、何もかも見透かした上で物をいうのだから、澄明でなくとも判らない。

「いづな、は、霊獣じゃがの、さて、これは、なかなか、数奇な縁じゃな」

『いづな・・・』

澄明は腕を組み、白銅は空をにらみ、不知火は頭の中を見つめるか、黒目の焦点が宙にういていた。

「いづな・・」

飯妻とも書く。猫ほどの大きさで、てんに似た姿をしている。名前が現すように、妻を好んで食べると考えられている。もちろん、妻というのは、人のことでなく、稲妻の妻を表す。ようは雷獣である。おそらく雷の放出する力を何らかの形で生命源として取り込んでいるのであろう。

稲光り、雷鳴がとどろくと、どこからともなく現れ、空中を遊泳して、雷を食らう。

そのいづなが、銀狼の前世であると繕嬉が言う。

「わからぬか?」

澄明たちの反目をおもしろそうに眺めるとぽそりとたずねる。

「雷を食らうというのだから、いづなは、誰の傍におりたがるや?」

「それは・・当然、雷神でしょう」

答えた白銅があっと、声を上げた。

「もしかすると?波陀羅の一件の雷神?」

榛の木に雷を落とし、榛の木の精霊を真っ二つに裂いてしまった雷神は

落雷の衝撃で精霊に融合してしまったのである。

そして、澄明たちの活躍で榛の木の精霊が元ひとつの身体に戻れたとき、

雷神も自分の姿をとりかえしたのであるが・・・。

「その雷神が、いづなのしでかしたことに、腹をたて、呪詛をかけおった」

すると、20年以上前、雷神が榛の木の精霊のなかに分裂して、同化して閉じ込められていたわけだから、いづなへの呪詛はそれ以上前のことに成るのか?

いづながいつ呪詛をうけたのか、判らないが、雷神が榛の木と喧騒をおこしたのも、ひとつには、いづなへの腹立ちが引き金に成ったのかもしれない。

「白銅、その通りじゃな」

言葉に成るのを待つがまだろこしく、繕嬉はその飛びぬけた能力のせいで、つい、白銅を読みすしていた。

「いや、でも、雷神が榛の木に落雷を落とし、榛の木の精霊に身体を明け渡すことになったのは、20年以上前のこと・・いづなが、転生して、銀狼になったにしては・・」

年月があわないのではないか?

白銅の疑問に答えたのはほかならぬ銀狼自身だった。

「いや、山犬は人間と違い、3年もせぬうちにいっぱしの大人になる」

たつ子をみそめるだけの色気も十分にもちえる。

と、白銅が口に出さなかった疑問に暗にこたえると、銀狼は繕嬉に尋ね返した。

「私がいづなだったころに、雷神をおこらせたのですね?

いったい、何をしたのでしょうか?

そして、前世でも呪詛をうけたというが、これが、因縁が繰り返されるということですか?」

繕嬉はふむと顎をしゃくると、澄明を見た。

澄明をまっすぐ見つめる繕嬉のまなざしをおって、銀狼も澄明を見つめた。

「繰り返される因縁は、いつか、どこかで、終息させなければならないものだ。

そして、その因縁を終息させることができるものは、また、自らがもつ、深い因縁を終息させたものでなければできないことなのだ。だから、おまえは、そこの女子、澄明を呼び寄せてしまったのだろう。いいかえれば、お前の因縁は終息できるものだという事に成る。

そのためにも、元々、因縁の発祥であるいづなのしでかしたことを話きかせよう」

「では・・」

と、繕嬉は銀狼のまじかに、膝をおとした。

「おまえは、いづなだった頃に、雷神の傍らに随身のごとく、はべっていたのだが・・・。

雷神は、こともあろうに、若狭から、京の都までつづく、三十三間山、息吹山、比叡山、近江富士・・これらを総括する山の主の妻女に想いをよせた」

「雷神がですか?いづなだった私でなく?」

因縁が同じ事を繰り返すというのなら、山の主の妻女に懸想したのは、前世のいづなであるべき、気がする。

だが、銀狼には、見えない前世の世界である、まずは、繕嬉を信じて聞く以外ない。

「そうだ・・。もちろん、成らぬ恋であることは、雷神も承知していただろうが、

いづな・・おまえがの、随分、しゃしゃりでて、雷神の密かな想いもなにもかも、山の主に知れることに成ってしまった。

もちろん、おまえが雷神の想いを阻むにも、わけがある。

雷を帯びる雷神が水におちたら、雷神が死ぬか、水の精霊が死ぬか・・。

どちらにしろ、ただではすまないことになる。

雷神を案じ、雷神から片時もはなれなかったのだが、雷神もおまえの目を盗み、

一目だけでもと、菅の湖にしのんでいくことになる。

こうなると、おまえも、不安一方から、先手まわりして、菅の湖を徘徊する。

当然、山の主におまえのことが知れ、雷神の懸想もあからさまに成る。

水の精霊も湖から姿を現さなくなる。

そっとしておいてくれれば、良かったものをと雷神が荒れ狂い、

激しい怒りの中、おまえに呪詛をかけた。

もちろん、雷神も意識して呪詛をかけたわけではない。

だが、「この気持ち、おまえにわかるか。

そっと、物陰から見つめるだけでも、それでも苦しい。

そんな心を押してでも、想う。その人に避けられることになる・・

この想い、おまえにわかるか・・」

そんな雷神の怒りが知らずのうちに因を結んでしまったのだ。

だから、おまえは、今生、雷神の怨念をうけて、成らぬ恋、思う人に避けられる。

想う人の暮らしまで壊していく。

と、同じ想いにたたされて、「おまえにわかるか」を知らされているのだ。

だが、おまえは、今の今まで、前世をしらずにいたわけだから、いくらくるしもうとも、

雷神に対して、「こんな想いだったのか、すまなかった」と、詫びる事が無かった。

雷神にしても、いくらお前が苦しもうとも、意趣返しのすさびに自分が虚しくなるばかりに成る。

それでも、いくらか、おまえの苦しみをみれば、雷神も「ざまあみろ」と、なって、

いくばくか、気が済むはずだったのだが、

ところが、雷神はまもなく、榛の木の精霊に二つにわかたれ、閉じ込められ、お前の苦しみをみて、気を済ますことも叶わなくなった。

そして、榛の木からすくいだされたとき、雷神は、怨念も憎しみも悲しみも榛の木の中においてきてしまった。

そんな負の感情がつまった榛の木に精霊がもどると、同時に榛の木が浄化されはじめる」

繕嬉は、銀狼から目をはなし、澄明が頷くを見届けると

「雷神の怨念が具象化し、浄化されようと地の中をつたい、澄明の屋敷からはいあがってきていたのだ」
「と、いう事は・・・」

やっかいである。

通常ならば、

鏡の理、あるいは、反古の理で怨念を派生させた雷神に怨念を返すことが出来る。

ところが、銀狼にとって、雷神は前世の朋友とも言える。

あげく、今なら、それも良いが、20年前の怨亡が沸いてきているのである。

雷神に返すことも出来ず、怨亡は銀狼のもとを目指す。

目指すがこれが、また、いづなで無くなっている。

昇華されぬまま、怨亡が土にもぐる。

いわば、呪縛霊といってもよい。

「やはり、まずは、雷神を探すか・・」

腕を組んだまま白銅は銀狼を見つめた。




澄明の屋敷はむこう一里にわたる結界が施されている。

むろん、結界の中は浄化されている。

出口を求める怨亡が浄化された場所へむかえば、結界の外に吐き出される。

この作用をしってか、単に出口を求めた結果、

澄明のもとに浮かび上がることになったのか、定かではないが、

雷神が知らずに生み出した怨亡は本来の目的である、

いづなへの復讐にかりたてられ、銀狼のもとへ向かった。
「あなたの言うとおりだ・・。ここしばらく、

得たいの知れない鬼火が丑三つ時をすぎるころから、私をとりかこんでいた。

それが、怨亡だったのだろう。

だが、鬼火どもは、私に害をくわえようとせず、まわりをとりかこむだけだったが・・・?」
銀狼の言葉をうけて、澄明が答え始めた。
「無理はないでしょう。雷神が呪詛をかけたのは、いづなであって、あなたではない。

呪詛の相手であるあなたの気配を察して、あなたの元につどってみても、

もう、あなたはいづなではない。

怨亡もいづなであったものの気配をかぎとることができても、

あなたの前世がいづなであったとは、わからないのでしょう。

が、それよりも、この大岩。膳嬉の解明により山の主の呪詛をとくことができると思えます」
澄明の言葉に銀狼が首をかしげた。
「山の主の呪詛が解ける?それは・・どうやって?」
「とにかく、ここから、あなたを引っ張り出すのを先にしましょう。そのあとで、詳しくはなします」
澄明のことばが合図になって、陰陽師たちはそれぞれの祭神の方位に従い大岩のまわりに立ち並んだ。
「澄明、この大岩に被った呪詛をはずすはなんとかするとしても、

大元の山の主の呪詛を変転せねば、こんなことの繰り返しになるぞ」
不知火にいわれるまでもない。
「とにかく、銀狼を助け出さないと、猩猩と烏たちがいらぬ存念を沸かして、

負界が生じます。怨亡が負の気をめどうにしてやってきてるのは間違いないのですから・・・」
「うむ・・余波が余波を生むと収集がつかぬようになる、急ごう・・・ところで、解法はやはり、不動明王か?」
「呪詛は多く、不動明王に差配されますから、多分、山の主でありとても不動明王の差配の先でしょう」
「うむ・・それでは・・・」
膳嬉がまず大岩に左手をおいた。

右の手で不動明王の印綬である手印を結ぶとあとは、

小半時、不動明王の真言を唱え、解法を説いた。
「よし、ぬけた」
白銅の合図で四人は大岩の下の土をほりだした。

大岩を梃の要領で動かすとき、銀狼の側に傾かぬように大岩の転ぶ道筋をつくるためである。

あたりに梃になる倒木がないか、探しにいくようにと、白銅が澄明に言う。
「土の毛は女子の手を傷める。手ごろな木があったら呼ぼうてくれ」
「はい」
夫の心使いに素直に従うと澄明は倒木を探すため、その場を離れた。

猩猩を見張っていた山犬の一匹が澄明に従った。

「あのようになるまで・・お前たちはずっと、銀狼を守っておったのだな」
「半月以上・・・交代でついておりましたが、猩猩も限界をこえ、

烏どものひなから、烏までくいあさるようになり・・朝には、おどろしい紫雲が沸き立つ有様で・・」
「それで、私もきがついたのだが・・・もっと、早く気がついてやればよかった。

猩猩も烏も、呪詛に操られ、本来の本能を忘れ果てている。

それも、さぞかしつらかったことだろう」
一刻も早く、山の主の呪詛を解かねばならない。

そのためには、知らずにかけたとはいえ、雷神の呪詛をほどかねばならない。

山の主に会うより、雷神にあうは容易なことではない。雷神はどこにいるか・・・。
「この・・木は・・いかがでしょうか?」
山犬が倒木の元に走りより澄明にたずねた。

そして、澄明は式神をとばし、白銅につたえ、やがて、倒木が大岩の下にあてがわれた。

大岩の下を掘り、倒木を差し込むが簡単に大岩が動くわけがない。

一寸にもみたないわずかに浮いた隙間にあたりの土や、小石を入れていく。

そして、倒木の支点位置を変え、また同じ作業を繰り返す。

ある時点まで大岩は傾斜を変えるだけだったが、

臨界点を超えると、あっさりと、事前に作られた道筋側に転げ落ちた。

不知火が銀狼に駆け寄ると、笑いながら、銀狼を抱き上げた。
「まったく、干物じゃの。わしはどうやら、木乃伊に縁があるようじゃから、どれ、わが家の裏の池にひたしてやるは、わしが役目じゃの・・で、澄明・・あとはどうする?」
「まずは・・・山の主の呪詛を・・」
多分、山の主は澄明が説明だけでは、呪詛をとくまい。

雷神の呪詛をはずしても・・まだ・・許せないのは、たつ子が元の姿に戻れないからだ。

どうすれば、たつ子を元の姿に戻せるか・・。

澄明はあてどつかず、考えあぐねている問題を、改めてつきつけられ、返答に窮した。




思い浮かぶことがないといえば、嘘になる。




澄明は浮かんだ解決方法を胸の奥にひた隠した。




だが・・。




『澄明・・おまえの思うとおり。それ以外法は無かろう』




銀狼の念が澄明の胸にひびいてきた。




銀狼はかわらず、白銅にかたがわれ、目をつむっている。




『それで、良いというのか?』




『ああ。だから、一刻もはやく、雷神の呪詛をといてくれ。

雷神も私の不在をなげき、探し回っているだろう』




ーいずな?-




前世がひょいと顔をだすことがある。

一瞬浮かび上がったいずなの言葉をかみ締めて

澄明は雷神の胸中を慮った。




確かに朋友であるいずなの姿をみつけられなくなった雷神は

いずなをさがすに間違いがない。




20年以上の月日を榛の木のなかですごし、

現世にもどってきてみれば、いずながいない・・・・。




ーそういえば・・・・ー




榛の木から雷神がいできてから、雷が鳴ったのは、

何度あったろうか?

雷を何度とどろかせても、いずなが現れない。

雷神はあてどなく、いずなをさがしまわっているということか?

だから、さして、雨もふらず、夏の盛りの日照りさわぎで渇水さえおきた。




その時に掘り起こした木乃伊のことを銀狼は読み下したか?




故に胸にしまった解決方法を引き読んだということか?

無論、そればかりではない。

いくつかの澄明の因縁からの解脱をよみくだしているのは間違いがない。




鼎を救ったことをも読み下したにちがいない。

禁術である同化の術。

その時の、澄明には勝算があった。

だが、銀狼には勝算がみつけられない。

だからこそ、ふさいだというのにそれを読み下し、

銀狼は覚悟をつけている。




ーなにか、法はないかー




案を模索する澄明の耳にまたも銀狼の念がひびいてきた。




『澄明・・。かまわぬ。たつ子がそれで救われるなら、私は本望だ』




ー銀狼・・・・-




それしか方法が無いのなら、やはり、雷神の呪詛を解くしかない。

さすれば、銀狼が転生をはたしたときに、

同じ事は繰り返されない。




だが、銀狼の選んだ法には転生がありえない。




ーなにか・・ー




『かまわない。私は自分が望んだとおり、たつ子を見守りつづけられるのだから・・』




愛に殉ずるという銀狼の意志を告げられると

澄明は己の段で考えることはできないと考え直した。

それが、銀狼にとっての幸いであるのなら・・・。




「白銅、雷神を探そう」




白銅の頷きを確かめるまでもない。

白銅もまた、澄明が、

雷神がいずなを見失った森羅山の榛の木を目指していると解していた。


榛の木の焼け焦げた根方の脇の新しい芽が

今の精霊の棲家である。

その芽は鮮やかにのびあがり、澄明の胸元まで勢をあげていた。

「いなづち・なみづち」

澄明が精霊の名をよばわると、はたして

「おお。澄明か」

精霊がならびて、澄明のまえに浮かび上がった。

「息災でおるな?」

「無論じゃとて、なにもかも、おまえのおかげじゃ」

にこやかに微笑む澄明をすかしみる精霊である。

「して?我らを呼び出すとはいかに?」

判りの早い精霊であると澄明のうしろで苦笑をかみ殺す白銅に目をうつすと

「二人、並びて、くるのはそれ相応の仔細があろう?」

早く話してしまえと澄明を促すのも、精霊が澄明たちに恩義をうけたせいもある。




「雷神を知らぬか?」

澄明の問いに精霊の顔が一瞬のうちにくぐもった。

無理ない話しである。

雷神のいかづちにより、榛の木の精霊はふたつに分かたれ

邪宗の双神に化した。

いきのびるためとは、言え、しでかした数々の悪行は今も

精霊の胸を痛めつける。

とは、いうものの、その禍から精霊を救い出し、元の榛の木の精霊に戻してくれたのが、澄明であり、白銅である。

その二人の采配があってからこそ、今再びの己達が在る。

己の苦渋を振り返っている場合ではないと、精霊の顔がまっすぐ澄明を捉えなおした。




「何度か、ここに現れた。雷神はなにかを探しているようだった」

澄明が思ったとおり、いずなを探しめぐっている雷神であるようだ。

だが、それも随分前の事で、精霊は雷神のその時の所作を思い出そうとしていた。

「ああ、そうだ、探し物は、おそらく、針だ。あの針が・・と、つぶやいておったわい」

「針?」

澄明は白銅を振り返った。

白銅はそうだと深くうなづいていた。




精霊を元にもどすために、二人で、呪詛のかかった畳針を一樹のむくろからひきぬいている。

雷神がつぶやいているのはその針のことに違いない。

澄明はあの時、畳針から鋭い電光がもれていたことを思う。

それは、雷神が双神の体に分かたれてものが、元に戻る時

融合の衝撃であったと思われる。

それを雷神は覚えている。

そして、おそらく、雷神はその衝撃で、いずなをどこかにとじこめたと

考えたに違いない。

いずなを探し当てても、分たつ道具である畳針がなければ

封じ込めたものといずなを分離できないとかんがえたのではないだろうか?




「澄明」

白銅の声に澄明は頷いた。

あの畳針は悪童丸の陽根を祀って封じこめてみせたふりと同じく

はたまた、藤原永常が孔雀明王の台座の下に保管したのと同様に

今は二人の住いの祀り主である久世観音・であり慈母観音であり、救世観音の

台座の下に封じ込めている。

*注*陰陽師でありながら、観音を祀ると言う部分は第3話ー白峰大神ーに、寄る*




救世観音の法により、雷神が畳針を見つけ出すことは不可能なのだ。

その針を掲げれば、雷神のほうから寄って来るということになろう。

「うむ」

頷くと澄明は精霊に辞去をつげた。


「役にたてたのであろうかの」

澄明の顔色をよめば、その答えが応であるとわかる。

精霊はまたたくまもなしに元の榛の木の新芽いや、もう新木というべきであろう。

終の棲家にきえていった。


「帰りましょう」

畳針をとりに。

いわずもがなの目的ではあるが、白銅は付け答えた。

「腹もへってきたわい」

はいはいと笑いながら澄明の足取りも白銅の足取りも

軽きを呈していた。


あわただしく、朝餉とはいえなくなった膳にむかうと

空腹はあっと言うまに椀の底を見せる。

まだ、冷め切らない茶をすすりおわると、

白銅が久世観音の脇にすりよっていく。

夫婦の息というのか、台座がかすかに傾けられたときには、

澄明の手に畳針がにぎられていた。

「うむ」とうなづく白銅はさまに澄明を追わなければいけなくなる。

畳針をにぎったまま、澄明は庭先に下りていく。

そのすばやさにあきれている場合ではない。

「ひのえ、いかぬ!!」

恫喝がさきにならねば、澄明をとめられない。

「なぜ?」

ゆっくりと白銅をふりむいた澄明の顔は妙に明るい。

銀狼の呪縛をはずしてやれる。

その喜びであるとわかる。

一方でよほど、勝算をもっているのか?

なれど

「ひのえが、わが手に畳針をかかげて、そこにいかずちがおちて・・」

半分も言わないうちに澄明がにこりと笑う。

「雷神は私たちをおぼえています」

お、覚えているものか。

大きな伸びをひとつ、伸び上がったと思ったら、瞬く間に姿をくらました。

あのわずかの間に雷神が自分になにがあったか、理解したというのだろうか?

いや、おそらく、自分がたすけられたことさえわかっていまい。

判っていたら、いずなを探しにここいらにも現れている。

白銅の懸念をみてとったか、さらに澄明はやわら気にほほえみ、大き頷いてみせた。

「思い出します」

つまり?忘れているだろう。はなから、覚えてないだろうと、判っていて、

一瞬の邂逅で雷神が澄明を思い出すことに賭けている。

「あ・・あほう」

相変わらず自分の信をつきすすむ。

だが、こうやって、わが身をいとわなず、一心不乱に銀狼を思う。

それだからこそ、雷神が思い出す。

思い出せると信じる。

いや、この場合は判るというべきだろう。

いままでも、この調子だった。

あるいは、その心に久世観音、おおくの神々が心動かされ加護を与えていたともいえる。

「よかろう」

あほうは、わしかもしれん。

澄明を信じきっていないあほうを自ら晒したあほうは、他ならぬ、このわしのほうだ。

「すまぬ」

「はい」

白銅の詫びの意味をさっしたのか、なんでもないことと、短くかえすと

いよいよ、畳針を天にかざす澄明の顔がひきつまった。

澄明とて、恐ろしいのだ。

その恐ろしさに身をひけぬ「思い」がある。

いかにしてでも、銀狼をすくいだしたい。

ーわしはほんにあほうじゃー

一瞬の気配もみのがすまい。

もしも、雷神がひのえにいかずちをあたえでもしたら、

いかずちが落ちる前にひのえの手から畳針をうばう。

ひのえ、いや、澄明の守護にはいると、

白銅は静かに目をとじた。

気配に集中するために・・・。

もういちど、澄明の手をありかを確認しようと、

うすめを開けた時、澄明の脇に黒い霞がたなびきはじめていた。

「来る」

雷神を招き入れる暗雲がわきあがってきている。

まもなく、雷神が降りてくる。

空気が鳴る。

かちかちかち、と、光ひとつ発さず、稲妻が空気をこする。

『ひのえ・・』

黒く暗い霞の中、澄明は微動だにせず、畳針を掲げていた。

雷神は?

まだ、現れぬか?

稲妻の中に身をひそめ、こちらの正体をうかがっているのか?

「あっ?」

一瞬、空気の淀みの狭間に雷神の瞳が見えた?

この機を逃しては、ひのえのもつ畳針に雷撃が落ちる。

白銅がずいっと身体を動かしかけた時澄明の制止が響いた。

「大丈夫です。雷神は、この畳針を恐れているだけです」

『あ・・』

その通りだろう。

雷神の身体は二つに分かたれ、片身ずつ、榛の木の精霊と融合していた。

その雷神の二つの身体を畳針が元1つの身体にもどした。

畳針の呪詛は解かれている。

だが、畳針が強大な力を持っていることを雷神は理解している。

その身を元一つに戻した道具にうかつに電撃など落としては、

またも、自分の体が二つ、いや、三つとわかれていくのではないか?

こう恐れているに違いない。

「いずなの居場所を教えます。畳針では、いずなを救い出せないのです」

澄明が雷神に説ききかせるとまもなく、

半信半疑であるか、おそるおそる、稲妻が静まりはじめた。

かちかちと恐ろし気な音もひそかなものにかわると、

あたりの霞もうすまりはじめ、黒いもやでしかなかった霧が薄墨いろにかわり、

その中に雷神の影が揺らめいた。

「いずながどこにいるか、知っているというのだな?」

雷神の姿がくっきりと現になり、

稲妻の音も消え去り、霞は白いもやになり、雷神の足元にだけ、うずくまっていた。

「なるほど・・おまえ、あの時の陰陽師だな?」

あの時、長い眠りからさめたとしか、かんがえつかなかった雷神だったが、

それから、いずなの姿をみいだせない。

くちはてた榛の木が眠りの長さをおしえていた。

榛の木の精霊の揶揄に怒り狂い、榛の木に雷撃を食らわせたことまでは

思い出したが、それから、いったい、どうなったか?


気がつけば、今、そこにいる二人の陰陽師の傍にいた。


どうやら、榛の木に食らわせた電撃に自らもが巻き込まれたらしい。

いずなが、又、心配しておる。

そう思った。

呼んでみても、いずながあらわれない。

とうとう、横恋慕のはてのやつあたりで、榛の木に電撃をくらわした雷神にあいそをつかしたか?

はたまた、いずなも己が身の上と榛の木のごとくやかれてはたまらぬと

姿をあらわさぬのか?


侘びながら、すかしながら、いずなを探しているうちに、

恐ろしいほどの年月がたっていることにきがついた。


そして、雷神は考えだした。


なにか、鋭いものが身体を突き通した。

その痛みに我をわすれ、夢うつつで、電撃をかえした・・。

そして、目がさめた・・。

あの鋭いものが何だったか、うすらとしかない記憶をたぐっていけば、

畳針がみえた。

もしかすると、いずなが、畳針で雷神を起こそうとかんがえたのかもしれない。

その電撃を今度はいずながかぶった?

そのまま、灰になったか?

いやいや、ありえない。

いずなは雷獣。

雷神はいずなを探しながら、考え詰めた。

月日がたちすぎている。

これはどういうことか?

もしかすると、雷神は時の狭間におちこんでしまったのかもしれない。

いずなが、そこから雷神をすくいだそうとして、かわりにのみこまれたか?

ならば、畳針がなければ・・・。

雷神はまず、畳針をさがすと決めた。

だが、あの畳針が見つからない。

わが身を通したあの痛みと電撃をかよわせた畳針は覚えている。

雷神の身体を通す畳針だ。

いずながなにか護法を与えているに違いない。

あの畳針でなければ、いずなをすくいだせない。

探せど、探せど、甲斐なきありさまに、何度、いずなにわびたことだろう。

「判ったぞ。おまえらが、いずなをかくしさったのだな」

その畳針を持っているのが、証拠だと雷神は二人をにらみすえた。

澄明の手の先、畳針をにらみすえると雷神の体から

青く小さな電光がそこかしこにわきだす。

ぴしぴしとはぜる音がひとつの場所にあつまりはじめると、

青い光のかたまりにかわり、ゆらめきながら雷神の手にのった。

「ひのえ、いかぬ。畳針を放せ」

白銅が叫び、澄明を庇うより先雷神の手がおおきくふりあげられた。

護法の結界など役にたちはしないが、白銅は念誦をとなえながら、澄明の体の前にたちはばかった。

雷神の手から雷光が放たれる・・・。

と、思った瞬間、その手が止まった。

いぶかしげな瞳が何かを思い出そうとしているとも思えた。

「おまえ・・?なにを・・」

雷神の言葉が澄明になげかけられているときがついた白銅がかぶりを振った時

白銅の目に血にそまる澄明の手が見えた。

「ひのえ?なにをするぞ!!」

白銅の言葉が澄明の所作に奪われていった。

澄明は己の手に畳針をつきとおしていた。

今、その針をゆっくりとひきぬきながら雷神に問いかけていた。

「まだ、おもいだしませぬか?」

雷神の瞳がただただ、澄明の手元、くいこんだ肉から針がひきぬかれる様をくいいるように見つめていた。

ゆがめた顔のま中、まなこが一点を凝視しつつげている。

ゆっくりと針が肉から離れるさまを見続けている。

澄明の謀りがなんであるか白銅にはわかっている。

記憶をいくら手繰っても思い出す事が出来ないことでも雷神の体が覚えている。

己の体から畳針をひきぬかれたその痛みを触を、体こそがおぼえている。

だが、そこまでして、雷神が澄明をおもいだすかもわからない。

で、あるのに・・。

「ひのえ・・」

わが身を傷つけてまで、敵意のないことをみせしめる。

その姿こそが雷神のうずもれた記憶の中をほじり返していく。

「お・・お・・・おまえ・・」

うなる声そのまま澄明にかけよるとその手をつかみ

小さな雷光を照射しはじめた。

「思いだしたぞ・・・この手だ・・この手が・・わしの畳針を抜いてくれた・・この手が・・」

雷神はなにおか覚ったと見える。

雷神の雷光の照射に傷口が焼けていたが、それが、傷口の消毒になる。

白銅が己の袖口をきりさくと、澄明はくるりとそれを無造作に手にまきつけ

雷神をみつめなおした。

「わかりますか?」

「判る・・」

そうだ。あの時も電撃をくらいながら、わが身を呈してたすけだしてくれたのは

こやつらにまちがいない。

「私の話をきいてくださいますか」

「もとより」

雷神は深々とひざをつき頭をさげて、澄明に謝罪と感謝をあらわした。

ひざまづいた雷神の傍らに澄明もゆっくりと膝をおとした。

「まず、いづなの行方をお話します」

雷神のいぶかしげな顔が縦にゆれた。

「今、いづなは、銀狼に転生しています」

雷神の瞳が大きくみひらかれると、大きな涙があふれ、頬に伝った。

「い・・いづな・・は、死・・死んでしまったということなのだな?何故?」

霊獣であるいづなが、死ぬなど、希なことである。

「私が・・電撃を?」

思い当たることはそれしかない。

澄明の眼がかすかに、地をみつめた。

「いいえ。違います。ですが、いづなが、銀狼に生まれ変わったのは貴方のせいです。

そして、銀狼に生まれ変わったいづなは、山の神の呪詛をうけ、死ぬこともできず、もがきくるしんでいます」

澄明の言葉は雷神にいくつもの、混乱を生じさせていた。

「山の神の呪詛?いや、待て。死ぬこともできず?死ぬほうが良いほどくるしんでいるということか?いやいや、待て待て・・。何故、銀狼に生まれ変わってしまったのだ?それが、なぜ、私のせいなのか?」

順序を追って話していかなければ、わからないことではあるが、いづなが、銀狼に転生した、そもそも因である雷神の呪詛を発祥させた雷神の横恋慕を思い出してもらわなければならない。

「貴方は水の精霊に懸想したことがありますね?」

哀しい記憶である。また、そのために、榛の木にやつあたりをして、結果的に榛の木に閉じ込められてしまい、その長い年月の果てにいづなを失った。

「それが、いづなと、なんの関係がある」

胸の中の傷をつつきまわされる痛みにたえかね、雷神は、その答えをはぐらかそうとしていた。

「覚えていらっしゃるのなら、けっこうです。その時、いづなが、あなたの邪魔になった。そうですね?」

ぐうと喉の奥にうなり声をこらえながら、雷神の瞳は怒りにふるえていた。

それは、澄明の言い方にたいしてなのか、自分のせいだとおもいあたったせいか。

「いづなをうとましく思ったのは事実だ。だが、そのせいで、いづなが、死んだというのか?」

大きな瞳が情けなさに揺れうごめいていた。

「いづなが、死んだ理由は、簡単です。貴方がいなくなって、いづなは、雷を捕食しなかったせいです。ときおり、自然界では、森羅万象の差配で、貴方の力でなく、雷ににた根源力が生じていたはずですが、いづなは、それをとりこもうとしなったのです」

「な・・なんで・・・」

「貴方が消滅したのは、自分のせいだと思ったのだとおもいます」

拳を握ると目頭あたりをおさえつけた雷神のその手の隙間から滂沱の雫がこぼれおちていた。

「それで・・私のせいか・・」

納得を諦めと共に理解した雷神であったが

「いいえ、そうではありません」

澄明の言及が続いた。

「いづなが死んだ理由は確かにそうでしょう。ですが、問題は銀狼に転生したことであり、

銀狼に転生させられるために、いづなは、飢え死にを選ぶ思いにかりたてられたということです」

拳で涙をぬぐうと雷神は澄明をみつめかえした。

「銀狼に転生したことが、良くないということなのだな?それは、いかに?」

「貴方がしくんだのです」

「え?」

戸惑いのまま、雷神はいづなとの過去をおもいなおしていた。

だが、あえて、いづなに呪詛をかけてしまったわけでない雷神におもいあたることがない。

「言霊をご存知ですね?」

答えをしっているのは、澄明しかない。

雷神は、唐突な質問が、答えの手引きであると、解すると、尋ね事の返事だけをかえすことにした。

「知っておる」

「言霊が発動するとき、言霊を発した本人が、今、言霊を発動させるぞと、お思いになって、言葉を発しますか?」

「いや。それは、まず、無い。当て込んだ思いでは、言霊は発動しない。思い誠の真に天がのってくる。だから、時に、とんでもない思いであっても、真剣におもっていると、その言葉をかなえてやろうと、言霊が発動されることもある」

「おっしゃるとおりです。今の話は、言霊の話しですが、貴方がおっしゃったように、「思いに乗ってくる」という事が根本です。

ですから、言葉にしなくても、事象がおきるということは、ご理解いただけますね?」

「うむ」

うなづいた口から、疑問がこぼれてくる。

「だが、それがどうしたという」

いっさい思い当たっていない雷神である。

「確かに私はいづなをうとんだこともある。だが、いづなを朋友と思うその気持ちと、一時の感情と、引き比べてみれば、どちらが、誠であるか・・」

云とうなづく澄明をみて、雷神は言葉をとめた。

いわずもがなの自明の理でしかないということなのだろう。

「言霊・・あるいは思霊というべきでしょうか。雷神である、貴方なら、わかることだとおもいます・・」

大きく息を吸い、深く、長く、吐き出すと澄明は続けた。

「たとえて言えば、貴方が電撃を貯める。それだけでは、雷はおきません。

貴方が電撃を放る・・そこで、初めて、雷が生じる。

電撃のかさが大きいか、小さいか。という問題ではないのです。

貴方が、放ったか・放たなかったか・・ということです」

しばし、考え込んだ後雷神が尋ね返した。

「つまり、朋友と思っている誠がいくら大きくても、うとましいと思った思いのほうがいくら小さくても、うとましいという思いを放ってしまった・・と??」

「大きくても、小さくても、放てば、それは鋭い根源力をもちえます」

「朋・・友・・だと思う気持ちは、はなっていないというか?」

「違います・・・」

雷神の電撃にたとえたことが、かえって雷神を混乱させてしまったようである。

どう、説けば、雷神の腑に落ちるかと考える澄明は、寸刻、沈黙を結んでいた。

その沈黙の堰を破ったのは、白銅だった。

「ひのえ。海だ・・」

その一言が澄明の脳裏に荒れ狂う波をうかばせていた。

「あ・・」

おもいうかんだことを、そのまま、口にするだけでよい。

白銅の助け舟にささえられ、澄明はよどんだ堤の堰をきった。

「そうです。海です。雷神、貴方のいづなを思う気持ちはたおやかで、凪いだ海のごとく、

水・・つまり、情にあふれるものなのです。ところが、どういう加減か、そこに荒波がたってしまった。その波がいづなをのみこんでしまったということです」

ふにおちたのだろう。雷神の瞳から、怒りがきえていた。

「その波をおこしたのが、貴方なのです」

「うとましいと思った・・確かにそう思った。それが、呪詛になったというのか・・」

雷神がきがつけば、それで、良い。

「ええ。貴方はいづなの邪魔だてに対して、うらみつらみの思いをわかしたのです。

例えば、この気持ち、わかるか。と、おもったことはありませんか?」

雷神の形相が険しいものにかわっていた。

「ある・・・。それが・・」

いづなを銀狼に転生させた元らしいと、雷神は自分を責め始めていた。

「それが、呪詛になり、銀狼にうまれかわったいづなは、貴方の気持ちを判る状況においこまれていったのです」

「私の気持ちがわかる状況?それは・・さっき言っていた山の神に苦しめられているということか?山の神が、いづなの思いを邪魔立てしているということか?」

確かに山の神が邪魔たてしているという言い方もなりたつかもしれない。

銀狼に転生したいづなを思う雷神であらばこそ、大元の呪詛を解かなければならない。

「銀狼は、あなたと同じように、水の精霊に懸想したのです」

「あ・・・」

山の主が邪魔立てするのではなく、ならぬ恋であったのだ。

「つ・・つらかったろうに・・」

澄明の瞳が大きくわなないた。

「雷神。それが、呪詛になるということがおわかりになりませんか?」

「え?」

虚をつかれ、きょとんと澄明を見つめ返すだけの雷神になった。

「つまり、雷神、あなたがつらかったのだということでしょう?それが、まさにー私の気持ちがわかるかーということでしょう?判るようになったんだろうなあ。と、いう思いが言下に含まれてしまうのですよ」

「あ?あ、あ・・・・・」

澄明の言う意味合いから、雷神は、やっと、呪詛を知らずにかけていた自分であるとはっきり、自覚していた。

「銀狼は、犬神になってもいます。元々、霊獣であったのですから、犬神に変化していくのはやむをえないことですが、それゆえに、水の精霊への懸想がただごとではなくなったのです」

澄明の言葉に雷神の瞳は地をみつめていた。

「い・・・犬神・・だ・・と・・?あれは・・、懸想した相手、その子孫は元より、とりついて、生まれ変わろうとも・・」

「そのとおりです。それで、水の精霊は、犬神の思いを自分にとめおかせるために、沖の白石に転身したのです。それで、山の神の怒りにふれ、山の神からも、呪詛をうけてしまったわけです」

言葉をなくした雷神にこれ以上を畳み掛けるは、不憫としかいいようがない。

だが、いづなの元の呪詛、雷神からの呪詛をとかなければならない。

「山の神は不死の呪詛をかけました。銀狼として、死ぬこともできず、輪廻転生もできず、

愛する相手を沖の白石にかえてしまった苦しみにもがきつづける。山の神の呪詛を解く方法はあります。あるいは、その方法であれば、転生できるようになるとも思えます。

ところが、もっと、大きな呪詛がみえたのです。

今回、山の神の呪詛をほどいて、いづながさらなるものに転生したとしても、その呪詛がついてまわるわけです。

ーこの気持ちわかるかーその呪縛が、ついてまわる以上、いづなは、何度転生しても、同じ繰りかえしになるわけです。

ですから・・」

やっと、雷神の喉から声がほとばしってきた。

「どうすれば、私がかけた呪詛がとける?」

「かけてしまった呪詛をとりはずすのは、貴方が許す気持ちになればそれで、すむのです。

今までそれに気がつかず、知らずにいたわけですが、貴方はもうそれがわかって

許す気持ちになっておられる。それだけで、充分なのです」

「あ・・・・」

ちいさな気づきの声がもれると雷神は再び澄明にひざまづいた。

「貴方は、榛の木から私をすくいだしただけのみならず、私の心の闇を、そして、いづなをすくいだしてくださった。その貴方におそれおおくも、電撃をむけようとした。許されよ」

だが、小さく首をふる、澄明の顔はまだ、すっきりとはれていなかった。

「なに・・か?」

澄明の顔色の理由におよびつくと雷神は澄明の言葉を待った。

「元の呪詛は解けました。山の神の呪詛が残っています。これを、解かねばなりません。

解かねばならないのですが・・この方法は・・・」

切りつまった澄明の顔をみつめる、雷神は尋ねる言葉をなくしていた。

「銀狼が・・転生できるかどうか、確約できないのです。それでも、銀狼は覚悟をきめております。沖の白石を元の水の精霊にもどしてやれればそれでよい・・と」

「それで?それで、山の神の呪詛は解けるということか?いったい、どうやって?」

ちらりと白銅をふりかぶった澄明が再び、雷神に話し始めた。

黙って、澄明の話をきく、雷神の顔が悲しく歪み始めていた。

「それでは・・いずな・・いや、銀狼は、死ぬに死ねないことになんのかわりがないではないか?元どおりのいずなに転生することができなくとも、せめて・・銀狼で、なくなることはできないというのか?」

澄明もまた、迷いの底に悲しみがよどんでいる。

「命をかけるに、いちかばちかは、ありません。ですが、私は自分のいのちをかけるなら、それもいたしかたがないといえます。ですが、銀狼の命をかけることは銀狼にしかできないことでしょう。それでも、貴方は、銀狼が完全に消滅するか、転生するかの、いちかばちかをおこなえますか?」

雷神の中にも迷いが生じている。

澄明の口ぶりでは、転生の法があるようにきこえる。転生できるのかもしれない。

だが、その可能性にかけていいものなのか、どうか。

その転生の法をきけば、いちかばちかにかけてみたくなるかもしれない。

聞いてしまうほうがいいのか、

聞かぬほうがいいのか、

聞いたうえで、どちらかに決断できるのだろうか?

迷ったままでいるのだろうか?

「だが、お前がいう解呪の法では、どのみち、いずなは死んだも同然であろう」

「そのとおりです」

「ならば・・」

聞こうという言葉を飲み込むと、雷神は別の言葉をつぎたした。

「たとえ、消滅したとて、かまわぬ」

雷神の覚悟といってよいだろう。

手をこまねいて、見つめ続けるより、手を尽くし、たとえ消滅という結果になっても

その悔いもすべて負うという意味だろう。

「わかりました」

もしも、銀狼、いや、いずなが消滅し、この世に二度と転生しえない「無」になったとき、

どれほど、雷神が苦しむかを判っている澄明だからこそ、雷神の覚悟の程もわかる。

再び、息を大きく吸い込むと吐く息とともに

いちかばちかの悲しい賭けである救出の法を話し始めた。

残るは山の神の呪詛であるが、

これは、簡単に解けそうにない。

雷神の場合は我知らず、思うた念であるから

雷神が気がつけば、呪詛はその効力を失う。

だが、山の神は、あえて、呪詛をかけている。

そのうしろには、たつ子を沖の白石に変えさせられた悲しい憤りがある。

これにより発せられた呪詛の念は

たとえ、たつ子を元の水の神にもどしたところで

消えるものだろうか?

山の神が、「気がつく」「許す」だけで、

怨念とも、いえる念が消滅するだろうか?

すでに、「怨念」自体が、ひとつの生き物のごとく

銀狼に寄生しているのであれば・・・・。

雷神に話し聞かせた救出の法をもってしても、

たとえ、転生をはたしても、

ー愛するもの苦しめてしまうーと、言う因縁は繰り返される。

 

それならば、消滅しようとも、転生しようとも、

同じことではないか・・・。

 

どうすれば、もっと、深く「怨念」を変転させられるか・・。

あるいは、

「怨念」をうわまわる「情」の発動で

「怨念」の効力を無にするということもできなくはない。

だが、

それには、

山の神の「気づき」だけでなく

山の神自身が、銀狼を許すだけでない

もっと深い情愛をかけねばならない。

 

怨念をあえて、かけてしまうほどの憎しみをもつ

同じ山の神がそれ以上の情愛を銀狼にかける・・・

 

どうすれば、それが、できるのだろうか・・・

そして、その「事」のおこりは、

やはり、雷神にはじまる。

ここを雷神に話せば、雷神もまた苦しむ。

たったひとつの思いが元で

いずな・・銀狼が、消滅するかもしれず、

転生しても、同じことの繰り返しになる・・。

「ひのえ・・」

白銅が呼ぶ。

「わしは・・・山の神はたつ子さえ戻ってくれば

銀狼への憎しみを昇華できるとおもう」

白銅はなにゆえ、そう思うのであろうか?

「山の神は、たつ子が戻ってきても、なお

銀狼のー愛するものを自分こそが貶め苦しむ転生ーを見て

山の神の胸内はすくかもしれぬが

次にたつ子とおなじ苦しみをあじわうものがでてくるということにきがつこう?」

「そう・・ですね」

「たつ子さえ、助かればそれでいい・・と、思うだろうか?

たつ子のような苦しみをあじあわせてはいけない

くりかえさせてはいけないときがつけば

山の神とて、銀狼の思いをくみとって、赦し、愛してやるしかないときがつこう」

白銅のいうとおりであろう。

「山の神は、変わるでしょうか?」

不安はそこにある。

「山の神といえど、すぐには、変えられぬ思いであるとはおもう。

だが、それをかえてこそ、山の神自身の救いになるのではないか?」

誰をかを憎む無灯明地獄にいるのは山の神のほうなのかもしれない。

「それも、山の神は自分でもきがついていない。

だが、

嫌でも、自然は曲がったものを矯正するように動くものだ」

いまさらながら、陰陽の紋を思う。

白あらば同じだけ黒がある。

山の神の憎しみという黒がふえれば、

どこかで同じだけ、それを打ち消していく白が継ぎ足される。

「かむはかりにまかせるしかない・・だろう?」

そうしかないかと覚悟すれば

いっそう、一か八かの、銀狼の救出が悲しい。

「ひのえ・・それも、勝算があるのではないか?」

澄明の心をよみとるに聡いは夫ゆえであろうか。

「どういうことでしょう?」

「へたに山の神の呪詛をときはなたぬほうがよいとうことだ」

それは、何故だろう?

「考えてもみろ。

山の神の呪詛は銀狼を不死にしておるのだぞ」

「あっ!!」

それは、言い換えれば

死にえない銀狼を打ち砕けば

器をなくしたいずなの魂が浮上するということでもある。

あとは、いずなの魂がはいりこむ器があればよいということになる。

それは、太古の昔 器をもとむる魂と命のかけらが

電撃により和合をはたしえ、ひとつの生命体をうみだしたのににている。

「ああ・・」

電撃を与えたのは、ほかならぬ雷神であろう。

「おそらく、一人でさびしい雷神の思いが命の芯になり・・」

いずなという生命体をつくりだしたのであれば

「いずなとして、よみがえってくるということですね?」

白銅は首をかしげていた。

あくまでも、推論でしかない。

「だが、それを信じるしかあるまいて」

たんに澄明の迷いを払拭しようとする白銅のつくり話でしかないかもしれない。

「いずれにせよ。このままでは、山の神もたつ子もすくわれぬ」

そして、銀狼も

ひいては 雷神も・・・救われぬのである。

やるしかない。

白銅の言葉を言霊として、発動させるためにも。

そう決めると澄明は雷神を振りかぶった。

「さきほど、話した手はずどおり・・・」

二人の会話の意味合いをつかめたのか、

それとも、いずなの消滅があるとするなら

わが手で、と、思うのか

雷神は黙したまま深くうなづいた。

「銀狼の元へ・・」

3人・・いや、雷神はおのが力でいくとみえて姿をくゆらせはじめていた。

2人を銀狼の元へおくりとどけようというのか

いつのまにやら黒い影があらわれていた。

そして、2人は銀狼の元へ飛ぶがごとくに運ばれていった。

2人が来るのをまちうけていたのが、不知火であるが

相変わらず、口が悪い。

「棒鱈のようになるまで、気がつかぬ、澄明もうつけじゃ」

ひからびた銀狼の身体に水分をあたえ続けただけのことはあり

銀狼はこれが、平素のとおりと思われるほど精気をとりもどしていた。

ーなんと、精悍な・・-

その立派としかいいようのない姿に惚れ惚れしている間に

澄明の隣で電光が小さくはぜる。

雷神が現れると銀狼の傍らに歩んでいった。

「すべてを、聞き及んだ。わしのせいで・・すまなんだ・・」

深く頭を下げるは双方になる。

「あとのことは・・」

みなまで、言うな。判っていると銀狼にうなづくと

「この女子、すでに幾たびも救いをしておる」

その女子、澄明の判断に狂いはなく

仮にいずなが消滅したとしても、その判断の結果もまた狂いではないという。

雷神が言下に含めた「信」にうなづく銀狼に、さらにつたえることがある。

「榛の木にとじこめられたわしをすくうてくれたのもこの二人じゃ。

おまえを銀狼にかえてしもうたおろかな闇をぬぐうてくれたのも、この二人じゃ」

すでに、雷神は救われている。と、いってよい。

そのうえに、まだ、二人は、銀狼をすくうことは間違いない。

「はい」

言葉短くも、銀狼とて、判っている。

深く雷神に頭をさげると澄明をみた。

見たまま、告げた。

「それでは・・」

銀狼は最後の決断を決行したいと。

そして、4人、いや2人と1神と1匹は

沖の白石にたった。

過去、澄明が鼎に行った同化の術は思念の世界の経緯を

鼎のかわりに澄明が引き取るというものであったが

こたびは違う。

沖の白石にかわったたつ子すべてと

銀狼が入れ替わる同化の術になる。

すなわち、

銀狼が白石になり

たつ子がこの世に現れることになる。

念誦をとなえ、畳針を白石につきたてると

銀狼の手が畳針にそえられる。

「さらば・・じゃ」

その畳針に雷神がいかずちをおとしこんだ。

 

白石を裂くかと思う轟音とま白な煙があがり

石がこげる匂いがたちこめた。

煙が銀狼の灰色の影を包み隠し、銀狼の影がみえなくなった。

寂寞という空気があたりをつつみはじめるとき

ま白な煙も湖上の風にふきながされていた。

「た・・たつ子は?」

銀狼が白石の中にすいこまれたのは間違いはない。

ならば・・・かわりにたつ子があらわれねばならない。

「と・・澄明・・ま・・まさか」

やはり、先に山の神の呪詛をとかねばならなかったのだろう・・。

結局、愛するものを苦しめるという因縁からのがれることは不可能だったのか・・。

「待って・・ください」

澄明は韻を結び、浮かびを起こそうとしていた。

ふと、浮かんだことを口にのせていく。

「白石というひとつの結界のなかにはいる方法がいかずちであり

銀狼がはいった。

ならば、同じように、結界からでるのも、たつ子が畳針に手をそえねばならないのでは?

おそらく、今、銀狼がたつ子に働きかけている」

結界の中にはいっているもの同士でしか、動かせない物事がある。

だが、銀狼をおそれるたつ子が銀狼のいうことをきこうとはしないだろう。

「おそらく、たつ子を襲うふりをするでしょう。

のがれようとたつ子は結界にあいた隙間にてをのばし

外にでようとするでしょう」

「ふむ・・」

うなづいてみたものの、最後の最後までたつ子を苦しめるだけしかできない銀狼があわれである。

「それで、銀狼もたすかるのだと思います。

命をかけた最後のときまで、-愛するものを自ら苦しめるー事で因縁通りを通り

そして、苦しめることでたつ子が元の姿にもどるのだから

因縁通り越すということになります」

「それでは?」

「ええ」

あの畳針がかすかに動いたときをのがさず、雷神は畳針にいかずちをうつ。

瞳をこらし、雷神はたたみ針を見つめ続けた。



雷神とて、おもいおこせば、そうであった。

榛の木の精霊をふたつに分かち

己は榛の木の中でねむっていたらしい。

それが、突如 鋭い痛みをおぼえ、

薄目をあければ、榛の木の精霊が元の雌雄同体の姿にもどってそこにいる

やがて、妙な女鬼に揺り動かされた。

奇妙なところにおると思いながらも

畳針の作った小さな穴から光がもれてくる。

さては、どこかに迷い込んだか

そんなきがして、外にぬけだした。

たつ子もおなじであろう。

外にでられると判ればでてくるしかない。

たつ子が逃げおうした相手である

銀狼が白石の中におるのであれば

白石に身をかえておく意味さえなくなり

「あ・・」

小さく針がふるえている。

今だといかずちをかまえるより先に

たつ子の姿がおぼろにうかびあがりはじめた。

「たつ子がこちらの世界にもどってきてからです」

おそらく、榛の木の精霊のように

たつ子と銀狼は

白石という結界の中で同体化することでしか

ひとつところにいられないのだろう。

ひとつのものになるをいとい、白石からぬけではじめたのなら

今、電撃をあたえたら、逆に間違いなく同体化がおきる。

「たつ子がぬけでたら、逆にもどれなくするために

入り口をふさぐしかありません」

そのためには、いかずちを帯びた畳針に今度は陰のいかずちをなげあたえる。

「できますね?」

「やるしかあるまい」

澄明の傷をなおしたのも、陰のいかずちであると考えられる。

破壊のいかずちと同じだけの癒しのいかずちを使える雷神であるのはまちがいがない。

手の甲を背中合わせに組むと両手から青白い電光がゆらめきだす。

それを手をかえしておおきくつつみこむと

握るがごとくに圧縮していく。

電光が丸く小さくなっていくと、光はますます冴え輝きだしていった。

「合図をしてくれ」

「無論です」

電光がおちる間髪いれず畳針をぬかねばならない。

で、なければ、「癒し」という力のある陰の根源力で

白石の結界までもがふさがれてしまう。

それはすなわち、白石そのものがこの世に姿をとどめおけなくなるという意味になる。

ーそれは、たつ子がでてきてからでなければー

で、なければ、銀狼もろとも、たつ子まで消滅するか、磐とともにくだけちるか・・

「雷神!」

するどく澄明がさけぶと、青白い光は畳針におち

畳針までもが青白く光だし

畳針がつくった亀裂をもとのようにうめはじめていた。

「ひのえ、いまだ!!」

いつかのように、白銅も手をそえると

畳針はするりとぬけおちて

その痕に残りきえていく青白い光がのると

穴も元のとおりにふさがれていた。

「成ったの」

ふりかえる場所にたつ子がたちつくしていた。





ちかづく澄明をたつ子はぼんやりとみていた。

「たつ子さま・・」

声をかけられ、はじめて、たつ子は白石の外に出たときがついたようだった。

「あれは・・・」

白石まで銀狼がはいりこんできて

一条の光めがけて、逃げ出したが、

銀狼はおいかけてはこなかった。

「あなたたちが?」

聞かずとも、白石の傍にいるものが助けてくれたとしか考えられない。

銀狼を白石にとじこめ、たつ子を外にだしてくれたのだろうと、思うが

はたして、それは救われたのであろうか?

ありがたいと考えるべきなのか?

結局、銀狼は白石に身をかえただけで、

あいかわらず、たつ子に銀狼の執着と懸想がふりかかり

ひいては、たつ子の子供たちにもふりかかる・・。

銀狼の執着を一身にそそがせとめおくために白石に身をかえたというのに

これでは・・。

明るき外へでたとは、うらはらに、心はかげり

それでも、礼をのべねばと思う口がままならず、たつ子の面差しは悲しみにしずみはじめていた。

「安心されよ」

かけられた声の野太さの中に優しく暖かい張りがある。

ぼんやりとみつめていただけのたつ子の目が声の主を認めた。

「ら・・雷神?」

雷神と陰陽師?

いかなる経緯で人間と神がたつ子を白石から元のたつ子にもどさせたのか?

雷神までもが加担するには、それなりの理由があり、

なにか、銀狼の執着を切る法に雷神の手が必要であったのだろうか?

よもやと思い、まさかと思いながら、

安心せよというのは、そうなのかもしれない。

「銀狼は、自ら変わり身になると申し出ている」

そこまでして、執着を永久の物にしたかとたつ子がおもうかもしれぬと

雷神はあわてて、言葉を継いだ。

「今、銀狼は白石にかわりはてておる。

それを、わしがこれから、打ち砕く」

「え?」

それでは、銀狼は?

銀狼はあわれに消滅してしまう。

たつ子とて、銀狼を消滅させるのなら、己を元に姿に戻してはほしくなかった。

銀狼を殺さねば成り立たないものならば

そんな犠牲をしいてほしくなかった。

だからこそ、最善の選択として、白石に身をかえた・・

それが、無駄にしかならなかったという・・ことになる。

「それも、銀狼がのぞんだことだ

あやつは・・・」

言葉がとぎれる。

「おまえに幸せになってほしかったのだ。

その幸を邪魔だてるのが自分の執着だとわかると

消滅を望んだ」

「あ・・・」

「銀狼の最後の懸想だ。

もしも、嫌でなければ、あやつに手をあわせてやってくれ」

それは、いわれなくとも、そこまできけば、

銀狼に礼をのべたくなるが、

それでも

「私は・・そんな銀狼だとしれば、いっそう、消滅させるなど

おやめくださいませんか?

元通り、私を白石にかえて・・」

ぎろりと、雷神のまなこがたつ子をにらみすえていた。

「そして、銀狼はおまえが白石にかわってしまったのをみつづけ、

この先、おまえにとらわれて生きていくしかない。

それを強いるというか?」

雷神の言葉がきつく、たつ子をせめはじめると

白銅がわりいってきた。

「雷神、口がすぎる。

それよりも、おまえは、ひのえ・・いや、澄明がいうておったことがわかっておらぬ」

たつ子にふりむく、白銅はにこやかだった。

「安心されよ。

銀狼は消滅せぬ。

銀狼は白石もろとも、木っ端微塵になることで

転生する機会をえることができる。

そのためには、今の銀狼の執着をきってやるのが最善の法だ」

それには・・・、どうすればいいのだろうとたつ子の顔は思い惑っている。

「報われぬ思いは、いつまでも残る。

銀狼の勝手わがままでしかなくとも

それをうけとめてやれぬものだろうか?」

「ああ」

夫子の幸いを願い、白石に身をかえたたつ子である

普通にむつまじく暮らす幸せを得ることもできなかったという思いは

報われぬというに等しいものであり

たつ子はすでに、銀狼の思いを解すことが出来ていたといえる。

たつ子は白石に歩み寄ると

白石にその腕をまわした。

「ありがとう。あなたの思いをありがたくいただきます」

そのせつな

白石の中から銀狼の鳴き声がひびいてきた。

「仲間をよんでおるんじゃ」

朋友であるから、やはり、転生したとて銀狼の思いがつたわるようであった。

「銀狼の、思いははれた。

だから、仲間のもとにかえるというておるのじゃ」

「仲間・・?」

どうやって帰るというのかもわからぬが・・それが、転生ののちの仲間をいうているとも

今、わきでた黒い影が3つ、山犬だとわかると

それが仲間なのだともおもえた。

「銀狼がよこしたものだ」

それで、たつ子や澄明と白銅を送る気であるとわかった。

「さあ、これからは、わしの仕事じゃ

銀狼もせいておろう」

雷神の言うとおりである。

「さあ、御夫君のもとへ、お子のもとへ、かえりましょう」

澄明のことばがおわるやいなや、黒犬の一匹がたつ子をひっさらうように

背にのせるととびすさった。


「たつ子が山の神に戻る前に、いそぎましょう」

たつ子が山の神にあえば、

ひょっとすると、さまに、怨念がほどけるかもしれない。

ほどけてから

銀狼を白石もろとも、打ち砕いては

銀狼の「魂」ごと、消滅してしまう。

山の神の怨念は、銀狼をくるしめるために

「不死」を与えている。

そのおかげで、体がきえうせても、その魂が消滅することがない。

だが、そのままでは、銀狼の魂の殻の中にいずながとじこめられたまま

さまようことになる。

体とおなじように、銀狼の魂のうちくだき、

いずなをひっぱりだす。

それが、できるのが、雷神の一撃である。

不死の念誦がほどければ、

銀狼ごと、いずなも消滅することになる。

「わかっておる」

雷神の答えはすでに中空よりきこえていた。

その手に破壊の電撃である稲妻をよせあつめていた。

そして、

破壊がおわれば、銀狼から浮かび上がった創痍の魂に

癒しの稲妻をおとしていくのであろう。

白石からたつ子をすくいだしたように・・。

 

激しく砕ける白石の破壊を背に聞きながら、

澄明は黒犬に問うてみた。

「頭がおらぬようになるが・・」

黒犬はぐいと首をふった。

かまわぬとも、

しかたがないとも

言うようにみえた。

 

白銅と二人、黒犬からおりたてば

そこは二人の住まいの外

裏庭におろされた。

「念のいったことだ」

白銅がつぶやく。

「念がいっている?」

「そうだろう。裏口におろしよるのだから」

なにが念入りなのか、やはり、わからない。

「わしは、はらがへった」

「ああ・・」

裏口をあければ、そこはすぐ、くどである。

確かに念入りだとおもうが、やはり、気にかかる。

 

「うまく、いったのでしょうか」

雷神はいずなを無事にすくいだせたのだろうか?

「大丈夫じゃろう。

で、なければ、悟るに早い黒犬は我らを琵琶の湖にたたきおとしておろう」

「そうですね」

確かに裏庭におろすは、念のいったことだとおもいながら

くどにはいりこむと、

そこに、大きな影がゆらめいた。

「白銅、どうやら、また、新手ですよ」

「襲ってこぬなら、さきになにか食わせてくれ」

まずは、生きている人間が大事。

白銅の言いたいことはそこかもしれない。

判りました。と、答えると澄明、いや、ひのえはくどに灯しをいれた。

                          終

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