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秘めやかなる想いは五月の空に(ポーの一族より)

萩尾望都作「ポーの一族」より       
―キリアン・ブルスウィッグに捧ぐ―


少し、けだるい昼下がりだった。
キリアンはもう一度鏡を見なければいけない。
今、鏡に自分の姿が映らなかった。
そんな気がした。
恐れていた因子がとうとう増殖しはじめたのか?
バンパイヤであるエドガ―に血を吸われ
昏睡に陥ちいったマチアスが目覚めた。
キリアンはそのマチアスに噛まれてからこの五月でまる二年になる。
キリアンは変化を恐れたが何も変りはしなかった。
が、キリアンの血の中に仕組まれた因子を否定する事は出来ない。
それはつまり、
キリアンがもう、誰かを愛する事は出来ないという事だった。
愛情を注ぎ、たゆとうような暖かな家庭を築いた挙句、
生まれた子供がキリアンの中に仕組まれた因子を継いでいたとしたら、その子供がいつバンパイヤとして目覚めてゆくか判らない。
自分の血をここで絶やしてゆく事しか
出来なくなったキリアンの身体だったが、
何よりも自分自身がバンパイヤに変化を遂げはしまいか、
キリアンはそれを一番恐れた。
もし、そうなったら自分に残された道は神の教えに背き、
地獄に堕ちてゆく死。
つまり、自殺を選び取る事しか出来ない。
バンパイヤになって生き長らえる事も地獄であれば、
バンパイヤである事をやめようとすることも地獄であった。
キリアンは机の中から銀の弾を込めた銃を引き出すと
鏡の前に歩み寄っていった。
鏡を覗きこむと、そこには確かにキリアンの姿が映っていた。
キリアンは大きなため息をつくと銃を握り締めた。
キリアンは鏡に映ってはいる。
が、あのアランとエドガ―がここに居た時、
彼らは自分達の姿を確かに、鏡の中に映し出していた。
キリアンが鏡に映ったからといって
自分の因子が身体の中から消え去ったわけではない。
ともすると、彼らのようにいつのまにか
己の姿を鏡の中に映し出せるようになってしまったのに
気がつかないまま、変化がゆっくり訪れていることだってあり得える。
キリアンは十字を切った。
魂がおぞましい血に侵されていないのを祈る事しかない。
奴らは日曜ごとの礼拝にだって平気で現れ
十字を切り賛美歌を歌い神の前に額ずいて見せた。
そのエドガ―から送りこまれた因子が
身体の中をめぐり、どこかに身を潜めている。
だから十字を切れてもキリアンが決して
神に守護されているわけではない。
ただ、清浄な己の魂が魔物の血を恐れ、
わずかな変化でもきたした時に神を恐れ
十字架から目を背けてくれる事を祈るしかなかった。
多分、そうでもなければいつの間にか
変化を遂げている事に気がつかずに、
人でないものとして生き長らえ、
いつか、人の血をあさる醜悪なものにかわり
血をすすりながら自分をのろう事しか出来なくなるだろう。
十字架を恐れるときが来るかもしれない。
が、その時を待たずしてよほど、今、この銃の引き金を引こうか、
なんど、キリアンは銃を手にしたことだろう。
「だめだよ・・キリ― 生きなきゃ」
銃を持つ度、この手でこの世から姿を砕け散らせた
心優しき庭の番人だったマチアスの声が胸で響いた。
人として生きていかれる、その時まで生きてゆくことが
バンパイヤとして目覚めた友をこの世から 葬り去ったキリアンが
マチアスにしてやれる唯一の事だった。
「生きなきゃね」
そう言ったマチアスの言葉に従うだけだった。
もう1度キリアンは鏡を覗きこんだ。
鏡の中に映っている自分の姿を信じるしかない。
奴らのように、鏡に自分の姿を映してまで
生き延びたいと思っているわけでないキリアンが変化しかけた途端、
鏡に己の姿を映しこむなんて芸当をやれるわけがない。 
そう思い直すとキリアンは自分の姿をまじまじと見つめた。
「あ」
鏡に映った自分の後ろに人影が走った気がした。
金色の巻き毛青い瞳。
十四歳の少年の姿のエドガ―を一瞬鏡の中に垣間見たような気がした。
「エドガ―」
鏡に向いたままキリアンは背後のエドガ―を呼んだ。
「よく 判ったね」 
透き通るように美しい瞳の少年がキリアンの後ろに立っていた。
キリアンは振り向かずに鏡に映ったエドガーに話しかけた。
「何しに来た?」
「別に」
エドガ―はキリアンの後ろのベッドに腰をかけた。
「ふん。僕が変化したかどうか見にきたんだろ?」
キリアンがエドガ―に振り返った。
「あは。僕が?君の変化を?何の為に?」
「なんの為?」
「そうさ。僕はきみが変化することなぞ望んじゃいないさ」
「望んじゃいない?なら、何故?」
「何故、君のところにあらわれたかって?」
キリアンの握り締めた拳が細かくふるえている
「おっと キリアン 暴力沙汰はごめんだよ」
「こっちこそ バケモノ相手に・・」
「いい心掛けだよ、キリアン。
その、自愛の精神に免じて教えておいてあげる。
君がしたことの罪深さに苦しめばいい。僕は、ただ、それだけさ」
「それで、あらわれたというのか?」
「キリアン、君もあれから2年。もう十六になったのかな?
すこしは人にお節介しているより
モット大事な事があることに気がついたみたいだね」
「なんだと」
「君のしてくれたお節介で僕達はマチアスを永遠に失った」
「馬鹿な」
「君には、そうかもしれないけど・・君に判るかい? 
仲間を失った気分がどんなものか?」
「それは、こっちの科白だ」
「いいや。君がマチアスを散らせた。
君が彼を僕達と供に行かせる事を許さず彼を神の如き驕りで打ち砕いた。キリアン。君になんの、権利があったというのさ」
キリアンが銀の銃を構えた時には
エドガーの姿はベッドの上から消えていた。
「あはははは・その銃は君の頭にむけるべきだろうね。
キリアン、何故生きている?
いくら望んでも、君を僕達の仲間になんかくわえはしないさ」
エドガーの声のあたりに彼の姿を探った。
「待て、エドガ―。何故?マチアスを選んだ?」
「ふ・・彼はいつもひとりぼっちだったよ」
「違。僕がいた」
「いいや。君にマチアスがいただけさ。
彼の魂はいつも孤独だった。君には判らないさ」
「なに?」
「あはははは」
薄闇が広がり始め、かすかに青い空を留めた夕映えの空の中に
エドガ―の笑い声が響いた。
「エドガ―。何処に行っていたのさ?」
アランが戻ってきたエドガーに気がつくと
食い入る目でエドガーに尋ねた。 
「キリアン、ブルスウイッグの所」
ゆっくりソフアーに座り込むと
アランの目をじっと見ながらエドガ―は答えた。
「え・・何故?」
「キリアンは変化してない」
「キリアンを仲間にいれるつもり?」
「いいや。もしそうするなら初めから彼を選んでいた。
キリアンはマチアスの最初の獲物だった。
マチアスがどういうつもりだったか確かめてみたいだけさ」
「マチアスがキリアンを仲間に望んでいたとしても
マチアスの力だけじゃキリアンが僕達みたいになれるわけはない。
判るわけないじゃないか」
「だから、確かめに行った」
「確かめてどうするのさ。
マチアスがもし、キリアンを仲間に望んでいたとしたら
彼を仲間にする気?」
「判らない。ただ、今はマチアスの最後の心を知りたいだけだ」
「僕は・・・僕は、嫌だからね。キリアンなんか御免だ。
ああ、そうさマチアスだって御断りさ。
何で君はマチアスを仲間に入れようとしたんだ。
なんで、なんで僕じゃ、駄目なのさ。僕だけじゃ何で、いけないのさ」
「アラン・・・」
エドガ―は背をむけるアランの肩を抱いた。
「餓えているんだろ・・飲めばいいさ」
アランがエドガ―の首筋にむしゃぶりついてくる。 
「アラン、僕は君になに一つ、与える事が出来ない。
こんな生き地獄に君を引きこんで・・
それでも、君が僕の側に生きていてくれている君をおもうと、
仲間が欲しいんだ。
孤独が判る、僕達の世界に受け入れられた事で救われる、仲間が
欲しいんだ」
「エドガ―。君は、わがままだ。
君はメリーベルのために僕を引きこんだ。
そして、今、君がメリーベルを失ったら、今度は僕の為に。
ねえ、もう良いんだ。御願いだから、僕だけを見て。
もう、君の中のメリーベルを救おうとするのはやめて・・・
彼女は死んだんだ」
エドガ―はぐっと瞳を閉じた。
「アラン・・・アラン・・僕を抱き締めて。お願い。
僕は自分がなんのために、
年も取らず生き長らえていれるのか判らない・・苦しいんだ」
「だからエドガ―もう、そんな風に苦しむ為、苦しめる為に
仲間を作ろうとしないで。
いつかきっと、なにかで僕も、君も砕け散ってしまう。
その運命の時間まで最後のバンパイヤとして生きてゆこう。
エドガ―、僕たちに残された道はそれしかないんだ。
ロビンが死んだのも、そうなんだ。
神が、僕達バンパイヤの存在を許さないんだ。
マチアスだってそうなんだ。
ぼく達はこの孤独を抱いたままいつか塵のようにあっ気なく散ってゆく。その時まで、その時を、待つしかないんだ」
アランはエドガ―の体を強く抱きしめる。
「御免 御免・・・アラン」
声を殺しむせび泣くエドガ―を
アランが首を横にふりながら抱き締めてゆく。
「エドガ―、エドガ―、愛しているんだ。
君にぼくが居る事だけそれだけで君が救われないのが哀しいんだ」
「アラン。・・御免」
「お願い。エトガ―、僕だけを見て。僕だけで赦して」
エドガーの手がアランの肩に廻ると、
エドガ―はその頬をアランにぴたりとよせつけていった。

「テオ、テオ、テオーー」
隣の部屋のキリアンの声がドアの外から聞こえると
テオが枕元の眼鏡を探し、あわててドアに向かった。
ドアを開けるとキリアンがいきなり部屋のなかに飛び込んできた。
「テオ、アイツが、ァ、エドガ―があらわれた」
テオはもう一度眼鏡をかけなおすとキリアンの顔を見た。
「キリアン、見間違いなんてことはないだろうな」
「テオ」
キリアンは黙って首を振った。
「見間違いなんかじゃない。しゃべったんだ。
僕のベッドにアイツが腰をかけて・・」
キリアンが両手で顔を覆った。
「なにを、話したんだ。言ってみろよキリアン。
泣いてなんかいないで云うんだ。話さなきゃ何も判らない。
アイツのこと。あいつらがバンパイヤだってことを知っているのは
マチアスが目の前で砕け散ったのを見た、お前と僕しかいないんだぞ」
「ああああ」
「どうしたんだよ?食いつかれたのか?違うよな。
だったらここまでくるまでに昏睡状態にはいる。
まさか?マチアスに噛まれた事か?
キリアン・・もう2年もなんともないんだ。
もう大丈夫だって」
キリアンの顔が一層青ざめて見えた。
「! その事か?・・・アイツなにを吹き込んだ」
「違う。僕が変化したら、約束どおり、
テオ・・・君が杭を打ち込んでくれるだろ?そんなことじゃないんだ」
テオが頭を掻き毟る。
「だから今更アイツがなんで、なんの為に現われるんだ?
何を言われてもあいつらのいうことに耳を貸しちゃいけない。
キリアン。惹き込まれるぞ。いいか、奴らはドッチかしかないんだ。
仲間か、獲物か。
その、どちらにも成らないためには誑かされちゃ駄目だ。
キリアン、しっかりしろ。因子なんかありゃしない。
あるのは、お前の不安だけだ」
「だけど、テオ、お前も気がついているだろ?」
「な、なにをだよ」
「テオ、僕は昏睡はしない」
「ァ、当たり前だろ。なりゃしないんだ。昏睡なんかしやしない」
キリアンはゆっくり首を振った。
「テオ、僕は声変わりもまだだ」
テオの瞳が一瞬キリアンの視線から逃げるようにちらりと横を見た。
「テオ、僕はゆっくり成長が止まり出しているんだ。
いつか、気が付かない内に変化し終わっているんじゃないかって・・
昏睡してくれるならいい」
「いい加減にしろ、キリアン。
いいか、百歩譲って因子がお前の血を蝕むとしても
そんなもの、お前さえ負けなけりゃ大丈夫なんだ。
お前さえ、人として生きて行こうという強い心さえあれば、
血は清められる。思いが溶け込むんだ。
血の中に思いが溶け込むんだ」
「テオ・・・」
「なんだよ。らしくない!!強くならなきゃ」
「僕は・・・マチアスを殺した」
「ああああ 何度でも云ってろ。お前を守るために俺がやったんだ。
お前に言われてやったんじゃない。
いいか、それにそうしなきゃあいつはお前を喰らったんだ。
いいか、かすっただけだ・・」
「違う・・・マチアスは僕を望んだんだ。
僕を喰らおうとしたんじゃない。
僕を仲間に惹き入れようとしたんだ。
マチアスにはぼくが必要だったんだ」
「ちーがーうー!違う、違う、違う、キリアン!
お前。罪に考えているんだ!
マチアスが人の血を喰らうバケモノになったと思いたくないし、
マチアスがお前を襲ったって信じたくないんだ。
仲間にしようとなんかしてない。
お前がそう思うのは自由だ。
でも、それで心優しきマチアスを殺したなんて
罪の意識にとらわれてほしくない
あれはもう、マチアスじゃなかったんだ」
「だったら、テオ・・・何故?
僕の成長が緩やかに止まり始めているよ。
マチアスが血を吸っただけじゃない。
僕を仲間に惹き入れる因子を送りこんだせいだ」
「違う、違う!神経が病んでるんだ。
少し人より成長が遅いのを気に病むから、
ホルモンのバランスが崩れちまっているんだ」
「とにかくマチアスが僕を望んだのは間違いないんだ」
「やめろ。そんな考え方は、お前自身バンパイヤになって
マチアスの思いを叶えてやろうって考え方してしまうんじゃないか」
「『生きなきゃ』って云ったんだ。
そのマチアスが僕と行くことを望んでいたのに
僕がこの手でマチアスを散らせた」
「キリアン、他にどうすれば良かったんだ?
未来永劫、マチアスの魂が救われる事のない世界に、
お前と行けば良かったのか?
そしたら、そこで又お前とマチアスと二人の救われない魂を
俺はどうしてやればいいーーー?」
「テオ。エドガーが現われる前に
僕は鏡に自分の姿が鏡に映らなかった気がしたんだ」
「な・・」
「勿論。もう一度見たよ。映っていたさ。
でも本当はそうやって意識を集中してないと
映らないのかもしれない・・・。
気の抜けた状態の時に映っているかどうか僕に確認ができるわけがない。僕はもう、すでに変化の真っ只中にいるのかもしれない」
「キリアン。僕には・・・デキナイ・・・できない」
「いや・・テオ。君しか居ない。
もし僕が鏡に映ってないのを見つけたら、この銃で僕を撃抜くんだ・・・」
キリアンはテオの手に小さな銃を握らせた。
「テオ・・・」
キリアンは銃を見つめながらもう一度小さくテオの名をよんだ。

5年制の寄宿舎学校にテオといられるのはもう2年間だけだった。
その間にキリアンは何一つ残さず
塵となって砕け散ってしまう時を迎えるかもしれない。
テオの言うとおり、単に人より成長が遅いそれだけの事かもしれないが、
万が一の事を考えておかなければならない。
いずれにせよ、この2年の間に答えは見えてくる
キリアンは次の朝早く、庭の温室に向かった。
マチアスが川の流れの底に居たロビンに引きまれ
その同じ日に代わりの生贄を捧げたロビンが、やっと死体として
水の底からあがってきた。
だから次の生贄を求めて今度はマチアスが川の底に潜んで
じっとチャンスをうかがっている。
そんな話に尾ひれはひれがつき、マチアスのいた温室に
一人で行くとマチアスに眼をつけられ、
来たる5月の創立祭の日に川の底に引き込まれるのだと噂され、
普段でも人の入る事のない温室には今は誰も入ってくる者は居なかった。
ツルバラがからみつき、無造作に新芽が伸びまくり、
小さな赤いつぼみをいっぱいだかえているアーチをくぐりぬけると、
温室が見えてきた。
イエローカーキー、レッド、クリムゾン、フアースト・ラブ・・
温室の主をなくしてバラ達は幾らかこぶりになったが、
それでも温室の温かさで、一足早く花を咲かせていた。
「マチアス・・」
彼の名を呼び、小さな十字を切ったキリアンの後ろで
小さくバラの花が折り取られる気配がした。
キリアンが声を出すより先にエドガ―の声がした。
「キリアン・・君、怖くないの?
マチアスに、川の底に引きずり込まれてしまうよ」
キリアンは睨む眼で現れたエドガ―を見据えた。
「引き込まれるのは、お前の方だ」
キリアンはエドガ―に投げつけてやるものがないか辺りを見廻した。
「キリアン、声変わり、まだなんだ。
ふ・・可愛いい声でさえずられても、迫力がないね」
おもわず、キリアンが手で咽喉を押さえた。
「キリー、マチアスに噛まれてから・・成長したのは、
おせっかいを止める事ぐらいか?」
「キリーなんて呼ぶな!」
「マチアスが誰を好きだったか・・知ってた?」
「え、あ?」
「キリー、君をそう呼んだ彼の想い人が誰だか知りたくない?」
エドガ―の深い瞳に魅入られるとキリアンの身体が動かなかった。
「じっとしておいで・・キリー」
エドガ―がキリアンの咽喉のあたりに唇を寄せてゆくと
しばらく後にキリアンの身体が土の上に力なく崩れ落ちた。

「アラン」
ベッドの上に突っ伏したまま寝入っているアランを
エドガーは呼び起こした。
「アランおいでよ、分けてあげる」
「あ・・・ああ」
アランの手がエドガーの首にからむと
アランの顔がエドガ―の首筋に埋もれて行く。
「キリアンさ」
エドガーの首筋から顔を上げると
アランはそのますっぐな髪をかき上げた。
「道理で。青くさい味。で・・どう?」
「判らない」
「アイツがマチアスを逝かせたんだ。妙な正義感と青臭い聖人振りで」
「ああ・・。赦しちゃやらないさ」
「僕も行こうかな・・」
「ああ・・マチアスの温室もバラが盛りだ」
「前夜際にくりだそう。ロビンとマチアスの弔いだ」
そんな二人のたくらみをだれしるものはない。

テオは温室で倒れているキリアンを見つけた。
キリアンの首筋に赤い痕をみつけたテオは十字を切ると
杭に成るものを探した。
キリアンがエドガーの仲間にされているのなら、
キリアンの望むとおり、砕け散らせてやるしかない。
テオは目をつぶると顔を伏せた。
キリアンの意識のないまま散らせてやる事が
せめてもマチアスへの償いになるような気がした。
大きく深呼吸をするともう一度テオは十字を切り神に祈った。
「マチアス、僕は君を信じたい・・・
君がキリアンを地獄に惹き込もうとなんかしていない。
だから、エドガ―も君に殉じて決して
キリアンを変化させたりしていない。
マチアス、君を逝かせるなと叫んだキリアンを守ってくれ。
ああ神よ。我が友に貴方のご守護を」
頬をたたかれる感触でキリアンが眼を覚ました。
「ア・・・テオ」
「キリアンがいないって、騒いでくれた奴がいてな。
もしかしてここかと思ってきてみたんだ・・・」
「エドガ―にやられた」
「判ってるよ。首筋に赤い痕が残ってるし、あそこのバラ。
見事に引き毟られている。
そんな事する奴、エドガ―しかいない」
「・・・・」
「キリアン。大丈夫だよ。エ?そうだろ仲間から血を吸ったりしない」
キリアンは小さく首を振った。
「テオ 恐ろしかっただろ?」
「エ・・ア」
テオはキリアンに気がつかれないように背後に隠した杭を意識した。
「僕が気がついたら、マチアスの時みたいに
今度は君を襲ったかもしれない・・・」
キリアンが人のままであった事にほっとすると
テオはキリアンの意識が振られて行かない為に
さらにキリアンを勇気付ける事だけに専念した。
「いいや、ない。絶対、ない。君にそう云ったんだ。
僕が君を信じなきゃ・・・君が君を信じられなくなる」
「テオ」
「いいか、キリアン。今度奴が現われたらあの銃で打ちぬくんだ。
後で銃をかえすよ。いいな、
あの銃で撃抜くのは君じゃない。
悪しき存在を君に信じ込ませる、
居るわけもないエドガ―こそを撃ち抜くんだ。
もうアイツを土に帰してやるんだ。それが出来るのは君しかいないんだ」
「テオ、マチアスが誰を想っていたか知っている?」
「いや・・・それが、どうしたんだよ。
今更死んじまったマチアスが誰を好きであったって、
もう・・・関係ないことだろう?」
「僕だと思うか?」
「・・・ううん」
「仲間に惹き込もうとしたのか、僕を食らおうとしたのか
はっきりさせたくて聞いてるんじゃないんだ・・僕はそれが」
「それがもしアランかエドガーだったら、どうだっていうんだよ」
「君もそう思うのか?」
「そんなことを言ってるんじゃない」
「そうじゃない。もし二人のどちらかを
マチアスが追い求めていたんだとしたら・・・。
僕はマチアスの孤独を癒さす事から彼を阻んだんだ」
「頼むよ。キリアン。そんな悠久の世界に
マチアスが二人のどちらかと過ごす事を望んだとしても
それは僕が与えた結末ほど幸せじゃなかったに決まっているんだ」
「云いきれるのか?そんな事云いきれるのか?」
「ああ、僕が君に人間でいてほしい。そう望み、君が決って変化しない。そう信じれるから・・・。
マチアスだって君の手の中で砕けた事で
神の身元に上がれるってあの一瞬に信じたんだ。
君に感謝して最後のキスを与えようとしたんだ。
いいか、キリアン。そういう事なんだ。
そう信じなきゃマチアスの魂は絶対救われないんだ」
キリアンが声をあげて泣き出すと
キリアンの肩をテオがしっかり抱き締めた。
「行こう。もう朝食の用意ができてる。食べて、生きていかなきゃ・・」

創立際の前夜祭は礼拝から始まる。
大きなキャンドルが立てられると
クラスの中から自分のろうそくに火を移してゆくものが
キャンドルを取り囲む。
やがて自分のクラスの者に灯を渡してゆくと
講堂全体が朱色の灯火に染まった。
牧師が十字を切り、ロビンとマチアスの為の祈りを捧げると
黙祷を継げる声が響き渡った。
静けさの中小さな声が聞こえると何人かの生徒がざわめき出した。
「なん?」
「貧血・・」
「ユーリーが倒れたらしい」
最後列の者が何人か倒れ込むのを介抱する者や
崩れおちる体を支える者が慌しく動き始める中を
縫う様に走り抜けるアランとエドガ―の姿をキリアンは確かに見た。
「テオ」
いつのまにかテオもキリアンの側に来ていた。
「すみません。先生、キリアンも気分が悪いそうです。
部屋まで付き添います」
真っ青に青ざめ激しい怒りに震えているキリアンを引っ張ると
テオは部屋に向かった。
「見たか?」
「ああ・・二人。 一緒だった」
「奴ら、いったい、なにを企んでいる」
「決まっているだろ。獲物と復讐さ」
「復讐?」
「ああ。やっと、判ったよ。
あいつらここに来たのはロビンを迎えに来たんだ。
ロビンの話をした時、エドガ―が泣いたんだ。
その時は何故か判らなかった。
アイツラがバンパイヤだなんて判ってなかったからな。
ロビンはイギリスのトウエールズにいたんだ。
多分その時に奴らと関わりがあった。
ロビンは独りぼっちで泣いている事が良くあったよ。
でも、なんか違ってた。
そうさ、いつか、奴らが迎えにくる事を夢見ていたんだ」
「じゃ・・・はじめはロビンを?」
「そうさ。ところが、ロビンは死んでいた。
僕がロビンを狩ったんだ。
マチアス同様ロビンも僕が奴らの手から奪い取った。
僕が誰をも守りきれなかった。
奴らはそれで僕を憎み苦しめたいんだ」
「・・・・」
テオは首を何度も何度も、振りつづけた。
「愛してやれなかった。守ってやれなかった。
きっとロビンが幸せに暮らしているのが判ったら
奴らはそのまま立ち去って行くつもりだったんだ。
なのにロビンはいなかった。
マチアスを不幸だったロビンの代わりに連れて行こうとしたんだ。
マチアスの孤独さえ救ってやれずにいた僕の代わりに
マチアスを連れてゆく事。
それがロビンを追いやった僕を苦しめる事になるのが判っていたんだ。どのみち僕はマチアスを逝かせても、行かせても、苦しんだんだ。
マチアスより先にロビンを守れなかった事を
そうすることで責めれば、それで奴らの心が救われるはずだった。
果たせなかったロビンへの約束と
僕への復讐とその代わりにマチアス自身の孤独を
奴らが抱きかかえてやれれば、それで奴らは満足だったんだ。
なのに・・・それも僕が潰した。
あいつらの愛した者を悉く僕のおせっかいで潰したんだ。
だから復讐なんだ。
マチアスは奴らの仲間として目覚めた事を喜んでいたんだ。
だから僕を餌食にしようとしたか、仲間にしようとしたか。
どちらにせよ・・・」
「キリアンやめろ・・・・それは、危険思想だ」
「解っているよ。だけど、もう、僕も黙っちゃいない。
いつまでも、ロビンを待たせたのはあいつらだ。
いいか、僕からマチアスを奪ったのもあいつらだ。
マチアスを化け物にしたのはあいつらだ。
あいつらが僕を恨むなら・・・・僕はあいつらを呪ってやる」
キリアンが叫ぶと机の中から銃をだした。
「(必ずぶち殺してやる・・)必ず一発でしとめてやる。
テオ、もういい。礼拝に戻れ・・・。
僕のかわりに二人の事を祈ってやってくれ」
「オ、お前は、どうするんだ?」
「決まっているだろ。あいつらは僕を狙っているんだ。ココに来る」
「何で、何で?殺ったのは僕だ。
マチアスに杭をうったのは僕じゃないか?何故、僕を狙わない」
「打たせたのは僕さ。それに問題はロビンなんだ」
「僕も居る、ここにいるよ」
「テオ、無理だ。あいつら、僕が一人になるのを待っているんだ」
「なんで・・・」
「仕方ないさ。それは、多分、マチアスが僕を噛んだせいだろ。
あいつらもマチアスがどういうつもりだったか知りたいんだ。
それほど思いが大事なんだ。血が大事なんだ。
そうだろ? あいつらにはそれしかないんだ。
だから、テオ・・・部屋から」
「解った・・・だけど・・・」
「大丈夫、仕損じたりしない」
テオが部屋から出てゆくとキリアンは銃に弾を込めた。

窓を開け放つと沈丁花のけぶる香が風に運ばれ部屋の中に満ちた。
キリアンは鏡を背にしてベッドに座った。
窓辺のカーテンが風で静かに揺れた時、
金色の髪がカーテンの中から現われた。
青い瞳が月明かりに微かに金色に輝いて
さらに深い青の中に溶け込んでいた。
魔物の冷たく差すような眼差しを真正面から見つめ返すと
キリアンは銃を構えながらゆっくり立ちあがった。
「ロビンの復讐か?エドガ―」
窓辺からゆっくりとエドガ―が降り立つと
キリアンの食い入るような眼を逸らさずに答えた。
「キリアン、待てよ。
引きがねを引く前にマチアスが誰を想っていたか教えてあげる」
「なん?」
「ね・・ アラン」
首をかしげるようにエドガ―が窓を見ると
いつのまにかアランが窓辺に立っていた。
アランは静かにエドガ―に歩み寄ると
「そうさ。マチアスは僕を見ていたんだ。
頬を染めて・・僕が声をかけるだけで赤くなったよ。
見ていて十分面白かったよ」
「な、なんだと!其れじゃ、マチアスを仲間に入れようとしたのは
彼を愛していたからじゃないのか」
「そうさ。誰かに想われているっていうのは心が潤っていくんだ。
ね・・エドガ―。僕が愛しているのは、君だけだ」
手を差し延べるアランをエドガーが抱き寄せると
アランはエドガ―の腕の中でくるりと廻ってキリアンの方を向いた。
エドガ―はアランをしっかり抱き寄せると
「そして、僕を満たしてくれるアランのように
アランに想いを贈ってくれるマチアスが欲しかった」
いい終るとエドガーはアランの後ろから
アランのうなじを吸い上げるように舐め上げた。
アランの瞳がふっと虚ろに空をさ迷う。
「やめろ――僕の前で絡み合うな」
キリアンの叫び声を聞くとアランがキリアンを見据えた。
「あははー。分けてあげるつもりだったよ。
マチアスにも僕のキスを。
エドガ―が血をわけ、僕はマチアスの想いにキスの1つでも返してゆく」
「おもちゃにする気だったのか・・マチアスを」
「いいや。君には判らないよ。
永久に生きる者が抱かえてゆく餓えなんか
マチアスなら僕達に救われていたのに。君が粉々にした」
アランがキリアンに告げる言葉を聞きながら
エドガ―はアランをみていた。
「マチアスのためじゃなくて、そのひよひよした奴のために
・・・マチアスを殺して・・・」
キリアンはアランの後ろで支えるように
アランの腰に手を廻して居るエドガ―に向って言うと、
エドガ―の腕の中からアランはエドガ―に代わって答えた。
「キリー、マチアスも、僕を望んでいたんだ」
「嘘だ――嘘だ―嘘だ!悪魔に魂を売り渡したりしない!
生きなきゃって言ったんだ!マチアスは僕にそう、言ったんだ」
「あはははは。マチアスの愛が欲しかったのはキリー?
君のほうだったんだ。さぞ満足だろうな。
君のものさ。マチアスは君だけのものになって砕け散ったよ。
最後のキスも君だけのものさ。
苦しめばいい。
マチアスに与えられた因子に恐れおののいて生きてゆけばいい。
それが君に与えられたマチアスの愛さ。
あははははは・・・君のマチアスは君の身体の中にいるよ」
一気に喋り通したアランがエドガーの腕の中に身体を埋めた。
それは、泣いている様にも見えた。
「僕達は、復讐なんてしないさ。
もう既に僕達の代わりにマチアスがやってくれているしね。
命と引き換えにして君にキスを与えたんだ。
これで解っただろ?
マチアスが僕達を望んで僕達を判る仲間として目覚めていた事がね。
グッバイ、お節介焼き・・・
最後の御節介が自分に撥ね返ってくるなんて思わなかっただろ?
僕達はもう行くよ」
エドガーの瞳が微かに潤んでいるように見えた。
「ああ、そうだ。キリー。
最後に1つだけ・・・・。
君のお節介に感謝しているよ。
マチアスの薔薇に水を与えてくれてたのは君だね」
「マチアスが大切にしていたんだ」
「ああ、知っているよ。僕達もマチアスに薔薇を咲かせてやりたかった」
キリアンの撃った銃の弾痕が壁に穴をあけ
硝煙の臭いが部屋に経ち込めた。

「キリアン・・・今の音」
講堂に戻らず隣の部屋に身を潜めていたテオが慌ててとんできた。
「仕損じた・・・」
キリアンの手に包まれた銃は硝煙くさい。
「・・・・」
「テオ、僕は奴らを、奴らの息の根を止める。
僕が変化しても、しなくても
奴らを地の果てまで追いかけてマチアスと同じ塵に帰してやる。
アランの塵をマチアスの墓にかけてやる。
エドガ―を僕は、赦しはしない」
五月の創立際がすむとキリアンの姿が学園から消えた。
今も銀の銃を胸に抱かえ
エドガ―とアランを追いかけているのかもしれない。
キリアンが変化を迎えたか、迎えなかったのか知る由もないが
テオにはキリアンが生きていることだけは確かに思えた。

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