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ロビンの瞳(ポーの一族より)

いつもの、図書室に変化があった。

ジャニスのお決まりの席は、閲覧室の隅の窓際のテーブル。

そこでの昼休み。 ジャニスは本を開く。

だけど・・。

この前の昼休みから、決まって、巻き毛の青い瞳の転校生がジャニスの向かい側に座った。 無言のまま、向かい合わせのまま、本を読む。

一週間が過ぎる頃には、ジャニスは無言の来訪者を待つようになった。

彼は決まって、ジャニスが座ったあと、5分ほどすると、現われ、 本棚の中から1冊をぬきとると、ジャニスのテーブルにまっすぐあゆみより、 ジャニスの前に座る。

目の前のジャニスを意識する様子もなく、歩みながら開き出した、昨日の続きに目を落としていく。 名前もしらぬ転校生との、昼休みのあとの授業が始まるまでの短い時間。

お互いがお互いを意識しているのか、確認することもなく、図書室の一隅で 同じ事をしているという共有空間が生じる。

これは、奇妙な感覚でジャニスは突然生じたこの空間に、なじんだ自分が居ると知らされることに成った。

ジャニスはいつのまにか、無言の来訪者を待っている。

ちょうど、パブロフの犬のように、条件反射が脳内に仕組まれていた。

だが、その日、彼はなかなか、現われなかった。

「それで?」

エドガーの小脇にすべりこむアランはエドガーの図書室への礼讃の理由が やはり、ジャニスにあると見抜いていた。

「別に・・」

「そう?期待させておいて、拍子抜けさせればだれでも、いっそう、気にかかる。 君の常套手段じゃないか・・」

含みのあるアランの言葉にエドガーはアランがもたれていた腕をアランの背からはずした。 「図星だってことだね・・」

エドガーがジャニスを仲間に引き入れるつもりだとアランは言う。

だが、

「アランは、僕の常套手段だという。それは、アランが僕にはめられたと思っている。 そういうことだ」

唇の端に親指が寄せられ、アランは軽く爪を噛んだ。

「その癖・・アランは言いたい事を黙る時にそうする・・」

図星はアランも同じだったのだろう。

「じゃあ、聞くよ。何故、ジャニスを仲間にひきいれなきゃならない?」

かすかに、エドガーが首を振った。

そのかすかさがエドガーの迷いを露呈させていた。

「僕は・・・・」 アランもまた、かすかに・・・笑った。

「君はメリーベルのかわりに、ロビンを仲間にいれようとした。

だけど、ロビンは死んで・・いた。

君は愛した妹の面影をロビンに求めている。

僕は最初はそう思っていたよ。

だけど、違う。

君は、自分の「愛」を確かめていたいだけなんだ。

メリーベルへの「愛」をロビンにすりかえ、

ロビンが亡くなれば、今度はロビンへの「愛」をジャニスにすりかえようとしている」

エドガーのうつむいた顔がもちあがってくると、アランへの言葉を否定するだけのエドガーになる。

「違う」

「違わない。 そんなことをしても、無駄なだけ。

君の胸の中にはメリーベルがいる。

ロビンが居る。

君は二人をなくした悲しみから目をそらしたいだけだ」

エドガーの手がふりあげられたまま、宙にとまった。

アランを叩いても、辞めても、振り上げた手がすでに、エドガーの認めたくない心を表している。

「僕はどちらでも、かまわないさ。 君がジャニスをどうしようが、ジャニスとどうなろうが。

だけど、これ以上、君のすり替え人形が出来上がるのは見たくない。

人形は僕だけでたくさんだよ」

言いたいことをいいおわるとアランはエドガーの傍らから立ち上がった。

「アランには、わからない」

アランはエドガーの言葉にふふんと鼻で返事を返し 立ち去り際にもう一言だけ付け加えて見せた。

「それじゃあ、君の中のメリーベルもロビンもどうなっちまうのさ?」

うなだれたエドガーをドアのむこうに残したまま、アランは外に出た。

エドガーの悲しい傷はいつまでたっても癒えることがない。

判っているけど、代償を求めれば求めるほど

誰かを愛せば愛するほど、悲しい傷がいっそう深くなる。

護ってやれなかったメリーベル。

救い出せなかったロビン。

それらに掛けていくことができなかった思いはどうやってもうめつくすことができはしない。

諦めるしかない。

傷を抱いていく事が二人に返せる謝罪であり、

それが、エドガーの本当の愛情でしかないと思う。

だけど、エドガーは悲しみにのめりこみ、自分の描いたどろ沼に落ち はいあがろうとして、ジャニスに触手を伸ばしている。

一瞬の麻薬は悲しみを緩和させてくれるだろうけど、

ジャニスをヴァンパイヤにしたてあげた罪がつきまとい、

かりそめの傷薬はすぐに効力をうしなう。

ーもう、こんなことをくりかえしちゃいけないんだ。

僕らは最後のヴァンパイヤとして、

いつか、塵になって消えていくその時まで

孤独を胸にだいたまま、生きていくしかないんだー

結局、君も僕も独り。

ヴァンパイヤという病を抱きながら、年もとらず、 生きながらえていく人間でない存在なんだ。

だから、これ以上、仲間をふやしちゃいけないんだ。

エドガーの孤独が判る唯一の存在であるアランだからこそ、 エドガーに気がついて欲しいたった一つの真実でしかない。

ーメリーベルもロビンも君の中に居るんだ。 君が傾けた愛は君の中にあるんだー

現れない彼が読んでいた本を探しジャニスは、ページをめくった。

彼が何をよんでいたかという興味もあった。

彼が感じただろう感覚を共有したかった。

彼を没頭させるだけの内容がジャニスを虜にした。

いつのまにか、物語にひきこまれ、ジャニスの腕は中世の甲冑の騎士につかまれた。

「この前の本はもうよみおえたの?」

あっ。ジャニスは息をのむ。

中世の騎士は青い瞳でジャニスをのぞきこんでいた。

「ご・・ごめん。君は・・まだ、途中だったよね」

あわてて、本を閉じ、転校生にさしだすしかなくなったジャニスに、彼は笑いかけた。

「エドガーでいいよ」

それは、君といったことにたいしての返事でしかない。

「あ・・あの、ご免。これ・・」

本をもう一度、エドガーにさしだす。

「かまわないよ。僕は本を読みに来ていたわけじゃないから」

じゃあ、エドガーはなにをしに、ここにきていたんだろう?

ジャニスの不思議な顔にエドガーがもう一度わらいかけた。

「君に逢いに・・・」

「え?」

「だから、君が読んでいた本も覚えてる」

はからずも、ジャニスの思いそのままを鏡にうつしたエドガーの言葉にジャニスがうろたえた。

ジャニスのうろたえぶりが見事すぎたのだろうか?

エドガーはくすくすと、笑い出した。

「嘘だよ。従兄弟から離れたかったんだ。一日中一緒にいるから、たまには、ひとりでいたかったんだ」

じゃあ、なおさら、この本をかえさなきゃとジャニスは想った。

「ごめん。あの、これ・・だから・・その・・」

再び押し出された本にエドガーは首を振った。

「家にもあるんだ。それが、一番おもしろいから、ここでもよんだだけ。

それに、僕のものじゃないんだから・・」

従兄弟とすんでるっていってた。と、ジャニスはかんがえなおしていた。

それに一日中って、いってた。

と、いうことは、この学校にも一緒にいるってことになるのだろうか?

「従兄弟は本が嫌いみたいでね。多分、僕が話しかけられても応えなくなるせいだと思う。

家の本棚の鍵をかくしてしまったこともあった・・・」

ジャニスの目が大きく開いた。

「本棚の鍵?」

「うん」

こともなげに答えているエドガーだったが、ジャニスの瞳が輝いている。

「すごいや。本棚に鍵?本棚に鍵があるなんて、市立図書館の持ち出し禁止の本が入った本棚くらいだ。いったい、どんな本が、何冊?」

嬉々と語りかけるジャニスにエドガーは尋ねてみた。

「10000以上あるとおもう。読みに来る?」

あ、と迷った声が漏れたが即座にジャニス自身がその声をけしさった。

「いく。ぜったい、いく。かまわないのかい?

あの・・・従兄弟の人・・怒らない?」

いぶかしげな顔がジャニスの前にある。

「あ、だって、君が本を読んでいると怒るんだろ?僕が君を尋ねたら・・その・・

本みたいに・・あの・・」

「返事をしなくなって、従兄弟がまた、怒るって?」

エドガーがジャニスの髪をくちゃりとなぜた。

「心配性だね・・君のいいところだけど」

チャイムがなり、エドガーがジャニスにバイと手で合図して、

「待ってるよ」と、言い残すと図書室を先にでていった。

残されたジャニスの胸が妙にたかなっているのは、新しい本にあえる期待のせいだといいきかせると、ジャニスも席をたった。

図書室を出た途端、エドガーの腕にアランが腕をからませてきた。

「お見事・・・。それで、彼をどうする気さ?」

アランの腕を振りほどくことは簡単なことだったが、エドガーはそれをしなかった。

「君の獲物じゃない」

エドガーの返事にアランは声を殺して笑った。

「エドガー?語るに落ちたというのは、そういうことをいうんだよ」

笑いをエドガーの腕におしつけているアランにエドガーはいくぶんか、冷ややかだった。
「君が想ってることをいっただけさ」

アランの瞳がエドガーを捉えるために、アランはエドガーの前に立ちはだかった。
「そのとおりじゃないか?」
まっすぐエドガーの瞳を見つめてくるアランにエドガーは歩みを止めた。
エドガーになにか、言われる前に、アランは喋り始めた。
「そうじゃないか?
マチアスもそうだろ?」
何故、マチアスも獲物だと言うのか?エドガーの無言のままの疑問を読み取るとアランは続けた。
「ロビンを追いやったキリアンへの復讐。キリアンを同じ目にあわせたかっただけ。マチアスは君の復讐の生け贄だった。だから、獲物」
百歩譲って、アランのいう通りだとして、
「じゃあ・・・ジャニスは?」
尋ねたエドガーをアランは鼻で笑った。
「へえぇ、ジャニスっていう名前なんだ。僕はてっきり、ロビンという名前かと想っていた」
小さな平手打ちが飛び、アランが頬をおさえた。

「図星を指されたからって・・今度は暴力沙汰かい?
君はわがまますぎるよ。何でも自分の思い通りにならなきゃ、きがすまない。
ロビンを想う君が残されたものの悲しみが判らない筈ないじゃないか。
キリアンだって、充分、苦しんでいたんだ。
だのに、また、同じ事を繰り返す気なのか?」
アランの言葉にうなだれるかと想ったエドガーがアランの首筋をつかんだ。
「君が残されるものの気持ちをわかる人間なら、僕と一緒にこなかったんじゃないか?」
身体の弱かった母親がアランが消え去って、どんなに悲しんだか。
エドガーはそれを言う。
「だったら、だったら、僕を誘わなきゃ良かったんだ。
僕をヴァンパイヤにしなきゃよかったんだ」
エドガーの瞳に深い悲しみが浮かんだ。
「そのとおりだね」
「そうだよ」
「だけど、もう、とりかえしがつかない。君はヴァンパイヤとして、存在している。それが嫌なら、銀の銃で自殺でもするしかない」
「エドガー。僕がいうのは、そんなことじゃない。もう、誰かを仲間にひきいれるのは、やめるんだ」
アランの言葉にエドガーはくっと上をむいた。
それは、涙を堪えてるようにも
なにかを決心しているようにも、
アランの声など聞こうとしてないようにもみえた。
「エドガー?」
「アラン。いこう。もう、授業がはじまる」
一言言い残すとエドガーが教室に向かった。

手ごろな家がみつからず、空いていた大きな屋敷をかりた。
家具も調度も本も置きっぱなしだったのは、
いずれ、また此処に帰ってくるためだったのだろう。
人がすまない屋敷は空気が入れ替わらない。
見も知らぬ人間が住まう嫌悪感より屋敷の保護が先になったものの
これだけの広さに調度・・・。
借り手がつかなかったところに現れた二人。
相応の金額を握らされたら、不動産の親父だって、嫌でも、貸し与えたくなる。
子供二人ですむという事情をうのみにしながらも、大きすぎる屋敷がふつりあいすぎる。
当のエドガーとアランだって、人の目にたちたくはない。
成長しない子供は、同じところに長いことはいられない。
だからこそ、大きな屋敷には、躊躇した。
誰がそこに住みだしたか、好奇と興味の目をあびる。その注視が深くなる。
「長くはいられそうにない」
だが、書庫にはいったエドガーは蔵書の数に圧倒されながらつけたした。
「いつもよりは・・」

時折、家中の窓をあけはなち、風をいれる。
不動産屋の親父の条件を忠実に実行する。
休日の昼下がりには、窓から街を見つめる。
なだらかな丘の一等地には、絶景というおまけもついていた。
その窓の淵に腰をかけていたアランが門にたたずむエドガーをみつけた。
「待ち人きたらず・・」
くすりと皮肉に笑う口元の緩みが固くひきつる。
門の向こう、緩やかな坂のむこうにとび色の髪がみえた。
ジャニスだろう。
「迷える子羊が入場か・・」
罠にはまる子羊は柔らかな牧草がほしいだけ。
迷える心のうらはらになにがあるか、判らず
だから、迷っていることにさえ、気がつかない。
餓えさえなければ、エドガーになぞ目をとめはしない。
「同病相哀れみ、楽しい仲間がふえるか、
血をすわれ、ひからびるか、
それとも・・マチアスのように消滅するか・・」
おぞましく醜悪なものにしか、なれなかったマチアスは
目覚めたすぐさまにキリアンを襲った。
「とても、とても、仲間になどお呼びできない」
だけどそれもこれも、望まぬものを無理にさそいこもうとしたせい。
「すくなくとも、僕はのぞんだ」
醜悪な吸血鬼にならなかったかわりに得た枷は心に胸にくいこむ。

エドガーがジャニスをどうしたいか。

ジャニスが望むか?

ことの顛末がつけられたとき、エドガーはうめられない心に気がつく。

「僕はそれを愉快にながめるしかないってこと」
窓の下、張り出した屋根の下、ジャニスの声がひびいていた。

「君がここにすんでるなんておもわなかった。道理で、1万冊の蔵書なんだ」
そういう風に、この屋敷は人の目の噂になっているということになる。

長くは居られない。
エドガーのつぶやいた言葉と
性急すぎるジャニスへの接触。

エドガーは急いている。
なぜだろう?

でも、それもどうでもいい。

やがて、ジャニスは、図書室の中に案内され、
図書室の中に、ジャニスの嬌声が響くだろう。

「すごい!!すごい!!こんなにいっぱい本が・・うわあああ」
エドガーは脚立をもちだし、ジャニスのために一冊の本をとりだす。
渡された本にとまどいながら、ジャニスは本のタイトルを見つめる。
くいいるように、本を見つめるジャニスにエドガーは
ソファを薦める。

ソファに座り込んで頁を開きだすジャニスを確かめるとエドガーは
自分のための一冊を書棚からひきだす。

ゆっくり、頁を開きながら、
そう、本のページに引き込まれる振りをしながら、
エドガーは本を読みながらジャニスの隣に座る。

ジャニスは一瞬どぎまぎするだろうけど、
エドガーもまた、本をよみふける様子に再び手渡された本のページに戻っていく。

しばらくの沈黙・・静寂・・。

そして、ふと、視線をかんじて、ジャニスはエドガーをふりむく。

エドガーは本でなくいつからか、ジャニスを見つめ続けていたと、きがつくと、ジャニスはうろたえる。

その隙をエドガーはのがしはしない。

ーなんていうんだろうね?エドガー?ー

ーそれとも、無言のまま、ジャニスに腕をからませるんだろうかね?-

ーエドガー。君のやり口はわかっているさ。君のその深く青い瞳にのぞきこまれれば、たちまち、ジャニスは捕獲された獲物にかわるー

ジャニスの耳元に顔をよせつけて、いっそう、ジャニスの身動きを封じ込める甘く意味深な言葉をささやく。

多分。

ー僕を嫌い?-
そうさ。
ジャニスはあわてて、首を振る。
ーそんなことないー
エドガーはその言葉で次の挙動にでる。
ジャニスのシャツのボタンをはずし、うなじから手をはわせる。
ジャニスの戸惑いと冒涜と羞恥と好奇心はエドガーの手中におさめられる。
ーいけない・・よー
ジャニスの拒否はエドガーの求めることがなにか、わかっているといっているようなものだ。

ー何故?-
ー何故って・・・こんなこと・・-
ー望んでない?-
ーそ・・そうじゃないけど・・-
エドガーへの好意まで、否定してしまうことになると判るとジャニスは迷う。
迷いを振り切って、エドガーを突き放そうと考え付けなくなる手がジャニスに伸びてくる。

ーだめだよ・・こんなことしちゃ・・神さまに・・・-
うわごとが唇でふさがれ、甘い極地を与えられる頃には
エドガーも自分の心をみきわめられるだろうか?

ー仲間にするかor血をすうだけかー

アランの見透かしたとおりの事が今、確かに図書室の中ではじまりだしていた。

ー僕は無粋な邪魔者になることは避けて
エドガーが本心をみきわめるのを待つだけで、
その結果に従うしかない・・・と、いうことー

ージャニスの拒絶で、なにもかもが、駄目になってしまうことを
一方で祈りつつ・・・-

図書室の中の痴話沙汰が結論するまで、アランは出窓に座って時間がすぎるのを待つしかなかった。
もしかすると、ジャニスの行動次第では、此処もそうそうにたびだたなきゃならなくなるかもしれない。

-王様気分で、城下を眺められる最後になるかもしれないー
陽光は明るく、陰湿で暗い、駆け引きに興じている図書室の二人には、遠い世界だろうと思えた。

出窓に座ったまま、アランはあふれてくる涙をぬぐった。

ー茶番でしかないー

メリーベルを護りきれなかったエドガーは、その痛みにたえられないだけ。

つかのま、幼いロビンに慕われたあの夏が、エドガーに痛みをわすれさせただけ。

もう、ロビンは僕らを必要としていない。

容赦なくつきつけてくる現実をうけとめることで、

エドガーは再び、メリーベルを亡くした痛みごと、妹を胸に住まわせる。

メリーベルが生きていた記憶はエドガーにしかない。

わずかながら、僕がエドガーの痛みを共有した。

ロビンを懐かしい夏の風景にかえるか、

ロビンもまた、寂しいのなら・・・

一緒に行こうとしていたかもしれない。

でも、ロビンからの決断をしらされることはなかった。

僕たちを呼んだまま、ロビンは空に落ちた。

結末のない物語が、僕たちに残った。

メリーベルもロビンももう、とりかえすことのできないはざまにすみ、

忘れられない思いと

忘れてしまいたい苦しみを

エドガーに残した。

二人を胸の中にすまわせるしかない苦しさをエドガーは茶番でごまかしていく。

ージャニスになにが、わかるというんだー

わがままで、てのかかる存在に気をとられることで、苦しみと悲しみを意識しないでおけるなんて、わずかの間でしかない。

ーその証が僕だろう?-

ーエドガー。君の茶番のために、人を人でなくさせる・・なんて、まちがっているんだー

だけど、エドガーはアランのいうことなどきこうとしない。

ーせめても、運命共同体・・。罪深き咎だけでも、君と共有してやる。

それが、僕にできる唯一のこ・・・・ん?-

腕でぬぐった涙のすきまから、とび色の髪の毛がみえたきがする。

屋敷の中をうかがう少年の姿を注視したアランは、あわてて、窓をとびおり、エドガーのいる図書室にむかおうとした。

ーキリアンだー

銀の銃をもってるにちがいない。

マチアスの復讐のため、キリアンは二人を撃ち抜くつもりにちがいなかった。

アランは出来るだけ、静かに出窓から、床におりた。

耳はキリアンの侵入経路をさぐり、針一本の音さえききのがすまいとしていた。

ガチャンと、小さなガラスを割る音がきこえた。

一階の窓を割り、キリアンが家の中にはいってくる。

エドガーは、きがつかないのだろうか?

ーふっー

虜を捕える遊戯に埋没しているんだろう。

エドガーはその瞬間に決断する。

仲間に引き入れるか、獲物にするか・・。

だけど、エドガーの選択がどちらになるか、

エドガー自身、みきわめることはできないだろう。

出窓のある部屋から、書庫のある2階へ降り立ったアランは、さらにキリアンに神経を集中させながら、書庫をめざした。

ー天秤をあやつるのは、君じゃなくて、キリアンのようだー

書庫の扉にへばりついて、アランは、小さな声で、エドガーを呼んだ。

ーエドガー・・キリアン・・がー

アランの小さな声にエドガーはきがつかず、かわりにキリアンこそがきがついていた。

廊下の角から、銀の銃をかまえたキリアンのその銃口がまちがいなくアランをとらえてると判った時、アランの背におびただしい冷たい汗がふきだしていた。

銃口をアランにむけながら、キリアンが、近寄ってきた。

「奴は・・この中か」

アランの答えがアランに激痛になってかえってくることを予想しながら、アランは答えた。

「奴って?」

予想たがったのは激痛が弾痕によるものでなかったことだろう。

だが、弾痕であるのなら、激痛とともに、すでに消滅している。

思い切り腹をなぐられながら、アランは笑っていた。

「何故、笑う?」

「なんで、僕をうちぬかないんだろうってね。臆病風にふかれたのかとおもってさ」

ふふんとキリアンは鼻で笑ってみせた。

「それよりも、何故、お前がエドガーに助けをもとめないんだろうね?殴られても叫び声ひとつあげようとせず、今も妙に声をひそめている。エドガーだけ、逃がしてやろうとのおはからいかい?お前をうちぬかないから、それができるとでも?」

「むしろ、逆だろう?キリアン。僕を撃ちぬいたら、その物音で、エドガーが逃げてしまう・・」

キリアンは改めて銀の銃をアランにむけなおした。

「ご推察どおり。だけど、エドガーが、おまえをむざむざ、消滅させはすまい?」

ーつまり、キリアンは、エドガーをおびきだすための囮として、僕をとらまえたということだー

「どうだかね。僕の代わりはいくらでもいるようだし、僕と一緒に撃ち抜かれてしまうリスクをおってまで、僕を助けようとはしないだろう」

「そうやって、おまえを打ち抜かせて、そして、エドガーをにがしてやろうというその忠実な僕ぶりには、敬意を表するよ」

アランの科白はエドガーをにがすために、アランを射抜けといっているにすぎないと、キリアンはせせら笑った。

「いや、嘘じゃないよ。キリアン。君が僕を囮にするつもりで、僕をとらまえているけど、エドガーは今、マチアスの代わりをてにいれようとしてる」

マチアスの名前にキリアンのこめかみがびくりと波打った。

それも、アランの計算どおりのキリアンの反応でしかなかった。

「今?マチアスの代わり?どういうことだ!!」

「さあね。君の目で確かめればいいさ。君が今、僕を打ち抜いたら間違いなく、ジャニスはヴァンパイアにひきこまれる。マチアスの代わりどころか、僕さえいなくなるんだからね・・。キリアン、君のせいで、ジャニスがマチアスのように昏睡し、君はまた、マチアスよろしく、ジャニスも殺すんだね」

キリアンはアランの言葉が真実であるか、どうかをみきわめるかのように、口を閉ざし、耳をすませた。

ドアに耳をおしあてながら、銃口はアランを捕らえている。

キリアンはドアを離れると、アランに近寄っていった。

アランの手首を後ろ手にねじりあげると、銃を背中におしあてた。

「どうしても、エドガーと一緒に撃ちたいって?」

鼻先にまで、あがってくる笑いをこらえながら、

アランはできるだけ神妙なそぶりをつくろってはいた。

キリアンを刺激すれば、血が登った頭はアランを先に打ち抜く命令を発するかもしれない。

「時間かせぎ・・だな」

書庫の中からは、物音がきこえなかった。

アランの異変を察したエドガーが書庫の中からキリアンをうかがっているのかもしれない。

「そう?ジャニスはさぞかし羞恥をこらえてるってことじゃないだろうかね?」

今度ははっきりとくくっと笑いを口にのせた。

怪訝で、かつ、疑いにまどうキリアンの瞳がアランの笑いをとがめた。

「マチアスも声ひとつ、あげやしなかったさ」

途端、キリアンの瞳が怒りに大きくゆれ、アランの手はひどくねじあげられた。

「君のいうとおり、時間稼ぎさ。その間にジャニスがエドガーの手におちる」

手首の痛みをこらえながら、アランは皮肉な笑いをうかべつづけていた。

「キリアン。君はわざわざ、罠にはまりにきたんだ。マチアスだけあきらめておけばよかったものを、僕らを打ち抜こうなんて、ばかげた企てのせいで、君は罠に自らはまる結果になる」

「なんだと?」

「だって、そうじゃないか。君はロビンを逝かせ、マチアスも散らせた。恨んでいるのはむしろ僕らのほうさ。だから、君の復讐劇のせいで、ジャニスをも、てにいれられないのなら、エドガーがジャニスを無傷のまま放すわけがない。僕らから、ジャニスを奪うのが、君でなければ、僕らも諦めたかもしれない。だけど、ねえ、キリアン。

これは、千歳一隅のチャンスになってしまったんだ」

「チャンス?」

「そうさ。ジャニスはロビンとマチアスの復讐にうってつけの主人公にかわってしまったんだ。

君のせいで、ジャニスは人でないものにかわり、君は、第三の殺人を冒す。

君の青くさい正義感のせいで、ジャニスを殺し、君はその罪にもがき、

その苦しさからのがれるために、僕らのせいにする。

だけど、すべて、そうさ。すべて、君の青くさい正義感とおせっかいが原因でしかないんだ」

「いう事はそれだけか?」

「ねえ、キリアン。僕らが、人でないものだから、その存在を許せないのなら、まず、その正義を君にむけるべきじゃないか?あれから、何ヶ月たったのかおぼえちゃないけど、あいかわらず、君は心ばかりじゃなく、身体も成長しちゃいない」

キリアンの手がさらにアランの手をねじりあげていたが、

アランの背中越しにぼそぼそとキリアンの声がきこえてきていた。

「わかっているさ。だけど、僕が消失しても、第2、第3の僕やマチアスが現れるのなら、元凶をたつしかないだろう?それがすんだら、僕は自分の罪を清算するさ」

アランの手がふいに鋭く痛みをかんじると、それは、キリアンにおもいきりひっぱられたせいだとわかった。

アランを盾にキリアンは書庫のドアをあけた。

並びたつ本棚を直射日光から保護するため、天井近くにいくつもの小窓がつくられ、屋根のひさしが書庫への直光をふせいでいた。

アランの背中越しにあたりを伺うキリアンに

懐かしいあるいは、憎い、エドガーの声が聞こえた。

「やあ、キリアン。熱心なおいかけに感謝するよ」

エドガーの声のあたりに銃口をむけなおしながら、キリアンはエドガーを捜した。

エドガーをみつけたキリアンの指は引き金をひくこともできず、エドガーに照準をあわせるしかできなかった。

「キリアン。ぶっそうなおもちゃはしまっておかなきゃ。ジャニスまで、撃ち抜いてしまう」

エドガーはソファーに座っていたが、その腕に半裸身のジャニスとやらが、抱きかかえられいた。それは、エドガーを擁護するかのようでもあったが、キリアンは、故に引き金をひくことができなかった。

「キリアン。交換条件だ。ジャニスを渡そう。かわりにアラン・・を・・」

エドガーの交換条件はあまりにも呈がよすぎた。

「そ・・そいつは・・」

ジャニスはエドガーの腕の中でぴくりとも動こうとしなかった。

昏睡か気絶か・・いずれにしろ

それは、つまり、エドガーに血をすわれたということになる。

「そいつ?ああ、ジャニス。ジャニスがどうしたっていうわけ?」

「仲間に引き入れたのか?血をすっただけなのか?」

キリアンが尋ねることはあまりにも底がみえていた。

「キリアン。相変わらず、熱血漢そのままが、ストレートすぎるよ。仲間に引き入れたといえば、君はジャニスを殺すしかなくなる。殺すしか無い相手を交換してもしかたがないだろう?そうしたら、君は僕を撃つ」

「それは、血をすっただけだということなんだな?」

尋ねながらキリアンは、皮肉な笑いにむせ返った。

「お前のいうことが、本当かどうかなどわかりゃしないんだ」

エドガーはキリアンの言葉に軽く目を伏せた。

「そうだね。どちらか、判らない。君が自分で確かめるしかない」

アランの耳にキリアンの歯噛みする音がきこえてさえいた。

キリアンはしばし、黙考していた。

アランの言い草を信じれば、ジャニスは間違いなく、仲間に引き入れられたための昏睡ということになる。

どのみち、ジャニスが目覚めた時・・・。

それを狩るのは、キリアンしかいない。

だが、万が一、エドガーがキリアンの侵入とアランの拘束を判っていたら

交換条件の為に、あえて、血しか吸わなかったかもしれない。

「キリアン。このさい考え事はあとにしよう。僕にはもうひとつの選択肢があるんだ」

「もうひとつの選択肢?」

「そう。ヴァンパイアは、血を吸うばかりじゃない。手から、エナジーをすいあげることもできる」

ジャニスのうなじあたりにエドガーの手がのびていった。

「確実に殺せる・・・」

ぐっと瞳をとじ、思い切りあけるとキリアンの決断が口をついた。

「判った。アランを渡す。だから・・」

「ジャニスを殺すなと?キリアン、賢い選択ではあるけれど、もうひとつ、押しがたりない」

ぐっと、歯噛みの音がきしむと、キリアンは銀の銃をエドガーのソファーに滑らせた。

エドガーがジャニスを離し、ソファーからたちあがると、瞬時、二つの影が交錯した。

エドガーはアランの元へ、

キリアンはソファー近くに滑り込んだ銃をひろいあげるためだった。

キリアンが拾い上げた銃をかまえた時、その銃口の先に二人の姿は無かった。

書庫を抜け出し、駅に向かう二人は、たった、一言で、くずれそうになる涙の元をこらえていた。

「このまま、行く?」

アランの問いにエドガーはかすかに空をみあげた。

それは、決め事をもう一度、胸の中で捉えなおしているようにみえた。

「行く・・しかない・・」

キリアンはジャニスに二人の正体を話すだろう。

「どのみち、長くはいられない・・」

成長しない少年がひとところにとどまっていられる期間はどの道、短い。

「うん・・」

判っていることだけど、流浪の民は、定住の場所のないことに、翳った笑いを浮かべる。

黙りこくって歩く駅まで道のりがひどく遠く感じられ、アランはやけに饒舌になっていた。

「キリアンが・・やってくるなんて、思わなかったよ」

そうだね、と、答えるかわりにエドガーはまなじりあたりをぬぐった。

「なに?」

エドガーの涙のわけが、アランが感じている寂寞の理由とおなじなのか、アランは尋ねてみたかった。

「僕たちを、追いかけてくれる相手が、キリアンかと・・思ってさ・・」

慕われたいという思いもすべて、封印してきた。

一箇所に長くはいられない、人間でない存在は一人の人間と深く関わることはできない。

たった、ひとり、その禁を破って、逢いにいったロビンはすでに、この世の人ではなくなっていた。

「皮肉なもんだよね・・」

結果的に、ロビンが、深く関わる存在、キリアンと引き合わせてくれたようなものだった。

「キリアンが、僕たちをにくむのは、仕方が無いことだと、思うけど、キリアンは、マチアスのことを、どう、思っているんだろう・・」

アランの饒舌はとどまることなく、エドガーは、心の底をのぞきこみながら、アランに答えていた。

「どうって?」

「だから、つまり、マチアスが、キリアンを襲ったのは、どっちだと、キリアンは思っているんだろう」

キリアンが、どう結論づけて、二人をおいかけまわしはじめたのかは、判ることではない。

「判らないよ。ただ、キリアンは、マチアスを人でないものにした僕を殺したいだけ・・」

「僕たちを・・だろ?」

「そうだね。僕たちが存在するということ自体が、キリアンにとって、親友であるマチアスを死なせた理由を空虚にさせる。その空虚をうけとめられなくて、キリアンは、僕たちを消滅させたがってる」

「もしも、僕たちを消滅させたら、やっぱり、キリアンは自分を撃つんだろうか・・」

「多分・・ね。マチアスを殺した理由をキリアンは自分にあてはめるだろ。妙な正義感でね・・」

「人でないものの存在を許さないという「さばき」は平等に自分にもかせるって・・こと?」

「多分・・そう・・」

「そう・・?じゃあ・・今頃、キリアンは・・・」

昏睡におちたジャニスの傍らで、キリアンは究極の覚悟をつけようとしているだろう。

「どっちにしろ、キリアンは覚悟をきめるだろう。もしも、ジャニスが人でなくなっていたら、マチアスを殺した理由で、ジャニスを殺す。じゃ、なければ、マチアスを殺した理由が崩れ去る。だから、すぐに、覚悟はつくだろう」

「そう?そして、また、空虚を抱きかかえて、僕たちのせいにして、僕らをおいかけまわす?」

「多分・・ね」

「それって、少し、嬉しい?」

「僕が?なんで?」

「だって、エドガーは、キリアンによく似てる」

「僕が?キリアンに?」

「そうさ。空虚を抱きかかえて、他の人を犠牲にしようなんてところは、実にそっくりだよ。同病相哀れむ。キリアンだけが、エドガーの気持ちをしっているのかもしれないね」

アランの針がエドガーの胸に刺さってくる。

うつむいたエドガーだったが、それは、アランの言葉をみとめたことにもなった。

「ジャニスは・・・仲間にひきいれちゃいない・・」

エドガーの弁明はアランのいう「他の人を犠牲にして・・」という言葉に対してだった。

アランの足取りがおちると、目前に駅舎がみえた。

アランの足取りより先を歩いていたエドガーがアランを待った。

「どうしたのさ?」

アランの足取りの重さをエドガーは言う。

「ジャニスを仲間に入れなかったって、言ったね・・」

軽くうなだれて、エドガーはアランの言葉にうなずいた。

「それで・・足取りが悪くなった?って、こと?なんでさ?」

「君は・・・結局・・ジャニスにロビンを重ねようとしていただけ・・ってことになるかな・・」

エドガーを君と呼ぶ時、アランは、胸の中におしかくしたものを開きだそうする。

「なにが、いいたい?」

エドガーの瞳に険悪な光が浮かぶ。

アランはその冷たい光にひるむことなく、言葉を続けていた。

「いい加減にあきらめたら?ロビンは死んだんだ。

ーおにいちゃんたち、また、逢える?-

君はその言葉に呪縛されているんだ。

それは、君がメリーベルを護れなかった・・その・・代償にしかすぎないって・・」

アランの頬へエドガーの平手打ちを覚悟したまま、アランはかすかに、自分の頬を手で覆った。

それは、エドガーのふりあげた手をとめさせるに充分なアランの挙動だった。

ふりあげた手を自分の左手で押さえると、右手は力なくさがった。

「ぶちゃ・・しないよ」

「かまわないよ・・」

エドガーの哀しい傷をつつきまわす当然の代償だとアランは言う。

エドガーの瞳から険悪な光が消えると、アランをみつめる瞳に蒼い雫がうるんでみえた。

「確かにアランのいうとおりさ」

素直にアランの言い分を認めたエドガーだったけど、アランは、まだ、口にふくんでいるものをはきだしはじめていた。

「なんで・・・。キリアンに本当のことをおしえてやらないのさ・・」

「・・・・・」

「マチアスを何故、仲間にひきいれようとしたのか、僕はおぼろげには、わかっているさ。

だけど、マチアスじゃ、因子をおくりこむほどの能力はない。

ましてや、めざめたばかりのマチアスには、到底無理だ。

この僕が、まだ他の人間を仲間にしたてあげられないのと同じようにね。

だから、キリアンが因子を恐れる必要なんかない。

だのに、君は、キリアンの不安を逆手にとって、キリアンを追い詰めている。

キリアンも自己暗示にかかって、神経を病んでるんだろう。

成長が止まっているように見えるけど、成長していないわけじゃない。

なのに、君はなぜ、キリアンをおいつめる?

僕は、それが、いけないとか、そんなことをいってるんじゃないんだ・・。

なんで?

それが、判らないだけ・・」

エドガーは今一度、空を仰いだ。

「結局、君はキリアンの思いの中に住みたかっただけじゃないか・・」

「アラン・・」

「いずれ、死んでしまう人間でも、関わりをもっちゃいけない人間でも、せめて、心の中に刻み付けられたいって、君が望んだんだ」

「・・・・・・」

「本当なら、キリアンこそ、仲間にひきこみたかったんだろう。だけど、それをしたら、キリアンは、間違いなく、銃で頭をぶちぬくさ。僕らを、ヴァンパイアを否定するキリアンにこそ、君は君を認められたかった。慕われたかった。そういうことさ」

「・・・・・・・・」

「ロビンを逝かせた復讐?マチアスを散らせた仕返し?

そうじゃないさ。

護ってやれなかったメリーベルへの哀悼そのまま、同じ形で、君はキリアンを護らない形で扱うことが、君の愛情表現さ・・。

キリアンが、人でないものを否定する。自分がそうであってもね。

君はそこまで、はねつけられたことに、自分の存在価値が希薄になったんだ。

だから、マチアスを仲間にひきいれようとした。

はねつけない。慕ってくれる。

マチアスを殺したのは、エドガー、君でしかないんだ。

キリアンへのゆがんだ反抗でしかない・・」

エドガーの重たい口がやっと、開かれた。

「百歩譲って、僕がキリアンへ異常でゆがんだ関心をもっていたとして、

それが、どうだと言う?」

「別に・・。君がどう思おうと、キリアンは僕たちをおいかけまわすさ。

キリアンが事実をしったところで、やっぱり、それはかわらない。

だけどね・・・」

「だけど・・?なにさ?」

「現実がどんな形にしろ、キリアンの心の中に住んでいるのは、事実だろ?」

エドガーが薄く笑った。

「確かにね。キリアンの因子より、根深いかも・・」

アランは、くすくすとこぼれおちる、エドガーの笑いをききながす。

「現状がどんな形であっても、君はキリアンの心の中に住んでいる・・。それを君はそのままに受け止めている。なぜ、キリアンに対して、そうできるわけ?」

アランの言う意味合いが掴み取れず、エドガーの瞳が宙を切った。

「判りやすく言おう。キリアンにはそうできるのに、何故、ロビン・・には、それができないの?

何故、ロビンの代わりを求めようとするの?

ジャニスを仲間にしなかったのもそうだろう?

彼じゃ、ロビンの代わりにならない。

当たり前のことを、君は追い求め、その結論に打ちのめされる。

いい加減にあきらめなきゃ。

ロビンは君の心の中に住んでいるんだ。

代わりなんか、居るわけがないんだ・・」

言いたいことを言い終えると、アランはエドガーの返事を待たずに足早に駅舎の中にはいりこんでいった。

駅舎に先にはいったアランの横をすりぬけざまにエドガーはつぶやいた。

「だけど、僕らが生きていれば、キリアンも生きていられる。そういうこと」

エドガーの言うとおりだろう。

二人を撃ち抜いてしまえば、キリアンは自分の頭に銃を押し付ける。

よしんば、アランの言うように、因子を恐れる必要がないといったところで、

どこまで、信じるだろう。

マチアスがキリアンを襲ったのを、キリアンは仲間にひきいれようとしたんだと、思いたがってるに違いない。

マチアスが、キリアンを獲物にするとは、信じたくないに決まっている。

そして、何よりも、そうであるのなら、マチアスは「醜悪な魔物」として消滅したことになる。

キリアンはそれを一番望んじゃいない。

心優しき庭の番人、マチアスは、キリアンと共に生きたかったんだと、キリアンは思いたいんだ。

だけど、キリアンが、人で無いものになりたくなかった。

マチアスの心に答えてやれなかったキリアンは、あえて、「因子」を信じた。

せめても、マチアスの心に添うために・・。

ふぅとため息をつくとエドガーはアランに告げた。

「ウェールズ(注・考証していないので、適当です)に・・いこう」

切符を買いに行くエドガーの背中をみつめ駅舎の待合にぽつねんと立ち尽くすアランの後ろ髪に触れるものがあった。

そっと、振りむくと、アランの髪にふれていたのは、赤い風船だった。

ヘリウムガスで膨らませた風船はふわふわと宙に舞い、風船が逃げ出さないように縛られた細い糸の先を、4、5才くらいの男の子がしっかり握り締めていた。

「あ?」

アランの声が漏れるのも無理が無い。

金色の髪に、ブルーアイ・・年頃もロビンを思い起こさせていた。

アランの声にきがついた男の子は、アランをみあげて小さく謝った。

「ごめんなさい」

幼子は風船がアランの気に触ったのだとおもったようだった。

「ううん」

アランは男の子の目の高さまでしゃがみこんでみた。

見れば見るほど、ロビンを思いこさせた。

ーエドガーに・・見せないほうが良いー

アランはそう判断すると、立ち上がりざまにその場をはなれようとした。

「あ?ああ!」

幼子の声と同時にアランはカフスボタンに風船の糸が絡んだ違和感を感じていた。

アランのカフスボタンに糸がとられ、少年の手から風船が離れ、駅舎の天井めがけて、ゆらゆらと登っていき始めていた。

「あっ」

アランが手をのばした先は、空をつかんだだけだった。

このまま、逃げ去るようにその場を離れる事が出来なくなったアランは、あたりを見回した。

小さな鈎がついている棒があれば、風船を取りなおすことができるかもしれない。

早く、風船を返して、その場を離れたいと、あたりを見渡しても、適当な道具はみつけられなかった。

天井まで届いた風船をみあげていた、そのアランの背中に手がのびてきていた。

「肩車をしてあげるから・・」

肩を叩かれ振り向けば、エドガーだった。

「早かったね・・」

「いいから・・」

エドガーに促され、アランはエドガーの肩をまたぎ、寸刻のちには、少年の手に赤い風船がわたされていた。

少年に風船を渡しおえると、逃げるように、立ち去ろうとしたのは、アランではなく、エドガーのほうだった。

足早に改札口に向かうエドガーの後ろを追いかけながら、アランはウェールズ行きの列車の発車時刻と、今の時間を確認していた。

エドガーが急いだわけがそこにあるのか、どうか、たしかめたかったせいだ。

だけど、取り急ぎ、プラットホームに駆け込む必要があるとは思えない時間だった。

多分、エドガーは、少年をそれ以上みつめていたくなかったに違いなかった。

急ぐ二人の背中に先の男の子の声がきこえてきていた。

「おにいちゃん・・たち・・ありがとう」

エドガーはきっと、耳をふさいでしまいたいだろう。

男の子の声がそのまま、ロビンにかさなってくるから・・。

ーおにいちゃんたち、また、逢える?ー

ロビンと同じ言葉がでてこないことを祈りながらアランは男の子をふりむくと、小さくてをふった。

プラットホームにかけこんで、二人で突っ立って汽車が来るまで、少年が同じ列車にのりこむわけでなかったのは、幸いだった。

ひどく無口なのは、いつものことだが、エドガーはなにひとつ喋ろうとしなかった。

列車がホームに滑り込み、降客と入れ違いに客車にはいり、空いた席に座って、列車が動き出すまでエドガーの口はとざされたままだった。

いつもなら、窓際に座るのはアランで、エドガーが通路側に座る。

まるで、アランを護るかのようないつものエドガーは消え果て、エドガーは窓の外をじっとみていた。

反対側のプラットホームに赤い風船がちらりと見えたとき、列車は、ホームと別れをつげていた。

言うか、言うまいか、迷ったままのアランがやっと口をひらいた。

話題をさけるほうが、おかしいとも、余計な気遣いが、エドガーの自尊心を逆撫でにするとも思えた。

「ロビン・・に・・にていたね」

それは、エドガーも感じていたことだろう。

感じていたからこそ、エドガーの様子がおかしかったんだ。

アランの言葉にエドガーは窓の外をみつめたまま、答えていた。

「そうだね・・。でも、ロビンは・・僕の胸に・・住んでる・・」

最後まで言葉をおしだそうとしているエドガーが、泣き顔をけどらせまいとしているのが、判るとアランは、大きな伸びをしてみせた。

「ロビンのほうが、可愛かったさ」

「う・・ん」

アランにふりむかないまま、エドガーの手が涙をぬぐったようにみえた。

アランもまた、小さな雫を指先でぬぐっていた。

エドガーが、一言でいなした言葉がアランの心にひびいていた。

ロビンは僕の胸に住んでいる。

エドガーがやっと、見極めた事実がアランの安堵を雫にかえていた。

列車が、暗いトンネルにさしかかると、エドガーがアランの手をまさぐってきていた。

エドガーの手を握り返すと、エドガーが、ぽつりとつぶやいた。

「アランがいてくれれば・・」

それでいいんだと最後までいわなかったのは、列車がトンネルをぬけでたせいかもしれない。

「また、キリアンが、追いかけてくるよ」

キリアンをいきぬかせるためにも、僕たちは死んじゃいけない。

エドガーの言っていた通りを胸にきざみつけるアランにエドガーが薄く笑った。

「次は捕まらないように・・、お願いしたいね」

エドガーのことだから、それでも、アランを護ってくれるとわかっているから、

アランは素直にうなづいた。

              終

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