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・・柏・・

ウガヤフキアエズを手繰っているうちに
http://www.kanko-miyazaki.jp/kaido/50story/densetsu/027/
にて、
下記、無断拝借の一文にめがとまりました。

ある日、ミケイリノミコトが五ヶ瀬川のほとりにある七つが池のあたりを散歩していると、水鏡に美しい姫の姿が浮かび上がりました

ウガヤフキアエズについては、九州ということになっていますが、
福井県嶺南にて生まれ、長じて九州にいったという「ほつまつたえ」と
宇(神)が西の波にのってやってきたという伝承のあるウガヤフキアエズを祭る宇波西神社があり
そこで、王の舞という海幸彦・山幸彦の争いを伝承するかのような神事があります。
かつ、近くには日向という場所があり、
ウガヤフキアエズ王朝を搾取され、日向からにげのびてきたウガヤフキアエズではないのか?という気もするのです。

奇妙な地名の一致はほかにもあり、
神武天皇が舟を作らせるために滞在した兵庫県の美弥浜だったかな、ここに「耳川」という川がありますが
宇波西神社の5kmほど先の美浜という土地に「耳川」というのがあります。

http://www.kanko-miyazaki.jp/kaido/50story/shinwa/026/  より
それから、カムヤマトイワレヒコは兄とも相談し、みずから軍をひきいて日向の美々津(みみつ)から東に向けて旅立ったのでした。

はて?
神武天皇は兵庫県で舟をつくらせているというのですから、
最初の旅立ちの地はむしろ福井嶺南からのほうが理屈にあってきます。

そして、美々津という名前もきになります。
津というのは、瀬戸際・・つまり、海の際、岸辺に接したところによくつけられますが、
文字音にすると、ここにも「みみ」がはいっています。

日向というなまえがかさなり、耳川という名前がかさなる。

これは、人間のさがといいましょうか?
新天地をもとめたり、異郷の地に名前をつけるとき(開拓とか)
ふるさとの名前をつけます。
新十津川・新広島
アメリカになってくると、ニュージャージーとかニューヨークとか
ほかはしらないけどwww
けっこう、ふるさとにあやかるというか、
ふるさとのどこそことにているなあ、と、望郷の念?からか
つい、その名前で上つ人がよんでしまえば
そこが、その名前になるという事も考えられます。

はてさて、どっちが先だったのだろう?
ウガヤフキアエズが九州から追い立てられてしまったのが本当か?
神武天皇が東に旅立ったのは、ウガヤフキアエズにぎはやひ?)王朝においうちをかけるためか?
つまるところ、福井県嶺南にウガヤフキアエズ王朝があったのが本当か?
すると、神武天皇が兵庫で舟をつくらせたというのが、浮いてきてしまう?
???
が、ウガヤフキアエズ王朝をほろぼしているからこそ、帰りの船をつくらせている余裕があったとも考えられるwww
そして、ウガヤフキアエズ王朝の所在もろとも、継承するとなるのなら
日向の名前ごともちかえったかもしれないwww
ものすごいこじつけだともおもいつつ・・・。

と、なると、王の舞というのは、洪水の伝承ともかんがえられ、
あたりのことがすこし、きになった。
世界最古の漆器といわれている漆器がでてきたり
湖からは縄文時代の丸木舟がでてきていて
湖のそこに12000年前の地質があるらしく
12000年それより前のことは不明だが、湖も5個でなく6個あったのがなくなっているらしいので
その時期に洪水があったのを、伝承しているのかもしれない。
洪水は神の怒りであるとか、
天皇の行いによって異変がおきたとかいうかんがえかたもあり
神社が鎮魂のいみあいもあるとかんがえると
兄弟?の争いが天のいかりをかい、洪水がおきた。
そのことをいましめるためにも「王の舞」として奉納した。
とも、
じっさい、山側と海側の人間とで王(政権?)をこかし
こかしたものが、豊漁・豊作となる(実験を握る?)というのであるが、
そういう政権を争う姿に神王がでてきて怒りをあらわしているともとれなくもない。

ちょっと、はずれてしまっているが、
そのままいくと、
西ということばにも、ひかかる。
出雲大社そのほか、神殺し?の封印のためかとおもうような
4拍2礼という作法がある。
これは、一説に死に死にであり、貴方はしんでいるのです。
と、その場所にしばりつけるためのものであるという。
そして、西というのも、西方浄土であり、これまた、西をひっくりかえすと、死に、になる。
つまり、西の波ののってきた神という伝承は
実は神は死に場所にいきなさい。
と、いうことであり
ある種の呪縛であったのかもしれない。
その土地の西の半島には、
塩坂越といういう峠?があり
その半島の先に常神という土地がある。
塩坂越は死の坂をこえてという
出雲神話のよもつひらさかのようにおもえる。
そして、死んだのだから、最先端の場所にいきなさいと。
外れ、端でいなさいとばかりに
神が居る場所と常神という地名でここに、これまた呪縛しているようにさえ思える。

そんなことを思いながら最初の抜粋のページまでよんでいたのだが

ある日、ミケイリノミコトが五ヶ瀬川のほとりにある七つが池のあたりを散歩していると、水鏡に美しい姫の姿が浮かび上がりました

と、いうところの
五ヶ瀬川がきになってしまった。

どこかで聞いた名前だとおもって、しらべたところ、
福井の銘菓だった。
五月瀬であるが、これまた、奇妙に名前が符号するので、
五月瀬のページを開いてきた。

すると、五月瀬の焼入れ紋のことで

丸に三つ柏
創業者:瀬川家の家紋です。

と、ある。

三つ柏といえば、先日も日御碕神社の写真でもわかるように
スサノオの紋である。

スサノオ=にぎはやひ=ウガヤフキアエズ王朝?という血縁?があるとおもえてしかたがない憂生 にとっては
五月瀬の店主宅が丸に三つ柏ということが、ただならぬ符合に思えてくる。
実際、スサノオがウガヤフキアエズ王朝の王族であったとするのなら
日本各地にちらばるスサノオ系列の神社などからも
かなり、日本全土を掌握していて
かつ、さきにかいたように、支配という形でなく
国民の生活をよくしようとあちこちにいったようであると考えられる。

スサノオが鉄器などの技術、たたら製鉄を伝播していったのが
ヘブライ人の渡来により、技術もつたわったのちとするのなら
ウガヤフキアエズ王朝を搾取されたあとになるのだとおもう。

そして、スサノオが国民の生活をよくするのが目的であったなら
滅ぼされた王朝のことよりも、
たたら製鉄の技術などをつたえていくことに奔走したと思える。

実際、ぬながわひめの物語をかいていて、
資料的にでてくるのは、
奴奈川の民を戦いにまきこみたくないという姫の思いである。
自分さえ、そっくびをさしだせばそれですむ。
皆はいきのびよ。ということだったらしいが、
どうも、みなさん、いうことをきかなかったようでwww

まあ、こういう発想も大国主命の妻という立場にいたれば
いっそう、スサノオの考えがしみわたるというきもする。

つまり、スサノオ自体があるいは、大国主命が、
周りの人間をしなせたくないためにも、
あっさりと国などゆずって、
実質の国民の生活安定をねがったのだろう。

ゆえに、実際のところ、スサノオでなくても、
国民のためにうごいた存在については、
「さては、スサノオがあらわれた」とうけとめ
各地でスサノオ(あるいはスサノオ精神)を祭ったとかんがえられなくもない。

つまり、実際の血縁でなかろうが、あろうが
スサノオの精神に感銘をうけたものが、
三つ柏の紋をせおったかもしれないし
実際に福井、近畿あたりにかけて、にぎはやひがいて、ウガヤフキアエズ王朝があったのなら、
三つ柏の血筋がいてもおかしくないかもしれない。

ちょっと、家紋系列の本が近くにないので、
なんともいえないが、どのあたりに三つ柏の家紋が多いかなど調べられたらと、思う。

そして、またスサノオが三つ柏なのだろうと思う。
柏手(かしわで)というのも、神さまに挨拶をするというか、
「おいおい」とよびかけるのも、妙であり
雲上人や殿様が手をうつときは
「人をよぶとき」「用事をいいつけるとき」であろう。
つまり、神様をよび、用事をおねがいする。
この柏のいみあいは、
気が白い(木が白い)であり、
清廉潔白のように、清い思いを指そう。

よく耳にするのは、神の食物をのせる梶の葉であるが
これも、神=蛇になるかもしれず
おそれもおおくと、蛇の尾のあたりに供物を置くという意味合いで
梶・・の葉をつかうのかもしれない。

蛇といってしまうと、またもや霊能者的発言になるのだが
出雲大社の式年遷宮の何年か前に、
霊能力者さんが
出雲大社のなかのものが、蛇にかわtった。
と、いうことをいっていて
別の方がやはり、中の気配が長くておおきなものにかわっていたということをいわれていた。

おおひるめむちとも混同?混合されているような気配のあるアマテラスだが
おおひるめむちも蛇体であるといわれている。

このあたりをかんがえると、
スサノオがやまたのおろちから
草薙の剣を得たというのも奇妙に思える。

そして、それが天皇の継承、三種の神器にはいっているということは
天意による、「継承」のしるしであるとかんがえられ、
すなわち、深読みをすると、
DNAにスサノオ(ウガヤフキアエズ王朝)のDNAが受け継がれているということかもしれない。

剣というのを男性の象徴であるとかんがえると
いささか、不敬であるので
剣という言葉におきかえ、
蛇体であるという神部分?から剣をとりだし
神の剣によってDNAを継承している
と、いうところかもしれない。
(ふらちだろうか・・・う~む)

と、なれば、
出雲大社に長いものの気配がするというのも、
さも、ありなんの蛇体説でもある。

が・・・。
はたして、蛇が象徴するものはなんであろう?

蛇については、又、今度・・・
今日はここまでにして、寝ます。
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すめらみおや

ちょっと、シルバーバーチをよみすすめてきました。

ここでは、かけないことですが、

解釈の違う部分をみつけてしまい、

ちょっと、あともどりです。

本筋的にはほぼ、にたようなことをおもっているのですが・・。

どういうのでしょうね。

日本人的解釈じゃない部分ですね。

歴史にあたって、キリスト教が仏教に酷似したぶぶんがあるというショーペンハウエルの

推論から、キリストがエジプトで、仏教徒から仏教を教わったという考え。

キリストの謎の13年間ですね。

また、ピラミッドは日本が最初だという考えにいたったのは、

実は仏教は、日本の古神道の影響をうけている。

つまるところ、日本の古神道が、世界の原本だという

考えがあるのです。

この原本的古神道と、仏教やキリスト教の大きな違いは、

「すめらみおや」すめらは、天皇です。

(すめみおやが、皇祖=あまてらす)

天皇を親のように敬う、慕う、よりどころにする。

人の雛形としての生き様である天皇の存在を軸にしている。

これは、日本独特なものだとおもうのです。

この軸があるからこそ、

日本人は国を思い、人を思いとできてきたのだとおもうわけです。

極端ないいかたですが、

キリストが現実にいき続けているわけではないわけです。

仏陀にしてもそうです。

国を思い、人々を思う、存在が継承され

宗教でなく、政治でなく、存在している。

ここらへんの、日本人の感覚ですね。

こういうのが、シルバーパーチの説くところと微妙なずれがあるのです。

いや、こういう言い方はおかしい。

憂生が思ったのは、なぜ、シルバーパーチなのだということだったのです。

正直をいうと、国之常立であるべきじゃないか。

(うかばせた相手が誰かという意味でなく

憂生が国之常立と思わなかったというところ)

と、おもったわけです。

これが大きな違和感だったのです。

また、少し、考え直してみます。


とりとめなく・・2

ウィキより
ダビデ王(紀元前1004年?‐紀元前965年?)の時代に統一イスラエル王国として12部族がひとつにされる。しかし、ソロモン王(紀元前965年?‐紀元前930年?)の死後、南北に分裂し、サマリヤを首都に10部族による北王国イスラエルと、エルサレムを首都にする2部族による南王国ユダに分かれた。北王国では首都サマリヤやその他の地に金の子牛の像をおいて祭祀の中心としていた[2]。北王国は紀元前722年にアッシリアにより滅ぼされ、10支族のうち指導者層は虜囚としてアッシリアに連行された[3]。この10支族の行方が文書に残されていないため、2部族によって「失われた10支族」と呼ばれた。これで北の住民である10支族は、次第に10支族としてのアイデンティティを失った等といわれてきた[4]。拉致をまぬがれ現地に留まった人々は、周辺の異民族や、アッシリアによって逆に旧北王国の地に移住させられた異民族と通婚し混血することもあった[5]。サマリアにはゲリジム山を中心に、後世に独自に発達したユダヤ教と一部を共有する古来の祭祀が残存し、サマリア人としてユダヤ人と異なる文化とアイデンティティーを保ち続け、現在に至っている。

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/115.html
神武天皇の名前は、カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコトでありますが、現在の日本語からでは理解不可能で、何のコッチャとなりますが、これは古代ヘブライ語で考えると意味を成します。 

古代ヘブライ後で、 カム・ヤマトゥ・イヴリ・ベコ・シュメロン・マクト、すなわち、「 サマリヤの王、ヤハウェのヘブル民族の高尚な創設者 」という意味になります。 ちなみに、サマリヤは、古代ユダヤの北イスラエルの首都であります。

☆現在の天皇のルーツがヘブライからの渡来人にはじまるというのが、事実だとして、
非常に疑問におもっていたのは、
ウガヤフキアエズという存在と竹内文書・九鬼文書にみられる
ウガヤフキアエズ王朝が72代(73代)という記述との相違点だった。

勝手な類推でしかないが、
ウガヤフキアエズ王朝というものが、すでに日本にあり
ヘブライからの渡来人が何らかの方法で
この王朝をほろぼしたか、継承して
ずいぶんあとになって、
ウガヤフキアエズという人物にすりかえて史記をかいたのではないかということ。

このヘブライからの渡来人というのが、はたして、日本にやってきたのは
いつごろだったか?
と、疑問に思い
ウィキからしらべていくと紀元前1000年あたりに
いろいろと変化があり、日本にのがれてくるのに、
また何年かの年月と日本にたどり着くまでの経緯的年月をかんがえると
紀元前500年~紀元200年?あたりに日本にきたと類推できる。
そして、日本書記や古事記あたりとあわせてかんがえてみると
竹内文書によるウガヤフキアエズ王朝が72代という歴史が宙にういてしまう。

大胆に推察すれば
ウガヤフキアエズ王朝という元から日本にあった王朝を
搾取した大和朝廷が
後年になって、ウガヤフキアエズ王朝からの伝承をそのまま受け継ぎ
大和朝廷の史実として編纂したものという見方ができる。

このあたりのことは、
大本神喩でも、
日本の古代天皇はトルコなどにもにいって
国を治めていた。

と、ある。

この大雑把な古代天皇という「古代」がどこにあたるか。

単純に考えれば
世界最古といわれるメソポタミア文明(つまりトルコ?)でさえ
古代天皇がおさめていたというのであるのなら、
ノアの箱舟以前と考えられる。

ここからしても、
ウガヤフキアエズ王朝の可能性が高く
そのころの人間は(天皇?)
今のSPあるいは、大本神喩でいう
半霊半人であり、
あちこちに簡単に移動できたろうし
寿命も長かったと思われる。

簡単にいうと神のような存在が実在していたと考えられる。

この系列がシュメール人であるとかんがえられているようで
その伝でいくと、ヘブライ人も
古代天皇の何らかの血をひく存在であった可能性も考えられる。

そう考えると大和朝廷の一派がヘブライ人であったなら
ウガヤフキアエズが祖先という系譜にしたいと考えるのは当然のことだと思える。

が、
ここで疑問なのは、
失われたアーク(マナのつぼ・アロンの杖・十戒石)の伝承である。

これは、現在、伝承によると
弘法大師(空海)が剣山に隠した(封印)という。

と、なると、ナゼ、封印しなければならなかったかということが疑問になる。

一説では、元の持ち主であるものからアークを略奪した国には異変がおき
史実でも、略奪した国がイスラエルに返還しているというのがある。

と、なると、
空海がアークを封印したのも、何らかの異変がおきたため
アークを封印するしかなかったということになる。

そう考えると、疑問がでてくる。
封印なぞしなくても、元の持ち主にかえせばよかろう?
と。

すると、俗人はまた奇想天外な発想を続ける。

あるいは、アークはもともと、ウガヤフキアエズ王朝のもので
(あるいは、古代天皇がイスラエルの古代天皇ににたいして正当な後継者としてアークを送った)
それを略奪して日本にもってかえってきたか
あるいはウガヤフキアエズ王朝から分捕った。
と、なるとすでに滅ぼしてしまったウガヤフキアエズ王朝に返還することができず
封印するという方法しかなかった。

そうすることで、国の異変をおさえようと
空海は考えたのかもしれない。

だが、あるSP論では、天皇がイスラエルに三種の神器(アーク?)を返還するだろうというのがある。

イスラエルの乱れを考えると、むしろ、アークを略奪した側に起こる事象のように思える。

あるいは、それが、空海の目論見だったのだろうか?

あるSP論をしんじて考えると、基の持ち主はイスラエルということになる。
ところが、空海が結界の中にアークを封じこめたなら
その反作用というか、仮に略奪したのが日本側だとして
略奪した側が結界の中にアークを封じ込めた場合
一種バリアができて
本来、異変がおきるはずの日本側でなくもとの持ち主に反作用が起きる。

そこにきがついた天皇が三種の神器を返還する。

と、いう考察になるだろうか?

逆にヘブライ人が略奪したため、母国?であるイスラエルにて異変が起きている。
と、考えるのが妥当だろうか?

剣山には今でもイスラエルから大使とか、重鎮が参拝におとずれているという。

神社に国の継承者あるいはその代理が訪れるということはどういう意味であろうか?

本来の持ち主であるからこそ参拝にいくのであろうか?
逆に封印の反作用の鎮魂的意味合いからだろうか?

いずれにせよ、ウガヤフキアエズ王朝というものが
どういうものであったのかが、
解明されないと見えてこないところはある。

そして、あるSP論の
日本の天皇がイスラエルに三種の神器をもっていくという話の
根拠がどこにあるのか。

むろん、日本にとって天皇という存在が
どういう血族であろうと
天皇であるという事実はかわりなく、
一個の人間が国を思い、国の平和を願い、祈り、人々の暮らしが平穏であることを祈り奉り
天にとどかすことができる。
と、いう意味合いでの現人神であるのは事実であると思う。

ただ、この先々、SP論をしんじていけば
世界中の人々が現人神になるような次元上昇をもとめられているとするならば
天皇の生き様が「雛型」であるのは間違いがないと思う。


シュメールと、原爆

単純にシュメール人がさきか、

日本先住民が先かということを、考えている。


いろいろ、歴史をしらべていくと、

シュメール人の文化が日本古来の文化にはいりこんでいるようである。


また、大本王任三郎の神示によれば、

国常立尊は、トルコに新政を敷いたという筆先をだしている。


トルコといえば、この前、鉄器の製鉄?後所がBC18世紀のものだったとかで、

世界最古の製鉄がおこなわれていたという遺跡がみつかっている。


政治というか、民族の広がりという闘争の歴史は

より強い武器をもったところに勝利をもたらす。


と、なると、その強い武器をもったところが、

存続していくかというと、多くの文明が滅亡・衰退していく。


シュメール人が、どこまでの鉄器文化をもったかわからないが、

やまたのおろちやきゅうびきつねにやられて、

日本ににげこんできたととれる筆先がある。


やまたのおろちと、きゅうびきつねがなにをいみするのか?

単純に他国や他民族の象徴とはいえないとおもう。


そして、シュメール人が日本ににげこんだとして、

そこに日本の先住民がいなかったわけではなかろう。


この先住民とどういう折り合いをつけたということになるか。


仮にシュメール人が古事記にあらわされる高天原族であったとしたとき、

すさのおは、日本では、やまたのおろちを退治している。


この意味合いから考えると、

やまたのおろちというのは、河であり、

スサノオの平定というのは、治水という意味合いももつ。


つまり、シュメールにおいての、

やまたのおろちというのは、

河や自然現象、天災ともとれる。


ここを治水できなかったということになる。


そして、日本にきて、先住民との融合があったとかんがえられる。

日本人のDNAのなかに、

天変地異をのりこえてきてことをいみする、

きざまれたESP遺伝子があるわけだけど

これは、シュメール人の移住以前のものになるとおもう。


日本の先住民であったとおもわれるうがやふきあえず王朝をほろぼした(吸収した)

高天原族とうけとめられる。


そして、ものの、本によると、

日本の古代天皇が、各地におもむいたというかんがえがある。


国常立尊は、トルコに新政を敷いたという筆先をだしている。


新政とは、つまるところ、鉄器文化ということになるまいか?


この鉄器の扱いをまちがってしまったため、

シュメール人は日本ににげこまざるをえなかった。



歴史は何らかの形でくりかえす。


そのスパンはどのくらいのものかはわからないが、


鉄器という文化のつぎにおきたものは、なんだったろう。


単純に電気という文化がおきたとかんがえる。


この電気をうみだしていく方法のなかで、

やまたのおろちを統制しきれず、

きゅうびきつねを統制しきれず

と、いうことをかんがえたとき、


原子力発電が最たるところで、

ヤマタノオロチ(自然現象)につぶされたといっていい。


この原子力のおそろしさを、

身をもって、みせつけたのが、

日本であろう。


そして、雛形理論によれば、(日本地図)上のトルコは広島になるまいか?


人心の欲に寄生し、その心をあやつる、きゅうびきつね。

と、とらえれば、

原爆がおとされた心の縮図の原点がトルコにあり、

日本という雛形理論でかんがえれば、

広島というトルコに因果応報的に原爆がおよされる。


そうなると、長崎はどうなるか・・。


雛形地図でいえば、アフリカになる。


アフリカというと、金。

コンピューターに不可欠な金属である。


また、母性遺伝子を考えたとき、

アフリカからの移住もかんがえられる。


ここで、もういちど、やまたのおろちをかんがえる。


これは、また、女性をあらわしていないかとおもう。

水という意味合いも神事的には、女性をあらわし

大本においては、火水の争いとして、

出口ナオと王任三郎があらそう。


つまるところ、王任三郎は自分を変性女子だという。


ここから、水=女性とむすびつけ


やまたのおろちを女性としてとらえたとき、

これがあばれているということになる。


女性という本文が、あばれてしまっては、

治水がありえず、

スサノオという男が、おさえていった。


この結果、男が政権(聖剣)をになってこそ、

国がたちゆく。

と、いうことになり、

きゅうびきつねというのも、

玉藻の前などと称され、政治をおびやかす

いわゆる傾国の美女という位置がある。


形として男女ということでなく、

心として、かんがえているのだけど、

ここをかんがえたとき、

アフリカからという母性遺伝子も

長崎の原爆にかかわっていると、かんがえたくなる。


また、長崎というキリスト教徒の多い町ということも、

日本女性の本質部分をゆがめたきがしないでもない。


日本の女性は、

この結果、男が政権(聖剣)をになってこそ、

国がたちゆく。

と、いう裏側。

女性の大きな能力で、男をささえてこそ、

国・家庭がなりたつとかんがえたとき

ささえる相手を?キリストとかんがえてしまうのは、

あるいは、まちがいであるかもしれない。


月は、父にたとえられるものであるが、

月自体は、自分では光らない。

日をてりかえして、光るわけであるから、

ここをかんがえても、

日(日本の女性)が、夫や国の父をてらさず、

キリストに照準をあわせていくということは非常に危険であるとおもう。


この結果として、キリスト国?が、聖剣(原子力)を使用したとすると、

アフリカにおける母性遺伝子の中に

アニミズムがあるのは当然ながら、

なんでも、ありがたがってしまう血もうけついで、

筋目を狂わせてしまったと考えられる。


象徴的なのは映画のニカウさんのストーリーではないだろうか?


セスナからなげおとされたコーラのビンを神様だとおもって

あがめたてまつる。


筋目でいえば、ものをそこらになげおとすほうがおかしいときがつくべきであろう。

それを奇異であるから、ありがたいとおもってしまう。


そのDNAに対しての、警鐘であったかもしれないともおもう。


大物主と・・

そこで大己貴命は眠ってしまった須佐之男神を家の柱に縛り付け、戸口には大きな岩を置いた上で、須世理姫を連れて、根の国を逃げ出してしまいました。この時、須佐之男神が持っていた生太刀・生弓矢・天詔琴を持って行きました。

ある程度行った所で天詔琴が木に触れてポロンと鳴りますと、この音で須佐之男神は目を覚まし、家を引き倒して縄を解き、大己貴命たちを追いかけて来ました。そして笑いながら大声でこう言いました「お前の持って行った生太刀・生弓矢でお前は兄弟たちを倒すんだぞ。そしてお前はこの国の主(大国主)となり、現し国魂(うつしくにのみたま)となって、須世理姫を妃にし、宇迦の山の麓に大きな宮殿を作って住むんだぞ」と。

こうして根の国から帰ってきた大己貴命は須佐之男神が言った通り、80人の兄弟を打ち負かし、追放して国作りを始めたのです。なお、発端の八上姫の方ですが、須世理姫に遠慮して、大己貴命との間に出来た子供を木の俣にはさんで因幡に引き篭りました。そこでこの子供を木俣神(=御井神:井泉の神)と言います。


宇迦の山の麓に大きな宮殿を作って住むんだぞ」と。

宇迦(一節では蛇)

大国主命  の 荒魂が 大物主  

大物主は三輪山  

うかやまのふもとに大きな宮殿を造る

うつくしにたま

そしてお前はこの国の主(大国主)となり、現し国魂(うつしくにのみたま)となって、須世理姫を妃にし、宇迦の山の麓に大きな宮殿を作って住むんだぞ

国を人間

おまえは、この人間の 多く荷主 大苦似主となって  魂に似た人間を顕す者になって、 余の理を清めるひ(御霊)とめ(見識)を気先(気がついて)  身のふもと【御霊のすむところ)で立派になられよ。

ところが、大国主命は  高天原族にたぶんころされてしまい
かわりに  スサノオの言霊があったため
高天原族は スサノオの呪縛をおそれて
出雲大社をたてたが

後に大国主命の荒魂が  (大物主)が、  スサノオとの約束をはたしていないので
三輪山にまつれといった。

山の神
富士がににぎで、せおりつ姫が祭神(巫女)ならば

三輪山が 大国主命の荒魂(すさぶる魂)で、白蛇はすせり姫?

大国主命のあらぶる思いを浄化【消火)するため、すせり姫が白蛇になった?

アンチンきよひめ  じゃにばけて

釣鐘の中に身をかくしたあんちんをきよひめが・・・

アンチンがすでに邪心をもっていたので、清姫が蛇になった?

地獄の沙汰も鐘次第?
澄んだ音をたてれば・・

熊にあったら、歌をうたって、和ませる

心のありようで、
蛇も皮を脱ぐ



お前の持って行った生太刀・生弓矢でお前は兄弟たちを倒すんだぞ

同じ血   血の中に流れているものを倒す



考え中

普賢菩薩と文殊菩薩

どちらも、知恵の神様?だったと思う。

で、あるのに、通常表立ってくるのは
文殊の知恵といわれているように、文殊のほうが有名である。

美浜原発において文殊
敦賀原発において、普賢
だったと思うが
これは、半島の裏表くらいにつくられている。

まず、最初に思ったのは
ここも一種の封印だとおもえた。

なにを封印しているのか・・・

さる、ブログにて
先住民族であった鬼といういいかたがあった。

敦賀で有名なのは気比神宮であるが、
ここも、いろいろ、わけありの土地で、
ウガヤフキアエ’s民族がウガヤ王朝を作っていたと思う。

ところが、このうがやふきあえずについては、
奇妙なスケープゴートがある。

日向という九州の地名と
若狭の日向などいくつかの地名が奇妙に一致するところがある。

このあたりで、実は前王朝をのっとった
大和朝廷がつじつまあわせのために
スサノオという神をつくりあげたきがしてならない。

こっちの話は長くなるので、ひとまずおいて、

文殊と普賢

この裏表のようにも見える知恵の神は
実は右脳と左脳をあらわしているのではないかと思う。

そして、敦賀・・ここは、もともとは角鹿とかいたようにおもう。
そして、おまけをいえば、
つのがあらひとという鬼がいたようにも、書かれている。

鬼の伝説はどこにでもある。

もともと、日本には鬼が居たのではないかと思う。
一角獣のような・・そんなコーンをもっていた存在。

その謎解きが
敦賀半島という角の先にある右脳、左脳

コーンといえば
先にも書いたように三角錐のピラミッドのようなものがうかぶ。

若狭の水が奈良の2月堂につながる。
表立っているものは、お水取りのほうである。

普賢岳の爆発を考えると
これは、お水送りのほうであろうか?

その水がおくられてくると
原子炉普賢に届くのだろうか?

この文殊は、普賢のための
結界だったのだろうか?

角(コーン)の中にいるのは本当はだれだろう?

普賢という山につながっているのは
なぜか、ご在所だけだと思う。

大台ケ原の鬼

九鬼一族と九頭竜  奇妙な9・・・

本当にいたのは、鬼で
あとからきた、大和朝廷が鬼族の王朝 うがやふきあえあず王朝をほろぼしたか?



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日御碕神社の一角狛犬と千木から・・・

ちょっと、まえに日御碕神社にでかけてきた。
ここは、千木の謎を解いてくれた神社で、
どなたがかが、写してくれていた、写真のおかげであるが、
このため、およその境内?の様子などはわかっていた。

実際にいってみると、
一番はじめに驚いた。

門の左右、門社の中に、いわゆる、仁王像のようなものがある。
だが、その姿をみていると、一本の角がある。
なぜか、地獄の門番のようだと思った。
つまり、この土地は、スサノオを封印しているのではないか?
と。

そして、写真をとったのであるが、
正面からとれず、横から写真におさめたのだけど
あとで、みてみると、狛犬?こま獅子?である。

思わず、同行した人間に問い合わせた。
彼は確か、真正面からとっていた。
そして、写真をおくってもらったところ、
まぎれもなく、狛犬に見える。

どういうことだろう?
錯覚と
地獄の門番のようだとおもったことと、
門の中にあるのは、通常、仁王像ではないかという思い。
狛犬が門の中、仁王像の位置に座するとは、奇妙。
と、おもったあたりで、記憶がすりかえられてしまったのか?
はたまた、立体画像(3Dグラフィック)のように、
たまたま、焦点があって、仁王像(と、いうより、小鬼)にみえてしまったのだろうか?
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千木の謎というのは、
ウィキなどでは、男神が水平の千木、女神が垂直の千木であるという説が
有力視されているが、実際のところは解明されていないと、いうことで、
着目していた。

憂生が聞いていたのは、
水平の千木は天津神であり、垂直の千木は国津神であるということだった。
そこで、おもいあたるのは、伊勢神宮
ここはアマテラスをまつっているということになっているが、
水平の天津神の千木になっている。
出雲大社が国津神である。
美穂神社が、二つの千木を横にならべた形で
伝承では、天津神の娘である、ぬながわひめと
国津神である、大国主命がくらしていたということである。
つまり、天津神と国津神の夫婦の表札のようなものと考えられるwww
と、なると、ほかはどうだろうとしらべていくと、
紀元前からの由緒などという社に天千木がかかげられていて
ここが、水神(女神)だったり
いざなみ、いざなぎの社は天千木だったり
美穂神社あたりから、
つづいて、男千木・女千木では、あてはまらなくなる事例があいついででてきていた。
そのおりにふと思ったのが
神話通りをあてにしてかんがえているが、
スサノオははたして、国津神になるのか?
天津神になるのかということだった。
タカマガハラ族であるのなら、
天津神であるが、
彼はタカマガハラからおいだされているwww
と、なると、国津神であろう。

実際、近くの神社ではスサノオは国津神の千木である。
ところが、出雲ではタカマガハラ以前と思われる自然信仰である水の神が
天千木を掲げていた。
つまり、出雲では、スサノオが天津神として継承されていると
かんがえてよいかもしれない。

と、いうことで、日御碕神社を調べてみた。
確かにスサノオが天千木になっていたが、
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江戸時代にたてられたという、
アマテラスを祭る神社は、
あろうことか???
国千木を掲げていた。
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これは、どういうことになるか?

もうひとつの詳しい考え方を思い出していた。
天千木は天を戴く。
国千木は横を押す。つまり、結界のように、あたりを守護する。
と、いうものだった。

そう思い出して、日御碕の由緒をよんでみると、
天から、スサノオに夜の日本を守れ
との天命をうけ、
一方の伊勢神宮は
昼の日本を守れ、と
アマテラスが天命を受けている。
と、いうようなことが書いてある。

つまり、天命を戴いた(天を戴いた)神が
天の千木をつける。
だから、日御碕において、
天命をうけたスサノオのほうが、天の千木をつけ、
あとから、たてられたのが、アマテラスであっても、
この地においては、
天命をうけたものの補佐、守護のとしての位置になり
国千木を掲げることになる。

と、こう考えたのである。
と、なればいざなみ・いざなぎという存在は
天命によって国などなど生み出していった存在であり
天千木をかかげようし
水という自然、あらゆる命をささえる水というものも
天千木になると考えられる。

単純に天津神をいわゆる、神。
国津神を地方豪族とかんがえても
日御碕にすれば、アマテラスは地方豪族になってこようと思う。

ところが、
このアマテラスの社が江戸時代にたてられたというのが、
気にかかる。

伊勢神宮の伊雑宮もスサノオがまつられていたのを
まつりかえたような話も出ている。

わざわざ、スサノオを祭りかえるという考えは
すでにあちこちにあり
かつ、昨今では出雲大社もスサノオであり
スサノオを封印するがごとく、他の神が正面にすわり
スサノオをよこにおいて、みはっているというし
憂生にすれば、
出雲大社を天高くそびえさすようにつくったのも、
かなりの大神をふうじこめるための
苦肉の策というきがしないでもない。

ここを素直に前提とすると
日御碕にアマテラスの社をたてたのも、
スサノオをふうじこめるというか、
見張るためのように見えてくる。

そうなると、
最初に書いた
門の中の小鬼が地獄の門番のように感じたというのも
3D的見方ができたとかんがえたとき、小鬼を狛犬にみえるようにした騙し絵ならぬ
だまし像ということになってくるのかもしれない。

そのあたりの由緒がわからないところだけど
門の中に狛犬をいれるつくりとか
一角狛犬という作り方の伝来などを
考証することができれば、
この一角狛犬が、後付てき位置にあると考えれば
そこは、スサノオを封印するための土地であり
あとから、たてられたアマテラスの社は
一種の結界のなかに天千木をかかげることができずにいた。
(かつ、天意でもないだろうし)
仮にその結界の中で、天千木をかかげたとしても、
その影響範囲は結界の中だけになる。
と、なるならば、
外圧としてのスサノオを封じ込めるため
横を押すという国千木のほうが筋が通っている。

だが、ここにも、天皇が来ている。
昭和天皇である。

そして、石碑に記された文字と、
その石碑がむかうものは、アマテラスの社である。

実際、写真にとってみたところ、
見事にアマテラスの社が写りこんでいた。

あるいは、天皇がアマテラスの名をかりて作り上げた封印をとくためだったのかもしれない。
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蛇・・1

さっこんのSP記事をよんでいた中でみつけた文章。

それは、

宇宙からやってきた蛇が人間の中で魂になっている。

と、いう説だった。

人間の進化の過程のなかで、宇宙人のDNAがはいりこんでいるという説もよくきく。

つまり、宇宙人と人間の混血がおきているということになる。

この説をしんじるとなると、最初に地球におりたった宇宙人というのは
どういうことになるのだろう?

別の説では、
地球人と宇宙人の違いは「魂」があるかないかであるという。

それをしんじると、魂のない宇宙人と魂のある宇宙人との間にできた新しい人種に魂がはいっているのだろうか?

なんという、とぼけたことをかんがえるんだとおもわれるかもしれない。

じつは、人類でなく、動物であるが、ほとんどの動物が「霊」をもっていないと科学的に検証できているのである。
霊と魂というのが、どう違うかというと、正直、憂生には、わかっていない。
わかっていないながら、
ある話をきいた。

「犬、特に白い犬は人間にうまれかわりたがっている」

単純にきいたら、なんで、そんなこと、わかるんや?

と、いうことになるのだが、
伝承などに実は真実が残されていると思っている。
この犬が人間にうまれかわりたいという思いによって
生まれ変わったのを知っているのではないかと思う話が落語にある。

元犬というはなしであるが・・・。

無論これを根拠に(事実・真実)するきはないが
霊あるいは、魂があれば、人間に転生するのが、可能だということになる。

ちなみに動物で「霊」があるのは、犬だけだったと思う。

そして、別の話になるが、
人間の御霊というものの、古い昔
たとえば、石とか水とか、こういう自然物にやどっていたということもある。

と、いうのである。

こちらの話は先の話とまったく反対の話になってくるのだけど
この矛盾した話も信じられる。

たとえばであるが、
芸術家や職人が魂のこもった作品を作る。
と、いういいかたをする。
物に魂を宿らせることが出来るということになる。

一方で、霊現象になってくるが
髪の毛がのびるお菊人形など
魂なのか、霊なのかはさだかでないが
宿っているという気がする。

まあ100歩ほどゆずってもらって、かんがえてもらうと
憂生が宇宙人混血説で
魂がない人間ができるのか ある人間ができるのか、
疑問だという思いを理解してもらえると思う。

そもそもの前提として宇宙人には魂がないというのも、奇妙なはなしであるが
これに反駁するような話が
地球人の魂は宇宙からきた蛇であるということになろう。

つまり、魂というのは、
宇宙的解釈をすると
生命エネルギー装置というエレメントになってくる。

ところが、憂生がおそわっている言葉は
御霊ということになっているし、
大本神喩では、身魂という字になっている。

昨今、人間の体をつつむ霊体?として、アストラル体とかいうものがあると解明されているが
もっと、何次元もの霊体がいくえにもかさなっているともきく。

おそらく、これが、本来の人間で、そのものの魂を「御霊・身魂」というのではないかと思っている。

そして、物質化するための装置のようなものが、いわゆる「魂」ではないかと。

アストラル体と人間の体がかさなるように御霊も魂も共有されているので、
判別されないというか。

人間、死んだら魂はどこかにかえっていってしまうわけだけど
御霊というのは、アストラル体(もっと、次元の違う霊体?)のなかでそのまま残り、
アストラル体ごと天国などと称せられる場所に移行するのではないだろうか?

そういう意味合いで
大本神喩でも、身魂をみがけという言い方をするのだろうかとおもう。

結局、今の人間は身魂という概念がない。
魂というものは死んだら抜け出して人魂になってというのだけど
霊体・アストラル体に魂があるわけで
生身の人間の体はくちても
アストラル体プラス魂は以前としてあるわけである。

ところが、このアストラル体と魂という状態になるときに
「思い」がついていると、いわゆる天国にもどれなくなってしまう。

思いというのが重しになって
あがれなくなるのだとおもう。

この「思い」の「重し」というのが
実はなかなかみえなくて
さっこん、これをとりのぞこうとSP論もあのて、このてで
啓発してきているとおもう。

単純に人間の体の魂をなんとかしようとしても
これは、エネルギー装置のようなものなので
根底チャクラのはなしのように
なにかあったら、人間性は暴走してしまうわけで
霊性をたかめていくしかない。

そのための第一歩として
霊体の魂という意味合いの御霊と人間が一体化していかなければならないということを
しらせはじめているのではないかかんがえると

人間の魂は宇宙から来た蛇であるというのが
なんとなくわかる。

人間という生命体に生命エネルギーを与える魂は
エネルギーであるという点で、いわゆる太陽とかとおなじようなものであるなら
エネルギーというのは、太陽とかの宇宙エネルギーと同質のものである。

と、いえる。

それが、ナゼ、蛇なのかということになってくる。

ただ、いえることは、
古代からつたわる「蛇」の多くに羽がはえている。
ケツァルコアトルなどそうであるが

憂生がみた人魂も羽がはえていた。

蛇のようにながくはなかったが、
炎として表現される人魂は残像が尾をひいていくので
長い蛇のようでもある。

なんにせよ、魂が蛇であるからこそ
大物主が蛇の姿になるのであろうか?

魂の姿として顕れているということになろうか?

そして、こう考えると
宇宙人がいう
「地球人には魂があって、宇宙人には魂がない」
と、いうのは、
厳密には
「地球人には御霊があって、宇宙人には御霊がない」
と、いうことで、あろうか?

いやしろち

少し、きになっていることがある。
それは友人宅のラップ音であったが、
正直、悪いものではない。
と、思う。
ただ、なにかに気がついてほしいというかんじにちかいかとおもえた。

が、憂生は自分もいろいろ、不思議なことがおきる人間であるが
いわゆる超常現象的なものがおきることには、
否定感がある。

根本的には
普通にわかる。
と、いうのが本来であり
極端な話であるが、首吊りじさつなどしようとしたときに
体がもちあげられて、
元居た家にまでテレポートしていたなどという奇跡的な話は無いというのではなく
あることだけど、
超常現象としておこるというところに疑念を抱くwww

笑い話のようだけど、木がぽっきりおれてしまうとか
神聖な?気持ちで死に臨んでるのに
どこからかカップルがあらわれ、ラジオなどかけたりして
そのラジオの話につい笑ってしまって
自分、笑えるんや。もうとことん笑えんようになってからでもええやんか。
と、思い直した。
とか?
実に自然におきるものであり、
なにかしらの力を誇示するのは、
助けるのが本当でなく
たとえば自分をその奇跡をおこしたものに信仰させる?のが目的のように思えて仕方がないのである。

疑り深いといわれたらそれまでだが・・・www

と、いうのにも、
何度かかいたように、憂生自体は
生きろというなにものかに、それが本当なら雨をふらせてみろといってしまい
実際、にわかに青天かきくもり雨がぼつんぼつんとふりはじめ・・ということがあり、
そのあたりで、いっそうそうおもったところがある。

ところが、これが憂生だけでなくwww
ある知人もこの現象がおきたというのである。
彼のばあいはそんなことしてたら、雨がふるよという子供にたいしての言葉だったと思う。
おなじく、青天。
突如雨がふりだしたということだったと思う。

正直、人はこういうのをみると、
すごい、神通力だとか思うのが常なのかもしれない。
憂生はどうも、こういうことがおきると、
自分の御霊を自由に差配したがるものが、
本人の意識を支配?信じさせて、人間の精神もろともあやつっていこうとしているかのようにかんじてしまう。

で、憂生としては、単純にそっちの存在をしんじるのでなく
自分の御霊がすごい?んだなとかんがえたように
彼の御霊もまた、なにかすごい?んだろうなあとかんがえてはいた。

だが、実際、なにかわからないが、
容易に人の言葉にのってくるような変なものがついているという気はしている。

そんなこともあって、
友人はラップ音におびえていた時期もあり
それに対して、それも、いわゆる恐怖で支配されてしまうわけであり
「普通」のこととして受け止めてはいけないし
畏れてもいけないという事を話し
ほぼ、気にしなくなっていたころに
またもラップ音がはじまったらしい。

「にぎやかなんよ」
と、わらっているぐらいだから
変な影響はうけていないとおもうが
やはり、そういう現象がおきるのは奇妙なことといっていい。

まあ、基本的には憂生のところにあらわれた座敷童子のはなしのように
何らかの、共振する内容があるというのも事実だろうし
仕事をしていたオーナーのように
「ああ?なんか誰もおらんのに物がおちたり、音がしていたな。
忙しいのに、そんなもんにかまってられん」
と、きにもとめないほど自分の仕事、やるべきことに集中しているのが
本当で
悪く言えば、暇な人間あるいは、集中力にかけている状態
あるいは、それはなんだとわからないことをさぐろうという人間は
そういうものにひっかかりやすいとおもう。

なんらかの隙が心?にある状態でもあるとおもうのだが、
ひとつ、おもうことがあった。

その近くの神社は昔城跡であったらしく
その城で天皇擁護側の一方の城主が自害しているという。
(南北朝のころ?)

このあたりのことがきになっていたのと
以前は水の精霊【水の女神?】の気配がした
いわゆるーいやしろちーだったのだけど
当の本人は急に引越ししたいということをいいだすようになっていた。

それから、まもなしに近くで殺人事件がおき・・・・。
白い亡霊のような存在がうごきまわるのを(徘徊?)友人は目撃している。

ラップ音は以前からあったものだけど
本人の心霊的なものもかさなっていたので
たぶん、いろいろはなすことで、
心のほうは平衡を取り戻したと思われ
だいぶしてから、
いわゆる怖くない状態でラップ音がなりだしていたので
まずは、心配はしていなかった。

そして、しばらくして、また、頻繁におきだしたということの話の中で
最近、蛇の死骸をよくみかけるという話がでてきた。

ちょっと、尋常じゃない数の死骸(いくとこいくとこで10箇所くらい?でみかけたという)

ここで、やっと憂生の自分の話を思い出した。

やはり、あるところにいくとき、動物の轢死体とか
いくたびにみかけるということが重なった時期だった。
そのあと、夢の中に
白い着物のげっそりとやせた老人があらわれ
「死にたがるものは毒をだす」
と、いう。
しばらくして、同居人が熱をだしてしまい
その面倒をみていたわけだけど
大熱でシーツもぐっしょりという状態で
洗濯をしながらという状態のところ
「野鼠か・・」
と、いう言葉がひびいてきた。
そこで、結界をはりなおし
(独自の方法で、車を運転して家の周りの道路を左に曲がる左にまがるという
方法で家にかえってくる)
ようは、自分が結界をしくという方法を自分できめるというもの。
あと、塩を盛る。
通常、玄関・台所・トイレで、玄関以外の水場においては中にまく。
とうぜん、場所を使えばながれていくものであるが
その塩をなぜか、物干し場にもまいておこうとして
まず左の物干しの土台あたり
次に右と、やったときに
あ・・・・
野鼠だ・・・
小さな死骸があった。

どうやら、これが、毒でもたべて
死にたがった。
その毒に同居人があてられたようだった。

夢を見たあと、師に夢の話をしたところ
「本当のことだよ」
「だから、だれそれさんのところにいくとき動物の死骸とかいっぱいあるだろ?
あそこは、古い土地だから・・・」
と、いう、その話をおもいだしていた。

この方も不思議な人で
「私が行っただけで、その場所いったいが浄化されるから」
と、いうことをいっていて
まもなしにたちよってくれた憂生のちかくの公園のトイレで自殺があった。
憂生には見えない世界だけど
きれいになってるから、どうしてもそういうところによってきてしまうんだろうとおもう。

ここからしても、
当初友人の近くでかんじた澄んだ気配と水の精霊の気配は
そこが「きれいな土地」だったことをあらわし
そして、そういうところに逆によってしまうものがいて
事件をおこし、亡くなった方はさまよっていたのかもしれない。

そのあたりをかんがえると、
あるいは、さまよっていながら死にたがっている
【成仏したがっている)のに、たとえば犯人に対する恨みとかが
重石になってしまうと同時に
その思いが「毒」になってしまい
たとえば、その毒にあてられた蛇がしぬと・・・

どこかでかいたように、蛇が負の感情をくらおうとする動物であるのなら
いっそう、負の思いをくらってくれたのかとも思える。

当時、ゲートが開いたという事をおもわされていて
いつとじるときくと
13日には閉じるという。
だから、盆前になにかがおりてきて
この世で清算していくのかなというかんじでいたので
盆をすぎても
ラップ音がするのも奇妙だとおもいつつ
きいてみると、
最後になにかラップ音がしたあとはもう静かになったそうで
本人は
「盆が終わったからかえったのかな?」
と、いうことらしい。

なにか、わからないけれど、
毒をだしきってしまったのかもしれない。

あるいは、事件によって
神社の封印もはがれたのかもしれない。

もともとの神社はスサノオだったらしい形跡で
祀り変えがおこなわれ、鬼退治の桃太郎【きびつひこ?)をまつっていたようで
そのこともはなしたことがあるので
このあたりでも、
スサノオ封印の印綬がときはなれたというか
清浄の地にもどりつつあるのだろうかとも思いたくはある。

そう考えれば、蛇が身代わりのごとくしんだのも
スサノオの采配かとも思える。













ニギハヤヒがきになってしかたがない

T氏が籠神社のニギハヤヒの名前について、
「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」であると、宮司から教えてもらったとのことですが
この名前はアマテラスでもあるわけです。

そして、ここが、元伊勢ともよばれているところで
最近ではアークのひとつであったマナのつぼが
ここの真名井ではないかといわれてもいて、
かつ、
天橋立北浜にある真名井原に鎮座する真名井神社(まないじんじゃ)は元伊勢籠神社の奥宮であり、古代には「匏宮(よさのみや)・吉佐宮(よさのみや)」と呼ばれていました。

伊勢の伊雑宮がスサノオをまつっていたということをきいたのですが
いざわのみや=イザヤ
と、いうかんがえかたもありますので、
「匏宮(よさのみや)・吉佐宮(よさのみや)」は
ヨシュアともかんがえられます。

にぎはやひがスサノオ系列
であるとするのなら
前王朝の最後?スサノオ?代天皇が、
アマテラスに王朝(天皇制?)を搾取され
アマテラスは籠神社も搾取したと考えます。

ところが、
ここにヘブライのアークがあるというのなら
アマテラスはヘブライ民族の系統ということになるわけです。

ところが、

1.元伊勢とは

伊勢神宮は大小のお社を併せて125社から構成されていますが、 その中心となるのは天照大神をお祀りする皇大神宮(内宮)と豊受大神をお祀りする豊受大神宮です。両大神は初めから伊勢の地でお祀りされていた神ではなく、他の場所から伊勢へお遷しされました。その起源を繙くと、天照大神は第十代崇神天皇六年の八月まで宮中でお祀りされていましたが、同年九月に皇女豊鋤入姫命によって初めて宮中の外でお祀りされることになりました。その後豊鋤入姫命は天照大神の御心に叶う御鎮座地を求め各地を御巡幸されましたが、途中で第十一代垂仁天皇の皇女倭姫命にその任務をお引き継ぎになり、最終的には倭姫命が伊勢の地に皇大神宮を創祀されました。
「元伊勢」とは、天照大神が宮中を出られてから伊勢の五十鈴川の河上に御鎮座されるまで皇女が天照大神の籠もられた御神鏡をお持ちになって各地を御巡幸になり、一時的に天照大神をお祀りした二十数カ所の宮々のことを云います。
また、それとは別に雄略天皇の御代に天照大神のお告げによって丹波国(現在の丹後)の与佐(よさ)の小見(おみ)の比沼(ひぬ)の魚井原(まないはら)にいる丹波道主(たにわのみちぬし)の娘・八乎止女(やおとめ)のお祀りする豊受大神が天照大神の食事を司る神として伊勢に迎えられました。この丹波の魚井原で豊受大神をお祀りしていたお宮のことも「元伊勢」と云います。「海部家は豊受大神を祀った彦火明命の血脈であり、丹波道主の子孫にも当たり、また海部家の直系の女性が「八乎止女」を襲名し、豊受大神をお祀りしていたことが伝えられています。」つまり、雄略天皇の御代、「丹波国の丹波道主の娘の八乎止女が祀っていた豊受大神」とは、奥宮真名井神社(古称 吉佐宮)の豊受大神であり、「元伊勢」としての由緒が明らかとなっています。
他にも「元伊勢」伝承を有する神社はありますが、天照大神・豊受大神をその血脈の子孫が宮司家となって一緒にお祀りしたのは当社だけで、特別の「元伊勢」として崇敬され続けています。
http://www.motoise.jp/yuisyo/index.php

と、ありますから
アマテラスではなく
豊受大神が、ヘブライ・ヨシュアの系統となるように読めます。


では、なぜ、アマテラスとニギハヤヒが同じ名前であったか。
と、なってくると

実に単純な発想ですが
ウガヤフキアエズ王朝がこの近辺にあったということになるのではないか?ということです。

敦賀あたりでウガヤフキアエズがうまれているという「ほつまつたえ」
以前に書いた三方の宇波西神社の王の舞(海幸・山幸の政権争いを伝承?)
丹後近辺に元伊勢があるというぶぶんと
広島県比婆郡あたりにいざなみ・いざなぎ神話がある。(当然のこと山の中です)
そして、いざなみの死の国へいく話も
地図上によもつひらさかという地名?か、史跡?があったと思います。
これが、出雲の端、鳥取に近い県境にあったと記憶するのですが
比婆郡からみると
出雲(つまり、雲にかくれる・・亡くなる)が死地であるようにおもえます。、
よもつひらさかの入り口?は比婆郡側からと考えると
逆に比婆郡にいざなみ・いざなぎの居住地?があっても不思議はないきがするわけです。

スサノオ系統ならびにウガヤフキアエズ王朝は
北陸、丹後近辺にあったともかんがえられるわけです。

そこで、同じヘブライ人であった12支族のうち
預言者とも指導者ともかんがえられるヤコブ、モーセ、ヨシュア、イザヤ
を仰ぐ部族が
その指導者を祭るなりして
それぞれにやってきたところの伝承が
イザヤ=いざわの宮=スサノオ?=【?】
ヨシュア=「匏宮(よさのみや)・吉佐宮(よさのみや)」=ニギハヤヒ=【豊受大神】

と、いうことになってきます。

そこで、アマテラスがウガヤフキアエズ王朝を搾取したとかんがえると
当然、祀り変えがおき
別のヘブライの話からは
アマテラス系統=ガド族ということになりますが
ここからして、
ウガヤフキアエズ王朝は元からの日本人?であったと考えられますから
アマテラス系統は元、ヘブライ人であってはならなかったというきがするわけです。
神の民であり、メシュアをうみだす民族である日本の民族でなければならず
アークやイザヤやヨシュアのいう証拠になるもののところにいたり、祀っていてはまずいということで
遷宮をおこなったのではないかと?

その遷宮をおこなったときに降臨?つたえられたのが、
「やまとひめ」
で、あるところが絶妙なきがするのです。

やまと民族というもともとの日本の民族の神である。
と、宣言しようとしたようにもおもえます。

あるいは、やまと民族こそが日本の民族の祖である。

と、いう感じでしょうか?

おそらく、スサノオとアマテラスは近親であり
ウガヤフキアエズ王朝にはいりこんで、
その血を継承していたのではないかと?
そののち、
二人でウガヤフキアエズ王朝の後継あるいは、掌握争いをおこし
実権を握ったのが、海幸彦で
ある人の伝承の通り?
スサノオ第何代天皇と続いていったのではないかと思えます。

ところが、アマテラスを仰ぐ?指示するものにより
アマテラス側が実権をにぎりはじめるように画策していくと
最終的にはウガヤフキアエズ王朝の搾取でなく
ウガヤフキアエズから神武のけいれつになったとぬりかえ
イザヤ指示側とやヨシュア指示側は
それぞれ、スサノオ・ニギハヤヒを指示していったことと思える。
これでは、アマテラス側も、もともとの日本人
正当な継承者ではないと非難されてしまうのを畏れたとも考えられる。
つまり、
逆をいえば、きちんとした政治をおこなっていれば
つつかれずにすんだことを
なんらかのよくない政治をおこなった時期があり
当時の政権を掌握していたものが、
アマテラスの正当性を確実なものにしようとしたと思える。

ところが、スサノオにしろニギハヤヒにしろ、
ぬりかえることができないものがあったとみえる。
それは、ひとつに、伝承ともいえるものだろうし
みんな知ってる話をぬりかえることができなかった。と、とらえることができる。

たとえば、美穂神社あたりの国ゆずりあたりのとき、
ニギハヤヒが美穂にきているという一文を絵巻かなにかでみた。

こういうかくしきれないものがあるということからして、
ニギハヤヒは、ウガヤフキアエズ王朝の血をひくものとして
丹後、丹波あたりにいたということをぬぐったともおもえ
そのニギハヤヒを指示したのが、ヨシュア派であり
スサノオを支持したのがイザヤ派であり、
ここは、系統的に
兄弟になるのではないかと思える。
と、いうのが、ニギハヤヒおなじく姿を消す
天孫といってもいいのが、月読であるわけで
スサノオもアマテラスも、この3神については
確かに天孫であろう。
自然界への天孫降臨というのが、
実のところは
スサノオであり、アマテラスであり月読でありえる。

そして人間界というところにおりてくるというところで、
神の指示だということで支配をぬりかえていっている気がする。

そこには当然、スサノオもいて、ニギハヤヒ(月読)もいて
それぞれの神をまつっていたところに
イザヤやヨシュア指示の同じヘブライ人がはいりこめば
アマテラス側も
同属殺しもイスラエルの2の舞であることは重に承知していたことであろうし
ましてや十戒の中に刻まれていることに反する状態であれば
神?ヤハウェに反することを行うものとして
考えつくことは、十戒じたいをなかったことにするということだろう。

つまり、戦争をして
聖戦というのとにたぬりかえをおこなったのはヘブライ人で
日本古来の民族の血は
和であり、民を思い、田畑をあらされたり
無益な殺人などをさけようと、国を譲ったとも考えられる。

すると、これを逆に聖戦とぬりかえたように
正当な後継者だから譲ったのだと塗り替えたと思われる。


(無断拝借)
神様がモーセに与えた支援の約束は「私はあなたと共にいる」でした。この言葉は旧約聖書の中で4ヶ所、ヤコブ、モーセ、ヨシュア、イザヤに語られています






蛇・・1

さて、蛇のこと。

むろん、いわゆる野生の蛇についてでは、ない。

ちょっと、前にかいたように、神道家からの報告で、
憂生の中に「鬼と蛇」がいるということでだいぶ、考えた。
外に居る、憑依しているというのなら、納得できたかもしれない。

だが、中にいて、その様子をつたえてくるものがいるとなると
蛇とはなんぞやとなるのは、致し方ない。

鬼については、なぜか、きにならなかった。

いわゆる、ことわざ的にも鬼気せまるとか
鬼神のごとくとかいうように、
常にあらざる人間の様子をあらわすことがあるので、
どこか、人間性の一面というかんじに捉えていたと思う。

ところが、人間の中でとぐろをまいたり
かまくびをもたげていたり、
白い卵(魂?)をまもるかのような姿がうかぶと

自分の一部?とは考えがたい謎の生物がいるようである。

しらべていけば、
「アスクレピオスの杖」からの話がある。
自分の心の中に芯棒ともいう
心の御柱があり、そこにへびがまきついている。

蛇というのは知恵をつかさどるもので、あり
なにかあったら、人間の心をまるのみにして
自分が人間を支配しようとしている。
そこで、いろいろと、心をまよわせてしまうと
蛇にのみこまれてしまうので、
心の芯棒をしっかり立てておきましょう。

と、いうどちらかというと邪的な存在として
とらえている。

また、別なところでは、
チャクラの話ににているが、
人間の根底エネルギー・生命力をつかさどる。
実際、根底チャクラ、つまり、生きるための根源的なエネルギーである根底チャクラが
頭上チャクラのところまであがっていくさまを蛇があがっていくようすにたとえる。
実際、根底チャクラが頭上チャクラまであがるような状態は
覚醒となるののだけど、
根底チャクラとうのは生命エネルギーそのままのため
なんの修行や悟り?をえていない状態で
覚醒すると獣のようなものになってしまうといわれている。

いきるために必要なエネルギーがうごきだしそれに差配されるため
人間らしい考えとか感情などがなくなって
野生そのものになってしまうということであるらしい。

このあたりも、大本神喩でいうところの
「人が四足であるくようになる・・・」の表現を思い出させる。
人間、極限においこまれると
たとえば、大洪水とか・・
こうなってくると、根底チャクラが差配をはじめる。

根底チャクラがわるいわけでなく
人間をいきのびさすためのエネルギーが必要になってきてしまう。
感情や考えなどではどうにもならなくなる事態がおき
そんなものでは、人間が機能しなくなってしまうと
本能ともいうべきものが人間をまもりはじめる。

つまり、蛇も生命力であるというのなら
よほど、しっかりした精神力をもたないと
蛇に支配されてしまうということになろう。

また、一方で、
蛇は負のエネルギーを好んでたべるという。

恨みとか憎しみとか・・・。
これによって、ある程度までは
負の心が浄化?消化されて
人間が暴走しないようになっているという。

そこらへんを深読みすると
大物主が三輪山にまきついているのは
御神体である・三輪山ににふうじこめられている神の負のエネルギーを
とりこんでいるのではないかとおもえてくる。

大国主命の荒魂と幸魂であるという大物主であるが
荒ぶる神の部分 負のエネルギーを三輪山に封じ込め
幸魂のぶぶんで、蛇に化身し
負のエネルギーを中和させているとも思える。










とにかく





スサノオとのかかわり

蛇のことを書く。
と、思いつつ、少し、気になることを先に出してしまおう。

スサノオと、いうところで、
憂生自体が、また、奇妙なえにしがある。

精神的に参っていたころ、
魑魅魍魎の類がよってくる恐怖心にひっつかまえられていた。
こういう状態はなさけなくも、
2度目であり、
最初のときは師が護法の擁具をわたしてくれてた。
その擁具を用意するヴィジョンがつたわってきて、
しばらくのちに、恐怖心から解き放たれた。

ここらへんも、今、SPでいわれているように、
救われていない先祖が子孫をたよりに、
因縁を納所してもらうということがおこるという。
先祖の中に救われないものがいるとき、
いわゆる、先祖もアセンションしたいわけで、
自分がのりこえられなかった思いや遺恨を
子孫と共有?し同じような思いを子孫がのりこえていったときに
因縁が納所するというもので、

このあたりは、
霊能者が見た自殺者の話によく似ている。
霊能者がいうのには、
先に自殺したえんもゆかりもない地縛霊であるが
これが、多少なり自殺したいと思う
あるいは、同じような苦しみ(自殺の原因)をもっている人に
すがってきて、あるいは、同調してしまう。
すると、同じ思いが2倍・3倍と増幅されてしまい
気がついたら、生きてたはずが自殺してしまい
霊能力者がたずねると
「あれ?何で、自分しんでしまったんだろう」
と、いうようなことになるらしい。

いわゆる、引き寄せの法?ににたような事象がおきるらしい。
こういう縁もゆかりもないというのは、ある程度さけられるものだろうが、
自身の先祖や前世になってくると
本人の精神力による。

このあたりのことは、彼の魂が・・にかいているので、省くけど
憂生自体の精神力がよわかったことや
たとえば、依存するとかいう「思い」があれば
依存したいという先祖を影響をうけることになるわけで、
自分の精神修養があまちょろかったということに他ならない。

そんなことがありながら、
再び、精神がまいるという状態におちいり
(まあ、原因があるのですが・・・)
師と、縁をきっていたこともあり、
(と、いうか、前回のことは、ある意味、練習?のようなもので、
今度はどうしていけばいいか、わかってるのだから、自分で解決しなきゃいけないということで、
ある意味、きたえられる(修行?)本番だったわけだと思う)
擁具も封印してあり、
頼るものがない(依存?)

そんなおり、
スサノオらしきものがよってきて(ここは、はっきりとわかっていない)
「おまえは、よほどつらいことがあって
おまえの御霊が社ににげてきていたので
かくまってやっていた。
が、それを返すから・・」
と、つたわってくる。
そして、まあおびえてしまう御霊(分霊?)がかえってきたことにより
なおさら不安が増すし、魑魅魍魎の類がよってくるから
これをわたしておく。
と、いって「語法の剣」をわたされた。
(と、いっても、憂生自体見えるひとでなく、
こういうのは、狂い掛けた人間の妄想の範疇のようなところもあったかもしれない)
と、思っていたころだった、

外については、使いをおいて、みはらせているが
おまえ自体があまっちょろすぎる

と、つたえられ、使い?とおもっていたところ
最近、鳩がよく巣をつくっていたので
このことかなとおもっていた。

とはいうものの、パソコンさえまともにさわるどころでなく
鳩がなにの使いなのかわかってさえもいなかった。

そんなある日、
町内の労働奉仕で神社の清掃にいってくれといわれ
正直、そんなことくらいも気が重い状態だったのだが、
「いいから、いってこい。いけば、わかる」
と、なにものかにつたえられ
しぶしぶ清掃にいくことにしたwww

いけば
「どうした?最近姿みせないな」
と、いう知人の声に現状の精神状態を吐露するわけにもいかず
「ああ」と返事だけして清掃の分担場所の説明をききにいっていた。
適当な塊に
「そこらは神社のわき」「石段」というぐあいにわりふっていたのだが
そこらへん、「神輿」と憂生のいた塊に指示がだされ
神輿を蔵にってみますと
神輿のあちこちに「鳩のかざり」がいて
八幡神社ですから、スサノオだったわけです。

こういうところを考えると
スサノオにしろ、他のものにしろ
古代から、人間に対して
何らかの補佐や加勢・加護をするものがいるということがあるということで、
ここを、信じるものが、
悪く言えば、自分の保身のために神にいのったということもあったし
それが、かなえられていた。ということにも、きがついていたということでしょう。

そして、このスサノオの精神をかたろうとするとき、
大本王任三郎が脳裏に浮かんできます。

最初に彼をみたのは、
スサノオの格好をしている大本の写真でした。

この折には、奇異な感じをいなめなかったのですが、
国、日本国ということで、
国常立の存在に言及しているところで
ひふみ神示あたりをよむようになってきました。

すでに憂生自体が、
御霊(大本神喩では、身魂とか、○に、「、」(ちょん)という表現だとおもいます)の存在をあかされていましたし
国常立のことも、天御中主についても同様でしたので
単純にうしとら金神=国常立ということで、
ひふみ神示は、本物だという思いでみておりました。

大本神喩では国常立は、日本の国土がその御体であるということもいわれていますが
その名前のとおり、
国が常にたちゆくように、と、いう思いをもった方であり
その国をよくするも、わるくするも
これは、その国にすんでいる人間によるものとおもわれ
大本神喩のいうところの
改心せよ、なども、
この国がたちゆくように国常立が大本におりてきて
伝えてきていると思うのです。

その大本が特にスサノオを重視しているというところが
先にかいた、
「国民の安定のため」という精神と行動
これが、国常立が降臨した姿だとかんがえたのではないかとおもえるわけです。

あくまでも、
類推にすぎないことですが、
大本は
「日本人は神に近い位置にいる」と、いうことをいっていますし
憂生が教わったことも
「日本人の御霊は天の分かれ」
であり、
「天がめっこをいれた御霊」
と、いうほど、天直々の御霊(魂)であるわけですから
なおさら、神からの加護なども厚い国柄であると思うのです。

つまり、極端にたとえると
そこらに祭られている神社の神などに頭をさげるような霊格でない魂・御霊が自分の中にいるということなのです。

こういう点で
自分の御霊の格通りになっていず、
憑依されたり、他の神につかわれたりするのはおかしなことで、
このあたりも、大本がいうわけです。

「普通の状態」であること。
神かかりとかになってしまうことはおかしいということなわけです。
つまり、憂生もおかしいわけですwww
自分の感情として、自然に国を思う
と、いうところをたとえば、神示を信じて国をおもわねばいかんとか、
我かわいいに神をひきずりおとすとか

そういう部分でも、
スサノオの精神は
実に「普通の人間」だったのだと思うわけです。
普通の人間が国を思い民を思いとこれまた一生懸命やってきたというところに
国常立の精神
神をみいだしてきたのでしょう。

人として、よりよく生きる

その姿でしかないわけです。

ここらへんをなにか、神頼みふうにうけとめてしまうと
憂生のように、自分事に神をうごかしてしまうことになり
それは、それで、スサノオの子。民。を思う親心であるのですが、
憂生なりに
いつまでも、親の庇護にはいっている場合ではないと思うわけです。

なにかしら、
日本ということ、
人を思うということの
はしきれでも、スサノオからも学んでいかなければならないと思うわけです。

迷路の中で・・

今で言う、アカシックレコードのようなものを読み解く人という前提で考えている。

この人が、
「やまたいこくは日本で(に?)はない」
と、いうことをいわれたときく。

そのアト何年かして、
邪馬台国は日本にはないという内容の本を書かれた方がいらっしゃったようである。
この内容については、タイトルしかしらないので、
何をかかれているかわからない。

単純に歴史としてとらえていいのか、わからないのが、
アカシックレコードのようなものをひもといた人の言葉になる。

そのままに解釈して
地理的要因からかんがえると、
邪馬台国は環太平洋あたりかと思える。
だが、いろいろと、ふにおちないことは以前にも書いたとおり、
舟を乗り継いでいくしかなかった状態で、
舟をおいていくこともかんがえにくいし
舟をおいていくのなら、そのあたりも統治していたと考えてしまう。
そこらじゅう統治していたことが、
どこにも、残っていないというのが、奇妙に思える。

一方で
SP的に考えてみる。

卑弥呼は鬼道をあやつりという言葉からして
天・自然という概念から外れていると思える。
なにがいいたいかというと、
「そういうのは、日本(式)じゃない」
と、いう捉え方になる。

こういう捉え方をすると、
たとえ、邪馬台国が日本にあったとしても、
日本の精神という意味では、日本ではなかった。
と、いういいかたができる。
霊的能力のようなもので、
国をおさめるというのは、
いまでいうと、思想・・資本主義やら民主主義やらエトセトラで
国をおさめていく洗脳王国といえる。
おそらくであるが、
日本の原初の統治者というのは(居たとして)
人徳があり、
仲間を思い、
と、いう人が、仲間うちからたよられて
こうしたらいい、ああしたらいいと相談にこたえていったのだと思う。
そうするうちに、自然と統治者の形になってしまったものだと思う。

つまり、身分という感覚ではなく
むしろ、親に相談するというような状態であり、
親なればこどもたちのことを親身に考えていく。
と、いうところからの
敬意と信頼という相互関係が出来上がっていたと思う。

と、なると、よその国にいって
献上品をたずさえていく・・
ここからして、奇妙であろう。
みんなして一生懸命生活していく。
その労力を舟をつくるのにつかったりするだろうか?
少しでもよい暮らしをしてほしいと考えれば
そんなことにみんなをかりだすだろうか?

と、なると、ここで、すでに
「日本式ではない」

鬼道というくらいだから、
天の道とははずれているのだろうし
そういう能力で、庶民?を支配し
なんのためかしらないけど、
舟をつくらせて
でかけていくというのも、
自分の好き勝手のためとみえてしかたがなく
ここをしても、日本人らしからぬと思える。

歴史書をよむとおちいりがちなのが、
「真相の解明」なのだが、
「邪馬台国は日本でない」という一言は
歴史のなかにうずもれた「真実」だという気がする。

どこにあるかではなく
「日本」「日本人」がどういうものであったか
みえなくなってしまっている現代において
卑弥呼・邪馬台国を日本のものにしたがる根拠はどこにあるんだろう?

無理やり、日本にしたがっているとしか思えない。

仮に
よその国に貢物をもっていって
舟をつくらせてと
人民に労役をふたんさせているわけで
そのよその国がしっかりした考えをもっていたら
「国民?をないがしろにして、他国にこびへつらうような考えの人間は卑しい」と、とるだろう。

そういう意味合いでは
卑弥呼というのが、侮蔑的なことばであるというのもわかるし、
日の出ずる国の天子も、東西の問題でなく
「国民?をないがしろにして、他国にこびへつらうような考えの人間は卑しい」
だったとすれば、
その人間が日の出ずる国の天子とはー身の程知らずーといいたくなったかもしれない。

どこかで、
日本をしるためによんでいたはずなのに
物事の価値観がちがいすぎて、
迷路のなかにはまってしまっているのではないかと
やっと、迷子になっていることにきがついている次第である。

古代史への興味の理由?と、いっていいかな

なんとも、とりとめないのだけど、
思うままに書いてみたいと思う。

大物主が気にかかる理由というのが、
憂生にはある。

これも不思議な話になるが
あるとき、神道家に体内にもぐってくれないかということをおねがいした。
ネットを通してであるが、
神道家もそんなたのまれごとはいわれたこともなかったのだけど
「やってみる」
と、うけてくれて、しばらくのちに、憂生のくびすじあたりから、
米粒くらいの塊が下におりていくのがわかった。
すると、しばらくして、
神道家が
「あれは、なんだ?」
と、いいだしてきた。
なんでも、金色にひかるものがいて?あって?
ものすごく光っていて目をあけていられない。
と、いい、体からでてきたようで
上記のせりふになった。
こっちがききたいくらいだがwww
するともう一度もぐるといいだし
結局、目が痛い。ものすごい光で目がいたい。
あんなものははじめてみた。
と、いう。
まあ、憂生がもぐってくれないかと頼んだ理由をかんがえると
「その人がそこにいた」
と、いう結論になる。
神道家にはわけをいわなかったが
ある方が私が亡くなったら、私はみなさんと一緒にいます。
ということと
死んだら私は人魚になります。ともいっていた。
皆さんといっしょにいる。
人魚になる。
このことと、御霊(魂)の底がぬけたら大海原になるという言葉とで
三段論法ではないが
自分の中に大海原ができていれば、そこに人魚になって、いるんだなと・・。
浪漫ですねえwww
それで、人魚がいるか、みてくれないかと奇妙なことをいって
神道家にたのんだところ
まぶしくて、まともにみれていないようなので、
その存在が人魚だったのかどうかも定かでないけれど
ましてや、底がぬけるようになっているとかんがえるのもおこがましいのであるが、
とにかくは、その方がいらっしゃったと考えていいように思う。

で、神道家はかなり修行を積んでる方のようで、
後に、憂生が憑依されたときも
(本人、肺炎を起こしたかと思うようなだるさがあったが、なにもわからなかった)
さっして、チャットのまえにやってきて
しんどいだろ。今はらってあげるから。
と、はらってくれた。
その霊?もみえているらしく、赤い大きな指輪をした中年の女性だが覚えがあるか?
と、たずねられた。
このときはおもいあたらなかったが、後にある人だとわかることになる。
このことについては、ほかの場所で書いているので省くが
まあ、そういうふうにいとも簡単にわかるような人であった。

それなりに修行もしていてもうひとつ上の師のような方からもおすみつきをもらっていたり
それこそ、仏陀のような、キリストのような、修行(鬼にひきずりまわされたりとか)時代もあったようで
この他のことでも、かなりのところまで、見通せる力があるのをしっていたのもあって
頼んだのだと思う。

で、そんな人にとって、見たこともない目が痛くてあけられない光がある?いる?というのが、
気になったのだと思う。
今度は神道家のほうから、もう一度もぐってみるといいだしてきたのだが
ところが、今度はいなかったらしくて
(違うところにもぐったかwww)
憂生の中に白蛇と鬼がいる。といいだしてきた。

そのときはひとつ、おもいあたることがあったのと
憂生が書いていた物語が
鬼と白蛇(神)がでてくるものであったこともあって
「こやつ、憂生の思念の中にはいってしまったんだろう」
と、かんがえていたのである。

ところが・・・。
後年になって、思い出したことがある。
憂生の中で「何者かの思い」がひびくことがあって、
ここも、事例をだすといろいろあるのだけど、これも、書いているので省く。
そのひびいてきていたことが
「鎌首をもたげているぞ」
「とぐろをまいている」
というもので、憂生のヴィジョンには白い玉(たぶん御霊?魂?)をだきこむようにして
とぐろをまいている蛇のすがたがあった。
そういうことをしっかりわすれていた。
ちなみにこのときはそうやってうかばせてくる物にたいして、
名前をたずねたが、いおうとしないので
念でさぐったところ、むこうが「すくね」と、いってきてはいた。
さっぱり、わからないので、宿根とかいして、いたが
最近になって仏教用語では
魂本来がもっている性質・能力だったかな。
宿根。根に宿るもので、あっていたようである。

で、ずれまくりが特異になってしまっているが、
もうひとつあったのが、
八幡さんの鳥居の前でものすごくハラがさしこまれたことがあった。
憂生の不思議なところのひとつだったのだけど
なにかしら、悪い思いをかけられると、腹がいたむということがあった。

むろん、そういう思いをかけさせてしまう落ち度がある自分がよくないので
それを相手が悪いということではないのだけど
このときは、ハラの中からへそをひきちぎられるような痛みがあり
なまはんかなものではなかった。
人の思いで痛いというものの比ではなく
その場にうずくまってしまった。
痛みが引いてきてから、憂生はあたりをみわたした。
人はいなかったから、なにかしら、霊?的なものの仕業ではないかと思えた。
すると、目にはいってきたのが、
地神の石碑だった。

自分がなぜ、そういう痛みをおぼえたかということよりも
地神とはなんぞや?
と、いうのがきになった。
そのあたりからしらべだしていくと、
石神(しゃくじん)というものにいきあたり、
どういうわけか、にぎはやひについてしらべていたブログにいきあたった。
確か、そこに石神はにぎはやひであり、月読であるというようなことが
詳しくかかれていた。

そして、大物主と物部氏。
物部氏の始祖?がにぎはやひになり
こうなると、
大物主が三輪山をぐるりととりまいている姿と
憂生が見たヴィジョンがかさなり
三輪山の中ににぎはやひが封印されているとかんがえるようになった。

(大物主=ニギハヤヒという説)(にぎはやひ=大国主命という説)

さらにいえば、大国主命=スサノオで、大国主命というのはスケープゴートであると思える。
日本書記や古事記などもいささかであるが、
出雲風土記になってくると別の人間のことで、
書記などは、あちこちの話をよせあつめ参照にしたということらしく、
かなりつくりあげたか、まちがって編纂しているようである。

また、別件で憂生が精神的に参ってるときに
うとうとと昼寝をしていたとき
一日目は死んだおじに従兄弟の名前でよばれて、めがさめ
従兄弟になにかあったのではなかろうか?と心配して、連絡をとったらぴんしゃこしていた。
二日めに不覚にも同じ場所で寝入ってしまったとき
「おおくにぬし」と、よばれてめがさめた。

たぶん、精神的に参っていたときだったので
死線をこえて、幽冥界に行ってしまったのだと思う。

で、まあ、なぜ、おおくにぬし!!とよばれたか、きになってしらべていけば
隔世の主が大国主命ということになっている。
出雲の西の端によもつひらさかという冥界との峠があり
このあたりはいざなみといざなぎの話でもでてくる場所である。

なんにせよ、
出雲という場所を「死に場所」として
スサノオや大国主命を封印しているのは間違いがないと思う。

同時に四国を死国として封印しているのも、
実はにぎはやひにかかわるのではないかと思っている。

ウガヤフキアエズにおいても
憂生自体が学生のころ、友人にとりついた霊をはらってやると
でかけたところがウガヤフキアエズをまつっていて、ここでも奇妙な体験をしている。
ただし、憂生はそういう霊を払うなどの知識などいっさいなく
なぜか、しらないけど、やろうといって、やていて
霊もみえるわけでなく、いや、それさえどうでもよく
むしろ、そんなことをやりながら、
霊をおそれてしまう心の弱さ?にやられてしまうのだと
理屈だけは感じ取っていた。

そういうこともあり、ウガヤフキアエズというのを
あとで、神主に礼にいったときに
(と、言うか、勝手に裏手の場所を使いましたのですみませんとわびにいったというべきか)
ここは誰をまつっているのですか?と、たずねて
知ったのだけど・・・。

そういうこともあって、その名前?は憂生にとって縁浅からぬという感じがある。

通常の方は、なんとなくというか、無性にきにかかるというかんじで
いろいろとしらべていくとおもうのだけど
なにか、憂生自身は縁故というかwww
自分の身に起きたことにかかわってきている存在としてという意味では
まったくの自分ごとといっていいと思う。

そして、剣山=空海となってきているが、
これも10年近く空海とかかわる神社のちかくにいたり
今もってそうなのだけど
転居する場所、転居する場所
おおかた、神社や寺のちかくで、
今も寺のふもと?だし
今回ははなれているけど、やはり近くに弘法さんもあるwww
東寺もすきで、よくでかけたが、
ここも空海が開組だったろうか?ちゃうか?

当たり前のようにちかくにいて、あまり興味がなかったのだけど
日ュ同祖論あたりから、
アークの本当の持ち主?はだれであったかというあたりで、
きになりはじめ
同時に
やはり今までの自分のいきさつを考えても
メシュアを求めていたヘブライ人が
魂・御霊が働いていたとはかんがえがたく
縄文人というのは、御霊と意志の疎通ができていたからこそ
いろんなものに御霊・魂・神がいる。宿るということが当たり前だったのだと思う。
自分自身に神がいるのだから、ほかにも当然いるわけだし
あるいはぎゃくかもしれないが、
自分の御霊という感覚でなく
いろんなものに宿る神がはなしかけてきていたと思ったかもしれない。

こういうあたりで、憂生としては縄文人も自分ごととして、
捉えたくなるのかもしれない。

不可解

古代史をかんがえていくと、
どうしても、「霊的・神的」部分がはいってくる。

たとえば、大物主が海中からあらわれる場面。
光が海中からあらわれる。
かつ、それが、大国主命の荒魂と和魂(ちょっと、ここら、間違っておぼえてるかも)である。
と、大国主命に伝える。

こういう場面をして、
やれ海蛍だったとか、
UFOがあらわれたんだとか

どうしても、人知では、うけとめがたくなってきやすい。

ところが、憂生自体がいろいろ、奇妙な体験をしていて、
たとえば、人魂が南にとんでいくのをみている。
と、いっても、当の憂生はまったくの無自覚で
ふわふわと弧をえがいてとんでいく白い大きな蝙蝠をみたと思い込んでいた。
まわりのものに話して、「おまえは、あほか」と、いわれて、
なんで、あほなのかさえ、わからずにいた。
一番、考えられるのは、白い蝙蝠であったが、
季節は冬、12月中旬だった。
黒い蝙蝠だって、外を飛ぶわけもない。

そんなふうなこともあったし、
ネットであったこともないネッ友が、自殺未遂・・入水自殺になりかけているのを
キャッチして、「死ぬな・生きろ」と、念をおくりつづけていた。
どこかで、狐・狸にばかされているんじゃないか?
と、おもうのだけど
これが、本当だったら、大変だ。
ばかされてるなら、笑い話でおわる。
と、念をおくりつづけているくせに、
「あ、もう大丈夫」と、おもうと
ネッ友のチャットを開いて待ってる。
もう、連絡があってもよかろう。
家に帰ってきてるはずだ。
と、思うわけで、
30分くらい待ってるとチャットにメッセージがはいって
お風呂はいってた。
と、いう。
ここが、現実感がないから、帰ってきたらお風呂にはいるのは
考えればあたりまえなんだけど、見てないから、わかっていない。
で、さらに、いいだしてきたのが
ー頭冷やそうかなと思って、沼の中につかっていたー
いっそ死のうかとおもっていたのだろう。
死んでみようとして、生きていこうという気をとりもどそうとしたのだろうけど
沼などにはいって、なにがおきるかわかったもんじゃない・・・。

と、まあ、ほかにもいろいろ、あるのだけど
なにかしら、そういう「不思議なこと」と、いうのは実際にあるわけで
こういう人間だから、
UFOだったとか、海蛍だとかいって
そこからして、虚構だとしてしまうと、
理解できないことがあると思ってしまう。

むろん、なにもかもが、
「神・霊」的なことだったとはかんがえてはいない。

なにかしら、大和朝廷がこしらえた物語は
事実のところを自分たちのつごうのよいように作り変えたふしがあるという面で。

ちょっと、前からいっている、
ウガヤフキアエズ王朝が、縄文時代の民族であるとするのなら
天磐船にのるくらいの文化があったろうから
当然、「神・霊」的な不思議もあったことであろう。

すると、滅ぼした側としては、
そういう「神」にちかい存在をほろぼしたのは、
まずいわけだから
まけじと、自分たちを神格化していかなければならなかったとも考えられる。

日ユ同祖論的からいえば、
はつしらすやまといわれひこ?という神武天皇の名は
ユダヤ、ヘブライの言葉におきかわる。と、
ユダヤの観点から話をするが
金色の鳶がという
「神的現象」は逆にウガヤフキアエズ王朝の王族の血がはいっている。と、いう
証拠のようなものであろう。

歴史の伝承のなかで、
あたりまえすぎたことがうしなわれ
ありえないこととして、うけとめられてしまうと
大きな証拠になっている話が
なんのことかわからなくなる。

こういう「ありえないこと」というフィルターを
はずすには、
単純にたとえばの仮説でしかないが
ウガヤフキアエズ王朝の王族はほぼ神にちかかった。
と、かんがえるしかないのだが、
通常の人間生活?人間の感覚では、
自分自身がそういう不思議な力?をもっていることにきがつかない。

たまたま、第6感のようなものが、発達していたのか
はたまた、妙なつき物でもいたのか、しらないけれど、
こういう人魂がいたり
知人の様子をキャッチしたり
と、いう血?があることをおもえば、
ウガヤフキアエズ王朝時代、もっと、しっかりとそういう能力があっただろうと思える。

昨今のSPや科学では
このあたりのこともだいぶ解明されていて、
人間自体、エスパーのような能力があるといわれている。

だが、単純に渡来人であるヘブライ人に
ウガヤフキアエズ王朝時代の人間のような「神・霊」的能力がなかっただろうというのは
これも、また伝承が証明している。

預言者という存在やら、
メシュアを待つという考え方からして
渡来人は、「神・霊」的能力が失われていた。
と、いうことになる。

そんなふうになったのは、
どこかでかいたが、
縄文時代の人々は
自分の魂(御霊)と意志の疎通ができていたわけで
そこに渡来人がはいってきて
田畑をつくりはじめると
たとえば、縄文人が
「私の御霊が貴方から米をわけてもらいなさいと、いってる」とつたえたとしても
渡来人は
そんな存在などしんじていなくて、別に神がいるとおもっているわけだから
こいつはひとのものをとりにきた。くらいにしかおもわないだろう。
縄文人はたとえば、そういうふうに御霊のいうことをきいて
逆に
「おまえんとこは、米がないんだろ。こまってるぞと御霊がいうから、米もってきたぞ」
と、わけあたえていたことだろう。

縄文人にとって渡来人はカルチャーショックであり
御霊のいうことをきかなくても、なんとかなる。
と、いう「事」をみせつけることになる。

このあたりもSPがいうことであろう。
たとえばだが、
ー分け与えよ。と、いうことを薦めるが、それをしないもするも、本人の自由選択であるー
縄文人だけのときは
御霊のいうとおりにするのがあたりまえだったのだろう。
ところが、
いうとおりにしなくても、かまわない?みたいな
なんともないというか、
そういう状態が目の前でみえたとき
なんというか、アイデンテティがくずれさったというか・・

そして、渡来人の信じるところを信じてしまったというか。
ちょうど、日本が今でいうと、クーラーをあたりまえのように
つけているけど
昔の日本の家は風通しがいいように考えてつくられていたし
あちこち、あけっぱなしでも
物騒なことはなかった。

土台がかわってしまって
クーラーをつけないとおれない状態になってしまい
我もわれもとクーラーをつける。

(クーラーがいけないといってるのではない)

そんな風に、クーラーならぬ、分け与える生活ができなくなってしまって
どんどん、御霊のいうことを聞かなくなってしまった。

そういう歴史のなかに、ひめられた真実というか
人間には御霊・魂というものがあり、
その御霊と意志の疎通ができていた。

つまり、一人一人の縄文人の中に、神がいたようなものだったわけで、
渡来人にすれば、
非常に理解不能なことだったろうと思う。

そして、後世になって
その御霊が働く人間がでてきたり、
御霊をめざめさせていくものがあらわれてしまったら
自分たちの地位とか権力があやういものになると
わかっててしまえば、
目覚めのヒントになる、あるいはきずきのヒントになる
史実はふせてしまわなければならないだろう。

つまり、神というのは
どこか別にあって
現象などおこさない。
人間に直接はなしかけてくるものではなく
はなしかけられるのは、
選ばれた人間というか
神をまつっているものだけである。

と、いう特別視になってしまったと思う。

だいぶ、ネットの情報が公にひろまっていくことにより
特別でなく、ふつうに
はなしかけられているんだとわかり始める人がふえてきている。

憂生自体はよくいうことだけど
直接しゃべりかけられるものではなく
普通に、他人からとか、
TVとか、ブログの記事とかなどという
現象にかえて、つたえられているんだとおもう。

そこを気がつけていないということはおうおうにしてあるだろう。

たとえば、仕事にいくのに、なぜか、寝坊してしまって
遅刻して、しかられて、かつ減給、精勤てあてものがす。
と、よくないことばかりだとおもっているけど
じつは、いつもどおりでかけていたら、事故をおこしていた。
それを回避してもらえているなどとは、
わからないように
現象でみせられていることにも
気がつかないでいることは多いとおもう。

そんなふうに、御霊や魂がまもっていてくれることや
はなしかけていることがわからなくなっているからこそ
史実にかくれた
「神・霊」的現象も不可解になってしまうのかもしれない。

取り留めなく・・・

ユダヤ同祖論を元にして、いろいろ、かんがえてみているが、
考えれば、考えるほど、
やはり、ウガヤフキアエズ王朝はあったと思う。

ちょっと前の記事で、スサノオの名を冠する古代天皇の名を列挙していたブログがあったと、かいたが、
ここを素直にしんじるとすると、
ユダヤ系統が日本に訪れたとき、すでに、スサノオ天皇(スサノオ何代目かは失念している)がいたと考えられる。
そして、時代的には縄文中期か?
ユダヤ系統がもってきたのは、いろいろな、技術だったかもしれないが、
スサノオ天皇の統治というのは、
おそらく月と日を元にした暦(あるいは、星もふくめ)などから、
天候を知り、
人々の生活を平穏にすべく、いわば、巫、宣託者的能力を持っていたと思われる。

そこに、戦いにおわれ、国からにげてきたユダヤ人が100万とか?
やってきたとしたら、
簡単に王朝はくつがえされるだろう。

が、古代論によると、古代天皇が世界を統治していたというのだから
ユダヤの神託で、東の島国へいけというのは
古代天皇が国民を思うその思い、そのものでしかなかったと思う。

そして、やってきたユダヤ人系統は
おそらく、文化の違う日本の原住民をみて(おそらく、狩猟文化中心)
同じようにはいきられなかっただろう。

多くの渡来人もまた、自分たちの口を潤すために
農耕に頼るしかなかったと思う。

ウガヤフキアエズの前、海幸彦と山幸彦の話が象徴的である。

海側というのは、ひとえに平地や定住を現す。
山側というのは、山や移動をあらわす。

つまり、海側の民族になったのが、ユダヤ系列であり
山側は原住民であったとかんがえられます。

そして、この形により、ユダヤ系統は
日本を掌握していくわけですが・・・。

ここで、ウガヤフキアエズの神武誕生にいたる話である、
山幸彦・海幸彦のほうでは、
山幸彦のほうが、大和朝廷につながっていきます。

また、ウガヤフキアエズ王朝というものを
かきけしていってしまい、
ウガヤフキアエズという個人にすりかえられています。

この海幸彦・山幸彦の名前を山側・海側ととらえるということよりも
海が山幸彦に味方をしたということが、いいたいのではないかとおもいますし
うがってみれば、天孫降臨の地を高千穂の峰という神話にすりかえるなら
山におりたったという意味合いで山幸彦がユダヤ系列といういいぬけもできるわけです。

が、いずれにせよ、
海自体を味方にするのは、海を渡ってきた渡来人らしい考え方かもしれません。
そして、
また、おおわだつみが、スサノオであるともいわれているわけですから
スサノオが山幸彦を後継者と認めた。

と、いう刷り込みもあるように思えます。

おそらく、
ウガヤフキアエズ王朝を搾取しようとしたか、
あるいは、ウガヤフキアエズ王朝に入り込んだユダヤ系列の女性との間に生まれた子供
ひょっとして、山幸彦?
と、ウガヤフキアエズ王朝の直系との兄弟の間で内乱がおき
ウガヤフキアエズ王朝は大和朝廷に代わってしまったのかもしれません。

そして、系列的にユダヤが日本を掌握していったのだとおもいますが
ここで、奇妙なのが、
それならば、なぜ、天皇という形を継承していったかということです。

ひとつに、大きな相似形が近代にあったと思います。
第二次世界大戦後のアメリカの日本における天皇への判断とよくにている気がします。

天皇をひきずりおとしたら、
日本国民は最後まで戦う
あるいは、
天皇が国民をいさめることが出来る。

つまり、心のよりどころとなっているということです。

ところが、ユダヤ系統においては、
天皇でなく、
王であり
王がメシュア(ヤハウェ)をあがめることでなりたっていた国だったとおもうわけです。

ところが、
日本にきてみれば、
王(天皇)が、メシュアそのものだったと思います。

アメリカさながら、
天皇をひきずりおとして、日本を掌握できないとなれば
日本に住むことになったユダヤ系統の人々は、
いろいろな知識(あるいは、戦い、圧力)で、
天皇の血筋に入り込み、
さながら、秦氏・藤原氏のように天皇の血筋をとりこんでいこうとしたのではないかとおもうわけです。

そして、
時がながれ
確かにユダヤ系列は日本人との混血に成功したと思います。

が、DNAの中に日本人固有のものがあるとのことで、
この血がおそらく、縄文時代の原住民、ウガヤフキアエズ民族
あるいは、もっとふるいもの?
が、継承されているのではないかと思われます。

天皇制ごと掌握していながら、
ウガヤフキアエズ民族の血まで消滅することができなかったのは
当然のことながら
もともとあった天皇制をも継承せざるをえず
ここで、新たなメシュアの存在(イエス)を得たとき
天皇家にキリスト教をいれることで、
ユダヤ系統こそが、しんに神に選ばれた血族であるとしたかったのでしょう。

ところが、
日本というのは
もともと、自然崇拝というか、八百万の神という考え方で
キリスト教というのが、人であり
神になったとしても、(八百万の神とは、少し違うと考えても差し支えないと思えますが)
いわゆる、権現とか明神とかの部類で、
自然力?ではないわけです。

天皇というのは、
この自然力(雨とか風とか季節とか太陽とかとかという自然)の相対的な象徴としての天に
直接、祈り(平癒)を届ける存在なわけです。

メシュアをまって、我助かりたいという信仰とは
元が違い
天皇というのは、そもそもが、国と国民と世界の平和、幸いをいのる存在だったわけです。

そこがわからず、
形だけの天皇制を継承してきた結果、
時折?先祖帰りのような思いをもつ天皇があらわれ
たとえば持統天皇だったかな
国民が今日も安泰な暮らしが出来ていると山の上から
民家に煙がたなびくのをみて安堵する。
と、いう思いを持つものも顕れれば

ユダヤ系統の血の宿命のような南北に分かれる闘争を行ったり
政治力に翻弄されたり
ウガヤフキアエズのころ(縄文時代)のころとは、ちがう
因縁をも背負い込んでしまったわけです。

このDNAというか、因縁の補正に相当の時間を費やしているとおもえるのが、
明治天皇からの草案である第日本国憲法などからもわかるように
治めるを明らかにするという
明治のなまえであり
大正は、大きくただす
そして昭和にはいって、
和という縄文時代から続く精神への回帰
そして、平成。

万物平等なりとも、
上下などの身分などでなく
心を平らかにしていくことで、成るとも

そんな風に日本古来のあり方をもちなおそうとしているところにあり
ユダヤ系統の血の因縁を払拭するのに
どれだけの時間がかかっているかを顧みず
日本はユダヤ系統で存続してきたなどという考えを鵜呑みにしてほしくはないと思う。

当然、血が混じった以上、日本人として
その血の因縁を納所していくのは当然のことである。

が、
つくづく、
神やメシュアに対しての思い方が縄文時代とはかけはなれていて
神やメシュアが自分たちのものだ
あるいは、神に選ばれた民族という
選民意識は、
すでに偶像崇拝、おかげ信仰になっているといっていい。

憂生自体はある場所から聞かされたことを思う。
「キリストもひとつの天ですから」
と、いう言葉である。

今、多くの人がSP論でキリストが最高次元にいるように聞かされていると思うけど
その人それぞれの「天」があり
どの次元にいるかはわからない天であるけど
そういう中でも、キリストもひとつの天であるという言葉は
日本人にとって、鋲を打っておかなければならない言葉だと思う。

日本という国がもっている?天と、
キリストという天とは、何かが違う。

憂生なりに思うことは
例えていえばスサノオが天であるとするのなら
彼はただただ、自分の力で民の生活をよくしようとしてきたということだろう。

キリストというと、いわゆる奇跡をおこしたり、
何らかの力を元にして、しんじこませていかなければならないという
なにか、人の生活に根付いてないところでことをおこし

見本という形でいえば
スサノオが自ら治水のくわをもち
人々の心に「やっていこう」という活力をもたらせた事から「神」としておもわれたことであり
あるいは、キリストは
依頼心やキリストだからできるという別格なものとしての「神」に成ってしまったと思える。

こういう風に考えると
たとえば親心というものも「神」のようだと拝んだ方もいらっしゃるとおもうが
普通に、「神」は人の心にあるものだと思う。

そこをきがつかせていくことができるか。

スサノオががんばってやったんだから自分らもできると
子供に教える
ように
親というもののなかにも、人それぞれに同じ物があると
気がつかせてくれるのがスサノオ・天皇であろう。

妙な奇跡や神通力などつかわず
ただただ、人の幸せを祈るという姿を日本人は知っていながら
いまさらのごとく、SPで人の幸せを祈るように成らなければと神から伝えられましたとか
いわなければ成らないのだろうか?
と、おもってしまうwww

忘れ去られた日本の心を取り戻していけば
そして、天皇という古代から続く存在の意味合いに気がついていけば
ユダヤ系統が天皇という存在に入り込もうとした本当の意味合いがわかってくると思う。

けして、ユダヤ人がどーのとかいうのでなく
例えていえば、
産みの親より育ての親というようなもので
ユダヤ系統の精神も日本にきてこそ日本人になってきているということを
わかってほしいと思う。

その中にはユダヤだとか日本人だとかいうものはない。

ただただ、日本の精神 日本魂
の、継承でしかなく
DNAというものも、文明というものも
より良い選択を望むだけだと思う。
















つれづれに・・4


伊雑宮の写真を見ていたときに、


「にぎはやひ はやく 天下をひっくりかえせ」という言葉がうかんできました。


伊雑宮には、スサノオが祀られているということなのですが・・・。


古事記の中でも、にぎはやひという人物?はわずかな継承しかないのですが、


いろいろと、しらべていくと、


実に大雑把ですが、


スサノオを含む、高天原族はイスラエルの失われた十支族(あるいは、十二)からの血統と考えられ、


このあたりはどうも弥生人になってきます。


そして、ニギハヤヒをしらべていくと、


ウガヤフキアエズ王朝に関連しているともとれるのです。


ウガヤフキアエズ王朝については、弥生時代以前、おそらく縄文中期までは続いた王朝のようで、


これから推測するに、もともとの原住民はウガヤフキアエズ王朝とその民族である


縄文人だったと思えます。


つまり、スサノオの言う「にぎはやひ はやく 天下をひっくりかえせ」というのは、


弥生時代以降のイスラエルの血に覆い隠されてしまった


ニギハヤヒ(縄文人)の血(DNA/思い)が下になってしまってることから


縄文人の血を上にせよ。


人間本来の資質であるものを天というのならその天がしたになっているのを


ひっくり返せといわれているのかな?


と、捉えたところがあります。


けれど、なぜ、スサノオがそういうのか?


と、いうのが疑問なのですが、


今探してみても見つけられないのですが


どこかの人がウガヤフキアエズ王朝やさらにその上古7代(だったか・・な)の


何人もの天皇の名前を書き記していました。


その中にスサノオの第何代スサノオという天皇(王?)が何人もいて、


そのころは、正直、まさかね、なんで、こんな事がわかるん?と


重要視していなかったのです。


しかし、さっこん、そういう歴史をアカシックレコードとか?


何らかの形で知る人間がでてきていて


彼もその独りではなかったのかと思うようになっています。


その彼の書いた古代天皇の中のスサノオという名前が、


伊雑宮でスサノオが「にぎはやひ はやく 天下をひっくりかえせ」といったわけをしらせてくれている気がします。


大本神喩の中でスサノオともおもえる書き込みがあります。


この神は悪者にされて封印されていた。


と、いう内容のものです。


仮にスサノオがウガヤフキアエズ王朝の末裔であったとしたら


高天原で大暴れしたとか


アマテラスの弟であったとか


いかにも、タカマガハラ族=弥生人=イスラエル民族のようにうけとめられながら、


タカマガハラ族からも離れ、異端者的扱いであり


縄文人のスサノオという血統は封印されていたように思えます。


実際いくつかの神社では、スサノオを祀る神社が他の神に祭りかえられていたのをみたことがあります。


そんな風にスサノオを封印してしまったのでしょう。


そんなスサノオからみれば、縄文人の心をなくし去った日本人のことが


いたく気がかりであったとかんがえられるのです。


縄文人というのは、おそらく、今SPでさけばれているように


神(内在神・魂・御霊)とかなり意志の疎通ができた民族だったと思うのです。


それが、戦いで政権を略取するような考え方のイスラエル人だったか


そこらへんはわからないけれど


今の日本がアメリカその他の思想をありがたくうけとめてしまうのににた感覚で


イスラエル人の思想にのみこまれ


自分の中にいる神でなく、便利な生活や物金に執着しだし


自分の中の神を顧みなくなったと考えられます。


そこをスサノオがひっくりかえせといっているのではないかなあと思えるのです。






つれづれに・・・

古代日本の天皇が世界を統治していたという話が大本神喩にあるのですが、
トルコとか・・・エトセトラですね。
このあたりと、シュメール人の伝説や、
ユダヤ(イスラエル)のアーク(マナのつぼ・アロンの杖・十戒石)などについても、
いろいろ、取りざたされていて、興味のつきぬところですが・・。
大本神喩の中の、トルコも古代天皇がおさめていたというあたりで、
なにかしら、因縁めいたものを感じるのです。

それは、また大本神喩の中の
「一度あったことは、二度ある」
いわば、一度目はなにかわけがわからずおきてきたこととするならば
二度めはある種の必然があって、おきてきたことを知るという意味合いになり、
よく言われる「三度目の正直」で、もう同じことを繰り返さない。
と、いう意味合いであろうかとかんがえてもいたのです。

ところで、
トルコといえば、モヘンジョダロやカッパドキアで、核がつかわれたのではないか?
と、いう遺跡がのこっているわけです。
これを日本地図が世界の地図であるという大本神喩の日本大元論の地図からみると
カッパドキアの場所とモヘンジョダロが広島と長崎に相当するのではないかとおもえたのです。

仮に古代天皇の時期に核がつかわれたとするのなら
地球の歴史として考えると
一度あったことが、昭和の日本で、二度(めが)あったということになってきます。

こう考えると、陰謀論やアメリカの国家政策とは、違う
もっとおおきな運命というか宿命というか因縁というか
そういうものがはたらいていて、
過去の歴史のくりかえしの役割に他国がまきこまれたという極端な見方もできます。

ここまでして、
3度目の正直をとおさせていくために、
日本という国、あるいは天皇が背負ったもの
それはたとえていえば、
十字架にかけられたキリストが
処刑にかけたものたちをゆるすという姿でみせたものに近いきがするのです。

よくキリストは贖罪をせおったという言い方をしますが、
現代において、日本国民こそが、贖罪をせおい
こんなむごいことになるんだとわが身でしめしてみせ
平和というものをしんに祈る国民はないと思うのです。

日本が世界の中心であるという考え方を
外国のだれだったかが説いていますが
すでに、これは大元神喩であかされていることでもあるのです。

母がいて
子供たちの中から過ちをおかすものがあらわれてきたとき
親のいうことをきかない子供に対し
兄弟のなかのよくわかった子に
おまえからいいきかせてくれないかと
一縷の思いを託すのににたような感じで
日本に思いをたくす存在がいるのだと思います。

これもまた大本神喩のなかで
「日本人の身魂は他の国の身魂とはちがう」
又、別のところからも
「神の気配(きくばりとかんがえる)が濃い」
「天・じきじき(直々)」
と、いわれている由縁だと思うのです。

アメリカの方便に
原爆が無かったらもっと多くの人がしんでいた。戦争がおわらなかった。
と、いうのがありますが
これも、最近の資料から日本がポツダム宣言を受領するということがほぼきまっていたのに
原爆をおとしていて、
アメリカ国民はむろん、日本国民も原爆投下を決定した人間や投下した人間も
その方便にくるまれてきたわけです。

マッド・サイエンテストという
科学者の心に忍び込む
科学の論理を実証したがる悪魔と
自分の保身のために世論を動かし
逆に世論の波にのまれまいとして
世論を動かせなくなる政治家の心に住んだ悪魔

そんな人間の弱さを赦し
大本神喩のいうところの
「悪を抱き参らせる」ことができるのは
日本人の心が神にちかいからだとおもうわけです。

人の心にすんだ悪魔の正体をみきわめ
何が「誠」であるかをしらせていくことができるのは
日本人なのです。

そして、ある意味、
不思議なほど、アメリカの行動を赦す裏側に
たとえば、慰安婦問題などがあるということを
自覚していないと思うのです。

いつまでも、ああされた、こうされたと
恨み、悲しみ、憎んでいる某国の姿をみるにつけ
それこそみじめったらしい態度でしかないとおもうわけです。
日本人は潔さでいったら見事なものです。
負けた以上仕方がないとうけいれ
その悔しさ、無念さを天皇が掬い取ってくれているのです。

あのかたがそうおっしゃるなら
あのかたがそうされるなら
と、思わせてくれる国の父・国民の父をもっていること
誰よりも国民の不幸を悲しむ存在がいればこそ
わが身の不幸ととりくらべればと
わが身を忍ぶことをさせてくれる心のよりどころがいるわけです。

そういう存在のない国が、いつまでも悲しみや不幸にうちのめされ
やりばのない悲しみからのがれるために
弁償しろの、ひどいめにあわされたと日本をせめるしかないのです。

こんな不幸な国をみていて思うことは
逆に日本人はどんなにありがたいかということになってきます。

ここをおさえたうえで、なければ
アメリカがおこした物事に対峙していけないとおもえるのです。

非道だ、非人道的だというのはちょっと待たなければならないところがあると思うのです。

それは、SPでいえば、本人がきがついてなおしていくしかない。
と、いう考え方に似ています。
方便で自分たちをごまかせている間はどんなに理論でおしても納得されるものではないのです。
アメリカは自分たちで自分たちの非人道的行動や思想にきがついてみたとき
日本がどんなに自分たちを赦してきたかにきがついてくるわけです。

思想統制や情報統制は見事なもので
真珠湾攻撃にしても、経済封鎖で日本をおいこんでしまえば
真珠湾をせめてくるしかなくなると筋書きができあがっていたわけです。
それをさらすことなく
「パールハーバーを先に攻撃したのは、日本だ」
と、思想や情報を統制していたわけです。
むろん、戦争にもちこもうという考えのアメリカが
本当の情報、日本を罠にかけ、おいつめさせたなどと
その当時にいうことはできないわけですが
いまどきの若い日本人がその事実を知らなかったと
いいだすほど、
アメリカの主張に洗脳されているわけです。

そんな風に、国の政策に踊らされ
何年もたたなければ事実が明るみに出ず、
敵国だという目をむけさせてしまう仕組みがあり
今の中国もそういうパターンになっています。

本当の情報をしらず
自国の不備から目をそむけさすため
他国を敵対視させる構造にのみこまれている中国人たちが
サッカーの応援などで「恥」としかいえない行動をみせたり
そんなことは
恐ろしいものだと思えます。

けれど、それは日本の中でもおきていることだと思うわけです。

日本でおきていることは又自分の中でもおきていることでしょう。

自分の不備を省みず、他人を敵視したり
自分は不幸だと被害者意識にあまんじたり

そんなことがあるからこそ
アメリカが自分たちのしでかしたことを省みない姿でみせられたり
中国が今でも、日本のせいだと不幸な感情でいきているのをみせられたり

自分を変えれば人が変わるのなら
人が変わらないのは自分のせいだということになり

相手の姿をみて、それがまずかったら
自分のせいであるとまで考える責任感の強さが日本人であるのです。

こういう自分への厳しさがあるからこそ
なかなか、「いうべきことをいわない日本人」という誤解を
うんでしまっている所もあると思います。

先日、本当に良識ある国が、
アメリカに対して、
日本への原爆投下はどんなむごいことをしたか、知るべきである
と、いってくれないものかなあとかんがえていました。
その翌日、ソ連がアメリカに言っていましたね。
結局、それは、政治的なけん制のためのようで
原爆投下をもってしてアメリカの国勢を弱体化させる
風評被害的手段。またもや、仮想敵国化?という感じがいなめず
かえって、アメリカが掘った墓穴あばきのために
原爆投下をふりかざされている気がして
むしろ、日本への侮辱?に感じてしまったのです。

怪我をさせた人と怪我をさせられた人
当事者同士が解決すべき問題を
よその人が、
「おまえはひどいことをした」と、
加害者を裁いているようなものでしょう。
それを被害者が
ーそうよ・そうよーと、いっているようではどうかとおもうことです。

かつ、そのよその国が被害者のものを取っていっている(国後とか・・)状況では
なんの説得力もない。

なにか、目くそを見ず、鼻くそを見ずという
状況もおかしなことだけど
そろそろ、恨みつらみなどない感情のもとで
日本人みずからが
アメリカに対して、原爆投下の悲惨さはしってほしいと
そこだけをきちんとおさえていかなければならないのではないかと思い始めている。

もともとをかんがえると、
憂生自体が15,6のころに
「広島」(原爆投下という被災地という意味合いで)をみておかなければならないと考え
アルバイトしてためた金で広島を目指したことが在る。
台風がきてしまい、広島ゆきはかなわなかったけど、
大阪のデパートで原爆展のようなものをやっていて
その展示物に正直なところ
広島に行くという思いがなくなった。
デパートの一角の少ない展示物でありながら
あまりに悲惨な状態に、広島という本拠地にふれる勇気をなくしたと思う。

別のときに(修学旅行で)長崎の被爆資料館や浦上天主堂などの被爆のあとなども
みたが、
いつか、広島にいかなければいけない。と、思っていた。

結局、何年もたって広島県内に移住することになった。
広島市でなかったのは、
自分の体質のせいだったかもしれないと思っている。

いわゆる、霊媒体質のところがあり、
その影響をもろに受ける可能性があり
広島市はさけられたのかもしれない。

うがやふきあえず

どこから、でてきたことか、おもいだせなくなっているのですが、
歴史をかじってみるのなかで、だったかな
日本にピラミッドがあったというあたりから、
それが、すたれたのは、
ひとつに、太陽暦でなく、
太陰暦にうつったせいではないか?
と、かんがえたわけです。

太陰暦にかわるということは、
まず、日本の気候に4季がはっきりしていたこと。
潮の満ち引きがあったことがえいきょうしているとおもえたのです。

と、なると
たんじゅんにおもいつくことは
農耕文化が発達していたということだとおもえるわけです。

そして、縄文時代は狩猟文化だという
奇妙な矛盾をきかされたことによります。

縄というのは、植物から作るものです。
厳密にいえば、わらからつくるものをさしているとおもえます。

藁が生活の中にねづいたからこそ
縄ができたとおもうわけです。

稲は米という食料をつくり
藁は生活の中でいろんなものに利用されていったことをおもうと
とても、神聖なものだったとおもうわけです。

だからこそ、
土器の文様に縄目をいれた。

つまり、縄文時代は
すでに稲作や畑にちかいものがあり
農耕文化だったのではないか?とおもったときに

実は、
稲作文化は世界に伝承されたのではないか?

つまり、稲作は日本が最初。

と、いう、実に単純な発想をもったわけです。

最近になって 縄文人さんのHPのなか

http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1307-09.html

ひとくちコメント ―― 「稲作文化は日本から世界に広がったものだ」ということが竹内文書に記されており、それを裏付ける事実として、縄文中期にはすでに稲作が行なわれていたことが科学的に証明され始めたということです。

と、かかれており、非常に納得しています。

竹内文書あたりでは、
ウガヤフキアエズ王朝が72代(73代?)という話もあり
古事記あたりにでてくるウガヤフキアエズが、じつは、ウガヤフキアエズ王朝を継承(略奪?)されたことを
あらわしているのではないかとおもえてしかたがなかったのです。

その中において、
気比神宮という場所が実は
ウガヤフキアエズ王朝と関連があるのではないかという思いがしてならなかったのです
宇気比(うけい=誓約)の本拠地としての気比があり
ニギハヤヒという、すでに高天原族より先に降臨していた存在というのも、
実は、ウガヤフキアエズ王朝のことではなかったのか?
と。
そんなことをかんがえていたところ、
ウガヤフキアエズは、敦賀でうまれているとかいう伝をきいたことがあります。

そして、九州にいって
そこをおさめた?
と、いう話があるわけです。

ところが、
敦賀から20kmくらい離れた気山という場所に
ウガヤフキアエズの時代、海幸彦と山幸彦の争いを髣髴させる神事があり
この神事が
「王の舞」というのです。
そして、当然のことながら、
祀られているのは「ウガヤフキアエズ」なのです。

一書によると、後年、漁師の網に仏像?神像がかかって
ーウガヤフキアエズであるーとのことで、気山にまつったというのですが・・・。

それでは、
なぜ、「王の舞」がつたわっているのか、不思議なことです。
そして、近くに日向(ひるが)という土地もあり
九州の日向とおなじ文字で発音もよくにています。

そして、この神社のなまえが
宇が西の波にのってやってきたということで
宇西波神社ーうわせじんじゃー
となづけられたそうなのです。

これは、勝手な想像ですが
気比神宮で誓約をおこない、正当な天孫族であるということで
九州のほうにいた高天原族を統治しようと九州の日向にむかい
結局、逆にほろぼされた。
(と、いうか、高天原族を統治したものの海幸彦・山幸彦の争いで象徴される内部抗争により)
にげのびる場所はもともとの日向(ひるが)しかなく
海流をつたって、日向(ひるが)にながれついた。

と、考えないと
「王の舞」がつたわってくる経緯がない。

注目したいのは、
王であるということ。
王朝だったのなら王であろうし
高天原族になってくると
ミコトになってくる。
あるいは、神
天皇という形になってきている。

うがやふきあえずという名前も
宇の冶を布くことができなかった
といういみあいにもとれ
鵜が鳥の弟であり
鳥といえば、紅白歌合戦でもわかるように
鳥をつとめるという、最後の実力者であるわけで
その弟であるというのだから
うがやふきあえず、という
奇妙な呪(陰陽師的意味合い)がかかっているとおもわれる。

このうがやふきあえずがいるあたり?をひっぱったという国引き伝説が
また、奇妙で
わざわざ、北陸あたりを山陰にひっぱったという裏側もきにかかり
奇妙な神社 美穂神社のほうに興味がうつってしまったのだけど

このあたりで、さらなる疑問

スサノオとアマテラスが兄弟であったというのが、
出雲風土記では、でてこなかったとおもう。
と、いうか、別人っぽいスサノオwww

なにかしら、ウガヤフキアエズ同様、都合よく話をくっつけているようにみえてしかたがないのである。
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