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歪み

何人か、精神障害を羅病している人とかかわってきている。


この中で、回復していった人に着目する。


もちろん、前に書いた「愛してくれる人が抱きしめてくれたら治る」が

一番おおきな要因だと思う。


で、ぽつぽつ気が付いたことがふたつ。


ひとつは、4歳児からの入園。


もうひとつは、蟲きり。


詳しく説明しないとなんのこっちゃらだな。


4歳児入園は、保育所や幼稚園にはいる年齢。

なんどか、とりあげたけど、これが、よいとおもうのは、マウス実験と

保育園の保育士の話から。

マウス実験で、最初に

母鼠のそばにいさせる。母乳で育てる。タイプと(グループ)


母鼠から離す。人口哺乳にきりかえる。タイプ。(グループ)


に、わける。


そして、実験できるまで成長したら、負荷をあたえる実験をする。

足元が水に漬かった廻し車に閉じ込めたりする。

水につかりたくなくて、鼠は必死でよじのぼろうと車をまわしつづける。

この負荷実験のあと、母親と一緒にいたほうは、しばらくすると、回復してくる。

母親と離したほうは、回復が遅く、時に死んでしまうことさえあるという。

この実験は幼少時の環境がストレスにどう関わってくるかというところだと思う。


母親(安心できる状態)の存在を経験している子鼠は

ストレスをうけても、安心状態に帰巣するルートをもっている。


が、母親の存在がなかった子鼠は、ストレスを昇華する能力も少なければ、

安心感にもどろうにも、安心感というゴールがみえない。


子供のころにうけた「安心感」が大人になったときにストレスに強い大人をつくるもとになる。


と、いう傾向が高い。


この考え方が、4歳入園とかかわってくる。

保育士の話しによると、

3歳児と4歳児のおおきな違いは社会性の発達の有無(大小というべきか)

4歳児は砂遊びなどするときでも、お友達と協力しあってトンネルを掘ったり

役割分担をしたり(ぼく、水汲んでくる。わたしこっちからもっと砂をあつめてくる・・など)と、協調性と協力性などがみえ、社会意識が発達している。

ところが、3歳児は、お友達さえ認識しない。

語弊があるな。

お友達がそこにいる。と、いう認識くらいというべきか。

これはどういうことになるだろう。

母親という安心感からひきはなされ、これにかわる「安心感」を求めている。

一緒になにかする。とか、手伝ってあげる。とかでなく、

そばにだれかいてくれたらいい。

ちょうど、母親がそばにいたら、安心して、一人で遊んでいたりするのと同じといっていいか。

お友達を個別の存在として意識しないで、お地蔵様?でもいるみたいなものなんだろう。


この状態は、本人にすれば、ストレスを回避する手段といえる。

裏から言う。

「不安、で、不安でたまらない」

この状態で幼稚園・保育所生活をおくる。


母親からひきはなされた子鼠状態に近い。


憂生にいわせれば、3歳児を入所・入園させるのは、そういうことに近い。

これが、長じて、ストレスに弱い大人をつくる要因のひとつになりえるのではないかと。

回復していった人をみると、小さいころに親といっしょにいる時間がながかったり

もしくは、4歳児入園だったりした。


そして、3歳児入園の動機は、

ー近所の子供がみな3歳児ではいってるからー

と、いうのがおおかった。(某所アンケートから)

その子にとって、どうだろうかというもので、

明確な動機がかかれているものはなかったという。

お友達が近所にいなくなるから、かわいそうだし・・とかいうのも、

ー近所の子供がみな3歳児ではいってるからーにはいる。

4歳児ではいる人ばかりだったら、4歳児入園をえらぶということになるから。

ひいては、まわりにあわせていくために、本人の成長度合いや安心感など

ふんづけられてしまう。

プチPDSTのプチのプチくらいをあじわっているといってもいいかもしれない。


そしてもうひとつが、蟲切り。

え~と、鍼灸師のところにいって、子供用の針?で蟲を切ってもらう。

ようは、疳の虫を治すということで、

民間療法もきいたことがある。

額のところ?(眉毛根元近くを指挿したと思う)を切って、

血をだす。

背中の第2?第3脊椎の横辺りをかみそりできって、血をだす。

それをされた本人は緑色の血がでてたといった。

確かに青っぽい静脈のように疳の虫が筋になってしまってる子供をみかけることがある。


なんにせよ、疳の虫をふうじたり、切ったりする

本来の目的は

「大人になって、精神的にいらいらしないように」なのだそうである。


で、その疳の虫治療の効果が本当にあるのか?

昔、憂生の隣に住んでた人の子供(1歳くらいか?)が日に何度も

「きえ~~~~~~~」と奇声をあげていた。

毎日、毎日、その調子だったので、近くの人がみかねて

蟲切りをおしえてやった。

で、その人は鍼灸師のところにいってきたそうで、

子供はぴたりと奇声をはっさなくなった。

疳の虫というのは、

活発にうごくようになった子供(赤ちゃん)が

(上にあるものをとろうとしたら、足元がおぼつかなくて転ぶとか)

自分の意思通りにうごけなかったりして、

行動と思いのアンバランスにストレスを蓄積しはじめる。

このストレスを発散しようとする行動、状態が疳の虫とよばれる。


だから、これはほうっておいても、いずれはなおるものなのだが・・・。


前述の「大人になって、精神的にいらいらしないように」なのだそうである。


ここをほじくる。

なぜ、疳の虫をきっておくと、大人になってから良いのか。

疳の虫はストレスを発散させる行動であるとする。

ストレスがたまりにたまっていくということの裏側は

こらえきれなくなるときが来る。ということであり

ストレスの容積も高まるから

ストレス発散のときは噴火?みたいなことになる。


怒ったことがない人というのもたまにいるかもしれない。

こんな人が相手にどなりちらしたりすると

怒られたひとよりよほどしゅんとしてしまう。

あんなにひどくわめいてしまって、相手にわるいことしたなあ・・・とか。

蟲きりもそれにあたる。

こらえきれないほどたまるほど、ストレス容器がない。

と、いうか、発散の上限が低い。

たとえば、いやがらせでストレスを発散してたとする。

最初はちょっとしたいやがらせで、すっきりする。

次はもっとひどいいやがらせじゃないとすっきりしない。

巧く説明できてないが、

ストレス容器の容量が少ないから、溜め込むストレスの上限もすくなく

発散するときも、上限が低い。

ちょっと、発散できてしまったら、あ、おこりすぎたかなと我にかえれる。


ところが、そのぎゃくは、どんどんエスカレートする。

子供のときの

「どうにもおもいどおりにならない」状態からのストレス(疳の虫)が一番

ストレス度が高いと思う。

つまり、ストレスのキャパシティをこのときに最上限にもっていってしまう。


結果、大きなストレス容器をもってしまうことになる。

蟲切りはこの大きなストレス容器を作らさせないようにするのと同時に

ストレス上限までを体験させないようにする。


(怒りすぎたかなと我にかえることができる)

(上限が高いため、少々の発散では発散できず、発散方法がエスカレートする)

と、いう違いができる。

この蟲切りを子供のころにうけた人が

やはり精神病羅病のさいにたちなおってきている。

(ただし、人数的にはすくないので統計ではない)

まあ、今の世の中に精神障害を羅病することがおおいのは、

仕方がないと思う。


だが、羅病してしまう、発症する要因に、

回復できない要因に

3歳児からの入園があったとしたら、

蟲切りを施術されないことがあったとしたら、

発症しやすい、回復しにくいルートを歩んでしまった社会構造があるとおもう。

民間療法で蟲切りを受けた人はいずれも祖父や祖母に施術されている。

隣の主婦には、近所のおばちゃん(60くらいかな?)が教えにいっていた。


こんな昔からの知恵を伝承していく環境とか、

4歳児からいれてやれない環境とか

社会自体が歪んでいる証拠かもしれない。


そのひずみが精神病羅病という現象にはねかえってきている部分があるのかもしれない。

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あわ

濡れ手にあわやとおもうておるな。

あわがわが手じゃぞ

つれづれに・・・3

前回、車の運転で助手席に座っていると
「怖い」という思いがわいてきて・・・
と、いう話を書きました。

そして、ナゼ、怖いかと思うかということは
ひとつの事故がおそらくトラウマになっていた。
と、いうことだと思えたのです。

その事故については
怖いと意識することすらなく
事故になってしまっていたので
自分は怖いと思っていなかったと思っていたわけです。

それで、ああ、怖いと思うのは
トラウマなんだなと認めて
怖いと思ったときに
ああ、自分、今怖いとおもっているんだ。
と、自分のトラウマをみつめていたわけです。
すると、怖くなくなる。
と、いうか、自分に意識を集中することで
怖さを外のこととしてみれたわけです。

次におきたのは、座席の位置を高くしたことで、
やはり、怖さを感じたのです。
これは、目線があがったせいで
周りがよくみえて、
外をみているから、怖さがでてくるとおもえましたし、
わずかな車体のぶれなどが怖さをひっぱってもきていました。

つぎに、車体のぶれをなおしたものでドライブすると
まるで、地をすべっていくような安定した心地よさがあり
目をつむってみると
まるで、リクライニングシートにすわって
すーと移動しているような
エレベーターで横に移動しているような感覚でいました。

ところが、目をあけると
やはり、怖さがでてきました。
なぜか、そのとき、運転者側は怖いと思っていない。
という事をおもわされたのです。

つまり、助手席の人間は運転していないことをいいことに
外をみたり、ナビをみたり、好き勝手な方向をみているわけです。

ふと、運転している、視線になったらどうだろうとおもわされたのです。
大きなカーブの前では運転手と同じように
道がどうなっているか、自分も同じように道を確かめながら
みていますと、当然、切り込みの角度もわかってきて
車がきれいにまがっていっているか
カーブでふくらんでいるな、とか
わかってくるわけです。

そうすると、「怖い」という思いがなくなっていたのです。

運転者本人も、車の限界がわかっているから
対処もできるけど、それでも、限界に挑むときなど
「怖い」と思うそうです。
怖いと思うところが自分の限界だとわかっているところがあるわけです。

そして、怖いというところまでいかずとも、
カーブで膨らむとかなってきたときには
その原因を考えるわけです。

車の構造を良く熟知している人なので
車体フレームの弱さが原因だとかわかれば
フレームを強固のものにできる補強を加えていきます。

そして、また、それから、試運転して
車の弱点を知って
改良を加えていく。

おそらく、通常の運転しかしない憂生には
こういうことがわからなかったと思います。

それは、車の運転という名前をしていますが
自分との向き合い方ということではないかと思うのです。

とことん、走ってみて、弱点に気がつく。
そして、それをなおしていく。

ここ、何度かで、
実際の運転でなく、助手席にいただけでありながら
憂生自体の弱点に気がつかせてもらえる出来事でした。
トラウマの認識
目線があがってない。
同じ視点にたつ。・・・など・・・。

貴重な経験でした。

精度

ここ、数日、考え込んでいたことがありました。

相変わらず、批判することに、なるのだろうかと
迷いこんでしまっていたのです。

でも、この意識を自分でも客観視したいという気持ちが強くなったので
書いてみます。

その言葉はニューチルドレンたちが、人の嫌がるような仕事にも
真剣に取り組んでいるという内容だったのですが・・・。

ここで、かちんときていたと思います。
ニューチルドレンだから、できるというような物言いに聞こえたのです。

なにか、人種が違うような考えをもっているようで
エリート意識といっていいか。
実際、憂生も選民意識をもっていますが
自分の心とむきあってみるほど、
むしろ、賎民意識の裏返しだなと思えたのです。

その部分で、かちんと(本来は自分に)きてしまったと思います。

あと、たとえば、福島原発のとき。
放射能漏れをおこしていても、被爆をおそれず、
なんとか、最悪の事態をさけようと奮闘した人がいっぱいいました。

それは、どの時代にでも、必ずいるわけですが
そういう人たちのエネルギーや意識
みんなの命を護ろう。日本のために、家族のために
俺がやらなきゃ誰がやる
もう、そんな考えでなく必死な思いでやってきたわけです。

そういう「ありがたい思い」「誠の思い」が、
ニューエイジの魂をゆさぶっている。

そこが、原点だと思うのです。

宇宙連合がたすけてあげるといくらいっても、
地球人自らが振動源にならず
他人【宇宙人】がなんとかしてくれるなどと思い、
ニューエージだからできるんだとか、
批判しないでくださいとか?

なにか、なに、あまえたこといってるんと思ってしまう。
ニューエージなら、批判堂々とうけて、
本当の道にすすんでないから、批判されるんだとか、自分を問い直して
自分こそが旗手になるんだ、とか
そっちの意識を浸透させるべきだろうと思う。

かばう暇があったら、
原発を直そうと命をかけた人のように
親こそが、「誠の人」の生き方をするのが筋だろう。

職人畑にちかいせいもあって、いろいろ、話をきくけど
今の多くの機械などなど、
それをささえてるのは、小さな町工場の職人さんがつくる
きわめて精度の高いねじ1本
精度がほんの0,00001くるっても
そのつみかさね、【たとえば、タワーをつくっていくとか、飛行機をつくっていくとか)の果てに
狂いが生じて大きな人災をうむ。

だからこそ、妥協のないものづくりをしていくわけで、
こんな日本の町工場のおっちゃんの熟練と技術があってこそ。

そんな風にありがたい人がいっぱいいるんだってことを
もっとしっていかなきゃならないんだとおもう。

先日もはるな愛が君が代を歌うとかで
いろいろレッスン風景をみていたのですが
くじけそうになったとき
ロスアンジェルスだったかな・・そこで
はるな愛が歌うことに意義があるんだって
あそこは、ゲイの発祥地?で、
そこで、女よりよほど「女らしい」しぐさや女のもつ度胸のよさ?ハート・・
もう、ゲイなんてものを超越した存在としての先駆者になった貴方だからこそ
君が代をうたえる。・・と。

君が代の歌詞の意味合いもそのような内容ですよね。

どのようなことでも、
精度を極める。
そこがポイントのようにおもえてきた昨今です。

第3の目 第4の目

目はほうしゃのうをおびる。

放射  脳 能  を帯びる

いわゆる、目力とか、いわれたものだけど
もっと、雰囲気でいうと、
た*かの宣伝みたいに
まわりに、光を放射する。

むろん、実際に放射光を感受するところは
いわゆる、第3の目ということになる。

前回、少し書いた、透明な三角錐の中心に緋玉がうかんでいるイメージ。
これは、プリズムと良く似ている。

プリズムを通して見たもの。

つまり、緋玉が第3の目であると考える。もとい、第4の目

外界・・光が入ってくる方向に映っている像
を、
第4の目をとおしてみると
光彩がみえてくる。

第3の目が内なる自分を見つめるというのであれば
第4の目は光に彩どられた外界を見せてくる。

第3の目であるいは見つめられるものは
正邪などという二次元的なものの見方であるが
第4の目でみていくと、すべてが光に吾宿られているとわかる。

ところが、このプリズムには、同じように下半分がある。

ピラミッドの底面をふたつ足したような構造
原子の構造のように、
おのおのの頂点
5つの頂点に赤い原子核のようなものがある。

そして、今のところ、した半分のプリズムの中心の緋玉は
目をつぶっている。

現状ではこれが、精一杯のようである。

フリーメーソンのピラミッドの表面の目は
実は、第4の目を封印してい田と思われる。

田の字も十で口に封印を施している。
口と書いて(たのうちじゅうない((田の内、十無い))と、よませる。

現在に至って、
第3の目だけでは、よみとれないところがでてきていて
第4の目でよみとってみるということが、
必要になってきていると思われる。

いずれ、第5の目が開かれると、
4,5の緋玉から光が放射される。

すると、どうやら左右対称に同じ物があるようで
これが、物質化してきて
4角錐が底面で設置した
文字通り正八面体?のプリズムができてくる。

おそらく、プリズム【三角錐】が4っつという格好で
おのおのに緋玉がこめられている。

それが、光を帯びたとき

八面体(ダイヤモンド?)は浮上する。

ちょうど、ラピュタの中の浮上装置のようなもの。

こういうものが人間の身体に備わっている。

おのおのの八面体をかがやかせるところまで
到達できた人間が
相乗効果で(振動)(共振)(神童、狂?信)
地球のピラミッドにはたらきかけができる。

これにより、地球の次元上昇が成し遂げられる。



どこかで、和の考えは
すでにスサノオからあったということをかいた。

以前書いたように、
日本はいろんな精神を当たり前のように会得し
生活にとけこんでいた。

どこかで、それが、くずれだしたか?
たとえば、聖徳太子が
和をもって尊しと、明文化(意識化)しないと
わけがわからなくなってしまっていたから、
あえて、文字にしていたと思える。

今回、どこかの文書をとってきてはりつけたのにも、いくつか、
認識があやふただったことを思ったから。

西郷隆盛の西南の役について
司馬遼太郎は
最初は決起をとめたという。
だが、もうわきだしてしまった血がおさまらないとわかったとき
あえて、自分が陣頭指揮、担ぎ出されることを選んだ。

このあたりは、
すでに、古代史の中の苦似譲りのときに
大国主命によっていわれている。
「私がさからったら、多くの国津神(地方豪族)もさからって、決起するだろう
だから、それを沈めるためにも、私は幽界にいってそれをおさめよう」

このあたりのところは、実際には相応の戦いがあった。
事代主(子)にきいたというのは、
どうすべきかということを子(根)にたずねたわけで
彼は「国をゆずりましょう」といったわけです。
そして、事代主は逆拍手をうって、こものなかに身をかくした。
ところが、たけのみなかたは
独り逸れてしまい  多くの納得できないものや
たけのみなかたにがいうのならというものやらを先導してしまった。

そのふたつの出来事から
大国主命は
事代主の出来事で自分の身の振り方と
従わなかったら、どうなるかがわかり、

国を譲り、自分はカクレタ(死んだ)
たけみかずちたちの霊などなどを
いさめるため・・鎮めるため・・幽界にいく


「汝の言う事はもっともなことで有る。更に条件を告げる。汝が治める現世の事は、私の御孫が治める。
汝は幽神(かくれがみ)を治めよ。
また、汝の住むべき天之日隅宮(あめのひすみのみや)は今から作る。
天之日隅宮・・・天の日【魂・御霊】住む身や(人間の体)

それは、千尋の綱で百八十(ひゃくやそ)に結び(=しっかり結び)。
御霊の緒は天に結ばれている。

また、その宮の作り方は、柱は高く太くし、
心は高く太くし

板は厚く広くし、
胸板は厚く広くする。(心が広い、胸が厚い)
心が広くなるように、厚い心をもてるように
心の居場所である胸を厚く、広くする。

豊かな田で作った物を供えよう。
豊かな田  で、つくったもの  実り  
努力した結果・・・実り

そこで作る作物が実り茂る事を祈ろう。
がんばって勢だして、(今で言う、)創造してほしい。
悪しき心で 作ったものはよからぬことになるもの。
良き実りあるものになるようになってほしい。

 また、海に行って遊ぶ時の為に、高い橋と浮き橋と天鳥船を供えよう。
天之安河に打ち橋を作ろう。
うみ  宇の身になってあそぶときには、 宇にこれるように ・・
生まれて、あ、そぶ(滅びる)ときには
海に行く【清める】・・清めて我をなくすときには ・・・。

また、百八十の白い盾を作り供えよう。
思いつかない・・・
108の煩悩と72の徳?とで、己をきたえられるようにしてあげよう。

汝の祀りを司るのは天穂日命(あめのほひのみこと)である
貴方が自分を統制するようにつかさどるのは、あめのほひのみことである。
あめのほひのみこと・・・  天の実ったさま ひのみこと・・・御霊のいのちである
いのち、  血の意・・・思いの意」

と、なると、幽界というのは、幽霊の世界ばかりでなく
現在の現実も  幽界ということに解釈できる。

そして、大本神喩もことさらに地獄などない。人が作るものである。

と、いうわけだから

人間の中に天があるのなら
星(祖先などがいる場所)もあるし
地(現在の世界)もあるし
空というのが、腹の中といっていいかもしれない。
海原ともいうし・・・海も在る。
海があるから、「産み出すことも可能」

宇宙が自分の体の中にある。
もっと、いってしまえば
地球を含む銀河があるといえる。
のの字のような、銀河。


空海は
空と海をのみこんだビジョンをみて
空海となづけたそうだ。

自分の出来事が
地球に影響されるのは
当然といってしまえば当然のことなのだと思える。

人間の体もアストラル体とか、いろいろ、あるようで、
ここらは、
オーラとかで、だいぶ解明されてきているようだけど

御霊がひらいているというのは、
あるいは、もうひとつの外側の体への出入り口?が開いているという意味合いかもしれない。

置き換え

独逸 ひとり ハズレル 自分だけわかる

伊太利亜 意識?は太いが 自分だけの理にかなう

ナゼ、日本がすばらしいのか

素原思惟   すばらしい

原のままの思い  

原・・・原始時代 原子   元のまま

元、  元も子もない  

拝借

http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/sendaikuji_3.htm

「汝の子等の事代主神と建御名方神は天神の御子の詔のままに逆らわないと言った。汝の意思は如何なのだ」

と問うた。大国主神は

「我が子が逆らわないと言うのであれば、私も逆らわない。この葦原中国は詔に従い奉ります。私が住むところを天神の御子が治めるために住まわれる宮殿のように、底津磐根(そこついわね=地の底に有る磐)に太い宮柱で高天原に届くような高い宮殿を作っていただければ、隅の方に隠れて居ましょう。また、我が子の百八十神は事代主神を指導者として使えていますので、逆らう神はいないでしょう。」

そう言って、大己貴神と事代主神らは去った。また、

「もし、私が防ぎ戦うと国内の神は同じく戦うでしょう。私が去るので、誰も敢えて逆らわないでしょう。私は、国を平定するとき廣矛を持って行いました。二神に申し上げる。私はこの矛を持ち平定に成功しました。天の御子がこの矛を用いて国を治めるならば、必ず平安になるでしょう。今から私は隅の方に隠れます。」

そう言って、隠れられた。

二神は逆らう諸神を誅した後、出雲の国の多藝志(たぎし)の小濱(こはま)に天之御舎(あめのみあらか=宮殿)を作り、水戸(みなと)の神の子孫の櫛八玉神(くしやたまのかみ)を膳夫(かしわで=料理人)として、御饗(みあえ=供え物)をささげさせた時、祝言を述べて、櫛八玉神は鵜になり、海の底に潜り、底の埴輪を咥えて出てきて天八十毘良迦(あめのやそひらか=多くの平たい皿)を作り、海草の幹を刈取り燧臼を作り、藻の幹を刈り取り燧杵を作った。両方をすり合わせて火を作り、

「私が作った火は、高天原の神皇産霊御祖尊(かみむすびみおやのみこと)が治められる新しい宮殿にすすが長くたれるまで焼き上げ、下は底津磐根を焼き固め、楮の縄を長く打ち釣をする海人の釣り上げた鱸をさらさらと引き寄せ上げて、机もたわむほど立派な天之真魚咋を差し上げましょう。」

と言った。経津主神と武甕雷神は天に還り登って、復命した時、高皇産霊尊は経津主神と武甕雷神の二神を還し遣わして大己貴神に

「汝の言う事はもっともなことで有る。更に条件を告げる。汝が治める現世の事は、私の御孫が治める。汝は幽神(かくれがみ)を治めよ。また、汝の住むべき天之日隅宮(あめのひすみのみや)は今から作る。それは、千尋の綱で百八十(ひゃくやそ)に結び(=しっかり結び)。また、その宮の作り方は、柱は高く太くし、板は厚く広くし、豊かな田で作った物を供えよう。そこで作る作物が実り茂る事を祈ろう。また、海に行って遊ぶ時の為に、高い橋と浮き橋と天鳥船を供えよう。天之安河に打ち橋を作ろう。また、百八十の白い盾を作り供えよう。汝の祀りを司るのは天穂日命(あめのほひのみこと)である」

と仰った。大己貴神は

「天神の仰る事はこの様に行き届いている。敢えて、逆らうことが有りましょうか。私が治める現世の事は皇孫がなさってください。私は退いて、幽神を治めます。」

と言った。岐神(ふなどのかみ)を推薦して二神に

「私に代わって従うでしょう。私はさらしていただきます。」

そう言って、瑞之八坂瓊を被って、永遠に隠れられた。経津主神は岐神を道案内とし、各地を巡って平定した。逆らうものが居れば、斬り殺した。従うものには褒美を渡した。この時従うものは大物主神と事代主神で有る。八十万(やそよろず)の神を天高市に集めて、率いて天に登り誠を披露された。


この時、高皇産霊尊は大物主神に

「汝が、もし国津神を妻としたなら、私は汝に異心があると考える。それゆえ、今、私の娘の三穂津姫命(みほつひめのみこと)を汝の妻とする。八十万の神を率いて皇孫に永遠に仕え奉れ。」

と仰り還り降りさせられた。紀伊の国の忌部の遠い先祖の手置帆負神(たおきほおいのかみ)を作笠(かさぬい=笠作り)とした。彦狭知神(ひこさちのかみ)を作盾(たてぬい=盾作り)とし、天目一箇神(あめのひとつのかみ)を鍛治とし、天日鷲神(あめのひわしのかみ)を作木綿(ゆふつくり=布作り)とし、櫛明玉神(くしあかるだまのかみ)を作玉(たますり=玉作り)とした。天太玉命(あめのふとたまのみこと)を弱い肩に太い襷を掛けるように、御手代(みてしろ=天孫の代理)とし、神を祀のはこれが始まりである。また、天児屋命は神事(かみわざ)の総元締めである。ゆえに、太占の占いで奉仕するのである。


高皇産霊命が

「私は天津神籬(あまつひもろぎ)及び天津磐境(あまついわさか)を葦原中国に作って、私の子孫に祝い祀らせよう。」
と言われた。そして天太玉と天児屋の二神を天忍穂耳尊に副え従わして天下る時に天照大神は手に宝の鏡を持って天忍穂耳尊に

「我が子よ。この宝の鏡を私と思いなさい。共に床を同じくし共に宮を同じくして祝と為しなさい。天の日嗣の栄えは天槌が無窮で有るのと同じである。」

と祝の言葉を仰った。八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)と八咫鏡(やたのかがみ)草薙剣(くさなぎのつるぎ)の三種の宝物を授けて永く天璽(あまつしるし)とした。矛と玉は自ずから従った。天児屋命と天太玉命に

「汝等二神は同じ宮殿に居て良く守りなさい」

と仰った。天鈿女命を同じように副え侍らせた。常世思兼神と手力雄命と天石門別神に

「この鏡は専ら我が御魂として祀りなさい。」

と仰った。思兼神は御前で政治を司った。この二神は佐古久斯侶五十鈴宮(さこくしろいすずのみや=伊勢神宮)を祀っている。次に豊受神(とようけのかみ)は外宮の渡會に座される神である。次に天石門別神(あめのいわまどわけのかみ)、亦の名を櫛石窓神(くしいわまどのかみ)と言う。亦は神石窓神(かみいわまどのかみ)と言う。この神は御門の神である。次に手力雄神は佐那(さな)の県に居ます。次に天児屋命は中臣の先祖である。次に天太玉命は忌部の先祖である。天鈿女命は猿女の先祖である。次に石凝姥命(いしこりどめのみこと)は鏡作の先祖である。次に玉屋命(たまのやのみこと)は玉作の先祖である。

 これで神五部(かみのいつとも)の随伴する神を配した。

次に大伴連(おおとものむらじ)の遠い先祖の天忍日命(あめのおしひのみこと)は来目部(クメベ)の遠い先祖の天?津大来目(あめのくしおおくめ)を率いて背に天磐靫(あまつのいわゆき)を負い、臂に稜威高鞆(いいつたかとも)を着けて手に天梔弓(あめのはしゆみ)と天羽羽矢(あめのははや)を取り八目鏑(やつめのかぶと)を副えて頭槌剣(きつちのつるぎ)を帯て天孫の御前に立ち先駆けをした。

「私は天津神籬及び天津磐境を作り、我が子孫を斎奉りなさい。」

と命じられた。また、

「汝、天児屋命と天太玉命の二神は共に宮殿に居て良く守りなさい。我が高天原にある、斎庭之穂(ゆにわのほ)を我が子に与えなさい」

と仰られた。また、

「天太玉命は諸部神(もろとものかみ)を率いてその職を共に奉りなさい。天上で行うようにしなさい」

と仰られた。諸神に共に従いなさいと命令された。また、大物主神に

「八十萬神を従えて、永遠に皇孫を守り奉りなさい」
と命令された。正哉勝勝速日押穂耳尊(まさあかつかちはやひのおしほみみのみこと)は高皇産霊尊の娘の栲幡千千姫萬幡姫命(たくはたちちひめよろずはたひめのみこと)を妃とし、天上で子が生まれた。名を天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)と言う。この皇孫を親の変わりに天下らせようと思われた。天照大神は

「言う通りに天下りさせて良い」

と許可された。天児屋命と天太玉命及び諸部神等を伴として授け、また召し物一式も前例のごとく授けられた。その後、天忍穂耳尊は再び天上に還られた。太子である正哉吾勝勝速日天押穂耳尊は高皇産霊尊の娘の萬幡豊秋津師姫命(よろずはたとよあきつしみめ)またの名を栲幡千千姫萬幡姫命を妃とし、二人の男の子が産まれた。兄を天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)と言い、弟は天饒石国饒石天津彦彦火瓊瓊杵尊(あめにぎしくににぎしあまつひこひこににぎのみこと)と言う。

平田 篤胤

平田 篤胤(ひらた あつたね、1776年10月6日(安永5年8月24日)-1843年11月2日(天保14年9月11日))は、江戸時代後期の国学者神道家思想家医者出羽久保田藩(現在の秋田市)出身。成人後備中松山藩士の兵学者平田篤穏の養子となる。幼名を正吉、通称を半兵衛。元服してからは胤行、享和年間以降は篤胤と称した。号は気吹舎(いぶきのや)、家號を真菅乃屋(ますげのや)。医者としては玄琢を使う。死後、神霊能真柱大人(かむたまのみはしらのうし)の名を白川家より贈られている。

復古神道古道学)の大成者であり、荷田春満賀茂真淵本居宣長とともに国学四大人(うし)の中の一人として位置付けられている。

概要[編集]

当初は、本居宣長らの後を引き継ぐ形で、儒教仏教と習合した神道を批判したが、やがてその思想は宣長学派の実証主義から逸脱した神秘学的なものに変貌していった。篤胤の学説は水戸学同様幕末の尊皇攘夷の支柱となった。

篤胤は独自の神学を打ち立て、国学に新たな流れをもたらした。神や異界の存在に大きな興味を示し、死後の魂の行方と救済をその学説の中心に据えた。また、仏教儒教道教蘭学キリスト教など、さまざまな宗教教義なども進んで研究分析し八家の学とも称していた。西洋医学、ラテン語暦学易学軍学などにも精通していた。彼の学問体系は知識の広範さゆえに複雑で錯綜しており、不自然な融合もみられる。篤胤の復古神道は平田神道と呼称され、後の神道系新宗教の勃興につながった。

篤胤の学説は学者や有識者のみならず、庶民大衆にも向けられた。一般大衆向けの大意ものを講談風に口述し弟子達に筆記させており、後に製本して出版している。これらの出版物は町人・豪農層の人々にも支持を得て、国学思想の普及に多大の貢献をする事になる。庶民層に彼の学説が受け入れられたことは、土俗的民俗的な志向を包含する彼の思想が庶民たちに受け入れられやすかったことも示している。特に伊那の平田学派の存在は有名である。後に島崎藤村は小説『夜明け前』で平田学派について詳細に述べている。倒幕がなった後、明治維新期には平田派の神道家は大きな影響力を持ったが、神道を国家統制下におく国家神道の形成に伴い平田派は明治政府の中枢から排除され影響力を失っていった。

生涯[編集]

養子入りまで[編集]

1776年安永5年)8月24日出羽久保田藩の大番組頭であった大和田清兵衛祚胤の四男として久保田城下の下谷地町(現在の秋田市)に生まれる。

故郷を捨て江戸に出奔する20歳のときまでの事跡ははっきりしないが、現存する史料から不幸な幼年期を送ったと見られる。のちに自著で「己は何ちふ因縁の生れなるらむ[1]」と苦言を述べている。一説によると両親に育てられなかったともいうがはっきりしない。父親からは、頭が悪く落ちこぼれと見なされて、出仕することを許されず、雑用をさせられていたという。

20歳になったばかりの1795年(寛政7年)1月8日に出奔し、遺書して国許を去った。正月八日に家を出るものは再び故郷に帰らない、という諺にちなんだという。篤胤はこの郷土出奔の経緯については晩年になっても詳らかに語ってはいない。当時の秋田藩は財政危機にあって、藩士の給料から強制借上げが恒常的に行なわれていた上、継嗣争いで御家騒動なども起きており、非常に不安定な情勢にあった。無一文同然で頼る処とてなく江戸に出た篤胤は、苦学し生活を支える為に数多の職業に就き、火消しや飯炊きなどもしている。

1800年(寛政12年)25歳の折に勤め先の旅籠で備中松山藩藩士代々江戸在住の山鹿流兵学者であった平田藤兵衛篤穏(あつやす)の目にとまり養子となる。養子となったいきさつには様々な伝説があるが、詳細は不明である。翌年の1801年(享和元年)篤胤26歳の時、駿河沼津藩石橋常房の娘・織瀬と結婚する。

宣長への私淑から著述へ[編集]

本居宣長については、没後2年経った1803年(享和3年)に初めて知ったようである。没後の門人として加わるために本居春庭に宛てた書簡によると、夢に宣長が現れて、そこで師弟関係を結んだと述べている。また、のちの伝記によると、1801年(享和元年)に本居宣長のことを知り、その門下に加わろうとするが、同年に宣長は没し、没後の門人としてその名を鈴屋塾に置いたとされる。篤胤が宣長のことをその存命中に知ったとしたのは、平田篤胤の学派を国学の正統として位置付けるための後世の改竄ともいわれる。購入した宣長の著作『直日霊』や『初山踏』『玉勝間』『古事記伝』及び附録として傳の中に紹介されている服部中庸(箕田水月)の『三大考』の宇宙観には特に魅せられ、後に宣長の後継者となった鈴屋の本居大平に会い師弟となり、中庸に会う。中庸は、古道の本義を伝えるよう篤胤に依頼している。

宣長の事を知った1803年(享和3年)に処女作『呵妄書』を著し、以後、膨大な量の著作を次々に発表していく。篤胤の執筆する様子は、何日間も寝ずに不眠不休で書きつづけ、疲れが限界に来たら、机にむかったまま寝て、十分に寝ると再び起き、また書きつづけるというものだった。

篤胤30代前半の著作や先学の伝記及び文献資料などから類推すると、1805年(文化2年)から06年(3年)にかけて当時すでに『鬼神新論』『本教外編』などの論考を著述し幽冥の存在や有神論を肯定している。

1806年文化3年)より私塾・真菅乃屋を開き、門人を取っている。のち1816年(文化13年)に気吹舎に改称する。

1812年(文化9年)、37歳のとき、中庸の思想を基盤とし、後に篤胤の唱える平田八家の学の中核に位置するとされる『霊能真柱』を書き上げる。すでにこの頃には平田学の思想の根幹が確立されており、『古道大意』『漢学大意』『医道大意』『俗神道大意』『仏道大意』『歌道大意』などの講本を多く執筆した。

『霊能真柱』は篤胤にとって、分岐点ともいえる重要な書物だったが、本居学派の門人達は、この著作の幽冥観(死後の行方)についての論考が亡き宣長を冒涜しているとして憤慨し激しく非難し、篤胤を山師と罵るなどした。そのため、篤胤は伊勢松坂の鈴屋から疎遠になっていく。しかし、篤胤の論考は出雲神道として取り入れられ、その後の神道のあり方に強く影響を与えた。なお、篤胤は、『霊能真柱』を書き上げた年に愛妻織瀬を亡くしている。妻に対する憐憫の思いはことのほか強く、「天地の 神はなきかも おはすかも この禍を 見つつますらむ」と神への憤りや遣る瀬無さを歌に托し詠歌している。

1811年(文化8年)大いに奮発する事があって師走には駿河国府中の門人柴崎直古の寓居に籠もり、後に平田学の中核的中心教義となる、『古史成文』『古史徴』『古史伝』など古代研究の本を一気に数多書き上げる。

1815年(文化12年)、40歳のとき、この年大いに著述を急ぎ草稿数巻成れりとある。翌年の四月には鹿島神宮香取神宮及び息栖神社に詣で、序に銚子辺りを廻り諸社巡拝して、天之石笛という霊石[2]を得たことにちなんで、家号を伊吹乃屋と改め、大角とも名乗るようになる。1817年(文化14年)(42歳)には、この旅行の顛末をしるした『天石笛之記』が書かれている。

文政3年秋の末で、45歳のころ、江戸で天狗小僧寅吉の出現が話題となる。この噂の発端は江戸の豪商で随筆家でもある山崎美成のもとに寅吉が寄食したことにある。寅吉は神仙界を訪れ、そこの住人たちから呪術の修行を受けて、帰ってきたという。篤胤はかねてから異界・幽冥の世界に傾倒していたため、山崎の家を訪問し、この天狗少年を篤胤は養子として迎え入れ、文政12年まで足掛け9年間世話をしている。

篤胤は、天狗小僧から聞き出した異界・幽冥の世界の有様をまとめて、1822年(文政5年)に『仙境異聞』を出版している。少年を利用して自分の都合のいいように証言させているに違いないと批判されたが、篤胤本人は真剣で、寅吉が神仙界に戻ると言ったときには、神仙界の者に宛てて教えを乞う書簡を持たせたりもしている。『仙境異聞』に続いて『勝五郎再生記聞』『幽郷眞語』『古今妖魅考』『稲生物怪録』など一連の幽なる世界の奇譚について書き考察している。

49歳から54歳までの数年間、支那や印度の古記文献や、異国に於ける仙人や神の存在について研究する。この時期『葛仙翁伝』『扶桑国考』『黄帝傳記』『赤縣太古傳』『三神山餘考』『天柱五嶽餘論』他数多の道学的な本を物し道蔵などの経典を読んでいる。

1818年(文政元年)には門人山崎篤利の養女と再婚する。妻は織瀬の名前を継いだ。この間、現在の埼玉県越谷市の久伊豆神社境内に仮の庵をむすぶ。同境内には篤胤お手植えの藤があるほか、篤胤を偲ぶ石碑もある。

上京〜晩年[編集]

1823年(文政6年)に、著作を朝廷に献上する、若山(現和歌山)の本居大平(鈴屋一門の後継者)・松阪本居春庭(宣長の子)を訪れる、宣長の墓参をするなどの目的で上京し、関西を周遊している。

7月22日に江戸をたった際に「せせらぎに潜める龍の雲を起し 天に知られむ時は来にけり」と詠んだことから、上京にかける意気込みが知られる。

8月3日熱田神宮に参詣し、8月6日京都に到着した。富小路貞直を通して光格上皇に、また門人六人部節香是香を通して仁孝天皇に、それぞれ著作を献上した。

一方、篤胤の鈴屋訪問の報は鈴屋の門人たちに騒動を巻き起こし、斬新的な著作により既に異端の門人とされていた篤胤をどう迎えるかで意見が分かれた。親・篤胤派の代表であり、篤胤に大きな影響を与えた『三大考』の著者である服部中庸は篤胤を高く評価し、篤胤こそ宣長の後継者に相応しく、どの門人も篤胤には及ばないとまでいった。一方、反・篤胤派の代表としては、京都の城戸千楯[3]や大坂の村田春門が挙げられ、篤胤はさまざまな書物を恣意的に解釈して、強引に理屈をつけていると批判した。

篤胤は京都の鈴屋の支店のようなところを訪れ、服部中庸と交流している。京都で篤胤と接触した門人たちは、篤胤に関する批評の手紙を大平に送っている。大平が整理していたそれらの篤胤の批評は、やがて人手を介して写本が篤胤に伝わり、のちに平田鐵胤が論評と補遺を加えて『毀誉相半書』という名で出版している。

本居大平は、『三大考』をめぐる論争で篤胤に厳しく批判されていたが、門人の一人として篤胤をもてなすことにした。訪問に先立って篤胤が送った「武蔵野に漏れ落ちてあれど今更に より来し子をも哀とは見よ」という歌に対して、大平は「人のつらかむばかりものいひし人 けふあひみればにくゝしもあらず」と返した。

両者の会談は友好的な雰囲気で行われ、篤胤は宣長の霊碑の1つを大平より与えられた。宣長の霊碑は、宣長自身によって3つ用意されていて、1つは実子である春庭のもとに、残る2つは後継者である大平のもとにあった。その大平が持っていた1つを篤胤に託したのである。

その後、伊勢神宮を参詣し、ついで松阪を訪れ、11月4日に念願の宣長の墓参を果たすが、その際に墓前に献じた「をしへ子の千五百と多き中ゆけに 吾を使ひます御霊畏し」という歌には、自分こそが正統な後継者であることの確信が表れている。松阪では鈴屋本家を訪れ、本居春庭と会談するなどして、11月19日に帰宅した。

壮年期以後の篤胤は1831年(天保2年)56歳頃から暦日や支那の哲学とも云われる易学に傾倒して行く。『春秋命暦序考』『三暦由来記』『弘仁暦運記考』『太皞古易傳』他以後古史本辞経(五十音義訣)や神代文字などの言語文字の起源も研究している。

1841年(天保12年)1月1日江戸幕府の暦制を批判した『天朝無窮暦』を出版したことにより、幕府に故郷の秋田に帰るように命じられ、以後の著述を禁止された[4]。秋田に帰った篤胤は2年後の1843年(天保14年)9月11日に68歳で病没する。この時点での門人は553人であり、1330人が没後の門人となった。

辞世の句は「思ふこと一つも神につとめ終えず今日やまかるかあたらこの世を」である。

ゆかりの地[編集]

墓所[編集]

平田篤胤の墓 (国の史跡)

墓所は秋田県秋田市手形字大沢21-1にあり、国の史跡に指定されている。


系譜[編集]

生家は千葉氏の一族で戦国期に佐竹氏に仕えた大和田家胤を祖とする大和田家であり、養子先は平家の武将・平家継の末裔を称する平田家で、どちらも桓武平氏の流れを汲んでいる。

子供は、先妻織瀬との間に2男1女いたが、男子は二人とも夭折した。1802年(享和2年)に長男常太郎が生まれ、1805年(文化2年)に長女千枝(千枝子とも)が生まれ、1808年(文化5年)に次男半兵衛(のちに又五郎と改名)が生まれた。常太郎は生まれた翌年に、半兵衛は1816年(文化13年)に没した。

平田鐵胤[編集]

1824年(文政7年)1月15日、唯一無事に成長した千枝が、伊予国新谷藩の碧川篤真と結婚した。碧川篤真は碧川好尚の実兄で、平田家の養嗣子となり平田鐵胤を名乗る。千枝はのちにおてう(お長)に改名し、また晩年には母の名である織瀬を受け継いでいる(1888年明治21年)3月没)。

鐵胤は内蔵介のち大角とも名乗り、1868年(明治元年)には神祇官判事に任じられ、明治天皇の侍講となり、ついで大学大博士に進み、のち大教正となった。篤胤の死後は家学を継承し平田学を普及させ、又先代の負債を清算した。著書に『祝詞正訓』がある。1880年(明治13年)10月15日鐵胤没す。享年82。なお、その後の平田家は、延胤盛胤(婿養子)、宗胤と続くが、宗胤には、子がおらず、1973年11月7日に死去、絶家となる。ただし、宗胤は、死去の前年絶家を認識しながら代々木平田神社を創立しており、その2代神主、米田勝安が、事実上平田家の名跡を継いでいるといえる。

思想[編集]

幽冥論[編集]

篤胤は、学問をするにはまず自らの死後の魂の行方を最優先で知らなければならないと断言した。そうして心の安定を得て、初めて学問に向き合えるとした。

本居宣長は、古典に照らして、人の魂はその死後、黄泉に行くと考えたともされる。黄泉の国は良くない国であり、そのことは逃れのないことで、だから死ぬことほど悲しいことはないと述べた。悲しいものは悲しいのであり、その現実をそのまま受け入れるべきだと説いた。

本居宣長の門人で、平田篤胤にも大きな影響を与えた服部中庸も同様に死者の魂は黄泉国に行くとした。ただし、中庸は黄泉国は空に浮かぶのことであり、その世界は須佐之男命月読命と同神だという)が治めていると考えた。

一方、篤胤は、他の学者のように他界を現世と切り離して考えたりはしなかった。黄泉の国の存在は認めたが、死者の国ではないとした。篤胤は、現実の習俗などから類推して、死者の魂は、死者の世界に行くが、その異界は現世のあらゆる場所に遍在しているとした。そして、神々が神社に鎮座しているように、死者の魂は上に留まるものだと考えた。現世からはその幽界をみることはできないが、死者の魂はこの世から離れても、人々の身近なところにある幽界にいて、現世のことをみており、祭祀を通じて生者と交流し、永遠に近親者・縁者を見守って行くのだとした。

これは近代以降、民俗学が明らかにした日本の伝統的な他界観に非常に近いといえる。逆に言えば、民俗学は、国学の影響を強く受けているということでもある。

現世は仮の世であり、死後の世界こそ本当の世界であるとした。これはキリスト教の影響である。篤胤は、キリスト教の教典も、『古事記』や仏典などと同じように古の教えを伝える古伝のひとつとして見ていたのである。

大国主命の主宰神説[編集]

篤胤によれば幽界は、大国主命が司る世界だという。大国主命は死者の魂を審判し、その現世での功罪に応じて褒賞懲罰を課すとしているが、死者が受けるその懲罰について、篤胤は詳細を述べていない。これは、篤胤の関心があくまで、この世における人生の不合理性の解決・救済にあり、為政者が望むような倫理的な規範の遵守を説くものではなかったことを示している。

この大国主命の幽冥界主宰神説は、篤胤以降復古神道の基本的な教義となり、近代以降の神道および政教関係を大きく方向付けることとなった1881年(明治14年)の祭神論争の出雲派の敗北で、公的には否定されるが、現在でも多くの神道系宗教で受け入れられている。

幽冥界の全体の主宰神は大国主であるが、各地のことはその土地の国魂神一宮の神や産土神氏神が司るとした。この発想は六人部是香に受け継がれ、発展させられている。

『仙境異聞』[編集]

「鬼神新論」「本教外篇」「古今妖魅考」「勝五郎再生記聞」「霧島山幽境真語」「稲生物怪録」「幽顕弁」などの一連の異界探究の論考の中に『仙境異聞』全五巻も含まれている。上の巻は三巻で下の巻が二巻そして此の中に「仙童寅吉物語」「神童憑談畧記」「七生舞の記」についての考察がなされている。当時この本は平田家では門外不出の厳禁本であり高弟でも閲覧を許されないといわれていた。内容を概略すると「此は吾が同門に、石井篤任と云者あり。初名を高山寅吉と云へるが、七歳の時より幽界に伴はれて、十四歳まで七箇年の間信濃国なる浅間山に鎮まり座る神仙(寅吉の師翁で杉山僧正と名乗る山人)に仕はれたるが、この間に親しく見聞せる事どもを、師の自ずから聞き糺して筆記せられたる物なるが、我古道の学問に考徴すべきこと少なからず、然れど此は容易く神の道を知らざる凡学の徒に示すべきものには非らず」と記載されている。

以前から異境や隠れ里に興味を抱いていた篤胤は、寅吉の話により、幽冥の存在を確信した。篤胤は寅吉を説得する事により、幽冥で寅吉の見えた師仙の神姿を絵師に描かせ、以後はその尊図を平田家家宝として斎祭った。寅吉が幽界に帰る際には、この師の住まわれると言う信濃国浅間山の隠れ里の山神に対して、篤胤自ら認めた手紙と自著「霊能真柱」を添え、又神代文字への質疑文を、寅吉に托し委ねて山神に献上手渡したという。これ等の経緯やその折に山神や寅吉に手向けた歌などを詠じた文や和歌を、仙境異聞の中に記述する。山神の図は現在東京代々木の平田神社宗家に大切に保管され、滋賀県大津の近江神宮では山神祭として定例の日に祭られている。


主な著書[編集]

  • 『呵妄書』
  • 『幽顕弁』
  • 『八家論』
  • 『鬼神新論』
  • 『古今妖魅考』
  • 『密教修事部類稿』
  • 『本教外篇』
  • 『勝五郎再生記聞』
  • 『古易成文』
  • 『悟道弁』
  • 『仙境異聞』
  • 『古易大象経成文』
  • 『伊吹於呂志』
  • 『神童憑談略記』
  • 『古易大象経伝』
  • 『童蒙入学門』
  • 『稲生物怪録』
  • 『三易由来記』
  • 『古道大意』
  • 『三神山余考』
  • 『象易正義』
  • 『俗神道大意』
  • 『七生舞の記』
  • 『太昊古易伝成文』
  • 『西籍概論』
  • 『霧島山幽郷真語』
  • 『太昊古易伝』
  • 『出定笑語』
  • 『赤縣太古傳』
  • 『欽命録』
  • 『歌道大意』
  • 『天柱五嶽考』
  • 『太昊古暦傳』
  • 『氣吹舎歌文集』
  • 『天柱五嶽考余論』
  • 『古暦日歩式』
  • 『志都能石屋』
  • 『五嶽真形図説』
  • 『古暦月歩式』
  • 『医宗仲景考』
  • 『葛仙翁文粋』
  • 『春秋暦本術篇』
  • 『大道或問』
  • 『葛仙翁伝』
  • 『太昊暦旋式』
  • 『霊能真柱』
  • 『黄帝伝記』
  • 『弘仁歴運記考』
  • 『古史成文』
  • 『神仙教化編』
  • 『牛頭天王暦神弁』
  • 『古史伝』
  • 『神仙行氣編』
  • 『古今日契暦』
  • 『古史徴』
  • 『神仙採補編』
  • 『家相九説弁』
  • 『古史徴開題記』
  • 『三十五本国考』
  • 『六家要指論』
  • 『玉襷』
  • 『神仙導引編』
  • 『孔子聖説考』
  • 『伯家学則演義』
  • 『神仙服薬編』
  • 『五種類考』
  • 『古史系図』
  • 『神仙方術編』
  • 『万聲大統譜』
  • 『古道太元図説』
  • 『春秋命歴序考』
  • 『五十音義訣』
  • 『天津祝詞考』
  • 『前漢歴志弁』
  • 『天朝無窮暦』
  • 『大祓詞再釈』
  • 『夏殷周年表』
  • 『祝詞正訓』
  • 『参考神名式』
  • 『皇国異称考』
  • 『大祓詞正訓』
  • 『校正諸神階記』
  • 『古今乞盗考』
  • 『氣吹舎筆叢』
  • 『毎朝神拝詞記』
  • 『巫学談弊』
  • 『氣吹舎日記』
  • 『年中神祭詞記』
  • 『皇国度制考』
  • 『氣吹舎文集』
  • 『神字日文傳・疑字篇』
  • 『古今交蝕囲範草』
  • 『伊吹伎廼屋歌集』
  • 『武学本論』
  • 『終古冬至格』
  • 『金匱玉函経考文』
  • 『神道玄妙論』
  • 『太一遁甲古義』
  • 『古史年暦篇』
  • 『古道大元顕幽分層図説』
  • 『玄学得門編』
  • 『玄学月令編』
  • 『幹支字原考』
  • 『大同本記逸文』
  • 『年中神祭詞記』
  • 『皇典語彙』
  • 『赤縣度制考』
  • 『天象古説図』
  • 『医宗脈言』
  • 『皇典文彙』
  • 『古学諄辞集』
  • 『家礼徴古編』
  • 『伊勢物語梓弓』
  • 『蘭学用意』
  • 『師長訓』
  • 『徴古歳時記』
  • 『五種類考』
  • 『千嶋白波附地図』
  • 『日女島考』

著作解題[編集]

  • 『新鬼神論』(のち『鬼神新論』として刊行)
1805年(文化2年)完成。1820年(文政3年)に刊行。この書名は新井白石の『鬼神論』を意識したもので、新井白石・荻生徂徠伊藤仁斎など儒者の「鬼神論」を論じたもの。神霊の実在を、内外の古典に照らして主張した。
  • 『本教外篇』(『本教自鞭策』)
1806年(文化3年)成稿。2巻。5部構成。キリスト教のいくつかの教典(艾儒略『三山論学紀』、利瑪竇(マテオ・リッチ)『畸人十編』、龐廸我『七克』)を翻訳したもの。直訳ではなく、自らの思想に合わせるように多少改変している。第5部については、パントーハの『七克』のほとんど全部に訓点を付けたもので「山上の垂訓」など、多くの聖書の句がおさめられている。研究ノート的な位置付けと考えられており、篤胤は公表しなかった。その事により後世まで残存したのかとも思料される。
代表的著書。未完。1811年(文化8年)に初稿ができ、刊行は1818年(文政元年)。全15巻の予定のうち、3巻(神代上中下)が刊行。『古事記』『日本書紀』をはじめ、『古語拾遺』や『風土記』などの古典が伝える神話を取捨選択し、篤胤独自の価値観に基づいて主観的に再構成したもの。推古天皇の代まで書かれる予定だった。草稿として7巻分(神功皇后まで)までが残っている。
  • 『古史徴』
代表的著書。1811年(文化8年)に草稿がなる。刊行は1819年(文政2年)。全4巻。1巻は「開題記」「春」「夏」「秋」「冬」と銘打たれた論考を収録。「開題記」は特に『古史徴開題記』としても知られる。「春」には神代文字に関する論考がある。2-4巻は、『古史成文』の編集の根拠が挙げられている。祝詞を重視していること、記紀のような古典だけでなく後世の諸書を活用していること、異神同一神説が多いことなどが特徴として挙げられる。
代表的著書。1812年(文化9年)成稿。1813年(文化10年)刊行。人間の死後の魂の行方を論じた書物。これをもって篤胤の学問の成立とする。服部中庸の『三大考』の影響を受けて、同書にならって、世界の成立の過程を図をまじえながら解説する。天動説地動説を考慮している。先妻織瀬の死んだ年に完成。この書が出て以降、復古神道で死後の世界への関心が高まる。現代の神道系諸宗教に与えた影響は計り知れない。
  • 『古道大意』
上下2巻。1811年(文化8年)に刊行。記紀神話による古道を理論的・体系的に解説。地動説的天体論を唱え皇産霊神を最高位の神として神話の真実性を説く。
代表的著書。1812年(文化9年)起稿。全37巻。本居宣長の『古事記伝』の形式にならって、自著『古史成文』を一段ずつ自ら注釈している。1814年(文化11年)に8巻まで刊行。生前に28巻が刊行される。全巻の刊行は1911年(明治44年)で、平田鐵胤の依頼で矢野玄道が篤胤の残した草稿を仕上げた。
代表的著書。全2巻。1822年(文政5年)刊行。神仙界を訪れ、呪術を身に付けたという寅吉からの聞書きをまとめたものである。寅吉は7歳のときに杉山僧正に伴われて、常陸の岩間山に行き、修行して幽冥界に行き、外国も廻ったと主張し、呪術を操って江戸で評判となった。このことを聞いた篤胤は最初に寅吉を保護していた山崎美成のもとから半ば強引に自分の家に連れてきて数年間住まわせた。篤胤は神仙界に住むものたちの衣食住・祭祀・修行・医療・呪術などについて、隈なく質問をして、その内容をこの本に収めた。
  • 『勝五郎再生記聞』
代表的著書。1822年(文政5年)刊行。死の世界から蘇った少年のことを取材してまとめたもの。多摩郡中野村(現:東京都八王子市東中野)の百姓源蔵の次男の勝五郎(9歳)が、自分は多摩郡程窪村(現:東京都日野市程久保)の百姓久兵衛の息子の勝蔵の生まれ変わりであるといった。1810年(文化7年)に6歳で死んだが、幽冥界で産土神である熊野権現(日野市南平8丁目の熊野神社か。)に会って、今の家に再生したと彼は言う。篤胤はその再生を大国主の幽冥事を分掌している産土神の計らいだと解釈した。
  • 『稲生物怪録』(いのう もののけ ろく)
全4巻。1806年(文化3年)に刊行。稲生武太夫がもののけを退治する絵巻物。篤胤の著作ではなく、4つの異本から校訂した。序文を記す。
  • 『古今妖魅考』
全7巻。1821年(文政4年)に刊行。『本朝神社考』の中の天狗に関する考察に共鳴して執筆した。天堂地獄が幻想に過ぎないことを説いた。

刊行本[編集]

  • 篤胤全集刊行会編『新修平田篤胤全集』(名著出版)全21巻
  • 岩波文庫(岩波書店)
    • 山田孝雄校訂 1992『古史徴開題記』
    • 子安宣邦校注 1998『霊の真柱』
    • 子安宣邦校注 2000『仙境異聞 勝五郎再生記聞』
  • 佐佐木信綱校註 1941『平田篤胤歌文集』(冨山房)
  • 斎藤一寛編 1945『俗神道大意』(日本電報通信社)

電子書籍[編集]

  • 1875『古易成文』(伊吹廼屋)全2巻
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[1][2]
  • 1879『童蒙入学門』
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[3]
  • 平田鉄胤 1881『毎朝神拝詞記』
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[4]
  • 1881『大祓詞正訓』
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[5]
  • 角田忠行 1885『歌道大意』
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[6]
  • 井上頼圀・角田忠行・平田鉄胤・平田胤雄・平田延胤・矢野玄道 1887『古史伝』全33巻
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[7](以下略。アドレスのNUM=00001の数字を変えれば、33巻まで見ることができる)
  • 北尾政美 1902『天満宮御伝記』(風月堂支店)
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[8]
  • 覚厳心梁 1906『印度蔵志』(神風会出版部)
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[9]
  • 出版年不明『赤県太古伝成文』(伊吹廼屋)
    • 国会図書館近代デジタルライブラリー[10]
  • 『仙境異聞』現代語訳[11]
  • 『勝五郎再生記聞』現代語訳[12]

その他[編集]

2006年8月22日放送の開運!なんでも鑑定団にて、篤胤のものとされる書簡を鑑定した結果、鐵胤の書簡であることが明らかになった。鐵胤は書簡のなかで、幕末の混沌とした政情の中王政復古が間近に迫っていることに言及している。

脚注[編集]

  1. ^ 『仙境異聞』
  2. ^ この岩笛は千代田区の平田神社宗家にある。
  3. ^ 城戸千楯は篤胤が来るに当たって妨害工作などもしていたらしい。
  4. ^ 激しい儒教否定と尊王主義が忌避されたともいわれる。

参考文献[編集]

  • 平成16年の別冊太陽「平田篤胤」号(平成16年5月23日発行、平凡社) - 平田神社米田宮司と作家の荒俣宏の対談を中心に宗家秘蔵の未公開資料が写真版を含め多数収録されている。内容は篤胤の神道思想から幽冥論・神仙研究・民俗研究・医道論・書簡日記にも及び、中でも宣長との「夢中対面図」をはじめ、「高根神の尊図」仙境異聞の中で寅吉から異界の模様を聞き糺し、仙境の模様を精密に筆写描写して絵図に描いた「七生舞の記」や「仙境図」・「霊宝五嶽真形図」などの他「稲生平太郎物語」や「おのころ島の図」「氣吹舎日記」などの貴重な資料集を写真公開している。

関連項目[編集]

思いを返す

霊界の掃除はもう、澄んだ。
と、いう言葉があって、
誰かが
では、なぜ霊能力者とかが霊界にいって
亡霊がいるとかいうのですか?
とたずねたわけです。

今回、少しずつ、心の整理をしてみると
確かに、 霊のつきやすい(みせてくる)状態の心をもっていたと
わかってきました。

霊がついたらいけないというのでなく
霊を成仏させようというのでなく
なぜ、自分に霊がつくのか。
ついた霊は、自分の心と同じ物にしかつけないわけです。

心の掃除をしていかないと、
どんどん、いろんな思い【霊=自分がつくりだしたもの)に
とりつかれて身動きできなくなってしまうのです。

実は、ここに書くことも、
禁じられます。

それは、なぜかというと、
みんなにしらせよう=
みんなにおしえようという
傲慢な心で書くからです。

そこで、
自分の心に書きますから
書かせてくださいとおねがいして
ここにかいてみたわけです。

かいた内容は別に教えるという内容でなく
自分が
いかに
もののけ姫のような状態になっていたかをさらすだけで
あとから、きがつくと
いい恥さらしをしていたという内容でしかないのに、

そこをさもきがつきましたという態度で
人につたえるということ自体
辞退すべきことなんだとおもわされるのです。

そこをあえて、かいてみて、
自分の築きにさせていただこうと思い返しています。

意識のおさらい

いろいろ、自分の「意識」を考え直していました。

こう、御霊という物事をしっていくと
今度はどこかで、御霊に侘びをいっていればそれでいい。
みたいな、いつのまにやらおかげ信仰になってしまい
おかげ信仰なぞという、当て込んだ思いは嫌だと、おもっていたはずが
しらぬうちに、よりかかっていて
「思いの立替」というのができなくなっていたと思うのです。

いろいろと、
人の思いなど、ひょいとわかるところがあって
喧嘩などしたりすると
「貴方は今こう思ったでしょう!!」
と、相手の痛いところをついたりしたことがあるわけです。

そこに帰ってきた言葉が
「霊能力者。 黙れ。こっちの本当の思いなぞわかるまいが!!」
と、ののしられたわけです。
実際、霊能力者=零能力者であるとおもっていたところがあり
ひけめになってるところを、思い切り罵倒されて
それでも、まだ、自分にきがつかなかったわけです。

結局、たとえば、喧嘩になったそもそもの思いがどこにあったかということを
考えもせず、
相手をへこませてやろうとするときに
そういう霊能力じみたものがでてきていたわけですから

零能力者でしかないわけです。
本当の霊能力者は
人のために己の霊能力をつかうわけです。

そして、いろんな不思議なことがあったわけですが
それらも、すべて、自分にいろいろ、おしえてくれるということであったときがついてきたあと
再び、 SPにもどってきて

やはり、意識がしゃべるような感じの声がきこえてしかたがなかったのです。

逆に、誰かの相談にのっていて、しゃべらされることが
自分に対してやっていけということだと、おぼろげにつかみはじめていました。

そして、
エンパスだといいはじめたとき
チャクラがぼわつくという状態がはじまっていて
これは、誰かの御霊とか、物(霊)とか、
自分の血とか、因縁とか 業とか
誰かを挟んで鏡にして、わかされてきてるなとおもったのです。

大きく覚えているところでは
ライトワーカーになるのは、ご辞退しましょうね。
と、いう上品なおばあさんっぽい声でした。

あまりにも、師の師ににているように思え、
まず、素直にそれをかいてみました。

なぜ、ライトワーカーを辞退しましょう。と、いわされるんだろう?
ライトワーカーになりたいと思う自分がいるのが本当だろうか?
そんなふうにすっと人にいえるようになれるのがうらやましいんだろうか?

など、かんがえていたのです。

そして、まず、思うままのところをかいてみました。
そうしないと、自分がみえてこないと思ったからです。

基本的に 憂生は 簡単に思いをきりかえるということができないたちです。

一番こだわっていたのは、
箱舟にかいたように、宇宙人に意識をのっとられるということでした。
エーテル体である宇宙人は あっさりと意識をのっとってしまう。
たのしいな。楽しいな。わくわくする。
という根拠のない意識をうえこみ、その楽しい思いで意識を支配してしまう。
おなじように、次元上昇だからと手を差し伸べてくる宇宙人もいるわけです。
一見、よさそうなことをいっているけど
本当の自分の心を意識であやつっているんじゃないかな?
そして、地球が本当におかしくなったとき、人が死んだとき
意識と一体になった魂を、のっとってしまうんじゃないかと。

つまり、幽霊が地上に残るのは
魂に重い思いがついているとき。で

同じように、わくわくだけさせておけば、魂は確かに軽くはなるだろうけど
上昇はしていない。

この状態は、半霊半人のまま、いきていけるだろうか?
それは、あるいは、死を意味しているだけではないのだろうか?

そうやって、あがっていった魂を宇宙人はどうするんだろ?

結局、空に上がるということは
従来なら、もう一度、うまれかわるか、
空の星になるか・・というところだったとおもうけど

憂生が教えられていることは
「うまれかわっちゃいけない。死んだら天にあがること。幽界にいっちゃだめ」
と、いうことだったのです。

このあたりで、おぼろげに、
死んで天にあがるということは
自分が今生でちゃんと果たしをしないとだめだ。
と、いうことだし
果たしができたら、「自分」という意識をもったまま天にあがれるということだとおもったわけです。

これは、子供のころに
自分が死んだら「自分」ってどこにいくんだろう?
自分という意識もなくなってしまうのだろうか?
自分のまま自分でありたい。
生まれ変わってしまって、自分が誰かもわからなくなるというのはいやだ。
と、おもったわけです。

今、思うと、それがひとつの【死に目】だったのかもしれません。

そして、まあ、ここしばらく、自分の心とむきあうということをやってきたわけです。
すると、いっそう、自分の中で声【思い)がひびいてくるのですが、
ああ、「自分の意識」なんだな。と少し冷静に観察するということをやってみたわけです。

「じゃまくさいなあ」
と、思うと
ーなるほど、こういう思いがあるのかー
と、他人事のように見てみます。
すると、もうひとりの自分?が
「そうやって、その心のままにうごいちゃだめだよ。それ、思いに支配されてるってことだよ」
と、おしえてくるわけです。
すると、よし、やろう。
と、いう風にきりかわるというのを体験したわけです。

そんな、ある日、
大山積神社に行こうという話しになって
なにか、他のブログでいろいろしらべていこうと
よんでいくうちに
なにか、恐れをかんじだしたわけです。

大山積神社で、浄化されたという方がいて、
ひどい病気になったとか。
本人はよろこんでいたのですが
憂生はろくなことしてないので、
これで、ぽっくり死ぬかもしれないとかwww

どうしても、不安と恐れがわいてきてしかたがなかったとき
ふと、
「おまえ、いたこやからなあ」(これ、たぶん相方の思い。(だから、生きてる人間の御霊からのメッセージだから、イタコではないってこととになるとおもう))
と、いう言葉が浮かぶわけです。
え?と思いつつ
だからなあ・・・というところがきになって
どういうことだろうと考えたら
「イタコは恐れ山」と、いう言葉がうかぶわけです。

霊能力者!!ひどい?いいかたかもしれないのに
なにか、素直に
ああ、だから、怖いとおもってしまうのか
と、おもったら ひょいと怖いという思いがなくなり

はあ、イタコだったのかとwww

それが憂生自身のことなのか、前世がうきでていたのか
あるいは、もっとちがうものだったのか
わからないけど、
(傍目をおく)第3の目?が少しひらいてきたのかも・・・。
と、いうより、
生きている人のほうに目がむきだしたというか。

まあ、憂生は勝手に
先日かいた
スサノオの 
「にぎはやひ・・はよう、天下をひっくりかえしてくれ」
という、
自分の中の天(御霊)が下になっている状態がなおったんだなという気がしているのです。

なにか、他のものに自分の御霊をさがしてみたり
観念的に太陽信仰をしていて
太陽の光で松果鱗が育つとか
DNAがかきかえられるとか・・・www

他力本願というか
自分の天を下にしていたなと
自分で物事一生懸命やらなきゃ
いくら、太陽がかきかえてくれたって
御霊は上昇してこない。

そんな状態がすでにおかしいわけで
スサノオはそこをついてくれたなと。

自分の御霊に焦点をおとしていくことで
太陽はそうやって、自分の御霊に焦点をあてていけば
DNAも松果林もかわっていくんだと。
現象の世界がおしえてくれていたとおもう。

なぜなら、
オーソーレーミーヨ  
惧れ見よ 私の太陽

で、あり
自分の中に太陽のような天(御霊?魂?)があることは
神道家が体内にもぐってくれて
目が痛くなるような金色の光があると
教えてくれていたわけで。

その光【太陽】は内側にあるんだから
内側のDNAや松果鱗をいちはやくかえてくれるというか
裏側に光をあびせてくれるというか・・。

ま、エンパスになったり、霊能力者になったり、サイキックになったり
イタコになったり・・・

まったく・・・
普通の人間でありたいといった憂生が
実にうそつきだったと・・・www

で、御霊が開くとそういう能力もでてくるんだというのも、うそじゃないとおもうけど
そういうところの思い込みで
普通の人間じゃなくなってるところをくるんでしまって
自分の能力がなぜでてきているかというところを
詮議しなかったと思う。

とは、いうものの、それでいろいろ、
自分に気がつかされたので
良かったと思っている。

そして、ふと、
何年もかかってやっときがつくなんてなんてこったとおもうと
すかさず、
大器晩成ともいおう
と、思いがわく。

なぜか、ちゃっかりそうだなとおもうことにしたら
なさけないなあって思いがどこかにいってしまったwww.

思いの切り替えって
ひとつにはこうだったよなって・・。

一箇所にとどまっていなかったよなあって・・・。

錘と重し

以前の文明が進んだところまでは
進化する。

たとえば ギリシャ・エーゲ文明が廃れたのは
ひとつに木をなくしたことによる。

自然を思うがままに
使い果たし 意志だけの文化になった。

メソポタミア文明は
二つの原始爆弾が引き金になった。

アトランティスは
アンドロイドに意識をもたせたため
たとえば  2000年問題のような磁気の影響?で
電子頭脳を破壊されたか
誰かの意志が、間違った命令をくだしたか
コンピューターウィルスのようなもので
暴走を始めたか

それらの、失敗に懲りた祖先は
星になって
いろいろな意識をあたえたり
人間のDNAが俯瞰  調整 をして
以前の文明の失敗をのりこえてきた。

おそらく、いくつかの文明が滅びた大きな原因は
ポールシフトだろう。

今、同じポールシフト【地極の移動】をむかえはじめているが
これに対して、太陽が
ある種の光をあたえ、
人間のDNAや松果鱗を鍛え始めている。

これが大本の言う 半分人間 半分 霊 の人間をつくるきっかけになる。

ところが、
何度か書いているように
霊のままに生きた肉体をもつということになるためには
霊体についている錘【おもり)をもたねばならない。

この錘というのは、
上に上がろうとする霊を(死の国へ行く)まっすぐしたに向かわせるもの。

誰かが勾玉は 垂直器だといっていたけど
その通りだと思う。

魂にまっすぐ下にさししめす。

いきながら霊の状態になるためには
まず、自分の霊にはいっている
重しを0にしていかなければならない。

そして、霊体の中をからっぽにする。

例えていえば、
おきあがりこぼしのようなもので、
ここに大きな錘を下にいれると
何度、ころんでも起き上がれるようになってくる。

この石が、先に入ると、
いろんな出来事にゆさぶられて、ころがりまくっても
きちんと、まっすぐ、立つことができる。

まだ、霊体の中に重しがあると
あっちにころび、そっちにころびして、
斜めになったままになったりするという状態にきがつかされて

二つの選択をする。

霊体の重しを取る。(業やカルマを重石になる心をとりのぞく)
人間の体部分に 適切な錘をいれていく。

おそらく、目覚めた人や
目覚めさせられる人間は

重しをとりのぞき
霊体を軽くしているだろうし
大きな石(意志という錘)を腹にもっているだろう。

半霊半人というのは、そういうことだろうと思う。

それが、今回与えられた新しい文明を築くという方法で
今、情報が氾濫しているのも、ひとつのゆさぶりで
その揺さぶりから、
自分の錘や重しがどういうものであるか
きがついていけるようになっている。

ふりまわされるなら、
どんどん、ふりまわされればいい。

その中で 必ず 自分の重しにきがつけるから。

何が正解かはわからないけど
まず、自分を知っていくということになる。

続きを読む

3神

埿土煑尊 ういじにのみこと

記・紀にみえる神。
天地が泥や砂のまじった混沌(こんとん)とした状態のときに沙土煑尊(すいじにのみこと)とともに生まれた。泥や砂が神格化されたものとみられる。「古事記」では宇比地邇神。

沙土煑尊 すいじにのみこと

記・紀にみえる神。
埿土煑尊(ういじにのみこと)と対になってあらわれる女神。天地のはじめ,水陸がしだいにわかれ砂浜があらわれてきたときに生まれた。土砂が神格化されたものとみられる。「古事記」では須比智邇神。

ウマシアシカビヒコヂは、日本神話に登場する神。天地開闢において現れた別天津神の一柱である。『古事記』では宇摩志阿斯訶備比古遅神、『日本書紀』では可美葦牙彦舅尊と表記する。

『古事記』では、造化三神が現れた後、まだ地上世界が水に浮かぶ脂のようで、クラゲのように混沌と漂っていたときに、葦が芽を吹くように萌え伸びるものによって成った神としている。すなわち4番目の神である。『日本書紀』本文には書かれていない。第2・第3の一書では最初に現れた神、第6の一書では天常立尊に次ぐ2番目に現れた神としている。独神であり、すぐに身を隠したとあるだけで事績は書かれておらず、これ以降日本神話には登場しない。

神名の「ウマシ」は「うまし国」などというのと同じで良いものを意味する美称である。「アシ」は葦、「カビ」は黴と同源で、醗酵するもの、芽吹くものを意味する。ここでは「アシカビ」で「葦の芽」のことになる。すなわち、葦の芽に象徴される万物の生命力を神格化した神である。一般的に活力を司る神とされる。

「ヒコヂ」は男性を表す語句であるが、この神は独り神であり性別を持たない。葦が芽吹く力強さから、中国から伝わった陰陽思想の影響により「陽の神」とみなされ、「ヒコ」という男性を表す言葉が神名に入ったものと考えられる。「ヒコヂ」は「コヒジ」(泥)の文字顚倒という説もある[1]。

出雲大社(島根県出雲市)本殿御客座、浮嶋神社(愛媛県東温市)などに祀られている。

自分は特別なものになりたい。

こういう思いをもって、生まれたような気がします。

それで、自分が特別なんだという意識がうまれるのですが、
現実の自分がそうでないため?
それらしくない自分をせめてみたり
逆にうぬぼれてみたり

そういう意識に振り回されてきたと思うのです。

ふと、
自分は特別なものにうまれてきたかった。
と、思ったとき
自分を特別にする必要はないんじゃないかと。
なぜなら、特別なのだからwww

そう考えたら
ふっと、意識がささやいてきたのです。
特別なものを支援しなさい。と・・・・。

この種明かしは
ちょっと、妙なのですが・・・。

先日から、ある方に対して
「ひふみ文書を読めばいのに。そこに書いてあることの意味がわかれば、もっとみえてくるものがあるのに」
と、思っていたのです。

一瞬の思いだったので、もうわすれていたのですが、
しばらくしたら、
その方がひふみ文書の意味をわかるようになりたい。
と、いい始めたのです。

そのうしろで、
憂生のほうに
「預かりました」と、いう言葉が浮かび上がっていたのです。

この現象にずいぶん 迷いました。

と、いうのも、2度目であり、
作用反作用のように、逆に憂生もいろいろ、思わされることがあったからです。

ついつい、不思議な現象をみてしまうと、
それは、なぜかという思いと
神秘をひもといてはならないという呪縛にかかり
自分でかんがえてしまうと

先の
「自分は特別なんだ」
と、いうプリズムをとおしてみてしまうのです。

自分がするべきことをしないから、
他の方がかたがわりしているんじゃないか?
と、いう考え方がおきてくると
では、自分がしようかとおもったら、
別の形で思ったことがあるわけです。

それは、御霊のことをはなしていこうとおもいだったわけです。
ひふみ文書は おそらくですが、
御霊のことについて、書いています。

そして、最後に変性女史である大元は
本物がでてきたら、退散じゃといういかたをしているのですが
憂生は憂生の師の師がそうであると思っています。

御霊という存在を認識していくことで
自我がみえてくる。

今のSPのかんがえかたと非常によくにているというか、
さきがけだったのだと思います。

おそらく、その根本は
特別なものを支援しなさい。と・・・・。

と、同じだったとおもいます。

憂生は先にそのとくべつなものを支援するという言葉を
特別にみえる人間を支援するという意味にとったのですが、

これは、特別なものを 御霊?に 支援するという意味合いで
支援するというのは
枝分かれしたもの・・・
元の根っこは愛であるのだけど
人それぞれの状態に応じて 自分に気がつかせていく。

と、いうことだったとおもうのです。

ゆえに素直にわかる人もいるし
えらいめにあってわかる人もいる。

えらいめにあって
やっと蛇の尻尾をつかんだ憂生にとって
自分って詰まらん人間だというせめがわいてきて
いろいろと、邪念とか意識だけで
これがそういう自分だったとわかったらそれでいいんじゃないかと
思ったわけです。
すると、
お前は今 愛 そのものだよ
と、いわれるのですが
やはり、こう確証?をもとめてしまうというか
なにも、思うことがない、へんに静まり返った状態で?
と、思ってしまうのです。

すると
きれいで、澄み切った水のようなものだから
あるのか無いのかわからない
波立ってもいないから
不安にかんじるだけで
愛はそこにちゃんとあるんだよ。

と。

ありながら、いろんな自分かわいいがとびだして
不安になったり、確証をもとめたがったり
なんでもないものが特別にみえたり
特別なものにきがつかなかったり

そんな中で
ふと、思った
「あれをすればよくわかるようになるのに」
と、いう支援の思いだけは
相手にとっても、受け入れられる思いだったのだと思います。

そして、
預かります。と、いわれたのは
本来、憂生がきがつくべきことが多くあったということでしょう。

どこかで、
楽に答えをみるような?
道をあるかずゴールはないという考えがあって
SPにしろ、妙な能力にしろ
それから、答えをえちゃいけないと思ってるところがあったのです。

問題は
自分の意識をどうかえていくかということじゃないか?
と、おもったのは
肉相手に戦いましてwww
浄化してやる、愛をこめてやる
と、
やってみて
結局、そういう意識を自分に植えつけたということだったと思います。

浄化も思い切り進んだと思いますし
先の文章でもかいたように
愛はこめられたようです。

*思い切り、かいてくれてありがとうございます。
納得しました。*(うかび)

蛙を書いたとき GAKUちゃんが
「ひさしぶりに、植えつけられる感覚というのをあじわった」
と、いってくれたのを思い出しました。

卑弥呼

邪馬台国はどこにあるのですか?

と、いう問いに

日本ではありません。

と、いうのがあって、
歴史を齧ってみるの中でも、いろいろ、考えたのですが・・・・。

まず、邪馬台国が地理上で計算したら
日本に在るとするのは、無理がある。

で、あるのに、歴史上や発掘などで、
にたようなものがあると、
卑弥呼がいたと漠然と思ってしまう。

あったとするなら
ヤマトの国 であり
いたとするのなら日神子
で、あろう。

ここで、又もでてくるのが、
うがやふきあえず・・にぎはやひ  である。

確か、うがやふきあえずは敦賀あたりで、すんでいたとかいう記述をみている。


ここで、宇気比をおこない(気比神宮)
やぶれたか・・・
日向という場所で、どっちへ向かうか
日にむかっていったところ、
塩坂越え  死をぎゃくにこえて
常神にたどりついた。

神殺しが天にたいする大きな謀反であるため
それを隠蔽しなければならなくなった。

そこで、
日神子を卑弥呼とよびかえさせて
封印したように

にぎはやひ【うがやふきあえあず)も封印された。

にぎはやひをまつる こも神社は 元伊勢として有名なところである。

にぎはやひの妻 みけつやひめ?が、 あるいは、本当のあまてらす?で

うがやおうちょうの血筋だったのではないだろうか?

けれど、本当の日神子をしなせてしまったので、
卑弥呼という名をかぶせて
アマテラスの名前と交換したのではないだろうか?

これをいうと、天皇の歴史にきずがつくということで
だすにだせないところがあったのではなかろうか。

だが、継体天皇が
おそらく、うがやふきあえあず王朝の血筋をのこしていたもので
ここが、はいってきて
天皇の血筋はににぎのちすじとにぎはやひのちすじが
はいってきて、合一されているのではないかと思える。

つまり、
本当のヤマトは高天原族で
邪馬台国は  ヤマト の台(いしずえ)になったもの 
で、その精神こそが 大和・・だったのだろう。

とはいうものの
心の反作用と同じで
にくまれたくないから、たたられたくないから
「大和ということにしておかないと、やばい」
と、考えたのではないかと思うのは
馬脚か・・・。www

ひなせの浜

ひなせ・・日生・・


で、ここまでが憂生の考えで

実際、邪馬台国が
日本になかったとしたら・・・
卑弥呼という存在はどうなるか・・・

鬼道をよくあやつりというところをみると
人の魂をよく操った?ということになる。

今の天皇をみていても、わかるが
鬼道などで人野心を操ったりせず
自分の行動・姿勢という現実の形で
人の心にともし火をともしている。

こうかんがえると、
卑弥呼というのは、
日本式ではない。

邪馬台国というのが、
たとえ、日本にあったとしても
卑弥呼の様式では
日本ではない。

と、いうことだろう。

さて、これらの話を自分にてりかえすことになる。

その話はいずれ・・・

覚書

戦いは不利である。
【理がない)

大本神喩のいうところの
この神は誤解をうけた・・というところ・・


十六夜  いざよう いざなぎーいざなみ  波がおしよせるさま  なぎとなみ

東天紅  吾亦紅 

便宜上

肯定、子爵 伯爵  

うとね  兎とね  

進化 真価 臣下 
君臣  君臣 の 臣 臣のした  

臣  君・・・意味を調べる

上昇 臣君 閣下

御霊の上昇により  臣君 君臣  
ならびかわる

左右  が違う。

脳と体の関係  左脳が右を扱い  右脳が左を扱う

富士は二二  夫婦が一文字・・・の左右が違う

三角   3
三角錐  4
裏三角錐  6角錐  

六角堂  胸  
水晶   柱

6つかしい
7-1=6
ひとつたらんを見つけるのがむつかしい

7 ほくと7星   ひしゃく
天のひしゃく

ひしゃく 水【理】を掬う

7つのチャクラ 日本

アマテラスの軌跡?

日本アルプス  日本の背骨?  屋根 

アルプス  世界の背骨   世界の屋根

ちょうちょうはっし  人間の脳に蝶ちょの形のものがある

海馬  たつのおとしごの形の脳  


日本の国の形   龍

大本神喩   人間の形

琵琶湖はおなか 羊水をたたえた姿?  竹生島  

沖の白石   赤子  (ひ)  

憂生の物語   沖の白石になった娘(山の神の娘)をいずながたすける

いずな   朋友  稲妻【いずな)  いず・・名


沖の白石に封印されているもの

若い山の神(幸ヒコ)の妻

封印されし、魂 

にぎみたま   三輪山?

あらみたま   富士山?

わみたま    琵琶湖  おうみふじ

富士の名前のつく山ーーーつかぬ名山  息吹山?

息吹山には鬼がいる


ご在所だけ・・・おおだいがはら















おとがい  


ゆすぶられる


先日から、仕事で、3,5という文字を打ち込むことがおおく、
「さんてんご」と、何度も口に出していたときに
ーあなないーと、いう意識がうかんでいたのです。
その間、頭の中は3歳くらいの知識?しかなく、
3,5を打ち込み、次の数字をうちこむのでも
さっぱり手順がわからなくなってしまって
なんで、こんなことさえできんのだとwww
思っていました。
あいかわらず、頭のうえには、
ぼーとしたかんじがあり
さすがに、こういうことがつづいていたので
数字をうちこむということは、何らかの意味があるのではないのか?
たとえば、現象の世界では数字をうちこんでいるのだけど
裏の世界では、DNA?の書き換えをしているのでは?
とか、じつにくだらないことを思うと、
やってみなきゃわからないし、
何かを期待?して物をやるのもおかしいとおもいつつ・・

場所は南の2階の奥で、この場所は
光が入らない場所でありながら
北側の窓から、裏側の家の窓からの反射で光が朝日が差し込むという
不思議な場所でもありました。

階下におりると、頭のぼーがとれ
2階の部屋にはいるとぼーとするということが
つづいたわけです。
なぜ、こんなことがおきるのだろうと
おもっていると
その場所の床下・・天井の裏で、
ねずみがしんでいたのを思い出したのです。
その死に様はすわったような格好で、
なぜか、ねずみ僧正のようで
のろいをかけながらしんでるようで、
ぞっとしたことをおもいだしたのです。

そして、そのことから、
子供のころにねずみとりにかかったねずみを
むごく殺したことをおもいだしたのです。

それをもうしわけないことをしたと
後悔したところ(反省?)
頭のぼーがとれてきたわけです。

たたりというのとは、ちがうかもしれませんが
うらみの念をかぶっているとおもってしまったところがあって
そこが、自分の中でおそれになっていたのだと思えます。

3、5(さんてんご)天のあなない(たすけあい)だったとおもうわけです。
やっていたことは人の仕事をたすける(てつだう)ということだったのですが
そういう仕事をするはずが、
自分の中におそれや、恐怖や・・・のこっていては
3,5のことはできない。
と、言うことだったのだと思います。

無断拝借です。(伊勢ー白山道さんより)
****古神道では、三五と言う数字の数霊(かずたま)を「アナナイ」と読ませます。これは古語であり、その意味は「助け合う」を意味しております。******

歴史を齧るというコンテンツをもっているのですが、
このあたりのことで、キリストは日本の古神道を学んだのではないかという考えを持っていました。
ルートとしては、インドの僧がエジプトに3万人も移住していたあたり、
エジプトで学んだ?とかんがえたのですが・・・
しっくりこなかったのは、そういう足跡が無かったことです。
ただ、稲や千木のことから、日本から、逆にインド方面に稲作をおしえた存在がいたのではないかと。
ピラミッドもそうで、インドのピラミッドもじつは、日本からではないかとおもえて
エジプトのピラミッドもそうであるのなら、
日本がなにもかもの、発祥ではなかったのか?とおもえていたので、
キリストも、日本に来たことがありえるとも思えたのです。

そして、この方もおっしゃっているように
日本は口伝の国なのであり、
生活様式の中にあたりまえのように、文章にのこさなくてもいいくらい、
礼儀とか、こういうものが浸透していたと考えたわけです。
たとえば、ご飯を食べるときにはいただきます。とか
たべおわれば、ごちそうさまです。とか、
ごく当たり前に命に感謝してきた国だったわけです。
その中で、古伸道などならうとしたら、
紙にかいた経典などでなく
自分が肌身でしっていくという口伝と
音霊・言霊と行(実際にやってみる)によって、学ばされるということが
多くあったと思えたわけです。
キリストは、日本の古神道を体得していたと思えて仕方が無かったのです。

それでも、そこにネックになったのは、
人づてに師の師が
「八戸の墓はキリストではない」と、いっていたのをきいていて
(どこで死んだかはどちらでもいいことですが)
日本にキリストがきた?あるいは、キリストは古神道の精神をもっている。
あるいは
仏教も本来は古神道からのもので、
口伝の国の日本にはたとえば、一子相伝みたいに
奥義・真髄ほど紙に残さなかったと思うのです。
あるいは、当たり前に生活感覚にとけこんでいたら、書かない。
たとえば、先にあげた
ごちそうさまやいただきますを
経典や、十ヶ条にかくわけがないのです。

逆に言えば、忘れるから、紙にかくわけです。
*****
アナナイは、ユダヤ教では最高神を呼称する「アドナーイ」へと、太古の時代に日本からユダヤ民族に伝承されたと霊視出来ます。*******

上も無断拝借してきたものです。

先日、日御碕神社にいって
奇妙に思ったことがあったのです。
千木の話でもかいたように、日御碕神社では
夜の日本を護れといわれたスサノオが
天命を受ける形の水平の千木をもち
あとからできた、あまてらすの社は守護の千木を掲げたつくりをしています。

昼の日本はアマテラスがまもれということで
(ういじに***うかび)
伊勢神宮がつくられたということです。
が、なぜか、伊勢神宮にはスサノオを祭る神社が見当たらなかったのです。

当然、日御碕のように逆にスサノオがいてもおかしくないと思ったのです。
すると、
下も無断拝借してきたものです。
******古老からの話:
「内宮は格上で、伊雑宮は下なんよ。だから向こうには天皇陛下が行かれて、こっちには皇太子殿下が来られる。
でもね、本当はこっち(伊雑宮)が本だったんだよ。
遷宮の年度も伊雑宮が先に早かったんだ。でも途中から内宮を先にして、伊雑宮が後回しにされるようになった。


内宮に白い馬がいたろう。あの風習も伊雑宮の馬からだったんだよ。
(馬も習慣も内宮に)持って行かれてしまったんだ。
ここの住民は、だから歌に残したんだよ。記録に残すと処罰されるからね。
♪〜〜〜本は磯部の白い馬や〜〜向こうに嫁いで〜いつぞや戻る〜〜ヨイノヨイノ♪


伊雑宮の本当の入口は今のところではなく、昔は裏の田んぼ側にあった。伊雑宮と商店の間の道から裏に回るのが本道だったんだよ。
徳川時代にここの磯部(イソベ)の信仰こそ、本当の原始のアマテラス信仰の始まりの地だと熱烈な運動がここの住民で起きた。でも幕府には認められなかった。50人も処刑されたんだよ。
そして、その伊雑宮への信仰の勢いだけは利用されたんだ。その熱烈な信仰運動は、いつのまにか内宮のために転用されてしまったんだよ。

安楽島(あらしま)にもイザワノミヤがあって、そこでもうちこそ本だと主張しているそうな。

あの安楽島あたりは実は持統天皇の密貿易港があったという伝説がある。
あそこで聖徳太子クラスの人間でないと身につけられない、腰の装飾品のベルトが発見されたことがある。和同開珎(わどうかいちん:1300年ほど前の通貨)もたくさんでとる。わし自身、見つけたこともある。
あと、伊雑宮の近くの佐美長神社(さみながじんじゃ)では、昔はスサノオを祀っとったんだよ。(これは重要な証言です)    以上。

感想:
太陽神である天照太御神を祭れば、そこから太陽が沈む方向にスサノオを祭るのは、伊勢と熊野地方の関係を見ましても明らかです。
佐美長神社がスサノオ神ならば、その境内に在る四つの小さな御宮は、祓戸の大神(はらえどのおおかみ:http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/8047e15a00f01dab64291713d88e7877)の四神であることになり、現在の形の意味がハッキリとします。
伝説では佐美長神社は、倭姫に稲穂のありかを教えた鶴を大歳神(おおとしかみ:ヒゲの生えた老人の姿の神様)として祭る神社です。

****
実際のところ、師の師というかたも、
音霊・言霊でこちらの御霊におしこみをされるかたで
その言葉は ほとんど、意味がわからない言葉です。
簡単に言うと
「いいこだね。いいこだ。いいこだ。いいこだ・いいこだ。」
みたいにほとんど同じ言葉をくりかえしていて
ところどころで、
人間部分?に声をかける。
「よくよく、がんばった。よく、がんばった」
みたいな・・・
あれは、おそらく、御霊にたいしての
音(振動)と声(こやし)みたいなもので
例えて言えば、
高次元の光を直接あたえられない、おとせないので
声と音にかえて、御霊をしこみ、そだてていたのだと思います。

当然、経典みたいなものもなく
本尊みたいなものもなく
簡単に言えば、その方自身の通り越しが
経典のようなもので、
その教えを会得するのは、
自分が実際にやってみなくてはわからない
みにつかないというものだったのです。
【語弊があるいいかたですが)

つまり、御霊と自分が合一していくということに対して
人それぞれ、いろんな通り越があるわけですから、
経典に書かれるとすれば
「人間のおなかには 御霊さんがいます」
と、いうことだけで、
それを自分が体感していくこと、知っていくことは
自分にしかできないわけです。

余計な欲や業や邪の思いがあると
御霊がそれをわかして
とりさってくれるようにしむけていくわけです。

このあたりで
我の我の我みたいな憂生は
とことん、もがかされました。

ー肉体はこれなくても、御霊は来ているー

紙にかいておけといわれて、ここにかきつけたけど
ここ、紙じゃなかったか・・・wwww

天王星 ー動かないように見える

ウーラノス(古代ギリシア語: Ουρανός、Ouranos)は、ギリシア神話に登場する天空神である。全宇宙を最初に統べた原初の神々の王とされる。果てしなく巨大な体躯を持ち、無数の銀河系が散りばめられた宇宙を常に身に纏っている。ウーラノスとはギリシア語で 「天」 の意味で、天そのものの神格化である。ウラノスとも表記する。

ローマ神話にも取り入れられ、ウラヌスあるいはカエルス(Caelus)またはコエルス(Coelus)と呼ばれる。

昴  

すばる・・・というのを支配とかんがえると
あの歌の意味合いが妙に聞こえてきます。

さらば、昴よ
我はいく  心の銘ずるままに・・・
さらば  昴(支配)よ・・・・


心を支配していたものが、
なんだったかを考えさせられる歌です。


ところが、大本神喩は
自分をすばれよとはいわないわけです。

祀れといいます。

祭れでもないのです。

まつるというのは、
政治のこともまつりごとといいますが、
このまつれでもないわけです。

祀りの字の中に巳(へび)という字があります。
そのままにとると
蛇という自我を示す

1 儀式をととのえて神霊をなぐさめ、また、祈願する。「先祖のみ霊 (たま) を―・る」「死者を―・る」
2 神としてあがめ、一定の場所に安置する。「菅原道真を―・ってある神社」
3 上位にすえて尊ぶ。「微妙な、奥ゆかしい礼儀が、自然と忍を上に―・る結果に」〈横光・家族会議〉


ということになりますが
祀りの意味合いは
「巳」は『漢書』律暦志によると「已」(い:「止む」の意味)で、草木の成長が極限に達した状態を表しているとされる。後に、覚え易くするために動物の蛇が割り当てられた。

と、なりますが
「巳」は『漢書』律暦志によると「已」(い:「止む」の意味)で、草木の成長が極限に達した状態を表しているとされる。後に、覚え易くするために動物の蛇が割り当てられた。

こちらの考えで行くと
草木の成長が極限に達した状態を表しているとされる
完璧に成長した状態を示す

これが、祀りの本来の意味になるかと思うわけです。

面白いことに大本神喩では、
人に対して青草といういい方もしているわけです。

ひらたく考えると
心が成人した人間になれよ。というのが
祀りということになるわけです。

心の中に蛇【邪】など持っていた人は
額面どおりの祀りをおこない
さらに邪の心に(支配)され
邪の心と気がつかず祭り上げるわけです。
もっと、願いをかなえてください。
とか、
おそろしいとか
そういう心を本当の自分の心の上に祭り上げて
もっと願いをかなえてくださいとか
何もかもが不安でしかたなくなったりとか・・・。

文字ひとつでも、
違った意味で解釈するとそこに自分が支配されていきます。

ウシトラこんじん(国常立)が、北極星にたとえられ、
いみきらわれたところがあったのですが、
常に北に位置し、移動しない星をきらったわけです。
ところが、
国常立は
国が常にたちゆくようにと働いてる神なわけです。

日本国土という観点からもそういう神なのですが
国というのも、ひとり一人の人間であると考えると
御霊そのもののような方なのです。

そして、
人間の中に
天皇をつくり
天皇は持統天皇だったかな
山の上から里をみてみると、煙があがっていて国民の生活がなりたっている様子を見てほっとした。
天皇もまた
国が常にたちゆくようにと祈る現人神なわけです。

このため、
国常立と天御中主と天皇が一体視されるわけです。

そういう、天のわけ御霊であるのが日本人の御霊であるわけです。
ですから、
みんなのおなかにいる御霊は
天御中主であり、国常立であるのです。

うかび

にぎはやひ はようでてきて てんかをこわしてくれ

伊勢白山神道さんの佐美長神社をみていて、おもわされたことです。

てんかをどうとるか・・ですね。

かかあ天下?


トリニティ レッド

「三位一体」の意味は
①三つの要素が互いに結びついていて、本質においては一つである事。
②三者が協力し合って、一体になる事。

犬と猫

大本神喩の中に、
ネコと犬にきをつけよ
と、いう言葉がある。

ネコについては、
人の魂をのっとってしまうということがある
と、きいていたのだけど、

犬は白い犬は人間になりたがっている。とかで、
落語の
「元犬」は本当のことらしい。

そこで、まず、ネコめを見張っていた。
www。

まず、ねこと犬にきをつけろというのは
根仔・・であり、寝るにきをつける。
と、いうのも、御霊が天に帰る時間でないときに
昼・・などに昼寝をすると、
うわっかわに霊などがはいりこみやすくなる。
【じっさい、亡くなった従兄弟が横にあらわれたときや
大国主_(幽界の主)とか、別の従兄弟の名でよばれたときも
おそらく、うわっかわと、幽体にそういうものがきていたのだとおもう)

猫もそういうところがあるらしく
きをつけておけといわれるんだけど
ようは、こっちに、そういう「鉤」になるものがあるということが問題なのだと思う。

そこを気をつけろということ。

犬は・・・ちょっと、浮かんだのが「元犬」からなんだけど
「居ぬ」
鬼の居ぬまに・・・という言い方がある。
誰も見てないからいいだろうとか
誰も知らないからいいだろうとか
こういう気持ちを指すのが「居ぬ」かもしれない。
悪いとわかっていても、その心を居ぬことにするとか
自分で書いていて、耳が痛い。

無論、これも憂生にそういうやましい部分があるから思うことで
そういうことが無い人は
鬼が居ぬまに・・などという気持ちはないだろう。

そして、ちょうど、猫のTVがあったので、それとなくみていた。
いくつか、思うところがあった。

たとえば、猫は手を開くと爪がでるらしい。
人間は御霊が開くと角がでるのかしらん?
角は一種アンテナみたいなもの・・・。

昔、日本にいたという「鬼」は
あるいは、御霊が開いた人間で
そのころの人間には角がみえたのかもしれない。
角があると、なんでも、見透かされるので
角の無い人間はそれをおそれてやっつけてしまったのかもしれない。

と、いうか、角がみえなくなればいいとおもったのかな・・・。
たぶん、いろんな人の心もみえて
つらくなってしまったのかも・・・。

まあ、そういう歴史的な伝承も事実ではないのかなとおもったり・・・。

あと、大きなとこでは
鏡に映った猫だった。

猫は鏡に映った自分を自分だと認識できないらしい。

ほかに認識できる動物は像と牛?とチンパンジーとオランウータンとかささぎ。
知能が高いから自分を認識できるというわけでもなさそうで
かささぎは
おりひめとひこぼしの話に出てきた鳥だと思う。
虹をわたる鳥とか。

まあ、猫のごときじぶんだと思いつつ
鏡に映った自分の姿を自分とわからず文句たれているというところが・・・www

東西

呪縛
と、言うものがある。

おもしろいもので、
これにひっかかると次から次から
呪縛にかかっていく。

特に憂生みたいに、きついことをいわれると
なめくじのように
塩をかけられると、へこむ・・・。

つらい、苦しいという思いからにげたくなって
頭でいろいろな理屈を考える。

ところが、頭というのは、
かしこいものでwww
まあ、たとえば
人をたすけたい・・・という気持ちの裏は
助けられていない自分がいるということになるのだけど

こう、エンパス能力で人の窮地がわかって
話をしたりして
助けたつもりになっていたりする。

すると、自分が書いた物語が
物事を客観的にみているので
「自分の因縁がきれいになってないから、たすけてやるような事がおきる」
と、書いてある。

おい?!

と、なって
助けたつもりをずっとかんがえていくと
結局、自分の状態を言わされてたんだとわかる。
「御霊を意識しなさい」
とか
「霊能力に頼って物事をやっちゃいけない。
自分の力でできることをする」
「霊能力だろうが神様だろうが天だろうが、
それにたよったり、すがったりすることは
憑依となにもかわらない」
などなど・・・・。

こういうところが、
頭に浮かんできて
はあ、たすけたつもりで
たすけられたのは、こっちか
みたいな・・・・

いやなこともくるしいことも
カルマをかりとるのは当然として
その苦しみが、深ければ深いほど
自分の中の蛇がおおきかったということになる。

その蛇をとるために、
あえてむごい以上な仕打ちがおきることもありえる。
そのため、まわりが鬼の役をえんじてくれているということがありえる。

むしろ、いえば、まわりを鬼にしているのは自分であり
本人たちはむしろ、魂のめいずるままに動いているということになる。

憂生自体、多くの事件をめにすると
よく、自分が生き延びれていると思う。

ろくでもないことばかりやって
大きな蛇をかって
その蛇をとりさるために
周りが鬼の役をえんじてくれた。

つらいことや、きびしいことをいってくれる人がいて
今の憂生がある。

言葉だけじゃかわらなかった
観念が
御霊という存在をろ紙にして
すこしずつ、自分の姿を透過していってくれた。

そのときに
えいや!!と
自分をなぎ払える人はお徳であると思う。

徳がないというのではないけど
解くをしないと【納得】ふにおちない。
と、いう性分は
確かに損な性分だと思う。

しなくていい苦労を
(鬼の役目)を人にさせてしまう。
ばちあたりなやつだと思う。

追い風

「ミロクには大自在天と云ふ敵がある。大自在天には九十九の力がある。ミロクの方はただ<誠>と云ふ一つの玉を持つて居るのみである。剣とか、弓とか、さう云ふ圧迫するものはなくて、ただ誠ひとつで、大自在天の各種の力にぶつかつて行くのであります」

勝手に拝借してきた。

現状、ちょっと、「なにか、おかしい」状態でいます。
原因は心あたりがあるのですが・・・。

ー日本のことをしゃべろうー
と、いう人がきてます。

この人が
手紙をクレといいます。

左手には、今、なにかわからないものが入っています。
ー左手には泡がはいっているー
いつもいっしょにいて、気持ちが悪い。

わたしはどうしたらいいでしょうか?
ー→画しびれるというー
左手がしびれている。

大黒天の場合は黒いほくろ?や魚の目ができる。

泡 吾と和す
あぶく・・銭がほしい。

大自在天は、天を自在にうごかしているだけで、
本人には何のちからもない。

九十九はつくもと読み、つくも神 おしい、ほしいという欲についてくる神
もしくは、つく「喪」で、死んだ人  いわゆる霊能力

誠の気持ちに天が乗る。

人間の目には、同じようにみえるが、
天がのっているか、
のっていないかは、一目瞭然

うかび

ひからびる

費からビル

費やすから のびる

頭を雲の上にだし・・・

意識を蜘蛛の上にだし

蜘蛛  虫がしらせる  虫が朱   無私が朱  朱にまじわれば赤くなる

朱  いまだならず  縦でふせぐ

縦  天地の理

横  夫婦の理   木が黄色い  木が気  きがつく

 横着  横柄  横しま  よこしま  よこに島  よこしま 邪 蛇

気ないものがでていく。

気をしっかりもて

気  器  

機器を脱する  

便利なものにたよらない。

神 おつげ  

教えは自分の中からでてくる。

自分尾思ったことを口にする。

口にしたことを自分の耳で聞く。

なるほど二わかってくる


はした目  はしたない
端目  いやしんでみる はしたない

しんでもなおらん ねぶか・・・あやめ  6月

ちょうちょう はっし

ちぃうちょうはっ誌
中朝事実

あわじしま  あずき  吾好き  

おとたちばな  おとひめ

竜宮城  たつのおとしご  海馬 脳の飼い葉  音は飼い葉  
音でかいならす

飼いならす 櫂 ならす  こぐ 

龍飲み屋  竜宮城  流がすむしろ

亀にのっていく

鳳凰  ひくいどり  法皇 後白河天皇



理  よくかむ  かみしめる 神閉める

理が先

あとから、かんがえる


つとめをはたす

はたしがさき

端を足す

足で歩く  頭で歩かない。

ふんでいく。麦をふむ   牟岐 無儀 

蝸牛

かたつむり えだをはう

根  ネコは寝る  寝る子は育つ  練る子は育つ

練る

おもねる



面・・練る

見えている部分【表面】 見えていない部分【裏面】

羽子板  表面 飾り
      裏面  羽を突く

羽根を着く

羽根をはたす   自由にとびまわる  はたす

了承芸

解意

天にめっこをつけられている

おわします

「負わします」

背に負う

負けずに負う

ーしばらく、がまん してくれー

がまんと心棒

心をしばる

胸をひろげる

あきつあかね

空きの赤ね

赤  赤  杓流  赤龍は  水の中におちた

赤は費

火はついえる

ひ(御霊)はきえぬ

火をつかうのでなく
石をつかう

ひをつかうのでなく
意志をもつ

ひはともす







意識の整理

へびいかなるもの  あかいかい

ひおどし  へびつかい   正座

あぐら  ひをだく  ちちをのます

ひのとえ  火の鳥  法王  鳳凰 ⇔ 玄武

すだち  かぼす

とんぼ  き  いし  き

あかとんぼ
しおからとんぼ
いととんぼ

おつねんとんぼ

おにやんま ぎんやんま 銀  銀 宇宙 金のうしととら・・・とらうま  うましか  うまし加わる  過
 馬鹿 ばきゃくをあらわす

とんぼつり

むし しかと 鹿兎

とうへんぼく

東 変 気

ひをかし、 変 気

ひ 冒す (あえてする) 気が変になる

いしをもつて、すすむ

高き気  高貴 好機

じょうしよう 神君 閣下

上昇 紳君  閣下

意図 申す 核

いのぼり
こいのぼり のどの痛み

ケンをとっては 日本1の 赤堂 鈴の輔  【理理とすずがなる)
赤堂 

箱根のやまはてんかのけん 

兼をとる

いおう いよう 言おう

めとる  めとる

みみずく・・・耳がつく

みみずく 夜目がきく 闇をみる

核ー相対理論ーかな?

気比神宮と宇波西神社を結ぶライン

常神から・・・しゃくし 塩坂越  死を逆に越える

つまり、御霊のルートといえる。

御霊が開くということは  死に目にあう と、言うことになる。
実際、憂生も師に御霊が開いてるが、死に目にあったか?と、尋ねられたことがある。
あと、死に物狂いといってよいほどの苦労をするのも、ひとつであろう。

この死を逆にこえた、先は、常の神なる存在になるという風にも見える。
その反対側の半島に二つの核(普賢・文殊)がうちたてられたのはどういうことであるか。


現象の世界におきたことが人間の体内にもおきる。

つまり、普賢と文殊という、右脳・左脳?に放射能がおびる。

これが、現状の太陽からの放射能?のようなもので
人間の松果鱗を大きくしているという。

昔の天皇などが何百年もいきたというのは
ひとつに松果鱗が、発達していたということかららしい。

シュメール人の画像?をみると、目玉が異様に大きく表現されている。

こう考えると
普賢・文殊という名前の放射塔が
人間の身体を暗示しているとしかいいようがない。

そして、反対側の半島では
あるいは、放射能をあびることで、DNAをかきかえられた人間が
死の坂を逆に越える。

実際、わずかながら、憂生も被爆?している。
敦賀の普賢の放射能漏れのその日・・近くの浜であそんでいた。

自分のDNAなど、検査したことがないが、
ひょっとして、普通の人間と違うDNAの異常がでているかもしれない。

みさき現象そのままの二つの半島と
梅がさくは
御霊が開く・・宇の目がひらくということになるかもしれない。

ひょっとすると、
火山や洪水より怖いのは
梅の花が開く・・・魂の覚醒ということになるかもしれない。

恐怖により、魂が覚醒すると
恐怖の潜在意識のままに行動する。
ぐんだリーに(根底チャクラ)が、一気に上昇すると
獣のような人間になる場合があるという。

太陽からの光、次元上昇は
一気に上昇する人を増やし始めている。

ぐんだリーにという蛇が、あがってくるのと
たとえば、噴火や洪水が同時におきると
今までの恐怖やカルマなどとかさなり
相乗効果でおそろしくなる。
孤独に耐えられない人はさびしいといって
なきさけんでいるしかなくなるし
大本のいうように、4足であるくような人間がでてくる。

これは、これからおきることなのか、
太陽が変更して
条で裁くのでなく
愛をもって、変更しているのかわからない。

ゆっくりと松果鱗をきたえ
意識を「愛」にむけていけば
御霊が開いても、狂うことはない。

このため、いろいろな存在が愛に意識をむけ
自分の中にある、よこしまな思いを清算していくように
働きかけている。

大本がこういうことをはっきりいえなかったのは
ひとつに、一気に御霊が開いても大丈夫な時期にぜんぜんなっていなかった。

何年か前に、はっきり、御霊ということを教えてくださった人も
やっと、あしがかりといっていいか・・・。

くにとこたち。天のみなかぬしが自分の中にいる(御霊)といっても、
まだまだ、立替が難しかった。

いよいよ、アセンションをむかえ、
太陽の光が松果鱗をきたえはじめている。

この時期になってきたら、
たぶん、憂生の言う意味合いをすんなり理解してくれると思う。

そして、ちらほらでてきているようなのが、
音を発するようになる人。
御霊の上昇により、音が出てくる人がいる。
このときは、
「あいうえお」としゃべらせて
背中を背筋にそって、
下に(だったと思う。ごめん)とんとんとたたいていく。
おちつかせて、
御霊があがってきたんだということをつたえ、
こわくないよということ。
きれいだから、なるんだよ。と、おちつかせる。
など、相手に大丈夫ということを伝える。
水を飲ませる。
土の上をはだしで歩かせる。

ヨハネの言うラッパの音はチャクラにあたると思う。

地球の7のチャクラの位置がどこになるのかわからないけど
ここが、順番に開きだす。

こういうことが、現象として先におきてしまうのか
人間のチャクラが開いて行く人が増えて、地球に共鳴現象をおこすのか、わからないけれど

チャクラをととのえてから、地球のぐんだリーにが回転して(地球の中のSN極?)
次元上昇にむすびついていくとおもう。

実際、憂生自身、チャクラもひらいてない状態で
御霊の上昇がはじまりかけたのだけど
必死で
「まだ、早い」ととめていたところ、
師が石をおいてくれたそうで
「吹きあげがはじまったから、石をおいた」
とのこと。

この石は意識というところの中心角の意志をおいたということと思っている。


スターチルドレン

百(もも)の御生(みあ)れの時ぞ近づく  

腹一文字の夫婦の御霊がひとつになって
白くなったとき、
御霊が開くときが来る。

御霊の中から御供さんがでてきて
ひとつになる?
このことが、御生みあれ。

御霊が開いたとき、正気をうしなうと、
気がくるったり、死にたがったり、暴れたりする。
そうならないように、
今から、準備しておきなさい。

この先、そういうことがおきてくるから、
レインボー(あめのぼう・・天の棒)をもった
人になるため
レインボーチルドレンが生まれてきている。

この子供は
最初から業やカルマをもっていないので
魂通りの姿をみせてくれる。

天の棒をもっているので
浄化・照らしもはげしい。
人によっては、
その仔がおそろしくみえるかもしれないが
それは、
自分を映し出されているということになってくる。

思いをきよめよ。

仕組み

多くの神は封印されている。
ふと、思ったのだけど、
多くが石神【岩や山など土気(月家))をして)で封印している。

日月の神が福井にいるとおもわされるので
(福井国体の歌  この明るさの中をいけ    おお福井・おお福井 青年(若狭)福井
かんがえてみた。

石観音(石が見る、音)には、時告鳥が石に刻まれている
(ところが、朝(吾佐(気読む・・清))に本物の鶏がないたため、
弘法大師は未完成のまま、彫るのをやめてしまった。

なにか、おかしな言い伝えだと思う。
光がくるとわかったら、逃げ出したと、とれなくもない。

現在、ヨハネの黙示録から、
天使のラッパがという・・・

ラッパは法螺でもある。
これは、洞の祠がうなっている音。

人間の体におきかえると
御霊の上昇により
最初に「音」がでる。

だが、そのためには人間の中にこそ、日と月があるのをしり
日と月が並ばなくてはならない。
日月・・・あかるい(吾かるくなる・・・重荷がなくなる)
この状態になったとき、時がくると
真の御霊が開く
そのときがきたのをつげさせまいとして、
封印したと思える。

石の中に刻むとは、
「意志」のなかに刻むということ。

意志の気をさむくする。
ことで、封印する。
意志の気をさむくするとは
自分こそがやらねばということでなく
神さまをたよりにしてやっていく。
神社や宗教でおねがいしますとおがんで
やっていくことではないし、88箇所めぐりでかいたが
逆に封印をかける手伝いになる。

こういう88を封印する
単純によんで、母からの恩恵を封印する。

原始・・太陽が母であった
と、いうが
もとのはじめ、母が太陽であり
日・・ひ(みたま)であった。
母の体からひ(ひ)がいずる。

おいしくない・・お意志(石)、宮内

母ほほうき星である・・・。
帚木星である。ははきほしである。と、おもいこませているが
母がほうきをもってあたりを浄化していくさま。

ほうきとは、なにか。

諸刃の剣にて法を切る、
うちすてる(放棄)
自分の内をすてる。

実は、家をすてる人
育児を放棄する人は
自分のカルマをおこなわず
ひをうみだそうとしているよう思える。

諸刃の剣とは
父の刃と母の刃である。

明るいの字に月がはいるのも、
日が母。父が月である。

夫婦をみょうととよぶが
みょうと、みょうと、みょうと
灯明で
明燈
ひをうみだすに、灯明が必要。

爪に日をともす。

最後の詰めにひをともす。

これらのことが、自分の中でおきる。

富士の爆発もすべて自分の中のことである。

それを富士の爆発をみてから
現象の世界をみてから気がつくのでは遅い。

自分の中の怒りや汚れをきれいにすれば、
現象で教える必要が無いので
現象はおきない。

物語から

息吹山には鬼がおる
人はそれを光来王子(童子)とよんだ。

光来童子は
みつくるとよむ

身をつくる

身を包む(みくるむ)

子供が光だとおしえている

神ではまにあわん

ひかり・・・
ひ(みたま)を借りる

ひかり、・・・ひを狩る

ごくうがとびだす

にょいぼうときんとうんをもっている。

如意棒はなににでも如意になるしろもの

きんとうんは
金と運

人間生活に困らないので、
いらぬ思案はしなくていい

思いをほうる

思いをホール【○にする)
、は天
369
○は3
身から6(むつかしいこと)9(苦)をとりのぞく

むつかしいというおもい
くるしいというおもいをとりのぞく

ーかんたんー
ーたのしかったー
と、重いをとりのぞけという教え

人間にはむっつかしあたえてるのに
むつかしいとなげかず
あと1つをさがす

人間は無になれるようにしてあるのに
むつかしいといって
有ることにする

人間は禄になれるようにしてあるのに
むつかしいといって
在ることにする
(あること=ろくでもない)

かめはめは

まいのりてい

少数派
少数部族

アイヌ

神話上のスサノオ【出雲大社に封印されたわけ)

ばけのかわをはぐ

山に封印されたもの

剣山・・三輪山・・・

怒りをときはなつ
自信・神なり・

ゆるさんというおもいのもと

揺らがす・・山をゆらがす

やまのかみ
おおやまつみ
罪をおおやまのようにもつ
おなご・・・おな業
おなごはゆるす徳がある
とくをだせ。

山の神・・・女房

山の神の娘   滋賀県おうみのうみのおきのしらいしにかわる・・・物語17羽

雷神の朋友  いずな・・・銀おおかみに転生

いちょうのき 銀杏 結び

やつしろのかみ・・・みをやつす   八大竜王  ナーガ・・・山の峰

やつざき・・・やまたのおろち  九頭竜 
なにかをやっつにさいた姿  

うがやふきあえず王朝   うがやはふきあえていた。
封印のため
うがやふきあえーずにしていた。

うがやは宇の屋

たけとんぼ  たけこぷたーのようなもので、自由に移動していた?

足羽やま  継体天皇・・・足にはねをつけてとぶ・・あきれす?

あきつれす(なし)

とんぼなし
とんぼは人間をみる・・・とんぼえんぴつ

うぃき
とんぼはへびにきけんをしらせる
龍神は邪心

雲にみたてて
地震がおきないようにといのらせる。
自信がおきないようにいのらせる。

自信ができると
人間は自分の中の神にきがつくため、呪をかける。

地震がおきるのは、とめられない・やむをえない
人の命におよばないように

洪水はわが魂におよび・・・大江健三郎

芽むしり仔撃ち
人間を神にしないように自身のたね(神である)の芽をむしる・仔をうっておく
と、いうことを警告

(それでこそ文学者)ー分が苦しゃー分が9しゃーくしゃみー息をとばすー

いのちのせとぎわ

命の背(うしろの戸)きわ
うしろの正面だあれ

背にかいてある

背中にいたもの・・・先祖(第5腰椎)
背中からはえるもの・・羽

命の瀬戸際には自らの羽でとべる

たたんである、羽を晋司よ・・・信じる

天使がみえるのは、うそ。
自分に羽があることをおしえている。と、悟る。

悟るとは、
みているものと真実との間の差をとること。

孫悟空に わっ課をはめたのは
展開和尚・・・
仏陀

手より先にでられないとおもいこませた

孫悟空のほうにたいするおしえでなく
ひとの行動?人を手中におさめようとする姿・思いにきをつけよ


覚書

八幡神社
刺す  ごうつくばり  業突く針    ーーーーひふきだけ   -----ふいご
蛇神・・・・地神・・・・石神       いそのかみ   意識・そ(先祖?蘇?)のかみ

体内の蛇   卵をだく、  とぐろをまく  鎌首をもたげる
おのころじま・・・あしはらくに・・・あきつしま
あきつ・・・とんぼ
とんぼ・・・・御霊がよろこぶ・・・ウィキ(体内の蛇に危険を知らせるのがとんぼ)
とんぼ・・・ドラゴンフライ   白龍  ホワイトドラゴン
ホワイトドラゴン→憂生の中の白蛇に 「わが子よ」

意識をはしごにして・・・魂を差配する
白蛇は邪の思いをはしごにして、御霊にのしかかる。

大神神社ーこの神は外をうけつけんー
三輪山の蛇は邪の化身
外側の邪の思いをうけつけない。

死ぬぞ、との意識?とエンパス
うらみつらみの思い??
死んでかまわんというと、
ふと?
ああ、だめだとか?
いわれるけど
以前はこわいとおもったのに
別のものがつぶやいてると思う。

白蛇という意識が消滅

浄化



三輪山の御神体  にぎはやひ   すばやい御霊  三角形の山
裏天皇・・・羽子板の理


体内にいる鬼  
神道家にたずねられる
わたしの修行したところわかる?
うかび・・・北斗しんけん こんごうぶじん
鬼の正体   うしとらこんじん

体内の鬼  がかぶっているもの::怒り
これを出す

かぶっているものがぬげる

かぶっていたもの
放射線?【放射せん・・・しない)

八光【放射する)

月神・・・突く神

体内の蛇・・・の様子を伝えるもの
誰か尋ねる
いわない
師より、あまてらすではないとおもわされている
なにか?こちらとしては、月の思いをよみとれる月読であってほしい
と、おもうと
「宿根」という。

月読とは、カグヤ
香りをかぐ

産の理
生め

梅のはな

一度に開くうめのはな

みたま・・・の中の御供さん

御供・・・石からうまれたそんごくう

石神・・・からうまれた人間

葦は意識・・人間は考える葦である。

葦かび  から  命をもらう
うましあしかびひこじ

雷神との関係

物語の中
榛の木が雷神をふうじこめていた。

風 ふう ふときがつく・・よせていく

雷神 黎明をもたらす 

雷神 でる

おびやの理
・・・・おびる   ひかりをおびる





光をあびて、おおかみになる

大神?










富士

不老不死の薬をてにいれようとした物がきがついた事実。

富士にまつられた神。

ににぎとこのはなさくやひめ。

神話からいわながひめもてにいれられたら
不老不死がてにはいるとかんがえた。

それをてにいれようとさがしたがあるわけがない。

自分の中のきれいに見えるもののうらがわと
きたなくみえるものとのうらがわを
みさだめ、あらわれたもの(洗われたもの)が
顕れたら、不老不死にちかづく。

ににぎ・・夫婦の儀

あまてらすは作用(働き)の名前

天・・のすみずみまで
あまねく光をあてる。

影にかくれたものも白日にさらす作用を
あまてらすおおみかみ  と、よぶ。

あまねくてらす、物(物忌み・・などのもの)を大きく見よと示し申す

物忌み   忌む物を大きくして見よ。
何かをいやだ(忌む)という思いの裏側にあるものをみさだめよ。


神話にでてくる神の多くは
人間の体?精神?の働きをあらわす。

とようけ・・・豊かにうけとめる・理解する。
すさのお・・精神・心を清め統括する働き。
おもいかね・・思案
うましあしかびひこじ・・あしかびは生命・命のエネルギー それが、うまく働くさま

など、働きをつかさどるものに対する敬称




やたがらす

からすがとんびをうんだ。

やたがらすをみた存在が
金色のとんびを捏造した。

金色や金をありがたい、高貴とおもわせたものは
太陽の存在で
これにあやかって、とんびを作った。

やたがらすについては、まだ、不明。

しゃくじん

しゃくじんの痕跡に
しゃくしがある。

このしゃくしの名前をそのままつかっているのが
塩坂越である。

この場所は福井、若狭にある。

しおさかこえ・・・とは、
妙によみかえられる。

死を逆に越える。

よみがえり・・・ともとれる。


この先の半島に遊子(ゆうし)
神子(みこ)
常神(つねかみ)
と、いう地名があり(吾理?)
常神には蘇鉄がうわっている。

蘇鉄といえば、
蘇の国の鉄(哲・撤?)
つまり、すさのお?の知恵と解釈できるが、確証は無い。


あらはばきの三角錐

フリートコーン

すばやい三角錐

と、訳す。

ここに太陽をいれて
プリズムとしてみる。

基本に虹のようなものがみえるが
これは
虹の戦士をあらわす。

あらはばきの戦士かもしれない。

あらをあばく・・

あらといっても、粗とはかぎらない

あら?というものの本質をみせていく。

元の持ち主はシュメール人かもしれない。

封印を解く

前述のフリート コーン

これには、二つのイメージがあった。

1つめは
コーンがうめこまれた棒
たとえば、鬼に金棒のような・・・
コーンがいくつもうめられたもの。

もうひとつのイメージは
空中に浮遊する
(λ ラムダ?)
見えない透明のピラミッドのような?
プリズムのようなもの。

真ん中に真っ赤な球体がある。

*弘法大師が封印したもの、
空と海

この封印はありえない行動のため
まさか、あの弘法大師が?と、いうもの。

それを暴く?言葉が
弘法も筆のあやまり・・として伝承された。

かごめ歌のように・・・

〇期

なにか、さっぱり、わかってない言葉。

「白い煙をはきながら、教えていたことは れいき じゃ」

と、
れいきをしらべてきたところ・・・いわゆる エネルギー?ですね。

霊の気?


自分の気ということになるのかな?

問題はそれよりも、教えていた・・と、いう言葉にあるような・・・

教えている・・つもり だったのでしょうね。

自分が後から読み直してきがついていくためにと  と、いいながら

底のところは、教えてやる・・という えらそな思いだったようで・・・。

なかなか、自分にはきがつかないものだと
これも、そういう・・・ところかwwww

教わることは、すでにおそわっていて
その教わっていることを実行していないのに、
知識だけ拾うまねをしていたなあと思います。

愕然

先日は「華を見てごらん」の言葉で
妙なことがおきたのですが・・・・。

今日は
相方に対して
「背中をむけてみなさい」
と、やってみたところ、??????
これといって、うかぶことがない。

ところがだいぶしてから、
相方に対しての思い方が、ぼろぼろ沸かされてくる。

真正面むいて考えていると
よい状態なんだけど
裏側、のぞいたら、
おい、自分、確かにそんな、ろくでもない思いだったよ。
と、愕然としてしまって・・・。

こう、思いを自覚していても
その思いがどういう質のものか、
さっぱり、わかっていなかった。

いわば、本心みせつけられて
さて、どうしたものかと思う。

そうそう、その前に
「あかりをつけろ」と、いわれたな。
「あかりをかえせ」?

?だけど
これを「吾・借りをあかりの下にもってきてみろ」とも
「吾の借りをかえせ」と、いわれたようにおもった。

「いそげ」とも・・・。

結局、みせつけられたのは、
「吾が仮の姿でしかなかった」ことだった。

考えたことや、いわゆる教えとかで
自分ができてるようにおもいこんでいたというか。
たとえていえば
日にむかっていれば、自分もひかっているような
明るいものになっているようなつもりになっていて
影の部分をあまりきにしないというか
うとくなるというか

まあ、自分の姿見というものの
愕然とする。

たった一人の人間にたいして
そんな思いしかもてぬ自分かと
そこだけわかった。

ポールシフト・・・

ポールシフトの最近の状態を読んで、あれっと思ったことがあります。

人間の体の中にも同じものがあるということです。

それは、NSということでなく、
オンタ(雄)の性(しょう)
メンタ(雌)の性(しょう)
と、いうもので、

この磁石のNS【雄雌】が、反対になっているから
変えなさい。と、いわれたことがあるのです。

心は女性のもつ包容力とかをもち
腹は男性の持つ胆力(担う)をもちなさい。

と。

今、現在、男性の性分と女性の性分が融合されることを良しとするSP論がでているのですが
それはそれで、間違いではないと思うのですが
自然が・・・地球がおしえているのは、そこではないかという気がしてならないのです。

女性性とは、たとえば、一歩ひいて、相手をたてるとか・・・。
一見、男尊女卑のような言い方かもしれませんが
女性だけでなく、男性もおなじなのだとおもうわけです。

こういう女性的な心を表面?に出していながら
底では男性的な厳しさとかをもつ。

これが、くずれてしまったため、
地球は自らをシフトさせようとしているのではないかと。

こういう風に大きなSNが入れ替われば
人間の中のSNもいれかわらざるをえない。

おそらく、今までもそんな状態で
人間のSN
正邪とかんがえてもいいし
プラスマイナスとをいれかえなおしてきたのだとおもうけど

おそらく、もうそれの繰り返しだけではどうにもならないほど
「心」のエネルギーの浄化
あるいは、静電気を0にしていくとか
地球に限界が着始めていると思う。

そこで、男女の「性」を融合させていく方向として
核融合という現象を起こしていると思う。

これをお手本にして
魂も融合させてしまうという
DNAへの変革がはじまっている。

核融合の最たるところは太陽だろう。

何もかもをどろどろに溶かして融合している。

この光のエネルギー(光分子)の照射によって
ロストウィルス(前に書いた名前がでてこない)のDNAをひきこんだように
人間のDNAに融合という書き込みがおこなわれていく。

まったく、話がぞれるが
どういうわけか、憂生の御霊は
この間、とんぼの写真をみたら ころころころころ音をたてていた。
で、先日は白龍のところをみたら
「わが子よ」と、声をかけられた・・・。

トンボはドラゴンフライだし
白龍はホワイトドラゴン・・なのだろう。

因果関係はよくわからない。


類似

さるブログから、勝手に拝借した村上春樹の話の抜粋です。

しかし熟考したのちに、ここに来ることを私はあらためて決意いたしました。そのひとつの理由は、あまりに多くの人が「行くのはよした方がいい」と忠告してくれたからです。小説家の多くがそうであるように、私は一種の「へそ曲がり」であるのかもしれません。「そこに行くな」「それをやるな」と言われると、とくにそのように警告されると、行ってみたり、やってみたくなるのが小説家というもののネイチャーなのです。なぜなら。何も言わずにいるよりは、皆さんに話しかけることを選んだのです。小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。
だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです
 ひとつだけメッセージを言わせて下さい。個人的なメッセージです。これは小説を書くときに、常に頭の中にに留めていることです。紙に書いて壁に貼ってあるわけではありません。しかし頭の壁に刻み込まれています

今はほとんど、小説・・までいかないのですが・・・
物語を書いていません。

けれど、村上春樹のいうところの
小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。
だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです

このあたりに自分とにたようなものを感じるのです。
憂生自体、何年も前に、自分の中から、この先の人生?を言われたことがあります。
その言葉は
「むごくて、言えん」と、いうショッキングなものでした。
それでも、さらに問うとひとつのドラマの中の1シーンを垣間見せてくれました。

実際、その通りになったのです。

それが、なぜおきたのか?
どこに原因があるのか?

それをずっと考えています。
実際に起こったことは確かにむごいことでしたが
その「むごくていえないこと」を、さけたいという思いは無かったと思います。
そして、それが、露呈してきたとき、
「知らずにおわるより、良い」と、思っていました。

この事件により、かなりのショックをうけ
つい、先ごろまで泥の中に居たと思います。
そして、その間もずっと、かんがえつづけていたわけですが
傷?がいえたというころでも、
もう、自分をなげすてていました。

くさりきったところで、膿の袋がやぶれたのでしょうね。
そこらへんから、
再び、納得できないことには、うなづかない。
と、いう一辺倒な自分がひょこひょこと顔を出してきました。

先にも書いた意識をのっとらる存在というものについても、
白蛇抄では、具体的に邪宗の双神という存在を出してきます。
この場合は
意識でなく、魂自体からエネルギーを吸い取るという存在なのですが、
その双神、元ひとつのものが、ふたつにわかれてしまった原因を追究していくのが、
陰陽師です。
そして、双神にしゃくていをすいとられ、腐蝕していく魂の持ち主を救うとともに
双神の思いをもすくわなくてはならないと陰陽師が活躍していきます。

かなり、構想を複雑にした物語であるため
基本的には第1話から、よまないとわかりにくい物語なのですが、

いろいろなテーマが入ってきています。
多くは
「二つに分かれたものが、1になっていく」と、いうところです。

たぶん、憂生の求めていたテーマがここにあると思うわけです。

そして、書きかけの17話については、
なにかしら、憂生の現実?未来?にだぶるところがあって、
かきすすめていないのが、ひとつです。



マイクロチップ

マイクロチップを埋め込むという話がある。

どうも、憂生は闇の干渉というものを感じる。
これは、箱船でもかいたように、
闇・宇宙人がこちらの意識をはしごにして
脳?に寄生する。

と、いう内容なのだけど・・・・。

このため、人間の意識を調べつくして
脳に人間とはこうあるべきだとか?
洗脳して宇宙人(エーテル体)が人間の身体をのっとっていく。

本来の人間は御霊と同一のものであるが
宇宙人はさすがにこの御霊まで手中に収めることができない。

収めることができるのは
意識や考えや心などから、
逆に御霊を操作する。
あるいは、封印しておくことであると思う。

自分の作品を信じるといったら、おかしいかもしれないけど。

現在、憂生はこの前の肉の浄化というところでもかいたけど
なにか、おかしいとおもうところを
あえて、さからってやってみている。

このひとつが、タバコである。
これに対して、やめなければとか、
身体に悪いとか
いろいろ、おもうのだけど、どうしても手が伸びる。

特にこういうことをはなしていたりすると、
とくに手が伸びてくる。

実際、本当にどこがわるいのか、
沸いてくる思いとか、罪悪感とか、責めとか、
こういうものをわびてきてみた。

そして、今日、あるブログにいって、驚いた。
タバコについてというところがあって
どうせ、やめろとか、どうしてよくないのかとか
かいてあるのだろうとおもいつつ
読んでみた。

意外としかいいようがない内容があった。

憂生風に解釈すると
魂からのわきあがりがでてくる。
と、いっていいか。

そういう力をだしてしまってはいけないというか
身霊・・・
心・身(霊)・魂がきれいになっていないと
魂が迷ってしまう(迷子)のだろう。

で、話戻して
なにかの折に、
「チップをいれた」というわけで・・・。
なにか、これが、いわゆる、宇宙人からのマイクロチップのようにおもえてしかたがなく
どうすれば、とれるかたずねてみた。

左の肩甲骨の間にあるそうで・・・www
それを思念でつまみだせばいいとのこと。

非常に馬鹿げているようにみえるかもしれないが
そのチップいやだと思う自分がいる以上しかたがないと思った。

さらにいうと、
この間からフリートコーンという言葉が浮かんで仕方が無い。
意味を調べるのに、辞書などひいてみると、さまざまな意味合いにとれる。

その中にあったのが、駆逐艦?航空母艦?であるのだけど
ある方のブログにその答えと思われるものが乗っていた。
以下無断拝借

唯心から唯物への記事はとある艦隊からのアクセスがありました。

これは心を大切にしてきた日本を70年かけて変える仕組みをしいていた側の監視ですね。
そうい思想に回帰するような動きを逐一検閲するように、あらゆる言葉に対して網がかけてあるのでしょう。

この艦隊と同じかどういうことかはわかりませんが
重要なのは
そうい思想に回帰するような動きを逐一検閲するように、あらゆる言葉に対して網がかけてあるのでしょう。

特に最近は
ブログなどの中にも「理」や「キズキ」をもたらす文章が埋め込まれています。
この言葉にひっかかるように。・・・と。
天網がかかっているとしか思えません。

そのことが本当は「マイクロチップ」なのではないかと思うのです。
そこに気がつき、自分の存在認識ができる。

宇宙人に意識をかえてもらう必要もなく、
チップなのですから、本当、ささいな言葉です。
文章の中のほんの一言、
そこであって、
あとの考え方まで鵜呑みにする必要はないわけです。

そこをとりちがえると
箱舟のように意識をのっとられてしまう、と、いうことでしょう。

地軸

その昔
地球の地軸の傾きを元にもどそうとされている方がいらっしゃいました。

その話を聞いたとき、なぜそんなことをされるのだろうと思ったのです。
すると、
地球独楽という言葉が浮かんできました。

地球独楽というのは、子供のおもちゃで
まわしていると軸が傾いてきて
ある程度まで行くと、上下反対になって回りだすのです。

それと地軸の関連がわからなかったのですが
最近のポールシフトの記事をよんでいて
それかもしれないと思ったのです。

現在の地球も
地球独楽のように、傾き始め
ポールシフトがいつ起きるかわからない状態なのです。

その地球ごまの軸をまっすぐにすることは不可能だとしても
少しでも、軸をまっすぐにすれば
ポールシフトが起きる時期を遅らせることができます。

まっすぐになってしまったら、
地球の四季はなくなり、逆にどういう影響がでるかわからないのですが・・・。
地球のど真ん中にまっすぐ、地軸をたてる。
太陽に向かって0度の位置に軸をもっていかせることができれば
ポールシフトは起こらないんじゃないかと思えるのです。

どうすれば、
それができるか・・・。

自分の浄化が、地球の浄化になるのなら
おなじように
日(ひ=御霊)にむかって
自分の心棒をまっすぐにしてしていくということをすれば
いけるのではないかと思うのです。

このあたりで
心の棒というのが、何になるかというのを思うのです。

棒をたてようと思うと
なにかにたてかけたりして
たてておくしかないわけですし
これをまっすぐたてようと思うと
なにか、支えがないとできないのが常です。
ですが、心の棒ですから
ささえがなくてもできるはずなのです。

もちろん、ささえなしになるまで、
あっちによっかけてみたり
こっちにささえてもらったりして
なにもなしでたつにはどうしたらいいかということをまなんでいくわけです。

そして、
なにもなしで心棒がたてられたら
ひょっとして、地軸もまっすぐにできるんじゃないかと。

棒をまっすぐたてるということがどういうことであるか・・・

先の記事のように
少年が信じることを行うというふうなこととか
上と下のずれをなおす。
など、いろいろとおもうところはあるのだけど
一番はまずそういうことができると信じることだと思う。

じっさい、そういう人たちが居て
地球をうごかしてきたのが
岩戸をひらくのを遅らせるようにしてきたんじゃないかともおもう。
じっさい、どうやっていたのかはわからないけど、
地軸を間そうとしていた人が日本に1000人以上はいたのは事実。
今もいるだろう。

海ゆかば水漬く屍

山ゆかば草むす屍

大君の邊にこそ死なめ

かえりみはせじ

1.
おお、見えるだろうか、
夜明けの薄明かりの中
我々は誇り高く声高に叫ぶ
危難の中、城壁の上に
雄々しくひるがえる
太き縞に輝く星々を我々は目にした

砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中
我等の旗は夜通し翻っていた
ああ、星条旗はまだたなびいているか?
自由の地 勇者の故郷の上に

先日から歌の曲目分だけをうたうと
あとから、違う歌にかわってしまうということになり、
気になってしらべてきたwww

それは、アメリカ国家をうたうと、
おわりが、海行かばになってしまうというもので・・・www

で、肝心の歌詞はとおもい、しらべてきた。
君が代もそうだったけど海行かば
万葉集などのなかから選択されたもので、
大友家持の歌であるそうだ。

アメリカという国は
旗という考えがすきなのだと思う。
音楽機器のハイエンド・厳選されたもの、高級機を
フラグシップという言い方をする。
ステータスという意味合いにも思える。
自社の旗をあげる。
など、個人規模にも旗をあげる。

日本の旗は日の丸だけど、
どちらかというと、
天皇に対する敬重の意味合いが濃い。
このため、歴史を誤解している方々が
国旗掲揚をこばんだりしていたことがあった。

君が代についても同じで
かなり論争をおこし、
学校関連者で、自殺などという異常な状態もあった。

この中で、近所のぼくが、学校でひとりだけ起立して
国家をうたったという。
おかあさんは、逆にはずかしくて・・と、人目をきにしていたらしく
その話をうちあけてくれた。
なんという立派な方だろうとおもった。
もちろん、僕のほう・・・。
母親としては、国家をうたうな、国旗掲揚はするなという
変な圧力のなか、息子が孤立したり、蔑視されるのを心配しすぎたところがあると思う。
自分の息子がまちがっているような錯覚におちいってしまったのだろう。

憂生自体も知人が教壇で
「先生は天皇が嫌いだ」と、発言したと聞いて
飛んでいった。

お前は親に思われたり、人に思われることがありがたくないのか?

と、たずねた。

いきなりの質問だったが、
「いや、ありがたいよ」
と、応えてきた。
「親が子を思うのは当たり前か?あたりまえじゃないよなあ?
親は当たり前だとおもうだろうけど、子はありがたいと思うだろう?」
そこも素直にうなづいてくれた。
それって、
上が下を思い、下が上を思う。って、ことで、
上はただ、ただ、思う。
下はうけとるしかないことだけど、思われてるってことにありがたいっておもうよなあ?」
「うん」
「思ってくれるのはありがたいことやわな?」
「うん」
「今の世の中、それがくずれとるやろ?」
「うん?」
「先生って上が下(生徒)をおもわん。
そんな上やから、生徒も上をおもわん」
「どういう意味?」
「つまり、父親みたいに思ってくれることを
おまえは、ありがたいとおもってない」
「思ってるよ」
「だったら、生徒にちゃんとそこをおしえろ」
「おしえてるよ」
「おしえたのは、天皇が嫌いやっていう、自分の好悪感情だけやろ?」
「だけど、あの人は戦犯で   」
「はあ?おまえ、なんもしらんでそれをしんじてるん?」
で、間違った見解を生徒に言う。
洗脳どころやないわい。と、おもいつつ
「あのな、おまえが嫌いなのは嫌いでええ。だけど、人の立派なところを
おしえられんのはおかしかろ?
親はありがたいけど、天皇が思ってくれるのはきらいか?
黙って空にいる太陽はきらいか?
なんもありがたくないか?」
そんなふうにありがたみがわからん、
恩(恩恵)がわからんから、
下があれるんやろが」
上下っていういい方もおかしいけど
上は下を思い
下は上を慕う。
そういうのが、くずれとるから、教育現場がおかしくなっとるんやろうが。
敬い慕って、もらえるような、教育せえや。
自分の自己主張で大切な心みうしなわせるなや」

と、いきまいてきました。
こういうことがあったので、
その僕の毅然とした態度というのが、
すごいなあとおもうのです。

実際、集団の中にはいると、
群集心理やら、
孤立したくないとかで、
本当は歌いたくても、歌えない。
と、いうことはありがちですから
孤軍奮闘、自分が信じたとおりにできる。
彼にすれば、妙な国粋主義というのでなく
「国家を歌うのはあたりまえじゃないか。それをできないのはおかしい」
と、いうところだったのでしょう。

また、別のときにこんな話も聞きました。
ばりばりの日の丸反対集団?の幹部クラスの人が
アメリカに3ヶ月ほど滞在していて、
3ヶ月位したとき、日の丸をめにしたそうです。
すると、涙がぼろぼろこぼれてきて、男泣きに大声を上げて泣いてしまったというのです。

そして、帰国後彼は真反対の集団のほうに転向したそうです。

いかにグローバルな見地にたっていなかったというか・・・。
日本と一端、はなれたときにみえてきたものがあったのでしょう。

今はオリンピックなどで
若い人たちが君が代をうたい
国旗をあげてくれるとやっぱりうれしいと思います。
自然と、妙なこだわりがなくなってありがたいというか・・・。

その前の時期では
外人が
「日本人は自分の国の国旗や国家をほこりにおもっていないのか?」
と、いうことをたずねていたようです。
それは、日の丸を君主制の象徴のようにとらえたところがあったせいでしょうね。
天皇の大御心をしっていけば
けして、そんなものではないことがわかるのですが
天皇=国家=日の丸のようにとらえてしまったところがあったのかもしれません。

日本という国はまさに君が代のような国です。

金平糖でも、小さな芥子粒があって出来上がるものです。

東北地震のときでも、心をひとつにと
知らずのうちにまとまってしまう。

なにか、ひとつの芯をもっている国だとあらわしているわけです。

さされ石のいわお(巌)となりて
と、あるように、非常に厳しい生き方をしていらっしゃる。

こういうことが少年の中で理解されていたのでしょうね。

立派な息子さんをもっている。
これを誇りに思う。
それもまた自分の家庭の家旗を揚げることになるのだと思います。

思ったまま・・・

昨夜だった。
いろいろ、会話?していたわけだけど
ある花の写真のあるブログをみていたら
「あの華をみてごらん」
と、いわれ・・・・。
みてみたけど・・・
ーなんも、しゃべらんなー
と、いうか
ーなにもわからんー
と、思っていた。

すると、今日になって
さるブログの方が華からのおしらせ?みたいなのを書いていた。

ちょっと、奇妙なシンクロなんだけど
この方から、だいぶ、照らされている自分でもあったわけで
こりゃあ、どうとりゃあいいのだろうとwww

書いてあった内容は
http://hakujya.blog6.fc2.com/blog-entry-3694.html
に、にたような内容になる。

おまけをいうと、
「えらいもん、つけてきたな」
と・・・。wwww
誰かがささやいていたので、
おそらく、その「えらいもん」だろうwww.

もしも、そうならば、
先にかいた、アドレスがひとつの応えになるだろう。

憂生のほうは「おしえてあげない」といっていた。
それは、たぶん、自分でみつけて、自分で人に話せるようになるか
そのまま、アドレスの通り。
と、おもったので、放置することにした。

ただ、ひとつ、
ツインソウルというのは、
すでにある人であり
自分がその人を本当のツインソウルだときがつけるようになること。
憂生自身も御霊がひとつになっているというふうにいわれた相方がいるけど
そのうわっかわは
「おまえら、あわない」と、太鼓判をおされたものでありwwww
あわない人間があうようになるように
相手の価値、偉大さがわかるようになったとき
うわかわも、御霊も一緒になるのだと思う。

ずいぶん、昔に
いずれ、榛の木とうかばされたことがあったけど
これは、雌雄同体の木である。

当初、なんのことかわからなかったけど
ツインソウルがひとつになった姿を言うのだと思える。

本当に身近な人の偉大さにきがついていく

それが、本当で、ほかに誰かがいるのでなく
本当は違う人だったものでも
自分のツインソウルにしてしまえるのが本当だと思う。

で、なけりゃ、キリストだって
だれもかれもを、よってきたものを、わが子にできまいて・・・www

考え中

頭理論。

先の記事のあと、
ふと、
師が
「自分を好きになったら、死んでしまう」ということをいっていたのを
思い出した。

現状、憂生はある方の言うところ?表現がきにいらなくて
むかむかしていた。

それは、やっぱり、偉そうというか。
書いてあるところの裏側に自分が神様かなにかになっているような?
そういうところがあるように感じていた。

つまるところ、先の理論でいうと、
自分がそこにいる。
と、いうことなのだけど
同じ自分にむかむかしないで、
相手に対して、むかむかする。

これは、
自分が好きだから、同じ自分は嫌えない。
自分が好きということは、
間違っていても、自分を認めないということになってくる。

そして、思いはというと
その華をへしおってやる。と、おもうわけだから・・・。
底も自分に働きかけられる。

自分がへしおられることになってしまう。

うまく、いえないけど
現象の世界で言えば
これが、もっと悪い思いを持てば
自分が死んでしまうことだってありえる。

自分を好きになると、と、言うことの意味は
自分かってに赦してしまう【えこひいき)ことということかもしれない。

なにか、わからないけど
みせられたことを
嫌いだ、と、思うことも大事なのじゃないかと思えてきた。

嫌いな自分には誰だってなりたくない。
おかしいなとおもうことをみて
嫌いだと思うことも
嫌いな自分をおいだしてしまう法かもしれない。

なんでも、いいよ、いいよとうけいれてしまうのも
本当はおかしいことなのかもしれない。

少し、考えてみたいと思います。

昔、相方の御霊が開いたときに
師あたりのことまで、
狐・狸にみえたそうで・・・。

そのことを師にちょっと、もらしたところ
そのときの憂生の思いは
おかしくなっている状態を報告して
こんな変なことまでいいだしているんですよ。
と、いうことをいったのだと思う。

ところが、
後日、相方が師に
「わしのことをきつね・たぬきにみえたんじゃとなあ。憂生からきいたぞ」
と、しかられたそうで
そのときに憂生は
ーうっかり、しゃべったことで相方がせめられるなどということになるのかー
と、相方をかばってやれなかった自分にきがついたのだけど、
これを書いてみると、
師にたいして、変なことをつげるのをおかしいと思ってない自分がいたわけだ。

たとえばだけど、
なにか、まかりまちがって天皇が同じようにみえたとき
話せる立場でもないけど、
天皇さまはおかしいですね。
などというだろうか?
そんな風にみえたという話をまにうけてしまう自分がおかしい。
それをまにうけるのは、
自分が天皇を信じていない。
馬鹿にしている。
と、いうことに他ならない。

そこにきがつかなかったところがある。

さて、ここまで、かいてみて、
ひとつ、疑問に思ったことがある。

じつは、師がよく
だれだれさんより、わしは上だ。
と、いう言葉をいわれていた。
現象的なものもあって
そうなんだろうとおもうのだけど
なぜ、そんなことをいうのか?
と、疑問に思っていた。

これは、おそらく、本当は
他の人たちがだれだれさんを大切にしている師をみて
だれだれさんのほうを偉いと思ったところがあると思う。
底の思いを反映していたのではないかと思う。

つまるところ、
憂生もしょっちゅう、自分のほうが上だという思いをわかす。
師に対しても、他の事にたいしても
気になる部分は自分の姿を見せられているところだと思う。

そのてらされた部分をいうと
矛盾なので、
師が妙なことをいうと思ってしまう。
だが、それがてらしだされた自分の姿だと考えると
納得がいく。

同じ事を聞かされても、気にならない人もいるし
気になる人もいる。

結局、自分の姿を見て、気になっている。
そういう姿じゃない人は素直に
うん。師のいうとおりだなとおもうだろう。

あと、きになっていたのは、
前述の、きつね・たぬきにみえたとは何事だ。
と、いう問いかけに対して
そううけとっていなかった。

連想的におもったことは、
昔、師自体が
「今の現状は天格の5位くらいだときかされ、よろこんでいたところ、
きつね・たぬきなどとおなじで、がっかりした」
と、いうことをいっていた。
これも、おなじことなのかもしれない。

ひっくりかえってまた、かんがえるんだけど
この言葉が逆に
きつね・たぬきにみえさせてしまったのではないかと考えると
その言葉の呪文というか・・・。

こういうものにはまってしまう。
と、いうことも見せてくれたのではないかと思えてきた。

まあいえば、自分は偉いんだとおもうことをやれば、
偉いんだと思い込んでるだけの自分でしかなかったことを
見せてくる。

どれだけ、自分ができていないか、わかってくると
周りの人がどれだけ立派かわかってくる。

偉いとか、自分のほうが上だとか
こういう思いを自分がもっていることをみせられて
相手が下だと思う。

この照り返しの理論に気がついていなかったと思う。
いや、理論的にはわかっていたけど
その思いがどっからでてくるのかとか
考えようとしなかったところが在る。
いや、それ以前に悪い思いであることにもきがつかず
御霊にお詫びもしていなかったと思う。

ひとつずつ、整理をつけていくようにしていけば、
元の思いを蓋していたところがとれてきて、

そして、そこらがわかってきたら、
逆にもとの思いが見えてくるのではないかと思う。

いったい、どうして、こういうことをおもってしまうのでしょうね・・・。

恐れ

どこか、頓珍漢なのは、
自分の意識がはいってくるせいだとおもうのだけど・・・。

どういうわけか、
自宅にいながら、各部屋の様相が違う。
現在、パソコンの前にいるわけだけど、
ここは、わりに物を考えることが多い。

一時、何もやる気がおきなくて、
死んだようなwww呆然とした日々をおくっていたのだけど、
なにが、きっかけだったのか、
いくつか、あるとおもうのだけど
やっと、めざめたというか。

めざめたのは、いいけど、
脳が退化しているかのように
文章もまともにかけないし
(もともと、かけていたわけでもないがwww)
なにか、浦島太郎のような気分といっていいか、
SPの次元上昇?が、かなり浸透してきていて
前回の憂生のSP時代が、馬車かなにかの速度なら
今は音速かなにかのようで。
古い観念から、ぬけだせない状態と
因縁の浄化、根を洗うということができていない状態で
それが、逆に理解の蓋になっていたところもあったと思う。

そんな中、やはり次元が上昇した人の言葉というか
光というか。
そういうものが、確実に照り返しをあたえてくれて
こう、自分の中にあったものが、さらされてくる。

実際、自分でもかいたけど
「読むだけで、理がはまってくる」と、いうところが
ここかというか。
うわっかわでは、いろいろ、おかしいとか変だとかおもっていても
文章の中の一言が
光の矢のようにささってきて
なにか、また、不思議な体験を通して
腑に落ちてきたように思える。

自分で書いた言葉。
「批判はわるいことではない。あくまでも、それを自分に照り返せば」
と、いうのがあるのだけど、
この照り返しを受けてきたようにも思う。

批判する、元の思いはなんであるかというところを
突き詰めていったところがあると思う。

まあ、たとえば、肉食はいけないなどと
かいてあるのを(大本神喩とか)
いけないからやめる、などというのは
そういう考えに依存しているだけではないかとおもえ
よっしゃ、肉浄化してやるとwww
ありがとうという思いをこめて
喜んでたべようとやってみたところ
まじに、焼いてるところから気持ちがわるくなってしまい
そこにまけるな。
おびえるな。
と、あほのように念じ続け、
純粋に感謝の気持ちで
命をさしだしてくれたものを
怨?がこもっているから、くわんとか?
よほど、おかしいと。
感謝がたりないんじゃないか。
そのほうが、命を粗末にしてるんじゃないか。
と・・・やっていって

ふと・・・・。

ここで、やっと、自分にきがついたというか。

肉に照らされたというのもおかしいかもしれないけど
感謝が足りないのは自分だ。
命を粗末にしていたのは自分だ。

と、きがついたと。

人それぞれ、いろんな理由はあるだろうけど
そういう「怖れ」の元をもっていて
恐れから、食べないとか、しないとかいうのを
もっともらしい理由をつけて自分にしんじこませてるんじゃないか?と。

結局、
肉を相手に格闘してみて
恐れを持っている自分をほりおこしてみると
実は恐ろしいのは自分だったのだとわかったところがある。

相変わらず、迷いがあるのはある。

確かに、食べれなくなるというのもある。
それは、本人がきれいだからなんだろうけど

確かに、肉に感謝して浄化させてwww
切り刻まれて辛かったね。
と、声をかけて、
その挙句の果ての姿を忌み嫌うのは
もっと、なさけないよね。
ごめんね。
その命、ありがたく頂戴します。

・・・・・
と、ずっとやっていくなどということは、
むつかしいことだろう。

でも、逆に体のためにも
肉を食べるのも大事といわれると
肉にとってもくわれた甲斐があったろう(変な言い方だけど)

それよりも、変な加工品のほうが、実は怖いとおもえるときがある。
もうけるために、添加物をいれたり、つなぎをたっぷりいれたり・・・。

日本人は、ミナがミナがじゃないだろうけど
そういうふうに、殺してしまう場合、
業者が供養をおこなったり、命の重みを大切に考えている。

話ずれてしまった・・・。

その後、ちょっと不思議な体験なんだけど
肉をたべて・・・・
もろ、きもちわるくなってしまうという事件がおきた。

エンパス能力でお袋と同化していたせいか?
肉をたべたら、とたんにおかしくなってしまった。

この肉をたべないというのをそのままうけついでいたら
憂生はおそらく、
先のような格闘をすることはなく、
自分の中の
感謝が足りない。【自分への)
命を粗末にしていた【自分の)
ことにきがつけずにおわっただろう。

そこを遺伝させなかったおふくろがえらいというかwww
そのくせ、がんとして、わがままをとおして肉は一切たべないし

まだまだ、きがついてない自分の「恐れ」の元を考えていかなければならないと思ってもいる。

とは、いうものの
牛馬道というのがあって、
労働?で人間の役にたとうとしているものを食うと
やはり、よくないというのはきいている。

豚とか鶏あたりは、食用にもなる家畜として
飼われていることもあってか
牛ほどひどくきもちわるくはならない。

とにかくは、
おいしくつくろう。
せっかくのもの、活かそうという心がけが大事なんだなと思った次第である。

加護

今日のニュースだったかな?
真央ちゃんがおねえちゃんの写真集を嫌だと思っていた。
と、いうところ・・・。

なにか、わからないでもない。

と、いうのも、
実は憂生も当初いやだった。
けばけば?になって、でてきたころから・・・。

なにか、妹の影になってしまって
自分はいつも、1位?にはなれない。
だから、自分の外見などを売り物にする
と、いうふうにみえた。

別段、注目されなくても
妹をささえるお姉ちゃんというか、
そういうあたりでも、良いおねえちゃんだなとおもっていたところが
ひっくりかえってしまった感じがあった。

本人にすれば、
自分のためにいきていたいわけで
妹のささえやく?になる必要はないだろうし
妹も逆におねえちゃんをささえにしていてもいけないだろう。

お互いが精神的に一本立ちできるようにと
おねえちゃんなりにかんがえたことなのかもしれない。

が、当初にかんじた困惑。

それを思う。

が、真央ちゃんの発言をみて思った。

家族が反対するような、状態だったことが
ひとつに困惑をしょうじさせたかもしれないと。

現に今、
真央ちゃんが応援する気持ちになってきているというと
おねえちゃんの選んだ道を応援する気持ちになるってどういうことだろう?
と、そこをしろうという気持ちになる。

にたようなとこで、
いつか見た夢でもかいたことなんだけど
「貴方が良いと思う男だから、彼女は彼を好きになった。
でも、それって、本当は彼女は貴方が良かったの」
みたいな言葉があって
この人はという人が良いとみとめると
そのあたりが、見えないオーラーになって
その人をつつんでいくんだろう。

家族が良いとおもわないようなものを他人もみとめないというか。
親の七光りというけど、確かにそういうものににたようなものがあると思う。

家族という天使が彼女のまわりにとんでいるか
そこらへんがあったのかもしれない。

もちろん、おねえちゃんも
応援してもらえるような
家族を納得させられるようながんばりやかがやきをもたなきゃだめなんだろうけど・・。

でも、なぜか・・・。
おねえちゃん・・・
ああいう世界にはいったのは、
そこで出会える人がいるからじゃないかともおもう。

素敵な男性にめぐりあえたら、
あっさり、家庭におちつきそうな・・・www
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