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かけらの話

驚いた。
仕事にかまけて・・(良いことではある)
気が付いたら、1年近くな~~んにも更新していない。

おまけに、書こうと思っていたことがあったのに
ど忘れしている。

散文調に、書き留めておきたかったのだが、
いったい、なにを思っていたかはわすれはて
書き留めておきたかった。という
妙な情熱?の温度だけが生々しく有る。

確か・・・
一人の女性がなにか、まくしたてていた。
それが、
なにか、心のひだの奥に染みついた「あく」を
すっぱり拭い去ってくれたと思う。

なんという、大事な局面であろう。

なのに、その「セリフ」が思い出せない。

ちょうど、夢の中・・のような。
夢の中で
ひどく得心して、何らかの鬱積がきれいにはれて
どっぷり眠りにはいりこむことができたその目覚めの朝に
安心感と爽快感が身をつつんでいるのに
なにに得心したのかを忘れ果てている。

小説もどきを書いている時でもそれはあった。
納得いくストーリーが夢うつつの中で出来上がる。
胸の中に刻み付けている。
そうだ、この展開だ。これなら、会心といえる。
今は夢の中だ。
おぼえておかねば、おぼえておかねば・・・
その模索の会心度にすっかり、心が軽くなるのだろう。
あれほど、おぼえておかねばと刻んだはずのストーリーが
目覚めとともに
すっかり、消え果ている。

そんな時は
もう手繰ってもどうにもならない。
テキスト欄に一発でかきあげた文章がバグで消え果てたときと同じ。

ああ、かいたっけ。
こう、かいたっけ。
と、なぞってみたところで、
結局、同じものにならず
なぞろうとした分、かえって
生々しさのない文章になる。

それくらいなら、
仕切り直し。
あえて、改めて書く。
会心作でなく、改心作だね。

だけど・・・
断片的な散文は
方向性さえ見失っていて
かけらさえ、でてこない・・・。







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嫌な予感・・・いや・・不安というべきだろう。

 今年の夏は暑い・・・というのは、

まあ、この異常状態のこと、わからないでもない。



だが、嫌な気分がするのは、

図らずも、昨年のことがあるからだろう。

なにやかや、

火山の動向が、激しくなってきていて・・・

どこかで、

こんなことを書いた覚え・・・

話した覚え?がある。



暑い夏のあとは、地震がおきやすいという。

同じように、

火山の熱がたまってしまうと、

そのエネルギーの逃げ道がなくなってしまう。

少しはその熱の拡散ができるなら、

大雨がたすけてくれてるのかもしれない?

と・・・・



そんなことを昨年、書いたような、話したような覚えがある。



その年があけて・・・

熊本地震があった・・・



やはり、熱・・火山エネルギーにしろ、太陽のエネルギーにしろ

蓄積されたものが冬にひえて、

そして、暖かくなり始めるころに

溶解をおこすかのように・・・



そんなことがふと頭によぎっていたところ

今年の夏のパターンが

2010年のときと同じ傾向だという。



2010年があけて

翌年に起きた東北地震のあと

二つの伝説がささやかれた。



1つは、以上に暑い夏のあと大きな地震が起きる。

もうひとつは、

政権が自民党でなくなると

大きな地震が起きる。



少なくとも、

政権が変わることはありえないと思うが

それでも、

世界規模で考えると

果たしてどうだろう?



フジモリ氏はまあ・・・しかたがないとしても

オバマ氏という常識派という政権が

このさき、どうなるのか・・・



日本に起きたことが世界に起きるという

話もあれば、

世界に起きたことが、日本に起きるという言い方もある。

大本王任三郎の論をみれば、

過去に起きた核戦争?のごときカッパドキアなどの位置が

日本、世界のひな型図では広島にあたるようなきもせぬでもないwww



と、なると、

すでに、過去に起きたらしいことが日本でおきるのなら

これで、終わりだとおもうが、

彼は、また別の言い方もしていた。

2度あることは3度あるのが本当・・・



3度あるのが、

3度目の正直ということわざになったやもしれぬが・・・・



いずれにせよ・・・

もうひとつの説・・・



近畿あたりを中心に時計回りに

外側から内側にことが起きる。



という・・・



こじつけかもしれないが・・・


ここしばらくをいえば、

東北から熊本

次は・・・

関東近辺?



そして、

瀬戸内海・四国・中国・・・



その、こと  が、なにであるか、どうでるかは、わからない。





少し・・・

 スピリチュアルや異世界のことなど

最近は

あまり、きにならないという、いい方が妥当だろうか。

どこで、そうかわってきたか、わからないところがあるが

やはり、それは、非現実でしかないと感じる。



先日も、

知人のところに、幽霊?未確認生命体?などがあらわれているようで、

その余波か、

「ふむ・・・幽霊だな」

と、思うのだが、

誰かわからずにいた。



結局、先日、話していると、

どうも、知人のことのようであるが

知人もこれまた、

眼中にない。



見えるタイプと見えないタイプでは、

捉え方も違うが・・・

意見は同じである。



「むちゃくちゃ、くたびれるだろ?」

「ああ、エネルギー吸い取ってるって感じだな」

気が付いてないとでも思っているのだろうかね?

「ちょろちょろするなと、忠告しておけ」

と、いっておいたが、

知人なりに意見があるようである。



スピリチュアル系統のはなしになるか・・・

地球が次元上昇しはじめ

今まで、姿を現さなかったものが現れるとともに

粒子の荒い、粗雑な・・いわゆる次元の低い存在が

消滅を恐れ、憑依?ににた寄生をおこなうか、

それもわからないものは、

エネルギーを取り込むことに必死になる。



と、いうような、考え方であるが・・・



実際、そういうこともあるとおもうが

自分自身の感情から発生させるマイナスエネルギー

いわゆる、負の考え方を

統括することが先だろう。



それがなければ、

妙なものもよってこないというのが

憂生の持論であり

相変わらず、そういうエネルギー体に対しては、

その相手が悪魔であろうが

神であろうが

それらがよってくる窪みを持っているのは

自分でしかない。

と、考えている。



だから、気になる部分は

自分のどこが、

知人の異変?を察知させてしまう窪みなのだろうということでしかない。











葵のタイトルって・・・

 ひさしぶりに、小説もどきを書きたくなって、

葵・・をしあげたものの、

まあ、つじつまの合わないこと、この上なし。

だいたいにして、

なんで、タイトルが葵なのか・・・

ここが、実は今までのタイトル付けを考えると

作品の軸になっている。

第一印象というやつだな。

その印象を一言でいうと、葵ってことになる。

だからあああ、

なんで、第一印象が葵なのかってことになる。



そこで、逆に考えることになる。

葵といえば、

一番におもうのが、

葵のご紋

水戸黄門さまだろう。



そして、葵の花。



どちらも、存在感、はんぱね~~~~!!



君臨しているというイメージなのだけど

どちらも、柔らかく、情のある感じだな。



相手を思いながら、君臨している、そんな柔らかさがある。



ここかな?

主人公・・・相手を傀儡のようにあやつってると考えるけど

実際は、男性側が

崇拝するかのように、

主人公のいいなり?

わがままをうけいれると・・いう。

それは、ご威光にちかいような・・・

この紋所が目にはいらぬか~~~

って、とこで、

もう、理屈抜きで

「ははあ、私が悪うございました」と、なる。



なにか、にていないだろうか?



とんでもない彼女なのに

俺が悪かった・・・(みたいな?)

そう思わせてしまう「ご威光」がある。



その裏側には

ただの君臨でない

柔らかな思いやりのようなものが見え隠れする。



実に不思議なセンテンスを持った女性像である。



この部分が、うまく伝わらないと、

葵という印象も伝わらないだろう。



そして、存外、あほな女でもあると思う。

自分の心が見えない。

わからなくなる。

と、いう部分。



そして、必殺技

葵の紋がでてきて

初めて、気が付く。



水戸黄門で葵の紋がでてきたら、

決着がつくというのの

逆で

葵の紋が出てくる状態になってから

白黒をつけたのに気が付くという。



だいぶ、鈍い女性像であるとも思う。



それでも、一生懸命なのが、

見え隠れして

ドライな女性には考えられないとろくささであると思いながら

なにか、にくめないのも、

そのせいかと思う。



タイトル・・・葵

ま・・・いいか。

インスピレーション主義だから

あとから、こじつけて考えてもあてはまってるような

ちがうような・・・



ええ~~~い!

憂生がそう決めたのだからそれでいいのだ!!



憂生の紋所が目に入らぬか~~~状態だねwwww



葵・・・1

 それは、いつごろからだったろう。

彼という存在が

これ以上無いというほど、重く大きな存在になったのは・・・・

ミッシング

無くして判るという言葉もあるが、

私もそうだったと思っていた。


長い時を重ね合わせ、

人生の半分以上に彼の存在があった。

それが、

当たり前になりすぎていたといっていいかもしれない。

ときめきやら

激情が平らになってしまい

私という小さな泉は

ただ、彼の姿をぼんやりと映していただけだったのだろう。

ただ、彼が水を掬うのを待っていただけでもなかった。

流れる雲やら生い茂る木立を揺らす風やら

私は私で、彼以外の存在も十分に感じ取りながら

このまま生きていくことに

かすかな疑問を感じ始めていた。


けして、彼への気持ちがさめたわけでもなく

別の人があらわれるなんてことも

考えることすらなかった。



あの日まで・・・・


葵・・・2

 仕事から帰る道すがら、

私は必ず、マーケットに寄った。

彼との夕食の材料を買うためだった。

そこに、あの人がいた。

2年近く、ほぼ毎日、同じマーケットに通っていれば、

レジの店員の顔を見おぼえる。

家計を助けるためにパートで働く主婦層ばかりのレジ店員の中にいる男性は奇妙でもあった。

年齢は・・・

私とそんなに変わらなさそうに見える。

結婚していてもおかしくなさそうな年齢でもあるけど

レジの給料で、家庭をささえられるのだろうか?

と、思わなくもない。

それよりも、

なにか、結婚している男性のような、どこか落ち着いたかんじはなく

かといって、

遊び金ほしさで働いている風には見えなかった。



なにか、事情があって、

会社をやめて・・・

とりあえず、食いつなぎで、マーケットでバイトというところだろう。

すると、

実家とかから、かよっていなけりゃ、

アパート代もでないだろう・・・。



奇妙な存在感のせいもあって、

勝手にバックグラウンドをおしはかってみたりもしたけど

人当たりの良い性格が顔にでていて、

疲れているときにマーケットに寄ったときは

しらずのうちに、

その人の笑顔をさがしていた。



それでも、自分ではきがつかず

彼の職業とくらべて、

どこかで、その人を見下していたのだと思う。

だけど、

それも、あとで、気が付いた。



その人に惹かれ始めている自分をセーブするために

見下す理由がほしかっただけだと。





葵・・・3

 彼はいつも優しい。

どんな時でも、穏やかで、

これ以上、理想的なだんなさまはいないだろうと思う。

それが、

逆に、私にパラレルワールドを作らせていた。



なにか・・・・。

不倫のような・・・

この人は実はほかの人の旦那様で

どこか、物寂しい私のことをほうっておけなくて

こっそり、私とあっている。

そんな異世界にはいってしまったような・・・



なんともいえないちぐはぐさがあったのだと思う。

こんな私に申し分のない彼氏がいる、

その不協和音。

こういう人は、もっと、それにふさわしい相手といるべきなのだろう。

時折、かきむしられるガラスの音のような不快感。

自分ではないとも

彼でもないとも

そこにいる、1組のカップルが

お互い相手をまちがえてしまっている。

そんな居心地の悪さと

自分がいるばかりに本来の相手にであえていないだろう彼への罪悪感・やましい思い。



これといって、ときめきもなく

これといって不満はなく

お互いの考え方がなによりも安心できる合致点で

お互いの考えが溶け合う融合を感じることこそが

もう、絶対あり得ないことで

ほかの相手では、起こり得ないことだったろう。

じっさい、唯一無二の相手として

お互いを認め合っていた。



そして、それは、事実であると

確信させられることになった。



それは、また、あまりにも

彼とはかけ離れた、真逆の存在となるあのスーパーの男性から

与えられた確信であった。





葵・・・終

 そして、今、私の隣に眠っているのは彼でなく

スーパーの男性である。



なぜ、こんなことになってしまったのだろうか・・・・。


そのきっかけを思い出している。



仕事でかなり、神経がくたびれていた。

彼もまた、残業が続き、

たまの休みも一日中アパートの中ですごしているだけで

私もまた、うつらうつら、眠って過ごすことがかさなった。

仕事の愚痴は聞きたくない。

それは私が彼にかせたルールだった。

眠りだけが彼の安息だったのかもしれない。

たぶん、話されたら私は耳をふさいだろうし

彼も男のプライドがあったのだろう。

いっさい、仕事の愚痴をはなすこともなく、

私は彼を強い男だと考えていた。

でも・・・。

私が勝手に作ったルールを律儀に守るということは

いいかえれば、

なにもかもが私の思い通りになっているということであり

なにか、傀儡のような存在が

優しくて申し分のない「彼氏」を演じているようでもあり

その傀儡をあやつっているだけの自分でしかないとも思えた。



ふと、きざした思いが

自分に重なった。

会社で操り人形のように仕事をこなしていかねばならない自分と

私に操られて申し分のない彼氏という仕事をこなしている彼と

どこがどうちがうのだろう?



なにか、大きな間違いというレールをしいているのではないか?

彼との時間をパラレルワールドと感じるのは、

そのせいかもしれない。



仕事のくたびれから

気が付いた彼と自分の本当の姿。



ー私、この5年間 なにをしていたんだろうー



そう思った。

そして、

はっきりと思った。

ーこのまま、また、その状態を維持していく?-


その疑問に

このままじゃいけない・・・と。



気が付いたことへのショックと

会社での鬱積



二重にこんがらかった思いを解きほぐすこともできず

惰性と慣習のまま、買い物かごに品物をいれて

レジに並んだ。



知らぬうちに、あの人のレジを選んでいたのも

自覚さえなかった。

レジをうちはじめるとその人がなにかいった。

え?・・とききなおすと

「めずらしいね。はじめてかな?そんなものをかうなんて」

その言葉に私は初めて、気が付いた。

レジを通った籠の中に彼が嫌いだという食材がある。

それを知ってから、私はそれを食べることはなくなった。

彼の前で自分だけ食べることはできなかった。

だから、もう何年も買うことはなかった。


それを、彼はきにしてもいないし、気がついてもいない。

でも、私はそれが本当は食べたかったのだ。

私もまた、彼が作ったルールにしばられた傀儡であり、

よく気を配って、好き勝手しない彼女を演じていたにすぎないのだ・・・



それを・・・

彼も気にせず、きがついていないのに

このレジだけしかしない男が

珍しいものをかうね

はじめてだね・・という・・・



彼がみていた私はなに?

私が見ていた彼はなに?



当たり前になりすぎた枷?

首輪がないと不安な犬でしかなかったわけ?

お互いが・・・

わかりあっていると思い込むことでつくった鎖?



私の前ににゅっとハンカチがつきだされるまで

私は自分が泣き出していることに気が付いていなかった。



レジを通しおえると、その人はメモ用紙に

何か、書いて、おつりと一緒に私に渡した。

「俺のメールアドレス。いやじゃなかったら話きかせて」

慌てて、財布におつりとメモ用紙をしまいこんだ。



みっともない。

その悔しさから自分でも顔が引きつってくるのがわかる。

それ以上に、そのメモ用紙を突っ返したら
その人の立場がなくなって

今の自分以上にみじめだろう。

かすかにそこだけ気にして・・・

メモ用紙をうけとったにすぎない。

だけど、その人は

「心配だから・・・」と付け足した。

言い訳にも聞こえる言葉なのに、

ふっと、心がほどけた。



なにか、本当のやさしさに思えた。

優しいふりでなく

今一番必要な、

心配だから・・というその心・・・。

なによりも、

あなたが大事・・・そういわれた気がした。



きっと、彼と私は

あなたが大事というふりをすることに酔っていたのだ。

あなたのことを大事にしている「自分」が好きだったのだ。

だから、

相手から自分のことを大事にしてもらえないんだときがついてしまったら・・・

そして、また、

自分で自分のことを大事にしていないんだときがついてしまったら・・・



私は車に戻ると、その人が仕事を終える時間を尋ねた・・・・

そして・・・

もう彼の元には戻らなかった。



葵・・・そのあと・1

 彼が・・・突然、帰ってこなくなった私をそのままにするはずがない。

だけど、彼もまた、なにかを察していたのだろう。

最初の時点で

「どうしたの、なにかあったのの?事故?病気?」

そうとでも、心配してくれれば、

私はマーケットの男から、すぐに、

彼のもとに戻っていたかもしれない。

一度だけの癒し・・・

そう踏ん切りをつけて

口を拭って彼のもとに帰ったかもしれない。



だけど・・・・。

確かに彼は誰よりも私を理解していた。

別れの季節が巡ってきたのだと恐ろしいほどに直観していた。

それは、いつか、来るものだとどこかで覚悟しておかねばならないとわかっていても

それが、今なのだと突きつけられると

彼は迷ったことだろう。

迷ったおかげで

なにかあったの?の一言で私を引き戻すチャンスをのがしてしまった。

不器用で鋭敏すぎて、

取り繕うことができない穴をあけてしまっていた。



1週間もたったころに

彼から連絡がきた。

電話に出るとやはり、その一声に

何もかも承知の思いが見えてくる。

「電話・・・出てくれないかと思った。

それより、着拒されてるかと・・・」

電話というつながりでさえも切れていなかったことに涙が浮かんでくる。

この罪悪感。

そんな風に突然切られてもかまわないとも

あり得るだろうと彼の中に予感を作り

私は愁嘆場をさけたのだ。



「友達でいたいから・・・」

それは、私の卑怯な手口でしかない。

「誰か・・好きな人ができた・・ってこと?

俺とやっていけないってだけ?」

二者択一の質問はの答えは残念ながら両方であり

両方でないといえた。



葵・・・そのあと・2

 「あなたのことは好きよ。でも、これ以上つづけていけない」

そんな答えは嘘かもしれない。

「好きな人ができたから、そう思うようになったってこと?」

その答えも違う。

違うけど、現実はそうだ。

ほかの男に、簡単にすがれるくらいの思いしかなかった。

それが本当だろう。

「彼氏・・・できたんだ?」

あの人を彼氏とよべるだろうか?

いや、それよりまえに

彼は本当に彼氏だったのだろうか?

「俺のこと、きらいになった?」

まるで、私の心をよみとるかのような

核心をついてくる言葉が、私を混乱させていた。

「嫌いになんか、なれない」

「だったら、何故?」

彼の混乱を引っ張り出すだけの会話が続くだけ・・・

私の中で何かが堰を切った。

「あなたと一緒にいなかったら、絶対、好きになったりしない相手なの」

それは、事実だ。

「俺への不満から?ほかの男のところにいったってこと?

だったら、なんで、いやなこととか、はなしてくれなかったの?

俺に直すチャンスもくれないわけ?」

そうじゃない。

叫びだしそうになる自分を抑えると

代わりに涙があふれてきていた。

「ごめん・・・きつくいいすぎた・・・

だけど、俺たち、そんな風にお互いに期待できない、そんな仲だったのかって・・・。

俺、この5年、なにをしてたんだろ」

お互いを深め合って、お互いをいつくしんで、お互いがかけがえないパートナーだって

育ててきていたはずのものはなんだったのだろう?

「あなたがわるいんじゃない。私がわがままなだけ。あなたは・・」

とても素晴らしい人だと思うという言葉が喉の中に埋もれた。

「わがままでもいいよ。俺はわがままさえ、いってもらえないってことなんだろ?

今の彼氏にはわがままいえるってことなんだろ?」

私は、きっと、茫然としていたことだろう。

わがままがいえる相手かどうかも知らない。

好きなのか、どうかもわからない。

だいいち、すぐ彼のもとにかえってもよいくらいな

そんないい加減なきもちでしかなかったのに

私は彼の態度により、後戻りができなくなってしまっていた。

「きっと、遅かれ早かれ、こうなっていたんだと思う」

今、うまくやりすごせていたとしても

次の時には、なにかで、こらえきれなくなってしまう。

「俺が撒いた種だってことかよ・・・」

力なく焦燥感いっぱいの投げやりな言葉がかえってくると

それはそれで、彼の心の荒れが苦しい。

「そうじゃないよ。私がわがままなんだよ。申し分のない人なのに・・・」

彼は少しかんがえこんでいたようだった。

「それが、お前のわがままだというのなら、俺は確かにわがままをうけとめてやれていないよな」

小さなため息がもれて彼の言葉がつづいた。

「わかったよ。俺は待ってるよ。おまえの気が済んだら、おまえ、俺のところにかえってくるだろ?」

それは、マーケットの男は一時の激情で

それはただの浮気で

浮気の虫がおさまらないなら、収まるまで待つという意味だろう。

だけど・・・

私はそんな簡単な気持ちで彼にすがったんじゃない。

自分でも矛盾した思いだと考えながら

私は言葉を選んだ。

「あなたは素敵な人よ。とても、大事な人だと思っている。

その大事な人が乗っている天秤ばかりの片一方に別の人がのって

あなたがふりおちてしまうなんて、よほどのことじゃない?」

「だったら、わがままじゃなくて・・本気だっていえばいいだろう?

だったら、俺もサバサバあきらめられるよ。

だけど、お前の態度みてたらな・・・」

そのまま言い募りそうになる言葉を彼はいったんとめた。

「な・・によ?」

促すと彼は最初に謝った。

「そんな風に俺の彼女をぼろにいいたくないんだけど・・

おまえ、はまっちまってるだけじゃないのかって・・・」

それは、彼にとってもいやな発言でしかない。

たぶん、蓮っ葉な女の子だったら、

ーそうね。あんたがへたなのがわるいんじゃない?-

そういいかえされるところだろう。

だけど、私はそれも認めた。

「そうね・・・。それはあると思う。

だって、人間だもの。体があるんだよ。

心の相性もあれば

体の相性があっても不思議じゃないし・・・」

彼が黙り込んでいる。

それは、もっと悲しい事実をねじ伏せようとしているからに違いなかった。

葵・・・そのあと・3

 誰にだってあるだろう。

例えば、そばに寄ってこられただけでも

ぞっとしてしまう相手がいる。

そんな嫌悪感と裏腹に

軽く、抱き寄せられただけで

思い切り心が安らぐ…そんな相手も・・・

どんなに言葉を尽くしてみても、

言葉ではぬぐえ切れない事実はある。

「だから・・・?」

そう・・・。

私は・・いや、私の体は彼を拒否していた。

それを抑え込んでいたのは

大切な相手という呪文のおかげだっただろう。

だけど、何度か交渉をさけていたのを彼は気が付いていた。

「無理強いはしたくなかったから・・・」

彼もそれなりに私に配慮したという事だろう。

「なのに・・・」

行きずりの男のほうが親和力があって、

私を包むこんでしまったとするのなら

「もう、帰ってこない・・と、いうこと?」

俺、そんなにつまらない?

俺、そんなに頼りない?

彼の痛みが聞こえてくる気がしながら

そうなのだと思った。



大切で申し分のない相手だと思い込もうとしていただけ。

私は私の体が訴えていた

心から安らげる相手じゃないんだよ。という事実を

頭でねじ伏せていたのだ。

そして、本当の心は

なにか、つまらない。

何か頼りない。

と、葦原に穴を掘ってそこにこっそり叫んでいたのだろう。



それが、強い風が吹いたあの日。

会社での鬱積がピークになったあの日

葦原に埋めた心を

マーケットの彼が見せつけてきたのだ。



王様の耳はロバの耳



葦原は本当のことを言った。

それと同じように



彼はつまらない。

彼は頼りない。

彼では安らげない。



たった一つの綱が切れてしまったあの日

その綱のもろさを見せつけた相手にすがってしまったのは

悪いことだったのだろうか・・・


葵・・・そのあと・終

 私はどこに流れていくのだろう・・・

終わりにならない終焉をむかえ

始まりにならない出発をむかえ

二人の男の心にわずかながら癒される。

そんなに私もすてたもんじゃない。

かすかにそう思える、やさしさにつつまれながら・・・

私はふたりの男の間の

そのど真ん中にある、時のはざまににげこんでいるだけなのだろうか・・・・。



「今・・・」

彼の携帯にも聞こえたのだろう。

「チャイムがなった・・ね」

彼の顔はきっと苦痛に歪んでいただろう。

それを見ないで済む、携帯の連絡であることだけが

今はよかったといえる。

「そこ、それ、つまり・・・」

言いにくい事実は認めたくないb事実。

だから、私が言う。

「そうよ。彼のアパート」

できるだけ、冷たく、そして柔らかな声で告げる。

「帰ってきたわ。食事の支度をするから、切るわ」

マーケットの彼は小さな1LDKのアパートに住んでいた。

格安物件。

笑いながら、そういった後、

「一緒に住む?こんな部屋で良かったら」

私に告げながら、小さな告白をした。

「はじめて、見たときから気になっていた。

でも、彼氏いるの買い物の中身でなんとなくわかっていて・・・

彼と幸せでいるのなら、それでよいとおもっていた」

私はその時なんと答えたか、覚えていない。

ただ、自分の逃げ腰さえも

この人はわかっていたのだと思った。

もしも、彼のところにもどったとしても

「彼と幸せでいるなら、それでいい」

と、いえる人なのだと思った。



そのひたむきさに

心が解けていった。

自分の心のままに生きられないのはまだしも

その心さえ、見失ってしまうのは、どうだろう。



すなおな人だと思った。

同じように、私も素直に生きようと思った。

たとえ、この先

彼とこの人の間をふらふら渡り歩くような悪女になったとしても

それが自分の心のままなら

すなおに従ってみるしかない。



心はいつか、

答えを出すだろう。



体がみせた答えの通りなのだと

心も気が付いていくだろう。



夕飯を食べながら、私は彼の電話のことを話した。

「うん・・・俺、いいかっこしいのみえっぱりだからさ・・・

お前がでていったら、絶対おいかけないけどさ

きっと、なくだろうな。

俺をなかせただけでさ、幸せになれないのなら・・でていくなよな」

「もう、もどらないよ」

「そういったの?彼に?」

「ううん・・いえなかった・・・」

「愛してるんだよ・・・だから、いえない・・いいたくない」

そういうことになるのだろうか?

「でも・・・」

その続きの言葉をその人はとめた。

「愛していても、一緒に暮らせないこともあるんだよ。

判れたから、もう愛してないって、そんなに器用な人じゃないでしょ?

判れても、愛していてもいいじゃない。

何年たっても、好きでいていいじゃない。

あなたが愛した人じゃないか・・・」

心は自由じゃないか・・・

と、そういいたいんだろう。

「きっと、私、あなたのそういうところ、みぬいていたんだわ・・・」

だから、安らいだ?

だから・・・・

「あ・・・でも、やっぱり、はっきりつたえなきゃだめだわ」

「なんで?」

「だって、待ってるって・・・」

「いいんじゃない?

それは彼の自由じゃないか」

その考え方って、もしかして

「そう思いながら、私のことまってたってこと?」

「ご名答・・待ってた甲斐があったよ」

変な人・・・本当に変な人・・・

こんな女を好きになるなんてことからして

彼氏がいるのわかっていて

叶わないとおもいながら

自分の心に嘘がつけなくて・・・

「軽い女だとおもわなかったの?」

最初のその日のことをいうと

急に真顔になった。

「このチャンス逃がしたら後がないって、俺は必死だったよ」

伝え終わるとやわらかな饒舌になる。

「おまえこそ、オオカミ男かって、おもわなかった?」

思わなかった。

それは、嘘じゃない。

きっと、心と体が丸くつながって

潤いをくれる相手だときがついてしまったのだろう。

「これから、よろしくね・・・」

言った後から涙がぽとぽと落ちてきた。

こんなにすなおに思いがあふれて

未来に向かっていこうなんて思う日がくるなんて

思ってもいなかった・・・。



携帯を取り出すと、

私は彼のアドレスを開いて着信拒否をいれた。



「いいの?」

そっと確かめてくれた言葉がなおうれしい。

「大丈夫。もう・・・戻らない」

そして、もう一言告げなきゃいけない。

「あなたがいるから」



心の中でさようならと

最後の愛しているを告げると

私は

新しい恋人を見つめなおした。



5年の重みを一瞬で吹き飛ばしてしまう。

そんな人だと思った自分の心にすべてをゆだねよう。

心の声に耳をふさがず

生きていこうと決めた。



   ーおしまいー























五亡星?六亡星(りくぼうせい)?

アル手相鑑定士のブログにいってきた・・。

憂生の手に五亡星?あるいは、りくぼうせい、らしきものが、

あるよな、ないよな・・・。

あるか、ないかを詮議してもはじまらない。

五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)の違いはなんぞや?

って、ことを調べにいってきたわけで・・・。

で、この星のことについて、くわしく書いてるブログって、あまり無いのです。

つまり、手相って、まだまだ、未開拓なのでしょう。

その中で

自分の勘を信じればよいのじゃないかって一言がありました。

憂生もその考えで、いろいろ、解釈しています。

例えば親指の下方側面から、小指まで伸びそうな細い線がある。

これは、先祖からとかの宿命みたいなものを果たし始めると

結局、このことで、自分の中に「徳?」みたいなものができる。

これが、すなわち、財産運の場所に伸びている理由。

そんな風に独自な解釈をしないと、いまいち、納得できない線っていっぱいあるわけです。

で、その時の憂生の解釈の仕方がいわゆる勘なわけですが、

この勘がでてくるのでも、

例えば、女性、子供がいる人だったら、上のような線がでていたら、

自分の子供の才能を育ててあげるバックアップをしていったら、

子供が開花する。それが、ひいては、自分の財産でもあるし、

その才能で実際大金をかせぐかもしれない。

と、まあ、ひとえに勘といっても、

自分のバックグラウンドを踏まえた上で閃いてくるものなので

同じものをみても、違う解釈をすると思います。

って、まあ、こう言うところもその方と同じ考えだったり、

憂生がよくいう、神、霊(高位な)を人間の位置にまでおとしたり

その力を金にかえるな。ってのも、にかよったことをいってまして・・。

ま、その方の場合は神さまから直接、金に換えるな。と、いわれたそうですが・・

まあ、自分とよく似た考えだから、納得するというのも

妙な言い方ですが・・・。

そんなんで、その人の所に

五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)の事がかいてあり、

さらにまだ、九字からくるドーマン?のことがかいてあったり、

なんやかや、納得さらにだったわけですが・・。

前置きのほうが長い・・・。

さて、五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)

手相の解釈は色んなものが入り混じっています。

インド手相。中国手相。西洋手相・・・

細かいことはわかりませんが、ソロモンの環なんて考え方もはいってくる。

まあ、当然、どこの世界にいっても、みんなの手に相があるから、

どういう風に各手相所見が融合してもおかしくないわけですが・・・・

さて、五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)

で、五亡星は安部晴明です。

彼の家紋にまでつかわれています。

で、このルーツを手繰っていくと陰陽道・・から、

北斗七星・・北極星・・・うしとら金神・・・国常立・・あるいは天御中主と・・・

まあ、歴史を齧ってみる方向に話がいくわけですが、

ようは、「守護」魔を寄せ付けない。どころか、調伏するところの力。

で、りくぼうせい(六亡星)

これはダヴィンチコードの中でもいわれたことですが、

ようは、男女。天地。対峙する同等の価値の融合による「和」をあらわす。

つまるところ、困難などを「和」に持っていく力

解決する力

と、解釈できるわけで、これも前述の人の考え方と同じです。

で、憂生の五亡星とりくぼうせい(六亡星)(ダビデの星)

これは、三角形が微妙にずれていて、

どちらにも取れるのです。

三角形だけ見ると六亡星。

ところが外枠をなぞると、五亡星・・に近くなる。

これは、な~~ぜか。

と、いう事で考えていきますと、

憂生はある意味両方のことをやっている。

最終的には家庭を大事にしろ。

って、言うわけです。

一方で調伏じみた力も持っている。

で、へたなものはちかよらなくなってきてるし、

最終的には、「和」の方の解決策を考える。

だけど、以前に憂生は

不思議なことを伝えられている。

「いずれ、榛の木」

なんですか、それ?

「榛の木は雌雄同体だ」

この意味が今になってこれかと思うわけです。

ダビデの星は

男と女の融合(和)をかたどっています。

言い換えれば、雌雄同体そのものでしょう。

だから、憂生の手に

六亡星が出来ても何の不思議も無い。

問題はそのことをもっと、進めていかなきゃならない。

単純に雌雄同体といいますが、

例えば、竜馬のやったこと・・。

将軍も皇室も救い出していく考え方。

日本という国をまとめていく考え方。

例えばこういうのが「和」であり「融合」精神なわけです。

こういうことをあらわす「星紋」がでてくるということ。

それもほとんど火星平原の中。

憂生が見なけりゃいけないことはどういうことか。

これを示されているということ。

あだや、おろそかにあつかえない「訓示」なわけです。

手相というのは、例えば、

自分をこう言う風に高く評価していく。

そして、それに見合う自分を目指す。

ってのが、本当で、

災難線・障害線がでているから、だめだとか、

しょげる事ではないと思っています。

その障害を乗り越えられる自分をつくる。

災難に負けない自分をつくる。

いや、作れる。

あるいは作ってる。

じゃ、なけりゃ、そんな線がでる以前におっちんでらあ。

あくまでも、手相は自分に良くとる。

そして、以前、書いたけど

手相鑑定士も相手の後押しをするアドヴァイスをする。

あたってようが、当たっていまいがかまわない。

必要なのは立ち向かう勇気。

良いことが出ていようが、悪い事がでていようが

立ち向かっていく勇気がなけりゃ、

良い事が出ていたってでてるだけ。

悪い事が出ていても、出てるだけ。

どっちにしろ、いずれにしろ、

立ち向かう勇気を与えてこそ

鑑定人。

そして、憂生は自分で自分を鑑定して

自分で立ち向かえとエールを送る。

そのための手相論。


出雲大社の御祭神


現在の出雲大社の御祭神はもちろん大国主大神さまですが、その昔、スサノオ尊とされていた時代がありました。
 出雲大社の荒垣入口の銅鳥居は長州の大名毛利家が寛文六年(1666年)に寄進したものですが、そこに刻まれた銘を見ると

 「一を日神といい、二を月神といい、三を素戔嗚というなり、日神とは地神五代の祖天照太神これなり、月神とは月読尊これなり、素戔嗚尊は雲陽の大社の神なり」

 と書かれていて、この時代はスサノオ尊が御祭神であったことがわかります。

御祭神の歴史 

いつから切り替わったとはっきり伝わっているわけではありませんが、歴史を見ていきますと、古代からしばらくの間は大国主大神でしたから、創建時も当然、大国主大神であったことでしょう。また、出雲国造新任時に朝廷で奏上する「出雲国造神賀詞」においては「大穴持命(大国主大神)」「杵築宮(出雲大社)に静まり坐しき」との記載がありますので、この儀式を行っていた平安時代前期までの御祭神は大国主大神であったようです。

鰐淵寺との関係 

ところが、これが中世の間のどこかから変わったようです。どうも鰐淵寺という出雲大社の北東にある大きなお寺との関係が起因となったようです。変わった理由について、國學院大學准教授の西岡和彦氏のわかりやすい説明がありますので、見てみますと、

 「中世の出雲大社は、神仏習合の影響を受けて、一時祭神は素戔嗚尊であった。それは鰐淵寺を中心とした縁起(いわゆる中世出雲神話)に、出雲の国引き・国作りの神を素戔嗚尊としていたことから、それが一般に広まり出雲大社までが祭神を素戔嗚尊とするようになったのである。」(しまねの古代文化第十一号、島根県古代センター)

 中世は神仏習合体制で、神社と寺院とかなり緊密な関係となっていたところが多く、出雲大社と鰐淵寺の関係もそうであったようです。最も神仏習合といっても、神社よりも寺院の方が力が強い事も多く、また学問といえば僧侶が中心でしたから、そのあたりも御祭神の変更に影響を及ぼしたのかもしれません。

御祭神の復帰 

豊臣秀吉の唐入りの際、出雲大社は所領を大きく減らされた影響から、江戸時代に入って鰐淵寺との関係はかなり薄くなりました。
 また儒学が盛んになると、神道が見直され「日本書紀」が広く読まれるようになりました。日本書紀においては出雲大社は大已貴神(大国主大神)のお住まいとして建てられた、という話がありますから、江戸時代中期には出雲大社は公式文書にもはっきりと御祭神は大已貴神と記載するようになり、はっきりと大国主大神に戻った、というわけです。

mihasira

・・柏・・

ウガヤフキアエズを手繰っているうちに
http://www.kanko-miyazaki.jp/kaido/50story/densetsu/027/
にて、
下記、無断拝借の一文にめがとまりました。

ある日、ミケイリノミコトが五ヶ瀬川のほとりにある七つが池のあたりを散歩していると、水鏡に美しい姫の姿が浮かび上がりました

ウガヤフキアエズについては、九州ということになっていますが、
福井県嶺南にて生まれ、長じて九州にいったという「ほつまつたえ」と
宇(神)が西の波にのってやってきたという伝承のあるウガヤフキアエズを祭る宇波西神社があり
そこで、王の舞という海幸彦・山幸彦の争いを伝承するかのような神事があります。
かつ、近くには日向という場所があり、
ウガヤフキアエズ王朝を搾取され、日向からにげのびてきたウガヤフキアエズではないのか?という気もするのです。

奇妙な地名の一致はほかにもあり、
神武天皇が舟を作らせるために滞在した兵庫県の美弥浜だったかな、ここに「耳川」という川がありますが
宇波西神社の5kmほど先の美浜という土地に「耳川」というのがあります。

http://www.kanko-miyazaki.jp/kaido/50story/shinwa/026/  より
それから、カムヤマトイワレヒコは兄とも相談し、みずから軍をひきいて日向の美々津(みみつ)から東に向けて旅立ったのでした。

はて?
神武天皇は兵庫県で舟をつくらせているというのですから、
最初の旅立ちの地はむしろ福井嶺南からのほうが理屈にあってきます。

そして、美々津という名前もきになります。
津というのは、瀬戸際・・つまり、海の際、岸辺に接したところによくつけられますが、
文字音にすると、ここにも「みみ」がはいっています。

日向というなまえがかさなり、耳川という名前がかさなる。

これは、人間のさがといいましょうか?
新天地をもとめたり、異郷の地に名前をつけるとき(開拓とか)
ふるさとの名前をつけます。
新十津川・新広島
アメリカになってくると、ニュージャージーとかニューヨークとか
ほかはしらないけどwww
けっこう、ふるさとにあやかるというか、
ふるさとのどこそことにているなあ、と、望郷の念?からか
つい、その名前で上つ人がよんでしまえば
そこが、その名前になるという事も考えられます。

はてさて、どっちが先だったのだろう?
ウガヤフキアエズが九州から追い立てられてしまったのが本当か?
神武天皇が東に旅立ったのは、ウガヤフキアエズにぎはやひ?)王朝においうちをかけるためか?
つまるところ、福井県嶺南にウガヤフキアエズ王朝があったのが本当か?
すると、神武天皇が兵庫で舟をつくらせたというのが、浮いてきてしまう?
???
が、ウガヤフキアエズ王朝をほろぼしているからこそ、帰りの船をつくらせている余裕があったとも考えられるwww
そして、ウガヤフキアエズ王朝の所在もろとも、継承するとなるのなら
日向の名前ごともちかえったかもしれないwww
ものすごいこじつけだともおもいつつ・・・。

と、なると、王の舞というのは、洪水の伝承ともかんがえられ、
あたりのことがすこし、きになった。
世界最古の漆器といわれている漆器がでてきたり
湖からは縄文時代の丸木舟がでてきていて
湖のそこに12000年前の地質があるらしく
12000年それより前のことは不明だが、湖も5個でなく6個あったのがなくなっているらしいので
その時期に洪水があったのを、伝承しているのかもしれない。
洪水は神の怒りであるとか、
天皇の行いによって異変がおきたとかいうかんがえかたもあり
神社が鎮魂のいみあいもあるとかんがえると
兄弟?の争いが天のいかりをかい、洪水がおきた。
そのことをいましめるためにも「王の舞」として奉納した。
とも、
じっさい、山側と海側の人間とで王(政権?)をこかし
こかしたものが、豊漁・豊作となる(実験を握る?)というのであるが、
そういう政権を争う姿に神王がでてきて怒りをあらわしているともとれなくもない。

ちょっと、はずれてしまっているが、
そのままいくと、
西ということばにも、ひかかる。
出雲大社そのほか、神殺し?の封印のためかとおもうような
4拍2礼という作法がある。
これは、一説に死に死にであり、貴方はしんでいるのです。
と、その場所にしばりつけるためのものであるという。
そして、西というのも、西方浄土であり、これまた、西をひっくりかえすと、死に、になる。
つまり、西の波ののってきた神という伝承は
実は神は死に場所にいきなさい。
と、いうことであり
ある種の呪縛であったのかもしれない。
その土地の西の半島には、
塩坂越といういう峠?があり
その半島の先に常神という土地がある。
塩坂越は死の坂をこえてという
出雲神話のよもつひらさかのようにおもえる。
そして、死んだのだから、最先端の場所にいきなさいと。
外れ、端でいなさいとばかりに
神が居る場所と常神という地名でここに、これまた呪縛しているようにさえ思える。

そんなことを思いながら最初の抜粋のページまでよんでいたのだが

ある日、ミケイリノミコトが五ヶ瀬川のほとりにある七つが池のあたりを散歩していると、水鏡に美しい姫の姿が浮かび上がりました

と、いうところの
五ヶ瀬川がきになってしまった。

どこかで聞いた名前だとおもって、しらべたところ、
福井の銘菓だった。
五月瀬であるが、これまた、奇妙に名前が符号するので、
五月瀬のページを開いてきた。

すると、五月瀬の焼入れ紋のことで

丸に三つ柏
創業者:瀬川家の家紋です。

と、ある。

三つ柏といえば、先日も日御碕神社の写真でもわかるように
スサノオの紋である。

スサノオ=にぎはやひ=ウガヤフキアエズ王朝?という血縁?があるとおもえてしかたがない憂生 にとっては
五月瀬の店主宅が丸に三つ柏ということが、ただならぬ符合に思えてくる。
実際、スサノオがウガヤフキアエズ王朝の王族であったとするのなら
日本各地にちらばるスサノオ系列の神社などからも
かなり、日本全土を掌握していて
かつ、さきにかいたように、支配という形でなく
国民の生活をよくしようとあちこちにいったようであると考えられる。

スサノオが鉄器などの技術、たたら製鉄を伝播していったのが
ヘブライ人の渡来により、技術もつたわったのちとするのなら
ウガヤフキアエズ王朝を搾取されたあとになるのだとおもう。

そして、スサノオが国民の生活をよくするのが目的であったなら
滅ぼされた王朝のことよりも、
たたら製鉄の技術などをつたえていくことに奔走したと思える。

実際、ぬながわひめの物語をかいていて、
資料的にでてくるのは、
奴奈川の民を戦いにまきこみたくないという姫の思いである。
自分さえ、そっくびをさしだせばそれですむ。
皆はいきのびよ。ということだったらしいが、
どうも、みなさん、いうことをきかなかったようでwww

まあ、こういう発想も大国主命の妻という立場にいたれば
いっそう、スサノオの考えがしみわたるというきもする。

つまり、スサノオ自体があるいは、大国主命が、
周りの人間をしなせたくないためにも、
あっさりと国などゆずって、
実質の国民の生活安定をねがったのだろう。

ゆえに、実際のところ、スサノオでなくても、
国民のためにうごいた存在については、
「さては、スサノオがあらわれた」とうけとめ
各地でスサノオ(あるいはスサノオ精神)を祭ったとかんがえられなくもない。

つまり、実際の血縁でなかろうが、あろうが
スサノオの精神に感銘をうけたものが、
三つ柏の紋をせおったかもしれないし
実際に福井、近畿あたりにかけて、にぎはやひがいて、ウガヤフキアエズ王朝があったのなら、
三つ柏の血筋がいてもおかしくないかもしれない。

ちょっと、家紋系列の本が近くにないので、
なんともいえないが、どのあたりに三つ柏の家紋が多いかなど調べられたらと、思う。

そして、またスサノオが三つ柏なのだろうと思う。
柏手(かしわで)というのも、神さまに挨拶をするというか、
「おいおい」とよびかけるのも、妙であり
雲上人や殿様が手をうつときは
「人をよぶとき」「用事をいいつけるとき」であろう。
つまり、神様をよび、用事をおねがいする。
この柏のいみあいは、
気が白い(木が白い)であり、
清廉潔白のように、清い思いを指そう。

よく耳にするのは、神の食物をのせる梶の葉であるが
これも、神=蛇になるかもしれず
おそれもおおくと、蛇の尾のあたりに供物を置くという意味合いで
梶・・の葉をつかうのかもしれない。

蛇といってしまうと、またもや霊能者的発言になるのだが
出雲大社の式年遷宮の何年か前に、
霊能力者さんが
出雲大社のなかのものが、蛇にかわtった。
と、いうことをいっていて
別の方がやはり、中の気配が長くておおきなものにかわっていたということをいわれていた。

おおひるめむちとも混同?混合されているような気配のあるアマテラスだが
おおひるめむちも蛇体であるといわれている。

このあたりをかんがえると、
スサノオがやまたのおろちから
草薙の剣を得たというのも奇妙に思える。

そして、それが天皇の継承、三種の神器にはいっているということは
天意による、「継承」のしるしであるとかんがえられ、
すなわち、深読みをすると、
DNAにスサノオ(ウガヤフキアエズ王朝)のDNAが受け継がれているということかもしれない。

剣というのを男性の象徴であるとかんがえると
いささか、不敬であるので
剣という言葉におきかえ、
蛇体であるという神部分?から剣をとりだし
神の剣によってDNAを継承している
と、いうところかもしれない。
(ふらちだろうか・・・う~む)

と、なれば、
出雲大社に長いものの気配がするというのも、
さも、ありなんの蛇体説でもある。

が・・・。
はたして、蛇が象徴するものはなんであろう?

蛇については、又、今度・・・
今日はここまでにして、寝ます。

ー邪宗の双神ー   白蛇抄第6話

「することが無いの」
ニコニコと笑いながら八代神は、白峰に声をかけた。
が、白峰は応える気力も失せている。
天空界に引き戻されるように上がって来ると、
白峰は十日ほどどっと、深い眠りの狭間に落ちた。
十一日目に薄目を開けると八代神が覗き込んでいた。
「何時までも、拗ねていてもしょうがなかろう?」
丸で赤子か何かを諭すような物言いである。
「判らぬでもないがの。千年はもう、取り返せぬ」
「煩いの」
「ほ、元々黒龍が物への、横恋慕。叶わぬ、叶わぬ」
「・・・・・・」
白峰の頬につううと涙が伝う。
「判っておった。が、・・の・・」
男泣きに泣崩れる所なぞ見とうもない。
慌てて、八代神はその場を立ち去った。
地上を見下ろせばそこには愛しいひのえがおる。
が、その横にはつかず離れずひのえを守る白銅の姿がある。
『人間に負けた訳ではないわ』
己の情の薄さに負けたのだと思う。
ひのえが事に一心になる余り、
大きな筋目を狂わせていた事にさえ痛みも感じていなかった。
その子蛇の痛みを今更の様に哀しくあり、かのとに言われた通りだと思う。
深き思いを見てやらず、ひのえを己が手中に収めようとした。
が、ひのえの腹にいた子は
いつも、いつも、ひのえの心の奥底を見つめていたのに違いない。
母を救う為に子蛇は敢えて刀身の下に身を投げた。
命を懸けた思いに勝てるわけがない。
その思いの峻烈な事に白峰は打ちのめされている。
「己の身勝手」
と、かのとに言われた。
確かにそうだと悟さしたのが子蛇の生き様であった。
短い生を母のために与え尽くしたのである。
「わしは・・・わしの思いが精一杯じゃった」
「判っておるわ」
何時の間にか八代神が戻って来ていた。
その手に麗しい白い実を持っている。
微かに色づいた果実のうぶ毛を布でくるりと撫で回して取り払うと
「食え」
と、白峰の手においた。
続けて自分の食う分を布に包み込んでそうと撫で回してゆく。
「のう、黙って見守ってやるしかないに。
己の思いを奥底に沈めて見守ってやるしかない。
それがうぬのあの女を愛す法じゃろう。うぬに許されるはそれしか無いに」
「・・・・」
「それを知るに千年は長かったのう。わしも黙って見ているのが辛かったわ。
うぬにこの気持ち判るかの?」
ほほほと、笑うと八代神は桃の実に齧り付いた。
神仙樹の実から滴がたらたらと溢れるほど落ちると八代神の手を濡らした。
それをぺろぺろと舐め上げると
「甘いぞ。食うてみや」
白峰が口を付けないのを促がした。
「想うだけか・・・」
白峰が呟く。
「そうじゃ」
「・・・・」
「それも、失くしたいか?」
八代神は白峰の淋しげな顔を見ながら尋ね返した。
「いや」
つるるとその実を貪り、汁を吸っていた白峰が実から口を放すと
「しかし、気になる事が一つ、残ってしもうた」
「ん?なんじゃな」
八代神も実を喰らうのをふと止めて尋ね返した。
「鼎を助けた折の事じゃ」
ひのえが我気道に落ちた白銅の妹を救い出した事を言うのである。
「ああ。餓鬼に落ちたを救うた事か?」
「ああ・・・」
「わしも驚いたがの。お前なんでその時にひのえの心に気がつかなんだ?」
「?」
「あれは、白銅にしてやれるひのえの精一杯の尽しであったに」
「あ、ああ。そうであったのか」
鼎を助けたい一心もあったろうが
その底に白銅の悲しみを除けてやりたいという思いがあったのである。
鼎への思いと白胴への思いと二重に重なった心が、
慈母観音をも動かせたのであろう。
渋い顔をしていた慈母観音もひのえを読んだのちに
ふと、顔がほころんだのを白峰が見ている。
「が、無茶をする。お前がおらなんだら慈母も動いたかどうか、判らんに」
と、八代神は言う。
「いや。動いたであろう」
白峰には判る事である。
「で、気になる事というは、やはりひのえかの?」
「うむ。あれはその事で魂に業を受けておろう?」
「ああ、、山童がの」
酷いほどの山童の陵辱をひのえが一身に替わり、引き受けたのである。
「・・・・うむ」
ひのえが鼎の業を浚えたとなれば、その業はひのえの中に滞っている。
「そうか。そうなると、来世に業が出るの」
「何とかならぬか?」
八代神は首を傾げた。
「無理だの。魂に刻まれてしまう業はわしでも退けられぬ」
「やはり・・・そうか」
「ま、ただ」
「なんだ?」
「陵辱の憂き目は変えられぬが、相手を変える事は出来るの」
「相手?」
「それを河童にしても鬼にしても、いずれにせよ、陵辱はまぬがれん」
「物の怪でのうても良いのだろう?」
「それが陵辱ならの・・・が、」
「何だ?」
「人ならば性が馴染む。陵辱の果てに子を宿すやもしれぬ」
「鼎の様に初潮の前でなら?」
「餓鬼に落ちたら誰が救う?」
「う・・・」
付かれた疑問に白峰も言葉を無くしていた。
「まあ、よう考えて見よう。
ひのえの来世が生まれくるにまだまだあるわ。
ひのえもまだ、生きておるに」
「そうじゃの」
白峰が黙り込んでしまうと八代神は立ち上がった。
「さて、ひのえを大事なのは御主ばかりではない。
あとで小言をくろうてもかなわぬ」
呟くと八代神は黒龍がいるだろう方に向いて歩んで行った。

ゆっくり歩んでくる、八代神を黒龍は見ている。
八代神は、その黒龍に
「長きものは、人の姿の方が楽のようじゃの?」
と、声を懸けた。八代神の瞳の中で精かんな男がにこりと笑っている。
その男は
「天空界とは名ばかりじゃ。丸で化け物屋敷の様じゃ」
と、言う。
祭神と成った者達がやがては天空界に上がってくる。
狸狐の類はいうまでもなく、申神に鬼神、はてには百足の神まで居るのである。
「まあ、言うな。白峰も居るではないか?」
これも元を正せば蛇である。
「まあの」
「お前とは古い付き合いじゃ」
慰めとも付かない事を言う。
同じ長き物同士ではないかと言いたいらしい。
「向うから来たのが、そも初めだ」
白峰など相手にしたいわけではない黒龍なのである。
「知った事ではないか?」
八代神は黒龍の胸の内を量って苦笑した。
「相手が悪いわ」
白峰が懸想した相手が黒龍の想い女であったのが事の発端であった。
「仕方がなかろう。お前が惚れるほどの女子じゃ。白峰もきすつなかろう」
黒龍が者と諦めきれるものならば、白峰も千年もかけるわけがない。
「妻は得ぬのか?」
八代神の問いに黒龍は地上を見下ろした。
「わしの妻はあそこに居る」
言われて八代神も見てみれば、
耳を掃除しろと言う政勝の頭を膝に抱いているかのとである。
「わしの替わりが、あれか?」
と、黒龍は呟く。
政勝はそのうち、そのかのとの腕をとると
「耳掃除はもうよい」
と、言出す。
「見ておられぬわ。あのにやけた男がわしの替わりか?」
黒龍が八代神の同意を求める様に言った。
が、二人の様子をじっと見ていた八代神は
「とは、言うがの、あれらはのう。もう八代になっておる」
「そ、そうなのか?」
「お前なぞとうに負けておるわ」
「そうか」
政勝、かのとの縁は思いの外深い物であった。
黒龍がもう一度、二人を見遣れば
政勝がじゃらけてかのとの襟に手を入れている。
「だんな・・さ・ま・・昼間から・・」
かのとが窘める声がすでに艶を帯びている。
思わず黒龍も
「これじゃ!政勝。ちいとは遠慮せい」
と、声を出した。
その声が政勝に届いたのか、政勝がふと後ろを振向いた。
「どうなさいました?」
かのとに聞かれると、政勝は
「いや?なんぞ呼ばれた様な気がしての・・・。気のせいじゃ」
かのとを見直すと
「待たせた」
じゃれの続きを始める。
「待っておりませぬ」
ぷいと横を向くかのとを寄せつけると
「ほんにか?」
かのとの口を啜り上げながら
政勝の手がかのとの裾の中に割り入って行くのである。
  
正月を迎え正眼の元に政勝夫婦と白銅がやってきていた。
久し振りに顔を合わせた白銅が
「えらく色が黒うなりましたな」
思わず政勝に言った。
それもその筈で、政勝の代わりのかのとが
「ああ、この人。一穂様の養育係りを仰せ付かりましたのよ。
闊達でよう動きますそうです。
馬も弓も剣に槍まで、その上に毎日の様に外歩きをなさいますに
付いて歩く内にあのように・・・」
「黒うなった」
かのとの後を政勝が一言継いだ。
一穂は主膳のたった、一人の男である。
数えの十二になるが頭も良い。
身体も機敏でなにより政勝の教える事の呑みこみが早い。
「あれは良いお子じゃ」
政勝も手放しに誉めるのであるがそれもその筈で、
主膳の相好が崩れるような話がある。
主膳の方も、勢姫の死を知るとさすがに心の寄る辺を失くしたのであろう。
自然、一穂に目が向けられる様になる。
そうなると八重の方に逢う事が多くなる。
八重の細やかな気配りに悲しみが癒されるほどに
八重の方との仲が拠り戻され深まっていったのである。
「すまなんだ。長い間、その方を・・」
頭を垂れる主膳をみるお八重の頬にも伝い落ちる物があった。
「いえ・・」
かなえの死によって心の底深く流れていたかなえへの思いが渦を巻いたまま、
途切れてしまうと
主膳は勢姫へ愛情を傾ける事で、かなえを亡くした悲しみから立ち直ってきた。八重もそれを良く判っている。
が、その勢姫も天守閣から身を落とした。
母子が同じ死に様の因縁の深さに八重は主膳の心中を思うと胸が痛んだ。
どんなに主膳を思うても、かなえ様には勝てぬ。
そう己に区切りをつけると、
それでも、たった、一人もうけた一穂を育て上げる事が
主膳への、自分の出きるたった一つの尽くしであると信を持つと
一穂に愛情を注ぎ、慈しみ、
そして、何よりも主膳の子である事を誇りに思い、主膳の一子である。
何よりもそれに恥ぬような、お子でありやと厳しく育ててもきた。
「よう、一穂を」
「はい・・・」
己を見返りもせず勢姫の事ばかりであった父であるのに
八重がよう教え込んで育てたのであろう。
一穂が父を敬愛するのが手に取る様に判るのである。
「父が好きか?」
「父上がおりませなんだら、一穂は生まれてきておりませぬ。
一穂の命より大事なのは父上様です」
わずか、十歳ばかりの子がそう言いのける。
その言葉を聞くとはからずも主膳の目に小さな雫が浮かんだ。
ぽたりと膝の上にそれが落ちるのを見ると
「父上。一穂はいけない事を申上げましたか?」
「いや。お前の命はの、父が与えた物じゃ。
じゃが、其れ故にわしの命より大事なのが一穂の命じゃ。
お前が言うのはさかしまじゃ」
「でも、父上がおればこその一穂だと、母上が・・・」
「良い。良い。お前が命。それが一番じゃ。
自分の命、二の次にするは親になってからで良い。
一穂。親より大事な命。粗末にすなよ」
「はい」
素直に肯く一穂の成長振りにも目覚しい物があったのである。

その一穂の従者に政勝を選んだのも
主膳が政勝の豪胆な所を気に入っているせいでもあったが、
勢姫の一件でも判る様に
政勝という男に対して
主膳の方も親の情を衒いもなく見せる事ができたせいであった。
政勝も主膳の心根を察して細やかな心配りで一穂に仕えていたのである。
その政勝が腕を組んだまま、白銅に尋ねた。
「所で日取りは決まったのか?」
色々とかのとの方から聞かされていると見えて
政勝もひのえと白銅の事は承知の事のようだった。
政勝の問いに白銅の頬が軽く上気して見えた。
「あ・・雛の日に」
白銅が答えるのを
「そんなに?待っておれるのか?」
からかう政勝の袖を引いているのがかのとであった。
やがて長過ぎる年賀の礼もそこそこに政勝夫婦と白銅が帰って行くと
正眼もしんみりとしてしまう。
「春にはとうとうわしも独りぼっちじゃの」
気弱な「あ、それが、鼎様の事があって、白銅の御父上があの」
「なんじゃ?」
「諦めていた娘が帰って来たのであらば白銅を出しても良いと」
無論、養子にである。
正眼の後を取る者はひのえしかいないのである。
有難い申し出ではあるが正眼は黙って首を振った。
「鼎殿の生き方を狭めてはなるまい?」
「はい・・」
「ましてや、女は嫁ぐものだ。仕える相手は夫君であれば良い。
家の為、名の為、親の為、夫君を後にしてはならぬ。
それは鼎殿もそうであろう?」
「はい・・」
「親より、夫君が大切であらば親にとってこれほど幸せな事はない。判るな?」
「はい」
ひのえが強く頷く。
その頷いたひのえの顎の線に瞳を落したのも、
正眼の瞳に溢れて来る物があったせいである。
事を言い出していた。

明くる日の朝。
城の中の拝謁の間である。
主膳に呼ばれて四方を護る四人の陰陽師が顔を揃えた。
と、言っても何かあったわけではない。
歳の初めに、必ず主膳は四人を招くのである。
四人の前に座ると主膳は深々と頭を下げた。
「今年も都の守り、何卒宜しく願い奉る」
其れだけであるのだが、主膳はその折り目筋目を崩す事なく、
必ず頭を下げるのである。
それがすむと
「おお、そうじゃ」
と、相好を崩す。
一穂の事なのである。
四人も揃うておるのは寿ぎの日を決めるには丁度良いのである。
「?」
「ぁ、いや、元服を前にの」
髪揃えの儀式を何時にしたらいいかと言うのである。
そこに、呼ばれていたのであろう。
道守より帰って来ていた海老名が一穂を連れてはいってきた。
「ささ。一穂様こちらに」
主膳の横に座らせる様にするのを見ていた四人の目が
ちらりと動くのに主膳は気がついていなかった。

髪揃えの儀式についての日取りが決ると四人は退出した。
「どうしたものだ?」
まず、不知火が口を開いた。
「判らぬ」
海老名が連れてきた一穂の後ろを黒い影がつかず離れず蠢いていたである。
それが何であるか善嬉にも判らない。
その疑問をもう一度口に出すしかない。
「何だと思う?」
善嬉の言葉に答える者がいなかった。
四人の想いを取り纏める様に白銅が口を開いた。
「判らぬのだ」
確かめる様に
「お前でも読めぬか?」
と、ひのえ、事、澄明に聞きただした。
「禍禍しい者には間違いはない」
一穂を見た時のぞっとする想いが蘇えるのだろうか、澄明の口数も少ない。
「それはわしにも判ったが・・・何故あのような物が?」
不知火が考える様に言う。そして
「ここ、しばらくの事であるな?」
澄明との縁組の認を主膳から貰い受ける為に
城に何度か足を伸ばしていた白銅に問いただした。
が、白銅とて直接、一穂を見たのは今日が久方振りの事であった。
「・・・」
黙って聞いていたひのえが
「政勝殿に聞いて見ましょう」
考えていた事を口に出した。
「政勝?」
不知火は訝しげにきいた。
一穂の近習でもない政勝に何が判るのかと思ったのである。
「はい。ずううと御側におりましたそうな。養育係を仰せ付かったそうです。」
「ふむ」
と、なると話が違ってくる。
まずは、そうしてもらおうという事で話しが納まった所に
「所で、お前ら日取り整うたのか・・何時になった?」
と、善嬉が尋ねた。
「え」
「ぁ。春に・・雛の日に」
ひのえに代わりに白銅が答える。
「ふむ」
照れた二人が黙り込むと
「男子を先になすの」
と、善嬉が言う。
「あ、」
小さな声を澄明が上げたのを善嬉が見詰たので、
白銅と澄明が二人の胸の内は同じだったらしく
白銅が替わりにその声の思いの内訳を話した。
「いや。どちらでも良いが、先に言わるると・・・」
と、言うのであるが、善嬉は頓着無しに笑って見せた。
「早に仕度が出来て良かろう」
善嬉は先を読んだ訳ではない。
二人の性の兼ね合いを読んで言うただけであるから
必ず当たる訳でもない。
が、一種の暗示もあるのかもしれない。
やはり大方その通りになるのである。

澄明は白銅と並んで城を出た。
ここ何度か白銅が城に上がって来ていたのは、
主膳の認めを得る為ではあったが
何よりも主膳が澄明が女であると言う事に得心がいかなかったせいである。
確かに男にしてはやけに線が細い。
顔付きも女子顔だとは思っていたと言うのではあるが
陰陽事が女でも出きると言う事に主膳はどうしても納得ができない。
切り落とされた鬼の男根を褒賞紙を通してではあるが
むずと掴むのも見ているのである。
女の何処にそんな豪胆な肝があるものかというのが主膳の言い分なのであるが
白銅がそれでも、澄明を嫁取りたいと言って、
くいさがるのであるから信じざるを得ない。
主膳は
「尻に敷かれるのは覚悟の上じゃな?」
と、やっとこの縁組を認めたのである。
日取りが決まると二人は子蛇の塚に詣でた。
二人の縁を結び直したの子蛇に手を合わせたのである。
あれから二人で外を歩くなぞというのは久方ぶりの事であったが、
その二人が行くのは政勝の元である。
昨日、顔を合わせているのであるが
政勝の方には何ら変った様子は見受けられなかった。
が、龍の子孫である政勝が守をしている一穂に
妙な影が着いていると言う事が二人には得心できない。
それもその筈で
物の怪、魑魅魍魎の類は政勝を恐れ近寄らないのである。
敢えて近寄ろうとする者があるとするなら、
政勝の龍の血に魅かれ子種を授かろうという
采女のような下心や企みのあるものぐらいであろう。

玄関先に顔を出したひのえと白銅に気がついたかのとは
「あらあら」
二人を出迎えると二人を居間に通した。
政勝に用事だと言われたかのとは慌てて政勝を起こしにいったのである。
まだ、半分ねぼけ眼の政勝が居間に表れると
「寝正月ですか?」
二人が声を揃えて聞いたものだから
「よう息がおうておるの」
政勝も苦笑した。そして
「なんだの?」
二人が顔を揃えてきたわけを聞きただした。
二人の前に座りこんだ政勝に
先ほど見た一穂に付き纏うの黒い影の話をすると政勝が
「うーーむ」
と、唸り込んだ。
その様子に
「何か、心当たりがおありですね?」
尋ねる澄明に政勝が話し始めた。

その政勝の話しはこうであった。
政勝は昨年の秋頃から一穂に弓を教え始めたのであるが、
一穂の筋立てが良く、構えも一通りなのに気を良くした政勝は、
頃合も良いので一穂を連れて雉を射ちに森羅山に連れ行ったのである。
普通の者なら森羅山には入らないのであろうが
龍の子孫の政勝にとって、霊域である森羅山さえ何でもない所の様であった。
が、森の中で雉を捜し求める内に政勝は妙な神社に入り込んだと言うのである。
が、森羅山の中に神社なぞ無いのである。
聞きただそうとする澄明を白銅が遮ると政勝の話を先に聞き及ぶ事にした。
「いやはや。あれには弱った」
と、政勝が頭を掻いた。
「何か?」
と、尋ね返す白銅に政勝は
「道祖神の石の彫り物が如き物があっての・・・・」
と、言葉を飲んだ。
政勝はその神社の境内の中に入ってみた。
そこには、今、思ってみても妙な物ばかりがあった。
石に刻み込まれた道祖神に過ぎないと思って
何気なく目をやっていた政勝もうっと息を飲んだ。
描かれた道祖神は向かい合う男女であったり、
男同士、あるいは女同士であったのであるが
それが一様に互いの性器に手を延ばしている。
慌てて辺りを見渡せばあちこちにそれと判る物が並び立っている。
民間信仰の産土神に子を授かりたい夫婦が
性器を模った物を奉納する事は良くある事であり
政勝自身は驚く事ではなかったが、
連れ歩いてきている一穂の事が一番に懸念された。
年端の行かぬ一穂に見せられぬ物であった。
「流石に・・あれ・・は、いかぬ」
と、政勝は言うと、また話し出した。
慌てた政勝は一穂を境内から連れ出そうとしたが、
すぐ側に居たはずの一穂が見当たらない。
間の抜けた話しであるが、
政勝が男女の淫らな彫り物に目を奪われている間に
一穂が何時の間にか政勝の側から離れていた事に気がつかなかったのである。
僅かの間の事である。
そこいら辺に居るはずであるなと政勝は一穂を呼ばわってみた。
が、返事が無い。
が、良く見れば神社の扉がかすかに開いている。
ははあ・・・。あそこには入っておるなと、当りをつけて政勝が歩んで行った。
政勝が扉に手をかけ開けようとすると中から一穂が飛び出して来た。
「ま、ま、政勝・・あれは?・・中に」
一穂が驚愕の色を見せている。
政勝は扉の中の、見てはなら無い物を塞ぐかのように扉を閉めながら、
どうせこの境内の調子では
中には大きすぎる陽根と
一穂にとって奇怪な物でしかない陰根が
対で飾られていたのだろうと高を括っていたのである。
が、一穂が政勝にむしゃぶりついて来ると
「ど・・髑髏・・が・・髑髏が飾られてあったのじゃ」
と、言ったのである。
どうやら真言立川流の宗派の社であったかと
政勝にも得心がいくとそうそうに一穂を連れ帰って来たのである。
「その事に関係があるのかもしれぬの?」
と、政勝は話しを結んだ。

真言立川流というは、性愛を教義にする宗派である。
性愛と呼べる物ならそれが男女であろうが
それが同性同士であろうが
門戸を開いて招じ入れているので、
禁断の愛憎に陥った者達の確固たる逃げ場所にもなっており、
新町の春を鬻ぐ者達の信奉をも集めていた様であるが
経典が性愛事に基を成しているとならば、
敢えて表立った門徒の呼集はしておらず
影参り的な口の裏で悩み迷う者達が
密かに寄り集って出来上がっている宗派なのである。
何処でどう言う事になったのか、
開祖である早川何某が奥義を伝授しながら
性愛の果てに極楽浄土に上ったと言う事で
早川の髑髏が本尊に奉られているという
実しやかな噂が流れていた時期があったのである。
それを政勝も何処からか聞き及んでいたという事であり、
ならば妙な道祖神の石彫りにも、
社の中に髑髏が奉られているのにも政勝には得心がいく事であった。
真言立川流についてはそれでおくとしても、
やはり、森羅山には社と呼べるような建物は一切無い筈なのである。
それで、澄明は改めて政勝に尋ねた。
「社があったのですね?」
政勝は澄明の問いに訝りもせず
「おお。東北のほうに深く進んで行くと。そうじゃな、大きな椎がある。
それを右手にして曲がって行くとすぐ、開けた場所に出てゆく、そこにある社じゃ」
はっきり場所まで断言するのである。
「大きな椎というのは?腰の高さの辺りに大きなうろのある椎の木ですか?」
澄明の問いに政勝も
「そうじゃ。人が抱かえたら二抱えはあるかも知れぬ。立派な椎の木じゃ」
どうやら澄明の思った木と政勝の見た木は同じ物であるらしい。
「そうですか」
澄明は頷いて白銅を見た。
白銅も周知の事であるが、
その椎の木の先には確かに政勝の言うように開けた場所があることはある。
が、それだけでの場所であり
神室(かむろい)に値する場所であるのであろう、
しんと張り詰めた雰囲気がするだけの
まばらに下草の植えているだけの平たい場所で
建物なぞ土石一つとて無いのである
が、建物の在る無しを詮議していても始まらない事である。
「政勝殿。とにかくはもう森羅山にお入りにならないように」
白銅は政勝にそう言う。
「所で、その後一穂様に何か変わった様子は見られませなんだか?」
「いや・・・別段」
澄明も白銅も再び互いの顔を見合わせると、黙って頷いたのである。
これ以上政勝から聞き出せる事も無さそうであるとなると、
二人の腹は決っていた。
どう考えても一穂に付きまとう影の禍禍しさは
政勝の言うような真言立川流に関与するような程度のものではないのである。
が、在る筈もない社の存在をああもはっきりと見たといい、
尚且つ、問題の一穂までその社の中に脚を踏み入れているならば、
当然、澄明も白銅もその社を確かめに行かずばなるまいと考えたのである。

所が、二人が政勝の所を後にして森羅山に向かおうする所を
かのとが追いかけて来たのである。
肩で息をしている、かのとの息が整うを澄明が待ちながら、
かのとの顔色を窺っていたが、やがて
「どうしました?」
尋ねると袱紗を一つ、握り締めていたのを澄明に渡すと
「忘れ物を・・・」
と、言う。が、当然それは澄明の物でないのは自明の事である。
何ぞ考えがある事だなと澄明も双生の片割れのかのとの事は判っている。
「届けるというて、追いかけて参りましたに」
かのとが政勝の居る所で話せない事があったのだなと澄明も悟りが早い。
かのとの話しを促がすような澄明の眼差しにかのとの瞳がちらりと白銅を見やる。
それだけで澄明もかのとが話したい事に白銅の存在がうろん気なのだと察せられると
「白銅。すまぬ」
と、声を懸けた。
白銅の方も言われずともかのと、と、澄明の様子で気取っていて、
ついと向こうに離れて行こうとしていたのである。
白銅が向こうの日溜りの梅ノ木の方に行ったので澄明がたずねる。
「どうなさいました?」
「それが・・・・私の思い過ごしなのかもしれませぬ」
わざわざ追いかけて来たわりにはかのとらしくなく言い渋るのである。
「思い過ごしならば、わざわざ追いかけて来ぬでしょうに?
それに聞いてみなければ思い過ごしかどうかは判らぬでしょう?」
澄明が言えば
「あ・・・ああ・・はい。そうですね」
かのとも言うのだが、どうにも、かのとが口から言葉にし難そうに黙り込むのである。
「言い難い事なのでしょう?でも、気懸りは話してもらわねば後で私が気に病みます」
白銅の前でさえ話し難い事であったのであれば
尚更かのとの気懸りを聞いてやれるものは澄明しかいないのである。
澄明のその言葉にかのとがやっと
「政勝さまがおかしいのです」
と、言い始めた。

「おかしい?・・とは、どのように?」
澄明に尋ね返された、その内容がかのとには話し難い事であったのである。
訪れた白銅と澄明の話しがくどに立っていたかのとにも聞こえて来たのであるが、
その話しを漏れ聞くともなく聞いている内に
「あ、あの・・夫婦事なのですが。
一穂様が社に入ったという、丁度そのころからおかしいのです」
かのとの方も時期的に符号する政勝の変化が殊更に気に成ってしまったのである。
と、言ってもかのとが
なかなか具体的にどう、おかしいのかを話そうとしないので
澄明も痺れを切らした。
「読みますよ」
かのとの方があっさりと
「そうして下さい」
と、返して来たので
これではらちが開かないとふんだ澄明はかのとを読み始めた。
そして、しばらくするとかのとに
「しばらく、正眼の所に帰っていらっしゃい。
言い分けなぞなんとでも取り繕えましょう?」
と、答えたので、かのとのほうが沈み込んでしまったのである
かのとは顔を上げると
「考えて見ます」
と、だけ答えると元来た道の方を振返り尋ね返して来た。
「普段は何ともないのですよ。
それに、その事も、あってもおかしくはないことでしょう?」
夫婦の睦みあいにいいほどあぐねた夫婦が趣向を変え様という戯事ならば、
かのとの言う事も判らぬ事ではないのであるが
まだ夫婦になれ初めて二歳もたっていない。
しかも政勝の性分からもあり得ない事に思えればこそ
かのとも不安を胸に抱きながら政勝の豹変振りを受け止めて来たのである。
せめてもひのえに大丈夫と言われたくもあったのであるが、
かのとの不安は的中していたのである。
「かのと。悪い事は言いません。とにかく帰ってらっしゃい」
懸けた言葉を背にかのとは政勝の元へ帰るつもりなのであろう、
澄明の言葉に今度は答えもせずに走り出していった。
ふううと、大きなため息をつく澄明の側に白銅がやってきていた。
「どうした?」
澄明を覗きこむ白銅には、かのとを読み透かしたその内容を
話しておくのがよさそうであった。
「どうやら、黒い影が差配しようとしているの一穂様だけではなさそうです」
と、告げた。
「どういう事かな?」
訝しげに尋ね返す白銅に
「政勝殿がどうやら思念を振られている様なのです」
「政勝が?」
「ええ。かのとに・・政勝殿が・・・はああ」
ため息になる澄明なのである。
「何ぞあったのか?わしが見る限り、いや、気になって読み透かしたのだが。
なにも無かった」
白銅の言葉を折り取る様に澄明は
「だから、思念を揺さ振られていると言っているのです。
白銅。私も政勝殿の事は読み透かしてみたのです。
けれど、一切、政勝殿の中にはかのとにして見せた事一つに対して
衒い一つさえ見当たらないのです。
つまり、自分に覚えがないまま、しでかしているとしか」
「かのと殿に政勝が一体何を?」
「色子になすような振舞いといえば、お判り頂けますか?」
「え?」
二の句を継げずに白銅が押し黙っていたが
「ま、まさか?いや、政勝は・・そっちの方は・・あ、いや・・」
男色を求むるような男でもなければ、かのとをその代わりにするような男でもない。
仮にそういう毛をもっていたとすれば、
かのとが今頃、たじろぐ筈もないであろうし、
政勝の思念の中にそういう毛があることを恥じる物もあれば
それを読まれぬはせぬかという思念も沸こう。
が、それも無いのである。
「ありえますまい?」
「しかし・・・その・・・」
睦み事の度を越して、そちらの方でもかのとを試したくなったのでは?と、
白銅も聞き及びたくもあるのだが、
さすがに澄明ことひのえこそ白銅が恋女房に貰い受け様という
女子に聞ける事ではない。
「何よりも政勝殿にその時の思念がない。
手前の意思でやっておらぬ。それが、おかしい」
澄明の方はかのとの中から何おかを読んだのであろう。
きつい言葉つきで断言すると白銅に
「なにを目論んでおるのか判りませぬが
政勝殿の思念を振るとなれば
そこらの齢を経た狐狸如き容易さで正体を見せてくるとは思えませぬ。
社事、実在を飛翔させる力があるのか、
あるいは我等の目を謀るほど・・・。
いや、既にそやつの思念の只中に我等もいる?」
澄明の言う通りであるのかもしれない。
政勝の異変に気が付かなかったという事自体、おかしな事なのである。
守護するにも、政勝の思念事掴まれ、振られてしまっているのなら
陰陽師がいくら言霊や式神を飛ばして浮かびをおこそうとしても、
いつかの様に政勝の咽喉を借りて政勝自身に呼掛けてもそれも通じる事ではない。
ましてや、政勝自身が思念に振られているかどうかさえ判らないのである。
と、澄明の怖気の程が伝わってくると白銅も
改めて五行の運気を取りこむ護法を唱えた。
「とにかくもその社のある場所にいってみよう」
と、同じく護法を唱える澄明に白銅の意思を伝えた。

その森羅山に分け入る二人がやがて辿り着く場所に佇む者がいた。
新羅を訪ねたものの、今更になくしたものに気がつかされた波陀羅は
止めど無い涙と深い焦燥にかられ、再び一樹と比佐乃の姿を垣間見にいった。
屋敷の中の気配を窺う内に波陀羅が知らされた事実は
更なる驚愕を波陀羅に与えただけであった。
怪死を遂げた二親の四十九日もすんでいない。
が、取りたてて、二人が塞ぎ込んでいる様子もなく、
夕刻の闇の中に二人のマントラを唱える声が途切れ途切れに聞こえて来ていた。
庭先の石灯篭に身を潜めていた波陀羅に、
どうにもならぬ地獄への引導を唱和する二人の声に、
また、己も同じ地獄に落ちる身である定めを知らされるだけなのであった。
が、ふと比佐乃の声が途切れると、
「兄様・・そのような・・無体な・・ややに・・障りませぬか?」
と、言う不安な声が聞こえて来たのである。
今、何と言った?
何と聞こえた?
波陀羅は耳を疑った。
が、有り得る事ではある。
兄妹といえど、禍禍しい定めに落ちた者と言えど、
身体こそ五体満足な男と女なのである。
考えてやらねばならなかった一番の不遇を見捨て、
波陀羅は双神への怒りと報復に我を忘れて
織絵の身体を捨て森羅山にはいっていったのである。
が、目指す双神の社は雲の如く消え失せており、
双神の所在に皆目見当がつかないのである。
二日、三日と辺りをうろついて見るだけで、
その間に山科の家では余りの変死に、
鬼の祟りを危ぶんだ親戚一同の懇願で
波陀羅と織得の死体は荼毘に臥されたのである。
元より織絵に戻る気などなかった波陀羅であったし、
仮に波陀羅が織絵に戻っていたとしても、
おそらく陰陽師、藤原永常の手によって駆逐されていた事であろう。
目指す双神の足取り一つさえ判らぬまま、
茫然自失としていた波陀羅は当て所なくさ迷う内に
気がついてみると、伯母小山に辿りついていたのである。
伯母小山には邪鬼丸がおった。
ふと頭を掠めた思いに波陀羅は居るわけもない邪鬼丸を
昔の様に木陰からでも一目見たいと思ったのである。
己が死出への旅立ちを与えた男への慕情に胸を揺すぶられるほどに
波陀羅の心中は不幸であった。
邪鬼の居た辺りと思わしき所を波陀羅は歩く内に
邪鬼丸の妻であった新羅の存在を思い出していたのである。
歳を経て心の拠り所一つとてない孤独な波陀羅になって
新羅の心中を今更ながらに思い量ってみた、波陀羅は
その時に初めて自分の侵した罪の深さに気がついたのであり、
同時に新羅を邪鬼丸を陽道を比佐乃を一樹を曳いては独鈷を
不幸の中に突き陥れたのは他ならぬ波陀羅自身であったと判ったのである。
そして、生きている価値もないほどに己のしでかした罪の精算を
せめても新羅からの憎しみを受ける事で、死ぬる価値になろうぞ。
それで一つでも詫びに換えるしかないと波陀羅は考えたのである。
が、その新羅も「今更、憎しみに身をやつしとうない」と、
波陀羅を責める事さえなかったのである。
何処を如何さ迷ったのか
何を食べ
何処に眠ったのかさえ
定かな記憶がないまま、
波陀羅は地獄に引きずり落とされる前に
いっそ我が身で命を絶とうという、思いに取り付かれはじめていた。
が、死ぬる前に一目、一樹と比佐乃を見て、
せめて、影で手を合わせて詫びるだけでもしたい、
と、そう思ってやって来た波陀羅の耳に飛び込んで来た比佐乃の言葉が、
運命と言うのは皮肉なもので、
その、言葉が波陀羅に切裂くような痛みを、苦悶を与えていると言うのに
波陀羅に生きる事を決心させたのも、その言葉であったのである。
その波陀羅が今一度、
長浜に舞い戻ると双神の社の在った筈の場所にやって来ていた。
波陀羅が比佐乃の懐妊を知った時、
その胸の中にいくつかの思いが沸いたのである。
畜生道に落ちた二人ではあるが
それでも、子を成すとならば二人の生き様を変えてやれぬものだろうか?
地獄への引導を解いて救うてやれぬものだろうか?
それを解く事ができるのは、
他ならぬ引導を授けた双神なみずち、いなずちならば
成せうる事ではないのだろうか?
彼等でなければ解脱させることができないのではないか?
そういう思いと同時に、
そうする事は波陀羅が比佐乃と一樹の子を
双神の新たな贄に捧げる事の賛助をする事になりはしまいか?と、危ぶみもした。
一度、宗門に落としこんだ二人の子を、
双神がその歯牙にかけずに置く訳もないだろう。
また、独鈷のように性のシャクテイを双神に送りつけて行く存在は、
双神の両腕の中にはほかにもまだ、居るのであろうが
独鈷を奪い去ったという事では、双神のも波陀羅を
己のさにわにかけようとする事であろう。
が、双神は波陀羅の前に現れ様とはしない。
これは何を意味するのか?
波陀羅の一追を疎んじて避けているだけなのであろうか?
シャクテイを掠め取る事の出来なくなった波陀羅なぞに
目もくれる事もないだけなのであろうか?
マントラを唱えながら、どこぞの男に抱かれれば
あるいは、双神は波陀羅の忠誠に甘んじて
その社を現し、門戸を開いてくれるだろうか?
思い巡らす事に纏まりがつくわけもなく
波陀羅の中でなんども煩悶を繰り返しながら、
波陀羅は呆然と社のあった辺りに立ち尽くしていたのである。
その波陀羅の姿に気が付いたのは
政勝のいう社のある辺りに近づいて来た澄明と白銅であった。
気配を殺しながら先を歩いていた白銅が澄明を押し留めた。
澄明も白銅に引かれる様にして押し黙ったまま
木の幹の裏に身を潜めて白銅が見つけた者を木陰より窺い見た。
「見かけぬ女鬼じゃな」
澄明が白銅の潜めた声に、頷くと二人はそのまま女鬼を見詰めていた。
やがてその女鬼はとぼとぼと森の奥に向かって歩き出して行った。
飛び退ろうとしなかったのも妙な事に思えたが、
それが女鬼にには行く当てが無いようにも二人に思わせた。
女鬼が立ち去ると、
二人は木陰をでて社の在ると言われた開けた土地の真中まで歩いて行った。
そこまで行ってもやはり社の痕跡一つなく、
勿論政勝の言うような道祖神の石彫りさえ無ければ、
辺りの空気もしんと静まり返っていて不穏な気配一つ感じ取られなかったのである。
白銅は女鬼が去った方に顔を向けながら
「やはり、何も無いの。が、先の女鬼はどこにいく気なのだろうかの?」
白銅が呟く様にいったが、その白銅が
「あれは、いったい、どうしてあの様になったものだろうの?どう、思う?」
と、澄明に問いかけた。
白銅が問いかけたのは無論先ほど見かけた女鬼の事である。

一穂に付き纏う影が発していたのと同じ禍禍しさが
女鬼の背を覆い尽していたのであるが、
何よりもその魂が、干からびる様にひちゃげながら腐臭を放つ
おどろおどろしい様を呈していたのである。
阿鼻叫喚の地獄絵図というものがあるとするのなら
まさにあの魂の様がそうである。
と、言明してもいいほど酷く、
魂と呼べる代物で無い物をその女鬼が身の内の宝珠にしているのである。
白銅が澄明を見遣れば、澄明はひどく青褪めていた。
「か、一穂様に付きまとう者の仕業なれば、一穂様も?」
と、澄明は己の恐れを口に出しかけながら、
その恐ろしい不安をそれ以上言葉にする事を憚った。
白銅も澄明の行き当たった不安を悟ると、はっとした顔を見せたが
「そうならぬようにせねばなるまい?
とにかくは、あの、影がなんであるか突き止めねばなるまい?」
と、とうに腹を括っている白銅は、
事態の容易ならぬ事を改めて知らされても別段驚きもせずに澄明の方を諭していた。ややすると
「ひのえ。あの女鬼の心を読めたか?」
と、尋ねてきた白銅に澄明はかぶりを振った。
何処ぞで、行を積んだのであろうか。
結界に似た反古界が、女鬼の廻りに取り巻いていた。
白銅がそれでも女鬼の心の内を読み透かそうとしたのであるが
白銅にも只、
女鬼が心の内は悲しみの深淵に立たされているとしか判らなかったのである。
それは、むしろ読み透かしたと言うよりも、
女鬼の心の中から零れ落ちる様に溢れてきていた物を拾ったら
それが悲しみであったというべきかもしれない。
「そうか」
澄明にも入りきれぬ心内を包んでいる反古界こそが
また黒き影と同質の禍禍しさであったのである。
「白銅。我等に見透かされては困る事を
あの女鬼が知っておるという事になるのではないか?」
「わしもそう思っておった」
「何者なのだろう?我等に災いとなすものか?」
「判らぬ」
「が、あの悲しみ。あれは己の運命を知っておるのではないか?」
「もし・・・そうならば」
「なんぞ、話してくるるかもしれぬ。が・・・」
黒き影の正体が見えぬ内は、
同じ匂いのする者に迂闊に近寄る事も得策に思えないのである。
「帰ろう・・・白銅」
ひどく、覚束無い足取りで澄明は歩き出した。
その横顔を見詰めていた白銅は澄明が思い至っている事に気が付いていた。
それはこの地で千年の長きを生きおおした白峰大神なら
何かを知っているやもしれぬという思いであった。
だが、澄明にとって忌まわしき因縁をやっと絶ちきった相手でもある。
そうでなくとも、白銅の事を考えると逢える相手ではない。
曳き詰まった顔で歩く澄明の心の内を見透かすと
白銅は脚を止めて、澄明を引寄せた。
「ひのえ。わしに構わぬで良い。災いは一穂様ばかりではない。
政勝、そしてかのと殿にまで及ぶかもしれぬのだ。
お前にとっても辛い事やもしれぬが、おうてみろ」
「は・・くどう」
白銅の腕に包まれると、澄明もふと、安らぐものがある。
「白峰も判っておろう?お前には、わしがおる。
あれも、お前にはもう何もせぬわ。
それに実体がないに。何ができよう?畏るる事は無いわ」
ひのえの不安はそこにもあったのである。
が、男である白銅がそう言うのである。
男でなければ判らぬ白峰の潔さもあろうと澄明も思うのである。
が、
「私がいかずとも、不知火の領域の大神。不知火に頼むが筋」
ひのえが白銅の心に負い目を感じているのも白銅にも判っていたが
、白銅はそうかと頷いてみせた。
が、白銅にはどうせ白峰の事である、不知火が呼んでも、
下り降って来ないのは見えていたのである。
ひのえの口を軽く吸うと白銅もひのえを腕から離した。
白銅に寄せられた思いにひのえの胸中が落ち着き出して来たからである。
そして、
「続きはこの事の始末がつくまでおあ漬けじゃのう」
と、白銅がにこやかに笑った。
その余裕のある白銅の態度に
いかに澄明が支えられているかはいうまでもない事であった。

森羅山の北側の麓の木々が跳び退る足に蹴た繰られては大きく揺れ動いている。
その木々を動かせているのは森羅山に入った澄明を探している伽羅である。
澄明の筋書き通り事が運び天守閣から飛び降りた勢姫を受け止めた悪童丸は
すでに一昨年の冬にてて親になっていたのであるが、
それから一年すでに年が改まったというのに相変わらずの幼名のままでいるのである。その悪童丸に伽羅は澄明の一字を貰い受けて
大人名に改名してやりたく思っていた。
澄明にその許しを得たくもあり伽羅は澄明に逢える機会を待っていたのである。
その澄明が城を出て森羅山に入ったのが判ると、
伽羅は澄明を探しに森に入った。
『澄の字を貰おうか、明の字を貰おうか。
それともいっそ澄明に字名を考えて貰おうか?』
と、伽羅の胸の内で算段も膨らんでゆく。
拾いあげた悪童丸の名は
その、産着の中にはせられていた手紙の中の一文である、
この子、悪童なりてという一抹から敢えて、その名をつけたのである。
その子にかけられた思いがどんなにか憎しげ物であったとしても、
たった一つの伝手であり繋がりであったからである。
やむを得ぬ言い分けを書いてまで
捨てざるを得なかった海老名の苦しい胸中を、
己の残忍な仕打ちを一生、背負うて生きてしまうだろう海老名の悔いを
思うと、何処かで悪童として生きこしておるのだぞという
伝えの思いを伽羅も込めていたのである。
その伽羅が手塩にかけて育てた悪童丸が年頃を迎えると
双生の姉である、勢姫を求め足しげく長浜の城へ通うのを
伽羅は堪える様に見詰めていたのである。
悪童丸のてて親である光来童子から引き継がれて来た人を恋う血が、
やはり子である悪童丸を突き動かしていたのである。
同じ様に半妖である勢姫も、人として生きおれば
これもまた、逆に鬼の血に焦がれていると判ると
伽羅は天守閣から光来童子を想って
飛び降りたかなえの存念を思わずにおれなかったのである。
それはあるいは伽羅のには
今は亡き邪鬼丸への追慕の情と重なって見えたのかもしれない。
「致し方ない」
この日がある事を伽羅も判っていたのである。
が、邪鬼丸とは違い光来童子はある意味で恋を全うしているのである。
ならば、命を落とすような事にはならぬと伽羅は信じていた。
てて親からの因縁は、それも受け継がれておろう。
しばらく後には、勢との悲しい別れも、
てて親と子が別々に暮らす、生き別れの因縁も
悪童丸は一身に受けなければならないのである。
伽羅は逆らえぬ因縁の流れに一切口を塞ぎ、
悪童丸の勢への追慕に目をつぶったのである。
が、結局、悪童丸と勢姫は白河澄明という陰陽師の存在により、
因縁の通り越しという奇妙な法によって
恋の成就は無論、勢姫を得ることも叶えば、
親子で仲睦まじく暮らす事も叶えられているのである。
伽羅は、なれない山家の暮らしと産を成すに、
頼る者のない勢を助けるために二人の棲家に通って、
色々と勢の傍で共に、仕度を整える内に
勢という女子にも心を砕いてゆくようになっていた。
やがて、産を成す頃にもなって
(や、悪童丸は、てて親にもなろうというに、まだ、幼名のままではないか)
と、慌てたのである。
が、子の名をつけて貰おうかとまで考えていた澄明は
間もなしに北西の大神、白峰の虜囚になっていったのである。
伽羅は不思議と結末に不安を持っていなかった。
『澄明の事である。因縁通り越すに違いなかろう』
伽羅の澄明への、信はまさにその通りになったのである。
と、なればどうしても、せめても、悪童丸の名前を澄明から一字貰い受けたい。
それも無断でなくむしろ澄明自身から授けられたい。
そういう思いで澄明の因が開けるのを待っていたのである。
伽羅の方から澄明が屋敷に赴く事も叶わずにいた
その澄明が、森羅山に向かったとなれば
伽羅にとっては千載一隅の機会であったのである。

猿の様に木から木へ跳び退って森の奥に進んで行く伽羅が
ふと、木の幹からの躍動をとめた。
向こうから歩んでくる人影に気がついたからである。
『澄明か?』
目指す人のほうが向こうから来たのかと、伽羅は目を凝らして見た。
『いや・・・違う』
歩んでくる者が、ここらではついぞ見かけぬ女鬼であると判ると、
伽羅はその顔がはっきりと識別できる所まで
女鬼が歩んでくるのを木の上から見ていた。
女鬼の方は頭上の伽羅に気が付いておらぬと見えて
そのまま伽羅のいる木の下を通り過ぎて行った。
『誰じゃろう?が、まあよい』
そんな事より澄明に逢いにゆきたい伽羅は、
女鬼が通りすぎると木の幹から次の木枝に飛び移るべく、
枝振りの良い木を目に留めていた。
動きを止めた身体を滑り出させる為に「やあっ」と掛け声をかけて
次の木の枝に移った時に伽羅は
『待てよ』
と、思ったのである。
今の女鬼に何処かで逢った気がするのである。
何処かでそれも遠い昔に見たような顔立ちだった気がする。
伽羅は己の中の記憶を手繰ってみていた。
伽羅が衣居山の近くに住むようになってからでも、
すでに二十年近くの年月がたっている。
それよりも昔の事となると・・・・
「あ・・・・」
伽羅は思わず声を上げると、自分の思った事を確かめる為に、
女鬼の後を追ったのである。
ぼんやり歩いている女鬼に追いつくのは、ざまのない事で
伽羅はその女鬼の前に廻ると木の上からどうっと地面に降り立った。
女鬼はと言うと、いきなり目の前に降り立った伽羅に驚きも見せず、
覗き込む様にして自分を見ている伽羅の目をしっかりと見据えていた。
頭の中に沸いて来た字面をそのまま口の端に乗せる様にして伽羅は女鬼に
「お前は、波陀羅?波陀羅といわぬか?」
と、問い質してみれば、
女鬼の方も伽羅の顔をまじまじと覗き込んであっと声を上げた。
「お・・・まえ?」
邪鬼丸の色であると知ってからは、顔をあわせても
口も聞かぬ様して避けた女子ではあったが、
邪鬼丸の言った様に、
陽気で芯の強そうな目鼻だちも伽羅という女子の
線の太い存在感も昔の名残をそのまま残していた。
「伽羅と、言うたかの?」
「やはり、波陀羅か?」
「あ、ああ」
「どうしておったのじゃ?軍冶山からおらんようになって・・・」
伽羅は波陀羅が軍治山から姿を消したわけに行き当たっていたが、
その事を口にだしてよいやらどうかを思い迷っていた。
今更、邪鬼丸のした事を慰めてみたとて済んだ事であり、
そして、何よりも波陀羅を出奔させた基である当の邪鬼丸は
無残な死を迎えてしまっていたのである。
優しげに波陀羅の事をいとう伽羅の言葉に
波陀羅がわっと顔を抑えると泣崩れたのを見て
伽羅の方が、肝を潰した。
そして、改めて波陀羅の様子を見詰めてみた。
着ている物も煤けていて、とても、幸せに暮している女子の姿では無い。
顔付きも窶れ果てていて、歳を食うたは致し方ないとして
一目で波陀羅と判らなかったのも無理が無いほど、様変わりしていたのである。
「なんぞあったのかや?我でよければ聞いてやるに。泣いておらず、話してみや」
言葉を選びながら、伽羅は波陀羅の背に手を置いた。
それでも、不幸せな様子の波陀羅に、
たぶん波陀羅の運命を狂わせた元である邪鬼丸の死だけは
伝えてやろうという気になっていた。
「のう?何があったか知らぬが、お前を苦しめた邪鬼丸も死んでしまったに。
お前が幸せそうで無いのを見ると邪鬼丸がした事が哀しゅうなってくる。
あれは、やはり地獄におちておるのじゃろう・・・・の」
言葉尻が呟きに変った伽羅をはっとした顔で波陀羅は見上げた。
「やはり、知らなんだか?」
と、邪鬼丸の死を知らされて、驚いた顔の波陀羅のその手をつかむと
伽羅はぐいと波陀羅を引き上げて立たせた。
「我の棲もうとる所は、すぐ近くじゃ。来や。
この寒空の下お前の話をきくのはすぐの事ではなさそうじゃに。・・・の?」
と、伽羅は笑ってみせた。
が、波陀羅はその伽羅の手を振り払い静かに押し退けると首を振って見せた。
「時間がとれぬか?
いや、それより嫌な事を言うがお前の姿を見ていると帰る当所さえ無いように見える。そうならば猶の事・・・・来や」
と、尚も波陀羅の身の上まで見抜いて伽羅が案じて優しげに言うのである。
何も知らぬ伽羅の同情を波陀羅が黙って受けるには
波陀羅がした事は罪深すぎたのである。
「伽羅。我は、邪鬼丸が死んだ事なぞとうに知っておる」
「そうか。邪鬼丸は阿呆じゃったからとうとう、あのような・・・」
何おか話そうとしている伽羅の言葉を波陀羅は遮った。
「どう死んだかも、いつ死んだかも、我は知っている」
「え?そう・・・」
「そうじゃ。何故なら、我が邪鬼丸を殺した本人じゃ」
波陀羅が告げた事実に、
伽羅が猛り狂うて挑みかかって来るかと思っていた波陀羅は
伽羅の撃を払える様に身構えていた。
一度は新羅の手に掛って仇を果たされてしまおうとまで覚悟していた波陀羅も
今は二人を救えないとしても
せめても一樹の子を身篭った比佐乃を案じ、
子のてて親である一樹の心にてて親らしい思い一つでも沸かさせてやらねば
邪淫の果てに生を得た子が憐れであり、
なによりも当の一樹と比佐乃が人として生き得る幸せを、
親の思いになる幸を味あわせてやらねば、
このまま、地獄に落ちるは本当の地獄でしかないと思っていた。
それが叶うまでは波陀羅も決して死ねないと伽羅の激に構えていたのである。
が、
「波陀羅。そうやって構える所を見ると本の事の様じゃの?
どの様になってそうなったのか?我に話してくるるの?の?我が家に、来や」
波陀羅を責めるよりも波陀羅が邪鬼丸を殺さざるを得なかった理由を
そこに至った理由を聞かせてくれと言うのである。
「良人もおろう?そこで、昔の色の事なぞ・・・」
「我は独りじゃ。我も色々あって今は我の事を知る者なぞおらぬじゃろう」
「聞くのは酷いぞや。それに我はお前に討たれてやれぬに。
我の身勝手をきけば・・・、お前が我を討ちに来るようになるに。
我ももう・・・殺生はしとうない」
伽羅が激情に身を窶して波陀羅を襲う事になれば、
嫌でも今は生き延びたい波陀羅が
伽羅を逆に葬り去らねばならなくなる事を言うのである。
「そんな事はせぬ。せぬ訳も我はお前に話したくもある。のう?来や」
再三に渉り言われて波陀羅もやっと頷くと、
伽羅の後を突いて伽羅の棲家まで木岐をわたっていったのである。

伽羅の住処に入りきた波陀羅はその家を眺め回した。
凡そ男臭い物は何もなく、
それが伽羅が連れ合いを無くして久しいと波陀羅に教えていた。
「伽羅の連れ合いはいつ亡くなった?」
と、尋ねた波陀羅に。
「伽羅は邪鬼の事が忘れられなんだに、今以って独り身じゃ」
と、伽羅が言った。
余りに意外な返事に、波陀羅も流石にきづつない思いを隠す術もなく
「す・・・すまなんだ」
と、言う事しかできなかった。
「謝らずともよいに。謝られたら恨み言の一つもいえんようになる」
「・・・・・」
「邪鬼はひどい色狂いじゃったに。いつか、祟り目がくるとは思うておった。
話しとうもなかろう事じゃろうが、どういう経緯で邪鬼丸を手にかけたか、
お前が今頃なんでこんな所に現われたか?色々、話して聞かせてくれるの?」
こくりと頷いた波陀羅が、最初に話したのは、
邪鬼丸に捨てられた恨みを晴らしたいが為に、邪宗の宗門をくぐった事からだった。
邪宗と判った時には全てが遅かったのである。
織絵を死に至らしめた陽道と、
その織絵の身体を乗っ取って恋の道行きを気取っている内に子を孕み、
立つ瀬が無くなってしまうと邪鬼丸をだしにして、
それで、すんなりと陽道と夫婦に納まる事ができたのも束の間
波陀羅自身の手で陽道を潰えてしまったのだと、話すところで、伽羅が一言
「愛されたかったのじゃの」
と、呟いた。
伽羅の言葉に涙が落ちそうになるのを堪えながら
波陀羅は、その陽道の身体を同門の男鬼に乗っ取らせたのが
運の尽きだったと悲しい顔で笑った。
邪宗の双神が独鈷を使いにして何をさせたかったのか、判った時には
我が子と思う二人の子も、波陀羅自身のその魂までも、蝕まれていたのである。
それは丸で蜘蛛の餌食にあった虫けらさながら
体液を吸われ、血を吸われ、生命を吸われて行く様に似てもいた。
「な!?なんで?そんなになるまで気がつかなんだんじゃ?」
伽羅も恐ろしげに、尋ねて来た。
「性魔じゃ。マントラを唱えさせ性の根源力を吸い尽くしよる。
一樹も比佐のもその術に落ちて、
悦楽の高みが欲しいだけの事に、兄妹で睦みあう畜生道におちて・・ひ・・ひ」
「どうした?という?」
「比佐乃は・・孕みよる」
「おまえはそれをほうって、どうしてここに?」
「陽道の身体ごと不動明王の呪詛の力を借り畳針を独鈷に突き通してやった。
そうなれば我の正体も暴かれよう?
我ももう織絵の中になぞおりとう無かった。
織絵の身体を捨てて双神に一討でもくれてやろうと森羅山に入ったのに
社がのうなっておるのじゃ」
「お前。そうやって激情に身を流されてばかり・・・。
!?待て、森羅山?というたの?森羅山に社など始めから、ないに」
「あるのじゃ。あるのに、奴等があらわさない」
それが嘘ではない死の覚悟がみえた。
伽羅は波陀羅の覚悟を見て取ると、
死に場所をなくした女鬼の活路を見出してやりたかった。
おまえはそれでよかったのだというてやりたかったし、
こんな伽羅の鬱積をすくうてくれてもおると告げたかった。
「波陀羅。お前のその双神の話しを聞いた時にの、
邪鬼が命をおとして良かったと思うた。
お前にはすまぬが一樹らの様に双神の手におちていたら
もっとむごかったやもしれぬと思えてな。
それに我にもお前と同じ様に我が子と思う子がおってな。
それがやはり、姉弟での。ついぞ玉のような元気な女子の子をうんだがの。
それがこともの仲のよい事がよほど、幸せな事じゃ思うたら、
なんぞ心の堰がとれたようじゃ」
淋しげに伽羅の幸せに頷いた波陀羅に伽羅の思いは届いたのであろうか?
「きついことを言うたの」
「いや、その通りじゃ。己のした事が返ってきた事にすぎん」
「のう・・・お前」
「なんじゃ?」
「澄明という女陰陽師を頼ってみぬか?
成せる事かどうか判らぬが、あれなら一樹と比佐乃を救い出してくれるかもしれぬ」
「女陰陽師?」
「ああ。我の子とも思う悪童丸を浮かぶ瀬に立たせてくれおった女子じゃ。
悪童丸もてて親になっておるに幼名を改むるに
澄明の字を一つ貰い受け様ともおもうておる。
その許しも得たくもある。その折を作るに、お前の事を話してみよう」
「無駄じゃろう。陰陽師なぞが、役に立つような相手ではない」
「かもしれんが」
首を振る波陀羅が心の底に何かを決意していたのさえ伽羅が知る由はなかった。
寝床を共にして夜遅くまで波陀羅と伽羅の二人の話しは続いた。
やがて、朝になると波陀羅は伽羅の眠っている内に伽羅の元を黙って立ち去った
無論、伽羅は波陀羅の行く当ての無いを、察するゆえ、
話の中で何度か、ここに居ればいいと勧めたのであるが、
それも甲斐の無い事になってしまったのである。

「呼びよるぞ」
白峰の社の中から齢をおうた巫女が奇声を発して
白峰が降り下る事を必死に祷っているのである。
その姿の横には、慎ましく正座して白峰を今か今かと待ち受けている不知火がいる。何かあったらしいのを気にも留めずに、
凡そ知らぬ気でいる白峰に八代神の方がじれて声をかけてきたのだが
「聞こえておるわ」
白峰も素っ気無い返事なのである。
「行ってやらぬのか?あれはひのえの仲間であろう?」
「ひのえではないわ」
「あ、当り前じゃ。気にならぬのか?」
「別に・・」
白峰が動きたくなる言い方を八代神も考えた。
「ひのえに何かあったのかもしれんぞ?」
「ならば、ひのえがこよう?」
そうきたかと思いながら、八代神は更に
「ひのえがこれぬのかもしれぬぞ?」
すると、八代神の言葉に白峰も言いたくもない事を言わせると、口惜し気な顔で
「ならば不知火でなく、白銅がこよう」
「ほうう。白銅なら動いてやるか?ふううん」
ひのえが事にならば、憎き白銅が事でも赦すという白峰の言い分に
よほど、諦めがついてきたらしいと八代神は思った。
「ならば、いっそ同じではないか?
御主もひのえが事かと気が病んで苦しいだけじゃろう?降り立ってやれ」
悪戯小僧が悪戯をしかける前に、咎められた。
そのような困った顔を白峰は見せた。
「ひ、ひのえが事になったら白峰は誰が呼んでも来ると思われとうない」
「ほ?ほいほい。成るほどの」
「そ、それにひのえがわしを必要なら・・ひのえが」
と、白峰の言葉が止まった。
それで八代神はとうとう吹き出したのである。
「ひ?はははは。ひ、ひのえに呼んでもらえんので拗ねておるのかや。あははは」
「う、煩いわ。あれがこぬくらいじゃ。大した事でないわ。
気にする事でもない事にふらふら降り下れるか」
「ほ!強気じゃのう?白峰。本音をいうてやろうか?」
ようは、ひのえに逢いたい白峰なのである。
ひのえに呼ばれたら降り下るという事になれば、
先々もひのえに直に逢えるという事になってくるのである。
それを当所にしているからこそ白峰も
不知火に呼ばれて尻が浮き立ちそうであるほど、ひのえが事になんぞあったか、不知火のその胸倉を掴んで聞きたいほどであるのに
うかうかと不知火の呼集に応じないのである。
が、そんな白峰でもそれでも白銅がきたなら、話しが違うとなれば、
白峰も白銅のひのえへの情愛には、勝てぬ事だけは踏んでいる様であった。
「い、いらぬわ」
八代神に見抜かれていると判ると白峰も慌てて、そっぽむいたのであるが、
更に八代神に
「白峰。要らぬ事を考えてはならぬぞ」
釘を刺されると、白峰でもこうあるか?と思う程見事に頬を染めていたから、
白峰の思いの丈の中は
まだまだ、ひのえと一つになる事は諦念しきれていないようである。

どうにも、白峰が現われないと判ると不知火も諦めざるをえない。
澄明に言われて不知火が白峰の社のたってみたものの
やはり無駄であったと判ると山を降り下ったその足で
澄明の所に白峰が現れなかった事を告げに言った。
「わざに来ぬでも」
言霊を寄せてもいいし式神を使えば良いものをと言う、澄明に不知火は
「お前が行くのなら、白銅を連れて行けと言っておこう思っての。
お前の顔色も見たかったしの」
「元よりそうするつもりじゃが白峰も社の中には白銅を入れさせまいな」
「外でも良いわ。白銅が近くにおればお前も心強かろう?」
「あ、それは・・はい」
「素直なものじゃの?」
白峰の劣情の煽りがどう澄明に影響する判らないと、
不知火は懸念した。
で、あれば、
白銅を白峰の近くに寄せて、白峰に白銅を意識させておきたかったのである。
また、それは取りも直さず澄明にも言える事であり、
澄明自身の意識を白銅の存在を近くに寄せる事で
白峰に振られぬようにと慮ったのである。

「白峰。出でよ」
澄明が叫ぶ声が消えぬ内から白峰は降り下って澄明の横に並び立った。
「ひのえ。良い声じゃの。もう、ふた声・・み声・・呼ぼうてくれ」
「もう居るではないか」
「一声で現われたとならば外におる白銅の手前、わしもずつないわ」
「ふ。要らぬ見栄じゃ」
「そうじゃの。今更。それで、どうした?わしが恋しゅうなったか?」
「相変わらず、口の減らない御方じゃ」
ひのえを見詰める白峰の妖しいほどの光に目を合わせぬ様にして
「他でもない。森羅山に社があるのを知らぬか?
そこで、魂を食い付くされたような女鬼も見かけておる。
一穂様にも妙な影が着き纏うておって、それが何かも判らぬで、
政勝殿に聞けばどうやら森羅山の中の社に入ってから、おかしゅうなったらしい。
政勝殿も妙な・・・」
澄明のたどたどしい説明を聞いていた白峰も
「森羅山に社なぞない」
と、言う。
「お前でも知らぬか?」
手繰った伝手の先に何も見当たらないのが判ると澄明も肩を落とし込んだ。
恋しい女子の役に立てぬほど情けない事はない。
「まあ待て。わしは地界におってお前ばかりみて居ったに。
八代神なら知っておるやもしれぬ。聞いてやろう」
「そうしてくれるか?」
「ああ」
と、答えた白峰が澄明に手を延ばして来た。
澄明が逃れるより先に白峰が澄明の手をしっかりと掴んだのであるが、
その所作の末に驚いたのは澄明より白峰であった。
幻のような身体で澄明を掴める訳もないと判っていたのだが、
それでも白峰の恋情が澄明を一度なりとひのえを寄せつけたいと、
白峰を動かしたのである。
それが実際に確かにひのえを掴んでいたのである。
「白峰。離しやれ」
「ひのえ。お前の言うとおり情念の力は凄まじいの。
掴める訳がないものが掴める。触れる訳のない者に触れおる」
言う白峰の体が微かに震えているのは、
再び、ひのえを腕に抱けた慟哭のせいだった。
「白峰・・・それは・・・ない」
白峰の力に勝てるわけもない澄明が白峰を諌める事でしか
その腕から逃れる事はできない。
「のう、愛しい。お前、まだ、わしの性じゃの。
障りはまだこぬのじゃろう?白銅はうつけじゃ。
たんと抱いてくれはすまい?」
白峰の言う通り、澄明の言霊通りに魂の性を元に戻す障りも
まだ来ておらねば、魂をも人の性に戻す事の出きる
白銅との情交による精をひのえの中に穿たされていない。
白銅の方も欲情を覚えないわけではないが
子蛇を産み落とした後のひのえの産褥を気使って
時期を待っておる内に、一穂の騒動になったのである。
「やめ・・」
白峰の手が澄明の袴の胴割れから入り行くとほとを弄りだし
忘れる事ができない白峰の寵愛の快さがひのえを襲い始めていた。
「や・・」
「覚えておろう?欲しかろう?ひのえ」
我を忘れさせる白峰の指の動きにひのえの思念さえ振られてゆくと、
白峰はひのえの口をゆっくりと吸い始めた。
白峰もほとの中まで指を潜り込ませると細かな振幅でひのえを喘がせ、
同時に核を弄り始めると、僅かの間にひのえがあくめを迎えた。
ひのえの声が漏れぬ様に塞ぎこんでいたその口を離した。
「白銅には塞いでおけよ」
我勝手な事を言い出す白峰が俯くとぽたりと涙を落とした。
そして意を決したように話し始めた。
「お前のその脆さをなんとしょう?
憐れと思うと自分を見返る事を投げ出してしまう。
お前。わしばかりじゃなかろう?
鼎の事でも懲りもせず、一穂は無論、
何の縁もゆかりもない女鬼が事までなんとかしてやろうとしておろう?」
「あ・・」
「お前の性分を知らぬわしじゃと思うておるか?」
「いえ」
「お前は阿呆じゃ。
その脆さに負けて、此度は同化の術なぞで手におえるものでないのに、
賭けてみようとしておるじゃろう?
でなければ、わしの思いなぞ受けとめはせぬ。
お前とて、わしに返す術は白銅との道行きじゃと判っておろうに!?
ええー――い。不甲斐ない男じゃ。
白銅が為に生きねばならぬ事じゃのに。
何故にそのような女子にしたてあげられぬ」
白峰の思いに振られたひのえの中には、確かに死を覚悟する意識があった。
今生の別れになるだろう最後の逢瀬に
まだひのえへの思いに醒めやらぬ白峰の存念を晴らしてやりたいと
ひのえが心を括ったのである。
「わしなぞ蛇ではないか?はくどーーう・・・来ぬかあーー」
白峰は白銅を呼び始めた。
大声で呼ばわれた白銅が重たい社の扉を開けるとゆっくりと歩み寄って来た。
「なんぞ?」
「この女子。殺すも生かすもお前にかかっておるわ」
白峰が言い出す事に澄明はいたたまれずその場をつと離れようとした。
が、その澄明に白峰が
「ひのえ。お前の心を晒してやるわ。逃げずに聞きおれ」
離れかけた澄明の手を捕らえて引き戻した。
手を掴まれた澄明の方がぎくりとした顔を見せた。
実体の無い白峰が澄明を掴める筈がないのにひのえを掴んでいるという事実を
白銅の前に曝け出してしまった白峰が、
ひのえに触れようとせずにおいたかどうか、
白銅とて火を見るより明らかな事に気がつくはずである。
澄明はそれを恐れたのであるが覚悟を決め、その場に座り込んだ。
白峰の言葉に訝し気に澄明をみやる白銅も澄明の様子に険しい目を白峰に向けた。
「ほ?気がついたか?恋する男は自分の女子が嬲られた事だけには聡い様じゃの」
白峰も悪びれもせずに白銅に言い放つ。
「もう一度、言うてみろ」
思い当たった事が的を得ていたと判った白銅の拳が震えだしていた。
「何度でも言うてやるわ。
死を覚悟した女子は自分を思う男に優しゅうせねばおけぬようじゃわ」
「ど、どういう事じゃ?」
「うつけが!それにも気がついておらぬか?これは、ああいう性分じゃろうが?
鼎がこと救うた折りとて既に死んでおったやもしれぬに
お前がおって、なんで命を投げ出してよいと思わせる?」
「ひのえ?」
白銅が振りかえる瞳に澄明も唇の端をかみ締めて俯いた。
「ひのえ、ではないわ。お前がいかぬのじゃ。
お前の思いが緩い故にお前が事を顧みず死を手の平に平気で乗せよる。
ひのえがおらねばお前も死ぬるくらいに思うておらぬ。」
「お・・思うておるわ」
「伝わっておらぬ」
「ひのえは知っておるわ」
「口ではの。だが、ひのえがほだされるほど、
有無を言わせぬほど心に刻み込んでおらぬ。
おらぬゆえお前の事を後にして、そこらの女鬼が事の哀れさに心を砕いておる」
「ひのえ?」
再び白銅が澄明を振り返った時、白峰が
「ひのえにとってお前もわしも同格じゃの?
本来ならばひのえがわしなぞ相手にするわけがないのを
何故わしを振りかえると思う?」
「判らぬ」
「わしがひのえの基軸を必死に求むるからじゃ。それも千年かけての」
「基軸?」
「女子じゃぞ。陰陽師である前に、ひのえである前に、澄明である前に、
生命の根源が女子である限りその価値を貪られるほどに望まれればこそ、
生きおおして行けるのが女子じゃろう?」
「?」
「疎い男じゃの?お前の物じゃと思わせてやれ。
死ぬる事を恐れるほどお前と一つになってみせてやれ。
お前が為に生きおおしたい思うほど求めて求め尽してやれ。
己の存在価値をお前が知らせてやるしかない。
わしにはできん。わしではできん。あれが望まぬに」
声がか細り震え出している白峰の言いたい事が白銅にも判るとやっと頷いた。
「わしを・・・赦せ」
「いや。わしが要らぬ遠慮をしたからじゃ」
「惚れた女子の事は触れたくもあり触れたくなくもあり、
夢中になって我を失くしそうで怖くもあるがの、
だからこそ、そこに女子は自分の価値をみいだすのではないか?」
「そうじゃの。お前が言う通りじゃ」
「判れば、そうしてやるが良いわ。わしはいぬるに」
白峰の言葉に白銅がたじろいだ。
「あ?いや?え?ここでと言うか?」
「ふ?わしならそうする。妬けて仕方ないに。
おまけに他の男との事をお前が事に塗り替えられように。
ひのえが白峰が聖地を思う時にも・・・」
ひのえの中に残る思い出の聖地までも塗り変えられてしまう事は辛い。
だが、言葉を続けた。
「それも、お前・・との・・事になろう?」
立ち去りかけた白峰が
「三日あと、ここに来い。社の事きいておいてやる。白銅。お前が来い。
いやでなければひのえも連れて来るが良いわ」
「判った」
白峰の姿が霞む様に消え去ると俯いたままの澄明に白銅は手を伸ばし、
その体を引寄せた。
「何をされた?」
「あ・・」
答えられるわけもない質問に澄明も黙り込んでしまうしかない。
その澄明の胸元に白銅が手を差し込んで行くとその胸先に触れた。
「こうか?」
白銅の指で胸先を転がされたその快さに澄明が声を押し殺した。
「それとも、ここまでか?」
澄明の胴割れを結ぶ紐を解きながら白銅が澄明の口を吸い始める。
「ん・・」
漏れだした声で白銅の嫉妬が更に煽られているのである。
「白峰がまだ、よいか?いうてみろ・・ひのえ」
「あ・・違う・・・」
「白峰のいうとおりか?わしが求めなんだは淋しい事じゃったか?」
「あ・・あ・・はい」
ひのえの女子の物をくじる様に蠢かす白銅の指の動きに
ひのえが白銅にしがみ付いていくと、堪えきれぬようなひのえの声が漏れて来た。
「もう良いのか?わしにこの快さを与え尽くされたいか?のう?ひのえ。どうじゃ?」
「あ・・は・・い。ああ」
「わしを失くしとうないか?わしに死ぬまで、味わい尽くされたいか?」
「白銅・・・はくどう・・・はく」
ひのえが呼ばわる声が、何を求めているかとうに判っている白銅であるが、
「ひのえ。どんなにか、わしもお前が欲しかったか。もう?もう大丈夫じゃの?」
澄明の体を先に気使う白銅にも己の袴の結び紐に
ひのえの手が延びているのが判るとひのえの体を床に崩れ落とさせていった。

「やれぬわ」
悲しき涙を拭いながら白峰は天空界に昇って行く。
と、
「なかなかの役者じゃのう」
雲つく中に顔を出した白峰を引き上げるために八代神が手を差し延べて来た。
白峰を引き上げる八代神の手に体を預け、
白峰は天空界にたつと八代神に縋りついていた。
「な・・・なんじゃ?」
「何もかも、何もかも、白銅に盗り上げらるるわ」
とうとう男が泣くを見せられる事になった八代神は
肩に落ちる白峰の涙にこの場を立ち去るわけにも行かず
白峰の背を柔らかく撫で擦っていた。
「良いではないか。お前もそうに望んだ事じゃろうが・・・」
「本意ではないわ」
駄々を捏ねる子どもの様な所作が白峰を存外に可愛らしく、
八代神を苦笑させていた。
白峰は八代神に縋っていた体を離すと
己が手で顔を覆って涙を脱ぐうていたが、
その手がふと止まると口元に指先を押し当てた。
どうやら、指先に残ったひのえの感触を、
絡めた精汁の名残を愛しんでいるのだと
八代神も気がついていたが
二度と触れる事ができなくなったひのえへの追慕を慮ると、
八代神も白峰の所作を咎める気にはなれずにいた。
やがて、その白峰が大きなため息と共に言う。
「女子は業深いものじゃのう」
「なんぞや?」
突然の白峰の言葉を八代神は聞き返した。
「なに、女子はつくづく受くる性じゃと思うての。
己の中に取り込んで取り込んで取り尽くさねば生きておられぬ。
その点、男は吐出せばすんでしまう。
相手がおらんでも、それこそ、その気がのうても、なんとかなるに」
「何を言いたいのじゃ?」
「ようも、黒龍は千年をすごしたのと思うての・・・ふ、ははははは」
「な、なんじゃあ?」
泣いたかと思えば笑い出す白峰の目まぐるしさに、
それでもまあ泣かれるよりはよいかと八代神はきょとんとして白峰を見ていた。
「考えてもみろ?黒龍はそれこそ、かのとを思うて夢精の垂れ流しじゃ」
「おい、おい。いうてやるな・・・」
「構うものか。わしもその仲間入りじゃに」
やっと白峰の自分への皮肉な笑いであったのかと悟った八代神は
「それでも、お前は良いではないか」
ぽつりと言った。
それが天空界に上がりながら、ひのえに形だけでも望まれて
逢えもすれば、触れもできたという事を八代神は言ったのであるが、
その八代神を白峰が睨みつけていたので八代神の方がぎょっとした。
「な、なんじゃ?何を怒りよる?」
「お前?わしがひのえが事好いたらしい心根で触れたと思うておるのか?」
「ち、違うのか?」
「お前は白銅より阿呆じゃの。あれでもわしの本心には気がついておったわ」
「な、なんじゃあ?さっきから勿体付けおって。
だいたいひのえがなんでお前を呼んだのか
それが心配でなければわしもお前の相手なぞしておらぬわ」
「それじゃよ。あれが心を読ませまいと塞ぎをしてくるについ手をだしたに。
睦事の狭間に隙が生じるのを知っておろう?」
「ほ、ほお?それであのざまになったか?」
ひのえが喘ぎあくめを迎える所まで八代神は見定めておったのである。
「あれは、死んでも良いと思うておったに」
「な、何?」
八代神にも意外な言葉だった。
「じゃから言うただろう?女子の性は欲どいに。
己が求められんと生き越す力も失せてしまうに。
はてには性への欲さえ、もとうとしなくなる。
余りにも哀しゅうて、切のうて。
ああ、ああ、そうじゃ。御前が言う通りじゃ。
愛しゅうなって抱いてやりとうなったわ。
そうしておいて、
あれの心に、身体に白銅を求める焔をいこらせてやるしかなかったに」
八代神も、白峰の言う事に静かに頷いた。
「性か。字面の通りじゃのう」
「心が・・・生きる・・・か」
八代神の言った事を口の端に載せていた白峰に
「白峰。哀しいのお」
八代神が慰める。
「わしでは生かせてやれぬもの仕方なかろう」
ひのえの白銅への思いに白峰は諦念を託たされるしかなかった。
「で、そもそも、ひのえが御前を呼んだは、なんじゃったな?」
「おお。それじゃ。御主、森羅山に社が在ったとか無かったとか、聞いた事があるか?」
「森羅山に?」
頭の後ろ側を覗き込んでいるのではないかと思うほど
目を瞑り考えこんでいた八代神が
「あったかのう・・・・」
頭をぽりぽり掻きながら何かを思い出すかのように首を振っていたが、
「うーむ・・・あれかのう」
と、言い出したので、白峰もずいと八代神ににじり寄った。
「あれ?あれというのは、なんじゃ?」
「そうじゃのう。二十、三十年。まあよいわ。
昔にの、何処ぞから流れ来たのか双神が森羅山にうろついておったのじゃが。
何時の間にかおらぬ様になった。今も所在がしれぬよの」
「双神?」
「ああ・・・邪宗じゃ」
「邪宗?」
「マントラを唱えておったわ」
「マ・・・マントラを?」
「おぬしもマントラを唱えておればどうにかなったやもしれぬの」
「ば、馬鹿な」
「そやつ等が舞い戻ってきおったかのお?」
「双神じゃと? マントラじゃと?」
性をもって術を成すといえばよいだろうか。
白峰がひのえの魂の性を変えようと百夜の情交を与えたのとよく似ている。
が、双神のマントラはその魂は地獄に落とすのである。
が、まだ、そうであるという事が白峰も八代神も判っていない。
マントラの効力は絶大なもので、
マントラを唱えての性の快楽の深みに想う相手を一度落としこんでしまえば、
まず逃す事はない。
それが事を知っている八代神が白峰をからかったのである。
「神なぞとは名ばかりでの魔界寄り浮上したものか異国より流れついたか。
天空界、仏界、天神界。こぞって見張っておったが、それが鬱惜しかったのじゃろ。
いつの間にか姿を消してしもうておった。よそに流れたか?元の古巣に戻ったか?」
八代神の話しに白峰はまたも呟いていた。
「双神・・・・双生神」
黒龍が想い女であったきのえの魂を分かたせさせて
双生の因縁を作ったそも発端である白峰が
双神ときくとひのえとかのとの深い因縁が
そやつ等と重なって行くのが必定の様に思え
背筋がぞおおと冷たくなっていたのである。
双神と三度つぶやく白峰の放心した様子に
八代神は白峰の心の内を読み透かす事が速いと思うたのか
手を組み合わせ印綬の紋様を描いた。
「なんじゃあ?かのとが事に政勝・・・なんと?」
白峰がひのえから読んだ事が八代神の中に流れ入って来ると
八代神も驚いて大きな声をあげたが、
その八代神の傍には既に白峰の姿は無かった。
「あや?ほほお。愛しいものじゃのう」
ひのえの身を慮って白峰はひのえの護りに下ったのである。

「只事では無いでないか。これはいかん。
黒龍が所に言ってこねば、小言どころですまぬ」
歩み寄ってくる八代神に聞き及びたい事が有るという顔で黒龍は待っていた。
「なんぞききたいようじゃな」
八代神も目敏い者である。
「あ、いや。白峰がの」
「気になるか?」
白峰が降り下ったのに気がついていた黒龍も
流石に、白峰の行く宛てを探るのは差し控えていたが
やはり・・・気になるようであった。
「ひのえが所じゃ」
「な、何?」
瞬時に黒龍の顔色が変わったので八代神も白峰を庇う。
「案ずるな。もう馬鹿な気はおこさぬわ。それよりも、かのとと政勝の方にも」
半分も告げぬ内に黒龍が
「な、なんぞ?」
不安気な声で尋ね返してきた。
「どうやら双神に目をつけられておるようじゃ」
「双神?双神というは、あの?」
「森羅山に社があっての。そこに政勝が入りこんだらしい。それから、おかしいらしい」
「森羅山の社?」
「社なぞ無い筈じゃがの。
どうも、双神が時空の狭間に隠れおるのではないかと思うての」
八代神は自分の推量を口にだしていた。
黒龍が頭の中では、ひのえが何を知っているのか、
政勝とかのとに何があったのかと、考えていたが
黒龍の知らぬ事を口にだされると目を伏せて森羅山の事を考えだしていた。
やがて、俯いた顔が上がると、
「森羅山の中に透かせぬ場所があるの?」
確かめる様に尋ねて来た。
「ああ?あれは雷神が落ちて姿が掻き消えてから怨亡を塞込んだ場所じゃろうが」
随分昔に雷神が何をまかり間違えたか榛の木に
己の雷と共に落ちて命を無くした事があったのである。
正確には雷神の亡骸も見つかっておらず亡くなったかどうかさえ定かな事ではない。が、その時から雷神は姿を消してしまったのである。
その雷神の存念が残りたたり神になる事を恐れて
その場所を塞ぎ込んであるのである。
「関係はないと思うか?」
「判らぬ。社が在ったと言う場所と近くもあるしの」
「双神というのは結局何者だったのじゃ?」
「どうも、判らぬ。ただ、ひのえが魂を食い付くされたような女鬼を見ておるに。
それがどうやら一穂の後ろについてる影と同じ禍禍しさでな」
「一穂?ああ?主膳の・・・・それに?」
「どう考えても双神じゃろう?」
「マントラも他と違うておったしの。あれは厭な気配があった」
「政勝が思念を振られておるらしいのじゃ」
「判った」
どうやら、黒龍も、政勝とかのとの二人の守護に入る気であるらしく
「よう、知らせてくれたの」
地上に目を向けるともう八代神を振向きもしなかった。
が、八代神は黒龍と同じ様についと下を覗き込んだ。
黒龍はかのと政勝の二人を見ているようであったが、
八代神は白峰を探していた。

その白峰は自らの社に入りきれずに
鳥居にもたれかかって社の中のひのえ達の気配を窺っていた。
ひのえはまだ、当分、白銅の腕の中であろう事は判っていたが
その事がひのえに生への執着を施す大事な作業であるならば
邪魔立ても出来ぬ事であり、それが為にも白峰は三日の猶予を与えたのである。
「たんと味あわせてもらえばよいわ」
淋し気な白峰が自分の指を口元に運んでいたが、
周りの気配には神経を尖らせていた。
「ん?」
石段の下に座りこむ人の影に気がついた白峰にはそれが誰であるかすぐに判った。そして、その者が一穂に付きまとう黒い影の正体を曝す事に結びつく内報を
包していると見ぬくと、その者の所に白峰が降り立っていった。
「あ?」
白峰に姿を現された伽羅の方が驚いた。
伽羅は白峰の神域にはまかり越せぬと判っていたから、
鳥居の石段の下で澄明を待ち受けていたのであった。
「伽羅というたかの?」
白峰である事は一目で伽羅にも判っていた。
噂に聞く血の凍るような美しさにまさに伽羅もこごまっていたのである。
「し・・白峰大神・・あ、や・・と、なんで?」
「澄明への用事。三日後にしてもらえぬかの?三日後、ここで待っておれ」
「は?はい」
優し気な口をきいて大神御ん自らの頼み事かと思えば
後はねめつけるような命令でしかない。
が、白峰に逆らう事など叶うわけもなく伽羅は踵を返すしかなかった。

白銅とひのえが並び揃うて正眼の元に帰って来たので
正眼はにこやかに二人を出迎えた。
「ささ。白銅。上がれ」
正眼のめがねに適った白銅であらば
この度の事件も二人が組んでおれば、
はやに解決するだろうと思ってはいても
やはり主家の一子の事であるとなると正眼も事の成り行きが気懸りでもある。
その上、心の内に塞ぎをして中々読まさせぬひのえの事も気懸りで在り、
口を開けぬひのえに聞くよりも早いと白銅の来訪を喜んだのである。
正眼の前に立った白銅は軽く礼をすると正眼の手を掴み、
その手を己の胸に当て込んでゆく。
正眼の方は悟って白銅が胸の内を読み下し始めたのである。
『ははあ。これは何ぞ読めという事だな』
結果的にそれで正眼は白銅を、
ひのえの元に三日の間居続ける事を許す羽目になっただけでなく、
何時ぞやの様にあてられても適わぬと
この三日の間は都度都度、この寒い空の下で庭先に出て
松の枝振りを眺めて見たり、落葉を掃いたりしている事になったのである。
『何時ぞやの時の様に結界を張ったほうが良いかの?』
正眼は青龍の白銅と朱雀のひのえであらば、
東南の方から基を起こしてやるかと南庭に廻って念の為に結界を張りこんで、
ふと、一息ついた。
と、置石の上に座っている人影に気がついた。
「親父殿も念の入れようじゃの」
正眼に語りかけるその者が誰あろう白峰であるので正眼の方もぎょっとした。
白銅を読んでいた正眼も白峰の計りが、ひのえが為であると判っていたので
「見届けにきたかな?」
尋ねると共に
「ひのえの守護に入る気であるや?」
聞きただした。
「むろん。それと、親父殿。判っておろうが性と魂は一つ所でつながっておる」
正眼に二人の行状を庇う様に話し始める白峰であったので
正眼の方も余り、つまびらやかに言いたくもない事であったが
「なに、気にするな。わしとて判っておる。あれから後も、二人が事。
なんじゃな、その、その事が無い様に思えて気にしておったくらいじゃ」
「わしの性を早う変えてやってくれとかの?」
ずばりと白峰が言うので
「あははは。まあ、それもある」
笑って答えると正眼は白峰に真正面から
「千年の思いを打ち砕いてしもうて、すまなんだの」
初めて詫びたのである。
「言うな。正眼。わしはこれを期にひのえと白銅の」
そこまで言うと言葉を止めた。
白峰が言おうとした先に綴られる白峰の思いに正眼が度肝を抜かれていた。
『白峰大神が、ひのえが白銅が式神に落ちてよいと言うか?
二人の軍門に下ると言うか?』
驚きを顔に出している正眼に白峰も
「何。千年見とった女子の事じゃ。どうせいでも気に掛かる。
それなら、いっその事と思うての。それに放っておくと危なかしい事ばかり考えよる。
おちおち昼寝も出来ぬ」
白峰が言うと
「他にする事が無いとみえるの」
と、正眼もいつか八代神が言った事と同じ事をいうので
「早い話しがそういう事じゃ」
白峰が己の頭を所在なさ気に撫ぜながら答えるのを、見て、
『存外、可愛らしい男なのじゃの』
と、正眼は思ったのである。

三日の開けるのを待つ間
白峰のため息が何度つかれたか、八代神は
『また、いうておる』
そのため息に飽きれている。
ため息を傍で聞かされるのでは八代神も敵わぬが、
かといってひのえが傍にて護りおれば、
いやでもそのため息の数も増えようというものである。
『はあーま、それを見ているわしもため息をついておるのも、どうだかのう』
ひのえ達への心配ばかりでなく
八代神にため息までうつしてくれた白峰が
家を並びて出てくるひのえと白銅に気がつくと知らぬ気を装おう為と、
ひのえの護りに入っているのを隠したくあったのか、
慌てて、社に戻っていったのを八代神はくすくすと笑っておったが、
その顔が真顔になった。
八代神の傍らにいた黒龍は
この前から思念で政勝とかのとを追いながら護りに入っていたのである。
が、その黒龍もうとうとと微かにまどろんでいたのである。
と、言っても黒龍の全神経が二人の事に集中していたのであるから、
眠っているのは身体だけである。
その黒龍ががばりと起き上がりだしたのである。
が、黒龍は如何したと尋ねる八代神に構う所ではないらしく
地上を覗き込み
「政勝!ならぬ!!!」
大きな声で叫んだのである。
八代神が不審に思って地上を覗きこめば
政勝と一穂があろう事か森羅山に入り込んでいたのである。
政勝を見てみればこれといった妙な様子にも見えないのであるが、
黒龍が何を咎めたのかを八代神は聞いてみる事にして、
黒龍の傍ににじり寄って行った。
黒龍も今の罵声で何らか解決がついたのか、
どっかりと腰を落としこんで軽く目を瞑り
政勝の思念をまたも追い始めていた。

松の内というても、正月の三が日を明けの日として
四日の朝から政勝は登城し始めたのであるが
この寒さの中でも、子どもは風の子というぐらいであるから
一穂は政勝をみるとやれ馬にのろう、弓の稽古にいこう
雉が駄目なら兎を射ちに行こうと矢のような催促で外へ行こうというのである。
それを何とかこうとか宥めていたのであるが
これといった用事もすぐに無くなってしまい、
政勝もよい言い分けも思い付かなかったのである。
長浜という所は不破の関や伊吹山の麓あたりのことを考えてみても
本来は大雪が積もってもおかしくない所なのであるが、
琵琶湖の近さが地の利になるのか、
雪が積もってもすぐに溶け出してしまうのである。
それをよい事に一穂は外歩きを強請るのである。
政勝にとっては頼もしくもあれば、
難行を強いられているような気分にもなるようで、
その事は政勝にも自覚があるらしく
『わしも歳かの?』
寒さにちじこまる老い猫のように軽く身震いをすると
「では、行きましょうか」
一穂のあとに随ったのである。
一穂の方も待ち焦がれていたとみえて、
そうそうに馬の仕度を自分で整えだして、
ちゃっかり弓矢も設えている有り様に政勝が
「弓もですか?」
尋ねると
「当り前だろう」
政勝ににべもない返事を返して来たかと思えば
「ああ。早う。早う。いこう」
目を輝かせて言う。
この前の雉射ちで惜しい所を掠めたのが却って興を覚えさせたのであろう。
馬屋から馬を引き出す手綱の曳きにも一穂の心の弾むのが伝わるか
黒毛もとうとうと一穂について引き出されてゆくと、早くも一穂は馬上の人になって
「ゆくぞ」
と、急くのである。
余りの性急さに政勝の方がよいほど遅れを取ってしまい、
先に走り出した一穂を追うように葦毛を走らせて付いて行ったのである。
僅かの間に一端に黒毛を扱うようになった一穂を
『ははあ。流石、伊勢まで馬を走らせたという殿の血筋。いやいや、御見事』
流暢な手綱捌きに関心している場合では無かった。
「か、一穂様?どちらにいかせられる?」
一穂の向かう方は森羅山なのではないかと思い当たった政勝は
一穂を呼ばおうて止めたのである。
「森羅山は行けませぬ。衣居山にしましょう?」
澄明にきかされていた事を、
白銅に言われた事を、
今更に思い起こしていたのである。
澄明に黒き影が付いておるようだと言われた一穂も
政勝が見る限りやはりいつもの一穂と何処も何も変わりなく、
要らぬ心配のしすぎよと政勝も一安心すると
今の今まで政勝の念頭から離れ去っていたのである。
「構わぬ。早う、行って政勝。手本を見せよ」
一穂が馬上から応答してくるが、政勝が追い付いて来るのを待つのも歯痒く、
手綱を引き絞る事もなく黒毛を走り込ませていた。
政勝が一穂を乗せた黒毛に追いついた時には、
黒毛のその背に既に一穂はおらず
一穂は政勝の制止も聞かずにさっさと森羅山の中に湧け入っていたのである。
むくろじゅの枝に繋がれた黒毛の背にはあれほど
強請った筈の弓矢の道具がそのままに設えてあるを見ると、、
流石に政勝も一穂の様子が只事ではないと、
真っ青になって一穂をおって森羅山に入り込んで行った。
解けやらぬ雪を横切るような小さな足跡を追うて行くしかないのであるが、
政勝では潜り切れないような木々の蔀の中を潜り抜けており
とうとう政勝も一穂の足跡を見失ってしまっていた。
『まさか?あの社を目指している?』
いやな予感に政勝は従うしかない。
東北の椎の木を目当てに政勝は一穂の名前を呼びながら歩んで行った。
政勝が目指した場所に歩んで行けば、そこにはやはり歴然と社があるのである。
『何を思われたのやら?ここにおらるるのか?』
政勝は境内を突っ切ると社の前に立った。
この間、閉め切ったはずの扉が微かに開いており
その扉の前には一穂のものと思われる小さな足跡が濡れたっていた。
扉を開け政勝は中に入る。
と、そこにいた一穂の姿に安堵すると
「一穂さま?」
と、呼んだ。
「政勝。あれを見や」
一穂に言われて政勝は一穂の指差す物を見た。
「ああ・・?ああ。う?うむ」
そこには一穂が火を燈したのであろうか、蝋燭の炎が一織り揺らめいていた。
が、その蝋燭の蜀台になっていたのが
いつか一穂が恐れおののいた髑髏であった。
その一穂も今は恐れもみせず、その炎と蜀台を見詰めていたのである。
驚愕に似た思いを抱いて代わる代わるに政勝は一穂と髑髏を見詰めていた。
が、ふうと政勝の気が沈み込んで行く錯角を覚えた。
政勝は途切れるような意識の中で
一穂を懸念し一穂のまだあどけない顔をみつめ
「か・・ず・ほ・・さ・・ま」
仕える筋の幼き主の身を案じていた。
政勝の呼ぶ声に一穂が微かに首を捩り政勝に瞳を向けた。
その数穂の瞳の中に映る蝋燭の炎に
『何・・を・・・思いやる?』
思った政勝の思念がそこで途切れたのである。

頭の中で怒号する声に政勝が意識を取戻した時、
政勝は自分のしている事に頭を叩かれたよりもひどい痛みを感じた。
政勝の胸の中に身体を預けている一穂のその口を啜り、
あらぬ事か政勝の手は一穂のまだ幼い陽の物を弄っていたのである。
一穂の方はそれを望んでいたかのように、
うっとりと政勝に身体の重み全てを預けて政勝にされるままにいたようなのである。
『わしは!?な、何を?』
政勝の驚愕に気が付きもせず
一穂は魂ここに在らずという逞で放心した様子である。
政勝はその一穂の肩を掴み激しく揺さ振ると
「一穂様。一穂様。気をしっかり取り直して、ここを早う出ましょう」
一穂を呼覚ます。
「政勝?何をしよる?ここは何処じゃ?」
揺すぶられた事に些か気を悪くして、
不服な顔をして見せたが、
不思議な面持ちのかわると、
己の所在を確かめるのか、
ゆっくりと、辺りを見渡していた。
が、
髑髏の炎が目に映った途端に
「なぜ?かような所にわしを連れてきおった?お、恐ろしい」
政勝にむしゃぶりついて
「は、早う、出よう。ああ、早う、城へ帰ろう」
と、言い出すのである。
「気を取戻されましたな?」
政勝は一穂の手を引いて、社を飛び出し
森羅山の入り口に繋いだ馬のもとに逃げる様に走り出したのである。
怖気が細かく身体を震わせている一穂を葦毛に供にのせて駆け出して行く後を
解き放たれた黒毛が追っていた。
その姿を時空の狭間から小さな舌打ちで見ている者がいたのを
政勝、一穂は元より誰一人として知る者はなかった。

社が在る筈だと言われた場所で二人がじっと立ち竦んでいた。
一穂が政勝に怖いとむしゃぶりつくと
二人がその場から大急ぎで走り去るを見ていた八代神は
「何があった?」
険しい目付きで黒龍に尋ねた。目を閉じたまま黒龍は言った。
「御主にも一穂の後ろの黒き影は見えておったろう?」
「ああ。じゃが、変わった様子では」
「一穂が政勝にしかけおったわ」
「な、何を・・・?」
「政勝の首に腕を絡めて、あれの方から政勝の口を啜りだしたわ」
「ま、まさか」
「政勝の思念がのうなっておったし、一穂もその影に躍らされておる。
自らの意思ではない」
「ど、どういう事じゃ」
「当りはついておろう?」
む、と口を閉じた八代神である。
八代神にも、黒龍が推した事と同じ考えが沸いていた。
「やはり。双神に間違いないの」
「ああ。」
双神がたたらを組んでいたに違いないのである。
一人が一穂に付き纏い一穂を差配し、
もう、一人が多分、時空の狭間から政勝の思念を操ったのである。
「だが、何の為?」
「判らぬ。かのとにもあのような振舞い。性を手繰って何を求め様としている?」
「女鬼の有り様。あれもどう思う?」
「・・・・・」
「白峰のほうが性と魂の事はよう判っておるの」
八代神が呟くと黒龍がはっとした顔を見せた。
八代神に示唆されて黒竜の中でひとつの点を結んでいたのである。
「ま、まさか?」
思い至った事を黒龍は口に出すのを憚った。
黒龍のその様子になおさら八代神もおぼろげに感じていた事が
どうにも的を得ている様に思えていた。
「そうとしか考えられぬ。でなければマントラなぞ必要なかろう?」
「お、恐ろしいものに目を着けられよってからに」
「仕方なかろう?政勝の生命力は強い。おまけにお前の・・・」
「む・・・」
気まずそうに黒龍が咳払いをし始めていた。
政勝の精の強さは一つに黒龍の満たせぬ欲求が流れ込むせいでもあった。
「采女にしろ、あの精の強さとおまえの血とに焦がれておったのだろうに」
「双神は子を孕みたい妖怪の類とは違うわ。・・・やっかいな」
「そうじゃの」
まだまだ煩悩の昇華のできない黒龍を若いのと思いながら
もう一人の若い男の方にこの事を知らせてやった方がよいのかのと腕を組んで
八代神は地上に居る白峰をもう一度覗き込んだ。

ひのえと白銅の為に囲炉裏に火を起こし始めてた白峰の姿に
「さてもさても。大事なものよの」
八代神が呟いて感心する程に、
凡そ、自ら雑事などに手を染める事のない白峰が
粗朶を折って種火をいこらすため、
空消しを入れ始めると社の中に、白い煙が上がり始めた。
粗朶が炎を上げ始めると、細い枝をくべ始め、
火のついた空消しを跨がせ薪を乗せると
その隙間に粗朶をついで枝を足して火を大きくしていく。
やがて社の扉を開けて現われたひのえ達を横目でみると
白峰は来いと手を拱いて見せた。
「まあ、座るが良いわ」
よく炭もいこりだし炎を上げていたし炎に当てられて薪も爆ぜる音を立て始めていた。
「大神自らですか?」
炎が上がる薪の造作無い置き方に慣れぬ事をした後が窺えており、
聞くまでの事もなかったのであるが白銅は尋ねた。
「何。何時もなら蛇は寒い折には奥でうつうつと寝入っていての。
ここには滅多とおらなんだ。
下の婆が祷りて、わしを呼ばう折には、もう火をいこらせてあったしな。
わしもよう勝手が判らん」
「何、うまいものです」
白銅が澄明を振り返り火の近くに寄る様に
庇う様子を見せているので白峰も
「せっかくわしが火を起こしたのじゃ。よう近よって暖を取るがいい」
白銅の後ろに着くようなひのえに声を懸けた。
一歩下がりて白銅に従い、
羽の下に自ら庇われるひのえの所作に
この三日でひのえの中の機軸が白銅に縋り服従する女子の情を
ひのえ自身に見せつけたのだと読み取れた。
くしくもそれを一番に感じているのは白銅であり、
また、そのひのえを見定め
己が手中に乗った事を確信すればこそ供に連れのうて、ここに来ているのである。
白峰にとっては淋しい事ではあるが
これならば、もう二度と血気に盛るような短絡的な救いに
己の身を呈する馬鹿もしないと安心するとともに
これなら、双神の事を話しても良いとも、
あの伽羅を呼んで伽羅が見知った事を直にひのえに話させても良いな
と、踏んだのである。
「それで?」
白銅に促がされると、
「ああ・・。此度の黒い影。双神じゃろう」
「双神?」
「わしの推量もあるが、一人は一穂に付いておって
もう一人はあの女鬼を食い尽くして新たな生贄を求めて隙を窺っている」
「双神というのは?」
「この世界の者では無いそうな。仏界にも、神界にも、言わんや。
天空界にもあのような者はおらなんだ。
と、なると何処ぞから突然生じてきた者か。流れついたか」
「な、ならば?喩えて言えば、それはたたり神と同じような?」
「かもしれぬし。八代は魔界から現われたのやもしれぬとも言うておる」
「たたり神ならその怨念手繰れば解決もあろうが、魔界の者であらば、
今以て姿さえはっきり見せぬにそれも判らぬに。その上双神と言うか?」
「それについての、伽羅が例の女鬼から話しを聞いておるに。あれを呼ぼうてある。
もうしばしでここに現われよう。あれの話しも聞いてみると良いわ」
何時の間にやら白峰が手繰り出した伝手が伽羅だったので、
白銅と澄明の二人は顔を見合わせていた。
その二人を見ながら白峰はゆっくりと口を開いた。
「そやつらはマントラを唱えておったそうじゃ」
「マントラ?」
訝し気な白銅の横からひのえが尋ねた。
「立川真言流も、関与しているという事なのですか?」
「なんじゃ?それは?」
白峰のほうに尋ね返されてしまった。
「立川何某が教祖になりてやはり、マントラを唱え・・極楽浄土を謳い文句にして・・」
澄明が告げるとしばらく考えていた白峰だが
「立川?ああ、そんなものは取るに足らん事よ。
あれは、現世の極楽に酔うておるも良いわ
と、神界が一番失笑しておった類じゃそうだから、まず、関与は無かろう」
「やはり。別区立ての物ですか?」
「酷い遣り口でな。・・・・ん?来おったな」
白峰は伽羅が扉の前に佇んだ気配を察して
「入り来て、ひのえらにあの女鬼が事聞かせてやるが良いわ」
伽羅を呼ばわるとひのえのほうを向いて
「先から八代が呼び寄る。余りに煩いから少し行って来る」
言い残すとその姿が掻き消えて行った。

おずおずと入り来たる伽羅が白銅と澄明で並び添いたるを見ると
ぺこりと頭を下げたのであるが
二人が伽羅を見る目で白峰に言われた事が二人には火急な事なのだなと察せられた。どうも名前の事はまた先になりそうだである。
伽羅の方もあれきり姿を現さなくなった波陀羅の事も気懸りでもあり、
波陀羅が抱え込んでいる問題に対しても
伽羅には澄明に話す以外なんの手立ても考えられず
手を擦る様にして囲炉裏に近寄ると澄明に
「久しぶりな・・・なれど、またも良い話ではないに」
と、前置きをして伽羅の知る限りの波陀羅の事は無論、
波陀羅から聞いた事全て余す事なく澄明に伝えたのである。
「子があるというのだな?」
念を押すような澄明に伽羅は頷くと、更に・・・。
「その子らも魂をへちゃげられた様な有り様なのじゃ。
いんや、我が見た訳じゃ無いに、波陀羅が自分もそうじゃというが、我にはよう判らん。なれど、嘘ではないに・・・。
第一その様な事、嘘を言うても始るまい?」
「伽羅。ように判っておる。我等もその女鬼は見ておる。そ奴が自分でいう通りじゃ」
白銅に言われると伽羅も
「なんぼか、嘘である方が良いわの」
紛れも無い事実と知ると伽羅も肩を落としていたが、
「しかし、澄明。日取りは整うたかや?」
やっと澄明の事に触れる有様であった。
「知っておったのか?」
白峰との経緯の果ての白銅との馴初めの事も万事承知である様子の伽羅に尋ねると
「所で、悪童丸が方はどうなのじゃな?」
自分の事はさて置いての心配りの細やかな澄明に
「ああ。女子の子じゃったに。神の守かの?
時折、ほやあと笑いよるに可愛いものじゃよう」
伽羅も我が孫でも無いのであるが目を細めて言うのである。
「そうか。勢姫も元気であらせられる?」
「よう乳の出る女子じゃに、早苗をように太らせてくれおって。
あ、二人での母者人にあやかってのかなえの、なえだけ貰うて早苗と名づけたに。
良かろう?」
澄明は頷くと
「可愛らしい名じゃ。その名の通り大事にのびのびと育ててやると良かろう」
「ああ・・・」
早苗の名の良し悪しも気になっておった伽羅がようやっと一息ついた気分になると
「ああ、そうじゃ。なんじゃ忙しそうな様子に申し訳無いがの。
今更急ぐ事ではないが悪童丸もいかばかりか、何がなんでも、
その、何じゃ、早苗が物心付くまでには悪童丸の幼名を改めてやりたいに。
なんぞ、考えてくれぬか?
忙しゅうて遣り切れぬなら澄明の一字を貰うて我が考えてみるが・・・」
「判った」
「ああ。そうしてくるるか?」
伽羅の声は嬉しげである。
「しばし、猶予をくるるの?」
「ああ。先にも言うた通りじゃに。ああ・・・これは良かった」
そんな事一つが嬉しくて仕方のない伽羅に白銅が
「伽羅は子煩悩じゃな」
優し気な言葉を懸ける。
「我には子が授からなんだに。
故、猶の事、子が居ったらこの様な物かと思わされてな。
我は我が身で子も生んでおらんに婆にまでなれて果報者じゃと思うておる。
それもこれもそこに居る澄明の御蔭じゃに。
澄明が事、泣かせるような事があったら我が許さんに・・・・」
伽羅は拝むような目で白銅を見詰めた。
「怖いものじゃな。
御前にしろ、白峰にしろ、皆がひのえが事になると一心不乱じゃの」
白銅が愛しい目で澄明を見ながら言うので
伽羅は思い切って白銅に言い返して見せた。
「何を言い遣るか?御前が一番「一心取り乱し候」であろうが?」
衒いもなく、白銅が
「そうじゃ。お前の言う通りじゃ。わしはこれがおらんかったら生きておらん」
と、言う。
白銅が伽羅に言う様にして澄明に念押しをしていると気がついた伽羅は
此度の事態が澄明の進退を極めさせる程に
澄明を追い詰めているらしいと気がついていた。
「なんが、あったかしらんがまた判った事があったら伝えにくるわ。
でもの、あの白峰が大人しゅうに御前等の言うことに力を貸しているくらいじゃ。
何とかなるわ。あの・・・白峰がの・・・」
大神のまさに牙を抜かれた蛇の様な有り様を思い浮かべて
伽羅はくすりと笑ったのである。
「帰るわ・・」
伽羅は扉を開けて出て行くとそれを待っていたかのように、
いや、待っていたのである。白峰が姿を現し
「要らぬ事を言いよるわ」
伽羅が立ち去ったのを確かめる様に見ていたが、
「悪い知らせじゃ」
と、ひのえを見た。
「何ぞ?」
「政勝が事に異変じゃ」
「どうされた?」
白銅も身を寄せて聞いてくると、
白峰は八代神から聞かされた政勝と一穂の不振な行動を話し聞かせた。
「それを止めてくれたのは、やはり黒龍ですか?」
「あ奴は、一日中、政勝の思念を見ておる」
白峰の話を聞いている澄明の顔色がほっと落ち着いた物を見せていた。
「黒龍が守護に入ってくれましたか」
政勝の思念が振られてしまっていても、
それが、振られているせいで思念を読み取れないのか、
たんに政勝が無意識になって
例えば、ただ、ぼおーとしているだけなのか、何も思ってないだけなのか、
その判断は付けられない。
意識が途絶える事が無いか、政勝を日がな読んでいる訳には行かぬ事でもある。
その上、思念が掴めない度に、政勝の元にいって確めている訳にもいかず、
かといって、出来る事ではないが
政勝にへばり付いてしまっては、双神自からが動きを止めてしまうかもしれない。
それを黒龍がしているのである。
政勝が思念を振られてしまったら陰陽師では、
入りこめない政勝の思念に涌かしや、浮かびにより政勝の状態を阻止できるのは、
神であらばこそであり、元親様であればこそである。
そして、双神が天空界に上がれぬ存在であれば
政勝を守護する黒龍に気がつくこともない事である。
双神の動きを止める事は無い。
「むろん黒龍は、かのとのほうも守護しておる。ふ、言わずもがなであったかの?」
それに付け加えて白峰が
「この地・・・この社・・・御前らの自在に使うが良い」
白峰の聖域を澄明と白銅の二人に解放する理を発したのである。

伽羅から聞かされた事で澄明に見えて来た物があった。
それで直、澄明は残りの二人を集めた。
伽羅により波陀羅という女鬼からもたらされた話しをする。と、
「双神はおそらく、政勝を使って
一穂様とかのとのシャクテイを得ようとしているのだと思われます」
「シャクテイ?」
不知火は聞き返してきた。が、善嬉は腕を組んだまま黙って澄明の続きを待っていた。
「性の根源力・・・気・・と、言って良いかと」
思い当たる言葉もなく澄明はそう説明すると、不知火が
「成る程・・・で、政勝を使うとは??」
不知火の疑念をはっきりと言い正したのは善嬉の方で
「出きるものか。政勝は、龍が子孫だぞ」
今や公然の秘密となった事を言い放った。
澄明はその善嬉に無念そうに首を振った。
「いえ。黙っておりましたが、政勝の思念を振るほどの妖力を持っております」
「なんと?」
不知火は事の大きさがどうも予想を越していると考えていたし、
善嬉はそうなると政勝と相対さねばならなくなるのかと臍を噛んでいた。
「それでは政勝にも黒き影が着いておったのか?」
「いえ。それは無いのですが。
かのとは夫婦事で政勝の様子が妙だと言ってきました。
一穂様の方に対しても政勝が妙な事をしかけ・・」
「妙?」
「一穂様は覚えておられませんが・・・男色・・の如き・・・」
「ま?政勝が?」
「どちらからとものうだそうです。白峰が言うにはどちらにも意識が無かったと言います。おそらくその通りでしょう。
かのとに対しても、政勝は我がした事の思念が一切なかったのですから」
「そういう事か」
善嬉が得心するので不知火が
「双神は一穂様とかのとのシャクテイを得るが為罠を張っているのは判った。
が、どうやってマントラを口伝させる?」
尋ねれば、澄明が
「それが為に政勝を術中に嵌め様としていたのでしょう?」
不知火の足らぬ言葉の底が見えず同じ事を繰り返すと、
不知火は双神にはそれが出来るのだなと思い黙りこんだ。
「む・・・」
不知火の言葉に触発されて白銅の中でも絡んだ糸が解かれると
ひのえに尋ね返した。
「いや!?それなら既に政勝はかのとの時にマントラを唱えて居ろう?
もう既に二人ともおかしくなっておろう?」
「と、いう事は口伝する伝い手が必要であるという事だろう?
双神自らの口伝は独鈷の事でも判るが
その姿を現さねば出来ないと考えられぬか?」
「思念を振るだけしかできぬと?」
「じゃろう?第一、波陀羅という女鬼に反古界を作っていたと言うのに
波陀羅が伽羅に喋る事を止めれぬという事も可笑しい。
奴らが思念を振れるのはその事だけではないのか?」
「すると・・・・いずれ、政勝達の前に姿を現すという事か?」
「もしくは・・・・伝い手が忍びよってくるか?」
「その波陀羅という女鬼が伝い手になるという事も考えられるな?」
「それは、恐らく無理でしょう」
三人の推察を聞いていた澄明がそう言う。
「信じられるのか?」
善嬉は澄明の言葉の裏になんぞあるなと踏んで聞いてみた。
「いえ。波陀羅がという事でなく、
白峰の話では天空界におわす黒龍が
かのとと政勝殿の守護に入っているという事です。
此度の政勝の行動を一喝して正気に帰らせたのも黒龍だと言いますから」
「ふー――ん。
と、なると双神は益々一穂様に焦点を宛てて来るという事になるかの?」
と、善嬉が言う。澄明はそれに対して
「判りません。が、かのとという女子の性と
一穂様という男の性の両極が欲しいが故の行動に思えますから」
答えると、今度は不知火が得心した様に呟いた。
「成る程の。かのとならすでに何時でも政勝の手中におる女子だから、
双神も慌てずとも良いという訳か」
「政勝のかのとへの妙な行動は何処かで、一穂様に繋がっていたという事でしょう?」
かのとに対しての政勝の不思議な行動があった同じ時刻に、
一穂の方がどんな思念が沸かされていたのかは探り様も無いが、
澄明の言葉からその事が一穂の中のまだ幼い性を目覚めさせて行く
何らかの手伝いになったのではないか、
あるいは起爆剤を与えたのではないかと思い至って三人は顔を見合わせた。
「つまり、政勝に独鈷のような役割をさせようという目論見か」
「澄明。一穂様をどう護ればよい?」
「とにかくは・・・伝い手が現われるか・・・双神自ら現われるか」
「やはり、その女鬼が事を利用するだろう?」
てんでが勝手に気懸りな事を口にするのであるから、澄明も返事に窮していたが
「判らない事があるのです」
と、言うと、三人はぴたりと黙りこんで澄明を見た。
「先に不知火が言うた事で確かに
何故、かのとだけでもマントラを唱えさせればよいものを
なぜ、唱えさせなんだかという事です」
「両極揃うのを待っておるという事でないのか?」
「ええ・・・。だから、何故待たねばならぬのかという事が・・・」
「政勝の中に両方が無いと口伝できぬという事か?」
「ええ。そう考えると波陀羅に独鈷がマントラを教えた事も
二人の子に教えた事も納得がいくのではないですか?」
「よう・・・判らぬ。順を追うて話してくれぬか?」
「つまり、双神から口伝を受けるには、
両方の性の交渉を持った者でないと受けられないのでは?」
「そういう事か。となると波陀羅は口伝する事ができぬと言う事であり、
波陀羅の二人の子の内男の方はできるという事か?」
「判りませぬ。一樹という男は男に対しては受け手で、
女子に対しては当然、使手ですから、
その形でも両極揃うたという事なのか、
独鈷からの口伝でも一樹には、伝い手の技力があるのかどうか・・・。
只、言える事は口伝できる者はそんなには多くいない」
「そうじゃろうな。そのような者があちこちにおれば
魂が腐食した男や女もごろごろ居て、
とっくに双神の事なぞ明るみに出ておったろう」
「それと性の根源力が要るなら、そう言う、俗にいう両刀の
相手構わず多くの者と交渉を持つ者を探して行けば良さそうなのに、
まだ性の事さえ定かでない一穂さまを狙うてみたり、
政勝殿は、かのと、かのとで・・・・普通なら一穂様に」
「そこかもしれぬ」
不知火がうめく様に言った。
「え?」
「かのとと一穂の共通点は政勝に近しいと言うだけで、
偶々、標的になったのかもしれぬと、思っておったがの。
波陀羅の子とてマントラを他の者で試そうと言う気はなかろう」
不知火はそう言うと続けた。
「つまり、何らかの感情が混ざり合ったシャクテイが欲しいのではなかろうかの?」
不知火の言葉に何おか考え込んでいた澄明はふと、両の手で顔を覆った。
その様子を見ていた白銅が澄明の肩を抱くと
不知火も善嬉も白銅の様子に察する物があって立ち上がると社の外に出ていった。
「ひのえ・・・・」
白銅が澄明の背に廻り込む様にして澄明を囲む様に抱き込むと
「白銅・・・すまぬ・・・」
白銅に詫びながらその胸に寄りかかって行った。
「どうした?」
優し気な白銅の言葉に
「双神に何があったかは知らぬ。けれど、あれらも必死なのじゃと思えて。
シャクテイを求めているだけならまだしも、
あれらの心の底は淋しゅうて、淋しゅうて餓え狂うておる」
「阿呆う。また、そういう脆さを出しよる。
御前の、凡そ、何もかもを許すその優しさが時に罪を作る事を覚えておかねばならん」
「白銅?」
「御前がそれを例え様も無く憐れだと思う裏側にあるのは、
白峰の事でわしを諦めようとした御前自身の悲しい通り越しがあるせいだ」
「・・・・・」
「哀しかった。辛かった。淋しかった。
なれど、その自分を認められる立場で無いと思いこんで自分を偽ったわの?
その心の底に生じた童女がな、
悲しい者を、辛い者を、淋しい者を見ると御前の心の上に現われてくる。
が、の、それは決して、相手の為なぞでない。己が為の慰めの涙だ」
「・・・・・」
「何故なら、どうあがいても今のお前にはわしがおる。
それを忘れて要らぬ同情なぞされたら向こうも御前の幸せぶりに腹を立てるだけだ」
「白銅・・・わたしは・・・」
「何も言うな。お前が事はわしが命じゃと思うておる。それを護れなんだわしが・・・」
白銅の胸に哀しい後悔を湧き上がらせたくない。
白銅に己を責めさせる言葉を言わせたくない。
その思い一心で何時の間にか澄明は白銅のその口を己の口で塞いでいた。
その澄明をさらにしっかりと抱き寄せると白銅が紙縒りを引いて
式を生じさせると外の二人に放ったのは言うまでもない。

現われた式神に顔を見合わせていた二人であったが
「わしは一穂様を・・・・」
善嬉が言うと、不知火が
「わしは波陀羅の子の事、それと、藤原永常と言う陰陽師の事、探って見て来るわ」
御互いの行動を決めると二手に分かれていった。

その頃、政勝は自分の取った奇妙な行動が、
澄明に言われた一穂の後ろの黒い影に関係があるらしいと、気が付いており、
そうでなくとも、白銅と供に首をかしげていた社に一穂が引き寄せられていった事やら
とにもかくにも澄明に合って話しをせねばならぬと、
帰宅の刻が来るのをじりじりした思いで待っていた。
そこに善嬉が廊下を通りすぎて行くのが見えた物だから
政勝は慌てて善嬉を追いかけて行った。
「待たれよ・・」
声を懸けると善嬉が政勝に言い放った。
「役に立たぬ。随身じゃの」
一穂との事を知っている口ぶりだったので
「そこもと?」
言わずもがなであるならば、敢えて言いたくもない政勝であるが、
それでも善嬉が知っているのかを確信したくもあり、
態々出向いて来た膳嬉の用事が何であるのか?
やはり、黒き影の事であるなら一体、どうしょうというのであろうか?
主膳に話しを持ち込む気なのか?
主膳にまで話さねば成らない程事は切迫しているのか?
と、思いがどんどん頭の中をめぐってゆくと、
政勝も何を聞けばよいのか判らなくなっていた。
そんな政勝を尻目に
「一穂様はあれから、大丈夫じゃろうの?
と言うても、一番危ない御前が傍に居らぬ所を見ると大丈夫か?」
皮肉たっぷりに言うので、やはり知って居るのだと判ったのだが
一体どうなっているのだと聞くには善嬉の眼差しが余りにも刺すように厳しく、
政勝もこれ以上己の不甲斐なさを露呈するわけにいかず
「なんで・・・知って居る?」
言った後で陰陽師相手に我ながら間抜けた事を聞いたと後悔した。
が、
「澄明が所に知らせにきた者が居っての」
と、答えて来た。
「だ・・・誰が?」
澄明が読み透かしていたと言うなら
まだしも、誰かが告げたというのは政勝にも意外な事であり、
ましてや社の中での事、誰が見て居ったのだと疑念が湧いていたのである。
「は、驚くなよ。白峰じゃ」
「え?」
政勝とて周知の事であったが、
忌まわしき因縁の果てにやっと天空界に上がり、
澄明とやっと、縁が切れた相手ではないか。
それがなぜ?白峰の中にまだ目論見があるのかと危ぶんだのである。
「心配する事はないわ。白峰はどうやら澄明の下僕になったようじゃ」
「はあ?」
「何処ぞの邪神に操られておるどうしょうもない男もおるかと思わば、
女子伊達らに神格の者を下に敷き込む。
御前・・・その様子では澄明の妹御に下に敷かれておるか?」
善嬉の憤怒は納まらないらしく、政勝をこけにする口利に
「何!?その口の聞きよう。もう一度言うてみろ」
政勝も色をなした。
「何度でも言うてやるわ。
上に置く筋を狂わせて仕える主の者に手をかけておった者が、
敷かれておる相手にも何をしとったか・・・不安に思わぬか?」
「え?」
言われた事に政勝は虚を付かれ呆然としていた。
その政勝に善嬉が
「早う。澄明の所に行って来るが良いわ。あれは優しいからの。答えてくれよう。
わしは御前の不甲斐なさに泣けてきて話す気になれぬわ」
自分でも一穂の時のように判らぬまま
なんぞかのとにしでかしているらしいなと当たりがつくと、
それを敢えて言うてくれた善嬉と判れば、
せめても今の善嬉の役に立つような事を答えて礼とするしかないと政勝は考えた。
「か、一穂様は寒気がするというて部屋におらるる。
わしが、社に連れて行ったと思い込んでおらるるに、機嫌も損ねておる」
やはり素直な性分の政勝であるものだから、
黙って居ればよい事まで口にだして
そして、一層しょげ返っていた。
「そう気落ちするな。一穂様は御前の事は頼りにしておられる。
それが、判ればこそわしも歯痒うて、ついきつい口を効いてしもうた。
政勝。わしは一穂様は元よりじゃが、黒き影を見張りに来たのじゃ。
なんぞ良い言い分けを作って一穂様の傍に折れるようにしてくれるのかの?」
「あ、一穂様には言いようがあるが・・・殿には・・・」
政勝が考え込んでいると
「ああ。殿には髪揃えの前の禊を始めるとでも言うておけばよい」
「なれど・・・本来はそんな事はなさらぬでしょう?」
「運気が変わっておるとでもなんとでも言え、いや、言うがよかろう」
「判りました」
頷くと政勝は善嬉を伴のうて一穂の元へ連れて行ったのである。

一方、
不知火である。
波陀羅の子がいる山科まで足を伸ばす事になるとは
夢にも思っていなかった不知火であるが、
こうなったら仕方がないのと旅仕度を整えると早速出かけて行った。
だが、半日も歩かぬ内に不知火は引き返そうか、
そのまま、山科まで行こうか、迷う事になった。
と、いうのも、向こうから歩んできた年の頃、二十ぐらいの女子が
大きく息をついて傍らの大きな石に持たれかかったのだが、
それがかなり辛そうに見えて傍まで駈け寄ろうとした不知火だった。
が、不知火はうっと息を飲んで立ち止まってしまったのである。
「これは!?波陀羅の子?」
いやな気配がしなくもない。
それもその筈で感じた不安のままその女子を見透かしてみれば
澄明が言っていたような反古界がある。
さてはと不知火も女子の魂の様を見てみれば、その酷さに目を覆いたくなった。
余程、声を懸けようか?何処に行くのか!?何故、こんな所に来たのか?
孕んでいるらしい女子の体を気遣う振りをして同道して、
探って見ようか等と考えている内に女子は息が整うたのか、
立ち上がると歩みだしていった。
「腹の子まで、双神の生贄に捧げるつもりか?」
不知火は女子が行く先を双神の所と踏んだ。
女子を付ければ、双神の社が現われるやもしれぬと考えると
その事を善嬉と白銅に向けて言霊を飛ばしておいて
不知火はそれが間違いなく波陀羅の子である事を確かめる事も含め、
そして、それが正解であったとしても
兄である一樹がどうしているのかを見定めに行くしかなかったのである。
『一樹とやらも、双神の元にいった?そう考えれば、女子が後を追ったのかも知れぬ』
不知火は思い迷いながら山科の町にいる陰陽師を訪ねると決めた。、
事の真偽をはっきりさせる為には
やはり、山科に向かって歩み出すしかないのである。

波陀羅は、気配を殺し道沿いにある大きな松の後ろに隠れるとしばらく佇んで、
長浜の陰陽師の一人である不知火をやり過ごしていた。
前をゆっくりと歩く比佐乃の様子を窺いながら、
かつ、比佐乃をつけている事に気取られない様に気を配りながら歩いていた。
比佐乃が傍らの石にへたり込んだ時
波陀羅も余程声を懸けて力を貸してやろうとしたが、
不知火の姿に気が付いて慌てて隠れたのである。
波陀羅は伽羅の元を出る時、やはり双神に逢うしかないと決意していた。
その為にはどうしても双神にシャクテイを送り付けるしかない。
そうしておいて双神への忠誠を見せるしか、
閉ざされた社への道が開けぬと考えていた。
かといって長浜の町で行動を起こせば陰陽師達の目に止まり
それが故に一層、双神が姿を見せぬようにもなりかねないし、
伽羅がまたも泣いて止めよう。
伽羅の心の優しきを思うと伽羅には知られたくもない事であった。
仕方なく京の都に行くかと、長浜を飛び退ってきてはみたものの、
山科までくればやはり子ども達の事が気になり覗いて見たのである。
が、そこには二人はおらず店を預けられている手代が帳簿をくっていた。
波陀羅が人の姿に身を変え店先に入って二人に事を尋ねれば、
「だんな様は店に置く物を産地にまで見に行くと仰って。
とうはん、あ、比佐乃様はしばらくしてその後を追いましたから」
と、言う事で、
比佐乃がいつ家を出たかと聞けば、一昨日という。
女子の足ならそう遠くにはまだ行くまいと追いかけたのである。
波陀羅の心中では一樹が事に泡立っていた。
比佐乃も子を孕んでしまえば店のものや家廻りの者にどう言い繕えばよいのか、
まさか、兄の子ですとも言うなぞ、適うわけもなく、
日に日に目立ち始めてくる懐妊の兆印に何ぞ言い分けを作って家離れをさせて、
何処ぞに家でも借りて身二つにしてやるか、
どうにもならぬなら、
どこぞの男と情を通じて挙げ句捨てられた果てに子を宿したに、
もうどうにも始末がつかぬ。
憐れと思いつつも、この醜態に甘んじてやるしかない。子には罪はない。
と、嘘で固めてでも家長らしく事を納めてやらねば、比佐乃の行き場が無いのである。前を歩く比佐乃も一樹しか頼る相手もおらねばそれを追いかけて行くのであろうし、
もし一樹が見つからねば帰る当所を無くしてしまう事になる。
そうなれば一体何処で産をなすというのであろうか?
波陀羅の中で募る不安を余所に
比佐乃は一樹に逢える当てがはっきりしているのか、そんな不安ひとつ見えず
むしろ馴れぬ旅の疲れと身体の変調が比佐乃の面差しに影を落していた。
夕刻近くになって宿に入った比佐乃の後を追い波陀羅も宿に入って行った。
まだ、歩くつもりであると言う事と考え合わせても、
目指している方向がやはり長浜である様に思えてもいた。
『これは、一樹が既に、双神の元に呼ばれているのではないか?』
波陀羅は恐ろしい懸念に行き当たり始めていたのである。

夕刻の日の暮れの早さに飽きれながら政勝は退城の時刻となると、
辺りを見廻しつつ帰宅の仕度を整えていた。
と、櫻井が
「早番ですか?冬は早番の方が良い。
朝は暗い内から出るのは辛いがやがて明るうなりますが、
夕刻はちょっとすぐるともう暗くなる」
ここしばらくの遅番に愚痴る様であったが、声を潜めて尋ねて来た。
「なんぞ?ありましたか?」
「何ぞって?なんじゃ?」
「いや・・・九十九善嬉が一穂様に張り付いておられる」
「ああ。その事か。髪揃えの前の禊を・・・」
「政勝殿。貴方は、私に、殿に言上した事と
同じ事をいって通じると思っておりますか?」
「いや・・・事実」
「何故、澄明様がこられぬ?何故九十九殿です?」
「さ・・・さあ?」
「さあ?さあ、なのですか?政勝殿。政勝殿は何ぞあるのを私に隠しておらるる」
「あ、いやあ。わしもこれからそれを澄明の所にいって聞いてこようと思っての」
櫻井もそうまでいわれると首を傾げながらも、
不承不承政勝の知らぬを信じた様であるが
「ああ、そう言えば、澄明様は女子であらせられたのですよね。
いやあ、中々、豪胆なお方だのに・・・。
まあ、櫻井の方からも此度の事喜んで御祝い申上げますと伝えてくれるかな?」
流石に主膳の近習であれば、話しが伝わるのも早い。
祝言の日取りまで知っているらしく
「いやあ。あの方の花嫁姿はさぞ美しかろう。
白無垢の後ろでこう、桃の花がぱあと開いているというのにそれが霞んで見えて」
政勝も櫻井の疑念が単に澄明に対する憧れから発せられた、
何故、澄明に逢えぬのだろうという下らぬ物思いに過ぎないと判ると
「まあ、わしが家内のほうがべっぴんじゃがの」
子どもの様な負け惜しみを言い捨てて部屋を出ていった。
子ども振りの可愛らしい政勝の言草に腹を抱えて笑う櫻井の声が段々遠ざかり、
すっかり暮れなずんでしまった外に出ると、
政勝はわしの家内よりは不細工な澄明の家を目指していった。
澄明の屋敷に入れば澄明が玄関先に顔を出してきて、政勝を招じ入れると開口一番
「御待ちしておりました」
と、いう。
これはいかぬと政勝も身を縮こまらせて澄明のさにわを待つ事にした。
その様子に澄明も吹き出しそうになりながら
「尋ぬる事があるのでしょう?」
政勝の胸の内を言当てるので
「いや・・・う・・」
歯切れの悪い様子を見せ、黙り込むしかなくなる。
それで澄明も
「良いではありませぬか。
主家の一穂様が事より、かのとが事が気にかかるを恥じる事はありませぬ」
ずばりと言いきられれば、政勝も腹を括った。
「いや。善嬉に聞かされてわしはかのとに何をしたのかとそればかり気になって。
わしが一穂様にした事が一穂様についている黒い影のせいであるのなら
かのとにもなんぞ」
政勝がやっと黒い影の事を信じた様である。
相変らず、妖怪、物の怪の類、何にしろ自分の目で
確かに居ると確信できるまでは
中々信じない政勝を困った人だと思いながら
「かのとは大丈夫です。むしろ、貴方が、危ないのですよ」
「わし?」
素っ頓狂な声で聞き返してきた。
「ええ、貴方です」
澄明に駄目押しに念を押され、政勝もしばらく考えていたが
「わしのせいで、一穂様に黒い影が突いておるのか?」
「そうです」
これも、どうやら信じなくてはならない事らしいと観念した政勝は
「あ、え、で・・・わしはかのとに何を?」
「覚えておらぬ事を言うて、信じてくれますか?」
意識を失っていた間に自分が一穂様に対してしでかした事が何であったか、
胸を刺し貫かれる痛みで知らされている政勝には、
かのとにまで、手ひどい事をしたのかと思うだけで
同じ様な胸の痛みが走っていたのであるが
「かのとの事じゃ。
なんも言わんと辛抱しておったんじゃろうかと思うとその方がづつない」
「よい、心掛けです」
そう、言うと澄明は政勝の耳に口を近づけてかのとから読んだ事を聞かせた。
その途端に
「嘘じゃろう?」
政勝が信じられないのである。
白銅にしろ他の者にしろ、澄明自身とて信じがたい事実は
尚更当の本人に一番信じられないのは無理のないである。
が、その言葉を発した政勝に澄明の憤りは凄まじかった。
「女子の持ち物を嘲るような振舞いに耐えてきた、
かのとの思いを知っているのですか?」
言葉付きこそ、いつもの澄明ではあるが
きつく政勝を見据えるその瞳が、その唇がわなわなと震えているのである。
そんな澄明を見た事もない政勝は事が紛れもないとしると蕭然と肩を落していた。
「わしがかのとに?かのとにそのような事をしておったに。あれは何も言わんと・・」
いくら、思念が振られていたといえど余りに情けのないかのとへの仕打である。
無残にしょげ返った政勝を見据えていた澄明もやっと気持ちが晴れた様で
「だから、かのとはかのとなのです。
だからこそ、かのとを勧めたのですよ」
その澄明の言葉に
「う・・・む」
頷いた政勝が一瞬はらりと涙を落とした様に見えたが
「わしは、また、かのとに、一穂さまにそのような事を繰返すのか?」
そうであるのなら、この事が解決するまで、政勝は城勤めを辞去しなければならず、
かのとも正眼の元に帰して澄明達と事の解決に当たった方が良いのである。
「御心有難く思いますが。貴方はいつも通りにして居って下さい。
かのとには、もっとはように帰って来いといいましたに、
あれは貴方の側が壱等良いらしい。
一番に心配な事ですが、貴方を止めた声が貴方方の護りに入っておりますに・・・。
余程の事がない限り、もう思念を振られる行動はないでしょう」
政勝の心の底まで読んで念の入った答えであったが
「おお。そうじゃ、それも聞こうと思っておった」
政勝の頭の中に怒号された声が誰の物であったか、
聞き覚えのない自分の知った声でないのは政勝にも判っている。
政勝もその声がひょっとすると善嬉の言う所の澄明の下僕になったという
白峰のものであろうかとも考えていたのであるが、
政勝の受けた感には白峰には無い精かんな厳つさがあり、
その中に妙な温みがある様に思えていたのである。
が、聞かれた澄明は答えに迷っていた。
あるいは政勝が龍の子孫であると言う事を話してもよい。
いや、むしろ話すべき時期にきているのかもしれないという思いと
政勝に事実を伝えたら、その思念を双神が読んだ時
双神が如何するだろうかという事であった。
双神がこれはかなわぬと政勝を諦めてしまうなら、
それは、一穂様にとっても、かのとにとっても、当の政勝にとっても
思わぬ双神の方からの解放なのであるが、
裏を返せば、何処かの誰かを新たな生贄にさせてしまう事になるのである。
ぬくぬくと他の者を犠牲にして事の解決に成る訳もない。
が、このままいけば黒龍の守護で双神の企ては失敗に終り、
どの道、政勝を諦めて余所に移る事も考えられる事であろう。
と、ならば、敢えて、いっそ事を晒して政勝の後ろに居る者を
双神の計算に容れさせて、双神がそれで新たな動きを起こしてくる事に賭けてゆくか、
思い迷っていた澄明は
白銅に寄せられた式神による、
波陀羅の子がどうやら双神の社に向かっていると言う報を考えていた。
既に、一穂様の事が失敗に終って、
双神はあるいは一穂様を使う事を諦めて、
波陀羅の子の一樹を使う事を思い立っているのではないか?
政勝の思念を振って見た所で
まだ、性をしらない、手くだ一つとてもしらぬ一穂様では、
らちが開かぬまま政勝が思念を取戻してしまう、と、なると、事が成らない。
それが為、双神が一樹を呼んだならば、
双神は益々政勝を諦める気はないと考えられる。
むしろ、龍の子孫であると言う事が判った方が、
采女ではないがどうにでもして、
政勝を手に入れたいという執着を持たせる事が出きるかもしれないのである。
考えこんでいた澄明に痺れを切らしたか、政勝が問いを変えた。
「どうした?聞いては成らぬ事なのか?」
「あ・・・いえ」
澄明は顔を上げると政勝の目を覗き込んだ。
「この事は、既に、かのとが一番よく知っております。
かのとが既にその声の主とおうております」
澄明はひとつの決別をこめて、告げた。
「私が、そもそも貴方に惹かれていた訳もそこにあります。
詳しい事はかのとにお聞き下さい」
政勝の方がきょとんとしていた。
「かのとがおうておる?い、いや・・・そこもとがわしに?」
「お笑い下さるな。それもこれも、魂のなせる仕業。今は違います」
「あ、、いや。それは判っておる。かのとが・・・なんで?」
「政勝殿。早う、帰ってかのとに詫びてやらねばなりますまい?」
「あ、ああ。そうじゃが。じゃが、わしはほんにこのままでよいのか?」
「もう、しばらくかかりましょう。それに此度の事、
貴方のその剣の腕をお借りする事はないでしょう」
「そうか」
澄明は玄関まで送りに出ると、
「ああ。そうじゃ、かのとにもゆうて置いて下さい。
守護の御礼を東天に向こうてするようにと」
「東?青龍なのか?」
足駄をはみながら、政勝が尋ねた。
「かのとにお聞きなさいませ。青龍が如き浅き因縁では御座いませんから」
「ふむ」
息をつくと政勝は戸を開いた。その背に澄明が
「私よりべっぴんの妹によろしくお伝えください」
と、頭を下げた。
「それまで・・・・読みよったか」
政勝は肩を竦めると
「少なくとも、わしにはそう見えるのだから仕方なかろう」
言い残して外に飛び出して行った。
早くも暗闇の中に姿が紛れ込んでしまった政勝に、
「白銅とても同じ事を言います」
澄明は小さな声で呟いて、戸を閉めきり閂をかけると家の中に上がり込んだ。
それを外で聞いていたのが白峰で、腹を押さえ声を殺していたが
ひのえが中にはいったのでとうとう、声を漏らして笑い出していた。
笑い納まると
「どりゃ、いったん帰るかの」
白峰も天空界を目指して燻らせる様に姿をかき消して行った。

空が白む前に波陀羅は宿屋の二階の小窓より
身を擦り抜けさせると外に飛出して行った。
路銀なぞ元より持っていないのを承知の上で比佐乃の後を追って
宿屋に上がり込んだのであるから
波陀羅にとっては致し方ない行動だったのである。
朝になって比佐乃が起きて出立する頃になると、
宿屋のおかみが尋ねて来た。
「娘さんは昨日・・・隣の部屋に泊まった女子を最後に見たのは何時頃でしたか?」
「あ、私は食事を戴いてから、すぐに臥せこんで寝てしまいましたので
隣の方が女子の方だという事も存じ上げませなんだ」
「ああ、厭だねえ。とんでもないよ。方だの、存じるだなんてそんな女じゃないんですよ」
「あの?何か御座いましたか?」
「ああ、いんやあ。娘さんには関係の無い事なんですがね。
宿代を払わないまま出ていちまったんですよ。
それがね、内もその辺りはよくよく考えて二階の窓という窓は
わざわざ紅柄格子を嵌め込んであるし、
格子のないのは東の廊下の明り取りの小窓くらいでね」
「小窓から抜け出たという事ですか?」
「玄関は朝に私が閂を開けて外に出たぐらいだし、
その後すぐに玄関先は、番頭が帳場にずっと座っておって、
御客の出入りは見ておりますよ。
女子の御客は貴方とその女しかおらなんだのですから、
見れば、すぐに判りますわね」
「はあ?」
「いえね、そりゃ、ちっと身の軽い女ならあの小窓から出られますよ。
でもねえ。東の方は掘り切りがあって
そこから飛び降りればあの高さですから水音の一つもしましょ?」
「その上・・・この寒さですよね」
「でしょう?始めから宿を抜けるつもりならそこらへんを考えて、宿を選ぶでしょう?
水音も聞こえなんだし・・掘り切りから上がった後も無い」
「し、死んでしまったのでは?」
「綺麗な水なんですよ。底に人が沈んでりゃ見えると思ってね。
堰までずうと見て廻ったんですよ」
「掘り切りから上がれそうな所は・・他に無いのですか?」
「ありますよ。でも、この天気で地面はかわいていて水痕が落ちてれば判りましょう?」
「妙な事ですね」
比佐乃が軽いため息をつくとおかみもやっと気が付いた。
「ああ、すみませなんだ。御勘定ですね」
「はい」
おかみは比佐乃から金を受取ると尋ねた。
「どちらまで、行かせられますな?」
「長浜まで」
「ああ。なら、女子の足で、ゆっくり歩いても今日中にはつきましょう。お気をつけて」
おかみに見送られると、比佐乃は外に出て歩き出した。
朝から妙な話しもあるものだと思いながら一刻も歩いて行く頃には
その後ろから宿を抜け出た女である波陀羅が
人の姿に身を窶したまま比佐乃の様子に気を配りながら歩いていた。
夕刻になり、長浜の城下に入ると比佐乃はやはり森羅山を目指していた。
が、比佐乃がいって見ても、やはり、社はなかった。
「兄さまは・・・ここじゃと・・・教えてくれたのに」
神様が呼んでおらるるから、長浜の城の南西にある森羅山に行かねばならぬと、
一樹は比佐乃に言うと旅の仕度もそこそここに出かけて行ってしまったのである。
「私も行きます」
と、言う比佐乃に
「急いでおられる様じゃ。御前を連れておったら遅うなる。
来たいなら後から追いかけて来い。
森羅山の中の北東の大きなうろのある椎の木を目指せばよい。
その左の後ろに社があるそうじゃ」
と、言い残して行ったのである。
『あの椎の木ではなかったのであろうか?
まだ、ほかに椎の木があるのだろうか?』
比佐乃は確かめる様に辺りを見廻したが
森は一層暗くなり始めており、
これ以上奥に進んで見る気にはなれなかった。
『出直そう、人に尋ねてみた方が良い』
簡単に見つかると思い夕刻になるのを押して
入りこんだ比佐乃の憔悴がどっと、旅の疲れを寄せて来てもいた。
比佐乃が腰を落としてその場にしゃがみ込む様子を、
木陰から見ていた波陀羅も流石に堪えきれなくなって
比佐乃の元に駈け寄って行った。
「娘さん・・・どうなされたに?しんどいのかや?」
突然現われた女ではあるが、
そう声をかけられた比佐乃はほっとした様子をみせると
「あ。いえ、少し草臥れておりましただけです。
それよりもこの森の中の社はどの辺りにありますか?
どうも・・・迷うてしもうたようなのです」
「ああ。社は、あるにはあるのです。この場所に間違いはないのですが」
「え?でも・・・何も:無いではないですか?」
波陀羅は比佐乃が自分と同じ様に双神から閉ざされているのが判った。
自分が後ろにおるせいなのかとも思ったのであるが
双神は比佐乃が孕んだせいで、
ここしばらくは比佐乃からまともなシャクテイを得られないと、
今は要らざる者として切り捨てたのである。
「ああ、どう言えば良いのじゃろうか。
あの社は向こうの神様の方から、用事のある者しか入れてくれぬのじゃ。
その者の前にしか社を現わさん」
「そ?そうなのですか?それでは私には用事がないので社が現われないのですか?」
「娘さんには何の用事があるのです?」
波陀羅が尋ねると、少し照れに笑いをうかべたが、
隠す必要のない相手であるという事と
一度はあからさまにして見たい鬱積が溜まっていたのであろうか
「あ・・・私・・・娘でありませんのよ」
と、微笑んだ。
「あ、ご新造さん?なのですね?」
問われたい事、
かけられて見たい言葉がそれであると判ると波陀羅は比佐乃に聞いて見せた。
「はい」
頷いた顔が上がると夕闇の中でも輝く様な微笑の比佐乃であった。
その顔を見ると胸の中から堰きあがってくる物がある。
それを押さえた波陀羅であった。
これは一樹を好いておる。
人に後ろ指を刺されるような己らの睦み合いの中から、
一樹への情を育み、一樹の子を得る事を本望と思う妻の心になっておる。
それが判ると尚更に比佐乃の境遇が憐れであり、
この地に来て初めて呼ばれたであろう、
ご新造さんと言う言葉一つに喜びを見出している比佐乃がいじらしくもあった。
「ご新造さん?なら、あ、ああ?ならば、
一人でこんな所にきてはご亭主が心配なさろうに・・・」
さも今気がつきましたという様に、気になっていた一樹の事に触れてみると
「それが、その良人が社の中に居る筈なのです」
「ああ・・・なんぞ、用事を言いつかったのですな?」
波陀羅も当り障りなく答えておいたが、
胸の中の慟哭を抑えるかのように、
胸を押さえつけねば立っても居られない程
波陀羅の中は愕然としていたのである。
間違いなく、一樹は双神に独鈷の変りにされるのだと考えたからである。
「ええ。そう言って居りました。でも、その、用事は何時すみましょう?
これでは、良人に逢う事も叶わないにそれをどうやって知りましょう?」
比佐乃は不安期な声を漏らした。
「御家に戻って、待たるるしかないでしょう?すぐに帰って来ましょう?」
なんの事情も知らぬ者であれば、
こうでも答えるだろう事を波陀羅は考えて口に出した。
が、比佐乃の顔が更にしょげてしまっていた。
「も、戻れない。良人と一緒でないと、それに・・・私は・・・」
何ぞ、当り障りのない言い分けで、
話しを取り繕おうとした比佐乃であるが
一樹と伴にでも帰れない腹の子がある事に口を噤んでしまった。
が、比佐乃の抜差しならぬ立場が判っている波陀羅である。
「何時になるか判らぬなら、どこぞ近くで待っておられればよい」
「それは、そうですが。路銀もそんなに持って居りませぬ。
父の形見の脇差しを一振りもってきておりますが、
それを売っても幾ばくの物にもなりはしない」
波陀羅は、父という比佐乃の言葉にぐっと詰った。
父と信じている者にされた事を比佐乃はどう捉えているのか、
死んでしまった事の者として許しているのか、
其れとも、陰陽師藤原永常に陽道の中におったものが鬼であると知らされたか?
そうと判ってしまえば、
一樹の事も鬼の差配と考えながら
己の情愛に負けて受け止めてきているという事になる。
そして、父と兄に犯されたこの憐れな娘が持ってきた脇差しが
この修羅場を造ったそもそもの謀を成させた
邪鬼丸の首を刎ねた因縁の物であったのである。
「父上は亡くなられておるのですか・・・貴方の父親なら、まだ若かろうに・・・」
探る様に聞けば・・・
「父は陰陽師でした。母との馴れ初めも鬼を退治した事が元だったそうですが
その鬼の祟りで、母親と伴に・・・・不思議な死に様でした」
と、言う。
「それは・・・」
己の所業の果てである。
鬼のせいにして成り上がった一組の夫婦の最後もやはり鬼のせいで終っている。
瞠目を隠す様にして
「賀刈陽道という陰陽師の事ですか?」
尋ねてみれば
「あ、ご存知の事ですか?」
比佐乃は驚き、目を見張った。
「もう、随分昔の事ですが・・・聞いた事があります」
「そうですか。父は随分不思議な方でしたが、
よう、神様事には信奉の篤い方でした。
私の事もよう可愛がってくれおったのですよ。
私と良人を結んでくれたのも父なのです。
私の中にあった拘りを取ってくれる為にしたくもない事をして、
随分辛かったと思います。御蔭で私も良人に・・・・」
比佐乃が言う事が何の事であるか、波陀羅は具体的に判るのである。
どうして、この様に善意に取れるのか判る事ではないが、
比佐乃自身は波陀羅の思う程に二人の男に責め苛まれた事を
苦としては受け止めておらず、
それ所か比佐乃にとっては別の価値感から受け止められていた。
そして、比佐乃が幼い頃から既に兄を異性として見ていたのだという事を
初めて知らされたのである。
父がおらねば可哀相であろうと独鈷に陽道の身体を乗っ取らさせた事は
あるいは、結果的には比佐乃にとっては救いをもたらした事であったのかもしれないし、そうでなくとも、どのみち比佐乃は一樹と成らぬ仲に成っていたのかもしれなかった。
「そうですか・・・。ならば、尚の事、頼る相手はご亭主しかないのですね?」
話しを元に戻すと
「ええ・・・」
比佐乃が、頷いた。
「縁もゆかりもない方にこんな話しは何ですが、
実は私にも貴方ぐらいの娘がおりました」
比佐乃は波陀羅の言葉に当惑したが、その意味合いを尋ねて見た。
「居りましたという事は・・・亡くなられてしまったのですか?」
「え、ええ。それが、なんや貴方によう似おって、つい、気になってしもうたのです」
「あ?ああ。不思議な事ですが、私も、貴方の喋り方なぞを聞いていると、
死んだ母親になんぞ言われている様な気がしておったのですよ」
「え、あ、」
それもその筈であるが、波陀羅も事実を話す訳にはいかない。
話した所で比佐乃が信じるわけもない事であるし、
何よりも、あのような仕打ちを与えた父を
比佐乃はそれでも信じ慕っているのであれば、
その父を死に追いやった鬼こそ自分であると露呈する事はできる事でなかった。
「有難う御座いました。取合えず一度城下に戻って、宿を探してみます」
「あ、夜道になるに・・・城下まで送って行きましょう」
内心、心細かったと見えて波陀羅の言葉に
「あ、助かります」
比佐乃は頭を下げた。

比佐乃と派陀羅。
その二人が椎の木の辺りを通り過ぎると、
隠れていた白銅と善嬉が行き越した二人を確かめる様に延び上がって
二人の背を見送った。
「酷い様じゃの」
と、善嬉が言う。
「やはり、澄明の言う様に社は現われませなんだな」
「おかしいのお。不知火の言霊が来てしばらくしたら、
一穂様に付いておった影が消えてしもうたから
これはてっきり、双神合い並びて、あの女子を迎えに出るかと思うたのにのお」
善嬉は何度も首を傾げていた。
「善嬉にはあれらが喋っていた事聞えましたか?」
「いんや。遠すぎていかん何処にも隠れ様がない場所にへたり込みよってからに」
更に重ねて白銅が尋ねた。
「読めませぬでしょう?」
「ああ・・・確かに、読めん」
いつか聞いた反古界が確かに二人ともを包んでいたのである。
「帰りましょう」
白銅に促がされると
「そうするか」
善嬉もこの寒い中、手も足もかじこみ出していた
「しかし。なんで、澄明には判ったのかの?また、何ぞ塞いでおるな」
「まあまあ、言っても無駄でしょうと言うのを押して来たのは我々の方ですから」
「すまんの。澄明が機嫌を損なわせたのでないか?」
善嬉が、からかい半分で言うと
「いえ。私はあれらの魂の様がどんなに酷いか、
善嬉のその目で見て欲しかっただけですから」
「それだけなら、わざわざ、御前まで連れて来ぬば良かったの」
益々不貞腐れていう善嬉なのである。
「澄明が考えおる事、当りをつけている事は、多分当っているのでしょう」
「なんじゃあ?何を聞いておる?」
「不知火がいうように、
あの女子がもう一人の子を追って行ったのは多分間違いないでしょう。
そうなると、その男は独鈷の様に伝い手として仕込まれるか、
あるいはすでにし込まれているか、
どちらにせよ、その男を今度は一穂様の替わりに政勝に宛がわす気でいるのでしょう。たぶん、政勝がマントラを唱えれる様になれば、
もう、一度その影は一穂様を差配しようと現われましょう」
「いや。だったら?もう、シャクテイをその男から吸い上げればよかろう?
一穂様の所に帰ってはこまい?」
「善嬉・・・。貴方は早う、嫁を貰うたほうが良い」
「な、なんじゃ?それとこれがどんな関係がある?第一、要らぬ御節介じゃわ」
「貴方は白峰の社で、澄明が不知火の言った事で泣き出した訳が判っておらぬ」
「ど、どういう事じゃ?」
「双神はシャクテイが欲しいだけではない。
シャクテイを沸かす大元の気を問題にしておる」
「大元の気?」
「双神にどんな経緯が合ってシャクテイを吸うのか判らんが、
ただ餓えを満たす為だけのシャクテイだけでもない。
そのシャクテイが
相手への何らかの愛情から、湧いて来たものでないといけないのではないかの」
「・・・・・」
「この度の政勝を考えると、かのと、政勝はいうまでもなかろうが、
一穂様も政勝の事は兄の様に慕っておられる。
一穂からの敬慕という情に加えて政勝も反対に弟の様に可愛がっておられる。
その様からみても、
双神は相身互いに相手にかける何らかの情からの、
純粋なシャクテイが欲しいと推せます。
それに思い当たった澄明が、双神の心の哀しく淋しい深淵に気がついてしもうた」
「馬鹿な。そ、それこそ、双神まで、す、す、救おうという気でおるのか」
「あるいは」
「ば、馬鹿な・・・」
「わしは何故かのう。
ひのえならできる様な気がしてなあ。
あれは例えて言えば、善嬉のように頭で物を考えたりしとらん。
こう・・・胸の中から思いが湧いてきておる。
だから相手を読むというより
相手を思う故に何をするか、どうしてやれば良いか、
自然と見えてもくれば道も開けてくる。
鼎を救うた折りもそうじゃと思う。
なんも計算なんぞしとらん。
自然と湧かされた思いに突き進んで行くうちに慈母観音まで動かしよった。
そんな女子じゃ。
あれが思うようにしてやるのがわしには一番良い。
あれが胸を痛めて居るのが一番わしには応える」
「惚れた弱みじゃの」
「それが判らん内は善嬉も大人の男でないわ」
「まあ、ゆうておれ。が、確かに此度の事、
澄明の思う様に双神になんぞの理由があるのなら、
それを救わねばなんの解決にならぬ事やもしれぬのう」
「手負いの猪より厄介な相手です」
「うむ」
森羅山を後にした善嬉が城に帰りきて
一穂を見れば白銅の言う様に確かに黒い影は舞い戻ってきてはいなかった。
が、しばらくはこのまま見て居るが良かろうと
善嬉は念には念を入れる事にして
一穂の隣室に設えられた自分の居室に戻って行った。

比佐乃がめぼしい宿を見つけて泊まれる事が適うと、
波陀羅は名残惜しくもあったが、比佐乃に別れを告げると衣居山の伽羅の元に急いだ。伽羅の棲家を覗いてみても、伽羅の姿は見えず途方にくれて居ると、
木々が揺らめく気配がして伽羅が波陀羅の前に降り立って来た。
「おお・・波陀羅。何処にいっておったに・・・ああ・・早う・・は、入れ」
波陀羅の無事な姿を見ると伽羅は肩を押す様にして中に招じ入れた。
「勢が乳が張っていかんと言うに搾ってしまえというても、
早苗が飲む分じゃにいかんというて、
堪えよるに叱りつけて宥めて大騒ぎをしておった」
留守のわけを説明しながら、
「波陀羅。囲炉裏の火を大きくしてくれるか?
鍋に昼の残り物があるにそれでよければ暖めて食おうぞ」
波陀羅への心遣いを見せる伽羅に波陀羅も頭を垂れるしかない。
部屋の隅につんである薪を取りに行く伽羅に言われた通り、
波陀羅が囲炉裏の灰に埋めてある炭の火を確かめ
火箸で引っ張りだして粗朶とから消しを継ぎ足してやった。
伽羅がそれに薪の乾いたのを拠って継ぎ入れてゆく。
「生木はいこりにくいが・・・火はようもつ。
乾いた木はいこりやすいがすぐに灰になる。
何ぞ、人の生き方の様にも思えるの」
つぶやいて、伽羅のほうから切り出して行った。
「波陀羅なんぞあったんじゃろう?言うてみや」
伽羅の言葉を待っていたわけではないが
波陀羅は伽羅に頼める筋でもない事をどうに切り出せば良いか迷っていたのである。
「あ、、ああ。どうにしたら良いか。じゃが頼みたいことがあるに頼める筋でないに」
「筋じゃろうが筋じゃなかろうが頼れる相手と思うて来てみたのではないのかや?」
「ああ・・・まあ・・・そうじゃ」
「ならば、言うてみや」
「それがの・・・比佐乃が家を出て来ておるに」
波陀羅の話しではまだ腹の子は三月にも成らぬ筈である。
腹の目立たぬ内に家離れをするにしても、
こんな所まで来なくても良さそうなものではないか、
ましてや、ここが双神の本拠地でもあれば、
わざわざ懐に飛び込むような真似なのである。
訝しげに伽羅は波陀羅を見詰めていた。
「御前が呼んだかや?」
波陀羅は、慌てて首を振った。
「一樹が双神に呼ばれたのを追いかけてきおったんじゃ。
一樹は独鈷の替わりに使われるに決っておるに、
比佐乃がいくら待っても帰ってはこん。
帰って来るのは、比佐乃が身二つになって
再びシャクテイを送れる身体になった時じゃろう」
「あざとい事をしよるものじゃのう」
「独鈷の替わりなぞいくらでもおろうに、なんで、一樹を・・・」
「で?」
なってしまった事をいうても詮無い事であらば伽羅も先を促がした。
「比佐乃は取合えず城下の宿に逗留するつもりじゃろうが、
一樹が帰ってこねば、あれは何処で産をなせばよいか。
帰る当所も無いに路頭に迷ってしまう」
「うん」
「それで、頼みなのじゃ。とにかくに産をなさせてやれる場所をどうにかしてやりたい。金もないに宿に居るのもそう長くおれまい」
「ここにでもくるかの?」
波陀羅は無念そうに首を振った。
「あれは、鬼を憎んでおる。
ここでは、我等が身を移し変えたとしても鬼が棲家という事は一目瞭然じゃ」
「何ぞ、良い案があるかや?澄明に言うてやろうか?」
「澄明になんと?」
「身二つになるまで、面倒を見てやってくれ・・・と、それで事足りる」
「そうなのか?」
「ああ」
「じゃが、どうじゃろう?
陰陽師の所などに身を寄せて、
双神がどう思い、どう動くじゃろう・・・邪魔立てしてこぬだろうか?」
「波陀羅。それも話してあるに。澄明が事じゃ。
何もかも考えてくるるに決っておる。
仮に陰陽師が所行かぬなら、何処ぞよい当てを作ってくるるわ」
「そうか・・・。それに頼るしかないか・・と、ならば、もう一つ頼みがあるに」
「もののついでじゃに、我にできる事ならなんでもしてやるわ」
波陀羅は伽羅の言葉にほっと安堵の顔を見せると
「比佐乃の産の助きをしてやってほしいのじゃ」
「何を言いおる。お前がゆけば良かろう?」
「いや・・・出来ぬ訳がある」
「なんぞ?」
だが、伽羅の問いに波陀羅は答え様としない。
「言わぬなら・・・何もかも知らぬぞ」
伽羅の脅かしにあうとさすがに波陀羅も観念した。
「言うが・・・引き受けてくるるな?」
「波陀羅、それは卑怯ぞ。
御前のいい草だと、
わけを聞けば我が断わりたくなるような理由だという事ではないか」
「・・・・」
「言わぬのか?」
「どうすれば良い。言えば断わられるのか?言わぬとも断わられるのか?
ならば・・・良い。我が御前に甘えたがいけなんだ」
伽羅はため息を付いた。
「波陀羅。厭なやり口じゃの。
御前は我の性分を知っておってからに、そういう事を言う」
「なれど・・・・」
蕭然とする波陀羅の様子に伽羅も折れるしかなかった。
「判った。約束するに・・・理由を話せ」
「止めぬな?」
「止めたらやめるのか!?やめる気のような事で我を代わりにする気か?」
伽羅の激になりかねない興奮は
何処かでそんな安易な波陀羅の訳であって欲しいという思いが
伽羅の中から前のめりになって出て来ていたせいである。
「伽羅、すまぬ。我は双神が所に行って一樹と比佐乃の身の保証を立てたいに。
あれらを元に戻せるのも、あれらをああした双神ならばできるだろう・・・」
「出きるのか!?確かにできるのか?」
伽羅の声が涙に詰まってきていた。
その声は伽羅が何に不安に感じているのか、
波陀羅が何を覚悟しているのかを知っていた。
「伽羅。御前のいう澄明でもそれはできまい?
判らぬ事じゃが、双神にそれができるかも知れぬならそれにかけてみるしかないに。
それをどうにもしてやれず、いくら傍におってやっても我には辛いだけじゃに」
「波陀羅・・・・」
「伽羅。なんの礼もできん。澄明にも・・・同じじゃ」
「波陀羅。そんなものいらん。
我は御前が幸せであってくれれば、
にこやかに笑ろうてくれておりさえすれば良かったに。
邪鬼のした事が御前をここまで不幸にしたかと思うと
我はどう・・・詫びたらよい・・・」
「伽羅。忘れてくれ。の!?忘れてくれ。
我とて同じじゃ。御前にどう詫ぶればよいに・・・」
顔を伏せていた伽羅であったが気を取り直すかのように
「波陀羅。なんにせよ、今は腹が減った。
食う物を食わぬとが尚気が暗うなる。そこの鍋を暖めようぞ」
伽羅に言われて波陀羅も傍らの敷き藁の上に置いてある鍋を掴むと
五徳の上に置いた。
「伽羅・・・。御前が邪鬼丸に愛されておったのはそのような所じゃの」
「なんじゃあ?」
「いや、いつかの。伽羅は陽気な性の所が良いというておったに、ほんに・・・」
「阿呆、陽気でおらねば、不遇の方から寄って来るんじゃに。
の?波陀羅・・・そうは思わぬか?」
「ならば、我は元々は不幸な女子でなかったやもしれぬの。
比ぶて御前のほうがそんなに陽気な女子じゃに・・・。
この程度の幸ぶりではおかしいの?」
「あははは。お前の言う様に、元々我の方が余程不幸な女子じゃったかもしれん」
二人が肩を軽く揺すりながら笑う頃には
早くも火の勢いに鍋の中から美味そうな匂いと伴に湯気が湧き上がって来ていた。黙々と二人が椀に注いでは鍋の中の物を食べ終わる頃には、
囲炉裏の火と身体の中の供物の温みとですっかり身体も温まっていた。
「伽羅。馳走にまでなって、礼を言うだけしかないに。もう・・・行くわ」
「え?」
「達者でな」
「は、、波陀羅。まて。せめて、朝までここで身体を休めて・・・波陀羅」
波陀羅は振り返るとにこりと笑って見せた。
「御前にそうにまで大事に思うてもろうて我は幸せじゃに。
なれど、このままいたら、御前は我が寝入るのを待って澄明が所に駆け込もう?
それでは困るに・・・」
伽羅の目論見はあっさりと見抜かれておったのである。
「御前がそれ程に信を置いておる澄明なら、比佐乃の事、よう見てくれよう」
伽羅に止められるのが辛かったのか、
そう言い残すと波陀羅は伽羅の温かな棲家から
夜寒の空の下に一気に飛び退って行った。
「止められなんだ・・・・澄明が、怒るじゃろうの」
深いため息を付く伽羅には
澄明の怒る顔より悲し気な顔が頭に浮かんで来てならなかった。
双神の社の中では、旅の疲れに身体を投げ出し寝入っている一樹の姿があった。
その横でその寝顔を覗きこんでいたなみづちがであったが、いなづちを振り返った。
「いなづち・・・もう・・堪らぬに。なんとかしてくれねば」
なみづちにぐずぐずと文句を言われるまでもない。
いなづちとて焦っているのである。
「いなづちは良いわの。
波陀羅がシャクテイを送りつけてきおるに・・・我には何もない」
「そうは言うても、快楽の高みだけのシャクテイに、どれほど餓えが満たされよう」
京の都に降立った波陀羅が双神との伝手を得るために、
その身を鬻ぎマントラを唱えシャクテイを送りつけ始めていた。
それを、
いなづちは確かに受け止めていた。
「何も・・・無いよりは良いわ。我は餓えを忍び、
この三月、一穂を差配して
政勝とかのとのシャクテイを一穂の中に植え込んでみたのは何の為じゃ?」
「我とて・・同じじゃろう?御前を思わばこそ、かのとのシャクテイを掠め取らずに
一穂の目覚めに廻したに」
「もう、良いわ。あれらに、マントラを唱えさせるは無駄じゃ」
「なれど、あれほど大きなシャクテイをもたらす男は他にあるまい。
その上に、一穂が、かのとが政勝に寄せる思いが重なるに
あれを吸えばどんなに満たされる事やら」
「なんで、我等は魂に寄生せねばならぬ。
なんで、身体だけのシャクテイだけで餓えが満たされぬ」
我が身の疎ましさを呪い呟くいなづちであった。
深き思いのシャクテイこそ魂から派生されるのである。
そのシャクテイを求め、独鈷さえ手放したのであるが、
「だいたい、独鈷を手放さねば良かったに、あれも性の強い男じゃったに」
と、いかづちを責めるの。
「仕方なかったろうが。ここしばらく、我等が餓えは常軌を逸しておる。
独鈷が波陀羅を好いておったからこそ深きシャクテイを取れると思うたしの。
それに思わぬ貢物も遣してくれたでないか」
「まあの」
横に寝入る一樹を見詰めていた、いなづち、なみづちだった。
「我は政勝を諦める気はない。一樹を使ってみようと思うておる。
が、その前に御前の餓えを満たして貰おうと思っておる」
「どうするというのじゃ」
「波陀羅が一樹に寄せる思いを・・・機軸に二人をまぐわせてやればよい・・に」
「一樹が深き思いを波陀羅にもつとは思えぬが・・・」
「ふん。魂の母親じゃに。己の知らぬ所で波陀羅を慕うてしまうわ」
「成る程。当座は、それで凌ぐとして政勝をどうやって手にいれるつもりでおる?
あの絶好の機会を取りのがしてから、
政勝の思念を振る事もせず一樹を呼び付けるわ、我に帰って来いと言うわ」
「其れじゃ。なんで・・・政勝があの時我に帰ったかと思うての」
陰陽師の読みの通り、シャクテイを伝えるには両方の性を知らねばならぬ事であり、
あの時双神は二人の思念を操って
政勝が一穂の男の性を味わうたその高みの中で姿を現し
マントラを口伝させる手筈であった。
そのままマントラの恐ろしいほどの高揚の高みに引きずり込めば、放っておいても
一穂は政勝からの高揚を求めるようになり、
政勝はそれに飽き足らずマントラをかのとに教え込み、
自からもマントラを唱えずにおけぬようになり、
双神は一穂とかのとと政勝の大きく深いシャクテイを手に入れられる筈であった。
「傍をちょろちょろしておる陰陽師のせいではないのか?」
いなづちの言葉に
「できるものか。陰陽師風情にできる事でない」
「ならば・・・・なぜ?」
「よほど、かのとへの思いが深いか、一穂への敬いが強いか・・・」
「ほ!?ならば尚の事・・・諦めてはならぬ」
「じゃろう?」
「ああ」
よもや、黒龍の守護があるとは読み取る事ができない双神が出した結論は、
更に政勝という男への執着を強める事になった。

同じ頃、不知火は陰陽師藤原永常を尋ねていた。
「長浜!?長浜からいらせられた?」
「その通りです」
「な・・・何がありました!?見れば、貴方も陰陽師?」
「ご推察の通りです」
まじまじと不知火を穴の開くほど見詰めていたが、やがて
「玄武・・・・を護られておる?」
と尋ねて来た。
「不知火と言います。賀刈陽道という陰陽師に纏わる事を知りたく思いましてな」
やっと不知火が切り出せば永常は途端に顔を曇らせた。
「御話しを伺いましょう。私も気に成っておる事が御座いますし」
不知火を奥の部屋にに導き入れると不知火に囲炉裏の前の座を勧めた。
「ここに来る前に、一樹と比佐乃という
陽道の忘れ形見の所在を確かめに行って参りました」
頷くかのように首を前に落とす永常は
「おらなんだでしょう?」
二人の不在を知っていた。
「何ぞ、ご存知ですな?」
不知火がきけば
「勿論。貴方もあれらの魂のあり様は知っておられるのですよな?」
永常は確かめる様に聞いて来た。
「酷い様です」
「私は、あれらの二親が死んだ時におうて初めてその様に気がついたのですが、
余りに酷うてやりきれん」
「母親の中には鬼は入っておらなんだでしょう?」
不知火に問われると永常はえ?という顔をして不知火を見詰め返した。
「鬼が巣食うとった事も知っておらるるか?」
「その鬼の名は波陀羅と言います。二人の子は波陀羅が孕み育てたのです」
「と、言う事は、織絵さんの身体の中に鬼が取り付いたのは、当の昔?という事?」
「その辺りの事情は亡くなった人を中傷する事にもなりますので
差し控えたいと思いますが・・・」
「はあ」
「そうこうする内に陽道殿が亡くなられ
波陀羅は子を思う余りに同門の鬼に陽道の身体を
自分が織絵?にしたと同じ様に乗っ取らせて・・・
父親・陽道の姿形を留置いたのです」
波陀羅が悲しい経緯で陽道を殺してしまった本人である事を不知火は伏せた。
「そ、それが、また、何故?あのような死に様になったのです?
それに、人の身体を乗っ取るなぞ、
何処の神の元で修行をつんだか・・・凡そ聞いた事もない」
陽道の死んだ姿を思い出しても震えが来るらしく、
永常はまるで暖を取れば震えが納まるかのように囲炉裏に薪を継ぎ足していた。
「陽道の身体を乗っ取った鬼も波陀羅も邪宗の門を潜っておった」
「邪宗?」
「邪神はマントラを唱えさせ、溺れるほどの性の快楽の極みを与えられる替わりに
シャクテイを吸い上げる。
と、ならば自然と魂は養分を吸われた親芋の様に干からび、腐り始めて行く。
魂をそこまで落しこんで快楽を求めた帳尻が
地獄への引導を渡されるだけであると気がついた波陀羅が陽道の身体ごと・・・」
「なんと?仲間割れとは思うておったが・・・」
「その波陀羅の事を救うてくれというて、きおったのが・・・。
陽道に・・・恋人というてよいのかの・・・恋人を殺された女鬼でな。
わしが言いたい事判るかの?」
「ああ。その波陀羅という鬼は悪い鬼でのうて・・・。
むしろ、子を思う母親であり・・・。
故に本来憎む筋の陽道の妻であった波陀羅であるのに、
女鬼が憎む所か助けてやってくれと言うような心根があると・・・」
「そういう事じゃ」
永常は火を上げ始めた薪の向きを変えると、深い溜息を付いた。
「なるほどの。なれど・・・あの様になってしもうたもの救い様があるまい?」
「確かにの。なれど・・・邪神は更なる贄を求めて動き出しておる」
二人を救うは永常もとうに諦めをつけていたが、
永常は恐れていた事を晒されると両手で顔を覆った。
「や・・はり、そうか。何の神か知らぬがあれらだけで終るまいとは思うっておった」
「わし等もそう思うての。
と、言うより・・・澄明が邪神の心の闇に思いを馳せるに。
よう、考えてみれば、あれらを何とかせねばなんの解決にならんと思うての」
不知火の言葉に永常は驚きを隠そうともせずに問い直していた。
「なんとか退治しようというのでなく、諌めようと言うのか?できる物ではあるまい?」
「判らぬ。
だが、あれがそう思うという事は何らかの打開策があるという事に思えての。
あれは不思議な女子じゃ」
「と、澄明というは・・女子か?
ああ、巫女か?四方を護る陰陽師の仲間かと思ったに・・・」
「いや、陰陽師じゃ。朱雀を守る白河正眼の娘であり、愛弟子でもある。
ふふ、が、娘のほうが肝が座っとるかもしれん」
「女子なぞに」
失笑が漏れるのを堪えながら、永常の内心では
女子が頭格におるようでは長浜の四方の陰陽師は
大した域に達しておらんのだと思っていた。
それが魂を干からびさせるような邪神に束になっても勝てよう筈もなかろうに
益してやいさめよう?なぞ・・・打開策なぞあるわけがない。
それをどう諭してやろうか、
この男の自尊心を傷つけぬようにどう言えば良いかと、考え込んでいた。
「うむ・・わしもそうは思った。
なれど、女子だからこそ救える事もある。
信じる信じぬはそこもとの勝手じゃが、
澄明の思いに慈母観音が動いて我気道に落ちた娘を救い出しておる」
「じ・・・ぼ・・観音!? が、我気道に落ちたを救うた?信じられぬ」
それが事実なら空恐ろしいほどの法力があるのか
観音を動かす事も、いったん我気道に落ちた者を救うことなぞ
皆無なのである。
「わし等は澄明を信じておる。だから、ここにきておる」
世渡りになれ世間ずれしている不知火のほうが、
不知火とて嫁は貰うておらなんだが
善嬉のように白銅に言われなくとも澄明の思いを察していたのである。
「ふううむ」
「それにの、我等は澄明の法力に心酔して居るのではない。あれの思いに」
不知火が薄っすらと涙を浮かべたように見えたのは
永常の見間違いであったのだろうか?
「我等は知らず知らず突き動かされてしもうておる。
察するに慈母観音もこうであったかと思うと
わしは観音様のような境地であるかとも思えてきて・・・・
ははは、有難いものじゃ」
笑う不知火を見ていた永常は
「御役に立つかどうか判りませぬが。
陽道の身体を突き通していた畳針が、
荼毘の火に臥されても溶けもせず、
不思議な事に錆びもせずそのまま残っておりました。
紙縒り通された絹糸は流石に燃えておりますが、
それを御渡ししましょう。
三本あったのですが、
その内の一本、陽道の咽喉仏を貫いて追ったのを、
咽喉仏ごと比佐乃さんがもっていきましたから、
二本しかありませぬが・・・。
役に立つものかどうかは判りませぬが・・・。
不動明王の呪詛の力が凄まじい。
其れ故に燃えもせず錆びもしなかったのでしょう」
孔雀明王の台座の前に屈みこむと永常は畳針を台座の足元から
平伏して掴むと不知火に渡した。
「この呪詛の意味がようやっと判りました。
波陀羅の魂を救う事が出来ぬとも・・・・。
この呪詛をかけた憎しみの心から波陀羅が解き放たれる事を祈っております」
渡された畳針を受取ると不知火は深く礼をすると永常の屋敷を後にした。

宿に居続けている比佐乃も途方に暮れている。
次の朝にもう一度、森羅山の社に行こうと思って宿の者に尋ねると
「森羅山には社は無い」
足下に返事が返って来るだけでなく、
うろのある椎の木の事は確かに聞いた事があるが
そんな事より森羅山に入る事自体がとんでもない事だ。お止めなさいと
宿の亭主からおかみ、はてには番頭、手代まで顔を並べて言うのである。
「なんともありませなんだ」
比佐乃が昨日、夕刻遅くに森羅山の中に入っている事を告げると、
「まあまあ、良く、ご無事で」
おかみが言うのに続けて亭主が
「命拾いをしたと思って、もう、行っちゃあいけませんよ」
宥める様に言うのである。
「そうですよ、。あそこは山童もおるに・・まあ、よう、無事に・・・」
命さえ危うかった場所と知らずに立ち入った己であると
おかみに二度まで言われると
比佐乃も、今更ながらにぞおおとしてきたのである。
「ああ、それでも、他にも女の人が一人で入っておりましたのですよ」
思い出したかのように尋ねると
「ああん!?そりゃ・・・澄明さんじゃねえのかい?」
亭主がおかみと顔を見合わせていう。
「澄明さん?」
尋ね返す比佐乃に
「なーに。えれえ陰陽師様でな、男じゃ男じゃと思うておったら・・・
これが、女子の方でなあ・・・。
その澄明さんが森羅山の見廻りにいっておったのでないか?」
「澄明さんという方は、年の頃で言えば四十くらいの?」
比佐乃の言葉に再び亭主はおかみの顔を見た。
「いんやあ、澄明さんというは・・娘さんあんたと、同じくらいの年恰好の人だよ」
「四十くらいの女ならば尚の事、
この辺りの者なら、益してや日が暮れてから森羅山に入る馬鹿はしやしないよねえ。
おまえさん?」
おかみも一層不安気な顔になっていた。
「娘さん。それもなんだったか判ったもんじゃないよ」
案じる亭主に比佐乃が
「で、でも、その人は社の事も知っておったのですよ」
比佐乃は女が言っていた
「社は向こうの神様の用事のある者の前にしか現われない」と
いう事はどうやら本当の事だと合点がいったのであるが
「・・・・・」
夫婦の方は言葉を失って顔を見合わせていたが、
やがて、亭主が口を開いて、
「社があるなんて、話しは聞いた事がないぞ。
長い事ここで商売をしておるが、いっさい聞いた事がない」
重ねて言うと
「娘さんはなんでまた、その社があるって、思い込んでらっしゃる?」
社の存在を頭から否定する物言いであった。
はなから、ないと言ってしまったら、
この娘が何も言えなくなると思ったおかみの方が尋ね変えた。
「娘さん、その、社になんぞ用事があっての事なのでしょう?」
狐かなんぞに化かされておるのであろうが、娘の顔色がひどく真剣に見えたのである。
「社の中に良人がおるのです」
比佐乃が答えるとおかみがえっと声を上げた。
客商売も長いとおかみも亭主も色々な事情を抱えた人間をみる事が多くなり、
その長い経験からおかみも亭主も
一つの良くありがちな、男の気まぐれと言う考えに行き当たっていた。
「娘さん。あんた・・・気の毒だがな。変な男に誑かされたんだよ」
あからさまに亭主はそう言う。
おかみも同じ意見らしく
気の毒ではあるが早い内に目を覚ましたほうが良いとうなづき顔で
亭主の娘への辛い讒言を聞いていた。
「なあ、御家の方も心配なさってられよう?
そんなとんでもねえ嘘をついて、あんたを捨てちまおうって男だ。
追いかけ廻して挙句、上手言に乗せられて、
親さまに二度と逢えないような苦界にでも叩き売られなかっただけでも、
もうけものだと思って家にけえんな」
渋い顔を見せた亭主に比佐乃は
「良人はそんな人ではありません。小さな頃からよく知っております。
そんな心根の人ではありません。
それに、社があると言うた女がいるのですよ。それはどうなります?」
頑強に否定する比佐乃を憐れではあるが、亭主は更に
「それこそ、その女とつるんでいたんじゃねえか?
え!?のこのこ追いかけて来た馬鹿な女の顔を拝んでやろう
って、思ったんじゃねえか?」
余りの語気の鋭さとその内容におかみも亭主の袖を引いていた。
「そ、そんな事はありません」
あからさまに「なぜならば、兄である」とは口にも出来ず比佐乃は唇をかんだ。
「騙されたって判るまではどんな女でも同じ事を言うよ」
「御前さん。そりゃ、言い過ぎだよ。もうちっと・・・」
おかみも亭主の口の聞きように、俯いた比佐乃が哀れになっていた。
「まあ、気がすむまで探してみりゃいいよ。
でも、森羅山なぞに一人では入らない事ですよ」
「はい」
か細い返事をすると比佐乃はもう一度自分の部屋に戻って行った。
比佐乃が奥まで入りこんだのを見届けると亭主の方が
「ええ!?なんてこった!?
森羅山に一人で行かせるなんて。
詰る所、その男はあの娘を山童にでも食わせてぶち殺しちまおうって料簡じゃねえか」
「御前さん。めったな事を言いなさんな。
そんな事があの娘の耳にでも入って、儚んで首でも括ったらどうすんだよ」
「ああ。そうだな」
「でも、妙な話しだよね。森羅山に入った女が居るってのはどういう事だろう」
「さっき俺が言った通りだろうよ」
「だったら、娘さんをぶち殺しちまおうって危ない所に自分の女を行かせるかい?」
「知らなかったのかもしれねえじゃねえか。
嘲笑ってやりたかっただけって事もあるだろうよ」
「だったら、女と逃げた所に娘さんが来るような馬鹿をやらかすぐらいなら
堂々とその土地で二人でいちゃついてればいいじゃないか?」
おかみの言う事に一理あると亭主は頷いていた。
「だなあ・・・」
「だろう?わたしゃ、やっぱ、おまえさんが言ったように・・・」
しっかり亭主を持上げておいて
「その、女はなんだか判んない者に思えてさ」
「ええ?」
「社の話しも作り話じゃなくてさ」
「え、ええ?なんだよ。御前まで」
「だって、あの娘、真剣だったよ。なんかあるんだよ!
本当に社があってさあ。それこそ、その女も社から出て来たんじゃないかえ?」
「おいおい。よせよ。冗談じゃ・・・・」
言いながらも亭主はぞっとした思いを抱えていた。
「と、澄明さんを呼んでこようか?」
「あ、俺がいってくらあ」
いつしか、おかみの出した案に亭主も頷いていたのである。
「おい。こんなまやかし事はさっさと片をつけねえといけねえ」
言うが、早くも亭主は外に飛出していた。
「はーん。なんだね、澄明さんに会いに行くってなったら
えらく勢がいいじゃないかあ?」
その背に半分悋気の言葉をかけながら、
亭主の言う通りだとも思っていたおかみであった。

その澄明は、自分の家で伽羅を前にして座っていた。
朝早く人目を避けてやって来た伽羅に聞かされた内容に澄明も瞳を伏せていた。
「あれが、双神に逢う為に何をするか判っておいでですよね?」
涙が零れそうなのを堪える伽羅の顔はくしゃくしゃになっていた。
「すまぬ。伽羅」
澄明が己の力の無い事を伽羅に詫びているのである。
「いんやあ。御前様のせいでないに。
我も我のせいではなかろうに、どうにも哀しゅうて。これをみてくれや・・・」
薄汚ない小袋を伽羅は澄明の前に置いた。
澄明がその子袋の口紐を解き開いてみるまでもなく
引き寄せた質感でその中に入っているものが
たくさんの銀の小粒だという事はすぐに判った。
「銀の小粒の様じゃな。こんなにたくさん・・・どうしました?」
「朝に、起きた時には置いてあったに。波陀羅に決っておろう?」
澄明も黙りこっくってしまう。
波陀羅が双神の社に招じ入れてもらう為に己の身を鬻ぎ
マントラを唱えシャクテイを双神に送り付けていたのであろう。
誰彼構わず声をかけ性の交渉を求むれば
男は幾ばくかの銭を波陀羅に渡す事であろう。
そして比佐乃の身の行く末を案じる波陀羅がその交わいの最中に
相手の男がよいほど銭を持っておるのを知れば、
その銭を手中に納めたいと思うのは無理のない事であろう。
今の波陀羅の行動は全てが二人の子を救いたいが為から始まっている。
澄明は、更に深く頭を垂れていた。
「伽羅。私の力では双神の姿を掴む事はおろか波陀羅の行方さえ掴めない」
「御前様でも?」
「ああ。ですから、双神が動くのを待つしかない。
見す見す贄にされてしまうと判っておっても、今の私には打つ手立てがない」
酷い事を告げるしかない澄明の肩が震えている事に、
伽羅は目敏く気がついていた。
「澄明。己を責めやるな。の!?我は信じておるに・・・・」
「できぬ事かもしれんに。私は・・・・・」
「言わされるな。澄明」
澄明は己のやり方に付きまとう悲しみに心を塞ぎ込ませていた。
悪道丸の時にせよ、白峰の時にせよ、
結局、澄明は因縁の通り越すというやり方で事の事情を変転させてきている。
成る様に成らさせて、
しかる後に見えて来たものから、抉れた糸を解きほぐして行くやり方は
あるいは、通らぬでも良い因縁まで通る事とてありえるかもしれないのである。
この場合で言えば、例えば波陀羅を是が非でも捉えて
身を鬻ぐ事を繰り返させなければよいのであろうが、
澄明は敢えて、それを見逃してしまうのである。
見逃した後に双神が動いて行くかどうかをみようというのであれば、
言いかえれば、波陀羅を囮にさせるという事でもある。
双神に魂を落としこまれ
その身は丸で餓えた狼をつる肉の塊が如き扱いでもある。
どんなにか、惨めな仕打ちであるかと、思うと
波陀羅を止めてやればそれでもよい。と、何度、澄明も思った事であろうか。
が、それでは何も見えぬ。
何も変わらぬ。
と、ならば、成るがままに従って行くしかない。
己が知るものだけを護れればそんな悲しい通り越しをさせなくともすむ。
双神を追い払うだけにすれば良いではないか?
そんな自問自答も繰り返してきている。
事が進んでゆけばあるいは、一穂様とて政勝の陵辱にあうかもしれぬ事である。
深い悲しみを魂に刻み付けて、
尚且つ、それでも双神が贄を求めざるをえない心の深淵まで
埋めてやれるのかさえ、定かでない。。
そうまでして双神は救う必要がある相手ではない筈である。
が、澄明は己が湧かされた思いに従うしかないのである。
そうするしかない。
己こそ、それを通り越してしまうしかないと、思うのである。
「私は酷い人間です」
「ああ。伽羅にはよう判らん?
なれど、御前のやり方はどういうて良いかの。
膿を持った所を全部取り去ってしまう。
波陀羅をその場限り諌めてもそれは膿を吸い出されて
いっとき安楽に成ったようなもので、
結局、膿をもつ患いはなんにも治っておらぬ。
そんな事では表層は全てに広がり身体中が腐れて行く。
のう、澄明・・・腐れた所が大きければ大きいほど
取り去った痛みが深いのも当り前じゃろう?
膿を取り去るに一番よい時期をみておるからというて
我は御前が悲しみ辛がるのが一番に悲しい。御前は・・・優し過ぎる・・・・・」
「伽羅・・・」
うんうんと澄明に伽羅が頷くと
「白峰が御前様にいまだに執心な訳も、白銅が必死になる訳もよう、判る」
言うて見せてにやりと笑うた。
「澄明。そうやって男を殺してしもうて、御前様の方が心配じゃ」
伽羅は片目を摘むって見せた。
「は?はい?あ?・・・・伽羅!これ!」
伽羅を叱りつけた澄明がやっと笑顔を見せたので伽羅もほっとすると
「比佐乃が事も、同じじゃ、御前が思うままに決めてくるるが良い」
「判った。にしても、伽羅も肝の座った女子じゃな」
「伽羅も?他には誰ぞ?」
澄明から見て肝の座った女子というのが他にも居るらしいので
伽羅はつい気になって尋ねた。
「八葉じゃに」 
「ああ・・・何ぞ?八葉が?」
「それがの」
澄明が話し始めた時に件の宿屋の亭主が駆け込んで来た。
「澄明。誰ぞ、来おったに。また、今度ゆっくり聞かせてもらうわ」
伽羅が差し出した銀の袋を懐に押し込むと
澄明も軽く頷くと正眼の呼ばれる声に玄関先に足を運ばせて行った。
「澄明さん」
澄明の顔を見ると、男はなんだか嬉気に名前を呼んできた。
「どうなさいました?」
澄明が聞けば
「いやあ。宿に泊っておる女子が
森羅山に社が無いかとかどうかとか、言い出しましてね。
まあ、そりゃいいんですが。なんか事情があるようで、
女房の奴がその女子が首を括って、おっちんだらどうするって言出すし
まあ、来て見てやってくださいよ。
詳しい事は道々話しながら行きますから・・・どうか」
拝む手付きをするのである。
澄明はこれは波陀羅の子の比佐乃の事であるなと見当がついていたので
直に男の言うまま足駄をはむと男と並んで宿屋に向かって歩き出した。
「いや。森羅山に社なぞねえってのに、あるって言いはるし、
果てにはそれをあるって女が森羅山にいたっていうんですよ。
大体おかしいでしょう?そんな、ありもしねえ物をあるっていうし・・・」
男の言葉に澄明は空とぼけたように
「おや?しりませなんだか?社はありますよ」
「ええ?あるんですかい?」
素っ頓狂に引っくり返ってしまった声を上げて男が答えた。
「はい。御座いますよ」
澄明が在ると言うとなってくると亭主もあるのかと思わざるを得ない。
「じゃ、なんですかい?その社の中に亭主がいるってのも本当の事ですかい?」
しばらく女子を読むような振りをして見せて
「ええ。本当です」
「ありゃ。俺あ、えらい事を言っちまったよ」
男は頭を掻き始めた。
「ん。んじゃ・・・なんだよ。女がいたって事は」
「あ、あれは比佐乃さんが一人で森羅山に入ったのを見ておった女子が
心配してついていったのですよ」
「社から出てきた女ではねえんですか?
ありいい?名前を知ってなさるんですね」
「何故にそう思います?」
「だって、ありもしねえ社をあるっていう女なんだから・・・」
「ありますよ。すると、私も今しがた出てきた所は社という事になりますか?」
「あ、とんでもない。成る程、あるんですね。ある、ある、あると・・・」
「ええ。あると思う人にはあります」
澄明の言葉に男は狐に抓まれた顔になった。
「ええ!?あるんじゃないですかい?」
「神様と同じでしょう?いると思う人にはいる。いないと思う人にはいない」
「社と神様は違いますよ。神様がいなくたって社はあるじゃないですか?」
「社は、向こうの神が用事のあるもののまえに現われるのですよ」
「へえ!?なんです!?そりゃあ!?そんな妙な神様があったもんじゃない」
「自分で社を持っているのですよ」
「人が作ってやらなくても?」
「元々、社というのはその神を信奉する者が
勝手に作って祭り上げている事が多いのですよ。
神に社をもつ必要が出来たのは人が神との接点を求めたせいでしょう?」
「自分で社をもつそんな神様ってのは、やはり・・・・おかしいですよ」
「そうですか?」
「だいたい、社を持たなくとも天神界か天空界にいらされて
自分から用事があるならそいつの所にに下りてきゃいいわけでしょう?
で、その神様に伝えられた事が有難いってんで
人間のほうが社を建てちまうってのが順序でしょう?」
「そうですか?」
「そうですかって?澄明さん。
あなたの方がそんな事には、詳しい筈じゃないんですかい?
なんだか・・・・いやだなあ。
森羅山は元々霊域だったけど、二十年くらい前に大きな木に、
雷が落ちてから森羅山の中に入ったものがろくの目にあってねえ。
山童が森羅山の麓近くまで出てきているのを見掛けた者が居るし
あれから、一層・・・・おかしい」
榛の木に雷神が落ちた事は澄明も伝え聞かされている事ではあった。
雷が落ちた痕に行ってみればすでに神々の手により、塞ぎをしてあった。
であるが陰陽師達はそこに更に四方からの結界を張り
焼け落ちた榛の木に〆縄を張り込ませた。
雷神の落ちた日に正眼やら白銅の父である雅やら
代を譲ったかのようにに隠居の身分に徹している
旧代の陰陽師が集り欠かさず新しいしめ縄を張り替え結界を施すのである。
そのせいもあって澄明はその榛の木に、近寄る事はなかった。
その事件以来、森羅山の中に一層人が近寄らなくなったせいで
妖怪などが尚更我物顔で跋扈する様になっただけにすぎないのであるが
宿屋の亭主は雷神の雷が落ちた事が直接物の怪などを、
呼び寄せたと考えている様であった。

宿に着くと、おかみが飛んできて、澄明の来訪を迎えたのである。
澄明はそのおかみに懐の小袋を渡すと
「例の娘さんに森羅山でおうた女子からだといって渡してくれませんか?」
おかみは渡された小袋を受取ると、
そのずしりとした重みに相当の銭であると驚き
「これは!?あ、それにその娘にお会いになりませんのですか?」
澄明が頷くと
「頼みがあります。娘さんには可哀相でゆうてやれないのですが、
ご亭主の神様の用事は当分かかる事であるのです。
故あってあの方はご亭主と一緒でなければ家に帰ることが叶いませんのに・・
その」
澄明の言葉が途切れるとおかみはすかさずあとをとった。
「なんです?澄明さんの言われる事ならなんでもお引き受けしますよ。
どうぞ遠慮なさらずに仰って下さい」
おかみも、澄明の話し振りで社があるらしい事も
そこに娘の亭主がいるらしい事も
そして、どうやら森であった女子がその亭主になんぞ頼まれていたらしいと
その利発な頭で悟り、考えついていた。
「実はあの方は、孕んでらっしゃる。
それで、その袋の金で何処ぞに家でも借りて、身二つにさせてやってほしいのです。その頃にはご亭主もたぶん帰ってこられる事でしょうから
家を探してやってほしいのです」
おかみは娘と呼ぶのもおかしい事ではあるが、と、思いつつも、
娘が家を出てきたのも、
睨んでいた通り孕んでいる事を喋らなかったのも
何ぞ深いわけがあるなと洞察していた。
「はあ。そりゃあ、別によございますよ。
ところで澄明さんその娘さんが森で会うた女子というのは
その神様の宗徒なんですか?」
「そういう事ですね。
ああ、それと、私がそれをその女子から預かって持ってきたという事は
内緒にしておいてください」
「はあ?では、なんといえば良いですか?どう言うて、渡せば・・・」
「その女子が来て、ご亭主から預かってきたというて渡されればよろしいでしょう」
娘が悪い男に騙されているのでない事が確かであるようなので
おかみはほっとした顔を見せていた。が、亭主のほうは
「なんで、澄明さんがきた事を話しちゃなんねえんです?」
と、食下がって来た。
「さあ?」
答え様がなくて澄明も、御得意の「さあ?」で、すますしかなかった。
「さあ?さあってのはなんです?
だいたい妙な神様の所に行った男の事にしろ、
なんで、その女がじかにここに来ねえで澄明さんとこにいったか判んねえ。
一体・・・ぜんたい」
陰陽師である事が判れば
比佐乃とて自分の身の上を読まれては、
逢いたくも無いと言うに決っているだろう。
そうなれば、
何故会いたく無い?と、尚の事話しが妙な事に成る。
それを、庇う為であるから、訳をいえずとぼけるしかない澄明に
自分が納得のいかないと、矢継ぎ早に疑問をぶつける亭主が
急に言葉を途切れさすと
「てててて・・・何しゃがんだ!え!?手前、人の耳を引張りやがって」
おかみを振りかえって怒り出していた。
「おまえさん。なんという口の聞きようだい」
窘めるおかみの言葉の響きに亭主の方もむっとした顔で黙りこんだ。
「すみませんねえ。そりゃあ私もよく判んない事ばっかですよ。でも・・・」
澄明に言ったかと思うと亭主を振りかえって
「ええ?白峰様のあふりを諌めて下さったのでも、
いちいち、私らに説明を言ってから行かなきゃなんないのかえ?
何ぞ私らの知らない所で動かねばならない事だってあらっしゃるだろうに、
詮索がましい真似はみっともないから止めて下さいよ」
と、亭主をねめつけておいて、
「何ぞ、話せない理由がおありなんでしょ?
そんな事一つが判んないのかと思うと我が亭主ながら情けないって思っちまいますよ。仰る通りに致しますから、どうぞ、ご心配なさらずにいて下さいませ」
と、おかみは気風の良さを見せていた。
澄明も深く礼をする。
「宜しく御願いします」
澄明が奥の気配を気にする様子だったので
「任せて下さい」
澄明が立ち去ってゆくを促がすかのようにおかみが手を振ってみせたので、
澄明も、もう一度無言で頭を下げると宿屋から出ていったのである。
「はああ」
亭主はため息をついており、おかみはつくづくと関心している。
「本当にお若いのに、腰の低い方。
あんた、人の事より、澄明さんの爪の垢でも煎じて飲ませて貰うほうが先だねえ」
亭主に言うと、渡された小袋をもう一度しっかり握り締めた。
「さあ、渡しにいってこなきゃねえ」
おかみは娘に色々尋ねられるだろう事をどう空とぼけようかと考えていた。
『澄明さんじゃないけど・・・「さあ?」ってのもあるね』
おかみはくすりと笑うと娘の部屋に向って行った。

宿を出た澄明はそのまま自宅を目指していた。
どうせ伽羅はもういなくなっていることであろう、と思いつつも
比佐乃の先行きを話しておいてやったほうがよいと考えていたのである。
帰ってみて、玄関先の草履に気がついた澄明である。
「かのとがきておるな」
呟きながら入って行くと、やはり草履はかのとの物であった。
かのとは居間に顔を覗かせた澄明に気がつくと
「ひのえ」
立ち上がって澄明の部屋に澄明を押していった。
「なんですか?」
火鉢の炭を継ぎ足してやりながら澄明が尋ねると
「まずは政勝様の事よう判りましたに、ほっとしました。礼を言いにきました」
何処か、切り口上である。
「それだけでは、無いでしょう?」
澄明が伺う様に覗き込んでいると
「双神が何の為に政勝様の思念を振るような事をして、
あのような事をさせていたのです?
政勝様にきけばそれは、聞き忘れたというて・・・」
「それを私に怒って、どうするのです?
それと、もう、いい加減に政勝様はやめなさい。
政勝と呼ぶか、良人、主人という風に呼んだらどうですか?」
「今、か、関係のない事でしょう?それに怒っているのではありません。
只、なんで前の時に、はっきり双神の事を教えてくれなんだかと思うて。
いつも、私はつんぼ桟敷にされているようで腹立たしく思っておったのです」
「それ、みなさい。やはり、怒っている」
言った口の下から違えた事を口にする妹と、澄明とて何度も渡合っているのである。
「だって」
「大体、私が言うても、帰って来ようとしない者が訳を言うたら帰って来たのですか?」
「か、帰ったかもしれませんよ」
「嘘を仰い」
かのとはつんと上を向くと
「嘘かどうか、言ってもみもせなんだものに何を決め付けられましょう?」
憎まれ口で返してくるかのとに、澄明は言う。
「ならば、かのと。帰っていらっしゃい」
「え?」
「黒龍が守りがあると思うて安心しているようですが、
双神自からが動いているわけではないのですよ。
双神がまともに姿を現して動き出したら、黒龍の護りが宛てになるかどうか、
だから帰っていらっしゃい」
「あ?え・・・」
「どうしました?訳は言いましたよ」
「ま、政勝様に相談して参ります」
かのとが立ち上がり、ぷいと部屋を出て行くとしばらくして玄関の戸を開ける音がした。澄明も負け惜しみの強い妹が引くに引けなくなって、
最後の手段に采配を良人に委ねる科白を吐いて逃げて行ったのは判っていた。
当然、政勝に相談なぞするわけもなく、
結局政勝の傍に居ようとするかのとであるのが見えていたので
『苛めすぎたかな・・・』
少しばかり澄明は後悔をしていた。

それから、何日かは何事もなく過ぎて行った。
一穂を護る善嬉も黒い影を見る事もなく、
山科から帰って来た不知火が澄明に藤原永常から渡された畳針を
『御前がもっていてくれ』と、渡しに来たくらいが変った事であった。
不知火も逆に澄明から、
一樹がやはり、双神の社にいる事や
比佐乃の身の振り方を取合えず波陀羅が遣して来た銭で
比佐乃にとって一番良いだろうやり方で差配しておいた時をつげられた。
波陀羅が銭を遣して来た事で、
当然の事ながら不知火には
波陀羅が双神に近づく為にマントラを唱えシャクテイを送りつけようと、
身を鬻いでいる事は判っていた。
「憐れなものじゃの」
波陀羅の事を言う不知火である。
「ええ」
「どんなに足掻いても、どんなに頼んでみても、双神が魂を元に戻したりはせぬだろう。いや、双神とて、出きるわけはなかろう。
魂の差配は八代神にしかできぬ事なれど、
ああも、無残に朽ち果ててしまう物に成っておっては、
とても、八代神とて修復はおろか、魂の転生とてしてやれぬだろう」
ため息をついていたが
「御前なら・・・」
不知火は自分の言った事をもう一度考え直していたのであろう。
「八代神にその辺りを頼めないのか?
ひょっとすると、何か、救いの手立てがあるやもしれん?」
澄明が一番気にかけている事の解決法がないか?
不知火も考えつめていた。
が、不知火の言葉に澄明は首を振った。
「何故!?聞いてみるだけでもきいてみればよいではないか?
白峰を使えば容易い事だろう?」
不知火の言う事はもっともの事ではある。
「仮に八代神が、何らかの救いの手立てを持っていたとしても、
まず、動かないでしょう」
生き越す事の条理を破り、己から己の魂を粗末に扱う事を、
知らずにやっていても、それは大きな罪事なのである。
あえて八代神が地獄への引導を渡すを見逃す事で、
その魂に課せられた罪を購う事が出きるといっても過言ではない。
その魂を仮に救えたとしても、
地獄に落ちねば成らないほどの大きな罪を
どこで、なにでどうやって帳合いを獲る事ができるのであろうか?
それならいっそ、地獄に落ちて罪の清算をした方が、
いずれの後の世に無垢な魂を取り返し現世に生れ変る事もできるであろう。
澄明は今を何とかしてやりたいと思う心の裏腹で
魂自体が救われねば、究極、救いにはならないと煩悶しているのである。
が、仮になん百年掛かって魂の上昇、復帰をはたして
生れ変ったとしても、そこに双神がおらば同じ繰り返しが続いてしまう事になる。
憎むべき筋は、疎むべき筋は、双神なのである。
「だが、慈母観音とて動かしたお前ではないか」
不知火は澄明の心の内を計る事が出来ずに言葉を重ねた。
「不知火。仮に大罪事変転させる救いの法を八代神が知っていたとして、
私とて始めから慈母観音の動く事を当てにしておったら、観音は動かなんだでしょう?我等は我等の出来うる事を精一杯するしかない。
助きを当て込んで神仏に縋る心根こそ、御蔭信仰でしょう?」
不知火は澄明の言葉に黙りこんだ。
「それに、愛宕山の僧侶の事でも判っておいででしょう?
僧侶を動かしてもあれほどの帳尻を必要とするに、
八代神を動かして何で帳尻をつけます?」
「向こうが勝手に動くのを待つしかないという事か」
「不知火、あざとい事を言うてはなりません」
「だが、実際・・・」
「神仏を当てにしてはなりません」
およそ陰陽師が言う言葉とは思えない。
不知火はクスリと笑いを零した。
澄明が云わんとする事も不知火にもやっと腑に落ちると
「判った」
と、いったが
「御前。そうなると、白峰をよび動かした帳尻はどうつけた?」
「不知火。僧侶が欲しい物は銭だったのでしょう?」
その遠回しの云い方に不知火もうっとうめいて気がつくものがあった。
「まさか?」
不知火とてそれは懸念の端にない事ではなかった。
が、この世において実体をなくしているはずの白峰が
よもや澄明に触れる事は叶うまいと思っていたのである。
「多少・・・」
千年をかけて求めた澄明の機軸への白峰の情念がそう簡単に潰える筈もなかった。
それを、思案の中に入れてなかった。
今更ながらに迂闊であったと澄明も思うのである。
この世で実態を無くした白峰が最後に手を延ばして来た時、
確かに澄明を掴めなかった。
ゆえに、ことさら、油断させられていたのである。
その時には白峰も実体を保つ事さえ
すでに容易な状態でないほど精魂つき果てていた上に
千年をかけた成就を打ち破られていては、情念を燃やす所では無かったのである。
「は、白銅は?」
「知っております」
白銅が知らぬ事を澄明が不知火に言う訳もない事である。
澄明が白峰を呼びつけると
そう云う帳尻を求めてしまう事に白峰が痛みを感じて、
帳尻を取らなくてもすます為にも
澄明の足下に下ったのだと不知火は気がついた。
「まあ、言うても、そういう事は、もう無いだろうがの」
「そうしたい事ですが」
「有り得ぬ。何故なら、白峰は御前の軍門に下っておる」
「何故、そう云いきれます?」
「門の外で御前の飼い犬のような忠実さで一生懸命守護しておった男がおったがの」
うかうかと姿を現していた白峰に不知火が気がついたのも
不知火が白峰の社を内領にだかえている男であらばこそである。
「そうですか」
澄明もさして驚きはしなかった。
「社を好きに使えと言うた時から、
黒龍の守護が始まったと聞いた時から、そうかもしれないと思っておりました」
「慌てて隠れおったから、当の本人は密か事のつもりらしい」
あの白峰が慌てふためいて姿を燻らして行ったのかと思うと澄明も可笑しくもあった。
「判りました。気をつけて知らぬ顔をしております」
「ふうむ。しか、白峰も、黒竜の様に欲しいものが
かのとと政勝の幸せ振りであれば、あれも、御前の軍門に下る事もなかったろうにの」
呟くと、話を変えた。
「しかし、波陀羅とて双神ではどうにも成らぬと気がつきそうなものじゃろうに」
「溺れる者はわらをも掴むと言います」
不知火は再び、大きな溜息を付いた。
「藁でしかないと気がついた時、波陀羅はどうするだろうかの?」
「既に、双神の術中に嵌ってしまっていれば・・・」
政勝をどうにも出来なくなっている双神であらば、波陀羅をどう、つかってくるか。
己の餓えを満たす為に波陀羅をどう利用するかが見えて来る様で、
澄明は言葉を途切らせて俯いてしまった。
そんな澄明をどうにもしてやれぬと思った不知火は
「白銅と逢うておるのか?」
澄明の寄る辺である男の事を尋ねた。
暗に、こんな時こそ白銅に逢えば良いと云う事を匂わせているのであった。
「いいえ」
三日の居続けの事があってから
流石に白銅も憚ってしばらく澄明の元に来るのを差し控えていたのである。
「御前の心許無さを埋めてくれるのは白銅の肌身の温かさしかあるまいに?」
不知火が言うと、流石に澄明も赤らんでいた。が、
「此度の事にしろ、白峰の事にしろ、それで判る様に、性は魂に関る大事な物事。
ように白銅の魂に寄り添うておけ」
不知火は言い残すと鏑木の部屋を出ていった。
後に残された澄明はふっと大きな溜息をつくと、珍しく小さな式神を生じさせていた。
「白銅の元に」
それだけを言われると式神も姿を消し去ってゆき、
澄明も自室に戻って火鉢の炭を大きくして白銅の為に部屋を暖め始めた。

鏑木の部屋を出ていった不知火は正眼のいる居間に顔を出した。
「長居をしました」
挨拶だけで帰るつもりであったが
「どうじゃな?」
双神の事を尋ねられると、そそくさと帰る訳にもいかず、
かといって、やってくるだろう白銅も不知火が居るとなればきずつなかろうとも、思い
「正眼殿、白銅が来る前には帰りますよ」
正眼に白銅がやってくるだろう事を告げておいて
「なんにせよ。同じ性でありながら片一方は無残な深みに落ちて行き、
片一方は魂が溶け合うかと思うほどの融合を見せ様かという。
わしも澄明を見て居ると、魂が一つになってもよいと思えるような女子に
巡り逢いとうなってきたわ」
不知火は暗に二人の睦み合いを大事な事と思うてくれと正眼を諭しているのである。言わずもがなを云う不知火を正眼は笑止と思うのか
「誰ぞ、おるのではないのか?」
取合わずに、不知火の事に触れて云うので
「居るなら、新町なぞに行かぬわ」
口惜しそうに言い返した。
「ふむ・・」
正眼は肯いていた。
が、時に禊もせねばいかぬ陰陽師が色町通いを、
敢えて口にするのもどうかと思う事ではある、
「男の性は浅はかな物よのお。ほんの一瞬、ほんの刹那を求めずにおけない。
吐きだす性は堪え性がない」
正眼が云えば、己を許容しきっている不知火は、人事の様に
「困ったものよのう」
いうと、更に
「故に、悲しみが深うなるに。
双神の社に呼ばれた男がその吐出さねばおけぬ性をどう、差配されるか。
男の浅はかさに涙が出て来るわ」
少しばかり双神の成り行きに触れる事を云ったかと思うと立ち上がった。
「かえります」
「早う。良い女子に巡り会う事じゃの」
と、いう正眼に不知火は言う。
「機を逸しました」
そのまま、襖を開いて玄関に歩んで行った。
「そうか」
不知火の云わんとする事が正眼には判った。
当の本人に告げることもない思いを親に言うても詮無いことでしかない。
が、心があったことだけをそれとなくもらしてみたい恋もあろう。
それは、誰にも語らず正眼一人の心の内に留め置く事である事も判っていた。

夕餉を終えても、まだ来ぬ白銅に多少、苛苛した表情が押さえ切れず
見え隠れする澄明が諦めて自室に戻った。
その、澄明を包む腕が伸びてくると、澄明も
「白銅。遅い」
責める様に拗ねてみせるのだが
「これでも堪えられず、早う、来たに」
「どこが、早いものですか」
澄明の耳元に口を近付けると
「こんなに早うから来る夜這いはおるまいに?」
白銅のその言い分はどうやら本気であったらしく
「一度。こう、恋しい女子の元にこっそりと、
夜這うて行くのはどんな気持ちかとやってみようと思ったに」
あるいは無理のない事かもしれない。
白銅との事は父親自ら認める所であり、
何もかもがあからさまでありすぎているのである。
「ならば、出直していらっしゃいますか?」
意地悪く言う、澄明に
「だから、堪え切れなんだというておろうに。それに」
澄明の手を掴むと自分の陽の物に導いて行くと
「ここも、寒うて、ちぢこもってしまっておるに。温めてくれねば?」
「どこが?」
しっかり白銅の口と正反対の様子に成っている物を撫でるようにされると
「しっかり、包んで温めてくれねば・・・の?ひのえ」
澄明の帯を解き始めた白銅であった。

ひのえと白銅の魂が寄り添っている同じ時刻。
京の都の一隅の立ち食い蕎麦の屋台に波陀羅はいた。
屋台の行灯の薄明るい灯に照らされた椀の底の汁まで飲み干すと
波陀羅は立ち上がった。
「やだよ。姉さん。もう行くのかい?」
人懐っこい顔と物淋し気な顔が奇妙に同居している、波陀羅とは
いくつも年の離れた女が声をかけた。
「ああ」
言葉少ない返事が返って来ると、遠ざかって行く波陀羅に女は呟いていた。
「何をしゃかりきになってるんだろうね」
その声に屋台の男が
「はあ?好きでやってんだろ?おまえ。そう言ってたじゃねえか」
掃き捨てるように言った。
「まったくね。あたしも、こんな事、好きでやれりゃぁ。いいだろうね」
商売道具の茣蓙を掴むと女は
「やれ、もう、一商売してくるかね」
立ち上がって、先の商いで得た銭の中からいくつかの銭を男に渡した。
蹴ころと呼ばれる娼婦にとって冬ほど身入りの悪い季節はない。
葦原の中、寺社の濡れ縁の下と、この寒い中でも茣蓙一枚の上で
身体を開く安上がりな女を求めるような男が連れあい宿になぞ、
引っ張り込んでくれるわけもなく、
ちょんの間の銭の安さに惹かせるが為にわら御座を担いでいる女も
一夜の男の数をこなすしかないのである。
「屋根の在る所に入れてくれる男がいれば恩の字なんだけどねえ」
と、屋台の男に言った女は自分と良いほど年も違う波陀羅が銭欲しさで
女が立ちんぼうで男の袖を引くような界隈に現われると、
藁茣蓙も持たない年増女を相憐れむ目付きでみた。
が、その憐れむ目付きも、やがて侮蔑な物に変わった。
「ふん。枕女郎みたいな、真似をしたに決ってんだよ」
波陀羅を憐れんだのも束の間、
女が食うに食えずに夜空の下で身を鬻いでるのと違い、
波陀羅は安宿に男を連れこんでいた。
それもその筈で宿代は要らぬと言えば、
男の方とてこの寒空の下尻を捲り上げるを、
遠慮せずと良いのであるから悪い話しでもない。
上に、銭目当てであるより、波陀羅が男欲しさの事であると判れば、
年増女の狂おしいほどの情欲に興がそそられるのであろう。
男達の間を何処をどう話しが伝わって行くのか、
波陀羅を求める男が次々と現われるのである。
宿の銭が要らぬような程の男狂いが始めから銭を持っている訳もない。
何処かで、枕の下を漁るような真似をして得た銭を元にして、
波陀羅が次々と男を漁っているのだと思うと
「へどが出そうだよ」
湧いて来た唾をぺっとはき捨てると、
女は一時でも、波陀羅に同情を掛けたのさえ疎ましく思えて来ていた。
「何をぶつくさ言ってんだい?」
寄ってきて声を掛けた男が、島内を見廻る、やくざ者である銀次だと判ると
女は小銭を銀二に掴ませた。
「しょばを荒らされて困ってんだよ。何とかしてくれないかえ」
「おお、らしいな。向こうでも言われたよ。ええ?
いい色年増じゃ、御前等も勝てねえか?」
見廻りと称して、女達から上前を跳ねる為に
こんな寒空の下をそっちこっちとほっつき回っていれば、
何処でも同じ事を頼まれた様である。
「何言ってんだよ。宿賃はいらないってだけなら、まだしも、
一日に何人とっかえ、ひっかえ・・・」
言ってしまってから女は慌てて口を噤んだ。
それ程客を取られればこちらの廻りが少なくなって
干上がっちまうと言いたかったのであるが、
銀次の方はそうは取らないだろう。
「ふううん。そんなに、しこたま稼いでんのか?どうせ・・お種婆の宿だろ」
肯くと年増女が宿代を出せる程羽振りが良いなら、
無論そこからもたっぷり上前を跳ね上げるつもりでいれば、
何回となく男を連れこまれる宿のお種婆もほくほく顔のはずである。
銀次はお種婆からも上前を跳ね獲ろうという算段になったのであろう。
「へ、どんないい女かちょっくら、拝みに行って来るか・・・まあ、任しときな」
どの女にもそういってよこしたのであろうが、
それまでとは違う思惑で銀次は年増女を探しに歩くようだった。
「ふん・・・骨の隋までしゃぶられたって知らないよ」
銀次の魂胆が上前欲しさだけで無いのに、気が付いた女は憎々しげに言放ったが、
「へ!?御前なんぞにしゃぶられるよりゃいいさ」
憎まれ口を返して、銀次はさっさと走り出して行った。
その銀次が目指す女を見つけるのは造作なかった。
銀次の手を引き、絡み付いて来た女のぞくぞくするような色気と、
その年齢で銀次はこれがその女だと判ると
目論見なんぞ何処で企てたのか、すっかり、頭から消え失せ、
吸い寄せられる様に女の後に付いて歩き始めていた。
お種婆の宿の二階の一部屋が常宿に成っているらしく
部屋の中に着いて行った銀次がへたりとその場に座り込むと
女がその上に絡みつき、腕を廻し、
すでにそそり上がった銀次の物に手を延ばしてきながら
自分の着物の裾を捲り上げたかと思った途端、
ずるずると濡れそぼった物が肌蹴られた銀次の物を呑み込んで行った。
「姐さん・・・堪んねえようだな」
銀次はこの女が男狂いの度を既に通り越しているのを知ると、
女の望みを叶えてやるが如く己の腰を突き動かしていった。
無論この女が波陀羅である事は言うまでもない事である。
波陀羅は独鈷を潰えて後には男との交接は一切無かったのであるが、
双神との伝手を求めて何人かの男達との交接を重ねる内に、
憐れなる肉欲の虜になってもいたのである。
銀次の動きに波陀羅が
「ああ・・・よい」
早くも声を漏らし始め、銀次の動きに合わせ、
大きく己の腰を振り始めると間もなく波陀羅は
「マドウヤ・・・マーンサ・マツヤ・・・・」
マントラを唱えずにおけなくなっていた。
波陀羅がマントラを唱え出すと
「おお・・・う・・・あああ」
マントラによる高揚で上がってくる大きなしぶりに
声を押さえる事も出来ず、何度もうめいた。
それでも、喘ぎ喘ぎマントラを唱えている波陀羅のその様子に、銀次が
「姐さん。ええ、随分、具合がいいじゃねえかよ?その、おまじないのせいかよ?」
銀次は蠢きまくる波陀羅に自分の物の動きをくれてやるのを怠らないまま尋ねた。
「ああ・・・!?ああ・・・マイトウナ・・おお・・・」
銀次の言う所の御まじないを言い続けずにおけない所を見ると
どうやら今の返事はそうであると肯定していたと判ると
「へえ?・・・どんなもんだかねえ?」
銀次も波陀羅の後に続いて御まじないを真似しながら
忙しく腰を揺すってみたのであるが
「ふん!姐さんにだけ御利益があるようだな」
なんの変化も感じ取れず、
訳の判らないおまじないを喋繰っていても馬鹿の様だ思ったのであろう。
銀次はそんな事より
自分の物を動かしながら、更に自分の言葉で興を深めたくなっていた。
「ええ?姐さん。気持ちが良くって堪んねえだろ?
え?どうだよ?俺のもんわよお」
銀次もいいほど、女をすけこまして遊び慣れている男であれば、
自分の物にも自信があるのである。
が、波陀羅の心の中で一つの抑揚に僅かに歯止めが掛かっていた。
『マントラは私では口伝できない』
その思いが何を意味するのかといえば、
一樹が双神の元に呼ばれた訳が一つに繋がって行く気がしたのである。
それは双神は間違いなく独鈷の変りに一樹を口伝の者として使い
さらなる贄を求めてゆくだろうという事であった。
只でさえ、邪淫の狭間に落とし込まれているというのに、
双神の餓えを満たす道具として
何処の誰とも判らぬ人間を抱く傀儡に落ちてゆかされるのである。
「か・・・ず・・・き」
波陀羅が悲しみの中から、思わず呼んだ息子の名前を銀次は聞き逃さなかった。
「姐さんの色かよ?へ!?そいつが何をしてくれるっていうんだよ?
こんな事してもらいたくてもしてもらえなくて他の男で紛わしてるって訳かい?」
銀次の動きが軽い嫉妬のせいと
自分の道具の良さを誇示するが為に一層激しく動き出していた。
「か、か、ず・・・き」
「呼ぶがいいさ。せいぜい呼んで、恋しさに猛り狂うがいいさ。
おら、おら、いいだろうが?ええ?呼んでみろや!?
え!?おまじないはどうしたんだよ?」
「ああ・・・あ、あ、あ、」
悲しい頂点を迎えながら白濁したゆく意識の中で
波陀羅は何度も息子の名を呼んでいた。
銀次もそれが女の悲しい詫びの心が名を呼ばせていると知るわけもなく
あくめを迎え出した女の高揚を更に長引かせる為に
一向にその腰の動きの早さを緩めようとしなかったのである。
その後、ぐったりと深い眠りの中に落ちて行った筈の波陀羅に
男の手が再び延びてくると
「マントラを唱えぬか」
マントラを唱える事を促がされたのである。
夢現の波陀羅の中に入って来た物の快さに
言われるまでもなく波陀羅はマントラを唱え出していた。
『ああ・・・良い・・・』
求めても求めても飽く事のない欲楽の狭間に落ち込んでしまった波陀羅は、
身も知らぬ男に身体を開く恥辱に抗う事さえ忘れはてて、
その快楽に身を投げ出していた。
もそもそと聞こえる声が波陀羅を抱いている男から発せられたものでなく、
波陀羅と男の交接の淫猥さを楽しみ、見ている者が他にいるのだと判っても、
取りたてて波陀羅は驚きもしなかった。
たぶん銀次が連れこんだ男であろうと思いながら、
やがてマントラにかもし出された高揚が上がってくると
波陀羅は押さえる事なく声を漏らしていた。
「良かろう?」
「女も喜んでおるわ・・・・」
聞いた事のある二つの声が波陀羅を抱いている男にかけられると、
「ああ・・・まるで・・・母様の様じゃ」
返された声を聞くまで、
波陀羅は自分を抱いている男が誰であるかさえ気にとめていなかったのである。
男が母親を抱いている様だと喜ぶのも無理がない事である。
それは、その男が父親からの性愛を喜んで許受した事があり、
それ故に自分の情さえあれば親子であろうが兄妹であろうが
その情の趣くままに性愛を分かち合えば良いと
常軌を逸脱した境地に立っていたせいである。
当然、父の性愛を心良しと受けとめた男が
自分の母親に性愛を望む事に罪悪感など微塵も感じる事がない所か
母親に寄せる情愛が有らばこそ、それが、男の欲情になっていたのである。
「か・・・ず・・き?」
夢であろうと波陀羅は思った。
自分は京の都にいるのであり、一樹は長浜の土地にいるのである。
欲情につけこまれ、隙の生じた意識を降られ、
双神により京の都から知らずの内に
長浜の双神の社の中にまで飛び退らされていたと
考える事が出来ないほど今はマントラの秘儀に落としこまれていた。
「ああ・・・かあさま・・・」
腰をくねらして己の物を波陀羅の中に付きこんでくる男が
間違いなく波陀羅の目に一樹であるという事がぼんやりと映り込んでいた。
呆けたまま一樹をぼんやりと見詰ていた波陀羅の目の端に映った物は
いつか独鈷が一樹に馬乗りになったまま
二人の子を相身互いに相姦させていた時に見たと同じ物だった。
一樹の魂から白い煙のような物が糸を引き、揺らめき立つと
それが双神の口元に延びて行た。
あの時と同じ様に双神はそれをくらい込み、啜り込んでいるのである。
双神の一方が一樹の魂から引かれた物を啜っているのであれば、
もう一方の双神が啜り込んでいるのが波陀羅からの物という事になる。
「かず・・き・・・」
波陀羅が一樹を止めようとしたのか、
一樹を呼ぶ声に、なみづちが一樹に言う。
「ほれ。名前を呼んでおるでないか?御前も呼ぼうてやれ。波陀羅というてやれ」
と、一樹は母親への情愛を現すが如く
生まれて最初に口にした場所に顔を寄せて舌を這わせておいてから
両の手でその乳房を揉みしだきながら、乳首を摘み上げ、
己の物を更に大きく突き動かし始めた。
「波陀羅・・・波陀羅・・ああ・・・波陀羅」
大きなうねりを齎す事を要求する様に波陀羅の名を呼んだのである。
途端に波陀羅のほとの中を劈くしぶりが込み上げて来ていた。
子の望む物を与えてやりたいという母親の心と、
一樹に何一つしてやれぬ自分が
せめても与えられる快楽を、愛しい者と共有したい。
自分こそが与えてやりたいというという女の心と、
己も同時に快楽を得たいという女の業が一挙に放出して行った。
それ程マントラを唱えた後の快楽を望む心は
理性も常軌をもかなぐり捨てさせてしまう程に深い物になり替わるのである。
『一樹・・・かずき』
いつしか一切の思念を無くした二人は
只、只、肉欲の高揚の果ての高過ぎる快楽を追従する獣になった。
やがて、二人が番ったまま、行きはてると、
満足そうな微笑を浮かべたまま双神は社の奥の部屋に入って行った。

社の中で目覚めた波陀羅は己の横で寝入る一樹の顔を見詰ていた。
双神が波陀羅を社に引き入れた目的がこれであったかと思うと
無念の思いに胸が張り裂けそうであった。
が、まだしも何処の誰かも判らない女の相手をさせられる事を思えば
一縷の慰めが有った。
ましてや、波陀羅も双神に逢う事がそれ故に達せられるのであれば
致し方ない事であるというしかなかった。
一樹を起こさぬ様に傍らを離れると波陀羅は双神のいる奥の間に歩んで行った。
双神が波陀羅の気配に目を覚ますと声を掛けた。
「波陀羅。御前の忠誠、よう見せて貰うた」
波陀羅は双神の前に平伏すと深く頭を下げた。
「御願いが御座います」
双神が顔を見合わせほくそえむのをひれ伏した波陀羅が気が付くわけはなく
「何かな?」
尋ね返されると波陀羅も束の間言葉を無くしていた。
忠誠を見せたといってみても
波陀羅が二人の子の魂を元に戻してやってくれとまで
言える忠誠を見せたといっている双神では無いのである。
双神のいう事は独鈷の喪失を一樹の存在で埋め合わす事にした己らの意思に
波陀羅が身をもって添うて、一樹に身を呈した事で
独鈷を潰えた事で無くし去った忠誠を
ある物として認めてやろうといっているにすぎない事であった。
で、あるのに波陀羅の願いを口にすれば
独鈷にしでかした事、双神の手から独鈷を奪い去った事の
帳合いはどう付けるのだと返されてくるだろうと思うと
波陀羅も直に言出しきれずにいた。

「比佐乃と一樹の魂をお救い下さいませ」
一気に言い放つと床に頭をすり付けたまま、波陀羅は顔を上げようとしなかった。
「波陀羅。虫が良い事じゃな?」
なみづちが笑って言うのを、いなづちが後を継いだ。
「波陀羅。独鈷を無くされて我等も弱っておる」
ひれ臥すしたまま波陀羅は
「どうしても一樹を独鈷の代わりにせねばなりますまいか?
他に誰ぞいらしゃるでしょうに?」
「おるには、おるのだがの、それがの、どうにも手に入らぬので
弱りはてて一樹を呼んだ所に御前がきてしもうた。
我等の餓えを満たすが先になってしまったのは、元はと言えばお前が独鈷を」
と、言う、いなづちをなみづちが止めた。
「いなづち、もう、その事は良いではないか。それよりの。波陀羅。
御前のその願いを叶えてやろうにも我等にも独鈷の変わりがおらぬと、
どうにもしてやれぬ事であろう?」
「は・・はい」
双神になにぞ言いたい事が在るのが判ると
波陀羅も言葉少なく答えるだけにしていた。
「それでじゃ。魚心、水心ともいおう?
我等の元に政勝という男を寄越して欲しい。
鬼の御前なら、政勝の妻のかのとにも身を映せよう?
独鈷の代わりがおるなら我等も
もう一樹にも、御前にも、比佐乃にも手を出さずにすむ」
意外なほどあっさりと波陀羅の願いに譲歩してくる双神であった。
が、その譲歩の言葉の中にそうせねば、
今は知らぬ顔をしてやっている比佐乃にも手を出さねばならぬ
と、いう脅しも含まれているのである。
波陀羅はその言葉に深く頷いた。
我が子を救いだしたい一心で
我助かればと人を落としこんで、
己自らの精神を双神に贄を差し出す外道に成り下がっていったのである。
「政勝という男をここに連れて来れば良いのですね?それだけですね?」
「ああ。確かに、我等の物になったのを見届けたら一樹を放してやろうぞ」
一樹を使って政勝に男の性を知らし召させれば
後は伝い手に仕立て上げる事は造作ないことである。
政勝によるかのとと一穂のシャクテイがどれほど甘美であるか、
思い描くだけでも双神の舌の根が潤んでくるのである。
「まあ。行くが良いわ」
双神が掛けた言葉に波陀羅は立ち上がると、
奥の間を出て、まだ寝入ったままの一樹の横を通りかけて足を止めた。
『母さんが必ず比佐乃と、生まれてくる子と仲睦まじく暮らせる様にしてあげる。
その魂もきっと救い出してみせる』
心の中で一樹に語りかけると波陀羅は社の外に向かって歩み出した。

社の外の日差しは明るく、
社の傍らの柔かなにこげに包まれた猫柳が膨らむのを見守る様に
日の光が新芽を包んでいた。
『政勝というたな』
政勝を探す事は造作ない事であったが、
波陀羅はその前に伽羅に逢いたかった。
波陀羅が伽羅の元へ行くと、波陀羅の姿に気が付いた伽羅の方から尋ねてきた
「双神におうたのか?」
伽羅の言葉に波陀羅が軽く頷くだけで、
やはり波陀羅の望みはらちない事に終ったのだと伽羅は考えていた。
「比佐乃は御前が寄越した金で、家を借りておる。
澄明が裏で仕切ってくれてな。
澄明は陰陽師であらば比佐乃さんが
己の身上を読まれると恐れるだろうからと表にはでておらん。
御前の銭は一樹から預かって来た物であり、
森羅山でおうた女がそれを宿に届けて遣したと言う事になっておる」
澄明から聞かされた事をそのまま告げると
「ああ。それが良い」
波陀羅もほっと安堵した顔を見せた。
いわれのない銭をどう渡せば良いか、
どう言えば比佐乃が心置きなく銭を使う事が出来るかを考えられた采配のし方と、
比佐乃の身上を思いやる澄明の心配りである。
「澄明というは頭の良い女子なのじゃな」
「澄明は女子の気持ちをよう、判ってくれおる。
あれも悲しい通り越しがあったから、御前の事も気に病んでおる」
「見も知らぬ、女鬼が事をか?」
澄明が白銅と供に波陀羅の姿を見ている事なぞを知るわけもない波陀羅は
きき返した。
「あれはそういう女子じゃ。なんでも、かでも己の胸の中に取り込んでしまう。
己の胸の中に抱き入れずに置けぬ性分なのじゃろう。
で、なければ比佐乃の事も家なぞ借りずとも、もっと良い所があるに」
「どういう事じゃ?」
「あれが家にきおる八葉と居う女子が所が一番、産女には頼りになるに。
なれどな。な、澄明は御前が比佐乃に逢える様にと、考えたんじゃろう。
それに、そうすればお前も比佐乃が独りでおって気ずつなかろうと
顔を出してやる気になるだろう?
比佐乃は御前の事を母としらねどもなによりも頼りにしたいのはお前であろう?
一樹に頼まれたという事にして銭を渡す時でも
御前の事を言うたのは御前が比佐乃の元に行ける様に
伝手を作っておいたのだと思うぞ」
伽羅が言おうとする事に波陀羅は頭を垂れた。
「我は確かに比佐乃が気になる。が、もう、逢うまいと思うておる」
「何を気にする?良いではないか?
陰陽師の娘だったというたとて比佐乃はなにひとつ、陰陽事なぞなろうておるまい?
一樹もそうであろう?
御前の正体が暴かれる事はないに。
それに、何よりも、御前が実の母親じゃろうが?
外側の身体なぞどうでも良い事じゃろうに?
大手を振っておうてやれ。
産を成した事のある者でなければ比佐乃の不安は判るまい?
我じゃいくまいに?
八葉とて、比佐乃の母であるまいに?
母親の思いを伝えられるのは御前しかおるまいに?
親身になれるはお前しかおるまいに」
伽羅の言葉に、波陀羅は素直に頷けた。
同時に何気なく言った伽羅の言葉が波陀羅に一つの慟哭を与えていた。
黙り込んだ波陀羅である。伽羅が
「どうした?」
「いや。陽道がの。一樹に陰陽事を教えなんだのは、
織絵の中に鬼が棲もうとると知ったらどんなに苦しむか。
それを見て我がもっと苦しむのを憐れと思うて、教えなんだのかとふと思ってな」
「波陀羅。もう、すんだ事を穿り出すのはやめようぞ。
陽道がどんな思いで教えなんだかは我にも判らぬが、
御前は、今思うた思いで、また自分のした事を責め悩んでしまう。
なってきたことを今更悔やむ事はできぬに。
陽道が良き思いで居たにしろ己可愛さで己を守るためにした事にしろ。
其れを暴くのも、其れで御前が自分を責めるのもよくない。
もう、そのまま、受け留めてやろうぞ」
「そうじゃの」
「様子を見て来てやるの?」
事を比佐乃の事に戻すと、伽羅は確かめる様に波陀羅を覗き込んだ。
伽羅のその瞳が笑みを湛え、波陀波は静かに頷いていた。
「ああ。そうじゃ、伽羅。政勝という男の家を知らぬか?」
波陀羅の口から出された名前に伽羅は一瞬ぎょっとした。
が、何気ないふりを装って
「ああ。城勤めをしている男か?」
探る様に尋ね返した。
伽羅はこの度、政勝達がこの事件に関わっている事を
澄明から一切、聞かされてはいなかったが、
一樹が双神の元に呼ばれたと、波陀羅に聞かされた時から
独鈷の代わりにされるのだという事には見当がついていた。
そして、波陀羅が双神に合いながららちがあかなかった様子を見せながら
その事について何も言おうとしない事にも
少なからず訝しい思いを湧かせていたのである。
其れが政勝という波陀羅が知るわけもない男の名を口に出すとなると、
伽羅は単純に、線を描く様に思い当たった事をつないで見ただけである。
一樹が独鈷に成変わるなら
独鈷にとっての一樹の存在に当たる者が、必要なのではないか?
それが何故か政勝という事なのではないかと考えたのである。
そして、波陀羅は双神が政勝を引き入れる、その手先にされている?
其れらの事が矢継ぎ早に伽羅の脳裏に浮んで来たのである。
「ああ?城に努めておるのか?」
波陀羅が逆に伽羅に尋ね返して来た。
「我の知っておる政勝かどうか・・・よう・・・判らんが・・・」
素直に教えれば良いのか、
その男がどうしたのだと聞いてみるのが良いのか、
伽羅が考え込んでいる間に波陀羅の問いに先を越された。。
「取合えず教えておいてくれぬか?他にも居るのなら、探してみるわ。
ああ、そうじゃ、妻の名を、かのとというた」
間違いなくあの政勝であると判ると伽羅もごくりと唾を飲んだ。
「それならば。確かにその男じゃな。その男に何の用なんじゃ?」
「何。双神の呪縛を解く事ができる鍵を握っているそうな」
波陀羅も具体的に言おうとしないのである。
が、何かしら説明をせねば、
伽羅が言い渋るだろうと波陀羅も嘘ではない事で、言いぬけようとしていた。
政勝が鍵を握っていると言うが、
伽羅は波陀羅が言う事はおかしいと感じ取っていた。
が、
「そうなのか?あの政勝が、か?あの男がほんに救えるのか?」
空とぼけておく事にした。
伽羅の胸の中では、
どうしても澄明に縋ろうとしない波陀羅であれば
逆に成る様に成らさせて糸を掴むしかないといった澄明の思い通りに
波陀羅が動くのを見逃すしかないという思いが湧いていた。
「ああ。そうなのじゃ。それと、その男城で何をしやる?」
伽羅も二人の子の救いに望みを託しているのだと波陀羅も考えていた。
「そうか。ならば」
伽羅が政勝の屋敷の事や城勤めの事なぞ教えてやると、波陀羅はにこりと笑いながら
「これで助かる」
言ったかと思うと伽羅の棲家を出て行こうとする。
「は、波陀羅。比佐乃の所には、行ってくるるの?」
伽羅が慌てて念を押すと
「ああ。これで行ける様になろう」
答えて跳び退っていったのである。
政勝を使って二人の子が救われたなら、
波陀羅はもう敢えて二人の子の元に姿を見せる必要がなくなる。
そう考えているのではないかと伽羅はふと思ったが、
そんな事よりも政勝こそ澄明の妹のかのと亭主殿である。
伽羅も慌てて澄明の元に駆け込む事になる。

澄明の家の近くまでは人に逢う事もなくやって来たのであるが、
人通りがせわしくなってくる往来にまで出て行くには
伽羅も何処かの人の身を借り映さねばならなくなり、
横町の長屋の井戸の前で朝餉の仕度を始めていた女の姿を目に焼き映すと
物陰に隠れて、己の姿を人の姿に移し変えた。
「こんなものだろう」
馴れぬ事をした仕上りを確かめる術もなく、
伽羅は小走りで澄明の家を目指して行った。
玄関先で澄明を呼ばわると先に正眼が現われて
「おお?伽羅か?」
一目で見抜くと、伽羅を鏑木の部屋に通してくれた。
しばらくするとわいわいと声が聞こえてくる。
伽羅も何ぞあったかと耳を澄ましていると
「どうせ、判っておる事じゃ。二人で出て来れば良いわ」
正眼の声が聞えて来た。
どうやら早すぎた伽羅の来訪で
寝過ごした白銅が帰る機会を無くしたまま澄明の部屋におるのだ
と伽羅も苦笑して、正眼が直接澄明の部屋にでなく
この鏑木の部屋に伽羅を座らせたのも、道理の事と納得していた。
やがて二人が揃うて、伽羅の前に現われたので
「仲の良い事じゃの」
伽羅が掛けた言葉に、白銅の方が取合わなかった。
「人の姿に変えて来ねばならなかった程の火急な事の方が気になるのだが」
白銅に掛けられた言葉に伽羅の方が瞬時に真顔になった。
「波陀羅が来ての」
伽羅が一言言うと、澄明も白銅も膝を揃えて座り込んだ。
「波陀羅が政勝の居所を教えてくれと言出したんじゃ。
どうせいでも、あれの事じゃから探し出すに決っていると思うて
知らぬ顔でこちらも教えてやったのじゃが、なんで、政勝の事なぞを」
伽羅の不安な顔を見ていた澄明がとうとう伽羅に言うてなかった事を曝け出した。
「伽羅には言うておらなんだが。
双神は政勝殿を独鈷の代わりにするつもりでおるのです。
政勝殿から引き出されるかのとと一穂様のシャクテイを当て込んでおるのですよ」
「澄明。それを始めからわかっておって、我に言わなんだのかや?」
「伽羅。それを言うたら、御前、波陀羅をそのままにしておかなかったでしょう?」
伽羅が澄明の縁の者に手をかける波陀羅を許そうとするわけもなければ、
波陀等を止めようとした伽羅の命も危うかった。
「澄明」
澄明は一言いったきり黙りこんだ伽羅の手を取ると
「伽羅が私を信じるというのを聞いた時から
伽羅が政勝殿の事を知っても
私とかのととの事は何も言わずにいてくれるようにと念じておりました。
伽羅が無事で良かった」
澄明が故々、伽羅に「成るに任せる」と言うた裏には
伽羅が敢えて、政勝、かのとの澄明との縁を
波陀羅に伝えずに塞ぎこんでおこうとする言霊の力があったのである。
「だから。伽羅。それで良かったのです」
先々まで読みこなしている澄明の思慮の深さに
伽羅はつくづくこの女子はほんに頭の良い女子じゃと思った。
に、しても問題は政勝である。
「か、かのとの名前もいうておったげに。波陀羅が何を考えておるや・・・ら」
思い当たる不安を、伽羅は口に出す事も出来ずいると
「伽羅。よほどの事がない限り、政勝殿もかのとも大丈夫ですよ」
伽羅の不安を取り払うために澄明が言うのを
横で黙って聞いていた白銅も大きく頷いていた。
「なんで、そう言い切れるに?」
伽羅が尋ね返すと
「この前から、黒龍が二人の守護に入っておる」
白銅が澄明に代わって答えた。
「黒?黒龍!?青龍でのうて?朱雀でのうて?黒龍なのかや!?
な?どうなっておるに?」
「政勝は黒龍が子孫じゃに。かのとにも由縁がある。守護は絶大な物である」
白銅が言放つと、出てきた大物の名前に流石に伽羅も安堵したのか
「一体。全体どうなって居るかよう、判らぬが、それほどの者が守護するなら」
頷くと伽羅がもそもそと尻を立て始めた。
その様子を見た澄明が
「早苗が所に行くなら乳は搾れば搾るほどに出ると勢姫に言うてやって下さい。
それと、乳を飲ませる内は人の倍は腹が空きます。
八葉に言うて、米を貰って行きなさい」
伽羅に言う口の下から気忙しく立ち上がると、
自分からくどに伽羅を引張って行った。
「八葉。米を持たせてやってくれぬか」
澄明の咄嗟の事は良くある事の様で、
八葉もてきぱきと木綿布を用意すると
凡そ一斗ばかりもあるかと思うほどの米袋を作ると聞いて来た。
「これで足りますか?」
澄明は伽羅を向直ると
「無くなったら取りに来なさい。ここに来て八葉に言えば良いのですからね。
伽羅の分も取れば良いのですよ」
伽羅にその米袋を渡した。
「白いお飯で育った勢であらば、どんなに喜ぶか」
衣居山での暮らしは、勢姫にとっても粗末な物を口にし、
慣れぬ家事をこなして行く事でもあった。
それでも、悪童丸の傍が良いと辛い事一つ口に出さない勢であらば、
伽羅もこの土産を持ってゆけるのが嬉しくてならないのである。
伽羅を送出すと、八葉が肩越しに澄明に言った。
「ひのえ。白銅様の朝餉も用意してありますから」
大きな声で正眼が言った事がくどに居た八葉にも聞えていたのであろう。
照れ臭いのを隠す様に顔を下に向け、小さく澄明が返事をすると
「こんな事で白銅様の嫁が務まるのですか?
陰陽事もよう御座いますが、しっかり、くどの事も出きるように、
少しは八葉の傍に立って・・・」
小言を繰り返し始めると澄明も逃げる事も叶わずじっと立ち尽くしている。
と、ひょっこり、白銅が顔を出して
「八葉。多少の事はわしがてつなうに」
庇い立てに入ってくるので
「まあ、まあ、お甘い考えで御座います事」
呆れ果てながらも、優し気な白銅に何を言っても始まらないと
「まあ、今日はよう御座いますよ。八葉の御手並みをご披露しときましょう」
二人を向こうに追いやると、八葉も食事の用意をし始めたのである。

追いやられたのを良い事に白銅とひのえが自分の部屋の戻ると
「伽羅にはああ言うたが、どう思うておる?」
白銅も伽羅を安心させる事だけに専念していたが、
実の所は波陀羅の動きを気にしていたのである。
「私もそれは考えておったのですが、まず、波陀羅の企ては失敗するでしょう」
黒龍の守護の元。波陀羅の目論見がうまく行く訳は無いのである。
「が、それで双神が諦める訳はないでしょう?今度こそ双神が動き出すと思います」
「今度こそ・・・・正念場かの?」
「ええ、そうだと思います」
「どう、動いてくるか」
澄明が首を振るのは、澄明にも予測できないからである。
白銅は澄明をしっかり胸の中に包んだ。
「白銅」
振るえる声が白銅に縋って来ると
「護ろうぞ。かのとを政勝を、一穂様を、必ずや護ってみせようぞ」
白銅が声を大きくした。
この思い一つで何もかもが動いて来たのである。

伽羅に教わった屋敷を波陀羅は覗き込んでいたが、
人の出てくる気配にずいと下がると、
隠れる場所を探してそこから様子を窺っていた。
遅番になった事もあって政勝は
今朝はゆっくりと起きだすと登城の用意をし始め、
かのとに送られて門まで出て来たのである。
もう、二歳たとうかというのに相変わらず仲睦まじいのであるが、
夫婦の二人住まいである事に加え
まだ子のないせいでかのとも他に手を取られる事も無いので
政勝をゆっくり送ることも叶うのである。
「いってくるの」
政勝が言うと、その姿が小さくなるまで
かのとは門の脇で政勝を見送っていたのであるが、
波陀羅にとっては、かほどに都合の良い事はない。
食入るほどにかのとを見詰め
その姿を目に焼き付けたのはいうまでもない事である。
やがて波陀羅は、かのとの身に姿を映しかえると、
政勝の後を追って行った。
城に入りかける政勝に追いつくと
「だんなさま」
息せきった様子で声を掛けて来たかのとを政勝が振り返った。
「どうした?」
かのとが、こんな所まで追いかけて来たとは、
なんぞあったのかと心配そうに尋ねて来た。
「用事があって、そこまで来たのですが・・・。
一穂様が森羅山の方に行くのを見かけて」
かのとにそういわれただけで政勝の方がさああと、青褪めた。
「善嬉がおって・・・何をしておる」
迂闊にも一穂に目を盗まれて脱け出されたのに気がつかずにいるのだ
と、善嬉の失態を詰ると政勝は走り出して行った。
また、あの社に行ったに違いないと政勝は考えていた。
馬を揃えている間があらばよほど、走ったほうが早いと考えた政勝は
かのとに
「わしが行ってくるに、御前は善嬉を呼んで来てくれ。
あそこに居る門番に政勝が妻じゃと言えば動いてくるるから、頼むぞ」
言い捨てて走り去ったのである。
波陀羅は、はいと答えておいて、政勝が走り去っるを見つめながら、
一穂が森羅山に行ったというだけで
かくも見事に波陀羅の計りに罹ったことにほくそえむと
善嬉なぞと、いう邪魔者を呼び付ける訳もなく
そのまま、何事もなかったかのように森羅山に向って行ったのである。

政勝は森羅山の社を目指していた。
その後ろを波陀羅が追い掛けていたのであるが、
女の足でこうも早く追いつくと
己の正体を危ぶまれると政勝に近寄る間合いを計り様子を窺っていた。
社の近くまで来ると政勝は足を止めて何事かを念じている様であった。
政勝はこの間、思念を降られた事に流石に恐れを擁いていたのであるが
黒龍の守護を知ってから東天に向かっての朝夜の礼は欠かさなかったのである。
その黒龍に向かって政勝は今一度この場にきて、
心の内で守護を念じ奉っていたのである。
念じ終わると政勝は社の中に入って行った。
「一穂さま・・・・・?」
が、そこには一穂の姿があるわけがないのである。
ここでないのか!?と、思いながら政勝が社の中を見渡せば
奥の方に扉が見える。
「ここか?」
其処に入れば若い男が独り座っているだけであった。
「何方ですか?」
社の中に入りこんだ政勝の姿に訝し気に若者は尋ねてきた。
「ああ。いや。ここに、十二、三の男の子はこなかったかの?」
「いいえ。見掛けておりませぬが・・・」
「おかしい」
政勝は勝手に上がりこんだ非礼を詫びるとともに
妙に不釣合いな若者の姿に懸念を擁きながらも社の外に出ようとした。
と、そこにかのとが飛び込んできたのである。
「や!?かのと!善嬉はどうした?御前もこのような所にきては・・・」
政勝は驚声を上げていたが、
かのとが政勝を覗き込み、
何かいう言葉が政勝の耳の中で遠くで聞こえるように霞み、
再び政勝の思念がどこかに遠のいて行く様であった。
無論、政勝の思念を降っているのは双神のかたわれであり、
双神の謀が今、まさに始まろうとしているのであった。
「波陀羅。そのままの姿でその男を擁いてやるがよいわ」
波陀羅の思念を操るなみづちも、
政勝の思う人である、かのとであらば
よもや、意識を取戻す事はないと踏んでいるのである。
かのとの姿に欲情をそそり出させておいて、
無我夢中にかのとを崩じている隙に
奥に居る一樹を呼んで一樹との交わいをも、させしめ、
政勝に双神二人でマントラを唱え口伝させれば後の事は成ったも同然の事である。

が、政勝の中で黒龍の一喝が放たれていたのである。
「謀れるな。政勝!それはかのとでない!」
頭の中の割れんばかりの大きな声に政勝が意識を取戻して行くと、
かのとが政勝の首に手を絡め体を寄せ付けてはいるのが判った。
「かのと?」
「だんな様」
このような時にかのとは政勝様と呼ぶ事が多い。
頭の中に響いた事を確かめるためしが政勝にふと浮かんだ。
「かのと。昨日渡した物。何処に片付けておいてくれたかの?」
波陀羅も思念を振られているままである。
政勝が正気を取戻したと気がつくわけもなく
「ああ。床の間のたなの・・・」
話しだけはあわせていたのである。
それで、政勝の方もはっきりとわかったのである。
昨日に政勝はかのとに何も預けておきもしておらぬし、
それを片付けておくわけもない事である。
どっと、かのとを突き放すと
「何者!?正体を現わせ!」
政勝が刀を抜き上げ様とした途端、
政勝の体を突き飛ばす衝撃が走りもんどりを打って転んだ。
慌てて政勝が置きあがると、
何時の間にか社の外におり、
そして、そこに社がないのを初めて政勝は目にしたのである。
「な、なんと?」
やっと、政勝は双神が狙っているのは自分だと思い当たっていた。
澄明のいう貴方が危ないという事は、
自分がかのとや一穂様に、なにかしでかすという事でなく
自分自身に双神の手が降りかかってきているのだと思うと、
政勝はすっての所を守護してくれた黒龍にまずは礼を述べると、
一穂様の事はさてはちゃんと善嬉が護っていてくれるのだと、
それを確かめる為にまずは登城しようか、
かのとのことも気になる事でもあり迷っていると
「大馬鹿者。かのとと女鬼が事の区別も就かぬような奴がかのとを護れるものか。
わしが見ておるにかのとは無事でおるわ」
黒龍の腹立たしげな言葉が聞こえて来た。
言われた事は政勝には情けない事であったが、
かのとが無事であるならばそれで良い事である。
更に政勝は黒龍への礼を重ねるとかのとへの守護を重ねて祈りながら
城へ走って行ったのである。

政勝を社の外に放り出し、政勝の目の前から社の存在を掻き消してしまうと、
双神はもう次の手立てを考えならなければならなくなっていた。
今一歩の所の失敗に社の中では
腹立ちを押さえ切れず怒鳴り声を上げているいなづちがいた。
そのいなづちを見ながらなみづちも腕を組んで考え込んでいたのである。
「波陀羅。わしは御前の化身振り見事であったと思うておる」
なみづちが考え込みながら出した言葉にいなづちが食って掛った。
「ならば、何故、政勝が気がつく?何故じゃ?有得ぬ」
「ふ、よほど馴染んでおると、思わぬか?
波陀羅が化身した女子の肌では、かのとでないと気が付かれたのでないか?」
その言葉を波陀羅に振り向けて、なみづちが云わんとする意味合いは
織絵の身体を乗っ取り生き越して来た当の波陀羅が一番良く、判っていたのである。
つまり、移し身でなく、
かのとを殺して、その身体に入り込まぬ限り政勝を牛耳られないと
なぞをかけているのである。
波陀羅も無駄とわかると、かのとの姿より自分の姿に戻った。
その時
ざわざわと聞こえる声に奥の間からやっと一樹も顔を出して来ると、
先の男はなんでしたか?と尋ねるより先に
波陀羅の姿に気が付き、
はっとした顔をして頬を染めたのである。
その様子を目の端に留めながら
なみづちは波陀羅を送出すと、いなづちに向かって声をかけた。
「慌てずとも、まだ、それがおろう」
波陀羅を見た時の一樹の様子に
確かにまだまだこやつが寄せる波陀羅の情からのシャクテイでも
十分餓えは満たせるといなづちは思いながらも
「だが、あの男からのもの。魅了されるわ・・・・」
「無論。手に入れる。だから波陀羅をだしたに」
「何を考えおる?」
声を潜め、もそもそと双神は何おかを話し始めていたが
一樹を向き直ると
「この度の用事が終えたらの、
比佐乃がこちらにきておるに。
波陀羅が何ぞしてくれて、家を借りてこちらで産を成す様にしたようじゃ。
仲ようにすまえばよいわ」
と、言うのである。
「え?ああ?あの方が?」
「どうしたのか、わし等にもよう、判らぬ。
比佐乃と波陀羅をみて判った事だけいうてやっておるに
礼は波陀羅に言うがいいわ」
「本に母親の様に優しい女子じゃ。・・・・のう?」
一樹にはいなづちが事実をいっているとは判る訳もない。
言葉どおりの意味合いに一樹は素直に頷いていたのである。
「礼をいかにもってするか・・・か」
なみづちがあはははと笑い
「いっそ、一緒に暮らせば良いが。
比佐乃も産を控え手伝いの女子が居れば心強かろう?」
「あ・・・そんな事は」
波陀羅との房事があれば、
流石に、比佐乃と同じ屋根の下という訳にはいかない事である。
が、何処かで心を移した女子と一緒に入れるも悪くないという響きがある。
苦笑しながらなみづちは
「黙って居れば良いわ。うまくやればよい」
と、男心の好いたらしさを許受するように言うのである。
「はあ」
当惑しながらも、一樹も何処か心が浮き立つ。
良い兆候だと言わんばかりに双神が和んだ顔で
「その用事。比佐乃の元でも良し。
どうも、ここではできぬようになってきおったようじゃからの。
まあ、その時になってみねば、判らぬ事であればもう少しここにおってくれの」
双神は一樹に云うと考え込み出した。
波陀羅が再び政勝を引っ張り出して来たとしても、
この社に連れ込もうとしただけで流石に気取ってしまうであろう。
波陀羅がかのとの身体を奪い、そのまま政勝と肌身を重ねる時、
その場所に双神諸共一樹を連れ運べば良い事である。
政勝の思念を降って後の事より
かのとすり替わった波陀羅との睦事で生じる隙の狭間から
政勝の思念を降るほうがよほど容易い事なのは、
一穂の目覚めの為に政勝の思念をふった時で
双神にも良く判っている事なのである。
「腹が減って折るだろう!?そこに用意しておいてあるから、食べるが良かろう」
双神自らの接待に一樹の方は勿体無いと頭を垂れていた。
が、今度こそ、事の成就がかなうと思惑する双神は、
大切な鍵を握る一樹には殊更優しく接しているだけであった。

双神の社を飛び出していった波陀羅の胸中に様々な思いが沸いていた。
かのとへの化身だけでは気が付かれる
と、いう双神の言葉の裏は、
政勝という男の妻の体を乗っ取れという事であり、
それは即ち、かのとを殺しても構わないという事である。
政勝という男を独鈷の代わりにするという事は
波陀羅が織絵と陽道の時の様に
かのとの身体の中に住まえという事である。
また、それは双神はかのとからのシャクテイを諦めても
かのとに寄せる政勝の思いが欲しいという事になってくるのである。
が、そうまでして欲しい政勝という男への双神の執着を思えばこそ、
一樹と比佐乃の解放と救い。
そして、こうなってしまったら叶う事ではなくなったが、
波陀羅の事さえ解放する気であった事に得心するものがあった。
が、そこまであの男に双神が拘るという事が、波陀羅には不思議な気がしていた。
どこといって変哲のない男にしか見えないのである。
が、確かにひどく濃い生命力を波陀羅も感じるのではある。
『それにしても、何故気取られたりしたのだろう?』
織絵として住まい込んだ、二十年近い歳月の中、
親とて気がつかなかった波陀羅のけわいであったのである。
『双神の言うように肌身で判るほど我はあの男に触れてもおらなんだ。
それに、それで気がついたのなら、
何故、あの様に確かめる言葉をいわねばならなんだ?』
陰陽師澄明の名がふと浮んだのであるが
澄明の縁の在る者でもない限り守りが着いているのもおかしな事であり、
第一そうであればあの伽羅が黙って見過ごす訳もないとに思えた。
『何ぞある』
波陀羅がそう考えた時、
一刻も早くかのとの身体を乗っ取っておかねばならないと考えさせられたのである。
双神の望みを叶えるのは後の事にするとしても
政勝が今日の事を案じて陰陽師にでも頼みこんで
かのとの守護が入ったら近づくさえ、むつかしくなる。
当の政勝は城勤めの哀しさ、慌てて城に戻って行った様であり
今ならなにも知らぬかのとが家に一人でいる。
政勝が城に入り一穂の姿を見届けて胸を撫で下ろし
善嬉とやらに何ぞ言おうとするだろうより先に波陀羅の決意を実行するしかない。
双神が思うより、早い内に行動を起こすぐらいの波陀羅であれば
波陀羅の行動を阻止できる者もなく
澄明の方も、双神の張った反古界に守られている波陀羅の意識を掴む事も出来ず
波陀羅が何処にいるのかさえ掴めないのである。
澄明にできる事といえば政勝を読んで見る事しかなかったが、
政勝を引き込む事に失敗した波陀羅がどうするかについては、
澄明も推測して行くしかない。

 鏑木の部屋に、じっと座りこんだ澄明の傍で、白銅も座りこんでいた。
思念をいつにして心の中を胸の中を頭の中を一端真っ白にしてしまう。
その真っ白の世界からぽこりと水が沸きあがるように一つの答えが沸いてくるのを
澄明は待っていた。
波陀羅だったらどうする。
この思いを敷きこんだ上に
それを一端無に返す作業はどんなにか簡単な事でないのである。
混沌の中に落ちこんで行き、
無の世界に入り込もうとしている澄明と白銅の姿に気がつくと、
正眼は八葉に静かにするように言う。
「御手前を披露する所ではないようだぞ。先に食べよう」
と、言うしかなかった。
「ひのえは、また無茶をしておるのでしょう?食べねば身体ももつまいに」
八葉がしんみりと答えると
「だんな様が嬢さまに陰陽事なんぞ教えたばかりに」
「教えておらなんだら、今頃は白峰の物じゃったろう?」
八葉は微かに頷いていた。
故にこそ八葉にとっても白銅の存在は有難く
口ではすっぱいことを言いながらも自然と白銅への歓待を込められた朝食は
「なんじゃあ?えらく、朝からご馳走ではないか?」
小さな声で言った正眼にとっても、
八葉が白銅の事をひのえを託すに足る相手として
気にいっている様子は喜ばしい事であった。

天空界では黒龍の憤怒が納まらないままであったが。
「な、なん・・じやあ?」
うとうと、黒龍の傍らで遅寝を決めこんでいた八代神は、
またもやの黒龍の叫び声に目を覚まさせられていた。
「あの、女鬼。あろう事か、かのとに化身しおった」
忌々しそうに黒龍が言う。
「か、かのとに・・・なんでまた?」
「政勝を牛耳る気じゃったのじゃろう」
「はあーーーん」
「八代。もう、みぬ振りをするな。もう、許せんわ。あの女鬼が魂を握り潰してしまえ」
「ほ?ほおお?」
魂を差配する神であれば、出来ぬ事でない事を黒龍は怒りの余りに口に出していた。
「人を呪わば穴一つと言うぞ。短慮はいかん」
「かのとが殺されてもか?」
「そこまで女鬼が切羽詰まったは、御前が二人を守護するからじゃろうが?」
八代神の言い分に黒龍が
「黙って、二人を双神の贄に渡せば良かったと言うのか?」
黒龍はいきり立ち八代神を睨み付けた。
「人の世の事に我等が手を下すは、本来は間違いじゃ」
「な、ならば。きのえの魂を何故に二つに分けた」
「笑止な。御前等の争いが常軌を逸し
罪なき物達まで巻き込んだのを、
きのえの父が泣く泣く、娘を分たせたのだろうが?
御前が諦めれば良かった事じゃろう?」
「わしが?」
「千年の願をかけてもきのえの分ち身を欲した白峰になら譲れたであろう?」
「そ、それを言いとうて、御前、白峰の願を受けてみせたのか?」
「罪なき者を巻き込んだ白峰の思い。
千年も持たぬほどの思いできのえが魂を分かたてさせておったなら、
わしが、白峰を握り潰してやろうとおもっておった」
「・・・・・」
「わしはお前の言う通り魂を差配する神じゃ。
この世に人が生まるる時にもわしが魂を入れてやる。
が、の、どの魂をいれるかは、わしが決めるんじゃない。
そのものの思い。親の思い。
その血に溶け込んだ親、先祖伝来から沸かされてきた思いの質が
その入れ物にあう魂を求めてくるのを見定めて魂を選び取って容れてゆくんじゃ」
「血に流れ込む思い?」
「きのえの父の我が身の無念を抑え、人の為に
可愛い娘の魂を分かたてさせたあの思いが、
正眼に転生し、かのと、ひのえを生まさしめた。
その親の血が、思いがひのえを突き動かすのであろう?
その思いが慈母観音をも動かしたのであろう?」
「・・・・・・」
「我助かれば良い。
かのとさえ助かれば良いと言う御前の思いは
あの女鬼となーんもかわらぬものでないか?
その、女鬼をたてという御前は自分が中の鬼はどうする?
白峰があれほどにひのえを恋いうるのはよう判る。
ひのえは、あの女鬼が事にさえ我が命投げ出しかけておった。
白峰の誠があらばこそじゃ。
白銅という男の誠がなかったらひのえもとうにおらなんだじゃろう」
「・・・・すまなんだ・・・」
「なに。わしは、只、御前に良き思いをもって欲しいだけじゃ。
わしにもいくらでも手立てはある。
が、誠の思いがなければわしは動けぬ。
魂を扱う者が情に流されて天の筋目を狂わせたら人の世は地獄になる」
「お・・・ぬしも・・・つらい?」
「当り前じゃろう?余程一思いに双神を握り潰してやりたいと思う事とてわしにもあるわ」
八代神が言う事をきいていた黒龍は
八代神が一体何をめどうにして、
こうも手を携えておれるのか不思議な心持がしてきていた。
「なんで・・・・双神を?」
尋ねかけた黒龍の顔付きが俄かに一変して凄まじい形相になったかと思うと
「いかぬ」
制止の大声を残すと八代神の前から姿が消え去った。
「なんじゃあ?忙しい男じゃのう」
話の途中に頓挫した黒龍の姿を追い求めて
地上を覗き込んだ八代神もあっと声を上げた。
「いかぬ」
黒龍と同じ事を言うと八代神も黒龍の辿りついた火中に身を投じる事になるのである。

じりじりと後退りをしていたかのとを押さえつけ
今、まさに波陀羅はその首を締上げていたのである。
そのかのとの傍に降り立った黒龍は念を身体の中に振り湧きたたせると
懇親の力を込めて波陀羅を突飛ばした。
「何者?」
波陀羅の双神への懇願を、
成就を、
邪魔する男が政勝でないのを見て取った波陀羅は大声で叫んだ。
が、波陀羅の焦りが相手が何者かを見定める事を忘れさせてしまい、
黒龍に挑みかかる事を恐れなくさせていた。
突然現われた相手が只者でないと判った時には、
男が波陀羅を捩じ伏せ、
その力で波陀羅の首を捩じ切ろうかとという程の力を込め出していた。
『潰える・・・・何もかもが潰えてしまう・・・・・』
波陀羅の意識が遠のいてゆこうとするその時、その手の力が緩んだ。
「阿呆。お前が、そうしたらいかんというたに」
真白き着物を纏った老爺が、男の手首を抑え付けると
あれほどの力を込めていた男がうっと一声うめくと
波陀羅の首から手を離したのである。
波陀羅はひゅ―という咽喉風を切る音と共に大きな息をすうと
身をかがませて激しく咳込み出していた。
「かのとを見てやらぬか?」
息をする微かなかのとの胸の動きを八代神は見定めていたが、
余りの恐ろしさにかのとは気を失っていた。
黒龍とて判っている事であるが、
波陀羅への憤怒が納まりきれぬまま波陀羅を見詰ていた。
「黒龍!」
老爺の細い身体の何処からそんな声が出るのかと思うほどの野太い声が
男を一喝すると、男も慌ててかのとに駈け寄って
かのとを抱かえるようにして覗き込んだ。
「大丈夫です」
そんな会話を波陀羅は
ひどく咽込み吐き戻しそうになるのを堪えながら小耳に挟んでいた。
「こ・・・く・・・りゅ・・・う?」
咽喉わを潰されたのか、波陀羅の声もしゃがれていた。
しゃがれた声の波陀羅もこうなっては仕方がないと思ったのか、
命を取られる事は無いという事が見えたのか、
逃げようとせずにその場に蹲った。
「波陀羅。お前が手にかけようとしたものが誰かわかっておるのか?」
老爺が波陀羅の名を知っている事も不思議な事であった。
が、老爺のいう内容に波陀羅は首を傾げた。
「かのとはの、澄明が妹御じゃ」
あっという顔をした波陀羅である。
が、そのまま老爺に尋ねる眼差しで
かのとを抱かえている男を指さした。
「あの・・お・・と・・・こ?」
「龍神を知らぬか?色々縁は深い事になるがの。まあ、政勝の親神様じゃの」
波陀羅が勝てぬわけである。
それが政勝を守護していたのだなと波陀羅も
ようやく政勝を計りに懸け切れなかった訳を知ると
「あ・・な・・・たは・・・?」
「ふうん。人は八代神ともいうが、
時に地獄におりて魂をさにわする事もあるかな。
これは内緒だぞ」
「え、んま・・・」
「しいい…そう言う呼ばれ方はわしは好かぬ」
「何故?八代神程の方が姿を下らせる?」
「三つ。理由があるの。
一つは天神が暴挙を諌めにきた。
一つはひのえが命を懸けてまで救うてやりたいと思うた、御前を
むざむざ死なせる訳にはいかぬ」
「ひ・・・のえ?」
「澄明の女子名じゃよ」
頭を垂れる波陀羅はまだ苦しい息を整えるのさえ辛げに息を吐いていたが
「三つめは?」
「波陀羅。わしが御前の身体に魂をいれ込んでやったそも、元親のようなものじゃ。
御前の心をわしはようにみておった」
「元親さま?」
「御前が心の誠を見せて貰いとうてな。わしとて、救いてやりたい。
なれど、誠の一つもなければ救うてやれぬ。
のう、波陀羅おまえ伽羅から「因縁通り越す」という事をきいたであろう?」
「澄明が言うていた・・・と」
「うむ。波陀羅。地獄に落ちるは己一人ですむやもしれぬ事よのう?
己がした事が己に返って来る。
そう意味では大罪などあるいは多寡がしれた事やもしれぬ」
「はい?」
「じゃがのう、因縁というものが一番・・・・恐ろしい」
「・・・・・」
「因縁にも良い因縁、悪い因縁がある。
因縁因縁というが、ようは人の生き様、人の思い方、
其れが因縁のそもそもなのじゃがの」
「我は・・・・」
「言わぬでよい。わしは御前にそれを明かすに。
御前は、其れを黙って通るしかない。
其れを通る事は、地獄に落ちるより苦しい事になる」
「・・・・・」
八代神は首を振った。
「可哀相な事じゃが、澄明をもってしても、その因縁通り越す事はできぬ。
因縁を繰り返さぬでおこうと決めたなら、
我が子の屍をだいて因縁どおりじゃと大喜びするしかない。
悲しみの淵にたてば、せっかくに因縁通ったを恨む事かと言う者がおる。
それでは通り越す事にならんのじゃ。
通り越せるまで因縁は繰返される」
「屍と言うたな?」
「おおさ。御前が比佐乃を守る因縁をつくった故に、
比佐乃は子を守る因縁継いでおる。
これは御前が作った良い因縁じゃ」
「・・・・・」
「波陀羅。落ちついてきけよ。
御前の作った因縁は繰返される。
御前が作った悪い因縁は良人とも思うものを殺す。
この因縁を比佐乃が継いでおる。
間違いなく一樹は比佐乃に殺さるる。
これをお前が恨んだら比佐乃の子がまたも同じ事繰返す。
人を呪わば、穴一つというは、この事ぞ。
御前の因縁通るのを恨めば己の因縁の穴が掘り下げられるだけじゃ」
「ひ・・・比佐乃が?一樹を?」
「比佐乃には一樹がとっくに鬼に身体を取られおったのじゃというてでも、
その事をようやったというてやるしかあるまいの」
「一樹は・・・・?」
「あれの死ぬる時に、そのはざまを逃さず腐った魂の中に
僅かでも残っている誠の欠片があらば、
それを掴んで天に放り投げてやろう。さすれば・・・転生じゃ」
「地獄に落ちぬと?」
「なれど、因縁は大きいぞ」
「え?」
「比佐乃はこの世に生きておらば、先の方法で因縁を変転できる。
なれど一樹はそうもいかぬ。因縁を抱かえたまま死ぬる。
そうじゃの。例えて言えば、来世は、蟷螂の雄。
喜んで雌にくらわれれば・・・・良いがの?」
「それが・・・・我が作った因縁か?この我が・・・・」
「波陀羅。双神より憎む者が己であると知る事ほど、
己が子を屍にする因縁を作った本人であると知る事ほどの・・・地獄はない。
波陀羅。今ここがおまえの地獄じゃ・・」
表情一つ崩さぬまま八代神は話し終わった。
確かに八代神は閻魔であると波陀羅は思った。
地獄に落ちるばかりが地獄でない事を知らし召され、
八代神の地獄の裁き、さにわを波陀羅は生きながらにして受けたのであった。

かのとが目覚るまで、見届けるという黒龍を捨て置くと
八代神は波陀羅の手を引いて外に歩みだした。
「やれやれ・・・朝から仏様を拝まんですんだ」
庭先に出ると八代神は波陀羅を振り返った。
「八代神。我はこの先どうすればよい?」
「そうじゃの。伽羅にも言われておったろう?
比佐乃に母親の思いを伝うる者はお前しかおるまい?」
「双神が所にいっても、比佐乃の、一樹の、魂はもう、元には戻らんのか?」
「一樹はどの道死ぬる。魂を元に戻したとて因縁は消えぬ」
「比佐乃は・・・・」
「これ以上、双神の贄にされぬように伽羅の言うたように澄明を頼ってみぬか?」
波陀羅は何度か言われる内に不思議な事に気がついていた。
「何故に伽羅の言うた事をしっておる?」
「いうたろう?元親じゃ。御前の反古界なぞ親の前では役に立たん」
「な、ならば?あの、双神に魂をいれたのも貴方だという事に・・・」
「いや、あれらは、元はそうじゃがの。
ある事があって魂がしゃかれて、別区だての者が出来上がってしもうておる。
わしでは救うてやれん。
波陀羅・・・。笑うがいい。わしはあれらが憐れで憐れでならん。
お前らを不幸に付き陥れなければ生き越す事ができん。
こんな憐れな生き様は無い。其れ故に、わしは救うてやりたい」
「我の方がなんぼか幸せじゃと?」
「お前には子が居る。やがて婆になる。
無垢な魂を汚さぬ様に守ってやれる幸があろう?」
「そう・・・じゃな」
「わしはの、澄明を宛てにしておる。
あれなら、双神を救い出せるのではないかとついぞ、思うてしまう。
不思議な女子じゃに。
ほ、要らぬ事をくちばしってしもうた」
頭をくるくると撫でると
「成るに任せるしかない。本来は、我等はそれだけしかない」
呟く声が残ると八代神の姿はもう、波陀羅の前に無かった。
双神の元の正体を知っている八代神とて、救えぬと言う双神を
澄明なら救えるかもしれぬという言葉を波陀羅は頭の中で繰返していた。
其れはあるいは、双神を救えば
一樹と比佐乃の魂をも救えるという事を言おうとしていたのではないかと
波陀羅は考えていた。
政勝の屋敷を抜けると、
波陀羅は今一度双神の元に行く為に森羅山を目指していた。

白銅と澄明は、まだ黙したまま座っていた。
一切の外からの思念を阻んでいるのであれば
かのとに何があったか知る事もないのは無理の無い事である。
やがて澄明の方が先に膝を崩しだした。
白銅の方はそれを待っていたかのように
「浮んだか?」
「白銅の方は?」
「わしは、どう言うわけか、主膳殿が浮かんで来て。・・・どうにも判らぬ」
「何か、あるのでしょう?
この事で髪揃えの儀式も先延ばしにしてあるし、
勢姫の事にしろ、主膳殿の子である一穂様が着け狙われたのも、
何か主膳殿に元があったのがきっかけなのかもしれない。
その折に政勝にも目を着けたというのが、順序かもしれませぬ」
「成るほどの。聞いてみて来るかの?で、お前は?」
「私の方は私が自分で言うた事が
言霊になってしまっているのではないかという事ばかり・・・」
「何を言った?」
白銅もひのえが言霊の発動を扱えきれぬまま、
時にひのえが意識しないまま言霊が動き出してしまっている事については
かのとからも聞かされてもいた。
「かのとに双神自ら動き出したら、黒龍の守護も宛てにならないかもしれぬと」
「なるほど。それなら良いではないか」
白銅の言葉に澄明が不安な声を上げた。
「え?」
「は?そうであろう。それは言いかえれば波陀羅がどう動こうとも
黒龍が必ずや守護せしめるという事でないか?」
「ああ。そうなります。でも」
澄明もほっと安心するようであったが、
双神自からが動く時こそ、恐ろしい事なのである。
「当てになるかもしれぬのでもあろう?」
澄明の不安を読み取る白銅が言霊の発動がどう規定されたかを確かめて来た。
「いっそ、当てに成るとなんで言えなかったのかと」
「ひのえ。それは無理じゃろう?
言霊と言うのは成りえる事を知らずに涌かされていうに」
「だからこそ、宛てになるといえなんだ事が不安なのです」
「ひのえ。言霊が成らぬ事を成らせる時もある」
「それは、我が思いに天が乗った時でしょう?
かのとを真に思うなら判らぬ事であっても当てになると
いうてしまえなんだ自分が口惜しい。
さすれば、かのとを護ろうという思いに天が載ったもしれぬに。
強情に灸を据えてやろうと思うて」
「それも、神量りの事じゃ。
己があるうちに言霊を差配させようという神量りじゃ。
御前本来の思いの中に神通しのものがある故
その思いを活かしたいが為
本来ならばまだ、我念の入る者が扱える域でないのに、
お前を言霊を使える域にたたせた神が、言霊の扱い方を教えようとしておるのだ」
「神?」
「朱雀。南の守護神ではないか?」
「黎明の白・・・・尊上の赤・・・・静寂の蒼・・・・思慮の黒・・・・」
なにおか呟く澄明の様子がおかしいと白銅は気がついた。
「ひのえ・・・・?」
澄明を呼んで見ると
「我が名を語るな。宿根が物申す」
と、言うのである。
「す?くね?」
「宿根神。八代神こそ阿吽の時神。
我は阿、吽の中を取仕切る。
神界の者死にきれず、まほろばの中に溶け込みて双をなす。
双神がさにわをこの女子に遣わさしめる」
「双神と?」
白銅の問いかけに答えるひのえはすでにもとのひのえにもどっていた。
「白銅・・・?何か?」
神が降り立った事をひのえは気がついていないのである。
この宿根神こそ、八代神が波陀羅に言った
「因縁を通ったを恨むかという者が居る」というその者であるが、
八代神が人の生死の時に魂を差配する神であれば、
この神はその人生を差配する神であるといってもよいだろう。
時に人はそれを運命と呼んだりする事も、
縁と言う呼び方で人の別れや出逢いが結ばれてゆく事も、
この神の差配による事でもある。
「あ・・・宿根神という神が今、御前の元に降立ったに」
「何ぞ?」
「神界の者、まほろばに入りて、双をなすと言っておった。
ああ・・・双神がさにわを司どれ・・・という理を出してきた」
それはあるいは、澄明が双神を殺してしまうという結末を迎えたとしても、
その法を選んだとしても澄明のさにわとして認め、
神を殺しても、神罰が降らぬだけでなく、双神をどう扱っても良いという事なのである。
「白銅が言うた神量りの神という事ですか?」
「多分・・・・」
白銅は俯いたひのえを自分の傍に寄せ付けると
「ひのえ。何があっても、御前が思いの通りにやって行けば良い。
神の思いに使われろと言いに来たのではない。わしはそう思う。
何よりもお前が、わしの機軸である事からはずれなければ御前の思いに狂いは無い」
「はい?」
「御前が御前を一番大事に思える事から外れたら、我が身を捨てる思いになる。
それが狂いじゃというておる」
「はい?」
「わしを見返る事を忘るるな。わしは、お前がおらなんだら、生きておらん」
「白銅それこそ・・・狂いでは無いですか?」
澄明が白銅の矛盾する言葉にくすりと笑っていたが、
「阿呆。わしが魂はもう、御前の魂と一つになっておるというておるのじゃろうが」
真顔で抜けぬけと言い切ると、白銅は
「主膳殿の所に行って来る。善嬉の方にも話しておかねばなるまい」
立ち上がっていった。
「ああ。白銅。八葉の朝餉を食べていかねば・・・後に障ります」
慌てて澄明が言うと
「ならば、一緒にたべにいこう。その後、なんなら一緒に城に上がるか?」
白銅も流石に一人で食べに行くのも、図々しく思えていた。
「もう少し・・・浮かばせて見たい事があります」
「ふむ。ならば、取合えず食べに行こう。わしも腹が減った」
子どものような人だと思いながら澄明は白銅を押すようにして、
居間に入って行くと、いそいそと八葉がくどに入り、
汁物を温め直してくるようなので
「てつのうてきます」
澄明もくどに入って行った。

食事を終え腹をはらした白銅を玄関先まで送出すと、
澄明は再び鏑木の部屋に入っていた。
澄明は座り込むと宿根神の言った事と白銅の言った事とを考えていた。
宿根神の言った双を成した天神とは誰の事なのかという事と、
どう言う経緯で双をなしたかという事であったが、
これは城に上がった白銅が主膳から聞かされる話で
当て所がついていく事になる。
さらに、澄明は白銅の言った
魂が一つになっているという言葉にひかかる物があった。
宿根神の言葉から双神が元一つの者であったと明かされてみると、
双神は例えて言えば澄明と白銅のように
魂を一つの物にする為に溶けあいたいと思うのではないか?
が、まほろばの中にというのであれば
彼等には実体がないのは確かな事である。
それであるのに御互いが睦み合う事が出来ず、
元一つになりたいという要求だけは止めど無く涌かされて行くのである。
生き越して行きたいと思わされる根源力が
白銅との睦み合いの中で生じてきた事を
澄明は自らの通り越しでよく判っているのである。
それは、只の性の交渉だけでは得られぬ
白銅の情による白銅の魂からの息吹を与えられたせいであろう。
双神が情の篭ったシャクテイを求める由縁はそこにあるのではないか?
彼等自身が元一つの者であるなら、
御互いのシャクテイで
お互いの魂の重なり合いの中を潤していたのではなかったのだろうか?
其れが双に分たたれ魂を重ねる事もできず、
シャクテイを得られぬ餓えの苦しさの余り、
他からのシャクテイで満たす事しかできなかった。
双神のやむを得ぬ行動をとめるには元の通り、
双神を、元一つの者に戻すしか方法がないのだろうが、
一体、どうやれば良いというのだろうか。
『さにわを許すとも言うた』
双神の実体さえ掴めていない者が一体、どうさにわにかければ良い?
それさえ判らぬ事なのに、さにわを許すという事は何を意味するのか?
澄明はつと立ちあがると、白峰を呼んだ。
「白峰。聞きたい事がある」
澄明に呼ばわれたのであれば、朱雀の守護の中に入る事も叶う事であり、
ゆるりと澄明の前に現われた。
「知っておったか?」
澄明の守護に入り、澄明の足下に入った白峰であれば
白峰の社に行かずとも澄明が呼びつける事が叶うという事でもある。
「知らぬ振りをしていたかったのですが、すぐ外におるのであらば、
社に行く時間が無駄になりましょう?」
「ま・まあの・・・」
守護にはいった白峰が天上におらず、澄明恋しさも手伝って
澄明の周りをうろついているのも、外聞が悪い事である。
それを図星にされ白峰は気まずそうに言葉を詰めた。
「気がついておりましたか?」
澄明が言うのは先に澄明自身に降り下った神がいるという事だった。
当然その神が降り立った気配を白峰も感じていた。
「あまり・・・・知らぬ神じゃったな」
白峰が知らぬのは無理ない事で、
宿根神は、人の生き様を他の神に介在されぬ為にも、
その居場所を天空界とは異なる所としていたのである。
「宿根神と聞きました」
澄明が言うと、白峰が
「げっ」
と、声を上げたのである。
「宿根が?何を言いに来た?」
「双神の事です。だが、いくつか判らない事があるのです」
白峰にも判らない事を聞いて見た所で仕方の無い事である。
澄明はさにわを許すという神の心を、
白峰なら量れるか、
あるいは故々、理を発するという事がどういう事であるのかを
尋ねてみたかったのである。
「何ゆえ、宿根神は私に双神のさにわを許すのか?」
「そ、そう言うたのか?」
白峰はじっと考え込んでいた。
白峰の頭の中に朧に浮かんだ事をそのまま、口に出しては
澄明が、気ずつなかろうと、
どう言えば良いか、あるいは判らぬと言うた方が良いかを考え込んでもいた。
「判りませぬか?白峰ならどんな時にさにわを許しますか?」
「ひのえ。お前の性分があろう?」
「どういう事ですか?」
「かりに白銅になら、政勝になら、宿根は理をいわぬまま、さにわを許すであろう。
御前だから、敢えて言うてきたのじゃろう」
白銅や政勝であれば即座に双神をついえる事を決断してしまえるのである。
そんな、人間にわざわざさにわを許すと伝える必要がない。
「そんな物言いでは、判りません」
「じゃろうな。例えば御前が一番しとうない事をせねばならぬとすれば、
わしとて先にそれが、御前の意志でなく
神の意志であるというておいてやりたいじゃろう」
「しとうない事?」
「わしも考えておった。
御前が、此度の事、どうやれば因縁通り越しできるかと考えておろう?」
澄明は心の底を読む白峰にはっとした顔を見せながら、
何故見透かす事が出来るのかを考えていた。
「ひのえ。わしも、同じじゃ。
波陀羅を読めぬおまえと同じ様に
塞ぎをしてくる御前を読めぬとならば
御前ならどう、考えるかを静慮するしかない。読んだ訳でない」
「・・・・・・」
「因縁を通り越させようという時に、どうにも、通り越せぬ因縁があるの?」
ひのえならどう考えるかという、初歩に戻って見た時に
ひのえなら因縁の通り越しを考えるだろうという所に辿りついていた。
その因縁を考えて見たら
この先の運命の流れはつらつら紐解く如くにみえだしてきたのである。
白峰が見定めた一樹たちの運命が白峰の考えたとおりだと澄明はおもった。
が、澄明はその事をそうだと認める言葉を発する事で、
今度こそそれが言霊になるのを避けていた。
「そんな事はありません」
白峰はその言葉の裏の澄明の思いが判ると、
「まあ良いわ。その因縁どう、繰り合わせても避けられぬ。
ならば死体がでるの?
その、死体を波陀羅が乗っ取るか?そこまでは、御前も浮ばされておろう?」
やはり、一樹が死ぬ。白峰の読みを無念そうに聞く澄明だった。
「は・・・白銅にも言わなんだのに」
敢えて、言霊をさけても、運命はやはり変わらぬという事である。
「頭で考える男でないからの、言うてもい言わんでも、同じじゃがの」
どうせいでも、その内白銅にも判る事を、
澄明が何故白銅に喋らなかったのか、喋れなかったのか。
只々、その無念な浮かびが、言霊になる事を恐れていたからであった。
「そ、それで」
澄明は先を促がした。
「これはわしが思う事ぞ」
澄明の心痛が痛く白峰も言霊の浚いをしておくと
「その内に波陀羅も政勝らの守護に黒龍がおるのに気がつこう。
波陀羅ではどうにもならぬと判ったら双神が自ら動くしかない。
実体のない双神であれば、
波陀羅に死人の中に住まう法を教える事が出来た双神ならば、
その死体どうする?」
「・・・・」
双神の一方が一樹の身体を奪い取り、政勝にちかづいてゆくことであろう。
「波陀羅は、身体を乗っ取った者の殺し方を知って居るわの?」
「・・・・・・・」
一樹を死なせ、あげく、双神の道具に使われるのである。
波陀羅は深い恨みと共に双神を撃とうとすることになろう。
それは、一樹の身体を乗っ取った双神にしかできないことである。
実体のない神が一樹の中に潜り込んだ時だけに出来ることである。
澄明も迂闊に死体が出る事を前提とした言葉に肯く訳には行かない。
否定すれば白峰の言葉が余計に具体的になってしまいそうで
黙って聞いている事しかできないのである。
「御前の事だ。容だけの者になっているといえども
波陀羅に子殺しの因縁作らせたくなかろう?」
澄明のおもいをさっして、白峰も死体が一樹であるという事を言明せずにいる。
が、白峰のいうとおりである。
容だけであっても因縁は生じる。
そして、澄明は双神をついえるしかない定めなのである。
どのみち、ついえるしかない双神を波陀羅にまかせ、
因縁を作らせることになるのなら、澄明が手を下す決心になろうというのである。
「すると、私が?」
波陀羅の恨みを諌め様としての事なのか?澄明の言葉に白峰は頷いた。
「双神に手を懸けざるを得なくなる。それが、双神へのさにわになる」
そう言う理を発さざるを得なかった、宿根神の澄明への思いはこうであったかと
思うほど、白峰をも刺貫いていた。
澄明は双神をも、救ってやりたいのだ。
だが、どうにもならない。
救ってやりたい本人がさにわにかけ命をとるしかない。
宿根神は諦めよというのだ。
それしか、法がない事を諭しに来たのだ。
そして、それを澄明の意志でなく、
宿根神の命で決行せざることであるとして、
澄明の悲痛をとりはらってやろうとしていたのである。
「あ・・・」
澄明は両手で顔を覆った。
覆った手の間から嗚咽が漏れた。
「私は、誰も何も救えぬまま・・・・双神を潰える。それが・・・・さにわですか?」
「そうだ」
話した以上、もう白峰も頭を振る事はしなかった。
「だから、巡り巡って、
あの波陀羅の呪詛の心の畳針が私の手元に来たという訳ですか?」
皮肉な運命の巡りを誰に言い募るわけでなく、
澄明の心の底から迸って来る苦しさを押さえる事ができず
吐出すかのように澄明はうめいた。
「そうやって、御前がもがくから宿根が現れずにおれなんだのじゃろう?」
本来、人事を差配する神であれば、
いさい私情が混じるのを疎んで、
他の神達とも凡そ交わる事も無いのである。
凡そ人の思念なぞに関わる事をせず
恐ろしい程の冷徹さで人の生き様を差配すると言われている。
その宿根神が心動かされて理を入れねばならぬほどの
澄明の思いの深さに
悲しみの深さに白峰は頭を垂れるしかなかった。

城へ上がった白銅は待たされる事もなく主膳の前に額ずいていた。
それも道理でいい加減、まだか、まだかと尋ねても、
「まだです」の一言で済ますと、
後は何も言わぬ善嬉に拉致が開かぬと
澄明を呼び正そうかと考えていた所に折りよく白銅が現れたのである。
「一体、どうなっておる?髪揃えの儀式は運気が悪い!?
一体、何時まで運気が悪い?」
じりじりと先延ばしにされて行くのは、まだしも
禊なぞと称して善嬉が一穂にへばりつかねばならぬほど運気が悪いと言う。
陰陽師四人も揃っていての事であれば、悪気を祓えぬわけもない。
白銅がどう切り出そうか考えるより先に
主膳の方が、府に落ちぬ事として問質して来たのを、もっけの幸いとして、
「実は・・・梃子摺っております」
主膳の次の言葉を引き出すために勿体をつけた回りくどい言い方をすると、
案の定
「な、なんぞあったのか?何に梃子摺っておる」
主膳は白銅のかけた鎌に乗って来たのである。
「実は森羅山の中に社が現れまして・・・・」
「やしろ?」
「その中に住まう、邪神に梃子摺っております」
「な!?何者なのじゃ!?それが何をした?悪気というのはその事か!?
か、一穂に害を及ぼすと言うのか?」
「主膳様は御察しが良い」
こんな事を察した所で余計に不穏な気配がして厭な気がするだけである。
「何に、梃子摺っておるという?」
心許無げに聞いて来るのは、
以前に悪童丸の妖術でおこりを起こし動けなくなった事がある主膳だからこそである。
「双神の正体は掴めぬ。社の実体も無い。何者かも判らずば、手の下し様がない。
このような調子で・・・・」
「そ、それが、また、何故、一穂を?」
「それを、主膳様に心当たりがないかと?
親の因果とは言いませんが、実は主膳様になんぞ在らせられた事はないかと、
まずは糸を手繰る思いでご心労になる事とは思いましたが上がって参りました」
腰を低くしてもの申す白銅を見ていた主膳の顎を撫ぜる手がふと止まった。
「森羅山というたの?北東の方?か」
「仰せの通りで御座いますが。何か?思い当たられる事でもおありですか?」
「ふうむ・・・。あれかのおお」
こんな調子で始まった主膳の話である。
主膳の若かりし頃、今は亡き妻であるかなえを娶る前の話である。
伊勢の父の元の姫君であったかなえであるが、
そのかなえ恋しさに都度都度伊勢に参られた主膳であった。
姫君に会うには色々な口実が必要でもあり、
また将を射んと欲すれば馬を欲っすの喩えそのままではないが、
姫君の父に目を止めて貰いたくもある主膳は、
弓の名手で知られる姫の父君の気を引く為にも
多少なりとも弓の事に精通しておきたく、
まずは弓矢の腕に磨きをかけ始めたのである。
そんな様子を人に見られたくもなく、
主膳の弓の稽古場所に
自然人目のつかない森羅山を選んだのである。
主膳が稽古場所に選んだのは
森羅山の北東の椎の木より向こうにある窪地で、
その窪地が僅かに傾斜する山の上昇線に
一端、胸の高さくらいで双に分れた幹が上部で一つに繋がった榛の木があった。
双に分れた所に丁度、拳二つを横に並べた隙間が上下に二尺くらい開いていた。
主膳はその隙間に弓を潜らす事をめどうにして榛の木を的に選んだのである。
が、主膳が弓の稽古をするのも束の間、
その榛の木に落雷があり、
榛の木は見事に真二つに避けきな臭い煙を上げて、
その姿を変え果てたのである。
「ところがの、その落雷が落ちる前にわしは夢に魘されていたのじゃ」
と、主膳の話は続いた。
主膳の枕元に緑色が淀んだ色をさした着物を羽織った者が現れ、
哀しそうな目で主膳を見詰めると
主膳に向かって拝む様に手を合わせたのである。
その緑色の着物の袖が所々裂けた様に見えるので、主膳は目を凝らして見た。
裂け目はどうやら矢が貫通した勢いで裂けたとみえる穴が空いており、
着物を通したその矢も主膳の矢であった事は間違いなく、
その証拠に着物の穴に黒く染められた矢羽を飾った雄鷹の羽が絡みついていた。
これは榛の木の精霊に間違いが無い。
榛の木がこの雨でいっそうに矢傷に苦しんでいるのだなと気がつくと、
主膳も榛の木を的にするのは止め、
明日にでも膠を持って行って
榛の木の矢傷を埋めてやることにしょうと決めていたのである。
その、榛の木が痛みにうめき、
雷神の役にも立たぬ雷鳴を上げ小躍りする様にいらつくあまり
雷神に向って毒のある言葉を投げかけてしまったのである。
その役にも立たぬ事に阿呆の様に小躍りするのは恥ずかしくないかと言う
榛の木の言葉は、雷神の痛い所を突いていたのである。
何処かで、役にも立たぬ雷鳴を上げる事に喜び勇んでいる
己への劣等意識があったか、
雷神はやにわに榛の木にいかづちを食らわせたのであるが、
榛の木は断末魔の声を上げるその瞬間に雷神の姿を捕まえ、
雷神はいかづちと共に姿を消し去ったのである。
無論、こんな経緯を主膳は知る良しもない。
「朝になって、斑の木の元に行ってみたのだが、
あったのは・・・落雷にやられ焼け焦げた
無残なはんの木だった」
と、主膳は言った。
「それが?」
「うむ。それがの。その夢に出てきた精霊と言うのが、どう言うていいのか。
二人居ったと言うていいか。
一つの身体であったのであるがの、
二人が一緒くたになって出来上がっていると言うていいか。
双神というたが見た事はあるのか?
わしは、その双神というのが榛の木を失のうて
行き場を無くしたその精霊のような気がしての」
「なるほど」
宿根神のいう事と符合する物があったのである。
白銅は改めて髪揃えの儀式の延期を申述べると
流石に主膳も自分が元で、容易ならざる事態を生んでいるとしると
「神様事はわしではどうにもならぬ。宜しく頼む」
事の解決に向かう様に頭を下げたのである。

白銅は城を出ると、澄明の元に急いだ。
主膳から聞かされた話しで双神の正体が榛の木の精霊であると確信したからである。
雷神のいかづちにより榛の木を裂かれたときに精霊も同時に裂かれたのであろう。
この世に体を宿す場所を失った双神は
おそらく雷神の雷による空間の淀みに飛び込んでしまったのであろう。
その狭間に何故自由に出入りできるのか。
それは、そのまま姿を消した雷神と関係のある事かもしれない。
雷神のもつ、いかずちの力を利用しているのかもしれない。
が、そんな事より、双神が二つに分かれた理由が判ったのなら
双神を元一つに戻してやれるかもしれない。
二つに分かれた事でシャクテイが必要になってしまっているのなら、
元に戻せばシャクテイを吸う必要がなくなる。
澄明の元に帰り付くと、白銅は主膳から聞かされた事を話した。
「そうですか」
が、澄明の顔色は暗い。
「どうした?」
「あ、いえ。せっかく双神を救う手立てが見つかったというものの、
一体どうやって元に戻してやればよいか」
元に戻れるのなら双神とて、とっくに戻っていよう。
戻る方法もなく、生き長らえる為に餓えを満たして来た双神なのである。
だが運命は、刻一刻と双神の潰える時に向かって動きだしている。
神の望むさにわが双神の一方を
一樹の身体の中に閉じ込める事であると、澄明も悟っている。
閉じ込められた双神がシャクテイを吸う事も叶わず餓えて死に行くのを待つだけである。もう片一方の双神は、その片割れの死に行く様を、
もがき苦しみながら見ているしかない。
己達が仕出かしていた事の酷さを返される事が
果たして双神にとってのさにわなのであろうか!?
せめても罪を悔いる気持ち、
罪を購う気持ちにならずに、
与えられた結末に苦しむ事が果たしてさにわと言えることだろうか? 
澄明はそこを考えると、双神こそ救われねばならぬと思うのである。
哀しい結末の果てを双神が恨む心でしか、
憎む心でしか受けとめられない事であろう。
それで、さにわというか?
有り得ない。
心が澄みきる事無くして本当の救いは無い。
本当の救いを与えられないさにわなぞ・・・・・さにわでない。
「なにを考えおる」
白銅が覗き込んで来ると、
「私には因縁の変転ができない。
因縁の通り越しの方法が無いかと考えていたけれど、
どう、考えても一樹を救えない」
「どういう事だ?」
「双神は、
因縁の末に命を落す事になる一樹の身体を乗っ取る。
それが人の情愛を乗っ取ってきた双神の因縁を結ばせる事になるとも知らずに」
「さにわの事か?」
澄明は頷いた。
「比佐乃の因縁はわしも考えておった。
一樹のことは口に出したら、尚の事、理になりそうでいわなんだが、
避けられる事とは思えない。
因縁通り越すというても一樹にはあとがない。
何ぞ、大きな良き因縁を残させてやれぬかと思うてみたりもした」
白銅も判っていた事であった。
が、やはり澄明と同じ様に口に出せば理になるのを畏れていたのである。
が、その事をなる事として口に出した澄明は
もはや、一樹の定めの変転はできぬと考えたという事である。
「同じ死ぬのなら、その死で、何かの役に立つ事ができれば、
子に残る因縁もかえてゆけるのではないかと考えるようになってきたのです」
「一樹の身体を双神の宿り場所にしてやるというのは?
双神も元に戻れるのではないか?
其れに一樹が其れこそ憎むべき筋の者を助けるという事は、
引いては比佐乃の因縁をも許すという事になり、通り越しになるのではないか?
変転できよう?」
澄明はそれも考えた。
「双神にそれができるのなら、とっくに、そうしているとは、思いませんか?」
「確かにの」
はああと、深いため息をつく白銅であった。

波陀羅が帰ってきたのでいなづちは扉を開いた。
中に入ってきた波陀羅に
「どうした?誰が邪魔をしに来た?あやつら何者なのじゃ?」
いなづちが聞くので、波陀羅波は不思議な顔をした。
「お判りになっておったのでないのですか?」
「何ぞ誰かがおったのは知っておる。が、我等は同門の者同士の間の事しか読めぬ」
双神が根を張ったもの同士の事だけが判ると聞くと、
波陀羅は己らが地中深き穴の中の蟻に感じられた。
同じ蟻の巣の中にいる蟻達の事は判るが
その蟻が外に出てしてきた事は判らないと聞こえた。
「黒龍と言いました。八代神と言いました」
「な?」
奥の部屋に一樹を残しておいて、なみづちがやってきた。
やはり波陀羅の失敗は知っていた。
「何者じゃという?」
なみづちの問いに
「黒龍と、八代神というのだ」
「なに?」
波陀羅を振り返ると
「何故?そのような者が現れる?」
「黒龍は、政勝の親神さま。八代神は・・・・」
波陀羅は少し考えて
「八代神は黒龍の暴挙を止めに来たと」
「ふううん」
いなづちは波陀羅の言葉に頷いていた。
「成るほどのお」
政勝という男の生命力の強さも、
精の強さの並外れている事にも、得心が行くのであった。
「黒龍が政勝を守護していたという訳か」
「ですから、政勝の事を、付け狙わば、何れには、黒龍との争いになって行く事と」
なみづちは不思議な顔で波陀羅を見た。
「それを、故々、我等に教えにきたのか?」
「政勝が事が、駄目であるなら一樹が事も比佐乃が事もどうにもならぬ事ですか?」
波陀羅の思惑はそこにある。
八代神はああいったが、それでも、どうにかならぬかと思うのである。
一樹を殺す因縁を継いでいる比佐乃であると言われてみた事を、
逆に考えてみれば比佐乃の元に一樹がおるという事でもある。
それは何らかの法があって
政勝の事が解決して双神の元から、
一樹が解き放たれたという事ではないのだろうか?
そう考え詰めると、あるいは、一樹の因縁事は諦めるとしても、
比佐乃の魂の有り様だけでも、なんとか救うてやりたい波陀羅なのである。
「御前。もう一人。八代神という奴と長い間話しておったようだが、何を言われた?」
八代神のいった「憐れな双神」という言葉が波陀羅の脳裏を掠めた。
「地獄に落ちるより、恐ろしき因縁の事を教えてくれました」
「因縁とのお」
いなづちは考え込んでいた。なみづちはそれに構わず
「波陀羅。政勝の替わりとなるような男をみつけてきてくれてもよいぞ?
おらぬまいがの」
波陀羅は哀しく首を振った。
「我はもう因縁を作りとうない。何か他に方法はないのですか?
貴方がたは人を落としこむような方法でしか生き長らえる事はできないのですか?」
「波陀羅。我等とて苦しい。なれど、我等も死ぬる法もない。
生き長らえる事は、我等にも地獄のようなものなのじゃ。
なれど・・・・この餓えが我等を蝕む」
「・・・・・」
「シャクテイさえ得られるなら比佐乃を御救い下さいますか?」
「波陀羅?」
「御約束下さいませ」
波陀羅の胸中で算段した事は、
一樹と睦みあう事で双神にシャクテイを送りつづける事であった。
そして、それは比佐乃を守る為である。救う事である。
一樹が人生の中で妻を子を護る因縁を作り残してやることが出来る。
その上、睦み合いで出来た因縁であらば
八代神が言った通り、一樹が来世は蟷螂の雄に成変わるなら、
生殖の後、蟷螂の一樹はその因縁を継いで
妻の為、子の為よろこんで雌にくわれる蟷螂になるのではないか?
さすれば、因縁通り越し、
その次の世こそ幸せな人の生き様をすごせるのではないか?
波陀羅はそう考えたのである。
「わかった」
波陀羅はその返事を聞くと奥にいる一樹の元に向った。

「なみづち・・・・どうする気でいる?」
「政勝が事か?」
「聴けば聴くほど・・・・惜しい」
「だろうの・・・。考えがある」
「考え?」
いなづちがにたりと笑った。
「波陀羅が因縁というたじゃろう?
わしはそれをずううと考えておった。
・・・・・。
比佐乃は一樹を殺す。そう思わぬか?」
なみづちは考え込んでいたが、考えに辿り付いたのであろう。
「確かに。・・・・だが、それが?」
「死体が出来る。同門の死体じゃ。乗り移れる。
そして、御前も政勝を振ればよい。
わずかの隙を狙えばよい。
わしだったら、波陀羅のようなへまはしない」
双神自らが、双方で一人の男の思念を振ろうというのである。
「成る程。が、比佐乃が一樹を殺す?どうやって?」
「ふ?今から馳走になろうという、シャクテイをかもし出す
その、二人の濡れ場を見れば比佐乃も鬼になろう?」
「は?ははは。なるほど」
「馳走になりにいくか」
双神は立ち上がると並んで、奥の部屋に歩みだした。

事が済み果てると、波陀羅は一樹から身体を離した。
双神にシャクテイを吸われていると気がつかない一樹を波陀羅は幸せであると思う。
今思えば独鈷はそれを畏れ
凡そ、口伝の時以外マントラを唱える事を避けていたのである。
それで自分の身を守っていたつもりだったのであろうが、
一度邪宗の門を潜り、マントラを唱えシャクテイを送っているのである、
双神へシャクテイを送る道がついているとは、考えなかったようである。
独鈷はマントラを唱える時ほどではないにしろ、
双神にその道を手繰られ、やはりシャクテイを掠め取られていたのである。
波陀羅が魂の様に気がついたのは、
独鈷と子供達の相姦の時に現われた双神が
魂から上がってくるシャクテイを吸い込むのを見た時である。
其れまで波陀羅は魂の様なぞ見ようとする事はなかった。
自分にそんな力がある事さえ知らなかったのである。
が、一樹は双神から何も教わっていない。
疑う事も知らず、双神の魅力であるマントラの秘儀に溺れ込んでいるのである。
身体を離し、仕度を整えている波陀羅に一樹は
「波陀羅。何処に行くのだ」
と、尋ねた。
「一樹様に替わって、比佐乃様の様子を見に行って参りましょう」
「あ、ああ」
波陀羅は一樹にとっては不思議な女子である。
比佐乃のいく手立てを労してくれた事も双神から聞かされている。
比佐乃が一樹にとってどういう女性であるかを承知の上で、
比佐乃の事までも、気遣っていてくれているのである。
「すまない事だと思うておる。私には妻とも思う比佐乃がおるのに、
波陀羅の事が無性に恋しくてならん。双神様もその気持ちを判ってくれて・・・・」
波陀羅への心苦しさと
双神の目的も知らず双神への感謝を述べる一樹の言葉を
黙って聞いているほど悲しい事はない。
「気になさいますな」
波陀羅が隠している事を判る由もなく、一樹は恋情を訴えるのである。
が、波陀羅はその一樹との情交を引き換えに
比佐乃を救う契約を交わしているのである。
「波陀羅が見て参りますに、一樹様は比佐乃様の所に行って下さりますな」
許されぬ恋を追従する引き換えが、
責めても一樹の比佐乃への気懸りを晴らす事であった。
故に、尚更、波陀羅の中の狂おしいほどの嫉妬の心が湧き上がり
「いくな」とあからさまにいわずずに置けなかったと一樹は考えた。
愛しい女心を宥める様にいう。
「行かぬ。行かぬとも良い。波陀羅がおってくれるなら」
一樹は軽く頬を染めて、更に・・・
「波陀羅があの様にしてくれるなら・・・・」
年増女との情交に溺れこんでいる自分を恥じる事なく、
与えられた快感に服従し、
次の逢瀬にも情交を求めたいと強請るのである。

一樹が比佐乃の元にさえ行かねば、一樹が比佐乃に殺される事は有得ない。
だが、それを食い止める事が自分との情交なのである。
「判りました。波陀羅が頼みをきいてくれますな?
比佐乃様には、出きるなら、もうお会いする事の無いように」
「ああ。波陀羅。切ない事を言う」
一樹とて比佐乃には逢いたいのである。
だが子を宿した比佐乃を抱くには一樹とて遠慮がある。
逢えば愛欲の果て無体な事をしてしまいそうな自分の満たされぬ欲求と、
何処か母親を思い起こさせる波陀羅への恋しさが重なり合って
今は波陀羅を求めてはいるが、
けして比佐乃に飽きたわけでなく、
比佐乃への心を無くした訳でもないのである。
「御約束下さい」
一樹も波陀羅の言葉に逆らえば、
同門の波陀羅との情交をもてなくなると考えた。
双神の用事とやらも済んでいないのに、
ここから出られる事もどうせ叶わない事である。
であれば、唯一の情交を結べる相手を、
欲情を感じれる恋しい相手をなくしたくはなかった。
「判った。どうせいでも双神様の用事も済んでおらん。ここから出る訳にも行かぬ」
双神の用事が何であるのか
政勝を追従する事が不可能となれば
双神の用事が終わり、
今やそれが波陀羅との事に摩り替っている。
波陀羅がここに通い続けていけば、一樹がこの社から出る必要はない。
が、双神も無理に一樹をここに留め置く必要もない。
一樹自身にここにいなければ行けないと思い込ませておいたほうが良いのである。
余程、比佐乃から遠く離れた所に一樹を連れだそうかと考えた波陀羅であるが、
ここを出ても一樹はやはり、シャクテイを掠め取られる。
ましてやマントラを唱える事で比佐乃を救う約束なのである。
子を宿している比佐乃を救ってやりたい。
ましてやその腹の子は一樹の子である。
それは、母親としての波陀羅と、
一樹の女である波陀羅が混濁して内在している思いかもしれない。
兎に角は一樹をここに留め置く事を双神にも頼んでおかねばならない。
そして、八代神の言うように澄明に会いに行こうと波陀羅は考えていた。
『比佐乃と一樹の因縁を避けられるかもしれない。
その事が起きるのは子が産まれた時であろう。
子が産まれれば一樹も逢いに行きたくなろう。その時が正念場かもしれない』
二人を逢わさなければ良い。
そして逆に逢う時を見計らえば比佐乃の因縁を塞ぐ事が出来るのではないか、と、
波陀羅は考えたのである。
双神に一樹の事を頼むと、
そうしてくれるかと逆に一樹をここにいさせる事を良しとする返事であったので、
波陀羅は外に歩み出した。
双神の思惑なぞ知る由もなく、
波陀羅は哀れな双神の社を後にすると澄明の元に向かった。
波陀羅は森羅山を出た所で見かけた女の姿を借りると
澄明の屋敷の玄関先に立った。
中から正眼が最初に出て来ると波陀羅に言われるまま、澄明を呼んでくれた。
正眼から鬼の映し身の女子じゃが、伽羅ではないと聞かされた澄明は、
さては波陀羅であるなと玄関先に出て行った。
話したい事があるという女を白銅のいる鏑木の部屋に招じ入れた。
「私の連れ合いになる人です。
たぶん、色々と貴方の話しに良い知恵を浮かばせてくれると思いますが
同席を許してくださいますか?」
澄明に尋ねられると波陀羅も即座の返答に困った。
判る事は、陰陽師である男を澄明が信用しているという事だけである。
澄明が信をおくとならばと、
波陀羅も伽羅の様に澄明を信じて行くしかないと、思えた。
「まあ。波陀羅。座るが良かろう」
立ち尽くしている波陀羅にその男が声を懸けて来た。
「ご存知でしたか?」
どうやら、波陀羅の映し身も見破っておれば、
色々と澄明から聞かされている様である。
当然の事ながら澄明も波陀羅である事は判っているのだなと
確かめる様に澄明を見れば
「その人は白銅といいます。
貴方の事は伽羅から聞かされてもおりましたし、
其れに、火中の人である政勝は私の妹が嫁いだ相手でもあります」
澄明が言出せば、白銅がここに同席する事については
次の波陀羅の言葉で暗黙の内に了承されてしまう事になった。
「それが事も、謝らねばならんと思うておった。
比佐乃が事に助きをくれたというに・・・我は・・・」
かのとの命を潰えようとした波陀羅が今更顔を出せる場所ではないのである。
「かのとや政勝は黒龍が守護しております。
貴方ではどうしょうもなかった事でしたでしょう?」
澄明はにこやかに言うのである。
「我は・・・・そなたの妹の命を」
自分の仕出かしかけた事を言うのは波陀羅も苦しい物がある。
「私が、貴方の立場であればそうしたと思います」
澄明の意外な言葉に波陀羅が、たじろいだ。
「に・・・憎まぬのか?」
「黒龍の守護がなければ貴方の目論見は上手く行って、
こんなに辛い思いはさせなかったと思います」
波陀羅のほうの言い分だけを言えば確かにそうかもしれない。
が、八代神に因縁を解き明かされた今の波陀羅にとっては、
その目論見が事をなしたほうがどんなに恐ろしい事であったかを
良く判っているのである。
「いや。我は後悔している。
そなたの言うような思い、それが叶えば我もどんなによいかとは思うが、
人の命を奪ってまで我が助かる事の愚かさを教えてくれた者がおってな。
その者にも、伽羅にもように勧められたが、
澄明という陰陽師に頼ってみようというより先に
我は謝る事があり、礼を述べねばならぬ事があった。
それだけでもしておかぬと」
「その事はもう良いですよ。
それよりも、貴方が本当に一番気になっている事を話してみて下さいませぬか?
そしてできれば我等に双神の事を教えてくれませぬか?」
澄明の言葉に
「双神が事を聞いてどうしょうと?
もう、政勝、という男の事は諦めておると思います。
双神も政勝の後ろに黒龍がおることは知っておるのですよ」
と、波陀羅は答えた。
「波陀羅。政勝の替わりの贄がいるでしょう?一樹がどうなっています?」
ぐと息の詰まる波陀羅である。
己こそが一樹をにえにささげているのである。
「喩え一樹が贄にされてなくても、双神がいる限り誰かが贄にされるのですよ」
波陀羅があっという顔をした。
子を救いたい一心で闇夜になっていたが
波陀羅は何時の間にか双神という存在をいてもし方がない存在として許容し、
諦めていたのである。
「双神を潰えようというのですか?」
「救える手立てがあればそうもします。なければ、潰えるしか・・・ない」
そこには、澄明の苦渋に満ちた顔がある。
「一体、双神は何者なのです!?
何故、シャクテイを吸っていかねばならないのです?」
今まで考えた事もない事を波陀羅は口に出した。
そして、何故そやつらにシャクテイを吸われねばならないのか。
「双神は元は榛の木の精霊だったのです。
榛の木に雷神が落ちてしまった事で精霊が二つに分たれたのです。
榛の木は雌雄同体。
恐らく、精霊も同じように雌雄同体の一つのものだったと思われます。
精霊は一つの身体に雌雄を有して居た時、
おそらく、御互いの魂を一つの身体で重ね合う事が出来ていたのだと思います」
「それが何故シャクテイを?」
「御互いの性の違いを重ねる事でシャクテイが生じましょう。
そのシャクテイの力で魂を潤す事が生きて行く糧だったのではないかと考えております。そうやって、榛の木を守っていたのであり、
自分等の宿り場所を確保していたのでしょう。
それが宿る場所をなくしてしまい
死に絶えればそれですんだのかもしれません。
が、二つに分たれて・・・」
「おかしい?二つに分たれて、宿る場所もないに何故生きていられる?」
「おそらく。雷神も二つに分たれてしまっておりそこに宿っているのではないかと。
なれど、雷神も神格。この世では、実体がない。双神の姿はどんなものでしたか?」
「あ。雄、雌ということはない。確かに片一方は男神であるが、
片一方は女神には見えない。確かに多少なよけた感じはしていたが・・・・」
「やはり、そうですか」
澄明は推察した事は当たっていた。
「やはりというのは?どういう事ですか?」
「雷神は男神です。
其れを二つに分ち男精と女精が飛び込めば、おそらく外見はそうなるでしょう?
が、片一方から与えられる性のシャクテイを得られなくなった時
御互いの精を求め夫々が異性の精をもとめるでしょう?」
「ああ・・・確かに、でも・・・・」
「そして、女の性でありながら、雷神という男の身体を具有しているとなれば、
男に女子のような性を求めたりせずにおけなかったのでしょう。
が、本来は女子の性。
本質的には男子の性が必用だったのでしょう。
ふたりには、男女の性が重なって行くときの
一つになりたいという思いの篭ったシャクテイが必要だったのだと思いますよ」
「それで??独鈷は一樹に色子にさせるような真似をさせたのですか?
比佐乃と一樹とのむつみあいだけで、あっ・・・・」
波陀羅が気が着いた事に澄明は頷いた
「その通りだと思います。
双神は独鈷を使い手にして二人の子からシャクテイをえるだけにして、
独鈷を使い物にならぬほど独鈷からはシャクテイを吸う気はなかった。
貴方達が魂をひちゃげさせればいずれシャクテイを吸う事はできなくなるでしょう?
その時に新たなる贄がいる。
独鈷を使い手にしておくだけでなく新たなる口伝を出きる相手を作る為にも。
男の性も、女の性も知る者にでなければ双神は口伝を渡せない。
何故なら性が違う双神が、口伝する為には
一人の男の中に二つの性をしらなければ渡し様がない」
一樹が男の性を先に知らされただけでは口伝者になれない。
比佐乃という、女の性を知った後、独鈷は再び一樹をだいた。
抱かれた一樹は高揚の最中、マントラを唱え双神へ献上を施し、
双神は口伝を与えた。
一樹はやはり使い手としての口伝を与えられていたのである。
「ああ。それで。マントラは男の性と女子の性の二つを知ったものでなければ
口伝ができなかったという事なのか」
つまり、口伝は男にしか出来ぬという事でもある。
波陀羅は銀次という男がマントラを唱えた時に
なんの変化が訪れなかった事を思い出していた。
「が、ならば、独鈷は何故私の元にきた?
もっと、他に、マントラを口伝させれる相手はいたであろう?
次々と口伝して行けば良いものを何故!?
我はすでにシャクテイを吸われる道がつけられていたのでないのか?」
「私もそれを考えていました。双神はただ、シャクテイを求めればよいだけではない。
何らかの感情が混ざり合ったシャクテイがほしいのではないかと」
「え?」
「己の魂を満たす、シャクテイの質が高くなければならない。
相見互いに埋めあっていたシャクテイが購なえられなくなった淋しさを埋め合わすのは、御互いを思い合うもの同士の事から生じたシャクテイでなければならなかった。
そう、考えられませんか?」
「それでは・・・?
「多分。独鈷は貴方に本意だった。
そして、あるいは貴方を得る為に敢えて、
マントラを唱えシャクテイを吸われる事をも引き換えにしていたかもしれない」
「我が魂が落ちはてるのを独鈷がてつなうこと?・・・それが本意か?」
「波陀羅。すでに魂が落ちはてていたら?
独鈷は己まで魂が落ちる事を覚悟していたら?
邪淫の果ての極楽に酔う女子に与えられる物がなんであったか!?
一番知っているのは波陀羅自身であろう?」
「ならば、ならば、何故、一樹や比佐乃を?我が宝と思うというのを知っておったに」
「独鈷は己を護りたかったのであろうが、
他にシャクテイを与えるものがいなければ双神が貴方と独鈷を貪り尽くす。
自分の愛する者でなければ高いシャクテイはえられない貴方の替わりにする為に
独鈷は次に愛する物を犠牲にした・・・・」
独鈷を否定する前に波陀羅は自分が今まさに、
比佐乃を守る為に一樹を犠牲にしている我が身を思わされていた。
妻を守る為、子が犠牲になる。
夫婦相々で因縁をばら撒いていると言える事である。
その事を考えても一樹が行き越す事の先に待っている事には
空恐ろしいものがあるという事だった。
「澄明。身体の中に違う者が入っていても、
そやつのした事はその身体の子孫への因縁になってゆくか?」
「なって行くでしょう?なって行くからこそ比佐乃が波陀羅の因縁を継ぐのでしょう?」
「それも知っておるか。そうであったな。
我は一樹を比佐乃に逢さなければよいと考えておった。
さすれば比佐乃に一樹が殺される因縁通る事を避けられるのではないかと
考えておった。
そなたの力をかりれば其れを避けられるのではないかとも考えておった。
だが今の話しを聞けば一樹が生きておれば
子を地獄に落とす因縁があるという事であるな」
陽道の身体を借りた独鈷がした事はまさにそのとおりであろう。
子を地獄に落とす男親の因縁が既に生じているのである。
「・・・・・・・」
「妻を守る為。子を守る為。いっそ一樹は死んだ方がいい。
我が子を地獄に落とすほどの・・・・地獄はない」
「子を殺す親になるくらいなら、親の思いで死んだ方がよいという事か」
黙って聞いていた白銅がぽつりといった。
その言葉で澄明は波陀羅に話す事を決心した。
「波陀羅。一樹が受ける因縁、比佐乃がもつ因縁、確かに避けられる事ではありません。私は此度、神による双神の差配を許すという神詔を受けております。
それをずううと考えていましたが、双神を潰える方法が一つだけあるのです」
「潰えられるのか?さすれば、一樹も比佐乃も・・・」
「救えると思います」
にわかに波陀羅の顔が明るくなった様に思えた。
その、顔を見る澄明の顔着きがひどく哀しそうであったので波陀羅は黙り込んだ。
「救えるのは双神の手からであって因縁からの脱却はありえません」
俯いた波陀羅が
「そうじゃな。因縁は双神が与えた物でないに。
我がしでかした事であったに忘れておったわ」
哀しい笑顔を見せた。
「波陀羅。その因縁で双神を潰える事が出切ると言うたらどうしますか?」
澄明の言わんとする事が掴みきれない波陀羅は澄明を見ると
「今更、何を言われても驚くまいと思うておる。聞かせてくるるか?」
波陀羅の悲壮な覚悟に促がされて澄明は話し始めた。
「一樹が因縁通り死に絶えます。
双神はその身体を乗っ取り再び政勝に近づいて行くと思いませんか?」
「ま、まさか?政勝がことはあきらめておるはずじゃ。
それが為比佐乃の魂を元に戻してもらう約束に替わったに。
政勝をえられないのならと一樹を犠牲にしてまで・・・」
「魂を元に?無駄でしょう。
シャクテイを吸わずに置けない双神がどうやって魂を元になぞ戻せます。
魂を元に戻したいのなら、双神をついえてしまわなければ
いつまで経ってもシャクテイを吸い続けられいずれ朽果ててゆくだけです。
双神を潰えた後に真に愛情を注いでくれる人のシャクテイが
己の中に流れこんで行けば、些少なりとも魂は復元します」
「そんな事で?」
「それは間違いない事です。
性の力が魂にまで及ぶものだからこそシャクテイを吸われれば魂まで干乾びる。
相手を真に思う力は魂を潤し生き越す力を与えて行きます。
そんな力があるシャクテイであればこそ魂は必ずや復元しましょう」
突然口をついて出た澄明の言葉に深く白銅が俯いているを見ると、
波陀羅はこの二人には頷ける何かがあるとみた。
伽羅は澄明には哀しい通り越しがあるともいった。
その事で魂ごと、澄明は
この男のシャクテイにより生き越す力を与えられた事が有るのだなと推察した。
「其れほどの力があるからこそ、双神は質の高いシャクテイを求めてゆくのです。
その質の高さを得られるほどの政勝という人間性があらばこそ、
政勝が思いをかけるもの、
政勝に思いをかけるもののシャクテイがいかなるものであるか、
そこに気がついている双神が政勝を諦め切れるわけはない」
「変哲のない男じゃったが」
と、なると比佐乃が事は何も約束が守られないという事になってくる。
「あの方は人を魅了します。傍におるものは全てあの方をすきましょう」
「それで、そなたは双神をどうやって潰えると言う?」
波陀羅は話しを自分から戻していった。
「独鈷を潰えた畳はりが私の元にあります」
双神の片割れが一樹の身体を乗っ取るのは
再び政勝に双神自ら近づこうという魂胆なのである。
澄明がいう事は、その一樹の身体に入りこんだ双神を畳針で潰えようというのである。だが・・・
「澄明。だが:、双神に実体が無いのなら畳針では死なん」
「判っております。畳針は閉じ込める為だけの手立て。けれど其れで十分でしょう?」
「それでは?」
「人の身体の中からではシャクテイを吸えないのだとは思いませんか?
いずれ、餓え死にます」
確かにそのとおりかもしれない。
でなければ双神はとっくの昔に自分自身が動いてシャクテイを取り込んで
生き越して来た事であろうし、そのほうが余程確実で余程早い事なのである。
「なれど・・・もう一人の双神はどうする?」
「元一つの者が半分を失って、生きる気がするでしょうか?
双神の一つになれない心の淋しさを御互いを求め合う者達の
心の篭もったシャクテイで埋めざるをえないほど餓えていた。
そんな双神が片割れを無くしておめおめとまだシャクテイうをすすって、
生きていると思いますか?」
「・・・・・・」
「波陀羅次第です」
一樹を使って、否、正確には一樹の死体でしかない。
が、其れを使って双神を潰えるか潰えないかを
波陀羅こそが決めろという澄明なのである。
「其れで、もう我等のように苦しむ者が現われなくなるという事であるな?
双神もこれ以上無残な事を繰返さずに済むという事であるな?」
「はい。其れだけが救いです」
「澄明に全てを・・・・・」
波陀羅の声が泪で詰まった。
「任せる」
よう、やっと言い切ると波陀羅は立ち上がった。
一縷の望みを託した事が叶えられているか、
澄明のいう通りやはり双神には魂を元に戻す力がないのかを見定めに、
比佐乃の元に行くつもりであった。

澄明は、波陀羅が去ると肩を落として、ため息をついた。
「どうした?」
白銅が頃合の良い頃に波陀羅に話し置かねばならないきっかけを
与えてくれていたのは澄明にも判っていた。
「いえ。一番聞かれたくない事を波陀羅が聞き忘れていてくれていた事に」
良かったというべきなのか、
その覚悟もつけて貰ったほうが良かったのか、
澄明はどちらともいえない成り行きにまかせた。
が、
後ろめたい思いがなきにしもあらずであった。
「言えはすまい?」
白銅も比佐乃に殺される一樹の因縁を考えた。
その、一樹の死体に双神が乗り移ろうというのであれば
比佐乃が一樹を殺さなければならない理由を
むしろ双神が積極的に作ろうとするのではないか?
親子であろうが、兄弟であろうが、双神にとって利用できる者を
今まで、どう使い回してきたか。
波陀羅の感情などお構いなしに双神は目的を遂げようとする事であろう。
比佐乃が一樹を殺したくなるような事態とはどういう事であるか。
結果的には神に子を捧げてしまった独鈷の作った因縁による事であるが、
双神は、波陀羅を利用しない訳はない。
「波陀羅が親子の相姦の図を見せられて、良人と言えはしないが良人を殺した。
その同じ図式を双神も考えつこう。
比佐乃もやはりそうとは知らず親子の相姦の図を見せられて
やはり良人とはいえない、良人を殺す逆上に駆られる。
この親子の相姦を比佐乃に見せることになるとは波陀羅に言えない。
一樹は殺さるる、この因縁を通るしかない」
「白銅」
白銅は寄り縋って来る澄明を胸に囲った。
「陰陽事なぞ・・・・知らなければ」
「ひのえ・・・・泣くな。己を責めるな」
「なれど・・・・」
「誰が悪いわけでない。淋しい心が産むものがどんなに儚い事か。
其れが判ったら、強くなるしかない」
「強くなる?」
「淋しい事を何かで埋め合わせてはならん。
その淋しさに吹き荒ばれておる事しかないに、それが強さじゃと思う」
お前が死んだらわしはいきておらんは、白銅の口癖だが、
ひのえをなくしたらその淋しさに吹きすさばれていくという。
それが死んでしまうという事であったのかもしれない。
何おもでも、埋め合わせる事のできない存在なのだというのであろう。
双神や波陀羅のように何かで埋め合わせることができないほどに
白銅の思いは峻厳すぎたのかもしれない。
考えてみればこんなに孤高である程の哀しさもないかもしれない。
「埋め合わせができるほどの淋しさであるなら、
その方が、余程幸せかもしれないという事ですか?」
「そうかもしれぬ」
澄明ははっとした。
「白銅。私はもう、けして、我が身を捨ててまで救いをしようなぞとはしませぬ」
「そう・・・願いたい」
「悲しかったのですね?寂しかったのですね?
私がそのような思いを持っただけで、心が張裂けるほどに・・・」
双神も波陀羅も心の淋しさのまま、それに耐え様としなかったのである。
他の男の温みを求めた波陀羅。
人の情を吸いこんだ双神。
情がはいらぬシャクテイであれば、
あれほど、魂をひちゃげせてはいなかったのかもしれない。
「全てが己の弱さのせいだ。そんな者達に心を砕く?」
強い者が抱え込んでいる本当の弱さを白銅が見せていた。
弱い、憐れな者は何かで埋め合わせて行けるほどの性根でしか無い?
あるいはふてぶてしいともいえる強さといえる。
「心を強くもたねばなりませんね?私には、白銅がおるに。強くなれねば嘘ですね」
心の中に燈されているものがひのえを支えている。
それを忘れてはいけないのである。
哀しみ事は白銅がおればこそ耐えられる事である。
「私は白銅に甘えておりました。
若し、白銅を失うかも知れぬと考えてみれば、
私は、きっと、双神の事も、波陀羅の事も多分、どうでもよい事になっていた。
私が白銅にささえられておればこそ、
その幸せの中で心を砕く余裕が生じていただけにすぎない」
白銅がひのえを更にしっかりと胸に包んだ。
「判ってくれれば良い。そう、思うてくれるならわしも本望じゃに」
あいも変わらず優しき男なのである。
そんな白銅の膝に抱かれ寄り添う様に甘えている澄明の姿をかいまみて
一番安堵していたのは、他ならぬ正眼であった。
「雛を飾るまでもないの」
苦笑して八葉を笑わせていたのであった。
波陀羅は比佐乃が借りた小さな家の前に佇んでいた。
何時か比佐乃と逢った時の女子の姿を思い浮かべて
波陀羅もその姿に身を映している。
玄関先で呼ばわると、比佐乃が姿を現わした。
足るほどの銭の御かげで比佐乃も安楽に暮らしていれるのであろう。
軽く丸みを帯び始めた身体は懐妊によるせいでもあったが、
波陀羅の渡した銭で食う事にも不足していないとみて取れた。
「元気そうですね」
波陀羅のかける声に比佐乃はほっとした顔で微笑んだ。
見知らぬ土地での一人暮しである。
ときおり、宿のおかみが様子を身に来てくれる以外
比佐乃も人と口をきく事もなく暮している。
心許無い比佐乃にとって、
兄を知るこの女子の来訪は比佐乃の心を十分に弾ませていたのである。
「あ」
兄さまは?と言いかけた言葉を抑え
「良人は元気でおりますか?ああ・・どうぞ・・・中にはいってください」
前後する言葉がでて来るぐらいであるから比佐乃も一樹の様子を聞きたいのである。比佐乃も銭を一樹から預かって来たこの女子が、
同門の徒であり一樹と同じ様に神様の用事で社の中に入いる事ができて、
一樹に用事を頼まれたのだと推察しているのであれば、
当然一樹の様子を知っていると考えているのである。
四畳半の床の間に通された波陀羅は、
比佐乃が一樹が帰って来てここで住まえる様になる時を心待ちにして
女子一人で暮すには、贅沢なくらいの屋敷を借りているのだと判った。
「いきなり、失礼しました」
比佐乃は茶を入れにいった。帰ってくると
「お客様なぞいらしゃることもなく、何もないのですが、せめて、御茶なりと」
盆から座卓に湯茶を取りおき、波陀羅の前に押しやった。
「良人は元気でおりますか?神様の用事はまだすみそうにないのですか?」
社の中に入ったこの女が
一樹よりは先に用事を済ませて社から出てこれたのであれば、
一樹がここに帰って来れるのもそう、遠くない事に思えたのである。
「まだ・・・先の事になるでしょう」
澄明のいう因縁が必定の事であるのならば、
少しでも先に延ばしてやりたい波陀羅なのである。
その為にも一樹に因果を含めた。
「そうですか」
淋しい顔を見せる比佐乃を見詰めていると、
これがどうして一樹を殺すような心根をもつ事になるのか
不思議で仕方なくなる波陀羅であった。
「ゆえに、一樹様に代わり様子を窺いに参りますと私がやってまいりました。
比佐乃様の事は気にかけておいででしたよ」
波陀羅が言うと
「はい。私の名前もきかされておるのですね」
言ったきり、比佐乃がうかべた泪を拭っていた。
見知らぬ土地で頼る相手もなく、話す相手もなく暮している心労が、
只一樹が気にかけていてくれていると告げるだけで
はらはらと泪を落とさせてしまうのだと思うと
波陀羅の胸に込み上げて来る物がある。
腹に子を抱えておれば
それだけでも十分に不安な女の心を支える者がいないのである。
「時折比佐乃様の様子を身に参って、一樹様に逢える事があればお伝えしましょう」
「よろしいのですか?お忙しい身ではないのですか?」
「いえ。この年になって恥ずかしい事でありますが・・・。
自由きままに一人身で暮らしておりますから」
そういう波陀羅の言葉に比佐乃が尋ね返した。
「娘様をなくされたと、この前に仰っていられた様に覚えております。ご主人も?」
話しの成り行き上、波陀羅もそうですと頷くと
「御気の毒に」
比佐乃が小さな声でつぶやくとしばらく考え込んでいた。
が、やがて
「御一人であるなら、いっそお願いできませぬか?
頼る良人も帰って来れないのであれば
見知らぬ土地で一人で暮す事も不安でし方ありませぬ。
夜に風の音に胸がドキドキするほど驚かされて飛び起きて、
押入れの中に隠れるという事もよくあるのです。
お気づきでしょうが孕んでおりますに。
其れが事もあって、尚一層不安で。
お願いというのは、良人の帰ってくるまでここにおってくれませぬか?
一緒に寝起きしてくれるだけで、一人でないと言う事だけでもどんなに心強いか」
比佐乃の言う事はもっともな事である。
このまま一樹が帰ってこなければ産をなすときにさえ
産婆を呼びに行く事も適わず一人で産を成す事になるかもしれないのである。
むろん、その時は、あるいは貴方に面倒をかけてしまう事にもなるやもしれぬのだがと、そこまでは口に出せない比佐乃であるが、
それを考えてやれぬ波陀羅ではない。
やだ、波陀羅がすぐに比佐乃の言葉に頷けなかったのは、
ここにおれば、一樹の因縁通るさまを見定める事になると恐れたからである。
ここにおれば、
比佐乃を止め、一樹を生かせてやれる一隅の機会を得られるのであり、
同時に、気にもかかる比佐乃の生活を支えてやれる事でもあったのである。
が、澄明が言う事を聞かされている内に
己が許したばかりに、人の命をも顧みないほど
双神を増長させてしまった己らこそが、
一族郎党をもってしてでも双神の存在を潰えるべきであると考え始めていたのである。そう考えれば、比佐乃だけでも、助かるのであり
一樹の血は比佐乃の中で育まれている子に受継がれているのである。
それで良しにしなければ行けないと波陀羅は考え直していたのである。
黙りこんだ波陀羅に
「貴方を見ているとまるで、母のようで、つい、甘えた事をいうてしまいました」
勝手な願いであったと比佐乃がその、言葉を取り下げ様とした時、波陀羅が
「判りました。一樹様にも、比佐乃様の事は尽力しますというております」
答えた事により波陀羅と、比佐乃が同じ屋根の下で暮す事になったのである。

比佐乃と波陀羅の事の成り行きを何よりも誰よりも喜んだのは、
他ならぬ双神であった。
一樹を呼ぶと
「波陀羅が他の女子の姿を借り受けて、比佐乃の面倒をみてくれておるぞ」
と、だけ告げたのである。
波陀羅が一樹に約束したとおりに、比佐乃に心使いをみせてくれている。
一樹は些かながらの驚きと深い感謝の気持ちをもったのはいうまでもない。
優しい女子であると思うと無性に波陀羅に逢いたくもあった。
が、波陀羅は一樹がここにおりさえすれば、また逢える相手である。
が、比佐乃は違う。
波陀羅との約束もある。
双神の用事が済んでない。
二重の制約で逢えない比佐乃の事が、いっそうに気懸りなのである。
「双神様。一度・・・・比佐乃に会うて来てはいけませぬか?」
波陀羅が比佐乃の元にいるのであれば、
約束を守らなかった事を比佐乃の目の前で言い募る事はできないであろう。
それでも影で責め立てられたとしても一度は情を交わした男と女である。
元々が比佐乃への嫉妬からの逢うなという波陀羅なのであれば、
その口を塞ぐ事も、
その嫉妬を沈めてやる方法も一樹にはよく、判っているのである。
思わせぶりに
「いってやるが良いが・・・・波陀羅がどうかの?」
双神は謎をかけると許可を与えたのである。
「用事がある時は呼ぶからその時は頼むの」
無理であろうと思っていた事があっさりと許されると
双神の言葉を背にして、一樹は喜んで社を飛び出して行った。
双神が呼ぶと言う事が己の思念を振られる事に他ならず、
用事というのが同じ様に思念を振られた波陀羅を抱く事である。
放っておいても一樹は波陀羅を求めるかもしれないが、
その場所を移す事であろう。
けして、比佐乃の前では事をなす時はない。
少しは思念を振ってやらねばならないのと思いつつ、餓えを満たしたくもある。
慌てずともよいと双神は片割れに語り掛けていた。
「なれど、ついこの間にシャクテイを吸ったというに・・何故こんなにも、干上がる?」
なみづちが言えば、
「だからこそ・・・はやに一樹をいかせたでないか」
同じに早くも餓えを感じ始めていたいなづちも、
ここ最近の餓えを覚える早さに首を傾げながら、なみづちを宥めていた。

玄関先に現われた一樹の声で比佐乃があっと小さな声を上げると
一樹にむしゃぶりついて行った。
「元気でおったか?身体はつろうないか?よう、ここまできてくれたの」
比佐乃の顔を見る為に一樹は比佐乃の肩に手をおき
ほんの少し比佐乃の身体をおしやった。
身体を少し離されて、比佐乃は一樹を真直ぐに見上げた。
「ああ。相変わらず・・綺麗じゃ・・ますます、母さまに似て来た」
泪が潤んで来る目元さえ亡き母親を思い起こさせる比佐乃なのである。
久方の逢瀬に浸りこんでいる二人を裂いてまで、一樹を責めることもできない。
因縁の時に一歩近づく恐れが身体を震わせていたが
波陀羅は
「比佐乃さま・・・早うにあがってもらわねば・・・」
奥から声をかけた。
「ああ・・・そうでした」
比佐乃も慌てて一樹を招じ入れたのである。
床の間には、春を感じるのか軽く綻び掛けた梅が、無造作に活けられていた。
「もう・・・用事はすんだのですね?」
梅をも、花開かせようかという笑顔で比佐乃は一樹に尋ねた。
「いや・・・しばらくしたら・・・戻らねばならぬ」
湯茶を持って来た波陀羅に軽く礼をすると
「そういうわけですから」
約束を破った事には目を瞑ってくれと暗にいう一樹の言葉を
比佐乃は、一樹が帰って来たならと波陀羅にでて行かれてしまっては
比佐乃が困るだろうと一樹が気を病んだのだと受取り
「この人が本当に帰ってこれるまでは居って下さいね」
比佐乃が波陀羅にいうと、
それでは、自分の心が伝わっておらぬと付け加えた。
「若しお厭でなければ、ずううと、おってくだされると
比佐乃はもっと嬉しいと思っております」
比佐乃がそこまでいう言葉を聞いているだけで、
波陀羅が比佐乃に細やかな心配りで接していてくれているのが、
見えてくる一樹である。
「比佐乃が事・・・よろしくお願いします」
一樹も波陀羅に頼み込んでいた。
「この方と、おると、母さまと、おる様で、本当に心が安らぐのですよ」
比佐乃はそういって、波陀羅を見詰ていた。
「もったない言葉を」
肩袖で溢れてくる泪を押さえていた波陀羅は、今こそ、幸せの頂上にいたのである。
比佐乃を労わる様に見詰める一樹のその瞳を一身に受けて
頬を薄紅色に輝かせている比佐乃。
その二人に母親のようだと思って貰えているのである。
久方の逢瀬を邪魔するのは、母親でも許される事ではなかろうと
波陀羅は、二人をおいて夕餉の材を誂えにいく時にした。
あの様子でどう考えても比佐乃が一樹を殺すという馬鹿な気を
起こすわけはないと考えたのである。
「ご馳走を用意しましょう。誂えに行って参ります」
と、言いおけば、
「忘れずに波陀羅の分も・・・皆でたべましょう」
比佐乃の言葉が返って来ていた。
銭も比佐乃は波陀羅に渡している。
こんなに沢山入りませんよ、と、いう波陀羅に
持っていて下さいと、波陀羅を信じ頼りきっている比佐乃なのである。
その事でさえ波陀羅に泪を零させていた比佐乃なのである。
奥の気配が甘やかなものなって行くのを察しながら
「言ってまいります・・・。遅うなりますが・・・。心配なさらずに」
玄関先から声をかけると波陀羅は外に出ていった。
外に出た波陀羅は、
もう少し先の事であろうと踏んでいた一樹の帰宅にため息をついていた。
同時にどうして比佐乃が一樹を殺そうという心根になるのだろうかと考えていた。
比佐乃が一樹を憎む筋があるとすれば
一樹が波陀羅との事を話す時が考えられるが、
其れを話す馬鹿もいるわけがない。
手繰りきれない答えを堂々巡りで考えていると、
波陀羅はやはりどうにかこの因縁を避けられぬものかと考えるだしている。
その時、ふと湧いた思いに波陀羅の足が止まった。
その思いとは
『一樹の姿に我が身を映せばよいのではないか・・・・』
と、いう事だった。
さすれば、何もかもがうまくいくのではないか。
澄明も確かに中が違う者であっても外側のしたことが因縁になるといっていたのである。波陀羅が一樹に替わってしまえばよいのではないか?
映し身であっても成り立つ事ではないのだろうか?
ならば、我が死ねば良い。
後は澄明が差配してくれる事であろう。
波陀羅である一樹の身体を乗っ取った双神を潰えてくれさえすれば、
二人のあれほど仲の良い様子であれば、
これも澄明のいう通り、御互いの情で魂を潤す事ができてゆくのではないか。
これで、全てが助かる。
波陀羅はそう、考えつくと心が浮き立つほどに、足取りも軽くなって行ったのである。

だが、其れも束の間。
波陀羅の浮き立たせた因縁からの解脱法が、
何も役に立たないという事をしらされる時がくる。
夕餉も終え、片付けを済まし、波陀羅は古手屋を回り
少しずつ集めまわってきた木綿の着物を解くと生まれくる子の為にしめしを縫った。
洗いざらし草臥れたぐらいの古着が、赤子の肌を柔らかく包むことであろう。
そろそろ腹帯を蒔いてやらねばならぬ頃でもある。
戌の日は何時になるのであろうか。
取りとめなくそんな物事を考えながら、夜遅くになって布団の中に潜り込んだ。
うとうととまどろんだ波陀羅の胸を弄る者がある。
それが誰の手であるか、波陀羅がきくまでもない。
「なりませぬ」
その手を掴むと波陀羅は声を潜めて制止した。が、
「比佐乃には・・・できぬ」
一樹が呟き返した。
一樹が求められないといっているのか、
比佐乃の身体ではできないといっているのか。
どちらなのか、あるいは、両方なのか・・・。
「なれど・・・なりませぬ・・・・」
「約束を破った事は悪かったと思っている。
比佐乃に逢いにきたでないに。
波陀羅がここにおるときいて、やもたても堪らずに来たに」
比佐乃の事なぞどうでも良いのだと宥め言を言いたてる一樹である。
「きいた?」
「ああ・・。いなづち様から許しもえておるに。波陀羅・・・ほれ」
若い男の欲情にそそり立つ物の雄雄しさが波陀羅の手に伝わって来る。
「こんなに狂おしいに」
比佐乃にぶつけ切れぬ欲情を、
波陀羅との情交で癒される事を望む若い雄でしかない。
「なり」
もう一度、一樹の手を振り払おうとした波陀羅の思念が混濁し始めてきた。
いなづちの仕業に違いない。
薄れて行く意識の中で波陀羅は、比佐乃の事を意識した。
―こんな所を比佐乃が見たらー
その思いが波陀羅にやっと気がつかせた。
比佐乃が因縁を通る元が自分であるのだと。
親子の相姦という絵図を見た妻が夫を殺す。
波陀羅の因縁絵図を知った双神が一樹の身体を乗っ取る為に
一樹の帰宅を許したにすぎないのだと。
愚かであった。
幸せな夫婦の様子に幸せな姑振りに酔いすぎていた。
比佐乃に近づいてはいけないのは一樹でなく、波陀羅自身であったのだ。
「かず・・・き・・・にげ・・・なさ・・・い」
訳の判らないうわ言に替わり出した波陀羅の口を
一樹は己の口で塞ぎながら、波陀羅の寝着を肌蹴てゆくと、
己の一物を波陀羅の中に滑り込ませた。
うわ言が一樹の塞いだ口の中で早くも喘ぎに変わり始めてゆくのを、
一樹は有頂天で見詰めながら己の腰をくねらせながら、
しつこい程に波陀羅に突き込んでゆくと、
一樹は上がってくるおのれの快感を高める為に、
波陀羅を深く酔わせる為に、自からマントラを唱えだすと、
波陀羅にも同じ事を催促した。
促がされるまでもなく双神の術中に陥った波陀羅は
一樹に口を離されるとマントラを唱え、己の腰を振るようにして
一樹の動きを追従し始めていた。
うすらぼんやりとあいた波陀羅の目の中に双神の姿が映り込んでいた。
たっぷりと二人のシャクテイを吸い取っていた双神の内
なみづちがゆっくりと立ち上がっていた。
この男女の行状こそが比佐乃の因縁をこじ開けるのであり、
欲してやまない政勝という男のシャクテイを手に入れる為の第一歩なのである。
二人を無我夢中の境地に落とし入れたまま、
なみづちは比佐乃に眠りからの覚醒を与える為に比佐乃の元に歩んでいった。

ふと、目覚めた比佐乃は一つ布団に眠る一樹の存在を
確かなものとして触れたくもありそっと寄掛かろうとした。
が・・・、一樹がいない。
厠にでも立ったのかと思う比佐乃の耳に
聞きなれた一樹の声が小さくこごまるように聞こえた気がした。
「マントラ?」
訝し気な比佐乃の耳には、
一樹の声に途切れ途切れに重なる女の声も聞こえて来た。
其れもやはり、マントラなのである。
この瞬間比佐乃は全てを理解した。
波陀羅は始めから一樹とここで落ち合う約束であったのだ。
一樹は宿の亭主の言うように他に女を作っていたのだ。
神様などというのも口から出任せ、謀れたのだ。
血が昇った頭で考える事ほどの短慮はない。
比佐乃は父の形見である脇差しをもつと
声の聞こえる方にそっと忍びよっていった。
火を落とした行灯が薄明るく灯っている。
火を点けたのが双神である事を比佐乃は知るわけもなく、
こそこそ隠れての秘め事なら
まだしも大胆不敵にも女房の眠る横で
平気で己らの行状を楽しむが如くの灯りが
一層比佐乃の神経を逆撫でにしていた。
襖を開け放っても、比佐乃が入って来た事に気がつく様子でなく、
波陀羅は歓喜に咽いでいるのである。
上布団は足元まで手繰りまくられ、
布団の上に白き肌の淫獣が裸体を晒していた。
波陀羅のものを目掛けて一樹の物が何度となく突き入れられている。
一樹のずるりと濡れそぼったものが波陀羅の中から出てくると
この寒さの中湯気をたてているかのようであった。
それが、もう、長い間、この二人がこの行為に酔いしれている事を表わしていた。
本来なら波陀羅を憎み波陀羅を手にかけるのが女の常であろうが、
比佐乃の目の中で繰返し突き動かされてゆく一樹の物が、
一際反り上がったかのように思えた時、一樹は
「波陀羅・・波陀羅・・波陀羅・・・あああ・・・良いに、ああ、波陀羅」
何度も波陀羅に与えられた絶頂を訴えだしたのである。
その様を呆然と見詰めていた比佐乃は
やがて一樹の傍に静かに歩み寄った。
そして、比佐乃は持っていた脇差しを一樹の後ろ首から突き立てていた。
邪鬼丸の命を奪った刀は、
邪鬼丸の存念を晴らすが如く、
時を経て、その時波陀羅の腹の中にいた陽道の子を、
邪鬼丸が殺された時と同じ形で仇を討ち終えるかのようでもあった。
刀の切っ先が波陀羅に届き、その痛みで波陀羅が覚醒した時、
おびただしい血の海のなか、
比佐乃は気を喪失し、まなこは一点を見定めず
焦点を結んでおらず呆けた顔のまま、座り込んでいた。
波陀羅は何が起きたのか、すぐには悟れなかった。
咽喉わを刺された一樹は絶命しており、
双神が二人で一樹の身体を持ち上げるとなみづちが刀を引きぬき
一樹の身体の中にいなづちが入りこんで行った。
一樹は起きあがると
「波陀羅、さらばじゃ」
言った途端に消え去って行ったのである。

やっと、何が起きたのか判った波陀羅には、哀しんでいる暇が無いのである。
波陀羅は事の顛末を考えるしかない。
八代神の言うように鬼が棲もうていたというてみようかとも考えたが、
どちらにせよ比佐乃は一樹を亡くした事に苦しむだけである。
それならいっそ夢でも見たのでしょうと空とぼけてみせようか、
一樹が帰ってきた事も夢であれば、波陀羅との情交も夢。
比佐乃が一樹に刀を通した事も夢。
帰ってくるのを待っているほうが幸せかもしれないのである。
波陀羅はそう決めると
比佐乃が呆然と、気を逸しているのを幸いに
比佐乃を着替えさせ血を拭取り寝床に連れ行くと臥せ込ませた。
天井だけをぼんやり見詰めている比佐乃が憐れであったが、
兎に角先に一樹の血の始末すると、
刀を元に戻し、一樹がいた形跡を一切、拭い去ったのである。
さしもの波陀羅も血糊に濡れた布団の始末と替わりの布団には困った。
柄なぞどうでもよい。
どうせ、比佐乃はまともに波陀羅が持ち込んだ布団なぞ見てはいない。
が、比佐乃が正気に戻った時に、
布団がないのはおかしいとでも言われたら、事である。
思案の末、波陀羅は澄明の元にいこうと決めた。
どうせいでも一樹の事を報告しておかねばならないのである。
牛密時も過ぎ、草木も眠るどころか
草木が目覚め始めるのではないかという、朝に近い
闇の中を波陀羅は澄明の元にひた走った。
波陀羅の声に起きだしてきた澄明は、
闇の中の波陀羅の抱え込んだ布団から立ち上る血の匂いに
何があったかを察していた。
「澄明・・・・比佐乃が・・・・」
布団を足元においた波陀羅を澄明は抱き支えると
「双神は・・・やはり?」
一樹の身体を乗っ取ったかと尋ねた。
「お前の言う通りじゃった。
比佐乃が気をなくしておるに、
一樹の事は無かった事としてしまおうと思うのじゃが・・・どう思う?」
波陀羅が懸念する事は八代神が言った
比佐乃が因縁通ったを良しとせねば、因縁繰返すという言葉であったが、
比佐乃に事を告げて果たして良しとする事ができるかどうか?
其れこそ、正気を取戻した時に比佐乃自体が狂いはてるのではないか?
どう考えても、
どう、誤魔化しても
比佐乃が己が手で一樹の命を絶った事を
一樹に憎しみを向けた自分を、苦しむだけなのである。
「比佐乃さんは?」
「狂うたように眼を開いて・・・人形のように・・・」
「そうですか」
「澄明。何もなかった事にしようと思うに。血の始末もしてきた。
これだけが弱って、持ってきたに。
この始末とそれに、できれば替わりの布団をかしてもらえぬか?」
澄明は少し考えていたが
「判りました」
急いで、部屋に入りこむと布団を引き出してきた。
「双神がこと」
波陀羅とていっついを加えにすぐにでも追いかけて行きたいのであるが、
比佐乃が事をすませねばならぬのである。
「判っております。政勝の所に近づいて行く事は目にみえている事です。
一樹の死を、無駄にせぬ様に、
必ずや・・・比佐乃と比佐乃と一樹の子を・・・」
「判っています」
澄明から渡された布団をかき擁くと
波陀羅は今きた道を脱兎の如くに駆け戻り比佐乃の家に入って行った。
覗き込んで見れば、異常な興奮と事の事実を否定し
現実から逃げようとする比佐乃は眠りの中に逃げ出した様で
軽い寝息を立てていた。
目覚めた時を失わず波陀羅は兎に角、
「一樹様が帰ってきていた?ご冗談でしょう。
淋しくなった余りに夢をみてらしたのでしょう?」
そういうて通すしかないと決めると、もう一度一樹が帰ってきていた事を
証だてるような落ち度を残していないか、念入りに確認をいれ始めていた。

夜がしらしらと明けるのを待つと、澄明は
すぐに白銅に言霊を寄せて白銅を呼んだ。
開けきらぬ空に日の光が刺さぬ内に、白銅もやって来た。
「いよいよか?」
黙って頷く澄明の目が、心なしか赤くうるんでいる。
波陀羅の存念を思って泪を溢れさせながら
夜が開けるのを待っていたのであろう。
「何時でも・・・呼べばいいものを」
澄明にかけた言葉に
「政勝らの所に双神が現れるのは、まだ・・・其れこそ夕刻ではないかと」
こんな時間でもまだ早いのをそれでも呼ばずにおれなかったのだと
澄明は言い分けをしていた。
白銅は澄明の身体を寄せ付けかき擁くと
「どういう手筈を考えておる?」
白銅の腕の中の澄明は、ひどくか細く弱い女でしかない。
その澄明に与えられた使命と不幸事への係わり合いの重さは
澄明には、どんなにか悲しく辛い事かと思うと
白銅はせめても、澄明の身体を包んでやる事しかできない。
「政勝が所へ式を隠しおいて見張らせておこうと思っております。
我等はどこか近くで待機して双神が、いや、一樹が現れたら踏み込みましょう」
「かのとは?」
「双神が欲しいのはかのともです。
出切る事ならかのとも手にいれたいのでしょうから、
かのとに危害は及ばないと思います」
「大丈夫かの?」
かのとをたてに取られたりはしないか?という事が白銅の危惧であった。
「必ず仕留めます」
その覚悟故にもかのとを窮地に晒しておく澄明であるなと、悟ると
同時にこれが澄明の帳尻のつけ方なのだと澄明の不器用さに白銅は
「お前らしい」
と、笑って見せた。
「はい?」
白銅の笑いに訝し気な返事を返した澄明である。
「どうせ、一樹を見殺しにせねばならなんだ事を、
波陀羅に詫びるが為にも、かのとだけをしゃあしゃあと逃がしてやることができない。
かのとを窮地に晒しておく替わりに、必ず仕留める。
その覚悟に天が乗る。双神の最後じゃろうの」
「かのとには、済まぬ事かもしれませぬが・・・」
「何。お前が仕損じればかのとも生きている甲斐がない先々になるに。同じ事よ」
澄明は髪を括っていた紙縒り解くと、式神を生じさせた。
式神に
身を隠し政勝が所に男が現われるのを見張り、
男が現われたら澄明が元に返ってくる様に韻を与えた。

そして、その夕刻。
一樹の咽喉に、畳針を深く刺し貫く澄明の姿があった。。
澄明の目に映った者は驚愕と恐怖が混在した顔をしていたが、
一瞬の内に何もかもを判断し諦念し哀しく情けない顔に変わった。
恐ろしいほどの呪詛の念誦が封じ込められた畳針に
更に澄明は、不動明王の真言を唱えている。
「ナウマク・サマンダバザラダン・カン」
修験者を守護し、修行の功を達成させる明王である。
その力の中には金縛りという、まさしく不動明王ならではの力がある。
その力を利用して双神を閉じ込めてしまうのである。
刺し貫かれた針をぐいと押さえ込み澄明が真言を唱え終ると
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
さらに九字の真言を唱えた。
「破邪・・・臨・兵・闘…・・」
白銅が続けて九字の手印をきりながら澄明の声に重ねてゆく。
澄明の手は痺れたように動かず手印を切る事ができないでいる。
「いかづちのようなものが針から溢れ出してくる。
白銅。もう一度、しっかり私の真言に合わせて九字を切ってくれ・・・・・」
魂を重ね合わせた者同士である白銅以外、他の誰も
澄明の代わりに九字の手印を重ねてやる事はできない。
幸いな相手を澄明も選んでいたものである。
やがて、一樹の身体の中で双神いなづちが動きを封じ込められると
くたりと床に倒れこんだ。
一樹の身体を抱いた双神なみづちが澄明に縋る様に頼みこんだ。
「頼む。頼む。この針を外してやってくれ・・・。頼む、頼むううううう」
澄明の顔が微かに笑みを浮かべた様に見えた。
いなづちはこの結末を澄明が良しとする揺るがない決意を見て取った。
その笑みは嘲りからでもなく、復讐を終えた到達感からでもない。
これで良しという何もかもの迷いを解脱し、
選び取った結末に素直に従い己を許容している。
一種悟りの境地にも似た達観なのだと見て取れた。
双神が読み取ったとおり、澄明の思いは白銅によって定まっていた。
「お前がしんだら、わしはいきておらぬ」
白銅のこの思いは、双神の生き様をふるいにかけさせた。
誠の真であらば、共に朽ちる。
これが究極でしかない。
あざとく生き抜くことよりも死ぬる事に誠がなる。
双神に死を与える事は誠に生きる路を与えることに他ならない。
この澄明の峻厳は白銅がつかみとらせたものである。
澄明はもうゆるぎはしなかった。
どんなに頼みこんでも澄明に与えられた結末を変えられないのだと
なみづちは悟ると一樹の身体ごといなづちを抱かえこみ、
政勝の家を飛び出し森羅山に向かって走り出した。
「どうする?社に戻ったのだろうか?」
あっ気ない結末の行く末は見えているが、
社を飛翔させる事もできなくなった双神が社の中に戻る事は考えられなかった。
「波陀羅が、せめても一樹の事を手厚く葬ってやりたかろう。
己の息子がどこで朽ち果てるかも判らずば波陀羅も手の合わせ様がない」
「追いかけて見るか?」
「波陀羅を呼んでやりたい。双神はおそらく・・・・」
澄明は双神が命を潰える場所を元の母親の胸の中のような存在であった
榛の木の傍にするだろうという。
澄明の言う通りであると思うと白銅は波陀羅の元に式神を飛ばしてやった。

程なくして現われた波陀羅に澄明は軽く頷いた。
其れで、波陀羅も事が終えた事が判ったのであろう。
淋し気な顔が更にくぐもったが
「比佐乃の方は半信半疑のような。狐につままれたような面持ちだったが
なんとか・・・なる」
この先帰る当てのない一樹を待ち暮らす事になる比佐乃が憐れであった。
「一樹の所に行きませぬか?」
双神が死に絶えたわけではないし
一樹の身体をなみづちが返すわけもなく、
閉じ込められたいなづちを抱きかかえたまま、
共に餓え死ぬのを待っているだけであろう。
波陀羅に話聞かすと波陀羅は黙って頷いた。

三人は森羅山に向って歩き出した。
榛の木の所まで行くと思った通り、
なみづちは一樹を抱かえたまま、焼け焦げた榛の木の根方に座っていた。
三人を見つけるとゆっくりと見上げていたが
もはや諦念を託っているなみづちは
只、最後の時までいなづちを擁かせておいてくれと
懇願の瞳を向けて来ただけだった。
が、その時であった。
榛の木の後ろに小さな芽が吹き出しているのを澄明が見つけて小さく叫んだ。
「あ、芽がでておる」
澄明の声になみづちは身体を捻じった。
なみづちもそれを見つけると
「あ」
と、声を上げた。
同時に澄明は一つの時に気がついていた。
「双神。一樹の身体の中に入れ・・・」
澄明はなみづちの傍に座り込むと畳針を一樹の身体から抜いて呼びかけた。
「閉じ込めてくるるのか?」
なみづちの中にも一縷の望みが湧いているのである。
先ほどの一樹の身体の中から伝わって来た雷の力で
双神を元一つに戻せれるのではないか?
澄明が思うのと同じ様になみづちもそれを感じ取っていたのである。
「ああ」
いなづちは一樹の身体の中に閉じ込められた事を呪う様に呟いてたが、
榛の木が芽を吹き出しているのなら訳が違う。
一樹の身体の中に双神が入り込み針を貫けば、
おそらく双神は元の一つの精霊に戻る事が出来るであろう。
が、そこは榛の木の中ではない。
瞬く間に一樹の身体は朽ち果て精霊は宿る場所をなくしてしまう。
双神が二つに分かれた事で、時空の狭間に宿っていられたのであらば、
もと一つの双神に戻れば宿る場所をなくしてしまうという事になる。
其れは、おそらく双神の死を意味する事である。
ところが、榛の木は双神の知らぬ所で新しい生命を芽吹かせていたのである。
それならば、いっそのこと双神がじかに榛の木に戻ればよさそうなものであるが、
なみづちが澄明に頼むように、閉じ込めて、針を刺しこむという事が必要なのである。
双神が元一つに重なってゆくためには、何らかの衝撃が必要なのである。
一樹という一つの器の中に閉じ込められた双神に針をさしこむことにより、
双神の中に分かたれた雷神がいかづちが生じさせるのではないか?
このいかづちが、衝撃に成り、双神を元に戻せるのではないか?
双神をさいた逆の過程をたどることで、
元一つの精霊に戻せるかもしれないのである。
澄明が思い付いた事も、双神が思い付いた事も同じ事であろう。
まずは一樹の身体の中で、元一つの精霊に戻る。
そのまま一樹の身体は榛の木の根元で朽果ててゆき、
自然と、針もぬけおちてゆく。
精霊は榛の木の根を通じて、
再び榛の木に宿り直す事ができるのである。
「我等は・・・一樹にすくわるるか」
酷いほどその魂を変え尽くした男の顔を見ながらなみづちはぽとりと泪を落とした。
「比佐乃が事。一樹が事。お前が事。許されるる事でないに・・それでも・・・」
波陀羅は首を振った。
「戻ればよいに。さすれば、我の様に苦しむ女子ももう現われん」
頭を垂れていたなみづちであったが、
そのなみづちが一樹の身体を地べたに伏せこませると
波陀羅を向いて、手を合わせた。
なみづちが一樹の身体にかぶさる様に身体を重ねて行くと、
なみづちの身体が吸い込まれ、一樹の身体の中に消えた。
澄明は波陀羅を見詰めた。
「澄明。これで良いに・・・」
「判った」
「我にはできん。澄明。今一度・・恃む」
いくら、死に絶えた身体といえども、
波陀羅も、一樹の身体に針を突き通す酷さに目をそむけずにはおけなかった
澄明は今一度、一樹に畳針を突き通した。
思うよりひどくいかづちの衝撃が針を通して澄明の手に伝わって来た。
苦痛に耐える澄明の手に白銅は手を添えた。
「白銅。不動明王の呪詛の印を解く事ができるか?」
「やってみよう」
白銅が片手を離しただけでも、
澄明がいかづちの衝撃に耐えているのが苦しそうであった。
「白銅。このいかづちがあらば・・・双神が一つに戻る事ができる。
なれど、呪詛を解かねば
一樹の身体が朽ち果てるまで一樹の中におらねばなるまい?」
「はやく、解いてやりたいというか?」
「榛の木もそう願うておろう?」
双神の餓えの凄まじさは榛の木が新芽を出し成長して来た事に由来するのである。
それは、また榛の木が精霊を求めた所以でもある。
どこまでも、思いをかけてやる女子であるが、
その為にも、澄明はいかづちの衝撃に耐えて針を握っているのである。
白銅が両手を離し九字を切り出し白銅の唱韻に声を重ね始めた。
「不動明王。この呪詛を解韻されよ。
ナウマク・サマンダバザラダン・カン。ナウマク・サマンダバザラダン・カン
解韻願い乞う。臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前・・・・」
ふたりが唱え終ると一樹の身体を離し土の上に横たえた。
「針はどうする?」
「まだ、いかづちが走ってくるのです。引きぬいていいものやらどうやら?」
「ふうううん」
大きな木を引き裂いたほどの衝撃が精霊をも引き裂いたのである。
これを元一つに戻す為には、時間が掛かる事かも知れない。
針がいかづちの衝撃を外に流しだしているのも、
双神の身体が元一つに戻ってゆく証に思えた。
澄明の言う通り下手に引き抜いてしまわぬ方が良い事かもしれないと思うと、
白銅は波陀羅を振り返った。
「どうしてやる?ここにそのまま埋めてやるしかあるまい?」
波陀羅は一樹の身体を突き通す針を見詰めながら
「そうじゃの。そうしかあるまい?土に返してやるだけじゃ」
榛の木の根方を掘り始めた波陀羅の傍に二人が寄ると、
澄明は小束を出して土を砕き、一樹を横たえる穴を掘り始めた。
波陀羅が土を掬い取り、
同じ様にして白銅もこ束で土をくじっては土を掻き出して行った。
榛の木の根を痛めぬ様に土を掘り起こしきると
波陀羅は一樹の体を抱かえ土の中に横たえた。
ぱらぱらと土をかけて行く波陀羅は
「せめて、これだけは・・・我の手でさせてくれの」
一樹に言うのか、澄明達に言うのか、
ゆっくりと土を梳くって緞子の布団をかけてやるかのように一樹に土をかけて行った。
その様子を二人は少し離れて見守っていた。
波陀羅は最後にゆっくりと一樹の顔を見つめ
手を合わせ頭を深く垂れていたが、
思い切った様に一樹の顔にも土を被せると
今度は急いで土を盛り出し、墓の盛り土を拵えて行った。
最後の土をかけ終ると、波陀羅は、もう一度手を合わせた。
「行こう。ここにくる事は無い」
澄明を振り返り波陀羅がにこやかに笑って見せた。
「これで何もかも終ったに」
笑った顔が崩れそうになるのを波陀羅が堪えている。
二人は一樹の墓の前に座り込むとやはり手を合わせた。
そして、澄明も白銅も立ち上がると一樹の墓を後にした。

森羅山を抜ける頃になって波陀羅に白銅が
「波陀羅。男はもういやか?」
と、言う。
「は、はは・・・もう、懲りた」
淋しい顔で笑いながら、波陀羅は答えた。
「そうか。わしは、御前がいっそ男になれば良いと思うての」
「は?」
突飛な事を言い出した白銅である。
波陀羅も澄明も顔を見合わせていた。
「いっそ、波陀羅。御前が一樹になりすましたらどうかと思うての」
「え?」
澄明は白銅の言う意味合いが、すぐさまに理解できず、
突飛な進言に虚をつかれていた。
だが、波陀羅のほうは、一度は一樹に成り代わって死のうとまで思ったせいもあり、
一樹に成り代われるなら成り代わってしてやりたいこともあった。
「そうじゃの。我が子と通じるような事をしでかした鬼じゃ、
いっそ、それが良いかもしれんが・・・」
波陀羅の言葉が止まった。
「お、男になぞ・・・なれるのですか?」
澄明も鬼が映し身を良くするのは知っているが、
女鬼が男になったのは見た事なぞはなかった。
「男に映すはできぬ事はなかろうが、
映し身はその本人が生きておらねばできる事でない」
波陀羅の答えに
「ああ?ああああ」
二人が同時に声を上げた。
「一樹の身体を使えばよいが」
白銅が大きな声で言った。
波陀羅なら出来る事である。
「何を言う?」
波陀羅も流石に考え込んでいた。
「いや、其れが良い。勝手な言い分かもしれぬが、
さすれば一樹は死んでおるのだから既に因縁通り越しておるに。
生きておるなら、いや、生き返ったなら比佐乃は殺したけれど殺しておらん。
因縁通ってもおるし、おまけに比佐乃は罪に苦しまずにすもう?
其れに言うたでないか?乗っ取った者がした事でも因縁になると」
白銅が強く言い出すと澄明もその思いつきに手を打つものがある。
「ああ。そうだ。ならば、なんぞ、よい因縁に切り返れば良いでしょうに」
「ああ。成る程」
比佐乃にとっても一番良い事であろう。
今の世で波陀羅が比佐乃を一番に思うているのであれば
澄明に言われた様に魂を修復してやれる事も、
逆に比佐乃が一樹を思う気持ちで波陀羅の魂を修復してやる事も叶う事である。
波陀羅は
「比佐乃を救えるという事でもあるな」
呟くと二人を見ながら大きく頷いた。

それで、慌てて澄明と白銅は一樹の死体を掘り起こす事になった。
畳針を抜いてみれば、双神は既に一体の者に成変わっていた。
双神の陰が揺らぐ様に湧いたかと思うと
その影が小さな榛の木の新芽の中に吸い込まれて行った
「戻れたようじゃの」
波陀羅が一樹の身体の中に入り込むと
「澄明。なんぞ他におる。何の神か知らんが、今、眠っているに。起こしてみるわ」
と、言出す。
不思議な事があるものだと思いながら二人が顔を見合わせていると、
「ああ・・・飛び出した」
波陀羅の声が聞こえた。
「え?」
「ああ?」
一樹の身体を飛び出したそいつは
波陀羅、いや、一樹の前で両腕を延ばしながら大あくびをした。

その、姿で二人も勿論、一樹にも判った。
三人が同時に叫んだ。
「ああ!雷神ではないか」
                                    (完)

―理周 ―   白蛇抄第12話

笙をよくする。
ひちりきも横笛にもひいでていた。
理周の住まいは寺の敷地の端の小さな小屋である。
本来、寺男なるものが住まいする小屋に
女性(にょしょう)である理周はくらしていた。
理周が洸円寺の外れに住まうようになったのは、
理周の性が女として機能しだした頃からである。
理周を育ててくれた洸円寺の和尚艘謁も、
理周の女の機能の発祥は当然くるものとして、判っていたことであった。
が、寺の中には男ばかりがうようよしている。
理周は尼でもなければ艘謁の娘でもない。
寺の前で行き倒れた女が連れていた子供である。
母親は直ぐに死んでしまったが、子供には行く宛もないとわかった
艘謁は、一人で食えるようになるまで
面倒をみてやることにしたのである。
女の機能を具有した理周が若い修行僧と同じ屋根の下で、
寝起きを共にする。
どう考えても、互いのために良くない。
修行のじゃまになる。
何かあっては、理周にすまぬ。
理周を若い僧の目に触れぬようにしてやるのがよい。
考えた末、理周に寺の隅の小屋に住まいを移すことをすすめたのである。
幸いな事に理周は雅楽の才に恵まれていた。
着物の合わせに入れられた横笛をふかせた、その最初に、おどろいた。
艘謁は本物の才にであってしまったのである。
寺の宗門とは見当違いな才分であったが、
いずれは一人でくらさねばならぬ。
たっきの伝になるのならと、禰宜に頭を下げた。
これが功を奏したか、ことあるごとに、
禰宜は理周をつかいだててくれたのである。
理周の才分は、艘謁が睨んだとおりのもので、
禰宜の下での法楽ごとがきっかけで、
理周の腕は聞く人のみみにとまることになった。
いまや、雅楽の大御所である硯柳会からさえ、
お呼びがかかるようになってきている。
こうなればなるほど、寺の者にしなくてよかったことである。
きっちり他人としての線を引いておいた事がゆえ、よかったのである。

寺の隅の小屋に、どんな人がおるのかも知らぬ。
寺とは縁もゆかりもないのか、小屋をかりうけて
すまわせてもろうているだけか、
よく判らぬ女がいる。
よく判らぬのは、ことさら、女が笙をよくするせいである。
朝早くから雅な御召しを着込んだむかえがやってくる。
それっきり、女はおらぬようになるのである。
境内を掃き清めていたこ坊主が、出かける理周にきがつくと、
庭帚を動かす手をとめた。
ぼんやり突っ立ったまま、門にきえてゆく理周をみおくっていた。
「これ!」
叱られた声に振り向くと、寺の修行僧の頭角である晃鞍がたっていた。
叱られた事は、どっちであろう?
女性をみていたことか?
掃除の手を休めていた事か?
いずれにしろ、こ坊主はあやまるしかない。

晃鞍はこの寺の住職である艘謁の一人息子である。
この宗派は妻帯を禁じられてはいない。
が、若いうちからどういう徳か、
艘謁の人柄か、寺には修行を目指す徒が集い始めた。
当時の悪天候に食うに食えぬ貧困が生じてもいた。
このせいで坊主にでもなるかと艘謁を頼っただけに過ぎないと
穿ったみかたもできなくはない。
今でこそ静かなたたずまいを見せている伽藍の中も
一時は擦髪がくりくりと並んでいたものである。
この溢れかえる僧の多さに、艘謁は、
寺に隣接された母屋での妻帯をあきらめたのである。
同じ敷地の中で、かたや無念無想の修行。
かたや、女の腹の上で嗚咽を漏らす無想の境地。
煩悩もいきておればこそ。
この煩悩なくして己の生もなかずんば、
煩悩がこそ、ありがたき、人の由縁である。
だが、有在、無在。
形の違いで人の思いを変え行く応召の悟りは頭でわかっていても、
修行の身をいたずらに試すだけであろう。
艘謁はいきおい通い婚を選ぶしかなくなったのである。
妻を黒壁町にすまわせた艘謁は、やがて、一子をもうけた。
これが先の晃鞍である。
年端がよいころあいに晃鞍を寺に向かえ、名も晃鞍と改めた。

晃鞍が十三の歳であったろうと思う。
寺の門の前に行き倒れの女が仰臥した。
小さな手が門を叩き、
幾度と僧を呼ばわる幼い少女の声が響いた。
でてみれば、息絶え絶えの女がへたりこんでいる。
晃鞍は慌てて父親を呼びに堂に入った。
寸刻のちに、女は担ぎこまれた布団の中で息をひきとったのである。
母親の枕元に座る少女は泣き声も上げなかった。
身体の弱かった母親が、いつか逝く。
覚悟がついていた。
何度かこんな覚悟が現実になるかもしれない事をくぐりぬけて、
ここまできたのかもしれない。
その時がとうとうやってきた。
少女は事実を受け止めるだけしかなかった。
何ゆえたびをしていたのか、判らないが
弱い身体をおって、歩き続ける母親の姿は
少女の心の中に祈りを作らせたのかもしれない。
もう・・・。苦しむ姿をみないでいい。
かすかな安堵が少女のなかにある。
「綺麗な顔をなさっておる」
おもいのこすこともなかったのか。
身体をおそう苦しみから、解き放たれた仏の顔は
むしろ、あでやかに見えた。
少女の思いをさっした艘謁は母親が安らかに浄土に旅立ったとつげた。
「はい」
利発そうな大きな瞳が潤んだ。
「母人はほっとしておる。ひとつ、気になったは
おまえのことであるがの・・」
「・・・」
幼すぎる少女がことは心残りであろう。
「わしがみる。あとがことはわしにまかせよというてやったからの」
「はい」
女は、艘謁に心を託すと、みがるになった。
「あがっていきよろう」
「母さまは・・楽になられた・・のですね?」
「そうだよ」
こくりとうなづく少女の頬に、やっと涙が伝い落ち始めた。
透明な雫が次から次あふれかえり少女は声も上げず泣いた。
晃鞍はそっと手拭いを少女の手にのせてやった。
晃鞍は今も覚えてる。
少女は涙を拭うおうともせず、晃鞍の渡した手拭いを握り締めた。
落ちてくる涙が膝に置いた手の甲におちてゆく。
握り締めた手拭いの中に滴れ落ちる涙が手の甲から
次々と線をえがいていた。
震えるような指先に渾身の力が篭っていた。
少女は声を殺して泣いていたのだ。

少女の名は理周といった。
母親の弔いを済ませてやると、
寺の無縁仏の段組にそとばをおいてやった。
はじめ艘謁は、理周を黒壁町の妻に任せる気でいた。
ところが、理周がいやだというのである。
「ここにおいてください」
寺には母親が眠る墓がある。
むりのないことであろう。
歳を聞けば九つ。
もう直に十になるとこたえた。
が、幼くても女子は女子である。
年端が行けば、女になる。
どうするか、まようたが、女子のつややかさを匂わすまでには
幾分いとまがあろう。
今無理に悲しみにくれる少女を母親の側からひきはなすこともなかろう。
気が落ち着けば妻の元にいくといいだすやもしれぬし、
それより先に、どこかよい養子先や奉公先があるかもしれない。
少女の中の女を危惧するのも、いささか甲(かん)走りである。
こうして、理周はしばらくは母堂で、
艘謁や、晃鞍と寝食をともにしたのである。
喜んだのは晃鞍である。
一人っ子であった晃鞍は同門の徒という兄弟こそ指に余るほど居たが、
世に言う、姉や妹という、女兄弟はいない。
母親とも随分早いうちに居をべつにし、
女の持つ柔らかな物腰に餓えてもいた。
庇うてやらねば成らぬという、想いを沸かされるのも
そこはかとなくおもはゆい。
晃鞍は妹をえたのである。

ところが、三年もたったころであろうか。
理周は相変わらず、母堂にすまいしていたのであるが、
突然、居をうつされた。
すくなくとも、晃鞍にはそう見えた。
「理周・・・こわくはないか?」
寺の隅に住まい、理周は一人で煮炊きをして、一人で飯をくうた。
米や野菜をはこびこんでやると、
必ず晃鞍はそう尋ねた。
夜のしじまはひとりではこわかろう?
なんで、父艘謁が理周をこんな寂しい所に一人すまわせるか、
わからない。
「理周がおなごになったからです」
「おまえは、はなから女子じゃわ」
馬鹿なことをいうておる。
「ご母堂に穢れをもちこんではなりませんに」
「ああ」
やっと、わかった。
女子には障りがある。
だが。
「もう・・・なのか?」
「ええ」
「うとましいの」
「はい」
「あ、ならば?」
謡いの場にもでれぬのか?
雅楽のほうはどうなる?
「その時はでられませぬ」
「そう・・なのか・・・」
理周は、わかっていた。
自分が女である事がよくないと。
出来れば、どこかに居を求めそこにうつるべきであったろう。
が、母親が死んで三年。
堪えきった悲しみがまだ胸の底によどみつづけている。

母は・・・ひとりだった。
物心付いた時から、理周には父と呼ぶ人はいなかった。
母はおそらく、道ならぬ恋をして、理周をうんだのではなかろうか。
理周が五つのとき、母が横笛を出してきた。
行李(こうり)の奥から晒しに包み込まれた細長いものを出すと
晒しを開いた。
黒い下糸に銀糸を綾なした小平(こひょう)紋の細い袋があった。
意匠のものめずらしさに理周もいきをのんだ。
その袋の中にあったのが横笛であった。
「お前はあの人ににて、細い、長い指をしている」
理周の父親のものだったに違いない。
理周の才を確かめたかったのか?
「あのひと」の子である理周をみいだしたかったのか?
「ふいてみなさい。ふけたら・・おまえにあげる」
戸惑う理周に
「みててごらんなさい」
母はふえをとると、唇の下に裸管をあてた。
静かな音色が流れ出した。
理周は食い入るように母をみつめた。
じっと、奏でる法を探る理周に柔らかな瞳をむけると、
「やってごらん」
手渡された笛を理周は見たままになぞらえてみた。
かすかな音色がこもり、笛は音をたてた。
「ああ・・」
笛はむつかしい。
手に取ったばかりのものが音をだす事さえできはしない。
笛を初めてみた、理周である。
ましてや、五つのこである。
「あなたにあげます」
母は、理周のそれを吹けたと言う。
「大事なのでしょ?」
あんなにそっと、行李の奥からだしてきた母である。
「だから・・・。あなたにあげます」
笛は父のものなのだ。
母も・・・。
父のものなのだ。
父だけのものだから、母はひとりでいきているのだ。
幼い理周は例えようもない哀しみを理解した。
その日から、理周は笛をふきつづけた。

身体の弱い母だった。
自分の死期を悟った母は突然旅に出るといいだした。
京にゆきます。
それしか、いわなかった。
理周の父親は京の雅楽士なのだ。
たぶん。そう。
けれど、京のどこに住み、なんという名であるかもいおうとしない。
名前も告げないわけさえはなすのも、つらいのだ。
母を見る理周は思いをひた隠す事を覚えた。
たった一言が責めになりかねない。
倣い覚えた堪え性である。
母は一人で何もかもを堪えた。
最後のたびはなんのためだったのか?
一目「あの人」をしのび見たかった母だったのか?
理周の目に父親を教えてやりたかったのか?
今更、理周を父親に託すしかなくなったのか?
父親という人は母に笛を渡すくらいであるから
母の事は本意であったろう。
が、その母にこの理周がおる事をしっているのだろうか?
何も聞かず、理周は母について歩いた。
母も理周に何も言わなかった。
道半ば、京の都はもう直ぐだったのに、母は逝った。
母の墓を見守っていると、理周は思う。
母は「あの人」の側に
少しでも近い場所に行きたかっただけなのかもしれない。
母の死もしらないだろう「あの人」の代わりにさえもなれないが、
理周はもう少し母の側にいてやりたかった。
妻のところにいかぬかという、艘謁にふたたびわがままをいうた。
「理周?」
晃鞍が物思いに耽る理周を呼びかけた。
「ああ?はい?」
「きちんと戸締りをせねばいかぬぞ」
僅かに男の生理が理解できるようになってきている。
晃鞍、十七になる。
男としては晩生かもしれぬ。
「よほど。ここに一人おる方が無用心でいかぬわ」
やっと、理周の立場がわかってきた。
母堂におっても、ここにおっても、
女子であることには代わりはないのであるが。
「よいか。誰がきても、何をいわれても中に入れては成らぬぞ」
なにがあるかわからない。
「わかっております」
艘謁にもくどいほど念を押された事である。
「ふむ」
晃鞍は頷く理周を改めて見なおした。
やたらとほかの修行僧の目に触れぬ方が確かにいいかと思った。
妹は存外、美しい顔立ちをしており、
伸びやかな身体は、華奢な女子のか弱さを色として芳せはじめている。
理性とは別の物がこれを手折りたくなるものなのかもしれぬ。
「眠る前に一折笛をふいてくれぬか?」
それで、理周の一日が安泰であった事が聞こえる。
「わかりました」
「息災でな」
永の別れではないが、
あまり晃鞍も理周の小屋にこぬほうがいいなとおもった。
理周を知らぬものにだれがおるの、どうのと、いらぬ興味をもたせる。
理周が母堂を出たわけを知っているものは慎ましいであろうが、
知らぬものは、晃鞍よろしく、
いっこう何も気にせず、理周を訪ねるかもしれない。
暗黙の了承。決め事になっていて、
だれも理周にはちかよらぬことであるが、
男が理性を押しつぶしたら、破門も追放も頭にありはしない。
「ここを・・でたほうがよいのかの?」
と、いって、外に出ればまたおなじであろう。
よけい、晃鞍の目が届かぬ分、尚に心配なだけである。
それに・・・。
「さみしゅうなるわの」
母の元に行ってくるるのが一番よいのであろうが。
「ふうむ」
理周も艘謁の男の性(さが)をわかっているのであろう。
水入らずの夫婦の場所に入り込む気になれない。
と、いうことであろう。
存外女の方がおとなびるものである。
晃鞍が考えてみなければわからぬ事を
理周は肌で感じ取っているかのようであった。
母を離れに呼びきれなかった父は
理周を離れにすまわす事が出来なかった。
あれはあれで、女房をたてているのであろう。
妻をすておいて、理周を離れにすまわすのは、
別にかまわぬことにおもえた。
が、人の思いはどうであろうか?
とうとう、てかけにしたか?
これをおそれたか?
修行の僧へのあおりと、妻の嫉妬をこうむりたくなかったか。
存外気の小さな男に見えた。
が、艘謁の想いは別にあった。

理周の我侭はそれから、三年を裕にかぞえた。
理周。十八になる。
晃鞍は三つ上だから、二十一。
艘謁のいましめもあり、
晃鞍は朝に理周のところに米、野菜を届けるようになっていた。
「たりておるのか?」
顔を覗かせた晃鞍が見た理周に息をのまされた。
揺楽の誘いがある。
「・・・・」
理周は絹の羽二重に身をつつんでいた。
「ああ」
端正な顔は幾分、寂しさをうかがわせている。
が、それが絹の白糸に凛をうかばさせている。
「は・・花嫁のようじゃの」
「しろすぎますか?」
「いや・・」
よう、におうておる。
「明日はとおくにいきます。はようでるので」
初手から絹をきて出てゆく言い訳をする理周は・・・・
「きれいだな」
「ほんに、もったないような絹」
「う・・うん」
綺麗なのは理周だと言い切れずに頷いた。
晃鞍が様変わりしだしたのは、このころからであろう。
いくら戒の教えをしったところで、実情を知らぬ者の戒は厳しさがない。
晃鞍はまだ己に芽生えた実情さえ、意識していないのである。
無い心に戒めるかせはない。
この頃から晃鞍はやるせないため息をつくようになった。
それが、なんであるか、
誰のせいであるか、
晃鞍は妹を思う想いが、女への限られたものであるとは
およびつきもしていなかった。
出かけた理周に立ち代るかのようにやってきた禰宜が
もたらした報が晃鞍をくるしめるまで。

「嫁にくれ?と?」
尋ね返す艘謁に禰宜はいささか、とまどいをみせる。
「そう・・ではないのだが。まあ・・にたようなものだ」
由緒は正しい。身分も、人品も決して卑しくない。
が、立場上、下賎の者を妻に迎えるわけには行かない。
理周に心を寄せた雲上人は、思い余った。
側女といえばいいか。
男子をなせば、それでも、格は上がり、
衆目の認めるお方さまに遇せられる。
それを頼みに、理周を迎えるしかない。
雲上人に頭を下げられて禰宜はやってきた。
「ふ・・む」
天涯孤独の身の上の理周にとって、悪い話ではない。
普通なら会うこともかなわぬ相手である。
それが・・。
「本意であらせられるはいうまでもない」
「うむ」
「どうであろうの?」
「理周がどういうか」
そこである。
だが、遊び心であるなら、こんな禰宜に頭を下げず、
理周をよびつければよかろう?
―伽を求むー
それで、おわる。
断れる立場でない。
雅楽の進退を量りにかけられ理周に応諾しかない。
が、無体を望まぬ。
このありようが既に本意である。
「う・・む」
「勿体無いようなお心であるに、断る馬鹿もあるまい?」
虫けらほどの価値もないような下々の女の心を、本意にのぞむというか。
「誰・・なのだ?」
「おどろくなよ」
禰宜は耳をよこせという。
艘謁は小さく告げられた言葉に色をなくした。
「ことわったら?」
「そうさせぬようにお前に相談じゃろうが?」
「それでも。いやじゃというたら?」
禰宜は嫌な目をした。
「断りを入れてくるような・・・わけがあるというか?」
つまり、例えば既に深い仲の男がいるのか?と。
「い・・や。それは・・ない」
とぎれる言葉が、うろんげで、なおいやらしい。
「ほんとうか?」
念を押してみたくなる。
「ああ。あれはそのようなおなごでない」
男にほだされるような女子でない。
理周はむしろ、男というものをにくんでいるだろう。
母を独り寂しく生かせ、逝かせた男という生き物を。
「今の言葉。うそでないな?」
「ああ。だが・・」
艘謁には見えていた。
「理周はうんとはいいたくない。それが本意だろう」
禰宜の口から溜息が出そうである。
「無理をいいたくないか?」
「・・・」
「お前がいえば」
頷くしかない理周だろう。
「だからこそ・・・」
いいたくない。
「薬師丸様もおなじようなことをいうておった」
艘謁の瞳がたたみの縁を見詰ていた。
「すいた女子だからこそ、無体はしとうないと」
「薬師丸様が、それで、諦めれるぐらいのお心なら・・」
そういう考え方もある。
諦めれるくらいの気持ちなら、尚、無理はおしつけたくない。
「理周に・・きめさせよというか?」
「できるなら」
考え込んだ禰宜は
「それでも、この事は必ず理周にきいてくれるということではあるな?」
「そうなるな」
案外、理周がうんというかもしれない。
それもたしかめねばなるまい。
「あの、お方だからの」
「ああ」
麗しい方である。
女子なら、声をかけられただけでも、夢のようにうれしかろう。
それが、本意であると懸想をつたえられる。
「まあ、あんずるよりということもあろう?」
「うむ」
「たのむぞ。しかとつたえてくれよ」
艘謁が伝えれば事はなったも同然。
嫌な計算付くを、胸で確かめながら禰宜は重ねた。
「薬師丸様のご母堂をしっておるよな」
「う・・」
「賢壬尼さまだわの」
息子の色恋に加担するとは思えぬが、
長浜の仏道を掌握しかねぬほど、人心に名を馳せた尼人である。
今は京の羅漢寺に風と戯れるかのようにひっそりとくらしている。
「わかった」
艘謁が頷く訳は、いずれのちにはなすとして、
約束は約束になってしまったのである。
ここは、やはり理周に話すしかない。
艘謁の胸の中ではわかっている。
否。
この理周をみるしかないのである。

理周は余呉にいる。
小さな浮御堂が余呉湖の端にたたずんでいる。
山は四方をかこみ、
大きな湖の北に位置する余呉湖をつつみかくしている。
琵琶の湖にくらぶれば、水溜りほどに小さな余呉湖を知るものは少ない。
清閑と水をたたえている湖は山の藍翠を映しこんで、漣さえ立てない。
時折、通り過ぎる一迅の風が湖面に銀色の皴をつくり、
なだらかなみどりを深くのみこむと、
静まり返った水面は一層藍が濃くなった。
「母上をここにおつれもうそうとおもっておる」
羅漢寺にいる賢壬尼は薬師丸の母親である。
「ここに?」
あまりにひっそりとしすぎておりはすまいか?
横笛の手を休めた理周は、怪訝そうに薬師丸を見た。
「京の都も殺伐としすぎていて、母上にはかなしそうだ」
きいたことがある。
京の都には子を喰らう鬼女があらわれると。
むろん。もともと、女は鬼ではない。
子供を山犬に食われたのが、元で女の気がふれた。
どこをどう、かくれるのか、鬼女をとらまえる事が出来ぬまま、
幾人の母親が、戻る事ない命に涙をからし果てた。
「羅漢の里でも・・・子を食われた」
「それで?」
悲しい菩提を供養するつもりだったのか?
鬼女の心をなだめたかったのか。
法要を象った式典がとりおこなわれた。
賢壬尼の心を慰める前に、この地に清浄を落とす。
賢壬尼が悲しい心残りをここで祈ってやる前に、
敷き詰める禊が雅楽奉納であった。
「そうなのですか」
賢壬尼は薬師丸の母であるが、
薬師丸をうみおとしたのは、本妻である琴音より随分先のことであった。
今、理周も賢壬尼と同じ運命を歩むかもしれない岐路に立っている。
判っていても、親子は同じ過ちをくりかえすものなのだ。
同じ過ちをくりかえして、
薬師丸は父の思いを、母の思いを解するしかないのかもしれない。

賢壬尼の立場はすでにお方さまであった。
あとから定められた婚儀の席に座った琴音が
賢壬尼という存在を知るわけもない。
むろん、そのときには賢壬尼はまだ賢壬尼ではない。
蓬(よもぎ)とよばれていたときく。
薬師丸の父の心を占めていた女性は、
また、実質上も、既に本妻の遇をえていた。
苦しんだのは琴音である。
が、もっと苦しんだのが蓬だった。
同じ女子。ゆえに女子の幸せがわかる。
この立場が逆であったら、どうであったろうか?
心一つで嫁いできた男に渡すものがない。
男が受取らぬ心を抱いて妻という名の傀儡に徹する苦しみは
いかほどであったことだろう。
蓬は、出家を決めた。
身をひいて、尼になり、薬師丸の父のさいわいだけを祈る。
この事が、長浜の人心を打った。
己のさいわいだけを祈る輩(やから)の多い中、
己の身を捨てた蓬は袈裟御前さながらとまで謳われた。
琴音こそが深く頭を垂れた。
母をなくし、残された薬師丸を嫡男とする。
これにあたわざることのなきよう。
心に念じこんだ。
やがて、蓬は名を賢壬尼とあらため、
薬師丸の元服を見届けると京の羅漢寺に身を移した。
それから十年余。
賢壬尼の京のすさびをおもう心痛があわれで、
薬師丸は居を移すように何度か言葉をかけた。
「余呉になら・・」
若き日に薬師丸の父に話された小さな湖が目に浮かんだ。
二人でひっそりといきるなら、余呉の湖さながら、
山々が二人をかくしおおしてくれるだろう。
成らぬ夢をそっと、口の端(は)にのせた薬師丸の父に
由縁の地であった。

「理周はもう何年になる?」
雅楽の席に座る幼い少女の横笛の音が澄んでいる。
横笛だけかと思った少女は次々と楽器を習得していったが、
相変わらず薬師丸は理周を呼んでは笛を確かめる。
寂しい笛の音が薬師丸の心に染み入ると
不思議な想いにとらわれた。
少女を笛の音ごと抱きとめてしまいたい。
幼いと言うべき頃からの理周をしっている。
この寂しさはなぜだろう?
そして、この寂しさに心が揺り動かされるのは何故だろう?
薬師丸藤堂戒実。
母の悲しみを知っている。
繰り返しては成らない過ちを戒める。
心を追っては成らない。
父の失態をくりかえしてはならない。
少女の寂しさを抱きとめては成らない。
抱きとめられない薬師丸ほど悲しい者はない。
寂しい笛の音は薬師丸の心に沈みこむように流れ出した。
諦めているはずの心がもたげてくる。
何度、煩悶を繰り返した事だろう。
「その寂しさごと渡しなさい」
口にだしかけた言葉を何度のみこんだことであろう。
繰り返しては成らない過ちを、
心のまに歩もうと薬師丸に決めさせたのは理周である。
「理周は父上にあってみたくはないのか?」
何度か理周に合ううちに、理周が抱えている生活もしった。
薬師丸に問われるままに母の死を、
寺の隅に一人で住みだした事も理周は話した。
薬師丸にふっと湧いた思いが、
薬師丸の底にある理周への恋慕を己が目にあからさまにさせた。
もし、理周の父の身分がわが事とつりあう者であれば、
理周を妻にむかえられるのではないか?
理周の答えは甲斐がなかった。
父は雅楽師であろうという答えは
薬師丸の心を実にむすぶものでなかった。
が、一旦見知った己の心を欺けるわけがない。
理周が欲しい。
理周に己の心を与え尽くしたい。
これが心を包む一巻。
たった一つしかない心をさらけ出せずに、薬師丸はさらに思い悩んだ。
何をしてやれる?
母のように、理周をお方様にしてみたところで、
理周がたどり着くところはやはり寂しさなのだ。
この物狂おしさは父の血がわかすのか?
恋慕の果てに父から受け継がれた血を疎みもした。
だが、賢壬尼は余呉になら行くといった。
賢壬尼の中には変わらず父を恋う想いがある。
母はそれだけでしあわせだったのではないだろうか?
ならば、もし理周がこの薬師丸をのぞむなら、
それはそれで、かまわないことであるはずだ。
理周の想いにかける。
何もかもを理周にゆだねよう。
そう決めると暗澹とした心が初めて晴れた。
「理周は・・・嫁にゆかぬのか?」
そろりと薬師丸の心がうごきだした。
余呉の湖(うみ)は静かな暗闇の中に在る。
湖のほとりの一夜の宿は大きな庄屋の家である。
理周の笛の音が途絶える事を仲間達は祈っていたのか?
それとも、途絶えぬことを祈っていたのか。
理周の笛の音は暗い湖面を渡り、水面(みなも)にただよいつづける。
笛の音はものうく。
夜の闇が深さを増してゆくだけだった。

「よ・・よめにゆくのか?」
晃鞍は余呉から帰ってきた理周に尋ねた。
「どうすれば・・・」
正しくは嫁に行くのではない。
昨日の夜にひとつとて、
やぶさかな想いを滲ませなかった薬師丸を考えてみても、
薬師丸からの申し出を艘謁から聞かされたときには、
狐につままれた気分だった。
「き・・・きのうは」
理周はその薬師丸と一緒だった。
判っていることであるが、改めて問い直さずに置けない晃鞍である。
「そう・・なのです」
昨日の薬師丸を見ている限り、こんな申し出が
既に成されていた事さえ微塵だに感じさせなかった。
ゆえに一層不可解なのである。
「すると・・・?」
もう既に約束はかわされたものなのか?
その身体で証をたてたことなのか?
晃鞍には理周の惑いが見えない。
嫉妬が目を狂わせ、狭い疑心だけにとらわれている。
同じ頃同じ事にもがく男がほかにいることさえ晃鞍は及びつかない。
「いくのか?もう、きめたことなのか?」
薬師丸が理周をもうもぎとったのか?
薬師丸の手におつることをえらぶのか?
枝を離れた果実は落ちるしかない。
この晃鞍の手でなく、薬師丸・・・。
もがく心は何にもがいているのかさえおぼろにする。
理周の女をもがれた事をもがくのか?
薬師丸の手に落ちる事をもがくのか?
「私は・・・」
男など、うとましい。
ましてや疎ましい生き物でしかない男に恋を知らされる事もない。
「ただ・・」
いつまでもこのまま、ここにいてはいけない。
いつか、どこかで、自分を変える風が吹く。
それが、今なのかもしれない。
風に身をまかせるか?
成ってゆくこと、そのままに身をまかせ、
風に身を投じ、ふきながされてゆく。
これが自分の運命。
そう、きめてしまっていいのか?
翼のある鳥は風を自由にあやつる。
翼をたたむか?
繋がれた鳥は風切り羽があっても、もう、二度と飛べはしない。
「ただ?」
「いつまでも、このままではいられない。それだけはわかっています」
「このまま?」
「艘謁は私を本当の娘のようにおもってくれております。
晃鞍は兄のよう。孤児(みなしご)の私をここにすまわせてくれて・・」
晃鞍の耳はもう、理周の言葉をきいていなかった。
「わしは・・理周には・・兄か?兄でしかないか?」
理周をもぎとられることより、
薬師丸の手に落ちることより、
鋭い痛みをあたえて理周のたった一言が晃鞍の胸を断ち割った。

理周は耐えた。
晃鞍の手は理周の女を求め
優しい兄は今、理周に屈服を要求していた。
流れ落ちる破瓜の印が晃鞍を安堵させていた。
「わしのものだ」
晃鞍は何度もそういった。
「理周。妻(さい)になれ。わしの妻になれ」
違う。このままではいけない。
どんなに望まれても晃鞍は理周には兄でしかない。
首を振る理周を羽交い絞めにして晃鞍は理周を頷かせる事に必死だった。
「理周。これは・・どういうことだ?」
理周をいためる動きを大きくして、
晃鞍にとって女でしかない事を理周に教える。
痛みは理周の臓腑をえぐる。
晃鞍を憎む気にはならない。
が、理周の心は晃鞍になびかない。
「理周は・・晃鞍の妹です」
「違う」
「晃鞍は理周の兄です」
「違う、違う」
兄なら妹にこんな痛みを与えてまで
自分のものにしようとは思いはしない。
「晃鞍・・・」
理周はこらえつくした。
悲しい習性(さが)が理周をこらえさせた。
ただ、成すがままにまかせ時が過ぎ行くのを待つ。
晃鞍の抑制が生じてくるのを待つしかなかった。
失った代償は大きい。
が、理周は晃鞍をまった。
「理周・・本意なのじゃ」
晃鞍の言葉は理周に届きはしない。
「ずっとまえから・・こうしたかった。理周とこうなりたかった」
理周の沈黙は晃鞍の心を受け入れたせいではない。
だが、抗う事を諦め、晃鞍の蠢きを受け止める女は
確かに晃鞍の物になったかのように思わせた。
男は本懐を遂げるまで、正気ではない。
いつの間にか理周は悟っていた。
流れ落ちる涙は兄をなくしたせいである。
なのに・・・。
「理周、わしがおまえを護ってやる」
悲しみを一人で堪える理周をしっている。
洗いざらした手拭いに落とした理周の涙が
十三の晃鞍の心に植えつけた罪である。
「泣くな・・わしが・・護ってやる」
悲しい刻を労わり抱えてやれなかった晃鞍の痛みが
言わせる言葉を確かに理周は兄の言葉と聴いた。
「理周・・本意じゃに」
本意になどなってほしゅうなかった。
ただ一人、理周の女を意識しない男だったはずの晃鞍も
己の恋情に負けた。
「理周・・いかぬの?なあ?いかぬよのお」
薬師丸の所にいけるわけがない。
晃鞍の心を知らされ、この有様を拭うて、いけるわけがない。
「どこにも・・いきませぬ」
晃鞍は、晃鞍のものになると聞き終えたのかもしれない。
晃鞍の元にも行かない。
どこの誰のものにもならない理周はたった独りだった。
ここを出てゆくしかない。
晃鞍の理周への恋情を受け止めきったあとは、ここを出るしかない。
それが理周の出した答えだった。
誰のものにもならない。
すなわち理周にはもう寄る辺がなかった。
『兄さん・・・兄さん』
理周は晃鞍のあって欲しかった姿を胸の中で何度も呼んだ。
妹として、最後に尽くせる事は晃鞍にあらがわないでおくことだけ。
晃鞍の思いの始末を最後まで受けとめるだけだった。

息をのんだのは艘謁である。
堂に姿を見せぬ晃鞍。
嫌な予感がした。
理周を女子としてみているのは、自分だけではない。
直感が理周の元へ走らせた。
扉を開けた艘謁の目に飛び込んできたのは、男と女の絡みだった。
晃鞍?
理周を抱いているのは晃鞍である事は既に判っている。
艘謁が思った事は、理周を抱く者がだれか?ではない。
理周が男として受け入れる相手が晃鞍なのかということである。
男はすぐさまに女の顔を見詰め一瞬のうちに判断を下す。
理周の悲しい諦念がその顔に浮かび上がっていた。
「晃鞍」
静かに呼ばれるまで晃鞍は
理周の住まいへの侵入者に気が付きもしなかった。
ゆっくりと、振り向いた晃鞍のまなざしには思いつめた物があった。
「晃鞍・・」
じっと、まなざしを艘謁にむける。
「これが、本心です」
だから、親と言えど、邪魔立てをするな。
獲物を手中に納めた蜘蛛は獲物を抱えても、にげまどうだろう。
ここで無理に理周を引き離せば蜘蛛は諦めるだろうが、
どこに行ってしまうやら。
理周を思う前に艘謁はやはり父である。
「晃鞍、あしきにはせぬ。理周と少しはなしをさせてくれぬか?」
男と女でしかない有様を露呈させている最中の二人を
認めるしかないだろう。
だが、
「薬師丸のところへは、やらぬ」
「わかっておる。理周はもう・・やれぬ」
艘謁の目にも理周の破瓜の血がおびただしかった。
哀れな娘は男の陵辱にたえきったまま、瞳を塞いでいた。
「ならば」
理周をくれ。
わが妻にせよ。
既に成りえた身体だけの事でなく、形をも晃鞍はのぞんだ。
切ない恋情がいたい。
若ければ己もこの姿であったろうと、思うと
艘謁は晃鞍は責める気にはならなかった。
「だから。理周と話させてくれぬか?」
若い牡はしばらく考えを手繰っていたが
「かならずや」
父が力添えをしてくれる。
それを信じると、理周の身体を離れた。
むこうに行けと言う父の目をうけると晃鞍は衣服を直し、外に歩み出た。
理周を我が物にした自信が晃鞍をうなづかせた。

晃鞍がそとにでると、艘謁は言葉を捜し黙り込んだ。
己の理周への心より先に息子が与えた始末をどうあやまればいい?
惑う艘謁が言葉を選ぶより先に理周がいった。
「判っておりました」
理周は微かに頷いた。
「貴方が私の居をここに移したときから
貴方こそが私を女としてみているのだと」
「理周?」
「私をここにおいてくださり育ててくださった貴方にかえすことは
せめて・・」
女として嘱望したい理周を堪えていた艘謁の男に返す事はひとつ。
「ば、ばかな」
うろたえる艘謁の手は己の心に反して理周の胸元に手を伸ばしていた。
「ぬぐうてください」
陵辱を与えた晃鞍を。
陵辱を与えさせた理周を。
男の痛みを知らされた悲しい理周を。
「わしは・・」
「よいのです」
愛と呼ぶには遠すぎるかもしれない。
父を知らない理周は痛みにもがく自分を慰めたがる艘謁の心に
父を求めたのかもしれない。
「ば・・ばかな」
「わかっております。貴方が一等最初に私の中の女を恐れた・・」
「理・・理周?」
父親のふりに徹せられる相手に理周が幸せを求めるなら、
艘謁は己を騙しきれたかもしれなかった。
「な・・なんで・・晃鞍なぞに」
一番、理周を取られたくない相手は晃鞍だった。
親と子。似て、非なる男がいる。
己に似た男で有らばこそ、赦せない。
「理周・・」
拭うてやる。
陵辱の痛みでしかないと言い切った晃鞍だからこそ、
ぬぐうてやる。
晃鞍を拭いきれるのは、この艘謁だという理周であらばこそ、
ぬぐうてやる。
「おそろしかったか?」
「はい」
理周のほほを伝う涙をぬぐってやると、艘謁は着物をはだけた。
己の一物は確かに理周の女を求めている。
けして、この心に順じてはならないと戒めたものは既に力をうせていた。
男はけして、欲望だけで動く者ではない。
が、悲しい女に愛を教える術はやはり・・。
「あ・・」
艘謁の与えた痛みに理周が声をもらした。
「理周・・こらえぬでよい」
いつも、いつも、何もかもにこらえた理周だ。
「悲しいというがよい。つらいというがよい。痛いといえばいい」
理周は首を振った。
「あまえるがよい。泣けばよい」
辛い痛みに耐える理周が、これを最後にでてゆく。
艘謁には判った。
艘謁にすがる女になれるなら理周は思い切り泣き叫び、
晃鞍の耳にも届くように、自分の女が艘謁に埋められる事を
あらわしてみせただろう。
だが、理周は堪えた。
堪えて艘謁を受け止めた。
「わしは理周を・・女にしてやれぬ」
だのに、艘謁の男に応える理周がいる。
抱かれているのはわしだ。
ぬぐわれているのはわしだ。
九つの理周に既に女を見た艘謁である。
十三の歳の初潮になし崩してはいけない理周の女を知った。
十八。わが手に抱いた理周はけして、自分の物にならない。
これは。晃鞍も同じなのだ。
だれをなぐさめるでなく、艘謁はただ、ただ、理周を抱いた。
返す手が別れに成る。
永遠の諦めを知らせる理周は自分が女である事を如実に語って見せた。
還せる術が諦めである。
けして、男は欲望だけで女子を抱く者でない。
同じ事を親と子はして見せた。
一方は理周をとらえるため。
一方は別れを惜しむため。
だが、けして、男は欲望だけで女子を抱かぬ。
いとしい。
この思いで何もかもを拭うてやりたかった。
最後の理周は悲しいほど綺麗だった。

「でていった?」
艘謁に告げられた事実は腑に落ちない。
理周ではない。
何故、父が理周を黙ってでていかせた。
晃鞍が、したことは理周をおいつめただけであるのか?
項垂れる晃鞍に艘謁は言葉を選びながら話し出した。
「理周は男をうとんでいたとわしは思うておった」
えっと小さな声が晃鞍の喉で飲み込まれた。
「しかし・・違った」
晃鞍は父の言い出す言葉を待つ。
「あれは・・・自分が女である事をうとんでいた」
男という生き物がいる限り
いつかは理周は理周でなく、女という生き物にならざるを得ない。
「あれは・・・。母親の生き様がこたえていたのだろう。
どんなに悲しかろうと女であった母親があわれだったのだ」
母のように、想いをもつ。
これが女である事の悲しさ。
男という、片割れしか女にはいないのだろうか?
理周は一生、笛をふいていきてゆこうとさえおもったことだろう。
が、十三の理周は既にこの先の自分に女が用意されている事を悟った。
悟らせたのは艘謁だろう。
理周を自分の側から離した。
理周の中の萌え芽でしかない女を追う男がいる。
艘謁は、たった十三の理周に対峙する自分の中の男が恐ろしかった。
理周は聡い娘だった。
今更ながらにそういえる。
理周は艘謁の底を知ると素直に堂をでた。
だが、その時にはっきりと理周は、自分が女でしかないことも悟った。
「理周はどこにもいかぬと、いうた」
晃鞍の声が震えていた。
「そうだ。そのとおりだ。あれは女である自分を託せる相手が
おらぬのだ」
つまり、晃鞍は理周にうけいれられたわけでない。
「うそ・・だ」
「うそではない。あれは自分の女を誰にも渡せないのだ」
身体という、女を抱かせる事をいくら赦しても
理周の心は女になろうとしない。
女の心になりきる事を理周はおそれていた。
理周は理周だけでありたかった。
「わしも、お前も・・結句。理周を女としてしか見ていないのだ」
「父上?」
今、父は何を言った?
「わしもお前も理周という、女の身体をなめあげることしかできない・・男なのだ」
「ど、どういう・・ことです?」
「薬師丸にだかれても、お前にだかれても、わしに抱かれても、
理周は自分の女をうとむことしかできない。
女にならせたい男の勝手を理周はうけてみせはするだろうが、
心の中で、己が女である事をいっそうにくむだけなのだ」
だれも理周の心をつつむことができない?
男に愛される自分が、女である事を喜び、
女に生まれてよかったと思わされる男を心に住まわす事が出来ない?
「ぁ・・兄でしかないというか?
ここまで来て、それでも兄でしかないと言うか?」
いや。それさえ、失った。
そして、とっくにこの父は娘を失っていた。
すでに、娘としてさえ理周を見る事が出来ない男がいた事を
晃鞍にさらけ出していた。
「理周は・・どこに?」
「わからぬ」
首を振るしかない。
雅楽の仲間をたよりにはすまい。
あるいは同じ強要を受けるだけかもしれない。
それに。
「薬師丸様のところへもゆきたくない・・だろう」
薬師丸の手の届かぬ所をさがすことだろう。
すると、理周はどうやってくってゆく?
いや、それより、やはり、どこへゆく。
行く当てさえない理周。
「私が・・理周をおいつめなければ・・・」
理周が薬師丸をことわったとしてもここにいられた。
「なった事をきにやむな。これが結果なのだ。
九つの理周を拾ったときから既に仕組まれていた結果なのだ」
「そんな言葉で私が・・」
「癒されようが、傷ついておろうがかまわぬ。
だが、これが結果なのだ。理周は出てゆくときをむかえた。それだけだ」
「執心でしかないと?」
「やぶさかだがの」
「え?」
「理周には、お前もわしも同じ。男でしかない」
ちらりと、晃鞍を見ると艘謁は一気につげた。
「理周はお前と、わしの、執心を見事に拭いきった吉祥天女だった」
「あ・・・あ・・・」
女煩を侵した、同じ血の繋がりはまた同じ女を犯さしめた
と、いうことであった。

晃鞍は恐ろしい事実に胸を塞がれていた。
父を責めるなら、またおのれもせめられよう。
理周に男として対峙したのは、自分である。
理周、哀れ。
女としてしか望まれない自分になって見せるしかない。
晃鞍を受け止めるしかなかった理周がまた、艘謁を受け止めるしかない。
やりきれない。
いっそ舌をかんで死んでしまいたい思いを引きずりながら
理周の小屋に入った。
悲しい痕が残ったまま、理周はいなかった。
押入れの行李をさぐっても、あたりをもう一度念入りに
見渡しても理周の横笛だけがなかった。
もう。理周の笛の音さえ、聞こえなくなる。
たたみに手を突くと
晃鞍は大きく手を広げた。
このあたりに理周はよく座った。
いなくなった理周の幻さえもつかめない。
晃鞍は慟哭を押さえようとはしなかった。
理周の女を感じ取った確かな喜びと引き換えに
理周を失った己のおろかさに、
みじめったらしく、見栄を張る必要もない。
大声を上げ、おもいきり、晃鞍は自分を憐れんだ。

いつのまにか、雨は降り注ぐ。
琵琶の岸辺に立つ、理周の肩もすっかりぬれそぼり、
こ糠の雨は、髪に絡みつくと珠を結んだ。
額を伝いおちた雫は顎をなぞり、理周の泪に溶けた。
いっそ、しんでしまおうか?
湖はおいでと波を引き、来るなと波を寄せた。
母はしあわせだったとおもう。
死ぬ事さえこわくなかっただろう。
理周には母のような想いという浄土もない。
この世に生き、この世を去る間際まで、母は寂しい女だった。
一度(ひとたび)生を手放そうと考えた理周は、
母ほどにも幸せな自分でない事に気がつかされた。
寂しさだけの哀しい女であっても、母は女であった。
理周の身体を舐めた男。
理周が彼等にとって、女でしかないこと。
兄を失った時、同等に理周を女と見る父を捨て去る。
理周は女でしかない。
彼らは理周を女としかみない。
貴方達の望んだ事はこれなのですよ。
彼らの望んだものがなんだったかをみせつけることだけだった。
そして、理周の心の中に父も兄もいなくなった。
いたのは、これ・・・。
足首まで伝う破瓜の滴りがまだ、とまらぬ。
理周の心の傷がしみだしているようである。
うずくまるまい。
惨めに泣くまい。
寂しくなぞない。
立ったまま、理周はあしくびをみた。
女である事を見せ付ける血の滴りがおそろしい。
障りを迎えたときよりもっと疎ましいおそれがある。
そっと、足を踏み出した。
湖の波で足をあらってやろう。
立ったまま、理周は波に足を洗わせた。
だが、それがよかったのか、わるかったのか。
理周はそのまま沖に向かうように見えた。
「理周さん?」
入水するわけなぞわからぬが、
理周を背中から抱きとめ岸辺に引っ張り上げた男がいた。
「何をなさる?」
死ぬ気なぞありはしない。
理周はほうけた顔で男を見た。
見られた男も気が付いた。
「ち・・ちごうたのか?」
それにしても、夕刻迫る浜に一人ぐしょぬれになった女が
湖に足を入れていれば誰でも、すわっとおもう。
冷たく青ざめた顔の理周が、死を掴もうとしていなかったとしても、
死の方が理周を掴んでいたであろう。
「どう・・して?」
尋ねかけた不知火は理周の足元を見た。
理周の素足がみえた。
湖から引いた時足駄がぬげたのだ。
ひょいと湖に足駄をみるつもりであった不知火の目がとどまった。
血がおちてくる。
不知火の見ているものに気が付いた理周は
不知火の目から悲しみの痕を庇うようにかかがみこんだ。
かがみこんだ理周の身体がゆれ、意識がうすらいでゆく。
「理周さん?」
理周に何があったか悟った不知火はであった。
どういうてやればよいか、惑うまもなく理周の様子に異変をさっした。
理周は沈み込んでゆく意識の中で不知火に担がれる自分を感じた。
理周の意識を消す高い熱があった。
それは、現から逃げえない理周に与えられた加護におもえた。
屋敷に理周を連れ帰ると不知火は澄明を呼んだ。
式神というものほど便利なものはない。
大方の事情を知った澄明は着替えを携えて不知火の元に現れた。
「理周さん?」
陵辱に晒された女は、病に逃げ込むしかなかった。
精神をくたびれさせた理周の身体は熱にうなされていた。
生死を彷徨わせることで、
もう、一度生きる事をえらばせようというのである。
「のさりです・・ね」
神の試練。いや、生きる事への執着を与える神の慈愛といっていい。
「むこうにいってください」
濡れそぼった着物は既にぬがされ、
不知火の夜着をどうにかまといつけるように着せ掛けてはあったが、
理周の身体の傷をどう、手当てすれば良いか。
女子の身体なぞにたじろぐ年齢でもない。
それどころか、新町で女子をよく知る不知火ではある。
が、それは、女として求める女子のことであって、
こういう場合はしらぬ。
ましてや、陵辱の後。
同じ男に触れられたくもなかろう。
かといって、濡れた着物のままではいかぬ。
迷っている場合ではないと、素裸にして布団の上によこたえた。
それでも、出来るだけ理周に触れぬようにと
乾いた不知火の襦袢にくるんでやるしかなかった。
細い身体の中心から赤い痕が滲み散るように襦袢にしみだしていった。
「むごいことを・・・」
夜着を重ねると布団をかけてやった。
手拭いを湿らせ、額においてやって、
澄明を待つしかなかった。

程なく澄明は隣室をでてきた。
「手数をかけさせたの」
「いえ」
「どうかの?」
「ここ、三日四日。熱が下がれば人心地をとりもどせるでしょう」
痛い傷がある。
「なってしまったことは・・・とりかえせませぬ」
そうであるが・・・。
不知火を見詰た澄明がふとほころんだ。
「だいじょうぶですよ」
優しい男である。
雅楽の席で見かける少女を不知火も澄明もしっていた。
むろん、理周もこちらをしっている。
「それで・・このことは・・」
理周の父である洸円寺の艘謁にしらせないほうがよい。
読んだわけでない。
陵辱の痕をだいて、湖に飲まれかけた理周である。
艘謁の元に返れないということであろう。
さすると、理周をなぶったのは、寺のものか。
あるいは艘謁か。
理周は不知火に考え付かせる事が出来る、女の身体をしていた。
細い身体に女がいる。
哀れにもそれを掴み取ろうとする心に負けた者がいる。
「ええ」
誰にもいいはしない。
「おちついたら・・・」
「はい?」
「おまえのところで・・・」
理周をみてくれぬか?
理周を拾い上げたのは自分である。
当然行く当てもない理周の落ち着き先を考えてやらねばならない。
新所帯の澄明にたのみたくはないが、
いかんせん。不知火も男である。
「あ。ああ」
不知火の懸念が可笑しかった。
「不知火はそのような男では御座いませんでしょうに」
「わしがおもわんでも、理周がおもうわ」
不知火が男である以上、理周は恐れをおぼえるだろう。
「そうでしょうか?」
「お前は、初手からおなごじゃから・・・わからんわの」
「はい?」
初手から白峰の男を抱ける女子だった。
男に抱かれる女だった。
「わしが・・」
「なんですか?」
不知火が言いたい事が見えない。
「つまり、わしが抱いても、お前は女になる。そういう類なのじゃ」
ほほを染めて一気に言い放ったが、澄明には、わからない。
女子には二種類ある。
一つは不知火が通う新町の女子。
澄明の類はむしろこちらに入る。
身体ごと心ごと女になって男を受け止める事に得てる女である。
一方で、女になれない女がいる。
賢壬尼もそうであるかもしれない。
もっと砕けた言い方をする。
「男が要る女と要らぬ女がおるのだ」
さらにいおう。
「男に抱かれたい女と拒む女がおる」
「はあ?」
「男によって己の女をしらされる。それが無常の喜びになる女と」
「わかりました」
端にいいかえてみているが、早い話。
男の一物が要るか、要らないか。
「私は淫乱な性をぐゆうしておると」
「あ、いや・・そうではない」
ことばをにごしていると、
「不知火は女子にほれた事がない・・そういうことです」
「な・・・」
暗に新町に通う事を揶揄されている。
「女子に惚れるという事は、だかれたい女子をもとめることです」
その男に応える女は二人をつなぐ、男の品物さえもいとしい。
「ふ・・ん」
理周の相手が自分の女子で受け止めたい相手でなかっただけでしかない。
「だったら、なおのこと」
理周をここに置くわけにはいかない。
「不知火は・・」
言いかけて、黙った。
「なんだという?」
「理周を欲望で抱く女子にはしないでしょう?」
「そうだが」
話が振り出しに戻った気がした。
「だったら。理周の傷を癒せる事になると思います」
「はあ?」
「それとも、理周が居たら、新町にかよいにくいですか?」
「ば、ばかもの」
澄明のいう事が少し読めた。
男が女を見れば、一物を宥める対称にしかみない。
どの男にとっても女はそうだという思いが理周にあるということである。
「あたら・・美しくうまれてしまったばかりに」
男の瞳の底はいつも、理周の女をねめつけまわしていた。
裏を返せばその美しい理周に女を捜さない不知火である。
男の好いたらしさはさっさと、新町でひねりつぶす。
「ふうん」
「だから・・余計な心配をなさらなくていい」
むしろ、不知火のさばさばした欲望の肯定と昇華は理周を安らがせる。
澄明にはそんな気がしてならなかった。

理周がいつ、目覚めてもよいように不知火は粥をたいた。
初めは硬い粥を炊いたが、理周の熱はさがらなかった。
起きる事も叶わぬとわかると、理周のために炊いたかゆをたいらげ、
新たな粥は緩めた。
手拭いを替えて、額を触るがどこからこんな熱が出るのかと思う。
熱っぽさは唇をかさつかせ肌もかわくようだった。
水差しの水を口に含ませてやるが、理周は水を飲む意識さえなかった。
不知火は理周の鼻をつまみ、僅かにあけた理周の口に水差しを
そえてみたが、理周は力なくむせこんだ。
戸惑うたが、不知火は理周に口移しで水をあたえた。
不知火が塞ぎこんだ唇は理周の唇から水をおとすことなく、
僅かづつ嚥下されるのがわかった。
理周の嚥下を確かめながら、水を注ぎ込んでやる量を加減し、
理周の口の中に水をおとしこんでやる。
僅かな水分でも、理周の息がらくになったようにおもえた。
繰り返し湯のみいっぱいの水を飲ませるために
不知火は酷く無理な格好と術を課せられたが、
しばらくは理周の熱っぽさがひき、
静かな寝息が規則正しく聞こえていた。
「水をわすれずに。それと、たべれるようになったというても、
何日もたべれてないようでしたら、重湯から・・」
澄明が言い残したあと、くどには米がおいてあった。
ようよう、気の付く女子だと苦笑して、
まずは全粥を炊いてみたが理周はおきなかった。
不知火は理周の側を片時も離れず、手拭いをかえてやり、
たまに水を飲ませてやる事ぐらいしか出来ない。
澄明がのさりだと言い切ったのだから、よもやのことはないが、
身体中をほてらす熱の高さがつらげにみえた。
雨に打たれたのがいけぬかったのだろう。
梅雨月の雨は身体に悪い。
外気は生暖かく雨はぬるい。
寒さをかんじさせないまま、雨水は体温を奪う。
徐々に身体がひえる。
気が付いたときには、身体が芯からひえきっているのである。
その身体で、もし、湖の深みに足を取られでもしていたら・・・。
考えただけでも、おそろしいことになっていたのである。
「勘違いではなかったという事か」
あのとき。ほうけた目で不知火を見た理周がうかぶ。
「まあ。すってのところだったわの」
独り言を呟き理周の額の手拭いをしめらせなおした。
変わらず熱は高い。
理周の側でたたみに寝転ぶと不知火も仮眠をとった。

三日目の朝。不知火は五分粥を重湯にかえた。
「これは・・こたえぬの」
粥は量が多くても直ぐに腹が減る。
昨日の五分粥もさらに腹が減るだろうが、
理周がおきてくれぬと、この重湯も不知火の腹に収めねばならない。
むれた空気に晒された昨日の粥を、病人にくわせてはいけぬと、
不知火が粥をくった。
が、どろりとした重湯はいささか。
腹に入れば同じことと思うが、いい加減、茶漬けでもよい。
かたいおめしがくいたくなってきた。
やれ、おめしをくわせてもらえるかどうか、
そっと、理周の額にてをあててみた。

額に当てられた手が、暖かい。
理周の感触は人の手に触れられたぬくもりをとらえなおす。
「おや?めがさめたか?」
覗き込んだ男は薄目を開けた理周の覚醒に喜んでいた。
喜んだ男は理周の回想などにかまっておらぬ。
「はらがへっておろう?くえるか?おきあがれるか?」
なにがどうなってこうなったのか。
考えるより男の言葉に頷く方がさきだった。
「よし」
男はすぐさまに立ち上がると粥。
いや、重湯をよそった器を持ってきた。
「三日も何も喰わずにおったのだ、急に腹に物を入れると、
今度ははらがいとうなって、ねこむわ」
更々とさじをこぼれるような、薄い重湯を理周はすくった。
あたりをみまわす、理周のさじが止まるのを見ていた男は
「とにかく・・くうことだ」
理周を促し、つと、たっていった。
重湯をすすりきる頃に男は戻ってくると、
湯呑をさしだした。
「飴湯じゃ」
ほんのりと甘い香りがただよう。
口に含むと湯は飴を包んだ笹の香りもとかしこんでいるのがわかった。
理周は男の名前をおもいだそうとしている。
「わたしは・・貴方にたすけられた?のですね?」
「ぅ。まあ。すってのところだったわの」
「いえ・・私は、三日も・・たおれていたと」
湖からひっぱりあげたことだけでなく、
この三日の看病をいっているのである。
「ぅ・・まあ・・そういえるかどうか」
不知火のした事は水を飲ませてやった事と、
手拭いをあててやったことだけである。
礼の言葉を出しかける理周に
「それはまあ・・いいのだが・・・」
不知火は理周の思い出したくない事に触れる事に
すこしばかりためらった。
「洸円寺には・・知らせておらぬのだ」
躊躇った言葉が理周のわけを察している事がうかがいしれた。
「しらせてよいものかどうか。判断つきかねたのだが。
艘謁殿は心配なされておろう?」
どうするのか?
その答えは、理周には今後の進退も問うものである。
艘謁は悔いておろう。
艘謁の手を離れると、理周は横笛をだいた。
横笛を抱いて、小屋を出た。
理周を止めることさえ、思いつかぬかのように、艘謁は理周をみていた。
「ここにおれ」
いえぬ言葉である。
ここにおって、
妾になっておれ。
とめれば、そういう事になる。
誰の?
艘謁の?
晃鞍の?
それとも、ふたりの?
理周は己の女をあざ笑う。
畜生道におちましょうか?
男の心を二度と、うけとらぬ傀儡ができあがり、
いきているのは、女子である肉の部分だけになる。
理周は落ちてくる涙をほほにかんじた。
何のためのなみだなのか。
父子が見せた「獣」へのあわれみか?
獣の欲をあがなう牝でしかなかったことへの憤りか?
それとも、なくし去ったものへの追悼か?
「どこにも・・いくあてがありません」
迷う心のまま理周はすがるしかなかった。
「ここに・・・おいてください」
やはり、艘謁にはしらせられないということになる。
「どこかにおちつくまで・・」
どうすればいいのだろう。
どこかで金を稼ぐにしても、艘謁に知られたくない。
どこか、知らない土地にいくにしても、理周には路銀さえない。
雅楽の伝は理周の居場所を知らせる。
艘謁はともかく、晃鞍が知らぬ顔をしてくれるわけがない。
「しばらく・・で、いいのです」
とにかく、しばらくはこの男の好意にすがるしかない。
「わしは、かまわぬが。理周さんはそれで・・・よいのか?」
不知火には理周が居場所と引き換えにどこかで、
男に身をゆだねる事を覚悟しているように感じた。
だから、不知火はわざと問い直した。
理周は理周で不知火のいう言葉の底に感じる意味合いに
覚悟をといなおされていると考えた。
「はい」
「理周さん・・・」
「はい」
「貴方は自分だけでなく、私を馬鹿にしている事
わかってらっしゃるのだろうか?」
「あの?」
「何かを与えられたら、何かで返さなければならない。
これは不遜です。ただ、受取る一方これに甘んじて見せる。
これが感謝。与えられる自分である値を素直に認める」
「あ?あの」
「女子などいくらでも。たるほど余っている男に
女子をわたしてみたところで、礼にはならぬ。
こういえば、わかりますかな?」
「は」
「女子を見れば抱く事しか考えぬ男だと私を見ている事は・・・」
「あ」
「自分の女がそれだけのおなごでしかないともいっておられる」
「あ・・・」
「それだけの女子がそれだけのあつかいをうける。
これは当然の結果でしょう?」
自分のまいた種?
理周は自分の掘った穴に自分を落としこんだだけ?
不知火の言葉は理周の生い立ちさえも見切っているかのように
深く心の臓をついた。
「わたしは・・」
母をにくんでいた。
父さえ知らぬ子に母はどこまでも、女としてしかいきなかった。
追いすがる子は、母をとらえる男の影をにくんだ。
憎んだ以上にもっと、その影のものでしかない女という生き物が
また自分も同じである事を恐れた。
「わたしは・・」
その憎むべき女をいためつけてやりたかった。
身と皮のように離れない女が憎い。
どれほど、うとましいものであるか。
女がうけとめれるものは、
浅はかな男の欲望だけしかない。
そんなものしか、受け止めれない女が自分の裏表に一心同体にすまう。
「理周さんは、受け止める事がへたくそなのだ」
呟いた不知火に再び、理周はふいをうたれた。
この人は人の心を読むのか?
疑問がやっと理周に男の生業(なりわい)を気付かせ、
陰陽師不知火の名前が頭に浮かんだ。
「理周さんは。無償で愛される事など、この世にないと思っておられる」
「・・・・」
「すべからく、貰ったものは返さねばならないとおもっておらるる」
そのとおりだった。
艘謁に拾われたときから、それを借りだとおもった。
いつか、借りは返す。
だが、それが間違いだったと不知火はいう。
本当の親子の情をかんがえてみればいい。
育てられた恩を親に返す子などおりはしない。
子はまた、自分が親になり
子をいつくしむ事で親の恩に報いるだけである。
契約のように、恩をもらい、契約のように恩を返さねばならぬ。
既に赤の他人であろうとする契約をかわす理周は
いっぱし、一人で生きる大人の女だった。
艘謁が理周に女を見たのは、この心の翳りのせいであろう。
母親の生き様は心をゆだねる事に、
見返りを求められないことだとも理周に教えていた。
人を愛したら、寂しい。
理周に相応える愛なぞあることがわかるわけがなかった。
母の寂しい生き様は、理周を戒めた。
心を渡したら。
心を求めたら。
寂しさが理周を鵜呑みにする。
形だけの情しか受けられない理周こそ、
既に寂しい人間になってしまっているともきがつかず、
かたくなな心を解きほぐしたい男はかたちにとらわれるしかなかった。
からだという器から理周に入り込もうとした男は、
男でしかないことを理周にみせつけられた。
「まあ・・・おりたければここにおればよい」
それは無償である。
理周が何かの形でかえそうとせぬことである。
ただただ、不知火の恩を受ける一方だけでよいという。
「でも・・・」
一人で生きてきた。
肩肘をはって、己を立たせるのは己しかない。
強いほど張り詰めた意気地は病一つさえよせつけなかった。
誰かの厚意を貰いっぱなしにする考えはした事がない。
今は返せぬ理周であってもいつか返す。
ふと不知火がためいきをついた。
「身体が癒えたら、めしをつくってくれ。それで、どうだ?」
「そんなことぐらい、させてもらいます。当り前です」
それでは、返しにならぬという。
「かといっての。貴方のいうことは自分をいためつけるだけだ。
不知火も男だから抱いてくれと望まれればそうもしてやるが」
不知火が望めば理周は身体を投げ与えるだろう。
心のない傀儡なら不知火にはいくらでもいる。
傀儡より始末が悪い。
心に深くえぐられる傷にたえる理周がみえる。
それが、嘘でない証に不知火の言葉一つに理周の顔が沈んだ。
「あほう。どうして、そうやって、自分の心を偽り、きりきざむ?」
「は・・い」
不知火のいうとおりである。
人の心に甘える事が出来ない。
「心配すな。わしも男じゃが、女子がほしゅうなったとて、
心の通わぬ女をてごめになぞはせぬ。
世の中には欲は欲として、ぬぐうてくれる今天女がおるに」
なにをものぐるいして、望まぬ女子に女である事を強要せねばならぬ。
男の欲なぞ、小気味よく拭い去る新町の女子らは明るい。
身体を通り過ぎてゆく男たちのことさえ、憎みもしなければ、
己を怨む事もない。
「吐き出したら心にもかからぬような欲に己をなげうとう
と、言う考えをあらためられよ」
「はい」
小さく頷いた理周の瞳が潤んだ。
雫が落ちてくるのを袖口で拭きかけて、やっと気が付いた。
「この・・着物は?」
じぶんのものではない。
が、女物である。
妻がおられるのか?
てっきり独り者だと思わされていた。
男はそういう風体と匂いをしていた。
「ああ」
答えかけた不知火は戸口の物音に気が付いた。
「それを着せてくれたひのえがきたわ」

不知火の感はやはり、たがわなかった。
「どうですか?」
顔をのぞかせた澄明は風呂敷つつみをもっている。
着替えの着物をくるんでいるところをみると、
今日当たり理周が起き上がれるとふんでいたのであろう。
「あ・・あの」
理周がとまどうのは無理もない。
この人が不知火の今天女なのだとおもったからである。
こんな、綺麗な人がいるというのに、
自分はなんということをいってしまったのだろう。
「熱はさがりましたね。不知火は粥を炊いて・・」
理周に尋ねかける澄明の横から不知火が寸を入れなかった。
「重湯にしたわい」
「怒らなくてよいでしょうに」
どうやら、腹がへっているらしい。
白銅とは違う意味でこれも子供のような男である。
「あの」
理周は不知火に答えを求めた。
「この方が先ほど話していられた・・今天女さま?」
うろたえたのは不知火で
噴出したのは澄明である。
不知火のうろたえぶりで、澄明が読めた。
たぶん。不知火の事だ。
「わしは新町にいく男だから、心配せぬでよい」
理周の不安をとりさってやったのであろうが、
流石に女をかいにゆくとはいえなかったのだろう。
女郎を天女と言い換えた不知火がおかしい。
口元を押さえ込んで笑う澄明を待つ。
「あの?」
何か、おかしなことをいったのだろうか?
「理周さん。私をおぼえておりませぬか?」
まじまじと澄明を覗き込んだ。
「あっ」
澄明。陰陽師白河澄明である。
「おなごのかたであらせられたのですか?」
「わけあって・・男をよそおっておりました」
「そして。今天女・・・」
不知火が男の欲を拭うてくれるといった。
理周がして見せた事は、形は同じかもしれない。
が、その心の奥は天女にも程遠い。
また、吹き出しながら澄明がたした。
「私は白銅の天女です。不知火の天女は新町にたくさんおります」
「ひのえーーーー」
言いたくもない負行をさらしておるというのに。
天女が何者かまで、いうてくれるな。
「あっ、そういう・・ことですか」
「でも、心配なさらなくて良い。
不知火は大事な女子ほど不埒になれなくて、
そうなのですから・・」
「誰か・・想われる人がおらるる?」
考えてみるべき事であった。
そんなひとがいて、理周がここに居てはいけない。
「それならば、惚れた女子に不埒になれないというて、
新町にはいきませぬでしょう?」
矛盾した事を問いかけられて、理周は黙った。
不知火には澄明が不知火の気持ちを知っていると思えた。
ならば。
不知火はひらきなおった。
「おもうてもどうにもならぬ相手ということがあろう?」
一緒になれない。
共に歩めない。
ひとり、想うことしか赦されない。
理周の母もそうだった。
「寂しい・・ですね」
「思いはなくしとうないが、
男の身体というのはどうにもかってなものなのだ」
思いをかさねられない。
ならば、欲は欲としてだけで昇華させねば、想いまでなくしそうである。
「惚れた女こそだきたい。なれど、欲は欲でおなごをほしがる」
どうにもできぬ男の弱さをさらけ出して見せた不知火であるが、
澄明の策略に乗せられている事に気が付いている。
なにを謀っているのかわからぬが、
澄明は不知火を使って理周に何かをしらせようとしていた。
そうであろう?
このあいだの澄明は「不知火は女子に惚れた事がない」と
、いいきっておるのに、
今度は惚れた女子が居ると言明してみせる。
ともかくも、不知火の役目は果たせたのであろうか?

戸口まで立ってゆき澄明を送り出す時不知火はたずねた。
「なんで・・きがついた?」
不知火の底に塞ぎこんだ澄明へのおもいにである。
「不知火が・・ひのえとよぶから・・」
「あ」
うかつであった。
ひのえ。
澄明の名前をそう呼ぶのは、ひのえという名の女をみているせいである。
「さとかったの」
「いささか」
「まあ。よいわ。とうにあきらめておる」
「わかっております」
で、なければ。
「新町になぞかよいますまい?」
「たわけ!」
軽くからかい流してくれた澄明が帰ってゆくと、不知火は居間に戻った。
起き上がってきた理周が居間にやってくると、たずねた。
「私にも陰陽事はできませぬか?」
女でも陰陽師に成れるらしいと澄明を見た理周は考えた様である。
「それで・・かえしたいというか?」
それもある。
が、澄明を見ていると、不思議な感情にとらわれた。
例えようもなく暖かい。
地の底から身体を温められるような。
陰陽師というのは人をこうも包み込むものかとおもった。
むろん。それは不知火にもあった。
女でも陰陽師になれると知った今。
横笛や、雅楽以外のものに惹かれる自分をいた。
横笛が父を慕う、こもとであるときがつかぬ理周は
陰陽師に惹かれる、こもとが暖かさに餓えた心と、
きがつかぬまま、
不知火に頭を下げていた。

さらに三日。
若い身体はああも細いというのに見事に元に戻る。
理周が家事をよくこなす。
「てなれたものだの?」
十三のときから・・・何もかもを一人でこなした。
なれどころではない。
声をかけてみるものの、不知火が落ち着かない。
女っ気のないところに突然、女がすまいだす。
不知火にとって、
目下、女は新町で特別な事をいたす相手だけが女であったのだから、
見た目が同じ女であれば、不知火の意思に反して、
男が騒ぐのも無理がない。
「いかぬのう」
呟いたひとりごとにさえ、女がふりむく。
「どうなさいました?」
「なんでもない」
とは、いったものの、これが自分かと思うほど、女子を意識させられる。
「夕刻に出かけてくる」
どうも、たまっておる。
たまったものを始末せねば、これはこれで、理周に向ける目が汚くなる。
「理周もゆきます」
陰陽事とおもったのであろう。
てつないと倣いをかねて、ついてくるという。
「い・・いや」
「じゃまになりますか?」
「そうでない」
「ならば・・」
しかたない。
「し、新町にいくから・・・」
欲がたまったのは、理周のせいもあると気がつかれてはいけない。
まして、どこになにをしにいくかなぞ、知られたくなかった。
が、仕方ない。
「ぁ・・失礼しました」
いや。失礼というのとは・・・。
余計な弁解はやめた。
「遅くなるから、きちんと、戸締りをして、先にねておればよい」
ここ三日。不知火よりあとには眠らぬ。
無意識のうちに男である不知火を恐れるのか?
弟子か何かに成ったつもりの敬意からなのか?
不知火がおきておればいつまでも、針仕事を捜してでも起きている。
これはいかぬと、ふとんにもぐりこむこともしたが、
布団の中でねつけれぬのは不知火である。
ふすま一枚向こうの部屋の理周の寝息が聞こえれば聞こえたで寝苦しい。
聴こえねばきこえぬで、生きているのだろうのと心配になる。
寝息が聞こえて安心しているのやら、いらついているのやら、
さっぱり判らぬ。
どうも。いかぬ。
妙に女を意識させられていた。

「お妙ならふさがってるよ」
ここしばらくのなじみの女に先客がいると、遣手婆がいう。
「いや。お妙でないほうがいい」
お妙は店で一番若い。
年のころも理周とおなじ。
なんだか、やましい気分になる。
「節がおろう?」
「はあん?」
どうおもったのか、不知火は年増女郎の名を口に出す。
だけど。
「そりゃあいい。お節が喜ぼう」
節はそろそろ、年季も明ける。苦界暮らしもおさらばである。
「あたしゃ。小料理屋でもやりたいんだけどね」
お節がいうのに、
「で、そこでなにをくわすんだ?」
いいかえして、節をくらったおぼえがある。
「いまさらになって、抱かれた男が懐かしいなんていってやがるんだよ」
遣手婆の声を背中に受けながら、それで、喜ぶか、と苦笑する。
女郎はかなしいものである。
死ぬほど辛かったお商売が、からだになじむ。
馴染んだ体は堅気に戻ったところで元に戻りはしない。
折角年季が明けたというのに、古巣に舞い戻ってくる女も多い。
借金のかたに身を売られ、年季を終え、
やっと掴んだ堅気の生活も既に肌にあわぬものになっている。
男の仕掛けた手管はむごいものである。
その酷い事をするために不知火はここにきたのである。
酷いほどにこころよい逢瀬を求めに来たのである。
「わしも悲しい男じゃの」
つぶやく不知火は後ろから手を取られた。
「ぬいさん。おみかぎりだったじゃないかえ?」
久方ぶりに呼ばれた男のあだ名をよんでみせ、
はやくと、弐階の節の部屋をめざして不知火をひっぱってゆくと、
もう、二人は部屋の中である。
「やだよ。せっかちだねえ」
肌襦袢から紅い御こしがみえると、もう不知火は節をひいていた。
胡坐で座り込んだ不知火の腰をまたいだ節を
不知火の芯棒にむけて引き落とす。
「ひさしぶりだよお」
不知火の肉塊をのみこむ。
節の身体はすでに不知火のいきなりの直情を
すんなりのみこむしたたりがある。
硬い肉の侵入を味わうと節の身体が動き始めた。
「あ、あ・・どうしちまったんだよ?」
酷く張り詰めているくせに不知火はうごこうとせず、
節の巧拙にまかせている。
「いやだ・・よ」
身体の芯が火照り、肉棒がほとに触れる部分の
小さな感触がたかまってくる。
その感触をたかめるためか。
すでに高まったものをあじわいつくすためか。
止められぬ動きを恥じ入る事もなく
節は不知火の腕に支えられながらゆれうごいた。
「こころよいか?」
たずねてみせるが、節の声は陶酔にふれるばかりだった。
しばらくは、節が自在に泳ぐ事を許していた不知火だったが、
節の足を背方でくみあげさせた。
接触をゆるませぬようにして、節をくみしくかたちにかえる。
節もいよいよ、不知火に与えられる蠢きが大きなものにかわるとしると、
組んだ足をはずさぬようにして、不知火にしがみついた。
ふとんが節のせにあたり、あお向けに成った節の胸のさきを
不知火の指がつまみあげると、
ぐうとちからをこめた。
鋭い疼痛はほとにとどく。
「ああああ」
疼痛さえ中空彷徨うような快さとして
受け止められるような身体になってしまっている。
堪えられずに声をもらし始めた節に不知火の動きは遠慮会釈なかった。
しばらくは痴態のままに節を堪能していた不知火が果てそうになる。
「いかぬわ」
不知火はうごきをとめて、高揚をやり過ごした。
不知火らしい。
さっさと己の欲だけをぬぐえばよさそうなものであるが、
それでは女が苦界に身を沈めた甲斐がなかろうというのである。
できうるかぎり、共に楽しもうではないかというのは
女郎に精通した男の粋なのか?
はたまた、お商売の煩わしさを少しでも取り除いてやりたいという、
妙なやさしさなのか?
いずれにしろ、今度は不知火が仰向けにねころがりはじめた。
馴れ合った仲のいわずもがなである。
寝転んだ不知火の上に重なると節はゆくりとうごめきだしていた。
ゆるい動きは浅い快さを不知火に返していた。
不知火の上で節は、それでもあがってくる高揚にたえかねている。
「あああー。やだ」
「なんだ?きゅうに」
素面のまなざしで、節が気乗りのなさをみせていた。
「だって、ぬいさん。なんか、かんがえてんだもん」
節を素面にさせたのは不知火だった。
「やっぱ。妙ちゃんのほうがよかったんだろ?」
「いや」
「じゃあ・・なんだよう」
答えようとしない不知火に
「つれないねえ」
一くさり文句をいって、不知火からはなれようとした節をおさえた。
「きいてくれるか?」
真面目な面構えに変わる不知火である。
「ど、どうしたんだよ?」
「まあ・・色々と。おもうところがあってな」
「う・・うん」
少し肌寒さを覚えた節は上掛けをひっぱりあげた。
「はなしてごらんなよ」
肢体をつないだまま、深い仲の女の情がからんだ。

女を拾ったという。
そこから、不知火の話が始まった。
「手篭めにされて・・死ぬつもりだったんだろう」
「ふん」
どうせ、女はいつか男にやられちまうんだ。
それが遅いか、早いか。
自分がのぞむか。のぞまないか。
男を知りきった節には今では、どちらも大差ないことである。
「それが・・わしの屋敷におる」
「はあ・・」
「手篭めにされた哀れな女子じゃと思うに・・どうも」
わかった。妙な気分になるのだ。
それがもうしわけなくもあり、
自分の男に嫌気がさしてくる。
そのくせ、身体にはしっかり、しゃっちょこばる部分がある。
「そりゃあ。むりないよ。あたりまえじゃないか」
「そりゃあ・・そうなんだが」
理周には割り切れない男の生理を身体で理解する女は簡単にうなづく。
「だからって、ぬいさんがその女に
なにかしようなんて、思うひとじゃないんだしさ」
実害がなければ、何をどう思っても男の勝手じゃないか。
「男がいやだっていうんだろ?
そんな女に限ってごろっとかわっちまうんだよ」
男をうけいれるだけでなくなり、男をほしがる女にかわる。
「それってさ。いやだの、しのごのってさ。
これは何にも知らない女のわがままだよ」
「へ?」
「だってえ・・」
節は腰を僅かにゆすってみせた。
それだけでこえをもらしかけ、
「こんなに・・きもちよくなるもんなんだよ」
女の良さを知らないだけ。
世間知らずの議論じみたものでしかない。
「いずれ、かわっちまうんだもの」
変えさせようとした男はけして、悪くない。
むしろ、男が女を変えちまうべきで、
「こんなの・・男じゃなきゃ・・おしえられないよ」
蠢かされた不知火に喘ぎだした節が証明する。
「悪いのは・・変わらない女のほうさ」
だから。
不知火が男である以上
女を変えてやろうとする事こそが正義である。
は、おおげさであるが、ゆえに、
「おかしな気に成らないなら、ぬいさんの方がまちがってるよ」
男である以上、不知火の反応は当然である
と、節は、揺らめきながら言った。
「ふうう」
不知火はまだ、ためいきなのか?
「なんだよ?どうにかしちまいたいなら・・・かまわないじゃないか」
「ばかな」
「ふん。それであたしを当て馬にしてるんなら同じじゃないかえ?」
「え?」
そうなのか?
そういうことなのか?
そう・・・かもしれない。
仮に節のいうとおり不知火だけの欲をはたしたとして、
理周のこころはどうなる?
「心がふさがれておるに」
「ばかいってんじゃないよ」
節の目がきつく見開かれていた。
「え?じゃあ。きくよ。あたしは誰かにほれちゃあいけないのかい?」
節の言いたい事が判らない。
「どういうことだ?」
「あたしはこんなお職だよ。
身体を開いて、どんな男にも抱かれるんだ。
男にやられちまった女は心をふさぎこまなきゃいけないかい?
誰かに惚れる心をもっちゃあいけないかい?」
それこそが不知火が理周にいいたいことだった。
「いいかい?女なんてもっとつよいもんだよ。
身体と心なんて、べつくだてなんだ」
「節?」
「ぶん殴って、押し倒してでもやってやりゃあいいんだ。
みえてくるんだ。そしたら・・・みえてくるんだ」
なにがみえてくるという?
節がなきだしていた。
「安っぽい女郎だって、本気で惚れられたいんだよう」
「節?」
不知火に節の言いたい事が見えた。
理周を手篭めにしてまでほしがった男。
それでさえ、自分にはかけてもらえない愛の形なのだ。
男は欲を拭うためだけに節を抱く。
欲をぶつけられ、節の奥底に生じた思いは
「愛されたい」そのひとことになる。
愛されたいという思いを自分にみせつけられ、
節の中で愛されたいという女こそが真実になった。
このいとしい女を、いじらしい女を、可愛い女を知った。
節は自分の中の女をだきしめてやる。
身体を通る男も知らない、節しか知らない女は節の宝珠だった。
「わかっちゃあないんだよ。どんなに女がかわいいもんか」
誰でもない。自分こそが女のいとしさを抱いてやれる。
この強さにたつまで、女はなににでも、心ふさがれる。
「甘っちょろい、女こそ、欲にぬぐわれりゃいいのに」
欲を拭われ続けた女だけが、この真実にめぐりあう。
「おかしなもんだよねえ」
不知火が節を抱きよせた。
節の中の女に届きゃしないだろうが
「だいてやる」
不知火に惚れもしないし、不知火も惚れやしない。
だけど、節は
「ありがと」
そういって、不知火の動きにかさねあわせていった。

「切ないよお・・・ぬいさん。ねえ。せつない。せつない」
節があらがう。
「節・・かまわない・・から」
「やだ・・やだ・・やだよう」
「いいんだ・・節・・放してやれ」
上り詰める事を抗う節に杭をうちつづける。
「あ・・あああああ」
高みだけの女になる。
高みを味わう、女がかわいい。
緩めない不知火の動きに、節が熔けた。
節も同じ。
高みに熔けこめるこの女の感覚がいとしい。
節は相変わらずかわいい。
「かわゆいの」
らしくもなく不知火が囁いた。
惚れてしまいたくなるほどかわゆいのに
「よう、ほれてやらん」
いいんだよって、節はくびをふった。
だって、ぬいさんは節の中の可愛い女を十分にみせつけてくれる。
節の中には愛されるに十分な可愛い女が居るから、いい。

その頃、理周である。
かんぬきを落として、居間にすわりこんでいた。
人気のない部屋は広く、不知火が活けた花だけが
行灯の灯りにぼううとうきあがってみえた。
不思議な人だとおもう。
男のくせに理周よりもよほど器用に花を活ける。
それよりも、もっと。
不知火には惚れた女が居ると澄明がいった。
惚れた女がいながら、新町に通うといった。
新町の女の事を天女だともいった。
欲がありながら、理周の女は要らぬと叱り付けた。
このどれもが、不思議。
晃鞍は理周に惚れた?
惚れた女を、抱く事でわがものにしようとした。
不知火はあきらめておるといった。
欲をなげうちたい女子はほれておらぬでもよいという。
晃鞍は、欲をも理周になげうった。
惚れておれば無体も構わぬか?
不知火は惚れておらばこそ、新町で欲をすすぐという。
惚れられぬ女はどこまでいっても、男の欲をすすぐ道具か?
「惚れておる」と晃鞍は理周を道具にした。
いずれにせよ、女は態のいい洗い水。
だのに、不知火はさらけだした。
男は困ったものだという。
困った男をすなおにみとめると
「惚れておらぬ」と、女子を道具にする。
なのにちっとも、わるげがない。
わるげのある男はせいぜい「すいておる」「妻になれ」と
大儀を振りかざして、
おのれのわるげを正当なものにみせかけた。
よほど、抱きたいとそれだけの方がほんとうらしくて、
理周もそれだけの痛みに泣けた事だろう。
不知火にとって、新町の女子が天女なのはほんとうだろう。
抱きたい男を受け止める女は天女だろう。
理周が受け止めた男は、欲を隠し、理周を淫婦におとした。
いまごろ、不知火は天女の腕の中か?
理周がみずからを淫婦に貶める事をしかりつけてくれた男は
いまごろ・・・・。
男に渡すものは真心ばかりではない。
そのままに欲を受け止める。
それが天女。
でも、それは不知火が綺麗だから・・・・。
だから、不思議。
欲にまみれきって苦笑して新町に行くといった不知火なのに、
綺麗。
だから、不思議。
「不思議な不思議な」
呟いた理周は、不知火が帰ってくるようなきがして、耳を外に傾けた。
じいいいいと鳴くのは、けら。
人が通れば、なきやむだろ。
朝までかえってこぬのかな?
何だかすこし、こころもとないのも、
不知火が優しいから?
広い部屋がものさびしいのも、
不知火があたたかいから?
けらのこえは変わらず、地鳴りのように唸っていた。

「ぬいさん」
うとうとしかけた不知火は節の声にびくりとてをうごかした。
「ああ。ねむっちまって?」
「おきておる」
不知火の背をさすりながら、節は情夫(まぶ)のようだなとおもう。
「拾った女って理周さんだろ?」
「え?」
不知火がしっかり目を開いた。
「なんでしっておる」
「言わないでおこうかとおもったんだけどね」
「なにを?」
「あのさ」
不知火の目をのぞきこんだ。
「ぬいさん・・どうおもうかなってさ」
「だから、なにを?」
大きくいきをすると、
「洸円寺の晃鞍が捜し歩いてんだよ」
行く当てのない理周が一等簡単に身を沈められる場所。
女郎屋。
売れる物がない男は、精一杯稼ぐか。川原のおこもさんか。
「なるほどな」
酷い目に遭った理周であるのに、
不知火に返す礼を女で返すと考えるもといはここかもしれない。
どのみち、不知火を頼らねば苦界に沈むしかない。
―どうせ。理周―
「ばかものが・・・」
追い詰められた理周が覚悟し、なげうった心があわれである。
不知火の瞳に光るものがあった。
「やだ・・ぬいさん」
節は小さな溜息を付いたが黙った。
ぬいさんは、理周にほれちまったんだ。
きがついたけど、節は黙った。
ぬいさんはそれに気が付いてない。
だから、黙った。
「それだけじゃないんだよ」
更に話があった。
「艘謁もきたんだ」
晃鞍が妹を探すのもわからないでない。
「おなじなんだよ。おなじにおいがするんだよ」
「な、なにが?」
「いいかい?よくおきき。あたしゃ、おどろいたよ」
艘謁は銀の袋をだした。
「理周が来たらわたしてくれってさ」
おかしい。
「だろ?なんで、艘謁がこそこそ、金を算段する?」
「・・・」
「それだけじゃないよ。なんで晃鞍がここに来た事をしらない?」
親子がべつべつにうごいている。
「そりゃあ。女将の信用には驚いたよ。
ここらいったいの女郎屋の実権は女将が握ってんだ」
だが、それにしても、理周を止めきれず、多すぎる金を理周に渡す。
「ねえ。ぬいさん。考えられる事は一つだろ?」
うなづくしかない。
うなづくしかないのである。
「理周さんは・・・父と子に」
「いうな」
「ううん。みておやりよ。みておやりよ。理周さんは・・・あの父子に」
「いうなああああああああ」
理周の痛みが辛い。
ききとうない。
「卑怯だよ。ぬいさん」
「いうな」
「にげてるだけじゃないか。
本気でほしがった晃鞍親子ほどでもないっていうのかい?」
「節?」
「すきにおしよ。あたしゃ、どうせ、女郎だ」
女郎のいうことなぞ、まにうけてくれなくていい。
「いや・・節がいうことはおうておる」
「ぬいさん」
何で、こんなに素直にまけちまえるんだろ?
「それでも・・わしがつらい」
「ばか・・だよ」
いつのまにか、理周に心砕く男になってしまった。
「ばかだよ。心をあけはなってるから・・・」
「ははは」
「はいりこまれちまったんだよ」
「ばかな・・」
「ばかだよう」
「節」
狂おしい欲情は理周が故。
出会ってたった七日。
理周は不知火の中で。
「できぬ。ならぬ」
再び逃げ惑う男の弱さを受け止めた節である。
「どうしようもない。恋がぬいさんをひっつかまえちまったんだ」
「ちがう」
「ちがわない」
「ちがう」
ちがう。
この狂おしさは。欲でしかない。
「ふ・・」
笑って節は取り合わない。
そうやってごまかせれるのもいまのうち。
どうしょうもない恋はいずれ、不知火の身体にまといつき
がんじがらめにみうごきをおさえる。
「だろう?」
欲をぶつけ、節にあまえてみせる。
「だろう?」
いくらでも、節を喘がせれば良い。
不知火の涙ももがきも見届けた。
心と身体は別くだて。
そういうたであろう?
自分に頷くと節は不知火の躍動に身を任せた。
毒にも薬にもならぬおんなだが、
それゆえに不知火の欲をたたきつけられた。
理周は毒か薬か
きつい毒だと想う。
あの寂しさごとどうにかしてやりたくなる。
男には制しきれない毒を含んだ女は
結局男のどうにかしてやりたいという思いを腐食させる。
上っ面の身体しか舐めれない事にきずかされた時、
理周のどくは身体をまわる。
心を受取らぬ女は、
死にかけたふぐだ。
毒にとらわれた男は理周の身体をなめたことを後悔しながら、
届かぬ理周の寂しさにもがきくるしむ。
しらねばよかったとおもう。
理周を。
父子の痛みが、不知火にうかぶ。
が、それを拭ってやれるのは、
こころを受け止める理周の姿であり、
理周に確かな愛を渡せた男の息吹きだけであろう。
はてきった欲情に眠りを覚えた節の身体をはなしてやると、
不知火は屋敷に帰るため身繕いを始めていた。

それから・・・・・

「理周」
いつのまにか。理周をそう呼ぶようになっていた。
「きいてよいか?」
不知火の前に座った理周は神妙な顔になる。
「あの?」
「いや、そうかしこまらんでよいに・・」
なんだろう?
「いや。ここに来たときに・・横笛を持っていたろう?」
「ええ・・」
それだけは理周のものなのだ。
「だいじなものだろう?」
とうぜんである。
「ならば・・なぜ、ふかぬ?」
「あの?ききたいことって?」
「そのことだがの?」
何を聞く事がほかにある?
理周はわらいだしそうになった。
この人のことだからもっと難しい事を聞くのかと思った。
理周がふえをふかぬわけだって、とっくに察していると思った。
「ん?」
「だって・・」
「なんだ?」
「笛を吹けば、ここに理周が居るのがしれてしまいます」
不知火は、はははと笑った。
「それでふかぬか?ふきとうないか?」
出来る、できないでない。
理周のこころをきいている。
この人は、いつもそうだ。
「ふきとうございます」
素直に心を見せた。
「ふけばよかろう」
「でも」
それで、理周のいどころがしれれば、
艘謁が来るかもしれない。晃鞍だって。
・・・薬師丸だって。
なにをいえばいい?
どんな風にあえばいい?
「いらぬしんぱいをするな」
不知火は理周の恐れを笑い飛ばした。
「お前が心配するものがきたら・・そうだのお」
「?」
不思議な不知火。なにをいいだす?
「わしの嫁に何の用事かのといってやるかの?」
「え?」
「さすれば、お前も安泰。奴らもほっとするだろう?」
「え?」
「くちうらはあわせよ」
「は、はい」
不知火の心はありがたい。
皆、理周の幸せこそをねごうている。
理周に汚い悲しみを見せない。
皆。理周の幸せをねごうている。
信じられないけど、
不知火が言うと信じたくなる。
だから・・・うれしくて、
理周は涙を零した。
「なにを?なく?」
「ううん」
子供みたいに首を振って
理周は微笑を浮かべて見せた。
「貴方は・・やさしいひとです」
「なんじゃ?」
どこでどうなってそういう言葉が出てくるのやら?
「さっそくじゃからの」
不知火が身を乗り出した。
「ふかぬか?」
「はい」
理周は部屋においてあった横笛を取りに行った。
やはり。うれしい。
笛はすき。
理周がもどると、
不知火が真面目な顔で
「よろしく」
きかせてくれと、頭を下げた。
「はい」
裸管にふれるもひさしぶり。
大事なこもとをかなで始めた理周に、
不知火は瞳を閉じて、己を耳だけにした。
澄んでいる。
澄んでいるが物悲しい。
『理周・・・』
ふと、節の言った言葉がよみがえる。
『父子ふたりに・・』
何故、節がそうおもったかわからぬ。
なぜ、不知火がその言葉を信じたかわからぬ。
「みてやってくれ。めをそらすな」
節が言おうとした事を塞ぎこんだ。
節の言葉は呪縛のようだった。
不知火は笛を吹く理周を読んだ。
悲しい事実は節が気取ったとおりだった。
「・・・・」
ひのえを想う白銅の言葉がうかびあがる。
―好いた女子のことはきになる―
白銅がひのえの心をよもうとしたのはこんなところか?
ひのえへの心も色あせる。
つかめぬ女より、理周は確かにそこにいる。
手を伸ばしたくなる不知火が居る。
「よもや?」
ばかな。
恋ではない。
かぶりをふる不知火の耳に届く笛の音は淋しい。
だきよせたくなる心を抑えたい。
「理周。でかけてくる」
今度は理周はついてくるとは言わなかった。

「なんだよ?また?節なのかい?」
節はもうすぐ足を洗う。
「おしくなったかえ?」
にやにや笑いながらも、遣手婆は節を呼ぶ。
「あら?」
すこし、節の皮肉が入る。
「あたしなんかの相手をしてていいのかい?」
だまって、節の手を引いた。
「ぬいさん?」
「いいから」
『そうだね』
手をひかれ、節は二階に上がった。
あいかわらずのいきなり。
「ぬいさん」
誤魔化したい心を、ぶつけられぬ欲情を、
替わりにいくらでもうけとめてやるさ。
やすいもんさあ。
「なあ。節はなんで、父子だとおもった?」
やっぱり、気に成るのは理周の事。
突然、話し出した事がなんのことか?
節がすぐに判ると思い込んでるくらい、
心の中を占められているのにもきがついてないんだろうか?
なんのこと?
わざとといなおして、
不知火のこころをみせつけてやろうか?
「最初は晃鞍だと思ったんだ」
なんで?
「女子をさがしていたよ。ちがうかい?」
不知火が理周を読んだか聞いたか判ってる節だった。
「おうておるが。ならば、艘謁がさがしておったは?」
「娘だよ」
ならば、それで、何故ふたりにとおもえる?
「感」
溜息を付いたが
「いいよ。黙っていたって話したっておなじだものね。
艘謁が、捜してたのは自分が犯した娘への償いだろうね」
節がいう事は矛盾がある。
娘を捜していた艘謁ではないではないか?
「あたしがここにくるときにさ」
節は艘謁の様子からだけ、判断したことでない事を話そうとしていた。
「とっつあんは・・娘より守りたい物があるんだ」
自分の至らなさで借金を抱え込んだとっつあんには
金を返す算段がなかった。
「うるしかないってさあ・・・」
節の声が泣き声になった。
「うるんだよ。うるんだけどさあ。てめえの女房はうれないんだよう・・」
節を売る。
父親が節にみたものはなんだったろう?
「え?どこのだれにくれてやってもいい。
あたしの中の女はそんなもんなんだ」
節の話はよくあることだ。
だけど、どの娘も親さまを救うためだと
自分をしんじこむことにしている。
悲しい運命をみないことにして、
綺麗な天女みたいな気持ちで苦界におりたつ。
「だいとくれって、いったんだ。とっつあんにそういったんだ」
「え?」
「がらくたみたいに弄ばれるこの先にみをおとすだけなんだ。
なら、とっつあんだけが節をまっとうなきもちでだいてくれる男だろ?」
親子である。理周のような仮の親子ではない。
「で・・できぬだろう?」
「そのとおりさ」
てて親はこ汚い男の手に節を渡す事を選んだ。
「だあれも、あたいにまことをくれるやつはない。
誰一人とっても、欲しかない。せめて・・外道でいい。畜生でいい。
だいてほしかったんだ。
とっつあんだけが・・あたしに詫びていたんだ・・」
その手にだかれることで、節は夢を信じていこうとしたのかもしれない。
「いいんだよ。わかってるんだ。
そんな事を話そう何て思ってるんじゃないよ」
「ん」
「理周さんもね。同じじゃないかなって思ったんだよ。
父親に綺麗なものを貰いたいってさあ。
それで、兄の事を赦そうって思ったんじゃないのかなってさあ」
「だ・・けど・・」
「そうさ。実の親子ならやっぱ抱きゃあしないよ。・・できないんだ」
「ふ・・ん」
鼻にかかった声が湿っている。
求めた心がさらに理周を苦しめた?
「ばかだよねえ。悲しくて切なくて、どうしょうもない。
救われるわけないって堪えてるはずなのについ、てをのばしちまう・・」
理周のことをいうのか?
節のことをいうのか?
「ぬいさん・・だいとくれよ・・」
節を・・・。節の中の理周を。
抱いてやるしかない気持ちをそのままに。
心は重ねなくたって、ちっともかまやしないから。
「節・・・」
「やだねえ。何とかしてやろうってのはあたしじゃないだろ?」
悲しい話をしたのはぬいさんがはじめて。
だから。ぬいさんはやさしい。
だから。
節に戸惑ってしまう。
「きいてくれただけでいいんだよ。
こんなことだれにもしゃべれやしないもの」
あてうまでいい。
理周に心を砕くぬいさんをほんの少しだけかすめとって、
節もすこうしだけ、やっぱりおんなでよかった。
そうおもえるから。

溜息混じりに帰る夜道は、暗い。
ここより暗いのは、理周の淵だろう。
なんで・・そうなる?
だが、翳りを拭う者は理周自身だ。
何故。かほどにこらえる?
悲しいほどに、諦めている。
何故、愛される自分を求めてやれぬ?
なにもかもを諦めている。
節の半分でもいい。
愛されたいんだよう。
その心さえなくしたのか、
はなから、あきらめてたゆえか。
陵辱は理周の心をえぐりはしない。
自分にいいきかせて、
理周は、心など求めない。
一つもきずかぬふりをして、
なにから、めをそらす?
『とっつあんだけが・・まことだろう?』
節の言葉の裏にある意味。
これは理周の境遇を知っている女が
わざわざ、不知火に見せた大きな穴。
艘謁に父を求めたか、理周。
成りえなかった親子。
「・・」
成れるわけがない。
理周の心に父はない。
ない父に、甘える術も、求める心もどうあるべきか。
『理周・・おまえ・・・』
深淵は女であることでない。
―護りたい女はてめえの女房さ・・―
父親の中にある女への思い。
父親が女を愛する愛しかた。
理周がこれを見ておらぬ。
素直に女への愛を信じさせられる誠は、
父親だけが持つ男が見せられる。
「おまえ・・・」
母を愛する父を見ておらぬ。
女を愛する父を見ておらぬ。
いつか、父のような愛を貰おう。
思えるわけがない。
父のない理周。
子にさえ、なれない理周が抱く深淵は深すぎた。

「京にゆかぬか?」
新町から帰ってきて四、五日目の夕刻だったろうか。
不知火が理周を呼んだ。
「京?」
何のために?
理周の心を見ていた不知火である。
―京になにか?―
言い出せない言葉を飲み込んだのは、
既に不知火が理周の生い立ちも陵辱も、考えも、思いも
全て読んだ上なのだと思ったからだ。
「いこう」
何故、簡単に理周をうなづかせられるのだろう?
変転。
兆し。
変わり目。
不知火という男は理周の中の物を問う。
問われた事は理周に強い決心を持つことだと諭されている気がする。
逃げぬ事だといわれ、目をそらすなといわれている気がする。
「わかりました」
「横笛をわすれずにな」
ああ。やはり。そうだ。
京は父の都。
横笛は理周が父の子である唯一の証。
父が誰か判っているというのか?
判っていて、理周にどうしろと言う?
「みさだめぬか?」
察したのか、不知火はにっと笑って言った。
「なにを?」
「なにかを・・」
「・・・」
「なにをみさだめられるか。おまえにしかわからぬことだろう?」
そうではあるが。
「夢に描いた者がくずれるかもしれぬ。
だが、いいかげん。理周にはそれが必要であろう?」
現実でないものを、見ないで来た。
だが、それは、いくら綺麗でもまほろばであろう。
いくら、汚くても現をみて生きろと、不知火は言う。
恐れが小さく首をふらせる。
「理周・・いつまで・・とじこもるきでおる」
恐れだけ取り払えば何の事はない。
台地を踏みしめる強い娘になれるのだ。
理周の気弱さを、その腕でくるんでやり、
とりはらってやりたい不知火になるのをおさえながら、
「理周。もう・・お前はおなごなのだ」
一人のおなごを父に晒せるかどうか?
何かを父から貰うのではない。
父から与えられた性を掴み取っている自分かどうか?
それをみせられるか?
「おな・・ご?」
「もう・・いいかげん。たちあるけ」
「は・・・い?」
一歩先の理周の姿を言う。
笛を吹かぬか?といった時もそう。
現実の理周の戸惑いなんか聞いては居ない。
どういう思いでいるべきか?
笛は見やすかったけど。
「仕度を整えたら・・ゆくぞ・・」
支度(したく)なぞ、ありはしない。
構える心さえ、何にかまえればよいのか?
それでも、不安がある。
父は理周をしっているのだろうか?
母は父にとってなんだったのだろうか?
理周の存在を知ったら父はこまるのではないだろうか?
母に対する父の想いは・・・?
現実を知らぬ方が良かったものに成るかもしれない。
それどころか、理周のことどころか
母のことさえ覚えてない事かもしれない。
自分に問う理周は己の側面にきがついている。
『私は父に自分を認めてほしいのだ』
会うだけなら、一目見るだけなら、
不知火の言うように父なるものに逢って、
自分がなにを想うかを見定めるだけなら
父が自分を知ろうと知るまいと、構う事ではない。
父の中で覚えても居ない事なのか?
それが怖いのだ。
それが怖くて目と鼻の先の京にいるだろう雅楽師のことさえ
知ろうとしなかった。
胸の中に作りこんだ偶像を捨て去る事になるのなら、そうしてしまえ。
理周は理周なのだと不知火はいいたいのだろう。
父を求めるのでなく、
どんな父であろうと、対峙できる理周になれと。
それが・・・父を父にすることであり、
己を娘にすることである。
そして・・・。
女子として生きてゆく事を掴み取れ。
母の寂しさに、
父のない事に、
脅えない女になって見せろと。
そうかもしれない。
本当はこの世に生を与えた父を見るのではない。
よき良人と共に、ふと父の前に姿を過ぎらせ、
父が己を知ろうが知るまいが
『理周はしあわせにいきております』
と、胸の中で父に思いを贈る側になれる。
それが、ほんとうなのだろう。
―不知火。貴方は随分先のできもしないことまでの、
私のあり方を示唆する―
不知火は物思いに耽るかのような理周を見ていた。
「理周、笛をみせてくれぬか?」
呼び覚まされた子供のように不知火を見詰返したが、
「はい」
さまに理周は立ち上がった。
袋ごと横笛を渡すようにと、理周の前にてをのばす。
渡された袋から既に逸品である。
笛を抜き出すと、不知火は掌(たなごころ)に受けて眺めた。
思った通りこれも品がよい。
理周が吹くより以前に使われた笛は
前の持ち主がどんなにか大切に扱ったかさえも、みてとれる。
「良い品じゃな」
雅楽師なら、この品をてばなそうとは考えはすまい。
「母に贈ったというたな?」
「はい。それを理周が五つの時から・・ふいております」
「これを見ておると・・父親の思いがみえてくるようだ」
理周の母と父。この二人にどんな経緯があったのかわからない。
だが、何らかの理由で添い遂げられぬとなった時、
男はこの笛に心をたくした。
入魂に近い品を理周の母に贈る事で、男は別れを享受した。
そう、思えた。
理周の父・・・。
「理周はいくつになるというたかの?」
不知火はなにをおもうのか?
「十八です」
「お前の母はいきておればいくつであった?」
「三十七、八かと・・」
理周の父親もそう、変わらぬ歳であろう。
横笛を入れている袋の黒い小平紋はいかにも若者らしい。
わしが三十二。
もう少し上で、若い頃から上等の笛を持てる男。
京の雅楽氏。
思い当たる者がいる。
だが、大物過ぎる。
逢うどころでない。
見ることさえ難しいかもしれない。
まあ。ままよ。
京の近く。山科の陰陽師、藤原永常がおる。(くわしくは、邪淫の果て・邪宗の双神を参照)
理周の笛をもつと不知火は裸管に下唇を当てた。
笛は甲高い音を立てて空を裂いた。
―ひいいいい――
くちびるをはなすと
「ふけぬの」
不知火が笑って理周の手に笛を戻した。
理周の心の裂け目に笛の音は高すぎた。
鋭く笛の音が刺してきた。
刺された傷あとに、確かに不知火を感じる。
いつのまにか、
笛より高く、不知火が理周の中に居る。
自分の胸の中にしみた音が不知火をみせつけている。
戸惑うより先、
高い音が耳にいつまでも残った。

夜半すぎ寝苦しさに寝返りを打つ不知火が
触れた者は理周の背だった。
『おい?』
理周がいつの間にか不知火の布団の中にもぐりこんでいた。
「どうした?」
背中の震えが、理周の涙を語っていた。
「・・・・」
判らぬでもない。
父との邂逅がどうなるか?
おそろしくもある。
かなしくもある。
普通の娘であれば、
こんな思いに降られる悲しみも知らない。
不知火はそっと理周の背中を抱いた。
「おうてみようぞ」
「はい」
なくしたくないものこそは、
精一杯堪えて堪えて生きてきた自分かもしれない。
わしがおる。
いってやれぬ言葉を飲み込んで
理周の背中を引き寄せ不知火は胸を当てた。
暖かい。温もりが理周を包むと理周はさらに泣いた。
こんな、温もりがほしかっただけだ。
望んではいけない。
堪え続けた理周をいともたやすく
不知火はいだきこんで、温もりをあたえてくれる。
『望んでも・・いいのですか?』
たとえ、父がおのれをしらなくても、
それがあたえられるものでなくても、
理周がのぞんでもいいのですね?
声を上げ泣き出した理周を不知火は自分に向けた。
自分に向けると、もう一度しっかりと、理周を包んだ。
『不知火三十二。男というより父であるべきかの』
娘のか細い声が、
理周は愛しいと確かに不知火に教えていた。

永常の所である。
不知火がつれてきた女性をふむふむと頷いてみていた永常である。
「雅楽師ですか?」
あれから比佐乃と一樹は落着した。
大きなおなかを抱えた比佐乃を連れ戻ると
つい、この間玉のような男の子を生んだ。
大輝と名づけたと不知火に聞かせたが
「あ。澄明がかかわったのだ。うまくゆく」
と、すんだことでしかない。
「それよりも、たのみがある」
長浜の陰陽師が女子を連れて、頭を下げる。
弥勒が池の法祥ではあるまいが、ならぬ恋に出奔をはかったか?
判らぬものは、本に男と女のなれそめである。
どう見ても、親子ぐらい歳が離れている。
不知火が惚れるも無理はない。
浮世離れした美しい女性である。
それがよくもまあ。
風采が上がらぬ。一言で言えばそう。
もさもさ。そんな男に・・・。
選んでも選びはしない。
蓼食う虫も好き好き。
げに判らぬものは、男と女よのお。
憶測に過ぎない事をとくとくと感心しているというか、
あきれているというべきか。
「何を考えおる?」
不知火の声に永常は我に返った。
「さて?たのみとは?」
「雅楽師にあいたい」
「だれ?どこの?」
そんな事くらいなら自分でいけば良いでないか?
難しい顔をしている不知火をみると、
そうもいかぬかと、半ば得心させられた。
「この女子のてて親なのだが」
永常はこの女子を見詰た。
「雅楽師ですか」
親探しか。
かけおちではないのか。
不知火には残念であったろうが女子にはよかった。
こんなむさくるしい男にはもったなさすぎる。
もったなさ過ぎる女子の顔をよくよくとみつづけていた。
「まさ・・か?」
よく似た瞳。細い体つきも、寂しげにも見える口元も。
「おもいあたるものがいるか?」
不知火にも見当はついているという事である。
「ああ・・ああ」
「我らではつてがなかろう?
かといって、屋敷に娘で御座いと名乗るわけにもいかぬ」
「むこうはしらぬのか?」
おなごのことをである。
生まれた事もしらぬということもあるまい。
どういう、いきさつで子をすてたか、判らぬ事である。
おもてだって、会えぬということなのだろう。
「わからぬ」
理周の胸元の袋をださせると、
「これを見れば娘だとわかろう」
怪訝な顔になった永常である。
「笛をなさるか?」
おなごにじかにたずねたが、不知火が答えた。
「長浜の雅楽師、理周をしらぬか?」
「女子の雅楽師がおるときいたことがある」
それが。これか。血のなせる業(わざ)であろう。
「あの方に会う法をかんがえておったが。
娘さんが、いや、理周さん?・・が、雅楽師ならよい案がある」
つと身を乗り出した不知火の耳にとどきだした言葉が、
理周の顔を暗くしずめていった。
羅漢寺の尼が居を移す。
雅楽奉納を最後に羅漢寺を去る。
ここにあの方がよばれるだろう。
むろん、尼の子は、長浜の薬師丸である。
と、成れば、当然、
「しっておるのではないか?」
だが・・・当然、薬師丸も来る。
「これをつてに・・」
理周を見て、いいかけた永常がこまった。
俯いた理周の顔が上がってこない。
「どうした?」
不知火がきずいた。
まだ・・・。なにかある。
永常を振り向くと、不知火は手短に話を治めようとした。
「つまり。そのつてで奉納にくわわればよいというのだな?」
「そうだが・・」
理周の様子が、それも難しい事のようにおもわせる。
「わかった」
この先の理周の事は不知火がきく。
外に出ようとする二人を、永常が止めた。
「わしがおって、はなしにくいなら」
永常がそとにでてゆく。
どうせ、ここに泊まるつもりで永常をたよってきたのでもあろう?
「わしは、妻と離れにいくから」
孔雀明王が邪魔になるやも知れぬが、
とくと女子の心を聞いてやるがよいわと、
永常が席を立った。

「さて・・どうかの?」
俯いた顔の理周の上からかけた不知火の言葉はやけに厳しく聞こえる。
「わたしは・・」
「はなしてみろ。わしはよまん。自分の口ではなせ」
「は・・い」
「私が晃鞍に・・」
不知火の方がぐっとつまりそうである。
どの言葉を選ぶか?理周。
「私が晃鞍の男に晒されたのは、
薬師丸からの申し出があった、そのすぐあとでした」
晃鞍の男をひじり出させたきっかけである。
が、理周はそれを言おうとしているのではない。
「薬師丸の申し出というのは?」
「・・・・」
理周の口元がゆがんだ。
「お方様になれと・・」
呈のいい言葉の綾である。
早い話が妾になれ。
妻には出来ぬ。
男子を産まねば、理周はどうなる?
産んだとて、どうなる?
「賢壬尼の二の舞ではないか・・」
「ええ。それはあの方もよくよく迷った上での・・」
申し出であったと言うか。
「その話を聞かされた・・晃鞍が」
申し出を聞かされた直ぐ後だと理周は言った。
「それで・・洪園寺をとびだしたか?」
理周はかぶりをふった。
「晃鞍の虚を艘謁がしりました」
そのあと、さらに艘謁か?そういうことか・・・・
「わたしは・・」
ききとうない。
耳を押さえたくなる理周の言葉を不知火は耐えた。
「艘謁の男に恩義をかえすだけでした」
陵辱の傷もいえぬ女子をなぜ、ここまで、おいつめさす。
「どこかで。父を求めておりました」
節の言うとおりだった。
だが、当ては外れた。
艘謁にではない。
理周の中が艘謁の男を拭っただけだった。
「そうか」
ふうと深い息を吐いて、不知火は今の理周に戻る。
「それで、お前は薬師丸の事をあきらめたということか?」
「え?」
おかしなことをいう。
こんな身体になった女子を、
口を拭うて、さしだせというか?
「かまわぬことでないか?」
「え?」
「お前が薬師丸を望んでおったなら、それでかまわぬ」
のぞんでいただろうか?
否。
「わしが薬師丸なら、そんな事でお前の心までなくしとうないの」
例えて見せたけど、それは不知火の本心に近い。
「あの・・」
「のう。理周。
わしは自分の思いこそを大切にすべきだと思うておる。
出来ない。出来るではない。
自分がどう思う。それを自分がだいてやれないでどうする?」
「薬師丸がことはすいておりませぬ」
慌てふためくように、不知火の言葉を抑えた。
「ああ。あ。そうか・・」
拍子抜けしたが、どこかでほっとしている。
「そうでなく。ゆえに、断るようになれてよかったとさえ、
おもっております」
それが自分の思いである。
晃鞍の事がなければ艘謁の事もなかったろう。
晃鞍にあの時、理周は尋ねた。
―どうしようか?―
薬師丸の申し出をどうしようかと。
心を偽って理周は承諾を選ぼうともしていた。
だが、迷い。
この迷いが、また晃鞍を男にさせたのだろう。
理周がいかぬといえど、いくといえど、
自分の思いさえ揺れ動くものでなかったら
晃鞍は、豹変しなかっただろう。
でも、あのままのあいまいな理周でことなきをえていたら、
どうしていただろうか?
結局。理周は薬師丸に自分をなげうった?
どのみち、自分を偽った。
偽った心は、結句薬師丸の手を陵辱とうけとめるだろう。
けっかは・・おなじだった。
「つまり。理周がことの申し出がどうなっているか・・か?」
艘謁はどう、申し開きをしたのであろうか?
薬師丸の申し出を断ると姿をくらませたというか?
薬師丸をおいつめるだけであろう?
なれど、本当の事をいえるか?
母の二の舞、繰り返させても薬師丸が望む女を
横から父子二人で犯し果てました。
いえるわけがない。
これを考える理周は薬師丸にどう、顔を合わせればよい。
さらにはっきりことわりをいれねばならぬのか?
それとも、すでに傷ついた薬師丸をみねばならぬか?
いや。それより、奉納の席に理周をだしてくれといえるわけもない。
まして、どの顔をして、理周は薬師丸に逢える?
「ふむ」
一大決心をして長浜を出てきた理周である。
父に逢おうと決めた分だけ、憔悴もおおきい。
「おうてみるか・・・」
「え?」
「薬師丸におうてみよう」
出来る。出来ぬ。でない。
己の心のまに思いを伝えてみよう。
「わたしは・・どういえば」
薬師丸の申し出を断るのが、理周の心であるなら
「わしが嫁になったとでもいうておけ」
「はい?」
「理周には好いた男がおった。
そういうておけば晃鞍も艘謁も安泰じゃろう?」
「でも・・」
薬師丸に嫁に行かぬのかと聞かれた理周は、いかぬといっている。
「阿呆。いちいち、本当の事を答えねばならぬものか・・」
「はい?」
「それは・・好いた男にだけにしておけ」
「ああ」
薬師丸が好いた男でないのだから、
理周が本当の事を答える必要がない。
こういう理屈を理周に言うておるのだ。
なるほど。
どうも、杓子定規で一辺倒。
「ゆうずうがききませなんだ」
「そこが理周のよいところだがの」
はははと愉快そうに笑う不知火の瞳がやさしい。
「おうて、あたまをさげよう」
「はい」
だが、そううまくいくものだろうか?
「亭主にあたまをさげられて・・聞かぬ男でなかろう?」
薬師丸ではすくうてやれなかった深淵を救える男。
理周が心を打ち明ける男。
理周を護る男。
これをしれば、薬師丸が本意であれば、必ずやうんといい、
理周へ寄せた心を不知火に託す。
事実はでっちあげだが、
「わしが夫だというたら、薬師丸はなくかの?」
飄々として、粗野。
薬師丸と較べても見劣りという言葉しか出て来ない容貌。
歳もくうておる。
「理周の目を疑われるの?」
が、
「こんな男がよいというなら、いっそ、あきらめもつこう」
笑う不知火に理周は首を振った。
『そんな事はありません。貴方は理周を平気でひっぱりあげてくれる』
「まあ、辛抱しろ。その内、本当のよい男があらわれるわ」
少しさみしげだったが、
「まあ。薬師丸もそう、思うのと、同じだろう。
問題はお前がさいわいであるということだ」
いうと、席を立ち不知火は永常の離れに出向いて行った。
薬師丸の羅漢の里での宿を知ろうというのである。
既に薬師丸がきているものか?
羅漢寺にじかに投宿しているのか?
山科から羅漢寺まで八里。
明日、朝はよう出れば夕刻にはつこう。

出立する二人を見送る夫婦はためいきをつく。
「綺麗なお嬢さんなのに・・」
見かけではわからぬ不幸をしょいこんでいきてきたのであろう。
もの寂しい匂いが、つきまとう。
不知火はそれをふきとばしてやりたいのだろう。
『父にあえるといいの』
帰りはきっと、明るい娘が顔をみせてくれるだろう。
永常ははなむけがわりに道中の加護を祈った。
「ふう」
溜息を付き玄関をくぐる永常を妻女は怪訝にみた。
「どうなさいまして・・」
「いや。羅漢の里にまで現れた鬼女のことを・・」
「ああ」
永常は話せなかったのだろうと、妻女は頷いた。
「あやつなら、ひょっとして、すくえるのではないかとおもうたが・・」
「それどころではなさそうですものね」
少女の項の細さが一層寂しさを物語っていた。
不知火が心をくだくのがわからぬでない。
「いわぬほうがよかったのですよ」
「そうだの」
どこかであてにしてしまっていた。
かすかな不安を抱きながら、永常はたたきを上がったが、
「ちゃでもいれぬか」
妻女をふりかえった。
妻女がくどへゆくのをみとどけると、居間へはいった。
梅雨のひぬまに、菖蒲がさいておろう。
雨戸を開け放てば、眼前は薄曇の外になった。

ふらぬだろうの。
おちぬだろうの。
雨を気にしながら不知火と理周は夕刻近くには羅漢の里にはいれた。
羅漢寺の奉納は二日後。
賢壬尼を迎える仕度もあろうが、
余呉に連れてゆく算段もあろう。
薬師丸ももう、羅漢の里にはいっているのではないだろうか?
おそらく、ご母堂、賢壬尼のすまう、羅漢寺に投宿なさろうと、
永常は言った。
里へ入り、人の口を頼れば
確かに高貴なかたが羅漢寺にはいったをみたという。
小さな沼を通り過ぎれば、羅漢寺への一本道だと教えられたとおり、
沼の脇を通り越せば、果たして寺の造作がみえてきた。
「ここらは沼や池がおおいの」
「ここいらまで、琵琶の湖の水が、あったなごりなのでしょうか?」
摂津へ抜ける水路がひらかれ、湖は水を引いたと聞く。
夕間暮れがにじみよる。
「いそごう」
足を速める二人にぴしゃりと小さな雨粒がおちた。
「ふってきたわ・・ゆくか」
永常の加護が効いたか。
寺の門前に立った途端、土砂降りの雨に変わった。

雨を突いて現れた二人連れを、どうしたものかと世話女が尋ねる。
「薬師丸様におあいしたいというてもおるのです」
雨の中、断るのも気の毒であり、こちらの風体もわるい。
「戒実。お前にあいたいと・・」
賢壬尼は息子を振り返った。
「私に?はて・・・誰であろう?」
「長浜からいらせられたと」
女はつづけた。
「男の方は従者かと、女子の方は年のころ十七、八・・綺麗な」
「痩せておって・・胸元に黒い笛の袋をさしておらなんだか?」
「ああ」
言われればそう。
笛を入れておったのかもしれぬ、細い袋が胸元にあったような。
「理周だ」
呟くより早く薬師丸は立ち上がると本堂の濡れ縁に飛び出していた。
理周への申し入れは確かに伝えられている。
が、返事は
「考えさせてくれとの由。もう少し日を与え下され」
急ぎはしない。
迷うた気持ちのまま、居場所のない理周がやまれず、薬師丸にすがる。
そうならざるを得ない事であろうが、
それでも、仕方なくでは薬師丸も辛い。 
隅に処せられる先もありえる。
どの顔で無理に理周を引っ張れるものか。
理周にそれ相当の覚悟がなければ、母の二の舞。
理周の意気地にまかせたのだ。
迷うも自由。
この先に、断りの一文字しかないかも知れぬが、それも理周にゆだねる。
「待とう」
返事を返した薬師丸の元へ、その理周が来た。
それも、わざわざ、京のはずれ
羅漢の里。母である賢壬尼のおるここに。
と、いうことは・・・。
「理周か?」
濡れ縁を走り、広い階(きざはし)の段の前に立つ理周を見た。

薬師丸の声に振り向いた理周の手が、
側におる男の袖を掴もうとするかのように見えた。
『え?』
不安げな理周が頼り、縋るのはこの薬師丸でないのか?
薬師丸の声に顔をほころばせ、
「逢いとうなってしまいました」
例えばそのようなことをいって、薬師丸の側に駆け寄る。
従者の男は二人の姿に背を向けて、
若き想い人達の抱擁をやり過ごしてくれる。
「理周」
理周が高い声で自分を呼んだ。
「薬師丸様にお逢いできる処遇では有りませぬが・・
お願いがあってまいりました」
凛と通る声が震えているようでもある。
逢えない処遇と、理周が言った。
だが、お願いがあるとも言った。
足元の踏み板を見詰ていると、涙が落ちそうである。
理周は薬師丸の元に来ない。
だから、お逢いできない。
おそらく二度と会うつもりはなかっただろう。
だから、薬師丸の喜びをけすことにうろたえ、
従者の袖さえ掴もうとした。
理周も辛い。
辛いのは承知の上で、それでも、『お願い?』
き、と顔をあげると、
「なんだろう?薬師丸にできることであらば・・なんでも」
薬師丸は理周しか要らぬ。
だが、望めぬものならば、望みはしない。
理周が望む通り。
それをかなえてやるが、薬師丸の心。
「いうてみよ」
細く潤んだ瞳を開けなおし涙を堪えると
「ここではなんだろう。中にはいればよい。中で聞こう」
促された理周が従者を振り返った。
どうしよう・・。
どう迷ったかは知らぬが、
理周の背を押すような従者の深い頷きを見た理周の背が
ぴんと強いものになった。
『そ・・そういうことか・・』
男ならさっしがつく。
従者の袖に触れかけたのも、薬師丸が考えたこととはほど遠かった。
いや、既に従者という言い方さえ間違っていたのだ。
理周の心が女を呈している。
安心して心を委ねらるる男に、委ねる女を生じさせている。
『女になったか。理周・・・』
事実であるが事実でない。
が、真実に成ろうとし始めている事を気取ると
「ついてこや」
二人を手招いた。

深々と頭を下げる理周である。
「薬師丸様には愛顧を顧みぬ・・」
続く言葉を薬師丸が受けた。
「いわぬでよい・・」
薬師丸の申し出は理周には雅楽師としての愛顧としてしか考えられぬ。
わざわざ、もう、断りを入れぬでよい。
先に見せたお前が心、読めぬうつけではない。
「それより・・たのみたいことというておったの・・・」
「はい」
「きかせてみや」
「明後日。ここで開かれる雅楽奉納のお席に理周を・・」
簡単なことであるが、
「それが・・ために長浜からここまで?」
雅楽師としてか?
賢壬尼の二の舞奉じる気でおった、薬師丸への侘びか?
はたまた同じ宿業繰り返しかけた理周だからこそ、
賢壬尼の心をなぐさめられるか?
親子の因縁をおもうたか?
「父に一目あいとう御座ります」
「あ?」
あいたいもなにも、誰かもしりませぬ。
今さら、おうてどうなります?
むこうも理周の事は知りますまい。
余呉の湖(うみ)の前で理周はきっぱり、関らぬ気がないといった。
その父に会いたい?
心の変転は何にきざしたか?
薬師丸が尋ねたら理周は心をみさだめたことであろう。
「私の不知火に寄せる思いが
父を求めるものとは別のものである事を見定めに参りました」
ほんの二、三日前に理周の思いは
既に、理周も知らぬところで変転を遂げている。
いつの間にか女として不知火を嘱望している。
それを気がつかせないのは、父に餓える心である。
餓えた心を充たそうと決めた時既に理周は不知火を男としてみている。
それに気が付かぬまま、理周はここにきた。
理周を知らせるのはいずれ
薬師丸であろうが父親であろうが構う事ではない。
「父がわかったということか?」
「はい・・」
「あさっての雅楽師の中におる。そういうことだな?」
幸せを掴んだ女は父にその姿を見せたくなったのやも知れぬ。
つい、さき。
理周が訪れたとわかった薬師丸の心もそう、騒いだ。
『母上・・理周です』
自分の選んだ女を。自分の心を占めた女を。
特別な女性であると母に見せたかった。
はかなく散った想いであるが、
さいわいというものを親様に分け返すが子の勤め。
『母上。戒実はまだ当分親不孝をいたします』
理周に親孝行させる元になった男を改めて見た。
柔らかな人柄の底に厳しい物が見える。
双眸に宿る光が生半可な感情に流されぬ男を見せている。
だが、理周を見る瞳は優しい。
厳しさと裏腹の優しさで理周を包み、
いつの間にか理周を強い娘に変える。
この男は理周の何もかもを引き受けた。
深い瞳が、理周の全てをとらえている。
厳しくて優しくて厳しい。
理周が全てを包むに相応しい。
護る。
瞳にはそう刻まれている。描いてあった。
この心に殉じてこそ、
理周は父の思いに、存在に対峙せねばならなくなる。
『たいしたお方だ』
薬師丸の悲しみなど些細。
些細にしてしまえるほど理周を変え理周の中の父を変えた。
「そちらはなんという・・」
遅ればせながら名を尋ね二人で奉納の席に座ればよいと協賛を示す。
「不知火と申します。陰陽事を少々」
「え?陰陽師?長浜の四天王。玄武を護る不知火・・か?」
らしくない姿は元々だが旅支度であるから、
いっそう陰陽師には見えない。
本人が名乗りを上げても信じてもらえるかどうか怪しい。
が、薬師丸は唸った。
「ならば。こちらもたのみがある」
理周の邂逅が終えた後。
母賢壬尼の心残りをはらしてほしい。
委細話された事に気が急いてもいかぬだろうと
陰陽師の性質なるものを見抜いてか。
理周をちらりと霞み見ると、
「万事うまく、そのあとでいい」
我らが去ったあともそのことまでも含め、ここに寝泊りをすればよい。
いうと、
広い本堂の端で布団を敷きこむ世話女をみた。
「我らは奥にはいる。このものらに整えてやるがよい」
つけたした。
「布団は一組でよいわ。どうせ、いらぬ」
薬師丸は確かに二人を夫婦とみなした。
違うともいえず、面映いが仕方がない。
「ゆこう」
薬師丸は食事の支度が整った粗房を指差した。
「ご膳はむこうでいただく」
今、気が付いた。人気がなさ過ぎるのではないか?
「薬師丸様・・おひとりなの・・ですか?」
「あの方はお輿に乗るのも好かぬというて、歩くという。
伴連れでぞろぞろ歩くのもいやじゃという。お陰で私ひとりの御守だ」
「荷物もございましょうに」
「それがの・・ほとんどない・・」
替えの衣を二つ、三つ。
「私に持たせればおわるらしい」
質素に暮らしている。
あとは羅漢寺のもので済ませているという事である。
「薬師丸さまほどのかたが・・」
従者もつけず、荷を担ぐ?
「はは。母には勝てぬ」
父とは、逢う事もない。
せめて、父に代わり母の息災なき姿を見届け思いを聞いてやりたい。
「私には我侭な人です」
こそりとわらってみせたが、
せめても父に甘えられぬ母の思いを汲んでやれる事を喜んでいた。
夕餉を終えると、二人は本堂に戻った。
物静かな尼は理周と薬師丸の間の何かを感じ取っていたものの、
尋ねようとしなかったのは、
薬師丸への思いやりか不知火への配慮だったのか。
「ゆっくりとおやすみやす」
京言葉に様変わりしているのも、
土地に人に溶け込もうという、沿うて行こうという、
尼の思いの末に思えた。
「優しいひとですね」
そして、強い人なのだ。
心だけ薬師丸の父にあずけ、後の世を独り。
「お前の母もな・・・」
「はい」
素直に頷く。
縋る人のない寂しさを心一つで立て通した。
縋る心を知らなかった理周には、
寂しさだけが大きく口を開けた邪鬼にみえた。
野放図なほど明るい不知火にこころがゆるまされ、ほっと。
気が付いたら心がしなやかになっている。
これもすがっているのだ。
いつの間にか不知火に支えられている。
これをなくしさってしまいたくはない。
なくし去った後はきっと、他の何者にも埋められぬ事を知る。
何者かで埋めようとする方がよほど淋しい。
やっと、母の思いが見えた気がした。

が、とんでもなく不知火がためいきをついた。
「よわったの」
世話女がまにうけおってから、本当に布団は一組しかしいておらぬ。
くすりと理周が笑った。
「理周。また・・なきましょうか?」
「あ?」
泣いた理周であらば、不知火は弱りもせず
一組の布団の中に抱きかかえてくれた。
「ははは」
そうだの。こだわることもない。妙に意識するからおかしい。
「せまいかの?」
高い天井を見詰平らに眠る事になった。
「貴方が一緒だと心強い・・」
「わしは・・・こまる」
「はあ・・・めいわくですか?」
「ねごとはいう。はぎしりはする・・」
「う、う、うそ?ほんとうですか?」
「うそじゃ・・・」
べっかんこをしてみせて、蝋燭の火を消した。
だけど、男、不知火本当に困った。
はよう、事を済ませて新町に駆け込まねばならぬ。
男の身体はままならぬ。
寝返りも打てない状況の自分に苦笑し、そっと理周を窺った。
静かな寝息がふかい。
理周。案ずるな。
父はきっとおまえを忘れた事なぞありはしない。
寝顔に語りかけると不知火も眠る事に神経を集中させていった。
そう、つまるところ。なにもかんがえない。何も意識しない。
眠る事は一種無我の境地であるな。
そう考えたあとの不知火にこそおおきないびきがひとつ。
「うがっ」
一声でおわったけど・・・。
舟をこぐような底鳴りの寝息は理周には聞きなれた子守唄だったようだ。

朝早くから、本堂は線香くさい。
朝の経を上げる尼の声にも、気が付かず
ぐっすりと眠る二人はせまい布団に包まっている。
寝返りを打った不知火が慌てて、おきだすまで
賢壬尼はゆっくりと朝の祈りを唱えた。
理周の眠りを妨げないように布団を抜け出した不知火が
賢壬尼の側に来るのを、待って合掌をすると、
不知火も本尊に向かい手を合わせて見せた。
「突然おしかけて」
詫びの言葉を賢壬尼は手で二度空を切っておさえた。
「どこで、またわが身。いいっこなしにしまひょ」
深く頭を下げて頷く形をとって礼にすると、
「西園の泡沫(うたかた)が、雅楽を始めたのは・・」
西園の泡沫。つまり理周のことである。
西園の落とした泡沫と、謡い方のうたかたを合わせて言うている。
「笛を五つの時にと・・ききましたが」
「同じ・・どすな」
理周の父。西園は公家の血筋である。
その公家の屋敷の雑用を世話する女が居た。
丁度、羅漢寺の世話女と同じで、
事があったときだけに
近所の女衆がちょいとてつないに来るという手合いである。
西園はてておやである公房とこの世話女との間に生まれた。
薬師丸とよく似た状況である。
違う事は薬師丸が嫡男であった事であり、
賢壬尼があえてお方様の遇を捨てた事である。
世話女との間に生まれた子を屋敷にいれることなどままにはさせぬ。
妻女の意気があれるのも無理はない。
妻女も既に子を幾人か得ており、当然嫡男も居る。
が、西園の事は人の知るところ。
無碍にも出来ぬ。
夫の背に公家の犬畜生といわれたくもない。
孕むだけ孕ませて、女子を捨て去るのは女房おそろしさ。
これも言われたくない。
考えた末、西園を引き取ると、さる所へ預けた。
わかったふりの出来た女房を演じるには、ここまでが限度だった。
預けられた所は神官の元。
子がなかった宮司は喜んで西園を迎えた。
ここで、西園は雅楽の目を開く事になった。
だが、名こそ公家の血筋であるが、与えられた位置は流離。
流離でありながら、気ままは出来ない。
笛一つ。
着る物一つ。
公家の血筋に恥じぬものであった。
が、何の自由がある。
赦される事は、嫡男を離脱する事のみ。
あとなぞ継がぬという事だけは、赦されたが妻帯も妻女の手の内。
出来るなら、西園の血は絶やしてしまいたい。
この先もし自分の子に後を告ぐ子が出来ねば西園が
いつ浮上してくるか、わからぬ。
怨念にも似た思いは己の出生をも、疎む事になる。
これは理周にも似ているかもしれない。
その矢先、修行の地で、知りえた女を
我が物にする思いに逆らえなかった。
女に何もかも話した。
生きている事さえ赦されないせまい境遇。
添い遂げる事も出来ない。
それでも・・。
求めずに置けない。
女は黙って西園を受け止めた。
何もかも赦される己。
西園は恋に落ちた。
これが理周の生まれたわけである。

「きいておられたのですか?」
西園からである。不知火の問いに
「似た者同士・・話しやすかったのでしょな」
答える賢壬尼にさらに問う。理周の事は?
「戒実から聞かされたときにすぐに・・わかりました」
西園寺の恋の果て。
「あれも・・どんなによろこぶか」
賢壬尼は涙を抑えなかった。
「よくも・・女手一つで誠をつくしてくれた」
拝み参らせ。
「苦しかった事と思います」
ぽつりと呟く不知火の目に西園の悲しい姿が浮かぶ。
それを晴らすが、理周の姿。
「よくぞ・・おつれくだされた」
「いいえ」
不知火の振る首に賢壬尼は手を合わせた。
西園の心の闇は理周が拭う。
理周の心の闇は西園が拭う。
「女子の愛がいかに大きいか・・よう・・理周をうんでくれた」
それが西園の心であろう。
穿ってみれば賢壬尼が見せ占めた誠でもある。
「は・・い」
「ありがとう」
「いえ。私はそれを理周にきがついてほしい。それだけで・・」
手を合わせ不知火を拝む尼である。
「もったのうござります」
首を振ると賢壬尼は微かに微笑んだ。
「理周が戒実でなく貴方をえらぶわけですね」
「え?」
「いえ・・なんでも・・」
賢壬尼はわが娘になり損ねた理周が
布団の中から起き出してくるのを目の端に止めていた。

透き通るような笛の音が流れ出し、雅楽の終焉が告げられ、
ひとしきり高い笛の音が尾を引くと座が静まり返った。
深々と頭を下げた戒実である。
「長浜から余呉へつれもうそうとおもっております」
賢壬尼の先行きを告げるとにこやかに微笑んだ。
「長浜のすみびとも心を砕き
賢壬尼をむかえてくれようとしております」
理周を振り返ると
「賢壬尼を迎える心の理周がきてくれております」
と、理周を呼んだ。
かしこまる理周と諸人に
「理周の心栄え・・・おききくだされ」
笛を促した。
理周は胸元の横笛を抜いた。
西園は理周の横顔をみつめつづけ、
抜かれた笛の袋に目をさらえつづけていた。
やがて、静かに理周の笛の音が流れ始めた。
西園の瞳が大きく見開かれ、やがて静かに伏せこまれた。
理周が吹いた曲は母から何度も教えられた音階である。
西園が忘れるはずはない。
ただ一人、理周の母のために作った謡である。
溢れてきそうな涙を堪え西園は理周と自分しか知らぬ謡の曲をならべた。
理周は並べ吹かれ始めた西園の音に笛を止めた。
静かな曲が流れてゆく。
音階が変わり始めてゆく。
理周の主旋律をならべよと西園が吹く。
深く息をすうとと理周は主旋律を重ね合わせた。
親と子の心が重なり合った。
確かに父である。
確かに娘である。
泣くまい。
貴方の娘。理周であると張り叫ぶ言葉はこの笛の謳い。
とめるまい。
かの恋うる人の誠に答えるは、貴女に捧げたこの謡い。
奏で続け、重ね合わせる心がすべて。
父なのだよ、と、
娘なのですよ、と、
笛はないた。
哀愁をおびた笛の音はしずまる。
座は静まり返っていた。

やっと笙をもった男が西園を振り返った。
「よくも・・・あわせられたものだの」
天才は天才を知る。
ためいきひとつもつかせぬ賞賛はまだ座を静まらせていた。
西園はかるく、くびをふった。
「理周が私にあわせてきたのだ」
理周があわせてきた。
そう。
逢わせに来てくれたのだ。
私は・・・生まれてきてよかった。
私は・・・生きてきてよかった。
ただ一度、西園の心を生かせた女子は
再び、西園に光明をみせた。
「いきていて・・・」
西園が瞳にあふれるものを隠す事もなく、
理周を見詰ると、深く頭を下げた。

坐が開かれ今日を最後に賢壬尼は羅漢寺をさる。
戸口近くに座りなおすと賢壬尼は人々を送り出す。
「達者で」
「息災で」
「さみしゅうなります」
様々な言葉が賢壬尼に降り注ぐ。
外へでる人の群れの中で西園はたたずんでいた。
「西園様」
賢壬尼の前に座ると、西園は賢壬尼の手をとった。
握り締めた賢壬尼の手に涙が落ちてゆく。
「あなたの・・」
采配なのですね?
「いいえ」
理周は自ら貴方に会いに来た。
拭う涙の手をそっと後ろの席に座ったままの理周にむけた。
「かたわらにおるのが」
言われずとも察っせられる。
もさもさした男だが、優しい瞳をしている。
「しあわせでおるのですな?」
「みせたかったのでしょう」
「・・・・」
父親といえる自分でない。
理周の生まれた事すら知らなかった。
だが、娘はこの男を父と思うてくれる。
「母人は九つの時に・・・」
賢壬尼の悲しい言葉尻でわかる。
「それから・・・ずっと・・ひとりで?」
「苦しい事もずいぶんあったとおもいますよ」
それでも、この西園をうらみもせず。
もう一度、西園は理周を見た。
見た瞳がはらはらと涙を落とさずに置けない。
再び理周を見詰た西園の手が理周をおがんでいた。

広い堂はがらんとなる。
立ち上がった理周は西園が去ったあたりをまだ、みつめていた。
不知火がそっと、理周の背を叩いた。
とたん。
理周の瞳から雫が流れ落ち、不知火は胸の中に理周を抱いた。
「父さまです。理周の父さまです」
『そうだ』
解けきった心はなおも、理周の胸に繰り返す。
父さまなのだ。
父さまだ。
理周の父さまだ。
父さまなのだ。
どの言葉にも変えられない事実だけを理周は叫ぶ。
父さま。
父さま。
父さま。
理周は・・・・。
横笛を握り締めた。
この笛だけが理周の思慕を知っていた。
笛を吹くことだけが、理周に父のある事を教えた。
見ぬ父はいかなる事も教えてくれなかったが、
今日こそ、理周は知った。
貴方こそ・・・理周の父。
理周は・・・生きてきてよかった。
胸に包んだ女がやがて、静かに不知火の胸を離れた。
『よかった』
不知火は口にださぬ思いで理周を見た。
理周の基底が温かく、晴れやかな物に成り代わる。
『よかった』
不知火の顔色こそ、理周を悟らす。
ここに、理周の幸いを心底から願う人が居る。
父さま。
ふと、不知火の笑顔が父にかさなった。
『そうなのだ。やはり・・・・そうなのだ』
気が付いた心は二重に理周を支えだしてゆく。
「かたづけましょう」
足元の座布団をつかみ取ると目の前の茶飯事に身を移す。
生活し、生きてゆくための日常の些細な事が、たいせつなことになる。
理周の基底は深く根付いた愛に立ち始めていた。
『父さま・・・理周は幸せ・・です』
座布団を高くだかえ、眼前が見えなくなった不知火を
押し込みに先導してゆくと、
「貴方はよくばりです」
声を立てて理周が笑った。

端座する薬師丸である。
不知火は礼をすると薬師丸の前に腰を落とした。
法要の前に言い出した薬師丸の頼みごとを聞く事になった。
「羅漢の里でも子を食われた」
京の都の羅刹。
鬼女の噂は聞かぬことでもない。
だが、この静かな里にも鬼女が業をおとしていったという。
「賢壬尼は子を失った母親の悲しみもさながらに・・」
鬼に成り代わった女こそが救われねばならぬという。
「なるほど」
多くの母親が子を亡くしたというに、
鬼女の心は瑣末であり、癒える事がない。
「ところが、居場所すらつかめない」
賢壬尼は鬼女を宥めたい。
女子であらば、きっと、子を亡くす母親の苦しみはわかろう。
解るはずの女子が何ゆえ子を喰らう?
心の深い闇を拭い去ってやりたい。
それいがい、消え果た命にあがなえる法要はない。
「それが心残りなのだ」
だが、どうしょうもない。
と、諦めていた。
思いを祈りに変え、賢壬尼は羅漢の里をあとにする事にした。
「ふううううむ」
法は一つ。
六ぼう星をしく。
そして、不動明王の金縛り。
どこの陰陽師でも考え付きながら、実行しなかった最大のおそれ。
それは鬼女が霊を映す台への影響である。
六ぼう星を敷いた中天に台を置く。
台に鬼女の生霊を憑依させる。
三点に立つ護摩の火は、鬼女をしめあげ、台の中で身動きを封じる。
反三点の天の位置に陰陽師総画が立つ。
地点の二人も居る。
だが、これが、もししそんじたら。
生霊に支配され、鬼がふえるだけである。
そうはさせまいと思える相手こそを守れる。
護りえぬ者を台にはできぬ。
台も選ばれしものである。
だが、だからこそ、どこの陰陽師が自分の愛する者を台にできよう?
「どうにもできませぬか?」
薬師丸の瞳が痛い。
母、賢壬尼の心を思う子の思いが痛い。
「できぬことではない」
やっと、口を開いた。
不知火にはすでに台は居る。
地点にたつ二人の守護。
これも、目算がある。
一人は賢壬尼。
もう、一人は理周の父。
子を思う。人を思う。
理周を守護するに足りる心根がある。
付け焼刃の印綬をさずけるが、心ほど強いものはない。
必ずや二人は守護になる。
だが。
「ならば・・・」
「しそんじたら、理周と言う名の鬼女ができる」
「え」
薬師丸は言葉を飲み込んだ。
不知火がいうことは理周を台にするという事だ。
・・。できぬ。させられぬ。
理周を道具になど、できぬ。
「ほかに法はないのか?」
「あればとっくに。あまたの陰陽師を悩ますこともなく、
今頃鬼女は仏道に帰依しておるわ」
「理周でなく・・例えば・・わたくしでは?」
不知火が首を振った。
「あれでも、理周は陰陽道の傘下。普通の者よりも・・台にふさわしい」
「・・・」
「それに・・」
護るにふさわしい。
うつけでなければ解る。
命掛けえる者こそ護りえる。
ゆえにおそろしい。
万にひとつ。
狂いが生じた時がおそろしい。
『ひのえ・・。おまえは・・なぜ、この恐ろしさにゆるがない?』
救いたい一心。
この心に神が乗る。
天が乗る。
『ひのえ。わしは狭義だ』
堂の向こうに、理周が見えた。
賢壬尼を相手に何をはなすか。
柔らかな微笑が明るく咲いている。
「くるわせはしない」
あの微笑をあの面差しから逃させることなぞできるわけがない。
「くるいはしない」
この不知火の守護は真だ。
弱い思いに降られた陰陽師たちをあざ笑うかのよう。
「まがいもの・・でないこと。己にたたきつけてようにみせてくれよう」
不知火。理周に想い参らせ。
認めさらえた心が、鋼になる。
『ひのえ・・・。こういうことか?』

夕方の空はむせてくるしい。
護摩をたく不知火は薬師丸に念を入れる。
護摩をけしさることのなきよう。
夕刻にあらわれた西園はことのつぶさに驚嘆を見せていたが
不知火を信ずる娘を信じた。
六ぼう星が描かれてゆく。
頂点に立つは不知火。
左右の地点に立ったふたり。
賢壬尼と西園は一心に唱えるべき印綬をうけた。
護摩がいぶり、それぞれの配置に人が立ち、
六ぼう星の中天には白絹の理周が立った。
「天知る。地知る。我知る。
げに恐るべきは人の身なりて人を喰らう。
白日の元に現される者。
りくぼうの輪廻にとらわれる。
汝の名やいかに?汝の想いやいずこ?」
理周の中に呼び込まれた鬼女が生霊が口を開きだした。
「などか、我だけが苦しまねば成らぬ?」
「何にくるしめる?」
こごまった声に問い直す事は、
鬼女が何ゆえに人の子をくらうかということである。
「われの子は山犬にくわれてしもうた」
「それで、人の子をくろうてなんとしょう?」
「おまえになぞ、わかるものか。
あのこがどんなにくるしんだことだろう?」
我が子だけが喰らわれた恐ろしさに苦しむのではない。
「みんな。おなじじゃ。
あのこだけひとり、地獄のくるしみをあじわうでない」
人身御供であるまいに。
「それで、子は救われるか?
己の母親が自分を喰らった山犬と同じになって、
それで、こがすくわれるか?」
「わかるものか。亭主が死んで、
あの子だけがわれのささえであったというに」
「馬鹿な。それでいいわけなぞたつものか。
お前が喰らった子の母親のきもちはどうなる?」
「われとおなじじゃろう?」
同じ不幸を背負い込む同胞(はらから)をつくりたいだけ?
それだけなのか?
常軌を逸した思いの創痍がある。
言葉だけはまともな事を喋っているが、
気が触れた女の正気さでしかない。
「亭主が、お前の姿を見てどう思おう?」
「亭主?亭主がどこにおるという?
この世のどこにおるという?我一人おいて・・」
よほどに苦労したのか、女の目にあるは現実の夫の有無でしかない。
あの世の亭主なるものの心がどうあろうかより、
女にとってこの上もない支えであった伴侶をなくした現実こそが
創痍であった。
「それでも、それでも、いきてきたのに。
なんで、われの子をくらわれねばならぬ」
この世に神も仏もない。
あるのは深いかなしみのこころだけである。
己の中に巣食うこの苦しさから、女はにげようとしていた。
だが、にげえるわけがない。
自分から逃げられるわけはない。
女は心を宥める。
不幸なのは、われだけでない。
不幸なのはあのこだけでない。
雛流し。精霊流し。
人型でなく、女は自分の境遇を
人に与える事で僅かな癒しをえたきがした。
「おのれのためだけではないか?」
責める言葉が不知火の口を突き出した。
―いかぬ―
鬼女の感情をあらぶれさせては、理周が身体をのっとられかねない。
「なにをいう?」
理周の形相がひきつまったものにかわりはじめていた。
不知火は女を宥めれる言葉をつかみ出せないまま、
黙り込むしかなかった。

そのときだった。
「おまえがいうこと。よう、わかる」
西園の声が響いた。
むんと理周の顔が西園に向けられた。
「すまぬかった。おまえを、子をまもってやれず・・・」
西園が言うは理周の母への悼みである。
理周の不思議な顔が瞬時、くずれさった。
「ぁ・・あんた?あんたなのかい?あんたなんだね?」
女は西園にかけられた言葉に己の亭主をみた。
「ぁ・・あんたあ・・あんたが・・あんたが」
西園は女のそばにあゆみよっていた。
危険なことである。六ぼう星がくずれる。
「すまぬかった」
女の手を取る西園の瞳から雫が落ち理周の手を濡らした。
「あんたさえ・・いてくれたなら・・」
「わしをゆるしてくれ」
女が首をふった。
首を振った女が不知火を向いた。
「ほどけたよううう」
女の言葉が消えると、理周が地べたにくずれおちた。
慌てて不知火が理周に駆け寄り活をいれた。
「不知火導師。
あの方は良人を亡くしたことで
もはや、いきておるまいとおもっておりました。
なれど、たった一人の良人の血を継ぐ子を護っていこう
と、きめておったのです」
その子が山犬に食われ夫の死と重なり、女は均衡をくずした。
「父さ・・いえ、西園様の言葉であの方は
逆恨みをしてもどうにもならない本意にきがつかされた」
「すると?」
「ええ。もう。こをくろうたりしませぬ。
あの方はやっと心を静かにさせられたのです」
それは、また、理周自身であったかもしれない。
「母は幸せだった。貴方のつまであり、子を得られた事、
幸せだったのだといっておりました」
女がか?理周の母がことか?
両方であろう。
西園の手が理周の手を深くにぎりしめていた。
「わたしこそ・・・」
「父さま・・・」
六ぼう星の真中で父娘はいだきあった。

永常は不知火をみつめている。
脇に座る娘のほほの色は最初にここをおとずれたものとは
雲泥の差になっている。
首尾はどうだったか?
きくまでもない。
「お茶になされまし」
永常の妻女が盆を運んできた。
「ようございましたね」
妻女の目にさえ事の解決が良きものだった事がみえる。
「はい」
素直に妻女にうなづける。
「都の見物はなさらないでおかえりですか?」
「長浜には、不知火導師を待っておられる方が
あまたいらっしゃるでしょう」
「そうですね」
陰陽師の生活は自由勝手のように見えて、そうはいかない。
「祭りもとどこおっておりますし・・」
妻女も永常の留守の時には、
一日の終わりに結界をはりなおすことさえある。
永常が不知火と共に庭に降り立つのを、
目の端で捕らえながら妻女は理周にそっと尋ねた。
「不知火様とも?」
深まるものがあったか?
「いいえ。いえ、はい」
「まあ?どちらですの?」
「理周の心が」
不知火を深くとらえこんだという。
「そうですか・・・」
桃色の頬の娘が不知火の深き心を受ける事はじきのことであろう。

永常はぽつりとつぶやいた。
「じつはの。都には鬼女が・・」
こんなことを不知火にさらけて、どうする。
やはり・・いうまい。
「おったのだが・・」
話をごまかし始めた永常に
「理周とわしで解きほぐした。
正に「おった」とむかしのことになっておるわ」
「え?」
いつのまにやら・・・。
「あや?さすが、不知火殿・・すばやい」
頭を下げだす永常に
「理周がおらばこそだ。礼をいうなら、理周」
短く言葉を切ると、不知火は皐月の植え込みの前に座り込んだ。
「永常殿。これはいかん」
どうやら剪定鋏がいるらしい。
ひょいと伸ばした不知火の手が鋏をよこせといっていた。

剪定を始めた不知火と
不知火の枝枝の選択を見詰る永常を
女二人が見守っている。
今頃、賢壬尼と薬師丸も旅の空の下であろう。
薬師丸にも、随分無理を言うた。
せめてもの返しに賢壬尼の気がかりもはらせた。
理周の心はかげひとつなく、澄んだ心は双眸に照りかえり、
瞳の奥底は楽しげに皐に傾く不知火を映しこませていた。

長浜に帰り着いて、七日もすぎたころだろうか。
不知火の元に女が尋ねてきた。
「ぬい、・・いえ、不知火さんは?」
「おりますが」
婀娜っぽい姿が玄人であることをうかがわせる。
理周の胸に湧くのは女への嫌悪感ではない。
悋気。それさえ、通り越した焦燥が募る。
理周の目の前に不知火の新町の天女がたっている。
理周は不知火の天女にもなれぬか?
「おまちください」
自分でも顔色が沈んでくるのが判る。
「だれぞ、きたようだが?」
居間の不知火が理周をみかえした。
「はい。おなごのかたです」
「おなご?」
いぶかりながら不知火はたちあがった。
玄関先に出てみれば居るは、
「節ではないか?」
「ぬいさんとは、おてんとう様の下で
合うことなぞないとおもってたんだけどね」
「ふむ。で、なんぞ?」
肌を合わせた女である。
情が移ってないといったら嘘になる。
「いえね。年季が明けて、
黒壁町の外れに小料理屋をひらくことにしたんで、その後挨拶とね」
「挨拶と?」
「ちょっと、御祝いと、たのまれものがあってさ」
「お祝い?ああ、店を開く?別にわしになぞ、構わ・・」
「いやだねえ。ぬいさんの・・」
馴染んだ名前をついよんでしまって、女は口を塞いだ。
「さっきもやっちまったのに・・」
奥に居るだろう理周を窺ってみながら
「とうとう、年貢をおさめちまったってきいたもんだから」
どう、噂が流れたのか知らないが、
不知火が理周を娶った事になってしまっているらしい。
「ふむ」
まあ、よいか。噂は噂だが不知火には事実に近い。
「でね。晃鞍がきたんだよ。
今度は親父さんにいわれてきたんだろうねえ」
「え?」
「理周さんにあわせろとか、そんなことじゃないんだ。
女将に預けた金を理周にわたしてやってくれないかってね」
「はあ?」
「女将も聡い女だよね。ご自分でお渡しになれないのなら、ってね」
「なるほど」
事の事実を女将は長年のかんでさっしているということであろう。
「だから、あたしがさ。ぬい・・ぁ。
不知火さんとこに届けてやるよって、あずかってきたんだ」
「それが・・・たのまれごとか?」
「うん」
薬師丸から艘謁にもれたのだろう。
理周が寺を飛び出し所在を隠しているのは
薬師丸の申し込みがせいであらば、
艘謁の心労を取り払ってもやりたい。
おまけに、あの男のことである。
理周と不知火の仲を認めてやれとの口ぞえくらいしぬけているだろう。
「なるほどの」
「はい」
ぬっと出されたこ袋が女の手には重い。
二の腕をはり詰めさせるほどに筋が立つのを見ながら
「また・・たいそうな」
多過ぎるほどの銀の小粒をうけとった。
「よほど・・・後悔してるんだよ」
「だろうの」
だが、理周がこの金をうけとるだろうか?
「どうしょうもないものねえ。
すんじまった事はもう、なんにも、かえしようがないのにね」
節は金にしか変えられぬ艘謁親子を悲しいものだと思った。
「でも、せめて・・そうするしか・・・。
自分の愚かさを慰める術がないんだろうねえ」
「ふむ、わかった。とりあえず・・うけとろう」
重い。重い。袋である。
「しかし、よう、くすねるきにならなんだの?」
「えへ・・」
節は銀を一枚、袂からぬきだした。
「もらってるよ。つかいの駄賃だって、
黙ってようとおもったんだけどさ」
「ふ・・・」
「こんな。大金さわっといて、知らぬ存ぜぬなんて、
それこそ人間じゃないだろ?」
「だな」
「やっぱり、ぬいさんならそういって許してくれると思った。
じゃあ、確かにわたしたよ。あっと、これは内緒だよ」
銀一枚を指に挟んで見せると、節は
「三日もしたら、店を開くよ。ご新造さんをつれて・・」
はたと言葉をとぎらせた。
「そうもいかないね。もとは女郎って解ったら悋気が気の毒」
うふふと袂を押さえて
「あんまり・・・いじめちゃだめだよ」
不知火のほたえがいかほどか。
よく知ってる女が言うのは、不知火には痛くもある。
「あほう」
「ああ。そうだ。妙ちゃんが寂しいっていってたよ」
「・・・」
「あたしもね・・じゃあね」
すっぱり足を洗った女は心だけ潤わせる事だけで満足できる。
節の寂しいは抜けきった明るさになった。
いつかお妙もそういえるさ。
不知火はもう一度銀の重さを量るようにもちあげてみた。
寺社仏閣の新造がまかなえるのではないかとさえ思えた。
居間に座り込む理周の前に不知火は袋を置いた。
「たぶん。有り金全部」
「あの?」
「晃鞍と艘謁のせめてものわびといえばよいだろうか」
「今の方が?」
「ああ。おまえにあわせるかおがなかったとみえる。
頼まれたというておった」
「でも・・あの・・」
言い渋る理周をのぞきこんだ。
「なんだ?」
「あの方は・・あの・・。ぬいさんと」
「わしの知り合いでもある。が。それがどうした?」
心持胸が早鳴るのはふたりともである。
「し、新町の・・」
きずかれたくない事であったが理周はかんづいていた。
理周とて問い詰めたくない事である。
が、金のことなぞもう、どうでもいい。
晃鞍の事も艘謁が事もどうでもいい。
「また・・あいにゆかれるのですか?」
「いや。それに節は年季が明けたに・・もう、女郎ではない」
腹をくくって事実を伝えた不知火だが、
「そんな事はきいておりませぬ」
理周の声が悲鳴のようにさえ聞こえた。
「節さんに会いにゆかねど・・・新町にはゆくのですか?」
確かに理周の瞳は悋気の色だ。
節の言うとおり気の毒なほどに。
「理周・・・」
「答えて下さい」
引き詰まった顔が不知火の答え次第では
ここを出てゆくしかない哀れな女の恋情をあらわしていた。
『理周・・そういうことなのだな?』
理周の心に確信が持てた。
触れるだけで泣き崩れ落ちそうな理周の恋にどうこたえてやろう。
理周の手を引きよせ、
『わしは男として、理周がほしい』
そういおうか。
『新町なぞにはにどといかぬ。理周がわしの天女じゃに』
ああ。浮いた科白一つが似合わぬ男に相応しい言葉がみあたらぬ。
なれど。
男不知火いわねばならぬ。
「理周。とうの昔にわしの心はおまえだけしかみておらぬ」
筋書き通り理周を引き寄せた不知火は胸の中の理周にさらにほだされた。
「お慕いしております」
麗しき天女が今正に不知火のものになる。
男に生まれてよかった。
喜びを知らしめる女の名を不知火はよびかえす。
「わしは理周のものじゃ」
不知火三十二。梅雨が明けそうな水無月吉日。理周に陥落。
                           おわり

小枝

小枝は、目が見えない。
七つの年に
母親の菊と一緒に
高熱を発しった後に
突然、
目が見えなくなった。

小枝の目が見えなくなったことより、
幸太に、
小枝に
もっと大きな不幸がおとずれていた。

小枝は視力をうしなったが、
幸太の女房
小枝の母親である菊は病の末に
短い生涯を閉じたのである。

幸太は炭焼きで
生計をたてていたから、
住まいも 炭焼き小屋の横に作っていた。

ここに菊を嫁に貰い、
翌年には、小枝をもうけた。
つづいて、生まれた子は
死産で、
これも、幸太をずいぶん、かなしませたが、
炭焼きのかせぎで、
何人もの子をまともにそだててもゆけないから、
小枝一人を
りっぱにそだてあげればいいと、
幸太は
次の子を作らないように
配慮したものである。

それはやはり、
菊のためにはよかったようで、
なにかにつけ、
菊はくたびれをだしやすく、
時に
腰骨に重い疼痛があるをうったえることがあった。

不幸が菊を飲み込み
悲しい余波を
小枝と幸太にあたえたが、
幸太は
残された小枝を見ながら、
人里はなれた山の中で
小枝を育ててゆく臍をかためていた。

娘をもつ、男親の嗅覚でもある。

人の来ない山の中で
娘をそだてることが、
小枝の人生に
汚辱をあたえずにすむと、
かぎとったのである。

目が見えなくなった当座の小枝はさすが、
身動き一つも出来ずにいた。
が、母親をなくし、
頼る父も炭焼きに出掛けてゆくしかない。
と、なると、
せめて、自分の手で
自分の出来る事をしてゆくしかなかった。

尿意をもよおせば、
やはり、厠にいきたいと
小枝はてさぐりで、
かまちにおりたち、
履物をさがし、
かまちを手でなぞりながら、
はうようにして、
外にでてゆく。

喉も渇けば水瓶の汲み置きの水を飲むに行くしかない。

目が見えたときには何でもなくつかんだ手柄杓さえ、
うまく、つかめず、
つかんだと思った時には
水瓶の位置がさだかでなくなる。

簡単に口を寄せた柄杓の桶を手で抱え込むようにして
水瓶の口をなで
水を汲んで飲み干す事が出来たときには
小枝の見えぬ両目からは
滂沱の雫がおちていた。

目が見えなくなったことより、
今更ながらに
母、菊の死が応えた。

「かあちゃんが、いたなら・・・」
目が見えなくなったって
菊さえいてくれれば。

いってもせんないことを
いっても、
誰一人、聞きとがめるものが居ない
家の中で
小枝は一人、泣いた。

泣いて、なきおえた小枝は、
目がみえていた時の
記憶がある。
それをたよりに
せめて、家の中だけくらい自由に動けるように
なろうと、決めていた。

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原因不明

指先が動かず、呂律がまわらず・・と、一般的にいわれる脳梗塞の症状がでて、
ありえんと思いつつ、おふくろに話すと
若い者でもなるそうだよ。
と、いわれる。
ネットをググると、なにか、非常に危ないということで、
病院にいくことにした。
MRI初体験とあいなったのだが、
検査結果は異状なし・・。

痕跡さえない・・・とのこと。
薬も当然でるわけもなく・・・
治療対象ではないので、と、MRI代金だけを払ってかえってきた。

唯一考えられるのは
血栓がはがれて、一時的に詰まった状態になったのが、
ながれていった。
とのこと、血管のスキャンもみせてもらったが、
途切れたり、詰まったりもいっさい無い。
きれいなもんです。

?????

しいていえば、また、妄想チックでいやなんだけどww
憑依されたとき・・・と、にていると感じる。
この時は、なんともいえぬだるさと感じていた。
たとえていえば、肺炎をやらかしたときのようなだるさ。
風邪ではないとわかっていたが、
まさか、肺炎やらかしたか?
貧血?
寝れば治るだろうとたいしてきにもせずパソコンにむかったら
神道家がきていて、
「いま、しんどいだろう。払ってやるから」
と、いって、払ってくれた。
その時に
「赤い大きな指輪をしたきれいな中年女性だ。おぼえあるか?」
と、たずねられた。
そして、
「楽になっただろう?」ともたずねられた。
まだ、その時は少々、すっきりしていなかったので
「よく、わからん」
と、答えたと思う。
「まあ、だいじょうぶだよ」
と、いうことで、1~2時間したら、すっきりしたように覚えてる。

後年、亡くなったある方ではないかとおもうようになった。

最初はそれで、原因を考えていた。
正直、憑依?するような人ではない。
憂生もそういう憑依される覚えがない。
ところが、知人からその人の気持ちをきくようなことがたびかさなった。
それで、かんがえたのが、
彼女自体ははらわれて、憂生からはなれたかもしれないが
いわゆる、成仏してないのではないか?
と、いうことだった。

思いを残しているのかもしれない。
そう思って、憂生なりに思うところを彼女に(空に?)むかってつたえた。

それで、なにか、すっきりしたようなきがしているのだが・・。

憑依と呼ばれる状態になったことを考えると
思うに、3~4回あるとおもうけど
「しんどい」とかんじたのは、この時がはじめてだった。

これは、霊自体の思いがたとえば、悲しみとか
負的な思いが強いことによって、
こちらへの波動?がわるくなり、
体に影響がでてきたと考えると

今回の原因不明の症状も
憑依だとするのなら
かなり、負の状態がきつい霊だったのかもしれない。

わすれていたけど、夏頃に納車した車のことでひと悶着あったのをおもいだした。

なにか、事故をおこしているような感じがあって
車のまわりをみていたら
きゅうにしんどくなって
「しにかけた」とか、つぶやきながら
自室にもどるのもようようのじょうたいで
ベッドにねころがると
ーあ、ユニコーンーという女の子の声が頭の中にひびいて
しばらくしたら、しんどいのがひいていった。
女の子はユニコーンがきたことをいうのか
ー怖いーとつぶやいていたけど・・・

で、ぐぐってみると、ユニコーンには魔?や毒を浄化する力があるそうで
それで、しんどいのが治ったということだろう。
前回のこともあるので
あえて、浄化?成仏?させようと決心していた。
この後、前の車の持ち主なのか?
ー最後に車にもう一度のりたいーと、つたえてきたので、
ドライブにいってきた。

その間、かるい憑依状態(ぼーとしたかんじ)がつづいていたが
霊なりに納得するところがあったのだろう。
最後にといっただけあって、その時のドライブでこちらもすっきりした。

こういう霊がつく?原因としてかんがえられるのは
憂生自体が事故をおこしていて
助手席に乗るときに、「怖い」と思うことがあった。
それが、いわゆるトラウマになっているときがついていなかった。

もともと、トラウマでとか
ストレスでとかいう、なにかのせいにしているように聞こえる言い回しがきらいで
そんなものは無い!!
と、いう人だったので、「怖い」と思うのがふつうのことでしかないとおもっていた。

けれど、この憑依を考えたとき
「怖かった」という思いくらいしか同調するところがなく
まさに、「しにかけた」という思いを体験していながら
怖さというのをかんじるまもなく事故になってしまい
どこかで、恐怖心をなだめることもなく
かんじていなかったのだからしかたがないがwww
スピードがあがると「怖い」とおもうのが
そこからきているとはおもいもしなかった。

そういうところが、霊と同調するところであり
憂生自体がこのトラウマをみとめ
トラウマを克服しなければ
霊も追体験して納得すまいとおもい
トラウマの克服法をかんがえていた。

まあ、その克服というのは実に単純で
怖いとかんじるのは、
車にのっているだけだったせいであるとわかった。
同乗者なのであたりまえかもしれないが、
ー自分の乗っている車がどういうふうにはしるかー
という運転者の目線でない。
ここにきがついて、運転目線で先をみていくと
怖さがなくなった。

別段、車のことでなくても
人生のなか、つらいことや悲しいことがあったとき
その「事」ばかりみていたら、いっそう悲しみからはなれられない。
前をむいて、先をみて歩く。ということをしていくしかないのとおなじで
霊にとっても、とらわれていたことばかりみていてはいけない。
と、納得したのかもしれない。

今回の事件が憑依だったかどうかはいざ知らず
憂生自体がとらわれていたこと。
それは、ひょっとして、このまま死ぬしかないのかということよりも
脳梗塞になっていくということは
ある種の記憶がなくなる(脳が壊死をおこすため)とも考えられる。
そのある種の(つらい記憶)をなくさせるためにおきるのかもしれないと考えた。

つまり、自分ではどうしても、その記憶にとらわれる。
自分ではどうにもならないなら、壊死をおこさせてやるしかないとなったのかもしれないww
と、とらえたとき
なにか、しょうもないもがきのために脳梗塞になるのかwww
と、なにか、ふっきれたというか・・・。

それなら、それでいいかもしれないと・・・www

結局、脳梗塞でなかったわけだけど

このあたりで、憑依というのなら、
それなりに、同調された自分の元をかんがえなおしていかなきゃならないとおもっている。

思い当るところはある。

その思い当たる相手?は3~4人いるというwww

そして、まったくのプライベートになるため
くわしくはかけないが
その近辺での周囲の発言を考えさせられている。

簡単にいうと、
情のない発言であったところがある。

おそらく、そのあたり
憂生の中でもとうべき問題があるという気がしている

白蛇抄第17話ー銀狼ー

業火を背負うか。
揺らめいた影のうしろから、鬼火が立ちのぼる。
澄明は歩む暗影を見つめ続けた。
畳のへりから陽炎の如き沸き立ち集まる影がまたひとつの人型になると
やはり、先の暗影と同じ鬼火が立ち上り、まとわりつく。
「どこへ?」
澄明の声にわずかに耳をそばだてたようであるが、
立ち止まりもせず、ふりむきもせず、答えようともしない。

その夜はそんな怨亡が六体現れた。
まんじりともせず、夜が白むを待つと澄明はまず、怨亡が歩んでいった方角を眺めた。
透かしみた東の空は紫色の雲がたなびく、異変を叫ぶ烏が紫雲のなかで楔に見えた。

「烏・・」
雲が湧き上がるのは、森の木立の中からに見える。
澄明は眼を閉じた。
不穏な気配が流れ込んでくる。
それが、なんであるか、はっきりと掴み取るためだった。

澄明の瞳の裏に哀しい咆哮を上げる猩猩の姿が立ち上ってきた。
猩猩の群れは行き所をなくし、森の木々にすがり付いている。
食うものがなく、烏どもの巣をあさり、卵や雛はむろんのこと、成鳥まで捕食している。

「それで・・」
やむなく、ねぐらにおりたった烏たちは、夜明けともどもに、猩猩たちをおいたてようと、
攻撃を繰り返している。
いくら、おいたてても、猩猩は木々からたちさろうとしない。
雛を卵を同胞を食らわれた烏の怨恨がうずまき、空の気までかえ、紫雲を生じさせていた。

しかし、なぜ、猩猩たちも哀しい咆哮をくりかえしながら
烏たちの追撃に耐えながら、木々にとどまるのであろうか?

それが・・・、怨亡となにか、関連があるのか?
澄明は烏の怨恨と猩猩の悲情の念を取り払い、底にまだ、なにかあらわれるものがないか、
思念を飛ばしてみた。

『助けてください。どうぞ、一思いに・・』
猩猩でもない、烏でもないなにものかが、命を潰えたいと願っていた。
「おまえは・・なにものだ?なぜ、死にたがる?」
澄明の念に気がついたのか、死にたがるものが、静かになった。
澄明の存在をさぐり、量っている。
『人間・・か・・』
人間ではとうてい、願いをかなえる力はもてないとあきらめた思いがながれこむと、
苦しいうめき声だけが澄明の耳にとどまった。

なにものか、判らないが、かなりの妖力あるいは、法力、もしくは神通力をもつ存在であることと
人間でないことだけは、澄明にわかった。
「病か?怪我か?」
問いかける澄明にいくばくか心をひらいたのは、わが身を案じてくれる存在へ親近の情がわいたにすぎない。
だが、いいかえれば、役にもたたぬ存在でしかない人間の言葉に、刹那、心をほぐされるのは、
それだけ、なにものかが、瀕死の状態にあるといえる。
『死ぬに死ねない・・のだ』
「死ぬに死ねない?それはどういうことだ?」
『私は不死身・・の身体・・・なのだ』

不死身の身体を持つ存在とは、いかなるものであるか・・。
澄明は考えをめぐらしていた。

不死身の存在といえば、澄明には、白峰大神がすぐに、浮かぶ。

白峰大神同様、おそらく、なんらかの神・・。

澄明に浮かび上がった白峰大神の存在をーなにものかーが、逆に読み下していた。

「おまえになら、はなせそうだ。そのまま、東の山へ・・」

来いといいかけた声が沈んで、周りにいる誰かに指図を与えると

「今から、使いをよこす、そのものにあないされてくるがよい」

人間の足でここまで、来るはいとまがかかりすぎるというのだろうが、

使いなるものが、澄明をつれていくほうが、たやすいとなるのなら、

それだけの能力をもつ使いを下にしいているーなにものかーはいかなる存在であるのだろうか?

澄明が考え込んでいるその目の前に黒い塊がわーんと沸いた。

疾風のごとき速さで駆けてきたせいだとわかったのは、

黒い塊が微動だにせず澄明の前に座ったからだった。

「なるほど・・」

使いなるもの大きな黒い山犬だった。

山犬は澄明に背をむけ、背中におぶされと示す。

「おまえのあるじは、いったい、どうなっておる?」

澄明の問いかけに答えず、澄明がせなにつかまると山犬ははしりだした。

飛ぶがごとく、谷をこえ、岩をとび、みるまに、烏たちがとびさわぐ森のきわにおりたった。

山犬はおおきな岩のむこうに一礼をし、澄明の到着をしらせていた。

そこにーなにものかーがいるのは、間違いが無い。

澄明は大きな岩にむかって、歩んでいった。

「あっ」

澄明の眼に無残な死骸が見えた。

落石だったのだろう、大きな岩におしつぶされ、灰色の狼がひしゃげ、ひからびていた。

「生きている?」

見た目は確かに死骸だったが、灰色の狼は澄明に確かに語りかけた。

「この有様だ」

「いったい・・どうして?」

澄明よりも、高い法力をもっていると思える銀狼が落石にのまれるのが、不可思議に思える。

「山の主の意趣返しだ。避けられぬ」

「意趣返し?山の主を怒らせたのか?」

「ああ。遠い昔に・・。わたしが不死身になったのも、山の主の呪詛をかぶったからだ」

「いったい・・」

なにをしでかして、山の主を怒らせたのか、判らぬが、

銀狼を不死身にするという意趣返しをかぶせられるということが、

山の主の怒りの深さを物語っていた。

銀狼が生き永らえている事自体が山の主の怒りの表れでしかない。

一思いに銀狼の息の根をとめるでは、おさまらぬ怒りがあるといえる。

哀れに岩の下で生きながらえる銀狼であるが、それでも、周りを見渡せば、

そちこちの物陰に山犬達が潜んでいるのが判る。

どうやら、山犬の頭として、群れを引き連れていたらしい。

山の主の懐に住むものでしかない銀狼が、なにをしでかせたというのだろうか?

今、この銀狼を岩の下から救い出しても、山の主の呪詛を解かぬかぎり、

銀狼は呪縛から解放されない。

そのためにも、まずは銀狼がしでかした事を知るのが、早い。

山の主の怒りを解くにも、原因がわからぬでは、解くに解けない。

「おまえの白峰大神と同じことよ」

澄明の思いを掠め取った銀狼はしでかした事がなにであるか、澄明に告げた。

やはり、銀狼は澄明より、よほど、上の法力を持っている。

澄明が銀狼の思いひとつ、読み取ることが出来ないのに

銀狼は澄明の過去まで探り当てていた。

「それは・・どういうことだ?」

銀狼はくすりと笑ったように見えた。

「だから・・おまえには、話せるといった。今から、話すが・・おまえ、犬神をしっているか?」

銀狼がそこまで、澄明に語りかけたとき、物陰に身を潜めた山犬の隙を狙って、猩猩が木々から降り立ち始めた。

とたん、物陰から山犬が飛び出す。

猩猩が、銀狼になにかをしでかすのを防ぐかのごとく、すばやさである。

「猩猩もこの身をひきちぎりにくる。烏どもも、この眼をほじくろうとする。

奴らはみな山の主に操られている」

銀狼を守るために、山犬たちは猩猩を烏のねぐらに追い込んだのだ。

猩猩に食われまいと烏の攻撃の的は銀狼から猩猩にかわり

山犬が見張るのは猩猩だけでよくなった。

『そうか・・・それで・・・猩猩が、森から下りれなかったわけか・・・』

だが、いつまでも、猩猩を森に追いやっているわけには行かない。

まずは、この岩から銀狼を助け出し、安全な場所に身をうつすが、先決である。

「話はゆっくり、聴く。まずは、この岩から、お前の身体を出す。私の仲間をここに呼んでもらえまいか?」

澄明の言葉に銀狼は承諾をみせた。

「呼ぶのは、かまわぬが・・。山の主の呪詛を・・・」

言いかけた言葉が止まると、しばらく、澄明を読み下すようであった。

「なるほど」と銀狼が頷いたのは、澄明が榛の木に囚われた雷神を救った法を手繰ったせいである。

「おまえなら・・・山の主の呪詛をほどけるかもしれない」

銀狼がうなづくと、澄明は白銅はもとより、不知火、九十九に式神を飛ばした。

銀狼の指図で、3匹の大きな山犬が飛ぶがごとく走り去るのを見送ると

澄明は、銀狼に尋ねた。

「白峰大神とおなじとは、いかなることだろうか?」

銀狼は澄明の問いに先と同じ言葉を返してきた。

「犬神・・を、知っておるか?」

犬神は阿波、伊予、土佐あたりの山奥に生息する。

澄明はこの長浜において、犬神の実体を見たことは無かった。

だが、その犬神は多く人に憑き、狐狸の類の憑き物とは違い、

代々、その一族にかかっていく。

犬神に憑かれると多く、精神に錯乱をおこし、狂気を見せる。

だが、反面、犬神の力で、多くの富をえて、安泰に暮らせるという側面もある。

「犬神は、白峰のように懸想するのだ」

共に成れぬ相手でありながら、思いを寄せてしまう。

それが、憑依の元である。

思う相手の幸せを祈る気持ちは十分にある。

思う相手が、いずれ世帯をもつときも、犬神は一緒に成る相手の先々をみこす。

ここで、もしも、ろくな運命。思いをもっていなかったら、犬神は相手を蹴散らす。

突然の病気や怪我、心変わりなどで、婚儀を白紙に戻してしまう。

逆に、犬神のめがねにかなえば、すんなりと世帯をもつことができるのであるが、

このことは、もちろん、とうの本人は知らぬことで、

自分が犬神に懸想され、人生を差配されているとは、つゆひとつ気がつかないのである。

そして、幸せな結婚生活をおくりはじめても、犬神はじっと、思う相手をみまもっているのであるが・・・。

子供という血筋ができあがると、犬神の感情は一変する。

結婚相手の必要性が血の継承であるなら、子供が出来たときに結婚相手の役目が終わる。

この時から犬神の独占欲と嫉妬がたぎりだす。

必要のなくなった相手が思う人を独占する。

犬神の精神が沸騰し、犬神に憑かれたその相手に余波が生じる。

これが、犬神に憑かれた人間が見せる錯乱の仕組みである。

結局、この犬神の精神が平和を取り戻す「離縁」に成る以外、憑かれた側の助かる道は無い。

「わたしは山の主の娘に思いをよせた」

銀狼が言う「山の主の娘に思いをかけた」というその事実だけでは、山の主に呪詛をかけられる理由はつかめない。

澄明にとって、白峰大神は一千年前からの因縁といってよいが、銀狼が白峰大神と同じとは、そこまでの深い因縁をさすのか?あるいは、単に、異種婚を望んだということだけをさすのか?

「山の主というが、ただしくは、地の精霊の総括といってよい。この精霊が縁を結ぶことが出来るのが水の精霊である。陰陽師ならわかるだろう?火と水では打ち消しあってしまうが、土に水はしみこみ、また、逆に土が水の居場所を支える。山の主は土を頼る生き物のために、水を蓄え、植物を茂らせ、獣達に水を与える。それゆえに、山の主は水の精霊と共にいきこしていく。そして、代を継承する子孫をうみだしていくのだが、男が生まれればそれが土の精になり、女が生まれれば水の精になる。親である山の主と水の精霊がまだ、代を譲らない間、子供達は人間に姿をうつし、山野をかけめぐり暮らしている。その娘、たつ子と名づけられ、ときおり、母親が宿る山の泉で沐浴するのを幾度となく見かけるうちに心惹かれた」

銀狼の話はまだつづく。

「たつ子が、賤ヶ岳にすまう山の主に嫁いで、そして、その時になって、私は私が犬神であることにきがつかされた。

たつ子は賤ヶ岳の麓の湖にその身を潜め、一男一女を設けたのち、わたしのせいで、気がふれてしまったのだ。

狂ったたつ子は何度も、命をたとうした。

だが、精霊がそんなに簡単に、存在をなくすことができるわけがなく、たつ子は水の流れに身を任せ、琵琶の湖にたどりつくと、その身を石にかえた」

「なんと・・・」

琵琶の湖の沖に白く聳え立つ、通称、沖の白石というものがある。

それが、たつ子だと銀狼は言う。

「私は阿波の山中からたつ子を追って、ここまで、きたのだが、私の懸想と嫉妬がたつ子に移ってしまうとは、思っても居なかった。

それより、以前、自身が犬神であることにさえ気がついていなかったのだ。

だが、たつ子の狂気は私の嫉妬と、同時に起きる。

たつ子が狂いをみせはじめ、背子である山の主にうとまれるであろうと思うと、どこか、ほっとする自分が居る。

そう、気がついたとき、これは、私の呪詛か、生霊を飛ばしてしまっているのかと、自分を疑いだした。

そして、私の存在に気がついた山の主が、私をたつ子から引き離そうとしたときに私の中の犬神の血が湧き出した。

山の主の払いの念が私に向かってくるのが、読み取れる。

私は自分が伝え聞いていた犬神になってしまっていると、突然理解した。

山犬の一族の中から、犬神が出ずる。

その伝説がわが身をもって、真だと知ることに成った。

そして、私はそれでも、自分の懸想も嫉妬も抑えきることができず、たつ子にとりついているせいで、たつ子の錯乱がおきると認めようとしなかった。

そして、気がふれたたつ子は一瞬の正気のときに、わが身を石に変えようと決心したのに違いない。

犬神は代々、人につく。

たつ子は自分が死んだら、我が娘に犬神の障りが移ると考えたのだろう。

沖の白石に身を変えれば、私の懸想をつなぎとめておける。

さすれば、たつ子の一族は犬神憑きから、逃れられる。

たつ子の目論見どおり、私は、沖の白石が見渡せる、この山の上でたつ子が誰のものにも成らないことに平安を感じながら、沖の白石を見守る。

それが、唯一、私に赦され、残された恋情の昇華だと思っていた。

だが・・・、たつ子の夫も父親も娘も息子も・・私を赦すはずがない。

私はたつ子の姿を白石に変えてしまった自分の罪にもがくとき、いっそ、私が死ねば、たつ子は元のたつ子に戻れるのでは無いかと考えるようになった。

たつ子のためにも、死のう。

そう、決心して、私は琵琶の湖に身を投げてみた。

人間が使う毒を呑んでみたこともある。

だが、どうやっても、死ぬことが出来なかった。

それが、呪詛だと気がついたとき私はもっと、自分の罪にもがくことに成った。

私が死んでも、たつ子は元に戻れないのだ。

私が死んでたつ子が元に戻れるのなら、私を不死身の身体になぞ、するわけがない。

私は・・一人の女性をここまで、おいつめ・・・」

あとは、銀狼の涙にかすれた。

泪が銀狼のまなじりに小さなしずく溜りをつくったと見えたとたん、

乾いた灰色の体毛がしずくをすいこむ。

と・・・。

まなじり辺りの表皮が生気をとりもどし、灰色の毛が、水を得た緑のようにぴんと立ち上がった。銀狼がいう、不死身が、こういうことかと、澄明が解したとき、山犬の背から降り立つ白銅の姿が澄明の瞳に飛び込んできた。

白銅が一番最初にここに降り立つのも無理は無い。

朝から姿をくらました澄明の気配を追って、東の山に向かっていたからだ。

「白銅・・・この前から沸いてきている怨亡の正体が判ってきた」

「ふむ・・・」

式神の口伝から、澄明が灰色の狼の傍らにいることはわかっていたが、それがことが、怨亡に結びつくとは思っていなかった。

瓢箪から駒とはいわぬが、思わぬ糸口が見えたようだと得心する白銅に銀狼が訝しい声をかけた。

「怨亡が沸くというのか?」

声の主が式神が伝えてきた狼だろうとあたりをつけて、白銅は澄明と銀狼の傍らにぐいと足を進めた。

「あ?」

大きな岩の下に灰色の狼が押しつぶされ身動きが取れない、は、判っていた。

が、それが、木乃伊のごとき有様である。

「ふむ・・」

一目見ただけで、大きな呪詛が架かっていると感じ取られると同時に白銅の思念に沸いてくる思いがある。

「犬神か・・」

「知っておるか・・・」

銀狼いや、犬神みずからが白銅に問いただすと白銅から何を読み取ったか、銀狼の瞳からいっそう泪があふれた。

「ひのえ・・あ、いや・・澄明・・。この岩にかかっている呪詛は山の主のものだな・・。この呪詛を外さないと・・」

おそらく、犬神を岩の下からさえもすくいだせまいとそれだけは判る。

「どうやって?」

白銅に、わからない呪詛の解法を、澄明は掴み取っているように見える。

あるいは、それが、怨亡に関ることなのかもしれない。

「繕嬉がくるのを待ちましょう。不知火は関藤兵馬のときで、よくわかっているでしょう」

本物の木乃伊を成仏させた不知火であれば、見えてくるものがあろうと澄明は思う。

「ふむ・・・」

泪のしずくが見る見るうちに肉まで蘇生させている様は干物を水に戻すに似ている。このようりょうで、犬神を救い出せたら、泉に身を浸してやればよいのかもしれない。

まるで、棒鱈のようであると笑いがこみ上げてくるのを、こらえながら、白銅は犬神に声をかけた。

「もう・・悔やむことはあるまいて・・・なんとか、してやろうて・・」

白銅にかけられた言葉に犬神がぎょっとした。

「おまえ?私のことを読めるというか?」

「どうも・・。白峰大神のおかげで・・・」

添い遂げることが出来なかった悲しみ、護り切れなかった苦しみは、白峰大神も白銅も互いにくぐっているといってよい。

「立場が違うが似たもの同士のせいだろう。不思議とおまえの気持ちも伝わってくる」

おそらく、銀狼が白銅を読んだとき、澄明への必死な思いを知ったに違いない。

片割れを思う白銅の気持ちをみれば、銀狼はたつ子の背子である山の主の思いを見せ付けられる。目の前の白銅のように、我が妹背を思う山の主の思い。それさえ、たつ子から奪い取った。山の主を苦しめ、たつ子を苦しめた己でしかない。それであるのに、悔やむなという。なんとかしてやるという・・。この男なら・・出来るかもしれない。根拠ひとつとてないのに、犬神は不思議な安心感に包まれていた。
次にやってきたのが、九十九繕稀だった。

山犬の背からおりたつと、澄明、白銅の傍にゆっくりとやってきた。

みすぼらしい銀狼の死体と見まがうその姿を一目みると、「なるほど」とうなったまま、瞳をとじた。

どうやら、繕稀は銀狼のなにかをよみ取るようだった。

「無駄だろう」

銀狼には人間ごときが犬神を読み下す力があるとは思えない。

だが、澄明も白銅もじっと、待っていた。

繕稀は天空界まで、よみとる。もちろん、この場合、居並ぶ神々までよみくだしてしまい、その重圧に精神をくるわすばあいがあり、繕稀もそこは十分に承知している。

おそらく・・犬神の前世を読み下しているに違いない。

それならば、横に並ぶつながりが無く犬神だけの縦を掘ることになる。

「なるほど・・」

繕稀は同じ言葉を吐くと、ちらりと澄明をみた。

「やっかいだな・・」

「だと思います・・」

「こやつの前世から続く、深い因縁がある。犬神にうまれたも、山の主の娘にかかわったも、すべて、前世からの因縁だ。山の主の呪詛を解いたとて・・」

切った言葉が口の中に残るうちから、繕稀は澄明に念を飛ばしてきた。

『おまえ・・また、因縁からの解脱に関る・・何故、そのようなことに関るか?お前自身の因縁が綺麗になっていないということだろう?』

言い換えれば、澄明の因縁が清算されれば、銀狼の因縁も清算されるという事に成る。

「私ですか・・」

念を飛ばし会話を交わした二人のその思念が読めない。

塞ぎなど銀狼の前では役に立たなかった。

それが、今度は違う。

「おまえ、なにものなのだ・・・?」

たずねた言葉の後から先も銀狼が読み取れなかった事実をおもいだしていた。

「怨亡がわくといっておったな?」

それも判らなかった。

銀狼の問いに繕稀がまたも、瞳を閉じた。

怨亡の正体を見極めるようだった。

「あやつは・・は、なにをしている?」

あやつは、瞳を閉じた後にこの犬神のなにかを拾い出している。

そして、今又瞳を閉じて・・何を拾い取ろうとしているのか?

「繕稀は前世を読めます。先ほどは貴方の前世、今は、怨亡の前世を読んでいると思います」

澄明に説明されるといっそう、銀狼はあっけに取られる。

「なに?私の前世?怨亡にも、前世があるのか?いや、あるとして、読めるものなのか?いったい、私の何を読んだ?私の前世に何の関係があるという?」

矢継ぎ早にたずねてくるのは、銀狼自身の理解がおよばぬせいである。

銀狼も取り乱していると自分でもきがついた。

「おしえてもらえまいか・・」

およそ、人間と小ばかにしていた所作をあらためたと言外にふくませた口調は酷く丁寧に聞こえた。

銀狼の言葉をうけて、澄明はしばし、迷った。

繕嬉がどこまで、話すつもりなのか、どんな前世を読んだのか?

「繕嬉?」

たずねてみれば、繕嬉は腕をくんだまま、うすく笑うばかりだった。

おそらく、前世と今生の因果から話さなければ銀狼は因縁を理解できない。

「わかりました」

まず、前世と今生の仕組みを銀狼に解くのが、澄明の役目らしい。

元々繕嬉は無口な男だし、無愛想を絵に描いた人間過ぎた。

澄明の説明しだいで、、繕嬉がどこまで、読み取ったことを話すかもかわってこようとも思えた。

「前世が今生に影響を及ぼすことは、理解できますね?」

おもむろに銀狼の理解を量る。

「ああ。わかります」

肯定はしたものの、すこし疑問を感じている。それは、澄明が、その影響の内容に触れ無かったせいだろう。まずは、聞く、この体制に入っている事を確かめると、澄明は続けた。

「前世が今生に影響を及ぼす場合、大まかに、ふたつの形が現れます」

「ふたつ?」

どんな前世が銀狼のこの身に影響を与えているかと自身考えるより、まだ、複雑な仕組みがあるように思える。銀狼は澄明の言葉を待った。

「ひとつは、前世、そのままがあてはまる場合。

もう一つは、その逆。前世で自分がしでかした事が、返される場合。

たとえば、あなたが前世で誰かを殺したとする。前者の場合、またあなたは誰かを殺そうとする思いや境遇に追い込まれます。

後者の場合。

あなたが逆に殺される状態においつめられるようになります」

「それは・・つまり?」

今の銀狼の境遇は、はたして、どちらのせいなのだろうか?

恋する人を苦しめ、自身も呪詛を受ける。

同じことを前世でしていたということか?

それとも、逆にたつ子のような境遇が銀狼にあったか?

「かぶせられた悪いものをふりはらおうとするのが今生です。いずれの立場にしろ、あなたは、前世の行いを納所させられる思いを沸かされます。

その思いに、勝てるものは少ないと思います。

誰もが、前世から差配されます。

問題は、その差配のありようです」

銀狼の今生こそ、前世からの差配であるならば・・・

「私は・・・いったい何をしでかしたというのです?」




「なんだ?また、木乃伊か?」

突然の乾いた声はかんらと明るい。

不知火らしく、抜け目無く澄明たちのすぐ傍におりたつように、山犬に指図したのだろう。

「不知火・・あいかわらず、こうるさい男だな」

繕嬉のにくまれ口などものともせず、不知火は銀狼のそばににじりよった。

「ふ~~ん」

かすかに首をひねると、「あはは」と笑う。

「澄明、おまえではらちがあくまい。こやつ、白峰と同じにおいがするわ」

澄明が敗退を喫した相手は、あるいは、白峰大神ただ独りであるかもしれない。

その白峰大神と同じ匂い。

すなわち、恋する相手に「想いひとつ」だけで、つながっている。

「たしかに、やっかいです」

白峰が身を引いたとは形だけで、結局、今も天空から澄明を見張っていることだろう。

想いをあきらめ、昇華し、消失できない。

そこまで、澄明とて、変転させることは出来ない。

『それが、繕嬉のいう、因縁が清算されてないということだろうか』

繕嬉の謎賭けをどこかで、よみとったのか?

あるいは、繕嬉と同じ考えで、このたびの事件をみすかしたのか?

だが、そんなことよりも、まず、大岩の呪詛を解くのが先である。

その法をしくより先に、まず、繕嬉の見透かした前世をしったほうが、得策である。

「繕嬉、不知火がきたことだし・・先の銀狼の前世から、わかったことをはなしてくれまいか?」

「もとより」

と、応じるとちらりと不知火を見る。

「お前の言うとおり、執着が解かれないのも、前世からの差配でしかない。

こやつの前世での行いが、わざわざ、成らぬ恋をする犬神へ転生させ、山の主という叶わぬ相手に懸想させる元をつくっている」

黙って耳をそばだてる銀狼をしりめに、こやつ呼ばわりが出来るほど膳嬉はなにもかも読み取っているようだった。

「こやつの前世は いづな じゃった」

「いづな?あの、いづなですか?」

「そうじゃ」

と、繕嬉はもう一度、うすく笑った。

「おまえは、どうも、次から次から、糸をたぐる女子じゃの」

「え?」

繕嬉のいう意味がわからない。

もちろん、繕嬉ひとり、何もかも見透かした上で物をいうのだから、澄明でなくとも判らない。

「いづな、は、霊獣じゃがの、さて、これは、なかなか、数奇な縁じゃな」

『いづな・・・』

澄明は腕を組み、白銅は空をにらみ、不知火は頭の中を見つめるか、黒目の焦点が宙にういていた。

「いづな・・」

飯妻とも書く。猫ほどの大きさで、てんに似た姿をしている。名前が現すように、妻を好んで食べると考えられている。もちろん、妻というのは、人のことでなく、稲妻の妻を表す。ようは雷獣である。おそらく雷の放出する力を何らかの形で生命源として取り込んでいるのであろう。

稲光り、雷鳴がとどろくと、どこからともなく現れ、空中を遊泳して、雷を食らう。

そのいづなが、銀狼の前世であると繕嬉が言う。

「わからぬか?」

澄明たちの反目をおもしろそうに眺めるとぽそりとたずねる。

「雷を食らうというのだから、いづなは、誰の傍におりたがるや?」

「それは・・当然、雷神でしょう」

答えた白銅があっと、声を上げた。

「もしかすると?波陀羅の一件の雷神?」

榛の木に雷を落とし、榛の木の精霊を真っ二つに裂いてしまった雷神は

落雷の衝撃で精霊に融合してしまったのである。

そして、澄明たちの活躍で榛の木の精霊が元ひとつの身体に戻れたとき、

雷神も自分の姿をとりかえしたのであるが・・・。

「その雷神が、いづなのしでかしたことに、腹をたて、呪詛をかけおった」

すると、20年以上前、雷神が榛の木の精霊のなかに分裂して、同化して閉じ込められていたわけだから、いづなへの呪詛はそれ以上前のことに成るのか?

いづながいつ呪詛をうけたのか、判らないが、雷神が榛の木と喧騒をおこしたのも、ひとつには、いづなへの腹立ちが引き金に成ったのかもしれない。

「白銅、その通りじゃな」

言葉に成るのを待つがまだろこしく、繕嬉はその飛びぬけた能力のせいで、つい、白銅を読みすしていた。

「いや、でも、雷神が榛の木に落雷を落とし、榛の木の精霊に身体を明け渡すことになったのは、20年以上前のこと・・いづなが、転生して、銀狼になったにしては・・」

年月があわないのではないか?

白銅の疑問に答えたのはほかならぬ銀狼自身だった。

「いや、山犬は人間と違い、3年もせぬうちにいっぱしの大人になる」

たつ子をみそめるだけの色気も十分にもちえる。

と、白銅が口に出さなかった疑問に暗にこたえると、銀狼は繕嬉に尋ね返した。

「私がいづなだったころに、雷神をおこらせたのですね?

いったい、何をしたのでしょうか?

そして、前世でも呪詛をうけたというが、これが、因縁が繰り返されるということですか?」

繕嬉はふむと顎をしゃくると、澄明を見た。

澄明をまっすぐ見つめる繕嬉のまなざしをおって、銀狼も澄明を見つめた。

「繰り返される因縁は、いつか、どこかで、終息させなければならないものだ。

そして、その因縁を終息させることができるものは、また、自らがもつ、深い因縁を終息させたものでなければできないことなのだ。だから、おまえは、そこの女子、澄明を呼び寄せてしまったのだろう。いいかえれば、お前の因縁は終息できるものだという事に成る。

そのためにも、元々、因縁の発祥であるいづなのしでかしたことを話きかせよう」

「では・・」

と、繕嬉は銀狼のまじかに、膝をおとした。

「おまえは、いづなだった頃に、雷神の傍らに随身のごとく、はべっていたのだが・・・。

雷神は、こともあろうに、若狭から、京の都までつづく、三十三間山、息吹山、比叡山、近江富士・・これらを総括する山の主の妻女に想いをよせた」

「雷神がですか?いづなだった私でなく?」

因縁が同じ事を繰り返すというのなら、山の主の妻女に懸想したのは、前世のいづなであるべき、気がする。

だが、銀狼には、見えない前世の世界である、まずは、繕嬉を信じて聞く以外ない。

「そうだ・・。もちろん、成らぬ恋であることは、雷神も承知していただろうが、

いづな・・おまえがの、随分、しゃしゃりでて、雷神の密かな想いもなにもかも、山の主に知れることに成ってしまった。

もちろん、おまえが雷神の想いを阻むにも、わけがある。

雷を帯びる雷神が水におちたら、雷神が死ぬか、水の精霊が死ぬか・・。

どちらにしろ、ただではすまないことになる。

雷神を案じ、雷神から片時もはなれなかったのだが、雷神もおまえの目を盗み、

一目だけでもと、菅の湖にしのんでいくことになる。

こうなると、おまえも、不安一方から、先手まわりして、菅の湖を徘徊する。

当然、山の主におまえのことが知れ、雷神の懸想もあからさまに成る。

水の精霊も湖から姿を現さなくなる。

そっとしておいてくれれば、良かったものをと雷神が荒れ狂い、

激しい怒りの中、おまえに呪詛をかけた。

もちろん、雷神も意識して呪詛をかけたわけではない。

だが、「この気持ち、おまえにわかるか。

そっと、物陰から見つめるだけでも、それでも苦しい。

そんな心を押してでも、想う。その人に避けられることになる・・

この想い、おまえにわかるか・・」

そんな雷神の怒りが知らずのうちに因を結んでしまったのだ。

だから、おまえは、今生、雷神の怨念をうけて、成らぬ恋、思う人に避けられる。

想う人の暮らしまで壊していく。

と、同じ想いにたたされて、「おまえにわかるか」を知らされているのだ。

だが、おまえは、今の今まで、前世をしらずにいたわけだから、いくらくるしもうとも、

雷神に対して、「こんな想いだったのか、すまなかった」と、詫びる事が無かった。

雷神にしても、いくらお前が苦しもうとも、意趣返しのすさびに自分が虚しくなるばかりに成る。

それでも、いくらか、おまえの苦しみをみれば、雷神も「ざまあみろ」と、なって、

いくばくか、気が済むはずだったのだが、

ところが、雷神はまもなく、榛の木の精霊に二つにわかたれ、閉じ込められ、お前の苦しみをみて、気を済ますことも叶わなくなった。

そして、榛の木からすくいだされたとき、雷神は、怨念も憎しみも悲しみも榛の木の中においてきてしまった。

そんな負の感情がつまった榛の木に精霊がもどると、同時に榛の木が浄化されはじめる」

繕嬉は、銀狼から目をはなし、澄明が頷くを見届けると

「雷神の怨念が具象化し、浄化されようと地の中をつたい、澄明の屋敷からはいあがってきていたのだ」
「と、いう事は・・・」

やっかいである。

通常ならば、

鏡の理、あるいは、反古の理で怨念を派生させた雷神に怨念を返すことが出来る。

ところが、銀狼にとって、雷神は前世の朋友とも言える。

あげく、今なら、それも良いが、20年前の怨亡が沸いてきているのである。

雷神に返すことも出来ず、怨亡は銀狼のもとを目指す。

目指すがこれが、また、いづなで無くなっている。

昇華されぬまま、怨亡が土にもぐる。

いわば、呪縛霊といってもよい。

「やはり、まずは、雷神を探すか・・」

腕を組んだまま白銅は銀狼を見つめた。




澄明の屋敷はむこう一里にわたる結界が施されている。

むろん、結界の中は浄化されている。

出口を求める怨亡が浄化された場所へむかえば、結界の外に吐き出される。

この作用をしってか、単に出口を求めた結果、

澄明のもとに浮かび上がることになったのか、定かではないが、

雷神が知らずに生み出した怨亡は本来の目的である、

いづなへの復讐にかりたてられ、銀狼のもとへ向かった。
「あなたの言うとおりだ・・。ここしばらく、

得たいの知れない鬼火が丑三つ時をすぎるころから、私をとりかこんでいた。

それが、怨亡だったのだろう。

だが、鬼火どもは、私に害をくわえようとせず、まわりをとりかこむだけだったが・・・?」
銀狼の言葉をうけて、澄明が答え始めた。
「無理はないでしょう。雷神が呪詛をかけたのは、いづなであって、あなたではない。

呪詛の相手であるあなたの気配を察して、あなたの元につどってみても、

もう、あなたはいづなではない。

怨亡もいづなであったものの気配をかぎとることができても、

あなたの前世がいづなであったとは、わからないのでしょう。

が、それよりも、この大岩。膳嬉の解明により山の主の呪詛をとくことができると思えます」
澄明の言葉に銀狼が首をかしげた。
「山の主の呪詛が解ける?それは・・どうやって?」
「とにかく、ここから、あなたを引っ張り出すのを先にしましょう。そのあとで、詳しくはなします」
澄明のことばが合図になって、陰陽師たちはそれぞれの祭神の方位に従い大岩のまわりに立ち並んだ。
「澄明、この大岩に被った呪詛をはずすはなんとかするとしても、

大元の山の主の呪詛を変転せねば、こんなことの繰り返しになるぞ」
不知火にいわれるまでもない。
「とにかく、銀狼を助け出さないと、猩猩と烏たちがいらぬ存念を沸かして、

負界が生じます。怨亡が負の気をめどうにしてやってきてるのは間違いないのですから・・・」
「うむ・・余波が余波を生むと収集がつかぬようになる、急ごう・・・ところで、解法はやはり、不動明王か?」
「呪詛は多く、不動明王に差配されますから、多分、山の主でありとても不動明王の差配の先でしょう」
「うむ・・それでは・・・」
膳嬉がまず大岩に左手をおいた。

右の手で不動明王の印綬である手印を結ぶとあとは、

小半時、不動明王の真言を唱え、解法を説いた。
「よし、ぬけた」
白銅の合図で四人は大岩の下の土をほりだした。

大岩を梃の要領で動かすとき、銀狼の側に傾かぬように大岩の転ぶ道筋をつくるためである。

あたりに梃になる倒木がないか、探しにいくようにと、白銅が澄明に言う。
「土の毛は女子の手を傷める。手ごろな木があったら呼ぼうてくれ」
「はい」
夫の心使いに素直に従うと澄明は倒木を探すため、その場を離れた。

猩猩を見張っていた山犬の一匹が澄明に従った。

「あのようになるまで・・お前たちはずっと、銀狼を守っておったのだな」
「半月以上・・・交代でついておりましたが、猩猩も限界をこえ、

烏どものひなから、烏までくいあさるようになり・・朝には、おどろしい紫雲が沸き立つ有様で・・」
「それで、私もきがついたのだが・・・もっと、早く気がついてやればよかった。

猩猩も烏も、呪詛に操られ、本来の本能を忘れ果てている。

それも、さぞかしつらかったことだろう」
一刻も早く、山の主の呪詛を解かねばならない。

そのためには、知らずにかけたとはいえ、雷神の呪詛をほどかねばならない。

山の主に会うより、雷神にあうは容易なことではない。雷神はどこにいるか・・・。
「この・・木は・・いかがでしょうか?」
山犬が倒木の元に走りより澄明にたずねた。

そして、澄明は式神をとばし、白銅につたえ、やがて、倒木が大岩の下にあてがわれた。

大岩の下を掘り、倒木を差し込むが簡単に大岩が動くわけがない。

一寸にもみたないわずかに浮いた隙間にあたりの土や、小石を入れていく。

そして、倒木の支点位置を変え、また同じ作業を繰り返す。

ある時点まで大岩は傾斜を変えるだけだったが、

臨界点を超えると、あっさりと、事前に作られた道筋側に転げ落ちた。

不知火が銀狼に駆け寄ると、笑いながら、銀狼を抱き上げた。
「まったく、干物じゃの。わしはどうやら、木乃伊に縁があるようじゃから、どれ、わが家の裏の池にひたしてやるは、わしが役目じゃの・・で、澄明・・あとはどうする?」
「まずは・・・山の主の呪詛を・・」
多分、山の主は澄明が説明だけでは、呪詛をとくまい。

雷神の呪詛をはずしても・・まだ・・許せないのは、たつ子が元の姿に戻れないからだ。

どうすれば、たつ子を元の姿に戻せるか・・。

澄明はあてどつかず、考えあぐねている問題を、改めてつきつけられ、返答に窮した。




思い浮かぶことがないといえば、嘘になる。




澄明は浮かんだ解決方法を胸の奥にひた隠した。




だが・・。




『澄明・・おまえの思うとおり。それ以外法は無かろう』




銀狼の念が澄明の胸にひびいてきた。




銀狼はかわらず、白銅にかたがわれ、目をつむっている。




『それで、良いというのか?』




『ああ。だから、一刻もはやく、雷神の呪詛をといてくれ。

雷神も私の不在をなげき、探し回っているだろう』




ーいずな?-




前世がひょいと顔をだすことがある。

一瞬浮かび上がったいずなの言葉をかみ締めて

澄明は雷神の胸中を慮った。




確かに朋友であるいずなの姿をみつけられなくなった雷神は

いずなをさがすに間違いがない。




20年以上の月日を榛の木のなかですごし、

現世にもどってきてみれば、いずながいない・・・・。




ーそういえば・・・・ー




榛の木から雷神がいできてから、雷が鳴ったのは、

何度あったろうか?

雷を何度とどろかせても、いずなが現れない。

雷神はあてどなく、いずなをさがしまわっているということか?

だから、さして、雨もふらず、夏の盛りの日照りさわぎで渇水さえおきた。




その時に掘り起こした木乃伊のことを銀狼は読み下したか?




故に胸にしまった解決方法を引き読んだということか?

無論、そればかりではない。

いくつかの澄明の因縁からの解脱をよみくだしているのは間違いがない。




鼎を救ったことをも読み下したにちがいない。

禁術である同化の術。

その時の、澄明には勝算があった。

だが、銀狼には勝算がみつけられない。

だからこそ、ふさいだというのにそれを読み下し、

銀狼は覚悟をつけている。




ーなにか、法はないかー




案を模索する澄明の耳にまたも銀狼の念がひびいてきた。




『澄明・・。かまわぬ。たつ子がそれで救われるなら、私は本望だ』




ー銀狼・・・・-




それしか方法が無いのなら、やはり、雷神の呪詛を解くしかない。

さすれば、銀狼が転生をはたしたときに、

同じ事は繰り返されない。




だが、銀狼の選んだ法には転生がありえない。




ーなにか・・ー




『かまわない。私は自分が望んだとおり、たつ子を見守りつづけられるのだから・・』




愛に殉ずるという銀狼の意志を告げられると

澄明は己の段で考えることはできないと考え直した。

それが、銀狼にとっての幸いであるのなら・・・。




「白銅、雷神を探そう」




白銅の頷きを確かめるまでもない。

白銅もまた、澄明が、

雷神がいずなを見失った森羅山の榛の木を目指していると解していた。


榛の木の焼け焦げた根方の脇の新しい芽が

今の精霊の棲家である。

その芽は鮮やかにのびあがり、澄明の胸元まで勢をあげていた。

「いなづち・なみづち」

澄明が精霊の名をよばわると、はたして

「おお。澄明か」

精霊がならびて、澄明のまえに浮かび上がった。

「息災でおるな?」

「無論じゃとて、なにもかも、おまえのおかげじゃ」

にこやかに微笑む澄明をすかしみる精霊である。

「して?我らを呼び出すとはいかに?」

判りの早い精霊であると澄明のうしろで苦笑をかみ殺す白銅に目をうつすと

「二人、並びて、くるのはそれ相応の仔細があろう?」

早く話してしまえと澄明を促すのも、精霊が澄明たちに恩義をうけたせいもある。




「雷神を知らぬか?」

澄明の問いに精霊の顔が一瞬のうちにくぐもった。

無理ない話しである。

雷神のいかづちにより、榛の木の精霊はふたつに分かたれ

邪宗の双神に化した。

いきのびるためとは、言え、しでかした数々の悪行は今も

精霊の胸を痛めつける。

とは、いうものの、その禍から精霊を救い出し、元の榛の木の精霊に戻してくれたのが、澄明であり、白銅である。

その二人の采配があってからこそ、今再びの己達が在る。

己の苦渋を振り返っている場合ではないと、精霊の顔がまっすぐ澄明を捉えなおした。




「何度か、ここに現れた。雷神はなにかを探しているようだった」

澄明が思ったとおり、いずなを探しめぐっている雷神であるようだ。

だが、それも随分前の事で、精霊は雷神のその時の所作を思い出そうとしていた。

「ああ、そうだ、探し物は、おそらく、針だ。あの針が・・と、つぶやいておったわい」

「針?」

澄明は白銅を振り返った。

白銅はそうだと深くうなづいていた。




精霊を元にもどすために、二人で、呪詛のかかった畳針を一樹のむくろからひきぬいている。

雷神がつぶやいているのはその針のことに違いない。

澄明はあの時、畳針から鋭い電光がもれていたことを思う。

それは、雷神が双神の体に分かたれてものが、元に戻る時

融合の衝撃であったと思われる。

それを雷神は覚えている。

そして、おそらく、雷神はその衝撃で、いずなをどこかにとじこめたと

考えたに違いない。

いずなを探し当てても、分たつ道具である畳針がなければ

封じ込めたものといずなを分離できないとかんがえたのではないだろうか?




「澄明」

白銅の声に澄明は頷いた。

あの畳針は悪童丸の陽根を祀って封じこめてみせたふりと同じく

はたまた、藤原永常が孔雀明王の台座の下に保管したのと同様に

今は二人の住いの祀り主である久世観音・であり慈母観音であり、救世観音の

台座の下に封じ込めている。

*注*陰陽師でありながら、観音を祀ると言う部分は第3話ー白峰大神ーに、寄る*




救世観音の法により、雷神が畳針を見つけ出すことは不可能なのだ。

その針を掲げれば、雷神のほうから寄って来るということになろう。

「うむ」

頷くと澄明は精霊に辞去をつげた。


「役にたてたのであろうかの」

澄明の顔色をよめば、その答えが応であるとわかる。

精霊はまたたくまもなしに元の榛の木の新芽いや、もう新木というべきであろう。

終の棲家にきえていった。


「帰りましょう」

畳針をとりに。

いわずもがなの目的ではあるが、白銅は付け答えた。

「腹もへってきたわい」

はいはいと笑いながら澄明の足取りも白銅の足取りも

軽きを呈していた。


あわただしく、朝餉とはいえなくなった膳にむかうと

空腹はあっと言うまに椀の底を見せる。

まだ、冷め切らない茶をすすりおわると、

白銅が久世観音の脇にすりよっていく。

夫婦の息というのか、台座がかすかに傾けられたときには、

澄明の手に畳針がにぎられていた。

「うむ」とうなづく白銅はさまに澄明を追わなければいけなくなる。

畳針をにぎったまま、澄明は庭先に下りていく。

そのすばやさにあきれている場合ではない。

「ひのえ、いかぬ!!」

恫喝がさきにならねば、澄明をとめられない。

「なぜ?」

ゆっくりと白銅をふりむいた澄明の顔は妙に明るい。

銀狼の呪縛をはずしてやれる。

その喜びであるとわかる。

一方でよほど、勝算をもっているのか?

なれど

「ひのえが、わが手に畳針をかかげて、そこにいかずちがおちて・・」

半分も言わないうちに澄明がにこりと笑う。

「雷神は私たちをおぼえています」

お、覚えているものか。

大きな伸びをひとつ、伸び上がったと思ったら、瞬く間に姿をくらました。

あのわずかの間に雷神が自分になにがあったか、理解したというのだろうか?

いや、おそらく、自分がたすけられたことさえわかっていまい。

判っていたら、いずなを探しにここいらにも現れている。

白銅の懸念をみてとったか、さらに澄明はやわら気にほほえみ、大き頷いてみせた。

「思い出します」

つまり?忘れているだろう。はなから、覚えてないだろうと、判っていて、

一瞬の邂逅で雷神が澄明を思い出すことに賭けている。

「あ・・あほう」

相変わらず自分の信をつきすすむ。

だが、こうやって、わが身をいとわなず、一心不乱に銀狼を思う。

それだからこそ、雷神が思い出す。

思い出せると信じる。

いや、この場合は判るというべきだろう。

いままでも、この調子だった。

あるいは、その心に久世観音、おおくの神々が心動かされ加護を与えていたともいえる。

「よかろう」

あほうは、わしかもしれん。

澄明を信じきっていないあほうを自ら晒したあほうは、他ならぬ、このわしのほうだ。

「すまぬ」

「はい」

白銅の詫びの意味をさっしたのか、なんでもないことと、短くかえすと

いよいよ、畳針を天にかざす澄明の顔がひきつまった。

澄明とて、恐ろしいのだ。

その恐ろしさに身をひけぬ「思い」がある。

いかにしてでも、銀狼をすくいだしたい。

ーわしはほんにあほうじゃー

一瞬の気配もみのがすまい。

もしも、雷神がひのえにいかずちをあたえでもしたら、

いかずちが落ちる前にひのえの手から畳針をうばう。

ひのえ、いや、澄明の守護にはいると、

白銅は静かに目をとじた。

気配に集中するために・・・。

もういちど、澄明の手をありかを確認しようと、

うすめを開けた時、澄明の脇に黒い霞がたなびきはじめていた。

「来る」

雷神を招き入れる暗雲がわきあがってきている。

まもなく、雷神が降りてくる。

空気が鳴る。

かちかちかち、と、光ひとつ発さず、稲妻が空気をこする。

『ひのえ・・』

黒く暗い霞の中、澄明は微動だにせず、畳針を掲げていた。

雷神は?

まだ、現れぬか?

稲妻の中に身をひそめ、こちらの正体をうかがっているのか?

「あっ?」

一瞬、空気の淀みの狭間に雷神の瞳が見えた?

この機を逃しては、ひのえのもつ畳針に雷撃が落ちる。

白銅がずいっと身体を動かしかけた時澄明の制止が響いた。

「大丈夫です。雷神は、この畳針を恐れているだけです」

『あ・・』

その通りだろう。

雷神の身体は二つに分かたれ、片身ずつ、榛の木の精霊と融合していた。

その雷神の二つの身体を畳針が元1つの身体にもどした。

畳針の呪詛は解かれている。

だが、畳針が強大な力を持っていることを雷神は理解している。

その身を元一つに戻した道具にうかつに電撃など落としては、

またも、自分の体が二つ、いや、三つとわかれていくのではないか?

こう恐れているに違いない。

「いずなの居場所を教えます。畳針では、いずなを救い出せないのです」

澄明が雷神に説ききかせるとまもなく、

半信半疑であるか、おそるおそる、稲妻が静まりはじめた。

かちかちと恐ろし気な音もひそかなものにかわると、

あたりの霞もうすまりはじめ、黒いもやでしかなかった霧が薄墨いろにかわり、

その中に雷神の影が揺らめいた。

「いずながどこにいるか、知っているというのだな?」

雷神の姿がくっきりと現になり、

稲妻の音も消え去り、霞は白いもやになり、雷神の足元にだけ、うずくまっていた。

「なるほど・・おまえ、あの時の陰陽師だな?」

あの時、長い眠りからさめたとしか、かんがえつかなかった雷神だったが、

それから、いずなの姿をみいだせない。

くちはてた榛の木が眠りの長さをおしえていた。

榛の木の精霊の揶揄に怒り狂い、榛の木に雷撃を食らわせたことまでは

思い出したが、それから、いったい、どうなったか?


気がつけば、今、そこにいる二人の陰陽師の傍にいた。


どうやら、榛の木に食らわせた電撃に自らもが巻き込まれたらしい。

いずなが、又、心配しておる。

そう思った。

呼んでみても、いずながあらわれない。

とうとう、横恋慕のはてのやつあたりで、榛の木に電撃をくらわした雷神にあいそをつかしたか?

はたまた、いずなも己が身の上と榛の木のごとくやかれてはたまらぬと

姿をあらわさぬのか?


侘びながら、すかしながら、いずなを探しているうちに、

恐ろしいほどの年月がたっていることにきがついた。


そして、雷神は考えだした。


なにか、鋭いものが身体を突き通した。

その痛みに我をわすれ、夢うつつで、電撃をかえした・・。

そして、目がさめた・・。

あの鋭いものが何だったか、うすらとしかない記憶をたぐっていけば、

畳針がみえた。

もしかすると、いずなが、畳針で雷神を起こそうとかんがえたのかもしれない。

その電撃を今度はいずながかぶった?

そのまま、灰になったか?

いやいや、ありえない。

いずなは雷獣。

雷神はいずなを探しながら、考え詰めた。

月日がたちすぎている。

これはどういうことか?

もしかすると、雷神は時の狭間におちこんでしまったのかもしれない。

いずなが、そこから雷神をすくいだそうとして、かわりにのみこまれたか?

ならば、畳針がなければ・・・。

雷神はまず、畳針をさがすと決めた。

だが、あの畳針が見つからない。

わが身を通したあの痛みと電撃をかよわせた畳針は覚えている。

雷神の身体を通す畳針だ。

いずながなにか護法を与えているに違いない。

あの畳針でなければ、いずなをすくいだせない。

探せど、探せど、甲斐なきありさまに、何度、いずなにわびたことだろう。

「判ったぞ。おまえらが、いずなをかくしさったのだな」

その畳針を持っているのが、証拠だと雷神は二人をにらみすえた。

澄明の手の先、畳針をにらみすえると雷神の体から

青く小さな電光がそこかしこにわきだす。

ぴしぴしとはぜる音がひとつの場所にあつまりはじめると、

青い光のかたまりにかわり、ゆらめきながら雷神の手にのった。

「ひのえ、いかぬ。畳針を放せ」

白銅が叫び、澄明を庇うより先雷神の手がおおきくふりあげられた。

護法の結界など役にたちはしないが、白銅は念誦をとなえながら、澄明の体の前にたちはばかった。

雷神の手から雷光が放たれる・・・。

と、思った瞬間、その手が止まった。

いぶかしげな瞳が何かを思い出そうとしているとも思えた。

「おまえ・・?なにを・・」

雷神の言葉が澄明になげかけられているときがついた白銅がかぶりを振った時

白銅の目に血にそまる澄明の手が見えた。

「ひのえ?なにをするぞ!!」

白銅の言葉が澄明の所作に奪われていった。

澄明は己の手に畳針をつきとおしていた。

今、その針をゆっくりとひきぬきながら雷神に問いかけていた。

「まだ、おもいだしませぬか?」

雷神の瞳がただただ、澄明の手元、くいこんだ肉から針がひきぬかれる様をくいいるように見つめていた。

ゆがめた顔のま中、まなこが一点を凝視しつつげている。

ゆっくりと針が肉から離れるさまを見続けている。

澄明の謀りがなんであるか白銅にはわかっている。

記憶をいくら手繰っても思い出す事が出来ないことでも雷神の体が覚えている。

己の体から畳針をひきぬかれたその痛みを触を、体こそがおぼえている。

だが、そこまでして、雷神が澄明をおもいだすかもわからない。

で、あるのに・・。

「ひのえ・・」

わが身を傷つけてまで、敵意のないことをみせしめる。

その姿こそが雷神のうずもれた記憶の中をほじり返していく。

「お・・お・・・おまえ・・」

うなる声そのまま澄明にかけよるとその手をつかみ

小さな雷光を照射しはじめた。

「思いだしたぞ・・・この手だ・・この手が・・わしの畳針を抜いてくれた・・この手が・・」

雷神はなにおか覚ったと見える。

雷神の雷光の照射に傷口が焼けていたが、それが、傷口の消毒になる。

白銅が己の袖口をきりさくと、澄明はくるりとそれを無造作に手にまきつけ

雷神をみつめなおした。

「わかりますか?」

「判る・・」

そうだ。あの時も電撃をくらいながら、わが身を呈してたすけだしてくれたのは

こやつらにまちがいない。

「私の話をきいてくださいますか」

「もとより」

雷神は深々とひざをつき頭をさげて、澄明に謝罪と感謝をあらわした。

ひざまづいた雷神の傍らに澄明もゆっくりと膝をおとした。

「まず、いづなの行方をお話します」

雷神のいぶかしげな顔が縦にゆれた。

「今、いづなは、銀狼に転生しています」

雷神の瞳が大きくみひらかれると、大きな涙があふれ、頬に伝った。

「い・・いづな・・は、死・・死んでしまったということなのだな?何故?」

霊獣であるいづなが、死ぬなど、希なことである。

「私が・・電撃を?」

思い当たることはそれしかない。

澄明の眼がかすかに、地をみつめた。

「いいえ。違います。ですが、いづなが、銀狼に生まれ変わったのは貴方のせいです。

そして、銀狼に生まれ変わったいづなは、山の神の呪詛をうけ、死ぬこともできず、もがきくるしんでいます」

澄明の言葉は雷神にいくつもの、混乱を生じさせていた。

「山の神の呪詛?いや、待て。死ぬこともできず?死ぬほうが良いほどくるしんでいるということか?いやいや、待て待て・・。何故、銀狼に生まれ変わってしまったのだ?それが、なぜ、私のせいなのか?」

順序を追って話していかなければ、わからないことではあるが、いづなが、銀狼に転生した、そもそも因である雷神の呪詛を発祥させた雷神の横恋慕を思い出してもらわなければならない。

「貴方は水の精霊に懸想したことがありますね?」

哀しい記憶である。また、そのために、榛の木にやつあたりをして、結果的に榛の木に閉じ込められてしまい、その長い年月の果てにいづなを失った。

「それが、いづなと、なんの関係がある」

胸の中の傷をつつきまわされる痛みにたえかね、雷神は、その答えをはぐらかそうとしていた。

「覚えていらっしゃるのなら、けっこうです。その時、いづなが、あなたの邪魔になった。そうですね?」

ぐうと喉の奥にうなり声をこらえながら、雷神の瞳は怒りにふるえていた。

それは、澄明の言い方にたいしてなのか、自分のせいだとおもいあたったせいか。

「いづなをうとましく思ったのは事実だ。だが、そのせいで、いづなが、死んだというのか?」

大きな瞳が情けなさに揺れうごめいていた。

「いづなが、死んだ理由は、簡単です。貴方がいなくなって、いづなは、雷を捕食しなかったせいです。ときおり、自然界では、森羅万象の差配で、貴方の力でなく、雷ににた根源力が生じていたはずですが、いづなは、それをとりこもうとしなったのです」

「な・・なんで・・・」

「貴方が消滅したのは、自分のせいだと思ったのだとおもいます」

拳を握ると目頭あたりをおさえつけた雷神のその手の隙間から滂沱の雫がこぼれおちていた。

「それで・・私のせいか・・」

納得を諦めと共に理解した雷神であったが

「いいえ、そうではありません」

澄明の言及が続いた。

「いづなが死んだ理由は確かにそうでしょう。ですが、問題は銀狼に転生したことであり、

銀狼に転生させられるために、いづなは、飢え死にを選ぶ思いにかりたてられたということです」

拳で涙をぬぐうと雷神は澄明をみつめかえした。

「銀狼に転生したことが、良くないということなのだな?それは、いかに?」

「貴方がしくんだのです」

「え?」

戸惑いのまま、雷神はいづなとの過去をおもいなおしていた。

だが、あえて、いづなに呪詛をかけてしまったわけでない雷神におもいあたることがない。

「言霊をご存知ですね?」

答えをしっているのは、澄明しかない。

雷神は、唐突な質問が、答えの手引きであると、解すると、尋ね事の返事だけをかえすことにした。

「知っておる」

「言霊が発動するとき、言霊を発した本人が、今、言霊を発動させるぞと、お思いになって、言葉を発しますか?」

「いや。それは、まず、無い。当て込んだ思いでは、言霊は発動しない。思い誠の真に天がのってくる。だから、時に、とんでもない思いであっても、真剣におもっていると、その言葉をかなえてやろうと、言霊が発動されることもある」

「おっしゃるとおりです。今の話は、言霊の話しですが、貴方がおっしゃったように、「思いに乗ってくる」という事が根本です。

ですから、言葉にしなくても、事象がおきるということは、ご理解いただけますね?」

「うむ」

うなづいた口から、疑問がこぼれてくる。

「だが、それがどうしたという」

いっさい思い当たっていない雷神である。

「確かに私はいづなをうとんだこともある。だが、いづなを朋友と思うその気持ちと、一時の感情と、引き比べてみれば、どちらが、誠であるか・・」

云とうなづく澄明をみて、雷神は言葉をとめた。

いわずもがなの自明の理でしかないということなのだろう。

「言霊・・あるいは思霊というべきでしょうか。雷神である、貴方なら、わかることだとおもいます・・」

大きく息を吸い、深く、長く、吐き出すと澄明は続けた。

「たとえて言えば、貴方が電撃を貯める。それだけでは、雷はおきません。

貴方が電撃を放る・・そこで、初めて、雷が生じる。

電撃のかさが大きいか、小さいか。という問題ではないのです。

貴方が、放ったか・放たなかったか・・ということです」

しばし、考え込んだ後雷神が尋ね返した。

「つまり、朋友と思っている誠がいくら大きくても、うとましいと思った思いのほうがいくら小さくても、うとましいという思いを放ってしまった・・と??」

「大きくても、小さくても、放てば、それは鋭い根源力をもちえます」

「朋・・友・・だと思う気持ちは、はなっていないというか?」

「違います・・・」

雷神の電撃にたとえたことが、かえって雷神を混乱させてしまったようである。

どう、説けば、雷神の腑に落ちるかと考える澄明は、寸刻、沈黙を結んでいた。

その沈黙の堰を破ったのは、白銅だった。

「ひのえ。海だ・・」

その一言が澄明の脳裏に荒れ狂う波をうかばせていた。

「あ・・」

おもいうかんだことを、そのまま、口にするだけでよい。

白銅の助け舟にささえられ、澄明はよどんだ堤の堰をきった。

「そうです。海です。雷神、貴方のいづなを思う気持ちはたおやかで、凪いだ海のごとく、

水・・つまり、情にあふれるものなのです。ところが、どういう加減か、そこに荒波がたってしまった。その波がいづなをのみこんでしまったということです」

ふにおちたのだろう。雷神の瞳から、怒りがきえていた。

「その波をおこしたのが、貴方なのです」

「うとましいと思った・・確かにそう思った。それが、呪詛になったというのか・・」

雷神がきがつけば、それで、良い。

「ええ。貴方はいづなの邪魔だてに対して、うらみつらみの思いをわかしたのです。

例えば、この気持ち、わかるか。と、おもったことはありませんか?」

雷神の形相が険しいものにかわっていた。

「ある・・・。それが・・」

いづなを銀狼に転生させた元らしいと、雷神は自分を責め始めていた。

「それが、呪詛になり、銀狼にうまれかわったいづなは、貴方の気持ちを判る状況においこまれていったのです」

「私の気持ちがわかる状況?それは・・さっき言っていた山の神に苦しめられているということか?山の神が、いづなの思いを邪魔立てしているということか?」

確かに山の神が邪魔たてしているという言い方もなりたつかもしれない。

銀狼に転生したいづなを思う雷神であらばこそ、大元の呪詛を解かなければならない。

「銀狼は、あなたと同じように、水の精霊に懸想したのです」

「あ・・・」

山の主が邪魔立てするのではなく、ならぬ恋であったのだ。

「つ・・つらかったろうに・・」

澄明の瞳が大きくわなないた。

「雷神。それが、呪詛になるということがおわかりになりませんか?」

「え?」

虚をつかれ、きょとんと澄明を見つめ返すだけの雷神になった。

「つまり、雷神、あなたがつらかったのだということでしょう?それが、まさにー私の気持ちがわかるかーということでしょう?判るようになったんだろうなあ。と、いう思いが言下に含まれてしまうのですよ」

「あ?あ、あ・・・・・」

澄明の言う意味合いから、雷神は、やっと、呪詛を知らずにかけていた自分であるとはっきり、自覚していた。

「銀狼は、犬神になってもいます。元々、霊獣であったのですから、犬神に変化していくのはやむをえないことですが、それゆえに、水の精霊への懸想がただごとではなくなったのです」

澄明の言葉に雷神の瞳は地をみつめていた。

「い・・・犬神・・だ・・と・・?あれは・・、懸想した相手、その子孫は元より、とりついて、生まれ変わろうとも・・」

「そのとおりです。それで、水の精霊は、犬神の思いを自分にとめおかせるために、沖の白石に転身したのです。それで、山の神の怒りにふれ、山の神からも、呪詛をうけてしまったわけです」

言葉をなくした雷神にこれ以上を畳み掛けるは、不憫としかいいようがない。

だが、いづなの元の呪詛、雷神からの呪詛をとかなければならない。

「山の神は不死の呪詛をかけました。銀狼として、死ぬこともできず、輪廻転生もできず、

愛する相手を沖の白石にかえてしまった苦しみにもがきつづける。山の神の呪詛を解く方法はあります。あるいは、その方法であれば、転生できるようになるとも思えます。

ところが、もっと、大きな呪詛がみえたのです。

今回、山の神の呪詛をほどいて、いづながさらなるものに転生したとしても、その呪詛がついてまわるわけです。

ーこの気持ちわかるかーその呪縛が、ついてまわる以上、いづなは、何度転生しても、同じ繰りかえしになるわけです。

ですから・・」

やっと、雷神の喉から声がほとばしってきた。

「どうすれば、私がかけた呪詛がとける?」

「かけてしまった呪詛をとりはずすのは、貴方が許す気持ちになればそれで、すむのです。

今までそれに気がつかず、知らずにいたわけですが、貴方はもうそれがわかって

許す気持ちになっておられる。それだけで、充分なのです」

「あ・・・・」

ちいさな気づきの声がもれると雷神は再び澄明にひざまづいた。

「貴方は、榛の木から私をすくいだしただけのみならず、私の心の闇を、そして、いづなをすくいだしてくださった。その貴方におそれおおくも、電撃をむけようとした。許されよ」

だが、小さく首をふる、澄明の顔はまだ、すっきりとはれていなかった。

「なに・・か?」

澄明の顔色の理由におよびつくと雷神は澄明の言葉を待った。

「元の呪詛は解けました。山の神の呪詛が残っています。これを、解かねばなりません。

解かねばならないのですが・・この方法は・・・」

切りつまった澄明の顔をみつめる、雷神は尋ねる言葉をなくしていた。

「銀狼が・・転生できるかどうか、確約できないのです。それでも、銀狼は覚悟をきめております。沖の白石を元の水の精霊にもどしてやれればそれでよい・・と」

「それで?それで、山の神の呪詛は解けるということか?いったい、どうやって?」

ちらりと白銅をふりかぶった澄明が再び、雷神に話し始めた。

黙って、澄明の話をきく、雷神の顔が悲しく歪み始めていた。

「それでは・・いずな・・いや、銀狼は、死ぬに死ねないことになんのかわりがないではないか?元どおりのいずなに転生することができなくとも、せめて・・銀狼で、なくなることはできないというのか?」

澄明もまた、迷いの底に悲しみがよどんでいる。

「命をかけるに、いちかばちかは、ありません。ですが、私は自分のいのちをかけるなら、それもいたしかたがないといえます。ですが、銀狼の命をかけることは銀狼にしかできないことでしょう。それでも、貴方は、銀狼が完全に消滅するか、転生するかの、いちかばちかをおこなえますか?」

雷神の中にも迷いが生じている。

澄明の口ぶりでは、転生の法があるようにきこえる。転生できるのかもしれない。

だが、その可能性にかけていいものなのか、どうか。

その転生の法をきけば、いちかばちかにかけてみたくなるかもしれない。

聞いてしまうほうがいいのか、

聞かぬほうがいいのか、

聞いたうえで、どちらかに決断できるのだろうか?

迷ったままでいるのだろうか?

「だが、お前がいう解呪の法では、どのみち、いずなは死んだも同然であろう」

「そのとおりです」

「ならば・・」

聞こうという言葉を飲み込むと、雷神は別の言葉をつぎたした。

「たとえ、消滅したとて、かまわぬ」

雷神の覚悟といってよいだろう。

手をこまねいて、見つめ続けるより、手を尽くし、たとえ消滅という結果になっても

その悔いもすべて負うという意味だろう。

「わかりました」

もしも、銀狼、いや、いずなが消滅し、この世に二度と転生しえない「無」になったとき、

どれほど、雷神が苦しむかを判っている澄明だからこそ、雷神の覚悟の程もわかる。

再び、息を大きく吸い込むと吐く息とともに

いちかばちかの悲しい賭けである救出の法を話し始めた。

残るは山の神の呪詛であるが、

これは、簡単に解けそうにない。

雷神の場合は我知らず、思うた念であるから

雷神が気がつけば、呪詛はその効力を失う。

だが、山の神は、あえて、呪詛をかけている。

そのうしろには、たつ子を沖の白石に変えさせられた悲しい憤りがある。

これにより発せられた呪詛の念は

たとえ、たつ子を元の水の神にもどしたところで

消えるものだろうか?

山の神が、「気がつく」「許す」だけで、

怨念とも、いえる念が消滅するだろうか?

すでに、「怨念」自体が、ひとつの生き物のごとく

銀狼に寄生しているのであれば・・・・。

雷神に話し聞かせた救出の法をもってしても、

たとえ、転生をはたしても、

ー愛するもの苦しめてしまうーと、言う因縁は繰り返される。

 

それならば、消滅しようとも、転生しようとも、

同じことではないか・・・。

 

どうすれば、もっと、深く「怨念」を変転させられるか・・。

あるいは、

「怨念」をうわまわる「情」の発動で

「怨念」の効力を無にするということもできなくはない。

だが、

それには、

山の神の「気づき」だけでなく

山の神自身が、銀狼を許すだけでない

もっと深い情愛をかけねばならない。

 

怨念をあえて、かけてしまうほどの憎しみをもつ

同じ山の神がそれ以上の情愛を銀狼にかける・・・

 

どうすれば、それが、できるのだろうか・・・

そして、その「事」のおこりは、

やはり、雷神にはじまる。

ここを雷神に話せば、雷神もまた苦しむ。

たったひとつの思いが元で

いずな・・銀狼が、消滅するかもしれず、

転生しても、同じことの繰り返しになる・・。

「ひのえ・・」

白銅が呼ぶ。

「わしは・・・山の神はたつ子さえ戻ってくれば

銀狼への憎しみを昇華できるとおもう」

白銅はなにゆえ、そう思うのであろうか?

「山の神は、たつ子が戻ってきても、なお

銀狼のー愛するものを自分こそが貶め苦しむ転生ーを見て

山の神の胸内はすくかもしれぬが

次にたつ子とおなじ苦しみをあじわうものがでてくるということにきがつこう?」

「そう・・ですね」

「たつ子さえ、助かればそれでいい・・と、思うだろうか?

たつ子のような苦しみをあじあわせてはいけない

くりかえさせてはいけないときがつけば

山の神とて、銀狼の思いをくみとって、赦し、愛してやるしかないときがつこう」

白銅のいうとおりであろう。

「山の神は、変わるでしょうか?」

不安はそこにある。

「山の神といえど、すぐには、変えられぬ思いであるとはおもう。

だが、それをかえてこそ、山の神自身の救いになるのではないか?」

誰をかを憎む無灯明地獄にいるのは山の神のほうなのかもしれない。

「それも、山の神は自分でもきがついていない。

だが、

嫌でも、自然は曲がったものを矯正するように動くものだ」

いまさらながら、陰陽の紋を思う。

白あらば同じだけ黒がある。

山の神の憎しみという黒がふえれば、

どこかで同じだけ、それを打ち消していく白が継ぎ足される。

「かむはかりにまかせるしかない・・だろう?」

そうしかないかと覚悟すれば

いっそう、一か八かの、銀狼の救出が悲しい。

「ひのえ・・それも、勝算があるのではないか?」

澄明の心をよみとるに聡いは夫ゆえであろうか。

「どういうことでしょう?」

「へたに山の神の呪詛をときはなたぬほうがよいとうことだ」

それは、何故だろう?

「考えてもみろ。

山の神の呪詛は銀狼を不死にしておるのだぞ」

「あっ!!」

それは、言い換えれば

死にえない銀狼を打ち砕けば

器をなくしたいずなの魂が浮上するということでもある。

あとは、いずなの魂がはいりこむ器があればよいということになる。

それは、太古の昔 器をもとむる魂と命のかけらが

電撃により和合をはたしえ、ひとつの生命体をうみだしたのににている。

「ああ・・」

電撃を与えたのは、ほかならぬ雷神であろう。

「おそらく、一人でさびしい雷神の思いが命の芯になり・・」

いずなという生命体をつくりだしたのであれば

「いずなとして、よみがえってくるということですね?」

白銅は首をかしげていた。

あくまでも、推論でしかない。

「だが、それを信じるしかあるまいて」

たんに澄明の迷いを払拭しようとする白銅のつくり話でしかないかもしれない。

「いずれにせよ。このままでは、山の神もたつ子もすくわれぬ」

そして、銀狼も

ひいては 雷神も・・・救われぬのである。

やるしかない。

白銅の言葉を言霊として、発動させるためにも。

そう決めると澄明は雷神を振りかぶった。

「さきほど、話した手はずどおり・・・」

二人の会話の意味合いをつかめたのか、

それとも、いずなの消滅があるとするなら

わが手で、と、思うのか

雷神は黙したまま深くうなづいた。

「銀狼の元へ・・」

3人・・いや、雷神はおのが力でいくとみえて姿をくゆらせはじめていた。

2人を銀狼の元へおくりとどけようというのか

いつのまにやら黒い影があらわれていた。

そして、2人は銀狼の元へ飛ぶがごとくに運ばれていった。

2人が来るのをまちうけていたのが、不知火であるが

相変わらず、口が悪い。

「棒鱈のようになるまで、気がつかぬ、澄明もうつけじゃ」

ひからびた銀狼の身体に水分をあたえ続けただけのことはあり

銀狼はこれが、平素のとおりと思われるほど精気をとりもどしていた。

ーなんと、精悍な・・-

その立派としかいいようのない姿に惚れ惚れしている間に

澄明の隣で電光が小さくはぜる。

雷神が現れると銀狼の傍らに歩んでいった。

「すべてを、聞き及んだ。わしのせいで・・すまなんだ・・」

深く頭を下げるは双方になる。

「あとのことは・・」

みなまで、言うな。判っていると銀狼にうなづくと

「この女子、すでに幾たびも救いをしておる」

その女子、澄明の判断に狂いはなく

仮にいずなが消滅したとしても、その判断の結果もまた狂いではないという。

雷神が言下に含めた「信」にうなづく銀狼に、さらにつたえることがある。

「榛の木にとじこめられたわしをすくうてくれたのもこの二人じゃ。

おまえを銀狼にかえてしもうたおろかな闇をぬぐうてくれたのも、この二人じゃ」

すでに、雷神は救われている。と、いってよい。

そのうえに、まだ、二人は、銀狼をすくうことは間違いない。

「はい」

言葉短くも、銀狼とて、判っている。

深く雷神に頭をさげると澄明をみた。

見たまま、告げた。

「それでは・・」

銀狼は最後の決断を決行したいと。

そして、4人、いや2人と1神と1匹は

沖の白石にたった。

過去、澄明が鼎に行った同化の術は思念の世界の経緯を

鼎のかわりに澄明が引き取るというものであったが

こたびは違う。

沖の白石にかわったたつ子すべてと

銀狼が入れ替わる同化の術になる。

すなわち、

銀狼が白石になり

たつ子がこの世に現れることになる。

念誦をとなえ、畳針を白石につきたてると

銀狼の手が畳針にそえられる。

「さらば・・じゃ」

その畳針に雷神がいかずちをおとしこんだ。

 

白石を裂くかと思う轟音とま白な煙があがり

石がこげる匂いがたちこめた。

煙が銀狼の灰色の影を包み隠し、銀狼の影がみえなくなった。

寂寞という空気があたりをつつみはじめるとき

ま白な煙も湖上の風にふきながされていた。

「た・・たつ子は?」

銀狼が白石の中にすいこまれたのは間違いはない。

ならば・・・かわりにたつ子があらわれねばならない。

「と・・澄明・・ま・・まさか」

やはり、先に山の神の呪詛をとかねばならなかったのだろう・・。

結局、愛するものを苦しめるという因縁からのがれることは不可能だったのか・・。

「待って・・ください」

澄明は韻を結び、浮かびを起こそうとしていた。

ふと、浮かんだことを口にのせていく。

「白石というひとつの結界のなかにはいる方法がいかずちであり

銀狼がはいった。

ならば、同じように、結界からでるのも、たつ子が畳針に手をそえねばならないのでは?

おそらく、今、銀狼がたつ子に働きかけている」

結界の中にはいっているもの同士でしか、動かせない物事がある。

だが、銀狼をおそれるたつ子が銀狼のいうことをきこうとはしないだろう。

「おそらく、たつ子を襲うふりをするでしょう。

のがれようとたつ子は結界にあいた隙間にてをのばし

外にでようとするでしょう」

「ふむ・・」

うなづいてみたものの、最後の最後までたつ子を苦しめるだけしかできない銀狼があわれである。

「それで、銀狼もたすかるのだと思います。

命をかけた最後のときまで、-愛するものを自ら苦しめるー事で因縁通りを通り

そして、苦しめることでたつ子が元の姿にもどるのだから

因縁通り越すということになります」

「それでは?」

「ええ」

あの畳針がかすかに動いたときをのがさず、雷神は畳針にいかずちをうつ。

瞳をこらし、雷神はたたみ針を見つめ続けた。



雷神とて、おもいおこせば、そうであった。

榛の木の精霊をふたつに分かち

己は榛の木の中でねむっていたらしい。

それが、突如 鋭い痛みをおぼえ、

薄目をあければ、榛の木の精霊が元の雌雄同体の姿にもどってそこにいる

やがて、妙な女鬼に揺り動かされた。

奇妙なところにおると思いながらも

畳針の作った小さな穴から光がもれてくる。

さては、どこかに迷い込んだか

そんなきがして、外にぬけだした。

たつ子もおなじであろう。

外にでられると判ればでてくるしかない。

たつ子が逃げおうした相手である

銀狼が白石の中におるのであれば

白石に身をかえておく意味さえなくなり

「あ・・」

小さく針がふるえている。

今だといかずちをかまえるより先に

たつ子の姿がおぼろにうかびあがりはじめた。

「たつ子がこちらの世界にもどってきてからです」

おそらく、榛の木の精霊のように

たつ子と銀狼は

白石という結界の中で同体化することでしか

ひとつところにいられないのだろう。

ひとつのものになるをいとい、白石からぬけではじめたのなら

今、電撃をあたえたら、逆に間違いなく同体化がおきる。

「たつ子がぬけでたら、逆にもどれなくするために

入り口をふさぐしかありません」

そのためには、いかずちを帯びた畳針に今度は陰のいかずちをなげあたえる。

「できますね?」

「やるしかあるまい」

澄明の傷をなおしたのも、陰のいかずちであると考えられる。

破壊のいかずちと同じだけの癒しのいかずちを使える雷神であるのはまちがいがない。

手の甲を背中合わせに組むと両手から青白い電光がゆらめきだす。

それを手をかえしておおきくつつみこむと

握るがごとくに圧縮していく。

電光が丸く小さくなっていくと、光はますます冴え輝きだしていった。

「合図をしてくれ」

「無論です」

電光がおちる間髪いれず畳針をぬかねばならない。

で、なければ、「癒し」という力のある陰の根源力で

白石の結界までもがふさがれてしまう。

それはすなわち、白石そのものがこの世に姿をとどめおけなくなるという意味になる。

ーそれは、たつ子がでてきてからでなければー

で、なければ、銀狼もろとも、たつ子まで消滅するか、磐とともにくだけちるか・・

「雷神!」

するどく澄明がさけぶと、青白い光は畳針におち

畳針までもが青白く光だし

畳針がつくった亀裂をもとのようにうめはじめていた。

「ひのえ、いまだ!!」

いつかのように、白銅も手をそえると

畳針はするりとぬけおちて

その痕に残りきえていく青白い光がのると

穴も元のとおりにふさがれていた。

「成ったの」

ふりかえる場所にたつ子がたちつくしていた。





ちかづく澄明をたつ子はぼんやりとみていた。

「たつ子さま・・」

声をかけられ、はじめて、たつ子は白石の外に出たときがついたようだった。

「あれは・・・」

白石まで銀狼がはいりこんできて

一条の光めがけて、逃げ出したが、

銀狼はおいかけてはこなかった。

「あなたたちが?」

聞かずとも、白石の傍にいるものが助けてくれたとしか考えられない。

銀狼を白石にとじこめ、たつ子を外にだしてくれたのだろうと、思うが

はたして、それは救われたのであろうか?

ありがたいと考えるべきなのか?

結局、銀狼は白石に身をかえただけで、

あいかわらず、たつ子に銀狼の執着と懸想がふりかかり

ひいては、たつ子の子供たちにもふりかかる・・。

銀狼の執着を一身にそそがせとめおくために白石に身をかえたというのに

これでは・・。

明るき外へでたとは、うらはらに、心はかげり

それでも、礼をのべねばと思う口がままならず、たつ子の面差しは悲しみにしずみはじめていた。

「安心されよ」

かけられた声の野太さの中に優しく暖かい張りがある。

ぼんやりとみつめていただけのたつ子の目が声の主を認めた。

「ら・・雷神?」

雷神と陰陽師?

いかなる経緯で人間と神がたつ子を白石から元のたつ子にもどさせたのか?

雷神までもが加担するには、それなりの理由があり、

なにか、銀狼の執着を切る法に雷神の手が必要であったのだろうか?

よもやと思い、まさかと思いながら、

安心せよというのは、そうなのかもしれない。

「銀狼は、自ら変わり身になると申し出ている」

そこまでして、執着を永久の物にしたかとたつ子がおもうかもしれぬと

雷神はあわてて、言葉を継いだ。

「今、銀狼は白石にかわりはてておる。

それを、わしがこれから、打ち砕く」

「え?」

それでは、銀狼は?

銀狼はあわれに消滅してしまう。

たつ子とて、銀狼を消滅させるのなら、己を元に姿に戻してはほしくなかった。

銀狼を殺さねば成り立たないものならば

そんな犠牲をしいてほしくなかった。

だからこそ、最善の選択として、白石に身をかえた・・

それが、無駄にしかならなかったという・・ことになる。

「それも、銀狼がのぞんだことだ

あやつは・・・」

言葉がとぎれる。

「おまえに幸せになってほしかったのだ。

その幸を邪魔だてるのが自分の執着だとわかると

消滅を望んだ」

「あ・・・」

「銀狼の最後の懸想だ。

もしも、嫌でなければ、あやつに手をあわせてやってくれ」

それは、いわれなくとも、そこまできけば、

銀狼に礼をのべたくなるが、

それでも

「私は・・そんな銀狼だとしれば、いっそう、消滅させるなど

おやめくださいませんか?

元通り、私を白石にかえて・・」

ぎろりと、雷神のまなこがたつ子をにらみすえていた。

「そして、銀狼はおまえが白石にかわってしまったのをみつづけ、

この先、おまえにとらわれて生きていくしかない。

それを強いるというか?」

雷神の言葉がきつく、たつ子をせめはじめると

白銅がわりいってきた。

「雷神、口がすぎる。

それよりも、おまえは、ひのえ・・いや、澄明がいうておったことがわかっておらぬ」

たつ子にふりむく、白銅はにこやかだった。

「安心されよ。

銀狼は消滅せぬ。

銀狼は白石もろとも、木っ端微塵になることで

転生する機会をえることができる。

そのためには、今の銀狼の執着をきってやるのが最善の法だ」

それには・・・、どうすればいいのだろうとたつ子の顔は思い惑っている。

「報われぬ思いは、いつまでも残る。

銀狼の勝手わがままでしかなくとも

それをうけとめてやれぬものだろうか?」

「ああ」

夫子の幸いを願い、白石に身をかえたたつ子である

普通にむつまじく暮らす幸せを得ることもできなかったという思いは

報われぬというに等しいものであり

たつ子はすでに、銀狼の思いを解すことが出来ていたといえる。

たつ子は白石に歩み寄ると

白石にその腕をまわした。

「ありがとう。あなたの思いをありがたくいただきます」

そのせつな

白石の中から銀狼の鳴き声がひびいてきた。

「仲間をよんでおるんじゃ」

朋友であるから、やはり、転生したとて銀狼の思いがつたわるようであった。

「銀狼の、思いははれた。

だから、仲間のもとにかえるというておるのじゃ」

「仲間・・?」

どうやって帰るというのかもわからぬが・・それが、転生ののちの仲間をいうているとも

今、わきでた黒い影が3つ、山犬だとわかると

それが仲間なのだともおもえた。

「銀狼がよこしたものだ」

それで、たつ子や澄明と白銅を送る気であるとわかった。

「さあ、これからは、わしの仕事じゃ

銀狼もせいておろう」

雷神の言うとおりである。

「さあ、御夫君のもとへ、お子のもとへ、かえりましょう」

澄明のことばがおわるやいなや、黒犬の一匹がたつ子をひっさらうように

背にのせるととびすさった。


「たつ子が山の神に戻る前に、いそぎましょう」

たつ子が山の神にあえば、

ひょっとすると、さまに、怨念がほどけるかもしれない。

ほどけてから

銀狼を白石もろとも、打ち砕いては

銀狼の「魂」ごと、消滅してしまう。

山の神の怨念は、銀狼をくるしめるために

「不死」を与えている。

そのおかげで、体がきえうせても、その魂が消滅することがない。

だが、そのままでは、銀狼の魂の殻の中にいずながとじこめられたまま

さまようことになる。

体とおなじように、銀狼の魂のうちくだき、

いずなをひっぱりだす。

それが、できるのが、雷神の一撃である。

不死の念誦がほどければ、

銀狼ごと、いずなも消滅することになる。

「わかっておる」

雷神の答えはすでに中空よりきこえていた。

その手に破壊の電撃である稲妻をよせあつめていた。

そして、

破壊がおわれば、銀狼から浮かび上がった創痍の魂に

癒しの稲妻をおとしていくのであろう。

白石からたつ子をすくいだしたように・・。

 

激しく砕ける白石の破壊を背に聞きながら、

澄明は黒犬に問うてみた。

「頭がおらぬようになるが・・」

黒犬はぐいと首をふった。

かまわぬとも、

しかたがないとも

言うようにみえた。

 

白銅と二人、黒犬からおりたてば

そこは二人の住まいの外

裏庭におろされた。

「念のいったことだ」

白銅がつぶやく。

「念がいっている?」

「そうだろう。裏口におろしよるのだから」

なにが念入りなのか、やはり、わからない。

「わしは、はらがへった」

「ああ・・」

裏口をあければ、そこはすぐ、くどである。

確かに念入りだとおもうが、やはり、気にかかる。

 

「うまく、いったのでしょうか」

雷神はいずなを無事にすくいだせたのだろうか?

「大丈夫じゃろう。

で、なければ、悟るに早い黒犬は我らを琵琶の湖にたたきおとしておろう」

「そうですね」

確かに裏庭におろすは、念のいったことだとおもいながら

くどにはいりこむと、

そこに、大きな影がゆらめいた。

「白銅、どうやら、また、新手ですよ」

「襲ってこぬなら、さきになにか食わせてくれ」

まずは、生きている人間が大事。

白銅の言いたいことはそこかもしれない。

判りました。と、答えると澄明、いや、ひのえはくどに灯しをいれた。

                          終

漫画だけど・・・


目下のところ、アイ・アム・ア・ヒーローのみ、よんでおりますが・・・


作者の何気ない「キャラクター設定」が、


非常に、的を得てる。と、思う。


そのキャラクター達が軽く、いとも簡単に「真理」を語る。


生き残りたいという思いがなにか、と、いえば


生き延びて、漫画をかきたい・・コロリ隊長・・・。


武器に使うストッキング・・新しいものじゃだめ。OLの生活感がしみついたもの。


なにか、変態チックな台詞のなかに、


無機質じゃない(命)のぬくもりを感じてしまうのも、漫画世界の中のゾンビのせいかもしれない。


荒れ果てた世界の中、コンビニから食料を調達して


お金をはらう必要さえなくなっているのに、主人がいないお店にお金をおいておく主人公。


この感覚が良い。


誰もみてないし、とがめないからと思いつつも、


自分の中の罪悪感をわびていく。


日本人らしいと思う。


他人の敷地にやむをえず、はいるとき、「ちょっと、はいりますね」などと声をかけたり


自分しかすんでいない家にかえってきて「ただいま」と声をかけたり


日本人というのは、


不思議なところがあるけど


そこをピンポイントでなく、さりげなく、かきこんでしまうところが


この漫画の小憎いところである。


生き延びたいという思いの中に


なにかをしたいからという目的あるいは、欲望をもっているという


単純な根本。


それは何でもいいだろう。


もう一度、ステーキをたべたい。でもいい。


少なくとも、死にたくないから生き延びたいなどというものより


明確でパワフルだ。

困った性分だwww

ココログのほうでも、物語をぽつぽつと掲載しているが、

ここは、ニフィティというプロバイダー会員が多いせいか?

そこそこに?年配の方が多く居られるように思う。

そして、ニフィティブログ(ココログ)では、新着記事のブログを

サイドバーに表示できる。

そこで、ちょっと、おじゃますることがおおくあるうちに、

年配の方が多いと思えるということになった。

ちょうど、定年?を迎えた人、迎えるあたりの人が、

ブログをやりはじめて、そのまま、続けているのか?

やっと、ブログに専念できるようになったかはしらないが・・。

95歳のおじいさんとか・・

本人年齢明かしてないのでいくつからを「婆」と設定しているのか判らないが

ひ孫の年齢から考えると75才以上か?

(とは、いっても、16歳16歳16歳で、ひ孫4歳というのも早婚が続けば52歳?)

そういう方たちが、趣味やら日常やら教訓やら?書いているようで、

たんび、年配層だとおもえるブログにつきあたってしまう。

こちらが、ランダムに飛び込む場合もあるが、

きになるのが、実は、俳句とか、短歌である。

いきおい、年配層になおさら、遭遇しやすいのかもしれない。

で、そういう俳句とか短歌を覗きにいくのも、

やはり、物書きの泣き所といっていいかwww

短い言葉・語句で、世界をあらわすというその表現力や

着眼点や意識化に惹かれてしまう。

が・・・。

ここが、また、物書きのいやらしい側面で、

人の作でありながら、添削したくなってしまうというか

その着眼点を自分ならどう表現するか

と、いうのをやってしまう。

これは・・・いくつかの俳人を尋ねておもったのだけど

やはり、独自の表現やら、形になってしまっている、いわゆる完成作品にたいしては

なるほどなあと、ただただ、感銘してかえってくるのだが

なんか、あれ?と思うとその場にとどまって

どう表現するかをかんがえてしまう。

(その結果・内容を本人に告げれば、添削行為になってしまうだろう)

たとえば、憂生がちょっと、例として、つくるけど・・・

冬木立 ふくらすずめが 留まり居る

などという句があったとする

ここは、二重季語になっている。

冬木立とふくら雀

あれ?なんか、おかしいなと思い考えると、そういうことになる。

では、どう表現すればいいのだろう。

情景としては、葉が落ち寒々とした木の枝に留まっているすずめが

寒さをしのぐため、ふっくらと身体を丸めて、身体を休めている。

寒そうであり、自ら身体をふくらまして、

暖をとりながら、つかの間の安息を得て木の枝に留まっている。

厳しい自然をいきぬく雀の知恵とつかの間の安息は

みている人間の心になにをおもわすだろう?

止まり木のふくら雀の空に映え

木の枝にとまる雀のふくらむ姿の後ろに空気の冷たい空がある。

これでどうだ?

もずの声ふくら雀が目をさまし

これでは?

・・・

と、いうふうに、かんがえはじめるわけだ・・・。

で、次の句をみると・・

あれ?とおもう。

ここは、なぜか、わからないまま、あれ?とおもうので、

考える。

別の表現を作ってみて、先のたとえでいえば、ああ、冬の季語二つも入ってるから

もったいないんだ。と、わかるときもある。

ひとつの季語にして、もう少し情景を足す。

もずの声でめをさますなら、雀はうとうとしていた(心象風景)

休んでいたと判る・・

だが待てよ、百舌が鳴くは季語かな?

鳥と鳥でうっとうしいか?

・・・

まあ、できばえはさておいて、

よそ様の着眼点やら、心象風景やらに触発されるのはよいのだけ

人の句をどう表現をかえたか
それを発表するわけにはいくまい。

小説?ならば、ほんの一部分であるから、

ごくたまに、憂生風表現にかえてみたものを公開するときがあるが

いかんせん

俳句やら、短歌はみじかすぎる。

考え事

なんどか、公開しようとしながら、まだ、自分の中で結論がでなかったので、
下書きのままにして、
考え直していた。

その内容は、あるいは、ご本人にはうけいれがたいものであるかもしれない。

が、憂生自体の問題として、
こう捉えたということは、しっかり、書き留めておきたいのであえて、公開することにする。




さる写真家の写真の炎の中に蛇が映りこんでいて、
霊能力者?にみせたら、
白龍神だとか?蛇神だとかいって、ありがたいとかで?????
写真をもっていったとか?大事にしなさいだったか?
忘れたけど、この写真をみても、どれが、そうなのか、わからず、

本人に教えてもらって、ああ、たしかに、蛇が映りこんでると判ったわけだけど

神社のお焚きらしく、まあ、いわゆる怪しいオカルト的な場所ではない。

で、その写真をみていると

「じゃえん・ゆるすまじ」

と、いう言葉がうかんできて・・・
はたして、何を意味するのか、思い当たることもおおすぎてwww
さっぱり、意味合いがつかめない。


こういうことは、わりと良くあって、だいぶ前にも、

あるブログの写真をみていると、やはり、神社の社?の横におおきな蛇の顔が浮かんでいる。

すると、

「いさくをたのむ」(だったかな?)という言葉がはいってきて

これまた、意味がわからない。

イサクといえば、アブラハム云々の話があって、

信仰の果て、神に息子をさしだせ、いけにえにせよ。

と、いわれ、息子のイサクがそれをさっして、父アブラハムに

どうぞ、私をいけにえにしてくださいという。

で、意を決して、アブラハムがイサクをいけにえにささげようとする

あわやのところで

神?が出てきて、お前の誠を受け取った。とかいって

イサクをいけにえにさせずに終わった。
いや、大雑把過ぎて、わからないと思うけど・・・有名な話だったと思うので
どこかでぐぐっていただくとして・・・。

なにか・・・憂生には、釈然としない話でしかないが
まあ、とにかく、イサクといえば、それくらいしか思い浮かばない。
あとは、遺作か・・・?


まあ、この後に、ひこばえに気をつけろ・・とも・・・。


ひこばえというのは、元の親木がだめになるとき(弱ったとき)に


代をつぐために急成長してくる新芽のことであったと思う。


これにきをつけろということは、


例えて言えば、・・・今の話題でいえば、


魂、御霊という親木にささえられていた、人間を


たとえば、蛇やんが差配していく。


それが、新芽として、御霊をくいつぶしていく(養分をすいとって、いく)

それが、ひこばえに気をつけろということであるのなら

現象としては、実際の人間のひこばえと考えると

子や孫ということになり
子や孫までもが、蛇やんの差配に置かれてしまうという事につながるのではないかと思うと

イサクを頼むといったいみあいがつかめてくる。

親が信仰?した神をイサクも信仰する。

これでは、因縁のままということになる。

個人攻撃のような話になるが、さるスピリチュアラーが

親が信仰活動をしていたため、お弁当もまともにつくってくれなかったので、

私はおなじことをすまい・・とお弁当つくりをしている・・という。

なにか、ここに、疑問を感じてしまった憂生が居る。

親と同じ失敗をくりかえさないようにするということは良いことにおもえるが、

憂生の考えかたでいうと、

それは、自分の被害意識をぬぐっただけであると思う。

親の気持ちがわかるということが、ひとつの因縁納所であることがある。

例えて、言えば、大酒のみの親がいたとして

私はああはなるまい。というのは、親の気持ちがわかったうえで

そうなるまい・・ではない。
判らないまま、因縁とおりにならないですむとすれば、
親が大酒のみで、いてくれたおかげで、自分が大酒のみにならずにすんだ。

親、ありがたし。

で、あり、あの姿、いやだったでは、親をうとむというあらたな悪因縁をつくりかねない。

だからというのではないが、不思議と子供も大酒のみになってしまうときがある。

それは、自分自身が親をもらいうけなかったから、

自分が大酒をのむようになることで、たとえば飲まずに居られなかった親の気持ちを
自分が実体験することで、親をもらうという事が起きるのではないかと思う。

先ほどのスピリチュアラーにもどれば、

お弁当を作ってくれなかったときの子供の気持ちは理解したが
子供に弁当をつくれなくなるほど、信仰活動をする親の気持ちはわかっていない。

で、結局、自分自身も啓蒙活動みたいなことをやり始めることになっていた。

此処を、勘違いするのではないかと思う。

私は親を(反面教師)として、もらいうけたと本人はおもっていたのかもしれない。

憂生がみるかぎり、親に弁当をつくってもらえなかったという負の思いを
克服しただけで、親を貰い受けたとは思えない。
結局、大酒のみのところでたとえたように、親とおなじことを通らされる(信仰活動)

ここを考えたとき

イサクを頼むというのも、同じように思える。

弁当をつくってもらえなかったというのとは反対方向にみえるかもしれないが
親は神様とか蛇とかに魂をつかわれているのに
それが、すごい事だと考えてしまう。

べつだん、蛇や神様におしえてもらわなくても、
普通の人間が普通にかんがえたらわかることを
顕示や神秘をみせられて、
相手をおがんでしまう。

これが、変な信仰というひこばえを作る。

そこらの神さまやへびやんが束になってもかなわないものが
自分の中の魂(御霊)であることにきがつかない。

憂生がキリスト教をきらいだというのは、
そこにある。

キリストが贖罪をせおってくれる・・
ー自分の贖罪くらい自分で背負えー
と、思う。

こういう、神頼み的信仰になってしまう。

それと同じように、イサクも親をもらうのでなく

自分も信仰を深める。

普通に考えてもわかる。

親の気持ちを量りにかけるような神さまのどこがありがたいのか。

ようは、信じるものは救われるという「神話」を正当化させるだけ。

子供のためなら、そんな神様はいらんといえない親のありようのほうが問題だろう。

だいたい、そういう誠に天が載る。

神様どころではないわけだ。

それをまことしやかに、神をもちだして、信仰にたいする洗脳をおこなう。

日本人が御霊としゃべれなくなった、そもそもが、

天を意識しなくなったところにあろう。

イサクになってしまったところにあろう。

これが、あくまでも、親に対する思いとして、イサクをみるならわからないでもないが、

ますます、二人で神さまを信仰したという。

もうしわけないいいかたかもしれないが、人の命を何だと思っている。と、思うし
そんな量りをかけられるのも、
命の重みをとりわすれているせいであろう。

イサクを頼む・・。
ひこばえに気をつけろ。

憂生には、どうしても、
自分の中の神ともいえる魂をしらないイサクと同じ状態になっている、
取り付いている存在をありがたがってしまう、自分がいるせいで、
こういうことに遭遇するのだと思えてきている。


蛇やんのやりのこしたことがあるのか?


と、思いつつ、あれだけ大きな蛇が映りこむとなると


ご本人、蛇に魂のみこまれたか?と、おもえ、


以後、そのブログにはいかないようにしていたwww.


ところが、なにかで、きになることがあって、そのブログにはいろうとすると


ー縁もゆかりもありませんーー縁もゆかりもありませんーという言葉が入ってくる。


奇妙である。


以前のときは


「じゃえん・ゆるすまじ」

と、はいってきて、今度は「縁もゆかりもない・・」


さっぱり、わからないんだけど・・・。


まあ、憂生としては、


蛇というエネルギー体(宇宙由来の魂という説もある)は、


あくまでも、人間個人の・・車でいえばガソリンのようなもので

ガソリンが勝手に注油量を決めてもらっては困ると思っている。


このあたりも、白蛇抄において、

人間の誠にひれ伏して、白蛇神は、その人間の式神のような傘下にくだる。


つまり、蛇やんが主格のように浮上してきてはいけない。


蛇やんの神通力はとても、つおいので、


顕示は元より、人間の精神も振る。


天の理になることでも、平気で盗み出す霊能力者がいるそうだがwww


蛇やんはそういうものどころではない。

天の理になることでも、平気で盗み出す霊能力者がいるそうだがwww


まあ、こう書いてみて、霊能力者のことを誤解していると思われるかもしれない。


これは、もっと、単純な言葉で言うべきだろう。


ー良いことをしって、よいことをせず、知っただけ、聞いただけは、は、教えを盗んだだけだー


と、いう意味であろう。


蛇やんはそういう意味では、本能のまま、本能をつかさどっているのでしかたないけど
ー良いことをしって、よいことをせず、知っただけ、聞いただけは、は、教えを盗んだだけだー
と、いう事を簡単にやってしまう。

人間をよくしてやろうというよりも

その人間の本能を(欲?)を満足させる。


そのためには、顕示でも何でも起こして、人間の弱いところをつつく。


単純にいうと、人間のほうは、自分の魂(御霊)でないものをありがたがったり


神様とか?こういうものをありがたがってしまう。


蛇やんには、思うつぼであろう。

アスクレピオスの蛇


神道家に体内にもぐってもらい、最初は金色に光るものが居る、目が痛くてあけられないと
体外にでてきて、2度目に、神道家自ら、もう一度もぐるといってきたときは
憂生の中に白蛇と鬼がいると伝えてきた。


当初は、憂生の作品の登場人物でもあり、
憂生の思念を読んだかと、おもっていた。


ところが、よくかんがえてみると、どういうんだろう・・
憂生の表現でいうと、左より(見えない世界といっていいか)になっていたころに、
なにものかが、
「とぐろをまいてるぞ」
「かまくびをもたげている」
と、蛇らしき存在をつたえてきていた。
白い卵のようなものをつつみこんでいる蛇の姿がイメージにうかんできていた。

神道家の一言があって、
この蛇のことだろうと思い、蛇について、調べてみることにした。

憂生のだした結論は、
アスクレピオスの蛇に近いと思う。

大物主が、種の起源だという言い伝えがあるが
体内の蛇は、まさに、チャクラでもいわれる、グンダリーニであり
簡単にいうと、
人間の生命エネルギー(あるいは、根底本能)であると思われる。


そこで、鎌首をもたげたり、とぐろをまいている状態の蛇だと感じたときの
自分の精神状態を考えると、
本能というより、欲な思いを持っていたと思う。


箱船でもかいたけど、
こういうエネルギー体は、人間の欲などをはしごにして
人間を、差配してしまう。


ちょうど、同じように、体内の蛇が憂生の欲をはしごにして、
魂(御霊?)をのみこんでしまうかのように思えた。


通常は、アスクレピオスの蛇のように、まっすぐのままの蛇のふりをして邪気のないふりをしているのだが
すきあらば、魂(人間)を飲み込もうとしている。


もちろん、これは、蛇がわるいのでなく、憂生の思いがよこしまなものになっているため。
良くない思いにとらわれて、すきだらけになってしまうので蛇がのさばりだしてくる。


と、いう事だと思う。


この蛇を、邪にするか、聖にするかも、己の心がけ次第であろう。


こんないきさつもあり、
はてには、こちらの売り言葉
ーおまえが、なにものかわからんのに、おまえのいうことなどしんじられん
本当なら、たった今、雨をふらせてみろー
と、いったとたん、青天雲ひとつないそらが、にわかにかきくもり、
大粒の雨がぼとぼとぼと、と、おちはじめた。

このときに、思ったといっていいか?
こやつ、あがめさせようとしている。と・・・。
うっかりうなづいたら、本当に自分の魂(御霊)を差配される。

顕示などおこすのは、通常、本物ではない。
あくまでもー自然ー
そして、なによりも、自分の気持ちが納得しない。

顕示などなどを出てきてしまうのは、
ようは、おかげ信仰をもつ自分であり
自分を信じず、なにかにすがろうという弱い状態になっているせいでしかない。


結論的には、
蛇やんだったのだろうが、
天気をかえてみせてまで、憂生の御霊を差配したいとおもったということだろう。


と、なると、
すごいのは、顕示をおこす蛇でなく、
自分の御霊じゃないか・・・と。


ましてや、蛇やんなどにくれてやるわけにはいかないwww


蛇やんはやはり、本能・生命力をつかさどる。


このときの憂生は生きる気力をなくしているという思いとしていえば
一番、邪な心だろう。


そこに付け入ってくる。


自然は厳しい。


生きられないものは淘汰される。


蛇(邪)なんぞにたすけられるくらいなら
自然に淘汰されたほうがよほど、人間らしいわい。

天津神と国津神

ちょっと、自分をまとめてみるためにかく。


以前の記事で

「憂生のたましいにはせめて、天津神じゃないとなあ」

って、いわれたことが謎だった。

と、かきました。


この言葉を謎だとおぼえてるくらいですから

当然、考えました(考えてもわからないでしょうが)


まず、そもそも、国津神と天津神とはなんだ?

です。


国津神は病をなおしたり、失物をさがしあてたり

いわゆる、人助けをするわけです。


これにつかれたときは、確かに、多少の先をよみ、

何時何分にどこそこになになにがある。

とか、

知人の顔をみたとき、

ーあなた、明日たいへんだねーとか、

(なにがたいへんなのか、具体的にはさっぱりわからないのですが)

ぽんぽん、物をいいだし、あてていくわけです。


で、この力を自分がすげ~~~などとおもったら

うけいれてしまったことになり、

国津神に魂ごとつかわれてしまうことになるんだとおもいます。


ところが、その人の言葉であかされていることを事実とするなら

憂生の魂は国津神につかわれるような魂じゃないということになります。


すると、せめて、天津神という言葉が疑問になります。


その正体より、なぜ、天津神ならいいんだろう?と、いうことです。


再三、いっている言葉ですが、それだって、憑依でしょ?


ところが、さるところである文書をみつけました。


ー最初は国津神が使いまわそうとして入ってきたが、

この魂は自分ではつかいきれない(おおきすぎる?)とでていってしまい

次に天津神がはいってきて、よりまわしてくれた(鍛えてくれたということでしょうか)今は魂そのものだけであるー

こんな内容でした。


そこで、天津神とはいったいなんぞや?というふりだしにもどるわけですが・・・。

古事記によれば、天の神様というのは

え~~と、国常立とか、最高神である天御中主とかだとおもわれます。


アマテラスとか、つくよみ(月読)とかスサノオとか・・

は、神さまといっても天の神様じゃなくて、

人間にとっての神様という位置にいるとおもうわけです。


って、これじゃあああ、さっぱり、わけわかんねえべ!!


で、考えるというか、こじつけます。


一般に歴史でかんがえると、

国津神は地方豪族

天津神は高天原族(大和朝廷族?)になるとおもいますが

**大胆にきりわけすぎでしょうか?***


これに千木をあてはめます。

神社の屋根にのっかってるぺけぽんの形のやつです。

このぺけぽんの切り口が水平になってるのと、

垂直になっているのとがあります。


ウィキでしらべても、男神・女神のちがいといわれているが

理由は定かじゃないとかかれています。


で、憂生はこれを調べていました。

物語、ぬながわひめのあたりでも千木が登場しますが

この神社(美穂神社)から、謎がとけていきました。


天津神が水平。

国津神が垂直。


一見、これがすべてあてはまるように思えたのです。


例外がみあたらず、あちこち探しました。

すると、ありました。

日御碕神社です。

伊勢神宮はアマテラスを祀っていると思います。

ここは水平の千木です。

日御碕はスサノオをまつっています。

ここも水平の千木です。


ところが、この日御碕神社に後年、アマテラスを祀る神社がたてられます。

ところが、千木は垂直です。


後年にたてられたせいでしょうか?

だとしても、

伊勢神宮にまつられるほどのアマテラスに国津神の千木はおかしなことです。


またも振り出しにもどってしまい、

千木のルーツをたどることになりました。

どうも、水平の千木というのは、日本独特のもののようなのです。

(また、しらべたら、ふりだしかもしれません)

仮定がなりたつかどうかはいくつもの仮定をだして

ひとつずつつぶしていくのがよいのだとおもいますが、

憂生のちゃらりんぽらりんの頭脳では

いくつもの仮定なぞかんがえつきません。

そこで、仮定をそのまま類推していくことにしました。


垂直のものと水平のものはどういう違いがあるのだろう。


日本人がわざわざ、水平のものをつくった意味はなんだろう?

そういうときほど、ヒントをくれる人があらわれるものでして

「水平は天の意をうける。垂直は横(横からの侵略とか)への守護」

もう、おおだすかりなわけです。

天の意(命(令))をうけるのが水平の千木なら

日御碕のスサノオの水平(天津神)の千木も

守護する意味が垂直の千木なら

アマテラスの垂直(国津神)の千木も

両方ともつじつまがあうのです。


つまり、天意をうけたほうが、水平(天津神)の千木

天意をうけたものを護る状態になったアマテラスが垂直(国津神)の千木

こうなります。


では、天意。

日御碕においては、

天からスサノオに

「夜の日本をまもりなさい」


伊勢神宮においては

天からアマテラスに

「昼の日本をまもりなさい」


天命をうけたほうが天津神の千木をかかげるわけです。


ですから、原初的な神、水の神とか・・。

自然そのものともいう神は

「日本に水を供給しなさい(とかあ?)」で

千木が水平になってつのではないのでしょうか?


これをこの地方を護ってください的守護につかう場合が

垂直になってしまうかもとおもったりしたわけです。

は~~~。ながくなってますね。


毎度!どうも!(と、ごまかして・・)


話元にもどします。


それで、魂のほうでの国津神と天津神ですね。


国津神:うせものをさがしたり、病気をなおしたり、いわゆる、人助け

イコール人を守護していく存在と考えます。


すると、、天津神:天の意をおろしてくる存在。あるいは、天の意をうけた存在。

こういうことになります。


天の意というところで、でてきましたが、

天の意は個人の病気をなおしたりするという対個人でなく

日本の昼(夜)をまもれ。と、いうように

国や自然?ようなでかい相手のようです。


もちろん、そんなものを普通の人間があいてできるわけがありません。

が、かんたんにいってしまっていいものかどうかわかりませんが

自分の不徳から生じたものを解決してあげてる(うせものさがしとか?

場合によっては自業自得の物事)国津神がやっていることは

天の意とはいえないと思うのです。


たとえば、立場をかえてみて、

国のためにいろいろ動いてる人で

私利私欲のない人といえば、天皇でしょう。

この人のところに「私の財布がなくなったのですが、さがしてください」

なんて、いえません。

国の代表という言い方はおかしいですが、

たとえば被災地に応援にいけないものからいえば、

天皇陛下がああやって慰問してくださるおかげで

こちらの心のつっかえがとれるわけです。

むこうの人をはげまし、じつは力になれない人間の心(きがかり)も

掬い取ってくれるわけです。

こういうのが、天意にかなった存在ということでしょう。

私(個人)だけを助けるという小さな力ではないわけです。

こういう意味合いで天意ということをかんがえると

せめて、天津神という、せめてがせめてどころのさわぎじゃない。

ものすごくむずかしい、あるいは、無理難題としかいいようのないことだと

かいていて、きがつきだしました。


でも、なんらかの形でそういうふうによりまわされていくのかもしれません。


魂には使命があるといわれます。

その使命をはたしきると

天命がはまってくるそうです。


現象の元は自分にあり、怪奇現象とか、霊とかひっぱってしまうのも

自分にひっぱってしまう元(霊とおなじような思い)があるせいなのだとかいたことがありますが、

国津神がときに不徳(自業自得)でしかないものごとを助けるというのであれば

憂生に自分のせいでしかない物事をひとのせいにしたり、ひとをあてこんだりしてしまう、思いがあったということになります。

そこからして、省みてやりかえていかなきゃいけない。


せめて天津神という言葉は

そういう意味だったのかもしれませんね。

11月4日保管


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